日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 011

 ◆ 目次ページに戻る

工作員 村上優子

八月三十一日の昼前、神宮前の事務所の車寄せに今しも滑り込んで来た一台の高級車があった。

日盛りの中、その車からは特徴有る女が一人颯爽と降り立ったのである。

前以て、この日が出発日と知らされていた村上優子その人なのだ。

先日、政府与党の大物吉崎大二郎の紹介で、秋津州国王に引き合わせてもらう約束を取り付けて以来の二度目の訪問であった。

無論今回の任務も、女としての武器を最大限に活かすべきものであることは確かで、またそのためにこそ自分が選ばれたのであり、任務遂行に当たっては当然それなりの自負も有る。

兎に角これまでの任務においては、ターゲットが自分より年下のケースなど一度として無く、年下どころか、その全てが下腹にみっしりと脂肪の付いた中高年のものばかりで、個人的に好ましいと感じる相手などには未だかって出会ったことが無い。

ところが、今回ばかりは年下だと言う。

それも、八歳も年下の生気溢れる十八歳だ。

先月大きな話題を呼んだ、米軍ヘリ救助の際の映像は何度も見た。

そのシーンで見るその裸体は、贅肉のかけらも無く引き締まり、まるでアポロの彫像を見るかのようであったのだ。

無論、相手にとって不足は無い。

身の内には凛々たる闘志が溢れ、えも言われぬ悦びが湧き上がって来るのを抑えかねている。

車から降り立った戦士は、背筋を伸ばすようにして赤坂方面の空を見上げた。

高層ビルの谷間からは白い雲が今もゆったりとした姿を見せており、未だ強かな日差しも秋の到来の遠からざることを告げている。

深呼吸を一つ、そしてゆったりと息を吐いてから、正面玄関に向かって歩き出した。

見事に張った腰のくびれと豊かな胸をことさらに強調した衣装を身に着け、透けるような白い肌とぬめりとした唇がまことに肉感的で、すれ違う男の大多数が振り返ってくれるという自信に溢れている。

建物に入ると、意外なことに一階のオフィスだけで即座に出国手続きが完了し、一息入れるゆとりさえ与えられたのである。

程なく予定の時刻に至り、秋元社長に伴われて裏手に出ると、そこには見たことも無い不思議なものが鎮座していた。

それは小型のワゴン車ほどのサイズの漆黒の箱であり、車輪も窓も無く滑らかな角(かど)を持ち音も無くひっそりと静まっている。

鈍く光る側面に、秋津州の国旗と国名が鮮やかに浮かび上がるのを目に焼き付けながら近づいていくと、その側面と上部の半ばがガルウィングのように開き、中は前のほうが四つの座席シート、後部の半ばほどが荷物用のスペースになっているようだ。

その荷物室には、先ほどの出国手続きの際、係官に引き渡した手荷物が既にずっしりと積み込まれていた。

秋元社長に続いて前の席に乗り込み三点式のシートベルトを掛けると、するするっとガルウィングが閉じる。

「これって、何ですの?」

思わず聞いてしまったのである。

「ポッドって呼んでるわ。」

「えっ?」

「お豆のさや、単なる容器って意味よ。」

その「豆のさや」の中は、柔らかな灯りに包まれるような感じで、文庫本ぐらいは充分読めそうな明るさなのだ。

しかし窓が無いため、当然、外は見えない上、不思議なことにハンドルはおろか計器類すら見当たらない。

目の前は全く凹凸のない黒い平面であり、まわりを見渡しても同じようなもので、まるでそこは黒い密室であった。

こんなところに、一人で閉じ込められたら嫌だろなあ、などと考えていると、隣の座席から無造作に声が掛かった。

「じゃ、いいわね?」

「はいっ。」

しかし、こんなハンドルも車輪もない箱に入って一体どうする気なんだろう。

上空からヘリか何かで吊り上げて、他の航空機にでも乗り継ぎするのかしら、などと、まるで子供のような想像が頭の中を駆け巡る。

こつんっ。

かすかに座席の下に、何かが当たったような気がした。

あれっと思った途端、さっき閉じたばかりのガルウィングが再び開き、一瞬あわて気味に見回すと、そこはビデオ画面で散々に見慣れた内務省前の芝生の上であった。

ついさっき、この妙な乗り物に乗り込んでベルトを締めてから、優子の感覚としてはほんの数秒でしか無いのである。

これが現実なら、二千キロ近くもの距離を一瞬で移動してきたことになる。

それにしても、移動する気配どころか、上下動の気配さえ全く感じなかったのだ。

前回秋元社長に頼みに来たときに耳にした、「例の便」とはこのことだったのか。

頭の中が一瞬真っ白になってしまって、まるで整理がつかない。

呆然としている間に、ダークスーツの男たちが会釈をして、二人がかりで荷物を降ろし、そのまま内務省の入り口に向かうようだ。

終始無言である。

「はいっ、行きましょ。足元気をつけて。」

秋元社長に声を掛けられて、夢から覚めたように慌てて降りると、足元の芝生に細い踵がずぶりと入った。

意識して履いて来た背の高いピンヒールが、わずか数メートルの芝生の歩行の邪魔をする。

見上げると、秋津州の空はどこまでも真っ青に広がって、気温だけは高そうであったが、意外なほど清々しい空気を思い切り吸い込んでみる。

北西の方角に僅かに見えたのは、事前に受けたレクチャー通り味方のこもる山岳地帯の峰々かと思われた。

目の前の正面が平屋建てのまことに小ぢんまりとした内務省で、その右手が国民議会の議事堂、そしてその裏側には巨大な倉庫らしきものの屋根が見えている。

その又右側にはNBSの広大な用地が広がっている筈だが、議事堂と巨大な倉庫の陰になってここからは見えそうにない。

うしろ側には、見渡す限りのグラウンドがそれこそ際限も無く広がっていて、その東端が新たに設けられたヘリポートになっていると聞いた。

素早く観察しながら、前に少し遅れ気味について行く。

内務省の中では日本語でサインを求められ、そのあと小さなゲートをくぐらされただけで、又あっさりと入国の手続きが完了したものらしい。

先ほどまでの緊張感が、何かしら無駄なものであったようにさえ思え、一気に全身の力が抜けて行くような気がする。

結局、さして広くも無いその建物を通り抜けたことになり、その裏口から出た先は屋根付きの回廊が続き、その途中で、荷物を運んでくれた二人組が軽く会釈をしながらすれ違って行った。

その回廊は、五人ほどがゆったりと並んで歩けるくらいの舗装幅を持ち、内務省の建物とは直角に百メートルほども真っすぐに伸びて行き、その突き当たりでTの字に分かれ、そのまた先がそれぞれ真新しい二棟の正面玄関になっているようだ。

また、その二棟は幾分背の高い二階建ての外観を持ち、正面玄関はどうやら二重のガラスドアのようであり、先ほどの内務省と呼ばれる古ぼけた建物とは、比べようも無いほどに近代的な何ごとかを感じさせてくれるのである。

まして玄関の左右も又大きなガラス張りになっており、一階のフロア内部が大きく視界に入って来るほどなのだ。

それら純白の建物同士がそっくりの外見を見せながら、十メートルほどの間隔を空けて真横に並んで静まっているのである。

先にたつ秋元社長は突き当たってから右に折れ、重厚な造りの玄関に向かう。

彼女の説明によれば、この二棟もやはりつい最近建てられたものらしく、これもまたつい最近、国内三ケ村からの推薦によって、競って送り込まれて来た王の侍女たちが住まいしていると言うが、国王自身は未だ一度も訪れたことが無いのだと言う。

解釈によっては、いわゆる後宮であると看做したところであながち間違いでは無いだろうし、そう言う意味合いを持つスペースが宛がわれようとしている事実は、自らの任務にとっても無論大きな意味を持つに違いない。

頭の中をさまざまの想念が駆け巡り、更なる闘志をかき立てながら二重になった自動ドアから入って行くと、二百平方メートルほどもあるロビーは、内務省と同様快適にエアコンが効いていた。

その左右それぞれに六人ほどが寛げる席が見え、大型の自動販売機が数台づつ並んでいる。

ロビー奥の右側には半円形の受付けカウンターが備わり、その内側の若い女性が二人して立ち上がって丁重な会釈を送って来た。

そこで受け取った磁気カードを使って二階のひと部屋に入ると、思ったとおり既に荷物が届いていたのである。

一渡り見てまわると、居間、寝室、キッチン、洋式トイレ、ゆったりとしたバスルームというように、一通り独立した生活空間が構成されており、百二十平方メートルほどの空間に基本的な家具調度類が過不足無く配置されていた。

冷蔵庫、炊飯器、レンジ、IHヒーターとそれにあわせた調理器具等などまったく至れり尽くせりで、洗濯機や掃除機まで全て揃っているありさまで、一部の家電製品を見てみたが、予想に反して全て日本製のようであった。

寝室と居間、それにキッチンにもそれぞれ壁掛けのインターフォンが付いていて、それを使って先ほどの受付係りと通話するのだと言う。

秋元女史の説明も実に懇切丁寧なもので、水道水は充分飲用に適している上に、ロビーの自動販売機のようなボックスで磁気カードを使えば、ペットボトル入りの飲料水その他が無料で入手可能であることを知ったが、ベッドメークや掃除は自らすべきことなどに至っては、もともとNBSの宿舎にもぐりこむか、最悪野宿になることすら覚悟していたことでもあり、それに比べれば望外のことであったのだ。

又、滞在中、本人が希望しない限り係員の入室は無いものの、地元自警団の承認があった場合はその限りではなく、入国した外国人の犯罪性の認定もその自警団自身が行うことや、その場合の犯罪性の認定基準は、全て秋津州の「慣習法」に拠るものであり、この「慣習法」の原点は、全て「世間さまに迷惑をかけない」ことが基本となっており、この場合の「世間さま」とは要は秋津州の「公益」のことであるらしい。

盗み、殺人暴行障害、痴漢行為、強姦、保護すべき年少者の保護を怠った場合、重大な過失による失火などは当然犯罪行為とみなされ、例えば山間部へ火の気を持ち込み、山火事を起こしてしまえば重罪となってしまう。

ごく普通の食材については既に搬入されている筈だが、点検してみて不足のものがあれば、その補給も一階の受付に申し出れば無償で提供される代わり、手持ちのカードなどは勿論、日本円も一切通用せず、現地通貨との交換も受け付けられないことや、帰国時の希望については、前もって三日ほど前までに受付に申し出ることなどなど、相当なレクチャーを終えてから秋元社長はにこやかに去って行った。

どうやら自分は秋元社長の友人として至れり尽くせりの待遇で、この特別な部屋を提供されたことだけは間違いないらしく、あとは多忙な国王との接見のチャンスを待つばかりなのである。

そしてそのチャンスは、その日の夜、まことにあっけなく実現することになる。

荷造りを解き、大型の冷蔵庫にかなりの在庫があるのを確認して、遅い昼食を用意している時に早くもその報せが入ったのである。

時間はたっぷりある。

勇んで入浴を済ませてから、入念に化粧をする。

下着は、シルクのような光沢のある純白のものを自信をもって選び、一度は履いたストッキングも思い直して脱ぎ捨てた。

動きによって胸元が大きく開く純白のブラウスに、うしろに深いスリットを入れた膝下までの濃紺のタイトスカートを身に付け、腰のくびれを見事に強調した姿を鏡で確認する。

殊にタイトスカートなどは、わざわざ選んで伸縮性に富んだ生地で仕立てさせたもので、ぴっちりと腰廻りを包み込み、二つの肉塊をより一層魅惑的に際立たせてくれる筈だ。

戦士としての完全武装に心を配り、長身の相手に配慮して選んだ背の高いピンヒールを、小気味良く響かせながら内務省に入った。

優子にとって、ここは戦場なのである。

京子によっていざなわれた王の執務室は、僅か二十平方メートルほどの広さしか無く、奥に向かって不自然なほどに細長い造りであった。

正面の奥に、さして大きくも無い執務机、手前に七人掛けほどの応接セットとワゴンが一台だけと言う実に簡素な配置で、せいぜい目に付くのは、エアダクトの少し大き目の噴出し口があるだけで、そのほか一切の装飾も窓も無くまことにあっさりとしたものなのだ。

電灯らしきものは見当たらないにも拘わらず、不思議なことに部屋の光量は充分で、その光源に際立った特徴があり、宛がわれた個室と同様に天井の広い範囲が満遍なく光を発していて、それを壁の上方で反射させているようにも思える。

少しだけ奥に入った右手には隣室に続くドアがあり、そこが王の休憩室兼寝室であることは、過去に取材を許されたカメラが充分に伝えてくれていた。

今しも正面の執務机から立ち上がったその人は、意外にも迷彩色の軍装を着けており、予備知識の中のそれよりもなお一層の長身だった。

初めて見るその獲物は、全身から精悍な生気をさえ放射して来る。

まして、八歳も年下なのだ。

場数を踏んだ猟師には山野を駆け巡る若鹿のように思え、それはそれで、一個の男性として見る限り最も好ましいものだったに違いない。

若鹿はゆったりと歩み寄り、日焼けした彫りの深い顔に柔らかな笑みを湛えながら右手を差し出してくる。

「秋津州へようこそ。」

思ったよりはるかに野太い声がずしりと響いた。

鹿と言うより獅子の声である。

「あの、お会いできて光栄でございます。」

若獅子は笑顔でソファを勧める。

「秋津州はいかがですか?」

濃い眉の下の涼やかな目が殊に好ましく感じられ、我にも無くどぎまぎしてしまった。

「あこがれの陛下にお会いできただけで、もうとても感激でございますわ。」

今更ながら、どこまでが社交辞令なのか自分でも自信が無い。

「それはそれは・・・。」

「あたくし、夢の中でなら毎日お会いしておりますわ。」

「・・・。」

若獅子の顔が無言のままほころび、秋元社長が手慣れた仕草でワゴンを運んで来た。

「夢の中の陛下よりも、ずっと素敵でいらっしゃいますわ。」

実際、今目の前に見る獲物は凛とした挙措と実に男らしい風貌を具えており、この出会いが任務としてのものであることを恨めしくさえ感じるほどだったのである。

「ありがとう。あなたもとても素敵ですよ。」

「まあ、お上手でございますこと。」

「いやいや、本当です。」

「うれしいっ。」

向かいの席から、切なそうに眉を寄せ、胸の前で両手を合わせながら身悶えまでしてみせる。

胸乳がかすかに揺れて、少し緩んだ胸元で豊潤な谷間が大きく息づく。

初対面の一国の元首に対する態度とはとても思えない。

そのとき、二人の前にセットした酒器を満たした京子が

「あの、わたくしは失礼させていただいてよろしゅうございますか?」

「うむ。ご苦労でした。」

「はい。優子さんは不安でしたら、お帰りは陛下にお送り願えばよろしゅうございますわよね。」

優子にとっては、素晴らしい援護射撃であった。

「はいっ。ほんとにいろいろ有難うございました。」

腰周りにぴっちりと吸い付く生地越しに、鮮やかに浮き上がる二つの肉隗が男の視線を捉えることを充分に意識しながら、京子に向かって深々と腰をかがめて見せた。

マナー違反は百も承知だ。

健全な若い男性が目の前でこれを見せ付けられれば、アドレナリンの分泌を高めることは先ず間違いあるまい。

一つには、先ほどの秋元女史の強力な援護がある。

この女史については、その裏表の顔についても当然事前のレクチャーを受けてきた。

その表の顔は、日本の優良企業のオーナー社長としての誰もが知っている顔なのだが、問題はその裏の顔であったろう。

その裏の顔について言えば、先ず第一に、主要各国と秋津州との間に入って外交面における仲介をしている上に、秋津州の国策決定にも大きく影響力を行使していると思われることであり、さらに有り得べきことか、主要各国の多くが女史とそのメンバーに対しては、外交官特権に近いものまで付与している気配なのだ。

殊に日本に至っては女史を神宮前に抱え込み、まるで秋津州の全権大使ででもあるかのように取り扱い、腫れ物にでも触るような気の遣いようを見せていると言う。

実際にこの女史が外交的にも相当な部分を専断していることは確かで、現に、自分を国王に引き合わせる件にしても、あの時自分の目の前で即断していたくらいだ。

とにかく、あたかも秋津州の女王の如き権力を誇っており、その女王が自分をひどくお気に召したものらしく、どうやら国王への接近をフォローしてくれる気でいるらしい。

それも、こうもあっさりと二人きりにさせてくれるこの特別な扱いから見ても、かなり積極的なフォローが期待出来そうなのだ。

言わば、百万の援軍を得たようなもので、こうとなれば初対面と言えど躊躇する必要はあるまい。

ただただ、速攻あるのみと言うことになる。

結果として、こちらの正体は全く疑われることもなく、言わば敵方から好意溢れる接遇を受けているのだ。

要するに今回の敵は今までのそれと違って、全く甘い相手だと言うことになる。

本来必要な緊張感や警戒心を、既にかなり和らげてしまっている自分を今更咎める気にはなれないのである。

「それでは、失礼させていただきます。」

女王は、しとやかに退室していった。

ほのかな大人の女性の残り香だけが微かに残り、あとは文字通りの二人きりの世界だ。

若者は酒盃をとりあげ

「乾杯しましょう。」

「はい。」

「では。」

向き合って座った男の酒器に酌をする時には、さりげなく胸元が緩み、しっとりと脂を浮かべた深い谷間が覗き、見事な膨らみの一部がいやでも男の目を射る。

優子の軽いジョークに、若者も徐々に打ち解けていくようだ。

「ご滞在をご希望のようですな?」

「はい、ぜひお許しを頂きたいのです。」

「それはそれは、私も楽しみです。」

「えっ、お許しいただけますの?」

「勿論です。」

「ありがとうございます。これで、もっともっとお会いできますわ。」

重ねた盃にほんのりと瞼を染めた女の体はすっかり緩み崩れて、熟れた色香がむらむらっと匂いたち、自分でもどこまでが演技なのか今では自信が無くなってきていた。

そのうちに、用意されたほんの形ばかりのつまみが無くなってしまい、少年がそれを取りに隣室に立ったときには、もつれ合うようにしてついて行き、一緒になって冷蔵庫を漁るまでに打ち解け、戻ったときには、男の左隣に寄り添うようにして座ってしまっていた。

もうそれからは、半ば上体を投げかけるようにして寄りかかり、さり気なく男の膝や手に触れて見せながらその反応を確かめ、少なくとも若者が拒んではいないことだけは確信を得たのである。

戦士の攻勢は、ますます激しさを増すばかりだ。

切なげに身を揉みながら、今までどんなに強く憧れ、胸を焦がし続けてきたかを繰り返し掻き口説いてみせるのだが、それでもなお、少年の泰然とした姿勢は少しの乱れも見せず、それが悔しくも恨めしい。

「はあっ、あたくし酔っちゃったのかしら。」

大きく吐息をつき、さも切なそうにわずかに胸を寛げて見せた。

こぼれんばかりの胸乳の下半分を覆っていた純白の下着が、指先で僅かにずり下げられただけだったが、そのあと上体を少し動かしたときの効果は頗る大きかった。

もともとそのような意図を以て誂えた下着のことでもあり、乳房の先端の突起が僅かに顔を覗かせたのである。

少年の視線が、明らかにそれを捉えている。

意外なことに少しの戸惑いも見せず、ごく自然な態度で見つめている。

獲物が確実に射程に入って来ただけでなく、最も好ましい若い男を惹きつけて、その男に今、それを見られていると意識した途端思わず反応してしまった。

突起が硬く屹立して、止めどなく敏感になってしまっている。

わずかな身動きで、燃える突起に下着の端が触れてそこから電流が走った。

「はあっ。」

今度の吐息は、決して演技ではなかったのだ。

少年は、すぐ間近から屹立した乳首を飽かずに見つめている。

相変わらず酒盃を手にしたまま、ただ見つめているだけなのだ。

早くう、お願い、早くうう。

心が叫び出している。

そのとき、少年が大きく吐いた息が、とてつもなく敏感になった乳首にわずかにかかった。

「くっ。」

たったそれだけのことで、限りなく意識の集中したその部分が悲鳴を上げる。

待ちきれず、強引に男の酒盃を取り上げてテーブルに置き、その左腕をとって自分の肩に廻すよう誘導し、そして再び右肩から体を預けて行く。

我ながら吐く息が火のようだ。

その点、少年はまことに従順で、八歳も年長の女の為すがままなのである。

そこまでしても、未だ見ているだけなのだ。

早くう、その右手を伸ばして来てえ。

心の叫びを表に出してしまいたいと思いながら、本能的に身を捩ったとき、白い乳房の大部分があらわになった。

「ふーむ、初めて見た。」

少年が、ぽつりと言った。

この逞しい若者は、なんと未だ女の肌を知らなかったと言うのだ。

歳相応に純真なのだ。

それで、こんなにじれったいほどに臆病なのだろう。

硬く屹立した先端に、怖いほどに意識が集中してひりひりと燃えるようだ。

今度は少し顔を近づけ、じっと見ている。

もう、待ちきれない。

早くうう。

男が、未だ少年と呼んで良い年頃であることに改めて思い至り、胸の中に急速に満ちてきた火のようなかたまりが、淑女の仮面を一瞬にしてかなぐり捨てさせてしまった。

「お願いっ、早くっ。」

遂に、ほとばしるように口に出してしまったのだ。

一旦口に出してしまったことが、より強い興奮を呼び起こし、左手で豊かな乳房を揺すり上げるようにして男を誘う。

「はあっ。」

切なげな吐息とともに、むせ返る様な脂粉の香が濃厚に群がり立ち、目まいのするような興奮を感じたとき、やっと男の右手が伸びてきて、ひりひりに勃起した突起をつまんでくれたのである。

「はうっ。」

焦れに焦れて、待ち焦がれたその指先が与えてくれた快感は、女体を突き抜けるようにして走り、宛がっていた自分の手にも思わず力が入った。

男の指先で乳首が軽く転がる。

「はああああっ。」

そしてもう一方の突起に移動した指先は、ほんの微かにその先端を突く。

「ひぃっ。」

そして、今度は微妙な軽さで刷いた。

「はうっ。」

堪らず、女の左手が乱暴に揉みしだき、真っ白な乳房が真っ赤なマニキュアの手の中で踊る。

豊かな腰がうねり、そこは熱くうずき、燃えたぎるものが溢れ出てしまった。

「くううううっ。」

同時に右の突起を強く揉み込まれて、自らも左手の動きを早め、乱暴に揉みしだく。

堪らず腰を捩り、内腿をこすり合わせながら、唇を噛み締めた。

男の腰を掴んだ右手に力をこめて、豊満な腰をわなわなと震わせながら、左手の動きを強める。

「うぐうううううっ。」

戦士は獣のような呻きをあげて、一気に登りつめてしまっていた。

それまで激しく乳房を揉みしだいていた左手が静まり、必死に男の腰を掴みしめていた右手の力が抜け落ちていく。

一瞬の静寂の後、小さな声で

「恥ずかしいっ。」

と、言いながら、まるで乙女のように男の左肩に顔を埋めて行った。

「こんなの・・・。」

まことにか細い声である。

自分で自分が信じられない。

こんなの初めてだ。

未だ、腰の辺りがとろけるように痺れている。

優しく背中を撫でてくれている男の手から、有り得ない筈の愛情をさえ感じることが出来て、この憎い男を必ず自分のものにしなければと改めて思い極めたとき、わずかに気配が動き、見れば憎い男が悠然と酒盃を手にしている。

その姿を見ているうちに、勃然と闘志が甦ってきて、素早く身じまいを直し、自らも酒盃をとって残りを飲み干した。

戦士は、かろうじて頽勢を立て直したのである。

「あの、わたくし、陛下のお好みを存じ上げませんでしたので、色んなお酒をご用意させていただきましたの。」

そんな筈はないだろう。

肝心のターゲットの好みなぞ、存分に報道されていた筈なのだ。

「ほお、それはそれは。」

「さきほど冷蔵庫に入れましたので、そろそろ冷えてるころですわ。」

「それは、ありがたい。」

男は、心底嬉しそうな顔をして見せるのである。

「ご検分いただけますか?」

思い切り甘えた口調だ。

「うむ。」

気の早い少年は、立ち上がって隣室へ歩む。

ちらりと見たその股間には、若い獣が漲っているようにも感じられ、またまた淫らな疼きが甦って来てしまった。

隣室の男の視線を気にしながら、素早くイヤリングを外し、下半身で生暖かく湿ったままの小さな布地も剥ぎ取って急いでバッグにしまい込んだ。

出掛けに一度着けたストッキングを、わざわざ脱ぎ捨てておいたのは我ながら素晴らしい判断であった。

獲物を追って隣室に入ってみると、男は今悠々と上着を解き実に逞しい背中を見せながら、クローゼットの浴衣を取り袖を通そうとしているところだ。

急いでその足元にかがみ込み、頑丈な造りの靴を脱がせてやりながら、何かしら胸が弾んで来てそれが妙に腹立たしい。

執務室を出て部屋に向かう短い道のりのあいだにも、幾度も身を寄せていきながら、腰の疼きはもう耐え難いほどに高まってきていたのである。


例の重厚な自動ドアからロビーに入り、二人の受付嬢が立ち上がって深々と腰を折るのを尻目に、これ見よがしに男の腰に擦り寄り纏わりついて甘えて見せる。

これで、明日の朝にはいやでも噂が広まり、特別な存在としての自分の行動規制は著しく緩む筈だ。

明日からは、王の執務室でさえ咎められずに入れるかもしれない。

万一咎められたって、押し切って入ってしまうからいいけど。

いざとなったら、この子がきっと何とかしてくれるに違いない。

驚いたことに、この子は未だ全く女を知らないらしいのだ。

あたしが恋人の代わりにでも何にでもなってあげて、なんなら付きっ切りで毎日世話を焼いてあげたっていいんだし。

とにかくもうすぐ、この子にとって生涯初めての女になることだし、いろいろと教えてあげなくちゃいけないだろうし、などと考えているうちに又しても腰の辺りが蕩けるように甘く疼き、少年の腰に廻した腕につい力がこもってしまう。

下半身に巣くう魔物が淫らに蠢いて、あっと思ったときには、魔物の奥から湧き出たものが太股の内側をしとどに濡らしてしまっていたのである。

豊かな腰肉にぴったりと吸い付いてくる布地の下は、先ほどかなり無理な思いをして強引に剥ぎ取ってしまっていて、既に何一つ着けてはいないのだ。

もつれるようにして部屋に入ったときには、もう待ちきれず切なげに喘ぎながら、男のうなじに両手を絡めすかさず口付けを求めて行く。

いつも通りの手慣れた手順であった筈なのに、胸の鼓動が早鐘のように響いてしまった。

逞しい腕が自分の腰を抱いて唇を寄せてくる様子には余裕さえ感じられて、我にも無く胸が震える想いで自らの舌をねっとりと絡めていく。

男の舌はゆったりと、そして次には素早く女の舌に絡み愛撫して来た。

まったく慌てる様子も無く、ときには女の唇を軽く噛み、また繰り返し舌を差し入れてくる。

実に濃厚な口付けのさなかに、若々しい猛りが腹部を突き上げて来る気配を微かに感じ、その途端、自らの股間にも熱いものを感じて、思わず喉の奥で呻きながら、逞しい胸に思い切りしがみついてしまっていた。

それに応えるように男の腕にも力がこもり、絡み合った舌が再び強く吸われ、ひしゃげた乳房の先端がその刺激に悲鳴をあげる。

下着の中の乳首がとてつもなく敏感になってきていて、男の指先や舌で執拗に嬲られるシーンが頭の中を駆け抜け、息苦しさに思わず唇を放すと、すかさず男の唇が首筋に降りてきた。

既に至る所が敏感過ぎるほど敏感になってしまっている。

男の唇が首筋から耳たぶにかけて羽毛の軽さで滑り、指先がうなじから腰の辺りまで素早く走ったときには、もう耐え切れなかったのである。

「はああっ。」

切なげに腰を捩り胸を突き出すと、純白の下着から押し出されるようにして乳房が盛り上がって来る。

憎い男は、その真っ白な果実を見おろしていたが、今度こそ遠慮はしなかった。

悠々と右手を動かして、既に大きく胸元のはだかったブラウスのボタンを一つ外し、続いて下着のフロントホックを外した。

それまで押さえつけられていた見事な果実が、一気に自由を取り戻し目の前一杯に揺れる。

先端の突起は硬く屹立し、見事なまでに正面を向いている。

そのとき少年は、その澄んだ目でしげしげと見入りながらぽつりと呟いたのである。

「母の胸も、こうだったのかな?」

それは、全く意表をつく言葉であった。

「え?」

「生まれたときには、母は生きていなかったから。」

「・・・。」

そんなの、初耳だ。

それじゃこの子は、母親の乳房を全く知らないのだと思ったとき、胸の奥に不思議なものが芽生え、それは確実に、そしてひっそりとそこに棲みついてしまったに違いない。

しかし、戦士にとってここはまさしく戦場なのだ。

気を取り直し、男のうなじを優しく掻き抱き改めて優しく唇を寄せていくと、強く腰を引き寄せられ、一旦静まりかかったその高まりが再び目覚めてきているのを感じる。

大きな手のひらが腰の肉隗を無遠慮に撫で回してくると、女の中の獣も一瞬にして目覚め、激しく舌をからませていく。

じっくりと撫で回されて、堪らずわななく腰を押し出しながら、更にじんわりと押し付けていくと、腹部に当たるものがみるみる成長してくるのを感じた。

いまや、すっかり開放された乳房を摺り寄せ、蕩ける腰を男の太股に強く擦り付け、存分に味わい尽くそうとすると、大きな手の平が、淫らに蠢く柔腰を憑かれたように摩り撫で回し、そして揉み込んでくる。

息苦しさに唇を放し、うっとりと男を見上げると、相手もしっかりとした視線で受け止めてくれた。

「はああっ。」

悩ましげに眉を寄せ大きく吐息を吐くと、その上気した顔をこの上も無く淫らなものに感じたとみえ、少年の高まりがさらに大きく反応して腹部を突いてくる。

そろりと手を下ろし、浴衣の上からそっと触れた瞬間、それはびくりと脈打ったのである。

やがてそれは見事なまでの硬度を以て戦士の掌の中で脈打ち、荒々しいいななきさえ伝えて来る。

じんわりと、試すように握り込むと、男の腰がぴくっと動き、大きな両手が腰の肉隗を思い切り掴みに来た。

「くうっ。」

もう堪らなくなって、浴衣の脇から手を差し入れ掻き分けて探っていき、和風の下着の中に進んで、やっと到達することが出来たのである。

最もいとおしいものをやんわりと握り込むと、やはり、それは見事な硬度と角度を保っており、優しくゆっくりとしごいてやると、男は腰を突き出しながら、柔腰の肉隗を乱暴に掴んで来る。

「くっ。」

豊かな柔腰をひくひくと震わせ、猛々しくそそり立つものを優しく撫で摩りながら、 一方の手で帯をほどいてやると、男は自らうしろみつを解き、一気に下帯を外し、肩から浴衣をすべり落としながら雪駄を脱ぎ飛ばした。

見事な全裸を曝したのである。

すぐ目の下に、それは雄雄しい姿を現した。

重量感に溢れ、隆々と反り返り、アポロ像のような腹筋を叩かんばかりに猛り立っている。

初めて目にするその逞しさに、まるで魅入られたように一瞬見とれてしまったほどなのだ。

腰が疼き、乳首が燃えて、堪らず相手の首にむしゃぶりつき、むさぼるように口の中をまさぐり、吸いあい、鼻息を荒げて必死の思いで柔腰を擦り付けて行った。

一段と濃密な抱擁のあと、男の右手が乳房を這い、優しく揉みしだいてきた。

「はあああっ。」

左手一本で柔腰を引き寄せ、悠然と乳房を弄び、硬く屹立した突起を指先で転がすようにして悠々と愉しんでいるのである。

それは、年上女の余裕など消し飛ばしてしまうようにして続けられ、ついには男の唇に燃える突起が捉えられ、舌先が啄ばむように攻撃してきたときには、もう堪らなくなって歓びを口にしてしまったのだ。

「あっ、いいっ。」

若い塊はいよいよその猛々しさを増し、実に力強く脈打ちながら絶え間なく下腹を圧迫して来ている。

必死の思いで背伸びをして、その場所に近づけようと切なげに腰を捩るのだが、まったく届かないのである。

焦れに焦れて、火のような息を吐きながら、男の首を掻き抱き、狂ったように腰を押し付けていくと、待ちに待った逞しい両手が柔腰の双丘をがっしりと掴んでくれた。

豊かに盛り上がった腰の肉丘をわしづかみにされたかと思うと、次には両手の力を抜いて、またしても腰全体を柔らかく揉みしだいてくる。

その手は、伸縮性に富んだ布地を通して、その中身の躍動感を愉しむかのようにひたすら摩りまわしてくれるのである。

ぴっちりと腰を包み込んでいる布地がやがて徐々にずり上がって行き、また撫で回され、それを繰り返す内に、見事な張りを持った真っ白な太股がすっかり剥き出しになってしまった。

おのれの下半身が最も淫らな姿を晒してしまっていることが頭の隅をよぎった瞬間に、必死にこらえて来た最後の何者かが、女体の奥に潜む本能に積極的に手を貸したようであった。

最早、ターゲットを観察している余裕など全く見失ってしまったのである。

堪らず、ひくひくと腰が震え、残る力を振り絞るようにして再び腰を押し付けていったとき、震える肉丘がまたしてもがっしりと捉えられ、ぐっと引き寄せられた。

両足が浮き上がった瞬間、待ち焦がれていた箇所にそれが到達し、再び強く引き付けられゆっくりと上下に揺すられた。

「はうっ。ああっ」

こらえにこらえていたものが堰を切ったように溢れ出し、唇を噛み締め、眉を寄せ、鼻息を荒げながら激しく擦り付けていく。

体重の全てを男の手に委ね、再び強く引き寄せられたとき、首に絡めた両腕に精一杯の力を込めながら、思い切り両足を開いて男の腰に巻きつけて行ったのだが、逞しい相手は、奔馬のような獣をがっしりと支えて小動(こゆるぎ)もしないのである。

やっと、自らの意思で自らの希うとおりの箇所に男を擦り付けることに成功した獣は、そのあられもなく淫らな姿に、一層強い興奮を呼び覚まされてしまったのかも知れない。

それは、かつて経験したことの無いほどの激しさを持つものであった。

さまざまに訓練を経てきた全身の筋肉も、俄然目を覚まして手を貸してくれた。

両腕を伸ばして上体を反らし、たわわな乳房を剥き出しにしたまま、必死の形相で腰を揺すりたてながらそこに擦り付けていく。

男の両手にも力が加わり、女の腰の動きに合わせるように引き付け引き揚げされると、いまやすっかり腰の布地がずり上がって、真っ白な尻の上までが剥き出しになってしまった。

獣は動きを強めながら、一段と鼻息を荒げ遂には大きく嬌声を発するに至った。

「ああっ。あっ、あっ。」

そのとき、真っ白な腰がもう一段ずり上げられ、若さに溢れる塊の先端が、熱くたぎる入り口の辺りをさまよい、焦れ切った獣は両腕を縮め狂ったように縋りつき、それを捉えようとするが届かない。

柔腰を必死に浮かせ、くねりくねりとうねらせながら吹き上げるように叫んだ。

「おねがいっ。」

堪らないほどの切なさに、腰を痙攣させながらせがんでしまったのだ。

今度は、蠢く腰がゆっくりとずり下げられ、最も敏感な突起を猛り立つものが一瞬擦りあげた。

「ひいっ。」

堪えきれず、またしても腰が震えてしまう。

そしてそのまま静かに降ろされて、それまで張り詰めていた筋肉が強烈な負荷から開放され、よろめく両足をやっとの思いで踏みしめることが出来たのである。

無造作に押されて僅かに後じさりすると、案の定すぐ後ろが壁であった。

ほっと一息ついてから、右手をそろりと下ろし、胸を弾ませながらしっとりと握り込むと、たちまち確かな反応が返ってきた。

真っ赤なマニキュアの白い指が、熱い猛りとその下のものを撫で回し、さすりまわし、根元を握り込み、今までの恨みを晴らそうとでもするかのように存分に弄び、もうそれだけで全身が疼き益々淫ら心を掻き立てる。

掌の中のものからは、充分すぎるほどの荒々しい反応が返ってきて、最も淫らなところを刺し貫かれたようなそんな気さえしてしまう。

自身のそこからは熱い獣のかたまりが蕩け出し、やがて溶岩となって溢れ、音をたてて滴り落ちた。

「はあっ。」

喜悦のあまり大きく喘ぎながら、掌の中の愛しいものを握り直し、再びさすりあげたとき、右膝が高々と持ち上げられ、やむなく後ろの壁に背中を預けた。

そしてようやく男が腰を落としてくれて、待ち望んでいたものが丁度その位置に近づき、そしてさ迷う。

握り込んだ掌の中で猛々しく反り返ったものを、必死の形相で引き寄せ、濡れそぼったその場所に宛がい腰を寄せて行き、辛うじて先端を捉えることに成功した。

「あふうううっ。」

もう一度両手で男の首に縋りつき、眉を寄せ、切なげに喘ぎながら真っ白な柔腰を揺すり上げ、必死に咥え込もうとするのだが、哀しいかな男の腰と腕が一向に協力してくれないのである。

焦れて、いらつき、遂に髪を振り乱して叫んでしまった。

「入れてっ。」

口走ってしまった言葉がさらに強烈な刺激を連れてきて、狂ったように縋りつきながら大きく腰を揺すり上げたとき、待ち焦がれていた限りなく愛しいものが一気に滑り込んで来てくれた。

「はあああっ。」

今まで待たされた分だけ、その歓びはとてつもなく大きなものに感じられ、蕩けそうな柔腰を激しく振りたててしまったのである。

「いいっ。」

火のような息を吐きながら、激しく腰を遣い、限りなく淫らに叫ぶ。

「はああっ、たまんないっ。」

今やはだけきってしまった胸元で豊かな乳房がたわみ揺れて、鼻息を荒げながら、狂わんばかりに腰を揺すり立てる。

「いいのっ。」

男の腰が大きく動いて、思い切り貫かれ、また、ゆっくりと引いていく。

いまや主導権は完全に相手のものになっていて、実に力強く送り込まれるたびに、戦士は悲鳴のような喘ぎを上げて柔腰を揺すり続けるばかりであった。

いくたびも力強い動きが繰り返されて、狂わんばかりの歓喜を味わい尽くそうとしているときに、ほとんど抜けかかる寸前で動きが止まり、又しても入り口付近を小さくさまよう。

「だめっ。」

戦士は火を噴くように叫んでしまったのである。

再び咥え込もうと髪を振り乱して柔腰を突き出した瞬間再び強く突き込まれ、すり上げられ、その途方も無い快感に真っ白な柔腰を激しく揺すり上げ、息も絶え絶えに喜悦の声をあげた。

「そこっ、そこよっ。」

淫らな声に応えて、一段と激しく抜き差しされると、剥き出しの柔腰を狂ったように揺すりたて、髪を振り乱し、鼻息を荒げながら感極まったように叫ぶ。

「いっ、いっちゃうっ。」

男もそれに合わせて激しく腰を遣ってくれて、柔腰をがくがくと震わせながら、押し殺したような呻きを搾り出して極みに昇って行く。

「ぐうううううううううっ。」

力いっぱい縋りつき、蕩ける腰をびくりびくりと脈打たせて、奔馬は又しても孤独に果てて行く。

そして、戦士を喜悦させて止まないものは、変わらぬ硬度を保ったまま力強く貫いていてくれるのである。

「はあああっ。」

恍惚の表情を浮かべて、ひしとばかりに抱きついたまま、濡れた柔襞が熱く収縮を繰り返す。

その柔襞で、愛しいものを絞り上げ幾度も締め付けては、残りの愉悦を吝しむかのようにいつくしみ、まことに貪婪に味わい尽くそうとする。

しかしそれは、その収縮を撥ね返すほどの勢いで脈打ちながら、いつまでも雄雄しく応えてくれるのである。

やがてすっかり味わい尽くし、全身の力が抜け、その場に崩れ落ちそうになったとき、軽々と抱き上げられ、そのままベッドにまで運ばれて優しく寝かされていた。

ひどく乱れてしまった身仕舞いを優しく直し、上掛けを掛けてくれる少年をとろりと見上げると、その若々しい肉体は未だ充分な機能を保ったまま圧倒してくるのである。

どうにかして、この子も最後まで連れて行かなくちゃいけないと思った。

だって、この子は最後まで行ってはいないのだ。

このままでは、あたしがあんまり惨めだ、とは思うものの、かなり無理な体勢で酷使した体が、悔しいけどどうしても言うことを聞いてくれそうにないのである。

疲れ果てた獣は、今はまるで傷付いた小鹿のような姿で横たわり、さも物憂げに視線を移すと、いましも悠々と身じまいを終えた少年が、キッチンから冷蔵庫の中の酒瓶を一本下げて来て、それを目の前にかざしながらにこりと笑っている。

いかにもここに来た目的は、これだったと言うように。

そして、雪駄を鳴らしてあっさりと戻って行ってしまったのだ。


女は、若干の発熱と筋肉痛によって、次の日一杯を寝込むことになる。

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  1. 2005/11/01(火) 01:01:01|
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自立国家の建設 012

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秋津州の戦略

執務室に戻った王は、ガウンひとつのくつろいだ姿でゆったりと冷酒を味わっていた。

肴は無い。

若者にとって、きりりと引き締まった日本酒の味は又格別であったろう。


八月三十一日二十二時三十分、王と京子の通信。

京子の現在地は東京の神宮前であり、例によって、全く音声には頼らない。

「陛下、よろしゅうございますか。」

「済んだよ。」

予定の体験学修のカリキュラムとして、かねて必要とされていた特別の接遇業務を今済ませたと言う。

「未だお済みではないと存じますが。」

マザーと京子には、今回の学修課程の全ての情報が、多数の「G四」によって同時配信されていたのである。

「そうか。」

「でも、お上手になさいましたこと。」

まるで可愛がってきた子猫が、初めて鼠を捕らえてきたのを褒めているかのような口ぶりなのである。

「・・・。」

「陛下のお力を存じませんから、心身ともに打ちのめされておりましょう。」

女は若者の特異な能力、中でも気嚢に因る超絶的な体力については何一つ知らない。

一例を挙げれば、若者は高度一万メートルの高地に於いてさえ、その並外れた心肺機能により、平地に於ける普通人よりはるかに優れた運動能力を発揮出来るのだ。

仮にオリンピックに出場すれば、一部の特殊な種目を除いては、全て大差で金メダルを取ってしまう筈で、例えばマラソンなどでは、二時間どころか一時間を切るタイムで楽々と走りきるほどの並外れた能力を持っており、格闘技の分野に至っては、なおのこと際立った能力を発揮することは、過去の実戦において既に実証済みだと言って良い。

女はそれほどの身体能力を持つ少年を誘惑し、かなり無理な体勢をもってその相手をつとめた。

いかに鍛え上げた肉体といえども、相当の筋肉疲労を覚えた筈だ。

これまで女性体験が無かったとは言え、精緻に作りこまれたヒューマノイドの教導によって、男としての体験を存分に重ねてきていることなど想像することも出来まい。

ただ、その訓練の効果が生み出したものは、結果的に戦士のプロとしての自尊心をいたく傷つけてしまったかも知れない。

もっとも、京子とのそれは訓練と言うより、少年にとっては王家の種子を採取されていると言う実感の方が強いのだが、そうかと言ってむげに中止を命じるわけにもいかない。

若者自身にとっても大切な目標は、一族のものたちがせめて数百人程度には繁殖を果たし、ただただ安穏に暮らして行くことに他ならないのである。

一族の衰えきった繁殖能力のことを思えば、これもまた止むを得ないことではあったろう。

哀しいことに、一族の者の総数が二桁にも満たないと言う現実があり、ましてその最年長の者ですら僅か八歳でしかないのである。

現実の秋津州住民の殆どはヒューマノイドであり、組み込まれたプログラムによって村と言う三つのコミュニティーを構成し、古代色に溢れた昔ながらの生活文化を継承し守り続けて来ており、その昔ながらの貴重な生活文化にくるめる様にして幼い一族を育んでいくことこそが、最も重要なことだと少年自身が確信しているのだ。

大切な幼子たちに、自然な生活の中で、国民を守るための仕組みとしての国家と言う概念を明瞭に理解させることによって、国家主権を守ることが即ち個人を守ることに等しいと言うごく当然の現実をも自覚させる。

併せて、国家や郷土郷党、それこそが「公」というものであり、個人はそれぞれ、この「公」にくるまれて生かされているのだと言うことについても自然に理解させたい。

時が経ち、幼子たちがやがて参画するであろう国家経営に当たって、その政策判断の基準として、このことこそが生かされていくべきであることを、十八歳の長老が強く願っているのである。

どのような形態の国家であれ、それを作り、そしてどのように運営していくべきかは、全てその国民自身が決めるべきことであって、他国からの容喙など断じて許すべきでは無いのだ。

幼い国民が成長し、やがて自らの意思を以て国家を経営して行けるようになるまでは、若者がその全てを保護して行くよりほかに道はあるまい。

これが秋津州の現実であり、それだけに若者の王としての責任もまた軽いものでは無い。

「どうすれば良かったと申すのか。」

「陛下も最後まで、ご満足なさらなければなりません。」

「・・・。」

「そうなさらければ、かのものの警戒心を解くことは難しく、今後の作戦遂行に齟齬をきたしかねません。」

女であることを唯一無二の武器として接触してきた工作員は、結局、少年の巧まざる言動によって、二度も己れのみで昇天させられてしまった挙句、せっかく苦心して釣り上げた筈の獲物を、腰の魚篭(びく)に取り込む寸前で取り逃がした漁師の気分を味あわされていると言う。

「・・・。」

「次回は、必ずご満足なさるまで致されますよう。」

「うむ。」

次回釣り上げられたら、漁師の腰の魚篭に取り込まれてやり、完全に漁師を安堵させその警戒心を解かせるべきだと言っているのだ。

「そうは申しましても、女性の体も母上様のお顔もご存じないと言うことを、あちらに意識させたことは思わぬ効果を生むかも知れませんわ。」

「そうなのか。」

「あらあら、それでは何の意図もお持ちではなかったのでございますか。」

「うむ、別に何も考えてなかったよ。」

若者の欲する環境を整えるためには、当然それなりの作戦が必要になる。

出來ればあと一ヶ月、それが無理としてもせめて半月の猶予が欲しい。

海底の融合同一化が既に最後の段階にまで来ており、他国の干渉を受けても「秋津州は自然の陸地であり、その自然の陸地の先住民として建国したのだ。」と強弁し得るまでには、少なくともあと半月はかかるだろう。

それまでは、米国を初めとする諸外国の警戒心を増幅させないよう細心の注意を払う必要がある。

そのためにこそ、米国のメディアを厚遇し秋津州に好意的な情報を流させ、米国政府に対しては秋津州の持てる技術の結晶とでも言うべきものまで提供し、ひたすら親米的な姿勢を示し続けて来た。

度重なる招待に対しても訪米の意思有りと伝え、国王専用機と同一タイプのもの一機とヒューマノイド兵士二体の無償供与と言う、魅力的な手土産を用意したことまで伝えてあった。

虚空はるかな荘園で、血みどろの消耗戦を戦い抜いた若者の意思は、これ以上の流血は是非とも避けたいところにあり、一方的に侵略してきた相手とは言え、膨大な敵を殺戮してしまった酷すぎる過去を今も重く引きずっているのである。

かと言って、殺さなければ殺されてしまう。

百歩譲っても、一族の全てが奴隷に成り果てるのである。

侵略戦争であろうが無かろうが全く関係は無い。

王としては幼い一族のものたちは無論のこと、国内に駐在させている者たちの流血も当然避けたい。

ただ、その内部に敵と連携している者がいて、それも現在特定出来ているのは一名だけであり、もしその外にも未確認のものがいれば当然対応が変わってくるのだ。

そのためにも、現在他国から受けつつある歴然たる侵略行為にも目をつむり、ひたすら時間を稼いで来た。

山間部に拠点をつくり、なおかつ夜間外海からの侵入を繰り返し、その装備も今や軽視できないまでに充実させ始めている侵略軍(軍といっても未だ三十名にも満たない脆弱な兵力なのだが)の動きいかんによっては、対抗上当然流血を覚悟しなければならない。

今回、そのものたちと同一線上にあると思われる、村上優子を受け入れた理由も当然そこにある。

優子の場合その正体も最初から明らかで、またその採ってくるであろう手法も充分予測の範囲内であり、それを逆に利用してこの局面を乗り切ろうと言うのが若者の戦術なのだ。

叶うことなら戦わずして撤退させることが出来れば理想だが、そうさせるためには強大な軍事力の存在を知らしめる以外にその方法が見当たらない。

百歩譲って、ワシントンに依頼してその軍事力を以って撃退してもらうと言う策もあるにはあるだろう。

秋津州に対する影響力の拡大を切望している米国は、この程度のことなら、一も二も無く喜んで応諾するであろうが、その代償は将来とてつもなく大きなものとなってしまうに違いない。

結局のところ自国を自力で防衛出来ずに、他国の軍隊を引き入れたと言う重い事実だけは未来永劫残ってしまう。

古来、自力で国を守れず或いは守ろうとせず、全面的に他国軍の力を借りるような国は必ず滅んでいる。

このことは、既に多くの歴史が証明している筈なのだ。

仮に国家の形だけは残ったにしても、それは最早自主の国とは言えず、何よりもその国民の精神が滅んでしまう。

そうなってしまえば、いったい何のために建国したのかわからないではないか。

自前の軍事力を以って対抗すれば、ほとんど一瞬で殲滅することも可能だが、ひとたび実行してしまえばその驚異的な戦闘能力の一端が、メディアの知るところとなる。

敵がそのメディアの一部と連携している以上、必ずその者たちが知ってしまう。

そしてそれは、衝撃的なニュースとなって世界を駆け巡ることになるに違いない。

その結果、世界の世論が秋津州脅威論で溢れかえり、我が実力の一端を知った以上、ワシントンは秋津州の領土を利用することに希望を失った挙句、最早我が国家主権を完全否定するほかに有効な対抗手段を持てなくなる筈だ。

既に掴んでいる筈の海底のデータを公表し、「秋津州は自然の陸地とは認められない。」と言う論調に転換してしまうに違いない。

そのことが当然大きく問題視されて、国連等国際機関の立ち入り査察を要求され、拒絶すればその事実を認めたと同じことになり、受け入れればその事実がより明らかになってしまう。

いずれにせよ国家主権と言う、唯一、一族を保護すべきものが法理上雲散霧消してしまうのだ。

そうなってしまえば、巨大な暴力を用いて力で世界を屈服させて強引に居座ってしまうか、或いは元の「丹後」へひっそりと撤退して行くか、どちらかしか残る道は無い。

現に、米中露等の強国は現在でも前者の方式を実行中なのである。

若者は、港湾開削工事に事寄せて大々的に海底の据え付け工事を行った。

その工程が既に完了している今、未だ存在しているその残滓が、時間の経過とともにやがて確実に消滅していく。

そのために必要な時間が、およそ一ヶ月なのだ。

そこまで漕ぎつけさえすれば、秋津州が巨大な浮島であったとする過去のデータなど、一笑に付してしまうことも出来る。

また、その後になってからならば、立ち入り査察だろうが何だろうがいくらでも受け入れてやる。

とにかく、今はその時間を稼ぎたい。

最も陰湿な戦術としては、少しでも敵軍に関係している可能性のあるメディアクルーを、全て密かに暗殺してしまい、同時に侵略軍も密やかに殺してしまうと言う方法もあることはあるが、その事実は後世必ず明らかになってしまうだろう。

その可能性が有り得ると言う理由だけで、その証拠も無いごく普通の民間人をも多数殺してしまうことになるのだ。

どのようなシナリオであろうと、敵に連携している者の全てをあぶり出しておきたい。

そのためにこそ、あの女性工作員を利用したいのである。

ワシントンの差し金もあってか、島内諸方に設置された多数の定点カメラの存在も無視できない。

現段階ではその全てを捕捉出来ている筈だが、これからもさらに増設されて行きそうな勢いであり、これがまた厄介至極なのだ。

その内の一部に至っては、その映像がライブで米国内にも流れていて、これがまた一段と困り物だ。

ライブで放映された映像は、往々にして激しい世論の反応を呼ぶことがある。

なにせ一切の編集が利かない。

万一の場合、公開されることが好ましくない映像が流れてしまうかもしれないのだ。

かといって、それに対して規制の網をかけると言うことは、折角苦心して勝ち取った「報道の自由がこれほどまでに保障されている秋津州は、開かれた自由な国である。」と言う定評を自ら覆してしまうに等しい。

父祖の国日本の傍らで一族が平凡に暮らして行きたい、と言う素朴な願いは、王にとって唯一最大の正義でもある。

何ものにも替え難いことなのだ。

たまたま、太平洋の海底に絶好の条件が自然に醸成され、丹後の小宇宙をその陸地ごと切り取り、勇んで移動して来た。

何せ、高さ五千メートルにも及ぶ海嶺が隆起したため、少なくともその頂上付近には、海底ケーブル等の余分なものは一切存在しなかったのだ。

まさに天佑神助とでも言うべきこの機会は、絶対に逃したくはない。

その海域は、ハワイ諸島と日本列島の間の純然たる公海で、もともと誰のものでもないのである。

(ハワイ諸島と日本列島の間とは言っても、かなり日本寄りではあるのだが。)

海洋法に何と定めていようと、誰のものでもない場所に陸地を造成してそこに建国してしまいたい。

その願いを成就するために、出来る限り平和的な手順を予定していたが、早々と他国の軍隊が秘密裏に侵入を繰り返し、山間部に拠点作りを始めてしまっている。

秋津州に対して一方的に領有宣言をするような国家の軍隊に、侵入されてしまっているのだ。

秋津州は、既に典型的な戦争状態に入ってしまったと言うべきであり、本来なら一刻も早く撃退するための軍事行動あるのみだ。

必要な軍事力は、有り余るほどに持っている。

しかし、例の海底の一件があり、せめてぎりぎり一週間の時間が欲しい。

ここが最大の悩みどころなのだ。

相手が隠密行動をとってくれていることもあり、当方も気づかない振りをしているが、万一このことが露わになってしまえば、最早、純然たる戦争をするしか方法が無くなってしまう。

露骨な侵略行為を受けて、なおかつ毅然とした対応をとらないまま漫然と時を過ごせば、当然他国から重大な侮りを受けることになる。

その結果、その分だけ他国のプレゼンスだけが一方的に大きくなり、より深刻な窮地に立ち至ってしまうことは、これもまた歴史上の必然だ。

それと言うのも、秋津州は他国にとって魅力的な条件を多数具えており、それは各国の国益に照らして見ても、決して無視できないほどのものなのだ。

現に例の三国などは、いまだに秋津州に対する領有宣言を行ったままだ。

ワシントンは、今のところ親和的な姿勢を示してはいるものの、もし秋津州が親米路線をかなぐり捨てれば、その瞬間に態度を一変させることは火を見るよりも明らかなのである。

また、港湾工事のさなか、無謀にも湾口付近をうろつきまわっていた中国の老朽原潜が危うく沈没圧壊の危機におちいり、そのままでは領海が汚染されてしまうため放っても置けず、止む無く一個小隊を以てその老朽原潜を救助したこともあった。

しかし、中国側にはその時の海中で何が起きたのかは永遠に分かるまい。

あのとき王の命により出動した一個小隊は、海中で機能不全に陥り沈降していく厄介な鉄屑を、一旦深度五十メートルほどにまで浮上させてやった。

あとは、中国側の自力の救助作業に任せようとしたのだが、その作業がもたもたしていてどうにもならない。

結局業を煮やした王の判断で、そのまま公海上まで四百キロほども移動させてから浮上させてやったのだ。

そのとき、そのぼろ舟を艦底から支えながら作業していたのは、全て我が秋津州の一個小隊であったことなど、彼の国には思いもよらぬことであったろう。

それでも未だ性懲りも無く、別のぼろ舟が領海内の海中をうろついている。

もっとも、それは中国だけでなく米英露仏等の原潜も又同様ではあるのだが。

とにかく、領海内の海中では現在も多数の原潜がうろつき回っているが、これについても今のところは気がつかない振りを続けなければならない。

王としては、またぼろ舟がお笑い種の事故を起こしてくれなければ良いがと祈るばかりだ。

一ヶ月の時間さえ与えられれば、あとはごく普通の外交で乗り切っていける自信もあり、今はひたすら時間を稼ぐ。


残る一点は、三つの荘園の巡検に王自身が直接出かけて行かねばならないことである。

この三つの荘園は太陽系どころか、銀河系にすら属さないはるか暗黒の彼方に散在し、地球を含めた四つの天体は、そのそれぞれが数億光年もの距離を隔てていることも既に述べた通りだ。

そのそれぞれの間は、王やマザーの能力をもってしても全く通信が途絶しており、唯一王の空間移動能力に頼ってその天体の近くにまで実際に移動していくよりほかは無い。

三つの荘園には、防衛と現地作業のためにそれぞれ一個兵団を配備しており、生身の秋津州人は一人もいない。

それぞれの一個兵団は、それぞれ担当する天体において、王の指示のままに、治水、農耕、山林経営、そして地下資源や海洋資源などの管理に務めているが、これら巨大な資源は秋津州の経営基盤の殆どを担っており、決して放棄することはできないものだ。

また、現地が例の異星人に襲われ苦戦している場合も含め、その環境が激変してしまっていることもあり得る。

そのためにも、定期的な王の巡検が不可欠で、少なくとも現地司令官(これも当然ヒューマノイド)と通信可能な距離にまで移動して行き、その報告を受けてからさまざまな判断を下す必要がある。

結局は、王自らが移動して行かざるを得ない。

何度も言うが移動先の天体と地球とでは、王が直接移動して行かない限り、いかなる通信も途絶しているのだ。

今般、秋津州を地球に定着させるための作業に没頭していたため、その巡検が全くなされていないことに加え、重要な物資が欠乏し始め、マザーの生産ラインが一部稼動を停止してしまったこともあり、一刻も早く荘園から搬送してくる必要にも迫られている。

いずれにしても、そろそろ王は地球を留守にしなければならず、その時期と期間こそが問題になってくるのだ。

以前にも触れた通り、王位が空位の間のマザーを唯一制御し得るものは、前王の遺したごく大まかな規範だけであった。

その間のマザーは、許された範囲で自己学習と進化を重ねつつ、その大規模船団に含まれる人工子宮や巨大なファクトリー、そしてウェアハウスや全秋津州軍を全てに亘ってマネージすることになる。

これらのファクトリーでは、三つの荘園から産出する豊富な資源を原材料として、多様な工業製品の生産を継続しており、それは、京子や種々の飛行物体、そして膨大なヒューマノイド兵士たちのことでもあるのだ。

また、ヒューマノイド用の衣類や靴などについても、膨大な生産ラインを要することも軽視するわけにはいかない。

また、留守を預けるべきマザーは、ぎりぎり有効な通信を可能とする六千万キロメートルほどの距離を保たしめつつ、地球の公転運動に連動させているが、地球から月までの距離が概ね四十万キロほどであることに思い比べて、マザーの大船団までの途方もない距離を思い描くことが出来よう。

そのマザーから見て、秋津州の存在する太平洋が地球の裏側になってしまう場合には、その通信にも数十分もの時間を必要とすることもあり、また、マザーと地球との間にさまざまな障害物が存在する場合にも、微妙に所要時間が違ってくる。

マザーは、付近に全軍(三つの天体に配置した三個兵団を除いて)を従えてはいるが、これに対して大規模な軍事行動を命じるほどの重大な政略的判断は、事前に王が指示しておかなければならない。

現に千九百三十四年に先王が嵩じる際、マザーが託された戦力は、後に起こる日米戦争当時、米軍に太平洋の制海権をむざむざ奪い取られることを阻止し、かつ北米大陸の完全占領をなし得るほどのものであったことは確かである。

しかし、生前の王が具体的な指示を遺せなかったため、直接日本軍を支援するまでには到らなかっただけなのだ。

なお、前王の嵩じたあとの原料資源の補充作業は、ひとえに王女勝子の空間移動能力によって支えられていたが、勝子が死去してからののちは、少年の能力によってのみ果たされて来ており、結局、少年の異能だけが唯一の補充手段になってしまっている。

なお現在のマザーは、その支配下から情報収集部隊一個連隊(およそ四百二十万機の「SS六」)を主として北半球に配備し、「RC-M、F」とそれに付随する「D二」と「G四」を展開させ鋭意情報収集に当たらせており、いざともなれば直接戦闘行動を採らせることも可能だ。

かと言って、京子は勿論、マザーでさえ戦争行為を含むほどの政略的な判断は出来はしないし、また、させるわけにもいかないのである。

留守の間の全てはそのマザーに委ねて行くほかは無いのだが、その間のマザーには局所的な対応判断しか任せられないことになる。

また、数年前の「丹波」での防衛戦の時と引き比べて王の力は甚だしく成長してきており、現時点ではそれを望まぬ他者(例えば敵軍の大規模設備や小惑星)をも強引に空間移動させてしまうことさえ可能になってきているほどだ。

実に、恐るべき「力」だと言って良い。

一旦、この力を無制限に開放してしまえば、今回移動させてきた「秋津州」の数千倍もの質量の小天体をこの地球に激突させることすら可能であり、それは地球上の全生物をごく短時間の内に葬り去ることも可能であることを示唆している。

万一それを実行したとすれば、全ての海洋における海水が一滴も残さず蒸発し、地表の全ては非常な高温に曝され、海洋生物は言うに及ばず地表付近の生物も全て死滅してしまうほどの威力を秘めているのである。

通常の核シェルターなぞは何の役にも立たないため、その結果生き残れるのは、数千メートルの地底に生息するごく僅かな微生物ぐらいのものであろう。

まして、少年が憤怒に燃えた時などは一層凄まじい力を発揮し、地球程度の質量のものなら惑星の軌道を変えてしまうことすら可能かも知れない。

この意味から言えば、最早、王そのものが「最終兵器」であると言ってしまっても決して言い過ぎではないのである。

この事実こそが、王の持つ最強のカードでもあり、そのカードの重みを人類が自覚した時には全てが終わってしまっていることになる。

いっそ、一思いに火蓋を切り侵略軍を殲滅し、戦時を理由に一切の他国からの干渉を実力で排除し、敵国を完全占領し後患の根を絶ってから巡検に向かうか。

充分な軍事力を持っている以上、誰が考えてもこれが最も現実的な戦略であることは確かなのだが、流血を嫌う王が煮え切らない。

なによりも、この侵略軍が侵入してくる前に全て察知出来ていたのだ。

その時点で、人知れず殲滅してしまうことも充分可能であったにもかかわらず、その装備から見てごく短期間の斥候行動の後、即座に撤収して行くであろうと言う甘い見通しを持った王が、攻撃を許さなかったことが全ての発端であった。

それがこうとなってしまえば、最早誰にも知られずに殲滅することは難しくなってしまった。

なにぶんにもNBSの駐在員の中に、侵略軍に気脈を通じて協働する工作員がおり、その上、その一部しか捕捉出来ていないのだ。

なまじ流血をためらったがために、より大きな犠牲を払わなければならなくなってしまったことは、若き王にとって辛い学習になってしまった。

結局は、荒々しい牙を剥き出しにして愚劣極まりない殺し合いをしなければならないのであろうか。

王の哀しみは深い。

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  1. 2005/11/01(火) 01:01:02|
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自立国家の建設 013

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二千四年九月三日、大統領選の嵐の真っ只中に、国王は米国政府の度重なる招きに応じワシントンを訪れていた。

事前の打ち合わせの段階で、「二機の国王専用機を以て直接ワシントンを訪れ、兵士型ヒューマノイド二体を乗せた一機はそのまま供与する。」旨の申し出を受けた米国側の期待はすこぶる大きい。

とにかく、秋津州の先端技術は米国当局にとって、軍事的な意味からも重大な関心事であり、万全と言って良いほどの受け入れ態勢を布いていたのである。

自然、厳重な保安体制が布かれ、現地は一種異様な雰囲気に包まれた。

到着予定時刻は午前九時(現地サマータイム)であり、到着予定地はポトマック河畔のタイダルベイスンだ。

政府関係者や各メディアが固唾を飲んで待つ内、問題の二機が揃いも揃ってタイダルベイスンの湖面にその姿を現したのは、予定時刻きっかりであった。

全く唐突に、その湖面上わずか数メートルの空間に、ぽっかりと出現して見せたのだ。

秋津州から同乗してきた米国務省官僚二名が直接米国側と交信し、ナショナル空港の離発着を停止させる中、米側のレーダーにも全く捕捉されないままでの到着である。

米国側の希望により、この訪問者はエリプス広場までの空間を、静々と、まるで滑るように移動してその芝生に降り立った。

随員なぞは全くおらず文字通りの単身であり、二機の国王専用機には同乗の米国人以外には、二名ずつのヒューマノイド兵士が搭乗しているだけと言う思い切った身軽さだ。

ホワイトハウスにおける儀礼的なトップ会談の後、中庭で二国間の友好と協調をふんだんに盛り込んだ共同コミニュケが発表され、かつて秋津州湖で国王に救われた米軍兵士の幼い娘による花束贈呈のセレモニーなどが行われ、多いにその場を盛り上げることとなった。

昼食後の時間は、専ら軍関係者への円盤型航空機の引き渡し作業に費やされる運びだ。

米国側としては、ことに対処すべく大掛かりなプロジェクトティームを立ち上げており、あとはこのティームがカネと時間をかけて徹底的に分解して調べるだけであろう。

現実にはいくら調べたところで、使いこなすことも、またコピーを作ることも不可能ではあろうが、こちらの目的はあくまで取りあえずの時間稼ぎなのであり、しばらくしてから悲鳴のような問い合わせが殺到するに違いない。

それで、米国に対しては充分一ヶ月は稼げる。

一国の元首が全くの単身での訪問のことでもあり、その事自体、訪問先での身の危険を感じていないことの表れであり、今後もまた手軽に招きに応ずることの容易さをも強く印象付けたことは事実だ。

超先進的な兵器をそのまま提供すると言うことは、美辞麗句を連ねた外交辞令の千万言にも勝るものであった事は確かで、この手土産には、それほど巨大な価値がある。

そしてこのまことに風変わりな訪問は、あっさりと終了し、多忙な王は一旦戻していた暦を慌しくめくり直して去ったのだが、そのあとには、またしても新たに巨大な謎が生まれることになる。

それは、秋津州から同乗していった米国官僚の証言によるものであった。

その証言によると、深夜の秋津州内務省の前で国王専用機に乗り込み、それからポトマック河畔上空に到達するまでほんの瞬く間だったと言うのだ。

シャワーは勿論トイレすら無い小型機で、ワシントンまで一気に飛ぶと知って驚いたのは、特別に設えられた無線機を以てワシントンと交信させられた時であり、もうその時は目的地上空に着いていたのだと言う。


二千四年九月四日十七時、王と京子の通信。

王は若衆宿に所在し、京子は神宮前オフィスにいる。

なお、この通信の全てはマザーにも配信されており、数十分後にはマザーも確実に受信することになる。

王は、目覚めて洗顔を済ませたばかりのようだ。

「お目覚めでございますか。」

「うん、よく寝た。」

「では、只今お食事を運ばせましょう。」

睡眠の必要の無い京子には王の就寝中の全ての情報が集中しており、目覚めた王にはその都度報告する必要がある。

そして、その情報は秋津州に配置した京子の配下の者たちにも既にもたらされている筈なのだ。

また、この場合の京子の配下の者とは三人の妹と内務省官僚のことで、当然この者たちへの直接の指揮権は京子が握っている。

「徹夜したようなものだからなあ。」

夕暮れのワシントンから一瞬で戻ったとき、秋津州は朝であった。

「お休み中、マーベラさまと優子さんがお近くまで来ておいででしたわ。」

王が熟睡中と知り、諦めて引き返したと言う。

「ふむ。」

「優子さんは、ちっとも噂になっていないのが、大分ご不満のようでございましたけど。」

例の受付の二人の女性も当然ヒューマノイドであり、指示されない限り噂話なぞする筈も無い。

したがって、金輪際噂なぞにはならないのである。

「只、本日の優子さんの動きで、敵の協力者がもう一人特定することが出来ました。」

国王にとって特別の存在になったと言う意識からか、著しく緊張感を欠くこととなった優子の行動によって、メディアの中で敵に協力する者をもう一名特定出来たと言う。

「そうか。」

「これも優子さんのお陰ですわね。」

「・・・。」

「これで、この他の可能性の有無も確かめることが出来ようかと存じます。」

優子を含めて民間人三名を徹底的にマークすることによって、その他の工作員のあぶり出しも可能になる。

「子供たちを、シェルターの近くから離さぬよう。」

数箇所に地下シェルターを設けてあり、一族六名をそのシェルターの入り口からあまり遠くへやるなと言う。

当然、万一の場合には素早くシェルターに避難させようと言う意味を込めている。

「承知しました。」

「マーベラも、なるべく子供たちと一緒にいるよう誘導してくれ。」

軍事命令は、簡潔明瞭であることを要する。

「なるべく」などと言うあいまいな表現は、既に軍事的な命令にはそぐわない。

「かしこまりました。」

王の読みでは、そろそろ危険レベルが高まりつつあると言う判断なのだろう。

そうなると、誰が考えても王の想い人であるマーベラは、絶好の獲物となってしまうに違いない。

マーベラ本人には、今のところ本当のことは言えないのだ。

「ワシントンでは、潜入部隊の存在を確認したようでございます。」

米国当局が侵略軍の存在に気付いたと言う情報が、大統領のマシーンの殆どに張り付かせてあるG四から入ったのだ。

「・・・。」

「当方に知らせるべきかどうかの議論をしておりました。」

「ふむ、ヤツらは知らせては来ぬだろう。」

折角気付かない振りをしているのに、わざわざ知らせてもらっても却って有りがた迷惑でもある。

「ご賢察でございます。」

「この程度の敵なら、こっちの力を瀬踏みするのにも良い機会だしな。」

秋津州軍は、かつて一度も戦闘シーンを見せたことが無い。

米当局としては、脆弱な侵略軍を言わば「当て駒」に見立て、秋津州軍の実力を推し量って見る良い機会だと思うに違いない。

「万一、秋津州が占領されてしまうような事態になれば、米国の庇護の下に亡命政権を作らせよう、などと言う議論が出ておりました。」

「ふむ、常套手段だな。」

白人列強が採ってきた手法の中でも、古典的と言って良いものなのだ。

「当て駒が少々弱すぎるので、中国をけしかけてみよう、などと言う乱暴な冗談まで出ておりました。」

現に中国当局は秋津州を中国領海東省として領土編入を宣言しており、次にとる行動はその実効支配であることに何の矛盾も無い。

「あながち冗談とばかりも言い切れまい。」

このシナリオでいけば、一旦秋津州を「当て駒」に占領させた後で米国の主導で亡命政権を作らせ、その亡命政権からの懇請を入れる形で出兵、当て駒を追い散らし表面上秋津州の領土を回復してやり、米軍はそのまま居座って秋津州の全てを壟断してしまおうと言うことか。

米国一般大衆の秋津州人気や米国企業のビジネス上の都合から見ても、この「正義の出兵」は可能性充分と見ているのであろう。

あるいはまた、「信託統治」と言う厚化粧の仮面をかぶる手もある。

いずれにしてもワシントンの計算通りに事が進めば、太平洋上の絶好の戦略的海域に巨大な米軍基地が出来上がり、うまくすればその他諸々の旨味まで手に入るのである。

また驚くべきことに、のちにこの「中国をけしかける」と言う「冗談」が、俄然現実味を帯びてくることになる。


二千四年九月八日

神宮前の秋元姉妹は、この日も米国大使館差し回しの車の迎えを受けていた。

米国大統領特別補佐官トーマス・タイラーからの招請だったが、事前の連絡においてもかなりの重要案件であることを匂わせており、彼自身が特別の敬意を払って丁重に出迎えてくれた。

例の航空機の技術解明に関して、助力を乞うための迎えであることは分かっており、なおのことこちらの機嫌を損ずるわけには行かないのだろう。

姉妹は、過去数度に亘って共に交渉のテーブルに着いてきた経緯もあり、タイラーとはかなりの親近感を漂わせながらの会談とはなったが、美しい姉妹は相変わらず出されたお茶に手を付けようともしない。

米国側は、コーヒーや紅茶それに日本茶にまで工夫をこらしてみたが結果は変わらず、その理由について尋ねても姉妹はあでやかに微笑むばかりで応えない。

いずれにしても全ての交渉は常に姉妹の方に主導権があり、タイラーとしてはたかがお茶一つとってもこれほどに気を使うことになってしまう。

とにかく、ノーと言う機会は姉妹の方にだけあって、タイラーは常に相手にお願いせざるを得ない立場では、とてものことに対等な交渉など出来るわけも無い。

まして、秋津州の先進的技術の情報開示を米国だけに限定させたいなどと、いかに身勝手な米国と言えども、さすがにそこまで虫の良いことは言える筈も無い。

実際ワシントンでは、秋津州からのもろもろの供与品の調査の過程で、さまざまの壁に突き当たっていて、担当ティームは頭を抱えてしまっていたのである。

より多くのサンプルの供与及び技術者の派遣を請いたいのはやまやまだが、中でも技術者の派遣の懇請などは、スーパーパワーのプライドが少なからず邪魔をしてしまうようだ。

今までなら他国の兵器の現物さえ入手出来れば、その現物そのものを分解し徹底的に調べることによって全てを解明し、同等以上のレベルのものを製造することも充分に可能であった。

だが、前回の永久原動機にしても今回の特殊な航空機にしても、全くと言って良いほどお手上げ状態なのだ。

スーパーパワーとしての自尊心そのものが、既に危機に瀕してしまっているにもかかわらず、本国からの訓令によって許された権限には、余りに屈辱的なスタンスをとることまでは含まれてはいない。

京子の方から見れば、このころには米国大使館の関係者にも配下のG四を張り付けてあり、当然タイラーの苦しい立場なども筒抜けであって、交渉ごととしては圧倒的に有利だ。

それでもほど良いところで、新たなサンプル供与の用意がある旨を気軽に言及して、ひとまずタイラーを安堵させることにした。

ここは米国側の面子を立て、従来からの親米路線に更に駄目を押して置くつもりもあって、その品目は前回と同一セットの供与を即決で快諾しておくことにしたのである。

但し、その準備には一ヶ月ほどの時間が必要であることを前提としておく。

これもごく常識程度の所用期間であり、相手に否やのあろう筈も無く、補佐官の満面の笑みに送られて姉妹は帰途についた。

秋津州側のこれ以上無いほどの好意は、充分に伝わったことだろう。

この予測された問題についての方針も、例の時間稼ぎの一環として、既に国王からの指示も受けており即断即決しても何の支障も無い。

これで、少なくとも九月一杯は、ワシントンがつくり笑顔を見せ続けることは確実だ。

姉妹が帰るのを待ちかねていた「東太平洋問題準備室」の官僚たちは、早速話を聞きたがって二階のオフィスに推し掛けて来て盛んに機嫌を取り結ぶ。

とにかく彼らとしては、日本人秋元京子の片言隻句からもほんの少しでも何かを汲み取ろうと必死なのである。

先日の王の訪米の模様が散々報道されたときも、「一言くらい事前に教えてくれても・・・」と、恨めしそうに泣かれたこともあり、先ほど米国大使館でしてきたお約束の内容を少々リップサービスしてやると、たったそれだけのことで大騒ぎになった。

このことからも、日本政府が如何に米国の情報の海から切り離された存在かが改めて感じとれる。

試しに、米国高官が中国大使館からの問いかけに対し、非公式とは言え「米国政府は海東島(秋津州のこと)問題に関しては、中国の内政問題として捉えており、その治安維持のための中国軍の出兵に異議を唱える事は無い。」旨の示唆を与えたと言う情報について触れてみると、さすがにこれは知っていたようだ。

なにしろ現在までの秋津州との外交交渉は、実質的には全て京子を通して進められて来ており、その京子の言葉を秋津州国王が裏切ったことは一度もないことから、日米両国にとって今日のこのことが改めて京子の一諾に千斤の重みを加えることになった。

また、このころには、日台の一部メディアが秋津州側が中朝韓露を仮想敵国と看做して、強硬姿勢を強め、口汚く罵るパターンの報道を連日流し始めた。

これらの報道画面には、不思議なことに、いかにも秋津州の政府高官を思わせる人物が顔を隠して出演していて、種々の刺激的な発言を繰り返し物議を醸していたが、勿論そんな秋津州高官なぞは実在するはずも無かったのである。

とにかく、国際政治の舞台裏には数多くの魑魅魍魎が跳梁跋扈していることだけは間違いのない事実であったろう。


二千四年九月九日の早朝(秋津州時間)、王は急遽マザーの船に入った。

「これより、一族の者とその親族の者たちを預ける。」

これこそは、マザーに対する戦時体制としての命令第一号になっていくのだろう。

王は地上の秋津州から一族の子供たち六人とそれらの親族(と言う役どころをプログラムされたヒューマノイド)を伴って来ており、これで全ての秋津州人がマザーの船団に収容されたことになる。

「承知致しました。」

この六名のほかに、生まれたばかりの一名をその両親役のヒューマノイドと共に、未だ船団内にとどめたまま様子を見ていた経緯もあり、不測の事態に備えて、かなり広いスペースは最初から確保してある。

「いくら大人しくしていても無駄のようだ。」

王は、どんなに低姿勢を示して見せても、最早開戦は避けられないと覚悟して子供たちを疎開させに来たことになる。

「輜重二個師団のあのボリュームを見せ付けておりますのにね。」

港湾開削工事に際して、世界にその姿を曝して見せたのは、別働輜重二個師団の四百億を超える大兵力なのである。

若者は持てるところの壮大な防衛力の一部をわざわざ公開して見せた心算なのであり、一方では秋津州の建国を承認してくれた諸国に対しては、ひたすら笑顔を振りまいてきた。

それにも拘らず、秋津州を一方的に自国領土に編入し、実効支配に及ぼうとする愚かな者たちがいる。

「こうなったら、一旦は、連中のやりたいようにやらせてみることにした。」

王は、平和な手段での立国と言う当初の望みを棄てたのである。

「あまり時間はございませんね。」

地球上からもたらされる直近のデータの殆どが、敵襲による開戦が近いことを告げていた。

以前から山間部に潜入していた敵の兵力が、一気に八十名ほどにまで膨らみ、相当量の弾薬が搬入されている。

そのわりには手持ちの糧食がわずかであることからも、ごく短期の作戦が予想されるが、撤収時には一体どうする心算なのであろう。

また、中国からは兵站補給用と陸戦部隊輸送用の船団が出航したことも確認した。

こちらは、恒常的な完全占領を企図していることは明らかだ。

「肝心なことは、弱者として完璧な被害者を演じ切ることだ。」

せめて諸国の世論だけでも味方につけるためには、なによりも一方的に侵略を受けている哀れな弱者のイメージを以て、ひたすら世論に訴えることを基本戦略とするほかにないであろう。

とにかく、世論と言うものは「弱者」と言う存在に対しては驚くほどに弱い。

自分よりも恵まれない環境にある者を「弱者」と見做し、あるときは同情し、またあるときは憐れみ涙する。

まるで自らを高みに置いて、眼下に「弱者」を見くだし、その上でその「弱者」なるものに憐憫の情をかけている自分自身と言う存在から、快感を得ているようにも見えてしまうほどだ。

「住民のデータの保全に努めます。」

兵士型と違い、現在この住民タイプのヒューマノイドは優れた戦闘能力こそ持たないが、見た目には普通の人体と変わらぬ臓器や骨格を具え、傷つけば出血し大きく損傷すれば死亡したような概観を呈してその機能を停止してしまう。

また、住民タイプの個体はやがて敵襲によって破壊されその機能を停止させられる運命であろうが、機能が停止するまでのデータこそが重要なのであり、そのあとでそのデータを新たなボディに移植することによって、言わば生まれ変わりの個体を再生することが出来るのだ。

それらのデータの中から、特段に凄惨なシーンばかりをメディアを通じて公開し、その一方的な被害状況を外部世界に伝えることこそが、最も有効な反撃手段となるに違いない。

「うむ、あとは物資の集荷を命じて来てからのことだ。」

これより王は、三つの荘園の巡検に出発し、幸いにして各現地が平穏のままでありさえすれば、必要な諸物資を集めるよう少なくとも命令を発することは出来る。

だが、現地の状況はあくまでその地の近くにまで直かに行って見なければ、全く判らないことなのである。

今回搬送予定の膨大な諸物資の収集と積み込み作業には、さすがに数日を要するとみなければならないが、かと言ってこのままで時を過ごせば、マザーの管理下の工業生産ラインが原材料の不足からストップしてしまう。

平時であれば地球で入手可能な物資であっても、戦時国際法の制限もあることから、他国からの調達が許されなくなってしまう可能性もある。

開戦が近いことから言っても、諸物資の補給は喫緊の課題なのだ。

「念のためではございますが、マーベラさまのことはいかがなされますか。」

「サランダインには米国当局からある程度の情報も来ておる。あっちで何とかするだろう。」

侵略者たちの動きについて、米国当局はとうに情報を掴んでおり、その米国当局から手配されて入国して来ている以上、少なくともサランダインティームに関しては、ワシントンが万全の手配をして然る可きなのだ。

現に秋津州の周辺には相当数の米国艦船が遊弋しており、そのうちの複数の艦船が多数のヘリコプターを搭載しており、若者の見るところその搬送能力は、滞在中の全アメリカ人を救出するに充分なものなのである。

まさか、みすみす見殺しにする筈はあるまい。

又、秋津州住民には一切の銃火器は持たせてはいないため激しい銃撃戦にはなる筈もなく、個別のテロならいざ知らず、歴とした一国の正規軍が米国の民間人を殺して見たところで何の利益もあるまい。

ただ、メディアとしての情報発信をそのまま許すとまでは思えない。

「承知しました。」

「京子の配下の者たちは全て神宮前に送り届けてある。」

「はい。」

「輜重部隊からベイダイン装備の一個師団を動員。」

軍用ベイダインとは、殆どの金属を溶融させる機能を持つ強力な接着剤のことであり、普段は三つのタンクに分離して搬送する。

いざと言う時に兵士に背負わせて行動させ、その三つのタンクの中身を射出時に混合することによって、強力な溶融機能を発揮するものだ。

しかも、以前から展開中の情報部隊は海中の全潜水艦を完璧に捕捉しており、それらが退役するまで複数のD二とG四が忠実に追尾し続けていることから、ベイダイン装備の部隊は号令一下、敵潜水艦のハッチを接着して、魚雷もミサイルも発射不能にしてしまうことが可能だ。

同様に海上の軍艦であろうが地上の大要塞であろうが、ほんの数分で無力化してしまうことも可能であり、海上に浮かんでいる船なぞは沈めてしまう気なら、その艦底に大穴を開けてしまうのには一瞬で事足りてしまう。

「うち五個連隊は海中の全潜水艦に対応準備。」

「全、でございますか?」

「そうだ、例外は無い。」

王は仮想敵国に限らず、全ての艦がその対象だと言明している。

「一艦に付き一個小隊を当てよ。」

五個連隊では、その小隊の数は八万を超える。

その任務のためには、充分すぎる数であろう。

「残る五個連隊は全衛星を捕捉し、その他は成層圏外で待機。」

王は次々と発令して行く。

「敵が戦端を開いたら、すかさず敵の軍事施設データを更新。」

実際には、別働の情報収集部隊によって地上の軍事施設は全て捕捉済みで、地下施設についても着々とそのデータが集積されてきている。

開戦後は、敵国のデータ収集に際して今までのような遠慮は当然不要になる。

「開戦後の直接戦闘行為は秋津州の住民のみで行い、自国領土内に限定する。」

王の不在の間の軍事行動は情報収集と戦闘準備に限定され、かろうじて秋津州島内で銃を持たない住民だけの応戦が許されたことになる。

この時点では、いわゆる常備の五個兵団には動員準備すら発令されておらず、マザーの大船団の中でひっそりと静まったままだ。

そして王は、多数のウェアハウスを従えはるかな荘園に旅立って行き、丁度その同じ頃には、小型の中国船が複数秋津州湾に入り込み、全く無遠慮に測量を始めていた。

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  1. 2005/11/01(火) 01:01:03|
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自立国家の建設 014

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開 戦

なお、秋津州の北西部には、麓に湖沼を抱いた山岳地帯がある。

起伏に富んだ山間部は鬱蒼たる樹林に覆われ、清冽な湧水も随所に見受けられることから、小規模の部隊が身を潜めるには格好の環境を具えており、中腹付近の窪みや洞窟には、近頃八十名ほどにまで増員された部隊が、それぞれに分散して設営していたのである。

そのそれぞれの分隊が夜陰に紛れて行動を起こし、ひそひそと下山し、その南麓に集結を終えたのが十日の午前二時丁度であった。

一方で、前もってNBSの内部に潜入していた工作員二名が、社名入りの大型バス二台を調達、既にその地点で待機しており、即座に全ての装備と部隊を乗せて進発した。

最初の行軍目標は、東南東へおよそ五十キロメートルほどの小高い丘陵地帯だったとされるが、その地点は首都までほんの指呼の間であり、麓には工作員二名が前線基地として急ごしらえの拠点まで準備中だ。

部隊は三時三十分目標の地点に到達、それまですし詰め状態であったバスから弾薬装備の一部を下ろし、軽い食事を摂って小休止、機関銃二挺と守備兵十二名を残して四時三十分再び動き出した。

この部隊は、後陣からの兵站補給などほとんどあてに出来ない状況にありながら、秋津州の完全占領を目指し、二次的には永久原動機ほか財貨の奪取をも目論んでおり、以後の糧食などは徹頭徹尾現地徴発で賄うことになるが、無論この連中には、徴発する物資の対価を支払う心算など毛頭無かった。

しごく単純に原住民から、実力を以って劫掠するだけのことだ。

諜報によれば、現下の秋津州には銃火器類も空飛ぶ兵士も全く存在せず、自軍の兵力が例え脆弱なものであっても、ごく短時間で首都を制圧し得ることを疑うものなど一人もいなかったのである。

彼らの士気は高く、その未来は必ずや栄光に輝くに違いない。

作戦は順調に進捗し、四時四十分、ついに運命の銃声が響き渡り、それはのちに歴史的な意味を持つに至る。

それは、先発させた斥候兵二名がNBSの取材クルーの車両と遭遇、銃を以って恫喝して停車させ、六名のクルー全員を射殺し、その車両二台を奪った際の銃声であった。

このことに端を発したこの紛争が、果たして厳密な意味での戦争と呼べるものかどうかは、甚だ疑問の残るところではあったろうが、この最初の犠牲者六名の中には、山麓の湖の現地案内係として臨時に雇われた秋津州住民二名が含まれており、周辺に存在していた複数の「D二」や「G四」によって、この情景の一部始終がマザーに送信され続けていたことは重要だ。

侵略者たちのこの行為もまた、期せずして貴重なデータを残すこととなったのである。

のちに世界が知ることになるその音声付の動画データによれば、このときの二名の斥候は、無抵抗の米国人居留民(いずれも白人)四名を車両から引きずり降ろし、その直後に、無情にも全く問答無用で射殺してしまっていた。

同行の秋津州人二名についても、又同様である。

なお付近には、哀れな捕虜たちが遠方と通信することを可能とするような機器類などは全く存在しない。

その車両を奪いさえすれば、それら民間人の手足を緊縛して路傍の草むらにでも放置するだけで、充分その軍事目的は達せられた筈なのだ。

その作戦行動を秘匿するためとは言いながら、この場合ほんの数分間秘匿できれば事足りたのだ。

何故ならば侵略軍の本隊は、この直後には、車両四両を使用して、そのまま秋津州の心臓部に突入する企図を固めていたからだ。

秘匿すべき作戦目的など、無いに等しいと言って良い。

然るに、目視によっても明らかに分明し得る民間外国人(白人)を、何の配慮も無く射殺してしまっている。

のちに、メディアによって広く公開されることになるこのシーンを、特に白人先進国の多くの民衆が、いったいどのような精神状態を以て繰り返し目にすることになるものか、少なくともこの時犠牲になった四人の白人たちは以って瞑すべしではあったろう。

さて、一方の秋津州側の動きだが、地上のD二から敵部隊集結の情報をマザーが受信したのは二時二十分、直ちにマザーから防衛戦闘令が発令されることになる。

地上の秋津州住民がそれを受信したのが概ね三時零零分、国防軍と名を変えた直近の村の自警団五百人ほどが、首都の議事堂前に集結を終えたのは四時三十分である。

国防軍などと言って見たところで、それはいわゆる「若衆宿」の少年部以上の者たちのことであり、十二歳以上の健常な男子の全てを含み、しかもその装備はと言えば剣帯に吊った日本刀だけであり、彼等はこの前近代的な装備を以って、機関銃まで装備した侵略軍を決然と迎え撃つことになるのだが、それは、あくまで王の許した防衛戦闘の範囲内のことでもあっただろう。

五時十分、議事堂付近で本格的な衝突が起こり、日本刀装備の国防軍五百人は瞬時にして壊滅してしまうのだが、一人として逃げ走る者はおらず文字通りの全滅であったと言う。

四台の車両に分乗し、議事堂前の広大なグラウンドに侵入した侵略者たちは、その数こそ微弱なものであったが、車両の窓越しに行われる射撃は、絶大な効果を発揮することになった。

防御のための盾も持たず、剣を振りかざしひたすら突撃して来る相手なのだ。

撃つ側にとっては、まるで平時の射撃訓練を行うのとたいした違いは無かったであろう。

また、議事堂とNBSの敷地とは、ほぼ隣接していると言って良い。

事前にある程度の情報を受け取っていたサランダインがこの情報を秘匿していたこともあって、ジャーナリストたちは何一つ知らされることは無く、身近で繰り広げられる戦闘シーンに驚愕したが、かと言ってそれを見逃すはずも無かった。

複数のカメラが捕らえ続けたその映像は全てライブで世界に発信されて行き、日本刀を抜き放ち絶望的な白兵突撃を繰り返す特異な民族性が、世界に大きな衝撃を与える役割を見事に果たした。

続いて、遅れて集結してきた他村の自警団も全く同様の装備のまま次々と突撃して行く。

とにかく、逡巡するものなど一人もいないのである。

広大なグラウンドで短時間に行われたこの戦闘で、千二百ほどの秋津州兵士が全て戦死してしまったのは確かであった。

その中には十代前半と思える少年兵が相当数含まれていて、これらも例外なく日本刀を抜き連ねて突撃して行き、数秒後にはそのことごとくが銃弾になぎ倒され、血煙を上げながらむくろとなっていった。

あげくに侵略者たちは、倒れている秋津州兵士の中を丁寧に止めを刺してまわり、議事堂前のポールに高々と赤い星の国旗を掲げ凱歌を上げたのである。

このようにして主要な戦闘はごく短時間で終結し、次いで彼等はNBSの建物に向かい、その場の全員を拘束監禁、金品を奪い一部の女性を連れ出しては犯し、そして殺した。

同時に、NBS以外の建物も捜索の対象となり、内務省裏の二棟の中では数人の女性が乱暴され無残に殺されてしまい、その中には村上優子のひどく損壊した遺体も混じっていたと言う。

結局彼女は味方の筈の兵士たちに、そうとは知らずに散々に乱暴された挙句殺されてしまったことになるのだが、このとき数人の女性の遺体が、極めて無残に扱われている場面の映像データまでがマザーの手中に残り、これもまた後にメディアの手に渡ることになるのだ。


六時零零分、遂に中国陸戦部隊千八百が上陸する。

上陸地点は、首都から南西へ三十キロメートルほどの新造なったばかりの桟橋(秋津州港)であり、軍用車両四十台ほどを含む諸々の物資が何の抵抗も受けずに続々と陸揚げされて行き、早速拠点の設営が始まった。

言わずもがなのことではあるが、彼ら中国人民軍部隊の作戦目的は、「中国領海東省」に居住しながら、いまだに秋津州国民を標榜してやまない、言わば「化外の民」を、強大な軍事力を以って服属させ、北京政府による実効支配を確立することにある。

その軍事行動の過程で、仮に戦闘が行われることになったとしても、それはあくまで「内戦」であって、断じて対外戦争などでは無いのである。

彼ら人民軍にも、かくの如く絶対的な正義が存在していたことになる。

この意味に於て、いかなる国家も容喙すべきものでは無いと信じており、勇躍して今次の作戦行動に入っていることは言うを待たない。

また、それなりの事前諜報によって、この「海東島」には一切の近代的軍事施設が存在せず、そこに住む「化外の民」どもは、哀れにも小銃一丁保持していないことについても揺るぎの無い確信があった。

北京の重鎮たちが、例の空飛ぶ怪力兵士たちの潜在的戦闘能力について、想像力を全く欠いていたことも思えば不思議なことではあったのだが、結局は現実感を伴わない潜在的な戦力など、単にその古ぼけた頭脳が受け付けなかったに過ぎないのであろう。

また、この感覚は既に首都の占領を完遂しつつある、もう一方の侵略者たちにとっても、ほぼ同様であったろうことも容易に察することが出来る。

兎に角、今回の「敵軍」たるや、ミサイルどころか、野砲一門、小銃一丁装備していないことで知られており、万一膨大な数の敵軍が天空から降ってきたとしても、その兵装はと言えば風変わりな拳銃のようなものだけであり、近代装備を具える自軍にとって、さしたる脅威とはなり得ないのである。

このような状況に於いて、中国人民軍は少なくとも数百丁の機関銃と予備弾薬だけは十二分に用意して来ており、なおかつ後発の輸送船が更なる補給をも予定している。

彼等自身凄惨な戦闘など予想もしておらず、いきおい、その作戦も単純なものにならざるを得ない。

海東島の中心部にある「化外の民」の奉ずる、議事堂や内務省なるものを真っ先に制圧して見せ、次いで三つの村々とやらを占領する。

各地域において、従わぬ者どもを瞬時に制圧し得ることについては、何の疑問もいだいてはいなかったのだ。

しかも、上陸直後最初に放った斥候の齎した情報が、この安易な先入観を更に補強することに繋がって行った。

首都に向かう方角に於ける脅威は、全く無いと言うのである。

それぞれ機関銃を搭載した軍用車両四両に、三十名を乗せた威力偵察部隊を出したのが九時丁度、上陸地点付近に設営した拠点に百名ほどの守備兵を残し、一時間遅れで本隊千六百が進発する作戦だったが、その間際になって、先発させた偵察部隊から敵と遭遇して苦戦中である旨の報告が入った。

中国人民軍は百二十名ほどを車両二十両を以て急行させ、残りの本隊は二手に分かれて進発した。

兵力に勝る彼らは少数の敵を圧倒し、苦も無く追い散らしながら首都に入り、正午にはその制圧を完了して議事堂前のポールに今度は「五星紅旗」が翻ることとなった。

NBSのいた建物は接収され、そこに司令部が置かれ、その場にいた関係者たちの拘禁状態は依然として続いたが、彼等の中から新たな犠牲者を出すことだけは免れたようだ。

短時間の掃討戦を展開しながら、司令官が「中国領海東省」が軍政下に置かれた旨を宣言する迄に、たいした時間はかからなかったのである。

尤も、掃討戦なぞと言って見たところで、残るは無力な一般住民だけなのだ。

多少なりとも戦闘能力を持った男子は、ほとんどが国防軍に加わって最初の戦闘で壊滅してしまっている上、外郭堰堤部に散在する灯台望楼を守備していた者たちにしても、それぞれ内陸に向けて移動中、ごく小規模の遭遇戦を戦って既に全く失われてしまっている。

この状況下で行われる掃討戦である以上、その結果も又知れているであろう。

緑に包まれた秋津州三箇村は、文字通り侵略者の餌食となった。

情け容赦のない略奪・強姦・殺戮・放火の実態が無数に記録され、その中には乳幼児の殺戮場面まで多数含まれていたのである。

全ての村落が放火され、黒煙が空を覆った。

その空の下では全くの狂気が全てを支配し、獣と化した兵士たちによる悪魔の宴が飽くことなく続けられ、これ等の記録が多数のヒューマノイド(秋津州住民)や「D二」、そして無数の「G四」によって、はるかな天空にあった恐るべき者に悉く送信され続けていることなぞ、侵略者たちには想像することも出来なかったに違いない。

多くの非戦闘員が避難すべき時間は相当に残されていたにも拘わらず、不思議なことに、シェルターに逃れ得た者はほんの一握りの者だけであったと言う。

のちになって、この動乱によって生き残った住民は、一パーセントにも満たないことが明らかになって行く。

実に、九十九パーセント以上が犠牲になったことになり、まさに秋津州人は殺し尽くされたと言うべきであったろう。

若者が三つの天体の巡検と諸物資の集積について具体的な指示を済ませ、一旦マザーの船に戻ったのが十五時零分、そのときには既に全てが終わってしまっていたのである。


事態を知るや、若者は秋津州の王として無論機敏に反応した。

作戦は、マザーの大船団の全てを、地球から二十万キロほどの距離にまで瞬時に移動させることから始まった。

これにより、以後船団そのものが、言わば秋津州上空の静止衛星のようにコントロールされることになる。

これまでは地球から六千万キロも離れた位置で、ただただひっそりとしていたが、事態がここまで進んでしまった以上、いまさら地球上からこちらの姿を観測されてしまうことなど恐れるに足りない。

二十万キロと言えば地球と月とのほぼ中間の位置にあたり、このあたりにまで接近しておけば、最早地上との交信の際に発生するタイムラグなど、たいした問題にはならないのである。

いずれにしても誰の助けも借りるつもりが無い以上、敢然と立って戦うか、それとも天の神にでも祈りをささげながら、従容として滅び去っていくほかに道は無い。

「命令っ。」

覚悟を決めていたこととは言え、敵は無力な一般住民、それも乳幼児に至るまで皆殺しを計ったことは確かなのだ。

それは、最も手軽な民族浄化作戦とでも言うべきものであって、殊にかの国にとって得意技であるとは言いながら、あまりに残忍なその行為には、やはり腹の底から憤怒が込み上げてきて、必要も無いのに声に出して命じてしまう。

加えて、サランダインティームも陵辱された上無惨に殺害されてしまった模様であり、ひたすら流血を恐れていたころの王の姿は既にそこには無かったのである。

「第六兵団動員。」

王の動員令に応えて、軍装の若い女性が正面の巨大なモニタの左半分に表示された。

未だ二十歳ほどにしか見えないその女性は、多少硬い表情ではあったものの、かなり整った顔立ちを具えている。

常備八個兵団の中でも、第六兵団と第七兵団は全て女性型ヒューマノイド「RC-F」で編成されており、モニタの若い女性は今回動員された第六兵団の司令官を以て任じていた。

一部の例外を除き、兵士型ヒューマノイドには発声機能は与えられていないものの、音声による会話よりもはるかに優れた通信機能を持つ。

ここで王は変わった命令を発した。

「別働部隊を全て女性部隊と交替させよ。」

現在展開中の情報収集部隊と輜重部隊の全てを、女性型兵士部隊との一斉交替を命じ、その結果、地球上に展開されている全部隊は全て女性型のものとなり、今後は当然男性型兵士「RC-M」は一体も存在しないことになる。

命令の結果、交替する部隊のそれぞれがデータの相互更新を行い、新規に投入された女性型別働隊は前任部隊のデータと任務を素晴らしいスピードで引き継いで行く。

さすがに、海洋の水中部隊の交替にはかなり手間取ったようで、全ての交替と引継ぎには十分ほどの時間を要した。

「別働部隊を第六兵団の隷下に編入せよ。」

この瞬間に、別働女性部隊を第六兵団の隷下に置くことになり、編入する側とされる側との間で膨大なデータの相互更新が開始され、ほどなくそれも完了した。

「直ちに秋津州の敵部隊を殲滅せよ。」

モニタの司令官は、無言のまま敬礼して応えている。

王の攻撃命令は、モニタの司令官を通じて次々と逓伝され、末端のD二とG四にまで伝達されるのだ。

さきほど第六兵団に編入されたばかりの情報収集部隊は、秋津州の敵兵をも全て捕捉しており、敵兵の付近で任務に付いていたD二が攻撃命令を受けた瞬間、高速ライフル弾をはるかに超えるスピードで敵兵を貫き確実に致命傷を与えて行く。

車両を用いて山岳地帯に入ろうとしていた少数の敵兵も、全て捕捉し殲滅した。

この攻撃命令はわずか数秒で確実に実行され、モニタには「命令の実行を完了しました。」と静かに表示がなされた。

「敵潜水艦の艦橋以外の全ハッチを接着せよ。」

モニタの司令官は、またもや無言の敬礼で応えている。

海中の潜水艦を捕捉追尾中の部隊は、それぞれ膨大なD二を頻繁に海面上と往復させながら水面上の味方との通信に備えており、次々に浮上してきては僅かのあいだだけ空中にとどまっているD二に対し、上空からの命令が確実に伝達されていく。

今度の命令の実行とその確認には、わずかに手間取ったようで二十分ほどの時を経てから、またもやモニタに「命令の実行を完了しました。」とのテロップが表示された。

この瞬間に、中国は無けなしの戦略原潜までが、北極海の海中で只の鉄屑と化してしまったことに気付かない。

その他の攻撃型原潜も通常型のものも、全てドック入りして大修理を行わない限り、魚雷もミサイルも発射することの出来ない只の鉄の箱にされてしまったことを、しばらくしてから知ることになるのだろう。

「海上の敵艦を沈めよ。」

これは数秒で完了した。

太平洋上はおろか秋津州湾内にいた敵艦船六艘も、その艦底に大穴を開けて瞬時に沈めてしまったのである。

このとき初めてマザーが発信した。

「敵地の軍事基地の捕捉を完了、最新データの更新を完了致しました。」

中朝の地下施設も含めて最新データの更新が完了し、作戦上の信頼性が格段に高まったことになる。

「D二とG四を以て、敵領土の軍事施設を攻撃せよ。」

敵地の軍事施設を、その直ぐ近くで捕捉し続けてきた膨大なD二とG四が、逓伝されてきた命令を受領すれば瞬時に反応する。

それぞれのD二とG四が、その分担する攻撃目標を壊滅させるために要した時間はほんの数秒だったであろう。

この命令の実行も僅か三分ほどで完了し、中朝二国は事態を把握するいとまも無く、ミサイルの一発さえ撃てずに手持ちの近代兵器の全てを失ってしまうことになった。

たったの三分間で軍用の航空機や車両、そして砲台やミサイル発射システムの全てが、超高速で飛び交うD二とG四によって文字通り壊滅してしまったのである。

地下の特別頑丈によろわれた施設にだけは、ほんの少々手こずったが、それでさえ三分以内で全て片付いてしまっている。

秋津州軍は、攻撃目標が、例え広大なユーラシア大陸の全域に分散していようが、全く問題にもしないほどの壮大な攻撃力を具えており、地上の目標物の場合など、それこそ、ほんの数秒で片付いてしまう。


敵国本土への攻撃が一段落したあと、マザーによる新たなデータ収集と更新が数回に渉って行われ、この作業には二十分ほどを要したため、王がその結果報告を受けたのは秋津州の現地で直接指揮をとっているときであった。

新たに整合性を確保されたデータは、少なくとも北半球の全域に渉ってカバーしており、今後においては南半球のものまで付加されて行き、やがて全地球規模のものに成長して行くのだろう。

ここまで事態が進んだ以上、この点でも遠慮している場合では無い。

それにしても若者の反撃は痛烈であった。

はるかな荘園からマザーの船に帰ったのが十五時零分、そして十六時零分には秋津州に戻り、その領土を完全に回復していたことになる。

つまり、領土内に直接侵入した者たちを殲滅し、なおかつ遠く離れた敵の本土にまで痛撃を加えるために要した時間が、ほんの一時間ほどでしかなかったことになるのだ。

若者は、多くを引き連れて帰国した。

それは十個中隊、約百三十万もの女性型兵士と、医療技術プログラムを組み込まれた住民タイプの者たち二百である。

各地で黒煙が上がり空を覆っており、真っ先に村々の救援救護にそのほとんどを振り向け、手元に残した一個中隊には首都圏の救護を命じた。

百三十万と言う膨大な兵員を一気に投入したことで、怪力を持った空飛ぶ兵士たちの威力が存分に発揮されることになる。

侵略者の手にかかり機能を停止させられた個体は無論多くに上っていたが、それらの個体は外見上如何にも死亡したように見せているだけで、実際には「微かな信号を発信し続ける」と言う最低限の役割だけは依然果たし続けている為、新たに出動した兵士たちは、未だ燃えている家屋の中からでさえ、秋津州住民の全てを探知し、極めて短時間の内に収容して来ることが出来た。

九月初旬と言う酷暑のさなかのことでもあり、グラウンドの南側には冷凍能力を備えた遺体安置用の巨大設備が二棟、急遽運ばれてきていた。

この設備は巨大倉庫のような外観を持ち、一棟当たり一万体もの収容能力と立体的な電動式移動ラックを備えており、女性兵士に抱えられて空中を運ばれて来る遺体が次々と収容されていき、最終的にそれは敵味方併せて九千体もの多きにのぼった。

同時に、議事堂前には百人以上の女性医療ティームを配した堂々たる野戦病院が設置され、外国人が全て優先的に治療を受けられることになった。

天空から運ばれてきた巨大な医療用施設は、潤沢な医薬品と医療設備とを備えており、付属する複数のSDによる給排水態勢も又万全で、ごく短時間のうちにその対応を為し得たが、それらの外国人の中に、たまたま重傷者がいなかったことも幸いしたであろう。

実際にNBSのメンバーが治療を受け始めたころには、天空のファクトリーで準備されていた機材や物資が続々と搬入されてきて、広大なグラウンドには巨大な集合住宅やSDが多数出現していた。

そのSDは、医療用としては当然だが、集合住宅その他の生活用水まで賄うに充分だったことに加え、一つが空になると、すぐさま入れ代わりに新たなSDが運ばれてくる手はずであることも明らかにされたのだ。

人々の混乱は、もうそれだけで静まってしまった。

この場合の集合住宅に至っては、ちょっとした高級アパートを思わせるほどのもので、標準以上の家財道具と生活用品が過不足無く揃えられていた上に、NBS関係の全員が即座に清潔な独立空間を宛がわれ、上下水道の面においてさえ立派に機能し、バスや水洗トイレが使用出来るほど素早い対応がなされていたのである。

それでも広大なグラウンドには未だ相当な余裕があり、またしても巨大な倉庫が搬入されてくる。

その倉庫には大量の衣料や食材、そしてさまざまな生活用品が収納されており、直ちにふんだんに配給を受けることが出来たほどだ。

それを目の当たりにした人々は、列を作らずともいつでも入手可能と感じた途端、もう誰も慌てなくなってしまった。

食材の中でひと際目をひいたのは、貴重な動物性蛋白源としての大量の冷凍鯨肉で、聞けば王の荘園では、鯨を粉末に加工して肥料にするほど大量に繁殖しているのだと言う。

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  1. 2005/11/01(火) 01:02:01|
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自立国家の建設 015

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さて、ここで少しばかり時間を遡って東京を見てみよう。

今しも神宮前では秋元姉妹がそのオフィスにタイラーの訪問を受けており、その属僚たちが慌ただしく出入りする中、一同が沈鬱な表情のまま向かっているテレビ画面では、秋津州の議事堂付近で行われた戦闘シーンが繰り返し報じられ、既に在留米国市民の被害についてもその一部が触れられ始めていたほどだ。

この時点では、秋津州が人民軍の軍政下に入ったことが確実視されており、タイラーにしても本国から具体的な訓令を受け取っていたが、まさかその内容までが筒抜けになっているとは夢にも思わない。

ここを訪れたときの目論見では、てっきり京子の方から切実な支援要請が出てくるものとばかり計算しており、その際には当然米国にとってかなり有利な展開で、亡命政権の支援策を提案出来るものと考えていたほどなのである。

それが、いつまで待っても全く寡黙なままの京子の態度に業を煮やし、案に相違して自ら口火を切るはめになってしまった。

「京子。」

二人の間には、既に互いを「京子、トム」と呼び合うほどの親密さがある。

「・・・。」

相変わらず無言のままの京子の方は、沈鬱な顔を少しだけ動かすことで返事に代えているが、その横顔は如何にも沈痛の極みであると語っているように見えて、そうであればこそ、ワシントンが救いの手を差し伸べる用意があることを一刻も早く伝えてやりたいのである。

「国王陛下はご無事でしょうか?」

「陛下は九日の朝から、ずっと荘園に行っておいででしたわ。」

秋津州が攻撃を受けたときには、王は不在であったと言う。

「そっ、その荘園について、是非お尋ねしたい。」

かねて噂の「王の荘園」に関する情報は、タイラーならずとも喉から手が出てしまうほどなのだ。

「それは陛下の私有財産でもありますし、直々にお尋ね下さい。」

「私有財産とは?」

「陛下以外に、その所有を主張なさる方がおいでにならないからですわ。」

結局、所有の根拠などまことに曖昧模糊としたものでしかない。

仮に法で定めてあったにせよ、その法の執行を許さないほどの強い力を以ってその所有を主張してしまえば、もうそれまでのことなのだ。

また、話題の「王の荘園」について、今更ひた隠しにする必要もあるまい。

「今回の件では何と仰っておいででしょうか?」

合衆国に支援を求めておいでなのではないのか。

そこのところが一番聞きたいところなのだ。

「それも、直々にお聞き下さい。」

「お会い出来ますか?」

「近々に。」

全く暖簾に腕押しとはこのことだ。

「政府高官の方々は、今どちらに?」

「それも直々に。」

「・・・。」

タイラーは一瞬言葉を失ってしまった。

この「政府高官の方々」とは、内務省に配置されていた京子の配下の者たちのことであろうが、この者たちは既にこの建物の三階にひっそりと移動させられてきており、一階の官僚たちでさえこの事実を知らないでいる。

そして、全く気付かれないままに、再び秋津州に移送されることになるのだろう。

京子の方も、つい先ほどからひっそりと瞑目している。

国王との通信に集中していたからだ。

「今しがた、陛下が秋津州にお戻りになりましたわ。」

ふっと、端麗なその目を開けて、京子がすらりと言った。

「えっ。」

タイラーとしては、そんなに簡単に戻られてしまっては困るのである。

それでは、米国にとって都合の良いパターンでの亡命政権構想が、水泡に帰してしまうではないか。

それに、中国当局からは、つい先ほど「海東島の暴徒を鎮圧して中国領海東省の治安を完全に回復した。」旨の公式発表があったばかりなのだ。

そう言えば、つい最近中国で発行された世界地図の中では、チベットや沖縄県の尖閣列島などと同様に、あの秋津州も歴然たる中国領として記載されていたことが改めて思い起こされる。

「NBSの方々のためにも、よろしゅうございましたわね。」

NBSの関係者たちが、国王の庇護を受けられる状況になって良かったでしょうと言っている。

そのNBSのメンバーの扱いについては、現在米中間で水面下の協議が始まっている筈だが、この様子では「中国領海東省」を前提とされてしまうような協議など、百害あって一利なしと言うことになる。

それが事実であれば、一刻も早く本国に報告し米中協議における方針を大転換させなければならない。

米国の利益にとって、重大な分岐点になる可能性は限りなく高いのである。

タイラーがわざわざ派遣されて来ている役割から言って、こういう場合にこそ、その真価を問われることは火を見るよりも明らかだ。

「だいぶ負傷者が出ておりますか?」

タイラーとしては、慎重に外堀から埋めていかなければならない。

「NBSの中で重篤の方はおられないようですわ。」

無論、とうに死亡してしまった者は存在する。

「えっ、それは確かですか?」

「ご心配でしょうから、これからご一緒に現地に参りましょうか。」

「ええっ。」

京子はおもむろに傍らの受話器をとって一階の外務省組を呼び、秋津州への渡航の意思を伝えた。

「あ、それとつい先ほど陛下が賊どもに鉄槌をお下しになりましたから、それもあってこれから参るのです。」

京子は、官僚たちのあまりに必死な形相に同情もして、多少はサービスしてやる気にもなったのだろう。

「ちょっ、ちょっとお待ち下さい。」

「これより賊どもの武装解除をなさるようですわ。」

居合わせた者はその武装解除と言う言葉の意味でさえ、当然秋津州国内だけのイメージで聞いており、本音を言えばそれすらも半信半疑なのだ。

二人の外務官僚のうちの一人が、脱兎のごとく部屋を飛び出して行ったのは、たった今掴んだ重大情報を当局に報告して指示を仰ぐためであったろう。

残った一人は、大きく目を見開いたまま何か言いたげにその口を開いたが、なかなか言葉になっては出て来ない。

「そっ、それは戦争の意味でしょうか?」

エリート官僚などというやつは、まったく愚かなことを言うものである。

他国の領土領海を軍事的な意味合いを以て公然と犯し、さらに攻撃の意図まで示せば、もうその瞬間に戦争に突入したことになることなど、少々頭の悪い中学生にでも分かることだろう。

「わたくし、その戦争と言う言葉の意味を良く存じませんの。」

「は?」

「仮にあなたが、ご自宅で一家団欒の最中、暴漢が銃を撃ちながら暴れ込んで来たとしたらどうなさいます?」

「・・・。」

「そして、その暴漢があなたの奥さんや妹さんを犯し、或は殺し、挙句に火を点けたとしたら?」

「う・・・。」

「その上、生まれたばかりのあなたの赤ちゃんまで殺したとしたら?」

「・・・。」

「あなたの全財産を奪おうとしたら?」

「・・・。」

「そのとき、そばにゴルフクラブか金属バットがあったとしたら?」

「・・・。」

「そのとき、その世界に警察も自衛隊も無かったとしたら?」

現実の世界で実際にこのような被害を受けている国があっても、その弱国を救う義務を持つ国家など只の一つも存在しない。

今次の戦役においても、秋津州を本気で救おうとする国など一つも無かったことだけは確かなのだ。

唯一日本だけはかなり複雑な思いを持った人も多く、救援の手を差し伸べたいと願う人もいただろうが、例えその思いがどんなに強かろうと日本が当事国になることは出来ず、法理上も一兵たりとも派出することは出来ないのである。

尤も、この時点で秋津州を救おうと思えば、そのオプションは軍事的なもの以外には考えられず、常任理事国であり、かつ堂々たる核保有国でもある国家と直接戦う覚悟が必要になるのだ。

まして、日本は未だに敵国条項によって規定された該当国のままであり、この意味では常任理事国である中国に牙を剥けばどうされても文句は言えない立場であって、現実的には最初から出来る話ではない。

「・・・。」

「この世界には暴漢とか強盗とかはたくさんいても、警察力などどこにも無いと感じた方がどこかにおいでになるでしょうねえ。」

少なくとも、秋津州国王がそう感じたことだけは確かだろう。

「いえ、国連が・・・。」

「え?」

「あの、国際司法裁判所が・・。」

「あなた、それ本気で信じてますの?」

「う・・。」

その間もタイラーは、一階から駆け上がって来た属僚から何かしらの報告を受け、小声で指示を受けた属僚は飛ぶようにして部屋を出て行くが、向き直ったときには、タイラー自身がすっかり顔色を変えてしまっている。

「中朝全土が一斉攻撃を受けているようだ。」

居合わせた者の誰一人として信じられないことに、この攻撃はほんの数分で完遂しているのだ。

「あら、それじゃ、きっと国連が攻撃してるんでしょ?」

痛烈な皮肉であったろう。

居合わせた者は皆目を伏せてしまったが、現実に、東アジアの一郭で戦争が始まったことだけは確かだ。

それも、かなりの規模の戦いだ。

今日一日の、それもたった数時間でそれほどまでに事態は急変してしまっており、当然いくつかの周辺国は臨戦態勢に入ったものと見て良い。

そしてこの数分後には、二台のポッドが、秋元四姉妹やタイラーとその属僚を乗せてひっそりと秋津州に移動して行った。

例によって、次女の千代だけは京子の忠実な秘書として残り、東太平洋問題準備室の面々のお相手を務めることになるのだろう。


一行がほんの瞬く間に秋津州に到着したころには、現地NBSのメディアとしての機能も一部回復しつつあり、身の安全が確保されたこととも相俟って、彼らのジャーナリストとしての気概も少しずつ甦ってきていたであろう。

大統領特別補佐官から懇切な見舞いを受け、その上米本国との通信も回復したことも大きい。

アメリカ市民を含めた大勢の人々が、極めて非人道的な扱いを受けたことに関しても、その具体的内容を、米本国はおろか全世界に向けて痛烈にアピールして行くことになるのも又当然のことであったろう。

相前後して、株式会社秋津州商事からとして数個の大型トランクが贈られ、この風変わりなプレゼントの中からは、数百本にも及ぶ外付けハードディスクが出て来たことも彼らを驚かせた。

しかも、その大容量のハードディスクには、一本毎に異なるシーンの音声付き動画ファイルが収められていて、憎むべき侵略者たちが人々に加えた驚くべき惨禍の実態が数限りなく記録されていたのである。

彼らはその内容の一部を見ただけで、撮影者についての疑問を呈する前に、そこに映し出される惨たらしい映像が、自分たちが目撃した光景そのものであったことから、その興奮を一気に爆発させてしまった。

真っ先に見るよう指定された記憶媒体において、冒頭に映し出されたものが、NBSの内部で起こった惨劇そのものだったからである。

それは、彼ら自身が拘束されていて記録することが出来なかった光景そのものであり、その事実を疑う者などいる筈もなかったのだ。

また、この大型トランクの中身は全くのコピーが多数存在しており、それが、各国のメディアにも瞬時に流れ、秋津州の受けた惨禍についての報道映像が嵐のように先進世界を吹き荒れることになる。

同時に、インターネット上にもこの動画ファイルを配布するサーバーが多数出現し、その被害の深刻さが益々広く認知されるに至るのである。


さて、大統領特別補佐官はNBSのクルーたちを見舞ったあと、心細い想いを抱きながら、一旦議事堂前のグラウンドに出て見ることにした。

改めて国王に会おうと考えたのである。

今後の支援について積極的な協力を申し出るつもりであったが、タイラーの目に飛び込んで来たのは数人の秋津州人らしき人々であり、国王の胸に取り縋り、泣きながら詫び言を繰り返す老女の姿であった。

無論、その周りには多数のカメラの目がある。

王に侍していた京子の妹に尋ねると、老女は今回の災難を招いた責任は自分たち自身にあると言って、泣いて詫びていると言うのだ。

この老女は国民議会の議員の一人として、議会の論戦では一貫して強硬な平和路線派とでも言うべき集団に属し、極端に小さな政府、そして完全非武装論を唱えていたのだと言う。

概略、「軍備を持つから戦争を引き起こすのであり、それを持ちさえしなければ戦争も起きないし、その分のコストもかからない。」というような意見であったらしい。

詰まり、丸腰でいれば誰も襲っては来ない筈だと言うのだ。

これの対極とでも言うべき強硬な意見や中間的な意見も当然存在し、そのそれぞれが合い拮抗して、絶対的多数意見と言うものには今以って収斂してはいなかったのだ。

だが、つい最近の論争の流れから言えば、この平和路線派の声が殊更大きく聞こえていたことは確かで、その声の大きさこそが、王にその兵備をためらわせてしまったと言って泣いて悔やんでいるのである。

その論争は、NBSのカメラが議会に入ってからだけでも既に二ヶ月近くも続けられてきており、その論戦の内容は米国内でもとうに話題になっていて、老女の自責の涙にはそれなりの既知の理由が立派に存在していたのだ。

だが、この甲斐なき繰言を断ち切ったのは、老女を掻き分けるようにして進み出た血まみれの少年であった。

その少年(年齢はのちに九歳と判明するのだが)は、血と煤にまみれた乳児を小さな背に負っていた。

今しも少年は、必死に王の前によろめき出て何かを訴えようとしており、日本語を解するタイラーの耳にも当然それが届いて来る。

少年は彼の王を見上げている。

その凄惨な姿をカメラは当然捉え続けており、さすがにみかねたクルーが二人に治療を受けさせようとして、少年の背中のか細い体に触れたとき小さく叫び声を上げた。

既にその乳児の体が冷たくなっていることに、初めて気付かされたのである。

この少年は自身の治療についてさえ、明らかにその全身で拒否しながら叫んだ。

「陛下っ。」

「うむ。」

「私に銃を下さい。」

「正二よ。」

「はいっ。」

この男の子の名前は正二と言うようだ。

若き君主は、このごく少数の同胞たちとは極めて身近で親密な生活を続けてきており、この煤だらけで血まみれの少年の名前まで記憶しているのである。

「おまえは未だ幼年組ではないか。」

秋津州には「若衆宿」と言う独特の制度があり、男子は六歳になるとこの幼年部に参加し、十二歳で少年部に、十六歳で青年部に進むことになっており、少年部に加わった時点で、早くも全く子供としての扱いは受け得ず、例外なく夜間は若衆宿と呼ばれる共同の場所で過ごすことになり、「公」に対して男子としての責めを負うようになることは既に述べた。

「でも、もう大人たちはいません。」

少年は目をぎらつかせながら、叫ぶように言い放った。

状況から見て少年の父や祖父ばかりか、十三歳になったばかりの兄までが、壮烈な戦死を遂げてしまっていることは確かだろう。

「・・・。」

「母さんや姉さんもヤツらに・・・。」

「・・・。」

「ヤツらは母さんのお腹の中の赤んぼまで・・・。」

少年をナイフで刺し、母や姉を陵辱し、その上あろうことか胎児まで母の腹を割いて引きずり出して殺し、嬰児は地面に叩きつけ、なおかつ放火した事実がこのあと例のハードディスクから発見され、その映像は侵略者の行為の極めてシンボリックなものとして、やがて巨大なものに成長して行くことになる。

「済まぬ。」

王が国民の全てに詫びている声が耳に届いた。

「ヤツらを一人でも殺して死にたいのです。」

少年の小さな握りこぶしが小刻みに震えている。

「幸子をわしに抱かせよ。」

幸子とは背中の妹の名前なのだろう。

このときになって、初めて少年はその小さな肩をがっくりと落とし、その両目からは止めどなく涙が溢れ出て汚れた頬をつたい落ち、声も出さずに泣いている。

周りの人々は、少年の背から哀れな妹を解きほどき、王は冷たくなった嬰児を抱きとり、無言のまま物言わぬ幼い顔の汚れを拭い始めた。

ただ黙々と拭いきるとその小さな体を左手で抱き直し、静かに右手を伸ばして少年をも抱き上げ、そのまま野戦病院の入り口をくぐって中へ消えて行ってしまった。

かなり出血していた筈の少年の口からは、とうとう痛みを訴える呻き声すら聞くことは無く、一部始終を目撃したタイラーは我にも無く瞼の裏を熱くしてしまっていたが、このむご過ぎる映像は、ほぼ同時中継で世界に発信されて行き、幼い少年の発した「ヤツらを一人でも殺してから死にたい。」と言う心からの叫びは、まるで数千発の核ミサイルのように世界各地にふりそそいで行ったのである。

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  1. 2005/11/01(火) 01:02:03|
  2. 妄想小説 主権国家|
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自立国家の建設 016

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ほどなく秋津州の損害の概要が内務省から発表され、その悲痛な現実がいよいよ歴然として行く。

NBSの中からも十八人もの犠牲者が出ており、中でも女性が十二人、特にマーベラたち六人のティームなどは、派手やかな外貌のせいもあってか、全員が陵辱された上見るも無残な死に様だったのだ。

だが、これだけ多くの被害者を出したNBS側の目から見てさえ、秋津州人の蒙った被害は目を覆いたくなるほどの惨状であった。

昨日まで七千人ほどであった彼らの中で生存者はたったの五十六人であり、その損害率は実に九十九パーセントを上回っている。

何と、一パーセントも生き残れなかったのだ。

秋津州人に対する憐憫の情は、人々の心に刻み込まれた。

まして、数少ない生存者の過半は、公表はされないにせよ事前に王が疎開させていた筈であり、実際の生存率に至っては言うもおろかだろう。

北京政府に反感を抱くような原住民など、新たに得た版図の中では明らかに邪魔者だったのであり、少なくとも、その作戦目的が文字通りの皆殺しにあったと言われても弁明の余地は無い。

何しろ、奇跡的に燃え残ったのは敵軍の司令部として接収されたNBSの支局ビルぐらいのもので、同じNBSでもその宿舎の方は全焼の憂き目を見ており、結局国中の建物が焼け落ちてしまっていたのである。

中には放火を免れた家屋もあったのだが、大火によって巻き起こった激しい火事場風が結局延焼の範囲を広げてしまったのだろう。

しかし、百三十万もの「RC-F」を一斉投入した効果は絶大で、最後までくすぶっていた山林の一部も消火を終えて、今では一筋の煙も立ち昇る気配は無い。

「RC-F」達は目覚しい働きを見せて、湾内に沈んだ艦船も遠く外洋へ排除し、念を入れた浚渫作業までなされており、浮いていたオイルや浮遊物などもやがて見えなくなった。

陽は未だ落ちず、秋津州の空は何事も無かったかのように清々しい青さを取り戻したが、若者にとって最も大切なものは二度と戻ることは無い。

京子の報告は、若者にさまざまな思いを連れて来た。

苦いものが否応無く胸を浸し、何者かの発火に手を貸そうとしている。

それは、まさに例えようも無い憤怒であり、それが地獄の業火と化して、ワシントンを焼き尽くす絵が一瞬脳裏に浮かんだが、振り返れば我が身は一国の統治者なのである。

京子の進言もあり、急遽野戦病院の一郭に設置した執務室で、若者は王としての務めを果たすべく、改めてタイラー補佐官に拝謁を許すことにした。

とにかく、十八人もの合衆国市民が犠牲になっていることは間違いない。

席上異様な空気が漲る中で、国王からは、在留アメリカ人の中から多くの犠牲者を出してしまったことについて、遺憾の意と哀悼の辞が述べられ、遺体を一刻も早くその祖国に帰して差し上げたいと言う発言があった。

タイラーも大統領からの弔意を述べ、かつ在留米国市民の保護のためにごく少数の米軍部隊の駐留を望んだが、それはあっさりと拒絶されてしまった。

タイラーの立場も実に苦しい。

眼前の国王は、既に百三十万もの秋津州軍に堂々全土の守備を固めさせ、しかも敵国本土にまで痛撃を加えつつある今、在留アメリカ人の保護のために米軍の駐留が必要だと主張するのであれば、その在留アメリカ人そのものにお引取りを願うまでだと言うのである。

数少ない同胞を先ほど見舞ったばかりの王は、民意はこの突然仕掛けられた侵略戦争を断固戦い抜くことにあるとし、その民意に従って行動することこそが、王たるものの揺るぎの無い責務であると言う。

つい昨日まで、大声で非武装平和主義とやらを叫んでいた一部の者達も、今ではそれが如何に非現実的な主張であったかを、いやと言うほど思い知らされ、泣いて悔やんでいる光景はつい先ほども目にしたばかりだ。

米軍駐留の名目は「在留米国市民の保護」以外には見当たらず、国王の主張には充分な正当性がある。

確かに秋津州の治安は一旦破られはしたが、ごく短時間でそれを回復出来た以上、米軍の駐留を受け入れる必要なぞ何処を探しても見つかる筈がない。

この場合、相手側にまともな備えが無ければ、国王が何と言おうと外洋の米軍を有無を言わさず上陸させてしまうのだが、今回ばかりはそうは行きそうも無い。

いつものように強行すれば、我が第七艦隊にも相当な損害が発生してしまう筈だ。

補佐官は、話の接ぎ穂を探さなければならない。

「では陛下、わが国の方から軍事同盟を望んだらいかがなさいますか?」

当然、米国と秋津州との軍事同盟と言う意味だ。

「・・・。」

「わが国も十数人の犠牲者を出しております。」

「・・・。」

王は冷めた表情のまま、無言でタイラーの顔を眺めている。

その表情は、中共軍の出兵に裏判を押したのは一体何処のどいつだと言っているようにも思え、脇の下に冷たいものが伝い落ち、思わず陪席の京子の横顔に救いを求めてしまった。

現実に、ワシントンは中共軍の動きも逐一掴んでいて、居留民を避難させる余裕は充分にあったにもかかわらず、それすらも実行しなかったのである。

近海で待機していた複数の米国艦艇には、二十機以上のヘリがスタンバイしていながら、ワシントンは明確な意思を以って多数の同胞を見殺しにしたことは事実であり、タイラーにとって息詰まるような時が流れたが、期待した援軍は得られず、京子は端麗な横顔を見せて黙したままだ。

「いかがでございましょう。」

「仮定の話にいちいち返答など、そもそも無意味であろう。」

王は米当局が本気で同盟を望むのなら、そのときに改めて検討しようと言っているのか。

だいいち、議会制民主主義を標榜する米国が参戦必至の前提で、かつ戦争実行中の国家との軍事同盟なのである。

ましてその敵国の一つに至っては、常任理事国であり、核保有国でもあるのだ。

そんな簡単に意思決定など出来るわけも無い。

タイラーは同席の属僚に目配せして、別室で本国当局からの新たな訓令を受けさせるしか無かったのである。

「しかし、わが国としてもこれほどのことを座して看過することは出来ません。」

行きがかり上、思わず見得を切ってしまった。

「ほお、それでは貴国も参戦すると仰るのか?」

若者は冷然とした目のまま、にやりと笑って見せた。

「いえ、直接軍事行動を意味するものとは限りません。」

「・・・。」

王は、相変わらず冷めた表情を見せている。

「例えば国連安保理に・・。」

タイラー自身、途中で自分の発言の愚かしさに気付いた。

「・・・。」

王は、わずかに頬を崩して笑っている。

国連など何の役に立つのかと、その目は嘲笑ってさえいたのである。

タイラーとしては、京子との間でさえ主導権を握れたことなど一度も無いのだ。

まして相手が国王とあっては、自らの無力感を益々感じざるを得ない。

とにかく、ほとんどの案件でその選択権が常に相手側にだけ存在しているのである。

先ほどからの表情からすれば、眼前の若き君主はもはや孤立すら恐れず、全く怖いほどに落ち着き払っている。

その国民にしても、ごく僅かなものになってしまったからには、伝え聞く王の荘園の実力から見ても、彼等を食べさせていくのはた易いことだろう。

また、強大な軍事力は、敵を殲滅するにも充分なものなのかも知れない。

あの人造人間の大軍団は、放射能だろうが細菌兵器だろうが全く恐れず、赤道直下のジャングルだろうが、ブリザード吹きすさぶシベリアの永久凍土の上だろうが、全く苦にしないことは数々の実験の結果からも容易に察しがつくのである。

手元の資料からも、我が国の工業生産環境を以ってしても、サンプルのコピーすら作れずにいる理由の一端が、情け無いほどに浮かび上がってきているのだ。

最大の壁は、それらのサンプルに用いられている数々の特殊合金にあるのだと言う。

本来金属にとって、強度や硬度、靱性及び弾性、そして組織安定性や耐酸化性等などの特性こそが重要なポイントであって、種々の金属をそれぞれ特定の条件のもとで組み合わせることによって、さまざまな特徴の合金が作られることは周知の通りだ。

だが、秋津州の特殊合金はいずれもその特性において飛び抜けており、中には摂氏八千度の耐熱試験でさえ軽くクリアして、優れた組織安定性と耐酸化性を実証したものまであった。

超高温環境から極低温に亘って、その熱膨張係数や弾性係数が一定に保たれることが、一層の驚きを呼んだのだ。

サンプルを調査すればするほど、その技術力の高さばかりが浮かび上がってきて、どう足掻いても同一のものを作ることが出来ない。

我がティームは、永久原動機一つとっても、添付文書に書かれている作業工程をまっとうすることが出来ず、結局全てのサンプルが一部を解体したまま、二度と復旧出来そうに無いのだと言う。

兵器の性能についても、肝心なところが不明のままにこの度の実戦を迎え、その兵装や実力に多いに刮目してデータ収集に狂奔した。

そのデータによれば、秋津州の兵器は深深度の海中でさえ自在に戦闘行動をとっていたふしさえあり、不確実ながら「SS六」は九十ノット以上の水中速力が観測されてもいる。

最強のシーウルフ型原潜ですらせいぜい三十ノットであることからも、驚くべき快速ぶりが窺える。

まして、あの船型なのだ。

データを見たワシントンのお偉方で、九ノットの間違いじゃないのかと言った人までいるのである。

小型のD二やG四に至っては、高速過ぎて計測不能とされているほどだ。

中朝各地の軍事施設をごく短時間で沈黙させてしまったのも、恐らくD二とG四だと思われるが、あの「SS六」どころかヒューマノイド兵士でさえ、未だに敵の本土に姿を見せておらず、この点も不可解極まりない。

目の前の若者は相当の余力を残して、敵地の膨大な近代兵装を壊滅させたものと思われるのだが、もしこれが全力で戦っていたらどれほどの破壊力を発揮するものか、考えてみただけでも空恐ろしい気がしてくる。

また、今までのところ秋津州軍は火薬類を一切使用しておらず、ただひたすら、その超高速を活かして膨大な兵器を移動させることに力点をおいており、その末端に位置するD二やG四などは、文字通りのピンポイント攻撃を可能にしていることに加え、中でもD二などは一旦近代的な砲台を攻撃するにあたり、その砲身や砲じゅんを一瞬で貫いたあとでさえ、その機体にはかすり傷一つ残さないほどの強度を具えていると言う情報まである。

最も理解に苦しむ現象は、その本土がこれほどまでの痛撃を受けているにもかかわらず、中国の潜水艦が一切反撃もせずに一斉に退却し始めていることで、北極海で作戦中の戦略原潜ですら、一発も撃たずに母国に向かっていると言う奇妙な現象まで報告されているのである。

我が海軍の海中音響探査ネットワークは少なくとも北半球の全域をカバーしており、北半球の海中兵器の全てを捕捉追尾していることから、中国潜水艦のこの不思議な動きも手に取るように判るのだ。

無論、その原因は全て秋津州軍にある筈だ。

そして、それほど強大な秋津州軍団の頂点に立っているのが、目の前のこの年若い王なのだ。

タイラーにしても考え込まざるを得ない。


そのとき隣室で数人の言い争う声が響き、属僚の制止を振り切って執務室に入ってきたのは、ほかならぬNBS支局長のビルとその部下たちであった。

そのビルが、見るからに興奮した様子で若者の前に立ったのである。

「陛下っ。」

若者とこの男には、何度も顔を合わせる機会があり、それなりに気心も知れており、それだけに、お互い余り遠慮と言うものが無い。

「うむ、何かありましたか?」

「今、聞いたんですが、我々は国外退去になるんですか?」

ビルは「今、聞いた」と言っているが、その話題はつい先ほど出たばかりなのだ。

その話題が出てから部屋を出た者は、タイラーの属僚だけだ。

だが、タイラーにとって不利益に繋がる情報をその属僚が洩らす可能性は極めて少ない。

無論、王の意を受けた京子から指示された妹がリークした結果なのだが、その通信は、目の前のタイラーにさえ全く感知されることは無い。

「はい。」

「何故ですか?」

ビルは、憤懣やるかたないと言った様子である。

ジャーナリストとしては、さあこれからと言う段になってから追い返されたのでは堪ったものではない。

「あなた方民間人を、これ以上危険な目に合わせるわけには参りません。」

「しかし、これがジャーナリストとしての使命ですから。」

「ほかの方はどうなんですか?」

「この時点で逃げて帰りたいジャーナリストなんて、いるわけありませんよ。」

「もし、お一人でもおられるようなら直ぐにお送りしますよ。」

「いや、残留の意思確認をペーパーでとりますから。」

実際、ボスであるこの男のこの勢いでは、とてものことにその部下たちも危険だから帰国したいなどとは言い出しにくいであろう。

「わかりました。あとはお国の当局のかたのご了解をお取り下さい。やはり同胞の方々の身の安全についてはご責任がおありでしょうから。」

若者は、さりげなくタイラーの方へ視線を走らせながら言うが、これにしても、聞き様によっては相当な皮肉であると言えなくもない。

「いや、そんな必要ありませんよ。」

「しかし、あなた方の保護の名目でお国の軍隊がわが国に駐留するのは困るのです。」

舞台裏を暴露してしまう。

途端にビルはタイラーの方に向き直り、わざわざ日本語で言った。

その語気は、当然にすこぶる荒い。

「補佐官っ、中国の出兵にゴーサインを出したのは誰なのか、我々は掴んでるんですよっ。」

「何のことだ。」

「その上、我々を作為的に見殺しにしたぐらいはバカでも判るんだっ。」

ワシントンの本音は、真の意味で米国市民の身を案じているのではないことも分かっているし、敵の攻撃を全て知っていながら、その米国市民を見殺しにしたのは誰だと言っているのだ。

ワシントンの戦略が、本来の国益との間に甚だしい乖離を生み、結果として恥ずべきものであったことを、後になって世界に曝け出してしまうことはさほど珍しい事ではない。

今回も、中朝の露骨な侵略の意図を事前に掴んでいたことを秘匿しようとした結果、マーベラたちがその犠牲となってしまったのである。

現に若者が得ていた情報でも、サランダインが前以て受けていた訓令は「如何に何でもれっきとした正規軍が、合衆国の民間人をいたずらに殺傷する筈は無いから、侵略者の上陸の意図を秘匿せよ。」として、「最悪の場合でも必ず救出のヘリを出すから、NBSの拠点からは絶対に離れぬように。」と言う内容だった筈だ。

サランダインはその訓令を守り、配下のマーベラたちにも一切を秘匿したまま遭難してしまったことになる。

ところが、現在のワシントンでは、『米国市民からも多数の犠牲者を出してしまったが、それは米国の世論を沸き立たせてくれることに優れて功があり、その後の米軍の戦略的出兵にあたっても、その「正義の旗」の輝きを一段と増してくれるだろう。』と言う点にばかり議論が集中してしまい、中には初めから明らかな作為を持っていた者すらいたことを、若者の情報網が明瞭に察知してしまっている。

なかんずく、その最も愚劣な「作為」をいだいていた者の中に、大統領の名前までがリストアップされている始末なのだ。

若者がそのことを認識するに至ったのは、つい今しがたのことであったが、その瞬間髪の毛が逆立つほどの憎悪と憤怒を覚え、いっそ、そいつ等の首を捻じ切ってくれようかとさえ想ってしまったほどだ。

ビルが怒り狂ったとしても何の不思議も無いのである。

「おいおい、滅多なことを言うもんじゃないよ。」

タイラーとしても、ここは惚けておくより仕方が無いだろう。

ビルは再び王に向き直った。

「陛下お願いです。従軍のお許しを頂きたい。」

従軍と言っても、当然報道記者としての意味だ。

「・・・。」

「是非お願いします。」

「しかし、戦地は危険が多いですよ。」

「そんなこと、分かってますよ。」

それはそうだ。

危険な環境で取材したネタであればあるほど、高い評価を受けることなど普通常識であろう。

「しかし、そうまでして虎の尾を踏む必要もないでしょうに。」

「いや、我々は歴史が大転換する現場で、その生証人となるのです。」

ビルのジャーナリスト魂は昂揚しきっているようだ。

「分かりました。そうまで仰るなら致し方もないでしょう。あとは内務省と打ち合わせて下さい。」

秋津州の王としては、あくまで相手の熱意に負けて従軍を許す形をとったことになり、なおかつ同席しているのは他でもない米大統領特別補佐官なのである。

陪席の京子から見れば、事態は恐ろしいほど王の見込み通りに進展して行っているようだ。

しかも、この頃のファクトリーでは、SS六を生身の人間用に改造した機体が既に大量に完成し、その機内では冷蔵庫や調理器具、それにシャワーやトイレ、機内からコントロール可能な機外カメラまで立派に動作している。

その改造SS六も、そろそろ、その一部が到着してもおかしくないころだ。

クルーたちはその取材用のSS六の中で、大張り切りで打ち合わせに入る筈であり、カメラの扱い方の訓練にしても今夜中には目鼻がついてしまうに違いない。

また、そのほかにも様々な設備を準備中であり、中には難民の衣食住を賄う巨大集落用設備まで完成間近だ。

そのためもあって、マザーの備蓄資材が急激に底を突く事態を招き、その資材確保のためにも王がはるかな荘園に赴いたのだ。

現地では、王の命じた集積作業が明後日には完了する筈であり、若者はその巨大ウェハウスの搬送のために再び現地に向かう予定でいるのである。

「ありがとうございます。ご配慮に感謝します。」

ビルは喜び勇んで部屋を出て行き、タイラーはじっとりと冷や汗をかいていることに気付かされた。

恐るべき若者は、自らの口からは必要最小限の事しか発言せず、肝心の事は全て米国メディアの口から言わせている。

まして彼等は、いまや自国の政府より秋津州の方にはるかに強いシンパシーを感じているようで、真の恐ろしさはその辺にもあるのだ。

先ほどのやり取りでは、近く敵地に攻め入ることまで暗示しており、本格的な戦線の拡大はいまや眼前にあると言って良い。

一旦そうなってしまえば、敵はあの広大な国土を持つ相手なのだ。

恐らく、泥沼の長期戦は避けられないだろう。

そして、その政略の全てを握っているのは、紛れも無く目の前の国王その人なのだ。

今まさに、これ程の相手を向こうに回している現実に改めて思い至り、この若き君主を、決してその若さ故に侮ってはなるまいと強く心に刻んでいたのである。

「陛下、私に出来ることはございませんでしょうか?」

タイラーとしては、崩れたった陣形を多少なりとも立て直し、少しでも実の有る情報や言質を引き出さねばならない。

「いや、どこまで自力でやれるかやってみましょう。」

若者は他を恃みにはしないと明確に宣言している。

まして、相手は侵略者の背中を押した国だ。

そんな国に一体何を頼めと言うのか。

「しかし・・・。」

「ご心痛もおありでしょうから、お望みでしたらごゆっくりご滞在下さい。」

この「ご心痛」と言う言葉もまた、タイラーにとっては痛烈な皮肉になった事であろう。

また、タイラーたちの滞在中の宿舎としては、NBSのメンバーと同じ建物の中に充分に余裕がある。

「ありがとうございます。」

結局、この特別補佐官の千軍万馬のキャリアも、僅か十八歳でしか無い筈のこの若者の前では何の役にも立たず、全く得るところ無く空しく引き下がるほかは無かったのである。


特別補佐官との会談を終えた国王は、カメラの放列の中、剣帯を着け指揮刀を吊り、グラウンドの名も無い夏草を摘み取り、手ずから黙々と草の冠を編んだ。

次いで遺体安置施設の氷点下の室温の中で、居留民被害者の遺体の傍らで佇立し続け、刀の礼を以って十八人の犠牲者の霊に心から哀悼の意を表し、長い佇立のあと、マーベラの遺体に手作りの冠を奉げる姿などは、多くの米国大衆の心に深く焼き付けられたことであったろう。

米国の大衆紙などは、これを国王が死せるマーベラに王妃としての処遇を与えた象徴的場面と解して、かなりセンセーショナルな取り上げ方をしてその部数を伸ばし、結果として米国大衆に秋津州人との連帯感を一層高める役割を果たして行った。

一部の保守色の強い団体などでは、秋津州を援ける義勇軍の募集の動きまで出て来ていると言い、この様な国民感情は大統領選の只中でもあり、当然現政権の手足を多かれ少なかれ拘束していくに違いない。


さて、若者が黙々と夏草を摘んでいた頃、一部復旧を目指した中朝両国の軍事施設が再び攻撃を受け、完膚なきまでに叩き潰されてしまっていた。

前に数倍するほどのD二やG四が襲ったのだ。

中国の場合など、帰還して来る潜水艦を修復すべきドックさえ失われてしまうほどであったが、相変わらず中朝両国軍の人的損害は軽微であり、一般市民の被害は依然として発生してはいない。

国王の戦争指導方針は相変わらず、流血は出来る限り避けたいもののようだ。

そして、秋津州内務省から「わが国は、戦争状態に入った。」との声明が出され、かつ六十時間後の総攻撃をも示唆することで、中朝二国内の居留民の早急な国外脱出を促したのである。

また、この六十時間と言う時間は、中朝二カ国に与えられた降伏の為の準備期間と見ることも出来よう。

いづれにしても、六十時間後と言えば秋津州時間で十三日の午前七時零分だ。


一夜明けての十一日早朝から、神宮前は大勢の人間で溢れかえっていた。

とにかく、ここが数々の秋津州情報の発信源になっていることはとうに知れ渡っており、皆が皆それを目当てに集まって来るのもしごく当然のことだ。

最近では、当局の懸命のガードも空しく、マスコミの直接取材まで行われるに至っている。

一階フロアでは、村上優子とその周辺の動きを捉えた映像が、公安組を中心に夜を徹して検証されており、その結果今朝になって、突然与党の重鎮吉崎大二郎の議員辞職が報じられるに至り、数十名の吉崎派は他派閥の草刈場の様相を呈し始めた。

尤も、この吉崎と言う男は、もともと現政権とは対極を為す存在として知られており、その失脚は反って政権の足場を固めるに功があったとも囁かれたが、いずれにしても、政財官界の全てに激震が走ったことは確かだ。

社会的生命の危機を囁かれる各界の大立者が右往左往しているうちに、中朝の近代的軍事施設が全て潰えてしまったとする確報が、その騒乱に更に追い討ちをかけることになった。

中露国境付近のロシア側では、その兵力が著しく増強されつつあると報じられ、先行きに対する不透明感は愈々高まるばかりだ。

少なくとも、東アジアの軍事バランスは根底から覆ってしまった。

日本政府としても、新しいアジアの体制をどう見極めていくべきかが大きな課題となったことは間違いない。

まして、明後日の朝方には秋津州の一大反攻作戦が実施される公算は極めて高く、既に外務省からは、中朝両国からの退避勧告を、台湾、ロシア及び韓国全土に対する渡航延期を推奨するアナウンスが発せられ、それぞれ現地の空港は出国希望者で溢れていると言う。

一連の騒動の中で、村上優子本人については、ごく普通の一般旅行者の扱いで、不慮の災害事故死として処理される模様だ。

唯一の日本人被害者である優子の遺体は、昨晩の内にポッドに載せられひっそりと到着しており、引き取って行った親元は今後厳重な監視下に置かれることだろう。

そもそもが、今回の優子の死亡は本人の行動そのものがその遠因の一つとなったもので、その上言わば味方の手に掛かったことになるのだ。

この辺のいきさつについて、そのポイントとなるような決定的な場面の映像を数多く突きつけられた親元は、ひたすら恐縮するほかは無かったろう。

とにかく、秋津州商事から提供された情報(その殆どは音声付き動画ファイル)は、プライバシー保護の観点から言えば多いに問題のある物ばかりであったが、その内容に限って言えば衝撃的なもので溢れかえっていたのだ。

それは、北の工作活動家たちの相関図の一部を想起させるに充分なものであり、その内容分析を突き詰めていけば、やがては税務処理上の特別待遇問題も含め、いわゆる政官財の奥の院の暗黒面までが表面化する可能性をも秘めていたのである。

ただ、優子と吉崎周辺に関してだけは未だマスコミには流れておらず、そのため日本の一般大衆にまでは与える影響が少なかったと言えよう。

だが、与党の重鎮吉崎大二郎の政治生命を永遠に絶ってしまったことだけは確かだ。

世界的にも珍しい事に、公人と違い民間人村上優子の行為に対し、刑事罰を加えるような刑法規定がこの日本には見当たらない。

あの国は誰の目からも歴然たる敵性国家であることは確かであり、その国の指令を受けてさまざまに活動していたことが判明したにもかかわらず、仮に本人が生きて帰国したとしても、せいぜい渡航目的を偽っていたことが問題になるくらいのもので、現実には処罰されるようなことは起こらない。

しかし、秋津州のいわゆる自然の慣習法によれば彼女は間違いなく極刑だ。

秋津州国内で、その敵国の侵略作戦の手助けをしたと言うことが明白な利敵行為である以上、それ以外の選択肢は無いのだ。

普通の国にとって、「公」に対するこれ以上の反逆行為など無いのである。

この意味でも、我が日本は到底普通の国とは言えないであろう。

一方の米国内では、政府が中共軍の出兵にお墨付きを与え、なおかつその作戦行動を知りながら同胞居留民を見殺しにしたことは単なる憶測情報として扱われ、大統領選に重大な影響を与えるまでには至らない。

米国当局としては、その居留民の被害に対してのみ中朝二国に厳重に抗議するに留め、日本国政府に至っては特別な政治行動は一切とられることはなかった。

ただ、NBSからは男性居留民の死者六名の内の二名は侵略者に加担していた事実が公表され、このことに関する会見が行われることになったが、サランダインのティームに限ってはあくまで通常の民間人として扱われ、いずれからも疑義は出ていない。

この開戦二日目の十一日の時点では、先進各国は明らかに大規模戦争の勃発を予感しながら、いわゆる模様眺めに入ったと言って良いだろう。

この時点で局外中立の意思を伝えて来たのは台湾、チベットそして東トルキスタン共和国だけであった。

いづれもが中国の版図に編入されてしまったか、或いはされそうな地域の名前だが、少なくとも中共当局から見れば全て自国の領土と言うことになる。

これ等の国(地域)を代表していると主張する者達は、「自国」が秋津州に敵対しない意思表示をすることによって、その攻撃を免れ、自らの存立を確保したいのだ。

但し、一部情報によれば、チベットと東トルキスタン内部では、かなりの騒乱状態を招いていると言うが、秋津州側からのコメントは一切出ていない。

いたずらに沈黙を続ければ、益々混乱が広がってしまうばかりだろう。

また、誰かが仲裁に乗り出すような気配も無い。

これほど酷烈暴戻な一方的侵略行為の一部始終が、具体的映像として世界中に溢れてしまっているのだ。

殊に先進各国では、大衆の一方的とも言える秋津州同情論が、暴風のように吹き荒れている最中(さなか)のことでもあり、近日中に行われる筈の本格的な反抗作戦の帰趨を見てからでなければ、講和条件についてのおおよその目処も立たない。

まして、この戦争を誰しもが長期化すると見ており、このような状況では、うかつに仲裁に出ても政治的リスクが高過ぎて、結局誰しもが二の足を踏んでしまうのであろう。


一方で若者は、新たに一個連隊と言う圧倒的な兵力を投入して、国内の土木作業を命じていた。

このことにより、ごく短時間のうちに全土にわたる残骸が見事なまでに片付けられて行き、地下隧道の上下水道設備の補完的な修築作業まで、驚くような短時間のうちにその目鼻を付けてしまった。

前にも触れたように、秋津州軍の編成で一個連隊と言えば百二十八個大隊、機外に出て活動する兵士だけでもおよそ二十一億もの大部隊であり、それを一挙に投入したことによる効果は驚くべきものがあった。

これほどの大部隊が、王の命じた国土復旧のために、整然と土木事業を行うさまは壮観そのもので、その模様もまた広く配信され、この頃には王の兵団の実体がヒューマノイドであることを知らぬものは少ない。

ましてそのヒューマノイドは非常な怪力の持ち主で、空を飛び水中深く潜り、当然食事も睡眠も全く必要とせず、ましてや交替の必要など全く無い、まことに都合のいい兵士ばかりなのだ。

この日一日だけでも膨大な作業が行われ、NBS関係者の遺体は特別製の冷蔵設備にくるまれたまま本国へ移送されて行き、秋津州住民の七千に迫る遺体は、一旦マザーの船団に運ばれて荼毘に付され骨壷に姿を変えて再び降りて来る。

戦没者用の共同墓地が北方の山麓に新たに用意され、国王や生き残った住民の立会いの下に厳かに埋葬されて行ったが、この骨壷の中の人骨らしく見えるものの正体は無論誰も知らない。

その上、議事堂や内務省ほか多様な建物が上空から運ばれて来ていて、本格的な据え付け作業が素晴らしいスピードで進められて行く。

内務省などは以前のものより格段に立ち勝る規模を持ち、巨大な囲いの中で相当な工事が行われた筈で、地上五階建てだとされるその間口は百メートルにも及び、国王の生活空間としてその最上階が宛てられ、その私的な居室や侍従たちの詰め所などが置かれるようになると言う。

また、四階フロアの全てが公的な王宮として設定されたことにより、以前のまことに狭小なものとは全くその趣を異にして、諸外国からの賓客にもかろうじて対応し得る設備と規模が確保されたものと言って良い。

この他にも天空から搬入されてくるものの中には、かなりの高層ビルの原型とも思えるものまで見受けられ、一段とメディアの興味をひいた。

一方の港湾部では乾船渠の本体工場や付属工場などが多数建ち始め、銑鋼一貫工程を持つ製鉄設備がはるかな上空で稼動し、地上との間を結ぶ輸送機の存在まで明らかとなるに連れ、艦船の大規模修復や新規造船のためのハード面が概ね整ったことを物語っている。

しかも、その後船渠や工場それぞれの作業員も配備が完了していることが伝わり、秋津州湾の本格的な開港が間近いことまで予感させるに至った。

驚いたことに、首都の南西に一万メートル四方ほどの用地が確保され、空港の建設まで始まった。

長大な滑走路が複数建設され、大型軍用機であろうがジャンボ機であろうが、数日後にはその使用が可能になる見通しまで立ってしまった。

その作業効率は凄まじい。

例の「SD」の一部には、船舶及び航空機用の種々の燃料供給能力を持つものも紹介され、これで、ごく一般的な海と空の交通手段のインフラがあっという間に整備されたことになる。

そして内務省からは、「これより敵兵の遺体を中朝両国に届ける」旨の発表があり、NBSのネットワークから世界に発信された直後、天安門広場と金日成広場のそれぞれに全ての棺の瞬間移送が実行された。

遺体は丁重に棺に収められ、大量のドライアイスによって保冷措置が図られた状態で移送されたが、大量の届け物のまわりには誰一人見当たらなかったと言う。

この作業の中で最もメディアを驚かせたのは、敵兵の遺体に対するこの丁重な扱い振りであったと言うが、工業先進国の当局者たちが真に瞠目したのは、秋津州の工業生産能力の巨大さと優れた技術力であったかも知れない。

タイラーからさまざまな情報を受けつつあるワシントンでは、自国をすら凌ぎかねない圧倒的な国力の存在を前に議論百出して、本質的な対応を決めかねており、大統領のマシーンの中でも特に先鋭的な者の間からは、一刻も早く核攻撃を加えて殲滅するに如かずとする意見まで出たが、はるかな虚空に一大拠点を有する相手を全滅させることは不可能であり、そうである以上凄まじい報復攻撃を覚悟せざるを得ない。

その一大拠点とやらも、レンズに捉えることが出来たのはほんの一部だけで、秋津州側も何かしらの対抗手段を採っているらしく、その全貌と思われるようなものは一向に捉えることが出来ず、まして王の荘園に至っては、その正体は未知の天体である公算はいよいよ高い。

その未知の天体こそが敵の本拠だなどと言う説まで聞こえてくるありさまでは、仮に上空の秋津州軍と太平洋上の秋津州を殲滅出来たとしても、見えざる本拠はそっくり残ってしまうことになる。

またある者は、秋津州の海底の秘密を暴露してその建国の不当性を突こうと言うが、新たに収集したデータからは以前の不自然なものは、既にきれいさっぱり消え失せてしまっており、仮にその証明を為し得たとしても、今更相手が黙って引っ込む筈も無く、必ずや強大な武力を背景にふてぶてしく居座ってしまうだろう。

いずれにしても、秋津州の生の情報と常に直結しておく必要性が益々強まったことには違い無く、サランダイン方式に代わる諜報手段を急ぎ構築する必要に迫られたのだ。

その結果、やはりその方式に勝るような手段は見当たらず、またしても美女軍団を編成することになり、ダミー会社の仮面を被った当局は大働きに働いて準備を進めている。

カネに糸目をつけずに進められることでもあり、遠からず新メンバーが戦時体制の秋津州に入国する日も近い。


一方国内の後始末に大方の目処をつけた国王は、十二日の夜明けとともに勇躍三つの荘園に向かった。

現地での指示はとうに与えてあり、既に荷積みを終えていた多数のウェアハウスを従えて戻り、膨大な物量の配備を進めて行った。

その結果、マザーはファクトリーのフル稼働を可能にし、ひいては秋津州の銃後を、いよいよ力強く支えていくことになる。

地上の秋津州では、山岳地帯の上空に飛来した膨大な「SD」が、大量に散水する姿が見掛けられた。

一度に千機ほどが編隊を組んで盛んに散水し、その編隊が入れ替わり立ち代り飛来して同じ作業を繰り返して行く。

飛行するドラム缶一機当たりの水量は、そのサイズから見ても優に十万トンを超えており、それほどのものが真っ青な空を背景に、千機もの単位で次々と飛来して来る光景は、見るものの全てを圧倒してくる。

三つの荘園には、自然の湖は無論のこと、過去の治水事業の成果としての人造湖も多数存在しており、王は幾たびも往復して水汲み作業を繰り返していたのだろうが、今回の調達物資の中で最も大量のものは、この清らかな真水であったのかも知れない。

この大規模な散水作業により、北浦(山麓の湖)の水が一時的に濁りを見せたが、程なく元の清らかな水面(みなも)を取り戻し、そこから流れ出る二本の川も水量を増しながら見事に復活し、秋津州湾の哀れな淡水生物のなきがらを押し流して行った。

ちなみに、この二本の川も遠いふるさとを想って名付けられた懐かしい名前を持つ。

東側を流れるのは高野川、その西側を流れるのは加茂川である。

そのいづれもが北浦を源流として、大きく湾曲しつつ南下して秋津州湾に注いでおり、この二本の水流は秋津州の農耕にとっても欠かせないものになる筈だ。

数日後にはたまたま自然の降雨の助けもあって、山岳地帯の樹林と共に新旧の地下水脈も明らかに目を覚まし、肝心の利水事業の根幹の見通しも立ち、それまで常にスタンバイの状態であった外洋深海底の浄水設備も、その役割を終える日も近いのかも知れない。

また、外輪部には二十箇所ほどの望楼がその建物のほとんどを無傷のまま残していたが、これについては全く新しく大規模のものを六箇所に造営し、のちに既存の望楼は全て廃棄されることになると言う。

ただ、新設のものには兵舎は付属せず、広大な用地に大規模な本体と灯台標識が併設されて公開されたが、その全てが壮大な立体倉庫として機能していたことも大きなニュースとなった。

それも常温から超低温まで、それぞれの区分毎に見事なコントロール機能を備えており、その壮大な規模とともに見るもの全ての驚きを呼んだのだ。

どうやら王は、変事に備えてさまざまな物資の備蓄に、より一層心を傾ける心算のようだ。

これ等の倉庫も完成と同時に、次々と搬入される物資で自然満ち満ちて行く。

また、この大規模な建造物は、倉庫としての機能の他にも、さまざまな機能を併せ持つことが次第に判明していくのである。

一旦は壊滅的な被害を蒙った筈の秋津州は、前にもまして近代的な姿で甦って行き、やがてNBSの関係者たちも、全て新しくなった専用の宿舎に戻れることだろう。


十二日の午後の時点では、広大なNBSの用地もすっかり整理され、そこには一風変わった六機のSS六が着陸していた。

機体は他のものと異なりジュラルミンのように鈍く輝き、側面にはナウル共和国籍をあらわす国名や国旗が描かれている。

このタイプの「SS六改」は取り急ぎ二百機ほどが用意され、そのうちの六機を乗務員付きでNBSがチャーターしたものであった。

機体外部の三箇所にリトラクタブルタイプの高性能カメラが具わり、その操作方法もしごく単純で、クルーは直ぐに呑み込んでしまったと言う。

機体に付属する乗務員も若い女性型が配備され、このタイプは会話が可能なこともあって、クルーたちの評判も上々であとは本番を待つばかりだ。

当然テスト飛行が繰り返され、上空から撮影された映像が数多く流されたこともあって、秋津州商事には賃貸の申し込みが殺到し、日米英仏独ほかの有力メディアが、相当の陣容でナウル島に乗り込み準備に入ったとされている。


この十二日の夕刻、秋津州内務省は新たな声明を発した。

それは、自国の二百海里防空識別圏の宣言であり、その圏内への侵入は、SS六に限定すると言う一方的な内容であった上、「戦時体制の我が国は、この防空識別圏に侵入するものは警告なしで撃墜する」と言う乱暴極まりない宣言まで内包していたのである。

これによって、二百海里防空識別圏内は、「東京飛行情報区」から除外されることとなったが、秋津州国を普通の独立国家と看做す者にとっては、この宣言も、特別不思議でも何でもないごく当たり前のことではあったろう。

同時に、排他的経済水域内の海中でも大きな変化が起き始めていた。

域内の海中を、それまで我が物顔に闊歩していた各国の潜水艦が、全て一斉に水域外に排除されてしまい、それからは推力全開で侵入しようとしても、海中からは一艦たりとも入れなくなってしまったのだ。

勿論、全てRC-Fとそれに従属するD二とG四が実力で排除しているのだが、各国の海軍には当然分からない。

そのうち、米国海軍が無人の小型潜航艇を多数用いて、深深度からの侵入を試みて見たが、結果は全く同様であった。

とにかく、領域内に入ろうとすると全て押し戻されてしまうのである。

それでも懲りずに、場所を変え多方向から同時侵入を試みているうちに、計ったように全く同時にその全てが破壊されてしまった。

わざと同時に破壊して見せることによって、その毅然たる意思と強大な防衛力を見せ付けたとしか思えない。

これには、世界最強を以って鳴るさすがの米国海軍も苦笑して諦めざるを得ない。

不法な侵入は絶対に許さないと言う断固たる意思が明々白々となり、敢えてその防衛ラインを突破しようとすれば、あっさり撃沈されてしまうだろうと言う見方が否応無く定着していった。

その後は、敢えて海中から侵入を試みるような無謀な艦は自然にいなくなったのだが、これら一連の出来事は全くニュースにはならず、ほとんどの一般大衆には認識すらされることはない。

国際法の概念から言えば、潜水艦と言えども浮上してその正体を明らかにしさえすれば、域内に入ることは可能ではあるが、この場合でも、水域内海上の全ての外国艦船は、只いたずらに遊弋していることは許されず、単に「速やかに通過する」ことが許されているだけで、本来、他国の艦船が無闇に徘徊することは許されないのだ。

しかし、秋津州自身は他の国々が構築した国際法などと言う概念にとらわれる義務など無論負ってはいない。

それを裏側から言えば、秋津州の権利を守るべき国際的な法理も何一つ存在しないことになるのである。

その国際法とやらの「法理」の源泉たるべき国際条約を、いかなる国家とも結んではいないからだ。

また、秋津州港は国際港として開港されておらず、その意味から言っても、当然その入港に際しては秋津州側の許諾を必要とするが、ときにあたって、特に入港を許されたのはNBSの雇った二隻の商船のみであり、二隻は嬉々として新造の桟橋に停泊し、その入港の際には、ごく少数の「RC-F」たちがタグボートの代わりを立派に務めていたと言う。

このように王が忙しく立ち働いている間に、中朝両国から出国を望む者達は、本国からの迎えの便が多数手配され全員が出国を果たしていた。

出国作業のための充分な時間が与えられていたことが、現地における無用の混乱を大幅に防いだことも確かであったろう。

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  1. 2005/11/01(火) 03:26:06|
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自立国家の建設 017

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かくして二千四年九月十三日の朝は来た。

若者は新装成った内務省ビルの最上階で目覚めを迎え、瞬時に覚醒すると同時に受信用に自らのポートを開いた。

睡眠中の情報を京子から受け取り、状況を咀嚼し、己れの政略に照らし、新たなほころびが生じてはいないことを確認しているのである。

その後手馴れた手順で身仕舞いを終えた若者は、おもむろに東側の部屋に進みゆったりと窓際に立ったが、その口元は厳しく引き結ばれ、開け放った窓から未だ明けやらぬ東の空を望んで身じろぎ一つしない。

若者は、今まさに新しい歴史の扉をその手でこじ開けようとしているのかも知れない。

大東亜戦争の停戦以来、いわゆる連合国の手になる支配体制が固定化してより、既に六十年もの歳月を経ているにもかかわらず、奇妙なことに、今以てそのことが続いて来ているのである。

この目立って陳腐な枠組みが、今日を境に明らかに変わることだけは揺るがない。

何となれば、その枠組みが成立した理由が戦争に勝利したことにのみ因っているからであり、その枠組みが今以て続いている以上、勝利者の論理に因って新たな枠組みを成立させることが、今もなお厳然たる正義と見なされているからでもある。

状況から見て若者が負けることはあり得ず、若者自身がどこまで認識しているかはさて置き、結局のところ、世界の枠組みを云々すべき勝利者が交代してしまう可能性は限りなく大きい。

だが現実の若者は遥か東の果てを望みながら、只々その責を果たすべく懸命に政略を練っているに過ぎず、その視線の先では、常と変わらぬ団々とした日輪がゆらゆらと立ち昇って来て、逞しい半身を照らしてくれている。

濃い眉の下で目を細めながら過ぎ去りし日々を想う。

思えば、確かに幾つかの手違いはあった。

その手違いを乗り越え、父祖代々の望みを果たすべき日がやっと到来したことを想うのである。

たった一人の一族であった姉の勝子に見守られながらわずか八歳で即位し、一族の復活だけを幼い胸に誓い、暴虐な異星人の侵攻を凌いで来た過去の道筋を想っている。

耐えに耐え、ひたすら時間を稼ぎ、今日の日を迎えたのだ。

国土の外周一帯に鉄壁の防衛線を張り終えた今、海底の人工融合の残滓を発見される恐れもまずあるまい。

ならばこそ誰に遠慮をすることも無く、「いかなる国からも侮りを受けることのない、ごく普通の国家」を打ち立てようとしているだけなのだ。

そう、これこそが王の望む「実質的な主権国家」の概念であり、その存在なくして、一族の安穏な生活など有り得よう筈も無い。

秋津州人を守ることの出来るものは、唯一「秋津州国」と言う国家機構だけである以上、それを守り切ることが、若者にとっての厳然たる行動規範であり、その想いだけは微動だにしないのである。

振り向くと、居室の壁際には、王の朝食を整え終えた三人の侍女が控えていた。

そのいずれもが、身の丈百八十センチほどもある腰高な体型と白磁の肌の持ち主ばかりだ。

全て新たに配備されて来たものたちで、それぞれのボディはマザーの渾身の力作だと言うが、王家の種子を得ると言う目的のために、不遜にも神の造形の極致にまで踏み込もうとしたものか、以前、「侍女のボディについて一工夫をするので、いましばらくの猶予が欲しい。」と言っていたことが思い起こされて、さすがの若者も苦笑せざるを得ない。

マザーは、まさに至高の美術品と言って良いほどのものを仕上げて来たことにはなるのだろうが、それも、あろうことか言わば出陣の直前に当たってである。

現に、NBSの一部に、この長い黒髪と引き込まれるような黒い瞳を持つ乙女たちと言葉を交わし、取材まで行った者がいるらしく、殊に若い男性クルーの間に、王の荘園からやってきたと言う美しい天使たちの写真が出回り、時ならぬ話題を提供しているらしいが、少年王の目下の関心は当然ながらそこには無い。

その思索の下敷きに巨大なユーラシア大陸の地図を描きながら、一人黙々と咀嚼し、ときに箸を止めて目を閉じているのは、その政略の最後の点検をしているに過ぎない。

未だ十八歳でしかない若者は、一人の幕僚も持たされること無く、この戦争指導の全てを、たった一人で進めていかなければならないからだ。

マザーの手元に避難させてある一族の者達は全て幼童ばかりであり、一族の長老でもある己れ自身の打つ手にもし誤りがあれば、一族の全ての未来が閉ざされてしまうかも知れず、少年は、一心に瑕疵の無い思索を層々と組み上げながら箸をとっている。

このとき、靴音が響き足早に入って来た者があった。

近衛軍司令官、准将井上甚三郎だ。

腰の長剣を鳴らしながら御前へ進み、踵を揃えて敬礼をする。

穏やかな表情を持つこの親衛隊長は、三十二名の配下を率いて長らく王の身辺を守り続けて来た者で、年のころは二十代後半ぐらいのものか、百七十センチほどのごく標準的なボディを以て王に付き従って来ており、ここしばらくは対外的な配慮からその存在が伏せられて来たが、いよいよ本格的開戦を迎え最早その必要も無くなり、マザーの手元から離れ通常任務に戻っただけの話ではある。

なお、この特別な三十三体は会話能力と共に全て固有の名称を持つ。

「陛下、お時間です。」

「おう、甚三(じんざ)参ったか。」

少年は、この謹直な護衛官の顔を見て、いかにも嬉しそうだ。

ヒューマノイドとは言いながら、井上は若者の全戦闘に参加して来たと言う特異な経歴を有している。

「お供いたします。」

「しばらく、待て。」

「はっ。」

石のように佇立する忠実な護衛を待たせ、残りの朝飯を掻き込んでいる姿は、いまだ少年のそれであったが、程なくして王は侍女の奉げる短か目の指揮刀を吊り、甚三郎を伴って表へ出た。

内務省正面のグラウンドには、戦闘用の漆黒のSS六が朝日を照り返してまばゆく輝いており、三十二名の近衛兵が堵列して迎える中、ゆったりとした足取りを以て搭乗して行く。

秋津州軍の中でも際立って優れた反応速度と会話能力を兼ね備えているのは、この近衛軍だけであり、飛行機能は持ちあわせてはいないが、その代わりとして、飛行を可能とする乗り物がさまざまに与えられてその任に就く。

それは、いま王の座乗する言わば旗艦とも言うべきものに搭載され、王や近衛兵の手足となるときを今や遅しと待っているのだが、実は、この旗艦には同一の装備を持つ姉妹艦が、常道通りもう一艦用意されていて無論互いに連携しており、当然、近衛兵の乗り物も二セット存在し、王は作戦指導中のほとんどをこのどちらかで過ごす事になる筈だ。

なお、王は出陣にあたり、内務省を通じて新たな声明を発している。

「このたび局外中立を通告してきた台湾、チベット、東トルキスタン共和国については、我が国に敵対する意思の無いことを信ずる。」

「また、これ等の三つの地域がそれぞれ独立国家たりうべきかどうかは、その地域の本来の民が自ら決すべき事柄であり、断じて我らが言及すべきことでは無い。」

秋津州国王は自国に敵対しない者の民族自決権には、一切容喙しないと宣言していることになり、この重大声明もほぼ一瞬で世界に喧伝され、やがて大きな波紋を広げて行く。


ついに、予め宣言しておいた時刻零七零零が来た。

王は先ず、全世界に対する攻撃準備態勢を命じ、陸海空全てにわたってその態勢が整ったことを確認する。

全世界の主要な兵器類の捕捉だけは、大分前に完了していた筈なのだ。

陸上ではD二とG四のみがその任務に就き、海中ではそれに加えてベイダイン装備の輜重部隊が、それこそありとあらゆる艦艇に張り付いており、軍港内の艦艇であろうと、北極海の深海の戦略原潜であろうとその例外では有り得ない。

ドック入りしている船や、宙空にある衛星にさえ漏れなくG四が張り付き、歯向かうものがあれば、例えそれが世界の全てであろうと、即座に牙を剥く用意を整えたことになるのである。

その上で、怒涛の反攻作戦が始まった。

敵地の軍事施設の中で、復旧作業が続けられているものには容赦の無い三度目の攻撃が行われ、地上からの迎撃が一切無いままに、それこそ雲霞のようなSS六が中国東北部の上空に姿を現した。

この大編隊は、それまではるかな高高度で待機していたものと見え、次々と舞い降りてくる。

その中には複数のカメラを備えた銀色の機体が百機以上も混じっており、無論各国のメディアが手ぐすねを引いて乗り込んでいた筈だ。

若獅子は、膨大なカメラを前に、たてがみを振り立てて牙を剥いて見せたことになる。

先ず、二個師団に限って地上に投入した。

二個師団と言っても、これだけで既に二兆を超えようかと言う大軍団だ。

次々と、そして整然と女性兵士が舞い降りて行き、ほんの数分の間に、想像を絶する大軍が旧満州の全土を覆いつくし、微弱な抵抗をみるみるうちに制圧して行く。

事前に加えた三次に亘る攻撃で、要塞も軍用機器類も全て壊滅してしまっており、迎撃すべき戦闘機どころか、戦車一両、野砲一門残されてはいない。

これでは敵兵の士気も揚がりようが無かったであろう。

世にも哀れな兵士達の目に映ったのは、天を覆って来襲した無数の敵機であり、噂に聞く怪力無双の空飛ぶ兵士達だ。

自然、その抵抗もか細いものにならざるを得ない。

また、注目の的であった秋津州兵士の戦闘能力が、初めて実戦に登場したことにより、その一部がベールを脱ぐことになった。

まず、通常の機関銃の至近弾や足元で炸裂する手榴弾程度の威力では、外見上多少の傷が残る程度で、基本的な機能には全く影響は無いようだ。

重火器からの被弾については、その実例を見ることが無くさぞや各国当局を落胆させたことだろう。

装備している小型の銃は不思議なことにトリガーを持たず、各兵士の体内から発信されるある種のパルスによって、初めて発射機能が働くもので、仮にこの銃器を敵が奪ったとしても使用することは出来ない。

また、そこから発射されるのは銃弾ではなく肉眼では見えにくい光線のようなもので、それも二千メートル以上の有効射程を有するらしく、目撃談によると、二千メートルほどの距離から分厚いセメントの壁を大きく穿ち、その強大な威力も充分に証明して見せたのである。

だが、この変わった銃の使用場面はほとんど見られず、かすかな抵抗も、多くの場合D二とG四の一瞬の一撃で止んでしまう。

兵士自身が数千メートルもの距離を数秒で飛行し、一瞬で接近戦に持ち込み、複数の敵兵をその四肢だけで苦も無く倒すパワーを持つことも明らかになった。

投降兵の武装解除はその場で行われ、大量の捕虜が直ちに無条件で解放されてもいる。

無言の女性兵士は、武器を接収して破壊するだけなのだ。

敵兵が投降する前に隠匿した武器類も、D二とG四によって全てが捕捉され即座に破壊される運命であり、しかも捕虜の無条件解放は、「戦闘意欲を持つものなら、何度でも反撃しておいでなさい。」と言っているようなものなのだが、実際にはそういうことはほとんど起こらなかった。

それと言うのも、秋津州軍は広大な敵地を点や線としてでは無く、文字通り面として占領してしまっており、指揮系統も寸断されてしまった烏合の衆が、ろくな装備も持たずに反撃しようにも結局何も出来はしないのである。

その後も数個師団が投入され、次々と舞い降りる兵士達は満州の野を怒涛のごとく埋め尽くし、その戦陣の北端は早くも中露国境に迫る勢いを示している。

但し、あくまで国境線を越えることは無いのだが、国境の彼方に集結しつつあるロシア軍を、痛烈に圧迫し続けていることに変わりは無い。

荒れ狂う獅子が、北に向かって凄まじい咆哮を上げたことになるであろう。

無論それは遠くモスクワにまで届き、クレムリンを震撼させた筈だ。

既にロシア軍のMiG-二十九やSu-二十七がスクランブル発進しているが、そのことも、それぞれの基地に張り付いているD二とG四の報告で鮮明に掴んでおり、その第一波が、そろそろ国境線に近づきつつあるのだ。

当然、敵機の全てに複数のD二とG四が余裕を以て張り付いている。


なお、この若き司令官には隠された意図があった。

ちなみに、秋津州の建国に冷淡なスタンスをとる国の中で最大の軍事大国がロシアであり、秋津州の承認なぞする筈も無い。

このルーシーの国にとって、秋津州はこの世に存在しないことになっているのだ。

若者にして見れば、およその国情は掴んでいるにせよ、ことのついでに、その対応振りも小当たりに当たっておきたい。

先ず、その国境線を痛烈に圧迫して見せることによって、相手の出方を見ることが出来る。

相手が反応しなければ、取りも直さず秋津州軍に屈服したことになる。

存在しない筈の秋津州軍に屈服したことにされてしまうのである。

少なくとも、世界はそう見る。

その屈辱や恐怖に耐えきれずに手を出してくれれば、これ幸いとほんのついでに叩いてしまう。

後患の憂いを失くすためにも、徹底的に、それこそ完膚なきまでに叩きのめしてしまう。

一旦火蓋を切った以上、全地球規模の戦闘をいとも軽々と行い、その全てを楽々と占領してしまえるほどの恐るべき軍事力の存在を、はっきりと見せ付けておく必要があるのだ。

しかも、SS六改のほとんどが戦場の空に在って、その全てのカメラがこの光景を捉えている。

獅子の咆哮を存分に捉えるがいい。

かと言って若者は、領土など全く欲っしてはいないのだ。

二度と秋津州に刃を向けるものがいなくなれば、それだけで良いのである。

ましてや下手に深入りして、その尻拭いに手間取るような愚は絶対に犯したくは無い。

王にとっての最大の懸念は、やはり敵の核攻撃だ。

先制攻撃が許されれば全ての対応が数秒で済んでしまうのだが、この場合、まさかそういうわけにもいかない。

仮想敵国に対し、当方から先制攻撃を行ったことには絶対にしたくないのである。

どちらが先に撃ったのかは、世界の世論にその判断を委ねたい。

所詮、各国の政府当局など自国に都合のいいことしか言わないからだ。

そのためにこそ、各国メディアを優遇し絶好の砂被り席を提供してもいる。

単に核ミサイルから国土を守るだけであれば、ことは簡単だ。

ミサイルの発射装置の全てには、とうにD二とG四を張り付かせており、敵が発射した瞬間に、発射装置もミサイルも破壊してしまうことはいともたやすい。

だが、自国領土だけを守っても、地球と言う天体自体がひどく汚染されてしまう恐れがあり、陸地のみならず、海や空が大量に汚染されてしまえば、それこそ元も子も無くなってしまのだ。

核爆発そのものは何としてでも阻止したい。

したがって、核ミサイルが一万発発射されれば、一万発に対応しなければならないのだ。

次の懸念は、ロシアと言う国がその軍事的国境線が明らかでないことにある。

ソ連崩壊後の現在でも不徹底ながら連邦制を敷いており、軍事境界線などに至っては更に曖昧なままになっている上に、カリーニングラードのような立ち枯れた飛び地領まで存在し、包含するさまざまな特殊事情を全て織り込まなくてはならない。

若者は、前線の指揮官であると同時に国家元首でもあるのだ。

前線の指揮官としての王は、今、万全の態勢で第一波のミグを待ち構えており、そのあとには、Su-二十七の編隊が続いていることも充分に承知している。

我が方のSS六の先頭の位置は、国境線より二十キロ以上も手前ではあるが、王の座乗艦も報道陣のチャーター機も、全て高度一千メートル以下で静止しており、敵機からすれば絶好の標的となってしまうに違いない。

敵機に張り付いているD二とG四からは刻々と情報が入り、ターゲットが最短距離で進んで来ていることを伝えて来ており、そろそろ旗艦のモニタに現れる筈なのだ。

固唾を飲んで見つめる内、モニタの中に遂に見えた。

国境の彼方にぽつりと現れたかすかな点が、みるみるうちに接近して来る。

そして次の瞬間、四十機ほどのミグの編隊が、あっという間に国境を越えながら問答無用で撃ってきた。

R-二十七R一セミアクティブレーダー誘導空対空ミサイル六発が発射され、その直後十発以上のR-六十MK赤外線誘導空対空ミサイルがそれを追いかけてくる。

この明らかな先制攻撃を、報道陣のカメラが充分に捉えた筈であり、この直後から世界に流れる報道映像も、明らかにそれを認めるに違いない。

先頭のミグが撃った瞬間、幸運にもロシアは若者にとって明らかな敵国となったのだ。

若者は、この新たな敵国に対する攻撃命令を瞬時に発した。

その結果、敵機の撃ったミサイルは勿論、敵機そのものまでが全て空中で霧散してしまい、ただの一発も届いて来ない。

一瞬肝を冷やした報道陣も、これには驚いているだろう。

視界の中のロシア軍機は全て消滅し、あとに続いていたSu-二十七の編隊などは、報道陣の視界に入る前に一瞬にして消滅してしまったのである。

懸念の一つは去った。

全く幸運にも、敵は核攻撃をする前にその旗幟を明らかにしてくれたのだ。

既に発せられた攻撃命令は、素晴らしいスピードで末端まで逓伝されて行き、敵の潜水艦の発射管は数秒で接着され、海上の敵艦艇の艦底には複数の大穴が開けられ、あっさりと沈んでしまうことになる。

同時に、衛星や陸地の軍事施設に貼り付けてあったD二とG四がそれこそ余裕をもって任務を果たし、ロシア軍は何が起きたのかも分からずに沈黙してしまった。

王は第六兵団麾下の六十四個軍団の内、一個軍団(五百十二個師団)をロシア方面に配備しており、それは、機外に出て稼動する兵員だけでもおよそ五百五十兆もの大兵力なのである。

同時に、それとは別の一個軍団がとうに中朝戦線に振り向けられており、既にそれは有り余るほどの戦力と言って良い。

何せ、敵の兵装はいずれにおいても、とうに脆弱なものしか残っていないのである。

朝鮮半島の三十八度線以北などは、山岳地帯だろうが平地だろうが全て女性型兵士が埋め尽くし、徹底的な武装解除が進行中であり、間も無く完全に沈黙してしまうことだろう。

常備八個兵団のうちの第六兵団のみが動員され、その第六兵団六十四個軍団の内、二個軍団だけが中朝露の侵攻作戦に投入されたのだ。

第六兵団は、一部を秋津州本国に振り向けているとは言え、未だ六十二個軍団と言う膨大な予備兵力を持っていることになる。

無論、そのほかにも別働の情報収集部隊と輜重部隊まで麾下に加えており、若者は、これほどの軍事力を背景に、戦争と言う名の外交を推し進めている心算なのだ。

この圧倒的内容を改めて公開して見せることによって、周辺国に対しても自然にその行動を抑制させたい。

同時に、報道陣が津波のように発信する情報が、秋津州の正義を強力に補強してくれるようさまざまに誘導して行かなければならない。

ただ単に、眼前の敵地を闇雲に蹂躙し尽くしただけでは事は済まないのである。

とうに占領が完了したカリーニングラードについて、ドイツ政府が抗議声明を発し、十五分後には出したばかりの抗議声明を、慌てふためいて撤回するなど混乱を極めている。

この抗議声明に、秋津州側が過敏に反応して来る可能性を重く見ての措置であったろう。

秋津州には、壮大な軍事力があると言う。

公表された通りであれば、その中の一個兵団だけで五百五十兆×六十四を超える兵力であり、挙句、それが八個も常備されていることになってしまう。

万一、現に戦闘中の秋津州軍がこの抗議声明を敵対行為と看做して侵攻してくれば、ロシアの事例から見てもごく短時間で本国領土まで失ってしまう公算が高い。

もっとも、このロシア領カリーニングラードの占領について、ドイツ政府が抗議してくる根拠は、あると言えばある。

そこは、ほんの半世紀前まで七百年の長きにわたってドイツが支配していた東プロイセンの北半分なのである。

ドイツ政府の言い分も判らなくは無い。

ところが、秋津州軍はこのカリーニングラードとよく似たケースの北方四島には未だに一兵も入れていない。

ただ、雲霞のようなD二とG四による攻撃を以って、ロシア軍の軍事施設を全て沈黙させただけなのだ。

日本にとって都合の良い解釈をすれば、北方四島は日本領だと秋津州軍が宣言してくれていることになるであろう。

やがて対露間においても戦争状態に入ったことが内務省から発表されたときには、所謂北方四島を除くロシア全土の実質的占領が完了してしまっており、あとは、ロシア軍の武装解除を粛々と進めて行くばかりである。

その間にも、ロシア国内で復旧作業中の軍事施設がまたもや粉砕され、特に各地の巨大な地下施設などではかなりの死傷者が出ている模様だ。


一方の中国戦線も又似たようなもので、局外中立宣言のあった地域には一兵も入れず、やはりD二とG四によって、チベットと東トルキスタン内部の人民軍の軍事施設を破壊しただけだ。

それらの中でも平穏であったのは台湾だけで、チベットと東トルキスタンでは駐留軍と古来の現地人との間で相当な流血騒動が起きており、地域外に出てきて投降する中国軍兵士があとを絶たない。

秋津州軍は既に中国全土を制圧してしまっており、敵兵から見る秋津州軍は、地上に一個連隊がいる場合、倍の二個連隊がその上空を埋め尽くしていると言うほどのもので、攻撃が始まって一時間の後には中朝露の組織的な反撃は全く沈黙してしまった。

秋津州軍は、いずれの戦闘においてもひたすら武器を接収しては、その武器だけを破壊すると言う単調な作業を繰り返すばかりで、相変わらず継続的な意味の捕虜を一切持とうとしない。

結局、抵抗しない限り身の安全が保たれることが敵兵の間に広まるに連れ、その抵抗を急速に衰えさせていったようだ。

このようにして中朝露の占領が完成し、メディアは存分にその過程を報道出来た筈で、占領地の地元メディアを除けば、最初の一発を放ったのは秋津州側ではないことを明確に認めてしまっていた。

結局、世界のメディアがこれを秋津州の防衛戦であると認めたことになる。

なにしろ先進世界のビッグメディアのほとんどが、SS六をチャーターして現地入りを果たし、その全てがカメラを回していたのであり、そこから発信され続ける生々しい映像が全世界を駆け巡ったのだ。

少なくとも一般大衆の目には、最初に撃ったミグの鮮烈な映像は、まことに効果的に写ったに違いない。

また、秋津州の女性兵士は食事も休息も全く不要であり、当然一切の現地徴発を必要としないため、そこからの攻撃を受けない限り一般の民家の中にまでは踏み込まない。

ひたすら駐屯地の大地と上空に静まって、圧倒的な兵力を見せつけているだけなのだ。

そして、このままの状態で夜を迎え、各地で暗闇に乗じて行われた散発的な抵抗も、全く戦果を挙げること無く簡単に制圧されてしまい、これによって秋津州兵が優れた暗視能力まで具えていることが改めて実証されることになった。

このため次の日の朝が来るまでには、全ての占領地において正規の装備を持った敵部隊は、見事に姿を消してしまっていたのである。


一方の秋津州では王の出撃の直後、内務省の西側に天空から運ばれてきたプレス用の建物が別途用意され、SS六改をチャーターしたメディアが多数受け入れられていた。

急ごしらえの建物は、プレスルームは勿論上下水道が備わり、宿泊設備こそあまり上等とは言えないにせよ五百人以上の収容能力を持ち、食事も量的には不足は無いと言う。

何しろ、近頃稀に見る大規模戦争なのである。

続々と入国して来るメディアは既に五百に迫ろうとしており、そのほとんどが日本に基地を持ち、そこを中継点としている上に、取材ポイントはこの地の内務省を除けば、あとは東京の神宮前くらいのものなのだ。

混雑して当然だったろう。

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  1. 2005/11/01(火) 03:30:53|
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自立国家の建設 018

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二千四年九月十四日(秋津州暦日)午前一時零零分

王とマザーの通信。

王の所在地は旧満州中露国境付近の上空であり、マザーは依然秋津州のはるか上空にあるが、地表との通信にあたり殆どタイムラグは発生しない位置である。

「陛下、よろしゅうございましょうか?」

「む、なんだ。」

「北米と欧州に対する準備、全て整いましてございます。」

マザーの言う「準備」とは、言うまでも無く占領を含めた攻撃の意図を意味しており、この場合の「北米と欧州」は全世界に対して、と言い換えることも出来るだろう。

「分かっておる。」

「時期を逸してしまいます。」

「・・・。」

「ほんの少しだけ刺激を与えてやりさえすれば、NATO軍は飛び上がるようにして反応して参りましょう。」

ちなみに、カリーニングラードと言うロシアの飛び地領がある。

昨日、ドイツ政府が、秋津州の軍事占領と言う行為に対してこだわりを示した領域であり、バルティック海に接し、ポーランドとリトアニアに挟まれると言う地勢的特長を具えている。

詰まり、ヨーロッパの中にぽつんとロシア(の飛び地領)が存在していることになるのである。

まして、そのロシア連邦までがNATO(北大西洋条約機構)の準加盟国扱いであるこんにち、その飛び地領をコンパスの芯に大規模な騒乱を起こせば、NATOは間違いなく反応して来るだろう。

「・・・。」

「三十分以内で北米と欧州を占領可能でございます。」

反応すれば当然交戦状態となり、戦闘の結果、敵国の全てを占領することに何の矛盾も無い。

「・・・。」

「これほどの好機は二度と巡っては参りません。三十分で陛下の世界帝国が成立致します。」

NATOが合衆国及びカナダと欧州列国の連合軍である以上、中朝露のほかに北米全土と欧州まで版図とすることになり、それは有史以来空前の世界帝国と呼べるものであったろう。

「・・・。」

「いづれにせよ、米英仏は叩いておかなければなりません。であれば、早過ぎることはございません。」

既存の体制を叩き壊す為には、いわゆる主要連合国の全てを一旦敗者の座に着かせることが近道である以上、マザーの見解は教科書通りのものであると言って良い。

「・・・。」

「ご決断を。」

「領土など重荷になるだけだ。」

この「重荷」と言う言葉こそが、王の気持ちを雄弁に物語っていた。

「承知致しました。」

マザーは一瞬で王の方針を受け入れ、それに従ったことになる。

ちなみに、マザーの見解は、マスコミや雷同する国民世論の見解になぞらえて見ることが出来るが、その場合には、国家元首の只一言を以て国民大衆を納得させることなど先ず不可能に近い。

「世界帝国の覇者となる」などと言う耳障りの良い言葉は、往々にして世論の核となってしまいがちであり、このような景気の良いキャッチフレーズで、一旦火のついてしまった国民世論を冷やすのは並大抵のことではないのである。

「それより、現地の居留民の保護に抜かりはあるまいな。」

王は占領地の外国公館の保護に付いては、初期の段階から万全を期すべく厳命してあったのだ。

無論、そのくらいのゆとりは充分にある。

「万全を期しております。」

現に秋津州軍は、駐在公館の警護のためには鉄壁の態勢をとって来ており、それらの公館には一人の暴徒も侵入させてはいない。

その上、出国を希望する居留民の国外脱出まで援護し、送還先を米英日仏独に分類してSS六改で送りつつあるほどで、若獅子の政略は、いまだ破綻の端緒すら見せない。

十四日になると中朝露の国家元首の消息不明と、それぞれの行政機構が機能していないことが知れ渡り、秋津州の一方的な戦勝は最早動かし難いと言う観測が定着して行った。

この三カ国には、いまや役所も無く警察や消防も無い。

住民を守るものは、住民自身の力しか無いと言うことになる。

敵軍に占領され、その統治機構と軍事力を失い、治安を維持することが出来なくなってしまった以上、既に国家としては全く滅んでしまったと言って良い。

しかも、本来であれば、全ての占領地は占領軍の軍政下に置かれるのは常識だろうが、秋津州軍にそのような動きは見られず、ただ、びっしりと占領地の地上と空を埋め尽くしているばかりだ。


一方で、その極めて抑制的な作戦行動が、NATO軍を大混乱の淵から救ったと言って良い。

そのあまりに素早い作戦行動を前にして、なすすべを持たなかった北大西洋理事会(NAC)も、混乱からようやく立ち直り、かろうじて冷静を保てるようになっていたのである。

また、世界の世論は先に手を出したのは秋津州側ではないことをとっくに承認してしまっているため、国連安保理の席上で中露の代表がいかに秋津州の侵略行為を非難して見たところで、ただただ冷笑を浴びるばかりだ。

その上、彼等が背景とすべき本国の政府そのものが、煙のように消滅してしまっている。

それにも拘らず、己れの為して来た侵略行為は棚に上げ、口を極めて秋津州を罵り続けているのである。

しかし、先進国のメディアは嘲笑の嵐を以ってこれに報いた。

中朝露の国連大使クラスの者が口角泡を飛ばして罵る映像の直後には、必ずあの正二兄妹の映像が流れることになる。

冷たくなって行く妹を背負った少年は、血を吐くようにして叫ぶ。

「私に銃を下さい。」

「ヤツらを一人でも殺して死にたいのです。」

この叫びに共感を持たなかった人は先ず希であり、一方的に皆殺しの目にあった秋津州人の怒りと悲しみを、これほど如実に表している場面は他に無い。

この時期に至ってなお、秋津州は被害者としての位置を確保していたのであり、この点においても若者の完勝と言って良いだろう。

その上彼我の間に圧倒的な力の差があることが、ここまで鮮明になってしまった以上、ますます仲介者が現れる環境には程遠い。

その力の差を、ボクシングのヘビー級チャンプに幼児が立ち向かうような例えをするメディアが多く、中には一万人のチャンプに幼児がたった一人で刃向かうようなものだと表現する者までいる。

このチャンプは幼児が銃を向けて来ない限り、ただ粛々と制圧占拠しているだけで、無抵抗の幼児を殺さないし、武器以外は何も奪わない。

唯一つの例外は、占領地の全ての国境を閉じてしまっていることだろう。

物理的に国境線を塞ぎ、蟻一匹その出入りを許さないのである。

この長大な国境線の全てを閉鎖してしまえる国など、秋津州以外に在ろう筈も無い。

天文学的な兵力を以ってして、初めて可能なことなのだ。

港湾は勿論、海岸線や離島の端々に至るまで完璧に塞いでしまっており、難民の国外流出は一切見られない。

だが、その内部では既存の物流がほとんど停止してしまっており、当然のことながら、飢える人が急速に増え始めていることも確かだが、その責めを負うべきは若者で無いことは確かだろう。

何しろ、若者にとっての敵国は自らの意思を以て戦端を開いておきながら、未だに降伏の意思を示さず、それどころかニューヨークあたりで盛んに口撃をさえ加えて来ているのだ。

彼等は、戦争の続行の意思を示し続けていることになる。

しかし占領軍は、歯向かって来ない限り軍人であろうと一般市民であろうと、その行動に対して一切掣肘を加えてはいない。

占領地の人々は、国内での移動、通信、報道、集会、全て何らの制限も受けていないのである。

驚くべきことに、住民たちの大規模集会ですら制限されてはいない。

その結果、各地で始まった小規模の集会が、徐々に膨れ上がりつつあるようだ。


占領二日目の夜が明けた。

占領軍は攻撃を受けたときですらこれを殺さず、軽がると生け捕りにして武装解除をする。

無論、武装解除の後には即座に解放しているのだが、問題なのは、武装解除を受けて解放される敗残兵の行動であった。

彼等の戻るべき衛戍地には、破壊され尽くして兵営すら残っていないのだ。

当然、武器どころか食糧の補給も受けられない。

生き物である以上、敗残兵と言えども腹は空く。

出身の村が近い兵はまだ良いとして、それが遠距離だった場合故郷に戻りたくてもその費用にも困る。

自然、敗残兵の相当な部分が浮浪化し、数人単位で集団を形成して暴徒化して行く。

彼らの中で力あるものが他の小集団を吸収し、見る見るうちに数千人規模の匪賊集団が各地に生まれて行った。

ある意味で無責任ともとれる占領政策が続く中、これらの集団は短期間のうちに合従連衡を繰り返し、やがて最大規模のものは数十万を数えるまでに膨張して行くことになる。

既に一部の大規模集団は劫掠を徴税と言い換え始めており、強盗、強姦、殺人、誘拐、放火とお定まりの行為が頻発して、その光景の多くが取材カメラに収められていく。

自国の敗残兵が、自国民に乱暴狼藉の限りを尽くすのである。

略奪され放火され全てを失った農民達や、失職した警官までが暴徒に加わっていると言う。

但し、銃火器を装備する集団が見当たらないのは、武装解除がそこまで徹底している証拠でもあったろう。

この点、中朝露三カ国とも基本的には変わらない。

秋津州の女性兵士は、それぞれの国境を閉じて、ただただ静観している。

自国の匪賊集団が自国民を虐殺、劫掠する場面が数多く報道され、特にネット上には目を覆いたくなるような残虐なものが溢れかえって行く。

戦争に敗れ、その国家としての仕組みを失うと言うことは、全ての既存のルールが失われ、無法地帯が生まれてくることだと知るべきなのだ。

この十四日に起きたことで特に目立ったのは、中朝露の全ての潜水艦が地球上から消滅したことであったろう。

それ等は、艦橋以外のハッチが全て接着されてしまい、全く開閉出来ない動く鉄屑であった。

それが文字通り消滅してしまい、そのかけらすら残ってはいない。

乗組員を退艦させてから、はるか宇宙の彼方にまで運ばれてしまったのだ。

殊に退役原潜をも消滅させたことは、各国にとっても、その労を多とするところであったに違いない。

このロシアの軍港に繋留されていた、鉄屑よりひどい退役原潜群はロシア自身は勿論、その近隣諸国にとっても長らく頭痛の種であり続けた。

ロシア自身の財政難のため、解体作業がほとんど進捗せず、その放射能漏れが取りざたされるようになって既に久しい。

近年に至りロシア政府は、「日本海に投棄されるのが嫌ならカネ(解体費用)を出せ。」などと日本政府を恐喝までしているのだ。

日本海に大量の原潜を投棄されたりしたら、近隣諸国はそれこそ子々孫々まで汚染の影響を受けざるを得ない。


日付が変わって十五日の秋津州は、夜半から強い雨が降り続きかなりの雨量を記録していた。

豪雨の中、若者は内務省最上階の自室で目覚めを迎え、例によって、就寝中のデータを収集し、かつ吟味しながら朝食のテーブルについているが、占領地を含め取り立てて変事は発生していない。

少なくとも、軍事的には大きな変事など起きようがないのである。

思えば少年は、一晩まるまるの徹夜で、戦争の総指揮を執っていたのだ。

そのため、指揮権をマザーに委ね充分な睡眠を確保したようだ。

尤も、重大な変事があれば当然叩き起こされていたことだろう。

しかし、さいわいにも王の睡眠を妨げるほどの戦局の変化は起きなかった。

おかげでその横顔には若々しい気力が横溢し、開戦前に見られたあの迷いの影も無い。

さて、今朝の食卓には、珍しくも白人の客がいる。

滞在中の米大統領特別補佐官トーマス・タイラーだ。

王の就寝中、京子を通じて必死に接見を願っていたのだろう。

当然、本国政府は手探り状態の秋津州情報にひどく飢(かつ)えている。

秋津州の中長期的な政策や国王個人の体調から個人的思想に至るまで、とにかく米国政府の政策決定のための判断材料となるものを、足摺りするほどに求めており、いづれにせよ、現状では王個人の考えがそのまま秋津州政府の方針と見るほかは無く、とにかく、王の考えを知りたい。

いまや、王に関する情報の重要度は、冷戦時のソ連当局に関するものをはるかに超えていると言って良い。

何しろワシントンにとって、当時とは状況が大幅に違ってしまっているのだ。

当時のワシントンは対ソ戦を想定した場合でも、最悪でも相討ちに持っていける自信だけはあったのだ。

数限りない代理戦争は行って来たが、少なくとも直接の激突を抑制するだけの国力を、アメリカは保持することが出来ていたことになる。

だが、今回は明らかに違う。

どの様に楽観的に考えても、秋津州は米国を一方的に壊滅させて完全占領することも可能であり、翻って米国側から見た場合、米国は秋津州のほんの一部を叩くことしか出来そうにないのである。

肝心な王の荘園どころか、宇宙空間にある中間拠点の規模すら分かっていないのだ。

米国政府としては、第二次大戦の終結以来、いや、建国以来の難局を迎えたと言って良いだろう。

他国の顔色を見て、一方的に国益を放棄せざるを得ないような屈辱的な政策判断を強いられたことなぞ、あのキューバ危機のときですら一度として無いのだ。

それはひとえに、いざと言うときには悪くても敵と相討ちに持っていけるだけの国力を保ち続けることが出来ていたからに他ならない。

米国を筆頭に並み居る列強は他を圧伏するに足る国力を背景にして、常に自国の対外政策を正当化してきたが、今次の状況は、嗤うべき事にその立場が突然逆転してしまったに過ぎないのだ。

タイラーの任務は米国の興亡にそのまま直結してしまっており、この様な状況下で彼が受ける訓令は、悲痛極まりないものであったろう。

全権委任状を持っているわけでもない彼の立場は、単なる諜報員か工作員でしかないのだ。

それも、少しでも迂闊な動きをすれば、軍陣に在る王の怒りに触れてしまう恐れがあり、そうなれば、あっさりと追放されてしまうだろう。

国連にも加盟せず、いづれの国とも条約を結んでいない秋津州にとって、国際法と言う概念そのものが存在していないことになり、従って、何者にも拘束されるいわれが無い。

一主権国家として孤立を恐れない以上、全くのフリーハンドを持ったと言って良いのである。

そうである以上、国外追放どころか、秋津州の慣習法に照らして重大な利敵行為と看做される恐れすらあり、その結果極刑に処されても一切苦情の言いようが無い。

尤も、弱国である米国が強国である秋津州に対して、仮に苦情を申し立てたところで国王は相手にする必要すら無いであろう。

そこへ持ってきて、目の前に並んだ朝食の献立は、これはもう見るのも苦痛であった。

黒ずんだ麦飯と味噌汁、たっぷりとした生野菜、どんぶり一杯の納豆、梅干に漬物、そして一キロはありそうな鯨肉のステーキがメインなのだ。

この哀れな白人は、納豆と麦飯は勿論、ステーキの正体が鯨肉だと知った途端、もう完全にお手上げであった。

しかし、この場合嫌な顔一つするだけでも非常な非礼に当たるであろう。

これが、秋津州国王のれっきとした朝食メニューなのだ。

つまりは、秋津州の風俗習慣なのである。

固有の食文化と言い換えても良い。

断っておくが、タイラーは別に招待を受けて入国して来ているわけでは無い。

自分から願って、この国を訪れて来ているのだ。

その上、この接見を必死に願ったのも又自分自身なのだ。

嫌なら国へ帰れば良いだけの話だ。

もっとも、いざ帰ろうにも、おいそれとは出国することすらままならない。

航空便は勿論、船便でさえ開通していないのだ。

どうにも仕方が無い。

結局、残りの新鮮な生野菜を、ほんの少々お付き合いするほかは無かったが、正面の喰べ盛りの少年は、この哀れな白人の困惑にも全く頓着しなかった。

みるみるうちに平らげて行き、後方にお盆を持って控えている美しい侍女達に麦飯のお代わりまで要求するありさまだ。

その健啖ぶりを見ても、一族の指導者としての責務を果たしつつあると言う、揺るぎのない自信さえ垣間見えて腹立たしい。

それにしても、目の前の見事なまでに美しい乙女たちは噂以上に魅力的であった。

タイラーの審美眼から見ても、典雅な挙措と言い、その外見と言い、ハリウッドで美貌を売り物としているいかなる女優にも決して引けはとらないと思えるほどだ。

京子の情報によれば、全て王の侍妾となることを前提として、本人の強い希望のもとに選ばれた者ばかりだと言うが、肝心の若者が全く関心を示さないらしい。

聞けば、一族中の一番の悩みは少年のこの恬淡たる性欲にあるようで、あれほど騒がれたマーベラとの間柄においてさえ、ついにプラトニックなものに終わってしまっているようだ。

なお、今日は王にとって十九才の誕生日にあたるのだが、言うまでも無く祝い事の予定なぞは一切聞こえては来ない。

秋津州では、男子は十六才で立派な成人として扱うことになるそうだから、十九才と言えば最早堂々たる成人男子だ。

それなのにこれほどの美女たちを前にして箸を取ろうともしないとは、いかに降りかかる国難の中とは言え、単身赴任のタイラーからすればひとごとながら実に歯がゆいことではある。

後方に数歩下がって謹直そのものの姿勢を以て佇立している親衛隊長か、或いはこの美しい侍女達のいづれかに、諜報の突破口を求めることは出来ないものか、タイラーの重い思案はとりとめも無い。

「食が細いようですな。」

このとき、野太い声ではっと我に返った。

「はっ、いえ、昨晩遅くに食事したものですから。」

「では、お茶にしましょう。」

「ありがとうございます。」

コーヒーが運ばれてきて、救われたような気分だ。

なんとしてでも、崩れたった態勢を立て直さなければならない。

「お京の話では、何かお話がおありのようですな。」

王は、はるかに年上の筈の秋元女史を、完全に目下の扱いで呼び捨てにしている。

それも、ごく自然にであった。

つい先日までは、年長の京子に対する配慮が少なからず感じ取れていたが、もはや、その必要も無くなったと言うことか。

また、自分の方からは特段の話なぞは無いのだが、言いたいことがあるのなら聞いてやろうと言っているようだ。

「はっ、申し上げます。」

例えどうあろうと、既に言葉遣いからして従属的な物言いになってしまっている自分自身が腹立たしい。

「・・・。」

その目が「早く言え。」と言っているように感じてしまうのだ。

「今次の紛争について、陛下のお見通しをお聞かせ願いたいのです。」

思い切って踏み込んで見た。

誕生日の祝辞など言っている余裕は無い。

「実は、見通しなぞ無いのです。」

王は実にさらりと言ってのけた。

「お言葉ですが、そうは思えませんが。」

「全て、相手のあることだ。」

今度は、かなりぞんざいな返答が返ってきた。

先制攻撃は全て中朝露側からなされていることも事実であり、国王は受けて立っただけだと言いたいのであろう。

「紛争終結のために必要なことは何でございましょう?」

「敵味方双方が終結を望むことだろうな。」

片方だけが、終結を望んでも駄目だと言う。

子供にでも分かることだ。

「陛下はそれをお望みですか。」

「我が秋津州は、戦いを望んだことは無い。」

その口調が当然に荒い。

「中朝露三国に何を望まれますか?」

「いまさら何を申しても、無駄だろう。」

「長期戦をなさるおつもりでしょうか?」

言ってしまってから、その場が凍りつくのを覚えた。

正面の王が、無言のままじっと見据えて来る。

その濃い眉の下の鋭い眼光に射すくめられ、全身がすくみ上がりそうになる。

「申しておく。」

思い切り低い声がずしりと響いた。

「はっ。」

「皆殺しの戦を仕掛けておるのはヤツらの方だ。」

眼前に居るのは現に戦闘中の一国の総司令官であり、その漲る憤怒が存分に込められた言葉であった。

「・・・。」

「そこを間違えてもらっては困る。」

「申し訳ございません。」

この年端もいかぬ年少者に、非常な圧迫感を感じざるを得ない。

「現にヤツらは、未だに我らを罵り続けておるではないか。」

事実その通りなのである。

殊に国連ビルの中からなどは、中朝露の名を以て未だに口汚い罵声が飛んで来ている。

「・・・。」

「どちらかが消えて無くなれば、否が応でも戦(いくさ)は終わる。」

実戦経験の無いタイラーは震え上がってしまった。

「・・・。」

「ヤツらが望む以上、百年が千年でも相手になってやる。」

眼前の若獅子が鬣(たてがみ)を逆立てて咆哮したような気がした。

大統領特別補佐官は、確かにその耳で地響きするような咆哮を聞いたのである。

最早それは魔王であったろう。

「そっ、それは・・・。」

やはり、自分の踏み込み方に完全な誤りがあったことを、痛切に悔やまざるを得ない。

これでは、かえって逆効果ではないか。

しかし、魔王の発言が全て本音であったなら事は重大だ。

彼我の戦力に懸絶した開きがあることが、ここまで歴然としてしまっているにもかかわらず、王は敵地の国境を完璧に閉ざし、占領地を制御しようともせずに放任しているのだ。

自然、それぞれの内戦騒乱を招き、秋津州軍はそれを静観している。

それぞれの国境内部で、同一国民同士が奪い合い、そして殺しあっているのだ。

それでも、諸国から非難の声が上がって来ないのは、それぞれの地の外国公館を魔王が完璧に保護しているからに他ならない。

なおかつ、居留民の出国希望者は秋津州の輸送機で敏速に出国させてもいる。

これほどの余裕を持った完全占領など、過去の戦史にも見当たらないほどなのだ。

いったい、王の本音はどの辺りにあるのだろう。

「甚三(じんざ)。」

王が忠実な護衛官を呼んだ。

「はっ。」

「出かける。」

最早、タイラーなぞ眼中にないと言わんばかりに、たくましい背中を見せて若者は出て行ってしまった。

哀れな白人は、止む無く立ち上がり最敬礼を以って見送るほかは無かったのである。

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  1. 2005/11/02(水) 17:40:15|
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自立国家の建設 019

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雨足が一段と激しくなって、次の間の窓ガラスを流れている。

最早、豪雨と言って良いほどで、タイラーにとっては思いもよらぬことであったが、これこそが魔王が待ち望んでいた恵みの雨であったのだ。

秋津州と言う人工島の出現が近海の海流に影響を与え、その気候にも少なからず影響を及ぼした結果、この陸地が恒常的にどのような気候風土を持ち得るかが王にとっての重大な関心事であり、今回のまとまった雨量が、今後の見通しを立てるにあたって重要な一里塚となることは間違いない。

この陸地にもともと狭小な農耕地しか策定していなかったのも、実際の気候風土を確かめてから本格的な拡大を目指す心づもりであったからに他ならない。

しかし、当然これは秋津州にとって重大な国家機密でもある。

そのこと自体が秋津州が人工島である所以であり、この後も決して公式見解として触れられることは無い。

いずれにしても、部屋のあるじが去った今、客のタイラーは当然王の居室を辞すべきであったろう。

しかし、万策尽きてそれでも去りきれずに呆然としてしまったそのときに、救いの神が入って来てくれた。

秋元京子だ。

彼女は、現時点での唯一のパイプだと言って良い。

この救世主の助けを借りて、困難な職務を果たさなければなるまい。

思えばこの女神は、不思議な力を持っているようだ。

その証拠に、今も三人の侍女たちが充分な敬意を払って迎え入れている。

ここは、間違いなく王の私的な居室の筈なのだ。

にも拘らず彼女は全く臆することも無く、先にたって次室のテーブルにいざなう。

「京子、感謝しているよ。」

タイラーは導かれるままに力なく席に着いて、それでも礼を述べるだけの心の余裕はかろうじて残していた。

彼女の尽力あってこそ、王の朝食に招かれたことだけは確かなのだ。

「結果はあまり良くなかったようね。」

女神は、何でもお見通しのようだ。

「正直、参ったよ。」

「あらあら。」

「このままでは辞表を書かなくちゃならない。」

もっとも、タイラー一人の首が飛んでも何の足しにもなりはしない。

「そんなに深刻なの?」

「お怒りをかってしまった。」

改めて魔王の底光りする眼光を思い出し、又しても恐怖に体が浮き上がるような気がする。

「それは困ったわね。」

ありがたいことに、この女神は同情してくれているようだ。

「何とかならんだろうか?」

「ヒントを上げましょうか。」

「え、是非。」

思わず腰を浮かせてしまった。

「簡単よ。陛下のお望みを正しく理解することよ。」

「は?」

「陛下を誤解してらっしゃることが一番の問題なのよ。」

「と、言うと?」

「未だ分からないの。陛下を脅威とみなして、敵視していることよ。」

「あ。」

言われて見て、改めてその通りであることに気付く。

「だって、陛下が今までお国に対して何かいけないことでもなさったかしら?」

「い、いや。」

ヘリの墜落事故の対応にしても、その後の米国訪問と先進的な武器の供与にしても、秋津州のスタンスは常にアメリカに対して友好的なものであり続けた筈だ。

少なくとも表面上、敵対的な行動など一切とったためしが無い。

京子はそれを言っている。

「それでもなお敵視され続けるとしたら、トムならどうする?」

これでは、どんな男でも立ち上がらざるを得ないだろう。

「う・・・。」

「少なくとも、そういう相手を友邦だとは思えないわよね。」

「いや、ホワイトハウスは敵視してはいないよ。」

「そうかしら。」

「誓うよ。」

「おほほほ、私に誓っても仕方が無いでしょ。」

「あ、・・・。」

「それが事実なら、・・・。」

「え、事実なら?」

「あとは子供にでも分かるでしょ。」

普通、非常な危機から救ってもらったり、その上貴重なプレゼントを贈られたりしたら感謝すべきであろう。

そこが基本だと言っているのだ。

にもかかわらず、米国は侵略者の背中を押した。

言わば、米国政府は恩を仇で返したことになるのは間違いないであろう。

これ以上の裏切り行為などまたとあるまい。

「ど、どうすれば・・・。」

「分かってるでしょ。」

少なくとも、礼を尽くして感謝の意をあらわすべきであろう。

そしてそれは、敵対する意思を打ち消すためにも、最低限必要なことではないのか。

「う・・・。」

「公平に見て、陛下はアメリカをいつ叩き潰しても良い権利をお持ちになったのよ。」

「う・・・。」

「権利どころか、王としての義務かも知れないわ。」

確かに国家に仇(あだ)なす憎(にっく)き敵国を打ち滅ぼすことは、王として国民から負わされている義務の一つでもある筈だ。

仮に、米国がいずれかの国の正規軍にその領土領海を侵され、米本土に暮らす市民が数千人も殺されたとして、大統領がその報復手段も採らずに放置したら、先ず間違いなくその職に留まることは許されないだろう。

「・・・。」

「そうは思わない?」

「い、いや・・・。」

「立場を変えて見たら、そうなるでしょ?」

全くその通りであろう。

「う・・・。」

一言も無い。

「でも、問題視してるのは、秋津州が自分より強いかどうかだけなんでしょ?」

米国は、いかなる国であれ、自国と肩を並べるほどの強大な国力を持つことを許さない。

とにかく、世界の主導権を常に自分が握っていないと気が済まないのだ。

「わ、分かった。」

秋津州の強大な国力、言い換えれば言語に絶するほどの軍事力の存在は今や隠れも無い。

「いーい、陛下はこの秋津州と荘園だけで充分なのよ。」

「その荘園って、ほかの天体のことなんだろ?」

「それがどうかしたの?」

「だって、宇宙条約って言う取り決めもあるじゃないか。」

確かに宇宙条約と言うものもあるにはある。

その第二条では、宇宙における地球外の天体の領有を禁じている。

「おほほほ、秋津州は一切の条約を結んでいないわ。」

「しかし・・・。」

「それに、荘園は陛下個人の所有なのよ。」

「あ・・・。」

その宇宙条約では、国家の領有を禁じてはいるが、個人や法人の所有までは禁じていないのだ。

現に、月や火星の土地などはその売買さえ行われているのである。

「それに前にも言ったでしょ。その所有を主張する人がほかに誰もいないじゃないの。」

「しかし・・・。」

「万一、誰かがその所有を主張したければ、最低でもその存在を確認してからになるわよね。」

「うん。」

「誰か、その存在を確認できた人でもいるの?」

その物の存在を認識すら出来ずに所有するもへちまも無いだろう。

「いや。」

「とにかく、ほかに領土なんか要らないのよ。」

「ほんとか?」

「ほんとよ。その根拠だってあるわ。」

「え?」

ここで、この美しい女神は、例の恐るべき作戦案の存在を明かした。

NATOの混乱に乗じて、一気に北米と欧州を占領してしまうと言う、あの作戦案のことである。

それも、王が命じれば即座に実行に移され、それが完了するまでに三十分とかからないと言う。

と言うことは、北米や欧州の地表付近にも、膨大なD二やG四が既に配備されていることを意味しているのか。

そして、そのD二やG四は捕捉不能だと言うことなのか。

ただ、これ等が強大な戦闘能力を有していることだけは、今次の紛争で見る限り既に確定的なのだ。

王が却下したから良かったものの、もし、その案が採用されていたら、今頃パリやロンドンはおろか、ワシントンにさえ秋津州の国旗が揚がっていたに違いない。

その上、世界のマーケットはほとんど停止してしまったことだろう。

「領土など重荷になるだけだ。」

魔王が、その作戦案を却下したときの言葉であったと言う。

領土など欲してはいないのだ。

「分かった?」

「分かった。」

タイラーは、ひとまず安堵の胸を撫で下ろすことが出来た。

「でも、ひとつだけ、気がかりなことがあるわ。」

「え?」

「陛下が急死してしまうことよ。」

「あ。」

「そうしたら、この作戦案が形を変えて実施される公算はかなり高いと思うわ。」

「形を変えてって・・・。」

「要するに、全軍を統御する者が居なくなって、一瞬で報復戦になるってことよ。」

「報復って?」

「覚えはあるでしょ?」

「う・・・。」

「八人の司令官たちは、中共の背中を押したのが誰だか知ってるわ。」

「い、いや、それは、」

「どんなに大声で否定しても無駄よ。今更下手な弁解なんて利かないわよ。」

「そっ、そんな・・。」

「だって、いままでアメリカ自身がそうして来たでしょ。」

「う・・。」

「とにかく、陛下以外に誰も止められないってことよ。」

「う・・・。」

「ま、私がアメリカの大統領だったら、せいぜい陛下のご無事を神に祈るわね。」

「しかし、ステイツとは無関係のテロと言う可能性も・・。」

「同じことよ。司令官たちの憤懣のはけ口はアメリカに向かうに決まってるわ。少なくとも、アメリカをこのまま見逃すことだけは絶対に無いわね。」

これ以上の恫喝は、滅多にあるまい。

王が死んでしまったりしたら、理由の如何を問わず、必ずアメリカを潰すと言っているのだ。

国王を暗殺するなどは、アメリカにとって自殺行為に等しいことになる。

タイラーは、まさしく止めを刺されてしまったのである。

「そっ、そんな・・。」

「八つ当たりだと言おうと何と言おうと、所詮ごまめの歯軋りよね。」

ここで言う「ごまめ」とは、いわゆるイワシの一種で、成魚でも十センチほどの小魚のことである。

京子は、秋津州から見れば、アメリカなどこの「ごまめ」のように無力な存在であると言う。

事実そうであったろう。

アメリカなぞ、「ごまめ」同様取るに足りない。

その取るに足りないアメリカが、歯軋りして悔しがってみたところで全て後の祭りなのだ。

それに、アメリカはそうされても仕方の無い行為を積み重ねてきている筈だ。

ただ今までは、アメリカの敵側が報復する能力を持っていなかったに過ぎない。

「分かったよ。」

タイラーの声は一段と小さい。

「ま、私は一日本人として言ったまでだから。」

「いや、非常に参考になったよ。」

「さ、本業に戻るか。」

本業とは、株式会社秋津州商事の代表としての仕事のことなのか、それとも、巷間流布されている秋津州国王の筆頭政治顧問としてのそれを意味しているのか。

「忙しそうだね。」

「今日中に、日本との海底ケーブルが開通するのよ。」

「手早いね。」

「陸揚局の準備は、とっくに終わってますからね。」

秋津州の外周堰堤部の六箇所に、新しく立体倉庫施設が設けられたことは既に述べた。

その先進的な施設の内部には二十四の陸揚局が初手から用意されており、それらの陸揚局から内陸部に至る基幹回線は無論のこと、首都圏などに至っては、既に末端に及ぶ回線まで敷設工事を終えているのである。

現在、西方から外周堰堤部の直ぐ近くにまで敷設工事船が到達し、あと数キロで陸揚局からのパイピングの末端にまで届くのだ。

大容量のケーブルを日本との間で、それぞれ別ルートで三本以上、その他の国との間にも多数敷設する予定でおり、今回開通するのはその最初の一本目なのである。

無論、二本目、三本目も直ぐ後に続いている。

もっとも、それは若者とその周囲の「特別な者たち」にとっては直接必要な物では無い。

全く独自の通信手段を別に持っているからだ。

しかし、金融システムその他の事業のための通信インフラとして、一般の世界と共通の手段をも併せて用意することになるのだろう。

同時に、中央銀行や民間銀行についても立ち上げる用意が出来ていると言うが、成文法を持たない秋津州においては、内務省の裁量権ばかりが途方も無く突出したものにならざるを得ず、その意味では、個々の契約の履行については、よほど誠実な対応が求められることになる筈だ。

「外貨準備はどれくらい?」

これも大事な要件の一つだ。

「ドルで、五兆ほどかしらね。」

「ほう、予想以上だね。」

「そのほか、売り掛け債権もかなりのものよね。」

「しかし、それにしてもすごいよな。正直言ってその百分の一ぐらいを予想してたよ。」

「このくらいの用意がないと、ちょっと揺さぶられただけでお手上げになっちゃうでしょ。」

「やはり、最初はドルにペッグ(固定)するんだろ?」

金融システムの根幹を立ち上げ、いよいよ秋津州通貨が国際市場に登場することになるが、その場合、秋津州円を米ドルに対して固定相場制をとるのかと聞いているのだ。

「あら、まだこの後も基軸通貨でいられるつもりなの?」

痛烈な皮肉であった。

「あ・・。」

「まあ当分は、ドルの権威を守っていてもらいたいものだわね。」

余りに急激にその権威を失墜させてしまえば、世界のマーケットに大混乱を来たしてしまう。

「う・・・。」

「陛下の荘園の資源は、そりゃもう壮大としか言いようが無いわ。」

京子は艶然と微笑んで見せた。

秋津州通貨の背景には、王の荘園の膨大な資源が控えていると言っているのだ。

ここに来て、永久原動機やベイトンなどの工業製品も本格的な出荷が始まっており、今次の対中朝露戦にしても、ごく僅かな戦費負担を以て鮮やかな完勝を得ることも最早決定的と言って良い。

全ては、これ等の「背景」をマーケットがどう評価するかにかかっている。

なお、過去に於いて一米ドルが九十銭から一円ほどの気配レートが取りざたされたこともあり、今次戦争前の秋津州では内務省職員の月棒が三千円から五千円ほどであったことから、秋津州円はマーケットからの支持を得られたものと言えなくもない。

「そうらしいね。」

「それとも、ワシントンは秋津州関連の口座凍結だとか、経済封鎖なんてやれるのかしら?」

第一、安保理決議一つとっても、秋津州の国力を目の当たりにした今では、常任理事国の足並みが揃うことはあり得ず、かと言ってそんなことを一国だけで強行しようとすれば、今度こそ、おおっぴらな敵対行為になってしまう。

いまや、王座から転落してしまっているアメリカには、とんでもない災厄が降りかかるに決まっているのだ。

「いや、それは・・・。」

「別に陛下は秋津州通貨を特別な物にしたいなんて思ってないわ。単なる国際通貨にしたいだけなのよ。」

「協力させてくれよ。」

「変な邪魔さえしなけりゃ、それだけでいいのよ。」

「分かった。」

「ロスチャイルドファミリーからも、協調路線をとらせてくれって勝手に言って来てるわ。」

「やはりな。下手に邪魔をしてマーケットを破壊されてしまうよりその方が利口だろうからな。」

秋津州資源の膨大な資産価値は、充分過ぎるほどの威力を秘めていることは間違いない。

既に、荘園の物産についてのごく小さなアナウンスにさえも、マーケットが敏感に反応してしまうところにまで来ているのである。

そしてその情報は、当然秋津州側の独占だ。

他者は、なんぴとたりとも絶対に知り得ない。

その上、最悪、一人のバイヤーもいなくなったとしても秋津州は存立していけるのである。

その気であれば、出荷調整も自由自在なのだ。

「ま、これも一日本人として言ってるんだけどね。うふふっ。」

秋津州国の公式見解ではないと、またしても念を押してくる。

「京子、我が国にも是非協力させてくれよ。」

大統領特別補佐官としては、米国がバスに乗り遅れてしまうことだけは何としてでも避けたいのだろう、どうしても、そのチケットが欲しいと言う。

「その前に、することが有るんじゃないの。」

「え?」

「いたずらっ子が悪さをして、それがばれちゃったときはどうするのよ?」

ワシントンは秋津州を甘く見て、とんでもない悪さをしでかしてしまったのだ。

そして、それが露見してしまっている。

あとは、謝るか、居直るか、惚け通すかのいづれかであろう。

弱者に対してなら、居丈高に居直ったり、或いは知らぬ存ぜぬで惚け通す手もあるが、今回の相手は決して弱者などでは無いのだ。

米国が今まで散々使ってきた強者の論理を、そっくりそのまま秋津州が使わない理由など何処にも無い。

弱者である米国が、いかに「中共軍の背中を押した覚えなど無い。」と言い募ったところで、強者である秋津州としては聞く耳を持つ必要などさらさら無いのだ。

決定権は、常に強者側にのみ存在する。

そのことは、過去の歴史が雄弁に物語っており、何よりも、米国自身が今までずっとそうして来たではないか。

単に従来の強者が、突然その位置から転落してしまったに過ぎないのだ。

「京子が、ワシントンに来てくれないか。」

タイラーは、自分の口からだけでワシントンを説得する自信が無いため、京子の口から直接語らせることを思いついたのだろうが、現在の米国は熾烈な大統領選のさなかにあり、現職大統領にとって、この問題から派生する影響は決して小さなものでは無いはずだ。

しかし、大統領のマシーン達に、タイラーの言葉だけで現実感を伴ったイメージを正確に伝えることは至難の業であろう。

彼等にとって、パックス・アメリカーナを基盤とする磐石の思考回路から抜け出すことは、とてつもなく難しいことなのである。

「無理よ。ナウルから撤退の準備もあるし。」

京子は、いままで例のナウル共和国の領海を主な取引き場所として利用して来たが、ナウルの状況が、もはや限界に来ていると判断したのである。

前にも触れたが、その国では唯一の資源のリン鉱石が枯渇寸前であり、国家存亡の危機を迎えている。

そもそもその領土の全域は、もとはと言えば南太平洋上に浮かぶ珊瑚礁であった。

その珊瑚礁に、アホウドリの大群が飛来して大量に糞をする。

長い歳月の間に、その珊瑚礁の表面はアホウドリの糞で埋め尽くされて行き、大量に降り積もった糞が数万年もの間堆積し、やがてリン鉱石となった。

最近の数十年、このリン鉱石が貴重な肥料用資源として輸出され、国家の豊かな財源となっていた。

豊富な財源を持ったその国においては国民の税負担は無く、反って国家から漏れなく給付を受けて来たのだ。

そのため、全ての国民は勤労の必要は無く、長いこと日々遊び暮らして来ることが出来た。

のどかに、文字通り遊び暮らして来たのだ。

自分たちの食べる食事の用意も、或いは身に着ける衣類の洗濯でさえ外国人労働者に任せ、ひたすらその労務を買っていたのである。

肝心の資源が枯渇したからと言って、今更その国民に働けと言っても無理であろう。

ごく一部の公務員のほか誰も働かない国家など、本来成り立つはずがないのだ。

若者は言う、「どんな国家をつくり、どのように運営していくかを定めることは、その国民の最大の権利であり、他者がとやかく口を挟むべきことでは無い。」と。

その結果、ナウル共和国が漂流してしまっているのも、その国民が選択した道だと言って良い。

既に、国家そのものが行方不明だとまで言われてしまっているのだ。

他国から連絡さえとれない。

航空便や船便はおろか、国際電話でさえ不通になってしまっており、唯一の例外として、SS六改のチャーター機だけが自在に出入りしている。

それに、もう遠慮なく秋津州の領土領海が使えるため、他国のそれを使用する必要などさらに無い。

「そうとうひどい状況らしいね。」

正統な国家元首さえ定まらないその国の惨状は、タイラーの耳にも当然伝わって来ている。

「数百万トンの土を置き土産にして、引き払ってくるわ。」

剥きだしのリン鉱石が掘りつくされた珊瑚のなきがらの上に、相当な土壌を運び込み秋津州商事の基地とし、それを秋津州軍の一個小隊がひっそりと守備して来た。

ナウル政府がカネと引き換えに受け入れた難民の暴動など、一歩も近づけるものではない。

実質的な租界として借り受けていたその場所が、もともととても人の生活できるような場所では無く、土壌すら存在しておらず、王の荘園から膨大な土を運び入れて使用していたのだ。

ただ今回、SS六改の借り手たちに対する物資の手配では、特に飲料水の手当てに手間取ってしまった。

無論京子や兵士たちは、もともと飲食の必要は全く無いが、それでも多少の水は必要であり、これまで王の荘園から真水を搬入して使っていたのだ。

そこへ短期間とはいえ数百人にも及ぶマスコミ関係者が、SS六改に乗って集まることになったのである。

そのためにも、SS六の新たな改造が必要になった。

以前から人間の居住性を重視して、大型水槽や浄水機を備えたSS六改もわずかながら保有してはいた。

ビジネス用として使用していたものなのだが、これを機に二百機ほども増産して事態を乗り切ったのだ。

これも、マザーの船団が持つ優れた工業生産能力があってこそ行えることではあるが、いまや秋津州の国家主権が確立し、それにつれてナウルの利用価値も先細りとなり、やがて秋津州商事の実質的な本拠も秋津州国内に移る事になるに違いない。


さて、この辺で時空系列をほんの少しだけ前に戻し、朝鮮半島南部に視線を転じてみたい。

実は、そこにも秋津州の領有を居丈高に宣言した国家が存在した。

国号を大韓民国と言う。

略して韓国。

この国は、かってIMF危機という大きな経済危機に直面したことがある。

それも、わずか数年前、千九百九十七年のことだ。

この経済危機でウォンが半値にまで暴落し、翌年の千九百九十八年には、GDPが三パーセント減と言う大きなマイナスを記録してしまった。

ウォンが半値になったと言うことは、ドルベースで言えばGDPはもっと大きく減少したことになり、金融システムも巨大な不良債権を抱えて一気に不安定となり、IMFや諸外国からの巨額の融資を仰ぐほか、もはや一国の経済が立ち行かないという無惨な状況であった。

卑近な例で言えば、他の誰かがカネを恵んでくれるか保証人の判を押してくれない限り、国家そのものが破産してしまう状況に立ち至ったことになる。

このときの支援では、その額面一つとっても突出して貢献した国が、ほかでも無い我が日本だ。

当然、日本も単なる善意だけでそれを行ったわけではない。

日本独自の国益にも照らし、日本国民の血税を大量に投入したことも事実だ。

しかるに、その結果はどうであったろう。

これほどまでの大恩を受けた筈の韓国国民から、果たして日本人は感謝されたであろうか。

無論、周知の通り、否である。

彼等は、そのような事実を知識として得ていても、感情としては受け付けることが出来ない人々なのである。

大韓民国とは、面積十万平方キロメートルほどの領土に、概ね四千四百万のこういう人々が住み暮らしている国だ。

一応、議会制民主主義を標榜し、大統領制を採っていると聞く。

改めて言うが、本稿において、このようなれっきとした国家が公式に秋津州の領有を宣言したと言う事実は、それこそ世界中が承知している。

以前、ナウル共和国の話題に触れたときに述べたが、以下がそのときの若き秋津州国王の明確な意思であった。

「どんな国家をつくり、どのように運営していくかを定めることは、その国民の最大の権利であり、他者がとやかく口を挟むべきことでは無い。」

その結果、その国がいかなる運命を辿ろうとも、全てその国民が選択した道だとの謂いであったろう。

つまり、秋津州に対する一方的な領有宣言は、紛れも無く四千四百万の韓国国民が選択した道であり、言い換えれば、全てはその国民の自己責任であると言うべきなのだ。

その国民が、去る十日に秋津州が受けた災厄に関する報に接した時には、こぞって自国政府の立ち遅れをなじり激しく狂騒した。

不思議なことに、秋津州を攻撃した中朝二カ国を非難する風潮は一向に見られず、まして秋津州人の蒙った大いなる災厄を哀れむ声も聞こえては来なかった。

当の秋津州では一方的な攻撃によって、その国民の実に九十九パーセントを超える死者を出しているのだ。

にも拘らず、韓国国民は、ただただ自国政府の立ち遅れのために、折角のおいしい料理を食べ損なったと言って自国政府を非難した。

韓国国民にとっての秋津州は、単にその辺の路傍に転がっているご馳走でしかなかったことになり、遅ればせながら今からでも出兵し、少しでも分け前にあずかろうと言う意見まで出たが、その無謀な意見は米軍の断固たる制止にあって煙のように消えてしまった。

ワシントンの利益にそぐわなかったためだ。

しかし、その日の夕刻には事態は再び一変した。

何と、秋津州軍がその領土を自力で回復し、なおかつ中朝二カ国の本土を痛撃中と言う驚くべきニュースが飛び込んで来たのである。

この時点で、早くも自国政府の発した秋津州領有宣言そのものを非難する声が一部に現れ、国内世論は別の意味で紛糾する。

その後、中朝露が秋津州軍によって占領され、半島の三十八度線以北の地が秋津州軍で満ち満ちていることが知れ渡ったときには、韓国国民の全てが、秋津州の領有宣言にはもともとから反対の意思を持っていたことになってしまっていた。

韓国政府が国民の意思を無視して、他国に対する領有宣言と言う暴挙に出たことになってしまっていたのだ。

あろうことか、この九月十日から十三日までの、たった四日の間にその民衆の声の方向が、百八十度逆転してしまったことになる。

悪いのは全て青瓦台(韓国大統領府)であるとして、国中にその責任を問う声が満ち溢れていく。

既に中朝露は国家としての実質性を失い、当然その通貨は国際的に無価値なものとなってしまい、一方でこの大韓民国からも並みいる外国資本があっという間に遁走した。

その逃げ足の速さは、見事と言うほかは無い。

無軌道に個人消費を煽った結果、カード破産者が巷に溢れていたことも一因となり、国家経済の足元が不安定化してしまい、最悪のシナリオもあり得る事態となったのだ。

その場合、もともと腰の弱い金融システムも一瞬にして崩壊し、ウォンは紙屑同然に成り果ててしまう。

今度ばかりは、IMFも世銀も打つ手は無いだろう。

大韓民国は勝手に舞台に上がり、勝手に踊り狂い、勝手におお転びに転んでしまうことになる。

如何に自業自得とは言え、韓国経済は既に巨大なダメージを受けてしまった。

このままでは、自力で立ち上がることは誰の目にも不可能に見えるほどだ。

今次紛争には複数の当事国があるが、中でも中韓の同時破綻がマーケットに与える衝撃は途方も無く大きい筈だ。

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  1. 2005/11/02(水) 18:00:27|
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自立国家の建設 020

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混 沌

九月十五日。

十日の開戦以来既に五夜が経過している今、神宮前のオフィスは、相変わらず贅沢な緑に包まれてどっしりとした姿を見せてはいたが、そこには少しばかり変わったことが起きていて、一階の官僚たちをかなり戸惑わせていたのである。

それは、留守を預かる千代の方から一階の外務省出向組に「ある男」との面会を求めたことから始まったのだが、官僚たちにとっては如何にも唐突と感じられる申し出であったに違いない。

その男は十日の開戦当日、京子がタイラーと共に秋津州へ向かった直後に突然押しかけて来た男で、伴って来た外務省組の表情からも、あまり歓迎されざる存在であることが読み取れた。

新田源一と言い、年のころは四十前後か、背丈が低く、頭髪が薄い。

鼻が顔の真ん中に大きく居座り、思い切り鼻腔が広がっているためもあってか、風采が上がらないこと甚だしい。

ただ、太い眉の下でぎょろりとした目が炯々として千代の胸を射抜くようであったらしい。

差し出した名刺には「外務省大臣官房外交史料館付き」とあり、千代にとっては初対面の人物でありながら、それが、秋津州国王に会わせろと言う。

「私は、日本国のために役に立つ男です。」

男は、ろくな自己紹介もなしに一方的に言い放って帰って行ってしまったが、その態度もかなり倣岸不遜なもので、その風采ともあいまって、あまり人に好かれるようなタイプでは無い。

ところが、その報告を受けた国王がひどく興味を持ち、今日までその身辺身上を調べていたのである。

年齢は四十二歳で独身。

宮城県出身、酒屋を経営する実家は弟夫婦が継いでいて両親はともに健在。

近親に新興宗教の関係者は見当たらず、東大法学部三回生時に外交官考試合格。

この風采でよく通ったものだ。

無論東大を中退して入省と、この辺りは典型的なエリート外務官僚のコースだろう。

ただ、海外研修と在外勤務が異様に長い。

米英仏独中露、中東、南米、アフリカとひたすら各国を渡り歩いていてあまり本省に帰っていない。

その上、省内のいかなる閥にも属していないらしい。

在外公館でも上からの受けが悪く、本省でも浮き上がった存在だと言う。

曰く、協調性に難があり、組織と言うものを理解しようとしない。

曰く、外交の一元性の重要性を軽視している。

あげくに在外勤務においては、必ず大使夫人に嫌われてしまうと言う。

大使夫人に嫌われると言うことは、全員に嫌われるに等しい。

省内の出世レースにおいては、スタート直後にいきなり落馬してしまったような男。

とにかく、この男の座る椅子が無いのだと言う。

いづれにしても、近々退官のやむなきに到るであろう、と言うのが衆目の一致するところではあった。

ところが、報告の結果、王の見方は全く違っていた。

省内で浮き上がってしまっている原因は、この男が外務省の省益を省みないことにある。

国家全体の利益を優先しようとするあまり、組織防衛を重視する周囲の者たちと融和出来ないだけだと言うのだ。

とにかく、平時の官僚としては頭角を現す余地の無い人間であることは確かだが、今は平時などであるわけが無い。


この新田が千代の前に顔を出したのが十五日の昼前、秋津州国王からの招聘を知るや即座に同意したのだ。

しかし、彼が出発するときの準備室の騒ぎが又みものであった。

渡航申請に関して本省の反応が鈍重であり続ける中、殊に外務省組の若手などは、この大先輩の独断専行の危うさを慮って、せめて休暇願いくらいは書かせようとしたらしいが、新田は彼等の手を振り切るようにして例のポッドに乗ってしまう。

全くの単身で、着替え一つ用意してはいない。

このポッドは例によって瞬時に秋津州に達し、折りしも降りしきる豪雨の中、間口が百メートルもありそうな内務省ビルの正面に着いたのである。

後に、武者震いを覚えたと新田自身が語っている。

アジア情勢の激変に伴い、我が日本丸は激流の中に放り出され、このままではその舵さえ破壊されかねず、時にあたって、遂に待ちに待った出番が来たと感じたと言うのだ。

ポッドから降りたち、導かれるままに正面玄関から入ると、入国審査のようなものはそのそぶりさえ無く、係りの者たちの丁重な物腰一つとっても、自分自身が確かに招かれた賓客であることを感じさせて好ましい。

秋元女史の案内で重厚な造りのエレベーターで最上階に上がり、広い回廊を進んで奥まった一室に入ると、意外にも既に国王陛下が待っていてくれた。

早くも一仕事終えて来たと言うその人は、軍装のそこかしこが未だかすかに濡れており、それはいかにも雨の中をつい今しがた戻ったばかりと言う姿であった。

そして、見上げるような長身を幾分屈め気味に気さくに握手を求めてくる。

「秋津州へ、ようこそ。」

若き君主は、にこやかに笑みを浮かべている。

聞けば、未だ二十歳(はたち)前の若さだと言うではないか。

「ご招待を賜り、厚く御礼申し上げます。」

見れば、秋元女史もごく自然に同席するようだ。

「単刀直入に申し上げる。過日足下は、日本国のために役に立つ男だとおっしゃった。」

言葉通り若者の言は率直極まりない。

「確かに申しました。」

「それで、お招きしたのです。」

だからこそ、招いたのだと言う。

「あまり、時間がありませんな。」

この小男の言い回しは実に断定的であった。

確かに、新田の言うとおり誰の目にも残り時間は少ない。

「はい。」

王は素直に聞くばかりだ。

「これ以上無為にときを過ごせば、事態の収拾に要するコストは、物心両面ともに、いや増すばかりでありましょうな。」

「でしょうな。」

「ずばり、申し上げます。」

「どうぞ。」

王は、先ずこの小男の話を聞こうとしているようだ。

「我が日本は、この紛争の一刻も早い収拾を願っております。」

何せ、秋津州の戦争経済があまりにも特殊で、これほどまでの戦線を維持しておりながら、他国から戦時物資を購入することが無いのである。

世界のマーケットは萎んで行く一方であり、その傾向がこれ以上続けば、立国の基盤を貿易におく日本は、その損失をますます増加させるばかりであり、事態の収拾を誤ればやがて取り返しのつかない恐慌を招いてしまう。

現に、兜町などは大混乱のさなかなのだ。

「はい。」

「そこで、我が国と貴国の利害の一致点を見出したい。」

「うむ。」

「両国の利害の一致点は早期の終結です。」

新田の言い方は、相変わらずまことに断定的である。

「必ずしもそうではあるまい。」

「いえ、(敵方からの)明白な降伏と謝罪の意思表明がありさえすれば一致する筈です。」

しかし現状では、敵国側の在米代表たちは依然として秋津州に対する口撃を続けている。

「ふむ。」

「陛下は、単に戦争の継続を望まれている筈は無いと存じますが。」

「それは、その通りです。」

「敵方からの降伏を取り付けて参りますが、その前に陛下のお財布をお預け願いたい。」

とんでもないことを言うものだ。

「財布はお京が持っております。」

財布を預けても良いと言うことなのか。

傍らで秋元女史がかすかに頷いたようだ。

「現地の食糧等の援助は既に一部なさっておられるようですから、これも積極的にお続けいただきたい。」

「その心算だ。」

「とにかく時間がありませんので、詳細は申し上げませんがお任せいただきたい。」

この紛糾した事態の収拾について任せろと言っているのだ。

「心得た。」

この一諾は重いであろう。

若者は、この日本人を信じたのだ。

「では、緊急で記者発表を願います。もっとも喋るのは私一人で結構ですがね。」

新田源一は雨の中、国王と京子を従えるようにして別棟のプレスルームに急ぎ、早速国王臨席の上で記者発表を行うこととなった。

プレスルームは、各国の記者とカメラクルーで溢れんばかりだ。

注目のうちに壇上に立ったこの日本人は、簡単な自己紹介のあと、

「これより国王陛下の特使として、危機管理の任に当たります。」

極めて断定的な口調で宣言したのである。

ただ、この自己紹介では、日本の、それもれっきとした外務官僚であることには一言も触れてはいない。

あくまでも、私人としての前提なのだ。

然るに、傍らには秋津州国王の厳然たる姿があり、その姿こそが何よりもその宣言を肯定し、かつ追認している。

この瞬間に、日本人としてもかなり小柄なこの男が、言わば秋津州国王の執政官のごとき権能と影響力を持つこととなった。

これほど電撃的な発表も珍しい。

誰一人として、この件についての予測情報を持っていなかったのだ。

日本人新田源一などと言う名前など聞いたことも無い。

また、部分的とは言え、突然現れた異邦人に国家の舵取りを任せると言うその内容は衝撃的ですらあり、会場は大きくどよめき嵐のように質問が殺到した。

敵対勢力の態度如何によっては戦線の不拡大を約し、同時に占領地の人民の保護に力を尽くすことが秋津州国王の大いなる意思であることを強く印象付けながら質疑は進行し、結局、秋津州国王から権能を委任されたこの男が、秋元京子のアシストを受けて、事態の収拾に乗り出すと言うことがより鮮明になっていった。

秋元女史は、秋津州国王の金庫を預かっていると言う前提だ。

まして、金庫の中身はドルベースで数兆にも及ぶ外貨を含んでいると見られている。

その上に豊富な一次資源を背景としていることは、それこそこの場の誰もが知っていた。

この小男は、このような強固な踏み台に乗っていることになる。

そして、その踏み台に立った上で宣言しているのだ。

「一刻も早い紛争の終結を目指します。」

力強いこの一言が、世界のマーケットを救ったと言って良い。


中でも韓国は、秋津州に対して一方的な領有宣言をしてしまっている国家として、とるべき態度に苦慮している最中なのだ。

いや、もはや苦慮ではなくて苦悶しているとさえ言える。

秋津州に対して、相変わらずかなり苦しげな沈黙を続けざるを得ない。

現実問題、秋津州は、その政府に全領土の領有を宣言されたのだ。

全領土を奪われてしまえば、秋津州人は行き場を失うのである。

秋津州は堂々たる主権国家として、いつ相手国に攻め入ったとしても何の不思議も無いのだ。

その上、両国間の圧倒的な力の差は今や言葉にするのも愚かだろう。

当時の韓国政府は秋津州を弱国と判断してしまったがために、極めて強気なことも言えたのだが、実は途方も無く強大な国力の持ち主であったことが分かった途端、全く身動きが取れなくなってしまっただけのことなのだ。

古来「自縄自縛」と言う言葉があるが、滑稽にも自ら発した領有宣言が自らの手足を縛りつけてしまい、その身動きの自由を奪ってしまったのだ。

その国内事情は相当に紛糾している模様で、秋津州に対し最大の敵対行為を行ったとして、現政権の責任を問う動きがより活発化していると言う。

現職大統領の政治生命は既に終わったとの論調が溢れ、その責任の全てを現政権に押し付けてしまうことにより、ひたすらこの難局から逃れようとしているようだ。

しかし、いまさら誰に責任を押し付けようと、国家そのものが滅びの道をまっしぐらに突き進んでいることに変わりは無いのである。

既に、外国居留民はそのほとんどが出国し、遅れた者も急ぎ出国しようとしている。

国外に脱出して行くのは、何も外国人だけに限らない。

韓国国民の中でも一部の富裕層が、外貨を抱え、先を争って国を捨てて行く。

十四日には皮肉にも、駐留米軍が完全撤収するのではないかとの観測情報がネット上に流れ、即ちそれは秋津州軍の侵攻作戦が近いことを強く想起させるに至った。

鬼のような秋津州の大軍団が、今にも三十八度線を踏み越えて、それこそ怒涛のように押し寄せてくるイメージなのだ。

もはや、韓国内は官民共に半狂乱のていだ。

多くの者が米軍基地付近でその駐留の継続を求めて狂騒し、中には感極まって自らの体を傷つけてまで訴える者が出る始末で、少なくとも従前のように米軍の撤退を叫ぶ者など、ただの一人も見かけないと言う。

消費者物価は暴騰し、この数日の間に二百パーセントを超えるすさまじいインフレ劇が進行していると言い、生活必需品を通貨で購うことが難しくなった民衆が増え、売り惜しみをしているとされた商店からの略奪行為が頻発し、各地に発生した暴徒集団が暴走を始める。

当局は、それを鎮圧する能力を欠いてしまっていた。

中朝露の場合とはこと違い、一部の暴徒は銃火器を携行しているため、国内の治安は急速に悪化の一途を辿りつつあると言う。

この様な場合、本来治安対策の要を握るべきは国軍であったろう。

いずれの国家においても、軍が軍であるための生命線は、「鉄の規律」と「旺盛な愛国心」に他ならない。

しかし、やがて軍の規律そのものが緩み、愛国心までが失われていき、遂には軍そのものが一部暴徒化していくに違いない。

それを制御するのはまことに困難だ。

彼らの受け取るべき俸給もウォンであり、このままでは、ウォンはじきに紙屑同然になってしまうからだ。

数日後には、国内ですらウォンが通用しなくなり、実質的に流通する通貨は米ドルになっていく公算が高い。

国民自身が自国政府の定めた「法貨」を信用せずに、他国の通貨を信ずるようになってしまうのだ。

そうなってしまえば、まして他国民がそれを信ずる筈も無い。

わずかな保有外貨も間も無く底を突き、政府当局にとって残された手段はいよいよ限られてきてしまう。

この場合、先ず秋津州に膝を屈することこそが、第一にとられるべき手段であったろう。

国内に吹き荒れる社会不安の嵐を鎮めるためにも、いっときの恥は忍んででも、秋津州からの攻撃を回避することが何よりも急がれることは誰の目にも明らかだ。

どうしてもそれが嫌だとなれば、もはや秋津州軍に蹂躙されるのを待つばかりだ。

もしくは、対外的な「債務不履行」を宣言することにもなってしまう。

それはまさに国家が自ら行う自己破産の宣言であり、取りも直さず資本主義世界における国家としては、全く滅んでしまうことを意味している。

もっとも、改めて宣言などしなくとも実質的には同じことだ。

外貨での決済が全く滞ってしまうのも、もはや時間の問題であったろう。

韓国がこのような危機的状況に直面しているさなかに、新田源一の発した重大声明が世界に流れたのだ。

この声明は紛争の不拡大方針を色濃く滲ませており、あわせて、変則ながらも外交ルートの窓が開かれたことを物語っている。

青瓦台は即座に反応し、開通したばかりの国際電話を通じて新田に愁訴した。

ひたすら泣訴したのである。

直接韓国大統領から、領有宣言の「取り消し」と「謝罪」の意思表示があり、これを受けた新田は、即座に二千億ドルと言う巨額の枠組みによる特別融資を決定した。

当然、秋津州軍が韓国に攻め入ることは無いことも明白に付け加えられた。

新田が内務省に入って、未だ一時間と経っていないのである。

大統領自らが公的に謝罪するため、差し向けられたSS6改に乗って直ちに本国を出発、ほとんど瞬時に秋津州に到着した。

ほどなく、新田源一と大統領の共同記者発表が行われ、絶体絶命の危機から救われた大統領から、丁重な謝罪と感謝の言葉が述べられた。

秋津州に対する領有宣言が、公式に撤回されたことは言うまでも無い。

然るに、この席に国王は全く姿を見せず、そのステートメントも無く、文書によるいかなる合意事項も存在しないと言う。

多くのメディアの論調では、国王自身はたかが韓国一国がどう転ぼうが歯牙にもかけていないとまで、秋津州のプレゼンスを持ち上げ太鼓を叩きながら、新田源一の果たした役割と、ずば抜けた決断力を高く評価しており、自ら求めて墓穴を掘った上に、さらなる国辱行為を重ねた韓国外交の愚を痛烈に酷評していった。

いずれにしても、韓国政府が秋津州に膝を屈することによって、逆にその庇護を受けることになってしまったと言うこの茶番劇は、即座に爆発的なウォン買いを呼び、ウォンは劇的に値を戻していった。

流通の一部が滞ってしまった食糧やその他の一次産品の大量搬入が、秋津州軍の手によって開始され、その一切が完全な無償であることが公表されると、それまで韓国内を覆っていた社会不安の黒い雲は急速に払拭されて行く。

また、このときに搬入された膨大な一次産品には原油や鉄鉱石、多種多様の非鉄金属や穀類が含まれ、のちにその優れた品質についても評価が再確認されていくことになる。

このため、世界のマーケットにおける秋津州の影響力を軽視できる者はもう一人もいない。

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  1. 2005/11/02(水) 19:04:52|
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自立国家の建設 021

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またしても話が前後するが、秋津州軍が一大反攻作戦の火蓋を切り、瞬く間に敵国の全土を占領してしまったのは十三日のことであった。

殊にその詳報が伝わったあとは、神宮前の千代に面会を請う者はなおさら引きもきらない。

台湾政府の事実上の駐日大使館である台北駐日経済文化代表處からも、毎日のように接触がある。

その用向きも、秋津州国王との仲立ちについての悲痛なほどの懇請であり、そのほかにも多くの国が、秋津州国との友好関係を望んで接触して来ている。

だが、その中で千代が特別に配慮したのは、ダライ・ラマ法王十四世テンジン・ギャツォの使者であった。

その主たる用向きも、やはり秋津州国王との仲立ちの懇請であり、そこでの短い会話の中からでさえ、その地域の深刻な食糧不足を窺い知ることが出来て、千代の方からその支援に言及した結果、国王はその数十分後には早々とそれを実現させてしまった。

無論、千代が事前に概略の指示を受けていたこともあり、秋津州軍の輜重部隊は直ちに行動を起こし、日々数千トン単位で穀類その他の生活物資を搬入し続け、人々の飢えを救ったのである。

続いて、東トルキスタンからも同様の支援要請があり、これに対しても膨大な生活物資を搬入することになる。

ロシアの飛地領カリーニングラードと北部朝鮮では、早い段階から食糧等の生活物資と医薬品の大規模な搬入がなされ、開戦前より反って豊富な物資が出回り始めていると報じられているほどだ。

占領地であろうが無かろうが、秋津州軍はただ黙々と生活物資の配布を続け、その光景がメディアの格好のソースとなり、世界に発信されて行く。

占領地の秋津州軍が、最初から女性兵士だけで編成されていることは何度も触れたが、その優しげな女性兵士が奪うどころか与え続ける映像は、それこそ万人の目にするところとなって行った。

その軍事行動は相変わらず極めて抑制的であり続け、ましてメディアに対する報道規制などは全く見られず、要請がある場合においては積極的にその保護までしているのだ。

但し、現地の一般の女性兵士たちの多くは言語機能を有さない。

ただ、法務官や医務官、そしてスポークスマンと呼べる女性が各師団ごとに多数配備されていて、これ等の者達は全て会話機能を持つことが判明したことにより、殊にメディア側のストレスが著しく緩和されることにはなった。

秋津州軍の場合、軍規に背く兵も病気に罹る兵も存在せず、法務官や医務官など本来の意味においてはその必要性は無く、只々現地の民との間の意思の疎通を確保するためにのみ機能しており、医務官の所管には豊富な医薬品と医療器具が備わり、その医療技術も相当なものだと評するメディアまで出たのである。

多分その人は現地で体調を崩し、若い女性医務官の優れた医療技術の恩恵に浴したためであったろうことは想像に難くない。

また、占領直後の北京では英国大使館の書記官が激しい内臓疾患を発症し、周囲を警護中の秋津州軍に事情を伝えたところ、英国大使館付きの医務官と秋津州軍の医務官との間で極めて迅速な対応がなされ、危うく患者が救われると言う出来事があった。

その症状から現地での対応は困難と判断された患者が、例の銀色のSS六改によって、ごく短時間のうちにロンドンにまで移送されたのだ。

患者の家族は勿論、英国人の医務官や同僚までが付き添って行ったと言う。

この出来事によって、秋津州軍の極めて人道的な行為が高く評価されたこともまた自然な成り行きではあったろうが、それとは別に、図らずも思わぬ副産物を生むことに繋がっていったのである。

占領地の各国公館から、あまり緊急性の無いものまで移送の依頼が寄せられるようになったのだ。

いわゆるクーリエ便である。

種々の辞書によれば、クーリエ(courier)とは、急使、特使、スパイ情報などの運び屋の意味であるらしいが、いざ頼まれて見ると、実質的には現地公館とその本国や他の公館との間を結ぶ輸送便のことであった。

厳重に封ろうされた鞄や、かなりの量の荷物を携えた現地公館職員の移送を各所で求められるようになり、結果的にそのほとんどが往復便であることが分かった。

これに対応していくうちに、優に百カ国を超える国との実質的な交流が始まり、その国の政府に臨時にチャーターされた航空便と言う建前でもあり、SS六改は全くフリーに相手国に出入りするようになって行く。

驚いたことに在中アメリカ大使館からまでチャーターの申し入れがあり、既に十数機ものSS六改が堂々と米国本土に入っていたのだ。

この手の銀色のSS六改は、わずか数日のうちに二千機を数えるほどになり、この膨大な航空便の運行を支えるべく、独立旅団とでも呼べるものまで編成されたことも伝わって来た。

秋津州商事と言う一民間会社の取り扱いだとは言いながら、全て秋津州軍が運行していることは明白であり、建て前上、軍用機であることを否定しているだけのことだ。

これ等のSS六改は、最初のうちこそナウル共和国の船籍を有するとされていたが、次第に秋津州国の船籍を有するものに切り替わっていき、やがてその全てが、秋津州に籍を置く秋津州商事と言う個人企業の所有と言う形式に変わっていった。

この場合の秋津州商事は、日本に籍を置く株式会社秋津州商事とは全く別物と言うことになっていたが、そんなことを素直に信じる者などはいない。

これまでSS六改の機体に描かれていたナウル共和国の国旗や国名表示も全て消えうせ、秋津州国のものに書き換わってしまっているところを見ても、マザーのファクトリーは、さぞやてんてこ舞いをしたことであったろう。


さて、秋津州軍が中朝露三カ国を占領して、世界にいやと言うほどその実力を見せ付けてから二日の刻が経ったころのことだ。

国連安保理の表舞台では、相変わらず中露ばかりが秋津州に対する甲斐無き非難を続けていたが、敗北が確定している者の発言など相手にされることは無かった。

今更そんな世迷い言に耳を貸しても一銭にもならず、反って秋津州の怒りを買うだけ損なのだ。

だが、事態を放置するわけにも行かず、その裏側では、他の常任理事国である米英仏の三カ国だけがひっそりと秘密会合を開いていた。

実質的な安保理とみなすことが出来よう。

議題は、当然この紛争を早期に終結させることによって、世界に新秩序を打ち立て、一刻も早くマーケットの安定を計ることだ。

しかし、この三カ国代表には内心大いなる脅威があった。

例のNATO殲滅作戦のことである。

日本人秋元京子氏からもたらされたと言われる、例の重大情報のことなのだ。

秋津州国王が一旦退けたと言われるこの恐るべき作戦案が、再び息を吹き返してこないと言う保証は何処にも無い。

今まで世界の盟主を以って任じてきた米国自身には、特にそこから受ける脅威には強い懸念がある。

中共軍の背中を押して、今回の侵略戦争に手を貸してしまったと言う重い事実は今さら消しようが無いのだ。

冷静に見て、秋津州にとって残る仮想敵国が米国であることは常識と言って良いだろう。

ごく、当たり前のことなのだ。

そう考えない方がおかしいくらいだ。

しかしこれは、英仏にとっても対岸の火事ではあり得ない。

単に軍事的脅威の存在以上に、恐るべき世界恐慌が目前にあることをより意識せざるを得ない。

ことは一刻を争う。

とにかく米英仏にとって、大規模な戦争など迷惑極まりない。

あくまで局地的な小規模戦争こそ望ましい。

開発した兵器の実戦での実験的使用と示威宣伝、産業界からの要請、軍事的な練度の維持向上等々、理由はいくらでもある。

自国の主力兵器よりも一段性能の劣る兵器は、当然、絶好の高収益商品でもあるのだ。

そのためにも絶え間なく兵器の開発は続けられ、その実験場としての局地戦を必要とする。

しかし、今次の秋津州を巡る紛争は、その規模から言っても決して歓迎されるものではないのだ。

まして、秋津州の異常な戦争経済は、米英仏の産業界の台所を一切潤してはくれないのである。

このためにこの秋津州戦争は一層人気が無い。

しかも、あらゆる既存の秩序が崩壊しつつあり、世界的な市場が連鎖的に破壊されてしまう可能性が極めて高いのだ。

何としてでも、この大規模紛争は早期に収拾されなければならないが、完璧な勝者である秋津州に対し、戦争終結の工作を本格化させるためには、大国が結束してことに当たる必要があろう。

だが、英仏代表にしてみれば、ことに当たって、米国を盟主として行動することの危うさは当然感じている。

かと言って、自分たちだけでことに処していける自信もないのである。

もっとも、ここに日本と言う国家を引き込むことによって、突破口が開ける可能性が倍加するであろうことは全員が最初から意識はしている。

あの秋津州人が、日本人に対する強い同祖同族意識を持っていることは広く知られていることなのだ。

秋津州人のこのメンタリティを梃子にしてことを進めることの有利さは、誰しもが第一に考え得ることで、当然といえば当然のことであったろう。

だが、現実にはなかなかそれを言い出す者がいない。

日本にあまりに大きな発言権を与えてしまうことが、長期的には日本というあの独特な国家が、「世界」にとっての大いなる脅威として、限りなく浮揚していくことに繋がりかねないことを恐れるからであった。

無論、この場合の「世界」とは、彼らにとって「白人世界」と同義語であることを共通認識としていることは、先ず間違いのないところであろう。

詰まり、彼等の世界観を通して見る日本とは「異世界」に在るものなのである。

一部情報によれば、あろうことかその日本が既に単独で動いていると言う。

当然、例の秋津州商事のルートを活かしていると思われるが、東京の秋津州商事のオフィスは、事実上秋津州国の駐日大使館の如き機能を果たしており、そのことが日本に齎す甚だしい有利さは誰の目にも明らかで、秋津州国に対する影響力を確保すべく開催されたこの世紀の大レースにおいて、日本がそのポールポジションを占めつつあることは自明であろう。

そこへ持って来て、万一、日本が単独で和平工作に成功してしまえば、自分たちにとって、事態はより一層深刻なものになってしまう。

そればかりは絶対に困るのだ。

それでは、あの日本の権益だけが突出したものになってしまうではないか。

重要な国際的案件の決定は、あくまでも、白人キリスト教文明圏の制御の下で進められることが望ましい。

なにしろあの日本という国は、いざとなれば凄まじいほどに国力を伸張し、急激に勃興してくる民族的特性を備えていることは近世の歴史が証明している。

挙句の果てに、この大和民族という黄色人種は身の程をもわきまえず、不遜にも白人キリスト教文明に対し真っ向から挑んできた有色人種として唯一の実績さえ持っており、十億になんなんとするかの漢民族ならいざ知らず、当時たかだか一億にも満たなかったあの民族が、ほとんど全世界を相手に果敢に戦ったのだ。

正気の沙汰とは思えない。

三カ国代表の世界観を通して眺めれば、全く異質の文明を持ったこの国は、いざとなれば最大の脅威となり得る不気味な存在でもあるのだ。

このような国家に、世界秩序の再構築にかかわる円卓会議の席を空けてやるべきでは無いであろう。

三カ国協議の席に重苦しい空気が流れ、それぞれの代表たちの焦燥感を増幅していく。

しかし、時間が無い。

これ以上無為に時を過ごせば、世界の運命は最悪のシナリオを以て書き換えられてしまうかも知れない。

結局散々に迷った挙句彼らの選択した道は、日本と同時にドイツを引き込むことであった。

苦渋に満ちた選択ではあったが、そうすることによって、あの日本の影響力が少しは削がれることも期待し得るであろう。

このような経緯で、急遽日独両国にもお呼びがかかり、五カ国協議が水面下で始まったのだが、その折りも折り、驚くべきビッグニュースが飛び込んできたのである。

ニュース報道の画面には秋津州のプレスルームの映像が流れ、その壇上で我が物顔に振る舞っている小男は、どうやら日本の外務官僚らしいと言うのだ。

「一刻も早い紛争の終結を目指します。」

その小男が高らかに宣言し、傍らの秋津州国王がそれを容認している。

まるで、日本の一人舞台ではないか。

米英仏独の代表は、この行為を許すべからざる日本の抜け駆け行為と断じて一旦は激怒して見せた。

しかし、実際のところ、内心最も驚いたのは日本代表自身であったことは言うまでも無い。

日本政府自身が、いや、日本の外務省自身が全く承知していないことだったからである。

事実は、この壇上の新田源一と言う男の全くの独断専行と言うほかはない。

しかし、その奇妙な、そしてある意味笑うべきこの事実は、日本代表としては口が裂けても言えないことなのだ。

気を取り直した日本代表は、全て日本外交の想定内の状況であるとして、ひたすら強気の姿勢を装い、米英仏独の日本に対する非難は根拠の無いものであるとして突っぱね通した。

独自の外交を行い得ることは、主権国家として極めて基本的な権利であり、本来、誰にも遠慮する必要など無いのである。

裏から言えば、独自の外交権を持たなければ、最早それだけで独立国とは言えないほどだ。

それにもかかわらず、長いこと日本は独自の外交権を行使することを遠慮してきた。

思うに、このときの日本は新田源一と言う一人の外務官僚を持ったことによって、五カ国会議における圧倒的な主導権を握る又とない好機を手にしたことになる。

いずれにしても事態は急変した。

五カ国代表の全てが、新たな訓令を本国に求めなくてはなるまい。

だが、日本を含めいずれの本国政府も明確な方針を示せる筈が無い。

とにかく、情報が不足している。

いや、不足と言う表現は必ずしも正確では無かった。

この件についての情報が、秋津州の公式発表以外全く得られないのである。

何故か。

秋津州の政策決定には、たった二人の人間しか関与していないからだ。

後にも先にも国王と新田源一の二人だけであり、周りを固めているのは全てヒューマノイドばかりだ。

情報を洩らす者などいる筈も無い。

現状では、いかなる諜報網をもってしてもそれを捉えることは不可能と言って良い。

各国の焦りと苦悩は、深まるばかりであった。


さて、秋津州で韓国大統領が記者会見を終える頃、新田源一の手元には京子を通してある知らせが入っている。

知らせによると、このころ、モスクワのモンゴル大使館の依頼によってウランバートルに飛んだクーリエ便(SS六改)があり、このクーリエ便を経由して、在モンゴルの外交団シンジケートから大量の依頼が入ったと言うのである。

紛争勃発に伴い、モンゴルは国土全体を秋津州軍に包囲された形に陥ったため、かなりの世情不安に襲われ、在蒙の各国公館はまことに不自由な状況に置かれていると言う。

秋津州軍の包囲環の中で孤立してしまったような状況が、それを招いていることは確かなのだ。

地図を見れば一目瞭然だが、日本の四倍ほどもあるモンゴルの国土は、もともとその周囲を中露両国の領土によって全て囲まれてしまっている。

しかも今回の紛争の結果、中朝露の全土は秋津州軍に占領されてしまった。

そのため、モンゴル国は秋津州の大軍団と言う大海の波間に漂う木の葉のように見えてしまう。

モンゴル国にとって、秋津州のチベットに対する親和的な姿勢が貴重な拠り所ともなっており、自国に対する明白な敵意を感じているわけではない。

モンゴル国とチベットとは、互いに近隣強国の絶えざる圧力のために悲運に泣いてきたと言う近世史を共に持っており、チベット亡命政府の元首ダライ・ラマ法王十四世が、秋津州の庇護の下にその本来の地へ戻れるのも近いと言う噂もそれを補強してくれてはいる。

しかし、近隣情勢が激しく変動する中で悲惨な体験を強いられてきたごく普通の国としては、常に自国の先行きに対する不透明感ばかりが強調され、それこそ一寸先は闇であると言っても良いほどの心情なのだろう。

このために一層動揺が広がってしまった結果、モンゴル政府筋からも非公式ながら支援要請が届いたのである。

尤も、モンゴルの不穏な国内情勢については、国王は勿論、京子と新田源一も充分承知しており、この要請も唐突なものと受け止めたわけではなかったことになる。


この日本国外交官は、再びプレスルームの壇上に立った。

そして、新たな声明を発する。

「モンゴル国は秋津州国にとって、全く敵性国家などではあり得ない。」

として、全てモンゴル政府の立場を尊重する旨を強調し、その支援の用意があることを宣言、直ちにモンゴル政府と連絡をとり、その要請に基づき不足の生活物資の支援を開始することを約し、国王は直ちにそれを実行に移して行ったのである。

秋津州の動向が、世界の注目を浴びていることは当然過ぎるほど当然で、種々の無責任な観測がメディアを掻き回していることも否めない。

既にその版図に収めた中露の狭間に漂っているモンゴルについても、早晩、併呑してしまうだろうと言う観測も全く無かったわけでは無いのだ。

ときにあたり新田源一の発した声明は、この様な悲観的な観測を全面否定した上に、積極的な支援をも包含しており、当然のことながら劇的な効果をもたらした。

モンゴル国の最大の不安材料が払拭され、駐在する外国公館も又落ち着きを取り戻していったのである。

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  1. 2005/11/02(水) 20:08:18|
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自立国家の建設 022

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この間、日本の外務本省から秋津州の新田源一宛に度重なる電話が入っている。

本省内部、ひいては日本政府の混乱と焦りは容易に想像出来たが、新田は電話に出ない。

出ないと言うより、出てるいとまが無いのだ。

渡航以来未だほんの僅かな時間しか経たないが、その間頻繁に各所と電話のやり取りを続け、ひたすら多忙を極めており、自らの人脈を駆使して世界各地のロシア人や中国人と連絡を取り合い、短時間のうちにルートをこじ開けて行った。

相手の多くは、その通話の中から秋津州に対する彼の強力な影響力を再認識させられ、なおかつ自国にとって比較的好意的な立場を以って、仲介の労をとってくれるのではないかという期待感を持つに到ったのである。

その上、新田には中露首脳の潜伏中の所在地まで分かってしまっている。

彼らがどこへ移動しようが、全てのターゲットに張り付いているD二やG四によって、その動きは一目瞭然なのだ。

新田は、彼ら首脳たちが潜伏中の場所ばかりか、部屋の中の家具の色まで電話の相手に伝え、とどめにはその部屋の粗末な机をG四の一撃を以て粉砕して見せさえした。

完璧なまでに捕捉追尾されていることが充分に伝わり、彼らが痛切な敗北感を味わったろうことは想像に難くない。

一旦その気になれば、自在に彼らの命を奪うことも出来るのである。

大統領だろうと国家主席だろうと、いつでも容易に逮捕拘禁出来ることは明らかだ。

現に戦争が続いている限り、国王は敵国の全ての人に対して、生殺与奪の権を握っていると言っても過言ではないのである。

言い換えれば秋津州は敵国の首脳はおろか、全ての民をそっくり捕虜にしているようなものなのだ。

しかも、この紛争が長期に亘ったとしても、秋津州はほとんど痛みを感じないことも知れ渡ってしまった。

とにかく、秋津州軍は兵站補給の必要性が極限まで絞られた軍団であり、当然無給の兵員はその交替を全く必要としないのだ。

とどめとしては、必要とする一次資源の全てを、一切他国に頼ることなく賄うことが出来ると言う冷厳な事実まで存在し、このことは秋津州が全世界から一斉に経済封鎖を受けてなお、戦いを続け得るだけの国力を有していることを物語っている。

「敵がその気なら、百年が千年でも相手になってやろう。」

とは、国王の言葉であったと言うが、その理非得失はさて置き、その実行能力に限って言えば、充分可能なことだと言うほかは無い。

いずれにしても、新田源一の全知全能を傾けた活動が続くうち、やがて暗闇の水平線のあたりがうっすらと陽が射して来た。

徐々に反応が良くなって行ったのである。

さまざまの通話のあとで、ついに日本駐在の中露両国の大使から新田宛てに電話が入った。

それは、正式な仲介の依頼の電話であったのだ。

もはや、依頼と言うより懇請に近い。

「降を請いたいので、容れて欲しい。」

「その仲介を請い願う。」

と、言うものであった。

無論、両国首脳陣の意をていしていると言う。

中露両国の方から日本人外交官新田源一に対して、仲介の懇請をさせることに成功した瞬間であった。

この直後、新田源一から本省に連絡が入った。

ごく簡単な概略の報告と同時に、秋津州国王の日本への非公式訪問の申し出を連絡したのである。

中露両国と秋津州との終戦処理についても、驚くべきことに、新田本人がその仲介役を果たすことになり、早速、停戦処理の諸条件についての協議に入るべく、万般のセッティングを完了したと言う。

また、その場所も、神宮前の秋津州商事のオフィスを使用する予定であり、日時に付いては全て即時だと一方的に言い切っている。

本省では当然「即時」と言う物言いに引っかかったが、新田は「即時」は字義通り「即時」だと言うばかりだ。

それでは、準備もへったくれもないではないか。

日本政府にとって驚天動地とでも言うべき事態であり、一時行政府は大混乱をきたしたが、とりあえず秋津州国王の非公式訪問の受け入れについては了承する旨を決定し、新田を通して伝えることになる。

国王の侍従の者はわずかに四人、しかもその中の三人までが女性だという。

また、新田自身は日本人女性を数名、個人秘書として帯同し、一切の事務を担当させると主張している。

勿論、この個人秘書とは秋元姉妹のことなのだろう。

とにかく、まるで暴風のような新田の動きに、政府当局は一方的に振り回されている思いを持ったが、基本的なところでは結局それに従うほかは無かったのである。

まして、新田はその方針については既に決定済みだとしているのだ。

思えば、新田が本省の許しも受けず、れっきとした公務中に出国したのはこの日の昼少し前であり、現在は未だその同じ夏の日が暮れきってはいないのである。

彼が無謀とも思える行動に出てから、未だ数時間の刻しか経過していないことになる。

この間、日本政府が具体的にやったことと言えば、「東太平洋問題準備室」の看板を「東太平洋問題対策室」と書き換え、大幅に人員を増やしたことくらいであり、儀典室や警備対策室の面々が駆け回っているうちに、十人の一行は二台のポッドに乗って、それこそ音も無く裏庭に着いてしまった。

男性は国王と井上司令官、そして新田の三人だけであり、女性は秋元四姉妹と侍女の三人だ。

その場の法務省出向組は無論のこと、誰一人五人の「外国人」の入国審査なぞしようともしない。

いまや堂々たる一国の元首にして、かつ、これほどまでの重要人物の訪れを、日本国としての体面を保ちながら出迎えるだけの用意など、全く出来てはいなかったのである。

対策室の面々も、確たる指示は何一つ受け取ってはいない。

なにしろ、新田源一から本省に連絡が入ってから、未だほんの数分しか経っていないのだから当然と言えば当然で、ただひたすら丁重に出迎えるほかは無かったろう。

最敬礼の列を尻目に、長身の王は悠揚たる所作をもって通って行く。

いまだ軍陣に在る総司令官として、その腰には例の短めの指揮刀らしきものを帯し、供奉の近衛軍司令官は長刀を吊ったまま悠然と進む。

京子の先導で一行は二階に上がって準備に入り、すぐに国王が侍従の者全員を引き連れて三階に席を移したのも、間も無く中露大使がそれぞれに到着することを察知したためであったろう。

周辺には、徐々に大事を嗅ぎ付けたメディアが集まり始め、騒然たる雰囲気の中を到着した中露大使と属僚たちは、秋元姉妹がそつなく捌いて、それぞれ二階の別々の部屋に通し、新田が直接下交渉に当たった。

妥結をみるまでにたいした時間を要さなかったのは、中露二カ国にとって事前の通話による合意事項以外、一切の条件が付加されなかったためであったろう。

その結果、それぞれが秋津州に対して文書を差し出すことを以て合意した。

それは、極めて簡易な降伏文書だったのである。

先ず、先制攻撃を行ったのは自国であり、自国の敗北を認め降を請うこと。

戦時賠償は百万米ドルとすること。

この二点だけだ。

あとは、一切何も無い。

中露大使が、それぞれ潜伏中の首脳たちとその場で連絡を取り、その合意を確認するや、国王がその迎えのため直ちに数台のポッドを派遣した。

ポッドは、各潜伏地に一瞬にして到達し、数分後にはそれに乗った両国首脳が、驚愕を隠し切れない面持ちのまま続々と到着し、元首を筆頭に各首脳たちが用意された文書に署名をしていった。

外交文書としてはこの上なく珍奇なことに、正副二通ともに文面は全て日本語だけで謳ってあり、宛先名は秋津州の国王と国民になっている。

つまり、一方的に中露が降伏文書を奉呈する形式になっていたのである。

秋津州側からは、一切の文書は交付されない。

秋津州としては、単に中露二国からの降伏の願いを受理したと言う形式なのだ。

前庭にセットした会見場で、初めて出御した国王は報道陣の前で降伏文書を確認の上新田に手渡し、おもむろに腰の剣帯を外し後方の侍女に手渡した。

秋津州の統治者として、或いは全軍の統帥者として、敵国からの降伏の願いを今受け入れる意思を、自ら剣を置くことによって示したものであったろう。

王は悠揚迫らぬ挙措を以て各首脳と握手を交わし、会場からは期せずして拍手の嵐が巻き起こった。

ここでも、鮮やかに取り仕切ったのは新田である。

降伏文書の極めて簡略な文言を、先ず日本語で、次には他の二ヶ国語に訳しながら朗々と読み上げ、秋津州国王が中露二カ国からの降伏の乞いを受け入れたことにより、ここに停戦が成ったことを宣言した。

なお、質問に答えて、その他の合意事項についても公にされることになる。

占領地の駐屯軍は当事国政府の願いにより、今しばらく駐留を続行すること。

毎月十五日までに当事国政府から、その願いの文書は差し出されるべきこと。

願いの文書が差し出されないときは、駐留軍は即座に撤収すること。

要するに、中露二カ国自身が秋津州軍の駐留を不要と判断した暁には、請願書の新たな奉呈を止めれば良い。

ただ、それだけで事足りることになるのだ。

なお、請願書はその都度日本政府を経由して秋津州国王に奉呈されることになるのだと言う。

この場合の請願書には、中継の責めを負う日本政府の言わば裏書きが必要となり、裏側から見れば日本政府の合意無しには秋津州が自侭に駐留を続けることは、少なくとも法理的には不可能と言うことになる。

つまり、このことからも国王は本心から早期の撤収を望んでいることが強調され、かつ日本政府は労少なくして、強力なキャスティングボードを握ることに成功したと評されることとなった。

ほどなくして両国首脳は、再びポッドに送られて帰国して行き、各国のメディアはこの日本外交の一人舞台を大きく報道することになる。

何よりも新田源一と言うほとんど無名の一外務官僚が、今日一日で一躍時の人となり、日本はおろか世界に対してまでも、途方も無い影響力を持つ重要人物の一人となったことだけは確かだろう。


さて、あれよあれよと言う間にこれほどの重要協議が行われ、その上ご丁寧にもそのホスト国にされてしまった日本政府は、全くただ一人の官僚にその鼻面を引きずりまわされている格好で、官僚たちが慌しく駆け回っているうちに中露首脳は帰国の途についてしまった。

当局がホスト国であることを強く意識するあまり、二カ国首脳に対する接遇のあり方について慎重に検討し、新たに担当ティームを立ち上げたときには、既に全てが終わってしまっていたのである。

彼らはほとんど無意味に駆け回り、奔命に疲れ果ててしまったと言うべきか、何が何だか訳が分からないうちに、すぐ目の前を巨大な機関車が耳をつんざく轟音を轟かせて通過していくようにして、事は進行していってしまった。

現下の情勢分析や、そこから導き出されるべき今後の見通しなどについては、どの上司もただの一人たりとも示してはくれない。

それらについては、名にし負う北米局といえども、何一つ材料を持ち合わせていないことが、改めて露呈されてしまったのである。

目の前を轟々と地響きを立てて通過していく機関車のオペレーターが、省内にたった一人だけ存在していることは誰もが分かってはいる。

今やその希少価値については、口にするのも憚られるほどだ。

ところが、対策室が国王の接遇について茫然と指示を待っている間に、たった半日で大規模紛争に幕を引いた二人の男が、唐突に外出すると言い出したのである。

いまや神宮前オフィスはその敷地の内外を問わず、マスコミを始め雑多な人たちで溢れんばかりなのだ。

テレビカメラは勿論、まるでバズーカ砲のような望遠レンズを構えている者も少なく無い。

国王本人は無論のこと、新田や秋元姉妹、果ては三人の侍女に至る迄取材の申し込みが殺到し、その窓口を勝手にかって出ている官僚たちはもうえらい騒ぎだ。

対策室は、いまや灰神楽が立ってしまっている。

先ほど会見場に姿を見せた三人の侍女などは、特に娯楽性の高いメディアの格好の標的となり、大真面目にその獲得を目指す芸能プロダクションが破格の条件を提示しようとして、二階へ侵入しようとする騒ぎまで起こしている。

国王の身に危険が及ぶ可能性は、誰しもが否定出来ないであろう。

そして哀れな官僚たちが対応に窮している内に、いつの間にか秋津州人と新田源一の姿が煙のように消えてしまったのである。

居残った秋元姉妹に、必死の思いで確かめてもさっぱり要領を得ない。

泣かんばかりに頼んでも、姉妹の口は堅く王の所在を掴むことは出来ない。

国王の緘口令が、よほど厳しいのであろう。

その場の官僚たちは、上のほうから泣かれるは怒鳴られるはで、全く身の細る想いをしている。

やっとその所在が判明した時には、もう二十二時に近かったのである。

そこが都心の一等地にある外務省官舎の新田の部屋であることが、その隣人である年若い外務官僚からの一本の電話によって判明したのだ。

不在のはずの新田の部屋から、新田本人と複数の人声が聞こえると言うのだ。

早速電話で新田本人に確かめて見ると、国王の一行をお招きしただけだと事も無げに言う。

電話で確認に当たったある外務省幹部は、新田がそばにいたら多分殴っていただろうとのちに語っている。

その野放図な物言いに、体中がわなわなと震えるほど腹がたったそうだ。

この男一人のために、いったいどれだけの人間が振り回されたことか。

しかし、この幹部は声を荒げることすら出来なかったのである。

一時の怒りに任せて感情を激発させてしまえば、あとが面倒になることは目に見えており、事と次第によっては、深刻な国際問題に発展してしまう可能性さえ予見出来る。

まして、どうやら新田と同行しているらしき人物は、目下最大規模の紛争の一方の当事者でもあるのだ。

我が身の一身だけでは、その責めは到底負いきれないことは明らかであった。

沈黙した彼の名は官僚である。


一方で対照的に「らしくない官僚」である新田源一は官舎にいる。

若者にも風呂を勧め、風呂上りには自分の浴衣を着せていた。

浴衣の下は侍女が用意していた洗い晒しの六尺一本であり、借り着の浴衣は、つんつるてんとはこのことかと言わんばかりにとんでもなく寸足らずで、まるっきり膝小僧が出てしまっている。

井上司令官と三人の侍女が、次の間にひっそりと詰めているその目の前で主客二人だけの酒盛りが始まった。

二人とも大あぐらでかなり豪快に飲っている。

酒は焼酎、肴は鯨のベーコンとするめと沢庵だ。

どうやら、その肴は若者の手土産の様子だ。

飲むほどにピッチが上がり、四リットル入りの容器の中身が目に見えて減ってきたころ、電話が鳴って突然の訪客を告げたが、新田はそのことを一切口にせぬまま平然と酒盛りを続けたのである。

間も無く訪れたのは、首相代理の資格を持った国井官房長官その人であり、多くの属僚を外に残し、室内には一人だけを伴って入った。

一行のまるで暴風のような行動パターンを勘案すれば、この非常識ともとれる手段をとったことも宜なるかなではあった。

この訪日があくまで非公式な位置づけとは言え、日本政府としても、やはりそれなりの対応を考える必要があったと言う事だろう。

そのためにこそ、この特殊な賓客の事後の予定を押さえておくことが必要となり、先ずは儀礼的な迎賓のあいさつに名を借りて押しかけてきたのだ。

しかし、訪れた首相代理はあまりのことに言葉を失ってしまった。

彼の視界の中では、あろうことか、自国の一外務官僚が本来国賓待遇を以て遇すべき国家元首と、大あぐらで大酒を喰らっているのだ。

それも、ただの国家元首ではない。

いまや、日本の、いや世界の命運を一手に握るとさえ言われる、かの秋津州の国王陛下なのだ。

それが、見ればこのざまである。

非礼とか無礼とか、もはや言うも愚かであったろう。

目の前の中年の小男は、毛脛をむき出しにして膝を立て団扇まで使っている。

それに引き換え、目の前に見るたくましい若者はまことに礼儀正しかった。

膝小僧が飛び出したままの姿を恥じ入るように、きっちりと畳に座りなおし、首相代理としてのこちらからのあいさつにも、つつましく答礼を返して来る。

また、自らの寛ぎきった借り着姿の無作法を一国の首相代理に詫びてもいる。

先ほどの報道映像で見たあの威風堂々を想えば、全く別人かと思えるほどだ。

国井義人と言う一個人としては、我が息子より年若なこの相手に非常な好意を抱いてしまったのも無理はない。

考えてみればこの若者は、ここ数日それこそ我が身を削るような思いを積み重ねてきている筈なのだ。

この若さで、言語に絶するほどの国難の中、あれほどの大軍団と国民を率いて、獅子奮迅の働きを重ねてきたことはそれこそ世界中が知っている。

そう思って見れば、畏敬の念さえ湧いてきてしまう。

聞けば、ゆっくりした入浴なぞ久しぶりだと言う。

そのためもあって、気のおけない新田の部屋に無理やり押しかけたのだとも言う。

また一方の新田も着の身着のままで秋津州へ出張して、大仕事を携えて戻り、あれほどの重い役割を果たし終えた直後のことでもある。

それを考えれば、大抵のことは大目に見てやってもいいような気分になってくる。

ただ、国井の目には新田源一と言う男が、平時の官僚の枠には到底収まりきれないものに写ったことだけは確かであったろう。

結局、改めて自分も加わって飲み始め、つまみの沢庵を口にしたときには、なにかしら鼻の奥にきな臭いものが走ったような気がした。

思えばここ数日の間、日本丸と言う小船は周辺に巻き起こった大波の波間に揉みに揉まれて来た。

その日本丸の舵取りを担うべき内閣の重鎮として、国井自身人知れぬ苦悩を続けてきたことも事実なのだ。

それが、思いもかけぬことに今この宴を囲んでいる、目の前の二人の手によって収拾されようとしていることを想えば、自然に瞼の奥が潤んでくるのを止められないのである。

伴ってきた秘書は、次室で井上司令官と何やら話しを始め、携帯電話で外部と連絡を取りながら時々小声で報告をくれる。

もっとも、国井自身が直々にこの行動をとることを無謀であるとして危惧する向きもあった。

官房長官ともあろうものが万一玄関払いを喰ったりしたら、内閣そのものに傷がついてしまう。

いや、国井長官その人の政治生命にも影響すると言うのだ。

しかし、相手の今までの行動パターンからして、愚図愚図している余裕などは無い。

「例え、内閣に傷が付くようなことになっても、それは向こう傷である。」として国井は政治家として当然のリスクを踏んだのである。

そしてこの冒険の結果、やはりその判断に誤りが無かったことを思い、とりあえず明日も国王の滞在が続くことを確認して安堵の胸を撫で下ろした。

これで、やっと策を立て、事に備える余裕を持てたからである。

今夜、それに備えるべく駆け回る者達は多分一睡もできないであろう。

車座の小宴に小一時間ほども付き合って、やがて充分に交誼を確かめてから長官は席を辞した。

車に乗り込むや否や、早速総理に報告し、各部局に指示を飛ばしていく。

侍従武官のニュアンスでは、どうやら国王は伊勢神宮参拝に強い希望を持っておられるようだ。

これには、万全の態勢を以ってその接遇に臨まなければなるまい。

彼の頭の中では、既に明日の伊勢神宮参拝のイメージが、走馬灯のように駆け巡ってさえいたのである。


ところが、事態は思わぬ展開を見せることになる。

肝心要の内閣官房から、情報が漏れてしまったのだ。

それも幾つもの穴から、ほとんど同時進行で大量に漏れた。

のちに判明したことだが、外務省大臣官房からでさえ国王の所在情報が流出していた。

国井の車が官邸に着いた頃には、早くも一部のマスコミが閑静な外務省官舎の周りに詰め掛け始め、それから一時間も経たないうちにとんでもない騒ぎになっていった。

神宮前に集まっていた連中が、一斉に移動してきたためもある。

結局、新田の官舎も安住の地ではなかったのだ。

国王は帰国の腹を固め、冷たいシャワーを浴びて再び軍装を着け出立の準備をすることになった。

新田の手元には、先ほど受け取った国井の秘書の名刺がある。

この秘書を通して事情を報告し、自らも秋元姉妹を引き連れて王に随伴する意思のあることを付け加えた。

新田にとっても、今度は着替えや身の回り品の用意をするだけの余裕が出来たことは、せめてもの救いだったと言えよう。

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  1. 2005/11/02(水) 21:11:10|
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自立国家の建設 023

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さて、翌日の十六日に開かれた事務次官等会議はひどく紛糾することになった。

平たく言えば、新田源一という男の争奪戦になったのである。

言わば窓際族だった男の価値が一夜にして暴騰してしまったにせよ、この席で議論されるべき事柄としては必ずしも相応しいとは言えない。

それにもかかわらず、ほとんどの省庁が露骨に新田を欲しがったのだ。

無論、全ての省庁が「国益のため」であることを理路整然と主張し、この官僚を自らの所管に属せしめることこそ最も国益に適う途だと言う。

各省庁の理論武装は面白いほどに完璧なものだったが、もとより、当人の原籍がある外務省が素直に手放す筈も無く、アジア大洋州局内に急遽「秋津州課」を設置すべく検討に入り、その第一課長のポストを用意して内示を伝えることにしており、新たに秋津州課を持つことになるアジア大洋州局は、明らかに北米局を凌駕するものになると囁く者が少なく無い。

かくして、かの北米局の栄光は既に過去のものになったとして祝杯をあげる者まで出ていると言う。

この意味では、直前までの窓際族が局長コースどころか、一気に次官レースにも名乗りを上げようかと言うほどの思い切った特例人事でもあるのだ。

こういった官僚感覚で言えば、精一杯のご馳走を大皿に盛り付けて見せたつもりだったのだろうが、この内示の通達のために秋津州に連絡をとった者は、飛び上がらんばかりの驚きと苦い怒りを味合わされることになる。

なんと、当人は女性秘書一名を連れてモスクワに出かけて留守だと言うのだ。

又しても置き去りにされた形の本省の者達が怒りに震えたとき、内閣官房から新田源一に総理特使の資格をもってモスクワ入りを命じた旨の伝達があり、それも、つい先ほどのことだと言う。

今度こそは、堂々たる公務出張であることは言うを俟たない。

そして、ほとんど刻をおかずに駐露大使館からも連絡が入り、その報によれば、新田は既にクレムリンに向かったと言う。

やはり、現地大使館の者たちも、内閣官房から直接の連絡が入るのとほぼ刻を同じくして飛んできた一行には、少なからず衝撃を受けたようだ。

ことに、天皇陛下の御代理をもって任ずる大使閣下のつむじが、大分曲がってしまっているのだそうだ。

その上、内閣官房からの指示もあって一等理事官と二等理事官を強引に連れて行かれてしまったことも、閣下の自尊心をいたく傷つけてしまったのだと言う。

停戦が成ったとは言え、実質的には滅んでしまったとも言えるこの国は、未だ外交官が自由に歩きまわれるような治安状況にはないのだ。

各国公館の周辺はいまだに秋津州軍が警護を続けており、例の銀色のSS六改がクーリエ便として大活躍中なのである。

肝心のクレムリンでさえ、依然秋津州軍の警護を必要としている体たらくで、このような荒れ果てた治安の中を、あの小面憎い小男は美女を伴い、有能な大使館員を二人も拉致して平然と出て行った。

外交官としての、典雅な香りのかけらさえ持ち合わせていないあの男がである。

その上、連れ去ったのが書記官で無く理事官であったことも許し難い。

原則として、直接外交に携わるのは書記官であって理事官ではないのだ。

このことからも、一切現地の大使館には容喙を許さないと言う強い意志の存在を感じさせる。

新田の使命の中身は、果たしてどのようなものなのか、当人に聞いてみたが、「停戦に伴う処理をしに来た。」と言うばかりでさっぱり要領を得ない。

大使閣下の高貴過ぎる自尊心は、当分立ち直ることはないであろう。


さて、現実のモスクワの状況はと言えば、城壁に囲まれた内側においてすら、秋津州軍がたかだか一個小隊しか配備されておらず、赤の広場に至っては、ごく少数の秋津州兵士を見掛けるだけなのである。

だが上空の配備体制は全く対照的で、一個大隊(一千六百万)もの女性兵士が昼夜を分かたず厳戒態勢をとっており、その圧倒的な軍事力を見せつけることによって、無用の混乱の発生を未然に防いでいることは確かだろう。

尤も、近隣の建造物はほとんど無傷のまま残っており、この事自体、秋津州軍による空からの一斉侵攻が、いかに電光石火の早業だったかを如実に物語っている。

これも、ロシア軍にほとんど抵抗らしい抵抗をするいとまを与えなかったことの現れでもあったろう。


さて、肝心なのは無論戦後処理についての協議である。

それは、一郭に丸い屋根を持つロシア連邦大統領府において速やかに行われ、大筋の合意は直ぐに整った。

もっとも、新田にしてみれば協議などと言ったところでほとんど名ばかりのものであり、実際にはひたすら支援の懇請を聞くことが主であったことは言うを待たない。

首脳たちにしても、秋津州軍の庇護を受けてクレムリンに戻りはしたが、その後の始末に頭を抱えてしまっているのが実情だったのである。

その求心力はほとんど失われてしまっており、一部呼び戻した行政官たちにしても執行すべき予算を持っていない。

カネがないのである。

自国の通貨は、大統領府の言わば「つかみ金」として金庫にあるが、ほとんど通用しなくなってしまっていた。

手持ちのドル紙幣はごくわずかで、瞬間的に底をついてしまったようだ。

結局、頼るべきは大国秋津州に対する強力な影響力を持つと見られる、新田源一ただ一人と言う事になったのであろう。

ロシア首脳たちは、あたかも全能の神の前にひれ伏すような素振りさえ見せるのだ。

この場合の「神」とは、日本人新田源一と秋元京子であり、その背後に控える秋津州国王その人であることは紛れもない。

随行した理事官たちにしても、同じ顔ぶれによる以前の頭(づ)の高い対日姿勢と引き比べ、時勢の転変の妙を目の当たりにして、ただただ驚くばかりであったと言う。

一旦干戈を交え、自らその敗者であることを認めざるを得なかった者の姿が今そこにある。

その光景は、年若い理事官たちにとっても、戦争に敗けたことによって齎される結果の重大さをまざまざと実感させるに充分なものであった。

また、ほかにも理事官たちが目を疑ったことがある。

それは、新田自身の身分資格についてであり、奇妙なことに彼自身は総理特使であるとは一言も名乗ってはいないのだ。

あくまで昨日の停戦処理における仲介役として振舞っており、また相手側の視線もそこだけに集中していることも明らかで、ロシア側としては、日本の外務官僚としての新田源一を相手にしているのではないのである。

戦勝国秋津州の執政官がたまたま日本の外務官僚を兼ねているに過ぎず、それ故にこそ、わざわざ秋津州に滞在中の新田に連絡してきたのであり、望んでクレムリンに迎え入れたのも当然のことであったろう。

クレムリンの首脳たちは全能の神としての新田にさまざまに愁訴し、新田は伴ってきた理事官にその救援依頼の要綱の整理を命じ簡単なメモを作成させた。

優れた事務処理能力が遺憾なく発揮されて、いかにも重々しい「メモ」が出来上がってくる。

首脳たちの署名を確かめるや、新田は京子の通信回路を経由して国王とのごく短い協議を持っただけで、例によって時をおかずに動いた。

クレムリンの切実な懇請の中身については、電話による懇請を受けた時点で、ほぼ正確に掴んでいるつもりでいる。

一言で言って、このロシアは自力で国を保つことが出来ず、為政者は為すすべを知らない。

不幸にも絶対的な求心力を持つ王がいないために、敗戦の結果、国内が四分五裂して秩序の根幹を見失ってしまっているのである。

余談だが、かつて我が国も大東亜戦争における敗戦と言う苦渋を嘗めたことがあるが、当時の日本は、このロシアと異なり、幸いにも極めて英邁な君主を持ち得た。

天皇と言う絶対的な求心力を持つ「日本の王」をである。

この珠玉のような「王の求心力」こそが、敗戦日本を分裂の瀬戸際から救ってくれたのだ。

言うまでも無くロシアにはそれが無い。

そのため、見るも無残な混乱のみが残った。

クレムリンの威令など、まるで一片の弊履のようですらある。

先ず何よりも国内の混乱を鎮め、治安を回復させなければならないだろう。

そのためには各地の匪賊集団の鎮圧、食糧を中心とした生活物資の確保と分配、同時にインフレーションと言う名の奔馬を乗りこなし、ルーブルを安定させ、対外債務の処理と信用回復を急ぐ。

民心の安定を計り、それらの基盤の上に、政府自身が磐石の求心力を取り戻していくことこそ肝要であろう。

例によって秋津州軍の動きは素早かった。

何せ、このロシア戦線には、一個軍団五百五十兆を超える秋津州軍が投入されており、通常、これほどの大部隊を動かす場合、どんなに早くても数時間、時として数ヶ月にも及ぶ準備期間を要するであろう。

何よりも、軍の組織的な運動を確保するためには、確実な通信手段が確保されなければならず、さらには、膨大な兵站補給が的確に用意されなければ軍そのものが干上がってしまう。

訳あって新しく建設された秋津州の八個兵団は、仮に地球の裏側に即座に移動展開することを命じられても、全く困らないだけの機能を具えている上に、その独特の通信回路は少なくとも北半球に限れば、既にその全てをカバーしてしまっており、わざわざ改めて準備をする必要もない。

兵站補給や交代要員などについては、最早言わずもがなのことであろう。

秋津州軍にとっては、特段の準備を必要としない新たな作戦命令が下ったに過ぎず、当然その作戦は直ちに実行に移されていくことになる。

字義通り「直ちに」全軍が機能するのである。

既に、停戦の合意が成ったことも伝わっており、その上で、強大な秋津州軍がクレムリンの要請を受けて動いたとなると、その効果は絶大であった。

秋津州軍に挑んでも、初めから勝負にも何もならないことはとっくに判っている。

もっとも挑むも何も、徹底的な武装解除を受けてしまったために小銃一丁装備してはおらず、軍事的な衝突など初めから起こりようがなかったのだ。

まして正統な政府からの討伐命令が下り、その懇請を受けた秋津州軍が天も地も埋めつくほどの勢いで参軍しており、大規模な匪賊集団の崩壊が各地で進行していき、驚くべきことに、一時間とかからずに大方の始末が付いてしまった。

大規模な集団であっても、圧倒的な武力を背景にして、それぞれ数万トンの物資の分配を始めると見る見るうちに瓦解して行き、小規模なものに至っては、ほとんど何もしないうちに近くの秋津州軍に半ば喜んで投降し、噂に聞いていた無償の分配を求めてくる。

当然これにも対応していくうちに、一般の人々も自然に列に並ぶようになり、ロシア国内に物資の流通が回復して行った。

その後も分配を求めてくるものが多く、その者たちにも徹底的に食糧と生活物資を分け与え続け、同時に今までロシア人同士の暴行略奪行為を傍観してきた秋津州軍が、積極的に治安維持に関与する勢いを見せるようになった。

このことが、治安の回復に目に見えて寄与することになり、民衆に対する慰撫の効果を発揮し、民心の安定に繋がったことも確かだ。

何よりも、生活物資の売り惜しみ行為が、あまり意味を為さなくなったことを民に知らしめたことによる効果はすこぶる大きい。

膨大な物資が流入したことにより、やがて国内のルーブルも急速に目覚めていくに違いない。


新田の一行がクレムリン入りしてから一時間もたたない内に、メディアのSS六改が集まり始め記者発表の準備も整い、ここでも新田の一人舞台が始まった。

新田は、あくまでもロシア政府の懇請を受けて、と言う大前提を強調しながら、その財政を秋津州が強力にバックアップすることを約し、既に一千億ドルを拠出した上これを無償とすることを宣言した。

その後行われた質疑において、ロシア支援のために準備された予算枠が一兆ドル超と言うことが強調されるに及び、このニュースはたちまちにして世界中を駆け巡っていく。

この巨額のドルが、「ロシアの復興」と言う美名に一層の輝きを加え、参入を望む者が蜜に群がる蟻のように殺到する筈だ。

もっとも、秋津州軍は火薬類を全く使用していないこともあって、ロシアのインフラはさほどには破壊されていなかったにせよ、その投資額が巨大なものであることに変わりは無く、大きな材料を与えられたことにより、ほとんどのマーケットがこの一瞬で目覚めて行くことも確かだろう。

今まで稼ぎ貯めてきた外貨を、惜しげもなく放出する秋津州国王の意思は、大歓声を以って市場に受け止められたのである。

新田は、記者団の質問にも気軽に応じ、目下のところの王は、自国領土の復興の一環として利水治水事業に取り組んでおり、さらに、世界各地で進行している砂漠化現象を深く憂慮するあまり、将来的にはその緑化のために貢献したい望みを持ち、砂漠地帯を譲渡したい希望があれば、それを買い取ってでも大規模な緑化事業を行う用意があるとまで言い、この記者会見は万来の拍手を以て終了した。


しかるにこの協議には、全く公表されることのない重大な事柄が隠されていたのである。

それは、日本の対露外交にとって最も重要と思われる、北方四島の領有権の帰趨についてであった。

世に密約と呼ばれるものは数多く存在するが、今回のことも特にロシア側にとっては、露骨な論評を受けたくは無い「密約」であっただろう。

ロシア国内でも、問題の領域を放棄することには強硬に反対する者が多く、あまりに早い時期に表ざたになってしまえば、政権の求心力はなおのこと失われ、その結果、早期の国家再建を最優先課題としたい当局が、その施策執行にあたって著しく支障をきたしてしまうだろう。

新田が記者会見に於いて一言も触れなかったのも、日本の外務官僚として、いや総理特使として持ち帰るべき最大の土産が、実にこの事であったからにほかならない。

新田がロシア再建のための支援策を言わばメインディッシュとしてテーブルに並べて見せたとき、秋津州国王の最も好む食前酒としてこれを要求した結果初めて得られたものなのである。

この食前酒を抜きにしては、食卓に着くことは決してあり得ないとする国王の意思を、懐に隠し持った切れ味鋭い短刀として利用したことも当然のことであったろう。

もし、この外交を日本の外交とするならば、実に数十年ぶりに使うことが出来た力技であったのだ。

この密約の結果、数日後には四島全てのロシア人が引き揚げて行き、住民たちへの賠償の原資として、例の巨額のドルのほんの一部が使われることになるのだろう。

いわゆる北方領土には、千九百九十四年の北海道東方沖地震の影響もあり、住民の数も一万五千人ほどに減少していると言われ、仮に一人当たり一万ドルの賠償を行ったとしても、ロシア政府の負担はわずか一億五千万ドルに過ぎず、既に秋津州が拠出済みとされる一千億ドルからみれば問題にもならない。

日本人から見た一万ドルは大した価値とも思えないだろうが、今のロシア人から見れば立派なひと財産だ。

何しろ、五人家族なら五万ドルなのである。

尤も、クレムリンがどれほどの賠償を行おうとも、日本政府はもとより、秋津州国王にしても全く関知する所ではない。

いずれにせよ、北方四島のロシアによる実効支配に終止符が打たれたことだけは確かであり、しかも、直後のD二とG四による全島の再検索によって、少数の軍人の潜伏の事実が露見し、新田から通告されるに及び、クレムリンの腰を抜かさんばかりの狼狽ぶりが伝わってきた。

クレムリンが恐れおののいたことは確かで、万一秋津州国王の逆鱗に触れてしまえば、今後の国家再建の道が全く閉ざされてしまうことは明らかだ。

また、ロシア再建に対する秋津州側の意欲が本物であればあるほど、首脳たちが己れ自身の首の挿げ替えに発展することまで連想したとしても不思議は無い。

現実のロシアは、いまだ秋津州国の一地方自治領とみなすことも出来るのである。

自ら立っていくことが困難である以上、何と言われようと致し方の無い事であったのだ。

当然、この残りの者たちもロシア政府の責任の下に本国に送還されていき、ここに四島の事実上の奪還が達成されることになるのだが、この十六日の時点では未だ公になってはいない。

ただ、モスクワの日本大使館に新田個人宛てとして北京政府からの電話が頻繁に入り、大使閣下の自尊心を益々傷つけてしまったことが後々まで語り草になったと言う。

北京政府としても、ロシアがこれほどまでに手厚い庇護を得た事を知った以上、まるで秋津州の執政官のような権能を発揮している日本人に、是非とも連絡を取りたかったに違いない。

新田にしても、中国の状況についても充分な情報を持っており、彼ら首脳の心中も容易に察しがついている。

そのずば抜けて優秀な情報収集網が、シナ政府を公称するものが既に北京以外にも、その存在を主張し始めている事実を捉えていたのである。

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  1. 2005/11/02(水) 22:13:52|
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自立国家の建設 024

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ロシアの戦後処理におおまかな道筋をつけて、新田と京子が秋津州に戻ったのは既に灯ともしごろであったのだが、それを首を長くして待ち受けている者もいる。

米国大統領特別補佐官トーマス・タイラーだ。

タイラーとしても、国王の周辺に必死に接触を試み、情報の収集に努めては来たが、その甲斐もなく空しく時を過ごしていたのである。

本国からは火のつくような督励が連続して飛んで来ており、その焦りはいや増すばかりであったが、現場のタイラーにして見ればそれどころの騒ぎでは無い。

何しろ、実に慌ただしい出発だったため着替え一つ持っておらず、内務省から配布を受けた物資だけで、身の回りを凌がざるを得ないほどの実情があったのだ。

日本と往来することの出来るNBSの船便を使うことによって、ようやく身の回りの品々を搬入することが出来たばかりでもあった。

また、複数の属僚を呼び寄せる件についてもその入国の許しを得たいのだが、現状の感触では躊躇せざるを得ない。

地響きのするようなあの怒声が、今にも降ってきそうな気配すら感じてしまうのだ。

うかつに言い出したりすれば、かえってやぶ蛇にもなりかねず、その結果、自分たちの滞在の許しまで取り消されてしまえば、それこそ元も子もないだろう。

せめてものことに、本国で鋭意準備中の第二のサランダインティームの到着に期待するほかは無く、ジャーナリストに名を借りたその美女軍団が先発グループの編成を終え、急遽日本に向けて飛び立ったことまでは分かっている。

ワシントンは、莫大なコストをかけて選りすぐりの戦士を集めた筈で、NBSの関係者と言う名目であれば、その入国の許しも間違いなく下りる筈だ。

初代のティームは相当の成果を期待できる寸前にまで、獲物に接近することに成功していたこともあり、ワシントンのみならずタイラーとしても、現状を打破するために、これにかける期待は当然大きいものがある。


さて、タイラーの焦りを尻目に、王はまたしても新たな土木工事に取り掛かった。

昨日の豪雨によって甚だしい水害が発生しており、それに対する治水工事なのだ。

なにしろ、たっぷり十五時間は降り続き、東部を流れる高野川が氾濫し、その東側一帯が冠水してしまったのである。

本来なら、大水害であったろう。

しかし実際には、今次の動乱で辛うじて生き残った者たちは、首都圏に設えた集合住宅に退避させていることになっており、冠水してしまった地域には一人の住民も住まわせてはおらず、加えて、秋津州が自然の風雨に激しく曝されるさまを、一日も早く確かめたいと願っていたところでもあった。

七月十日以来、たいした雨も降らず密かに案じていたところに、やっと纏まった降雨を見ることが出来て、内心小躍りするほどに喜んでいたのである。

この豪雨によって引き起こされた水害の実情を、充分に確認することが出来たことによって、自然その対応策にも自信が持てるようになったまでのことなのだ。

その結果、若者は大部隊を投入して保水池と運河の掘削を始め、高野川の湾曲部の外側に設ける保水池も自然巨大なものになって行った。

高野川と運河の分岐地点には堰を設け、高野川の水量が一定量を越えた場合には、高野川から運河を通して保水池へ、そして保水池から下流の運河を通して秋津州湾に大量に流れ込むよう工夫されており、高野川の水量が平常の際には、自然保水池にはわずかな水量しか流入しないのである。

また、例のベイトンなどは全く使われず、掘削した自然の岩盤と土壌が大規模に再利用されているようだ。

若者には、既に三つの荘園で散々汗をかいてきた治水事業の実績もあり、そのことが充分に活かされて、ほどなく見事な姿を見せていくに違いない。


さて、北京からの支援要請の依頼は、モスクワから戻ったばかりの新田を追いかけ回すような勢いで飛んで来る。

国家主席とやらまでが泣きついて来ているのだ。

その結果、またしても新田が出動することになったのは、モスクワから戻ったその翌日のことであった。

今度は北京だ。

まさに八面六臂(はちめんろっぴ)とはこのことであろう。

まったく、席の温まる暇(いとま)もない。

無論一番に国王と打ち合わせ、日本の内閣官房にも連絡を入れた。

本省からは、例の新設部局の課長ポストの内示を伝えてきたが、新田はただひたすら哄笑するだけであった。

新田の目には、この乱世に未だ机の上だけで、ちまちまと人事をいじっている本省の姿が、余程珍奇なものに写ったのであろうが、新田に笑われても本省は怒ることも出来ない。

怒るどころか、北京へは数名の外務官僚を随伴させたい旨、恐る恐る打診してきたが新田は当然のように黙殺した。

指示では無く、打診なのである。

その身分が未だに大臣官房外交史料館付きのままである以上、本省は新田に対する指揮命令の権能を事実上放棄したことになるであろう。

しかし、本省としても例の五カ国会議のこともあり、情けないことにそれについても全て新田情報をベースにせざるを得ない。

その上、駐米大使館からも新田情報を報告しろと矢の催促がある。

呆れたことに、駐米大使閣下は未だに本省を仕切っている心算なのだ。

アジア大洋州局と北米局の軋轢もその摩擦熱がきな臭い物を漂わせてきており、確たる目標も目的も定まらない官僚たちが無為に駆け回り、省内のいたずらな紛糾は収まる気配もない。

最近では、肝心の新田情報すら内閣官房から降りてくる始末で、この意味からも、本来一外務官僚であるべき新田の身分は、正式な人事こそ発動されていないにせよ、最早内閣官房直属のものとなったと言っても良いのかも知れない。

その結果、今回の新田の出張は、ロシア出張時とは異なり単なる海外研修の名目となった。

いずれにしても、公務出張には違いないのだが、もともと新田にとっては大した問題ではない。


例によって新田と京子のコンビは一瞬で北京に飛んだ。

無論、全ては北京政府の切なる懇請によってのことである。

この頃の北京城の上空一帯には、見渡す限り膨大な秋津州軍が展開しており、地上にも未だ相当の大部隊が配備されていた。

京子によると、国王は今でも北京付近だけで十個連隊(二百十億)を配備しているそうだが、停戦前には、恐らく一個師団を超える軍容であったろうことは想像に難くない。

秋津州の常備一個師団の兵員数は、優に一兆を超える大部隊だ。

なお、この一個師団は北京付近だけに配置されていた部隊であって、中朝二カ国の全土に関しては、ロシア担当のものと同等同列の一個軍団がその任務を担って来ていると言う。

又、ほぼ無傷であったモスクワとは異なり、こちらには多少破壊の痕跡が見受けられ、一部には焼け落ちてしまった建物も目に付く。

無論これ等の破壊行為は秋津州軍の仕業ではなく、そのほとんどが中国人民が自ら為したことであり、それどころか騒乱の最中に発生した火災の際にも、実質的な消火活動に当たったのは、全て秋津州軍であったことは中国の首脳陣もわきまえてはいたようだ。

天安門に掲げられていた筈の神格化された偉人の巨大な画像が、既にそこにはないことも事前に見た映像の通りだったが、いずれにしても、見たところそうたいした被害ではないのである。

例外は、各地にある巨大な地下の軍事施設の数々だ。

それらは、D二とG四によって徹底的に破壊されつくしてしまい、もはや復旧の目途も立たないほどの惨状だと聞いているが、それにしたってこれだけの大戦の結果としてみれば、比較的軽微な損害だと言って良い。

殊に一般の市街地などはほとんど無傷のものが多く、それを聞いた各国政府を安堵させたくらいなのだ。

日本でも、当地の復興について見通しが明るいことが伝わるに連れ、ことのほか喜ぶ者が多いのである。

日本との経済関係はそれほど密接なものがあり、このような状況下で届いた本省の声は、せめて事前に北京の日本大使館に顔を出してくれるよう哀願していたが、新田としてはそんなところになぞ用は無い。

初めから顔を出すつもりは無かったのである。

北京政府との打ち合わせ通り天安門広場に直接着地し、国務院総理を筆頭にあまたの出迎えの中をポッドから降り立つと、どうも案内役の者が人民英雄記念碑の方にいざなうようだ。

聞けば、その人民英雄記念碑とやらに「献花しろ」と言う。

その、セレモニーの準備も済んでいるようだ。

「そんな悠長なことを言ってられる場合か。」と、怒鳴り上げたい気分だ。

新田は、もともと省内でも変人とまで言われている男なのである。

この場の連中に遠慮する気なぞ毛頭無い。

「こちらは忙しいのだから、頼みごとがあるのなら早くそれを聞こうじゃないか。」とずけずけと言ってみた。

結局、改めて釣魚台国賓館へ向かうことになり、芳菲苑の広大な芝生に移動を余儀なくされて、この時点で既に内心穏やかではなかったのだ。

挙句の果てに、国家主席自身は顔も見せぬまま協議が始まり、とり急ぎドル建ての支援をくれと言う。

それも、とりあえずロシアの倍額が必要なんだそうだ。

それより、どうも話の感覚そのものが違う。

新田から見ると、「くれると言うなら、もらってやっても良い。」と言う態度にしか見えないのだ。

時折り、遠来の知人に対する大家(たいけ)の大旦那のような態度を見せたりもする。

無論、遠来の知人とは新田のことで、大家の大旦那とは中共の首脳陣のことだ。

そのうち顔を出すだろうと思っていた国家主席とやらは、その気配も無い。

まあ、それはそれで良いとして、カネだけ懐に入れても最早中共政権は立ち行かないだろう。

新田の見るところ、北京政権の求心力は既に大幅に低下してしまっており、積年の「紅い皇帝」の面影など微塵も残ってはいないのだ。

広大なシナと言う地域を代表していると主張する政権が、西に重慶、東にハルビンと、別に二つも出来てしまっており、白髭三千丈のお国柄とは言いながら、これら両者ともに数百万の軍を持っているとまで呼号する始末だ。

中共政権は北京と天津を中心に河北省をやっと押さえ、上海と連携するにも四苦八苦している有様であり、その程度の力でカネだけ持っても先行きの不透明感は全く拭えないのである。

そこのところをどう考えているのか聞いてみたが、さも「余計なことを聞くな。」というような表情を見せるばかりだ。

要するに、「黙ってカネだけ出せば良いのだ。」とでも言いたいのであろう。

新田は呆れかえってしまった。

カネは国家の再建のためにこそ使われるべきであり、逆に内乱を助長する恐れのある枠組みの中にカネだけ落としてやっても、喜ぶのは中共首脳だけだろう。

下手をすれば、カネだけ抱いて亡命してしまう者も出るかも知れず、隣の京子を見ると、やはりこの展開には呆れているようであった。

「どうも、勘違いをしていたようだ。失礼する。」

一言だけ言い放って新田はとっとと席を立ち、数秒後には秋津州に戻ってきてしまった。

一部の首脳たちのすがるような眼差しには、一顧だにしなかったのである。

特別、記者発表などは行われなかったが、「北京は秋津州に見放された。」と言う論調のニュースが流れるのは時間の問題であろう。

その結果、北京政府はシナ地域における一地方政権に成り下がったことが、いよいよはっきりしてしまう筈だ。


新田が瞬時に秋津州に戻ったころ、内務省最上階に設えられた新田のオフィスには各国からの電話が殺到していたが、そのオフィスの主のようにして、それらの全てを捌いているのは秋元五姉妹の内、下の三姉妹だ。

未だ二十歳前後の彼女たちには、それぞれ数名ずつの助手が配備され、このオフィスは全部で二十名ほどの女性ばかりの体制なのだが、その機能も又奇妙と言えば奇妙なもので、一見秋津州の国益を最重要視するかと思えば、時には日本の大使館ででもあるかのようなところまで見え隠れする。

内閣官房から新田に対する訓令もここに入るため、その内容は全て京子は勿論国王も知ってしまう。

それを、新田自身も分かっていて苦情を言うわけでもないのである。

普通なら絶対にあり得ないことなのだが、不思議なことに国王と新田の間では両国の利害得失が融合していき、ほとんど矛盾するところが無いのであろう。

その典型例として例の北方領土奪還がある。

かつて新田がクレムリンに入ったとき、そのことを対露支援の前提条件として提示し、それこそが国王の真意だと強力にアピールすることによって、初めて実現したことなのである。

なおかつその奪還が成った際も、国王に何一つ見返りを求める意思は無く、国井官房長官とのやりとりの中でも、国王が望んだことはただ一つのことであったと言われる。

それは「四島の奪還が成ったからと言って、日本は一切の対露支援を控えるべし。」と言うものであった。

要するに「日本としては、感謝したりお礼の進物を差し上げたりするべきではない。」と言うのだ。

本来ならロシアに対しその不法行為を咎め、逆に賠償を求めても良いくらいのものだとする若者の意向は、国井義人の政治信条とも奇妙なほどに一致したのだと言う。

ロシアは不当な軍事占領に終止符を打ち、自主的に撤収することになったまでで、日本としては別に恩に着るようなことは何一つ無いのである。

単にその撤収作業が完了して、日本の統治が旧に復するだけのことなのだ。


また、新田が慌しく北京から戻ったころ、台湾から自国の国号変更の希望ありとしてある要請が入った。

秋津州への公式訪問を打診してきたのである。

公式訪問とは、無論「国家元首」としてのものであることは言うまでも無い。

若干の調整を経て、やがて迎えのポッドが派遣され、台湾総統の一行をひっそりと運んできた。

このポッドの存在は既に内外に知れ渡っており、秋津州国王の招きを受けた場合、その移動が瞬時に行われることも世界の驚きを呼んでいるさなかだ。

到着早々、新田を交え国王との直接会談が持たれたことも、政治的には決して軽いものでは無かった筈で、直後に行われた記者発表においても、国王が「中華民国の国号について発言する立場にはない。」と明瞭に発言するに及び、台湾総統は間髪をいれずその国号の変更を宣言した。

「台湾共和国」である。

唯一台湾側が必要としたのが、国王の実質的な台湾承認宣言であり、現下の情勢から言っても、秋津州国王の承認さえ得られれば、もうそれだけで国際的な承認を得られたも同然なのだ。

確かに国王は「台湾を承認する。」とは一言も言ってはいないが、「中華民国の国号について発言する立場にはない。」と明確に発言していた。

「中華民国の国号」と言っているのである。

これこそが、台湾側の欲した「国家承認」の意をていした表現と言って良い。

台湾側の目的は、見事に達成されたことになる。

しかし、「台湾共和国」はことさらに独立の宣言などはしない。

わざわざ、宣言する必要なぞ無いらしい。

もともとから、独立国であったからだと言うのだ。

「清」と言う名の国家が存続していたなら、多少は事情も変わったであろうが、その国はおよそ一世紀も前に滅んでしまって今は無い。

そもそも、その「清」からして「シナ」から見れば満洲族と言う異民族に征服された結果生まれた国家であった。

そして、その「清」が滅んだ後、半世紀近くシナ地域に統一国家は存在せず、諸方に「実質的な王」が多数盤踞して、そのそれぞれが地方政権としての機能を果たしていた。

だが、台湾はその間もれっきとした日本領であった筈だ。

要するに、台湾は日本領から解き放たれて以来、その独立を保持してきたと言う。

その後のシナ地域では「中華ソビエト共和国」と言う流浪の一地方政権がその名を変えて、「中華人民共和国」と言う統一国家体制を成立させたが、この政権はただの一度も台湾を実効支配したことも無く、びた一文徴税したこともない。

結局、日本から分離したあと、この間を通じて台湾は自立してきたことだけは確かだろう。

このことをより強く印象付けた記者会見のあと、南京を首都としシナ全土を支配統治すべき国民党政権の後継者と言う主張はおくびにも出さず、総統はたった二時間ほどの滞在で、またしてもポッドに送られ慌しく帰国して行ったのである。

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  1. 2005/11/02(水) 23:17:14|
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自立国家の建設 025

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また、チベットと東トルキスタン共和国が相次いでその独立を宣言し、互いの国境を策定するための協議に入ったことが伝えられ、その協議には重慶政府も参加する構えを見せていると言う。

その上重慶政府はチベットと東トリキスタン共和国から、物資の援助まで受けていると言うが、その物資は、秋津州から贈られ続けている支援物資の一部なのである。

新田は黙殺していたが、重慶とハルビンからも降伏文書の受理を願って接触して来ており、それぞれがシナを代表する正当な政権として、我こそは秋津州に降伏する権能を持つ者であると主張していると言って良い。

さぞかし、それを認めさせることによって秋津州からの支援を受け、さらに中華人民共和国の全てを継承したいのであろう。


さて、この間も虚空に浮かぶマザーの大船団では、そのファクトリーが轟然と稼動を続け、SS六改の改造作業は一段落していたが、今は住民型ヒューマノイドの生産ラインが大いに働いて、既に二百万体以上のボディが無数の作動テストを繰り返していた。

中でも秋津州住民の分としての七千体ほどが、充分な検査とテストをクリヤして、王の指令を今や遅しと待っているところだ。

勿論これらのボディには、侵略者に破壊された秋津州住民の記憶(記録)データが移植され、それぞれの外見も破壊される前のものと何ら変わるところは無く、一体一体が、それぞれそっくりそのままに再生されている。

王はこの七千体を地上に戻し、先ずは従前の環境の完全復活を果たしてから、一族の者たちを引き取るつもりでおり、そのためにも治水工事の完成を待って、いよいよ農耕地の思い切った拡張事業にまで踏み込むことになる。

各村落のインフラは格段に進化し、従来の五倍ほどの戸数の民家が全く新しく建てられており、単純に言って三万五千人ほどを農村地帯で収容し得る態勢が整い、その農地もそれ以上の規模に拡充していく予定だ。

王は、一次産業のうち農業と小規模の水産業をこの三万五千の農村人口が担い、その他林業と二次及び三次産業は全て軍で賄う心積もりでおり、その作業に携わる特殊なヒューマノイドは百万体以上を要すると見て、その準備も急がせている。

それらの個体には、日本語は勿論、多言語会話機能とそれぞれの分野で必要とされる特殊技能を持たせ、ゆくゆくはその技能に見合った場所に配備して行く予定でおり、殊に内務省や軍などには、医療技術と多言語通訳そしてその他さまざまな技能を持たせた個体の先行配備を進めており、既に一部は野戦病院や占領地でもその姿を見せ始めていたほどだ。

とにもかくにも、王の作業が着々と進行していることだけは確かなのである。


さて、台湾総統を見送ったあとの新田は、相変わらず非常な多忙の真っ只中にいた。

オフィスで受話器を握りながら食事を摂ることも多く、スタッフがサポートしようにも、やはり肝心の通話には本人が出ないわけにもいかない。

そのネットワークは世界各地に張り巡らされ益々広がりつつあり、問題の解決を計りたい場合、新田を頼らざるを得ない者の数はいや増すばかりだ。

直接間接を問わず、秋津州に絡む懸案を抱える人々とのやり取りがひっきりなしに続き、その過程で徐々に醸成されていく信頼関係の延長線上には千差万別の思惑が消長し、なかんずく新田が「北京の懇請を蹴って戻った」と言う情報が、北京にとって重大な障害になり始めており、その分だけ重慶とハルビンの権威を重からしめたことは確かだ。

見渡せば、重慶やハルビンの政権が日本の数十倍もの領土を現実に統治している以上、その正当性も一概に否定することは出来ず、その結果、従来北京政府が統治していた領域の中に、五つもの政府が並存していると言う誠に不安定な政治状況が現出し、既にそれぞれの間で非公式な接触が始まっていたのである。

やがてその流れの中で、チベット・東トルキスタン・重慶の三者代表が一堂に会することが固まり、また、その場所についてはいっそ秋津州が良いだろうということになった。

そして、その場所の提供についての懇請を新田が受け入れることにしたのである。

だが、例の迎えのポッドに乗って三組の地域代表が集まり、いざ公式会合を持つ段になってから俄かに横槍が入った。

取り残されるかも知れないと言う危惧を抱き、慌てた北京とハルビンからも強い参加の希望が寄せられ、これ等についても急遽迎えのポッドを出すことになったのだ。

取り残される側から見れば、自分たちの知らないところで、それこそ勝手に物事が決められてしまうことだけは何としても避けたかったであろう。

まして、その取り決めごとの内容が自らに密接な関わりのあることであれば尚更のことであり、その上この協議の行われる場所が場所である。

この協議が秋津州の承認のもとに行われるものと、必ず世界が受け取るだろう。

そうである以上、この協議で得られた結論は高い普遍性を有するものと受け取られてしまう可能性は極めて高い。

当事国の中で、優れて当事者能力を有する秋津州のプレゼンスは、今や何人と言えども軽視することは出来ないのである。

新田は、五組二十五名ほどの代表たちに内務省の中で別々の部屋を用意し、それぞれの休憩室とした。

とりあえず互いに顔を合わせずに済むような配慮が必要だったのだ。

新田はその部屋を巡回するようにして、五組の間を調整して廻り、やがて全員が一堂に会することの合意を得た。

この様にして秋津州における正式な第一回協議が、新田の立会いのもとに始まった。

十八日のことである。

当然、簡単に成立する合意事項などほとんど無い。

五者の立場や利害は、対立するものばかりなのだ。

勿論、最大の対立点はその境界線に関する主張であったろう。

極端な意見では、境界線など始めから存在しないのである。

台湾どころか新疆ウィグル(東トルキスタン共和国)やチベットも、全て中華人民共和国に含まれる一地方地域であるとする見解だ。

その見解では、沖縄県の尖閣諸島でさえその領土に含まれることになっており、中には沖縄本島やベトナムまで含まれるとする意見まで存在した。

とにかく、各代表はそれぞれ異なった境界線を主張して已まないのである。

不思議なことに新田は、その協議を誘導も調整も進行すらも行わず、言わば傍観者の立場で聞いている。

当然、激しく紛糾した。

休憩を挟み、夕刻に到るまで七時間ほどを使って協議は続いたが、合意など何一つ成立する筈も無かったのである。

新田は強引に協議を打ち切らせ、滞在を希望する代表たちをその拠点とするところへ送り返した。

だが、この時点で五者の全てが協議の続行を望んだことは確かで、次の十九日は早い時刻から迎えのポッドが活躍し、ほぼ数分の誤差内で全員が出揃い直ちに協議に入ることが出来た。

彼らに対する接遇は、王のものと同レベルの食事を給し、あとは湯茶を出すくらいで、相変わらず新田は一切調整しようとはしない。

各方面から熱い視線を浴びる中、協議は続いた。

到底相容れない主張がときに怒号となって飛び交い、それぞれが充分に発言した。

ただし、あくまで一方的な見解としての発言ばかりであり、所詮噛み合う筈もない。

昼の休憩時には、全ての代表が新田に介入してくれることを望むまでになっていたのだ。

再開された協議の冒頭、新田が始めて発言らしい発言を行うこととなり、満場は注目したが、それは彼らにとって実に意外なものであった。

新田は、自分や秋津州にとって迷惑だと言う。

こんな議論は、当事者が勝手にやってくれと言うのだ。

本来、国王が強欲な性格なら五者が主張する領土などは、当の昔に秋津州の物になってしまっている。

五者の領土など、一寸尺土も残っちゃいないのである。

その残ってない筈の領土の取り合いなど、馬鹿らしくて聞いていられるかと怒号する始末だ。

もう全て撤兵し、いかなる支援も即刻打ち切ることにするから、あとは好きなようにしろ、とまで言い出す始末であった。

互いに戦争でも何でも勝手にやって決めたら良い、と言う意味を含んでいることは明らかで、そうなっても、秋津州は一向に痛痒を感じないとまで言い棄てて、席を蹴って出て行ってしまったのである。

あとに残された五者代表はただただ困惑し、顔を見合わせるばかりだ。

考えてみれば今回の戦争では、ロシアは別として、中国と北部朝鮮は秋津州にどうされても文句を言えた義理ではない筈だ。

秋津州は突然の武力侵攻によって、九十九パーセント以上の民が殺されてしまっているのである。

まして、死傷者の相当部分が非力な女子供であり、なおかつ負傷者の中で生存出来た者はほんの一握りであった。

万が一、その被害者である秋津州が、いや国王自身が激してしまえば、五者の主張する権益など瞬時に粉砕されてしまうだろう。

全ては国王の許す範囲でのみ、成立し得る議論なのである。

現に国王の執政官のように見られている新田自身が、目の前で席を蹴って出て行ってしまったではないか。

代表たちは、部屋に残った新田のアシスタントらしき女性に、呼び戻してくれるよう懇願するほかはなかったのである。

その女性は一旦出て行ったが、すぐに戻ってきて「無理だ。」と言うように哀しげに首を振るばかりだ。

彼らは出されたお茶をただ空しく喫しながら、互いに顔を見合わせ誰かが譲歩してくれるのを期待していた。

重い沈黙が続いたが、結局秋津州駐屯軍が撤退し、その上一切の支援を失ってしまえば、まるで一昔前に戻ったかのような大動乱を招きそうな気配は誰の目にも濃厚なのである。

統一政権を持てなければ国内に更なる混乱を招き、外交能力と国防力にも欠けることから、対外的にも耐え難い侮りを受けることも目に見えている。

そういった中では、国家再建もへったくれもないことは誰もが分かっており、分離独立を望む者たちにしても、仮にそれが認められたとしても険しい茨の道が待っているばかりだ。

それに比べれば、多少の譲歩や妥協は止むを得ないことも分かってはいるのだが、最初に譲歩した者だけが最も大きな譲歩をせざるを得ないような気もするし、また大きく面目を失することに繋がることを恐れ、誰もが譲歩の意思ありとは言い出せないでいるだけなのだ。

そうこうするうち、迎えの者が来てしまった。

帰路のポッドの用意が出来たと言う。

それに乗って早く帰れと言わんばかりなのだ。

言葉どおりに帰ってしまえば、最悪の場合全ての者がその領土さえ失ってしまう恐れがあり、おいそれと帰れるわけも無い。

もはや、躊躇している場合で無いことは誰の目にも明らかであった。

ここまで来てやっと北京代表が折れた。

共産党の独裁を規定している現憲法を停止して、重慶やハルビンの代表と連携しても良いと言う。

すかさずチベット代表も、東方の四川省や雲南省などに拡大した領域の主張を譲歩すると言う。

協議の中身がオールオアナッシングから、互いに譲り合って最低限のものを確保するところにまで、やっと降りてきたと言えよう。

始めて、実質的な協議が行われる土壌が生まれたとも言えるのである。

活発な討議が進み、たちまちにして基本的な合意が形成されていく。

重慶、北京、ハルビンの三者は連立して中華人民共和国を運営することとなり、チベットと東トルキスタンの分離独立を認めると言うのがその基本的な枠組みだ。

ただ、敢えて台湾については触れない。

つい先ごろ秋津州入りした、台湾総統の国号変更声明には全く触れていないのだ。

この事実上の独立宣言に、である。

その宣言の背後には、どう見ても秋津州国王の意思があると思われることから、明らかにそれに配慮した結果であったろうが、やはり議論をそこまで広げてしまえば、成るものも成らなくなってしまう恐れが強い。

その上、現段階に限れば彼らが束になってかかっても、あの台湾共和国に敵することは不可能であった。

大陸側は一切の近代兵器を失ってしまっており、秋津州軍の駐留と言う巨大な背景を失ってしまえば、逆に台湾軍の大陸侵攻すら招きかねないほどなのだ。

何しろ、台湾政権にとってのその首都が未だに大陸側のあの「南京(なんきん)」である以上、台湾側が自国の首都を制圧下に置きたいと願ったとしても何の不思議もあるまい。

台湾空軍の実力から見て、台湾海峡は勿論、大陸側の南岸一帯の制空権が瞬時に台湾軍の手中に落ちることは子供にでも判ることであり、まして、大陸側はその経済的基盤の全てが危殆に瀕してしまっている。

その点から言っても、台湾問題には触れないほうが無難であることは間違いない。

言い切ってしまえば、問題の先送りであることには違いないのだが、より現実的な解決の糸口を見出そうとする努力は評価されてしかるべきだろう。

まして、望むべき早期の国家再建のためには膨大な資金を必要とする。

出来れば、既に実施されたロシアへの資金援助のひそみに倣いたい。

これまで国王が採って来た戦後処理方針から見ても、またその資金力から言っても、それは充分に可能なことのように受け止められており、極限まで低下してしまった信用を回復するためにも、秋津州国王の大いなる支援有りとしなければならないのである。

いつ何時、圧倒的な戦勝国から併呑されてしまうかも知れないと言う最悪のシナリオだけは、一刻も早く払拭されなければならないのだ。

さもなければ、世界のマーケットに信頼されることなど到底為し得ず、マーケットに信頼されないと言う事は、逃げ去った外国資本も決して戻っては来ないと言うことだ。

このまま無為に時を過ごせば事態は悪化するばかりで、再建に要するコストはいや増すばかりだろう。

先ずは破滅してしまった国家の再建が最優先であることは、重慶、北京、ハルビンの各代表の一致するところであり、そのためにも、磐石の支援を獲得することが絶対条件だと言う点でも一致している。

結局、新田とその背後の国王に頭を下げるほかは無く、あとはその支援の質と量が問題になってくる。

その結果、誰れ言うとなく基本的な合意書を国王に奉呈する形式を採るべし、と言うことになっていった。

そのことによって、言い換えれば、秋津州の被保護国であるかのような姿勢を自ら積極的に示すことによって、保護者であるべき国王からの支援をより一層正当化し、より有利な支援を引き出そうと言う思惑でもあった。

そうでもしなければ、これほどまでの被害を受けた秋津州が、その加害国を支援することなど有り得べくもないと主張する者もいた。

ロシアのケースとは根本的に違うのだと言う。

それはそうであろう。

ロシアと秋津州の場合、両者が衝突した原因はロシア側にだけあるのではない。

ともに両者にある筈だ。

確かに先制攻撃を加えたのはロシアである。

だが、中露の国境線を痛烈に圧迫して大いなる刺激を加えたのは秋津州軍であったことを忘れてはなるまい。

秋津州軍が、国境を侵していなかったことは事実だ。

確かに、その時点でロシア側が、越境してまで攻撃してこなければ交戦するには到らなかったかも知れない。

かと言って、ロシア側にして見れば、秋津州の大軍が怒涛のように国境を越えて雪崩れ込んできてしまってからでは遅いのだ。

そうなってしまってから、「まさか、こうなるとは思いませんでした。」と言ってみたところで、既に占領されてしまっている公算が高く、この意味においても、ロシアは極めて妥当な自衛権を行使したに過ぎないと主張することも出来るのである。

まして、軍事上の防衛線は常に国境線の外側に設定されるべきものであり、秋津州軍がその防衛線を刺激した事実だけは動かない。

いずれにしても堂々と干戈を交えた結果、ロシアが一方的に完敗してしまうことによって、両者の実力差に天地ほどの開きがあることが、これほどまでに鮮明になってしまったことこそ重大であった。

その上完璧な戦勝国が、完膚なきまでに敗れ去った筈の敗戦国に対して強力な支援の手を差し伸べるに至って、あたかも敗者が勝者の一地方自治領ででもあるかのような状況になった。

対等な立場で戦った筈のロシアですらこうであり、歴然たる侵略行為を働き、秋津州の無辜の民を大量に殺戮した中国においておやであったろう。

まして、その大量殺戮の現場を数限りなく捉えた映像が、今やふんだんに流れてしまっているのである。


一方で、記者発表の予定を伝えられたプレスルームは、騒然とした熱気に包まれていた。

昨日から五者協議が行われていることは周知の事実であり、当然この記者発表はそれに関することに違いない。

この協議には、世界の政治経済両面での不安定要素のほとんどが関連しており、全世界の目が注がれることには充分過ぎる根拠がある。

思えば、秋津州の大反攻作戦が始まったのは十三日であり、そして、今日は未だ十九日なのだ。

たった一週間で、事態のほとんどが収拾されようとしているかも知れないのだ。

それも、秋津州の強大な指導力のもとに、今まさにその発表が行われようとしており、既に昨日の時点で、世界中のメディアが集結して来たような気配まであったのである。

そのメディアたちの足は全てあの銀色のSS六改であり、膨大なチャーター機が整然と運用されていることも話題にはなったが、今はそれどころでは無い。

プレスルームでは、誰しもが手に汗を握って待つ内、五者代表を従えるようにして新田が登壇し目出度く合意が成ったことを告げた。

チベットと東トルキスタン共和国の分離独立と、中華人民共和国が現憲法を停止して共産党の一党独裁に終止符を打ち、北京・重慶・ハルビンの三者が合同連立して国家再建を目指す旨を高らかに宣言し、会場には大歓声が上がったのである。

旧中華人民共和国の遺産は少しだけ小さくはなったが、無論新たな中華人民共和国が継承する。

五者代表は、それぞれが重大な危機を乗り切った安堵の表情を浮かべて短いスピーチを行い、そのいずれもが国王の温情に最大級の感謝の意を表し、その温情によってのみ自らの国家が保たれることを強調して締めくくった。

ここでも秋津州の影響力ばかりが益々浮き彫りになって、世界に溢れた数々の観測記事を裏付けていく。

多くの観測記事によって、今次の戦争の結果、他に懸絶した秋津州の国力が生み出す影響力は、最早いかなる国家といえども軽視することは出来なくなったことが喧伝されてきているのだ。

再び壇上に立った新田からは、この三つの国家の再建に秋津州国王が支援の手を差し伸べることが宣言され、それは一段と大きな拍手を以って迎えられた。

ある程度予想されたことであったとはいえ、これこそが誰しもが待ちに待った本格的な収束の始まりであったのだ。

あとはその支援の内容である。

北京・重慶・ハルビンにはその希望する場所ごとに、既に大量の支援物資の搬送が始まっていることと、中華人民共和国には二千億ドルが、チベット及び東トルキスタン共和国には、それぞれ五百億ドルが無償で拠出されることが宣言された。

合わせて三千億ドルもの巨額であり、会場の熱気が異様なまでに高まってしまったのも当然のことだったろう。

既にその搬入が開始されている支援物資にしても、その量が途方も無く膨大であることが明らかになるに連れ、依然推測の域を出なかった秋津州の豊富な農水産物の実在性を、一段と補強することに繋がって行った。

そして、貴重な動物性蛋白源として大量の冷凍鯨肉が出回り、のちに特殊な団体から非難を浴びることになるのである。

この特殊な団体の一方的な推論によれば、この地域に出回った鯨肉は、大型鯨類にして十万頭分にも達するほどのものであるらしい。

この非難の声に接して、秋津州は黙殺したが、中露の当局筋からとしておもしろい談話があった。

要するに、「そこまで非難するほどなら、代わりにその鯨肉に匹敵するほどの牛肉をプレゼントしてから言え。」と言うものであったと言う。

結局、鯨を保護している間に肝心の人間さまが飢えてしまえば、そもそも何のための議論なのか分からなくなってしまうことだけは明らかだ。


また、別に新たな事案として、チベット及び東トルキスタン共和国からも国土防衛と治安維持のためとして、秋津州軍の現地駐屯の要請が出され、これも中露のケースと同様の条件で秋津州が許容する旨が伝えられた。

毎月十五日にその駐屯請願書を中継することは、当の日本国政府も既に了承済みだと言う。

またしても日本政府が、重要なキャスティングボードを握ることになったようだ。

とにもかくにも、これで危うく断ち切られそうになったマーケットの循環構造が、北部朝鮮を除いて概ね復活する見通しが立った事になる。

これ等のニュースは瞬時に配信され、劇的な反応を呼ぶ。

一部錆び付いていたマーケットの歯車が、巨額のドルを潤滑油として与えられたことによって轟然と回り始め、その轟音が今にも聞こえてきそうであった。

秋津州の無尽蔵とも囁かれるさまざまな資源が、その回転を加速させていくことも目に見えている。

新田が記者の質問に応答するうち、突然国王が登場し満場の拍手に迎えられて登壇した。

王に密着していたメディアによると、若者はそれまで現地で治水工事の陣頭指揮を執って来ており、その完成を見るに及んで今戻ったばかりだと言う。

早速、五者代表が揃って基本合意書を国王に奉呈するセレモニーが執り行われ、その場面もアジアの新秩序を象徴するものとして、世界中の話題を呼んだのも自然な成り行きであったろう。

このあと五者の代表たちは、北方の山麓に設えられた集合墓地に参拝して、この一大イベントに幕を引いたのである。

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  1. 2005/11/03(木) 01:20:39|
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自立国家の建設 026

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さて、戦後処理の大まかな枠組みは整ったが、北部朝鮮については全く手付かずのままで、秋津州軍は相変わらずその全ての国境線を封鎖したまま黙々と物資の搬入を続けていた。

報道陣のSS六改もかなりの数が現地入りしていることから、その内側の状況についても、概ねありのままの姿が公開されていると言って良いだろう。

取材陣の行動の自由が保障され、現地住民との交流も始まっており、徹底した武装解除が行われた結果、現地には近代的な兵器類は見当たらず、報道陣が危険な思いをするようなことも見当たらない。

もっとも、彼等自身は意識してはいないにせよ、D二とG四によって密かに保護されており、彼等の内に一人の死者も出ていないのも必ずしも偶然とばかりも言えない。

この環境下で豊富な物資が次々と搬入されてくることもあり、現地には奇妙な安定感さえ生まれ始めていると言う。

基本的な生活物資が無償で配布され、それまで全く医療施設の無かった地域にまで、秋津州軍の無償医療が行き渡るまでになって来ており、この占領軍部隊が全て女性型兵士で編成されていることも、住民の不安感や反感を和らげる効果を発揮している。

ただ秋津州軍には積極的に統治しようとする姿勢は見られず、その結果住民同士の流血を伴う紛争も発生してはいたが大規模なものは無い。

占領初期に発生した大規模な匪賊集団などは、生活物資の流通が豊富になるにつれ徐々に解体して行き、今ではごく小規模の盗賊団が暗躍しているのみだ。

正当であるべき行政組織は姿を隠し、その一部が地下に隠れて、ゲリラ的な反撃を試みたのもごく初期の内だけであり、占領後一週間ほどのときが経った今では、それもほとんど沈黙してしまった。

占領軍は、D二とG四の緻密なネットワークによって、その地下の者たちの動きも全て掌握しているが無論公表はしない。

尤も、地下の戦争責任者は既に統治能力の実質性を失って、もはや単に潜伏逃亡中の身なのである。

それにもかかわらず、その在米外交官だけがニューヨーク辺りで盛んに秋津州を非難し続けているが、最近ではその声もややもすれば勢いを失いつつあるようだ。

国王は、占領地の劣悪な食糧事情と衛生環境に同情するあまり支援を続けているだけのことであり、その結果これ等の環境も劇的に好転しつつあることは、各種報道によって諸国民の知るところとなっており、その上経済難民の発生する気配の無いことも広く報道されている。

また、住民たちの行動について殊更掣肘を加えているわけではないため、政治的な意味あいを持つ難民も見かけることは無く、その行動を占領軍に封殺されたとして、メディアに助けを求める者など一人として見当たらない。

政治犯の強制収容所らしい施設などは、住民自身の手によって早期に開放されていたが、彼等が解放しようとしない収容所も一部存在し、これはいわゆる刑務所である可能性が高く、取材に当たった報道陣の手によって、この判断の正当性も徐々に裏付けられつつあると言う。

この点でも、占領軍は住民たちの判断に任せて一言も容喙しないのだ。


北部朝鮮に関して新田に取材したメディアがあり、興味深い内容が報道されて巷間話題になった。

以下、箇条書き風に要約すれば次の通りだ。

「敵が降伏の意思表示を行わないため、厳密な意味ではいまだ交戦中である。」

「国王はあくまで売られた喧嘩を買っただけであり、その結果反撃して占領はしたが、その領土を継続的に支配統治しようとは考えていないため、行政や司法が存在しない奇妙な空白空間が生まれているだけである。」

「統治とは、主権者が国土や国民を支配し、治めることを意味するが、誰が主権者であるべきかが最も重要な主題であろう。」

以上の通りだが、報道のトーンとしては極めて秋津州に好意的なものばかりで、殊に「統治」に関わるくだりの「主権者」の概念に触れ、「本来の主権者は国民であるべきで、結局国民が自ら国家を形成しかつ運営せねばならない。」として、その記事を結んでいた。

工業先進国の各メディアの論調は、概してこのような傾向にあると見て良いが、何よりも秋津州軍が報道陣の取材の自由を損なっていない上に、現地住民に対する人道的支援を徹底して続けていることが、まことに好評だったのである。

また、このことが近隣諸国の最も危惧する経済難民の発生を防いでいることも、こういった評価に顕著に影響していることは間違いない。

但し、確かに標準的な意味合いの難民こそ発生しなかったものの、全く別の意味の難民は存在した。

それは、他国から拉致されてきたと主張する人たちのことで、極めて重大な意味を含んでいたのである。

報道によればこの人たちは、秋津州軍が平壌の一画に複数設置した巨大コロニーに収容されていると言う。

この施設は新しく天空から搬入されてきたものであって、極めて近代的な設備を持ち、そこから出ていくことについての基準は非常に緩やかで、逆に入所するときにはかなり厳しい基準が設けられており、なおかつその審査の現場には複数の報道陣の立会いが許されてもいた。

しかも、そのコロニーの内外には多くのカメラの目があり、生々しい報道映像が多数発信され、そこには大方の予想通り夥しい数の日本人の姿が映し出されていたのだ。

この報に接した日本では、大騒動になったのも当然であったろう。

一刻も早く、これ等の同胞を迎えに出向くべしとする声が日本中に溢れたのである。

しかし、現地はれっきとした戦場であり、秋津州軍の占領下にあることは紛れも無い事実なのだ。

法理にこだわれば、その国を代表すべき統治機構の同意も無く、他国の人間が大挙して押しかけて行くなどとんでもないことであり、また、日本の文民が戦場である現地に、何の備えも無いままのこのこ出て行けば、生命の危険さえあり安全の保障など有る筈も無い。

その場合、文民の警護のために、自衛隊の出動を求めるべきである、とか、いや、それは憲法違反だ、などなど、他の普通の国々から見れば、もう愚かとしか言いようの無い不毛の議論が巷に溢れた。

殊にテレビ番組の中などでは、このような愚にもつかぬ議論が延々と続けられ、そのさなかに、「憲法を守るために国民が存在するのではなく、国民を守るためにこそ憲法がある。」との官房長官談話が発せられたことにより、この発言が「憲法をないがしろにする論」であるとして、又しても不毛の議論の標的となり、ますます世論は紛糾した。

しかるに、その後の内閣は一切の議論を黙殺し、毅然として行動した。

無論、総理の決断である。

国井と新田の打ち合わせの結果、救出ティームが事前に準備されていたこともあり、ティームが複数のSS六改に分乗して現地入りしたのは連休中の二十日のことだ。

早速、日本人だと主張する人たちに対する聞き取り調査が始まった。

勿論、全て秋津州軍の手厚い保護の下においてであり、関係者が移動する際には銀色のSS六改が縦横無尽に活躍して救出ティームの作業効率を格段に高め、少なくともそれは初期の間だけは猛然と進捗した。

以前から拉致被害者である旨の認定がなされていた人々が続々と発見され、百人ほどが、全ての審査をクリヤして日本人或いはその親族としての妥当性が認められ、あっさりと帰国することが出来たのである。

だが、そのあとが又おおごとであった。

ティームだけで無く、報道関係者たちまでが、各地から発掘するようにして該当者と思しき人々を連れて来てくれる。

それも五月雨式にぽつりぽつりと発見され、日本人或いはその家族だと主張する人たちが、百数十人も残ってしまったのだ。

その点この巨大コロニーは、申し分の無い生活環境を備えており、救出ティームは腰を据えて仕事が出来たようだ。

入所してくる人々には、栄養衛生面ともに充分な対応がなされ、大規模な医療施設まで揃っていることがせめてもの救いになった。

確たる証明を持たない人たちの主張についても、その裏づけ調査に全力を注ぎ、それでも百人近い人々を認定して帰国させることが出来たが、担当ティームの困難な作業は当分続行されることになるだろう。

この報道に接した韓国政府も急遽専門ティームを派遣することになり、こちらも独自の審査を経てたちまち千人ほども連れ帰ったようだ。

又、その他の国々から拉致されてきたと主張する人々もおり、最終的には十カ国を超える国が救出ティームを派出することとなったのである。


一方で国王も実に多忙である。

拉致被害者の救出ティームが旅立った二十日には、新たな物資輸送の任に就き、三つの荘園との間を盛んに行き来して、マザーや地上のウェアハウスを次々と満たして行った。

そしてその作業に一区切りをつけるや否や、いよいよインフラの本格整備にとりかかったのである。

空港・港湾・各工場・インランドデポ、或いは各村々の教育や医療施設の仕上げを急ぎ、大規模な輜重部隊が活発に作業を推し進めており、空港の着陸帯のベイトンもとうに固着し、最早重量級の軍用機の使用にも充分耐え得ることが、少なくとも国内的には確認済みだ。

通常の滑走路だけで四本、ほかに横風用のものも四本揃い、それぞれが五千メートル以上の長さが確保され、エプロンやタキシーウェイも立派に完成しており、世界にも稀なほどの巨大空港だと言って良い。

さまざまな着陸誘導施設や航行援助施設が見事に備わり、管制塔などもそれなりに立派に整っていたが、唯一整備工場に予備部品のストックが見られないのは、その都度調達してくる心算ででもあるのだろう。

もっとも、このてのストック部品は、外国の航空機の着陸を許した場合にのみ必要となるものであって、現状では全く必要はない上、秋津州の航空機は全てマザーの船団で整備がなされ、垂直離着陸を常とすることから、この空港の使用にこだわる必要など全く無いのである。

また、空港と港湾の中間に堂々たる規模を以て準備中のインランド・デポなどは、広大な保税地域と税関官署とを併せ持ち、立派な物流基地としての機能を具えていながら、秋津州の実情から言って、その全機能が発揮される日はほど遠く、とりあえず、荘園の一次産品やその他工業製品の集約出荷だけを担うことになるとされた。


九月二十二日には、戦勝後最初の国民議会が開かれ、国家基本法の策定を当分見送るとともに、王の荘園に限定した大量移民の受け入れが容認されたと言う。

国家基本法などと言うものは、古来の自然の慣習法が有りさえすれば事足りるとする意見が大勢を占め、殊更に成文化することによって生ずる弊害の方が反って大きいとしたのである。

僅かな議員によるこの議会は極めて短期間の内に幕を閉じ、法治国家たるべき道を自ら閉ざし、国王の専制を改めて追認する決議を行なったことが話題にはなったが、秋津州の民意にも正当性が無いとは言い切れない。

この決議に基づき翌日には七千ほどの民が入植し、全て新築の住居に入ったが、若者にとって何よりも大切な七人の幼い姿が、さり気なく混じっていたことは決して話題になることは無い。

首都に避難させていたごく少数の生き残りの者たちも、表向き全て合流したものとされ、やがて古代の風を残した独特の村落文化が復活していくのだろう。

なお、この時点では、未だ数万の入植者の受け入れを可能とする新築の民家が無住となっている。

また、このころには、数人の米国人女性がひっそりと入国を果たしたが、ことNBS関係者だけに限れば、秋津州の政策上その出入国の制限は非常に緩やかで、内務省の一階で簡単な入国審査を受けただけで、難なく任務に就くことが出来たと言う。

彼女たちの身分は、NBSの関連会社の契約社員とでも言うべきもので、価値あるニュースソースを掘り当て、NBS側に引き渡すことを業務としているが、その会社同士の契約は出来高払いの条件であり、挙句に彼女たちを雇った「会社」はNBS側からの収益は一切期待しておらず、一言で言えば、政府予算で秋津州に関する情報収集を行うためのダミーなのだ。

とにかく、派手な女性たちが登場して話題を蒔いたが、これこそが、タイラーが待ちわびた例のサランダイン方式の女性部隊であり、早速にその指揮下に入ることになるのだろう。

やがて第二次、第三次と次々と女性部隊が入国し、この派手やかな女性たちは、NBSの男性陣の間でも大層な評判を呼んだが、合衆国の浮沈が懸かっているとして、金に糸目をつけずに集められた選りすぐりのものばかりだ。

NBSの男性陣の目を引くのも当然で、又それぐらいでなければ、本来の任務を果たすことなど最初から無理な注文だろう。

タイラーが明細を書かずに使える予算も膨大なものであり、表の予算に到っては、スーパーパワーの面子をかけた作戦の遂行のためと称し、国防費の数パーセントを投入するほどの勢いで、チャンピオンベルトを失ってしまった米国政府には、形振り(なりふり)構っている余裕など無いのである。

この女性部隊には契約したものとは別に相応の成功報酬まで用意され、ターゲットを心身ともにゲットした場合の特別ボーナスには、一千万ドルと言う破格の金額が提示され、それもタックスフリーだと言う。

俄然、彼女たち自身も目の色を変えて戦備を整えており、さぞや激しい争奪戦が繰り広げられることだろう。

中には、本気で秋津州王妃の座を目指す者すらいると言う。

もっとも、当局としてもその程度の予算で国王を篭絡できれば安いものだ。

成功した場合の戦果は、第七艦隊を総動員しても追いつかないほどだと言う評価すらあるのだ。

通常であれば、他にいくらでも有効な手段を見つけることができるのだが、こと秋津州に関しては全て国王が采配を執っている気配が濃厚で、なおかつ国王の周辺からは全く情報が取れないと言う特殊な背景がある。

そのため、ますます若い国王本人に的を絞らざるを得なくなって来ており、愚劣と言われようがなんと言われようが、王の若い男性としての本能を集中的に攻撃する作戦が、最も効果を期待し得るものなのだ。

タイラーとしても、自分自身の散々な戦果を振り返れば、この作戦の成功に賭ける思いには切実なものがある。


さて、その後の二十六日に開かれた議会では、当分の間二十パーセントの売り上げ消費税のみとする、単純極まりない基本税制が採択されるに到り、秋津州商事から改めて税の納付が行われ、それなりに国庫を潤していることも公にされた。

この結果、その他の直接税や間接税、或は関税までもが全て非課税という事になったのである。

もっとも、税を負担すべき本来の意味の国民は未だ幼い者ばかりであり、それも七人でしかないのだ。

また、居留外国人以外、直接輸入品を購入する者などはおらず、輸入関税など大した問題とはならない。

国内産業の保護を目的とする保護関税なども、農産物を除いては全くその必要が無く、国内の農産物自体が始めから流通性が希薄である上、入植者たちのための新築の家屋には、官給の発電機と電化製品、家具調度等生活用品一式が全て揃っていて既に充分だったのである。


翌月の一日には、農村部に三万人と、ほかに軍に属するものとしての五万人が、それぞれ地上に配されて来てその任務に就き、旬日を経て、金融機関・空港・港湾・工場・インランドデポ等の準備も整い、程なく荘園の一次産品や工業製品の出荷準備が完了した。

純然たる王立と看做されている秋津州商事は、五万ものヒューマノイド群によって構成される大企業と言うことも出来よう。

それどころか見ようによっては、軍はおろか内務省までがその傘下に在ると言っても間違いではない。

秋津州軍の巨大な陣容もとうに知れており、その意味から言えば、他に類を見ない超巨大企業の誕生であると言え無くも無い。

挙句に、その収益は全て国庫と渾然一体となっており、この切り口から言えば国営企業と言えなくも無いが、全てを統括し最終決定権を持つ者と言えば事実上国王ただ一人であり、これほど不透明で腐敗の温床になりがちな構造も珍しい。

国王の行動をチェックする機能など有るわけが無い。

国王のしたいことは何でも出来てしまう筈で、それを制御できる機構も機関も全く存在しないのである。

事実は、国民議会でさえ、国民の権利を代表すべき存在として対外的にアピールすることだけが使命であり、それを除けばあっても無くてもたいした変わりは無い。

結局、内務省から発せられる公式見解では、「農村部に三万七千ほどの国民を持ち、そこから選抜された人材が公職に就き、その外に膨大なヒューマノイドを従えた国家」と言うのが現在の秋津州の姿なのだ。

首都部や各村落の金融機関や各種店舗はもとより、空港や港湾、そしてインランド・デポに至るまで全て秋津州商事の独占経営であり、二千人ほどの雇用を生み出すことにより、それが数少ない個人消費の源泉のひとつとなっている。

「国民」であると規定された者たちには、開拓予定地を含め宅地や農地などが分配され、全ての「国民」に支給された一時金が金融機関の個人口座に入ることによって、秋津州の円はゆるやかに動き始めた。

同時に当分の間と銘打って、外国人の不動産所有を全面的に禁止する措置が採られ、メディアによる批判の声も無いでは無かったが、秋津州の復興の見通しが立つまでは、多少排外的な政策を採ることも止む無しとする論調も少なくはなかった。

無論、実際の国民の総数がたった七人であることは依然として最高機密である。

この七人の幼い国民を固有の生活文化の中で立派に生育させていくことが、王のもっとも優先するところであり、その他のことは全て補助的作業でしかなかったのだ。

各村落では「若衆宿」が復活し、活発な開拓事業がその緒に就き、一部の「宿」には、利水事業の仕上げのため現地に赴いた若者が宿泊したところさえあると言う。

この分では、王が、各地の若衆宿を経巡って行く従来同様の生活に戻るのも近いと言う者もいる。

各地域に再建された教育施設や、絶えず力を注いできている利水事業などと合わせて見る限り、若者が守ろうとしている秋津州文化の原点は、どうやら自然の慣習法に立脚した教育と農耕生活にあるのかも知れない。

また、これ等村落の噂話からも、「将来王制は廃止されるべきもの」と言う若者の個人的思想が洩れて来ており、NBSの報道は極めて好意的な論調で溢れ、その思想を、強大な王権を自ら放棄し「民主的共和制を志向」するものであると決め付け、無条件に絶賛するに至ったのである。

王の周辺にこれを否定する動きが全く無いことから、その信憑性が益々高まり、工業先進国の間に大きな話題を提供し、先進五カ国会議にも少なからず影響を与えたとされるが、超絶的な国力を有する国家において、典型的な専制独裁政治が行われている以上、その独裁者本人の政治思想が、世界の行く末に与える影響は限りなく大きい。

日本を除けば五カ国会議の代表たちにしても、この論評を非常な期待を込めて受け止めたであろうことは想像に難くないのである。

まさか秋津州の実際の人口がほんの数人だけであって、その上国王以外全て幼童であることなど知る由もない。

もし世界がこの事実を知ってしまえば、国家の統治形態の如何を問わず、あまりに寡少な人口と言う現実が、立国の基盤としてはまことに危ういとされ、強硬な建国否定論が浮上していたかも知れない。

しかし、世論は荘園には少なくとも数億の民が存在すると見ており、全てその延長線上にさまざまな推測を成り立たせてしまっている。

無論、全て憶測なのである。

曰く、その民は遠い昔に大和民族の一部が、何らかの事情でかの荘園に移住を果たし、壮大な国づくりに成功した者たちの子孫なのだ。

今となっては証明することは不可能だが、その者たちの手によって太平洋上に人工島が敷設され、そこに秋津州国が建国されたのであろう。

但し、その敷設方法は未だに大きな謎であり、その謎も永遠に解けないまま、やがて時が経つに連れ、世界の七不思議の一つとして数えられることになるのだろう。

また、秋津州は日本の分家のような存在だとする見解もあり、この見解によれば、分家が本家より強大なものに成長してしまったに過ぎないとし、一般企業の子会社の場合においても、同様なケースはそちこちで見受けられると言う。

ひるがえって、秋津州で用いられている教科書などを見る限り、秋津州人の祖先は日本から渡来した大和民族だと明瞭に謳っており、それによれば、九世紀の前半この無人島に一族郎党を率いて渡ってきたリーダーは、嵯峨天皇の血脈を受け継ぐ者であり、現在の王は数えて五十二世であると記述している。

秋津州の方がこのようなアイデンティティに立つ以上、先進世界が最も重要視したことは、本家であるべき日本が分家に対してどの程度の影響力を行使し得るかであったろう。

今回の紛争の収拾に際しても、日本と秋津州が緊密に連携していたことは周知のことであったが、その過程において、日本の影響力がどの程度発揮されたかについても、様々な見方が成り立つのである。

極端な解釈では、日本が派遣した新田源一と言う外交顧問が、全ての切り盛りを主導したとする見方もあり、この解釈に従う場合、日本は秋津州の強大な軍事力と豊富な資源とを自家薬籠中の物としたことになり、それを自らの経済力と融合させた場合、日本の影響力ばかりが世界を覆うほどのものになってしまう。

また、これとは対照的な解釈もあって、全ては秋津州国王の意思と力によって成し遂げられたとする見方だ。

事ほど左様に物の見方というものは、見る人によって、或いは見る角度によって全く違ったものになってしまうものらしい。

一つだけ確かな事は、日本一国だけが秋津州との緊密な繋がりを保持していると言う一点であり、これが又他の諸国との大きな違いでもあるのだ。

その結果、先進五カ国会議においても、日本の意思を抜きにしての議論など、最早議論そのものが成り立たなくなってしまっているほどだ。

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  1. 2005/11/03(木) 02:23:50|
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自立国家の建設 027

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さて、この頃の秋津州では、中央銀行としての秋津州銀行が目出度く立ち上がり、金融システムの根幹を支えるべく重厚な態勢を以てその業務を始めており、民間銀行としての加茂川銀行も又、各所に支店を構え立派に営業を開始していた。

しかし、この民間銀行には当初国内での貸し出しの機会などはほとんど無く、そのため、通常の貸し出し金利を稼ぐことは出来ず、その収益のほとんどは為替交換等の手数料に頼らざるを得ない宿命を背負っており、本来、収支のバランスがとれずその経営が立ち行く余地が無い。

しかし、王立と目されることにより、この加茂川銀行は巨大な財産を持ち得た。

全世界のマーケットに対する途方も無い影響力のことである。

この銀行が、言い換えれば秋津州と言う国家が放つ光りと影が一際大きな機能を果たすことになるのだ。


最近ではこの国が、多様な非鉄金属に加え、単独で純分離された希土類まで大量の出荷能力を持つことまで知れ渡り、原油や穀物、ひいては為替や証券など、ほとんどのマーケットの根底に関わるような重大情報を握っている点が重大であったろう。

これも繰り返しになるが、秋津州は若者さえ健在ならば、三つの荘園と言う独占的な生産地と運搬手段を持ち、完全な自給自足を全うすることも可能であり、全世界から挙って経済封鎖を受けたところで致命傷にはなり得ず、少なくとも物質的には凌いでいけるのである。

仮に一旦若者が腹を据えてかかれば、他国の思惑を全く顧みることなく自侭な出荷調整を行えることになり、極端な場合、全ての出荷を恒久的に停止してしまうことすら可能だ。

なおかつ、その産品の数量的な威力も暴力的と言って良いほどのもので、決定的なことに、その出荷情報は他者は誰一人事前には知り得ない。

事前に知るためには、秋津州側から情報をもらうほかは無いのだ。

その情報こそが最大の財産なのである。

又、秋津州の銀行の代理業務を行うことにより、自行の破綻が秋津州の好むところではないと見なされるだけで、他行との間に凄まじい格差を産んでしまう。

秋津州の銀行の代理業務を行うだけで、自行の信頼性が格段に高まり、マーケットにおける競争力が格段に強まるのである。

逆にバスに乗り遅れてしまえば、もうそれだけで信頼性が損なわれてしまうため、世界中の金融機関が目の色を変えてしまっているほどで、諸外国に店舗展開を行おうともしないこの銀行に、各国のビッグバンクから代理業務の申し入れが殺到することになった。

結果として、この加茂川銀行は世界の金融ネットワークの中で、大いなる一ノードを構成するまでになって来ており、変則的な形ではあっても、いまや立派に国際的な決済業務を行い得るのである。

加えて、各店舗に配備された年中無休の要員は実質無給に等しい者ばかりであり、その経営コストを格段に軽減しながら今日も活き活きと業務を遂行している。

又一方で、「秋津州の円」が国際舞台に登場したことも軽くは無いだろう。

だが、秋津州は建国間も無い新生国家である上、IMFやWTOはおろか国連の存在すら無視し続け、いかなる国家とも条約を結ばず国際間に一人超然としており、個別の案件では是々非々で協議に応ずる姿勢は示してはいるものの、他国が作った既存の枠組みからは一歩も二歩も退いていることに変わりは無い。

少なくとも、国際間における不安定要素をふんだんに持っていることは確かであり、それにもかかわらず、そのような新生国家の発行通貨が、いまや国際通貨として機能し始めているのである。

普通なら有り得ない事であったろう。

その通貨は、単にその新生国家の王が法貨宣言を行っただけのものに過ぎないのだ。

だが、市場原理とはまことに正直なものであった。

今次ユーラシア大陸に注ぎ込まれた膨大な物資の中でも、殊に穀物類が市場に与えた影響は抜きん出て大きなものがあり、輸出国や市場関係者たちの間からは、悲鳴にも似た怨嗟の声が聞こえてきたほどだ。

その破壊力に怯える者の数の多さが、言い換えれば世界の穀物市場に残した爪あとの大きさが、そのまま秋津州の力の大きさに通じることを計らずも証明してしまったと言って良い。

そのこと一つとっても、その通貨の信頼性を支えているものは、ひとえに秋津州自身の信用だけであり、そしてそれは既に揺るぎのないものに成長しつつあるようだ。


また、近頃では多くの国が秋津州に磐石の拠点を持ちたいと願っているが、この希望も近く満たされる見通しが立ったと言われる。

着々と進められている復興事業の一環として、いよいよ近代的な高層ビルが、多数完成し始めているからだ。

これ等の建造物も、その原型は内務省や国民議会とほとんど同時に天空から搬入されてきたものであったが、その巨大構造の故に、さすがに本体の据え付けや内装等の作業に手間取ったらしい。

しかも、その内の幾つかが、日本で言うところのマンションやホテルの機能を持つことが明らかになるにつれ、主要各国はそれぞれの現地事務所として賃貸契約を行うべく、鋭意ことを進めていると言うが、この国では外国人や外国企業の不動産所有を認めていないことから、全て比較的短期の賃貸契約にならざるを得ないと言う。

なお、秋津州には多数の外国人がいるが、ごく一部の例外を除いて、その全てがSS六改をチャーターして出入りしている筈だ。

いまだに戦時体制を採る秋津州は二百海里防空識別圏を宣言しており、その中には「圏内への進入はSS六に限定する」と言う、極めて一方的な内容まで含まれていた。

まして、「その圏内に侵入しようとするものは、一切警告無しに撃墜する。」とまで言い切っており、秋津州の軍事能力から見て、海も空も充分な警戒態勢がとられていることは確実であり、敢えて無謀な侵犯行為を試みる者など全く見当たらない。

逆にSS六改に搭乗してさえいれば、この国への出入りがかなり手軽に許されるのである。

理由は簡単だ。

言うまでも無くこれ等SS六改は全て秋津州の完全な管理下にあり、搭乗している者たちに対する自動的なチェック態勢も完璧に整っているため、その出入国者たちの無害性が容易に担保されるためだ。

また、当初から居留していた外国人の大部分はNBSの関係者ばかりであったが、今ではNBS以外にも各国の報道陣が数百を数え、長らくプレス専用の建物の中にすし詰め状態になっており、これも当地が、世界の安全保障を揺るがす重大ニュースの発信源で有り続けていたからに他ならない。

最近では各国当局筋からも公式、非公式を問わず派遣されてきている者が多くを数え、この者たちは桁違いに豊富な活動資金を懐にしており、完成したばかりのホテルへの投宿やマンションへの入居の希望が殺到し、殊に米国筋の押さえた部屋数が群を抜いて多かったと言われた。

NBSに名を借りてやって来ている例の女性部隊だけでも数十人もの多くを数え、彼女たちのそれぞれが、マンションの相当数の部屋を押さえ、一人一人が個別の活動拠点とし始めており、米当局から出費される費用も決してばかにはならない筈だ。

当然、タイラーもマンション形式の建物の中で連続した十数室を押さえ、様々な機材を設置して言わば合衆国代表部の拠点としているほどで、これ等を含めて、今や二千人ほどの外国人が活動し始めており、それぞれがそれぞれの滞在生活を営みつつあり、やがて彼らの全てが秋津州円を求め、それを使用して活動して行くことになるのもごく自然の成り行きであった。

秋津州円の信頼性を疑う者は既に無く、必要の際には、限度額の制限はあるにせよ、米ドルやユーロ、若しくは日本円に軽々と交換出来ると言う紛れも無い現実がそこにある。

「秋津州の円」が活発に流通し始め、決済時の一厘未満の端数を四捨五入処理すべきことと、通貨の発行は当分の間王の荘園で行われることが宣言され、厘・銭・円と言う秋津州通貨のラインナップが名実共に定まって行く。

一円の百分の一が一銭、一銭の十分の一が一厘である。

以前にも触れた通り、内務省職員には三千円から五千円ほどの月棒が支給されていると言われ、賞与と言うものが無い。

秋津州の円が為替市場と言う大海原に船出した際のレートは、一ドルが八十六銭四厘であったが、これこそがマーケットの下した秋津州円の評価であり、ちなみに一ドル百七円(日本円)のレートで換算して見ると、右月棒のそれぞれは三十七万千五百二十七円と六十一万九千二百十二円となり、直接税も年金もないため、その全額が可処分所得である。

引き比べて、農業及び半農半漁の所帯などでは、現金収入と呼べるようなものは無いに等しく、農耕地の開墾拡充も現在計画中であり、いまだ農耕地を有さない農民まで存在し、とにかく、何から何まで全てこれからなのである。

もし彼らが普通の人間であった場合、そのまま貨幣経済の荒波の中に放り出されてしまえば、不動産を担保にして借金を重ねるか売り払うかしかない。

たちまちにして、手持ちの農地も宅地も失ってしまうに違いない。

あとは、子供や臓器を売る他に生きるすべを失ってしまい、その結果、一部の金融資本だけが突出して肥え太ってしまうと言う構図が現出する筈だ。

急激な貨幣経済を迎えた途上国では、今も、現実に起きている問題なのである。

いずれにしても、七人の幼い国民たちには、国王の手厚い庇護が必要であることは言うを待たない。

当然、国王自身の政策の眼目もそこにある。

この頃行われたNBSの取材に対する国王の談話は、貨幣経済の中における秋津州農業の行く末を心から憂えるものであったと言うが、宿命的に小さな耕地面積しか確保出来ない以上、その農産物は相対的にコスト高にならざるを得ず、この現実をふまえれば、例え国王でなくとも、自国の農業が激しい国際競争に勝ち抜いていくことの困難さを、色濃く滲ませた談話にならざるを得ない。

しかし、一旦国王の身に不測のことでもあって、外から食糧を移入する手段を失ってしまえば、当然国内での生産に頼るほかに無いことは自明の理だ。

食糧の不足した分だけ、必ず国民が飢えてしまう。

豊かな穀倉地帯を持つ輸出国にあっても、天候不順などによって、いつなんどき凶作飢饉に見舞われるか知れたものではないのである。

二年以上の凶作が続いた場合、その国の備蓄食糧が底をついてしまうかも知れず、その国自身が深刻な食糧不足に陥った時、それでもなお秋津州に食糧を輸出してくれることなど有り得ないだろう。

一旦そんな事態になれば、大抵の国の政府は食糧の国外流出を厳しく制限する筈であり、本来いかなる政府にとっても自国民の「食」を確保することは最優先の課題であり、自国民を犠牲にしてまで他国民を救う義理も余裕もある筈がない。

どんなに奇麗事を並べて見たところで、どこの親も苦労して手に入れた一切れのパンは、飢えた他人の子によりも、同程度に飢えた我が子に食べさせたいと願うだろう。

他人の子がいかに飢えようとも、我が子の命には代えがたいと思うのが自然の人情でもある。

また、その時の国際情勢によっては、経済制裁として輸出制限措置を数カ国の協調戦略として発動してくることも無いとは言えず、まして、秋津州は世界に超然とした姿勢を示しつつあり、自力で生存していくためには、食糧の安定確保がますます重要課題となることは確かだ。

ちなみに、今次の紛争で秋津州が占領した各領域は豊かな穀倉地帯を数多く含んでおり、これを版図として押さえて置きさえすれば、この問題も一挙に解決出来た筈だと評する者もいたほどで、事実、それら広範な穀倉地帯においては、農民一所帯あたりの広大な耕地面積を確保出来るため、マーケットにおいて余裕を以て競い得るほどの低コスト生産が可能なのである。

現に日本より狭小な国土しか持たない筈の、かの大英帝国は第二次大戦において勝者側の一員だったために、未だに広大な衛星国を多数保持し続けることを得ており、そのため、食糧資源のみならず地下資源の端々に至るまで、自らの衛星圏の域内だけで、全て賄って余りあるほどの地歩を固めることが出来た。

くどいようだが、その国が現在それほどまでの衛星圏を保っていられることの最大の理由こそが、かつての大戦における勝者であったことに他ならず、無論敗者となった我が日本は、現に膨大な領土と衛星圏を全て没収されているのである。

そうであるにもかかわらず、若き君主は完璧な勝者でありながらその領有には関心を示さず、その理由については、国民の実数がごくわずかでしかないと言う現実が、預かって余りあることも確かであり、仮に秋津州の人口が数百万もあったとすれば、その行動も又違ったものになっていたかも知れない。

また別の報道によると、このところの王は農耕地の開拓現場に顔を見せない場合、秋津州北方の外海に出向き、その深海底で稼動させていた浄水プラントにおいて、併設の製塩精製工程の拡充に没頭していると言う。

王はこれまで、支援物資の一部として、膨大な食卓用と飼料用の「塩」をユーラシア大陸に搬入し続けてきたが、天空のファクトリーも大量の工業生産を継続しているため、いわゆる工業用の「塩」と言うものも大量に消費して来たと言う経緯がある。

これ等の全ては、三つの荘園にある岩塩層や塩湖に頼っていたもので、マザーや秋津州のウェアハウスの中にも相当なストックが確保されてはいるものの、これとても農産物の場合と同様に、国外からの移入が困難な場合を想定し、それに備えておくことの必要性を重く見ての行動に違いない。

王としては常に最悪の場合を念頭において、この小天地での自給自足のための準備におさおさ怠りが無いのだろう。

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  1. 2005/11/03(木) 03:27:16|
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自立国家の建設 028

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九月も末に来て、大分前に約束していた米国へのサンプル供与が、あらためて実行に移される運びとなった。

タイラー補佐官が待ちに待った、例のSS六の第二回目の供与のことだ。

思えば彼自身、矢の催促をしてくる本国と秋津州国王との間に立って、儚くも切ないあがきを続けてきていたのだ。

なにしろ、この約束事は秋津州国との公式なものとは言い難く、元来、秋元京子とタイラーとの私的な約束だったのである。

正面切って秋津州国に催促するわけにもいかない上に、いまや秋津州は強大な軍事力を露わにして、持てる力を隠そうともしていない。

この意味でも、秋津州は以前の秋津州ではないのである。

米国の気ままな要求の前に容易く膝を屈するほど小さな存在でないことが歴然としてしまっており、それどころか、今や米国の前に傲然と聳え立ち、こゆるぎもしない大いなる壁と言って良いほどで、それは途方も無く頑丈で、ぶち破ることはおろか、よじ登ることすら出来ずにただもがくばかりなのだ。

彼が、目の前に聳え立つ壁の前で空しく神経をすり減らしていたところに、ようやく二回目の供与が実現の運びとなり、重い肩の荷をやっと一つだけ降ろすことが出来たことになるのだろうが、言ってみればこれも、全て秋元女史の助力の賜物であり、少なくとも、この美貌の日本人女性はタイラーとの約束を、忠実に果たしてくれたことだけは確かなのだ。

かくしてその日の国王は、打ち合わせた予定時刻きっかりに、そのことを実行した。

ホワイトハウス付近の上空に、あっさりと、そして唐突にそれを出現させて見せたのである。

全くの単機で、エリプス広場の芝生の上方数メートルの空間に、文字通りぽっかりと漆黒の機体を浮かべて見せたのだが、しかも、それがそこに出現するまでは、米国が世界に誇る防空管制システムの一切が捕捉出来なかったと言うのだ。

このことは、秋津州は常に自在にワシントンを攻撃し得ることと同じ意味を持つ。

米国当局が気付いた時には、既に攻撃を受けてしまったあとと言うことになり、全くその防衛が出来ないことになってしまうのだ。

まして、以前のときと違って、米国自身が秋津州の強大な軍事力の存在を知ってしまっている。

あの大兵力が、何の予兆も見せずに突然北米大陸の空を全て覆い尽くしてしまってから気付いても、恐らく哀れな米国は何も出来ないに違いない。

敵の襲来に気付いたときには、軍事衛星は無論のこと防空防衛兵器の全てが壊滅してしまっていることは、今次の対中露戦の推移から見ても明らかだ。

米国の安全保障体制にとって、これほどまでに深刻な事態など滅多にあるものではない。

かってのキューバ危機のケースとは根本的に違うのだ。

キューバ危機の場合には、そこに目に見える事象としての核ミサイルがあった。

その目に見える脅威の撤去を要求することも出来たのだ。

そして、相手が要求を呑まない場合、核攻撃の意思有るを以って脅すことも出来たのである。

しかし、今回の脅威は目にも見えず、レーダーで捕捉することも出来ない。

敵基地の所在すら掴めず、抗議しようにも抗議の対象にさえ困るのである。

本音を言えば、秋津州自体が消滅して欲しいと言うことになってしまう。

まさかに、相手国そのものが消滅することを申し出るわけにもいくまい。

まして、その国は今まで自国に対して、悪意どころか好意さえ見せ続けてくれた相手だ。

そういう相手に、消えてなくなって欲しいなどと言えるはずも無く、仮に言って見たところで素直に消えてなくなってくれる筈も無い。

万一秋津州に開戦の口実を与えてしまえば、たちまち身の毛もよだつ光景が現出するであろうことだけは、容易に想像することが出来るのである。

今回の対中露戦で、一部明らかになったその軍事能力にかかれば、最強の第七艦隊も一瞬で一艦残らず海の藻屑と消え、北極海の深海に配備中の戦略原潜や宙空にある軍事衛星といえども、やはり簡単に鉄屑にされてしまうことは目に見えている。

とにかく、秋津州に開戦の口実を与えると言うことは、米国にとって自殺行為にも等しいことは素人にも分かる。

絶対にその様な愚は犯してはならないことになる。

合衆国の生存にとって必要不可欠の作戦は、唯一先制攻撃による敵の殲滅以外にあり得ず、それは文字通りの「殲滅」であり、少しでも討ち洩らせば、その瞬間に凄まじい報復攻撃を喰らうことを覚悟せねばならない。

優秀な頭脳を持つ筈の大統領のマシーンの全てが、例外なくそう実感したことは確かで、この点で、秋津州国王の戦略の意図するところは、ほぼ達成されたものと言って良い。

また、今回の紛争の収束に到る経緯の中で、少なくとも秋津州と日本との間に強い絆の存在が確かめられて来ており、そのことから言えば、米国にとっての日米安保条約の存在意義が、根底から覆ってしまったと言っても過言ではない。

今までは、その一風変わった軍事同盟は日本国にとっても重要かつ貴重なものであった筈だ。

しかし、日本にとって、今やその必要性が、純軍事的には煙のように消え失せてしまったと言って良いのである。

この条約の破棄を日本側から通告してくる可能性さえ出てきたのだ。

この観点から言っても、米国の対日戦略どころか、世界戦略までが大幅な変更を余儀なくされるに違いない。

少なくとも、もはや日本から見た従属的な対米関係などは、全く存在してないことを米国自身が思い知らされたことは確かであり、それどころか、日米間に存在していた上下関係までが、最悪の場合逆転しかねないことまで想定しなければならない。

詰まりワシントンは、特別な緊迫感の中で貴重な贈り物を受け取ることになったわけで、とりわけその重要性についての認識はほとんどの者が共有していた筈だ。

その上驚いたことに、この小型SS六のサンプルに搭乗していたのは、当初から供与が予定されていた二体のヒューマノイドだけであったのだ。

そのほかには、誰一人見当たらなかったのである。

それほど欲しければくれてやるとばかりに、まるでホワイトハウスの庭先に放り投げるようなやり方だったのだ。

いみじくも、秋津州側からの随伴者がただの一人もいなかったと言うこの事実が、後々まで豊富な話題を提供することになった。

まして、前回の供与の際には国王自身が回送してくれたと言う実績があり、タイラーとしても、それにならって国王自身の訪米をも同時に実現したいと考えたのも無理は無い。

本国からの訓令にも、最優先課題としてそのことが謳われていたのだ。

現在の微妙な情勢から言って、自国にとってままならない独裁者を懐柔することが出来れば、それに越したことは無いであろう。

他の場合と違って、いかにままにならないからと言って、暗殺してしまうわけにはいかないのだ。

そんなことをすれば、たちまちあの大軍団の攻撃を受けてしまうことは、ワシントンが身に沁みて認識している。

秋元女史の言によれば、王が変死したりすればその犯人が誰であろうと、軍団の怒りの矛先は米国に向かうことは必至であり、またその軍団を整斉と制御出来る者も王以外には存在しないと言うのだ。

どうやら、王の軍団とはいわゆる国軍ではなくて、王の私兵と言って良いものであるらしい。

ましてその全てが、王の意思によって建設されたヒューマノイド軍団である以上、一切の情報操作や離反工作も全く通じないと言うことになる。

ヒューマノイド兵士には買収も脅迫も通じない。

裏から言えば、王の発する命令が如何に苛烈なものであっても、全軍が唯々諾々として従うのである。

例えその命令が、自軍の全滅を意味するものであったとしてもだ。

とにかく、どんな難局にあっても、全くその戦意が萎えることの無い軍団であり、この点一つとっても他に類を見ない最強の軍と言えるのである。

いずれにしても、米国にとっての打つ手は非常に限られてきていることは確かだろう。

その国内で王に対する反対勢力を密かに扇動し、資金と武器を与えながら育成し、やがてクーデターを起こさせると言う常套手段があるにはあるが、CIAがどう足掻いて見たところで、現在の秋津州にはそういった反対勢力の芽を見出すことは出来ず、今後のたゆまざる努力によって、秋津州の人民の間に王権に反抗する勢力を少しずつ培って行くほかは無いのである。

しかし、このCIAの得意技も、目下の情勢分析によれば、全く哀しむべき見通ししか見出せず、大統領のマシーンの間でも、その実効性は非常に薄いと言う結論が出てしまっており、タイラーの立場から言えば、益々国王本人の訪米だけは成ってくれることが望ましかった。

そのことによって、米国のプレゼンスをいまだ重しと看做してくれる諸外国の視線があるからだ。

京子を通じて必死に願って見たが、結局その返事は哀しいほどににべも無いものであった。

「多忙である。」と言うその一言は、一切の抵抗を封じるほどの強い響きと冷徹な現実によって裏打ちされていたのである。

少なくとも、米国の意向にその都度配慮する必要など無くなってしまったことだけは、もはや動かしようが無いだろう。

また、その多忙さも事実であった。

若者は、国内のインフラの整備に余念が無いのである。

特に、農耕地の開墾開拓の面では著しく作業を進捗させつつあり、数メートルの深さにまで掘削された広範な開墾地には、荘園から良質な土壌が大量に搬入されたと聞く。

従来の秋津州はごく小規模の農耕地しか持たなかったものが、この面においても明らかに面目を一新しようとしており、タイラー自身も開墾作業をその目で見たが、その規模の壮大さにはただただ目を見張るばかりだ。

聞けば、この作業につぎ込まれた軍団は、一個連隊、二十億を超える大部隊であり、それだけの大兵力をつぎ込む以上ごく短期間のうちに素晴らしい成果が生まれる筈だ。

若き独裁者が立国の基盤を固めるために全力を傾注し、まことに多忙であることは事実なのである。

結局ワシントンは、圧倒的な力を持って誕生した新チャンプの今後の出方が全く掴めず、重要な情報が一切入手出来ないまま、全て手探り状態で重要な国策を決定しなければならないと言う苦境に立たされていることにおり、とにかく、的確な対応策を定めるためにも、一刻も早く秋津州の真意を掴む必要に迫られていた。

しかも秋津州の場合、その真意とは国王個人の真意に他ならず、その胸の内を探るための有効な手段は、最早例の女性部隊の活躍に賭けるほかにない。

無論、本国当局がかき集めた美女たちを総動員して、あらゆる機会を想定して大仰とも思える態勢をとりつつある。

王の最大の好物が酒であることは既に知れているが、最大の好物は又、最大の弱点にもなり得る。

新装のマンションの中には、国王専用の豪華な酒場まで用意済みなのだ。

その酒席には、この美女たちが大挙して侍ることになるだろう。

あとは、トラップに獲物を誘い込むばかりだ。

かの少年に遊興淫楽の味を覚えさせ、凛然たる精神を堕落の淵に突き落とし、更には有効な情報を収集することこそ、その狙いであることは言うを俟たない。

秋元女子にも協力を願ってみたところ、この件に限っては意外なほど積極的な協力を得ることも出来ており、彼女に随伴する形式で既に十数人の戦士が王に接触することに成功している上、最近ではあの最上階にまで出入りを許されているのである。

獲物はと言えば、日本円にして十億を超える賞金首であり、それもタックスフリーだ。

戦士たちの戦意が激しく燃え盛っているのも当然で、その波状的な吶喊攻撃が近い将来の輝ける戦果を予感させるのだ。

何せタイラーの見るところ、いかな情操堅固の男子といえども、その鉄腸をも蕩かしてしまわずにはおかないほどの者もおり、その美しさは古来より言い古された「傾城の美女」もかくやと思わせるほどで、当然他の男性からの誘いも多いことから、当初戦士たちの集中力が削がれてしまうことを恐れたが、ごく一部を除けばそれも杞憂に過ぎないことが判って来た。

ターゲット個人の男性的魅力もさることながら、やはり高額の賞金の魅力が何にもまして勝っていたのだろう。

やがて戦士たちは、その居室付近に重点的に網を張り、飽くことなく獲物を狙うことになる筈だったが、最近の王は作業現地にいることが多く、夜は夜で現地の若衆宿で過ごしているらしく、ほとんどそこには戻らないと言う。

要するに、王が多忙を極めていると言うのも確かな事実であり、そのために今回の訪米を見送らざるを得なかったと見ることも充分可能だったのだ。

ところが、一方にそうは見ない者もいた。

国王自身の重要な政策判断として、自身の訪米を無用としたのだと見る者たちのことだ。

現に一部のメディアなどは、過去、王が天安門広場や金日成広場に敵兵の遺体を一方的に送り付けたケースと対比させながら、国王の対米心象についてあれこれ勝手に忖度してはその論評を飾り立てており、殊にフランスのメディアなどは、その論評をクリスマスのイルミネーションより派手やかなデコレーションで飾り立て、過去の横暴なスーパーパワーの存在そのものを極めて否定的に論断し、ここぞとばかりに溜飲を下げているふしさえあった。

だが、誰に何を言われようと、米国の方からは、このような秋津州のスタンスについて苦情を言えた義理では無いのである。

ありていに言えば、このサンプルをもらえただけでも感謝すべきであり、この贈り物が最後の好機になるかも知れないことを、より重く受け止めるべきなのだ。

一つには、この度の紛争の勃発する前とは、世界のパワーバランスが全く違ってしまっていることを、既に世界が知ってしまっていることが一層重大であった。

全く新たに、圧倒的なチャンピオンが誕生したことを、否応無く世界が知らされてしまったのである。

これからは、今までのように米国の一方的で強圧的な物言いなどは、一切通用しなくなって行くことだけは確かだ。

実質上米国を支配するWASP(White Anglo-Saxon Protestant)でさえ、最近では、秋津州の超絶的な実力を認めざるを得なくなってきており、まして彼らは、その秋津州に対する侵略行為の歴然たる後押しをしてしまっていたのだ。

結果として途方も無い強国に喧嘩を売ってしまったことになる以上、国政を預かる身としては、明らかに、決定的と言って良いほどの政策の過りだっただろうが、既にやってしまったことは元には戻らない。

秋津州に対して背信行為を働いた米国は、ごく普通に言って、秋津州からは敵国と看做されて当然なのだ。

本来なら、米国の全土はとっくに秋津州軍に占領されてしまっていたとしても何の不思議もないことになる。

その攻撃を受けていないだけでも、儲けものである筈だ。

このようなサンプルの供与なぞ、二度と再び望むべくもないと考えるほうが余程自然だろう。

言わば、最後のチャンスを与えられた米国の担当ティームは、当然その研究に没頭することになるが、彼等がその目的を達成するためには、まだまだ困難な問題を数多く抱えていた。

政策担当者は別として、実際にその研究に携わる技術者たちは、問題の多くを解決するためには、秋津州からの技術移転の必要性を思わざるを得ないと言うのだ。

以前にも触れたが、特殊な合金も大きな壁の一つであり続けている上に、近頃ではこの原動機の中心部とでも言うべき動力の発生原理についての壁が、重ねて大きくのしかかってきていると言う。

そのことについては、添付されていた大量のドキュメントによって、大雑把には理解出来ていたつもりだったのものが、一向にその作動と制御を再現出来ないままだ。

しかもこれ等の技術を、秋津州がことさらに隠そうとしているわけでは無く、単にその技術レベルが圧倒的に高過ぎるだけなのだ。

かなり懇切に書かれているドキュメントによれば、極めて強力な磁性体の磁化を自在に制御することによって、シャフトに回転力を与えている筈なのだが、貴重なサンプルを一旦分解したら最後、二度とそれを再現出来なくなってしまうと言うのである。

また、ハウジングだけを自前の合金を用いて製造し、それを用いて組み付けた場合、全てにわたって深刻な強度不足を招いてしまう。

その強度不足も絶望的なほどであり、似せて造った自前のハウジングが、僅か数秒も持ちこたえられないと言う計算値が出てきてしまうのだ。

全ての動力源と思われる原動機一つとってさえこのような状況であり、SS六や兵士の異様とも思える浮力や推力の発生原理についてなど、到底辿りつけるわけが無い。

また、SS六を自在に操るオペレーターは、言わば具え付けのヒューマノイドである筈なのだが、そのオペレーターに与えるべき指示命令の伝達方法が分からない。

このサンプルを主体的に動かすことすら出来ず、ましてや、そのコピーなどどう足掻いても造れそうに無い現実がある以上、その供与を何度受けても、米国当局は貴重なチャンスを生かせそうも無い雲行きなのだ。

ただ、今回のことは、政治的なイベントとしてだけは成功したと言えなくも無い。

秋津州国王の対米心象がさほど悪いものでは無いと言うことを、世界にアピールするためには役立ったかも知れないからだ。

欧州のメディアの論調の中には、合衆国にとっていよいよ厳しいものが増加して来ており、近い将来の秋津州による米本土攻撃の可能性を無しとはしないとするものまで出始めていたのである。

しかし、この一大イベントによって、秋津州を巡るマーケットの不安定材料の一つが、大きく改善されたことだけは確かであったろう。

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  1. 2005/11/03(木) 04:30:51|
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自立国家の建設 029

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また、このころの国民議会はその議員も定数を満たし、散発的な開会と閉会を繰り返しつつ本格的な論議が行われ始めており、陸海空の交通運行に関する国内制度の概要が固まり、中でも特徴的であったのは、国内全ての車両の原動機を永久原動機に限るとしたことであったろう。

わずかに稼動していたNBS所有の内燃機関搭載車両は、特例として向後一年と言う期限を切ってその使用が認められ、それ以後の使用は全面的に禁止されることとなったのである。

日米等の工業先進国では、既に永久原動機の搭載車両の生産が始まっており、一年もの準備期間があればNBS側にも深刻な問題が生じることは無いと言う。

何よりも、国内の車両に対する登録番号標の交付が始まり、間も無く全ての車両に取り付けられる運びとなり、初めてその所有者の責任の所在が明らかにされることとなった。

そして、議会での論議は自然国際市場にも対応すべく、様々なルールの整備にまで踏み込まざるを得ない。

議会の代議員には、国際的な市場経済の概念についても相当な予備知識を持つ者が多く、活発な議論が具体的に行われつつあり、NBSのカメラが捉え続けるその内容は、世界に向けて発信され各方面に与える影響も少なくはないと言われている。

しかし、舞台の上で国家運営の枠組み作りの進行劇を演じているのは、実際にはほかならぬヒューマノイドなのだ。

しかも、この演劇のプロデューサーは国王であり、演出家はマザーであり、又秋元京子でもあるのだろう。

誤解を恐れず言い切ってしまえば、少しばかり規模の大きな人形劇が演じられていると言う事も出来る。

この人形劇と言う虚構をそうとは知らずに、世界が注視すると言う構図が既に定着してしまっているのだ。

これが、外界から秋津州の今後を占うための大いなるよすがともなっており、この意味では世界一観客数の多い人形劇であると言うことも出来よう。

この国民議会と言う虚構の果たしている役割は、一に、秋津州における堂々たる民権と民意を議すべき議場の存在を、絶え間なく世界に発信し続けて行くことに尽きており、国王にとっては、この虚構もこの意味に限れば、その務めを充分に果たしていると言うことが出来るのだ。

ただし、秋津州の国家としての存在は紛れも無く実像であり、実像である以上執行すべき予算を持たなければ、何一つその運営が出来ない。

問題は、国家の運営にとって何よりも重要な予算が、国王を抜きにしては立って行かないと言う現実だ。

現在の予算のほとんどが、秋津州商事からの税収に頼っているのが実情であり、この点から言っても、秋津州は国家全体が王のものである所以であろう。

七人の幼い国民が成長し、それに続く者が増えて行き、やがて真の国民としての自覚と能力を持つことによって、自らの国家を支えていけるようになるまでは、ひたすら王が全てを担って歩んで行くことになるが、そのことが、国王自身にとっての最大の生き甲斐であることも変わることは無いのである。


十月も中旬を迎えるころ、日本の領土問題にとって一際重大なニュースが流れた。

問題の北方四島に自衛隊が上陸し、中央と自治体の調査団がそれに続いたと言うのだ。

大規模な測量と共に徹底した全島調査が行われ、これらの調査においても、違法な居留民は一人も発見されることは無く、ここに領土の実質的な奪還が現実のものとなって、向後の具体的な復興プログラムが実施されることになるのだろう。

そしてこのプログラムの中には、永久原動機を動力源とした発電施設の建設計画が多数含まれており、それが離島の全てに渉っていることが大きな話題となった。

話題の焦点はその建設計画が無人島にまで及んだことよりも、この発電施設の特殊性にこそあっただろう。

何せ、この発電施設には、タービンと言うものが無い。

当然、タービンを回転させるべき高温高圧の蒸気も巨大な冷却装置も必要とはせず、原子力は勿論、水力、火力とも根本的に異なり、一切この手のエネルギー源を不要とする点において決定的な違いを生んでいる。

唯一起動時にのみ、ごくわずかな電力を必要とすることも既に述べた通りだが、それも手動の小型発電機を使うだけで充分なほど微量の電力なのだ。

例えそこに、他のエネルギー源が皆無であっても人力を以て軽々と起動し得るのである。

仮に電池を使用する場合であっても、最近の腕時計に内蔵されている、小型のボタン電池クラスの容量で充分に事足りてしまうと言う。

原動機本体は廃棄物は勿論、熱も騒音も発生させず環境汚染の点においてもまことに優れており、その上巨大な設置面積も必要とせず、わずかな敷設面積だけで対応し得ることによるコストの軽減も小さくない。

直結の駆動方式を以ってさえ一千万KWh以上の発電機を、軽々と回してしまうほどの大出力を持つとされ、単純計算とは言えこの原動機一機で、既存の原子力発電所数ヶ所分の発電を可能としていると言うのである。

この方式は各国の発電所建設計画において、相当な割合で採用される可能性を秘めているが、現時点では未だその未知数の部分に対する実験的な試みとしての位置づけであったようだ。

ただ、この北方四島に関するさまざまな局面においても、新田源一と言う男の存在が、日本政府にとって強力なアンテナとして機能した結果であることだけは動かない。

いまや彼の存在は、日本外交の全てにわたる羅針盤とまで言われ始めており、新田無しにはその大綱を定めることなど不可能と言われるまで、その影響力が膨れ上がりつつあったのだ。

新田のオフィスと首相官邸を直結するホットラインも開通し、常時接続で大量の双方向通信が可能となっており、その結果、外交使節団の交換すらなされないまま、日秋の実質的な国交が立派に成り立ってしまっていたのである。

例の五カ国協議においても、日本代表の見解を抜きにした議論など成り立たない状況が続いており、国際社会における日本のプレゼンスばかりが重みを増し、以前のような非礼極まりない扱いを受けるような場面は、ぱったりと見られなくなった。

日本に無礼な振る舞いをするなど、百害あって一利も無いことを思い知ったからであったろう。


また、秋津州国内では、秋津州商事の経営になるホテルが数棟営業を始めており、いずれもが三千室以上の客室と第一級の設備を誇っていると言うが、その利用客は各国の報道関係者がほとんどであり、今のところ一般観光客の入国は許されずその姿は見当たらない。

当然、これ等のホテルの客室稼働率はほんの数パーセントに過ぎず、ビジネスとして見た場合その経営が成り立つ筈も無い。

全棟で一万を超えると言われる客室がほとんど空室であるにも拘わらず、秋津州商事の従業員たる膨大なホテルマンたちは、いつ何時満室となっても困らないだけの態勢をとり続けており、その固定費の負担を考えただけで瞬時に破綻してしまう筈なのだ。

その上、このほかにも未だに大規模な建設工事が続いており、それらが落成するのも遠くは無いと言われており、タイラーの探知した非公式情報によれば、中でも際立って大規模なものは「秋津州ビル」と呼ばれ、基本的にはテナントビルのようであり、その中には、プレスルームや大小の国際会議用と思える設備まで複数備えていると言う。

勿論、これも国王の政策の一環なのだろうが、その真意についてもさまざまに憶測を呼んでおり、種々の風評が立っているにせよ、少なくともそのニーズがあることだけは確かだろう。

何せ、銀色のSS六をチャーターして秋津州を訪れる者がいまだに増え続けている上、政府当局の意を体してやって来る者が引きもきらないのである。

それら政府筋の訪客には、主に新田源一と秋元女史が対応しているようだが、その接遇にあたっては、全て内務省の中のスペースが当てられて来ているのが実情であった。

ときには、三十ヶ国を超える使節団が鉢合わせしたことすらあったのだ。

内務省のスペースにも当然限りがある。

したがって、その「秋津州ビル」と呼ばれる巨大な建造物は、その対応のためとするのが妥当だろう。

タイラーの手元にある完成予想図によれば、二十五万平方メートルほどの敷地に立つ、本館とされる地上六十階ほどのその建物は壮観そのものの偉容を誇っていた。

鳥瞰図で見る限り、外郭の一辺の長さが二百メートルもある正方形を為しており、その内側には中庭としてのスペースが大きく確保されている上、広大な敷地内には、幾つかの別館や見事に配された緑地帯も見えて、王の雄大な構想の片鱗を垣間見ることが出来る筈だ。


また、用済みとなったプレス用の臨時の建物が目出度く撤去される運びとなり、代わって既に営業中のホテルにおいて重大発表が行われることになったと言う。

この記者会見では、真新しい壇上に立った新田源一の口から、全く新たに驚愕の追加支援が行われたことが明らかにされた。

米ドル、日本円、ユーロそれぞれに割り振られたその支援額は、ドルベースで言えば概略次のような巨額なものであった。

曰く、中露二ヶ国それぞれに五千億ドル、韓国、チベット及び東トルキスタンそれぞれに一千億ドルである。

これで、秋津州から放出された外貨の累計は、一兆ドルを大きく超えてしまった。

一部メディアの分析でも、ユーラシア大陸に注ぎ込まれた国王の財貨は既に二兆ドルになんなんとしているとして、これがマーケットに与える波及効果についても大きく取り上げることとなる。

それが、とてつもない需要を呼び込むことだけは誰の目にも明らかで、今回の大動乱が世界のマーケットに残した傷跡を大きく癒してくれることは確かだろう。

王立と目される秋津州商事の稼ぎ出す巨額の外貨が、又しても大きく放出されて、世界経済の循環構造の中に、再び還元されていくことを歓迎する声は限りなく大きい。

しかし、この衝撃的な記者発表の後に漏れてくる非公式情報の一つが、また重大な意味を持っていたのである。

その情報によると、新たに巨額の無償援助を受けたことにより、中露二ヶ国はそれぞれ国軍の建設に着手することとなり、その再構築について許しを請う旨の打診があったと言うのだ。

実質的には、秋津州の被保護国のような地位にある両国としては、言わば宗主国の承認無しには、本格的な再軍備に取り掛かるわけにはいかないと考えたのも不思議は無い。

不思議は無いどころか、極めて普遍性に富む考え方だと言って良いのである。

相反する国益が衝突して、大規模に闘ったのはつい先ごろのことであり、普通その敗者が本格的な再軍備を始めるには勝者の承認を要するであろう。

まして、これほど手厚い支援まで受けてしまっているのだ。

その勝者に無断で再軍備を始めると言うことは、通常、大きな裏切り行為と看做されて無用の疑惑を受けることを覚悟せねばなるまい。

そのためにこそ、事前のお伺いを立てたのだろう。

ところが、案に相違して、新田源一から反ってきた反応は全く拍子抜けするような内容であったと言う。

その程度のことで、いちいち打診してくるなと言われてしまったのである。

両国は、それでも念を入れて核装備についても重ねて打診してみると、その回答はもっとはっきりしたものであった。

その回答たるや、「核であろうが、何であろうが一切口を挟む心算は無い。独立国たるもの、如何なる軍備を持とうが他国がとやかく言うべきでは無い。」と言うものであったのだ。

今回の再支援にしても、再軍備のためにも当然使われるものとの前提で決定したものであって、両国の行う再軍備が気に入らなければこんな巨額の支援など最初から行わない、とまで言い切ってしまっている。

裏から言えば、例えどんなに強力な軍事力を持ったところで、秋津州にとって脅威とは成り得ないと言われてしまったようなものだ。

その上、国王の強い意思として伝えられたのは、「軍備を整え、我が駐屯軍の撤収を一刻も早く可能にしろ。」と言うものであったと言う。

つまるところ、秋津州国王の敗戦国に対する、「カネは出すが口は出さない。」と言う姿勢に、全く嘘偽りの無いことがさらに鮮明になったのである。

戦勝国である秋津州は、敗戦国に対して全くのフリーハンドを与えたことになるのだが、言わば冷たく突き放された格好の両国の首脳たちとしては、反って不気味なものを感じてしまったのも無理は無かった。

こうとなっては、駐屯中の秋津州軍を、なおさら手放し難くなるのも又、自然の人情と言うものだろう。

駐屯軍が存在している限り、強大な秋津州の翼下に抱かれていることになり、自国を攻撃することは即ち秋津州を攻撃することと同義語となるのだ。

これ以上強力な抑止力など他に類を見ないだろう。

両国の秋津州に対する依存度は、今後も薄れる見通しは極めて少ない。


また、このころの秋津州港内には大小さまざまな船舶が停泊し、多様な産品の船積みを始めている。

いまだに国際港としての開港はなされていないにせよ、多様な船籍を持った船が賑々しく入港し、その中には二十万トン級の巨大タンカーまで姿を見せており、無論その大多数は、いずれも荷積み作業に余念が無い。

その荷役作業に携わる者たちが、例の空飛ぶヒューマノイドたちであったことから、作業効率の良さには驚くほどのものがあり、穀類などは、SDが船上の空中に浮かび、直接その中身を船倉に落とし込んでいるケースまである。

ほとんどが秋津州産品の出荷のためと見て良いのだが、ごく一部には、逆に海外からの輸入品を積んで入港してきたものもあり、特に目立つ輸入品目としては大小さまざまの車両であったろう。

これ等は、無論永久原動機を搭載したものであり、そのユーザーの多くは内務省と報道各社であったと聞く。

報道各社としても、車両の内燃機関の規制について国民議会の合意が成ったことを受け、早速その導入にかかったものだろうが、殊にNBSなどは、各所に設置した給油施設の維持運用にも苦慮していたことから、内燃機関を搭載する従来の車両は、一日も早く海外に移送する意思を固めたようだ。

この国では、これ等の給油施設が住民にとっては明らかに無用のものであって、折角搬入したそれ等の設備も撤去の運びとなる日も近い。

なお、秋津州商事経営の大小の店舗が既に多数営業中だが、これ等の仕入れ搬入に際しては、今後とも航空便を使うことが明らかになっており、船便が使用されるのはごく一部の品目に限られる模様だと言う。

とにもかくにも、新造の港湾内は相当な船舶で賑わいを見せており、これ等雑多な船舶の出入りの際には、優秀なタグボートの代わりとなって飛び回る、多数のヒューマノイドの姿を見ることが出来た。

この、便利この上ない代役たちは巨大な船舶をも軽々と扱い、港湾内外の交通整理の役目を見事に果たしている。

長らく南太平洋上で行われて来た出荷作業の一切が移動してきたことから、バイヤーを含め入港を希望する船は後を絶たないようだが、巨大な港湾設備は未だほんの一部しか使用されてはいないらしい。

また、このころのタイラーの手元には、港湾の奥座敷に位置する船渠の一部が稼動して、新造船の進水を告げる情報が入り、その視察の希望を申し出て見たところあっさりと許可が出た。

大規模な乾船渠が十箇所ほど完成していることは知っていたが、未だ実物までは見たことが無く実感までは湧かなかったのである。

だが、訪れて見ると、その中では全く予想外のことが進行していた。

タイラーの感覚では、それらの大型ドックは未だ実質的な操業にまでは至らない筈だったものが、案に相違して既に巨大なタンカーが入っていて、何らかの改装工事が行われていたのだ。

現場の案内係に聞いてみると、これまたあっさりと説明があり、ちょうど機関の換装工事を終えたところのようであった。

しかも、驚くべきことにほんの数時間で基本作業を終えたと言う。

大体、これほどの大型船の機関をそっくり換装するためには、完璧な準備がなされていたにせよ膨大な時間を要するのは普通常識であろう。

その換装すべき機関が、剥き出しの甲板上に置いてあるのではないのである。

その機関室に到るまでには、一体どれほど多くの仕切り構造があるものか想像もつかないほどだ。

結局これも、天井クレーンの機能を一切必要としない、空飛ぶ怪力作業員たちの威力としか言いようが無い。

ただ、技術的な不審点も無いではない。

一つには、巨大な内燃機関そのものが船体構造の重要な一部をなしていることだ。

場合によっては、船体自体の強度にまで問題が生じてしまうことさえある筈で、この意味でも、さまざまなハードルを乗り越えて行けるだけの優れた技術の存在を痛感せざるを得ない。

現に、既存のばかでかい内燃機関は細かく解体の上取り外され、なおかつ永久原動機の取り付け作業は勿論、膨大な内外装の作業さえ終了していると言うのだ。

全く新たなバラストタンクまで備わり、のちに行われた試運転の結果も良好そのものであったと聞く。

設備面で言えば、これ等巨大船渠に繋がる運河も、優に二千メートルもの幅員を誇っており、最大級の空母でさえ楽々とすれ違い得るほどの規模であることも確認出来た。

その上その運河に接して、これほどの規模の船渠が十箇所ほども完成しており、優れた作業効率を誇る船渠の実力が、相当以上の水準にあることも否定出来ない。

挙句に、当初伝え聞いた問題の新造船現場はそこでは無いと言う。

行ってみると、全く別に小規模の乾船渠が複数操業していて、そこでは多数の漁船が完成間近であった。

小さい物では、十トンほどのものから、数百トンクラスのものまでさまざまである。

見たところ、スクリューを回すべき機関が全て永久原動機であることを除き、一般の船舶と特別変わったところは見当たらない。

既に試運転中のものもあったことから、頼み込んでその中の一隻に試乗させてもらったが、その静粛性は特筆すべきもので、振動の発生がほとんど見られないことには、ただただ感心するほかは無かった。

五十トンほどだと言うその小船が、六十ノットもの快速を実現出来ていると言い、その快速ぶりが逆に最大の不安要素であるとして、現在は強制的に二十ノット以下に押さえ込むべく一工夫しているところだと言う。

判りきったことだが、乗組員の都合が許す限り一滴の燃料も必要とせぬままに、その航続距離は無限と言って良いほどのものなのだ。

しかも、ついでに見てまわった船渠の近辺には、既に多様な施設が稼動していた。

天空から降りてくる巨大な資材を受け入れるべき施設があり、それらの加工を担う筈の工場群も整い、それぞれに相当な要員が配備されていることも確認した。

部下に指示して稼動中の要員たちを観察させてみたが、その優秀さを疑うに足る報告に遭うことは無く、不眠不休で働かせても作業効率の落ちない特性も含め、一般の労働者のそれと比べても、かえって優れているのではないかとさえ思えたほどだ。

その上、極めて微細な加工技能や特異な工作技能を有するものまでいるらしく、一部についてはタイラー自身も簡単に確認出来たくらいだ。

ましてヒューマノイドには、いわゆる動機付けなど全く不要で、唯一必要なものはしかるべき者からの指示命令だけだ。

その代わり、一旦受領した指示命令にはこの上も無く従順なのである。

この存在が限り無く大きい。

我が合衆国では例え数百億ドルをかけても作ることは出来ず、仮に大量生産に成功したところで、一体当たり優に数億ドル単位のコストを覚悟せねばならないことは、その研究に関与した者たちのほとんどが認めている。

結局、秋津州がそれを大量に、かつ安定的に確保出来ていることこそが最も重大だ。

米本国でさまざまに行われてきた製造実験によれば、現在欠けている環境要件の一つに「超超真空」なるものがあると言う。

同じく必要とされている「無重力環境」は比較的低コストで実現出来ているが、この「超超真空環境」を大規模に確保することには殊に問題があった。

ごく一般に「真空」と呼ばれる環境であってさえ、実際には一立方センチ当たり一千億個もの原子や分子が存在してしまうのである。

相当無理をして一立方センチ当たり一万個以下に抑えてみても、散々苦労して用意したつもりのその環境が、実験を始めるや否や、圧倒的なスピードで数千億個にまで増加してしまうのだ。

要するに、合衆国の技術力では継続的な「超超真空」と言う環境は作り出せないことになる。

仮に作れたにしても、その条件をクリアするためには途方も無いコストを必要とすることくらいは、門外漢のタイラーにも容易に察することが出来るのだ。

詰まり、本来これほど高価で高品質の工業製品が、国王の荘園では極めて安価に、しかも大量に生産されているであろうことは、あの途方も無い大軍団のほんの一部を見ただけでも充分に察しがつく。

その安定性やとてつもない耐久性も、戦場における活動実績から既にかなりの部分で信頼性を得てしまっており、ここではそのようなヒューマノイドが現に大量に稼動しているのである。

少なくとも、極めて安価で良好な労働力を大量に供給し得ることが、外国資本を如何に急激に引き付けることに繋がっていくものか、考えて見ただけでも空恐ろしいほどのことではないか。

現実には、外国人の土地の所有を禁じているこの国では、その点での障害はあるにせよ、秋津州人の名義を借りて大規模に生産設備を進出させようとする、巨大資本の意図までは否定出来ない。

このため提携を望む企業は溢れんばかりで、現にその仲介をタイラーに依頼して来る者もあり、それも対応に窮するほど多数に上っているのだ。

資本のダイナミズムは、良きにつけ悪しきにつけ国境など軽がると踏み越えて消長し、小規模な場合など、ときには国家ごと呑み込まれてしまうことすらあり、いずれにしても、秋津州の大量かつ安価な労働力の持つ破壊力は尋常なものでは無い。

この件も、ワシントンへ報告すべき重大事項の一つであることは確かだろう。

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  1. 2005/11/03(木) 05:15:34|
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自立国家の建設 030

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一方、新設成った空港には当然の事ながら一般の航空機の姿は見当たらず、その一郭でSS六とSDのみが発着を繰り返しており、散見される銀色の機体は各国政府筋や報道各社にチャーターされた「SS六改」であったろう。

だが実際には、それら以外にもこの銀色の機体を多用しているものもおり、中でも多くを用いて格別の存在感を示しているのが米国に本拠を置くコーギル社だ。

株式非公開で財務資料は公表されてはいないが、七十五ケ国以上に事業所を構え、従業員数二十数万、総売上五千億ドルは下らないと囁かれる世界最大の穀物商社でもある。

その創業は千八百六十年、日本で言えば井伊大老が桜田門外で討ち取られた年であり、それが一世紀半を経たこんにち幾多の子会社と関連会社を従え、その事業も、農産物を始め、畜肉、食材、海運、金融、鉄鋼などと驚くほど多岐にわたっている。

そのコーギル社が以前からその拠点としてタイラーと同じビルの中に十数室を押さえており、既に十数人が駐在していたところに、またしても新たな人員が加わることになった。

側近とボディガードに囲まれて入国して来たその者の名はダイアン・コーギル、コーギル社十一世の現社主ウォーレン・コーギルの一粒種で、その全てを継承する者と言われている女性だ。

その入国の目的は国王との濃密な人間関係を結び、良好な提携関係を構築することに尽きており、父親の反対を押し切ってまでこの大任を果たそうとしていると言う。

その年齢も二十三歳と未だ若く、母はかつて美貌を以って銀幕を飾ったスターであったが、請われてコーギル家に嫁ぎ彼女を産んだが既に世に無い。

ダイアンはその生母をすら凌ぐと言われる美貌の持ち主で、莫大な資産の威力とも相俟って、異性からは特にもてはやされて育ち、自分に好意を持たない異性の存在など、想像することも出来ない人生を過ごして来た。

今回の作戦に当たっても自ら進んで行動を起こし、タイラーの仲介を得てひとたび謁見が叶いさえすれば、たちまちにして若き君主の心を捕らえる自信に溢れていると言う。

結局、依頼を受けたタイラーがそれとなくあたってみると、あの秋元女史が予想通り快諾してくれて、面目をほどこすことを得たのである。


また一方の京子にとっての関心事は、無論ダイアンやタイラーとは全く別のところにある。

もともとヒューマノイドとしての京子は、何を差し置いても秋津州の王統を守るべき使命を持って生み出されて来ており、しかも秋津州が太平洋上に移されて来てからは、荘園からの物資の運搬手段を確保することが絶対的な条件に変わりつつある上、三つの荘園との往来には、王の持つ特別の瞬間移動能力がどうしても欠かせない。

この特殊な能力の持ち主は、秋津州の過去一千年以上の経緯から見ても、王家の血脈の中にしか生まれて来たことが無く、だからこそ、傍目にはさも怪しげなものに見えてしまうこの作業が、マザーや京子にとってはいよいよ厳粛極まりない至上のものとなってしまう。

肝心の君主に異性に対する執着心が淡白であり続ける今、若者の男としての本能を呼び覚ますべく、さまざまな手段を弄して誘導しようとするのだが、例の米国ティームの美女たちが手ぐすね引いて待ち受ける専用の酒場にさえ一度として足を向けようとせず、ちょっとした余暇が出来ると、新田源一と差し向かいで毛脛を剥き出しにして飲むばかりだ。

また、せめて三人の侍女たちによって、王家の貴重な種子を採取させようと手を尽くすのだがそれすらも叶わないため、このままでは、この「聖なる大事業」が頓挫してしまうかもしれず、そうなれば守るべき秋津州が確実に滅んでしまう。

マザーや京子の使命が、全く蹉跌してしまうことになるのだ。

生物本来の生命を持たないマザーや京子にとって、この使命こそが言わば命と言って良いほどのものであり、彼女たちにして見れば、その主題を果たすためには手段など選んでいる余裕は無く、今もあれやこれや策謀の最中なのである。

そしてその折りも折り、世界のコーギルの後継者と目されるダイアン嬢の「特別の希望」が、タイラーを通して聞こえて来た。

女性としてはかなりの長身で百八十八センチもあると言うが、その美貌は、どのように批判的な視線を浴びせられても、決して揺らぐことの無いほどのものであることも知った。

それほどの美貌に出会えば、さすがの若者も、男としての本能を目覚めさせてくれるのではなかろうか。

無論、ダイアンの目的も理解している。

ビジネス発展のため、その美貌を武器に若者との濃密な人間関係の構築を望んでいることは確かで、そのために王に接近することを切望しているのであり、この点においても、京子の主題を果たすための条件に見事に合致している。

京子にしてみれば、相手の目的などどうでも良い、大切な若者の本能を目覚めさせてくれさえすれば良いのだ。

当然ながら、入国の大分前からタイラーの動きを察知して、膨大な事前調査を積み重ねて来ており、その調査によれば、高慢で我儘な性格が浮かび上がってくるのも宜なるかなではあったが、反面、意外に女性らしく心優しい一面をも併せ持ち、十代前半から、帝王学、経営学においても高水準の教育を受け続け、高い教養の持ち主でもあると言う。

交際中の男性の影も無く、生物学的な意味では完全な処女性を保っており、致命的な感染症のキャリアである恐れも全く無い。

また、当人の好みでもあろうか、護身術としてのさまざまな体術を学び、中でも剣道には強い執心を示し、わざわざ日本からその師を招いて練磨しているほどだと言い、その上最近では師匠をも凌ぐほどの上達ぶりらしく、なまなかの男が襲ったとしても、いとも易々と撃退し得る技倆を具えているようだ。

その上、この師匠の影響もあってか、日本の文化に対する理解もそこそこにあり、こと会話だけに限れば日本語での意思の疎通も充分可能だと言う。

京子は、これ等の情報を悉く吟味し尽くしたところで、いよいよゲストを内務省最上階の一室へ招くことにした。

なによりも先ず、自分自身が直接その審査をしなければならない。

三人の侍女を従え、一次試験に臨む試験官のつもりでいるが、内心試験官自身が受験生の合格を期待してしまっており、実質的には、事前審査だけでこの一次試験は通ってしまっていると言って良いほどで、それほどまでに京子の期待は大きい。

いよいよ、貴重な王家の血脈を紡ぐことが出来るかも知れないのである。

待つほども無く廊下に靴音が響き、仲介者のタイラーに伴われた期待のゲストが颯爽と姿を現し、試験官もまたじっくりと観察することが出来た。

実に稀な美貌である。

豊かなブロンドを後方できりりと纏め、薄く刷いた口紅以外化粧の気配は感じられず、予想していた豪華な装身具など全く見当たらない。

ダークグレーのビジネススーツの襟元から、純白のシャツの襟を覗かせ、タイトスカートの裾が充分にその膝を覆っているとは言え、踵の低いその靴はかなり活発な身動きをも許すだろう。

頭抜けた長身を全く屈めることも無く、凛とした姿勢を保ちながら歩み寄ってくる娘を見るに及んで、試験官自身が、この作戦の結末についての期待度を格段に高めてしまったのも無理は無い。

今、目の前で改めてタイラーの紹介を受けているダイアンは、確かにこの上も無く美しかった。

青い瞳と豊かなブロンドを具えた顔貌は、事前に見た映像のそれよりも、はるかに多く亡きマーベラを髣髴とさせ、京子の体内で同時実行中の多数のスレッドが、これこそが己の主題を果たせる可能性を秘めた女性だと、一瞬にして結論付けてしまっていた。

考えて見ればこれほど身勝手な話も滅多に無いが、これこそが、ヒューマノイドとしての京子の限界であったのかも知れない。

肝心の本試験の試験官は無論国王自身であり、若者の審査基準は若者にしか判らない。

だが、身勝手なヒューマノイドは、即座に謁見のセレモニーを行う心積もりでおり、肝心の若者にも既にゲストの来訪をさりげなく伝えてある。

その若者が、そろそろ帰館してくる頃合でもあるのだ。

だが、通り一遍の挨拶のあと、このゲストは一味違った行動に出た。

「ちょっと、失礼。」

おもむろに京子の背後に控える侍女の方に歩み寄り、その着衣をしげしげと観察し始めたのだ。

しまいには、直かに触れて見ながらその感触まで確かめている。

いずれの侍女も、素晴らしい光沢を湛えた純白のシャツブラウスと漆黒のスカートを裾長く着用して、優雅な微笑みを浮かべながらこの無作法に耐えている。

ゲストは、かなり綿密に観察し終えてから京子の前の席に戻った。

「素晴らしい布地ですわね。」

かなり強い興味を示している。

「そうでしょうか。」

京子の方は、この話題には興味が無い。

「化学繊維ですわよね?」

聞き様によっては、かなり礼を欠いた質問であったかも知れない。

「いえ、全て秋津州産の絹ですわ。」

「えっ、百パーセントですか。」

「はい。」

「実にエクセレントです。」

その光沢と言い手触りと言い、或いは優雅なドレープ性と言い、いずれをとっても超優良であると言う。

それはそうだ、ただの絹ではない。

「・・・・。」

「是非サンプルが欲しいです。」

早速ビジネスの種を発見したようだ。

「でも、これはビジネスには成りにくいわよ。」

「均一性とか量産性に問題でも・・・・。」

「それは問題ないけど、一切科学的な加工はしてませんから市場性は・・・・。」

コーティング等の加工を施していない本来の絹製品は、その取り扱いが難しい。

直射日光や摩擦にも弱く、雑に扱えば直ぐに変色したり毛羽立ったりしてしまう上、水気にも弱く、ちょっとした雨に濡れただけでも後始末がこれまた大変なのである。

「でも、お国の生産コストには競争力があるのでは無いでしょうか。」

「良くご存知でいらっしゃいますこと。」

確かに、マザーの生産ラインは、全てにわたって非常な低コストを実現している。

「でしたら、充分商品価値があると思いますが。」

「わかりました。のちほどサンプルを用意させて頂きますわ。」

京子としては、一刻も早く話題を変えたいだけなのだ。

「ありがとうございます。」


国王と京子の間の特殊な通信。

王は四階にある公的執務室にいるが、たった今、開拓工事の現地から戻ったばかりだ。

「陛下、おかえりなさいませ。」

「うむ。」

「ミス・コーギルをお連れしたいと存じますが。」

「うむ。」

「それでは、早速に。」

この音声を伴わない特殊な通信は、当然、目の前のダイアンやタイラーの耳には一切届くことは無い。

「只今、陛下がお戻りでございますわ。」

ダイアンにとって京子の物言いは唐突そのものであり、国王の帰館の気配など何一つ感じ取ることは出来ない。

「えっ、はい。」

きょとんとするばかりだ。

「それでは、早速お目にかかることにしましょうか。」

「はいっ。」

大成功だ。

娘自身、思わず胸の高鳴りを抑えきれずにいる。

少なくとも、今日お会い出来るとは思っても見なかったのだが、それこそが今回の入国の目的であり、とにかくターゲットに直接対面出来さえすれば、あとはかなりの部分、こちらのペースでことを運んでいける自信がある。

国王といえども男であることに変わりは無く、それも、未だ二十歳前の若さだと聞く。

自分ほどの者に好意を持たない筈は無いのである。

仲介者としての役割を終えたタイラーをその場に残し、エレベーターで四階に降り、しとやかに歩む侍女たちとともに長い回廊に足を踏み入れたが、国王の公的なスペースと聞くこの四階でさえ一人の衛兵の姿も見ることは無く、ただただ、ひっそりと静まり返っている。

秋元女史に従い、真紅の絨毯を踏み長い回廊を通り抜け、無人の次室らしいスペースを通過して、ついに目指す執務室とやらに入ったようだ。

接見の場としては、多少不向きではないかとも感じられたその部屋には、突き当りに見るからに無骨な執務机があり、そこから今、一人の若者がのっそりと立ち上がるのを目にした。

護衛官と思しき軍服姿の男性が長剣を吊り、謹直そのものの姿勢で、ただ一人侍しており、続いて入室した侍女たちは揃って壁際に立ち、すかさず主命を待ち受ける態勢をとったようだ。

多少の緊張感を覚えながら、導かれるままに部屋の半ばまで進むと、軍装をつけた若者もゆったりとした歩調で歩み寄ってくる。

頑丈そうな編み上げタイプの軍靴が、くるぶしの上部までをがっしりと覆っているのを見るにつけ、この若者がまだ戦闘中の国軍の総帥であったことに改めて思い至った。

くどいようだが、当の秋津州は未だ戦争中なのだ。

講和作業が一切なされないままの敵国がいまだに存在しており、国王はその敵国領土に圧倒的な大軍を派遣して、その抵抗を完全に封じたまま依然状況が膠着していると聞くが、目の前の若者がその総指揮を執っていることに、一片の疑いも差し挟む余地は無いのである。

「陛下、ミス・コーギルをご案内申し上げました。」

傍らから京子の紹介を受けると、日焼けした顔に柔らかな笑みを湛えながら若者が握手を求めてきた。

「ダイアン・コーギルと申します。」

「秋津州へようこそ。」

野太い声が応じて来た。

「お目にかかれて、とても光栄でございます。」

儀礼的な挨拶を交わしながら握った手は思ったより柔らかく、見返すとこちらよりも幾分高い位置に相手の目があり、アジア系としては頭抜けた長身だと言う事前の情報を裏付けていた。

彫りの深いその顔立ちは、端正であると言えなくもない。

鉈で断ち割ったような鋭い線を描いている頬、がっしりと意思の強さを感じさせる顎、そこには今朝も剃ったであろう剃り跡が既にかなりの影を見せ始めており、太い眉の下の黒々とした瞳が炯々として胸の奥まで射抜かれるようであった。

事前に幾たびも見ていた報道映像のそれよりも、今目の前で見る実像は、なお一段と男らしさを感じさせるものであったのだ。

「それでは失礼する。」

次は椅子を勧められるものとの身勝手な予想が見事に裏切られ、若者はあっさりと背を向けてしまった。

招き入れた訪客に対して、明らかに非礼な行為であったろう。

せめて退室を見送ってくれるくらいのことは期待していたものを、部屋のあるじは執務机に戻り書類に目を通し始めたのである。

もう、接見は済ませたのだからさっさと引き取れと言わんばかりで、全く取り付く島も無い冷然たる態度であって、娘にして見れば何が起きたのか理解することが出来ず、一瞬呆然としてしまったのも無理は無い。

気を取り直して秋元女史の方に目で救いを求めて見たが、彼女はかすかに首を振るばかりで、その目は哀れみを浮かべているようにさえ感じてしまった。

王と京子の間の特殊な通信

「陛下。」

「うむ。」

「しばらく、ご歓談なさればよろしゅうございますのに。」

「早く書類を片付けて、一風呂浴びたい。」

「では、ご入浴ののちに?」

入浴を済ませてから、改めて招こうと言うのか。

「うむ、新田の部屋で酒だ。」

一刻も早く新田源一と酒を酌み交わしたいと言う。

「かしこまりました。」

もう、仕方が無い。

若者にはダイアンに対する特別な興味など少しも湧いて来ないらしく、こればかりはさしもの京子にもどうすることも出来ない。

それに秋津州の王としては、しきりに接見を願ってやまない一民間人に単に接見を許しただけのことであって、それ以上の気遣いをしなければならない理由など無いと考えているらしい。

現に接見を願って来る外国人は山ほどにあり、この娘にしても、伝(つて)を頼りに押しかけて来た一アメリカ人と言うだけの存在であった。

ましてこの娘は、大コーギルの後継者として、おのれに都合の良いビジネスパートナーを探しているに過ぎず、若者にしてみれば、「そんなものいくら探し歩いても、この秋津州には落ちていないよ。」とでも言いたいところだったのだろう。

結局、京子の身勝手な作戦は、又しても失敗に終わってしまったことになる。


京子に見送られ、全く為すすべも無く退出する羽目になった娘は、当初こそ非常な落胆を覚えたが直ぐに猛然と腹が立って来た。

そしてそれは、自分でも驚くほど激しい昂ぶりだったのだ。

それこそ目も眩むほどの怒りの中で、つい今しがたの屈辱的な光景が甦ってくる。

その光景の中で、あの憎い男はこの私を見事に無視した。

これほどの天賦の美貌を、ろくに見ようともせず、目の前のこの私をあの男は冷然と見捨てたのである。

女として、これ程屈辱的な扱いなど受けたことも無い。

こんなバカなことはありよう筈も無く、又あってはならないことなのだ。

身勝手と言われようが何と言われようが、過大な自尊心が粉々に砕け散ってしまったのは確かであり、こうとなれば、あの男を自分の足元にひれ伏させてやらなければとても気がすまない。

例え、どんな手段を使ってでも振り向かせて見せる。

絶対に、一度はあの男を私の虜にして周りに見せ付けてやる。

あの傲慢な男の心を引き付けるだけ引き付けて置いて、今度はこっちから、思い切り冷たく突き放して泣きっ面をかかせてやる。

そうしてやらなければ、こっちの気が収まらないのだ。

まあ、あの男が完全にこっちを向いてくれれば、ちょっとぐらいは優しくしてやっても良いけど。

でも、こっちとしては、あんな男など好きでも何でもないのだ。

あんな高慢で無礼な男など、この私が本気で好きになるなど有る筈が無い。

一国の王であることを除けば、あの程度の男などいくらでもいるじゃないか。

などととつおいつしながら、自分の周囲にいる男達の顔を脳裏に思い浮かべて見るのだが、浮かんでくるのは逞しく日焼けしたあの男の顔ばかりだ。

その顔が又、癪に障るほど余裕の笑みを浮かべているのである。

全く、何て無礼なヤツなんだろう。

それも、未だたったの十九歳だと言うではないか。

未だ子供じゃないか。

いや、ひょっとしたら本当の意味で私を無視したのでは無いかも知れない。

わざと無視する振りをして、こっちの気を引こうとしているのかも知れないのだ。

だとすれば、何てずるい男なんだろう。

許せない。

それに、あの三人の侍女たちも曲者だ。

ひょっとして、あの中にあの男の恋人がいるとでも言うのかしら。

そうなるとその娘の手前、心ならずも、あんな態度をとらざるを得なかったのかもしれない。

いや、きっとそうに違いない。

そうでなければ、この私にあんな態度を取れる訳が無い。

たしかにあの三人の侍女たちは、私ほどではないにせよ、揃いも揃って美しく、ノーブルと言って良いほど典雅な立ち居振る舞いを見せていた。

あの男の恋人は、あの三人のうちの「どの娘(こ)」なのかしら。

タイラーやNBSからの情報によれば、王はマーベラとか言うかっての恋人をいまだに追慕していて、それこそ新しい恋人などは考えられない筈だと言う。

どういうわけか、私がそのマーベラに面差しが似ているとも聞いた。

冗談じゃない、私はダイアン・コーギルよ。

マーベラだか何だか知らないが、そんなモノの代役なんかであって堪るもんですか。

考えれば考えるほど、腹が立ってくる。

ついには、側近の者たちにまで当り散らしてしまっている自分を発見して、自己嫌悪に陥ってしまっている自分にも又腹が立つ。


一夜明けて、何とも言えず味気ない想いを連れて朝が来た。

思えば、昨日までの自分は、何でも持って満たされていた。

欲しい物は、何でも手に入れることが出来ていた筈だったのである。

ところが、今朝の自分はどうだ。

全く満ち足りてはいない。

まるで、何一つ持っていないような気分なのだ。

専用のジェット機や飛行場でさえも、それこそ莫大な経費を負担しながら所有してはいる。

自分の側近やシンクタンクにかける費用だけでも、年間数億ドルは下らない筈だが、それらのものも今は全く色褪せてしまっている。

そんなものに一体どれだけの価値があると言うのだ。

自分の本当に欲しいのは、傲慢極まりないあの男なのだ。

とにかく、どんな犠牲を払ってでもあの男が欲しい。

今となっては、大コーギルの絢爛たる巨城ですら砂上の楼閣に過ぎず、例えどんなに豪華に飾り立ててみたところで、一番欲しいものは決してその中には含まれていないのだ。

しかも、あの男の富は流動資産だけで数兆ドルとも言われ、その上所有する地下資源に至っては、ほとんど無尽蔵と言う評価を下す者までいるのである。

つまりはあの男は、コーギル程度の富になど、特別の魅力を感じることの無い種類の人間だったのだ。

逆にあの男の出方一つで、こちらの方が大打撃を蒙る可能性があるほどで、仮にあの男が、他の穀物メジャーのいずれかと手を結ぶようなことにでもなれば、たったそれだけのことでコーギルのプレゼンスは一気に凋落してしまう。

いや、あの男のことだ、特定の相手と手を組むとは考え難い。

全て単独でマーケットの主導権を握り、なおかつ力技を用いて、派手に振り回せるだけの出荷能力と出荷情報とを占有している男だ。

強引な出荷調整を恣意的に行えるフリーハンドを持っている以上、わざわざ、その手の動きを封じてしまうような提携などする筈が無いのである。

例のユーラシア方面への穀類の放出実績は、マーケットを震撼させるほど膨大であったことが知れ渡っており、あの男がマーケットに与える影響力の巨大さは疑うべくも無いからだ。

問題は、その物量だけでは無い。

真に恐るべきは、その作付けや作柄についての情報が、一切掴めないことなのだ。

今までも散々苦心して来たけれど、これに関するデータが洩れて来たことは一度も無く、あの男の側近からの情報収集も絶望的であり、官僚や国民議会の関係者にいたっては、肝心の情報を知らされてもいない気配だし、日本人である新田源一は外交に関する一次情報を握ってはいても、荘園の産品に関しては極端に弱そうだ。

残る大物は、例の秋元女史を含めた五人姉妹だが、これもさまざまの手立てを用いてアタックさせてみたが、この姉妹には信じられないほど虚栄心や我欲が感じられず、カネは勿論、ハリウッドの美男スターを紹介しようとしても全く興味を示さない。

もっとも、彼女たちはとうに充分豊かな資産を持っており、それに見合うだけの堂々たる納税実績もある上、彼女たちの富の源泉も又多様な秋津州産品だ。

その秋津州産品を握っている者こそあの男であり、要するに、全てあの男次第だと言うことになってしまう。

この意味一つとっても、あの男は既に傲然たる姿で市場に君臨してしまっており、穀物、石油、鉄鋼、各種非鉄金属等々どれをとっても、決してその例外では有り得ない。

一方で、世界に覇を唱え得るほどの強大な軍事力を持ち、おまけに誰にも真似の出来ない高度な科学技術まで持っており、その上、その情報収集能力もずば抜けているようで、既存の技術とは一線を画す独自の通信手段まで持っているらしい。

盗聴や妨害工作を受けることの無い、独自の通信手段を持つと言う事は、このこと一つとっても世界を制するほどの威力を秘めている筈だ。

つまり、私が欲しがっているあの男とは、こういう男だったのだ。

ふいに、あの底光りする目が心に浮かんでくる。

今にして思えば、あの目はこちらの意図など全て見通していたに違いない。

私がコーギル社の後継者として、ひたすらビジネス追及の一手段としてアプローチを図ったことも、当然全て見抜いた上でのあの対応だったのだ。

あの男から見て、コーギル程度の存在は大した脅威にもならない筈で、結局あの男は、このあたしには単に興味が無いだけの話なのかも知れない。

あたしのことなど道端に転がっている、ただの石くれにしか見えないのだ。

そう思った途端、言い知れぬ淋しさが込み上げてきて、胸の奥のほうで、ひゅうひゅうと風が泣き始める。

瞼の裏が熱くなり、自分こそ世界一可哀そうな女であるような気さえしてきて、一旦溢れてきた涙はもう止められなかった。

枕を顔に押し当て、わらべのように声を上げて慟哭してしまっていた。

泣くと言う行為が、益々強い寂寥感を連れて来て、何故かしら心地良く感じたことも確かだ。

嗚咽しながら想うのは、ただあの男のことばかりで、想えば想うほど自分が嫌われているように思えてしまう。

あの男の冷たい目は、確かにこのあたしを拒んでいた。

あたしがこんなに想っているのに、あの男はあたしのことが嫌いなんだ。

絶対そうに違いない。

もう駄目だ。

ひたすら哀しい。

もう死んでしまいたい。

あとからあとから自分でも呆れるくらいに涙が吹き出てきて、辛かった筈の想いが、いつの間にか甘美なものに変わってしまっていることに気付いた頃、やっと涙が止まってくれた。

泣きはらした目を見開き、呆然と天井を見上げながら、じっと自分自身の心を見つめ直してみる。

そこにしんと静まっている心が、改めて自分にとって一番大切なものをしっかりと見極めるよう命じていた。

いまさら、何を言ってるんだろう。

そんなこと、最初から決まってるじゃないの。

そこに不思議なほど迷いは無く、胸の中にあの顔を思い描くことが出来ていることがとても誇らしく思えてくる。

例え、あの男の妻になることは出来なくても、それはそれでいいのだ。

一生片思いのままでも、きっとこの想いが変わることは無いと思えて来て、もう自分自身の胸の中では、あの男が夫としての姿で、ゆったりと座っていてくれることが限りなく嬉しい。

そして、胸の中の夫が今何を望んでいるのか、その夫の望みを叶えることに手を貸すことこそが、即ち自分自身の歓びでもあることに気付かされていたのである。

あたしの夫たるべき人は、世界に誇れる人なのだと大声で叫びたいほどだ。

自分の今までの人生で、異性に対してこれほど強い想いを感じたことなど一度も無い。

とにかく、只の一度も本気で異性を異性として愛したことなど無かったのだ。

それがどうだろう。

今朝の自分は、昨日までの自分とは明らかに違うと感じることが出来ている。

男と言う男は、全てこの美貌と財力の前に膝を屈する者であると言う驕りは、胸の中からあっさりと姿を消してしまっていた。

事実、こちらから積極的なアプローチをかけてみても、嬉しそうな顔一つしない男に出会ってしまったのだ。

胸の中のその男の顔と向き合って、まるで少女のように語りかけてみる。

「陛下、お早うございます。」

胸の中の男らしい顔が、無言のまま、にっと微笑んでくれて、もう、それだけで満ち足りてしまっている自分がいじらしくもある。

自分自身が十歳近くも若返ってしまったような感覚がさっきからずっと続いていて、半分は未だ夢の中にいるのかも知れない。

その時、ノックの音が響き、ふいに現実に引き戻された。

「はい。」

時間から見てメアリーに違いない。

「おはようございます。」

にこやかに入ってきたのは、案の定メアリーだった。

彼女は母の女優時代からのアシスタントであり、四十六歳になった今もダイアンの最も身近にいてくれる、言わば母代わりと言って良い存在なのだ。

本人は子供を持てなかったためもあってか、ダイアンに注ぐ愛情はそれこそ実の母親のそれと少しも変わらない。

それに、ダイアンにとって何でも言える相手でもあった。

「きょうは、誰とも会いたくないわ。」

「はいはい、わかりました。」

メアリーは、我がまま娘の泣きはらした目をちらりと見て、軽く受け流している。

「ほんとよ。」

「はいはい、とりあえず、シャワー浴びてらっしゃいな。」

「はーい。」

我がまま娘も、メアリーにかかってはまるで子ども扱いだ。

シャワーを浴びて、さっぱりした気分で軽い朝食をとる。

メアリーは、大切な娘に何かしらの異変が生じつつあることを十分に察しているくせに、何も尋ねようとはしない。

「お父様には内緒よ。」

敢えて、こちらから口火を切ってみる。

「・・・。」

わかってるわよ、とでも言いたげにその目が笑っていた。

「何があったのか、どうして聞かないのよ。」

「昨晩お帰りの時は、かなり苛立ってらしたわね。」

「うん。」

「そして、今朝はべそをかいていらっしゃる。」

「それで?」

「昨日は何か、とても悔しいことがおありだったのね。」

「それから?」

「そして、今はとても嬉しそう。」

「ふふふ。」

「とても悔しくて、そして嬉しいことって・・・。」

メアリーも楽しそうに相手をしてくれている。

「言っちゃおうかな。」

我がまま娘も楽しそうだ。

「聞いちゃいますよ。」

「決めたのよ。」

「はい?」

「結婚。」

「はあ?」

「結婚を決めたって言ってんの。」

「それはそれは、おめでとうございます。」

「驚かないの?」

驚いてくれないのが、多いに不満なのだ。

「お相手の方は?」

「わからないの?」

「うーん、わかりませんねぇ。」

「意地悪っ、わかってるくせに。」

我がまま娘は、言葉遊びを楽しんでいる。

「でも、一度しかお会いしてない筈ですわよね。」

「ほらぁ、やっぱりわかってんじゃない。」

「初めて会ったばかりでプロポーズなさるなんて、陛下も・・・。」

「あら、プロポーズなんてされてないわよ。」

「じゃ、こちらからなさったの?」

「いいえ、あたしが勝手に決めてしまいましたの。」

我がまま娘は、メアリーには何でも言えてしまうのである。

「じゃぁ、これから苦労なさるわねえ。」

「うん、わかってる。」

「陛下は、どう仰ってらっしゃるのかしら?」

「何も。」

「何もって?」

「だから、何も仰ってませんっ。それどころか、嫌われちゃったみたい。」

「あら、まあ。」

「でも、いいの。もう決めちゃったから。」

「では、何か作戦を考えなければなりませんわね。」

可愛くて仕方の無い我がまま娘が、二十三にもなって、それこそ生まれて初めて恋に目覚めたのである。

それも、どうやら本気のようなのだ。

母親代わりとしては、何としてでも、その恋を成就させてやりたいと思うのが自然の情であろう。

まして、その相手たるや、自分の目にさえ実に男らしく清々しいものに写るのだ。

その上、いまや合衆国大統領をさえ凌ぐ「力」を持つと評されている。

まして、国王に選挙など無用であり、超独裁とは言いながらこの国にクーデターの起きる気配は無いと言う。

ますます、お相手として不足は無いのである。

コーカソイドでないと言うところだけが、ちょっぴり減点ではあるが、総合点では文句の付けようが無い。

また、往々にして異民族間の婚姻の障害となることの多い「宗教」に関しては、あまり心配は無さそうだ。

コーギル家は一応、代々「プロテスタント」の家筋ではあるが、その宗教的慣習の実態も、近年かなり形骸化してしまっている上、コーギル家の交際範囲は途方も無く広く、その中には多様な宗教観を持った多様な人々が存在する。

それらの人々との間で、良好な人間関係を構築することが余程優先されるべきことであり、固有の宗教的戒律やそれに伴う風俗習慣の違いに拘泥する考えは、大幅に希薄になってきているのだ。

一方の秋津州王家は、今まであまり大きな話題になってはいないが、間違いなく「神道」の家筋だと思われる。

王家の家祖自体が秋津州神社に祀られているご神体だとも聞いており、国王が改宗することなど、まず有り得ないと考えるのが自然だろう。

その両者の婚姻となれば、どちらかが改宗するのが自然だろうが、その場合、ダイアンの方が譲歩しさえすれば、全てが円満に運ぶこともはっきりしている。

メアリーとしても、精一杯集めた少量の予備知識を総動員して思案せざるを得ないのだが、その思案の中身がどの程度の現実感を伴っていたかは疑問だ。

当の我がまま娘は、複数のシークレットサービスを引き連れて、たった今、颯爽とジョギングに飛び出して行ってしまったが、こののちのメアリーは俄然秋元女史に接近を図り、そのか細いパイプの強化に努めることになる。

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  1. 2005/11/03(木) 06:18:38|
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自立国家の建設 031

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さて、国内の整備に一応の目処を立てた若者は、タイラーを通じて、NBS関連の犠牲者の墓参りのため訪米の意思のあることを伝えた。

無論それは、かねてより米国自身が望んでいたことであり、米国側に否やのあろう筈が無いが、若者の希望は、その目的を墓参に限っている。

大仰な接遇も米国側要人との会見も全て排除するものであったが、一方の米国側にとっては、如何にして大統領選挙の追い風となし得るかが最大の焦点となりつつあり、とにもかくにも、双方の目的が全く異なっていたことだけは確かだろう。

やがて、わずかな調整期間を経ただけで、若者の二度目の訪米日程が定まり、墓参の為に各地を回ることになった。

タイラー自身も属僚一名を連れて国王に同行し、あとは専任の乗務員が二体搭乗していただけであり、結局一行のうちの「秋津州人」は前回と同様国王一人と言うことになる。

例の専用機は最近になって多少なりとも改善され、以前とは比較にならないほどの居住性を具えるようになっていたことは、タイラーにとっても幸いではあったろうが、かと言ってその行程は尋常なものではない。

軍装の国王は、各地で相当数の人々による大歓迎の中、広大な米国各地を飛び回り、過酷な行程を消化して帰国することになるのだが、米国側が必死になってセットしようとした大統領との直接会談は、頑なな王の意思に阻まれついに実現するに至らなかったのである。

大統領は、王の旅程に沿って自らのスケジュールを大幅に変えてまで、必死にその跡を追ったのだが、ついに疾風のような動きには対応することを得ず、敢え無く臍(ほぞ)を噛んだことが報じられた。

何しろ、一箇所の墓参を終えると、国王専用機は見送る群集の目前で一瞬で消滅し、次の瞬間には数百キロも離れた別の目的地に現れるのである。

その目的地には、おおよその到着時刻が前以て伝えられているため、かなり前から遺族は勿論、州知事やら市長やらメディアや群集まで集まっている。

そして、待ち受ける者たちの心構えさえ整わぬ内に、王は唐突にやってきてしまう。

専用機自体全く着地しないケースが多く、その場合地上に降りるのは国王一人だけだ。

それこそ、地上十数メートルに浮かんだ機体の乗降口で一旦その姿を見せたあと、国王だけが一瞬で地上に移動してくる。

地上ではほとんど無言のまま墓前に佇立し、刀の礼を以って哀悼の誠を捧げ、かつ心から詫びてもいる。

口にこそ出さないが、若者はこの者たちの死に対して今も自責の念を持ち続けているのだ。

本来死ななくて良かった筈の人々を、自分の読み違いによって死なせてしまったと言う点においての自責なのである。

若者の胸中には、この者たちを積極的に見殺しにした米当局の姿が大きく影を落としており、その最高責任者たる大統領になど会いたくも無い。

米国を訪問して、その大統領との会談を望まない国家元首など絶無だろうが、若者はその申し入れを蹴ってしまったことになる。

その理由も単に「多忙である。」と言う、見ようによっては考えられないほど非礼なもので、一部のメディアには、それを問題視する向きも無かったわけではないが、大統領との会見の好機を捨ててまで墓参を優先する若者の心の在りかを、逆に好意的に評価するメディアの方がはるかに上回っていたのである。

結局若者の意思は、秋津州で尊い命を散らしてしまった人々の霊を慰めることだけに集中していたことが、益々強く浮き彫りになっていき、米国大衆の評価を高める効果は決して小さいものではなかった。

特に亡きマーベラの墓前において、刀の礼を以って佇立する国王の目に光るものがあったとして、大いに大衆を煽る風潮がメディア側に存在し、ここでも又、若者は大きく得点を稼いでしまったことにはなるのだろう。

ときにとって国王の侍従と米当局担当者と言う困難な役回りを進んで担うことになったタイラーの気苦労も又、相当なものであったに違いない。

確かに、この大統領特別補佐官は疲れ果ててしまったが、その疲れを癒してくれる土産は、帰路にあたり同乗を許された数人の属僚たちであったかも知れない。

無論、国王の訪米は世界中に大きな話題を提供し、秋津州のプレゼンスが前回とは比べようも無いほど重くなってきていることが、各メディアの論調からも一層際立っていた筈だ。

その象徴的な事柄として、必死に会いたがったのは、つい先日まで世界の王として振舞っていたあの大統領閣下であって、決して若者の方では無いことが大いに喧伝されるに至ったのである。

この話題は、中でもフランス辺りの一流紙と呼ばれるものの紙面を賑わせ、その部数を大いに伸ばしているようだ。

しかし、帰国後NBSのインタビューに応えた王自身のコメントは極めて抑制的なもので、自分の意図するところは、領土内で不慮の死を遂げた者たちの霊を慰めることに有り、全く他意はないことを強く滲ませたものであったのだが、王のスタンスが抑制的なものであればあるほど、メディアの大多数が、益々王に好意的な論陣を張り続けることになってしまうだけの話なのだ。


一方メアリーは、秋津州王家と思わぬ急接近を果たすことに成功していた。

尤も、王家とは言っても、この場合その実質的な窓口となる秋元女史のことだ。

メアリーからの最初の面会の申し入れは、充分に礼を尽くした丁重過ぎるほど丁重なものではあったが、それに対し意外なほど積極的な反応が返ってきて、かえって彼女自身を驚かせることになったのだ。

結局、二人の目的が奇妙に一致していることが明らかとなり、その後頻繁に連絡を取り合うことにより、ますます連携を深めて行ったのである。

その結果娘は、王の朝食に度々招きを受けるようになり、回を重ねるごとに若い二人の親密度も多少は深まっては行ったが、ダイアン当人にしてみれば想いは複雑だったと言って良い。

国王の心のありかが掴めない。

特別に嫌われていないことだけは感じ取れるようになったとは言いながら、相変わらず若者の態度に特段の変化は見られず、あくまで秋元女史の薦める賓客との会食を、ごく自然に楽しんでいるとしか思えないのである。

彼女にとっての剣の師がれっきとした日本人であり、その影響を強く受けたこともあって、かつてタイラーを辟易させた王のメニューも充分許容出来るものだった筈で、最初の招きを受けた際、彼女がおいしそうに納豆ご飯を食べているさまは、かなり若者の興味を引いたものらしく、思いのほかに話が弾み、たかだかその程度の出来事が、二人の間の垣根を取り除くことに少しは役に立ったと言えなくもないが、招きを受けるのは朝食ばかりで、密かに期待した豪華な晩餐会とか華麗な夜会とかは、開かれたこともないのだと言う。

まさか、朝から着飾って出かけるわけにもいかず、ふんだんに持ち込んだ豪華絢爛たる夜会服も、それに見合った豪奢な装身具も身に着けるチャンスはまるで無いのだ。

女性として、この点にだけは一抹の物足らなさを感じないでは無いが、既に激しい恋心を抱いてしまった娘にとって、若者はその胸の中で益々理想の男性像となって行き、最早他の男など全く目に入らない。

だが、肝心の相手は、相変わらず自分を友人としてしか認めてくれそうに無いのである。

恋する乙女の心情は無論尋常なものではない。

近頃の彼女にとって、最大の懸念は、やはり常に若者の身辺に侍る三人の侍女の存在だ。

この三人は、常に夜会服に準ずるような出で立ちをして、極めて優雅な挙措を持ち、ダイアンの目から見てさえ素晴らしい魅力に溢れている。

そのそれぞれが当初から、NBSの男性クルーたちの間に熱烈なファンを持ち、彼らは機会あるごとに美しい天使たちに接近を試みようとするが、首尾よくデートにまで漕ぎ着けた者は唯の一人もいないとされ、しかもデートの申し込みを断る理由も三人とも決まって同じなのだ。

自分たちは特別に選ばれた王の侍妾であり、そのことを第一の目的としてはるばる「荘園」から来たと主張し、それも自らすすんで申し出た結果、大勢の中から特に選抜されてきたのだと言う。

と言うことは、荘園には選に漏れて涙を飲んでいる娘たちが、まだ大勢残っていると言うことになるではないか。

ダイアンにとって、こういった風聞が気にならないわけがない。

ただ、秋元女史からメアリーを通して伝わってくる好意的な諸情報によれば、王と三人の侍女たちとの間には、いまだに男女の関係はないと言う。

そうは言っても、この事実上のライバルたちの存在はどうしても気になる。

若者と顔を合わすたびに、必死になって女の勘を働かせて見るのだが、無論その程度のことでは何一つ掴めず、若者から何かを命じられた際の彼女たちの目の動きや、その仕草の一つひとつにまでついつい鋭い視線を走らせてしまうほどである。

若者との間に何かが有れば、必ず何かしら違った反応が見られる筈だと思うのだが、それらしいものは何一つ感じ取ることは出来ず、とにかく、若者の視線一つとってもその行方が気になって仕方が無いのだ。

若者が彼女たちの一人に、たまたまその視線を止めたりするのを見る時など、もうそれだけでその心情をあれこれ忖度し胸の中で小さな嵐が吹き荒れてしまい、もうこうなったら、この三人には全部荘園に帰ってくれないかしら、とまで思ってしまうほどなのである。

ただ、一つだけ救いになっていることは、私に対する侍女たちの接遇態度だ。

彼女たちは、常にダイアンを王の賓客として丁重に遇し、軽んずるような態度など毛筋ほども見せたことは無く、それも、とても見せ掛けだけのものとは思えないのだが、ことあの方に関することとなると、ほんのわずかな出来事にもついつい敏感に反応してしまい、気になって気になって仕方が無い。

あの方に出会う前は泣くことなど滅多になかった筈なのに、最近では、気が付けばしょっちゅう涙ぐんでる自分がそこにいる。

このままでは、自分が変になりそうな気さえしてくるほどだ。


このころ、秋津州内務省からある資金団体の設立に関する発表がなされ、又しても世界の耳目を集めることとなった。

それは秋津州財団の名称を冠せられたものであり、その総裁は秋津州国王、又その資金を拠出するのも国王その人だとされた。

既に行われた初期の拠出額は、米ドル換算で二兆ドルと言う巨額であり、二年以内でその倍額の拠出を予定しているとされた上、明言こそされてはいないが、中長期的には二十兆ドルを超える拠出をも視野に入れた雄大な構想であるらしい。

その設立にあたっての趣旨は、大きく分けて二つあった。

先ず第一に、全世界に向けた「奨学金」制度の構想だ。

この世界には、いまだに内戦や対外紛争が収まらず、動乱のさなかにある地域が多数存在していることが、この構想の土台にあるのだと言う。

多くの日本人は意識すらしていないが、現在でも各国の発行する世界地図の中では、各地の国境線が必ずしも同一では無い。

実際には、驚くほど多くの違いが存在しているのである。

詰まり、一つの領土領域を、複数の国家が互いにその領有を主張しあっているのが現実なのだ。

中には、大国が一応国家として認めてはいても、その小国の主権の一部を認めようとしないケースも数多く存在する。

特に、白人列強のエゴによって、不自然な形で形成せざるを得なかった国家が抱える問題は、まことに深刻なものと言わざるを得ない。

そのような国家は、本来の地域住民の意思とはほとんど無関係に成立させられた経緯を持ち、中にはその住民自体が白人列強の手によって、恣意的に移住させられてきた例まで存在する。

そういった地域では、もともとのそれこそ太古の昔からの住民と、二十世紀後半になってから恣意的に送り込まれてきた者たちでは、風俗習慣はもとより、さまざまな点で違いが出てくるのも当然だ。

自然、互いの主張の喰い違いがさまざまな軋轢を生み、血で血を洗う凄惨な民族紛争にまで発展してしまう例が多い。

そして、その殆どの領域が白人列強のビジネスの場となってしまう。

彼等白人たちは、往々にして血みどろの争いのタネを撒き散らしておいて、一旦都合が悪くなると逃げ帰ってしまうことを得意とし、そのあとには、彼等が蒔き散らしたタネが巨大な毒草となってはびこることになるが、その毒草は今や世界中に根を張ってしまい、駆除に要するコストは際限も無いものになった。

殊にアフリカ大陸には膨大な毒草のタネが蒔かれ、それを蒔いた犯人は、紛れも無く大英帝国を始めとする欧州白人国家群だ。

その結果、アフリカ大陸などにおいては今も大量の血が流れ、多くの餓死者まで生んでいるが、そのことを人道的見地から取り上げ、さも自然現象ででもあるかのように装い、盛んに日本に援助させようとする動きが目立つ。

だが、それらは断じて自然現象などでは無いのである。

アフリカの子供たちの哀れな映像を見せられる度に、日本人の憐憫の情は限りなくかきたてられ、人道支援の大合唱が聞こえてくるが、盛んにタネ蒔きに精を出した筈の連中が、一粒のタネも蒔かなかったこの日本に、図々しくも集中的にその費用を負担させようとしているに過ぎない。

お人よしの日本が拠出するカネは、大英帝国さまがアフリカの各地で売りさばく武器の対価として支払われ、その武器によってまたまた大量の血が流されることになる。

白人列強の恣意的な行為によって発生した動乱は、いちいち枚挙にいとまが無いほどで、それら動乱の火の手はいまだ消え去る気配は全く無い。

今現在もなお、世界各地で動乱が続いているのである。

ちなみに、今次秋津州で行われた「いくさ」においても、十二歳以上の健常な男子は悉く剣をとって戦ったが、今も動乱の真っ只中にある諸地域では、八歳、九歳の男子ですら銃をとって戦うことは珍しいことでは無いのだ。

今回打ち出された奨学金制度は、こういった動乱や貧困のゆえに、勉学の道を閉ざされている若人たちをその対象とし、それを支援するためのものだと言う。

人種や国籍などには一切囚われずに審査を行い、鬱勃たる向学心の持ち主であることのみを以て受給資格とする。

特に、混乱している多くの途上国の人々に、教育を受ける機会を提供することによって、その人たちが自らの意思を以て自らの国家の主権を回復し、自ら主体的に国家を運営していけるまでに成長することを目指しているのだと言う。

第二の趣旨は、地球規模で進行しつつある環境汚染を憂い、その対策を講ずることにある。

そのための調査研究を使命とする機関として、秋津州研究所と言うものを持ち、財団のシンクタンクとして形成し、荘園から搬入される膨大な秋津州の諸産品が、地球環境に与える負の影響について、優先的に調査研究すべしとする王の意思が示されたと言う。

結局穀類は最終的には二酸化炭素と水に転化するものであり、他の天体で生育した穀類を地球に持ち込むと言うことは、結局のところ、二酸化炭素と水を持ち込むことと同じことになってしまう。

地球上で生育する穀類はその光合成の過程で、地球上の二酸化炭素と水を取り込みながら成長していくものであって、それは即ち、地球上の自然環境の中だけで全てが循環していることを意味しており、仮に地球上で穀類の大規模な増産を行ったとしても、地球上の循環構造の中の総体的なバランスは保たれるが、荘園から持ち込まれた穀類は、その分だけ二酸化炭素と水を確実に増加させてしまうため、少なくともその分だけは、地球外に搬出してやる必要があるだろう。

殊に、二酸化炭素の増加が地球環境に与える影響は重大で、その地球外への搬出作業には膨大なコストを覚悟してかからなければならず、秋津州研究所は、地球温暖化に関わるさまざまな温室効果ガスに関する調査研究を行い、財団はその提言に基づき適正な搬出作業を図ることになると言う。

国王の手によって、既に大気中の二酸化炭素やフロンガスの回収作業が大規模に始められており、最終的には地球の大気を産業革命以前の状態に戻すことを、最大の目標として掲げていることも明らかにされた。

更には、現状の秋津州国と諸外国との間には、巨大な貿易不均衡と言う問題が存在する。

雑駁な言い方だが、秋津州は常に外国に物を売って稼ぐばかりで、相手国からはほんのわずかしか買わないのである。

その不均衡さは極めて一方的なもので、もはや暴力的でさえあると囁かれるに至っている。

ときあたかも大規模な紛争にもようやく収束の気配が見えてきた今、この貿易不均衡と言う問題が、巨大な火種となってくすぶり始めるのも時間の問題だとされており、ときにとって今次のプロジェクトにおいては、地球規模の教育問題と環境問題を解決するためと言う堂々たる大義名分を以って、この過大な貿易黒字が再び世界に向けて還元されていくことになるのである。

しかも、この重大発表が行われたその同じ日にも、開墾整備中の農地で真っ黒になって働く王の姿があったことも併せて報じられ、この話題はさまざまの意味で賛辞を浴びることになるのだ。

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  1. 2005/11/03(木) 07:22:43|
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自立国家の建設 032

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十一月の初頭、首都において長らく工事中であった、国内有数の建造物がついにその落成をみることになった。

例の、秋津州ビルである。

壮大な関連施設の中でも本館とされるこの建物の原型は、その他の多くの施設とともに天空から搬入されてきたもので、地上六十階、地下四階の威容を誇る。

秋津州商事の所有になるこの巨大建造物は、大容量の光ファイバーを多数引き込み、巧妙にパイピングが施されていて、つい先ごろまでの牧歌的な風景からはあまりにもかけ離れた、最先端のインテリジェントビルと呼べる機能を持ち合わせていたのである。

建物自体、一辺の長さが二百メートルもの正方形を形づくり、その内側には中庭としてのスペースもかなり大きく確保されている上、二十五万平方メートルにも及ぶその敷地は東京ドームの五倍強ほどの広さを持ち、二つの別館や近代的な医療施設、そして多くの緑地帯などが充分なゆとりを持って配されてもいる。

落成に伴う特別のセレモニーこそ行われなかったが、その完成が世界に与えた影響は決して小さいものでは無かった筈だ。

既に、据え付け工事のさなかからその賃借の申し込みが殺到していたからだ。

落成に伴い各国の政府機関などが先を争って入居を果たし、かなりの機材を搬入した模様で、中でも米国代表部の責任者トーマス・タイラーなどは、飛び抜けて広範なフロアを確保した上、先進的な機器を数多く取り揃え、その属僚にしても大幅な増員に成功していた。

実は、ワシントンでは新たな属僚たちの入国許可の可否が別して問題視されていたのである。

過去の微妙な経緯もあり、果たしてそれが順当に得られるものか密かに危惧されていたのだ。

また、日本政府の派出した駐在員も軽く二百名を超え、とりあえずその形式的な代表は外務副大臣が兼務と言う話になったが、これをしも実質的には新田源一が務めざるを得ないだろう。

これ等多くの入居者たちが例のSS六改で我先に入国を果たし、さまざまな機器を搬入するさまも騒がしく、その勢いから見て、年明け早々には、入居する代表部は軽く百五十を超えると囁かれたほどだ。

この現象は、秋津州により一層接近することを望み、そのための本格的な拠点を持ちたいと想う国々の多さを、端的に表していると言って良い。

このころには、国別TLD「.ak」や種々の「gTLD」のサーバーも整備され、複数のプロバイダーが秋津州商事の傘下で立ち上がってきている上、前以て用意されていた二十四の陸揚局の一部には、既に十八本もの海底ケーブルが到達しており、現在もまだ新たな海底ケーブルの増設中だ。

内陸部における情報通信に関するインフラは、海底ケーブルの敷設工事に先行する形で整備がなされており、これで国際電話回線はおろか、一般的なインターネット開通の要望にも充分応えられる態勢が整った。

多くの国の公的機関が秋津州に拠点を構え、それに伴って各国の秋津州詣でも一層活発化し、新田源一の多忙さに一段と拍車をかけることも目に見えている。

くどいようだが、公式、非公式を問わず国交樹立の申し入れが無数にあるにもかかわらず、秋津州はいずれの国家とも一切の条約を結ぼうとせず、継続的な効力のあるものに限っては、一片の外交文書すら他国に渡したことが無い。

米英仏辺りからは、国連への加盟についても繰り返し打診があったが、国王と新田の間では、その全てに対する謝絶の方針が貫かれていた。

公式の理由など無論明かされてはいないにせよ、二人が「国連」や「国際法」などと言う概念を否定的に見ていることは確かで、殊に若者は秋津州の王として、他国が勝手に定めている一切の法理に拘束されることを拒み、超然として孤高を持する覚悟を固めているとされる。

また、国際慣行にそぐわないことながら、一部の国からは、片務的に大使を派遣したい旨の申し入れまであったと言うが、若者はこれをも謝絶したと言われ、その国内には一切の治外法権を認めないとでも言いたいのだろう。

だが、それらの国々の希望も、実質的には叶えられているとする見方もあった。

秋津州ビルの中の各国の現地代表部が、実質的な大使館の機能を果たし得る環境が、既に立派に存在していると見られるからだ。

その意味では、秋津州ビルに百十カ国ほどの大使館が存在していることになり、今後益々増加していくことも目に見えており、条約など一つも結ばれていなくても、いまや秋津州は優に百十カ国以上と国交があることになり、特命全権大使としての信任状奉呈式こそ行われてはいないが、各国の駐在事務所の代表が、通常の大使以上に重い責務を負って活動していることは確かだろう。

この秋津州の首都は、既に華々しい外交の場となったのだ。

台湾共和国も又その財力を背景に堂々たる事務所を構え、相当規模の『外交団』を駐留させて積極果敢な動きを見せ始め、やがてその真意が目立って取り沙汰されるまでになった。

どうやら、チベット、東トリキスタン、モンゴル、ロシア、中国、韓国などに対して何らかの働きかけを行っていると言うが、これ等六カ国は、全て秋津州の支援によって救われたものばかりであり、一方の台湾はと言えば、今回の紛争を純軍事的には全く無傷のままでやり過ごしたことに加え、実質的な独立まで宣言することに成功しており、その余勢を駆って俄かに積極外交に打って出たことになろう。

その外交方針は、自ら「秋津州体制」と称する一大気球を高々と打ち上げ、その気球にさまざまな装飾をほどこそうとするものであるらしい。

アジアには、秋津州から多大な恩沢を受けることによって、辛うじて国家運営が保たれている諸国家があり、彼ら台湾外交団の夢想する「秋津州新体制」とは、この諸国の協調体制の謂いなのだと言う。

自らがその新体制の指導的立場に立つことにより、その体制の中における求心力と影響力を高めようとしていることは明らかで、自国の独立性を、改めて大陸側に承認させることを第一の目的としているのだろう。

当然予想される反発を封じ込めるためにも、他の五カ国のうち一カ国でも多く自らの陣営に引き込みたい。

更にこれ等の力まで背景に加えることによって、自らの目的を達成する心積もりなのだろうが、肝心の秋津州側に対する工作として、新田源一の耳に繰り返し囁き続けていることがある。

それは、「来たるべき新秩序として、秋津州を中心とした連合体制を、全力を以って構築すべく努めたい」と言う一言であったと言うが、この手前勝手な構想が、そのまま進捗することを良しとしない者もいる。

当然であったろう。

この構想に連なる各国は、強大な秋津州の求心力を前提とした新秩序の構想と言う点に限れば、おうむね異論は無かったと言われるが、当然ながら各国共にそれぞれの思惑があり、それはそれで独自の動きをすることになる。

殊に中露二カ国が新田への急接近を図り、一層足しげく新田のオフィスに通い詰めるようになった。

無論、中露ともに、秋津州を盟主とする秋津州体制構想の支持論者であることに変わりは無い。

ただ、それぞれの構想の中における自らの占めるべきポジションが異なっているに過ぎず、早く言えば、中露台の三者は、その盟主の座は望むべくも無いが、ナンバーツーの座だけは譲れないと主張して已まないのである。

自然、三者は新田を取り込もうとして、熱く遊説を繰り返すことになるのだが、新田にしてみても、うかつに言質を与えてしまうほど愚かではない。

王の意思であるとして、「いかなる諸国も善隣友好の精神をもって、互いに交遊をなすことはまことに喜ばしい限りである」と繰り返すばかりだ。

要するに、他の諸国が互いにどのような交遊をしようが王に興味は無く、言わば「そんなことは好きにすれば良い」と言っているに等しい。

少なくとも、新田は周旋も調整もしようとはせずひたすら超然としている為、中には、秋元女史にまで直接熱弁をふるう者まで現れて、この問題もいよいよ以て熱を帯びてきているようだ。

また、忙しく駆け回る台湾外交団は、韓国にも声をかけてはいたのだが、その反応は微妙に鈍いものであったらしく、殊に最近では、秋津州が放射して見せる強大な求心力に対しては否定的な姿勢すら垣間見せ、少なくとも明白な肯定の意思表示を避け続けていると言う。

一説によると、韓国当局は「秋津州体制」などと言うものに対しては、嫌悪感すら抱いている気配まであり、最近では他の国も、敢えて韓国を引き入れようとする熱意を失いつつあるようだ。

韓国以外の当事者たちが、「韓国当局はいったい何を考えているのか。」と訝しむまでになって来ており、一部には、或いは反秋津州路線を模索しているのではないか、と言う見方まで出て来る始末なのだ。

なにしろ、現在のアジアを鳥瞰してみれば、韓半島の北半分は秋津州のれっきとした占領地であり、中露はもとよりモンゴル、チベット、東トリキスタンまで言わば秋津州の事実上の衛星圏なのだ。

台湾に至っては自ら進んで衛星国たらんとしているようなもので、加えて、日本と秋津州とは特別に親しい間柄であり、現に、日本の現職の一外務官僚が秋津州の実質的な外交を担っていると言う重い事実まである。

つまり、韓国が反秋津州のスタンスをとる場合、地政学上全方位に亘って、最初から包囲されてしまっていると言って良い。

極めて単純と思えるこの国際情勢の色分けは、それこそ子供にでも理解できる筈なのだが、現実には韓国政権の支持率が悲惨なまでに下降線をたどっており、その延命のために、なり振りかまわず世論に迎合する必要が生じてきていると言う説もある。

不思議なことに、このころの韓国国民の間には、如何にも景気の良い反秋津州論が渦を巻いていたのである。

この身勝手な反秋津州感情は、同胞である北部朝鮮に対する占領が長期化してしまっていることを発火点としているとも言われており、そのため大統領自身も、反秋津州路線ともとれる発言を繰り返してきていて、今になって、その軌道修正に苦慮しているのではないかとも囁かれている。

しかし、つい先ごろも、韓国を滅亡の瀬戸際から救ったのは他ならぬ秋津州だった筈だ。

それも、秋津州側には救いの手を差し伸べてやる義理など全く無かったのである。

その国は秋津州に対する領有宣言まで行った相手であり、ごく普通に言って秋津州にとっては明白に敵国だった筈なのだ。

にも拘らず、秋津州は世界が瞠目するほどの手厚い支援を行ってきたことは隠れも無い。

しかし、いつもながらその国の国民は報恩の念など微塵も抱くことは無く、過去において蒙った大いなる恩沢などは、かの国の人々の記憶にはそのかけらさえ残ってはいないのだろう。

それどころか、秋津州風情に救いを求めねばならなかったと言われることに、我慢がならない様子ですらある。

つい最近のかの国の解釈では、あの時の支援は本来必要の無いものであったものを、秋津州が強大な軍事力を背景にして強引に韓国の内政に介入し、韓国側が頼みもしない支援を行ったことになっていると言う。

それもこれも彼の国の国民性だと言ってしまえばそれまでの話ではあるが、いずれにしても、韓半島を覆う不透明感はいや増すばかりであることに変わりは無い。

だが、メディアが韓国の筋違いの恨み言について盛んに書きたてたこの時点ですら、秋津州からはいかなるアナウンスもなされることは無く、若者自身これ等の騒動なぞどこ吹く風と言った風情で黙々と額に汗していた。

そして、そこには手作りの弁当を運ぶ健気なダイアンの姿も時折り見られ、二人が並んで昼食を摂る光景が米国紙の一面を飾ることさえあると言う。

乳母のメアリーにしてみれば、益々気苦労が絶えない。

最近のダイアンは、警護のためのSPも連れずに行動することが多く、国王の弁当のための食材にしても、わざわざ自ら出向いて選んでいるほどで、近頃では、メアリーのつきっきりの指導の甲斐あって料理の腕もあげてきており、たまには陛下を夕食に招きたいなどと無邪気に言い出す始末だ。

今回、進んで秋津州に入るまでは、いや、国王と言う男性に会うまでは唯の一度も料理などしたことが無かった娘がなのである。

また、かねてより念願だった剣の道場も新たに一階に確保し、以前からの剣の師匠を改めて招いた上、日々の鍛錬を怠らない様子からも並々ならぬこだわりが伝わって来ており、本気でこの地に根を生やすつもりでいるのかも知れない。

娘の溌剌とした姿を横目にしながら、日々秋元女史との連携の強化を計り、近頃では、国王の私的空間である最上階への出入りに際しても、全く制限を受けずに済むまでになった。

王の帰館情報でさえ手軽に得られるようになり、その度ごとにダイアンの背中を押してやっているのだが、驚いたことに、このような特別待遇を受けている者が、自分たち以外にも大勢いて、偶然その者たちと鉢合わせしてしまったことさえあったのだ。

メアリーの知る限りそれは妙齢の美女ばかりで、それとなく秋元女史に尋ねてみても、上品に笑うばかりで一向に埒が明かない。

とにかく、直接見かけただけでも十人はくだらないのである。

その全てが贅を尽くした衣装や装身具を身につけ、艶麗に化粧をしたものばかりで、どの女もそのままの姿で街を歩けば、男の視線を釘付けにすること間違いなしと思われる者ばかりだ。

メアリーならずとも、この女たちの正体は気になるところであったろう。

当然、使える限りの人手を使って調査を命じた結果、おぼろげに浮かび上がってきた幾つかの信ずべき事実がある。

彼女たちはNBSの関連企業と任意に契約したジャーナリストであり、国王についての情報収集を主たる任務としていることも確認済みだったが、その報酬も又破格のもので、成果によっては巨額の特別報奨まで用意されているらしい。

だが、集められた情報からは、彼女たちがジャーナリストである所以など、少しも汲み取ることは出来ないのである。

現在、その総数は四十一名だとされているが、呆れたことにその中で調査済みの全員が、ジャーナリストとしてのキャリアなど、全く持ち合わせてはいなかったのだ。

加えて、彼女たちのポートレートを見る限り、揃いも揃って若さ溢れるものばかりで、なおかつ、かなりの比率で人目を引くほどの美形のものがおり、はっきり言えば、その全員が美女だと言っても通るほどなのだ。

メアリーでなくとも、彼女たちの本当の任務の何たるかは察しがつく。

現在までに入国を果たしたメンバーは延べにして五十名ほどもあり、その後秋元女史からの勧告によって、十名ほどが帰国を余儀なくされたと言う。

その適格性についての審査基準を持つのは秋元女史その人であり、その秋元女史からの勧告を受けるのは、どうやらNBS側ではなくタイラー補佐官らしいのだ。

また、その任務を解かれて国外退去の憂き目をみた女性たちには、ほぼ共通の理由らしきものがある。

一口で言えば、それは当人の異性関係にあったらしい。

滞在中異性の誘いに乗って男女の交際をしたものが、悉く勧告の対象になってしまったようで、このことから見ても、秋元女史の目論見がどのようなものかも容易に察しが付く。

彼女の本心は、ただただ王の世継ぎが欲しいだけなのだ。

そのために、王の興味を引きそうな女性を積極的に誘引し、少しでもその可能性を広げようとしているに違いない。

あの三人の侍女たちにしても然りだ。

それも、対象の女が身ごもった場合に起こり得る深刻な紛争の遠因と思えるものは、事前に徹底的に排除しようとしているに違いない。

女性としての人間性を全く認めようとしないその姿勢には、メアリーといえども同じ女性として当然良い気はしないのだが、我が身に振り替えてみれば、自分にしても愛するダイアンの配偶者に対しては、内心秋元女史以上に厳しい規範を設けていることは否めない。

結局この件では、自分も秋元女史もその身勝手さと言う一点では、五十歩百歩と言うところに行き着いてしまうのだ。

女史にしても、若い国王が可愛くて仕方が無いのだろう。

知れば知るほど国王は、メアリーの厳しい規範にまさしく当てはまる男性であることが分かってきて、そのこと自体は本当に心楽しいものがあるし、自分が育ててきたダイアンが選んだだけのことはあると、その点では誇らしく思えるほどだ。

ともかく、調査の結果、現状ではダイアンにとって強力なライバルとなるほど王に接近を果たした者は、一人もいないことも確かめることが出来た。

このことだけは、確かな収穫であり非常に喜ばしい。

ただ、今回の調査で改めて浮かび上がって来たのは、どうやら王自身が、いまだに亡きマーベラへの想いを捨てきれずにいるらしいことだ。

その上、以前から聞いていたことだが、ダイアンとそのマーベラとか言う娘が良く似ているのだと言う。

入手したその娘の写真を見るにつけ、その角度にもよるが確かに似ていなくも無い。

王がダイアンに親しげに振舞うのは、或いは、ダイアンの後ろに亡きマーベラの影を追い求めているからではなかろうか。

若者の心にあるその強いこだわりこそが、女性に対して積極的に出ることを拒ませ続けているのかも知れず、メアリーとしても若い王の純情さが益々強く感じ取れて、ダイアンのお相手としてはいよいよ好ましい。

日々、汗まみれになって働いている若者の姿を見るに付け、彼にとって一番大切なものの在りかを、改めて考えさせられたりもする。

しかし、人間一人の単純な労働力など、たかが知れたものだろう。

なにせ、王の配下には有り余るほどの労働力がある筈なのだ。

一国の指導者たる者が、日々額に汗して筋肉労働を続けていることについては、さまざまな批判があることも耳にしており、このことについて、若者自身が直接ダイアンに語ったことも聞いた。

そのときの若者は開拓開墾の作業現地で昼食のかたわら、突然「国家とは何だろう」と語りかけて来たらしく、ダイアンはしばらく考えてから、「国家とは国民のことだと思う」、と応えたと言う。

すると王は、「国家とは、国民の生存を担保すべき役割を担う仕組みのことだと思う。」と仰ったそうだ。

無論、ダイアンに異論は無く、無言で頷いてみせた。

「出来得れば、全ての国民の生存を担保したいが、そうはいかない場合もあり得る。」

若者は、まるで自分自身に言い聞かせるかのように、訥々と語り継いだと言う。

「例えば、ここに百人の国民を持った国があるとします。」

「はい。」

「そして、その中の一人が、ある致死率の高い感染症に罹ったとします。効力の認められる治療法は無く、空気感染の恐れも否定できません。」

「そのような感染症があることは存じておりますわ。」

特効薬など一切無く、発症したら最後、致死率七十パーセント以上などと言う恐るべき感染症が、現にいくつも存在しているのである。

「不幸にも感染してしまった患者は、まだ生存していてとても苦しそうです。」

若者は、淡々と語り継いでいく。

「はい。」

ダイアンにも、もうこれだけで、その単純かつ深遠な命題の全体像を察することが出来たと言う。

「発症患者は、現在未だ一人です。」

「はい。」

「その家族の者たちが、必死に症状の回復を祈ります。」

空気感染を前提とする以上、家族たちは未だ発症してはいないだけで、既に感染してしまっていて、潜伏期間の真っ只中にいる可能性が高いのである。

「・・・。」

「本人の自然の治癒能力が、快癒させてくれることを願うのみです。」

「はい。」

「ここで決断を下し、かつ執行するのが国家と言うものです。」

この場合の国家とは、国王自身のことだと言って良い。

「はい。」

ダイアンの声はか細い。

「決断の基準は唯一つ、一人でも多く、国民の生存を確保することです。」

若者は、一人でも多く助けたいとしており、裏を返せば、そのための方策が何なのかを判断するのが、とても難しいと言いたいところなのだろう。

判断を誤れば、反って犠牲者を増やしてしまうことになる。

いたずらに情におぼれ、煩悶し、時期を逸すれば、最悪の場合、国民全員の生命が危機に曝されることになる。

ときに国家と言うものは、非情の選択をせざるを得ないことがあり、殊に非常のときにおいておやであることを痛切に吐露しているのだ。

「現在、その国家と言う仕組みの指導者の任にあるもの・・・・、それが私なのです。」

寂しそうな口調で、ぽつりと言った。

「はい。」

若者は沈黙し、じっと遠くの空を見つめている。

奥歯を噛み締めるその横顔は、悲しみに耐えているようにも感じられて、ダイアン自身にも何かしら哀しみを運んできてしまう。

その視線の先には青々とした虚空が広がり、わずかに白い雲がゆったりと流れていく。

若者の苦しげな沈黙は未だ続いていたが、そのときの彼女は思ったと言う。

若者はこの自分を話し相手として選び、いま、真摯に語りかけてくれている。

そのことが、ひたひたと心のうちに何かを満たしていき、自分にとっての確実に幸せな未来にまで繋がって行くような気がしてくる。

今いるこの場所に食事の直前に移動したためか、かなりの距離をおいて顔なじみの近衛軍司令官が佇立しているだけで、周囲にはほかに誰一人見当たらず、名も知らぬ鳥の群が薄茶色の翼を広げ視線の中をかすめていったと言う。

吹き渡る微風が心地よく頬をなぶり、一瞬陶然としてしまったときに、耳元で声が響き再び酷すぎる現実に引き戻されてしまった。

「私は、決断をしなければなりません。そのためには、起きている現実について正しい情報が必要です。」

実情を知らなければ何も出来ない。

「幸い私は情報を得る手段を持っていますから、即座に国民の自侭な移動の禁止、少なくとも三段階の隔離と殺菌消毒を命じます。」

ダイアンは、黙ったまま聞いているほかは無い。

「狭いわが国の場合、全国民の自由を奪うことになります。」

国土が狭いため、その国土の全てに亘って感染の危険性を慮る必要があると言う。

「発症患者用の隔離施設、感染を疑うに足る者専用の隔離施設、それぞれに隔離して様子を見ます。そしてその他の国民が、発症元地域へ移動することを防ぎ、その地域の殺菌消毒を徹底します。感染を恐れる必要の無い医療技術者や隔離施設の用意も既に出来ています。」

感染を恐れる必要の無い者とはヒューマノイドたちのことだろうし、その上、そう言う意味の隔離施設まで準備が出来ていると言う。

「では通常、国民にとって一番大切なものとは何だろうか。」

若者は、相変わらず訥々とした口調で問いかけてくる。

一瞬、考え込んでしまったのである。

「それは・・・・・・・、自由、ではないでしょうか。」

「うむ、その自由も、生きていればこそであろう。」

命を失ってしまえば、自由もへちまもあるわけが無い。

「そして、生きるためには、先ず何よりも食糧が大切だ。」

水や空気(酸素)はもっと大切だが、それはごく普通の自然環境が与えてくれる前提で言っているのだろう。

「それはそうですわね。」

「国内で必要とする食糧が自国内で収穫出来ない場合、その不足分を常に他国が売ってくれるだろうか。」

秋津州の本当の姿は一部しか知らないが、秋津州の食糧自給率が低いことくらいは知っており、他国から購入したくとも、その資金が調達出来なければ当然売っては貰えず、かと言って、哀願して恵んでもらったりすれば、その瞬間に相手国に服属したも同然だと言うことも判る。

古来、「糧道を断つ」と言う言葉もあるくらいで、その糧道を握られると言うことは、死命を制されてしまうことと変わらないのである。

「相手国に余剰が無ければ、売ってはもらえないでしょうね。」

コーギル社にとって、これは専門分野なのだ。

現実に穀類の作柄と言うものは、気候に大きく左右されることが多く、極端な大凶作でさえ、いつ何処で起こっても何の不思議も無い。

「或いは、余剰があっても政策的に止められてしまうかも知れない。」

現実の世界では、国民が飢えてしまうことを承知の上で、残り少ない食糧を一部の者が海外に売り払ってしまうこともあり得るとは言いながら、相手政府の判断で、強力な出荷調整がなされることも無いではない。

「常識外に高価な対価を求められるかもしれませんわね。それも、前払いで。」

殊に貧国の場合など、高額の対価を前払いで要求されたりしたら、その食糧を買うことは出来なくなってしまう。

現に多くの最貧国では今も深刻な飢餓状態にあり、現状では確実な解決策は無いと言われている。

そのような国々の貧民は、必要な分の食糧を購入したくても、その対価の支払能力が最初から無いのである。

周囲に天然自然の食糧も見当たらず、自力で生産出来ない以上、生きるためには物乞いとなって他人の恵みを受けるか、盗むか奪うかしか無い。

全ては生きるためである。

まして、世界の人口は増加の一途を辿っており、そのため、同一の耕地面積でより多くの収穫が得られるようさまざまな工夫がなされているが、そのことが又違った意味で深刻な問題を引き起こそうとしている。

「とにかく、いろいろな事情で必要な食糧を調達出来ない場合もあり得る。」

「食糧安全保障と言う言葉さえ有るくらいですものね。」

食糧安全保障とは、食糧の多くを輸入に依存する国が凶作や輸入の障害など、将来起こり得るさまざまな不測の事態に備え、安定的な食糧の確保を図ることを言うが、我が日本などもこの考え方が必要な国の典型例だ。

食糧の自給率が極端に低い日本にとって、この食糧と言うものが石油や鉄などよりも、余程重要な戦略物資だと考えても少しの矛盾も無いのである。

「だからこそ、私がここにいるのです。」

若者は、食糧安全保障上の観点からこの開墾の現地にいるのだと言う。

既に大規模に岩盤を掘削して、荘園から膨大な土壌を搬入して来ており、新たに長大な灌漑を引きまわし、現に広大な農地を造成しようとして日々汗にまみれているのである。

報道によれば、その耕地面積は優に一千平方キロメートルを超えていると言う。

日本で言えば、淡路島の全陸地面積が六百平方キロメートルほどであることから、そのおおよその広さが想像出来るだろう。

それに、ダイアンの目には、その造成事業はとうに完成しているように見えるのだが、若者にとってはどうやら未だ終わってはいないらしい。

「はい。」

「数年ののちには、国内の収穫量だけで全国民の必要量を確保したいものです。」

「お言葉ですが、それもご自身が直かに手を砕いてなさる必要は無いのではないでしょうか。」

「いや、今後の農業政策を指揮していくためにも、私自身が風を読み、土を噛んで、最良の方策を頭に入れておく必要がある。」

耕地における自然環境や搬入してきた土壌の相性なども踏まえ、向後の農政の基本を考えていかなければならないと言う。

若者は農耕については相当の経験とこだわりを持っており、一国の指導者として農政の基本方針を固めるためには、自ら手を砕いて現地調査を行う必要があると言いたいらしい。

「実際は、頭よりも体に入れているのかも知れないが。」

「体にでございますか?」

「はははは。」

若者は、ここにきて初めて豪快な笑いを見せた。

「ほほほほ。」

無論、ダイアンもこころ楽しい。

「経験則に照らして、傾向と対策を体に覚えこませているとでも言ったらいいのかな。」

そのときの若者は、幾分、はにかんでいるようにさえ見えたと言う。

「経験則って・・・」

「うん、荘園ではこの何倍も汗をかいたから。」

「そこの農地って、相当広いんでしょ?」

「多分、ダイアンには想像も出来ないほどだと思うよ。」

王の荘園の農耕地は、面積だけに限れば、地球の全ての農耕地の優に三倍はあるだろう。

ただ、惜しむらくは収穫率が低い。

「・・・。」

この私に想像出来ないほどの広さって・・・、こう見えても、大規模な穀倉地帯なら全部、即座にイメージ出来るくらいなのに。

「我が荘園には豊かな岩塩や塩湖がある。」

若者の話題は、縦横無尽に飛んでいく。

「倉庫に、大分貯蔵なさっておいでですわね。」

事実、大量の岩塩が秋津州の倉庫に保管されていることは、メディアを通して広く公開されている。

だが、天空にあるマザーの大船団にも大量に備蓄され、工業生産用として今も消費され続けていることを知る人は少ない。

「塩と真水も人工的に確保できる態勢は整えた。」

「例の海底プラントのことですわね。」

若者が秋津州北方の大陸棚に、そのための巨大な施設を持っていることも報じられている。

「どうやら、水不足で困るようなことは無さそうだ。」

このプラントの存在を無視しても、起伏に富んだこの大地に天が充分な降水量をもたらしてくれそうな気配を感じとっているのだろう。

「はい。」

但し、ダイアンには、プラントの能力のこととしか理解出来ない。

「しかし、塩は別だ。」

「塩も大切ですわね。」

秋津州には、天然の岩塩も塩湖も無い。

「近々、古来の法で塩作りをするための海浜を作るつもりです。」

若者は「古来の法」と言い、「海浜を作る」と言っているが、正確に言うなら「日本古来の法」と言うべきであったろう。

ほとんどの国では、古来より塩は岩塩から採ってきているのである。

若者は、これも最悪のケースを考えて、人力で製塩を可能とする環境も準備しておきたい。

ただし、きれいな海水を採るためには、その海浜は外洋に面していることが望ましい。

「・・・。」

事情を知らない彼女には、そこまで準備しようとする若者の気持ちが理解出来ない。

「南部で、砂糖きびも試してみるつもりだ。」

今度は砂糖だ。

砂糖も黒砂糖にしたものを大量にストックしてあるが、他のものと同様に、これも秋津州での栽培に挑戦するつもりだと言う。

「ちょっと、難しいかもしれませんわね。」

秋津州の緯度では、充分な糖度を得られるか大いに疑問の残るところだ。

「うむ、ぎりぎり最低限のものになるかも知れぬが。」

「なにも、そこまでなさらなくても・・・。」

「いや、これが私の務めなのだ。」

現実の若者は、一族の者が自力で生存していけるための方策をひたすら考えており、ダイアンには想像も出来ないことだが、王亡きあとの秋津州が国際間で孤立無援となった場合、国民は唯一秋津州の天地の恵みの中で、自給自足の生活を強いられることが明らかである以上、結局は、国内での自給自足態勢を確立しておくことが、最も大切なことになる。

識者は言う。

そのためにこそ、国際間で孤立してしまわないような不断の外交努力が不可欠なのだと。

確かに、筆者も同感だ。

しかし、いかに真摯な外交努力を積み重ねようと、国内で国民の食を賄い得るだけの収穫を確保出来ないとすれば、常に相手側に最強のカードを握られたまま、辛い外交交渉をしなければならなくなることも事実だ。

無論その相手国が、食糧の大量の出荷能力を持ち合わせていて、かつ、そのほかに食糧の供給を引き受けてくれる国が見当たらない場合のことではあるが。

また、真摯に外交交渉を重ねていさえすれば、自国の食糧の不足分くらいは、心優しいどこかの国が必ず補完してくれるものと楽観していられるヒトは、まことに幸せなヒトだとも思う。

このような場合、「誠意」だとか、「道義」だとか、まして「人道」などと言う概念は、何の効力も持たないものと知るべきだろう。

あたかもこれ等の概念の効力によって、食糧を得ることが出来たように見えたとしても、それは両国の間に懸絶した国力の差が存在する場合か、若しくはそれに見合うだけの価値あるカードを持った場合に限るのだ。

無論、この場合の価値あるカードとは、特別難しいものではない。

端的に言えば、その対価の支払能力のことだ。

あるいは、特殊な軍事技術であるのかも知れない。

またあるときは、相手国にとって特に重要な意味を持つ戦略物資であるかも知れない。

何等価値あるカードを持たずに食糧の供給を受けると言うことは、単に相手国からほどこしを受けることと同じであり、同時に自ずから「誇り」を放擲することになることを知らねばならない。

これらのことも、自身が「物乞い」とみなされてしまうことに対して、何一つ抵抗を感じずに済むヒトにとっては、全く興味の沸かない話ではあろうが、現実に日々行われている筈の外交交渉とは、所詮、当事国それぞれの国益のすり合わせでしかないのである。

しかし、往々にして強国は弱国に対し、この国益のすり合わせさえ拒絶することがあり、そればかりか、欺瞞や恫喝を以ってこれに代えることさえあるのだ。

日露戦争直前のロシア、大東亜戦争直前の米国、この二国などは外交上まさしくこの典型的な行為を為した。

弱国であった日本には、物乞いとなって哀願するか、決然立って戦うか、二つの道しか残されていなかったことは確かだ。

日本は、単に後者の道を選んだだけのことであり、そこには理非善悪の概念など全く入り込む余地は無いのである。

尤も、米露などの悪辣な対日政策を思えば、仮に日本が哀願していたとしても、相手側に聞く耳があったかどうかはまことに疑わしい。

誰にしても、相手国の国益を自国の国益に優先させることなど有り得ないことだからだ。

仮に為政者が個人として、相手国に対して人としての惻隠の情を持ったとしても、決して自国の国益を放棄するようなことはしないのである。

万一、そんなことをする政治家や官僚がいたら、それは明らかに祖国を売ったことになり、ごく普通の国家である限り、その政治家や官僚は極刑を含む重い刑罰を受けることになる。

ことほどさように、外交とは一国の運命を重く背負ってなされるべきものであり、いかなる国家といえども、一方的な外交カードを相手に握られてしまうことのないよう、あらゆる手段を講じているのである。

そのためにこそ、いずれもが相手国に対して威力ある外交カードを持とうと努力するのだ。

筆者などは、国家としての最強の外交カードとは、本来「その国特有の固有の文化」であるべきだと考えており、況や武力などと言うものが強力な外交カードとして使われるなど、決してあってはならないとも思っている。

だが、この現実世界においてはどうであろう。

相互の国益が相克せず協調していける場合なら、例え擬態ではあっても互いの固有の文化を尊重して見せる余裕も持てるだろうが、現実に激しく相克する国益を前にしては、強国にとっての弱国の固有の文化など、全くと言ってよいほど意味を持たないではないか。

本稿における秋津州国も弱国とみなされたがために、その主権を踏み躙られてしまっただけの話だ。

少なくとも、これほどまでに圧倒的な軍事力を備えていることが、事前に伝わっていれば誰一人手出ししてこなかったろう。

戦う前に百パーセント必敗を予見することが出来たとしたら、その国の政府は、戦争を回避すべく懸命に努力する筈なのである。

問題なのは、あい争う両者の力の差が、わずかであるように見えてしまう場合だ。

現にその差は、優れた戦術をもって補うことが出来る場合もあり得るのだ。

しかも、ほんのわずかでも、勝てる見込みがあったとしたらどうだろう。

いや、例え勝てないまでも、泥沼のゲリラ戦に持ち込んで、憎い敵を散々に悩ますことが出来るかも知れないのである。

人間は愚かな存在である、と言って片付けてしまうのは簡単だ。

例え、「意地」や「行きがかり」は別にしても、人間としてのぎりぎりの「誇り」と言うものもある筈だ。

また、かつての日米開戦前夜のように、開戦を回避すべく必死に努力していても、絶対に飲めないような条件の最後通牒を突き付けられてしまえばもうどうにもならない。

否応無く、戦わざるを得ないだろう。

少なくとも、その場合には手痛く反撃する構えを示して置かなければ、相手は益々増長して、やりたい放題に狼藉を働くに違いないのである。

こういう場合、敵国の為政者や国民が、キリストさまやお釈迦様であれば話は別だろうが、哀しいことに現実には互いにただの普通の人間だ。

この冷徹な現実を、身をもって学習させられながら成長してきたのが、今ダイアンの目の前にいる若者であり、今もその人は、寂しそうな横顔を見せながら、じっと遠くを見つめている。

彼女は、その横顔を眩しく見ている内に、何故かしら胸が締め付けられるような想いを感じて涙ぐんでしまったと言う。

この若者が、かつて圧倒的に強勢な侵略者から、暴虐極まりない攻撃を受けた過去を持つことも聞いている。

それは若者にとって、全く予想外の激しく一方的な攻撃であったと言う。

まして、そのときの少年は、わずか十四歳に過ぎなかったのだ。

わずか十四歳の少年が、「降伏や逃亡」の具申まで出る中で、毅然として戦って死ぬ道を選んだと言うのだ。

文字通り決死の覚悟を固めた少年は、恐るべき戦闘能力を発揮して消耗戦を戦い抜き遂に撃退することを得たと言うが、当時の若者の持つ瞬間移動の能力やヒューマノイド軍の戦力は、現在のものと比べれば段違いに非力なものでしかなかったのだ。

少年はわずかの手勢を率いて、低空にまで下りてきた敵の母艦に侵入し、専ら接近戦において驚異的な戦果を上げたと言う。

少年の恐るべき戦闘能力は、敵艦の内部で闘った個々の局地戦において遺憾なく発揮されたようだ。

敵にとっては、母艦の内部にまで侵入を許してしまったこと自体、よほど危機的な状況にあったのだろう。

艦そのものを内部から破壊してしまうことをひたすら恐れ、持てる火器の使用を控えざるを得なかったために、兵士個々の身体能力に頼る防御を強いられたのである。

少年に帯同した部下はごく僅かで、彼等は馬鹿でかい敵艦の中をまるで幽霊のように各所に跳梁し、血しぶきを上げながら各個に殲滅して行ったと言う。

結局、この戦闘で、少年の「異常な」身体能力は凄まじい威力を発揮することになる。

携行していた武器の刃先は直ぐにその切れ味を失い、その後の戦闘においては、ほとんど四肢のみを武器として戦ったと言うが、怒りに満ちた少年の肉体は、既に兇暴な武器と化してしまっていたと言う。

それは、最早凶悪と言って良いほどの破壊力を示し、全身に返り血を浴びながら文字通り悪鬼羅刹の如く荒れ狂い、相手に反撃するいとまも与えず次々と沈黙させていったと言うが、彼自身にしてみれば、征く道の悉くを地獄図絵に変えながら弛(たゆ)まず進み、ひとつひとつ丹念に勝ちを拾い続けただけなのかも知れない。

戦争になってしまった以上、最早殺るか殺られるかであり、敵の戦意を喪失せしめるほどの攻撃を行うことは、今も昔も当然過ぎるほど当然の行為なのだ。

結局、無謀とも思えたこの戦術が功を奏し辛くも撃退する幸運を得たが、その仇敵が再度襲って来ないと言う保障は何処にも無い。

誇り高き少年が、今なお見えざる脅威と対峙していると言われる所以であったろう。

まして、つい最近も酷烈無残な侵略攻撃を受けたばかりであり、それに起因する戦争の一端は今なお継続中だ。

たまたま自分が愛してしまったその人は、ただ一人巌頭に馬を立て、吹きすさぶ寒風の中で凝然と立ち尽くしており、その見つめる水平線の彼方には、恐るべき敵の大船団が今にも姿を現すかも知れず、無論そのときは直ちに立って敢然と迎え撃つに違いない。

苛烈な運命は、この若者にとって全て現実のものなのである。

彼女は、頬を流れ落ちる涙を拭うことも忘れ、この一見寂しげに見える戦士が内に秘めた凛冽たる矜持と烈々たる闘志とを感じ、呆然と仰ぎ見るばかりだったと言う。

その姿は、秋津州が誰に憚ること無く孤高を持して生きていく道を選び、全く孤立してしまうことさえ覚悟しているように思えたと言うが、このときの二人の様子が、またしてもメアリーの脳裏に蘇ってきてしまうのだ。

若い二人の間の隔たりが確実に縮まりつつあると思えることは、メアリーにも喜ばしいかぎりだったが、只一つ惜しむらくは、若者が、いまだダイアンの手一つ握ろうとしていないことであったろう。

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  1. 2005/11/03(木) 08:25:53|
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自立国家の建設 033

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十一月十二日に至り、秋津州では又しても新たな掘削工事が行われ、短時間のうちに小さな人口湾が出来上がった。

例によって大規模な部隊が集中的に動員され、大音響や震動はあったもののそれもごく僅かな時間で収まり、ほんの数時間で全工程を完了してしまった。

無論、事前のアナウンスにより、不用意に近づく者への警告が発せられていたが、危険を承知の上で取材を希望するものが続出するに及び、僅か数機のSS六に限って許されることになったが、それも機外にカメラを具えた報道用の機体ばかりだ。

だが、肝心の掘削作業は立ち上る砂煙に遮られてほとんど見えない。

濛々たる大砂塵が収まるまでは、上空のカメラからでさえ、ほとんど捉えられず、報道各社は悉く涙を飲むことになった。

この新しい湾は、秋津州の東端に位置し、のちに「潮入り湾」の名が与えられることになるのだが、湾と言うよりはいっそ入り江とでも呼んだ方がなお適切であったかも知れない。

湾の奥には五百メートルほどの浜辺が、開いた扇面の縁(ふち)のように半円を描き、扇の要の部分に当たる湾口を通って、外洋から送られてくる波が絶え間なく打ち寄せて来る。

湾口は三十メートルほどとまことに狭く、湾の奥行きなどは最も奥深いところでも、せいぜい五百メートルがやっとで、その水深に至っては、満潮時の最深部においてさえ、僅か十数メートルほどでしか無いのである。

海側から陸地を見ると、波打ち際から内陸に向かってなだらかな登りになり、斜面を二百メートルほど登っていくと、高さ二十メートルもある切り立った断崖にぶつかってしまう。

その断崖は浜辺の描く半円形の外周をぐるりと取り巻くようにして続き、南側に寄ったところに崖の上から降りるための通路まで用意されており、強固な岩盤を掘削して通したその通路は、大型のバスが楽に通れるほどの幅員と、そこそこの勾配を持っている。

その通路を下って浜辺に降りたところで立ち止まり、おもむろに左側を見れば、少しばかり離れた辺りに二棟の建物がかなり腰高な姿を見せており、これも、将来この浜辺で行われる筈の作業のためででもあるのだろう。

湾内の海水は未だ僅かな濁りを残してはいたが、それもやがて自然の波濤が全て洗い清めてくれるに違いない。

食糧の自給体制の確立にかける王の思いは広く知られているところであり、この浜が「潮入り湾」と命名されたことからも、近い将来ここで行われる筈の作業を充分に想わせてくれている。


また、この翌日になると、新造の秋津州空港には朝から大挙して人が集まってきて、時ならぬ賑わいを見せ始めた。

ここでも又、興味深いイベントが行われることがアナウンスされていたからだが、それは多数の航空機を用いて行われる、かなり大掛かりなデモンストレーションだとされ、隣接するインランド・デポの広大な用地にも、銀色のSS六改が続々と到着しており、そこから降りてくる人々にしても、全てこのイベントのために来訪した関係者だ。

既に大型旅客機と中型機併せて二十機ほどの機体が、エプロンに整然とした姿を見せていたが、それは全て秋津州商事によるチャーターだとされた。

実は、以前から国際的な航空関係機関や、その周辺からの要請が多数寄せられていた経緯もあり、一部の関係者などは二日も前から現地入りして、滑走路やさまざまな関連施設の査察を精力的に進めていたとされる。

この日、付近一帯の天候は一際良好で、北方の高地から吹き降ろす風も目立つほどのことも無く、平地の風力も又わずかであったため、全ての滑走路を用いてテストが行われた。

それぞれの機体には積載許容量に見合うだけのダミーを積んで発着し、新造の滑走路が充分な長さや強度を持つことを見事に証明して見せたのである。

複数のSDによって機能する給油機器も公開され、さまざまな着陸誘導施設や航行援助施設も正確に連携し、順調に機能したことが明らかとなり、急遽必要となった交換部品がほんの数分で日本から取り寄せられ、空港独自の整備士がその交換作業を整然とこなしてみせたことも、立ち会った専門家たちの大きな驚きを呼んだ。

このような点検整備に関するさまざまな作業が大規模かつ整然と行われたことにより、全くの未経験者だと思われていた現場の担当者たちが、皆相当な技術水準にあることをあっさりと証明してしまったからだ。

これ等のデモンストレーションは結局五日間にわたって連日連夜行われ、昼夜にわたる安全な離発着の再現性が検証されて行く内、北方の高地からかなりの風が吹き降ろしてくる日もあり、そのために設けられた横風用の滑走路の機能までが充分に試されることになった。

結局、堂々たる規模を誇る秋津州空港は、その機能面においても、立派に役目を果たし得る水準にあるとする評価が定着して行き、自然その開港を求める声が随所に噴出してくることになる。

これで秋津州は、港湾、空港、インランド・デポと言う近代物流の基幹部分が、それぞれ充分に機能を果たせることが、改めて確認されたことになるのだろう。

首都圏に限定した大幅な市街化が進み、農村地帯における農耕地の開拓も大規模に整った。

さまざまな工業生産を担うべき多数の工場群や、大小のドックも立派に稼動を始め、これ等の機能を背景とした巨大港湾と、銑鋼一貫工程を有する天空の製鉄設備が専用輸送機によって連携している。

最も基本的なインフラとして、上下水道や大容量の光ファイバーなどを通す地下の隋道施設でさえ、全国的な規模でとうに完成していたほどだ。

さりながらまことに特徴的だったことは、さまざまに先進的な設備がここまで大々的に整備された割には、国土全体として見れば、前にも増して広い緑地や遊水池が確保されたことだろう。

戦乱の狭間で焼けてしまった一部の山間地も整備植林が大規模に行われ、その根を大量の土壌にくるまれたまま運ばれて来る針葉樹や広葉樹の大木が、小さな丘陵地帯や平地においてさえ植え付け作業が進んでいた。

近代的な建造物が立ち並ぶ首都圏だけに限っても、総面積の七十パーセント以上もの土の部分を残しており、その大部分が見事に緑に染まりつつあるほどなのである。

地盤が安定したことにより、地下水脈が勃然として目を覚まし、それに伴って多数の湧水も見事に復活した。

さらには、大きな建物の付近にも噴水や遊水池が設けられ、新たな緑地帯の増設作業も整然と続けられており、以前の広大なグラウンドの内、多くの部分の市街化が進んだことにはなるが、国民議会と内務省の前面一帯にも、かなりの広さで緑地帯が確保される模様だ。

国内幹線道路の舗装などは開戦の前から成ってはいたが、その他の道路の舗装も最近になってほぼ完成をみた。

無論、その全てが透水性に優れた舗装ばかりなのである。

各道路の道路標識や交通信号等の設備も、ようやく完備して機能してはいるが、その交通量はいたって少ない。

軌道列車の姿こそ無かったが、近々秋津州商事の手によって乗り合いバスが運行されそうな気配はある。

永久原動機を搭載した大型や中型のバスが、多数、秋津州港の桟橋から荷揚げされつつあったからだ。

実際にその路線バスが運行を始めたとしても、秋津州の現状では、採算の見込めるだけの乗客がいるとは思えないと言う者もいるが、少なくともそのバスは乗務員と燃料に関するコストは度外視出来るのだ。

とにもかくにも、秋津州の立国の基盤をより確かなものとするための王の計画は、いよいよ大いなる次の一歩を踏み出そうとしているに違いない。


十一月二十四日午前六時三十分、王と京子の特殊な通信。

王の現在位置は若衆宿の一つ、京子の位置は内務省最上階の一室である。

「陛下、お早うございます。」

「うむ、お早う。」

若者は朝の身繕いを済ませたばかりで、相変わらず傍らには井上甚三郎の姿があった。

「ご就寝中、台湾と中国に少々動きがございました。」

少々、騒動があったと言うことか。

「ふむ。」

「互いに、譲る気は無いようでございます。」

秋津州体制などと勝手に名付けられてしまった新秩序構想の中で、相変わらず中露台の主導権争いが活発なのである。

「そりゃ、そうだろう。」

国際間で互譲の精神が大いに発揮されていれば、もともと紛争の起きる余地は無いのだが、現実の世界においては一方が譲ったからと言って、もう一方が必ず満足するとは限らない。

うっかり譲ったことによって、相手側の要求をかえってエスカレートさせてしまうことさえあるのだ。

「新田さんも、夕べは大分てこずらされたようですわ。」

「また、夜中に押しかけたか。」

秋津州の実質的な窓口となっている新田のもとには、熱意のあまり時間帯もかまわず、強引に押しかける者がとみに増えて来ている。

「私のところへも参りましたわ。会いませんでしたけど。」

「ロシアはどうか。」

「中央アジアや欧州諸国にまで、大分手を広げているようでございます。」

ロシアはロシアで、少しでも広い範囲を囲い込もうと必死なのである。

どこの国だろうと、より大きなプレゼンスを確保したいと願うのは当然のことだ。

とにかく、国際社会とはさまざまな意味で複雑怪奇なところだが、単純に親秋津州を標榜し、秋津州からの攻撃を受ける心配の無い国はまだ幸せであったろう。

彼らは現在属している親秋津州集団に於ける内部競争にのみ集中出来るため、より積極的に秋津州に擦り寄るにも、極めて直線的に行動すれば良かったからである。

しかし、それ以外の、殊にNATO加盟国の中に、悩ましい思いを強いられている国が数多く存在した。

それらの国々は、加盟国随一の実力者である米国の立場がことさら微妙なために、とりあえず曖昧模糊とした態度をとらざるを得ないのだ。

無論、秋津州に対して敵対的な国策など採れるわけも無く、そうかと言って接近し過ぎるのもリスクが高い。

米国と秋津州の両方に対し、ともに親しく接することが出来れば話は簡単なのだが、目下の情勢ではうかうかすると、二大強国から同時に敵視されてしまうことにもなりかねない。

うっかり早まってお先っ走りをして、後で臍を噛んでもそれこそもう後の祭りなのである。

とにかく、パックスアメリカーナに象徴される過去の秩序が、全て液状化してしまっていることだけは確かで、従来からの秩序が大きく揺らぎ、ときに流動し、国際社会で名のある国のほとんどが、あたかも政治的暴風圏内に入ってしまったかのような感が深い。

その大嵐の中で、それぞれが少しでも有利な立場を得ようとするのはごく当たり前のことで、殊に親秋津州の旗幟を鮮明にしている国の外交担当者たちは、それこそ血相を変えて足音もとどろに日夜駆け回っているのである。

「ふうむ。」

「米英は、協同歩調をとることを今しがた再度確認致しましたわ。」

疑心暗鬼に囚われた両国の間には、いっとき、きな臭いものが立ち籠めたようであったが、改めてその関係の修復が成ったと言う。

「みんな、夜道に提灯の灯(ちょうちんのひ)を落としてしまったような気分だろうからな。」

問題とされているさまざまな不安定要因は、秋津州の存在そのものが生じさせていると評されているが、実際には、ほとんどの国がこの現実に直面し、それぞれの焦燥感を自ら増幅させているに過ぎない。

悪いことにその焦燥感が、又、新たな疑心暗鬼を呼んで来てしまう。

「ワシントンでは、マザーに対する先制攻撃の有効性が、いまだに云々されておりますわ。」

宙空には恐怖の大船団が悠然と居座っている。

米英等の先進国では、その所在はおろか、大よその規模にまで踏み込んだデータを揃えつつあり、殊に大統領のマシーンなどの間では、秋津州と言う最大の脅威をいかにして排除すべきかの議論が延々と続けられ、中には完全に冷静さを失って、目を血走らせてしまっている者もいる。

秋津州からの攻撃を想うあまり、夜も満足に眠れないと言う者まで出始めているのだ。

一旦、心の中に棲みついてしまった疑心暗鬼と言う名の鬼が、恐ろしいまでの焦燥感を連れて来てしまうようだ。

「ふむ。」

「その有効性を疑問視する側の声の方がまさってはいるようですが。」

秋津州に、中でも天空にある基地に思い切って先制攻撃を掛けようにも、攻撃能力そのものが不充分なものでしかなく、思うような戦果を上げることは難しい上に、反って痛烈な反撃を受けてしまうと言う意見が多数を占めていると言う。

それも、最近では攻撃否定派が一段と増え、徐々にその差が広がりつつあるようだ。

しかも、ペンタゴンの制服組の見解はより明快だと言う。

太平洋上の秋津州を核をもって叩くことは簡単だが、天空の大船団の全容については未だ不明な点が多く、その上あまりに巨大で肝心の重要拠点の所在すら確定出来ない。

王の荘園と言うものの実態に至っては一切が不明であり、それこそが敵の本来の本拠地である可能性すら否定出来ない。

このように不明なままの目標を攻撃するなど最初から出来る筈も無く、敵の一部に限定せざるを得ないような中途半端な攻撃に踏み切れば、圧倒的な秋津州軍の攻撃を前にして、なすすべも無く占領を許してしまうであろう、と言うものであった。

全く、妥当な見解ではある。

「そやつらは、それほどまでに戦いたいと申すのか。」

そやつらとは、先制攻撃論を唱えている一部の者たちのことであろう。

「いえ、ただただ、恐ろしくて、不安なのでございましょう。」

「ふうむ。」

「絶対的な強者と向き合ったことなど、ただの一度もございませんもの。」

「そうか。」

「あの連中の頭の中は、いつ陛下の攻撃命令が下るのか、そればかりでいっぱいのようですわ。」

「中共の攻撃にゴーサインを出した報いだろう。」

「はい、それがあるため報復攻撃の可能性を、自分の頭の中だけで勝手にふくらませているようですわ。」

「自分の影に怯えておると言うわけか。」

「臆病者たちが狂騒するあまり、核攻撃に踏み切る可能性も否定は出来ないと存じます。」

現在では、米国のものは勿論、その他各国の核についてもその全てを捕捉しており、海からであろうが陸からであろうが、その発射の瞬間に瞬時に破砕してしまうことが可能であり、今の若者にとっては、たいした脅威にはなり得ないのである。

場合によっては、そのままミサイルそのものを、成層圏のはるか彼方にまで運んでしまうことも出来るのだ。

「あのときのマザーの進言は、このことを未然に防ごうとしてのことでしたのに。」

ロシアの占領時にNATOの混乱に乗じ、ほんのわずかな刺激を与えることによって、相手の蹶起を促し、それに応じて一気に米英仏独加を叩いてしまおうとする例の作戦案のことだ。

国王がその作戦案を採用して、北米を含むNATO全域を無力化しておきさえすれば、今回のように、米国からの核攻撃の可能性を云々しなければならないような事態に立ち至ることは無かった筈だと言う。

「私の過ちであったかも知れぬ。」

「実際に米国の核攻撃を受ければいかがなされます?」

「知れたことだ。」

無論、敵の攻撃を、ただ一方的に受け続けることなど有り得ず、もうそうなってしまってからでは、一瞬のうちに反撃して、敵を打ち滅ぼすことのほかに何を考える必要があろう。

「タイラーを朝食に呼んでありますから、少し優しくなさっておかれてはいかがでしょう。」

「どうせ、大統領専用機での入国を願うのであろう。」

秋津州空港の安全性が大々的に検証されて以来、米国大統領が訪問の意思ありとして、タイラーから新田や京子を通じて慎重に打診して来ているさなかなのだ。

無論、大統領の移動にあたっては政府専用機を使用することが、米国にとっては大前提なのである。

しかし、秋津州側はその応諾の回答を与えてはいない。

秋津州は、外国人の入国に当たって、いまだにSS六以外の航空機の使用を許してはいないのである。

例外は若者自身が直接関与する場合だけなのだ。

「飛行する合衆国政府」とまで称される政府専用機には、政府としての重要な機能のほとんどが具わっている。

単なる航空機ではないのである。

その使用が許されないからと言って、SS六改を用いての訪問に踏み切れば、取りも直さず米国が秋津州に屈服したものと受けとられかねず、米国の威信を大きく損ねてしまう上に、大統領の移動中の政務が滞ってしまう恐れすらあるのだ。

殊に、その判断が急を要する場合、深刻な問題を生じてしまうかもしれない。

しかし、現実には最悪の場合のことも考慮せざるを得ず、ワシントンは例の銀色のSS六改を十機ほども用意して、必要な機材を設置の上、太平洋上での運用テストだけは繰り返して来ている。

このテストの結果も又上々で、移動中の通信に関する障害も起きないことが現に検証されつつあるが、問題なのはそのSS六改の正体だ。

表面上こそ民間機と言うことになってはいるが、それを素直に信じるものなど一人もおらず、実質的には、れっきとした秋津州国軍の軍用機だとみなされているのである。

例えテスト中は順調であっても、本番では何が起きても不思議は無い。

秋津州軍のあの特殊な通信網がある限り、国王の命令次第では、SS六改の乗務員であるヒューマノイドが、雇い主の指示をいつなんどき無視しないとも限らない。

SS六改は、そのヒューマノイドのほか誰一人操縦出来ないことも明らかで、搭乗した大統領とその随員たちを、そのまま人質にとられてしまう恐れさえある。

この点、その旗幟を明らかにして、既に秋津州の庇護を受けてしまっている国家なら又話は別だ。

この手の国々は、とうの昔にその死命を制せられてしまっていると言っても過言ではないのだ。

いまさら改めてその屈辱を云々しても意味は無く、また、現状の親秋津州路線をとり続ける限り、国王からの攻撃を心配する必要など初めから無いのである。

実際問題、秋津州側から言っても、散々に財貨をつぎ込んでまで支援してきた国が、可愛げに尻尾を振って懐いてくるものを、わざわざ潰してしまっても得るものなど何一つ無い。

一方、これまでの米国が採ってきた基本政策自体が、どう贔屓目に見ても反秋津州路線としか言いようの無いものであった。

表面だけは満面に笑みを浮かべて見せながら、実はその裏で刃を研ぎ毒矢を射掛けようとして来たことは明らかで、このような政策を根底から転換しない限り、米国にとって根本的な情勢の好転などは望むべくも無いのである。

まして、秋津州はずっと親米路線をとり続けてきた筈であり、一方的に敵対的な政策をとってしまったのは紛れも無く米国の方なのだ。

そうである以上、この状況は米国自身が自ら招き、米国自身の意思を以て継続していることに他ならないのである。

しかもワシントンでは、秋津州に対する核攻撃の是非をさえ論じている。

なお、先だっての墓参の折り、若者は徹頭徹尾大統領との会談を拒み通したが、世論は、このことを、秋津州国王による重大な政治的行為とみなす言説が圧倒的であり、これこそが国王の真意を忖度する上で最も重要な指標になると指摘してもいる。

各国の政府当局にしても、秋津州が米国政府との交友を明確に拒絶したものと解釈しているだろう。

ワシントンとしては、秋津州から敵視されていると言う恐怖に怯え、大統領の秋津州訪問と言う「難事業」を成功させることによって、何としても突破口をこじ開けなければならないと言う思いに駆られるのだろう。

しかし結果として、自国の国家元首とその側近の身柄を仮想敵国の手に委ねざるを得ないと言う事態を招いてしまった。

実に恐るべき事態なのである。

政府専用機の使用が認められないと言うのなら、それじゃあ結構ですと言って、その訪問の申し入れを取り消してしまえば良さそうなものだが、強気にそう言ってしまってからの結果が又恐ろしい。

当然、両国関係は改善されるどころか、かえって後退してしまうに違いない。

非公式にせよ、米国の方から大統領の訪問を申し入れていることが、既に広く知れ渡ってしまっており、一旦口火を切った以上、何としてでも成功させなければならないところにまで、言わば追い詰められてしまっているのだ。

まして、現在の米国政府の姿を、秋津州の前で居竦んでしまっているしおたれた子犬の姿になぞらえて嘲弄し、この時とばかりに溜飲を下げている欧州の一流紙さえ存在しており、このままいたずらに時を過ごせば、国際社会に於ける米国のプレゼンスは、一気呵成に凋落してしまうことは火を見るよりも明らかであった。

このような国家的危機を迎えて、ここ数日来、本国からの訓令に追い立てられ、タイラーにとっては更に辛い日々が続いている。

「独仏も距離を縮めつつあるようです。」

「うふっ。」

若者は、思わず吹き出してしまった。

この国際社会には無数の魑魅魍魎が跳梁跋扈しており、その中で生き残っていくためなら、例え鬼とでも手を組むと言うのであろう。

考えてみれば、別に珍しいことでも何でもない。

「いかがいたしましょう?」

「うむ、未だ何もするな。」

王は諸国間の勢力争いには、介入するなと言う。

それとも、その時期が来れば介入すると言うことか。

「承知致しました。」

「ところで、子供たちの様子はどうか?」

王は特に乳児たちの健康状態が、常に気がかりなのである。

殊に、一族の子供たちの免疫抗体の抗体価が不十分であるため、感染症を引き起こしやすいと言う不安が常に付きまとう。

本来の出産でなら、母体が過去に体験した感染因子に対する抗体は、全て出産前の体内で母から子へと常に受け継がれていく筈のものなのだが、マザーの人工子宮から産み落とされてくる新生児たちには、この「抗体の経胎盤移行」と言う天然自然の恵みは、全く与えられてはいない。

ただし、近頃のマザーの自己学習能力は一段と進歩を重ね、人工子宮とその周辺機器の持つ一機能として、この「抗体の経胎盤移行」と言うものに代わるべき技術を、半ば実現し得るところまで迫って来てはいる。

もっとも、十数年後に現在の新生児たちが、自然な生殖行為を行えるまでに成長していければ、その技術の重要性も又半減していくことになる筈だ。

「とりあえず、お変わりはございません。」

万が一、地上にいる数名の乳幼児の健康状態に異変があるときには、即座に対応し得る移動式の医療設備の用意はある。

この移動式の医療設備と言うのは、かつて米軍ヘリの墜落事故の折り、国王の右腕の傷を現地で治療したあの特殊な車両のことだ。

「うむ。」

「国井長官の件は、予定通り今夜と言うことで・・・。」

「分かった。」

実は、会合の約束がある。

場所は、東京の神宮前オフィス。

「あ、ただいまダイアンさま、お目覚めでございます。」

京子はダイアンの寝室にまで、G四を貼り付けているのであろう。

全く、プライバシーも何もあったものではない。

「・・・。」

「日本へ、ご一緒なさいましては。」

ダイアンを連れて行けと言う。

「無用だ。」

王の返事は、それこそ、にべも無い。

「きっと、お喜びになられるかと・・・。」

「構わずとも良い。」

若者は、この件では構ってもらわなくともいいと言っている。

「お言葉ですが、お好きなのでございましょう?」

「うむ、美しい女性を身近に見るのは心楽しい。」

「それだけなのでございましょうか?」

「友人として信頼できると思っておる。」

「はい。」

「少しは本音で話せる人も欲しい。」

若者には、いまだに全て腹をわって話せる相手が一人もいないのだ。

公式に認めてしまうわけにはいかない重い秘め事の存在が、それだけ大き過ぎると言うことでもあり、その意味でもマザーや京子たちと話すだけではやはり寂しい。

「ダイアンさまなら、もうそろそろ真実をお話になられてもよろしいのでは。」

「いや。」

「この世に男は陛下お一人とまで、思い極めておいでですのに。」

「それは、前にも聞いた。」

「ですから、もう少し積極的に・・・。」

京子のお勧めは、あくまでダイアンであるようだ。

「前に、敵の間諜の女がおったな。」

工作員の村上優子のことであろう。

「村上なにがしのことでございましょう?」

「あのときは、実に不思議な気持ちであった。」

「はい。」

「あの女の胸や腰には、触れて見たいと思ったものだ。」

事実、若者は存分に触れたのである。

ただし、あの時は、敵の工作員をあぶり出すと言う戦略の一環として、あのような積極果敢な接遇を少年に求めたのも京子であった筈だ。

「さようでございましょうとも。」

「ダイアンにはそれを感じないのだ。」

言わば、性的魅力を感じないと言っているわけだ。

「何と仰せられ・・・。」

「最近、足繁く出入りしている女たちがおるな。」

昨今、王の居室の近くにまで出没する女性たちがいるだろう、と言う。

実際にそれを許したのは全て京子自身だ。

「はい、陛下専用の酒場とやらに、是非ともお供したいと願っている者たちのことでございますね。」

盛り場で客引きのために表に出ている女性たちは大勢いるが、それが客の自宅にまで出張してきているようなものであろう。

その攻勢も、最近とみに激しさを増しているが、この場合の客とは、国王ただ一人のことを指しているところが普通のことではない。

「うむ。」

「あの中に、お気に召すお方がおいでなのですね?」

「触れてみたい気にさせる者はおる。」

少年が、こんなことを口にするのは珍しい。

よほど魅力を感じているに違いない。

「どのお方でございましょう?」

京子の使命からすれば、当然過ぎる問いではあったであろう。

「まあ、よいわ。」

「いえ、良くはございません。」

少なくとも京子にとっては何にもまして大切な話題であり、又秋津州と言う国家の根幹にすら関わって来る問題でもあるのだ。

「よいと申しておる。」

少年は、照れくさそうに苦笑している。

「承知致しました。」

少年が改めて名指ししてくれなくても、大よその見当はつくのである。

女性を見るときの少年の目の動きや表情の変化などについても、充分過ぎるほどの観察データがある。

それに、これ以上深追いしても、かえって逆効果になってしまうことを恐れてもいる。

京子の体内においてデータの洗い出し作業が瞬時に行われ、その結果導き出されてきた問題の女性は、彼女の身勝手な審査基準で言えば、その合格ラインには遠く及ばないことは確かであった。

そのため、マザーや京子の電子回路の中では、今まで候補者としてはその圏外に置かれていたに過ぎなかったのである。

その女性は、優雅な身ごなしも持たず、知性のかけらも感じ取れない。

美しくも無く、かといって可愛らしくもないのだ。

ただ、その化粧や身なり装身具がひたすら派手やかで、立っても歩いても濃艶な大人の女性の香りを放つ。

腰のくびれや胸のふくらみを強調したその身なりなどには、確かにかっての村上優子のそれに相通ずるものを感じさせるものがある。

名はモニカ、年齢はダイアンと同じく二十三歳、身の丈は百七十五センチほどのものか、長く豊かな黒髪と漆黒の瞳を持ち、肌の色も格別白いとは言い難い。

ただ、全体的なプロポーションだけはなかなかのものであり、身動きのたびに肉感的な特徴を殊更に浮き立たせて見せる仕草が、殊に少年の目を引き付けて已まないのだろう。

彼女についても、無論、その身辺調査は充分過ぎるほどに重ねて来ている。

十七歳で一度堕胎の経験があるが婚姻の事例は無く、今回の募集に応ずるまでに交際してきた異性はさまざまであったことも分かっており、募集に応ずる際、当時の交際相手とは一方的に絶縁してしまって以来、以後三ヶ月にわたって異性との肉体交渉の事実は認められない。

ハイスクール卒業の直後に両親が破産した上悲惨な自殺を遂げ、その他には一切の係累を持たず、無論、経済的にも恵まれているとは言い難い。

日系の商社に勤務して多少の日本語を話せるようにはなっていたが、採用されてからの日本語の会話能力を磨こうとする努力には、見るべきものがあった。

強いて評価すべき一点を探すとすれば、その強い目的意識にあると言えよう。

とにかく彼女の行動様式の特徴は、今回与えられた絶好の機会を捉え貧困から抜け出すと言うことに、その全てを集中させている点にある。

その人生体験から言っても、何者をも犠牲にして悔い無いほどの報酬を得られることが、それだけ重要な意味を持つのであろう。

そのハングリーさから来るモチベーションの高さにおいて、初めからライバルたちの追随を許さないのだ。

また、彼女たちの中には自然にティームを組むケースがあり、同様にモニカにもコンビを組む相手がおり、今後若者が彼女だけに異性としてのこだわりを示した場合、そのパートナーの動きにも特別に意を注ぐ必要を生じるかも知れない。

無論、京子はさまざまなケースを想定して膨大なデータを蓄積しており、その中にはダイアンやモニカの総身のデータをも含んでいた。

そのデータによれば、見事な腰のくびれ具合と言い、豊満かつ魅力的な胸の形状と言い、又かすかに脂を浮かべた下腹に見える鍛え上げた筋肉の躍動美と言い、どう見てもダイアンの方にはるかに分がある。

こと女性的特徴において、京子のデジタルデータから導き出されてくる全てがダイアンの圧倒的優勢を告げており、健全な全身骨格のバランスと言い、あくまですらりと伸びきった見事な脚線美と言い、ダイアンはそれを強調するような身なりや身ごなしをしないだけのことであり、文句無しに彼女の得るポイントが上回っている筈だ。

しかし、二人の女性を比較する場合にまことに象徴的なことだが、モニカには豊富な男性体験があるのに引き比べ、一方のダイアンにはその体験がいまだに無い。

幸か不幸かモニカと言う娘は、充分にその青春を謳歌し得る奔放と言って良い少女時代を持ち、ダイアンにはその機会さえ与えられて来なかった。

このことが、結局のところ少年の感性に大きく影響を与えてしまっているのかもしれない。

しかし、女性である前に、人間としての最も重要であるべきその内面性においては果たしてどうか。

人間としての誇りをバックボーンとしたその品性、育ってきた環境から自然に身に付いたおおらかさ、人としての充分な思いやりと優しさなどなど、ダイアンには溢れるほどにあって、モニカには無いものが無数にあることが少年には分からない。

いや、わかってはいても、少年にとってその重要性の基準が異なるだけなのかも知れない。

仮に一億ドルの報酬を得られるなら、モニカは迷うことなく少年の命をも断つだろう。

ダイアンは、例え一億ドルのコストを負担してでも、愛する国王の命を救おうとするはずだ。

マザーや京子の電子回路の中だけでは、世継ぎを生すべき適正の判断などとうに済んでしまっているのだが、肝心の少年の男としての感性は全く異なる反応を示すのである。

言わば、計算外のことが起こりつつあるのだ。

何よりも計算外であったのは、例の三人の美しい侍女たちに少年は全く関心を示さず、王家の貴重な種子を採取すると言う厳粛な作業が頓挫してしまっていることだ。

それこそ、単に見た目だけから言えば、マザーの最高傑作として作られた侍女たちの姿は、そのそれぞれが限りなく美しく、まさに美術品と言って良いくらいのものなのだ。

しかし、如何に端麗清華に見えても、それはあくまで優れた工業製品でしか無いことを、少年の無言の感性が何よりも雄弁に主張して已まない。

マザーや京子の電子回路の中で、如何に無限に近いほどの超高速演算を繰り返そうとも、人間としての王の感性に合致する回答など永遠に得られることは無い。

マザーと京子は、次善の策を講じる必要に迫られたことを知り、早速その行動に移ることになる。

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  1. 2005/11/03(木) 09:28:56|
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自立国家の建設 034

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この数分後には、国王と井上護衛官の姿は内務省最上階の一室にあった。

遠く離れた若衆宿の一つから、またもや瞬時に移動してきたものと見える。

その部屋の中ほどには、その広さには不釣合いなほど小さく無骨なテーブルがあり、そこは若者が日常の食事を摂る場所でもある。

せいぜい六人掛けほどのその食卓には、テーブルクロスも置かれず相も変らぬ秋津州流のメニューが並んでいた。

例によって黒ずんだ麦飯と納豆、塩気たっぷりの味噌汁、梅干に漬物、生野菜付きの鯨肉が未だ大皿の上で音を立てていると言った具合だ。

これがまた、タイラーにとっては大の苦手でもある。

この哀れな白人は、今朝も全く顔色の優れぬままに力無く席に付かざるを得なかったのだ。

それでなくとも最近は胃の痛みを感じることが多く、昨夜もこの交渉の困難な行く末を思いあぐね、一睡も出来ぬままに朝を迎えてしまった。

特にここ数日、睡眠不足と食欲不振が続き最早憔悴しきっている。

本国から派遣されて来ている医師からは即刻入院を宣告されてしまっており、例えメニューが何であっても食欲など最初から湧いてこない。

そこへ持って来てこのメニューなのである。

出来ることなら、一刻も早く逃げ出したいくらいだ。

だが、目の前にいるのは秋津州のれっきとした国家元首なのである。

又しても襲ってきた胃の痛みに耐えながら、いやでも最低限の礼儀は尽くさなければならない。

「陛下、お早うございます。今日はご配慮を賜り、厚く御礼申し上げます。」

今回も、この席に招かれることを必死に願ったのはタイラーの方であって、決して若者の側では無いのである。

適度に距離をおいて命を待つ侍女たちの姿を目端にかけながら、これほどの美貌に適する者は自分の知る限りダイアンぐらいのものかとも思い、そしてまた、遠く離れて佇立している井上甚三郎の顔に、あてども無く視線をさまよわせてしまっていた。

そのうつろな目には、以前は全く平凡に見えていた近衛軍司令官の顔でさえ、今は何故か、いかつい恐ろしげなものに映ってしまう。

相変わらずその腰には長々と剣を吊り、少しの無礼も許すまじと、こちらを睥睨しているように感じてしまうのだ。

まして、目の前の若者の恐ろしさは、いやと言うほど身にしみている。

以前にも、少しばかり図に乗った物言いをして、凄まじい怒りをかってしまったことがあり、よく強制退去処分にならなかったものだと今更ながら思う。

後になって聞いたところでは、秋元女史の口ぞえが無かったら、とうに処分を受けていたことは間違いなかったのだ。

全く、女史の方には足を向けて寝られない。

思えば、秋津州との力関係において、米国の立場はその当座よりなお一層不利な境遇に落ちてしまっており、何からどう切り出したら良いものやら、とつ追いつ思い惑うばかりでいっこうに思案が纏まらない。

立場を代えてみれば、どう考えても国王が米国の面子に配慮して、一方的に譲歩しなければならない理由など何一つ見当たらないのである。

タイラーとしてはせめてものことに、何かしら相手の喜ぶような手土産を用意したかったのだが、これもまた気が付けば呆れるほど何一つ持っていないのだ。

外交カードとして、相手側に示せるものが全く無いのである。

しかし、京子に言わせれば、立派にそのカードはあると言う。

いたずらがばれてしまった以上、面子を捨てて素直にあやまってしまえと言う。

と言うことは、いたずらの行為そのものを公式に認めることになるのだ。

そんな恐ろしいことが出来る道理が無い。

そうである以上、もうとにかく、ひたすらお願いするほかにないことも分かりきっている。

あとは相手がどうこちらの苦衷を汲んで、憐れんでくれるかどうかに賭けるほかは無いであろう。

所詮、弱国の境遇に転落してしまった不運を嘆くことしか出来ないのかも知れない。

「お早う。お口に合うようなものは、なかなか用意致しかねるが、存分に召し上がれ。」

珍しく饒舌なあいさつが少年の口をついて出てきたのには、やはりそれなりの訳があるのだろう。

「はっ、頂戴いたします。」

タイラーとしては、頂戴するも何も箸をつけるのも苦痛なのだ。

しかし、何としてでもその使命だけは果たさなければならない。

加えて、まずいときに、又しても我侭な胃が痛み始めた。

「何か、大統領閣下のご来訪のお話があるやに聞き及びますが。」

全くありがたいことに、若者の方からあっさりと口火を切ってくれている。

「申し上げます。」

タイラーは必死である。

「承りましょう。」

「政府専用機の使用について、是非とも、お許しを願いたいのです。」

このありがた過ぎる呼び水に吸い寄せられるように、思い切ってそれこそ単刀直入にぶちまけてしまった。

もう、半分は自棄である。

「わが国は不幸にもいまだ戦時中と言うこともある。安全保障上の観点からもそれは難しいですな。」

国王は、安全保障上の観点からも許可出来ないと明瞭に発言した。

取りようによっては、米国の元首たるものが政府専用機を以って来訪することそのものが、秋津州の安全保障に直接危機をもたらすものであるかのように聞こえてしまう。

この発言は、それだけ非礼なものを含んでいると言って良く、少なくともあっさりと聞き捨てにされて良いほど軽いものでは無い。

本来なら、米国の国益をその双肩に担っている筈のタイラーは、強い抗議を以ってこれに対抗すべきであったろう。

しかし、現実にはそうはならなかった。

ならなかったと言うより、出来なかったのである。

今のタイラーには毅然として抗議をするなど思いも寄らないことであり、また仮に抗議などしてみたところで、互いの国力にこれほどまでの隔たりがある以上、かえって惨めな思いをするだけなのだ。

惨めな思いをするだけで済めば未だいい。

そのことが敵対行為とみなされる可能性がある以上、そのまま開戦の口実にされてしまうと言う、悪夢のシナリオを呼び寄せてしまうかも知れない。

合衆国にとって、全く勝ち目の無い戦争を経験することになるのだ。

そのシナリオでは、勝敗などは一瞬で決まり、米国全土は一時間もせずに完全に占領されてしまうことも目に見えている。

タイラーやワシントンの首脳たちの間には、秋津州に勝利する為には一方的な奇襲作戦を敢行する以外に無いとの考え方が定着しつつある。

無論ありったけの核ミサイルをぶち込むことになる。

しかし、奇襲作戦も何も、敵の主要な本拠の所在さえ掴めない以上、いかに天才的な用兵家を以ってしても、作戦案すら描ける筈も無く、米国側にはひたすら辞を低くして開戦を避ける以外、能動的に振舞う自由など残っていないのである。

その上ごく普通の国際慣行に照らしても、その相手国には堂々たる開戦の口実が既にある。

侵略軍の背中を押してしまったと言う事実は、いまやワシントンの首脳たち全ての脳裏にこびりついて離れることは無い。

ちなみに、「自国の国益のために代理戦争を引き起こし、さも自分自身の手は汚れていないような振りをして見せる。」と言う、この米国一流の手法は、過去の一時期においてかなりの部分で成功を収めて来た。

しかし、今回に限っては明らかな失敗であったろう。

だが、これもあくまで自分自身で判断してやったことなのだ。

このれっきとした敵対行為も、相手が弱国の場合気づかない振りをしてくれて、それだけで何事も無かったかのように済んでしまう。

国際舞台においては、実際は気付いていても、都合によっては気付かない振りをするものなのだ。

秋津州も公式には気付かない振りをしてくれているが、実際には当然気付いている。

いまや絶対的な強者である国王が、気付いてしまっているのである。

国王はいまだに公式にそのことに触れたことは無いが、度々顔を合わせるタイラーの胸には、国王が気付いてしまっていることは、それこそひしひしと伝わってくるのだ。

少なくともタイラーの視界の中では、万一国王がそのことに公式に触れることがあれば、すなわちそのときこそが米国の滅びるときとなる。

ワシントンが公式に謝罪しない限り、これほどの敵対行為に気付いた上で、何の反撃もせずにいれば、全く気弱げに躊躇しているか、恐怖のあまり居竦んでしまっているとみなされてしまうのである。

その結果呼び込んでしまう不幸の数々は、もう言うも愚かだ。

世界の大衆レベルでこそ、多少の同情をかうことは出来るであろう。

しかし、政府間レベルにおいてはそうはいかない。

他国から見て、さも美味しげなご馳走に見えてしまう材料を持つ以上、同情してくれるどころか、足元に付け込まれて散々な目に合わされることも目に見えている。

秋津州側が公式にそれに気付いたときには、目の前の若者はいやでも火蓋を切らざるを得ないのだ。

少なくとも、ワシントンの持つ国際常識から見ればそうならざるを得ないのである。

この観点から言えば、罪を認めて謝罪すると言う政策を取れない以上、ワシントンは最早明らかに手詰まりであり、弱者である米国は怯えきってしまっていることになる。

結局、タイラーの口を付いて出てきたのは抗議どころか、もはや悲鳴に近い哀願調の言葉であった。

「お言葉ですが、わが国は決して貴国の安全保障を脅かすようなことは有りません。」

口は重宝なものだ。

口先だけなら何とでも言えるのである。

現にワシントンでは、秋津州への核攻撃の可否が議論されていることも若者は知ってしまっている。

もっとも、米国側から見れば、これをしも立派な防衛戦争であると言うに違いない。

「いや、必ずしも貴国が直接何かをなさると申している訳ではない。貴国にだけ例外を認める訳には参らないと申している。」

王の申しようも又理の当然であり、若年の身ながら堂々たる外交を行おうとしているだけなのだ。

「それでは、他の国にも決してお認めにならないご方針でいらっしゃるものと、理解させて頂いてよろしゅうございましょうか。」

我が米国に許されなかったことを、他の国が許されるようなことがあれば、米国の威信は間違いなく地に落ち泥にまみれてしまう。

タイラーは、冷静なときには決して言わなかったであろうことを、押し付けがましくも言ってしまったのかも知れない。

その反応がひたすら恐ろしい。

焦燥と緊張のあまり、既にかなりの部分で冷静さを欠いてしまっており、目もうつろにあらぬほうを彷徨い続け、正面の若者の目を正視することも出来ない。

だが、予想に反して目の前の若者は冷静であった。

「わが国は、いまだ戦時体制を採っておる。」

「承知しております。それでは、貴国の戦時体制が解かれた際にはご方針をお変えになるものと、理解させて頂いてよろしゅうございますね。」

かなり押し付けがましい物言いであり、タイラーとしては、実に捨て身の切込みをかけたつもりであったろう。

これは、今までの米国が巨大な国力を背景にして押し進めてきた、通常の外交ではない。

それらの場合の相手とは、全くかけ離れた存在なのだ。

つい最近、世界の檜舞台に登場してきたその国は、合衆国にとって、当初実に可愛げのある、言わば子犬のような存在でしかなかった。

小さな子犬は、牙も持たず、無論鋭い爪も具えてはいなかった。

抱き上げて頭を撫ぜてやりさえすれば、鼻を鳴らしながら尻尾を振ったかも知れないのだ。

それが、今はどうであろう。

北米大陸の全ての空を覆いつくすほどの翼を広げ、凶悪極まりない爪を研いでいる巨大な猛獣と化してしまっている。

その恐るべき実力は、既にいやと言うほど思い知らされてしまった。

言い換えれば、今目の前に居るこの少年こそその猛獣そのものなのである。

今度こそ、この恐るべき若者の怒りをかってしまったに違いない。

地響きのするような怒声が今にも降ってくることを想い、一瞬体中が竦んでしまった。

まるで周り中が凍りついてしまったような思いの中、冷たいものが背中を伝い落ちていく。

タイラーにとってのその時間は、耐え難いほど長く感じられたのである。

しかし、またしてもその予想は裏切られ、いたって物静かな答えがかえってきた。

「そう理解してもらって結構だ。」

猛獣は、あっさりと認めたのである。

「ありがとうございます。」

これで少なくとも、自分が背負っている使命の半ばを、辛うじて果たせる見通しが立つに違いない。

あとは、秋津州の戦時体制を解かせることが出来さえすれば良いのだ。

それにしても、目の前の若者の豪快な健啖ぶりはあいも変わらない。

あたかも銃一丁を背にして山野を跋渉する猟師が、さも旨そうに獲物にかぶりつくかのように、今もばりばりと音を立てながら生野菜を噛み砕いている。

しかし、前回と違ってそれに対する不快感は少しも沸いてはこないのである。

ただただ、わきの下にじっとりと冷や汗をかきながら、先ほどまでの並々ならぬ緊張感が一気に引いていくさまを、どこか遠くに居るもう一人の自分がみつめているような気持ちになっている。

体中の力が抜け落ちてしまって、口の中が粘り付き、激しい渇きを覚える。

哀れな外交官は、その苦しい立場からわずかに救われて、出された日本茶をすすり上げるだけの心の余裕も生まれて来た。

これでワシントンへも、やっと報告らしい報告をすることが出来ると言うか細い安堵感が、改めて湧いて来ていたのは確かであった。

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  1. 2005/11/03(木) 10:31:08|
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自立国家の建設 035

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さて、この日の昼下がりの神宮前オフィスは、常勤の官僚たちばかりでなく、臨時に召集された多数の人たちの熱気に満ち溢れていた。

あの賓客が、訪れるのである。

それも今回は、確実な前触れがあってのことで、その一点では神にも感謝したい気持ちの者が大勢いる。

前回は、大規模紛争の実質的終結のための協議が唐突に行われ、日本は知らぬ間にそのホスト国とされてしまい、挙句に、暴風のような国王の行動にただただ振り回されているうちに、全てが終わってしまっていた。

そう言う苦い体験をさせられたことを、否応なく思い起こさせられている者が大勢混じっていた筈だ。

前回の騒動に懲りて一層厳しい緘口令が布かれ、それが未だ保たれているらしく、幸いにも報道陣たちには漏れていないようだ。

周辺の報道陣は、今のところほぼ通常のものと変わりが無い。

ただ、前触れがあったとは言え、かの賓客の来訪は今回もまた非公式なものとされ、内閣官房からの指示ではその迎えの用意でさえ、いよいよひっそりと行われることとされていた。

かつて東太平洋問題準備室と呼ばれたこのオフィスは、東太平洋問題対策室と名を変え、今又「秋津州対策室」と再び名を変えてはいたが、一階と地階のみを当局が使用し、それ以外のスペースは、全て秋津州商事の専用と言う扱いになっていることに変わりは無く、相変わらず贅沢に配された広い庭に囲まれて鎮まっている。

この時点の二階オフィスには大泉総理と国井官房長官の姿が揃い、秋元千代を相手に和やかに懇談を始めており、肝心の賓客が到着すらしていないにも拘わらず、既に実質的な意見交換が始まっているかのようだ。

だが、この間の千代は、京子との特殊な通信を通じて国王の意向を取り次いでいたに過ぎず、その王の意向も、とうに王と新田の間ですり合わせがなされていたものばかりだったのだ。

やがて賓客の一行を乗せた大型の乗り物が、いつものようにひっそりと裏庭に到着し、人目を避けるように足早に入館した。

小走りに先導するのは京子である。

随行は新田と京子のほかには、井上司令官と三人の侍女たちだけだ。

一行が降り立った乗り物は対策室の面々も、今回始めて見る大型のポッドであったと言う。

以前、何度も見かけた漆黒の小型のものには、四人掛けの座席を具えたものと、貨物スペースの大半を廃して座席を設け六人掛けとしたものが存在していた。

だが、今回のものは全く異なるものであった。

概ね、大型バスのボディより多少大きめの容積を持っており、中の座席数は大型の観光バスをイメージして見れば大よその見当はつく。

国王一行は、素早く迎えに出た総理と官房長官と共に、てきぱきと二階に席を移し、簡略な儀礼交換のあとすぐさま会談が行われることになる。

冒頭に、満面の笑みを湛えた総理から、北方領土奪還に関わる国王の尽力に対して丁重に謝意が表され、好意溢れる対日政策の根幹に触れることが出来たことは、両国の今後を占う上でまことに喜ばしい限りであるとの挨拶があった。

少なくとも現時点の日本側に、秋津州の並々ならぬ好意を疑う者など一人もいない。

先程らい作成していたメモをもとに次々とその確認がなされ、若干の修正が全て新田を中心に進められて行った。

喫緊の課題として、韓半島問題についての意見交換の内容などは、かなり具体的なものが多い。

殊に、占領地における不明日本人に関する調査が未だ続いていることもあり、主にそのために必要な期間と秋津州側の支援体制に関する話題が俎上に上り、占領を継続すべき期間については不透明であるとされ、自然続行すべきことが確認された。

当然、その時間を有効に使って、更なる調査が腰をすえて続けられることになるのだろう。


又、現地入りしている各国メディアが、さまざまな客観的事実を積極的に公開し始めており、その効果については総理も重く受け止めていたほどで、彼等が最も情熱的に公開しつつある情報は、自然今般の紛争のいきさつについてのものが主軸であり、それは現地の民衆が今まで知ることの少なかったもので溢れていた。

現在、自国が敵に占領されてしまっているのはいったい何故なのか、彼らはほとんどその真の理由を知らされてはいないのである。

知っていたのは、自国が太平洋上に新たな領土を得たと言うことだけであり、彼らのほとんどが秋津州を自国領であると信じて疑わない。

この自国領には不法に盤踞する蛮夷の一族がおり、その者等が突如反乱を起こし、本国を乗っ取ってしまったのだと言う者もいる。

だが、蛮夷の筈のこの軍隊は、どういうわけか女性ばかりで編成されていて、攻撃さえしなければ一切住民に危害を及ぼさない。

危害を及ぼすどころか、無尽蔵とも思えるほどの膨大な生活物資の配布を続けてくれるのだ。

彼女等の手になる栄養と衛生面における多大な貢献については、そろそろほとんどの住民が認識し始めていたが、それでなお、彼等にとっての秋津州軍は反乱軍なのである。

だが、民衆の中には事実を知る者もおり、その又一部がメディアに雇用され活発に情報を発信し始めていた。

無論、事実に基づく情報であった。

その間、占領軍は一切の容喙を慎み超然としており、情報公開など各メディアが勝手にやっていることであって、全く我が方の知るところではないと言うスタンスなのだ。

言い切ってしまえば、若者にとって、今更情報公開などどちらに転んでも別にどうと言うことは無いのである。


日秋トップ会談の席上では、半島南部についても話題になり、その国は又しても自ら困難な状況を招いてしまっていると言う一点において互いに共通認識としており、日本にとって最大の課題は大量の難民の発生であるとされた。

総理は、結果的に発生する日本の経済損失は全て織り込み済みであるとし、事態は既に次の段階に進みつつあると言う。

その国の瓦解は既に眼前にあるが、最早これ以上の支援はその意義を認めない旨の、冷然たる王の考えがかなり直接的な表現を以て示された。

これまで行ってきた韓国への支援は、全て秋津州国王の政略の延長線上にあったもので、もはやその必要性は全く無くなったと言うのだ。

別にあの国の惨状に同情するあまりに、あのような膨大な支援を行って来たわけでは無いと言うのである。

若者の政略の座標軸においては、世界の自由貿易の循環構造を破壊し尽してしまうことを恐れるところに、その基点を置いていたからに過ぎず、その座標軸そのものを過去のものとして葬っていける準備が、いよいよ整ったことは確かだろう。

若者は、その後に来る混乱を避けて通ることは出来ないとして、その混乱を必然とみなした上で対応する道を選択したことを、改めて強く印象付けたことになる。

さらに、来たるべき混乱期に周辺海域を全面的に警備する必要を生じた場合、共に必要とする行動原理についても申し合わせがなされた。

結局、両国ともに、これまでのような支援のあり方を完全に否定し去ったことになり、この瞬間に彼の国の運命は極まってしまったことは確かだ。

思えばあの国は、二十世紀初頭から日本からの莫大な財貨を吸い寄せ続けて来た。

その財貨とは、言うまでも無く日本人自身の尊い血税なのである。

彼の国は、好むと好まざるとに関わらず、絶えずその恵みを受け続けてきたことだけは間違いない。

そして、昨今は秋津州の恵みを受け続けて来た。

しかし、恵んでも恵んでも結局は恨まれてしまうと言うこれまでの結果を見れば、もはや恵みを垂れ続けることの無意味さだけは充分に学習出来た筈なのだ。

いずれにしても、日本財界のスタンスも、他の地に向けて本格的にシフトすべく覚悟が定まったことになり、いよいよそれが表面化する日も近い。


次に大きく話題となったのは、秋津州の持つ安価で安定的な労働力に関する一件であった。

例の、膨大なヒューマノイドたちのことだ。

日本の労働市場の現状と近未来に鑑みて、「ヒューマノイド型労働力に関する法案」を提出する用意のあることが総理から明らかにされ、それも年明け早々にも行われると言う。

高性能の人型ロボットには、無論、人権も納税義務もある筈が無い。

それを労働力の代替として供給を受ける者は、おそらく機械設備のレンタルとして扱うことになるのだろうが、当然、通常の労働者を雇用した場合とは異なり、源泉徴収の手間も要らず、事業者が負担すべき法定福利費なども一銭もかからない。

現行の税体系では、そのレンタル料にかかる消費税を負担するのみだ。

その上、例え二十四時間、三百六十五日無休で労働を強いたところで、当のヒューマノイドは勿論当局も一切文句は言わない。

ただ、そのレンタル料金が過度に低廉である場合、自らの競争力を危うくする点で労働団体からさまざまの反発を招くことは必至だ。

折りも折り、面白いニュースが流れ、国内の議論を呼んだのはつい先ごろのことであった。

総理が、記者会見で記者の質問に応えて行ったある発言がそのソースだ。

その記者はかなり先鋭的な意気込みを感じさせる口調で、神宮前の秋津州対策室に、時折り姿を見せる漆黒の航空機について質問したのだ。

例のポッドが対策室の裏庭から発着していることは、かなりの部分で事実であると言う見方が既に定着してしまっており、その実写映像と称するものまで存在しているのだ。

この前提で、そのような正体不明の航空機が首都圏の上空を飛行していることを、行政当局として適正に対応出来ているのかと言う趣旨であったが、無論、この首都圏の上空を専管しているものは、日本政府では無いと言う現状をも鋭く突いていることになる。

したがって、その場に居合わせた誰しもが、「そのような不審な航空機は未確認であり、目下その事実関係を鋭意調査中である。」と言うような政治的回答を予測していた。

ところが豈図らんや、総理はその存在をあっさりと認めてしまったのである。

その場にざわめきが起こり、記者の次の質問におっかぶせるように総理は言い継いだと言う。

「あれは、航空機ではなく空中浮遊物だよ。」と言ったのだ。

その場に、失笑の渦が巻き起こったのも当然であったろう。

言わば子供が手に持っていた風船が、その手を離れ、ゆらゆらと空に昇っていってしまったようなものだと言ったことになる。

現状では、そのような空中浮遊物を云々するような法制度は存在せず、余程具体的な問題が発生しない限り行政が容喙するところではないと言う。

おもちゃの風船とかパラグライダーやハンググライダーだとかが例え空を飛んでいても、現行の法律では単なる空中浮遊物に過ぎないのである。

総理は、質問の対象となる物体が航空機であるという根拠を確認していないと言う。

それが対策室の裏庭に何度も姿を現し、人間が乗り込む場面さえ多数の目撃証言があるにせよ、目撃者たちが気付いたときには、いつの間にかそれが見えなくなってしまっていたのであり、単に、それだけの話だと言うのである。

総理は「きっと、風に吹かれてどこかに飛んでいってしまったのかも知れないなぁ。」と言って笑ったそうだ。

それゆえ、空中浮遊物だと言うのだろう。

つまり、現在法の規制の及ばない部分を、どこまで法を以て定め、どこまで規制して行くべきかは、又別の問題だと言っていることになり、ことほどさように、ヒューマノイド労働力の導入にしても、さまざまな問題点を踏まえ、法の整備が求められることも数々あるに違いない。

秋津州は、このまことに優れた工業製品を大量に、かつ低コストで生産出来ることで知られており、その製品が優れた労働力として機能する場合、各国大資本の目を大いに集めるだろうことは、過去においてタイラーが、本国政府に報告した重大事項の一つになっていたことからも明らかで、若者の考え方次第では、この切り口一つで世界の産業界を席捲してしまえるほどの、恐るべき潜在能力を秘めている筈なのだ。

自国の労働力の代替としてこの導入を大量に許すと言う事は、国王の意思一つで、自国の産業界の半ばを牛耳られてしまう可能性があることを知らねばならない。

だが、総理は、そのために必要な両国の信頼関係は、既に成っていると言い切ってしまっている。

秋津州国王が、日本の困るようなことをする筈がないと言っているようなもので、この件だけは、日本側の希望的観測ばかりが突出してしまっている感があろう。

また、これに付随して、株式会社秋津州商事の納税事務に関して、恒常的に税務当局が関与することにしたいと言う日本側の希望が出され、若者は即座に承諾した。

具体的には、秋津州商事の経理税務に絡む実務全般を、税務官吏が常勤体制で代行すると言うものだ。

その納税事務の正当性と透明性を一層高めておくことによって、故無きスキャンダルの噴出を、未然に防ごうと言う深慮遠謀だとも言えよう。

何しろ、法人としての全資産の変動と費用の発生に関して、それこそ細大漏らさず当局の管理下に置かれると言う話なのだが、若者はこれを即座に理解したばかりか承諾したことになる。

早速に税務当局から多数の税務官吏を受け入れ、日々監査を受けると言う大義名分を以ってその事務を開始することになると言い、当該新法が施行を見るまでは、当局の行為は全て通常の税務監査であるとされるのである。

また、秋元姉妹は当初政府当局の懇請によってこのオフィスに入った筈であったにも拘わらず、多額の地代家賃を遡って負担することも合意された。

いずれにしても、国王側には全く異存が出てこない。

ただ、多数の証券会社からうるさいほどに勧められている株式公開については、その意思が無いことが改めて明らかにされた。

なお、現在の秋津州商事の全株式は秋元京子氏が保有しており、制度上彼女がオーナー経営者と言うことになるのだが、それにも拘らず、この場ではその実質的な権限者は国王であると言う前提で、全ての話が進展してしまっている。

そのことに疑問を呈する者が一人もいないのだ。

陪席の京子本人ですら、全く異議を唱えることが無い。

もっとも、表面上見えている事柄からだけでもその理由は無いことも無い。

秋津州商事の商権の全ては、秋津州国王の委任を受けることによってのみ成立しているのだ。

その商権は、秋津州の全ての商取引に関する独占的な代理店業務にあり、一旦、その代理店指定を国王が取り消してしまえば、一瞬でその商権の全てが消滅してしまう。

本来なら、秋元京子は必死になって経営の多角化を図る筈なのだが、その気配も無く、京子と並んで代表権を有している妹の千代にしても同様だ。

但し、これはあくまで日本国内に以前から存在していた株式会社秋津州商事についての話であって、秋津州国内の秋津州商事の話では無い。


最後に出た話題は、中露等に対する新たな支援の一環として報道されている、永久原動機を動力源とする発電所の建設に関する一件であった。

現状の原子力発電所の全てをこれに代えていくことが、中露からの切実な要望として出されていることが、国際的にも注目を浴びているさなかであり、今般北方領土に限って採用に踏み切った日本政府としても決して無関心ではあり得ない。

この二カ国においては今次の戦争の結果、原子力発電所の稼動にあたってさまざまな障害が群がり起きており、一部に至っては解決不能と思われるものまで存在するようだ。

このため、その発電方式の事後の維持発展に関しては、明るい展望を見失ってしまっており、今次の中露の要請はそのためのものであったろう。

だが、そこには大きな問題が隠れている筈なのだ。

そもそもこの永久原動機と言うものは、秋津州以外には何人たりともフォローし得ない技術なのである。

まして、電力エネルギーが国家経営の根幹を揺るがすほどのものである以上、すなわちこれは、国家としての重要な要素を秋津州に握られてしまうことを前提とした話に他ならない。

その上秋津州には、いかなる他国にも関与を許さない、全く独自の通信技術がある。

この技術がある以上、いかに代替えの原動機が添えられていようと、一旦ことある際には、若者の判断一つでいつ停止させられてしまうか知れたものではない。

結局、多くの発電所に永久原動機を使用することが、確実に秋津州の支配権の強化に繋がることを、若者の無言の笑みから読み取った総理は、怖気をふるって感じ入ってしまった。

中露の電力は、現在の成り行きから見て、近い将来にもその六割ほどがこの形式のものになっていくことは確実で、その需要の増加に伴い益々増設されて行き、ゆくゆくはその八割を超えてしまうとまで囁かれている。

両国から直接この願いを受け付けたのは新田源一であり、その分析によると、今次の戦後処理における国王の基本姿勢の特異性が大きな誘い水になったと言う。

全く不思議なことに、完勝したはずの国王が一寸尺土も要求せず、ひたすら莫大な経済支援を繰り返して来ており、その上、敗戦国の核をも含めた再軍備に関しても躊躇なく許容し、逆にそれを急がせてもいる。

自身の判断によってのみその国防軍は整備されるべきであると言う国王の思想信条が、改めて喧伝されているほどなのである。

二カ国側からすれば、このような秋津州側の姿勢を見るにつけ、いまさらその国からの脅威を云々しても無意味であり、どうせなら徹底的にその翼下に抱かれてしまった方が、安全保障上の観点からも得策であると判断し、改めてこの発電所建設の支援を要請する気になったと言うのだ。

その結果、国王は中露に対してまたまた最強の外交カードを握り、この要請の任意性の高さを否定する声などさらに無く、カードの正当性をより強く補強してくれることに繋がった。

若者が具体的に口にすることは無いにしても、総理が察した通り、これも若干十九歳の男の示した恐るべき戦略の一環であることは明らかだ。


千代の作成したメモには、このほかにも数多くのものが盛り込まれており、国王の親日的な意向を更に浮かび上がらせていくことになる。

これ等の内容については、国井新田間で何度もすり合わせがなされていたものばかりで、実のところを言えば両首脳が直接顔を合わせる機会を持つことこそが、本当の狙いであったのかも知れない。

実は、この企画を立てた時点では、国井と新田の胸中には密かに危惧するものがあった。

一部に変人とまで呼ばれている総理は、名にしおう頑固一徹、こうと決めたら梃子でも動かないと言う変物中の変物である。

又、一方の若者はと言えば、それに負けず劣らずの強情者、かの米国大統領をさえ、気に入らなければ鼻の先であしらうほどの強烈な個性の持主なのだ。

若年とは言え、いまや世界中にその名を轟かせる秋津州の元首でもある。

この二人の気性から言って、その呼吸が合うかどうかを密かに案じたのは確かだ。

だが、案ずるより産むが易しとはよく言ったもので、礼儀正しく、慎ましく年長者を立てる若者の姿勢に直接触れ、とうに還暦を過ぎた変物総理もいっぺんに参ってしまったようだ。

その根底には、同祖同族の意識を共有していることもあったろうが、日本の国益に対し常に配慮を見せる若者の姿勢が、親子以上に年の離れた両者の間に、充分な心の交流をもたらしたことも確かだ。

多忙な総理が小一時間ほどの懇談ののち官邸に引き上げることとなり、玄関先まで見送ろうとする若者を新田が止めた。

総理と一緒に玄関先まで出て行けば、当然若者の姿も、報道陣にキャッチされてしまうことを恐れてのことだ。

何せ、今しも公用車が車寄せに横付けになり、数多くのカメラがそれを捉え続けているのだ。

今若者が出て行けば、結果は知れている。

その行動は常に世界の注目を浴びており、まして日本での動向などは絶好の標的になってしまう。

ここで騒ぎになってしまえば、このあとの行動が一段と難しくなってしまうに違いない。

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  1. 2005/11/03(木) 11:34:07|
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自立国家の建設 036

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実は新田は、今朝方秋元女史から突然の依頼を受け、ホットラインを通して急遽国井にまで伝えてあることがあったのだ。

それは表向き、国王の伴侶を選ぶに当たって、単にその選択肢を広げておきたいと言うレベルの話題であった。

だが実際は、モニカとか言うアメリカ娘に惹かれている若者の気持ちを、少しでも変えさせたいところに本音があるらしい。

京子にとって何にもまして大切なその若者は、思春期の発芽を覚えるころには異星人との凄惨な戦いに明け暮れ、やっとの思いでその撃退に成功したあとは、散々に蹂躙されてしまった荘園の復興にその日々を過ごして来たと言い、男子としての肝心な成長期に、身を粉にして働きづめに働いて来て、全くと言って良いほど異性に触れる機会を持たなかった。

一言で言えば、そのような優雅な余裕など全く無い思春期を過ごして来たことになるのである。

京子としては、このような特異な育ち方をして来た若者に、世の中にはさまざまな種類の沢山の女性がいるのだと言う現実を適度に体験させ、健全な男子としての当然の学習をさせたい。

そのためには、さまざまの女性と数多く接触する機会が必要であり、それも女性的魅力を豊かに具えた女性こそ望ましく、若者のモニカに対する恋情を薄れさせてしまうほどの威力を発揮して欲しい。

当初、京子はモニカの国外退去を考えたようだ。

タイラーに一言言いさえすれば、それまでの話なのである。

だが、思い直した。

そのあとの若者の反応を恐れたためだと言う。

それに気付けば、今度は若者が自ら呼び戻してしまうかも知れない。

若者が自らタイラーに一声掛ければ、タイラーは小躍りしてモニカを呼び戻してくるに決まっており、そうなれば、ことはかえって逆効果を生み、二人の仲が急接近してしまうことは目に見えている。

やはり、他の作戦を考えねばならない。

しかし、結果的に作戦目的を達成出来たとしても、その新しい女性が第二のモニカになってしまえば元も子も無い。

その辺の兼ね合いを心得た上で、万端よろしく頼むと言うのである。

全く、京子らしい身勝手な戦術を使ってくるものだ。

言って見れば、たかが十九歳の少年にオンナを取り持つ話であり、普通なら、あまりの馬鹿馬鹿しさに呆れ果ててしまうところだろうが、多少脚色されたものとは言えモニカに関するあれこれを聞くにつれ、国井たちは姑息ともとれるこの作戦に積極的に乗ることにしたのである。

この件については、個人的にも京子の心情に強い共感を覚えてしまったものと見える。

殊に国井などは、自分の息子がそのようなタイプの女性を好きになってしまった場合のことを考えれば、とても他人事とは思えないらしい。

又、それだけ若者のことが好きなのである。

無論、政治的な思惑も無いでは無い。

絶大な力を持つあの若者に、そのようなタイプの女性が強い影響力を行使するなど思うだに恐ろしい。

場合によっては収拾のつかないほどの紛争さえ引き起こしかねず、日本と秋津州の絆にも深く影響してしまうかも知れないのだ。

若者の親日的な思想信条も変な方向に転換させられてしまうかも知れず、そのようなことにでもなれば日本の国家的損失は計り知れない。

少なくとも、あの若者に強い影響力を持つ女性は絶対に親日家であって欲しいのである。

理想は、最も日本人らしい日本女性であることは勿論だ。

いや、これこそがこの作戦の眼目であるべきなのだ。

こうなると、最初の内こそ軽い気持ちだったものが、今や切実なものに変わってしまっており、この件では、大勢の部下を使って既にかなりの部分でその対応を済ませてもいた。

無論、部下たちには作戦の眼目についてくどいほどに徹底した。

このような立場に立たされた部下たちも気の毒と言えば気の毒だ。

中には、大いに屈辱を感じて憤りを露わにしてしまう者もいたらしく、影では「そこまで下劣な品性など持ち合わせてはおらん」とまで罵った者までいたそうだ。

しかし、その全容を知るにつれ、日本の国益を左右するほどの重要な作戦であることも理解出来る。

国家の安全保障に関わるとまで言っても、決して言い過ぎではないのだ。

まして、このことは若者本人は全く知らされてはいないのだと言う。

当人が望んでいるわけでは無いことを知るに及んで、不思議なことに逆に張り切る者が増えた。

このような背景の下に、さまざまな物事が密やかに動く過程で、メディアの間に情報が流出していくのも又自然の成り行きであったろう。

ただ、その情報もかなりいい加減なものが多く、某一流ホテルで開かれる国王主催のレセプションの話になっていたり、主催は日本側で場所は官邸になったりして、その内容は多種多様のものに変質してしまっていた。

中にはその場所を秋津州国内とするものもあり、メディアの中には当局の全くの沈黙に対して、反感を露わにして大声で情報公開の必要性を叫ぶものもいる。

秋津州対策室の方でも、急遽手を回して二箇所もダミー会場を抑えていたが、無論、情報を攪乱させるためだ。

しかし、現実に招待を受ける個人の側には、その全容までは分からない。

自分のことしか分からないのである。

とりあえずの集合場所としては、秋津州対策室の二階と言うことになっていて、迎えの車も全て当局が用意すると聞いている。

会場は秋津州の内務省ビルなのだが、渡航に際してパスポートも査証も不要であり、特殊な超高速航空機を用いるため、再び対策室に戻ってくるのに、せいぜい三時間もあれば事足りるとも言われていた。

無論、航空運賃も日本国政府の負担であると言う。

かなり強力な緘口令が布かれていたにせよ、この招待を辞退した多数の人々の口から、徐々にその内容が漏れて行くことになるのも自然のことだったろうが、少なくともその機密レベルは非常に高いものであるとされ、最終的には国家の安全保障に関わるほどのものであることを、全員にくどいほど念を入れてあり、いきおい、漏れて行く情報も断片的なものにならざるを得なかったようだ。

しかし、盛装した人々を乗せた車の出入りが激しさを加え始めるころには、秋津州在留のメディアから内務省ビルにおいて開かれるイベントについて確実な情報が配信され、一気に事実関係が明るみに出ることになった。

当然、対策室の周囲一帯に多くのメディアが詰め掛け、騒然たる雰囲気を醸していたのである。

一方、昼前の秋津州ではメアリーが一人気をもんでいた。

急いで伝えたいことが出来たのだが、ダイアンが一人きりで外出したまま、未だに連絡がとれないままなのだ。

開通したばかりの携帯電話も持たせてやったつもりが、それすらも忘れて行ってしまったらしく、その番号に掛けてもダイアンの居間で空しく鳴るばかりだ。

これじゃ、いったい何のための携帯電話か分からないじゃないの。

せめて、護衛役の側近を一人でも連れていれば、緊急の連絡も必ず取れる筈なのだ。

今でこそ携帯電話を持つ護衛の者たちには、つい最近まで緊急連絡用として無線機器まで携行させていたくらいなのだ。

とにかく、急いで連絡を取って、話してやらなければならないことが出来てしまっている。

実は、今朝方貴重な情報を得た。

京子からの直接の情報なのである。

それは、ダイアンにとって強力なライバルの出現を告げるもので、そのモニカとか言う娘を協調して排斥すべく、わざわざ詳細なデータをリークしてきてくれたのだ。

そこでは、当の若者が惹かれる女性の特徴や傾向について詳しく触れられており、大きなヒントが含まれている思いがしてならない。

またつい今しがたも内務省から、今夕に急遽開かれることとなったレセプションへの招きの連絡が入り、他の招待客の顔ぶれも大凡は掴むことが出来た。

その顔ぶれの中には、数多くの各国代表部の者やメディア関係者たちも含まれており、問題の女性やそのグループの者たちも報道関係者の資格で顔を見せる筈だと言う。

そして、短時間のうちに再び内務省から連絡が入り、東京からも急遽多くの日本人女性が出席することになったことが告げられ、それには京子からの伝言として、ダイアンの衣装や装身具についても懇切なアドバイスが添えられていた。

その重点事項はこのライバルの戦術のひそみにも倣い、出来る限り艶やかな化粧や身なりを心掛けるべきだと言うもので、今朝方京子からもたらされた諸情報を充分頭に入れていたメアリーにとっては、一々我が意を得たりと言うものばかりだ。

それなのに肝心のダイアンが帰って来ないのである。

今も多数の者を諸方に走らせており、この狭い首都のことでもあり直きに連絡が取れるだろう。


一方、国井の配下たちは神宮前に三十名にも及ぶ妙齢の日本人女性を集めてくることに成功し、同行を望む父兄たちも含めるとそれは六十名もの多くに上った。

このゲストたちは和洋取り混ぜて美々しく着飾り、二階の大広間を埋め尽くしていたが、係りの者から、このたびのレセプションが秋津州の国土復興を祝って開かれることと、その招待を受けるかどうかの選択の自由が未だ残されていることが改めて告げられた。

勢いに押され、自分の意思に反して連れて来られたなどと、いざとなってから言い出されても困るのである。

当然彼女たちの質問には懇切な説明が行われ、このイベントの出席者に日本人女性が極端に少なく、日秋両国の親善友好のためにもその参加を勧める政府の意向が告げられ、程なく最終的な意思確認を兼ねて、改めて参加者名簿に自署を求めた結果、残ったのは付き添いの近親者を含め四十名を数えたが、その中には十名ほどの国井の手配した女性たちが混じっていたのだ。

彼女たちは通常酒席に侍ることを生業としている者たちなのだが、当局から破格のギャラの提示を受けており、あでやかな振袖姿の一般の参加者たちに負けず劣らず精一杯の盛装を凝らし、殊に華やかな洋装姿が目立つ。

また、参加の意思表示をした女性たちが極めて積極的な姿勢を見せているのも、このイベントの真の目的が、秋津州王妃の候補者選びではないかと囁かれていたためもあったろう。

結局、十名ほどの女性が最終的な局面で参加を躊躇したことになり、それぞれ対策室の手配した車で丁重に送られて行った筈だ。


さて、一方の秋津州では相当な人員が動員されて、粛々と準備が進んでいる。

突然の開催にも拘わらず、出席者数は事前の予想をはるかに上回りそうな雲行きで、内務省四階にある大広間が会場に充てられることになり、酒食の対応には千人分ほどを見込んでいると言う。

尤も、この秋津州始まって以来の華麗なイベントについては、既に数日も前から一部で囁かれてはいたようで、現に京子とメアリーの普段のやりとりの中でも、以前からその話題が出ており、その辺から広まってしまったのかも知れないが、それにしても、その当日の昼になってからの発表と言うのは如何にも乱暴な話で、当然大いに迷惑した者もいたことだろう。

いくらその出席は任意だと言われても、立場上欠席するわけにはいかない者もいたに違いないのだ。

殊に各国代表部の責任者クラスの中には、大いに喜悦して出席の回答をした者もいたが、その影には、対照的に眉をひそめた者も大勢いたろうことも想像に難くない。

もっとも、京子の本心では一刻も早く若者の胸の中から、あのアメリカ娘のイメージを消し去ることだけが重要で、その他のことに配慮するなど二次的なものに過ぎないのだ。

ただ、内務省は私的なイベントのことでもあり、その日程も当日発表と言う特異な形態であることを強調し、参加の任意性を重ねて補強することに努めてはいた。


結局、この立食形式のレセプションは堂々たる規模を以って開かれることになる。

都合四百人ほどのゲストが出席し、会場の裏表で立ち働く者たちは数知れず、会場は着飾った人々の姿で満ち満ちていたのである。

特に、各国代表部の幹部クラスの中で夫人や令嬢を同伴するケースが多く、さまざまな民族衣装に出会うことが出来た。

急遽日本から到着した振袖姿が一段と人目を惹いていたが、例のモニカたちグループもここを先途と装いを凝らし、いずれも華やかにその姿態を彩って必死に獲物に近づこうとしており、一時出御をむずかって京子をてこずらせた若者も軍装のままではあったが顔を見せ、開会の挨拶を済ませたあとは、グラスを片手に徐々に機嫌を直していったようだ。

例の三人の侍女たちも美々しく着飾って酒食を運ぶサービスに就いている上、揃いのロングドレスを纏った百数十人もの女性たちと共に、いわゆるボーイ姿の者も百人以上が接待に立ち働き、大量の酒食が惜し気もなく振る舞われて行く。

聞けば、これ等の男女は真新しいホテル群で働いている者ばかりだと言い、彼らは急遽そこから派遣され、このイベントにとって欠かすことの出来ない役割を見事に果たし、警備陣としては一人井上甚三郎が侍しているだけだったが、実際には膨大なG四が会場の内外をびっしりと固めている。

華やかな会場では国王が各国要人たちの挨拶にも悠揚たる態度を以て応えていたが、その身辺には常に新田と京子の姿があり、近づく招待客を紹介しながら油断なく周囲に目を配り続ける。

当然の事ながら、ゲストの注目と人気は国王に集中し、その周囲には常に人垣が絶えることは無く、最近とみに英会話能力に磨きのかかった国王は、先ほど来アフリカのとある国の父娘と談笑しており、殊にその令嬢とはかなり親しげに話し込む風が目立ち、その話題も、若者の開墾事業についてのものが中心で、令嬢は自国の民の食を賄おうと額に汗する王の姿に、限りない感銘を受けていたようだ。

人間が生きて行くためには、栄養と衛生環境と言うごく基本的な要件があるが、彼女の母国でもそれを満たすことが出来ずに、今も多くの餓死者と病死者を出し続けており、新生児の生存率に至っては驚くほど低いと言うのである。

若者も悲しげな表情を浮かべながら耳を傾け、油断すれば、我が国も又同様の運命に会うかも知れないと応えている。

そのキャサリンと言う令嬢は、しなやかな体躯と漆黒の肌を持つ実に健康そうな女性であったが、京子のデータによれば、その年齢は二十四歳、外交官である父の赴任先のロンドンで生まれ、長じては英国留学の経験を多く持ち、今も国王との会話が弾んでいて、つい先ほどまで若者と多くの会話を交わしていたアラブ系の美女が、諦めたようにさりげなくその場を離れて行く。

とにかく多種多様の人々が、争って若者との懇親を求めて集まって来ており、殊に、いまだ開発途上にあると見られる国々の要人たちなどは、秋津州財団の総裁としての若者の方に、より強く引き寄せられて来ている気配がある。

そして、ようやくその人垣が小さくなるころには、京子のさりげない誘導により、その周囲には日本人女性の姿が目立って来ており、十人を超える振袖姿が和やかに歓談していたが、この目も綾な一団の中に頭一つ大柄な女性の美しい姿が目に立ち、さながら鶏群の一鶴とはこのことかと思わせていた。

黒地を基調とした振袖に色白の肌色が実に良く映え美しくも華やかであったが、中でも京子の視線を惹いたのは、鶴と亀を鮮やかにあしらった豪華な衣装に、小さな五つ紋が付けられていたことだ。

大振袖に五つ紋など、見渡す限りその女性ただ一人だけであり、京子の電子回路の中のデータがめまぐるしく検索され、直ぐにヒットしたその娘の名は久我京子、二十歳となっていて、それも、つい最近誕生日を迎えたばかりと言うことは、王とはほぼ同年と言って良いだろう。

未だ学業中の身であると言う。

背丈についてのデータは無かったが、王の侍女たちよりは幾分小柄に見えることから百七十センチ代半ばほどのものであろう。

また、京子が注目したその紋は五つ竜胆車だ。

世に久我竜胆と呼ばれ、本来村上源氏たるべき久我家のもので、その本宗は七清華家の一つでもある。

その後、京子のところへも挨拶に来た久我父娘は、やはりこの家系のもののようであり、父親の亮一氏はその名も知れた久我電子工業のオーナーでもあった。

この父親の方がかなり積極的に招待に応じたことも分かっており、殊にビジネス上の絆を強く求めていることも、しごく当然のことと言える。

又、娘の京子の方はたまたま秋元京子と同名であったことに、ある種の奇縁を感じるらしく、その話柄で見せた大らかな笑顔が強く印象に残ったが、その酒量も相当いける様子で、純白の頬を染めながら「お許し願えれば、京子お姉さまとお呼びしたいわ。」などと言いながら、美しく整った顔にかなりの親しみを浮かべて見せていた。

無論そのほかにも、豪奢な振袖姿の娘たちが皆挨拶にきて、周囲は一段と華やいでいったが、若者の身辺には京子の手厚い配慮を得て常にダイアンの姿があり、大振袖が華やかに舞うあいだでさえ、その一際長身の煌びやかな姿が群を抜いて輝きを放っていたのである。

メアリーの強硬なアドバイスも受けその化粧も多少濃い目に施し、入国時に持ち込んできていた豪華な夜会服の中でも比較的派手やかなものを選び、その上思い切り豪奢で煌びやかな装身具でその身を飾っていた。

絢爛たるドレスも特別に露出度が高いわけでは無いが、長身の背筋をピンと立て雅びさえ感じさせる身動きにつれ、それに包まれた豊かな稜線を優雅にくっきりと浮き彫りにして行く。

靴のヒールもその体格に見合った高いものを履き、国王と並び立った姿は周囲の目を欹てさせるに充分なものがあり、若者にしても、最も親しい女性が最も美しい姿で傍らにいることを意識するらしく、頻繁に視線を向けながら機嫌よく杯を重ねている。

京子とメアリーが特別鋭い視線を浴びせたモニカの方は、多くの美女たちの群の中に全く埋没してしまったかのように、いまやほとんど目立つことも無い。

敢えて獲物に近づこうとする様子も無いではなかったが、ダイアンの絢爛たる立ち姿を前にしては、今更ながら圧倒されて近寄りがたい様子であり、この点に限れば、京子とメアリーの共同作戦は見事図に当たったことにはなるのだろう。


一方で新田の気配りは、自然、自分たちが苦労して連れて来たゲストたちに対してのものに傾斜せざるを得ない。

機を捉えてはその全員を漏れなく若者に引き合わせ、その懇親を深めるよう細やかな配慮を見せており、傍らに立つ京子は京子で、その一人一人について無言のチェックを繰り返す。

京子の電子回路の中には精密極まりない考課表があり、先ほどから新たな有力データがさまざまに書き加えられて来ており、その中にはアラブ系やアフリカ系の女性たちも含め相当数の名前がある。

若者は、今も煌びやかな娘たちと笑顔で歓談しているが、この女性群の中でも一段と年かさの鮮やかな訪問着姿が、少しく京子の目を惹くようになって来ていた。

データによれば、三十歳そこそこと言っても通りそうなその女性の年齢は三十八歳とあり、今回日本から招いた女性たちの中では飛び抜けて年長だが、国井の人脈を通じて参加して来た一人であり、未婚者で名は立川みどり、現在は銀座に「クラブ碧」と言う店を持ち、引き連れて来た女たちはその従業員と友人ばかりだと言う。

色白で化粧栄えのする顔立ちとすらりとした体付きを持ち、常連客からはまだまだもてはやされる、大人の女性としての充分な華やぎを具えている。

若者は、殊にこの女性の物慣れた受け答えがひどく気に入ったらしく、その冗談に幾度も笑いを誘われながら、先ほどから軽やかなやり取りを楽しんでおり、彼女は彼女で、若者の他愛も無いジョークにも常に機敏に反応を返し、自分自身もさも楽しげな笑い声を上げながら、傍らのダイアンの顔色にも絶えず気を配っている様子だ。

若者の方にも、懸案の復興事業に一応の目鼻を付けたことによる開放感もあったのだろう、かって無いほど気楽そうに談笑し、話題についていけずに傍らで微笑んでいるダイアンに、そのジョークについての解説までしてやっており、一歩離れて観察を続けているメアリーも、若い二人の仲睦まじい光景を目の当たりにして、密かに安堵の胸を撫で下ろしていた。

メアリーにしても、これほど幸せそうに光り輝いているダイアンは、初めて見るほどのものであったのだが、京子の考課表の中でダイアンと並び立つほどの高い位置に、久我京子の名前が密かに書き込まれたことまでは、想像することも出来なかったに違いない。

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自立国家の建設 037

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華やかな宴はほどなくその幕を閉じることとなり、ゲストたちは三々五々帰路につき、日本から招かれた人々もあの大型のポッドに乗って、瞬時に神宮前の秋津州対策室に戻って行った。

結局、この日本人たちの旅程は、当初予定されていた三時間にも満たない短いものであったのだ。

こうして京子のプロデュースによるイベントは成功のうちに終える筈だったのだが、ここで、プロデューサーにとって想定外のことが起きた。

肝心の若者が甚三郎一人を連れて、ゲストたちに同行して神宮前まで行ってしまったのである。

全く必要の無い事でありながら、内務省の屋上で若者がポッドに乗り込んだことを、その付近に配備していたG四からの報告で初めて知ったのだ。

神宮前にいる千代からの通信では、若者は旨い酒を飲みに行くのだと言っていると言うが、対策室では思いもかけずポッドから降り立った若者の姿に、官僚たちは驚きと困惑のあまりすっかり浮き足立ってしまった。

彼らは、帰ってきた日本人たちを、それぞれの自宅に送り届けることで、今回の任務に終止符を打てる心積もりでいたのだ。

ところが、若者の唐突な再訪によって、新たな任務が自動的に発生してしまった。

無論、内閣官房に報告してその指示を待つことになる。

その間、招待客一人一人の本人確認を済ませ、車で送る準備をしている最中に、「碧」のママの一行のうち八人の姿が見えなくなってしまったのだ。

勝手に消えた八人は、全てクラブ碧の女たちばかりだと言う。

気が付けば、肝心の国王陛下の姿も見当たらない。

二階の千代に聞くと、立川さんたちとご一緒のようですわ、と呑気に言うばかりだ。

立川さんとは、クラブ碧のママのことである。

どうやら、若者は碧の女性たちと一緒に出かけてしまったようだ。

結局、このあとが又ひと騒動だった。

碧は今日は臨時休業の筈で、そのための補償も充分にしてある。

急遽ママの携帯に連絡してみると、店は外の灯りを消したまま中は宴会だと言う。

無論、正客は秋津州の国王陛下なのだろう。

当然、官僚たちは顔色を変えて上に報告した。

この夜の国井はたまたま体が空いていたこともあって、かって知ったるクラブ碧に車を走らせながら、一人大笑いしていたと言う。

国井が到着したときには、女性たちは一人も欠けずに若者を囲んで賑やかに飲っていた。

謹直な護衛官は、ただ一人入り口近くのボックスシートにひっそりと座らされていたのである。

ただ、店の内外には広範囲にわたって、膨大なD二とG四がびっしりと配備されていたことは誰も知らない。

さて、これで客は二人になったことになる。

ますます座は華やいで、軽妙なやり取りが縦横に飛び交い、若者は終始上機嫌であった。

若者の左手は常に自分の膝の上にあり、背筋を伸ばしたまま右肘を上げてぐいっと飲む。

かなりの酒量を過ごしている筈なのだが、端然とした姿勢に少しの乱れも見せず、にこやかにただ黙々と飲むばかりだ。

やがて京子の指示を受けて千代も姿を見せ、主の楽しみの邪魔をせぬよう井上と同じ席にしとやかに控えた。

若者は仕舞いには隠し芸まで披露して周囲を驚かせ、終始笑顔を絶やさず実に楽しげであったと言う。

小一時間ほどの楽しげなときを過ごしてから、若者は立ち上がり、すかさず千代が勘定に立ったがママが受け取ろうとしない。

招待を受けたお返しだと言う。

実際には、喉から手が出るほどカネは欲しい状況だったが、そこは銀座の女としての、したたかな計算が働いたであろうことは想像に難くない。

この素晴らしい鴨を、確実にリピーターとするための最も有効な手段と考えてのことであったろう。

しかし、若者の一言でけりがついた、

支払いをさせてもらわないと、次に来難くなると言うのだ。

国井の「今更だが、陛下は世界一の金持ちなんだぞ。」の一言が止めを刺したのである。


そして、数日後のごく早い時間にクラブ碧の電話が鳴った。

驚いたことにそれは直接若者からの電話であり、これから飲みに行きたいが都合はどうかと言う。

みどりは胸のうちで、密かに快哉を叫んだことは言うまでも無い。

鴨は、確実に引き寄せられつつあるのだ。

一般のお客様もおいでですが、それでよろしければ喜んでお待ち申し上げますと応えると、では五分後にと言って電話は切れた。

無論、みどりにも事の重大さは分かっている。

即座に国井の秘書に連絡を入れ、奥まった席にリザーブの札を立ててその到着を待った。

我にもなく胸の動悸が激しい。

その客は自分の半分の年齢でもあり、最初から自分自身の色恋沙汰とは全く無縁の存在だと言う確信はある。

高鳴る動悸はその為ではないのだ。

その相手は、いやしくも今や世界一と言われる強国の専制君主であり、群を抜く大富豪でもある。

大仰で窮屈な警備体制や無用の騒ぎさえ起こらなければ、これ以上の客種など滅多にあるものでは無い。

ただただ、一般の客との大き過ぎる違いを意識せざるを得ないだけなのだ。

たまたま、早い時間帯であったこともあり、ほかに客はいない。

外では今頃、目立たぬようひっそりと警備態勢が布かれつつあるのだろう。

待つほども無く、外は未だ小雨が降る中を、濡れた気配も感じさせずにダークグレーのスーツ姿のその人がのっそりと入ってきた。

この頭抜けた長身で街を歩けば、もうそれだけで人目に立って仕方が無いだろう。

にこやかに迎え入れると、全員の嬌声に包まれながら若者は嬉しそうに席に着いて飲み始めた。

それも、相変わらず焼酎の一本やりだ。

女の子に言って、そっと外の様子を窺わせて見ると、先日と同じ護衛さんが若者と同じようなスーツ姿で、街の灯を避けながらひっそりと佇んでいると言う。

少なくとも、客の出入りの邪魔になるような位置では無いようだ。

あとで、ビニールのレインコートでも届けさせることにしよう。

気の毒な護衛さんは、先日のときもどんなに勧めても只の一滴も飲まなかったのだ。

今日は、構わずに放って置くことにしよう。

一瞬、貸切りにしてしまおうかとも思ったが、先日と違って若者はスーツ姿でもあり、他の客が入ってきてもあまり目立たないで済むかも知れない。

そうそう臨時休業や貸切りにするわけにもいかないのである。

こう見えても、常連さんだって少しはいるのだ。

また、電話が鳴って今度は当局からだった。

肝心の相手が着いているかどうかを尋ねられ、さきほどご到着ですと応えると、何かあれば、直ぐ外に止めてあるグレーのワゴンに連絡してくれるようにとのことで、もう相当な警備体制が布かれていることを窺わせた。

当局としても、賓客の折角のご気分を害さぬようひたすら努めているのは間違いなさそうだ。

鴨は楽しそうに、今日も端然とした姿勢を保ちながら飲んでいる。

いったい、どの子がお目当てなのだろう。

ほかの客の場合なら一発で分かるのに、それが今度だけは、いくら目を光らせて見ても見当も付かないのである。

当の若者は、どの子に対しても特別目に付くような素振りなど見せず、全くくったく無さそうにひたすら楽しんでいる様子なのだ。

この分では、鴨はきっとまた飛んで来てくれるに違いない。

店の子たちにしても、ほとんど先日の顔ぶれが揃っており、この特殊な状況については良く心得ていてくれる筈なのだ。

それに先日の勘定にしても、あのいきさつで少し意地にもなって二百万だと言ってみたのだが、あの千代と言う女性は領収書も不要だと言って、帯封の付いたまま平然と支払って行った。

まともな企業が二百万も、領収書が要らないなんて今どき考えられないのである。

少なくとも、私企業ではあり得ないことだと思う。

次回からは、神宮前にいる自分にまで請求して欲しいとも言い残していた。

ほんと、領収書なしで現金と言うのは、正直言ってかなり助かる。

まして自分には、最近大きな災厄が降りかかってきている最中であり、このままでは、今住んでる部屋まで出なくちゃならなくなりそうなのだ。

この店だって、持ちこたえられないかも知れない。

とにかく、人生最大の苦境に立ってしまっていることを、ひしひしと感じているこの頃だったのだ。

この大ピンチの折りも折り、降って湧いたような最上客のご到来だ。

この最上の鴨をみすみす逃がすようなことがあっては、銀座の女としてはそれこそ末代までの名折れであろう。

とりあえずは、そこに全力を注ぐことだ。

どの子がお目当てなのか、その子のアレにもよるけど。

見れば、女の子たちは例外なく猛烈な攻勢をかけており、殊に、客の左隣に寄り添った、ちいママの理沙のアタックには少なからず見るべきものがあった。

今も、濃厚な色香を振りまきながら、若者の左腕を抱え込むようにして、自分の豊満な胸元に擦り付けるような仕草を繰り返している。

他の客には、絶対にあそこまでサービスはしない子なのに。

とにかくみんな、本気じるしのようだ。

客は独身の大富豪で若く逞しく、その上すらりとした長身で、実に男らしい風貌の持ち主なのだ。

店の子たちの無遠慮な評によれば、ハリウッドのアクションスターなんて目じゃないそうだ。

これを放っておく手はないだろう。

客の方も実に楽しそうに、相変わらずとても鷹揚な飲み方を続けている。

でも、あれだけは本当に不思議だ。

この間、初めて来たときに、若者は国井や女の子にせがまれて余興をやったのだ。

その余興が又すごいもので、その手品のタネが誰にも見破れない。

若者は全員の目の前で、テーブルの上にあったグラスを一瞬でカウンターの上まで動かして見せ、みんな、何が起きたのか分からず呆気にとられているうちに、今度はそのグラスをテーブルの元の位置まで戻して見せたのだ。

そのあいだ、若者は指先一つ動かした形跡が無い。

その場が静まり返り、みんな互いに顔を見合わせている前で、若者はもう一度それを繰り返して見せた。

今度こそ、観客は大いに沸いて拍手と歓声が起こり、そのあとで官房長官とその隣の理恵が、そのグラスを手に取って散々点検していたっけ。

ほかの子たちも、みんな手にとって首を捻るばかりだったのだ。

挙句の果てに、そのときの自分は若者と一緒に、秋津州の内務省ビルの屋上にまで行って来たのである。

あれっと思ったときには、つい一時間ほど前に、あの真っ黒な乗り物に乗り込んだ場所に立っていたのだ。

その屋上には、多少風はあったが雨は降っておらず、満天の星空をほんの数秒だけ眺めることが出来た。

ほんの数秒で又お店に戻ってきてから聞いて見ると、自分と若者の姿がその間消えていたと言うのだ。

結局、全員の秋津州への行き帰りと言い、神宮前からこのクラブ碧まで一瞬で移動してきたことと言い、全部これだったんだと改めて思った。

尤も、秋津州のこの特別な技術については何度もメディアを賑わせて来ており、それこそ、最速のジェット戦闘機をはるかに越える高速で移動しながら、それでなお急激な加速度を感じることの無い不思議さなどが散々騒がれてきていたのだ。

みどりにしても、そのくらいのレベルの話題なら随分耳にしていたが、まさか自分自身がその体験をするとは思わなかっただけなのだ。

店の子たちにしても、そのことに気付いていることは間違いない。

ただ、国井長官ひとりはあのあとにこにこ笑っているだけで、特別な反応は示さなかったところを見ると、やはり何か知っているのかも知れない。


数日後、秋津州内務省の最上階では、京子が自らに課せられた任務の中でも、極めて優先度の高いものと向き合っていた。

無論大切な若者の異性問題に関するものである。

新たに集められたデータの中でも、特に重要度の高いものが急速に増えつつあったことは確かだ。

若者は、その後立て続けにクラブ碧に通い詰めていて、あのモニカに匹敵するほど危険な香りを放つ標的が新たに生まれつつあったのだ。

これが久我京子であれば万々歳なのだが、そうは問屋が卸さないようだ。

久我京子については、別途に策を講じる必要があると思われ、それはそれでいろいろと思案の最中なのだ。

それより何より現在最も要注意なのは、本来想定外であった筈のクラブ碧の女たちの存在だ。

先日のレセプションにやってきた十名のうち、二人はみどりの友人で別の店に勤務しており、若者の関心はそちらには向いていない。

結局、残りの七人が最も要注意であろう。

碧には、この七人の他にも数人の女性たちが勤務しており、総勢十六人ほどが現在のターゲットだが、無論、その全員が毎日店に出るわけではない。

その全ての者に関する情報収集に動員されたD二やG四は、天文学的な数量であったことは確かで、その結果集められてくるデータも又膨大なものになった。

困ったことに、若者の言動からはたいしたデータは上がって来ず、誰を目当てに碧に通おうとするのか全く分からないのだ。

ご本人に直接尋ねてみても、「気にするな。」と言うばかりで一向に埒が明かない。

いきおい、女たちのデータから推し量って対応の間口を広げておく以外に無い。

先ほどから京子の電子回路の中で繰り返される演算の結果、導き出されてくる回答は複数だ。

その複数の回答の中でも、飛び抜けて高い確率を指し示しているのが、山岸理沙、本名山岸理沙子なのである。

年齢二十六歳、離婚歴一回、出産歴ゼロ、店ではちいママと呼ばれる言わばサブリーダーの役目を果たしている。

自他共に許す店一番の容姿を誇り、その体つきと言い身なりと言い、常に最も客の目を惹いており、営業上ここ数年来ずっと二十二歳で通していると言う。

この女性が最も積極的な姿勢を見せており、あわよくば自分の住まいにまで獲物を誘い込もうとしているようで、隠された同居人はいないらしく、現在のところ未だその存在は確認されてはいない。

そのほかにも、二十代前半の数人の者の確率が高いと言う演算結果が出ていて、結局その回答は複数だということになる。

店の経営者でもある立川みどりの確率は一パーセント未満となっており、はっきり言って対象外と見て良い。

ただ、彼女はこの女性たちのリーダーでもあり、当然そのデータだけはかなり詳細に集めており、この三十八歳の女性が、財政的に大きな問題を抱えていることも分かっている。

それは、今の店を出す際に、大きく援助を受けた三十歳も年長の愛人に関わる問題であった。

この愛人は三年ほど前に病死してしまっているのだが、生前その愛人がみどり名義の資産を、己れの経営する企業の借財に対する担保として設定していたのだと言う。

担保物権は、店の権利と住まいにしているマンションで、これがその企業の二億ほどの負債に対する担保の一部に充当されていた。

無論、これだけでは担保不足であり、不足分についてはその企業の資産がそれに充てられてはいる。

当時のみどり自身が全て納得ずくのことであり、そこに問題は無いのだが、肝心の愛人が亡くなってからも、その担保は外されること無く残り、挙句に近年その企業の業績が思わしくないことが問題なのだ。

もともとクラブ碧の利益など、まともに納税していたら一銭も手元には残らないかも知れない程度なのだ。

そこへ持ってきてお定まりのコースである。

先日、その企業が二回目の不渡り事故を起こし万事休すとなってしまった。

今回、臨時休業してまで急遽レセプションに参加したのも、そのギャラの支払いがキャッシュで、かつ相当な金額でのオファーであったからだ。

一時的に、キャッシュに詰まっていたこともあっただろう。

みどり本人は、その三十歳も年の離れた相手に対して、多少の愛情も感じていたようで恨んでいるような気配は無い。

もともと、今回失うことになりそうな物件にしても、その相手から只でもらったような物だからでもあったろうが、生来ののん気な性格にもよるのだろう。

ただ、個人保証の判を押していなかったことだけが、不幸中の幸いだったらしい。

いずれにしても若者の興味がこの女性にあるとは思えない。

若者には、みどりのことは勿論、理沙のことも全て忠実に報告してあるが、この理沙の件などは変に苦言を呈してみたところで、おそらく逆効果にしかならないだろう。

京子にとって何よりも大切なこの若者は、思春期以降休む間もなく働きづめに働いて来ており、若者にとっては、さまざまな事業がやっと一段落したこの時期こそ、その思春期の実質的な入り口かも知れないのだ。

とにかく、このような境遇は全くの初体験のことでもあり、これは言わば麻疹のようなもので、その免疫抗体だけは絶対に必要なものなのだ。

あとになればなるほど、その症状も重度のものにならざるを得ないだろう。

早いうちに、このような局面も体験してもらわなければならないことを充分に意識すればこそ、例のアメリカ娘たちが待ち受ける酒場にも、随分誘導しようと努めても来たのだ。

考えて見れば、その誘導先が銀座に変わっただけのことであり、それはそれで良いのである。

まして、今回は若者自身の意思で積極的に出掛けており、京子の誘導など全く必要が無いのだ。

あとの問題は、恐らく理沙と言う女性についてのものであろう。

この女性の蠱惑的な外見やその仕草が、村上優子のそれに相通ずるものが感じ取れるのだ。

いや、理沙の美貌は村上優子のそれを充分に凌いでもいる。

しかし、図らずもこうなってしまった以上、この女のデータを収集した上で、これはこれできちんとフォローしていかなければならない。

とりあえず、日本に居る千代には、株式会社秋津州商事の預かり金勘定を、少々膨らませておくよう指示を出してある。

早く言えば、国王から一時預かっているものと言う形式のカネを、増やして置けということだ。

今までと違って、国王自身が直かに日本国内で動くとなれば、事と次第によっては相当な額の現金も必要になるかも知れず、当然そのような場面も想定して置くにしくは無いのである。

当の若者は、つい今しがた実に活き活きとした表情で荘園の巡検に出て行ったが、帰路には、定めし大量の物資を搬送してくることであろう。

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  1. 2005/11/03(木) 13:42:42|
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自立国家の建設 038

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さて、師走に入り、アジア情勢の一部がただならぬ緊迫感を漂わせ始めていた。

殊に、反秋津州感情を剥き出しにして狂騒してしまっている国の情勢こそが問題であった。

無論、韓国である。

北部朝鮮の占領状態が依然として続いていることに加え、かつて秋津州に対する一方的な領有宣言を行った挙句、とどのつまりは、国辱外交とまで酷評された外交政策を採らざるを得なかったことに対する、激しい反動が起きているのかも知れない。

当時の韓国は一旦発した領有宣言を引っ込めた上、大統領がわざわざ来秋し平謝りに謝って、二千億ドルと言う巨額の枠組みの特別融資を引き出すことによって、その崩壊の瀬戸際から危うく救われることが出来た。

そののちに更に一千億ドルの無償援助を受けることによって、最初の枠組みについては、結局五百億ドルを消化することで一旦は危機を回避することが出来たのである。

加えて、その危機的な状況において、秋津州の膨大な一次産品の数々までも、無償で受け取っていた筈なのだ。

それがどこでどう間違えたものか、彼の国の世論では、これ等莫大な秋津州からの支援の全てが、強大な軍事力を背景にして、無理やり押し付けられたものになってしまっていた。

世界一優秀な筈の我が朝鮮民族が、よりにもよってあの日本人の成れの果ての秋津州人などに救われるなど、あり得ないことだと言うのである。

挙句に、大幅に支持率を落としてしまった現政権は、いたずらにその世論に迎合することによって、必死でその延命を図っている気配が濃厚だ。

なにせ、GDPがたかだか日本の一般会計と辛うじて拮抗するかどうかと言う程度の国のことであり、諸外国から注がれる視線も今では極めて冷めたものに変わりつつある。

にも拘らず、当事者であるべき政権担当者たちは、相も変わらぬ威勢の良い反秋津州的言動を繰り返している。

国際世論の論調では、彼の政府の政権担当能力については既に見放してしまっており、次に来るべき崩壊のシナリオまで滲ませ始めているほどだ。

恩を仇で返すと言う点において、絵に描いたような見本を見る思いがするとまで評するものもいる。

結局、最初の特別融資の償還能力を危惧した秋津州側の親切心から、のちの無償援助一千億ドルが生まれた筈なのだが、そのときの話では確か最初の特別融資を全額償還することが、その条件として付されていた筈なのだ。

その償還の期限は十一月の末日であったものが、師走に入った今もいまだにその約束が履行された気配が無い。

その件においては、単に秋津州側が沈黙を守っているだけなのだ。

秋津州側がその契約不履行を問題視する風を見せていないことで、辛うじて平穏が保たれているに過ぎないのである。

国際社会は、その推移を固唾を飲んで見守っており、殊にマーケットにおいてはとうにその腰が引けてしまっており、当然、そこから漂ってくる不気味な先行き不透明感が、ますます彼の国の景気の足を引っ張り続けていることは明らかだ。

ほとんどの観測筋では、彼の国には最早秋津州に対する償還能力が失われてしまっており、かつ自由貿易圏におけるメンバーとしての資格まで危ういと見ているようだ。

あとは、日本側の出方も充分に注目を浴びる対象である。

彼の国の工業生産の大いなる部分は、日本から主要な部品の供給を受けることによって成立しており、いまや彼の国の法人税の二割を占めるとまで言われる、サムシン電子などがその典型例であろう。

サムシン電子は主に家電製品を低価格で海外に輸出している韓国有数の企業であるが、この企業も、主に日本から主要部品の供給を受けて操業しており、それを止められてしまえば瞬時に息の根を止められてしまうと言う背景を持つ。

尤も、それを実行してしまえば、これまで供給を続けていた日本側の企業も、大なり小なり痛手を蒙ることは避けられない。

いわば販売先が倒産して、その売掛け代金の回収が絶望的になってしまうのと同じことなのだ。

サムシン電子は、ただでさえその資金繰りが逼迫し、既に買い掛け代金の決済が滞り始めており、この状況では、このまま日本側が黙って部品の供給を続けても、反って日本側の傷口が広がるばかりだ。

かと言って、傷口の拡大を恐れるあまり部品の供給を止めれば、その一瞬で、それまで滞った売り掛け代金が全て吹っ飛ぶ可能性が高い。

詰まり、日本側の企業にとっては、行くも地獄、退くも地獄の辛い状況にあることになり、せめて、彼の国の金詰りが解消されるように、日本側の銀行に融資を緩めてやって欲しいのだが、破綻寸前の企業に貸し出すほど銀行だって馬鹿じゃ無い。

あとは、日秋どちらかのいわゆる公的資金だけが、頼みの綱と言うことになってくる。

とにかくどんな名目でも良いから、どちらかの政府を動かして彼の国への支援を行わせ、その結果そのカネが回りまわって彼の国の景気の底入れを促すことによって、問題の解決を図りたい。

この構図の中で苦悶している日本企業は数多く存在し、この条件に当てはまる企業リストの中では、久我電子工業の名前が上位に挙げられていたのである。


さて、このころの先進五カ国会議では、米国を中心に英仏独の動きがある一点に向かって集約されつつあった。

その一点とは、北部朝鮮から公式な降伏の意思表示を引き出し、秋津州との講和を正式に果たさせることによって、その戦時体制を解かせることにある。

残る日本に対しても、より積極的に参加する姿勢が求められたが、最近の日本外交は、秋津州との協調姿勢がますます強まる気配があり、米英仏独四カ国の路線とは明らかに一線を画しつつある。

ニューヨーク辺りでは、北部朝鮮の国連代表の活動資金が枯渇し始めていると見て、これ等四カ国は、その資金を援助しながら専ら説得に努めているところだ。

彼らの口から、潜伏中の国家首脳に対して降伏の勧告をさせたいのである。

秋朝戦争の勝敗の帰趨などは、秋津州軍が本格的な反攻作戦を開始してから、ほんの一時間ほどで確定してしまっている筈であり、そのことに疑義を唱えるものなど、当事国以外にいる筈がない。

それにも拘らず、本来完璧な敗戦国の筈の首脳が降伏の意思表示をしないのには、それなりの理由がある。

その敗戦国の王たるものが、降伏することが自らの政治生命どころか、本当の命まで失われてしまうことを恐れているからだ。

要するに、恐怖に身がすくんでしまって出て来られないのであり、そこを何とかうまく引っ張り出して来なくてはならない。

そこで、先進五カ国会議が世界の主要国の一大シンジケートを構成してみせることによって、その影響力を行使しようとしているのだが、その中で日本だけが腰が引けていて、どう見ても本気で乗って来ようとしない。

いまや、日秋両国の外交政策に途方も無い影響力を持つとされる、新田源一自身が少しも乗ってこないのである。

タイラーが秋元女史との接触において得ている感触では、秋津州側が特別に講和を嫌っているようには思えないのだ。

だが、日本国の堂々たる官僚でもある新田の様子からは、日本政府が和平工作を急がない意思を持つことが見え隠れする。

その理由も、タイラーには分かっているつもりだ。

例の拉致被害者の捜査捜索に、思いの他手間取っているからであろう。

以前この問題について解決の見通しを尋ねると、新田の応えはにべも無いものであった。

「そんなことは、こっちが聞きたいくらいだ。分かるものなら教えてくれ。」と言ったのだ。

あるいは、「拉致した方に行って聞いてくれ。」と言い放つ始末で、そのときの新田が震えるほど怒っているのが分かった。

挙句の果てに「今になってこの件をそこまで問題にするくらいなら、米国の国連がもっと早く本気で問題にしてくれていれば、とうに片付いていた筈だろう。てめえの都合で好き勝手言ってんじゃねえ。」と声を荒げて憤ったのだ。

新田が、典雅さを売り物にするごく普通の外交官モードで話すとしたら、「我が国の国益は、必ずしも貴国の国益とは合致しないこともあり得る。」とか、言った筈だ。

特に、この時の「米国の国連」と言う新田の言い草が、各方面に波紋を広げ、のちのちまでさまざまな意味で影を落としていくことになる。

要するに新田は、「日本には日本の都合がある。」と言いたかったに過ぎないのだ。

現に「米国の国連」においては、表面上の奇麗事は別として、詰まるところ「そんな問題は当事国の間で直接解決しろよ。」と言うのが実質的な結論だったことは間違いない。

無論、日本には直接解決しようとする積極的な意欲が無かった。

いまだに国連憲章の中に敵国条項が謳われたままで、なおかつ実に風変わりな憲法があるのだ。

その憲法の規定では、自国の民が例え百万人さらわれてしまっても実力を行使すべき国防軍を持てないことになっており、そうである以上、身代金を支払う以外いかなる方策が残されていたと言うのか。

だが、その日本にもやっと実力行使を行える国際環境が整いつつあり、既に過去の日本では無い。

まして、この時の新田の目に大粒の涙が盛り上がってきているのを見るに及び、タイラーもそれ以上の攻勢をかけることを控えねばならなかったのだ。


同時に、ワシントンが積極的に取り組んだのは、例によって諸国のマスメディアを使うことであった。

何しろワシントンには、戦争の終結と言う実に美しい大義名分がある。

「和平」と書きさえすれば、ワシントンの掲げる旗印は光り輝いて見せることが出来るのである。

そして、いずれのメディアにせよ、基本的には戦争状態の延引を主張する筈は無い。

当然、戦争の終結と言う機運を盛り上げていくことについては、各メディアが諸手を上げて賛同するであろう。

ところが、実態は微妙に異なるものであった。

主要なメディアの全てが被占領地に入り、敗戦国の市民たちに対する情報開示に努めていて、そのことに相当な情熱を傾けていたのだ。

これこそが、ジャーナリスト本来の責務であると意気込んでいる者も多いと言う。

幸いにも、秋津州軍の人道的な占領政策がいまだに続いており、現地の栄養と衛生問題についても、秋津州自身が莫大なコストを負担しつつほぼ担保されている。

被占領地における生活物資などは、実際に開戦前の数倍もの量が流通しており、現地の住民たち自身も、以前とは比較にならないほど生活物資が豊かになったことを実感している筈だ。

その上、メディアに対する情報統制が全くなされない。

それどころか、メディアに対してさえ生活物資の無償配布が保障されている。

このような戦場が実在すること自体稀有なことであり、こういうケースで、真の意味のメディア活動が許されていることを、神に感謝しているとまで発言するジャーナリスたちがいたのだ。

その上彼等は、かつて「敗戦国の国造りはその人民自身の手に委ねられるべきだ。」と言う若者の言を聞いており、その実現の為に、これほどの支援が行われているものと信じている。

詰まり、ジャーナリストたちの大半が、秋津州国王の方針に全面的に賛同し、その延長線上で情熱を燃やしていることになる。

そのため、米国一流の恣意的な講和促進策には必ずしも賛同出来ないと言うメディアが多かったのだ。

結局、米国の身勝手な思惑は、ここでも打ち砕かれてしまったことになる。

無論、秋津州の戦時体制の解除などは望むべくも無く、タイラーが奔走する真の目的であるところの、政府専用機を以っての大統領の訪秋など実現する気配も無い。

そのストレスから来る胃の痛みは、当分収まりそうも無いことも目に見えている。


一方では、台中露三カ国の主導権争いが相も変わらぬデッドヒートの様相を呈し、その波紋が各方面にさまざまな影響を見せ始めていた。

当初から、台湾共和国が熱狂的に提唱していた「秋津州体制」と言う名称が、徐々に中露及びその政治的周辺国からも叫ばれるようになり、諸国のメディアの間ですら、ごく普遍的な用語としてひんぱんに登場してくるまでになった。

この秋津州体制と言う用語は言葉としては同じでも、その主張する中身は各国それぞれで大きく異なっており、中でも台湾共和国の主張が、その先鋭さにおいて一歩抜きん出ている感がある。

無論、台湾は、従来の国際秩序において大きく抑圧された過去を持つ。

その台湾としては、この戦後処理の過程を、これまで課せられてきた望まざる負の遺産を一挙に拭い去る、千載一遇の好機と捉えていることは明らかだ。

そのことが、又強烈なエネルギー源となって、火の様に燃え盛ってしまうのだろう。

このために、その動きが、ときに他国の神経を逆なでしてしまい、水面下の紛議を数多く生んでしまうのである。

近頃、特に各国の眉をひそめさせてしまっているのが、台湾代表の発した「台日秋の三カ国連合が国際秩序の枢軸であるべき」論であった。

今や強力な影響力を世界に及ぼしつつある日秋連合に擦り寄り、そこに自らが密接に関わることによって、自らのプレゼンスを高めようとしているが、それは、考えてみるまでもなく、中露を始め多くの国々が、出来ることなら、我こそはと思っていることなのだ。

殊に中国からすれば、この点で台湾の後塵を拝するなど、行きがかり上からも容認し難いことであり、猛烈に巻き返しを図るのも又当然のことだ。

本来台湾などは、自国領の一部に過ぎないと言いたいところだが、悲しいかなこれも成り行き上公式に言うことは憚られる。

台湾の独立そのものを表立って否定することは無理でも、きたるべき新体制の中では、せめて台湾より上位にランクインすることだけは、絶対に譲れない基本的な国策なのである。

それこそ、秋津州の国策を自国寄りにさせることに成功すれば、台湾に対する領有権を行使することも夢では無くなるのである。

まして、台湾に対する領有宣言を公式に取り消した訳でもなく、ただその問題に直接触れることを避けてきただけなのだ。

また、貧しいながらも北方の王者を名乗りたいロシアとしても、台湾のこの動きを極めて独善的なものと見ており、当然指をくわえて見ている筈は無い。

ロシア側の国益からすれば、無論日秋露の三カ国こそ世界の枢軸であるべきなのだ。

最近では、南樺太や全千島列島に対する領有権を、日本に譲る用意があることを匂わせてまで、巻き返しを図っている節まである。

これ等の領土も、たかだか六十年前に武力を以って日本から奪ったものであり、それを返してやっても良いと匂わせているわけだが、実際問題としてロシア当局がこれ等の領域の経営に失敗して、その維持にさえ苦慮している事実は、既に多くの人々が知ってしまっている。

秋津州と言う飛び抜けた存在が浮上してきて、その圧倒的な軍事力の翼下に好んで抱かれている以上、軍事的な防衛線としての領有価値は失われ、残るはその近海における漁業権くらいなものなのだ。

むしろ、その存在自体が、モスクワにとって重荷になってしまっていると言って良い。

ロシアにとってのその重荷を、恩着せがましくも、日本に返還してあげようと言っているに過ぎない。

無論、只でと言うわけではない。

当然、それ相応の見返りを期待して、その返還を匂わせている。

一時、ロシアの飛び地領カリーニングラードに関して、秋津州側にその経営の意思があるのではないかと囁かれたことがあった。

その噂が流れた遠因としては、ロシアにとって樺太や千島諸島と同様の意味で重荷になってきていることが挙げられる。

軍事的な前線基地としての重要性がますます薄らいできて、その経営にかかるコストの負担ばかりが、重くのしかかって来ているのである。

そのコストの負担を免れ、同時に秋津州国王の覚えを目出度くすると言う、一石二鳥を狙ったことも事実だ。

数日前、国王の朝食に自ら願って招かれたロシア代表部の者が、国王に直接打診していたことも事実であり、それを傍らで聞いていた日本人まで立派に存在していたのである。

その日本人とは、秋元女史の強力な推輓によって、前日の内に招かれていた久我京子のことであり、更にこの娘は充分な英会話能力を有していた。

そのため、目の前で行われたロシア代表と国王の英語を用いた会話を、残らず聞いてしまったのだ。

ロシア代表は、この娘の素性を国王の親族であると秋元女史から聞いていて、無論、それなりの敬意も払っていた。

娘を字義通り王族の一人であると解し、通常なら第三者の耳のあるところでなど、断じて口にすべきで無い話柄にまで触れてしまったことになる。

結局、この時の国王に全くその意思の無いことがはっきりして、ロシア代表は引き下がることになるのだが、久我京子としてはこのとき初めて、若者の君主としての真髄に触れたような気がしたと言う。

国王は、ロシア代表の申し出を謝絶するに際して言ったのだ。

「我が国の民が数千万にもなっておれば、貴国の申し出を前向きに検討することになったかも知れない。」

詰まり、自国の領土など、自国の民が住み暮らすために必要な分さえあれば良いのだと言う意味に繋がるであろう。

裏返せば、領土が不足するほどに国民が増殖してしまえば、当然それに足るだけの領土が必要になるのである。

統治者としての王は、自国民が住み暮らすためには、どのような領土がどれほどの広さで必要になるかを、深く慮って国を統治していると言うことになる。

仮に、秋津州の人口が将来爆発的に増えた場合、いったいどれくらいの人が、この秋津州の大地で済み暮らすことが出来るだろう。

若い京子にとっては、ただの一度も真剣に考えてみたことの無い主題であり、ロシア代表がその場を辞したあとで改めてその疑問をぶつけてみたと言う。

「秋津州の大地で暮らしていける人の限界って、いったい何人くらいなのでしょう。」

全く物怖じしない問いかけだ。

「その設問に答えるためには、沢山の引き数に適確な条件を当てはめてやる必要があるだろうな。」

若者はそれらの前提条件を示さなければ、答えが出てこないと言う。

「例えば、食糧の自給率をゼロとして考えた場合ならどうでしょう。大規模な集合住宅を沢山お造りになれば、一億人ぐらいは暮らしていけるのではないでしょうか。」

国内を全て宅地化して、超高層集合住宅を大量に建設したとしたらどうだろう。

現に若者は首都に限って言えば、ここ数ヶ月の間に相当数の高層建築を完成させている。

「思い違いをしておられる。」

「そうでしょうか。」

娘は、大いに不満のようだ。

「仮に、農耕地の全てを潰して宅地となし、そなたの申すとおり大規模な集合住宅を大量に造れば、一億人分の住宅を用意することも可能であろう。だが、先ずそれだけの民が使用する生活用水のことを考えねばなるまい。」

「はい。」

娘ははっとした。

絶対に水は必要になる。

それも、膨大な量が必要になる筈だ。

「全土を宅地化するとなれば、当然舗装面積が増え、いずれ地下水脈も枯れてしまう。」

全土の宅地化のためには、北方の山を切り崩した土砂を以て、その麓の北浦を埋め立てることになる。

北浦は秋津州にとって、二つと無い天然の水がめなのである。

その水源が失われ、加茂川や高野川も干上がってしまう。

その上、国土の舗装率が格段に上がり、その分だけ地表の水がそのまま海に流れていってしまうのである。

せっかく雨が降っても地中に滲み込むことが出来ずに、あっさりと海まで流れていってしまうことになるのだ。

地表の水源や水流が失われてしまえば、あとの頼りは地下水と雨水だけだ。

「はい。」

「地下水脈は貴重なものだ。」

秋津州においては上下水道はおろか農業用水も、全て地下水に頼らずに賄えるよう、盛んに利水事業を進めて来た経緯がある。

地下水脈は大渇水の際に始めて使うことが許されることが、国民議会の全会一致で決議されたほどだ。

現在の秋津州には、燃料用のガスと同様に民間用の井戸は一本も無い。

あるのは、地下水の保水状況の探査のための井戸だけなのだ。

「あ、それで池をたくさんお造りになったのですね。」

王は、相当な数の保水池を造ったと聞いた。

また、池についてはほかにも興味ある話を聞いた覚えがある。

首都部の北側に三千平方メートルほどの窪地があり、なだらかな斜面に周囲を囲まれた底の方に五百平方メートルほどの水溜りがあった。

その中途半端な水溜りを見た外国人の間に、そこも埋め立てて開発造成すべしと言う意見が多く聞かれたときも、王はそこを潰さなかったのだ。

その水溜りが今ではかなり大きな池に成長しており、その保水能力を遺憾なく発揮している。

少しの降雨量でもその雨水は周囲の斜面を勢い良く駆け下り、水溜りに溜まってくれるのだ。

乾季には大分干上がってしまう水溜りも、雨季には大量の雨水が溜まって大きな池となり、その水は少しづつ地下に滲み込み地下水となっていく。

「それに、海水だけでは工業用水にも困る。」

「その場合農業がないのですから、自然、工業の割合が増えてしまいますわね。」

「水と土と日輪が民を育んでくれるのだ。」

「はい。」

「水と土を守ることが私の仕事だと思っている。」

「太陽は?」

「ふむ、二酸化炭素やフロンガスなどの大掃除もかなり進んでおる。」

秋津州財団の二大事業の一つが大気汚染対策であり、この瞬間にも、空気浄化機能を備えた膨大なSDが、各地のはるかな上空で粛々と活動を続けている。

健全な太陽光線を受け続けるためにも、猛スピードで進んでいる地球温暖化現象を阻止することは、人類にとって絶対に必要なことなのだ。

「あら、そうでしたわね。」

「将来は海洋汚染にも対応していきたいものだ。」

「あんなに広い海でも汚れるんでしょうか。」

「汚しているのは我々人間だよ。」

「あ、じゃぁ、人間が増えれば増えるほど海も汚れちゃうんですね。」

「うむ、私は我が一族の生存のために大掃除をしておる。」

「あら、全人類のためではありませんの?」

「それは、それぞれの国の人間がそれぞれでやれば良い。」

「それは必要ですわよね。」

「私は自分の国のことで手一杯だよ。」

若者は、自国民の生存を担保することを最優先としており、娘にしてみてもそれはそれで為政者としてごく当然のことだとは思うが、そうすると、将来、もし秋津州の人口が五千万とか一億とかに増えたときは、積極的に移民政策を採るのかしら。

その移民を受け入れてもらえない場合、国王は他国の領土を侵略してでも、自国民の生活の場を確保する義務を負うことになるのかしら。

それとも、強制的に人口増加を抑えるための非人道的な政策を推し進めることになるのかしら。

そう言えばこの若者は、世界各地に存在する広大な砂漠地帯の譲渡を受けて、その緑化を行う用意があると言ったことがあった。

今にして思えば、平和的な経済取引による領土の割譲が可能であれば、そのときには意欲的にその獲得を目指すと言うのだろうか。

こののち、娘は深く考えるところがあったと言う。

秋元女史の強い意志が、ほんのわずかのあいだに再三に亘って久我京子の来訪を実現させる結果を生み、娘自身もそのことを誇らしく受け止めてもいる。

その上、若者は一度だけとは言え久我家の招きにも応じ、その家の一人娘でもある京子の手料理を振舞われる場面まであったくらいなのだ。

そのときの様子では、娘本人よりもその両親の方が非常な緊張振りを見せていたようで、いずれにしても、この出会ったばかりの若い二人のあいだには、かなりの親近感が生まれていたことだけは確かだ。

だが、各国の報道がいよいよ騒ぎ始めたお妃選びと言う話題の中には、その候補者として久我京子の名は未だ登場せず、ダイアンを筆頭に、アフリカ系やアラブ系の女性の名前ばかりが煌びやかに並んでいたのである。

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  1. 2005/11/03(木) 14:44:55|
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自立国家の建設 039

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その日のクラブ碧は、客足の途絶えたところで早めに店仕舞いしてしまっていた。

未だ、十一時を少しまわったばかりなのだが、みどりはこの中途半端な時間に一組の客の姿も無いままに、そのまま店を開けている気力が萎えてしまったのだ。

怪訝そうな顔の女たちを帰したあと、店の灯を落とし、奥のボックスで一人ぼんやりとしてしまった。

外は、無常の師走の風が吹いている。

冷たい風が、胸の中まで吹き抜けて行くような気がして来る。

結局は、自分が甘かっただけの話なのだ。

つい先ごろまでは、何とかなるのではないかと無理に思おうとしてきたが、結局どうなるものでもなかったのである。

一応、年末の稼ぎのこともあり、年内いっぱいはここで営業出来そうだが、そのあとの見通しなどはまるで立たないところにまで追い込まれてしまっていた。

長いこと付き合ってきた筈の銀行も、繋ぎ融資の相談にはまるで乗ってはくれず、それどころか、死んだパパの会社が駄目になって、その借金のカタに入ってるマンションやこの店まで明け渡せと言う。

マンションの方は居住権を盾に居座ってやることも考えたが、結局お店の方を強制執行にかけると言われてしまい、せめて年内いっぱい待ってもらうことだけで精一杯だったのだ。

まったく、「人間、落ち目にだけはなりたくないもんだ。」と言っていたどこかの社長さんの言葉が思い出される。

悪い噂が飛び交い、ここ一・二ケ月ばたばたしている内に、最近では不思議なほど客足も落ちてきて、もうジリ貧の状態なのだ。

仕方が無いから、顔見知りの街金融から少し融通してもらったが、そのあとの利払いはとんでもなく悲惨なものだった。

かと言って、到底好きになれそうもない男を相手に、今更体を汚してまでじたばたしたくは無い。

せめてきれいに店をたたんで、最低限のモノは残したいと言うのが本音のところなのだ。

しかしこの分では、最低限のモノを残すどころか、きれいに店をたたむことすら出来そうにない。

仕入れの支払いをいっときジャンプしたいくらいだったのが、逆に現金払い以外は業者がうんと言ってくれなくなってきているのだ。

あげくに、今までのツケ払いの分まで一括清算を要求されて、例の若者の勘定の分もあっさり消えてしまった。

そこへ持ってきて最近の理沙は、新しく自分の店を持つような雰囲気さえ醸し出してきている。

どう考えても、バックはあの若者だろう。

そうとしか思えないのだ。

自分の見たところ、未だ体の関係にまではいって無いようだが、店の中ではもう完全に自分の客と言う感じで振舞っていて、ほかの子たちもそろそろ一歩引いた様子さえ出てきている。

肝心の若者は立て続けに五度ほどもやって来て、そのあとここ十日ほどはぱったりのところを見ると、きっと理沙と昼間こそこそ会って、いろいろやっているに違いない。

もうひょっとしたらベッドの上で、二人して惨めなあたしを笑っているのかも知れない。

若い二人の、あられも無い姿まで思い浮かんできてしまう。

理沙が力強い愛撫を受けて、息も絶え絶えになるまで女の歓びを味わい尽くしている光景が、振り払っても振り払っても浮かんできてしまうのだ。

言いようも無い口惜しさ妬ましさが襲ってきて、自分だって、せめてあと十(とう)も若かったら理沙なんかに負けてはいないのに、とも思う。

自分でも意外なほどの敗北感に打ちのめされて、何を考えてもその甲斐も無い気がしてしまうのだ。

でも、ほかの店に勤めるほか、このままでは、それこそたつきの道を立てるにさえ困ってしまうことも目に見えている。

とりあえず、小さなアパートを探さなくちゃいけない。

家賃やその辺のところを考えると、かなり寂しい部屋しか借りられそうもないこともはっきりしている。

換金出来るようなブランド物やアクセサリー類も、もういくらも残ってやしないし、とりあえずお引越しの分くらいは何とかしなくちゃいけない。

質に入れてある着物なんかも、とっても愛着のあるものだけでも請け出して置きたいし、ほかのお店に勤めるにしても絶対必要なものなのだ。

電話の呼び出し音が、どこか遠くで鳴っていた。

どうやら、うちの電話みたいだ。

確かにいつもなら、未だ充分営業中の時間帯なのだ。

何もかも物憂く感じながら、のろのろと受話器をとった。

「はい。碧でございます。」

無理にでも、営業用の声を出さなくちゃいけない。

「少し、寄っても良いか。」

えっと思った。

受話器から聞こえてきたのは、何故か懐かしく感じる、あの若者の声だった。

「あの、理沙ちゃんは出かけておりますが。」

どうせ、お目当ての子がいないのに来ても仕方が無いだろう。

それより、いま店仕舞いしたばかりなのだ。

「別に構わんが。」

如何にも怪訝そうな反応が返ってきて、一瞬、何がどうなってるんだろうとは思ったが、つい、反射的に応えてしまっていた。

「じゃ、喜んでお待ちしておりますわ。」

あっさりと電話が切れてから慌てる事になった。

ほんのわずかののち、それこそボトルとグラスを出した途端、表で気配がしたのだ。

慌てて鍵を開けて迎え入れると、いつもののっぽさんがコートも着ずにぬっと入って来た。

当然、ほかの客まで入れる気は無く、素早く後ろ手に鍵を掛けてから、ただわくわくと男の腰の辺りに手を添えて、いつもの奥のボックスの方へと導いていく。

「表の灯が消えてるよ。」

野太い声が告げてくれる。

手早くテーブルの支度を終えながら、何故か胸の中に込み上げてくるものがあった。

「よろしいんですの。もうほかのお客様はお断りするつもりですから。」

「そうか、悪いことをしたかな。」

あたりを見渡しながら、ぽつりとつぶやく。

どうやら、店仕舞いしたことを察したらしい。

久しぶりに若者の隣に座を占め、なにかとても貴重なものを扱っているような気持ちで最初の一杯を作った。

「飛んでもありませんわ。それより女の子がいなくてごめんなさいね。」

心から申し訳なく思ったのである。

それこそ、若者の今日の分の勘定が、そのままそっくりお引越しの費用に変わるかもしれないのだ。

「ここに一人、おるでは無いか。」

いつに変わらぬ笑顔が直ぐそこにあった。

「あら、昔の女の子で申し訳ありませんでしたこと。」

ちょっぴり拗ねて見せたのも、半分は営業用ばかりとは言えなかったのだ。

「いや、未だ充分女の子だ。」

ようやく遊びにも慣れて、ちゃんと社交辞令も使えるようになったのだろう。

「まぁ、お上手ですこと。」

「そなたが一人おればそれで良い。」

「そのお口を抓ってさしあげましょうか。」

長く続けてきたこの仕事のせいで自然に身についた艶めく品を作って、軽く若者の頬に触れてみる。

若者は男らしいその頬を少しだけ崩しながら、こっちの目の奥を覗き込むようにしてくる。

「それより、迷惑ではないのか。」

折角店仕舞いしたところに押し掛けて来て、このまま飲んでいて良いのかと心遣いを見せてくれるのだ。

「迷惑どころか、このまま朝まで飲みたい気分ですわ。」

半分は本音であった。

「ほう、何かあったらしいな。」

実は若者は、京子の報告で全て知った上で来ている。

三つの荘園の巡検と現地部隊への新たな指示を済ませ、膨大な資源を搬送して戻ったばかりでもある。

これで当分は体が空いたことになるのだ。

最初、新田と二人で飲もうかとも思ったが、彼は今夜はかなり忙しそうであった。

韓国がらみのやりとりが加熱してきていると言う。

「そりゃ、いろいろありますけど愚痴ですから。」

「じゃぁ、今夜はその愚痴を肴に飲むことにしよう。」

「うれしいっ。」

思わず知らず、我ながら若やいだ声が出てしまった。

本心から嬉しかったのだ。

「じゃ、早くその肴を出せよ。」

言葉使いはぞんざいだったが、その声はとても優しく響き、心の中でずっと張り詰めていた細い糸が音を立てて切れた。

唐突に込み上げてきた涙は、自らの不運を包み込んでくれるようなその優しい声のためであったかも知れない。

涙は堰を切ったように後から後から吹き出てきて、もうどうせなら思い切り泣いてしまおうと思った。

若者の顔が、涙で曇って良く見えない。

とうとう逞しい胸にかじり付くようにして、声を上げて泣いてしまっていたのである。

大きな手が黙々と背中を撫ぜ続けてくれて、限りない安心を伝えてくれているようにも思え、前にもまして激しく身悶えしながら逞しい胸に縋り付いて行く。

しゃくりあげながら、ぐいぐいと押し付けてみたが、それは全く微動だにしない巌のように逞しい胸だった。

それこそ、身も世もなく体を捩って男の胸を濡らしている内に、自然に裾前が乱れ、水色の裾除けが艶かしく顔を出してきている。

若者の視線が、きっとそれを捉えるだろう。

その視線を強く意識した途端、かーっと頭に血が上り、自分でも思いもかけないほど激しい欲情を覚えてしまった。

こんなに激しくその気になったのは、いったいいつ以来のことだったろう。

男の腰に擦り寄りざま、もう一度強く腰を捻ると、思い切り裾前がはだかって、真っ白なはぎまで見えてしまっているかも知れない。

きっと見られてるわ。

とうに涙は止まっていて、否応なく自分の白いはぎに神経が集中していく。

絶対、見てる。

そう思った途端、とろりと溢れ出たものがつるりと後ろに回り込み、容赦なくそこを濡らしてしまっていた。

いけないっ、滲みになっちゃうっと思ったとき、男の右手がすっと膝の上に伸びてきた。

思わずびくりとして、心の中で小さく叫びを上げた時、大きな手が優しくその乱れを直してくれていた。

ほっとしたような、がっかりしたような全く妙な気持ちで、そのくせこの胸だけはとても離れがたいものに思えてくるのだ。

昂ぶった激情が潮が引くようにして去っていき、意地の悪い理性が再び冷たい現実を連れて心を満たしていく。

そこには、ついさっきまで少女のように泣きじゃくっていた自分の代わりに、全く別の自分が戻ってきてしまっていたのである。

「ごめんなさい。」

小さく言ってから、顔を背けるようにして無理に立ち上がって手洗いに駆け込んでいく。

身繕いをし、素早く顔を直しながら、直ぐに落ち着きを取り戻してしまう自分が、ちょっぴり恨めしくもある。

もう一度鏡の中の顔を点検してから、何事も無かったように澄まし顔でその隣に戻った。

なかなかまともに男の顔を見ることが出来ない。

横目を使って見ると、しごくまじめな顔つきで素知らぬ振りを決め込んでいるのである。

その全く小面憎い男が悠然と取ろうとするグラスを、脇からひったくるようにして取りあげ、馴れた手順で二杯目を作っているとぽつりと声が降ってきた。

「よほど、困っていると見える。」

「・・・。」

こくりと頷いてしまった。

何かが吹っ切れたようで、もう意地も張りも無く、我ながらとても素直な自分がそこにいたことに気付かされたのである。

「明日、神宮前に行きなさい。千代にはちゃんと言って置くから。」

「はい。」

そこには、若者の飲み代の集金に数度出掛けていて場所も良く知っている。

でも、ちゃんと言って置くって、ちゃんとって、どう、ちゃんとなんだろう。

頭の中では、分かっているつもりなのだが、まさか、そんな。

肝心なことが頭の中ではどうしても焦点を結ぶことが出来ず、ふらふらと彷徨ってしまっている感覚が心を占め、一瞬呆然としてしまった。

あの方は、二杯目をあっさりと飲み干し、のっそりと帰って行った。

帰り際に、あの大きな手を両手でぎゅっと握り締め、何か特別のもう一言を期待していたのに、その期待だけは見事に裏切られてしまったのである。


次の日、目が覚めると外は見事なばかりに晴れ上がっていた。

眩しげなカーテンを開ける気力も無く、無論、食欲などあるわけも無い。

日本茶を一杯啜っただけで、手早く身支度を終え、早速出掛けることにした。

とんでもない世話場に立っていることも充分分かってる筈なのに、気がつけばつい車を拾ってしまっていて、ほんと悪い癖だと思う。

二三度集金に行ったあの場所の、あの重そうな門扉は開いているだろうか。

開いていたとしても、その脇の小さな入り口から入らなくちゃ。

さすがに百メートルほど手前で車を捨て、少し歩いてから敷地の中に入った。

念のため、出掛ける前に電話を入れてあるものの今日は妙に心細い。

門の直ぐ内側にある守衛室で用件を告げると、いつもとはまるで扱いが違っていた。

奥の本館と呼ばれるところから、若いお役人が二人も飛び出してきて、丁重な物腰で案内に立つのである。

もう、そこからはまるで夢中だった。

いつもの小部屋とは違い、重厚な造りの応接間らしいところにいざなわれ、出されたお茶を戸惑い気味に口にしていると、顔なじみの千代さんが直ぐににこやかな顔を見せてくれた。

集金に来たときに、顔をあわせたことのある若い女性が二人ついてきている。

胸の中で高鳴る鼓動が聞こえてくるようだ。

立ち上がって、贔屓を受けている礼を述べようとするのを遮る様にして椅子を勧められ、呆れるほど単刀直入に本題が切り出された。

要するに、こっちの窮地を救ってやるよう陛下から命ぜられているが、その「思し召し」を受ける気があるかと尋ねられたのだ。

ごく普通にこちらの世界の常識で言えば、援助を受けて旦那にする気があるかと聞かれたことになる。

なってもらえるものなら、それこそ、こちらからお願いしてでもなってもらいたいくらいのものだ。

文句の有りよう筈が無い。

かーっと、身体の芯に火が入ったような気がする。

「あの、喜んでお受けしたいと思います。」

我ながら、女らしい恥じらいを含んだ声が出た。

これで、あたしはあの方のお世話になることを承知したことになるのだ。

世間で言うところの日陰の女である。

でも、ほんとに、あたしなんかで良いのかしら。

年のこともあるし、とにかく少しでも若作りにして、くれぐれも嫌われてしまわないよう気をつけなければ。

それも、寝乱れた姿なんか絶対見せてはいけないのだ。

あの方の昨夜の様子から、内心密かに夢想していた通りの成り行きでもあり、その点ではほとんど驚きはなかった。

例え、理沙と一緒の立場でも文句の言えた義理じゃないとも思う。

そうだとしても変な焼きもちなんか、絶対妬いてはならないのだ。

それにあの方は、これからお妃さまをおもらいになるはずだし、そのお邪魔にだけはならぬよう充分気をつけなければ。

最悪でも、今の惨めな境遇から救ってもらえることだけは間違いないのだから。

それだけ追い詰められていたところでもあり、一瞬で頭の中を数々の思いがよぎって行った。

「それはよろしゅうございましたわ。では早速本題に入りましょ。」

「よろしくお願い致します。」

ひたすら、よろしくお願いするよりほかは無い。

しかし、今目の前にいる千代さんは未だ二十歳そこそこにしか見えない。

伸びやかな肢体を持ち、かつ清楚で充分に美しくもある。

うちの理沙ちゃんとどっちだろう。

その後ろに控えている二人の女性もそこそこに美しいとは思うけど、千代さんのそれには遠く及ばないだろうし、それこそ、うちの店で働いてくれたら、あっと言う間にナンバーワンになれるかも知れない。

でも、ほんとにハタチそこそこにしか見えないのだ。

そんな年端も行かぬ小娘が、何もかも心得ていて何もかも仕切っているさまが、みどりにとっては不思議でならないことなのだ。

そう言えば、あのレセプションの会場で目立って仕切っていた秋元女史は、確かこのヒトの姉さんだった筈だ。

そうか、この姉妹はみんなあの方の言わば眷族なのだ。

全くその辺の事情に疎いみどりは、今更ながら謎が一つ解けたような気分だ。

その千代さんが「ちょっと、失礼しますね。」と言って、目の前でどこかへ電話をかけ、ほんの二言三言話しただけで通話を終え、目配せ一つで女の子を一人去らせたのである。

そして、こちらの話す愚痴でしかない苦境のあれこれを、あいづちを入れながら辛抱強く聞いてくれるのだ。

もう見栄を張ってる場合じゃないから、困ってることは全部ぶちまけることにした。

その上で現在の住まいはどうしたいのか、大分くたびれてきてる内装に手を入れるだけで良いのか、それとも新しい住まいに移りたい希望はあるのかと聞かれ、そんなの当たり前じゃないのと思った。

これだけは譲れないと思ったのだ。

今のマンションは前のパパが散々通って来たところだし、そんなところに通って来るなんて誰だって嫌に決まってるわ。

そんなのあの方にだって失礼じゃないの。

これだけは本気で腹が立ったのだ。

でもお店の方はどうなるんだろうと思ったが、あっさりと、とりあえず今のお店を続けながら、新しいお店を物色しましょうと言われ、又きょとんとしてしまった。

自分では、お店なんかたたんでしまおうかと思っていたのである。

もうそのあとは、めまぐるしく状況が変わり、大げさに言えば運命そのものが変わってしまったような気がする。

顔見知りの街金融のヒトが、さっき出て行った女性の案内で入って来て、目の前で一切の清算があっと言う間に済んでしまい、入れ替わりに、あの憎たらしい銀行の支店長までが、部下を連れて丁重な物腰で入って来た。

これも、あっと言う間に話がついて、「今日中に手続きを済ませて改めて伺わせて頂きます。」と言いながら、書類を置いてそそくさと帰って行った。

聞けば、今朝一番で街金融と銀行には全部話しをつけてあったようなのだ。

ゆうべは、そんなに大した話は出来なかった筈なのに、あの方は何から何までご承知だったのだ。

少なくとも、街金融の債務一切は全て履行済みと言うことになり、マンションとお店に関する抵当権が解除されたことぐらいは、さすがのみどりにも理解することが出来たのである。

何だか肩の力が抜けてしまったような気分で帰路に着いたときには、二千万の現金を入れたケースまで提げていて、とりあえず支払いと手元資金には充分なのだ。

早速、絶対流したくない質草を請け出す事も出来る。

公共料金の引き落とし用の口座にも、少し余分に入れておいた。

二・三の仕入れ業者に電話を入れ、集金に来るよう言い終えたときには、今までのことを思ってわくわくしてしまったほどだ。

おまけに千代さんの口ぶりでは、あれほど自分で決め付けてそう思い込んでいた理沙のことなどは、まるっきりのお笑いぐさでしか無かったのだ。

でも、これだけは意外だった。

もう、てっきりそうに違いないと、勝手に思い込んでしまっていただけだったのだ。

そう思うと、自然に口元が緩んできてしまう。

一人笑いはみっともないと、無理に生まじめな顔を作って見るのだが、また直ぐにだらしなく口元が緩んできてしまう。

お店も自宅も立ち退かなくて良くなって、頭痛の種だった街金融の借金も、きれいさっぱり返済することが出来たのだ。

あとは少しばかり書類を揃えて、千代さんのところへ持って行くことになったけど、このあたしが社長になる会社を作ってくれるのだそうだ。

あの方が出してくれるお金は、全部その会社が借りたことになるのだと言うので、返済はどうなるんだと聞いたら、「あなたは返せないでしょ」って言われてしまった。

「だから、返せないものは仕方が無いでしょ。」って笑っている。

「それとも、陛下が催促するとでも思ってらっしゃるんですか。」と言いながら、またしても笑われてしまった。

とにかく、一刻も早くお目にかかってお礼も言いたいし、携帯にでも連絡してくれるよう伝言も残して来た。

あとは、あの方が通って来てくれる新しい部屋を捜さなくちゃいけない。

あの図体なんだから、それこそベッドなんかも特別大きめのものを用意しなくちゃ、などと考えるだけでとても楽しいのである。

早めにお店に出て、すっ飛んできた仕入れ業者に支払いを済ませると、昨日までやいのやいのと催促していたヒトたちが、急に態度を変えて、今まで通りツケ払いで良いなんて、まったく・・・・。

ぱらぱらと出勤してくる女の子たちにも、少し遅れ気味だった清算をしてやった。

それも、遅れた分だと言って別に余分に包んで上げると、みんなきょとんとしながら礼を言っていたっけ。

その日は開店早々に、まるでそれを待っていたような勢いで、昼間の銀行屋さんが客として来てくれた。

支店長はじめ数人でやってきて、妙にこちらの機嫌をとるような素振りまでみせながら、高いボトルを何本も開けてくれるのだ。

この前までは、笑顔を見せるだけでまるで損するみたいな素振りだったのに、まったく、ヘンな世の中だこと。

そのほかにも、新聞で何度か顔を見たことのある超一流企業のトップだとか言うエラい人が、秘書の方を連れて派手に使っていってくれたし、そのエラいお方が帰り際にわざわざお名刺を置いて、「あのお方によろしくお伝え下さい。」と言ってお帰りになった。

あのお方、って、やっぱりあの方のことですわよね。

「承っておきます。」って応えたら、

「くれぐれもよろしく願います。」だって。

結局、最近では珍しく客足が絶えなくて、いい商いをさせていただいたわ。

最近浮き足立ってきていた女の子たちも、みんな目の色が変わってきている。

いつの間にか、理沙までがこっちの顔色をみて自然に動くようになってきているのだ。

理沙に対するえも言われぬ優越感は、心のうちにすごい自信を取り戻させてくれたみたい。

以前は、理沙の分の売り上げはお店にとってとても貴重なものだったし、ときに気疲れするほど気を遣うこともしょっちゅうだった。

それなのに、今日はもうそんな気を遣う必要も感じないし、こっちとしては、うちで働きたかったら働いたら良いのよ、くらいにしか思えない。

ママはあたしなんだし、もうあんまり売り上げそのものにも大したこだわりが無いのだ。

理沙の方でもそれを敏感に感じるらしい。


そして早くもその次の日には、新築の一つビルの中にお店と住まいが両方入ってる物件の知らせが入り、早速見てみたがもう文句なしに気に入ってしまった。

お店のテナントも一階に右左と二つ並んでいて、どっちにするかちょっと迷ってしまったけど、結局向かって左側を選んだ。

それも前の四倍ぐらいの広さがあって、同じ銀座でも立地も絶対格上だと思うし、その上業者の口ぶりでは、残った右側の方は神宮前の方でお使いになるらしい。

どうやら、二つ並んでるテナントを両方とも押さえてあったらしいのだ。

肝心の住まいの方は同じビルの最上階で、八十坪もあるかなり豪勢なものだった。

祭日なのに業者さんの対応も至れり尽くせりで、一も二も無く手付けを打とうとしたら、それも全部済んでますって言われてしまった。

結局、そのビル全部が千代さんの手の内にあるような気配なのである。

どっちにしても、急いで準備に取り掛かりましょ。

特に急がせた住まいの方の準備は、どうしても工事が年明けからになりそうで、特注の家具調度など、本来の部屋の主を迎え入れる準備にはかなり手間取りそうな話なのだ。

でもその部屋は、今のお店まで歩いて通える距離にあって全く言うこと無しだった。

あの方からは未だ何の連絡も無いけれど、工事の見通しなんかも全部神宮前の方に報告してあることだし、お部屋の方の用意が出来るのを、きっと首を長くしてお待ちになってらっしゃるに違いない。

一階の新しいお店の準備には未だ時間がかかりそうだけど、それはそれでじっくりやるからちっとも構わない。

お店の内装についてのあれやこれやを考えるのが、楽しくてしょうがないのだ。

今度は前と違って席と席の間にもたっぷりと余裕をとって、出来るだけ重厚な造りを心がけることにしよう。

第一、ヘンにちゃちな店造りなんかしてちゃ、あの方の恥になるじゃないの。

隠してたって、どうせこの業界のことだから、あっという間に知れ渡ってしまうに違いない。

現に、今日だって前に辞めてった子が二人も電話してきているくらいで、今いる子から何か聞いてるらしく、こちらの様子を窺いながら、出来たら戻りたい気配なのだ。

こないだレセプションに付き合ってもらった子なんかも、早速年明けからでも移りたいらしい。

かなり売れてる子たちで、今の店の借りは自分で始末出来るからと言うくらいだから、それ次第で移ってくることになるのだろう。

てっきり苦労すると思っていた、肝心要の人手集めにも明るい見通しがたったみたい。

今のみどりの意識の中では、肝心の店の経営がこの不景気でどんな状況なのかなどと言う感覚は、ほとんど薄れてしまっていたことになる。

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  1. 2005/11/03(木) 15:48:09|
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自立国家の建設 040

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十二月二十四日、国井官房長官の韓国に関する談話があり、時節柄殊更耳目を集めることになった。

情勢はいよいよ予断を許さなくなってきており、殺到する記者団に応えての談話なのだ。

「堂々たる自主独立の国である隣国の情勢については、勿論重大な関心を寄せている。」

聞きようによっては自主独立の国だからこそ、あくまで主体的にその難局を解決しなければならない、と言っているようにも聞こえるが、この東アジアにおいては、まことに不条理な相関関係が長々と続いて来ており、それを背景とする日本の特殊事情が常に韓国の破綻を危惧し続け、そのつど特別の支援態勢をとってきた。

隣国の破綻が、長いこと回避されるべきものであり続けて来たことになるのだ。

このような前提に立てば、又しても顕在化しつつある隣国の危機に対しては、当然、然るべき対応がなされるべきであったろう。

しかし、情勢が変転した。

最近の経緯から言えば、今回に限っては秋津州の意向が最大のポイントになるに違いない。

例の特別融資の償還期限が既に先月で切れてしまっており、その件が殊更注目を集めているときなのだ。

それも五百億ドルもの巨額である。

その折りも折り、官房長官談話に続くようにして、秋津州から新田源一の談話が配信された。

「日秋両国の立場は、断じて近隣諸国の破綻を歓迎するものでは無い。」

秋津州内務省のオフィスで新田の話す話柄が、秋津州国王の意に反したものと見る者はいない。

当たり前と言えば当たり前のこの発言が、大きく波紋の輪を広げ、市場の混乱を一時鎮めることに繋がったとされ、その結果一部に、日秋両国から大きな支援を期待し得ると言う声が上がり、今後の推移に関して楽観視する向きまであったくらいだ。

しかし、その国では相も変らぬ反秋津州の嵐が吹き荒れており、過去の支援に感謝するどころか、無理に押し付けられたものとして恨み言まで並べたてている。

無論、メディアが黙っているわけが無い。

恩義に報いるにそのような反応を返す国に対して、あの剛強をもって鳴る国王が、果たしていつまで寛大な対応を続けるだろうか。

その辺のひ弱な為政者とは根本的に違うのだ。

国内においても、圧倒的な支持基盤を背景にしている専制君主なのである。

その専制君主から債務償還の請求さえ出なければ、その国の外貨準備高には未だ見るべきものがあり、危機はいったん回避されたとする見方もあったが、無論相当辛辣な論調も無いではない。

あの国を潰すには銃弾の一発すら不要であり、秋津州国王が一言発言するだけで事足りると言う。

勿論「カネ返せ。」の一言だ。

事実であったろう。

それが発せられれば殆どの資金が瞬間的に逃亡し、あの国は一瞬で崩壊してしまうに違いない。

さまざまな議論が巷を賑わせたが、恒常的な安定が確保されたなどと言う論調はいずれからも出ておらず、単に絶えず目前にあった危機が少しだけ遠のいたに過ぎないと見る向きが最も多かったのである。

先日行われた日秋のトップ会談の内容が、未だに洩れていないことは確かであった。


十二月二十六日、アフリカ諸国の切なる招きにより、王はその訪問の旅に出ることとなった。

その旅には、キャサリン父娘が自身たっての希望で同行することになり、その訪問先も父娘の祖国を皮切りに四日間で七カ国もの多きに上ったが、全て先方からの招きによる訪問のことでもあり、いずれの国においても大歓迎を受けながら若者は移動して行く。

もともとこわもての筈の秋津州の王が、実際に会って見ると意外に腰の低い若者であったことが、各国の首脳たちからはすこぶる好評であったと言う。

無論、彼等はいずれもはるかな年長者ばかりであり、これ等年長者に充分な敬意を払うのは若者の常の姿でもある。

行く先々で、カメラの放列がてぐすねひいて待ち構える中、今では富強第一を謳われる秋津州の王が、言わば最貧国と呼ばれる国々の首脳に対して、このように慎み深い姿勢を取り続けていることを、極めて好意的に扱うメディアは多い。

しかも、供奉のものは井上司令官ただ一人で、外に一人も連れていないのである。

自然、随伴のキャサリンが何くれと無く世話を焼く羽目になり、その甲斐甲斐しい姿がひどく目立ち、彼女の元にも取材の申し込みが押し寄せることになった。

彼女自身、ここ数ヶ月の間、一心に国土の復興に力を注ぐ国王に接して来ており、殺到する取材陣を前に、その汗まみれの日々について極めて熱く語り、その記事も又各国有力紙の紙面を飾ることになって行く。

この旅程は、本来ならかなりの強行軍になるところであったものが、一行は若者のいつもの移動方式によって、ほとんど疲れの色も見せずにその行程を終えることが出来た。

大成功だったのである。

情勢を観望していた各地域の国々からも、招待状が殺到するようになるのも、又自然の成り行きではあったろう。

こののちの王はかなりの国の招きに応じ、徹底的に時差を利用して一日に六カ国も経巡るような強行スケジュールさえ消化しつつ、それは延々と続けられ、以後二月の初旬まで世界中を飛び回ることになるのである。

この世界行脚の最も特徴的なことは、移動した距離の驚異的な長さにあっただろう。

王は外遊中全く現地泊まりをせず、日々自国に戻っていたのだ。

この外遊の全期間において、朝食はほとんど自室で摂っていたことが明らかになるに連れ、当時頻繁に仮眠をとっていたことも伝わり、やがて各方面の微苦笑を誘うのである。

この間にも王の朝食に招かれる者が相当数にのぼり、タイラーなど各国高官は無論のこと、ダイアンやキャサリンの顔も頻繁に見ることが出来た。

久我京子に至っては、多くの週末を秋元女史の用意したホテルの専用スィートで過ごしていた気配で、この朝食にも度々招かれていたのである。

詰まり、どんなに遠方にいても毎日欠かさず自国に戻っていたことになり、それは、まるで距離の概念を完全否定するに等しいと言われたほどだ。

この不思議な技術については、以前からその存在が囁かれて来てはいたが、今般幾たびも積み重ねられた実績によって、これについての蓋然性が立派に定着してしまった。

加えてもう一つ特徴的であったことは、その訪問先にいわゆる工業先進国と呼ばれる国の名前が、一つも含まれていなかったことだ。

無論、工業先進国と呼ばれる国々からの招きも、降るほどにあったことも事実なのだ。

観測筋の見方も又さまざまで、秋津州財団の豊富な資金をばらまいて歩いてるだけだとして、こっぴどくこき下ろしているものもあった通り、各国各地に秋津州財団の支部が次々と誕生したことは事実で、今回の世界行脚の過程で、総額五千億ドルもの資金が各地に投下されたと囁かれている。

尤も、メディアの論調は比較的好評で、結果として各途上国に膨大な資金が投下されたことは、世界のマーケットに大いなる起爆剤を与えるものとして歓迎したことも確かだ。

結局メディアが公式なものとして捉えただけでも、その訪問先は八十カ国にも及び、非公式なそれも四十カ国もの多きに上ったとされ、王はこの短い期間に、百二十カ国ほどの国々に秋津州財団の支所を設けたことになるが、この数はこののちも増えることはあっても決して減ることは無い。


秋津州の正月は、一面の銀世界であった。

北方の山並の頂上付近はとうに冠雪していたが、首都圏における本格的な積雪を見るのは、これが初めてのことだったのだ。

元日でありながら、新田源一は内務省ビルの最上階で過ごしており、このあとひたすら外遊を繰り返すことになる若者も、今は全くくつろいだ姿で掘り炬燵を囲んでいる。

そこは、ほんの短期間とは言えかつて若者が居室としていたところで、新田に譲ったあとも二人がひんぱんに酒盛りをする場所でもあった。

今も、二人が酒を酌み交わしている「ところ」は、一風変わった環境にあることは確かだ。

実は、この堂々たる内務省ビルの最上階の一郭に、まるで体育館のような巨大な空間が存在していた。

天井の高さも優に八メートルはありそうな空間に、六十センチほどの高さの床を持つ平屋建ての日本家屋が、全く独立した建物として構築されており、幅一間もの廊下が北側を除く外側をぐるりと囲んでいる。

それは実に奇妙な光景と言って良い。

巨大な洋風建築の中に和風建築が存在していることになるのである。

畳張りの三部屋が横並びに連なり、それぞれがふすまや壁によって間仕切りがなされ、一つの独立した居住空間を立派に形成しており、しかも、それぞれの和室の南向きの正面には、鄙びた沓脱ぎ石まで設えられ、外のフロアからの出入りを一層自由にさせてもいる。

北側には納屋と台所、そして風呂や便所があり、立派に独立した生活を営める構造になっている上、そのどれをとっても日本の香りを漂わせ、新田にとっても格別好もしく、彼自身、密かに「土竜庵(どりゅうあん)」と名づけるほどお気に入りの場所になっていた。

ずんぐりとした新田の体格好は、いかにも土竜(もぐら)に似ていなくも無い。

もし、部屋の中の土竜が沓脱ぎ石を降り、通り土間になっている広いフロアを突っ切れば、南側の大きなガラス窓に突き当たるだろう。

そこからは見渡す限りの雪景色が広がり、その中には幾棟もの高層建築が立ち並ぶ姿まで雪に霞んで見える筈だ。

渡り廊下の外周の雨戸は全て開け放たれており、障子一枚開けさえすれば、掘り炬燵からでもそれが見渡せるのだ。

土竜は、今も直ぐ脇に受話器を乗せた小机を置き、いつでも電話に出られる態勢で新春の屠蘇を味わっており、掘り炬燵にしても如何にも良い出来栄えで、その温もりが一段と心地良く、差し向かいで杯を重ねる若者も先程からこの降雪を寿いでいるように見える。

以前にも何度か大雨が降ったが、その都度若者は満面の笑みを見せて喜悦していたが、若者が、これほどまでに気候の変化に一喜一憂する心情も、今は妙に腑に落ちる思いがしている。

結論から言ってしまえば、やはりこの秋津州は人工島であって、若者の異能によって、いずれからか運ばれてきたものに違いない。

今となっては、それこそが紛れも無い真実だと思えて来るのである。

人工島の出現は、当然、広範な海域に亘ってその海流に影響を及ぼし、それはそのまま気候の変化となって現れて来る筈だ。

だからこそ、若者はこの太平洋における海流の変化を慮り、注意深く観察しているのだろう。

そもそも若者の一族は、一千年以上の永きに亘り、この島で棲み暮らして来たと主張して来ており、それが事実なら、既にその気候風土は身体に滲み込むほどに馴染んでいる筈なのに、ここまで天候を気に掛けるのは如何にも不自然だ。

ただ、一族の将来を何よりも大切に思う若者にとって、その領土の気候風土を気に掛けること自体は、あながち不自然とばかりも言い切れない。

日照時間や降雨量は、その地で作物を育てる上で何にも増して大切な事柄であり、おそらく、この意味で、若者の望む自然条件が確実に現出しつつあるのだろう。

この大雪を寿ぐのも、少なくとも、雪見酒が楽しめるからで無いことだけは確かだ。

この国の天地が充分な自然の恵みを受けられそうな見通しが立ったあとは、それこそ揺るぎの無い国家主権を打ち建てようとしているからに他ならない。

秋津州と言うこの国家を、国際社会の一員として、どこからも後ろ指を指させないものに育て上げるべく、ひたすら専念するつもりなのだろう。

その過程において若者は、最も効果的な局面において、強大な軍事力を堂々と行使してみせる必要があった筈だ。

さらには、その機会を作るために、あらゆる策略をめぐらせたに違いない。

結果から見れば、米国をはじめ中国・ロシアなどは、その巧妙な罠に、まんまと嵌まってしまったことになる。

だが、そのおかげで国際情勢の劇的な変動が引き起こされ、我が国にも大いに利益をもたらしてくれた。

実に、我が日本は、六十年ぶりに実質的な独立を果たすべき好機を得たのだ。

折角の好機を、如何に活用し得るかが今問われているのであり、新田自身が、日本人として生まれてきて今日あるは、正にこのときのためだとまで思い極めているほどだ。

新たに勃興してきたこの秋津州は、確かに途方も無い脅威には違いないが、今までのところ若者は全く領土を求めてはおらず、占領した敵国に対してさえ手厚い保護を加え、その自治権の保障どころか、再軍備に関してさえ全くのフリーハンドを許容しているでは無いか。

少なくとも、世界の世論はそう見ている。

詰まり、「その地域を統治すべきは、あくまでその地域の人々であるべき」とする王の思想信条に、深く共鳴させられてしまっていることになる。

ここにも、恐るべき意図が潜んでいるような気がしてならないのだ。

首相官邸では、既に若者の政略の一環を察し、かつ積極的同意さえ与えてしまっており、その上重ねて強力な協調態勢をとるべく、更なる環境の整備を進めようとしているほどだが、秋津州の国益との間に、今のところ軋轢を生ぜずに済んではいるものの、今後についてまでは誰にも分からない。

しかし、有りがたい事に、若者が抱き続けてくれている日本人との連帯感を思えば、両国の国益の差にさほどの隔たりが生じるとも思えない。

国際社会には、大勢の化け物が好き放題に暗躍しており、その中で互いに同胞だと感じあえること自体が実に貴重なことなのだ。

互いの誇りを傷つけさえしなければ、以後も強固な連帯感を共有し続けることも可能だろう。

こうして二人で酌み交わす酒の味には格別のものがあり、少なくとも目の前の若者との間には、強固な同族意識を体感出来ているのである。

新田は、この半年の間に群がり起こった数々の出来事に改めて思いを馳せながら、掘り炬燵の上のグラスをとった。

あまり暖房を利かせていないため、二重に仕切られているこの室内も寒気が甚だしい。

障子一枚で隔てられた外のフロアなどは、恐らく摂氏五度を切っているだろう。

その冷え切ったフロアには、井上司令官と三人の侍女が控えて居る筈で、数メートルを隔てたオフィスには、大勢の女性たちが倦まず弛まず外交事務を執っており、その上彼女達はいまだかって人並みの休憩なぞ望んだこともない。

彼女達が自ら組んでいる勤務シフトを見ると、一人一人がその休日をふた月に一回ほどとする、過酷なローテーションで回しており、殊に不思議なのは京子の妹たちだ。

この姉妹は、全て日本国籍を持つ堂々たる日本人でありながら、ヒューマノイドだと思われる他の女性たちに伍して、全く同様のローテーションで勤めており、この点でも、新田の中にはある淡い疑いが生まれつつある。

詰まり、日本人である筈の秋元姉妹も又、ヒューマノイドなのではないかと言う疑いだ。

それどころか、三人の侍女は勿論、公表されている全ての秋津州人までが疑わしいのである。

この新田の推論は、まさに正鵠を得ていると言って良い。

新田には想像することも出来ないことであったが、実は昨年の暮れに来て、王は幼い一族の者たちをほとんどいちどきに失ってしまっていた。

各国外交団の一部が持ち込んだ病原菌により、七人の幼子たちが揃って劇症の感染症に倒れてしまったのだ。

無論、即座にマザーの船団にある無菌室に隔離し、万全の処置を施したのだが、敢え無く全ての命が空しくなってしまった。

秋津州に棲息している秋津州人は、文字通り国王ただ一人となってしまったことになる。

皮肉なことに、外国人居留民の中に幼児は存在せず、彼等の中で発症したのはほんの数人だけで、その症状もごく軽度のものばかりであった。

秋津州にとってこれ以上重大な国家機密などあろう筈も無く、若者の悲嘆は完璧に秘匿され、全く探知されることはなかっただけなのである。

しかしこのことがあってからと言うものは、明らかに若者は変わった。

これまでの若者は、新田の進言する積極外交策を一切採用せず、孤立主義ともとれる頑な対外姿勢を保ってきていたものが、一転して積極的な外交の旅に出ることになったのである。

若者の悲嘆がその形を変えて、のちに、百二十カ国もの途上国の招きに応ずることになって行く。

天空に於いて僅かながら生まれ育ちつつある一族のために、揺るぎの無い万全の国家主権を打ち建てようと、改めて心に誓ったのであろうが、こうとなれば、二十年後、三十年後にその次世代のものが、秋津州を引き継いでいってくれることにひたすら望みを託すほかは無く、この重要な機密を秘匿するためにも、敢えて積極的な姿勢をとることにしたのである。

だが、この重大な事実は新田は無論のこと、誰もが知り得ないことなのだ。


今新田の正面でするめをしゃぶる若者は、つい先ほど帰館してきたばかりだ。

この大雪の中、朝早くから出掛け、父祖の御霊を祀る秋津州神社に参ってきたと言う。

それも、その場所が問題であった。

秋津州の北方には山並みに抱かれるようにして、北浦と言う湖があることは何度も触れてきた。

その湖は瓢箪のように中ほどがくびれており、そのくびれによって上湖と下湖とに分かたれているのだが、上湖の標高は二百五十メートルほどもあり、下湖のそれは二百メートルほどのものだ。

詰まり、五十メートルほどの標高差がある。

自然、上湖と下湖の境目辺りは全て滝となって流れ落ちることになる。

今や上湖は豊かな水量を誇るまでになって来ており、更には清冽な瀑布となって滝壺に降り注ぐのである。

秋元姉妹によれば龍神の滝と呼ぶ者が多いと言うが、秋津州神社は、この龍神の滝の裏側に穿たれている洞穴の奥にひっそりと鎮まっており、積雪の無い晴天時でさえそこに達するのは容易では無い。

若者の特別の力を以てすれば何の苦労も要らない筈が、聞けば、わざわざ自らの足で登り降りしてきたと言う。

十一年前に即位した場所だと聞くその場所は、この若者にとってそれだけ特別の意味を持つのだろうが、巨大な虚構を以て構成されるこの国の中でも、それは数少ない実像の一つなのだ。

だが、秋津州は今や堂々たる国家主権を主張し、かつ否応無く諸国に認めさせつつある。

それは、日本人新田源一の外交戦略の中では紛れも無い実像であり、同時にそのことこそが日本の国益にとって最も重要な役回りを演じてくれるものでもあるのだ。

新田の感慨は尽きないが、直ぐ下の四階には、午後から始まる賀詞交歓会に出席すべく続々と人々が集結しつつあり、二人ともぼつぼつ身支度にかからなければならない。

出席者は二千人は下らないとされ、その中には着飾ったダイアンや久我京子等の姿もあり、撮影を許された多くのカメラがそれを盛んに捉えることだろう。


年が明けて、秋津州国王の目まぐるしい旅が再開され、そのニュースが流れない日は無い。

メディアの論調は、概して王の積極的な外交姿勢を好意的に受け止め、今後の国際情勢の安定にとっても、極めて重要な役割を果たすに違いないと評していた。

特に王の訪問先が開発途上国に限られていることについて、地球規模の南北格差を埋めようとするものだとして、過剰なほどに激賞する論調まで散見される中、中南米、アフリカ、中東、東南アジア、南太平洋、中央アジア、東欧と、王の駆け巡る国々は日毎に数を増して行き、当然その悉くが秋津州との友好関係を積極的に望む国ばかりだ。

何にしても、王が国際政治のキャスティングボードを益々強く握り始めていることが、いよいよクローズアップされて行くことにはなるのだろう。

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  1. 2005/11/03(木) 16:50:58|
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