日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 067

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さて、そもそもこの稿においては、例のベクトル社から重ねて面会の要請が来ていることについて述べて来たところだ。

無論、その要請を受けていた窓口は秋津州商事の神宮前オフィスである。

ベクトル側からすれば、ごく順当な手順として、神宮前の千代のもとへひたすら面会を求めていたが、その願いも永いこと叶わぬまま時間だけが空しく過ぎていた。

だが、それが意外にも、王妃に直接会える運びとなったことはベクトル側にとって望外のことであった。

聞けば、肝心の国王陛下まで臨席されると言う。

唯一の決定権を持つその人自身が臨席されれば、ありがたい事に、その目的も一気呵成に達成することが出来るかも知れない。

少なくとも、ベクトル側がかなり希望的な観測を持つに至ったことは確かで、神宮前を窓口とするような迂遠な方策など、最早、取るに足りないこととなった。

ベクトル側の目的についても既に触れた。

一言で言って、これまで弱点としていた旧共産圏エリアについても、大いにシェアを広げたいと言うのが最大の目的だ。

秋津州に接近を図るのも、秋津州がそれらの国々に対して、特別な影響力を有しているからに他ならない。

それらの地域は、秋津州の実質的属邦だと評する者迄いるほどで、今やその影響力の大きさたるや言うも愚かだ。

万一秋津州側からのちょっとした妨害工作があったりすれば、もうそれだけのことで、うまく行くものもうまく行かなくなってしまう。

それゆえにこそ、その王家の特段の知遇を得たいのである。

そのために用意した手土産も、「日本のメディアを総動員して強力な情報操作を押し進め、日本人自身をあらゆる呪縛から解き放ち、その意識改革を行う」と言うものだ。

それも、王妃のバースディプレゼントと銘打った以上、その意識改革とやらも、国王夫妻が最も喜ぶと思われる方向へ向けてのことだ。

作戦の遂行に当たっては、日本国内はおろか世界中の大企業に名を連ねさせ、驚くなかれ米英等の政府までが協力態勢を採るよう万全の工作を施しつつある。

ベクトル社代表ジョージ・S・ベクトルは、現在、最も脂の乗り切った52歳、多くの傘下企業を率いて八面六臂の活躍を見せており文字通りの働き盛りだ。

常に他を圧倒するほどの壮大なプランを持ち、それを推進するティームの中心に位置してもいる。

今次のバースディプレゼントにしても自ら発想したものであり、無論、相手にとって優れて魅力あるものと信じて疑わない。

未だ包みの中身まではお伝えしていないため、思いのほか手間取りはしたが、お会いしてそのことをご説明申し上げさえすれば、必ずお喜びいただけるものと信じている。

まして、ベクトルこそ秋津州にとって最上級の顧客だと言う自負もあり、当然、相当のアドバンテージをもって事に当たれるつもりであった。

持って行き方次第では、対等以上の足場を築き上げることも充分可能と見ており、今次のプロジェクトが、既に成功への階段に一歩踏み込んだ感触まで持つに至っている。

事実上ベクトル社に片足を掛けたまま国務長官の要職にあるアシトン氏からも頻繁に情報が入っており、現地責任者のタイラー特別補佐官とも会った。

ペンタゴンやCIA、そしてベクトル自身の情報網からも相当な情報が入っており、それらの情報をさまざまに擦り合わせつつ、自らの戦略を自信を持って推し進めてもいる。

現に、ベクトル自身の情報網から汲み上げられてくる情報は、切り口によっては合衆国の国家機関が得ているものと比べても遜色の無いほどのものであり、逆にCIA側へも間断なくフィードバックしているほどだ。

ベクトルが世界に浸透させて来た触手は、その規模において他の追随を許さないほど巨大で、これに続くものとしては恐らくあのコーギルがあるくらいのものだろう。

ところが、これほどまでの情報収集能力を以てしても、こと秋津州に関してだけは、相変わらず、はきとしたものが得られない。

この海都にも大規模な拠点を持ってはいるが、そこから上がってくる情報にしても期待を裏切るものばかりで、この相手の防諜能力の高さには慄然たる思いがするのである。

秋津州は鉄壁の防諜システムによって見事なまでに守られており、それが如何に完璧なものか日に日にその感が深まるばかりなのだ。

その情報網へのアクセスポイントとしては、一つには国民議会と称するものがあるが、秋津州の特殊な政体においては、その議場で公式に発言される話柄など、現実には何の役にも立たない上、その関係者などはどう攻めてみても全く情報を発信してくれない。

また、内務省と言う唯一の行政機関が又難関で、いくら接触を繰り返してみても、未だに有効な結果が出て来ないところから、秋津州人と言うものには、一般の人々とはまったく異質なものを感じざるを得ないのだ。

その一人一人が、まるで我欲そのものが皆無であるかのような感触すらあり、罠をかけて何らかの弱みを握ったつもりでいても、結果としてはその弱みが全く機能しない。

彼等は、まさに秋津州人として完全に一体化してしまっていて、言わば一個のユニットででもあるかのような錯覚に陥るほどだ。

人間としての「個」の存在感が全く感じられないと言う、極端な報告すら上がって来ており、彼等にとって個人固有の弱みなど、全く存在しないと言う者まで出て来る始末だ。

この国へ注ぎ込んだ機密資金は既に十億ドルを超えており、少なくともその半分ほどのものが、軽々と秋津州人の懐に入った筈なのだが、彼等にとって、それが全く弱みにならないと言うのである。

国政に関与する者が一旦懐に入れた筈の金が、のちに国税収入として堂々と計上されるに至ってはもう嗤ってしまうほかは無い。

各若衆宿の幹部クラスの場合などは、恐らく自治体の税収として扱われてしまっているのだろうが、全て公金として扱っている以上、如何に大金を受け取っても個人としての弱みなど発生するわけも無いだろう。

最近では、行政機関や国民議会に少しでも関わりを持つ秋津州人は、それこそ全てヒューマノイドなのではないかと言うブラックジョークまで聞こえてくるまでになった。

反面、日本と言うアクセスポイントからは大量の関連情報が流出してくる。

それも、まるで水道の蛇口を全開にしてあるような勢いで大量に噴出して来ており、相変わらず日本の防諜意識の低さを浮き彫りにしていて、ひたすら呆れるばかりだ。

ただ、その中でも、王妃の直属部隊と言われるものの実態についてだけは、さすがに情報管理が徹底しているとみえて、信頼すべきものは今もって掴む事が出来ない。

千差万別のダミー情報らしきものばかりが氾濫している状況なのだ。

その分野に関してだけは、情報を共有する者を相当限定していると思われ、その全体像を具体的に掴んでいる者は、大泉・国井ラインに直接繋がる新田・岡部ラインのほかには、先ず存在しないのではないかと言う。

新田・岡部ラインに属する膨大な人員も、既にその多くをターゲットとして捕捉することに成功しているが、文官武官ともにそれぞれ部分的な情報しか持たされていない気配が濃厚で、とてものことに全体像に迫る情報源とは成り得ない事が判明してしまった。

果ては、大泉総理でさえ、その全体像までは知らないのではないかと言う者さえいるのである。

タイラー配下のエージェントにしても、いっとき画期的な情報をもたらしてくれたと言うが、今となって見れば、敵の手中で体よく踊らされてしまっていた気配が濃いのだ。

今ではその女たちの口座に、全く分不相応な残高があることまで判っており、彼女たちの手を通じて、敵に都合の良い情報ばかりが洪水のようにワシントンに流され続け、大統領のマシーンのテーブルを徒(いたずら)に賑わせてしまっていたことになるのだろう。

ワシントンは、相手が強力なカードを次々とめくってくる度に右往左往させられた挙句、相手側の優位性ばかりが益々際立ったものに成長して行き、自ら焦燥感を煽り立て、タイラー補佐官の食欲を奪い著しく体重を減じさせる羽目になった。

この小心者の補佐官は、どうせ現職を退かざるを得ないだろう。

それも、そう遠くは無い筈だ。

彼のためには、その体重を元に戻せるほどのポストも既に用意した。

無論、ベクトルグループのポストである。

これを知った当人は、大分顔色も良くなったが、我がベクトルにはそのための大量の椅子の用意があり、タイラーの前の上司や同僚などが現在も大勢座っている。

十年は羽振り良く暮らせるだろうし、こっちにとっても多少の役には立ってくれるだろう。

だが、この小心者の健康を損ねるほど苦しめている相手は、強大な武力を持ち、合衆国全土を物理的に殲滅することさえ可能だと言う。

しかし、北米と言うマーケットをそう簡単に破壊してしまうほど愚かな相手とも思えない。

そんなことをすれば、世界のマーケットが破滅してしまうではないか。

だが、そのカードがワシントンをいちいち怯えさせてしまっている事も事実だ。

引き比べてワシントンは、相手が一目置かざるを得ないほどのカードを持ってはいない。

合衆国は、世界を相手に熾烈な外交戦争を闘って来ていながら、こと秋津州に関してだけは、負のカードしか持ち合わせてはいないのだ。

有効なカードを一切持たぬまま有利に戦いを進めるなど、最初から無理があり過ぎるのである。

その点、我がベクトルは複数のカードを持ち、その上トップである自分が直接ことに当たるのだ。

それも一般企業のトップとはわけが違う。

我がベクトルは、ほとんどの株主をごく近い親族で固め、彼等に対してもこの私が圧倒的な影響力を持つに至っているほどで、極めて重大な案件でさえ完全な独断専行を可能としており、さらに、金融筋に対する配慮など全く必要としない磐石の財務態勢まで築き上げて来ている。

これまでにもさまざまな難局に遭遇してきたが、その都度全くの独断で即決し得ることを以て切り抜けて来た。

それこそが自らの持つ最大の強みである以上、結局は今回も自分自身が匕首一本を抱いて、敵の懐に飛び込むほかに手が無いことがしきりに思われてならないのである。

この度のプロジェクトの成否が、我がベクトルグループの今後を占う上で、言わば分水嶺をなすものとの意気込みを以て国王夫妻との会見の日を待ったのだ。

その過程で珍妙な日本海海戦が勃発し、やがてその騒動も治まったある日、ついにその知らせは来た。

事前に知らされたその日は、王妃自身の誕生日を目前に控えた日曜日で、場所は内務省の四階にある王家の公式スペースだと言う。

待ちに待ったその日が来て、無論勇んで出かけた。

手土産の用意も万全だ。

通された謁見の間は、話に聞いていたものより余程地味な感じの小ぢんまりとしたもので、大勢の謁見を許される場合などは、また別の部屋が使用されるのだと言う。

随行は、女性秘書一人だけにした。

自身が全く日本語を解さないため、無論、日本語に堪能な者を選んだ。

だが、国王夫妻は流暢な英語で応じてくれて、結果として通訳の必要など全く無かったのである。

その上ありがたいことに、儀礼的なセレモニーはごく短時間の内に終わり、予想通り次室でお茶を頂戴しながら歓談の機会を得た。

僅かの距離を置いて、護衛隊長と美貌の女性秘書がひっそりと控えているが、この女性こそが、高名な秋元京子氏その人なのであろう。

しかし、目の前の国王陛下の隣には輝くばかりの王妃が着座しておられ、その溌剌たる美貌を前にしては明らかに一歩譲ると見た。

ベクトル社代表ジョージ・S・ベクトルの老練な目にはそう映るのである。

この王妃にこそ、手土産の価値をご理解いただくよう大いにご説明申し上げなければならない。

胸の中に沸々と滾るものがあった。

幸い、ご夫妻ともに、こちらの軽口にも柔らかな笑みを浮かべながら応えてくれており、口数こそ少なかったが、そのご好意は充分に感じ取ることが出来ていたのである。

ところが、いよいよ肝心のプレゼントの包みを解き、中身についてご披露申し上げる運びとなり、それが日本人大衆に及ぼす顕著な効果について大いに論じ、勢い込んで実際の段取りと実行手順についてまで話題を広げたところ、唐突に王妃から反応があった。

それは意外なほど激しいもので、結局このプレゼントの奉呈は成らないことになる。

「そのお気遣いはご無用に願います。」と、仰るのだ。

全く意外であった。

強い語気から見て、彼女は遠慮したのではなく、明らかに拒絶しており、そこには怒りの気配さえ感じられたのである。

国王のとりなしを期待したが、表情さえ変わらず冷然と無視されてしまった。

今までの事跡を見れば、重厚な政略を縦横に駆使してワシントンをさえ切りきり舞いさせて来ており、若年ながら一目置かなければならない相手であることは確かだ。

黒々とした瞳が、じっと見据えて来る。

それこそが、あの小心者がひどく恐れる魔王の無言の凝視であった。

気が付けば、じっとりと冷や汗をかいており、全く予想外の展開で、対応にも窮してしまった。

密かに期待した「時の氏神」はとうとう現れてはくれず、万事休してしまったのである。

いったい何が王妃の情動を突き動かしてしまったのか全く判らぬまま、ほうほうの体で御前を退出せざるを得なかったのだ。

どう考えても当方に非礼があったとは思えず、ご不興を買ってしまった理由に全く心当たりが無い上、陪席させた秘書にしても見当も付かないと言う。

失礼なことを申し上げた心当たりなど、何一つ無いのである。

用意して行ったプレゼントは、相手にとってコストも掛からず、一方的にメリットを享受出来るものと言って良い筈なのだ。

調査によれば、あの日本人女性は極めて単純な性向を持ち、それもかなり偏向していると言い、自身が日本人であることにおいて格別それが強いと聞いた。

したがって、このプレゼントを喜ばない筈が無い。

今も当方の秘書が本国の国務省に連絡を入れ、アシトン長官サイドと直接情報交換を行っているところだが、依然として格別の情報は無いと言う。

コーギル社と同一の建物の中に設えたこのオフィスは、十所帯分ほどのスペースを確保し、無論最新の設備も多数搬入させてあり、壮大な「ベクトルの世界」をネットし、その一ノードたるべき機能は充分に与えられている。

ジョージ自身、この「ベクトルの世界」に入ることによって、始めて本来の落ち着きを取り戻すことも出来たのだが、南の窓から秋津州ビルの威容を近々と望みながら、改めて秋津州のパワーを思わずにはいられない。

本館とされる地上六十階ほどのその建物には、今ではほとんどの政府代表部が入居を果たし、それぞれの政府が重要な活動拠点としている筈だ。

大小の会議室やプレス用の設備も整い、数千にも及ぶ人々が立ち働いていると言うが、それでも未だ相当な空きスペースがあり、その壮大なキャパシティ一つとっても世界のメディアを大いに賑わせたほどのものなのだ。

その上、複数の別館まで完成していると言う。

短期間に、よくあれほどのものを造ったものだ。

この優れた技術力が、そのままマーケットに進出してくれば、世界中の巨大開発プロジェクトを受注する際にも恐ろしいほどの競争力を発揮する筈で、工期の短縮一つとっても、実に大いなる脅威となるに違いない。

今日の泊まりのためには、近くのホテルに最高級のスィートを押さえてはあるが、この分では当分そちらへは移れそうにも無い。

オフィスのメンバーに各方面の情報収集に当たらせてはいるが、新たな情報に出会うことは無く、全く手詰まりのままなのである。

どこかに突破口を見出せなければ、極めて厳しい局面に突き当たってしまうだろう。

少なくとも、国王夫妻との折角のコンタクトを、この様な形でしくじったまま引き下がるわけにはいかないのである。

この失点は、早急に取り返さなければならない。

現に今までも、常に何らかの解決策を見出し、その都度良好な結果を導き出してきた。

ブラックコーヒーの濃厚な香りをゆったりと味わいながら、気分を一新するよう努めよう。

こう言うときに慌てて動いても、決して良い結果を齎す事には繋がらない。

先ずは落ち着けと、百戦錬磨を経て来たハードな頭脳が命じている。

こうなってみると、数々の修羅場を押し渉って来た際にも、常に有効だった最強のカードが役に立たないことは極めてダメージが大きい。

その最強のカードとは、無論星条旗だ。

今回の相手に限っては、星条旗の重みなど全く感じ取れないに違いない。

経緯から言っても、重みどころか却って逆効果でさえあるかも知れないのだ。

まして、日本人である王妃にとって、日の丸こそが神聖なものであって、もともと星条旗などに価値を見出すことなど有り得ないことだろう。

はっと思い当たった。

今日の失策の原因にだ。

先程の会見では、プレゼントの中身についてご披露申し上げ、それが日本人大衆に及ぼす顕著な効果について大いに力説した。

そして、勢い込んで実際の段取りと実行手順について踏み込んだ途端、王妃の激しい反応に出会ってしまったのだ。

プレゼントの効果が薄ければ、その分だけその価値が落ちてしまうことを意識する余り、日本人に劇的な効果を及ぼすに違いないと声高に主張してしまった。

新聞やテレビなどが垂れ流す情報が、彼等に対し絶大な影響力を発揮することを論じ、彼等はその情報の真贋を疑うことをせず、実に無批判に受け入れてしまうことを繰り返し申し上げたのである。

日本人の意識誘導など容易に出来てしまうことを、主張してしまったことになる。

日本人の精神構造など極めて単純なものだと、典型的な日本人に向かって声高に説いてしまったのだ。

日本人であることに普通の感覚を持つ人なら、誰でも良い気はしないだろう。

こんな簡単なことに今の今まで気付かなかったのも、ひとえに自分の見解が本音そのものだったからだ。

自分自身の中では、海に魚が泳ぎ、空に鳥が飛ぶように、極めて自然で当たり前のことに思えていたため、何一つ違和感を覚えることが無い。

実際、こっちがその気になれば、それは簡単なことだと考えており、それこそが本音そのものであった。

結局、日本人に対する意識誘導など簡単に出来ることを大前提として交渉に入ってしまったことになり、当然それは日本人に対する大いなる侮蔑に等しいことにようやく気付いたのだ。

相手を大いに喜ばせようとして、大いに侮辱してしまったことになるであろう。

そう言えば、幼い頃父親から聞いた話の中にも、独特の日本人観があった。

当時の欧米人から見た日本人には三半規管に重大な欠陥が有り、航空機の操縦など到底不可能だと本気で思われていたそうだ。

やがて、日本軍の戦闘機が戦場の空を見事に舞って見せたときには、てっきりそのパイロットは別に雇ってきた白人の筈だと思ったと言う。

似たような話は、外にも数多く聞いた覚えがある。

こう言った日本人に対する牢固たる先入観は、もともと全く根拠の無いものでありながら、なかなか消えないものだと今更ながら痛感する。

やがて最初の反応が現れたのは、この重大な過ちに気付かされた直後であった。

傘下企業の一つから直接報告が入り、今しがた秋津州商事から取引の中止を通告されたと言う。

それも、一切の取引全てだと言うのだ。

同様の知らせは次々と届き、ベクトルグループとは無関係を装ってきたダミー企業までが、やがて同様の通告を受けるに至った。

秋津州の意思は、極めて明白であった。

ベクトルとは、今後一切の取引を行わないと言うことなのだろう。

情けないことに、この事態は予想だにしていなかったのだ。

秋津州に群がる数多いバイヤーの中でも、我が社の購入額は飛び抜けて大きい筈で、まさか、これほどの上得意をこうもあっさり切り捨てるなど思いもよらなかったのである。

考えて見れば、買い手などほかにいくらでもいる以上、相手の最終的な販売高が落ちるとは思えない。

永久原動機やベイトンに関しては、極端な売り手市場と言う歪んだ状況があり、その上、パイ全体のサイズが縮んでしまうわけでも無い。

これで、こちらにとっての最強のカードが一瞬にして失われてしまったことになる。

逆に、秋津州産品の入手ルートが断たれてしまえば、マーケットでの競争力を失ってしまうのはこちらの方だ。

この点は決定的と言って良い。

次いで、サウジのオフィスから入った報告が格別に衝撃的であった。

実は、サウジ王家の発注による巨大プロジェクトについて、既に受注寸前だったのだ。

それは、総額二兆ドルにもなんなんとする壮大な開発計画であり、その商談が頗る順調に進んでいたものが、調印の直前で潰れてしまったと言う。

呆れたことに、秋津州王妃の逆鱗に触れてしまったものになど、発注するわけには行かないと言うのがその理由なのだそうだ。

世界有数の産油国であるサウジにとって、唯一最大の財政源は無論オイルであり、秋津州に敵対するものとの濃密な交流を続けるなど、百害あって一利無しと判断したことになる。

秋津州の産油量が恐るべきものであることは、無論サウジ王家の知るところとなっており、万一秋津州を本気で怒らせてしまえば原油価格も一気に崩落し、五ドル十ドルと言う狂気のラインにまで落ち込むことすら有り得る。

極端な場合、好条件でサウジの販路に重点的にばら撒かれてしまう恐れさえあり、最悪、絢爛たるサウジ王家の家産も傾いてしまうに違いない。

何しろ、産油量の桁が違う。

その運搬に掛かるコストにしても、暴力的なほど安価に提供出来るのだ。

わざわざ秋津州王家を敵に回してまで行動するメリットなど、到底見出すことは出来ないとして即座に決定したものと見える。

これまで多数のサウジ王族をさまざまに接待し、その懐に捻じ込んできた大枚のドルも一セントも返っては来ないだろう。

当然、これ以外にも継続中の商談は多数に上っているが、その幾つかが同様の憂き目を見たことも報告が入り始めていた。

今までなら、常に先方から頼み込んで来ていた筈の資金調達オプションにしても、がらりと空気が変わってしまったものらしく、金融筋も下請け業者も全く腰が引け始めていると言う。

メインバンクは、支援するどころか、資金の引き上げ態勢に入ったかも知れない。

マーケットにおける情報の伝播は驚くほど素早かったのである。

王妃のご機嫌を損じてから、未だ一時間ほどしか経過していないにも拘わらず、猛烈な転落のシナリオが幕を明けてしまっていたのだ。

マーケットは常に正直に反応する。

舞台は、まるでビデオを早送りするようにして益々進行を早めるに違いない。

そのさなか、あの小心者から電話が入り、王家の秘書でもある秋元女史にアポが取れたことを連絡してきた。

ワシントンの指示もあり、特別の自信があるわけではないがと前置きし、これから内務省に入って様子を伺って見ると言って通話は切れた。

それにしても、全く想定外の事態なのだ。

マーケットは、我が社の信用不安を鋭くキャッチしてしまっており、大至急流動資金を大量に準備出来なければ、全てが破綻してしまう恐れがある。

塩漬けにしてあった株や債権まで、至急放出するよう命じなければならないだろう。

かほどまでに切迫した危機など、かつて経験したことが無いのである。

秘書に短く指示を出したあと、ジョージ・S・ベクトルは、虚脱したようにがっくりと肩を落としてしまった。

他に打つ手が見つからない以上、ここはじっと待つほかは無い。

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  1. 2006/12/29(金) 23:03:20|
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自立国家の建設 068

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一方、小心者のタイラーは、いつもの最上階でいつもの女神さまと目出度く対面することが出来ていた。

この女神さまは、いつに変わらずしっとりと美しく、大人の女性の香りを濃密に発散して来るが、惜しむらくは、その若さだけは急速に失われつつあるように思えることだ。

出会った頃は、充分二十代半ばで通る若さを誇っていた筈が、ここに来て十歳は年をとったように見えるのだ。

この女神にとって大切なのはあの魔王だけであり、その身辺が多事多難であり続けることが、その分だけ彼女の気苦労を増やしてしまったに違いない。

見渡せば今日はいつもの侍女たちの姿は無く、見慣れぬ女性が一人ついて給仕をしてくれている。

女神と同程度の身の丈を持ち、色白の愛くるしい顔立ちの少女で、女神さまとは日本語でやりとりを交わしているところを見ると、きっと日本人か秋津州人なのだろう。

女神さまからはマサさんと呼ばれ、颯爽たるビジネススーツに身を包み、ヒールを小気味良く響かせながら動き回り、全ての身ごなしが実にきびきびとしている。

この少女もごく自然な形で同席するようだが、特段の自己紹介のあいさつは無かった。

「急な話で申し訳ない。」

女神は、急な申し入れに応えてくれたことだけは確かなのだ。

「ベクトルのことなんでしょ。」

「うん、結局何があったのかさっぱり判らんのだが。」

無言の美少女の視線が気にかかる。

正面の女神さまのすぐ隣から、星のように綺麗な瞳がこちらを向いているのである。

「何がって?」

「う、うん。」

美少女の方にちらりと視線を走らせ、つい、言いよどんでしまった。

何処の誰だかも判らない人間の前で、迂闊なことは言えない。

「あら、ひょっとして忘れたの?うちの妹。」

「え?」

「だって、何度か会ってるでしょ?」

「あ・・」

思い出した。

そうだ、女神の一番下の妹だ。

去年、日本で二度ほど会ってる筈だ。

たった一年ほどの間に、随分面変わりしてしまっているが、言われてみれば確かにそうだ。

十六・七にしか見えないが、たしか国王陛下と同年だと聞いた覚えがある。

自己紹介も何も初対面じゃなかったのだ。

「普段から、こっちにいる方が多いのよ。」

「新田氏のオフィスかい?」

「まあね。」

肝心の本人は微笑みながら、このやり取りを聞いているだけだが、ことは重大だ。

以前女神との連絡が断たれひどく困窮した折、この妹たちともう少し親交を深めておくべきだったとひどく後悔した覚えがある。

確か、全部で五人姉妹だった筈だ。

現在、神宮前に常駐しているらしい次姉の千代なら良く知っているが、思えばそのほかとは全く親交が無いのである。

「いやいや、これは、失礼をお詫びします。」

思い切り深々と、美少女に頭を下げて見せた。

今度こそ、合衆国のためになる政治的ツールとして親交を結びたいものだ。

「いいえ、こちらこそ失礼を致しました。」

幸い、にこやかな返礼が返って来た。

この少女にも何かプレゼントを用意したいものだが、果たして受けてもらえるだろうか。

少女自身、株式会社秋津州商事のれっきとした取締役を務め、相当な資産と納税実績を持つことも調査済みなのだ。

頭の中が火がついたようになって、一瞬目前の状況に対する意識が希薄になってしまったとき、主役の女神さまからお声が掛かった。

「雅(まさ)さんは、きっとお役に立つと思うわよ。」

思いがけないことを言われたのである。

これでは、自分のために役立たせることを前提に、わざわざ同席させたように聞こえるではないか。

「ほう、それは益々楽しみだ。その内食事に誘ってもいいだろうか。」

少女は、相変わらずにこやかな笑みを絶やさない。

「ま、それは本人に聞いてみることね。」

「よし、判った。」

これは、いろんな意味で楽しみだ。

「それより、ベクトルのことを聞きたくて来たんでしょ。」

「あ、それそれ。何がどうしたんだよ?」

「あちらさまから、聞いてないの?」

「聞いたけど訳が判らないから来たんだ。」

「本人に判らないのに、私に判るわけが無いでしょ。」

女神は皮肉な笑みを浮かべている。

「意地悪しないで教えてくれよ。京子もその場にいたんだろ?」

「いたわよ。」

「いったい、何があったんだ?」

「あのアメリカ人がけんかを売ったのよ。」

「まさか。」

絶対にそんな筈は無い。

ベクトルは、ひたすら秋津州に接近し、ご夫妻の知遇を得たいだけなのだ。

「本人はそんなつもりじゃなかったみたいだけど、まあ一言で言えば、日本人を侮辱したのよね。それも徹底的に。」

「そんなにひどかったのかい?」

「本人は自分の常識として体に染み付いちゃってることだから、普通のことを普通に話してるつもりなのね、きっと。」

「・・・。」

「トムにもそう言うところ有るわよ。」

「い、いや、そんなことは・・」

「そんなことは無い?」

「無いよ。」

「でも、有色人種が白人を召使いとしてこき使ってたら、もうそれだけで気分悪いでしょ。」

「う、うん、確かに見たくは無いな。そんな光景。」

「逆だったら、普通なんでしょ。」

逆とは、白人が有色人種をこき使う場合のことであろう。

「う・・」

全くその通りなのだ。

「現在でも、有色人種を有色人種と言う理由だけで、立ち入り禁止にしているところ、たくさんあるわよね。」

事実、白人種が有色人種を露骨に差別する構図は、今も世界中に存在している。

「う、うん。」

「別に責める気は無いのよ。」

「そうか。」

「みんな大なり小なり差別してますからね。」

「うーん、その差別と言う日本語は難しいよなあ。」

無差別攻撃とか差別料金とか言う場合、単に何らかの基準に基づいて、「差をつけて区別する」と言う意味の筈だ。

「差別料金」とは、同一の財貨及びサービスに対して、さまざまの基準を設けて異なる料金を設定することであり、タクシーや電話、或いは電気料金などがこれに当たるだろう。

現に、これ等は「差をつけて区別」している。

この場合の「差別料金」には全く違和感を覚えることは無いが、「無差別攻撃」となると、又別の違和感がある。

殊に戦闘中に行われる「無差別攻撃」は、後日たまたま表面化して非難を浴びるケースが多いが、この場合、攻撃の対象が戦闘員か非戦闘員かが「無差別」であったことが非難されるわけで、当然、「差別」することが望ましいに決まっている。

結局、刺激的な意味合いを以て使用される場合の「差別」とは、偏見や先入観に基づき、相対的に弱い立場にある人や何らかの不利な条件を負っている人に対し、「不当に」侮蔑的な扱いをして優越感を味わおうとすることの謂いであろう。

殊に、優越感を味わうことを嫌悪する「人間」は先ずいない。

生身の人間で、万一「劣等感」を味わうことを好む者がいれば、精神性疾患を疑われても仕方があるまい。

ことほど左様に生身の人間は、「優越感」を味わうことを好み、それこそが競争心や向上心、或いは闘争心に結びついて行く。

だが、競争心とか向上心、若しくは闘争心などが、文明発達のための重要な原動力になったことは否定出来ないだろう。

無論、「好奇心」と言うものの持つエネルギーも無視するわけでは無い。

「ほんと、難しいわね。」

「根拠も無く、侮蔑的に扱うのは感心せんことぐらいは判るけどな。」

その根拠とやらに、いったいどれほどの客観性があるものか、それが一番の問題だろう。

「じゃ、根拠があればヒトを侮蔑的に扱ってもいいのね。」

「そりゃ、良いに決まってるだろ。例えば非人道的なことを平気でやるヤツとかな。」

「へえ、じゃ秋津州人はアメリカ人を侮蔑的に扱っていいってことになるわよね。」

「え?」

「だって、アメリカ人は去年この秋津州で随分非人道的なことをやったじゃない。」

当時のワシントンが、のちの出兵の正当性を重からしめるために、露骨に同胞を見殺しにしたことを、上院特別委員会が公式に認める決定をしている。

「おいおい。」

「でも、自分が侮蔑的に扱われるのだけは嫌なんでしょ。」

「そりゃそうさ。ま、それも程度の問題かな。」

「それにしても、あの人のは相当ひどかったわ。」

無論あの人とは、ジョージ・S・ベクトルのことだ。

「そんなに日本人を差別したのかい?」

「少なくとも、ご夫妻がそう感じてらっしゃることだけは確かね。」

「それで、陛下は何と仰ってるんだい?」

「何も。」

「え?」

「ご夫妻とも、何も仰らないわ。」

「ほんとかよ。」

「ほんとよ。ただ私たちおそばの者が察するだけよ。」

タイラーは知るまいが、これは明らかに偽りだ。

このような微妙な問題で、京子が専断することなど有り得ないのである。

「じゃ・・」

「トムなんかも、気を付けた方が良いかも・・」

「え・・」

「それに、ベクトルグループにトムの座る椅子なんか、もう無いんじゃないかしら。」

「あ・・」

この件は、未だジョージと自分しか知らない筈なのだ。

それが、もうキャッチされてしまっている。

「ま、それもトムの自由だけど。」

「ちょっ、ちょっと待ってくれよ。ベクトルを潰す気か?」

「人聞きの悪いこと言わないでよ。私たちはそんなもの潰すとか潰さないとか考えたことも無いわよ。」

天下のベクトルをつかまえて、「そんなもの」呼ばわりしてこきおろしている。

「ほんとだな?」

「ほんとよ。ただお付き合いしたくないだけよ。」

「う・・」

「それこそ、こっちの勝手でしょ。」

「それは、そうだが・・・」

「だが・・何よ?」

「い、いや、何とかお詫びが叶わないだろうかと思って。」

「・・・。」

「だから、もう一度会わせてもらって、ちゃんとお詫びがしたいんだよ。」

「そうすれば、トムの座る椅子も確保出来るのよね。」

「何もかも判ってるくせに、そんなに苛めるなよ。」

「でも、お詫びお詫びって言ったって、あのヒト本気で謝る訳じゃないでしょ。」

「そんなことないよ。」

「だって、さっき散々言ってたこと全部あのヒトの本音じゃないの。」

「そ、それは・・」

「今更撤回したって、並べ立てた本音が変わるわけじゃ無いでしょ。」

「う・・」

「ご夫妻があのヒトの本音を判っちゃってるんだから、今さら表面だけ取り繕って謝ったって、どうなるものでも無いわ。」

「駄目か。」

「駄目も何も、あんなにこちらを蔑んでるヒトとわざわざ付き合う気になるわけ無いでしょ。」

「すると、ここからあとは、どう言うことになるんだい?」

「知らないわ。」

「そんな・・」

「マーケットにでも聞いてみることね。」

全てはマーケットが決定してくれると言う。

「そうか、駄目か。」

「ヒトのことより、自分のことを心配しなさいよ。」

「う、うん。」

「あ、結局自分のことを心配してここに来たわけよね。」

ベクトルが倒れれば、当然自分の座る椅子も消えてなくなり、ことと次第では現在の職まで失ってしまう。

「否定はしないよ。当然だろ。」

自分のことを心配するのはごく自然のことである。

「なかなか正直ね。」

「どうせ隠しても無駄だからな。」

「うふふ。」

「まったく、なにもかもお見通しなんだからなあ。プライバシーも何もあったもんじゃない。」

但し、この諜報活動を秋津州が公式に認めている訳ではない。

京子の言動は、あくまで一日本人としてのものであり、なおかつ京子は単なる民間人に過ぎないのだ。

「へえ、トムにそんなこと言う資格があったとは驚きだわねえ。」

「合衆国はここまではやらないよ。」

「ちょっと、日本語間違ってるわよ。」

「え?」

「やらないよ、じゃ無くて、やりたいけど出来ないよ、でしょ。」

ワシントンが諜報関連に膨大な予算を費やして来ているのは、周知の事実だ。

今更、道義上のことを云々する資格などあるわけが無い。

肝心なのは、それをらくらくと実現する技術であり、それは秋津州に有って、合衆国には無いものなのだ。

「そう言われちゃうと身も蓋も無いよなあ。」

「だいいち、ワシントンにはいろんなヒトがいるし、注意してないと危なくて仕方が無いわ。」

「もう、これも否定する気は無いよ。」

今更惚けても、全部知られてしまっているに違いない。

「あら、アシトン国務長官が更迭されるみたいよ。」

ワシントンに張り巡らせたネットワークが、大統領の決断をキャッチしたのだ。

ホワイトハウスの主が、ベクトルを見捨てたことになる。

「げっ、ほんとかあ?」

「心当たり、あるでしょ?」

この国務長官がベクトル社の人間であることはつとに有名で、それを抱え続けることは、対秋津州政策としてはいかにもまずい。

「ペンタゴンはどうなんだ?」

国防省にも、相当数のベクトルマンがいる。

もっとも、CIAその他の省庁においても同様で、その流れで行けば、当然自分自身の身にも降りかかってくる火の粉なのである。

「さあ?ワシントンに聞いてみたら?」

女神は満面に笑みを湛えている。

「まさか、議会は無事なんだろうな。」

「辞職するヒトもいるかも知れないわね。」

「確かに表面は紳士面して、内実は相当スキャンダラスなヤツもいるからな。そのネタを突きつけられたら、ひとたまりも無いだろうしな。」

「ビルなんか、躍り上がって喜ぶようなネタもあるけど。」

ビルとは無論NBSの秋津州支局長である。

「しかし、秋津州は恐ろしい。」

事実秋津州のネットワークは、合衆国においても相当数の要人の個人情報を握りつつあり、そのほとんどがターゲットの社会的生命を一瞬で葬り去るほどの威力を秘めている。

現にこのタイラーにしても、ベクトルの椅子と交換に情報を流す取引に応じており、これがビルの知るところとなれば先ず無事には済まない。

「アメリカほどじゃ無いと思うけど。」

実際、合衆国のやり口はもっとあくどい。

積極的におとりを使い、女、カネ、麻薬、賭博、ありとあらゆるトラップを仕掛ける。

無論、本人だけでなく、その家族をターゲットにすることにも全く躊躇することは無い。

もっとも、それもこれも合衆国に限った事ではないのである。

「そう来ると思ったよ。」

「最近は、大分素直になったわね。」

「お褒め頂いて光栄だよ。」

「いえいえ、お互い平和に暮らしたいものよねえ。」

女神さまとしては、これ以上、けんかを売るような真似は慎むよう忠告してくれているつもりなのだろう。


さて、さまざまに取り沙汰された秋津州王妃の誕生日も、特段のイベントなど開かれることも無く過ぎ去り、当日の国王夫妻は日本と秋津州を往復して平穏の内に時を過ごしたと報じられた。

秋津州から一切の取引を断たれたベクトルは、その後膨大な固定資産を換金する必要に迫られ、必死の足掻きを続けていたが、その命脈も既に尽きたと囁かれ始めていた。

一部の口座が凍結されたことにより、一気に資金繰りが逼迫し、あのジョージ・S・ベクトルが本気で頭を下げるところを見たと言って驚くものも出た。

彼が国王夫妻の逆鱗に触れてから、僅か一週間ほどの短期間でマーケットが結論を下したことになるのだろう。

その一方で、コーギル社が秋津州商事との緊密な関係を囁かれ、ダイアンが足繁く内務省に通う姿が目撃されると言う。

彼女が頻繁に会っている相手は秋元雅と言う女性だとされ、彼女は秋元京子氏の末の妹に当たる人物でもあり、俄かに各界の注目を浴びることになった。

この一見少女のような日本人は、株式会社秋津州商事の役員でもあり、一説によると新田源一のオフィスにも出入りし、最近ではタイラー補佐官の実質的な窓口にまでなっていると言われる。

無論、秋津州側に立った窓口の意味だ。

タイラーが内務省に日参していることは多くの目撃証言もあり、連日の内務省詣でこそが、彼の首が繋がった最大の理由だとみる向きも多い。

ワシントンでは、ベクトルに関係が深いと見なされる高級官僚が数多く失職し、時ならぬ大人事異動の真っ最中なのだ。

無論、秋津州王家を憚っての処置であることは明らかで、政財官界が地すべり的に変動を来し、悲喜交々の光景が随所に見られると言う。

今までベクトルの影に圧伏されていたと見られる、言わば反ベクトル勢力の大反攻作戦が功を奏した結果だと言う説もあるが、取りも直さず、合衆国政府からベクトル色が一掃されることになり、このことが、ベクトル社の凋落に一層拍車を掛けることに繋がったことだけは確かだろう。

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  1. 2006/12/29(金) 23:27:18|
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自立国家の建設 069

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又、東京では岡部大樹が国内の治安対策に勤しみ、殊に不逞外国人の検束を積極的に推し進めその容疑者の退去強制に精を出していた。

摘発を受けて強制送還された者の累計は既に百万に迫る勢いで、彼等の設けていたアジトにしても、その大部分が壊滅したと見られるまでになった。

今まで多くの不逞外国人が、これ等のアジトを足掛かりに不法に稼いでいたことは明らかで、今後国内に足掛かりを持てなくなれば、不法行為を目的に入国して来ても日干しになるほかは無いのである。

この国がれっきとした法治国家であることを、「事実」を以て知らしめない限り、不逞外国人の跋扈を許す循環構造を断つことなど永遠に出来はしない。

従来のような手ぬるい対応を続けていては、不適切に居留する異邦人が益々増加してしまうことは目に見えており、このままでは治安の回復など到底望めないとして当然の処置を採ったに過ぎないのだが、かと言って従来の手ぬるさと比べれば当然そのギャップは大きい。

しかも、メディアの反応は当局に対して冷ややかなものが目立ち、不法行為を為したかどで検挙された外国人を、さも「弱者」ででもあるかのように言いさす論調が際立ち、その「弱者」を冷酷に切り捨てるような行為は非人道的だと言い募るものまで見受けられる。

それらの論説は、脱法者をさも「被害者」ででもあるかのように巧妙に匂わせるところに優れて特徴があり、決して断定まではしていない。

ただ、視聴者の多くが勘違いをしてしまう可能性は否定出来ないのである。

メディアが実施したと称する世論調査においても、当局は少しやりすぎではないかと言う意見が過半を占めると報じられ始め、報道画面などには、幼い異邦人が実に哀れな表情で数多く登場し、心優しい日本人の涙を誘う。

「無力」な「弱者」が、日本の公権力によって冷酷に扱われる構図ばかりが強調され、洪水のように映し出されるのである。

しかし、外国人である以上、その哀れなおさなごの幸福な人生を担保すべきは、本人が帰属する国籍国の政府であるべきなのだ。

その本来の当事国政府が動く気配は一向に無いにも拘らず、全く不思議なことに、そのことに正面から触れようとする報道などついぞ見掛けることは無い。

まるで世界中の可哀そうな人を救うのは、全て日本政府であるべきだと叫んでいるようだ。


同時に日本のメディアが騒がしく報じているのは、竹島近海で発生した騒乱についてである。

その多くが小型航空機を以てその近隣海上を飛び回り、やかましいほどに報道したため、日本国民の関心が、以前とは比べ物にならないほど高まったことは確かだ。

この問題に関する故事来歴に触れるテレビ報道も姿を見せ始め、ようやく『李承晩ライン』についても知る人が増え始める中、日本政府が近隣漁協に出漁の自粛を求めたこともあり、漁船に限っては付近に接近する船影は見当たらず、表面上は依然平穏を保っている。

この自粛措置一つとっても、益々不透明感を増して来ている半島情勢が眼前に有り、そのことに鑑みての政治判断だとも言われたが、依然として韓国情勢に好転する気配は全く無く、国際人権救援機構の報告では、治安の悪化はとどまるところを知らず、その人口も著しく減少しつつあると言う。

韓国各地にあった外国公館も米国のもの以外ほぼ無人となり、外国人観光客など無論一人もいない筈だ。

既に韓国政府を名乗る団体が各地に消長し、互いに激しくあい争っており、最早青瓦台の住人を統一政権とは言い難い状況だと言う。

無残な流血の噂が乱れ飛び、出国した難民は数知れず、北部朝鮮側が受け入れたものだけでも二千万と言う信じ難い数字まで出て来ており、話半分に聞いても、秋津州側の負担は口にするのも恐ろしいほどのものだろう。

北部朝鮮には食糧を含む膨大な生活物資の搬入が続き、大規模な集合住宅が次々と姿を見せており、これ等膨大な韓国難民の衣食住を賄っているのは、誰が見ても秋津州以外には無いのである。

現地の外国メディアによると、この分では秋津州国王が破産してしまうと言い、これ以上の受け入れは止めるべきだと言い騒いでいるが、難民の流入は一向に収まりそうに無いと言う。

中には、日を追って増加していると言う報道まで出て来る始末だ。

既に北部朝鮮の各地では露天の市場以外にも、大規模集合住宅の一階にさまざまの店舗が数多く出店し、活発に営業を始めていると言われ、これ等の小規模な商売をしているのは全て半島人ばかりだと言う。

その上外資系の企業も相当数が立ち上がり、大規模な雇用が勢いづいてきていると言う見方もあり、有り余る電力がそれを下支えしていることも事実だが、それらの活動を最も大きく担保しているのは、秋津州国王に他ならないのである。

いずれにせよ、少なくともその地における復興事業が、比較的安定的な環境の中で進んでいることだけは事実なのだろう。

その後、北部朝鮮の臨時首相が再三訪秋し、新田との間で調整が進み、一千億ドルもの支援を携え胸を張って帰国して行った。

北部朝鮮に対する秋津州の「意思」は世界に喧伝され、そのニュースは、一層の外資の参入を呼び込むことに大きく貢献する筈だ。

巨額の外貨の威力もさることながら、秋津州の翼下に確実に抱かれている「実績」を、世界にアピール出来たことが、何にも増して大きな効果を生むことだろう。

北部朝鮮国内では、自国民だけでなく、膨大な同胞難民たちに対しても手厚く手当てが行われ、本格的な個人消費にも火がつき、大規模な設備投資でさえゆるやかに動き出した。

これまで、その国の内閣は、まるで秋津州国王の任命によるもののように振舞って来ており、如何に混乱期とは言いながら、その根拠としては如何にも薄弱だと評されて来ていたが、ようやく暫定憲法が改正され大統領制の導入の方向が固まり、本格的な総選挙のための準備も進んでいると言う。

ごく大雑把な民・刑法も定まり、不動産の個人所有が公式に認められる見通しが立ったことにより、民間の経済活動が一段と熱を帯びて行くさまが目に見えるようだ。

膨大な資金が国庫に入ったことにより、さまざまな行政組織と国軍の整備が本格化して行き、国家の再建事業が急ピッチで進む筈だと盛んに報じられてもいる。

復興資金の貸し出しを名目とする政府系の金融機関も設立され、新たに複数の建設業者が名乗りをあげたと言う。

日本製の土木建設用重機などは中古品のマーケットでさえ、在庫が底をつくほどの需要を発生させてもいる。

さまざまな生活物資の生産ラインが産声を上げ、被占領当時多くの民衆の飢えを救った鯨肉なども缶詰製品として華々しく甦ったと聞こえて来る中、それが大量に出回るまでになり、生産が追いつかないほどの活況を呈していると言う。

話題になったものの一つに、建設中の国軍に、近頃流入した韓国難民の中からも大量の志願兵を編入したことがあった。

一度解体された北部朝鮮軍からも当然大量の志願があり、その総数は優に十万を数え、休戦ラインの守備もとうに秋津州軍と交替していたほどだ。

広大な休戦ラインに埋設された膨大な地雷が、秋津州軍の手によって極めて短時間の内に撤去され、張り巡らされていた鉄条網なども今はすっかり姿を消した。

その南側一帯(韓国側)からは、米軍の配備は数年も前から廃されており、韓国軍が単独で警戒している状況でありながら、休戦ラインを挟む軍事衝突など一度も発生していないと言う。

もっとも、現実の北部朝鮮軍は軽装備のものばかりで占められ、近代的な兵装を持つ南韓軍から見ればほとんど丸腰同然なのだ。

外国メディアの報じるところによれば、北部朝鮮軍の背後に控える秋津州駐屯軍の影が、別して優れた抑止効果を発揮して、現場では微妙に緊張緩和が進み、最近では南北の兵士同士の間ではおおっぴらな交流が始まっているほどだと言う。

現地韓国軍に対する兵站補給が滞り、食糧さえ満足にいきわたらなくなって来ていることに引き比べ、一方の北側の駐屯地には、皮肉にも潤沢な食糧を用意した食堂や豊富な物資を具えた休憩所が設けられ、そこには多数の電話設備まで備わっているのである。

不思議なことに、和やかにそこに入る韓国軍兵士には、難民となって北方の集合住宅で暮らす親族の電話番号が与えられ、自由に通話することが出来ると言うのだ。

まして、北軍側には難民として北へ渡った若者たちが数多く配属され、かつ現地韓国軍の中に近い親族を持つ者も多い。

無論、偶然などでは無い。

それに、元はと言えば全て同胞なのだ。

両軍の緊張感が失われるのに、大した時間はかからなかったのも当然だろう。

その結果、かなり自由度の高い往来が始まってしまい、休戦ラインの認識そのものが希薄になって来ており、今では韓国側の人間が北側に流入するにあたり、板門店が最大のルートとなってしまい、やがて圧倒的な数の人間が流入し始めた。

最近では、休戦ラインを超えて北へ入った者の内、戻らない者が増えており、韓国側に継続的に居住する者は、五百万を切ってしまうのも時間の問題だろうとまで報じられるに至った。

五百万と言えば、概ね従前の十分の一なのだ。

かと言って、繰り返し北へ入ってその都度戻って来る者も多数に上るため、北のほうで無理に引き止めている訳では無い。

無論、戻って来る者たちの手には豊富な生活物資が抱えられており、韓国側にとって、北の実態についての情報が生で流入し続けることになり、遂にはそこで活発に行われている近代史に関する議論の内容についても例外では無くなった。

北部朝鮮の中で日々民衆に話題を提供している議論には、現に多くの難民たちが自らの意思で参加しているのだ。

韓国側の民衆が今まで知らされて来なかった貴重な事実が、さまざまな形で俎上に上るようになり、最近ではその「事実」の重みが南北ともにあまねく知られるようになってしまった。

今までの近代史は創作されたものであることが、韓半島全域においてさえ、相当数の人々が知り得る環境が成り立ってしまったのである。

無論、知ったからと言ってそのまま信じる者ばかりとは限らない。


年の瀬に来て秋津州財団の研究所からある発表が行われ、IPCCからも追認する動きがあった。

何と大気中の二酸化炭素やフロン、メタン等の減少傾向を確信するに至ったと言うのである。

前回の発表時にはデータが不十分であったが、ようやく財団設立一周年を迎え、そのデータも過不足無く揃ったと言うのだ。

一方のIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)は、地球温暖化に関する最新データの評価を行い、対応策を科学的に裏付ける上で、世界的に影響力を持つと言われる国際組織だが、そのIPCCがすかさず追認したのである。

それによると、大気中の二酸化炭素濃度などは、第二次大戦直後の310ppmにまで減少し、日々刻々とその現象が進んでいることが客観的に確かめられたとしており、本来なら400ppmほどもの汚染数値が計測されても、何の不思議も無かったと言うのだ。

劇的な改善と言って良い。

温室効果ガスと呼ばれるフロンやメタン等についても同様で、ユーモアたっぷりな報告者は、「国王陛下は、毎日大きなドライアイスを背負って、宇宙の彼方へ旅をしてらっしゃる。さぞや重いことでしょう。」と発言して大勢の記者たちの笑いを誘った。

二酸化炭素を冷却すれば、固体化してドライアイスに姿を変えるのである。

次の日の各国の紙面には、巨大なドライアイスを背負った若者のイラストが数多く登場し、この壮大な労働は全世界のために日々行われているとして、口を極めて絶賛することになったのも当然のことだったろう。

また、財団にとってのもう一つの主題は、途上国の児童に対する教育の支援にあった筈で、当然そのことに関しても触れられており、それによると、現地出向教員は全て空飛ぶ女性たちで、それぞれの現地語は勿論、その他数ヶ国語を自在に操ると言う。

これ等無休の教員は百万人にも及び、その全てが二十代前半の若々しい外見を具え、基本的に水も食糧も必要としない者たちであるとして、間接的な表現ながらこれ等膨大な要員が生身の人間ではないことを認めていたが、いずれにしても、圧倒的な数の要員を派遣してことに当たっていることには変わりは無い。

そのため、膨大な被服費を要し、財団の財政をひどく圧迫しているに違いないとする報道もある上、各地に設けた学校では秋津州の公用語を学びたいとする希望が多く、その要望にも応えているため、当然それらの教材にかかる費用も馬鹿にはならない。

秋津州の特殊なシステムといえども、湯水のようにカネが出て行ってるのは確かだろう。

湯水と言えば、当初現地では独自に井戸を掘り、学童の飲料水などを自給しようとしたが、今は全て埋め戻してしまっていると言う。

情け無いことに、井戸一つとっても深刻な争いのタネとなることが多く、時には流血を呼ぶことさえあるらしい。

聞けば、井戸と言う自分たちが持たないモノを、競合する他の部族や村落が持つことは許しがたいと言う理由で、隙あらば破壊しようとする者さえいると言うのである。

なお、現地の各学校では、武器の持ち込みだけを厳しく禁じ、授業を受ける者には全員に教材と給食を支給することにしているが、給食は保存の利くものの使用を一切排除している。

保存の利くものは、往々にして軍需物資として再利用されてしまうことから、食材一つとってもその都度天空から搬入し地上には一切在庫を置かないと言うが、現実に動乱の地域では、たった一袋の小麦粉が原因で多くの人命が失われてしまうことがあるのだろう。

この一年の間には、学校そのものが爆破されたこともあり、さまざまな流血騒ぎを経験し多数の児童が死傷したが、空飛ぶ女性教師たちは一切の実力行使を慎んでいると言う。

ひたすら負傷した児童の手当てをし、栄養の補給に努めるだけなのだ。

彼女たちが、本来、襲撃者たちを一瞬で撃破する実力を持つことが徐々に知れ渡り、最近では学校が直接襲撃を受ける事例は減少したとは言うが、悲しいことにいまだに皆無では無いと言う。

東アフリカのある国で、取材に訪れた欧州のメディアが襲撃を受け負傷者まで出したが、その際流暢な英語でインタビューに応えた女性教師がおり、その内容が報じられ大きな反響を呼んだことがある。

メディア側から見た最大の疑問は、「彼女たちが充分な戦闘能力を持ちながら、児童や顔見知りの現地人が襲われ、目の前で命を落とすのを何故黙って見ているのか。」と言うものであったらしい。

しかし、その女性教師は「現地人同士の争いに介入することは、許されてはいない。」と答え、自分たちの使命は、あくまで現地の児童たちに教育を受ける機会を与えることであって、戦闘ではないと言うのである。

現地人同士の争いの結果である以上、例え百万人の命が失われようとも、絶対に手出しを禁じた秋津州国王の意思ばかりが大きく報じられたのも当然だ。


のちになって、ある日本のメディアが直接国王にインタビューを行ったところ、「一人でも多くの児童が教育を受ける機会を得、一日も早くその国の進むべき道を自ら判断出来るようになってくれることを望んでいる。」と言うばかりであった。

何故現地の争いに介入して、秩序ある静謐を取り戻そうとしないのかと重ねて訊ねたところ、「それこそ現地の人々が決めることだろう。」と応えたと言う。

各地の勢力争いに便乗し、積極的にビジネスに結び付けようとする手合いが多いのも事実であり、その争いをことさらに煽り立ててまで商売にしようとする者を皮肉ったのではないかと解釈するものもいる。

ただ、地域によっては、明らかな非戦闘員が一方的に虐殺されているとしか思えないケースも多く、その点について更に質問すると、「胸は痛むが、中途半端な介入で根本的な解決に寄与出来る自信が無い。」と言う。

現に多数の地域で、現地の一方の当事者から軍事介入を依頼されるケースまで出ており、秋津州が全て峻拒したことも広く知られているのである。

秋津州の強大な軍事力を以て全面的に介入し、「秋津州の正義」に照らして全てを処断してしまうことは容易だが、実力行使に及べば、必ずどちらかの恨みを買ってしまう。

争いの中で、正義はそれぞれにあって、場合によっては、双方から理解を得られないことすら有り得るのである。

若き王は、『「秋津州の正義」は、あくまで秋津州の領域内で守られるべきものであって、領域外では別の正義があって然るべきだ。』とも言い、『その代わり、如何なる国の人であろうとも一旦秋津州に入れば、「秋津州の正義」に従わせるのが統治者としての責務である。』と応えたのだ。

どのような「正義」を掲げた国造りをなすべきかを、自ら判断する能力こそが最大の当事者能力であり、各領域ごとにそれを持つことこそが最低限の権利でもあると言う。

結局、現地の人々に一人でも多く当事者能力を持ってもらうことが重要で、教育支援はそのためにこそ行われるべきものであり、その他のことは全て当事者次第だと言うのが国王の考え方なのだろう。

「しかし、陛下、それでは今後も大量に血が流れるではありませんか。」

正義感溢れる日本人ジャーナリストは、なかなか納得しそうに無い。

「では、私にどうせよと申すのか?」

「現地の教師たちに命じて、襲撃者を実力で排除なさればよろしいのでは?」

そうすれば、当然戦闘は避けられない。

「ふむ、争いをわたしに止めろと申すか?」

「はい、陛下にはそれだけのお力がございます。」

「何を以て力と申すのか?」

「勿論、財力と軍事力でございましょう。」

「しかし、財力や軍事力を振りかざして、他国に干渉することを侵略と申すのではないのか?」

「いえ、それも時と場合にもよるのでは無いでしょうか?」

「その、時と場合を判断するのは、何処のだれなのだ?」

「それこそ世界の世論と言うものでございましょう。」

「あははは。」

若者は大口をあけて笑った。

「お笑いになりますが、世界の常識と言うものは大切でございましょう。」

「・・・。」

若者の目が、明らかに記者を憐れんでいた。

「私どもの日本もそうなんですが、失礼ながら秋津州の常識も世界の常識とは随分違うのでは無いでしょうか?」

確かに日本も秋津州も特異な国ではある。

だが、特異性を持つ国など世界中に存在している筈だ。

「ふむ。」

「やはり、日本も秋津州も世界の常識にもっと歩み寄る努力が必要かと存じますが?」

「左様か。」

「殊に世界の常識に関し日本人に無知な者が多いのは、世界に対して恥だと思っております。」

さすがに、秋津州を名指しで批判するのは遠慮したのだろうが、若き王の反応はこの質問者の意表をつくものであったと言う。

「他国は知らぬが、我が秋津州人は自国について無知であることこそ、一番の恥としておる。」

「え?」

「例え自国の常識が他国と異なっていようと、少しも恥などではあるまい。恥どころか異なっていて当然ではないか?」

「・・・。」

「まして、無理をして他国の常識に合わせる義理などどこにもあるまい。逆にそのような行いこそが、もっとも恥ずべきことであろう。我が国では、他国と異なっていることこそ、一番誇るべきことだと考えておる。」

「しかし・・・」

「世界の常識などと申すが、画一的な常識など何処にも存在しないではないか。そんなものが在るとするのは、それこそ大嘘であろう。」

気鋭の日本人ジャーナリストは、それ以上一言も反駁出来なかったと言う。


師走に入り、ニューヨークではひっそりと五カ国会議(日米英仏独)が開かれ、新たに議題に上ったのは下馬評通りチェルノブイリであった。

無論チェルノブイリとは、かつて旧ソビエト連邦ウクライナのチェルノブイリ近郊で稼動していた、V・I・レーニン共産主義記念チェルノブイリ原子力発電所のことである。

かつてその四号炉の爆発事故が世界を震撼させたのは、千九百八十六年の四月二十六日のことであった。

大量の放射性物質を拡散させ、毒性の高い物質が周辺地域に広く蓄積された結果、人間は勿論、家畜や自然環境を汚染し、今なお多くの犠牲を生み続けている。

しかも、被害はウクライナ国内のみに止まらない。

チェルノブイリはウクライナの東北域に存在し、北隣りのベラルーシとの国境に近接していた為、風が大量の不幸をその隣国へも運んでしまったのだ。

無論、東方で隣接するロシア領も汚染を免れることは出来ず、結局この意味での当事国は、ロシアとベラルーシ及びウクライナの三カ国と言うことになる。

いずれの当事国も、広大な汚染地域から大量の住民の立ち退きを迫られ、その対応にも苦慮するほどであった。

ましてその周辺では、いまだに新たな被害事例が発生しており、その実態にしても真に明らかにされているとは言い難い。

事故の当時、轟々たる非難を浴びるまで、クレムリンはその発生の事実すら公表せず、ひた隠しにしようとした経緯まである。

なお、ソ連崩壊後のウクライナはロシア連邦から政治的に距離を置いていたため、今次の秋露戦の直接の影響こそ蒙らなかったにせよ、事故の当時は立派なソ連領だ。

クレムリンにとっては領土内で発生した重大事故のことでもあり、数十万もの作業員を動員し、当該原子炉の建て屋を急遽コンクリートで覆った。

核のごみが舞い散る中、かなり無茶な工事をさせたものらしく、自然巨大な二次災害をも齎した上、その後「石棺」と呼ばれるようになった急拵えのこの覆いは、到底完全とは言い難い代物であって、内部からも腐食が進み長らく崩落の危機が叫ばれて来ている。

その崩落は核のごみの凄まじい放散を生むだろう。

無論被害はその地域のみにとどまらない。

しかし、ロシア政府はもとより、ウクライナ政府も、主体的に解決するカネも技術も持ち合わせてはいなかった。

結局、当事国が当事者能力を持たないままに時間だけが経過し、千九百九十七年のGセブンにおいて対策が改めて協議されることとなった。

その協議では、「石棺」の封じ込めプランが企図され、そのための資金拠出が決定を見た。

カネの出どこがはっきりしたことによって、そのプランは実効性を持つことになり、例のベクトル社が中心となって長らく進められて来たのである。

巨大な石棺の蓋を別の場所で製作し、然るのちに「石棺」の上に移動させ、全てを物理的に密封してしまおうと言う壮大なプランであったと言う。

いわゆるビッグプロジェクトの発足である。

当初、その推定予算は七億ドルとも言われたが、現在ではいったいいくら掛かるものなのか、責任ある回答をする者はいない。

最終的かつ決定的な対応策が見当たらないためだ。

ところがここに来てベクトルの急激な凋落が始まり、プランの先行きにも致命的な暗雲が立ち込めた。

ほとんど見通しが立たなくなったと言う者も出る始末で、少なくとも、根本的な解決策を練り直す必要が生じたことだけは確かだ。

まして、崩落の危機を思わせる恐怖はいや増すばかりで、それこそいつ崩れても不思議は無いのである。

そうなれば、無論大惨事は避けられない。

五カ国会議の論議の前提は、見通しの暗い資金拠出を回避し、最終的な解決策を策定することにある。

先の大戦に際し、秋津州が敵国の核兵器を地球外へ廃棄すると言う離れ業を演じて見せたことは、当然全員の記憶に新しい。

会議では、この技術の活用を暗喩する発言が相次いだが、秋津州に対し技術の情報開示を求めようとする声までは出て来ない。

単純にそれを求めても、相手が素直に承知するわけも無い。

これ以上の国家機密など滅多に無いのである。

だが、日本だけが、秋津州にそれを承知させるだけの影響力を持ち合わせているかも知れない。

米英仏独の代表は日本代表の積極発言を期待して、しきりに仄めかすのだがその期待が満たされることは無かった。

尤も、当の日本にもそれなりの都合と言うものがある。

実は、あのベクトルの突然の破綻劇に遭遇し、事態を重く見た三カ国が揃って新田の元へ駆け込んで来ていたのである。

三カ国とは、無論ロシアとベラルーシ及びウクライナのことであり、彼等が重く見た事態とは、例の一大プロジェクトが決定的な蹉跌を迎えてしまったことだ。

新田は彼等の切なる願いを受けて、既に綿密な打ち合わせを進めている。

そして事態は、新田の思惑通りに運びつつあった。

新田としては、この壮大な作業の持つ意義を、西側社会も含めた全地球規模のものとしたかったのである。

そのためには、東西の足並みが揃うことが望ましい。

ときにあたり五カ国会議が始まり、この件が主題として取り上げられることとなった。

五カ国会議のテーブルで揉んでいる間に、新田のテーブルでは実質的な段取りの概略が固まり、すかさず日本代表に指令が飛んだ。

ようやく日本代表から積極的な発言が出るに及んで、いよいよ五カ国会議の総意を以て、地球最大の汚物処理を秋津州に依頼すべしと言うことになり、再びその知らせが新田の元へ届く。

その時点ではあくまで非公式な打診の形式ではあったが、五カ国会議側の受けた感触は決して悪いものでは無かったのである。

当然であったろう。

全て新田の描いた青写真通りなのだ。

ここで五カ国側が抱いた最大の危惧は、肝心の当事国が限り無く貧しいままであることから、その作業に要するコストと拠出方法にあった。

各国とも、議会に付さねばならないほどの巨費を想定していたのである。

だが、驚くべきことにその全額を秋津州財団が負担すると言う。

事前に知っていた日本とはこと違い、他の国々が大いに胸を撫で下ろしたのも当然だ。

かくして巨大プロジェクトは決定され、又しても「秋津州の善意」が世界の知るところとなって行く。

やがて行われた第一次作業は、事故を起こした四号炉はおろか、当時建設中であったものも含め全ての炉と建て屋が対象とされ、しかも実に呆気なく終了してしまい、作業の跡地には、最深部では五十メートルもの深さの大穴が空き、土壌はおろか全てのモノが地鳴り振動と共に消滅し、あっさりと危機は去った。

恐れていたモノそれ自体が、ものの見事に消滅してしまったのである。

第二次作業では大きく範囲を広げ、十メートルほどの深さまで地表を除去したが、実はこのときの地表にもさまざまの物が存在していた。

多数のゴーストタウンや強引に埋められた森が有り、その一帯に生きるさまざまのものがいた。

原発労働者用の集合住宅も巨大な廃墟となって残っており、事故の後始末に使用された大量の重機や車両、そしてヘリコプターまでが野ざらしにされていたが、これらのものもきれいさっぱり消え失せた。

立ち退きを勧告されながら危険区域に残っていた人間も、空飛ぶ女性兵士たちに抱きかかえられて区域外へ排除されたと言い、一連の作業によって一気に表層部分を除去された面積はまことに広大なもので、ベラルーシに至っては全国土の三十パーセントにも及んだと言う。

その後膨大な土壌が搬入され、全ての大穴を埋め尽くしてこの作業は終了し、あとは、現地政府の再調査の結果を待って、その希望によっては再開されることもあり得ると言う。

世界的に注目を浴びた大事業に要した時間は、実質一時間ほどのものでしか無く、新田から終了宣言が出されたときのプレスルームはまさに拍手の渦であった。

しかも、全てのコストが秋津州側の負担であったことから、各国メディアの論調は、秋津州国王が破産する可能性について半ば肯定するかのようであり、一部には秋津州財団に寄付を促す報道まで出たほどだ。

だが、現実の秋津州は膨大な債権こそ有していたが、対外債務を負っていると言う情報は無く、信用不安が発生する余地は全く無かったのである。

尤も、秋津州のこの特殊な技術に接したことにより、これが軍事的に用いられた場合を想定し、いざとなればニューヨークやパリやロンドンなど、ものの見事に消滅させられてしまうと恐怖した者もいないわけではない。

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  1. 2006/12/29(金) 23:39:32|
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