日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 073

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さて、以前から密かに進められて来ていた日米協議の結末が、公式に陽の目を見ることになったのもこの少し前のことであった。

日本国内に駐留する米軍の撤収計画と、日米安保条約に代わるものとして、新たな日米不戦条約の調印が政治日程に上せられたのである。

この不戦条約においては、その発効次第、日米安保条約とその付随的な諸協定は全て効力を失うものとされ、同時に日本中の駐留米軍は存在理由を失い、一兵も残さず撤収されることとされていた。

条約の当事国同士は交戦せざるを以て誓約し、相手国の敵国に対しては一切の支援を慎まなければならないのは勿論だが、集団的自衛権の行使までは強制してはいないと言う。

詰まり、仮にいずれかの当事国が第三国と交戦しても、もう一方の当事国は参戦する義務を負わず、傍観していることを妨げないのである。

それも全く対等にだ。

だが、これが堂々たる双務条約であることを捉え、さまざまな論を為す者がいた。

中には、この日本が国際間において、あたかも合衆国と同様な行動をとる義務が発生するかのような表現ををする者が多く、その者らは、結果として日本が日本の意思を以て戦争をすることになると言うのだ。

それが民衆の不安を呼んだものらしく、内閣の行為がとんでもない暴挙と見なされ、轟々たるメディアの非難を浴びたが、これとても批准を要することを謳ってある以上、議会の承認を要するのである。

仮にその条約に両国代表が署名したとしても、批准されなければ発効はせず、その場合日米安保条約も自動的に継続することになるだけの話だ。

詰まり、何も変わらないままだ。

現実の米国議会は、圧倒的多数が賛成票を投ずると見られていたが、一方の日本においては必ずしもそうとは限らない。

少なくとも合衆国にとっては、日米安保条約の存続そのものが危ぶまれて来ていた折りから、改めて両国の友好不戦を謳うこの条約は願っても無いものだったに違いない。

これにより秋津州から受け続けてきた巨大な圧力が、劇的に緩和されることが見込まれるからだ。

極東アジアやロシアに対する米国の軍事的プレゼンスなぞは、どうせ大きく損なわれてしまったあとであり、今更在日米軍の存在価値なぞ取るに足りないものなのだ。

片や日本にとっても、親米路線継続の意思を強調してみせることによって、ワシントンに対しては勿論、米国の一般大衆に対しても満面の笑みを振り撒いて見せることが出来る。

結果的に、対米交易に関しても現在の堅調を維持し得る筈だ。

加えて、内政面で長年苦しんで来た基地問題のかなりの部分を解消出来る上に、同時に自国領域を排他的に支配し得る権原をも回復し、独立国家としての基本的な体裁を整えることが可能となる。

米国の占領統治を受けて以来、六十有余年の永きに亘り、日本人が追い求めてきた希望が大した犠牲を払うことも無く叶うのである。

日本は真の意味の独立を勝ち取り、言って見ればごく「普通の国」に立ち戻るだけの話であって、決して特別変わった国家になるわけではない。

また、普通の国に戻ったあとには、当然大きな問題が残る。

日米安保条約が失効し駐留米軍が去り、ごく普通の国になった暁には、一朝ことある毎に、自国の主権は全て自国の権能を以て守らなくてはならない。

手出ししてもまず利益に繋がらないような極貧国ならいざ知らず、近隣諸国から見た日本は、妬まれても仕方の無いだけの富と権益を有している。

すなわちそれは、国際的な非難を浴びてなお、掠取するに足るモノばかりなのである。

なかんずく、日本の排他的経済水域は有数の広さを誇っており、当然その権益は非常に重要なもので、そこには豊富な水産物ばかりか、海底にはさまざまの鉱物資源まで眠っている筈だ。

挙句に地政学上も、シナ大陸から太平洋に出る際には、その海の道を見事なまでに塞いでしまっている。

固有の主権を守るためにあらゆる力を用いることは、独立国の持つ天賦の自然権であり、それを否定する国なぞ世界中に一つとして存在しない。

国家主権を守るべき手段としては、無論さまざまのものがあるが、中でも国防軍と言う軍事力は不可欠なものであり、当然憲法上の疑義を生ずることからその改正を必要とする。

与党としては、国民投票法案は無論のこと、問題の第九条を削除した改正憲法案もとうに公開してある。

無論、防衛戦争を行うに当たって何等の障害も発生しない改正案であり、「国防」と言う論点が大きく浮上し、国内はその議論で沸騰し未曾有の激論の場と化した。

先ごろまで、ある面タブー視され続けてきた論点が、一気に現実的な意味合いを帯びて来たのである。

かつてこの国では、自力を以て自国を守ると言うごく普遍的な概念が、あたかも軍国主義に通じるものとするような摩訶不思議な議論が罷り通って来ていたが、もし、その論に従えば、およそ世界中の国が国防軍を備えている現実がある以上、それらの国も全て軍国主義国家だと言う話になってしまうだろう。

にもかかわらず、そもそも防衛力そのものを不要とし、自衛隊すら認めないとする意見まで声高に存在していたのである。

国防軍どころか自衛隊も持たなければ、他国にとって一切脅威となることが無く、他国からの侵略を受けるリスクそのものが、煙のように消えて無くなってくれる筈だと言う不思議な意見なのだ。

こう言う馬鹿げた議論も、日本を少しでも無防備状態にしておきたい者がためにすることであり、そう言う意図を持った者たちがいることは歴然としている。

ごく当たり前の知能さえ持っておれば、まさかにまじめに言う人がいるとも思えないのである。

万一まじめに言う人がいるとしたら、きっとその人は見知らぬ他人さまの善意を心の底から信じられる人に違い無い。

それこそ世界中の何処へ旅しても、部屋の鍵など全く掛けずに眠ることが出来る人なのだろう。

その人たちにかかれば、この世の中には強盗や人殺しどころか、空き巣狙いや詐欺師など一人もいないことになり、現に監獄に入っている人々は全て冤罪だとでも言うに違いない。

日本では、殊に多くのメディアの間にこの種の論が多いのは確かで、「非武装」イコール「ヘーワ」と言う奇妙奇天烈な呪文が、巨大なスピーカーから恣意的に流され続けて来た。

現実的な国防論が闘わされる中、職業的ヘーワ主義者や、プロパガンダに踊らされたやからが必死の形相で騒擾し、非日本人が数多く参加したデモ行進などが盛んに行われ、最近では、そのボリュームも一段と高まり、最早耳を聾せんばかりになった。

報道画面などには、勝手に有識者を名乗るヘンな人物が多数顔を揃え、屁理屈をこねまわし毒を撒き散らしているようだが、それらの人たちなどはよほど知能が低いのか、或いはそのようなプロパガンダを宣布することで、商売をしている人としか思えない。

無論、その場合の売り物は「国家」なのであろう。

中でも最も声の大きい議論は、相変わらず米軍基地も自衛隊も不要とする「非武装平和論」であり、この人たちにとっては、日本が防衛力を持つことがよほど気に入らないらしい。

一定水準以上の国力を持つ国が防衛力を持たずに国家主権を保って行けるほどなら、金も掛からず誰も苦労はしないのである。

しかし、政府与党も苦しい。

改憲に当たり、衆参両院それぞれの三分の二と言う発議要件さえ満たせそうに無いのだ。

結局、日本は民主主義の国であるとして、与党は一気に衆議院の解散に打って出る構えを見せ始めた。

それも、参議院との同時選挙を狙っていると言う。

政府は、極めて重大な案件について国民の意思を問うていることは確かで、国内の議論は益々沸騰し報道番組などでも盛んに取り上げられるようになり、揉みに揉んで論議がなされた。

争点は大きく分けて三つある。

その第一は、日米不戦条約を新たに締結して、その代わりに既存の日米安保条約を破棄する道であり、無論駐留米軍は全て撤収する。

日本は、実質的な独立を果たすことになるのだ。

その後においては、如何なる国からの軍事的威迫があろうとも、最早米軍の援護は期待出来ない。

ごく普通の感覚で言えば、この場合、法理上も適格な国防軍が必要となり、その保有すら許容しない現憲法は改正されるほかは無い。

これこそが政府与党の主張するところであり、国防軍の保有を許容する憲法に改正し、自衛隊を国軍として「健全に」機能させることを前提としていることを明らかにしている。

現行憲法のもとで整備された関係法令などは、自衛隊の手足をがんじがらめに縛りつけ、肝心なときに国防軍としての健全な機能を果たし得ないからである。

第二の道は、日米不戦条約を結ばず、日米安保条約はそのまま自動的に継続して行くと言う選択肢だ。

詰まり、単なる現状維持路線とでも言うべきものとなってしまい、この退嬰政策と見られても仕方の無い政見を表明している政党など無論存在しない。

第三は、単純に日米安保条約を終了して、国内の駐留米軍には全てお引き取りを願う道であり、政治的にはさておき法理上は充分可能なことだ。

「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(昭和三十五年条約第六号)」には、こうある。

第十条 この条約は、日本区域における国際の平和及び安全の維持のため十分な定めをする国際連合の措置が効力を生じたと日本国政府及びアメリカ合衆国政府が認める時まで効力を有する。

2 もつとも、この条約が十年間効力を存続した後は、いずれの締約国も、他方の締約国に対しこの条約を終了させる意志を通告することができ、その場合には、この条約は、そのような通告が行われた後一年で終了する。

要するに、日本側が終了させる意思を持ち、それをワシントンに通告しさえすれば、たったそれだけのことで一年後にはそれが実現するのである。

勿論、その通告が合衆国側からであっても同様だ。

ただ、その軍事同盟は成立のいきさつはさておき、半世紀近くに亘って延々と続いて来たものであり、それを一方的に破棄される側(合衆国)の国民大衆が、事態をどう受け止めるかだけは考慮されて然るべきであろう。

当然、経済的な交流に際しても、巨大なマイナス要因として働くであろうことは想像に難く無い。

ことと次第によっては、日本の産業界が大打撃を蒙る可能性すら否定出来ない。

現実の米国市場から受ける影響は、日本にとってそれほどまでに巨大なのである。

加えて、日本の防衛機能と言う側面に目を転じれば、わざわざ自国の国内法が、肝心の戦闘行動をがんじがらめにしてしまっている上、物理的にも、殊に軍用機などはその航続距離において、まことに短い足しか与えられていないことに意を注ぐべきだ。

詰まり、あまり遠くへまで飛行して作戦を行う能力を持たされていないため、うかうかすると途中で燃料切れになってしまうのだ。

それが海の上であれば、不時着すら出来ないことになる。

海上自衛隊は空母を一隻たりとも持ってはいないため、この場合海面に着水して救助を待つほかは無いが、波立つ海面に無事に着水し得る可能性など、極めて低いものであることは言うを俟たない。

乗務員の生存率など言うも愚かだろう。

確かに本編では、秋津州京子の保有する機械設備(ヒューマノイド軍団)を、非公式とは言え内閣官房が大量に握っており、強大な警察力として、若しくは軍事的抑止力として機能させてはいる。

かと言ってこのままでは、一国の防衛力の多くを、秋津州王妃と言う一個人に依存し続けることになってしまうのである。

国防の多くを一個人に依存し続けるなど、どう考えても異常であり、本来有り得べきことでは無い。

当然王妃個人の都合によっては、いつなんどき失われてしまうか知れたものでは無いのである。

そのことからも、国家として「自前の備え」を、どこまで充実させるべきかが大きな問題となって来る。

無論、万全万能の軍備など何処を探しても見当たらないのだ。

国力や費用対効果を充分に考慮しながら見切りをつけ、必ずどこかで、落としどころを見つけなければならないのは当然だが、その時々の国際情勢の如何によっては、国力との均衡をとる余裕が無い場合も有り得る。

言わば、その時々の仮想敵国の軍備の状況を見定める必要があるのだ。

なお、本編においての近隣情勢では、中朝露三カ国が秋津州の衛星圏に属してしまって以来、実質的な仮想敵国など存在しないと言って良い。

中露二カ国は再び核装備を完了しつつあるとは言え、今後は日本に弾道ミサイルの標準をあわせることは無いと見られており、朝鮮共和国にいたっては、盛んに日本に接近し、その親日姿勢を一層鮮明にしているほどだ。

朝鮮共和国は日本からの賠償を求めるどころか、却って五十億ドルの手土産まで用意して国交を求めて来ており、例の竹島についても日本領であることを承認している。

また、日本に対して断交し、敵視さえしている大韓民国は、既に統一国家としての体裁を失い、今では国際社会からも見捨てられてしまった。

その経緯から言って唯一の仮想敵国ではあるが、既に滅んでしまっており、軍事的には全く脅威とはなり得ないのである。

加えて、唯一の被爆国である日本にとって、核装備などまず論外と言う風潮が強い。

核装備どころか、平和利用の原子力発電ですら、その廃止論が澎湃として沸き起こって来ている状況なのだ。

それも、永久原動機を動力とするものとの代替え論であることは言うまでも無い。

幸か不幸か、その点における秋津州の技術力は、最早疑うべくも無いと言うのが一般世論となってしまっている。

現に中露朝などにおいては、それが立派に稼動しており、朝鮮共和国に至っては、それこそ有り余るほどの電力を供給している実績まで確認済みなのだ。

最早、技術的な不安を言い立てる者など存在しないのである。

それにも拘らず日本の現政権は、北方領土においてこそそれを導入したが、他の領域においてはその素振りさえ見せない。

一部の勢力にいたっては、与党の政治姿勢を極めて頑迷固陋なものと決め付け、口汚く罵る場面まで出始めている。

確かに、秋津州の永久原動機は、環境問題における超優良児ではあったろう。

ニュース解説番組などのコメンテーターの多くは、その優位性を褒めちぎるあまり、原発はもとより、火力発電所までも全てその方式に代えるべきだと言う論が少なく無い。

尤も、火力発電方式は必ず大量の炭素燃料を燃やすことを要し、そのことから環境汚染の元凶の一つに数えられており、その論にも充分な正当性があると言って良い。

メディアに登場する文化人と呼ばれる人々などは揃ってその論者のようで、政府与党が、現在の発電方式にこだわり続けることに関しては、さまざまに不信感を増幅させる声が高まり、挙句の果ては、電力絡みの巨大利権と結んだ恥ずべき体質の典型だとまで言い騒ぐ者も出て、その疑惑を追求する舌鋒は鋭さを増すばかりなのである。

だが、最高責任者としての大泉総理の胸の中には、当然それなりの理由がある。

かつて総理は、秋津州国王の優れた政略家としての一面に直接触れる機会を持った。

それも、一度や二度のことでは無い。

当然、あの若者の恐るべき政略を意識せざるを得ないのである。

例えかの若者が、その胸の内に日本に対する悪意など微塵も持たないでいてくれるにせよ、永遠にそのスタンスを変えずにいてくれる保証は何処にも無い。

それどころか、変転極まりない国際情勢の中にあっては、日本側のスタンスが変化することも有り得る。

そうである以上、国家の最重要資源として位置づけるべき電力関連のインフラが、他国の強い影響下に置かれる事を好まないだけなのだ。

増して、こと発電と言う切り口で考えるとき、永久原動機方式の場合、敷設面積が格段に狭小なもので済んでしまうのである。

原子力方式では、巨大な冷却装置は当然のことながら、緊急時にも放射性物質を外部に飛散させないための壮大な建屋をも必要とするが、永久原動機方式の場合は冷却水もほとんど不要のため、その取水のための立地条件についても、最初から無視してしまうことも出来る。

同程度の発電能力を前提として比較すれば、永久原動機方式の場合、百分の一程度の敷設面積で事足りてしまうため、発電方式を永久原動機方式に切り替えてから、万一その継続に重大な疑義が生じた場合、新たな原発の敷設工事には途方も無く困難な道筋が待ち受けている筈だ。

広大な敷地面積の確保一つとっても、大いに困窮することは明らかで、その工期に関しても、とても急場には間に合わない。

要するに、一度新方式に切り替えてしまったら最後、おいそれとは元へ戻れなくなってしまうのだ。

秋津州の独占的な技術に一方的に依存する以上、その国から受ける影響力はいや増すばかりであり、結局、日本の自主自存への道のりにとって、巨大な障害となってしまう可能性は否定出来ない。

いまだかってそのことを公式に発言したことは無く、その本音の部分について明らかにしているわけでは無いが、一国の指導者である大泉にとって、何よりも大切なのは当然日本の実質的な自立なのである。

だが、原発の場合その建設にも膨大なコストを要し、運用面においても、常に多くの人命にかかわるほどのリスクを伴うことも既に万人が認識してしまっており、現に世界最大の原子力発電を行っているかの合衆国でさえ、例のスリーマイル島の事故以来、その新設プランは全てお蔵入りになってしまっているほどだ。

大陸で永久原動機方式が大々的に採用されたのを受け、日本でも原発の危険性を問題視する世論は強まる一方であり、その流れに乗った野党勢力は俄然原発の廃止を叫び始めた。

野党側が争点として急遽そのトーンを高める手法をとったことは、政権奪取のためには当然の戦術であったろう。

以前とは違い優れた代替え方式が直ぐそこに存在する以上、この原発廃止論はメディアや民衆にとってもまことに耳障りの良いものであり、野党側は俄然世論の追い風を背にし始めたようだ。

概してこのような議論が世上を賑わせ、この選挙の前哨戦は頗る白熱していたが、国論として収斂して行くべき方向までは見えてはいない。

いずれにしても、一番目の方針を提唱している現政権が、国民の支持を得られない場合には、結果として現状維持路線か、若しくは第三の道を選択したことになってしまう。

殊に第三の道の場合、国土防衛と言う重大な政策面において、米軍の駐留による抑止力と具体的な援護を切り捨てたまま、国防軍の保有すら許容しない現憲法がそのまま残ってしまうのである。

今は、憲法すら自らの意思で制定出来なかった占領統治下などでは無い。

少なくとも秋津州戦争以来の情勢においては、あの合衆国の対日政策でさえ腰が引けてしまっており、この国を強権的に支配し得るような存在など一つも無いのである。

まして、圧倒的な実力を具えた新チャンプは、日本が屈辱的な外交姿勢でも採らない限り、容喙してくる可能性は皆無である。

それどころか、日本政府自身が決して日本人の誇りを傷付けたりせず、毅然とした姿勢を採り続ける限り、如何なる支援も惜しまないであろう。

そのことは、秋津州国王の行動パターンを見れば一目瞭然なのである。

とりもなおさず、我が国の基本姿勢が毅然たるものである限り、国政運営に関する全ての選択肢が、自国民の選ぶ議員たちの自由裁量に任せられていると言って良い。

近年ようやくにして、その裁量権の排他性が本来の実質性を具えるまでになって来ているところだ。

結局、全てを選択するのはますます国民自身だと言うことになり、そのためにこその国政選挙であるべきなのである。

やがて、二千七年七月に行われた衆参同時選挙は、政府与党が衆参ともに議席を減らし、野党陣営に快哉を叫ばせる結果に終わった。

長らく政権与党の座にあった民自党が敗北し、衆参ともに単独過半数を割り込む結果となったのである。

大泉と国井の目指した自主憲法の発議など、夢のまた夢と散ってしまったが、どうやらこの国の民意は、国土の自主防衛などにはまことに関心が薄く、環境問題と言う切り口の方に、はるかに重きをおいていたことになる。

選挙戦の終盤において大きく浮上した争点が例の原発廃止論であったことから、既存の原発推進政策が明らかな「ノー」を突きつけられたことは確かだろう。

民自党は一部の少数野党との連立を模索したが、結局それも果たすことは無く、一朝にして野に下ることとなってしまった。

大泉前総理は全ての責めを負う形で党総裁の椅子を離れ、長らく女房役を務めて来た国井義人も静かに一政党人に戻った。

同時に、民生党主導による新たな内閣が誕生することとなる。

無論それは、野党連合とでも言うべき複合連立内閣であり、思想信条の上から言っても、右から左まで色とりどりの顔ぶれにならざるを得ない。

いきおい、外交及び安全保障政策においても、そこここに意思の不統一が目立ち、重要方針の閣議決定すら満足になされないありさまだ。

野党にあった際には、各人共に何事も絵空事の理想論などを言いっ放しにしておればそれで済んでいたものが、現実に閣僚と言う身になってみれば、今度はそう言うわけにはいかないのである。

閣議決定された案件はその内容が合法である限り、日本政府による公式の国策事項となって、即座にこの現実社会に反映されることになるのだ。

現実に閣議書の署名を拒んだ閣僚が、そのことを昂然と発言するなどのことがあってなお、平然とそのポストにとどまっていたりしているが、寄り合い所帯の哀しさから、そう言う閣僚の首でさえ切るに切れないでいるほどで、無論、野党となった民自党はその閣内不一致を鋭く追及することになる。

一度などは、質問主意書に対する答弁書に関する閣議案件でつまづき、当の閣僚自身が答弁に窮し議場で立ち往生するなど、大いに醜態を曝す羽目に陥るほどであった。

新政権の無惨なまでの迷走振りは、国内的にはまだしも、ワシントンにとっても大迷惑であったことは確かだろう。

組閣後一ヶ月を待たずして、その無様な試行錯誤が国政にさまざまな齟齬を来たし始め、官民共に尽きせぬ話題を提供するありさまで、挙句肝心の外交面では懸案の日米不戦条約などは、あっさりと流れてしまったのである。

かと言って、日米安保条約を破棄するわけでもなく、結局は何一つ変わらないのだ。

この直後には、突如新田源一に対する召還命令が発せられ、それこそ世界中の耳目を惹くこととなった。

各国共に大ニュースとなったのだ。

新田と言う一人の男が、内務省最上階に陣取っていることが、日本の対秋津州外交どころか、外交全般にとって最も重要なことだと言うのが消息筋の一致した評価だったからだ。

新政権は、何か勘違いでもしてるのではないかと見る論調がそこここに噴出する中、新田本人の帰国はそうとうのニュースバリューを以て迎えられた。

無論、新田の形式上の原籍はいまだ外務省にある。

直行した本省の大臣官房は、異様な緊張感を以て新田を迎え入れた。

それはそうだろう。

新田があの秋津州戦争の幕切れを見事に裁いて見せて以来、外務省自体が彼に対する指揮権を放棄してきたのだ。

それどころか、逆に新田の方に指揮権があるかのような景況さえ現出していたのである。

本省全体が緊張するのも無理は無い。

緊張漲る本省で新田が受けることとなった内示は、首相秘書官としての出向人事に関するものであった。

それも、大沢首相自らのご指名なのだそうな。

民生党の大沢党首の動向については、秋元京子から逐次詳細に耳にしており、彼にとっては意外でも何でもない。

彼女は、こと秋津州の外交問題を処理するに当たって、新田源一の良きパートナーとしての役割を担い続けてくれて久しいが、現在はその延長線に沿う形で、岡部大樹の私設顧問のような位置づけを以て秋津州対策室に詰めてくれている上、岡部の握る秋津州軍団に対する、実質的な指揮官としての任に就いていたのである。

作戦については無論岡部の意を体し、二十四時間体制を以て全面的な協力を惜しまず、対策室本来の指揮官たる岡部大樹にとっても、彼女の協力は必要欠くべからざるものであり続けた。

何しろ、王妃から託された秋津州軍団に命令を下す際も、結局京子を通さない限り下達することすら出来ないのだ。

京子の配下たちは十名ほどが常時詰めており、それぞれに与えられたデスクにおいて黙々と膨大な情報の処理を続けていてくれるが、「D二」や「G四」から刻々と入ってくる情報にしても、彼女とその配下の女性たちを通じてのみ受信出来る仕組みなのである。

今や、対策室の任務は対秋津州外交などにあるのでは無く、日本国内の治安対策全般に及び、不法入国者に対する規制はもとより、領海の侵入対策にさえ全面的にコミットし、痛烈なまでの実績を上げつつあった。

京子を通じてではあるにせよ、岡部の命ずるところに従い、膨大なヒューマノイド軍団が、日本国の治安を守るために日夜粛々と稼動しているのだ。

詰まるところ、秋元京子とその配下の者たちを抜きにしては、岡部の激烈な、と呼ぶべき任務は一日たりとも勤まらないことになる。

だが、彼女たちは、洗って見れば全て無給の民間人と言うことになり、その身分上のいかがわしさだけは如何ともし難い。

どう贔屓目に見ても、そうとう怪しげなものであることだけは間違いの無いところであったろう。

まして、目の前で政権が交替した今、従前のように至極アバウトな形のまま、それを続けることが許されるかどうかは、とりわけ微妙なものを感じざるを得ない。

岡部自身に関する人事でさえ、一際微妙なものが漂い始めており、今では新総理は岡部大樹に対してまで更迭の意志を固めたと囁かれる始末で、外務省の中でも殊にアジア大洋州局は大騒ぎの最中なのだ。

岡部大樹は秋津州対策室次長であると同時に、アジア大洋州局秋津州課の第一課長職をも兼ねており、ことは重大なのだ。

加えて、総理は秋津州対策室のヘッドの椅子には、新たに腹心の私設秘書を据える心積もりでいると言う。

さすがの新総理も、対策室の任務に関してだけはその重大性を嗅ぎ分けていると見えて、その分一層こだわりも強いに違いない。

だが、このような状況にあってさえ、新田は一官僚としてなすべき具申は真摯に行おうと努めた。

新田にとっての官僚とは、すべからく国家国民のための純然たる僕(しもべ)であるべきで、自らが官僚である限り、あくまで当然の義務を果たすべく全力を尽くそうとしたに過ぎない。

まして、今回の人事は形式上未だ内示の段階なのだ。

その意見具申の根幹にあるものは、無論、私利私欲などとは無縁のものであって、その説くところは、あくまでも日本と言う国家にとっての真の国益の在りかなのである。

かつて自分は、極東の和平を回復せんと志して秋津州に渡り、幸運にも秋津州国王の知遇を得ることによって、いくばくかの仕事をなす機会を持ったが、その望外の知遇を背景にして現在のポジションを保ち続けることこそ、我が国の国益に最も適う途だと主張するのである。

それは、一日本人のままで秋津州の実質的な外相を務めることと同義であり、新田が秋津州国王の信頼を得ている限り、とりもなおさず我が日本が、秋津州外交の全てを握ることと同義であるとさえ言って良い。

言うまでも無く秋津州は、いまや紛れも無く全世界の外交の基軸をなすほどの存在であり、そのことに関してはあの合衆国ですら例外ではない。

影の安保理と囁かれる五カ国会議さえ、常に秋津州の顔色を窺いながらの議事進行を余儀なくされているほどで、この場合においても内務省最上階に座す新田の意向が、とりわけ重要視される所以なのだ。

日本にとってこれ以上有利な役まわりなど、ほかに見つかる筈が無いのである。

だが、不幸にも官邸サイドは聞く耳を持たなかった。

それでもなお首相自身が、側近としての新田を欲していたことになる。

このように重大な国益を犠牲にしてまで強硬に言い募る以上、国王の特別の知遇を得ている新田を、ただただ占有したいだけだと思われてしまっても仕方が無い。

その上、あろうことか、新田の代わりには、やはり自分の子飼いの者を嵌め込みたいとしていることまで漏れて来る。

それが到底無理な注文であることすら理解出来ぬほど、官邸は常軌を逸してしまっていることになる。

そもそも現在の新田のポジションなるものは、その発端からしても、唯一秋津州国王の委嘱によるものであって、その任免に当たって、日本政府は如何なる権能も持ちあわせてはいないのである。

総理は、この基本的な現実すら認めようとしない。

それどころか、連立政権内の烏合の衆が利権の奪い合いに狂奔するあまり、対策室からの具申にさえ耳を貸すゆとりを失ってしまっている。

官邸内に灰神楽が立ってしまっている中、新田は直接総理本人を説こうとした。

大臣官房を通して、総理に面会を申し入れて見たのである。

だが、案の定一顧だにされることは無く、せめてもの官房長官への面会願いも同様の結果に終わってしまった。

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