日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 074

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また、外務省内部でも殊にアジア大洋州局の面々にとって、新田源一と言う持ち駒は輝ける大スターであると同時に、奇跡的に持ち得た特別な力の源泉でもある。

もし今回の人事が行われれば、部局のプレゼンスは大幅に減殺されることは必至であり、場合によっては北米局の大逆襲に出会うかも知れない。

秋津州が急速に勃興して来て以来、合衆国のプレゼンスは凋落の一途を辿り、それに伴って北米局が、それまで保持していた省内における王座を奪われてしまった経緯がある。

それを奪ったものこそ、誰あろうアジア大洋州局なのだ。

当然新田の言説を支持し、大きく論陣を張って、支援体制を固めるべく慌ただしく動き始めた。

彼らが重々しく打ち立てた論理の主柱は、我れこそが国益の守護者であるとする主張そのものであり、無論随所に荘厳な装飾を施してある。

あまり意味があるとも思えないところにまで、大げさに飾り立て、さも意味ありげなものに見せ掛ける技巧は彼らの最も得意とするところでもある。

その上、その根っこのところには「(首相が)個人的な利害を優先するあまり、重大な国益を太平洋上に放擲しようとしている(のではないか)。」と言う主張が見え隠れしていた。

事実であれば、一言で言って売国行為そのものであり、当然首相の動きは阻止されなければならないだろう。

単純な議論としては、それはそれで正論であることに違いは無いが、但し、首相が「個人的な利害を優先し」ていると証明されているわけでは無く、首相の側に立ってみれば、自分の採る施策は、一から十まで全て公益を優先していると主張するに違いない。

もっとも、一方の官僚たちにしても、おのれの部局にとって、のるかそるかの急場を迎え、顔色を変えて駆け回っているに過ぎないとして、冷然と切って捨てる者もおり、彼等自身でさえ本音のところでは、そう言う側面があることも否定することは出来ない筈であり、必ずしも、純粋に国利公益を云々しての行為だとばかりは言い切れない。

いずれにしてもアジア大洋州局の面々は、与党内の重鎮と目される議員はおろか、彼らの支援団体にまで辛抱強く説いてまわり、いくばくかの賛同を得ることには成功したが、その効果は僅かなものばかりであって、到底目的を達するには至らず空しく時が過ぎて行った。

とにかく、肝心の総理自身が頑として首を縦に振らないと言うのだ。

いわゆる怪文書なるものだけは縦横無尽に飛び交ってはいたが、総理側が応じざるを得なくなるほど強力な取引材料までは入手することは出来ず、アジア大洋州局の面々にとって、最早、万策は尽き果てた感が深まるばかりであった。

また、一方の官邸サイドにしても、決して手をこまねいていたわけでは無い。

それどころか、短期間にさまざまな手を打ってくる。

内閣官房にしても必死だったのであろう。

その結果、苛烈なまでの人格攻撃が開始された。

無論、その標的は新田源一と言う一個人だ。

本来、新田こそは、日本の国益を全身で具現しているような男であり、少なくともここ数年はそう言う評価を得ていた筈だ。

しかし、その男を内閣は攻撃したのである。

メディアには、その男がここまで頑強に拒むのは、自身がよほど強欲で身勝手な性格の持ち主であるからなのだと言わんばかりの論調が溢れ、挙句には、随伴して帰国した妙齢の婦人との係わりについてまで、極めてスキャンダラスな取り上げ方をするまでになった。

標的の、男としての下半身ばかりを重点的に攻撃し、あたかも二人が、不道徳極まりない関係にあるかのような切り口で扱う記事が巷に溢れたのだ。

如何に常套手段とは言え、官邸サイドのやりかたには目に余るものがあっただろう。

いきおい、官僚側も対抗措置を講じざるを得ず、官邸側の「犯罪的」行為について猛然とリークを開始した。

官僚たちが今までこらえていた分だけ、そのリーク作戦は激しさを加えて行き、自然内閣官房と外務省全体の泥仕合にまで発展してしまったのである。

新田は、この泥仕合には一切の関与を拒み、ひたすら超然たる姿勢を保っていたが、昼夜を分かたず殺到する取材攻勢にはやはり辟易する思いだ。

欧米のメディアなどは、日本の新政権が親秋津州路線を捨てる心算なのではないかとして、ことさら大きな扱いをし始めており、中には、既に日秋連合の絆が断裂してしまったのではないかとする論調まで見受けられるまでになったのだ。

そう見られるだけで、世界における日本の影響力がその分だけ減殺されることは間違いない。

これ以上の混乱は、日本の国益を大きく損ねる恐れが出て来たことになる。

その結果、少なくとも、新田自身がこれ以上の説得を継続する意欲を失ってしまったことは確かだ。

だが、幾分なりとも理性的な報道を心掛けているメディアも無いでは無い。

それらの報道によれば、今回話題となったこの女性は、あの著名な秋元五姉妹の内、三女の涼(りょう)氏であるらしい。

株式会社秋津州商事の堂々たる取締役であり、現在二十四歳、姉の京子と同程度の長身と優れた美貌を持ち、飛び抜けて短躯のボスに引き添って、私設秘書としての役回りを立派に果たし続けていると言う。

無論、その本当の「正体」まで知る者はいないにせよ、内実は、新田にとっての超高性能レーダーと無線機を兼ねたような存在であり、優れた情報収集能力を発揮して、官邸側の異常とも思える反応を逐一掴みつつ、秋津州とも頻繁に交信を繰り返していたのだ。

無論、この瞬間にも世界は激しく動いており、新田宛の通信は頻々として土竜庵に入電して来ており、相手の多くが、足摺りする想いで新田の反応を待っているのである。

召還されてから一週間ほどの時を費やすに及び、新田は己の信念に従って行動した。

内示を蹴って出国し、再び秋津州に入ったのだ。

これこそが、日本男児としての新田が最も国益に適うと信じた道であり、同時にそれは、ふるさとの山河やそれを共に見て育った多くの幼な友達に対しても、全く愧じることの無い道でもあった。

このあと嵐のように巻き起こるであろう幾多の悶着なども全て覚悟の上であり、省内の自らのデスクやロッカーまわりなども、早々に整理を済ませ飄然として去ったが、その際、新田が残したと言われる言葉が、その後長く省内に伝えられることになった。

「祖国は私を裏切ったかも知れないが、私は祖国を裏切らない。」

元来の新田は、この様な感傷的な言辞を弄して、悲壮がって見せるような男では無い。

無論、事情に詳しい何者かの創作ではあったろうが、この言葉自体はこのときの当人の心情を言い得て妙だとされ、ことさらに囃し立てる者が少なくなかったこともあり、その後広く伝播して行くことになる。

言って見れば新田は、生きたまま伝説の中に入ってしまったと言って良いが、一方で、大いに面子を潰された格好の官邸は当然怒り心頭である。

その怒りの矛先がどこへ向けられるかは言うまでも無いことで、外務省の事務方との間ですったもんだの挙句、結局新田と岡部が選択させられたのは、当然のことながら退官への道であった。

二人とも淡々と辞表を提出し、事務引き継ぎ作業に移ろうとしたが、官邸から強引な横槍が入ったことにより、それすらもままならなかったと言う。

秋津州対策室の業務にいたっては、特にその必要性を具申しようとしたが、内閣官房からはけんもほろろの反応しか戻って来なかったのだ。

官邸は、最早この二人に業務に触れさせること自体を拒んでおり、その異常なまでに頑なな姿勢こそが、いみじくもその怒りの激しさを物語っていたのである。

但し、この場合業務の引き継ぎを拒んだのは、あくまで二人の側ではなかったことだけは記憶されて然るべきであったろう。

その結果が、いかに重大な結果に繋がろうとも、その責めは二人の側には毫も無いことになる。

二人は国家に忠誠を尽くそうとするあまり、却って官を追われる羽目になっただけの話なのだ。

だが、秋津州対策室や在秋津州の日本代表部の中から、二人のあとを追うようにして職を引く者があまた出たことは不思議と報じられることは無かった。

無論、二人の突然の退官のニュースは瞬時に世界を駆け巡り、さまざまの憶測記事を生み各方面に衝撃を走らせた。

東証などはいっとき千円以上も値を下げたが、官僚が官邸と衝突して官職を退くことになったからと言って、別に犯罪を犯したわけでは無い。

単に、民間人になったまでの話だ。

二人ともひっそりと官舎を出て、居を移したところまでは判っていた。

下町に小体(こてい)の部屋を一つ見つけ、住民票を移したのである。

いい年をして独身の二人が同居する形なのだ。

その賃貸マンションの管理を担っていた事業者などは、しばらくの間、激しい取材攻勢に曝される羽目になったが、話題の入居者が在宅かどうかまでは関知しないと言う。

一説によれば、その部屋捜しに動いたのは前官房長官の国井義人だったとも囁かれ、又ある人が言うには、じかに動いたのは銀座の高級クラブの女性経営者だったとも言う。

とにもかくにも新田が、そのまま秋津州の土竜庵に戻ったのも当然と言えば当然だが、一方の岡部はひっそりと消息を絶ってしまい、多くのメディアが執拗に行方を追ったが、今以てその姿を見かけた者はいないと言う。

ときにとって、新田源一と岡部大樹と言う漢(おとこ)たちが、直近の歴史の裏面を肌で知る希少な生き証人であることは確かで、各メディアにとって、これ以上のソースはまたと得られるものでは無い。

当然秋津州の内務省ビルには、新田に対する凄まじい取材依頼が殺到しており、今回の政変が、日本の内政外交に対してどのような影を落とすことになるものか、はたまた秋津州の対日政策に与える影響等など、聞きたいことは山ほどにある。

海外のメディアの中には、「日秋間の蜜月のときは既に終わってしまったのではないか」と公言する者まで出て来ている今、新田は当分の間と称して取材の申し入れを峻拒しており、彼が土竜庵にいる限りとてものことに手も足も出ないが、その点岡部になら充分手が届くと見た。

マスコミの一部には、岡部の所在情報に関して高額の賞金をかけるところまであり、フリージャーナリストを称する男たちにとっても最上の飯の種になる筈だ。

だが、彼らがその旨い飯にありついた話など一向に聞こえては来ないままに時が過ぎ、飯の種が去ったあとの対策室には、新たな責任者として総理との格別な関係を取り沙汰される者が就いて大幅な模様替えが進んでおり、秋元京子やその配下の姿など一切見かけることは無くなった。

これまで緊密に機能していた筈の、日秋間を結ぶ特殊なラインは悉く失われ、残るは、官邸と土竜庵とを物理的に結ぶホットラインのみとなってしまった。

だが、神宮前の分室に関してだけは大した異動が行われた形跡が無く、二階以上のフロアについては、秋津州商事側が従前通りに使用している模様で、そのことは、相変わらず頻繁に押し掛ける訪客たちの談話からも明らかだが、一つだけ奇妙な噂が流れた。

それによれば、官邸サイドが賃貸料の大幅な値上げを企図し、その決定を通告したのだと言うのだ。

ところが、逆に秋津州商事側から神宮前を出たいとの申し出があり、あわてた行政側が必死に懇願することによって、やっと思いとどまってもらったと言うあたりが、ことの真相だと囁かれた。

その説に従えば、秋津州商事が予定していた移転先は銀座の秋津州ビルであり、移転に関する準備にしても既に充分に整っていた筈だと言う。

当然、ことの発端であった賃貸料の値上げ話など瞬時に消し飛んでしまった。

挙句の果てに、秋津州商事のポジションは言わば賓客のごとき扱いになってしまい、そもそも賃貸料を徴収することの方が、よほどおかしいと言う話になった。

呆れたことに、賃貸料は最初から発生していなかったものとされ、従前納付して来たものについては、全て錯誤によるものであるとして、ひっそりと還付まで行われたと言う。

全くの私企業である秋津州商事を、政権側の都合だけで力ずくで縛りつけておくことなど、この日本では到底出来ることでは無い。

ことの発端からして、秋元京子が行政側の切なる懇望を聞き入れることによってここへ入ったのであり、自ら望んだことなど一度も無いのである。

まして、その私企業は、かの秋津州国の実質的な駐日大使館の如き機能まで果たしている上に、一般には知られてはいないにせよ、単純に利益だけを追求する必要などとうに失ってしまっている。

そのためもあってか、今では一方的に国王側に利のある方式になってしまっており、万一当局から露骨な妨害工作が行われるようなことでも有れば、場合によっては、会社そのものを整理してしまうと言う手段も無いでは無い。

その会社は、いまだに有利子負債を持たず、潤沢な流動資産を有し、証券会社から殺到する株式上場の勧誘話にも一切耳を貸さずに超然としている上、その株式にしてもほとんどを秋元京子が占有し役員は全て秋元姉妹だけなのである。

取引先との契約さえ守れる範囲でなら、どのような手段でも採り得る筈だ。

しかも、最近では、国内において供給されているヒューマノイドは膨大なものになりつつある。

既にそれは中小企業だけにとどまらず、大企業に対しても大量の供給が始まっており、その経営者たちが、便利極まりない秘書として用いるケースまで出てきているのだ。

以前にも多少触れたが、彼女たちはある意味、秘書として最上の機能を具えていると言って良い。

数ヶ月単位の連続労働においても一切の休息を要さないことは勿論、膨大な電磁的記憶容量と俊敏な情報検索機能を誇り、財務会計及び法務面においても標準以上の知識を有し、なおかつ主要な言語のほとんどを解することによって、有能な通訳と言う一面まで併せ持ち、かてて加えて、外見的にも優れた容姿と優雅な所作を以て、献身的にかしずいてくれるのである。

使用者にとって、これらの機能が歓迎されないわけが無い。

月額百万円と言う高額料金にも拘わらず、彼女たちをこの方式で使用する例が爆発的に増え、今では先を争うようにして、このタイプのオーダーが殺到しているほどだ。

但し、契約上その貸し渡し期間はごく短期の条件とされていて、期間延長のためにはその都度更新を要する形式をとっており、借り手ばかりでなく、貸し手である秋津州商事側が契約の更新を拒否することも可能なのだ。

通常の商取引でなら、その対価の支払いが見込める限り、貸し手側が期間の延長を拒否することは先ず無い。

だが、このケースにおいてはそれが有り得ることこそ問題なのだ。

現在の秋津州商事が利益重視の一般企業で無い以上、少なくとも六ヶ月未満で、全てのヒューマノイドをきれいさっぱり引き揚げてしまうことも可能だ。

いきさつから言って、財務当局もその供給先と物量を正確に把握しており、その数量も今や六百万体を越えてしまっているとされ、それが短期間の内に全て失われることになれば、国内経済は大混乱に陥る可能性があるだろう。

総理にしても、その恐るべきボリュームについては当然認識していた筈で、その点から見ても、官邸側が強気に出て通るような生易しい相手ではなかったのである。

一方、これ等の騒動に際して、水面下でさまざまな動きがあったことも確かで、銀座の秋津州ビルに、深夜ひっそりと集結した人々がいたことなども、全く報じられることは無かった。

まして、これまで秋津州対策室が担ってきた特殊な任務の一部を彼らが継続しようと目論んでいたことなど、誰一人思っても見なかった筈だ。

この者たちは、いずれも国の行く末を憂えるあまり秋津州へ渡航する決意を固め、そのビルの実質的な家主でもある秋元京子氏に身柄を預けることに決したと言うが、公憤に燃える彼らがなそうとしていることは、いかに祖国のためとは言え法にも触れる行為なのである。

かつて、岡部の指揮による徹底検束が行われる以前は、国内にはびこる不逞外国人の暗躍振りには目に余るものがあった筈で、殊に継続的に居留している半島人の場合、ひとたび検挙されても、何故か国籍や本名が報道されないケースがほとんどだ。

報道される容疑者の名前は、特別の場合を除き、通名と呼ばれる日本人形式の名前なのである。

それは、本来役者にとっての芸名のようなものであり、その芸名しか画面に登場しない以上、一般の視聴者は自然その容疑者を日本人だと錯覚してしまう。

挙句、その「芸名のようなもの」は、あろうことか公文書にまで使用することを許されているのが実情であり、この日本においては、そう言う不思議な仕組みがとうに完成していたことにも、日本人はもっと関心を払うべきだろう。

殊に、かつての占領下においては、占領軍の命令によって半島人に関する報道は厳しく禁じられていたこともあり、自然、半島人による犯罪はほとんど報道されることは無く、報道されない以上、遠方で発生したそのての事件など庶民の耳には入らない。

一般の日本人は彼らの犯罪については、身近な事例のほかは、ほとんど承知していなかったのである。

しかも、当時の日本では、半島人たちの一部が不遜にも「朝鮮進駐軍」を僭称し、武装した上日本の法になど従う必要は無いと主張した。

つい先日までは、日本人であることの恵みを大いに享受していた筈の彼らが、日本の敗戦が判然とするや否や、あにはからんや、たちまちにして「戦勝国国民」を名乗り始めたのである。

普通の日本人なら、ここまで鉄面皮な行動など、恥ずかしくてとても採れるものではないのだが、詰まるところ、それもこれも、彼らの民族性としか言いようの無いものではあったろう。

要するに彼らは、「戦勝国の一員として、日本に進駐して来ている者である。」と勝手に名乗ったわけなのだが、無論本物の戦勝国が認めるわけも無い。

当然であったろう。

戦時中の彼らは全て日本人であって、無論日本の戦争行為にも積極的に加担していたのだ。

一例を引けば、日本領朝鮮半島において行われた志願兵募集の一件がある。

この場合、募集定員に対し、おしなべて二十倍からの応募が殺到していたことが公的な記録に残っており、甚だしいケースでは、その倍率は四十倍にも及び、試験に通らなかった者の中には、自ら体を傷付けて騒擾する者まで出たほどであった。

当時、彼ら自身が、日本人であり続けることに積極的であったことの何よりの証左のひとつでもある。

その同じ彼らが、日本の敗戦が確定するや否や今度は戦勝国の国民だと言い騒ぎ、中には軽機関銃まで持って暴れまわる集団まで現れた。

それらの者たちが日本国内を我が物顔にのし歩き、敗戦日本人に対して、およそ考えられる限りの悪行を働いていたのだ。

当時の日本は軍も解体されてしまっており、警察だけではとても手が足りず、ときには警察署自体が彼らの襲撃を受けるありさまで、結局、ほとんど彼らのやりたい放題だったと言って良い。

彼らの暴虐な行為によって、敗戦後の日本人があまた、言語に尽くせぬ苦渋を舐めさせられたことも、当然報道されることは少なかったのである。

日本は、千九百四十五年の八月以降米軍の占領下にあって、それらの暴徒を制圧するに足るだけの力を失ってしまっていたと言わざるを得ず、さらには、千九百五十二年四月二十八日にサンフランシスコ講和条約が発効したあとでさえ、主として米軍が対応せざるを得ない状況が続いたのである。

当然、日本人にとって満足な対応など期待すべくも無い。

そう言う特殊な背景もあって、殊に半島人が傍若無人に暴れまわる風潮が続き、日本の当局もその対応には散々に手を焼いて来ていた上に、例の李承晩ラインにからんで大勢の漁民を人質に取られた挙句、韓国側から恫喝されてその釈放どころか永住権まで付与せざるを得なかったのだ。

さらに、近年にいたっては、もし不逞外国人の徹底検挙に踏み切れば、その収監のための施設にさえ事欠く状況が続いた。

一言で言って、拘置所や刑務所などの収容能力が絶対的に不足していたのである。

昨今では、代用監獄としての機能を期待された所轄の留置場を都が建設しようとしただけで、大反対の住民運動が始まってしまう国柄になってしまった。

まるで、そう言う日本の足元を見るようにして、ますますそやつらがのさばり続けることになる。

国内には、そのような、全くはた迷惑な悪の花が咲き誇っていたのであり、せっかく前政権がその芽を摘み取ることに成功しつつあったものを、その努力を新政権が無に帰そうとしている。

事実であったろう。

新田や岡部が果たしつつあった任務は、当然前政権の大泉・国井ラインの指示によるものであり、国内の不法行為に関し捜査検束の手を強め、それが外国人であった場合には徹底して退去強制を実施することにあった。

事実、徹底的に追い返した。

その搬送には大量のSS六改を用い、検挙した容疑者を収容するための巨大な設備まで秋津州王妃に用意させ、その手元には法務省や国交省などの各省庁から幾多の俊秀を配備し、それを強力にアシストさせるために、膨大なヒューマノイド軍団を組織したのである。

任務遂行の結果、実に百万人を超える不逞外国人を検束し、徹底的な退去強制処分を執行することに成功した。

それもこれも、全てヒューマノイド軍団あってのことだと言うことも、現政権は当然承知している筈なのだ。

にも拘わらず、現下のように露骨な処置を採ってくるからには、その意図するところも明らかだと言って良い。

岡部大樹が新田と組んで、心血を注いで来た筈の大仕事が、その重要性を明らかに否定されてしまったことになる。

いや、官僚としての二人の功績や評価などはどうでも良い。

肝心なのは、国家国民の安寧秩序が再び危殆に瀕してしまうことだ。

日本海に張り巡らせた鉄壁の備えは、とりあえず維持されてはいるものの、これを撤収すればどうなるか。

空港や港湾はおろか、広大な海岸線や離島の全てを、寸刻を惜しまず見張っているD二やG四がいるのである。

その活動をも停止させればどうなるか。

秋津州ビルに、ひっそりと集結した者たちの胸の中にあったのは、まさしくこのことだったのだ。

古来、貧しい国の窮民は常に豊かな国を目指してやってくるものである。

無論、出稼ぎに来るのだ。

そして、そのための行為が、日本の法制度にそぐわないケースが多いことも、遺憾ながら数多くの犯罪事歴が物語っている。

それらの貧しい人々は、確かに単に貧しいと言う点において気の毒な人であることは筆者も否定はしない。

だが、日本には日本人が拵えた法と言うルールがある。

日本に入国し、あるいは居留したいのであれば、当然そのルールを守る義務があろう。

そのルールを守れない外国人は最初から日本に来るべきでは無く、或いは既に居留している場合には即刻日本から出て行くべきなのだ。

それほど好き勝手をやりたければ、自国において存分にすれば良いではないか。

何も日本に来てまでやることは無い。

当然のことだが、筆者は、日本の法を守らない外国人はれっきとした犯罪者であって、彼らが外見上如何に哀れに見えたからと言って同情する気は毛頭無い。

万一、その外国人が気の毒な境遇にあったとしても、その理由が経済的なものである限り、手を差し伸べてやる義務を負っているのは、その者の国籍国の政府であるべきであって、断じて日本政府では無いのである。

それでなくとも、それらの外国人たちの不法行為に対処するために、日本政府は日々莫大な費用を投入して来ており、その費用が貴重な公金であることは確かなのだ。

どうしても、気の毒な外国人に救いの手を差し伸べてやりたければ、何も国民の血税を当てになどせずに、自ら身銭を切ってやれば良いではないか。

誰も止めやしない。

このことは万国共通の概念なのだ。

結局のところ、ことは一国の治安の根源にも触れる問題であり、そのことを真剣に思う人々が秋津州ビルに顔を揃え、その多くが正規に出国して行ったことは確かだ。

その出国先はさまざまで、どうやら台湾共和国が多かったと言うが、その後の足取りまでフォローするものはいない。

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  1. 2007/07/28(土) 13:27:56|
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自立国家の建設 075

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さて、太平洋上の秋津州は、今日も晩夏の太陽がじりじりと照りつけ未だ立派な真夏日だ。

その山河は溢れんばかりの緑に包まれ、広大な農地は豊かな実りの近いことを告げてくれており、年若い国王の辛苦が報われつつある事を物語っているようだ。

治水目的で掘削された巨大な遊水池は勿論、そこから潮入り湾まで掘削された小川にいたるまで、さまざまな淡水魚が姿を見せるまでになり、小規模のものなら漁業にも適するまでになって来ているのだ。

昨今では周辺海域においてもかなりの魚影を見るまでになり、国王自身漁船を駆って実験的な漁に出ることもあると言い、数年を経ずして、他国に対する漁獲の割り当てすら有り得ると囁かれるほどなのだ。

また、王妃の身の内に新たな生命が芽吹いていることが知れ渡り、中露朝などにいたっては、国家元首自らが麗々しく祝意を述べに訪れ、やがて来る出産にそなえ、王妃の両親も近々居を移して来ると言う噂まである。

長らく続いていた秋米間の緊張にしても今や大幅に緩和され、米英も含め各国要人が頻繁に訪れるようになって来ており、日本の場合も国井義人や大泉元総理はもとより、新総理まで王宮を訪れたと言う。

殊に新総理には、直前の選挙の目玉として大きく掲げた公約があった。

無論原発の廃止であり、その代替えとしての永久原動機方式の採用なのだが、実行するには種々の根拠法を整備しておくことは勿論、放射性廃棄物の処分と言う大問題もあって、政策課題としては容易ではないが、総理自身が直接これ等について協力を要請したところ、国王の反応は決して悪いものでは無かったと伝えられ、総理の鼻を格段に高からしめてしまったことも事実だろう。

「一内閣一事業」などと言う言葉もある通り、新内閣の張り切りようも尋常では無い。

新たに設えられた諮問委員会は、原発反対論者や専門家などを多数招致して活発な議論が行われ、漏れて来る不確定情報によれば、基幹部分の工事については全て秋津州側の手になる見通しも立ち、そのコストについても全くの無償だと言う。

用地の手当ての進捗如何によっては、意外に早い展開も有り得るのではないかとまで囁かれ始め、甚だしい例では、建設工事が近日中にも開始される見通しだとされ、その案件の全ては、総理が秋津州から持ち帰ったものであることを、大きく評価する論説が巷を駆け巡った。

メディアはもとより、さまざまな市民団体などは、新政権の施策を口々に讃え誉めそやし、最早、熱狂的ですらあったのだ。

圧倒的な世論にも押され、冷静かつ否定的な論調などは、すっかり影を潜めてしまった。

電力に関するインフラは、いずれの国家にとってもその基幹をなすほどのものなのだが、不思議なことに、それを他人任せにすることの危うさなど全く問題にもされず、内閣の支持率に至っては九十パーセントを超えるものまで出る始末で、新総理は今やすっかり英雄扱いだ。

秋津州国王は言わば新総理に花を持たせてくれたことにはなるのだろうが、実際には全て新田の判断だったと言う説もあり、それによれば、今以て新田が対外政策の多くを裁断しているとされ、国王の関心は専ら農事に向かっているとされる。

現に王宮のある村落などは絵に描いたような田園風景で溢れ、浮世の利害得失とはいかにも縁遠い雰囲気を漂わせていると言う者も少なく無い。

尤も、それに引き比べて近代建築が立ち並ぶ首都圏では、中でも秋津州ビルが傲然たる威容を誇っており、その姿をまるで他を圧伏して聳え立つ巨城のようだと評する者もいる。

屋上には、さまざまな巨大アンテナや大型ポッドの発着スペースが備わり、災害時に備えて常に出動の構えを取るヒューマノイドは数百万もの大部隊だとされており、一度などは某国の部屋から出火したことがあったが、そこが五十階以上の高層階であったにも拘わらず、その対応の素早さには目を見張るものがあったと言う。

このヒューマノイドたちが巨大な機材を背負って瞬時に飛来し、空中から圧倒的な威力を見せ付けたのだ。

その結果、一人の犠牲者も出すこと無く、ごく短時間の内に消火することを得たことで、巨城の安全性を大きく裏付けることになったと言う。

広大な敷地内には近代的な医療施設ですらとうに完成し、先進的な医療が行われていることも広く知られ、居留外国人たちが賃借物件の内部に宗教施設を設えるまでになって来ており、彼らにとっての安定的な日常は充分担保されている筈だ。

今ではほとんどの国の代表部が巨城に入居を果たし、大小さまざまな会議室では多国間会議が度々催され、近頃では例の五カ国会議でさえその一室で行われることが多いと言う。

無論、国際上の懸案事項は依然として山積している。

この世界に多数の国家がある以上、その利害が全て一致することなど有り得ないことなのだ。

だが、この国の国王夫妻はそう言う世俗からは超然たる姿勢を保ったまま、相変わらず大勢の児童や農夫たちと睦み暮らしており、その周囲には、まことに穏やかな時が流れていたのである。


一方、このような環境の中で時を過ごすタイラーは、このところワシントンの覚えもとみに目出度く、そのこともあって一段と良好な体調を取り戻しつつあった。

彼の胃の腑がその外貌に似合わずまことに繊細だったこともあるが、その胃を苦しめ続けた、あの凶悪なまでの秋津州は今は見えないのである。

かつての秋津州は、合衆国の生存権を絶え間なく脅かし続ける恐るべき猛獣であった。

如何なる手段を以てしても制御不能の野獣だったのである。

そもそも秋津州は、太平洋上に突如出現した国家であり、その国土面積もいたって小さい。

だが、その小国が見る見るうちに勃興し、腹立たしくも、たかがモンゴロイドの支配する小国が、無作法にも白人キリスト教文明圏の全てを軽々と圧倒し去ったのである。

ところが昨今のワシントンにおいては、この猛獣が案外温和な性格の持ち主であることが取り沙汰され、あえて猛り立たせない限り合衆国の安全は担保されると見る者が増えた。

無論、この猛獣をあえて猛り立たせたいと願う者などいる筈も無いが、現に一昨年のベクトル社の例もある。

あのときのベクトルは、そのトップがわざわざ請い願って謁見しておきながら、ご夫妻から、もってのほかのご不興をかってしまった。

そもそもベクトル社代表ジョージ・S・ベクトルは、散々に苦労した挙句ようやく謁見の機会を得た筈であり、彼にしてみれば、ひとたび謁見の栄に浴することが出来さえすれば、必ずご夫妻のご機嫌を取り結ぶことが出来る筈だったのだ。

しかし、良かれと思って用意した筈のプレゼントが、皮肉にも逆に王妃の怒りを買う結果を生み、あまつさえ、そのことがベクトルの命取りになってしまった。

秋津州側から一切の取引を断たれ、そのことが知れ渡るや、ほとんどのビジネスの芽を摘まれてしまう羽目になったのだ。

それも、短期間の内にまるでドミノ倒しのように取引先が次々と手を引いて行き、そのことが嵐のような信用不安の呼び水となってしまい、あれほどの巨大企業が大音響と共に崩壊し、遂には跡形も無く消滅してしまったのである。

あえて秋津州を敵に回してまで、救いの手を差し伸べようとする物好きなど一人も現れる筈が無い。

この破綻劇が、全世界に衝撃を以て受け止められたのも当然だ。

傍観者たちは、全身が総毛立つ思いで壮大な破綻劇を眺めていたのである。

結局、このことから最も多くを学んだのは世界中の営利企業であって当然だが、各国の当局筋にとっても対岸の火事とはなり得ない。

何せこのシナリオの一方の主人公であるジョージ・S・ベクトルは、従来から非常な自信家として知られ、常日頃から「例え合衆国が滅び去ることがあっても、我がベクトルが滅びることは無い。」とまで豪語して憚らなかったほどであり、同時にそれが世界の常識でもあった。

そのベクトル社でさえこうだったのだ。

如何なる企業にとっても、ことと次第によっては、いつなんどきベクトルの轍を踏まないとも限らないと言う貴重な教訓になり、同時にタイラーにとってもまことに重大な戒めとなった。

いきさつから言っても、他人事どころではなかったのだ。

思えばあのとき、彼自身が、あのベクトルの巨城の中に、華麗な足掛かりを得ると言う眩いばかりの幸運の中にいたのだが、図らずもその直後に起こったあの破綻劇だったのである。

当然、彼自身の幸運も、あっと言う間に遁走して行ってしまった。

挙句に、重厚に積み上げてきたキャリアまで失いかねない状況に追い込まれてしまったのだ。

とにもかくにも秋津州の忌諱に触れることの無いよう、万全の気配りをすることが肝要なのである。

もっとも、忌諱に触れるも何も、その根っこにあるものは至って単純なものばかりだ。

要は、その誇りを傷つけるようなことをせぬよう注意を払えば良いだけの話なのである。

従前のように、白人としての人種的優位性などを、これ見よがしに鼻の先にぶら下げたままご夫妻の前に出るなど、最早とんでもないことだと言う強い自覚が必要になっただけの話だ。

己の誇りを傷付けられて喜ぶ者などいる筈も無いが、ただ、あの夫婦が他の者より、ほんの少しばかり誇り高く生きているだけなのだ。

そのためにも王家との間に強力なパイプを構築し、我が国との意思の疎通を一層円滑にすべきであり、それこそがタイラーの主たる任務である以上、現在のか細い糸はなおのこと大切に扱う必要があるだろう。

ここに来ての最も大切な糸は、秋元姉妹の中でも一番下の雅を通すルートであり、今のタイラーにとっては彼女こそが女神さまなのだ。

無論常に最上級の敬意を払って接するよう努め、今日も今日とていつもの店に席を取り鄭重に招いていた。

そこは、女神さま自身がお気に入りの場所のことでもあり、今では大好物となった「海のいのしし」を賞味し、より交誼を深めつつ、貴重な情報を収集するつもりなのである。

二人の間の隠語では依然「いのしし」のままであったが、タイラーにもこれが猪で無いことは判っているが、それでなお、その嗜好は変わらない。

従来までなら、鯨と聞くだけで胸の奥底から何かが湧き上がって来るような気がして、即座に拒否反応を起こしていたものが、近頃では、属僚たちまでがそのステーキどころか生肉まで喰らうようになって来ているほどだ。

現に首都圏のそちこちでも冷凍鯨肉は極めて安価な食品として売られており、部位にもよるが、概ね輸入牛肉の二十分の一ほどの低価格であり、ヘルシーな特質とも相俟って、今ではかなりの量が日々居留外国人の胃の腑に納まっている筈だ。

パッケージには、鯨肉であることは勿論、丹後、但馬、丹波などの産地名が堂々と表示され、それが地球外天体の産物であることを隠そうともしていないことから、現在では全てワシントン条約の対象外だとされた上、既にさまざまな機関や企業がこの鯨類が地球上に棲息するものと同種同類としており、昨今ではあの大コーギルのネットワークに乗って盛んに出荷されるまでになった。

欧米系のメディアなどでは、鯨肉の食品としての優位性を大きく取り上げ、近い将来には膨大な量が出回る可能性まで示唆しており、ゆくゆくは肉牛の消費量にも影響を与えるとして、警戒感をあらわにする生産者団体まで出始めていると言う。

一方で飼料用穀類の販売量が減少する可能性もあるが、その分を補って余りあるほどの利益を見込んでのことだろうが、ダイアン自身がその商品としての将来性に着目して、さまざまにメディアに働きかけている節もあり、この点でも、あの大コーギルの力を侮ることは出来ない。

少なくとも秋津州ではその人気はなかなかのもので、最近ではタイラー家でさえ夫人のレシピに度々登場するほどだが、そもそもタイラー自身が鯨肉を嗜むきっかけを作ったのも、今正面の席についているこの美少女なのである。

美少女と言っても実は国王と同年の筈なのだが、タイラーの目にはどうしても若く写ってしまう。

今も女神さまは汗の痕一つ見せること無く、純白のシャツブラウスの袖を涼やかに揺らせながら、「いのしし」の刺身を口に運んでくれている。

「いつ食べても旨いですなあ。」

本音なのである。

「・・・。」

輝くばかりの女神さまは無言で笑顔を返してくれており、ありがたいことに今日もご機嫌は悪くは無いようだ。

「君に教えてもらわなければ、こんな旨いものを一生知らないままで終わってしまっただろうなあ。」

「それは、よろしゅうございましたこと。」

「感謝せねばならんな。」

タイラーは精一杯の笑みを浮かべて言う。

誰が見てもこう言う笑顔を典型的な追従笑いと言うに違いない。

「・・・。」

無言の美少女は、ゆったりと冷酒を愉しんでいる。

「そう言えば、いよいよあれも完成したようですな。」

あれ、とは、永久原動機を動力とする潜水艦群のことだ。

「そのようですわね。」

一隻のテストベッドの試験運行の結果からは、さまざまに有用な提案が生まれ、それを盛り込んで建艦作業が行われて来ており、それが完了したのはつい先ごろのことだと聞いた。

何せその作業には合衆国海軍から派遣されている者たちも立会っており、ワシントンも十分に承知していることなのだ。

承知しているどころか、米国側も既にこの方式を採用すべく企図を固めてはいるが、秋津州と同等のクォーリティを確保出来るとは限らない。

何しろ、建艦工程の進捗速度が圧倒的に違う。

秋津州港には大型のものだけでも四十以上ものドッグがあり、そのそれぞれが最大級の航空母艦でさえ、概ね一ヶ月ほどで完成させてしまうほど驚異的な造船能力を持つとされ、その背後には大規模な付属工場が建ち並び、天空には銑鋼一貫工程を持つ製鉄設備が稼動しており、地上を結ぶ輸送機までが自在に往来して素晴らしい作業効率を実現しているのだ。

「とりあえず、三十二隻が進水したそうですな。」

事実である。

この中型の攻撃型潜水艦は、排水量四千トン、五百三十三ミリ発射管六本を具え、他の追随を許さないほどの優れた静粛性と群を抜く快速を持つ。

無論動力は永久原動機を用い、理論上の潜水航続距離も無制限、安全潜航深度六百メートル、水中巡航速力四十五ノット以上と言う途方も無い数値を達成していると聞いた。

「いえ、四十隻ですわ。」

「あ、戦略型もでしたか。」

大型の戦略型と呼ばれるものも、同時に建造中だったのである。

「ええ、今しがた残りの八隻が試運転を始めましたわ。」

「早速、北極海に向かわせるつもりなのかい?」

それは、垂直型発射管二十四基を備えた一万トン級の戦略型潜水艦なのだ。

通常は北極海の海中に配備され、言わば海中のミサイル基地として機能し、少なくとも北半球に存在する全ての国家に睨みを利かすことが可能になるのである。

万一母国本土が攻撃を受けた際には、海中から瞬時に報復攻撃を行うことを目的とした戦略兵器であることは言うまでも無いが、八隻も常備していれば常に二隻は当該海域に配備しておける筈だ。

無論、戦略的抑止力として有効ならしめるためには、超長距離核ミサイルの搭載が必須なのだが、艦の実質的な保有国である日本には未だにそれが存在しない。

「艦籍も秋津州ですし、未だそこまでは行ってないと思いますわ。」

日本はその国内事情から言っても、これ等の艦に日の丸を掲げるわけには行かない筈なのだ。

まして、肝心の打撃力である超長距離核ミサイルを持たない以上、このまま当該海域に配備したとしても、言わば張子の虎でしか無く戦略的には何の意味も持たない。

「しかし・・・・、日本は、核ミサイルの開発にまでは踏み込んでない筈だよなあ。」

日本が核装備の準備に手をつけていないことは、ワシントンの誇る強力な諜報網が、充分な裏打ちを与えてくれている。

「その辺までは判りかねますわ。」

婉然と微笑む美少女を見ながら、はっと思い当たった。

「あっ、核ミサイルまで秋津州から・・・。」

さては、実際の就役配備の最終段階になってから、秋津州製の核ミサイルを搭載する手筈なのか。

小心者の補佐官の胸の中では、疑心暗鬼と言う鬼がやにわに踊り狂ってしまったのだ。

秋津州の科学技術の超先進性から見て、核ミサイル程度の技術など、とうの昔に保有していると考えた方が自然だろう。

それについては合衆国ばかりか、英仏独の当局筋当たりも全く同意見の筈だ。

その前提で考えれば、あとは日本側がその気になりさえすれば、極めて高性能の戦略型潜水艦までが、一気呵成に配備され得ることになってしまう。

何せ、一部の艦に至っては、海上自衛隊が主体となって操艦していると言う、れっきとした事実があるのだ。

ただし、その艦籍は全て秋津州にある。

そのため、各艦の艦長として、秋津州の軍籍を有する女性士官が指揮を執る形式だけは保持しており、海上自衛官たちはあくまで合同訓練のための乗艦だとされている。

尤も、生身の自衛官は基本的に三交替制を採るため、少数の彼等だけではとても手が足りず、艦内任務のほとんどを無休のヒューマノイドが担わざるを得ないが、海自本部では、将来五千人ほどの配備を目指し鋭意準備を進めていると聞いた。

「それも、何とも申し上げられませんわ。」

女神は、否定してはいないのである。

「ふうむ、やはりそうなんだな。」

小心者は、ひたすら嘆息するほかは無い。

「・・・。」

女神さまは、意味ありげな微笑を湛えて見せるばかりだが、秋津州のD二やG四と呼ばれる超小型軍事衛星は、恐るべきことに、超低空を自在に飛行しながら情報収集にあたっているらしく、今や全地球規模の諜報網を構築済みであることは確実とされており、それと連携する軍は断然近代戦の王者足り得るのである。

事実とすれば本来重大情報になる筈だが、知ったからと言って今の合衆国にそれを阻む力は無い。

日本が「核兵器の不拡散に関する条約」にも加入し、核保有の意思を放棄しているとは言え、既に従前の国際的規範などは、あの魔王の手によって根底から覆されてしまっており、ワシントンが国際世論を喚起して集団の名を以て問い詰めて見ても、日本が素直に核兵器の保有を認めるとも思えない。

国際原子力機関(IAEA)の査察に関しても、現在のような日秋関係がある以上、日本国内などいくら調査して見たところでほとんど無意味だろう。

だからと言ってイラクに対したように、一方的に攻撃を加えるなど出来ることではない。

秋津州の諜報網の底知れぬ威力は今までも折に触れて痛感させられて来ており、ワシントンが日本攻撃の意図を固めたりすれば、瞬時に察知されてしまったとしても何の不思議も無いのである。

日秋関係が従前通りの緊密さを保持する以上、合衆国は凄まじい先制攻撃を覚悟しなければならないだろう。

完璧な独裁が許されている秋津州では、開戦に際してさえ国王一人が完全な権能を有している上、秋津州は今もなお厳然として戦時体制を採り続けており、秋津州軍は魔王の号令一下、文字通り瞬時に動くことが出来る筈だ。

議会における戦時予算や開戦の承認など、全く不要であることから見ても、疾風怒濤の攻撃が即座に開始されるのである。

先ずは、わが国の誇る全ての軍事衛星が全機能を停止させられてしまい、次いで、米本土の軍事基地は勿論、北極海の海中に配備した動くミサイル基地でさえ、おそらく一発も撃てずに沈黙させられてしまうだろう。

同時に、日本国内どころか、北半球の全てに展開中の米軍の機能もきれいさっぱり失われ、栄光ある米軍は丸裸にされてしまった挙句、合衆国の領土は完璧に占領されてしまう。

最早、在外公館以外、地球上で星条旗の翻っているところは一箇所たりとも存在を許されず、合衆国は世界地図の上から消滅してしまうだろうが、過去においても似たようなケースは無数にあり、決して特殊なケースでは無いのである。

結局のところ合衆国は、せいぜい経済的な圧力を掛けるくらいが関の山だと言うことになるが、それですら、あまり多くの効果を望むことは出来ない。

場合によっては、そのことが敵対行為とみなされれば、結果は同じことになってしまう。

いつも通りに正義や道義の御旗(みはた)を振りかざして見たところで、あの魔王の傲然たる冷笑に出会ってしまうだけの話だろう。

ワシントンは、魔王の冷笑を前にして身動きもとれず、ただただ居すくんでいるほかは無くなってしまう筈だ。

そうなれば栄光のアメリカ合衆国が、魔王の玉座の前に、改めて拝跪させられたことが益々あらわになってしまう。

下手にこぶしを振り上げて見ても、結局恥をかくのはこちらの方であることが目に見えている以上、最も懸命な道は沈黙を守ることだ。

「ふうむ・・・・。」

タイラーはもう一度大きく嘆息し、女神の顔を改めて見詰めなおしていた。

長姉の京子とは異なり口数こそ少ないものの、それは実に表情豊かであり、その一つ一つが常に豊富な示唆を与えてくれるのだが、今はひっそりと冷酒を愉しんでいるだけで、それ以上の反応を見せない。

「ところで、秋津州湾内の水質調査の結果をお聞きしたが、ちょっと信じ難いほどのデータだったのには驚きましたなあ。」

タイラーは、已む無く話題を転じるほかは無かった。

「あら、どのデータですの。」

「いや、湾岸にあれだけの大工場群を稼動させている割には、湾内が外海とほとんど変わらない水質を保持している点さ。」

「その件ですか。」

「それも、湾口があんなに狭いにも拘わらずだ。」

秋津州湾は、東西に七十キロ、南北に二十五キロ、概ね二千平方キロもの水域を持ち、奥に進むに連れ急激な広がりを見せるが、その西側の過半は巨大な桟橋を多数具えた良港となっており、その奥まったところには巨大運河が走り、多数のドッグと工場群が活発に稼動している。

この人口湾には、いきさつから言っても湾口が一つあるきりで、その幅員はと言えば、僅かに五千メートルほどでしか無い。

仮に大きな袋があるとして、言わば、その袋にはごく小さな穴しか空いていないことになるのだ。

当然、ドッグや工場群から排出される大量の工業用廃水が、限り無く湾内を汚染してしまう筈なのだが、それにも拘わらず、湾内の水質が外海と同等の水準を維持していると言う。

「秋津州では、生活廃水も産業廃水も川にも海にも一切流してはおりませんもの、当然のことですわ。」

「ほお、強力な廃水処理施設が稼動しているとは聞いていたが、それほどまでとは思ってなかったよ。」

「廃棄物の処理にしても徹底していますわ。大部分は第四の荘園に運ばれてから最終処理の運びになるようですが。」

「なるほど、それで地下水脈の汚染も全く見られないわけですな。」

無論、地下水脈の水質データなども、頻繁に調査の対象とされ、調査結果もその都度公表されている。

「それに、湾内の汚水除去作業などにも、かなりお力を入れていらっしゃいますわ。」

現に、入港してくる船舶が排出する汚水なども、特殊なSDを用いて頻繁に吸引処理を行っている。

「しかし、そのコストたるや大変なものでしょう。」

「陛下は、土や水を汚すことを、とてもお嫌いになりますもの。」

「大気汚染に関しても、その浄化作業にあれほどの労力をお使いになってらっしゃる。やはり陛下は自然環境の悪化に対するご懸念がよほどお強いと見えますな。」

「陛下お一人が、特別にと言うこともございませんでしょう。」

「そりゃ確かに、地球環境をこれ以上悪化させないよう努力することが、全人類共通の責務だとは認めるがね。」

「地球を汚しているのも人類だけですから。」

「チェルノブイリを見ても、核などは殊にその罪が深いでしょうな。」

「スリーマイルもですわ。」

「そのせいで、原子力発電所の建設計画が全部ストップさせられちゃったくらいだからなあ。」

「放射性物質の毒性の強さは、やはり問題が無いとは言えないでしょう。」

「一旦漏れてしまったら最後、毒性の残存期間は呆れるほどに長い。」

「そのようですわね。」

核施設の外部に漏れ、地表に沁みこんだ放射性物質の齎す毒性の残存期間は、九百年にも及ぶと言う説まであるほどなのだ。

「そうすると、チェルノブイリ絡みの膨大な汚染土壌などは、現在どちらにあるのでしょう?」

「少なくとも、この地球上にはございませんから、ご心配無く。」

「無論、陛下の荘園のいずれかでしょうな。」

「はい。」

女神は、ひっそりと杯を重ねている。

どうやら、この話題に関しても質疑の打ち切りを宣告されてしまったようだ。

「あ、そう言えば話は違いますが、例の永久原動機を動力源としたヘリが完成したらしいですな。」

実は、米国においても、永久原動機を使用したヘリの開発はかなり前から行われて来ていた。

ただ、必要な出力を有する原動機を搭載するにあたって、その取付金具と機体の強度に問題が発生し、いまだに成功の目処が立たないでいる。

「そう聞いておりますわ。」

「性能面ではいかがでしょう?」

「あまり、詳しいことまでは存じませんが、搭乗者十人で巡航速度四百キロほどだと聞いておりますが。」

「ほお、そりゃ相当の高速ヘリですな。」

「そのようですわ。」

「しかし最大の取り柄は、途方も無い航続距離にあるのでしょうな。」

「天候と搭乗者の都合次第では、理論上無制限なのは確かでしょうね。」

「もう、生産ラインに乗ったのかい?」

「大分前から試験飛行中のようですわ。」

「カーゴフックや吊り上げホイストの容量なども、ずば抜けているとお聞きしているが・・・。」

「いずれにしても、正式発売までには多少時間が掛かるかと思います。」

「まことに勝手な願いとは思うが、テスト機を二機ほどお譲り願えまいか。」

思い切って切り出して見た。

ワシントンの狙いは、無論軍事転用の有用性を早期に判断するところにある。

ずば抜けた航続距離と性能を思えば、国境や沿岸警備、警察活動、救難救急などの用途まで想定しても充分魅力的なものと言って良い。

少なくとも、任務の中途で燃料切れの心配の無いことだけは確かであり、軍事的にも数千キロの彼方への作戦飛行も可能となる。

「判りました。そのように手配しておきますわ。」

女神さまが即断してくれたところを見ると、その完成度はかなりのものと見て良い。

「ありがとう。恩に着るよ。」

結局、のちに米本土で行われるテストの結果も良好で、これも又、タイラーにとって大きな功績の一つとなるのだ。

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  1. 2007/07/29(日) 15:24:44|
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自立国家の建設 076

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補佐官は女神さまに酌をしながら、もう一つの重要な案件についても、いよいよその反応を見ることにした。

「そう言えば、霊光が動き始めたようですな。」

霊光とは、朝鮮半島西海岸の最南部に位置する霊光原子力発電所のことで、その海岸線は、黄海を隔てて中国山東半島の南岸と向き合う地形をなしている。

その発電所は、加圧水型原子炉六基を具えた堂々たる発電施設として、今もなお存在してはいるが、動乱の勃発以来他の原発同様全ての運転を停止していた。

その領域では、とうに統一国家としての機能が失われ、複数の大小名が各地に盤踞して合い争っている上、さまざまな生活物資の生産は全く滞り、無論石油燃料なども悉く底をついた筈だ。

まして電力の供給などにいたっては、ほとんど停止してしまっていた筈なのだが、我が国(米)の軍事衛星が収集したデータによると、この霊光原発が先ごろ唐突に稼動し始めたと言うのだ。

「そのようですわね。」

「やはり、ご存知でしたか。」

「・・・。」

女神は杯を干しながら、あでやかな笑みを浮かべる。

「三号炉らしいですな。」

「いえ、四号炉も動いてますわ。」

稼動を始めたのは三号炉だけで無く、四号炉についてもそうだと言う。

「ほう、つい最近ですか。それは?」

タイラーにとっては全くの初耳なのだ。

「はい。」

女神さまが自信をもって応える以上、ワシントン情報は、やはり相当遅れをとっていると見なければならない。

「しかし、正規の人員を抜きにしたままで稼動させるとは・・・。」

ワシントン情報によれば、その施設に出入りしている人間たちは、その服装からしても到底専門職の者とは見えず、どうにもいかがわしいと言うのである。

「・・・。」

「あ、もう、正規も何も、韓国水力原子力発電会社ですら、影も形も無いんでしたなあ。」

韓国水力原子力発電会社こそが、全ての原発の正規の運営者だった筈なのだが、その会社そのものがとうに霧散してしまっている以上、今更、正規の人員もへったくれも無いであろう。

「確かに、危険性は高いですわね。」

「位置関係を考えると、万一の場合、お国では対馬なんかが危険地域に入るよなあ。」

「はい。」

偏西風と言う存在がある。

知っての通り、大陸から日本列島に向かって、その上空を常に大風が吹いているのだ。

一旦、霊光原発で重大事故が発生し、放射性物質が上空高く吹き上げられるようなことがあれば、地理的条件から判断して、半島の南部はおろか対馬などの受ける被害は、最早黄砂などの比では無い。

「しかし、ほかの原発でなくて未だ良かったかも知れないねえ。」

半島の原発は、この霊光以外全て日本海側に集中しており、その意味では、未だしも不幸中の幸いだと言う。

「いえ、その分半島の方々の犠牲が増えてしまいますわ。」

唯一西海岸側に設置された霊光原発での重大事故は、主としてその東側一帯の陸地、詰まり半島南部全域に亘って巨大な影響を与えてしまう。

当然、その一帯の住民に甚大な被害を齎すであろうことは、チェルノブイリの例を見るまでも無く自明であろう。

いかに激減してしまったとは言いながら、三十八度線以南においても、いまだ確実に人が居住しているのである。

「それは、そうですが・・・。」

「その場合の被害者の方々は、効果的な統治システムを持っていませんわ。」

「もう、数年も前からね。」

「統治システムが存在しなければ、国の安全保障を司る者もいないことになります。」

一国を統治するシステムが崩壊してしまった以上、民は自らの責任においてその生存権を行使するほかは無い。

「これで、半島全域の統治者であると主張する政権が、一つ減ったことにはなりますな。」

事実、過去半世紀にわたり、半島全域の領有を主張する政権が半島の南北それぞれに並存していたのである。

一方で朝鮮共和国政府が今もなお半島全域の領有を主張し続けており、残る一方が大韓民国を名乗った政権であったが周知の通り今はその影も無い。

詰まり、現在朝鮮半島全域の領有を主張する政権らしい政権は、朝鮮共和国だけだと言うことになり、加えてその政権は、既に百六十カ国を超える国家かられっきとした承認を受けてもいる。

「実態としては、そうなるかも知れませんわね。」

その実態の中には、今では半島全域の人民の大部分が、三十八度線以北に集中的に居住していると言う事柄も入るであろう。

三十八度線以南においても、複数の大小名たちが、我こそは旧大韓民国の全てを継承する者だと口々に主張したこともあったが、そのことを承認した国家などはどこにも無く、それどころか、交戦団体としての位置付けすらなされてはいないのだ。

「その前提で言えば、陛下は朝鮮共和国政府に半島全域の統治を託そうとのお考えでおられるのでしょうか?」

タイラーにとって極めて重大な事項なのである。

「陛下は、他国の政策について云々されることはございません。」

秋津州の君主はこう言う切り口においては、まことに抑制的であり続けており、タイラーの目から見てさえ全く歯がゆい限りだ。

「いや、例え口に出しておうせにならなくても、ご本心ではいかがでしょう?」

そのことによって、東アジアの不安定要素が解消されることは確かであり、大規模なダメージを蒙る国が見当たらない以上、あの魔王が一言宣言しさえすれば国際社会は雪崩を打ってそれに倣う筈だ。

ましてそのことに要する膨大な資金なども、全て魔王の負担になるであろうことも豊富な前例が能弁に物語っている。

「さあ、そこまでは、わたくしなどに判ることではございませんわ。」

「では、あね上さまは何と?」

「あね上さま」とは、無論長姉の京子のことであり、タイラーにとっては懐かしくも恐ろしい、言わば女神さまの総本家でもある。

こう言う場合、あの総本家ならもっと具体性のある示唆を与えてくれる筈で、何としてでも秋津州の隠された真意を掴みたいタイラーにとっては、またとない貴重な存在でもあるのだ。

「あねも、具体的なことは申してはおりませんわ。」

「ほお、ところで最近はどちらに?」

ものは試しと総本家本人の所在を尋ねてみたが、予想に反してあっさりと反応があった。

「あら、この海都におりますけど。」

「それでは、一度あね上さまもお招きしたいものですな。ずいぶんお会いしてないものですから。」

「そのように申し伝えますわね。」

「よほど、お忙しいのでしょうか?」

「岡部さんたちと何やらやっておりますようで。」

その「何やら」もおよその見当はついてはいるが、ことと次第によっては、これをしも極めて重大な情報になり得るのである。

「ほう、ミスタ岡部とご一緒ですか。」

無論、想定内のことだ。

「そのようですわ。」

「相当な人数で新田・岡部ラインが動いているとお聞きしていますが。」

「さあ、どこからどこまでが、その何々ラインと言うかは存じませんが、純粋に日本国の行く末を案じておられる日本人が、結束して協働していることは事実だと思います。」

「ふうむ、民間でと言うのは・・・、やはり事実でしたか。」

憶測が、ほぼ確定情報に変わったのだ。

さぞ、ワシントンが喜ぶであろう。

「あら、合衆国の行く末を案じるあまり、懸命に協働するアメリカ人の方だって、民間にもたくさんいらっしゃる筈でしょ?」

ただ、通常一銭にもならないことに懸命になって働く人はそう多くはない。

そこにはそれなりの利権なり権益なりが、常に絡んで来ざるを得ないと言うのが哀しい現実だが、新田・岡部ラインと称されるメンバーなどは、全く特異なことに、無謀にも公職を振り捨てての参加者ばかりなのだ。

無論、人は霞を喰らって生きることは出来ず、その糧道は秋津州財団に拠っていると囁かれてはいるが、無論その証明など何処にもない。

「それは、そうですが。」

「同じことですわ。」

「では、今次の霊光原発に関するリスク管理なども・・・・。」

「何ですか、長崎県と対馬市からも、当局の方々がお集まりのご様子でしたわ。」

この秋津州に、長崎県と対馬市当局の関係者が参集していると言うのである。

「ほお、そこまで進んでいるのか。」

なお実際の現地においては、激甚な被害が予想されるとして、第三非常配備体制をとるべきかどうかで今以て激論が交わされているさなかであり、本来なら災害警備現地本部を設置すべきところを、肝心の対馬南・北両警察は未だに動く気配が無いらしい。

新田は、現地の陸上自衛隊対馬警備隊や海上自衛隊上対馬警備所、航空自衛隊第十九警戒隊などと連携し、災害発生時には対馬駐屯地司令鹿島一等陸佐に協働する旨を伝えてある。

鹿島一佐の身辺には、個人秘書的な雰囲気を持ったヒューマノイドが複数存在し、以前から司令部に近隣情報を伝える役割を果たしており、無論海都の新田とも京子を通して緊密に繋がっている。

民間人としての新田・岡部の握るヒューマノイド部隊が、「日本軍」に全面的に協調する体制が、とうに出来ていたと言って良い。

いずれにしても、守るべきは概ね四万の現地住民である。

その避難用の集合住宅設備も、天空において既に準備を終えているが、その用地については全く目処が立たない。

「相手は、無政府状態のひどいありさまですもの。」

「とにかく、あの領域では誰も責任をとらない状態が続いているからねえ。」

「こう言う場合、こっちも自分たちでやるほかは無いでしょ。」

「誰かのせいにして見たところで、全て後の祭りだからなあ。」

住民たちが被曝してしまってからでは、全てが六菖十菊に帰してしまうことは歴然としている。

「せめて育ち盛りの子供たちだけでも、今の内に避難させたいものですわ。」

被曝の影響がもっとも深刻に出てしまうのは、当然子供たちなのである。

「日本では、未だ楽観してる政治家が多いと言うことかな。」

「いえ、官邸でもどうしていいか、なかなかまとまらないだけのようですわ。」

官邸サイドの危機感も決して小さなものでは無いが、秋津州対策室の機能を自ら破壊してしまったために、有効な具体策を見出せなくなっているだけなのである。

「予算と言う問題も無いではないし、うかつに公表したりすれば、パニックが起こるかも知れないからなあ。」

「ただ、明日当たりにはメディア報道が出てしまいそうな気配ですし、その点でも残された時間は少ないのではないかと思いますわ。」

「メディアには、せめて事実だけを報道してもらいたいものだが、まあ、無理だろうな。」

「そこが一番の問題ですわ。」

どうせ二次情報をベースに、憶測と言う香辛料をふんだんに振り掛けられてしまうくらいが関の山なのだ。

「ところで、重大事故にまで発展してしまう可能性は、どの程度に見積もっているんだい?」

「早期に運転を止めない限り、九十パーセント以上を想定していますわ。」

残りの十パーセントなど、所詮僥倖でしかない。

「うん、ワシントンもほぼ同意見だな。それも、稼働時間が長くなればなるほど、限り無く百パーセントに近づいてしまう。」

「あの国の原発は平常時でもトラブル続きでしたし、今の状況下では、適切な対応など、とても期待出来そうにありませんわ。」

それはそうだろう。

原発管理の技術レベルを云々する前に、トラブル発生に際して必要とする備品類でさえ、満足に揃ってはいない筈なのだ。

そうである以上、原発の特性から見て、いざと言う時に原子炉の自動停止機能が働いても、そのあとの対応がまた問題だ。

仮に、一次冷却材(水)が大量に失われてしまった場合など、適切な再注入とコントロールが速やかになされなければ、遂には炉心溶融(メルトダウン)にまで到ってしまうのである。

その結果、大爆発に伴う爆風は建屋をも吹き飛ばし、巨大な毒龍となって上空に立ち昇り、周辺地域を限り無く汚染してしまうに違いない。

「公表されてないものも入れると、もともとから、相当のトラブルを抱えていたからなあ。」

「はい。」

「そのトラブルも、とうとう最後まで根本的な解決がなされなかったケースが多い。」

「そのようですわね。」

「結局、今このときにも、大きなトラブルが発生しても、何の不思議も無いことになるな。」

「困ったものですわ。」

「全く、はた迷惑もいいところですな。」

「・・・。」

女神さまは、その端麗な表情を僅かに変化させるだけで、明らかな同意を伝えて来ている。

「いっそ、D二やG四を使って、実力で(運転を)止めてしまえば良いだろうに。簡単なことだろう?」

事実、ここまで詳細な情報を握っている以上、秋津州側がその施設の内部にまで触手を侵入させているのは確実で、それに対して一言命じさえすれば良いだけの話だ。

恐らく、ほんの数秒で片付いてしまうだろう。

但し、流血は免れない。

「そうはいきませんわ。だって、日本や秋津州の主権の及ぶ地域ではございませんもの。」

「うーむ、お堅いことで。」

補佐官は苦笑せざるを得ない。

「あら、お国(米)とは違いますわ。」

この皮肉もタイラーには通じない。

「確かにこれが我が国なら、とっくに実力行使に踏み切ってるだろうな。」

但し、米軍の電撃作戦も常に成功するとは限らない。

「わたくしどもは、日本の被害を最小限に食い止めたいと願っているだけですわ。」

「じゃ、平壌政府を通じてやってしまえば良さそうなものだが?」

極めて合理的な手法と言って良い。

朝鮮共和国政府が、半島全域の領有権をずっと主張して来たこともれっきとした事実だ。

当然、半島南部の治安にも責任が無いとは言えないのである。

「北京とモスクワから、平壌宛てにそのような要請があったことも聞き及びますが、平壌政府にそのような実力などございませんわ。」

平壌政府の本音は、半島南部をも統合統治したいのはやまやまだが、自力では到底不可能だと言うところにある。

それを望むことと実際に実行することとの間には、それこそ天地ほどの開きがあることを痛感している筈だ。

平壌政府がそれを実行するためには、少なくとも、秋津州の積極的同意ばかりか、具体的な支援が必要であることは衆目の一致するところだ。

しかし、魔王が一向に動く気配を見せない。

結局、魔王自身がそのスタンスを鮮明にすることを避け続けていることこそが、全ての遠因となっているとする論説が出てくる所以である。

その論説に従えば、国際間に存在するさまざまな不安定要素も、そのほとんどが、秋津州国王のどっちつかずの政治姿勢に起因すると言うのだ。

抜きん出た実力を具える秋津州こそが、断然強力なリーダーシップを発揮することによって、良好な世界秩序を積極的に構築するべきだと説くのである。

肝心の魔王自身のスタンスが、消極的かつ抑制的なものであり続けていることを捉え、遂にはその功罪について否定的に論ずる報道すらあるのだ。

少なくとも秋津州は、新たな領土の獲得及びその支配については、全く興味を示さないことが広く知れわたっており、だからこそ、そう言う国家こそが、合衆国に代わって世界の警察官の役割を担うべきだとまで言い騒ぐのである。

だが、かの若者に動く気配は無い。

「ところで、秋津州人観光客が大分現地(対馬)入りしているようだが?」

「それは、今に始まったことじゃありませんわ。竹島騒動のころから、ずっとそうですもの。」

あの竹島騒動の際、韓国側からの対日断交がなされた結果、当然韓国人観光客は皆無となり、本来なら地元の業界は大打撃を受ける筈であった。

何せ、それまで対馬を訪れる観光客のほとんどが韓国人だったのだから無理も無い。

だが、それと入れ替わるようにして、数百人規模の秋津州人が、観光目的と銘打って続々と訪れるようになった。

それも、全て年若い女性ばかりなのである。

無論彼女たちは、それぞれが大枚の日本円を現地に落とし続け、地元経済の活性化に大きく寄与し続けて来た。

「本物の秋津州人なのかい?」

「皆さん、れっきとした秋津州国のパスポートをお持ちの筈ですわ。」

「うふっ、そうか。」

パスポートを持っているからと言って、必ずしも生身の人間だと言うことにはならないであろう。

「そうですわ。」

女神さまは女神さまで、おすまし顔で応える。

「ところで、脱出避難用のSS六はどれくらい用意出来てるのかな。なんだったら第七艦隊を回航させたっていいんだ。」

秋津州側の要請が有りさえすれば、例えそれが非公式なものであったにせよ、ワシントンは小躍りして応じるに違いない。

魔王の手前、大きな得点を稼げる絶好の機会なのである。

「いえ、避難民の輸送用だけでも二千機以上が待機中ですから。」

女神さまが「避難民の輸送用だけでも」と言っているからには、その他にも大量の動員が掛かっていることは確かだろう。

「にっ、二千・・・。」

合衆国の軍事衛星は、今以てそれを捕捉出来ていないのである。

よほどの高空なのであろう。

実際のところ、もともとのSS六は純然たる軍用機であり、一機当たり、千体以上の秋津州兵士を搭乗させ得る設備を有している。

だが、生身の人間の居住性に配慮して手を加えられたSS六改の場合、その乗客定員数は概ね百人ほどなのだ。

当然、それ相応のベッドや空調設備は勿論、トイレや簡易シャワーまで備わっており、大量の生活用水や食糧の積載も可能だ。

基本的には、現在世界中にレンタル中の銀色の機体のものと同等の機能を具えており、最悪の場合でも、機内における四十八時間程度の生活は、充分担保されていると言って良い。

「これだけ揃えれば、乗船させる際にも、優先順位を気遣う必要は無い筈ですわ。」

これほど大量の輸送手段を持っている限り、避難民に対する瑣末な優先度など無視してしまっても構わないと言う。

いざと言う場合、必ずしも全機が満席になるとは限らないにせよ、それを補って余りあるほどの輸送能力がある。

身体的弱者や子供たちを特別に優先させる必要は無く、とにかく、早いもの勝ちに片っ端から乗せてしまっても問題は起こらない。

むしろ問題は、大勢の避難民を受け入れるべき自治体側の態勢にある。

「そりゃ、そうだ。それほどのキャパなら、先ず乗りっぱぐれる心配は無いわなあ。」

「受け入れ側が迅速な対応をしてくれないと、機内の待機時間が長くなって、その分だけ避難民のストレスが深刻なものになってしまいます。」

「当然、離れ離れになっちゃう家族なんかも出るだろうしなあ。」

「ですから、受け入れ側がきちんとした態勢をとってくれないと困るのです。」

「しかし、そりゃかなり難しいだろう。」

機内での生活が長期化すれば、その食糧問題以前に、肝心の生活用水の補給にも難渋することは目に見えている。

「・・・。」

女神さまの表情にも深刻なものが浮かんだようだ。

「それにしても、その救助船が地上に到達するのに、いったいどの程度の時間が掛かるんだい?」

「百二十秒から三百秒ほどでしょうか。」

「ふーむ、やはり、生身の人間が乗っていない場合、べらぼうなスピードですなあ。」

「邪魔さえ入らなければね。」

空中空間には、無論さまざまなものが存在する。

「わかった。いざとなったら、米軍機の飛行は控えるようにすればいいんだな。」

「その返答は日本政府がするべきでしょうね。」

「近隣の航空管制も問題が無いとは言えないしな。」

「米軍の専管空域もですわ。」

以前にも触れたことだが、日本の領空には至るところに米軍の専管空域が存在し、米軍の了解無しには日本側にはその空域の使用は認められない。

「しかし、日本政府からは未だに何も言ってきてないんだよなあ。」

少なくとも非常事態における航空管制行政くらいは一元化されていなければ、思わぬ惨事を招く恐れ無しとはしないのである。

「・・・。」

女神さまは苦渋の表情を浮かべて黙してしまった。

「しかし日本政府は、緊急事態に際して何故こうも反応が鈍いんだろうか。」

「ミスタ・タイラーっ。」

女神さまの語気が鋭い。

「んっ。」

「そう言うスタンスで仰るから、新田さんがお怒りになるんですわ。」

「あ、ごめん、悪かった。撤回するよ。」

狼狽してしまったのだ。

「日本政府の責任は確かに重大ですが、過去半世紀以上も主体的な判断を避けながらずっとやってきたんですもの、急に言われたら誰だって困る筈ですわ。」

「うん、それも判ってる。」

「第一、領空の情報一つとっても、まともに収集出来ていないんですもの、総理でなくとも混乱してしまいますわ。」

「うんうん。」

「米軍の占領政策の延長線上に、ほとんどの発端があることを無視したご発言は、わたくしどもの反米感情の導火線になりますわよ。」

「うん、悪かった。謝るよ。この通りだ。」

合衆国大統領特別補佐官は、己れの息子と同世代の娘に向かって深々と頭を垂れて見せた。

とにもかくにも、謝ってしまうに如くは無い。

「ま、わたくしども(日本)が合衆国のその政策を利用して、経済的繁栄を享受してきたと言う側面があることも、否定は致しませんけれど。」

「う、うん。」

補佐官も慎重に言葉を選ばざるを得ない。

「もう怒ってませんから、そんなに慎重になさらなくても大丈夫ですわ。」

「う、うん。助かるよ。」

「おほほほ。」

目の前の年端も行かぬ小娘に、苦も無く翻弄されてしまっている自分に今更ながら腹が立つ。

態勢を立て直し、改めて出直しを図ることにした。

「安保理が召集されたが、この急場にはとても間に合わんだろう。」

「あら、今更国連が何をなさろうと仰るのかしら。」

知っての通り、国際連合安全保障理事会は、十五カ国を以て構成され、そこで行われた決議は加盟国に対して法理上の拘束力を持つ。

その決議は、九票以上の賛成票を要し、なおかついずれの常任理事国も反対しなかったときに、はじめて承認される規定だ。

詰まり、十五カ国の内例え十四カ国が賛成票を投じても、常任理事国(米英仏中露)の内一カ国でも反対すれば、あらゆる決議案が承認されないことになる。

世に言う、常任理事国だけが持つ「拒否権」である。

このほかにも国連憲章には、最早死文化していると言われているにせよ、「敵国条項」と言うものまで現存しているのだ。

この「敵国条項」においては、かつて第二次世界大戦時に連合国の敵側だった国家(日独等)が将来国連憲章に違反した場合、連合国側にある国々は、例えそれが一カ国であっても無条件で軍事制裁を課すことが出来ると規定している。

いわゆる連合国側にとっての、「旧敵国」だけに限定した特例条項なのである。

また、この場合、「旧敵国」の行為を国連憲章違反であると認定するのは国連では無く、米英仏中露それぞれの政府なのだ。

それも、その内の一カ国の判定だけで事足りてしまう。

と言うことは、とにかく米英仏中露だけは、いずれも単独で、日本の行為を国連憲章違反だと随意に認定した上、誰憚ること無く一方的に軍事攻撃を行って良いことになる。

この規定は、当初から国連憲章に明記してあったものであり、それを承知の上で日本は加盟せざるを得なかったのだ。

詰まり、現今の国際法の法理から言えば、日本は米英仏中露の中のいずれの国からも、いつなんどき、恣意的な理由を以て軍事攻撃を受けても、一切文句を言えない環境にあることになる。

もっとも、現実に攻撃を受け、占領されてしまってから文句を並べて見たところで何の意味も持たない。

何故、これほどまでに不平等な内容の国連憲章が作られたかと言えば理由は簡単だ。

それが、連合国(戦勝国連合)の手によって作られたものだからであり、彼らが彼らの交戦相手を差別的に扱うのは、当然過ぎるほど当然のことだったのである。

そのくせ国連分担金と言う言わば町会費のようなものだけは、一般の国よりも飛びぬけて大量に収めろと言って来る。

ことほどさように国連における不平等性は、目を覆いたくなるほどのものであるにも拘わらず、本質的な意味において改善されることが無い。

何故なら、国連憲章それ自体が事実上国際条約にあたるため、それを改変するためには、全ての加盟国において議会承認等の手続きをとる必要があるからだ。

まして、安保理において「拒否権」と言う特権が存在する限り、「連合国イコール常任理事国」の内、たった一ヶ国でも不利益を招くと感じる案件が承認される可能性は極めて低い。

魔王が国連と聞くたびに、冷笑を以て報いることにも溢れるほどの理由があることになろう。

かと言って、かの若者は、国連の枠組みにおける不平等性が消え失せ、全ての加盟国の権利と義務が同等なものになりさえすれば、それだけで事足りるとするほど、単純な思いを抱いているわけではない。

まして、国際社会が多数決によって物事を決すべしとする概念にさえ、必ずしも賛同出来ないと言う思いまで有していると言う。

国際社会にはさまざまな事情を抱えた国々が存在し、中には、ごく僅かな分担金すら決済する能力を持たず、国連大使やその随員を派遣することもままならない国が存在するのである。

当然、大国の傀儡となって票を投ずる政権も多数に上っている。

「うふふっ、何もかも判ってるくせに。」

「あら、何も存じませんわ。」

この海都においても昨日から五カ国会議が開かれており、おおまかな流れとしては、旧大韓民国の領土を、そのまま朝鮮共和国に継承させるべしと言う方向にある。

大韓民国は、既に消滅してしまっていると言う前提に立っているのだ。

「とにかくあの地域が重大な脅威の発信源である以上、早急に具体的な対応策を講じる必要があるんだ。」

半島南部の混迷が世界の安全保障上、重大な脅威となり始めていることは確かだ。

万一、朝鮮半島東岸に立ち並ぶ原発群が重大事故を引き起こせば、日本列島には恐るべき死の灰が降り注ぎ、日本国内は大混乱となるに違いない。

結果として、日本経済も深刻なダメージを蒙り、その余波は直ちに全世界のマーケットに飛び火してしまう。

「・・・。」

だが、またしても女神さまは無言だ。

「国王陛下にも、きっとご賛同いただけるものと思うのだが。」

ワシントンが知りたいのは、ひとえに魔王の意思なのである。

その対応策の実施に際しては膨大な資金が必要になることは明白であり、影の安保理と呼ばれる五カ国会議における決議も、少なくともこの件に限っては、秋津州の意思を無視して成り立つことなど有り得ない。

早い話が、いずれの国もそのコスト負担を逃れたい。

出来ればカネは払いたくないのである。

公式の安保理決議にしてもそうだ。

但し、皮肉なことに、法理上秋津州の意思などは全く関係が無い。

国連加盟を拒み、名実共に孤高を持している秋津州は、国連と言う枠組みにおいて正規の票決権も持たない代わりに、国連から拘束されるいわれも無いのである。

「陛下は、他国の政策に容喙なさることはございません。」

「では、あね上さまや新田氏ならいかがでしょう?」

二人が、秋津州外交の両輪であることはとみに名高い。

殊に、新田の方は実質的な秋津州外相だと言って良いのである。

「新田さんに直接お聞きになればよろしいのに。」

「それが出来るくらいなら、誰も苦労はしないよ。」

「あら、最近はかなりお話が出来るようになったようにお聞きしますが。」

実際最近は、度々会う機会があったことも事実だ。

「しかし、こう言うテーマで本音を聞けるとは思えんしな。」

「でしたら、仕方がありませんわね。」

「そんな冷たいこと言うなよ。」

「じゃ、どうしろと仰るのかしら。」

「だから、君だけが頼りなんだよ。」

「あらあら、お上手ですこと。」

「いや、ほんとなんだよ。是非とも知恵を借りたい。」

「結局、ワシントンは、どう動けば陛下のお気に召すのかをお知りになりたいのね。」

「うん、殊に半島問題では、平壌政府が半島全域の統治を具体化するに当たって、陛下のご支援がどうしても必要なんだ。だから、そう言う前提で積極的な思し召しを頂戴したいんだよ。」

「積極的な思し召しなど、とても無理かと思いますわ。」

「しかし、実現すれば霊光問題一つとっても、平壌政府が統治者として処理することが、何の矛盾も生じないようになれるんだけどねえ。」

「それでも陛下は、半島情勢には容喙なさらないと思いますわ。」

「じゃ、せめて実現した暁には追認して下さるだろうか?」

「ですから、朝鮮共和国政権が主体的に行動なさった結果について、干渉なさることは無いとしか申し上げようがございませんわ。」

「では、その朝鮮共和国政権が半島全域の統合統治に向けて行動する際に、国際法上の整合性を付加してやることに問題は無い筈だよな。」

「何も申し上げないことに致しますわ。」

女神はにっこりと微笑んでいる。

「判った。それで充分だよ。」

タイラーは瞬時に察し、かつ信じたのである。

彼にとっては、女神さまの微笑みこそが答えの全てであった。

これでワシントンも、やっと愁眉を開くことが出来るに違いない。

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  1. 2007/07/30(月) 11:42:49|
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自立国家の建設 077

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タイラーが秋津州国王の真意であるとして伝えた情報は、その後ワシントンの手によって麗々しく彩色された上で、極めて短時間の内に世界中を駆け巡った。

本来、ビッグニュースなのである。

ところが日本では、霊光原発問題ばかりが刺激的な彩りを添えて報じられ、あすにでも全土に死の灰が降るのではないかと言う観測報道が巷を賑わせ始めていた。

勿論その一方で、日本国内で稼動中の膨大な原発が、今までそれほど重大な爆発事故は起こしてはいないことを以て、今次の霊光も、それほどの危険性があるとは思えないとする論説も無いでは無い。

不思議なことに、半島統合のありかたについてのあれこれや、日本にとって真に喫緊の課題である筈の対馬問題などは、ほとんど取り上げられることは無かったのだ。

なお、国際社会の視点は、当然国際連合の安全保障理事会に集中した。

熱い視線を浴びる中、安全保障理事会は世界の平和と安全を維持するためと称し、くだんの決議案を全員一致で承認、それによって平壌の朝鮮共和国政府が、半島における唯一無二の政権として認められることとなった。

安保理決議、第千八百八十号である。

全て、ワシントンの手による周到な根回しが済んでいたこともあり、「秋津州の意図」が伝わるや否や、それこそ電光石火の早業であった。

そして程なく、半島においては、それに呼応する現象が現れた。

休戦ライン付近に分散して集結し、準備万端を整えていた朝鮮共和国軍が粛々と南下を開始し、休戦ラインを踏み越え、あたかも無人の野を征くが如く軍旅を進めるさまが報じられたのである。

これも、新たな安保理決議によって裏付けられた『自国内における治安出動』であって、決して他国に対する侵略行動などでは無いとされた上、聞けばその兵力も五十万と号し、大小の軍用車両も三千両を数え、そこそこの機動力を具えていると言う。

但し、その隊列には、装甲車はおろか、いわゆる戦車と呼べるようなものも見当たらず、無論ミサイル搭載車両など論外である。

とにかく目に付くのは全て軽武装の歩兵ばかりで、通常なら必ず連動する筈の砲兵部隊などその姿すら見えない。

もともと、その兵装が米国方式に統一されていることは周知のことであり、ことさら奇異なことでは無かったが、特段に目を惹いたのは、その軍が巨大な兵站補給機能を背景としていたことだ。

冷蔵能力まで具えた巨大なウェアハウスが多数、整然と輜重部隊に追従していたのだ。

それ自身が高速で飛行し得る上に、超低空で悠然とホバリングする能力まで有するため、それこそ万全とも言うべき兵站補給機能を発揮し得るものと言って良い。

如何なる軍にとっても、この兵站補給機能ほど大切なものは無い。

その機能こそは、軍そのものの規律を最低限維持させることに大きく寄与するものであって、なおかつその士気を高め活発な行動を担保し、更には沿道の住民たちに対してさえ、諸物資を潤沢に分配することまで可能ならしめているものなのだ。

また、そこから補給される潤沢な資材は、渡河地点における架橋工事の作業性をも格段に高めており、その結果、統一軍を名乗るこの部隊は、銃弾に代えて笑顔と物資をふんだんに振り撒きつつ軽快に進み、各地で大歓迎を受けることとなった。

何せ、それぞれの先頭車両で高々と統一旗を掲げているのは、つい先ごろまで、大韓民国の旗を振っていた者たちばかりなのである。

各地に盤踞していた筈の武装集団は、不思議なことに、いつの間にかひそひそと軍旗を降ろし、一般民衆の中に見事なまでに埋没してしまっており、全く抵抗の素振りさえ見せない。

とにかく、戦闘らしい戦闘が行われた形跡は全く見られないまま、僅か三日の後には、問題の霊光原発も平穏の内に運転を停止し、その他の原発も全てその制圧下に入ったものとされたのである。

挙句、各原発とその廃棄物の貯蔵施設などは土壌もろとも跡形も無く姿を消し、その跡は天空から運び込まれた大量の土壌を以て完全に埋め戻され、半島全域の核関連施設が全て消滅したことになるが、無論、全ての作業は「その国の正規の政府」から出た悲痛な懇請によるものであったと言う。

ほどなくソウルに入った朝鮮共和国大統領は、祖国統一の大業が成ったことを高らかに宣言し、民衆の歓呼の声によって賑々しく迎えられることとなった。

戒厳令こそ発せられなかったが、荒れ果てた各インフラの復旧整備についても早期に具体化させる旨の発表があり、比較的平穏のうちに「統治」が動き始めた。

近い将来には、新たに統一大統領の選出を目指す考えや、それが実現するまでの間は、緩やかな軍政を布くことも改めて打ち出された。

全てが手際よく進められていることを強く印象付け、この政権の政権担当能力を際立ったものに見せてはいたが、現実には軍そのものにも多数の米国人顧問が貼り付き、かつ大統領に引き添うようにして、相当数の米国人がソウル入りした筈なのだ。

しかし、その事実は日本ではほとんど報じられることは無い。

銀色のSS六改を駆る各国のメディアも、流血シーンを目にすることはほとんど無かった筈で、三十八度線以北に逃げ込んでいた民衆も早速一部が戻り始める勢いを見せたが、移動手段が限られていることもあり、彼らの帰郷が本格化するのはかなり先のことになると見られている。

山岳地帯に逃げ込んでいた多くの民衆も、街路にまで出て来て祝いの列に加わるようになり、殊にソウルなどにおいては、百万を越す大群衆が祝賀ムードを盛り上げていると報じられた。

やがて、圧倒的なボリュームを以て半島の空を飛び交う秋津州軍の姿が諸方でメディアの目に留まり、当然そのカメラにも頻繁に捉えられるようになった。

映像として一般大衆が目にするのは、全て女性型のヒューマノイドばかりだ。

その総数は数億とも数十億とも言われ、多くのメディアの推測によれば、恐らく秋津州軍の一個連隊であろうとされた。

また、この頃にはいわゆる永久原動機のことを、永久運動機関(PME:Perpetual Motion Engine)と呼ぶメディアが増え、今ではその呼称がやや一般化しつつある。

欧米においても、「秋津州パラダイムシフト」だとか「PMEパラダイムシフト」だとか言う用語が数多く聞かれるまでになったが、秋津州の出現、若しくは秋津州人が齎したPME等の超先進技術を目の当たりにした人々の多くが、その世界観を根底から覆されてしまったことを指して言っている言葉だと言って良い。

いずれにしても、秋津州の超先進文明が世界に与えた影響は途方も無い。

身の程をもわきまえず、その超先進文明に牙を剥いた国々の全てが、今や秋津州の衛星国と成り果ててしまい、自ら進んでその軍の駐留を受け入れているのである。

くどいようだが、秋津州軍は朝鮮共和国政府の懇請に基づいて駐留しているのであって、その懇請は、その政府が毎月定期的に発出する堂々たる公文書に拠っている。

それも、毎月秋津州時間の十五日までに日本政府が中継の労をとることとなっており、そのこと自体まことに重大な意味を持つ。

万一その文書の授受がなされなかったときは、これ等駐留軍の全てが無条件に撤収する規定となっているからだ。

現在、秋津州の衛星国と呼ばれる他の国々においても、その駐留のための条件は皆同様であり、現在日本との国交を持たない朝鮮共和国の場合などは、その文書は北京にある日本大使館に届けられることになっている。

何度も言うが、その授受が滞れば、強大なヒューマノイド軍がそれこそ瞬時に撤収して行き、その国はたちまちにして秋津州の庇護を失ってしまうことになるのだ。

無論、そのヒューマノイド軍団にしても、その動力源は全てこの永久運動機関(PME:Perpetual Motion Engine)である。

現在半島南部においても、このヒューマノイド兵士が大活躍を始めており、その手によって、発電機能を具えた医療用施設や物資の配給施設などが、凄まじい勢いで配備が進められ、そこには食糧やさまざまな生活物資はおろか、生活用水までが豊富に供給され続けている。

さらには、PMEを動力源とする発電所の建設も各地で始まった。

これ等一連の動きが、大きく破壊を受けた水道網や交通網を早期に復旧する気配を強く感じさせており、現地の人心は予想以上に鎮まっていると言う。


一方秋津州では、新田源一氏による久々の記者会見が行われることが伝わり、満を持していた各メディアが多数集結していた。

例によって長身の秋元涼氏を従えて登場した新田源一氏は、今では日本国の一官僚としての身分を離れており、記者団の目には、その姿が一段と興味深いものに映ったことは確かだろう。

従来の立場を離れたことにより、多少なりとも身軽になったその口からは、一味違った発言が出ることを期待する向きも少なく無かった筈だ。

記者団の一番の関心は、今次の半島の紛争に関して、実際に秋津州が関与したとされる、その内容に集中していたが、無論その他にも聞きたいことは山ほどにある。

当然、新田たちの退官のいきさつのこともあるが、新田個人のゴシップにも大きく興味を惹かれている者も多いのだ。

まして、そのゴシップのヒロインと囁かれる、秋元涼氏本人が同席しているのである。

殊に、日本の娯楽性の高いメディアにとっては絶好の機会なのであろう。

彼らの掴んでいる最新情報に拠れば、新田のお相手と目される女性は今や複数存在していることにされており、もう一人のお相手たるや、今次揃って職を投げ打った人々の中にいると言う。

それも、外務省準キャリアで三十代前半の女性の名前がしきりに挙がって来ている上、その女性とは相当親密な間柄が囁かれており、当然その点についても鋭いジャブを入れたいところだったが、新田が彼らの勝手な都合に斟酌する謂れは無く、淡々と記者発表の本旨について語るばかりだ。

無論本旨とは、平壌政権に対し新たに拠出した外貨支援についてであり、その額も米ドルにして五千億ドルもの巨額であることが、いよいよ公式のものとなったのである。

ある程度予想されていたこととは言え、その規模の巨大さは、世界のマーケットに最大級の衝撃を与えるほどのもので、今回もこの巨額の外貨が、猛烈な勢いでさまざまな資本を引き寄せるに違いない。

これ等の状況から、日本では、何もかもが万々歳であるかのような報道で溢れかえったが、それとは全く対照的に、欧米のメディアには辛辣な論調が目立った。

秋津州による強力な支援無くしては、半島はその全域が廃墟と化す他は無かった筈であり、朝鮮民族が成し遂げたとする統一の大業などは、結局のところ、全て人任せの事業であったと言うのだ。

無論、その人任せの「人」とは秋津州国王その人に他ならない。

事実、国王が半島につぎ込んで来た財貨は優に一兆ドルを超えてしまった。

今後においても、秋津州の圧倒的なパワーを抜きにしては、半島の安定的な発展など有り得ないとする論調が数多く見受けられ、単に休戦ラインが平穏の内に消滅したことを以て、統一の大業が成ったとするのは短絡に過ぎるとの論調が圧倒的なのだ。

詰まり、その将来性については、欧米の工業先進国の全てが未だに懐疑的な見方をしていることになる。

現に、東西ドイツの統合後のあれこれを見るにつけ、今後の半島がそれなりの地力をつけ、なおかつ真の意味の自立を果たすためには、その国民自身が人一倍汗をかく必要があるからだ。

さらに言えば、海外に脱出したままの(旧韓国国民の)富裕層が大勢いる。

彼らが戻り始めたと言う情報には未だに接する事が無く、そのほとんどは豊富な外貨を抱えたまま、遠い異郷の地でひっそりと様子を窺っている筈で、結局のところ、海外にいる国民自身ですら、自国の先行きに少なからぬ不安を抱いていると言って良い。

まして、他国民にそれを信じろと言う方が無理であろう。

いずれにしても、ユーラシア大陸の片隅にひっそりと突き出している朝鮮半島と言う名の小さなビンが散々に揺さぶられ、一時は旧韓国国民のほとんどが、休戦ラインの北側にごっそりと遷移してしまったほどなのだ。

結局、そのビンの中で数千万もの民衆が右往左往させられた挙句、辛うじて南北統一の宣言がなされたことだけは確かな事実であったろう。


さて、一方の日本国内においては、各メディアが当局に対して轟々たる非難の声を上げ始めていた。

霊光原発関連の危機的状況に対する無為無策振りを、その槍玉に上げたのである。

確かに当局は、対馬に暮らす日本国民の危機にあたって為すすべが無かったことは確かだが、かつて秋元雅も語っていた通り、現状ではそれも無理からぬことだったかも知れないのだ。

しかし、メディアの当局批判にはまったく容赦と言うものが無い。

ひたすら現地住民は政府に見捨てられたと言い、攻撃の手を緩めない。

つい先日まで英雄扱いしていた筈の大沢総理などは、一転して冷酷非情な人物として扱われ、その当事者能力の欠如と言う点でも、それこそ完膚なきまでに叩かれ続けたのである。

国民から大喝采を以て迎えられた筈の原発撤廃政策も、今やまったく色褪せてしまい、内閣発足当時の驚異的な支持率も一気呵成に急落してしまった。

もともと足並みの揃わない連立内閣は益々不協和音を発し、そのため始まったばかりの臨時国会においても更なる醜態を晒すこととなる。

野党である民自党もここを先途と攻勢を強め、内閣不信任案の提出も視野に入れていると囁かれ、俄然政局は風雲急を告げ始めた。


又、現地対馬においては、その当座は非常な緊迫感に包まれはしたが、今はようやく平穏な日々を取り戻しつつあると言って良い。

もっとも、その後においても引き続き大勢の秋津州人女性が滞在していたことは、本土ではほとんど報道されることは無く、ひっそりとことは進行して行ったのである。

滞在中の彼女たちの中でもその一部などは、かなり古くから滞在していた者たちであり、いずれもが充分に若々しく、その氏名も日本風であって、なおかつ外貌においても日本人そのものなのだ。

さらに加えて、上品な日本語まで自在に操って見せるのである。

自然、現地の人々との間にもそちこちで緊密な人間関係が形成されつつあり、やがて深々とそこに溶け込みながら徐々にその行動範囲を広げて行った。

最近では、その全員が豊かな財力を具えていることが広く知られるようになったためか、所有地の売却を希望する者が接触の機会を求めてくることが増え、売却の希望の強い人に限り、その話にも応ずるようになっているようだ。

その結果、複数の離島をも含め、相当広範な面積に及んでその所有権が移動しつつある。

それらの所有権登記は、全て日本人秋津州京子の名義で行われているが、間に立った彼女たちは手数料などびた一文要求することが無いと言う。

詰まり、彼女たちは業として不動産売買に関わっているのでは無く、個々の個人的な繋がりの中で、単に紹介の労をとっているに過ぎない事になる。

最近の報道によれば、彼女たちの在留資格は投資・経営に関わるものとされており、いずれもが久我商事と言う現地企業の幹部従業員だとされる。

だが、その私企業の代表者の氏名が、久我正嘉(まさよし)となっていたことは、少しも話題に上ることはなかったが、それは秋津州京子氏の実兄と同一のものであったのだ。


また、日本の本土に秋津州国王が気軽に出没していることが報じられ、その際の供奉の者は、最近滅多に顔を見せなくなった井上源三郎だったことがメディアの目を惹いていた。

その報道によれば、あの長身の若者が、松涛の白亜の邸宅や銀座の高級クラブなどにもその姿を見せたとされ、その上各所において、さまざまな人間との接触を重ね、もっぱら交誼を深めつつあると言う。

例によって、無責任な観測記事ばかりが数多く飛び交い、若者が接触したとされる相手方の名前をことごとしく書き立てるメディアも多く、その際もっとも頻繁に挙げられる名前は国井義人であった。

国井義人と言えば、さきの内閣において官房長官の要職を務め、今でこそ野に下ったとは言いながら、民自党の次期総裁の呼び声も高い重鎮中の重鎮である。

その上人脈から言っても、新田・岡部ラインの直接上辺に連なると言われた人物なのだ。

ここ数年来のいきさつから言っても、メディアにとっては格好のソースであり、核心を衝いているかどうかは別にして、その周辺に関してはさまざまな観測記事が巷に溢れたのも当然だ。

殊にイエローペーパーと呼ばれるものなどは、その記事にことさら刺激的な味付けをして、部数を伸ばそうとするものである。

曰く、既に国井義人を党首とする新党構想が存在し、その新党の最大の支持基盤こそ例の秋桜(コスモス)ネットワークであり、国井はただ一人ででも民自党を離党し、自らの信念に従って行動する意思を固めており、その場合の政党名も「新党秋桜」に決している、のだそうだ。

挙句に、結果的に追従して離党する現職議員は、衆参あわせて少なくとも百八十名、成り行きによっては三百名にも及ぶとしており、その帰趨を握っている者こそが、誰あろうあの秋津州国王だと断じている。

結局、あの若者が味方につくことが判然とすれば、もうそれだけで勝ち戦となり、場合によっては現与党の民生党の中からでさえ、合流しようとする動きが見込まれるとまで述べていた。

国井自身の思想信条は、かつて「憲法を守るために国民が存在するのではなく、国民を守るためにこそ憲法がある。」と発言したことが「憲法をないがしろにする妄言」だとされて、凄まじい集中砲火を浴びたことがあることからも明らかだ。

この日本を「ごく普通の国家」と為し、自立への道を真摯に探り続けている政治家としての評価が高い代わりに、殊に左派系政党からは、極右の軍国主義者だとして攻撃を受けることが多いことでも知られている。

前回の衆参同時選挙においては、憲法を改正して国防軍を持ち、日米安保条約を捨てて日米不戦条約の締結を目指したが、当時野党であった民生党の掲げる原発廃止論ばかりが多くの民意を迎える結果となり、結局、民自党の大敗を招いてしまった。

国井は、その敗北の責任を取る形で、今でこそ雌伏のときを過ごしてはいるが、「臥龍、雲を呼んで天に昇るのとき」を待って、満を持していると見るのが妥当だろう。

無論、龍が天に昇るためには雲を呼び寄せ、がっしりと掴まねばなるまい。

あの若者こそがその雲の一つであることは言うまでも無いことであり、当然、官民共に興味は国王の胸の奥に向かい、盛んにその忖度を繰り返すことになる。

過熱気味のメディアなどは、不確実な情報でも必死に喰らい付き、そのペン先の走りはさらに勢いを増して行くものだ。

うんざりするほどの怪情報が飛び交う中、やがて「新党秋桜」の結成が、最早単なる与太話などで無く、あたかも既成事実であるかのように扱われるまでになって来た。

だが、いずれのメディアもその前提条件としているのは、ひとえにあの若者との強い紐帯の形成に他ならないのである。

しかし、飄然と二国間を往来する若者は、その真意を垣間見せるようなことは絶えて無く、その点での報道は全て憶測の域を出ることは無い。

ただ、若者がクラブ碧のいつもの席で、幾たびか寛ぎのひと時を過ごしたことだけは事実であったらしく、一説によれば、碧の女性経営者を同伴して他の店にまで足を伸ばすほどだったと言う。

それは佐竹と言う銀座でも格別に名のある店で、そこの女性経営者とは顔馴染みだったこともあり、若者にとって気のおけない場所の一つでもあったのだろう。

まして、その客は、世界でも第一級の富豪である上、政治的にも群を抜く実力者でもあるのだ。

その店にとっても、相当な客寄せ効果がある上に、店自身の格付けにも関わることなのである。

佐竹の女性経営者自身が、クラブ碧にまで、わざわざ迎えに出るほどの歓待振りだったのも無理からぬことで、その願っても無い上客が、さして遠くも無い距離を上機嫌で往復したことまで報じられてしまった。

だが、これ等の事柄が物語っているのは、若者が今も自在に日本国内を闊歩しており、なおかつ、そこに何の障害も感じ取れないと言うことであった。

そのことが、政権が交替したからと言って、日本の秋津州に対するスタンスにことさら大きな変化が無いことを、内外ともに強く印象付ける結果にはなった。


又、その間、若者の外国訪問が数多く行われ、それはそれで国際的にも重みのあるニュースとなっている。

それは週当たり一日ほどのペースを守って実行され、驚くべきことに、そのほとんどが日帰りによる行程とされた。

詰まり若者は、一ヶ月に概ね五日間ほどを外遊日程に振り向け、その都度日帰りで帰国し、残りの日はのどやかな村落の自然の中で悠々と過ごしていることになる。

近々に訪ねた国々の中には、内乱状態にある国も含め多種多様の国家があり、ここ数ヶ月の間でさえ、それは五十カ国を超えるほどであったと言うが、無論、全て相手側からの熱烈な招待を受けてのことであった。

ことほどさように、秋津州の国王であり、かつ秋津州財団総裁でもあるこの若者を招待したがる相手はふるほどに多い。

だが、全く例外が無いわけでも無い。

実は、珍しくも若者の方から望んで訪ねた「邦」もある。

それは、北米大陸の内陸にあり、地図の上ではアメリカ合衆国とカナダに跨り、分散しながらもひっそりと、しかしながら確実にその存在を主張し続けている「邦」だ。

日本政府が未だに承認していない邦、そして誇り高きネイティブ・アメリカンの治める邦、それこそがこのイロコイ連邦である。

その邦は、唯一酒が飲めないことを除けば、若者にとって最も好もしい国の一つであった。

そこに棲む「国民」はネイティブ・アメリカン、実に彼らこそ新大陸の本来のあるじたるべきモンゴロイドである筈が、今現在においてなお、陰に陽に故無き迫害を受け続けていると言う。

しかし、彼らの邦は厳然としてそこに存在し、天にも地にも、森の木々の梢にさえ彼らの神は宿り、文明の利器と呼ばれるものこそ多くはないが、溢れんばかりの文化が確実にそこにはある。

それは、民族の伝統によって充分に醸し尽くされた、匂うばかりの文化なのだ。

若者は自身、その胸の奥底に荒ぶる魂を潜ませており、それも、一旦激してしまえば並みはずれた荒ぶれ方を見せ、容易に鎮まることを知らないほどのものだ。

ところが、ひとたびその地を訪れ、その天地に包まれるとき、得も言われぬ心地良さを感じてしまうものらしい。

それはまるで、和毛(にこげ)のような何者かにやわやわと抱(いだ)かれる内に、荒ぶる魂が自然自然(じねんじねん)と鎮められて行くかのような感覚なのである。

若者が、ごく短期間の内に二度もその地を訪れたのも宜なるかなではあっただろう。

まして、例え地球の裏側であってさえ、いざとなれば、そのための移動時間など全く不要なのだ。

先ごろの訪問先も、アフリカや中南米、果ては中央アジアから南太平洋諸国にまで及んだが、何れの場合でも、若者にとってはまるで自宅の縁先から庭先に降りるようなものなのである。

ほとんどの場合、従来と同様に訪問先それぞれの時差をも利用し、十二時間ほどの間に数カ国を経巡るほどの超過密スケジュールでありながら、それでいて現地に宿泊するケースは先ず無いと言う。

また、訪問先の国々は例外なく王妃を伴っての入国を期待するが、何せ彼女は初めての出産を控える身であり、当然、それを気遣っての単身訪問である以上、相手側としても諦めるほかは無かったろう。

ただ、世界にはまだまだ血なまぐさい紛争を抱える国が多く、若者の訪問に備え厳戒態勢を採るあまり、却って困難な状況に陥ってしまうケースも無いではない。

この世界には実に二百もの邦が有りながら、哀しいかな、曲がりなりにも統一が成っている国家は、意外に少ないと言う現実に突き当たってしまうのである。

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  1. 2007/07/31(火) 11:26:23|
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