日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 111

 ◆ 目次ページに戻る

さて、立川みどりが有紀子どころか律子と葉月親子まで引き連れ、ぞろぞろと海都に入ったのは八月の六日のことであった。

みどりにして見れば、さまざまな思いがある。

何しろ近頃の銀座は右も左もお引っ越し騒ぎで、周囲の知り合いがどんどん姿を消して行く。

現に終日灯りが灯らないビルは増えるばかりで、不動産は全く買い手がつかないから、その売却整理には見切りを付けざるを得ない。

変な話だけど、只で貰っても登記料や固定資産税がかかるだろうし、抵当流れになった物件が溢れていると言う話まで聞くけど、この日本では外資系以外銀行が潰れたと言う話は聞かない。

あれやこれやで、みんな泣く泣く流動資産だけ持って、アクセスポイントとやらに向かうと言うのだ。

中にはお見送りのご挨拶に出向く場面まであって、実際、このあたしも結構忙しいのである。

テレビなんかでは、もう半数近くの日本人が渡航済みだと言って騒いでるし、みんな自分の判断で移住を始めちゃってるみたいで、実際商売どころの騒ぎじゃないのだ。

葉月ちゃんのお店なんか、とにかく入りが悪くって、このところずうっと開店休業みたいな日が続き、場合によっちゃ閉めちゃおかって話も出てるみたい。

お店の子の中にもとっくに移住しちゃった子もいるって言うし、そのビルのオーナーにしても今年中には移住するつもりでいるらしい。

テナントで入ってるお店なんか、スナック葉月以外ほとんど閉めちゃったみたいだから、益々人出が減るばかりで、開けてたって女の子の給料どころか電気代も出ないだろう。

あたしもこの際だから店仕舞いしちゃおうかと思って、息子に相談して見たら、「強いて反対はしないけど、人生長いんだから、あとで後悔しても知らないよ。」って言われて改めて思い直したくらいなのだ。

未だ四十三なのに、ここで引退しちゃったら、その先の人生は長いぞうって言われちゃったわけだし、どっちみち、この地球には棲めなくなっちゃうのは確からしいから、商売の方も敷島でやり直すしか無い。

千代さんに手配を頼んだ新しい物件もとっくに決まっているし、あとから頼んだ葉月ちゃんのお店の話までとんとん拍子だったから、そっちの開店の準備もしなくちゃいけない。

そのことがあって近頃は、葉月ちゃんと敷島に出向くことも多かったから、大事な息子のかたわらで過ごせる時間が極端に減っていたこともある。

窓の月を通してちょくちょく遣り取りしていたから、最近はかなり元気を取り戻してることも判ってはいたけど、傍にいて気を遣ってやらなければいけないことだってあるのだ。

それに、あたしの目から見ると、あの子の身近にいる人たちには、どうも心配りが足りないように感じられてならない。

新田さんなんか、あの子の健康より外交の方が大事だと思ってる気配だし、田中君なんか、最近は息子と一緒になってただ大酒を喰らってるようにしか見えない。

今度の新しい秘書さんにしたって、わざわざ律子ちゃんのそっくりさんを捜して来たとか言ってるけど、そりゃあ確かに頭も良さそうで十ヶ国語ぐらいはぺらぺらだって言うし、とてもハタチ前とは思えないくらいしっかりしてるとは思うけど、それにしたって人形は人形でしかないのだ。

いくら惚けたって、こっちは、息子の顔色を見てりゃ直ぐに判っちゃうんだから。

独り者の田中君なんか、最初のうちこそあの魅力にぽうっとなってたみたいだけど、さすがに最近は判っちゃったらしくって全然様子が違うんだもの、それを見てるだけでバレバレなのよ。

それに、京子さんや真人ちゃんが亡くなって、かれこれ九ヶ月も経つんだから、いくらなんだって、もうそろそろお葬式ぐらい出してあげなきゃ仏さんが浮かばれないと思うし、首からぶら下げてるお骨(こつ)にしたって、ちゃんとしてあげなくちゃ可哀そうでしょ。

葉月ちゃんだってそう言ってるくらいなんだから、今まで少し遠慮してたけど、とにかく世間さまに後ろ指を指されないように、これからは、あたしがしっかりしなくちゃいけないと思う。

その意味では頼もしい応援団が揃ってるんだし、今度は少し強気で攻めてみようかしら。

うちの息子にしたって未だ若いんだから、この先、ずうっと独身ってわけにもいかないんだし、お嫁さん候補だって見繕ってやらなくちゃいけないだろう。

しっかり者で良く気の付くお嫁さんが見つかればいいけど、本人の好みってこともあるし、ほんと悩んじゃうわよねえ。

それに未だショックが尾を引いてるみたいだから、あんまりやいのやいの言うのもどうかと思うし、ほんとどうしてやったら良いのかしら。

ちょっと気は強いけど律子ちゃんみたいな子が側に付いててくれれば、少しは安心出来ると思うんだけど、お妃さまみたいな気詰まりなものには金輪際なりたくないって言うし、そうかと言って、本人の言うような現地妻って言うのもどうかと思うしねえ。

第一、ああ見えてもあの子は生真面目なところがあるから、そう言うお妾さんみたいな話は嫌がるかもしれないし、こればっかりは無理矢理ってわけにもいかないだろう。

そう言えば咲子ちゃんだってもうじき十八だって言うし、今どきの女子高生なんだから、ボーイフレンドの一人や二人いない方が不思議だろうから、もう立派なオンナだと見といた方が良いのかも知れない。

ほんとなら来春の卒業だったのが、この騒ぎで大分繰り上げ卒業になるって聞いてるけど、進学の方も微妙なことになりそうだって言うし、それもこれもこの先どう言うことになるんだろう。

今までの商売をそのまま丹波で続けるだけだって強がってるお客さまもいたけど、よっぽど景気が良くならない限り、そんな簡単な話で済むとも思えない。

それに、テレビじゃ盛んに言ってるけど、ガンマ線なんてほんとに来るのかしらねえ。

その点、世界中でそう言ってるんだから嘘じゃないとは思うけど、あたしなんか未だにぴんと来ないわ。

まあ、今のところみんな丹波へ引っ越せるみたいだから、それはそれで一安心なんだけど、見渡すとそこらじゅうのお店がシャッター下ろしちゃってるし、兜町なんかもう火が消えたようで、折角の丹波景気もすっかり萎んじゃったじゃないの。

天災なんだから誰のせいでも無いんだろうけど、破産して首括っちゃう人もいっぱい出てるみたいだし、それを思えば私たちなんか未だ恵まれてる方なのだ。

特にあたしの場合は息子に援けてもらったから良いものの、もしそうじゃなかったら、ガンマ線騒動が無くたってとっくの昔に夜逃げしてたに違いない。

今回その息子が突然の不幸に見舞われ、ショックのあまり体調まで崩しちゃったけど、ほんと言うと、これが初めてのことじゃ無かったのだ。

ほとんど知られてないけど、何年か前にも似たようなことがあって、そのときも散々気を揉まされたのだ。

あとで聞いたら、そのときも可愛がってた子供たちをいっぺんに亡くしちゃって、それがショックで落ち込んじゃってたんだけど、そのときだって立派に立ち直ってくれた筈だ。

今度だって、もうそろそろ元気になってくれてもいいころだし、今日だってそのために来てるんだから。

今朝は、前以て言ってあったせいか、神宮前でポッドに乗ってから王宮までひとっ飛びだったし、みんなで献花を済ませて、そのあと揃ってお昼ごはんを食べることにしてあったのだ。

献花のあと、あっと言う間に内務省の屋上に着いて、ポッドから降りると美智子ちゃんが早々と出迎えてくれていた。

律子ちゃんなんか美智子ちゃんと手を取り合って再開を喜んでるけど、ここで変なこと言っちゃうと、いろいろぶち壊しになっちゃうんだろうから、当分は黙っといてやることにしよう。

それに、息子の面倒を見てくれてるのは今のところ美智子ちゃんなんだろうし、お人形さんだと言っても、その点良くやってくれてるとは思うから、
ものは考えようで、変なオンナに引っ掛かっちゃうよりはよっぽど安全なのだ。

五階に降りて行くと、いつもの天井の高い部屋に通され、あたしは見慣れてるけど、あとの三人は豪華なインテリアにかなり圧倒されてたみたい。

息子の側にいたのは田中君と井上さんだけだったから、遠慮なしにさっさと紹介を済ませちゃって、直ぐにお茶の時間にしてもらったわ。

席が決まると有紀子なんか早速息子の膝の上で満足そうな顔してるし、美智子ちゃんと井上さんはお役目だから、五・六メートル離れたところで固まっちゃってるし。

当然、美智子ちゃんと律子ちゃんはまるっきりそっくりで、両方とも女のあたしから見ても抜群に綺麗で色っぽいのである。

考えて見ると、息子も田中君も本物の律子ちゃんに会うのは初めてのことなのだ。

息子の方は意外にけろっとしてるけど、田中君の方は二人を交互に見比べながら、何か言いたげにきょろきょろしてるし、葉月ちゃん親子にしたって似たようなものだけど、流石に遠慮して今のところ余計な口は慎んでるみたい。

田中君が座持ち役を買って出たつもりらしいけど、さっきから話が滑りっ放しだし、律子ちゃんが改めてお詫びとお礼の挨拶を済ませたところで、お食事の時間が来るまで少し休憩を取ってもらうことにした。

何しろ、三人とも大分緊張気味だったのだ。

律子ちゃんと葉月ちゃん親子の控え室を別々に用意してもらって、田中君と美智子ちゃんがそれぞれ案内に立ったすきに、こっそりと聞いてみた。

「いかがでした?」

「ん?」

息子は膝の上の有紀子と、なにやら楽しそうに会話を交わしている。

「ですから、お気に召しましたか?」

「うん、こうしてると憂さを忘れるよ。」

盛んに有紀子と戯れているのである。

「そうじゃなくて、さっき紹介した中でお気に召した方はいませんかって聞いてるんですよ。」

「さっき会ったばかりじゃないか。」

きょとんとした顔だ。

ほんと、じれったいわねえ。

「会ったばかりでも、好みかそうでないかくらい判るでしょうに。」

「そんな野暮なことを聞くなよ。」

「じゃ、気に入ったヒトはいるのね?」

「うん。」

照れくさそうな顔だ。

「絶対悪いようにはしないから、言ってご覧なさいよ。」

「そんなにせかすなよ。」

「やっぱり律子ちゃんなんでしょ。」

そうに決まってるわ。

「ほんとに美人なんだねえ。」

「じゃ、律子ちゃんなのね。」

「違うよ。」

「え?」

「うん。」

「それじゃ、咲子ちゃんなのね?」

律子ちゃんじゃなかったら、もう咲子ちゃんしかいないじゃないか。

「彼女もきれいでとても可愛いねえ。」

「背も高くてすらっとしてるわね。」

百七十センチは軽く超えてるだろう。

「そうだねえ。」

「じゃ、咲子ちゃんでいいのね?」

「なにが?」

「だからあ、ときどきデートしてもらうお相手の話でしょ。」

「いや、デートの話じゃなくて、ときどき酒の相手をしてくれたら楽しいだろうなと思ってさ。」

バカだね、この子は。同じことじゃないか。

「よし判った、全部このあたしにまかしときなさい。」

「うん、咲子ちゃんのお母さんによろしく伝えといてくれ。」

「え?」

「うん。」

「娘さんを酒の相手に借りるから、よろしくって言っとけばいいのね?」

葉月ちゃんは大喜びするだろうけど、果たして咲子ちゃん本人はどうかしら。

前に理沙ちゃんから聞いた話だと、中学んときに剣道始めたのだって、この子の剣道のニュースを見たからだって言うし、あたしの見たところじゃ、少なくても嫌がることは無いと思うけど。

「そうじゃないよ。お母さんの方に相手して欲しいって言ったんだよ。」

「なんだってえ?」

「いや、だから、無理にとは言ってないよ。ママが誰が気に入ったかって聞くからさ。」

「あたしが聞いてんのは、本気でデートするお相手のことよ。」

第一葉月ちゃんは、もうすぐ三十七になる筈だ。

それにたいした上背も無いのに軽く六十キロを超えてるらしいし、普通より何倍もの脂肪分を後生大事に貯め込んでるオンナなのだ。

胸もおなかも一メートル以上あるらしいし、取り柄と言えば、娘と同様に飛び抜けて色白なことくらいなのである。

丹波への往復のときに何度か顔は見てる筈だから、ひょっとしたら、そのときから意識してたのかしら。

でも、まさかねえ。

「そうか。」

「そうよ、そうやっていつまでもお骨(こつ)なんかぶら下げてるから、余計心配するんじゃないの。」

遂に一直線に切り込んでしまった。

「うん。」

「もう、そろそろ外してもいい頃じゃない?」

無論、首から提げてるロケットのことである。

「そうだなあ。」

「じゃ、こっち寄こしなさいよ。」

外してやるつもりで手を伸ばすと、体を後ろに反らして逃げようとする。

思い切り睨みつけてやった。

「そろそろちゃんとしてやらんとな。」

この図体で、しょんぼりしてるのだ。

「そうよ、男のくせにいつまでぐずぐずしてたら気が済むのよ、まったく。」

少しきつかったけど、このくらい言ってやらないと通じないだろう。

「そうか、やっぱり女々しいか?」

「あたしも可哀そうだと思って言わないようにして来たけど、なんだかんだ言って、もうすぐ九ヶ月になるのよ。」

「うん。」

「さ、あずかっといてあげるから外しなさい。」

「うん、もうちょっと持ってちゃダメか?」

大きな手でロケットを覆うようにして抵抗するのだ。

まったく、駄々っ子と一緒じゃ無いか。

「そんなこと言ってたらきりが無いでしょ。はい、寄こしなさい。」

「判った。じゃ、これからちょっと行って来ようか?」

「え?」

「だから・・・。」

「あ、宮島ね。」

その宮島の一郭に新たに建立した小さな別宮があり、そこの裏手の祠には既に母と子のお骨を納めてある。

その納骨の時は、このあたしもちゃんとついて行ったのだ。

「うん。」

「あの人たちと揃ってお昼にする約束なんだから、それまでに帰って来れるわよね?」

「大丈夫さ。」

「じゃ、行こう、直ぐ行こう。」

「よし。」

そのままその場から、井上甚三郎一人をお供に、それこそあっと言う間に宮島に飛んだのだ。

現地では数人のかんなぎたちに見守られながらロケットごと納骨し、有紀子なんか何にも教えてないのに手を合わせていたくらいだから、きっと何かしら感じてはいたのだろう。

行って帰って三十分ほどの旅だったけど、晴れ晴れとした顔してるところを見ると、このぐず息子もやっと気が済んだらしい。

だが、帰ってからがまた大変だった。

葉月ちゃんに耳打ちしてやると、赤くなったり青くなったりした挙句、「ひょっとして、うちの咲子をお気に召したのかしら。」なんて言いだす始末だ。

将を射んと欲すればなんとやらかい。

まあ、勝手に思わせとけばいいか。

それからの彼女は電話をかけまくり、店の子たちに臨時休業を伝えるやら何やらで、すっかり張り切ってしまっている。

無論、早速酒の相手をつとめるつもりでいるのだろう。

お昼ごはんの時も結構賑やかだったけど、その夜は、田中君は勿論、途中から新田さんやら相葉さんたちまで加わって、大宴会になっちゃったのは言うまでも無い。

そのほかにも何人か参加者が増えて、しまいには三十人を超えてたみたいだし、そのうちに女の人も混じってかなりのドンちゃん騒ぎになっていた。

みんな日本人だと言うし、中には見覚えのない人もいたけど、その人たちはどうやら相葉さんの部下の人たちだったみたい。

咲子ちゃんなんか、お運びさんを手伝いながらジュースやコーラで最後まで付き合ってくれてたし、田中君や新田さんも楽しそうに飲んでくれたのだ。

ときどき葉月ちゃんの豪快な高笑いが響き渡り、息子も終始機嫌よく飲んでるところを見ると、何かが吹っ切れたのかもしれないし、まあ、おかげでこのメンバーの全員が互いに打ち解けてくれたことは確かだったろう。


結局一行は一泊することになり、無論葉月親子にもそれなりの一部屋が宛がわれたが、殊に娘の咲子はベッドに入ってからもなかなか寝付けないでいた。

昼食の後で母親から言われたことが、気になって仕方がないのである。

母は、みどりママから「陛下が、母にお酒の相手をしてくれるよう望んでらっしゃる。」と耳打ちされたと言うのだ。

そして、陛下の本当のお目当ては娘の方であって、その下心があるために母親に白羽の矢を立てたのだと母は言う。

詰まり、「将を射んと欲すれば、先ず馬を射よ。」と言う話なのだ。

現にみどりママもそれを否定しなかったと言うし、そう考えるといよいよ頭の芯が冴えて来てしまう。

母はそれ以上のことは口にしてはいないけど、その様子から見ても内心大喜びで張り切っているに違いない。

勿論、それもこれも全て娘の幸せを願ってのことなのだろう。

今回私が進んで同行したいきさつもあるから、当然私の気持ちも判っちゃってる筈だし、思い合わせれば、母が亡き父と知り合ったのも丁度今の私ぐらいの年頃だったって言うし、今度のことには特別の思い入れを抱いてしまうのかも知れない。

でも、国王陛下がこの私をお気に召しただなんて本当なのだろうか。

考えれば考えるほど頬が火照り胸が高鳴ってしまう。

しょっちゅうテレビに映る陛下は今や超のつくほどの有名人で、おまけに世界一の大富豪としても鳴り響いちゃってるし、クラスメイトの間なんかではうるさいくらいに騒ぐ人もいるのである。

ましてその人はこの日本の一番の味方で、北方領土や竹島を取り返せたのもみんなその人のおかげだって言うし、今では法律上も立派な日本人の扱いになってるって言うくらいなんだから、その陛下を嫌いだって言う人の方がかえって珍しいと思う。

現に友達の中にも熱狂的なファンがいるくらいだし、その子なんか私がお会いしたことを知ったら、すごく羨ましがるに違いない。

私だって、中学のとき急に剣道をやる気になったのも、陛下がその道の達人だと言う番組を見たからだった。

それもこれも、剣道を通して少しでも陛下に近付きたいと思ったからだったのだ。

きっかけは不純なものだったけど、幸い初段を得て剣道部の主将まで務めるに至っており、密かな夢は陛下にお稽古をつけていただくことだったのに、その陛下がこの私にだなんて・・・・。

とうとう明け方まで一睡も出来なかったのである。


一方の律子はそんなこととは露知らない。

一番気掛かりだったテロリストのこともやっとお詫びすることが出来たし、その件で陛下がちゃんと許してくれてることもはっきりと感じ取れたのだ。

もう一つの気掛かりは美智子ちゃんの存在だったけど、それも美智子ちゃん自身の口から直接聞くことが出来て、その心配もほとんど解消した。

彼女はあっさりと否定したのである。

神宮前でのいきさつから言って、今さらあたしに隠す必要は無い筈だし、その上、お母さんが終始背中を押してくれてる気配も充分感じていた。

何しろ、お母さんは猛獣使いなのだ。

宴会で葉月ママがお化粧直しに立ったすきに猛獣のそばに行って、お酒を作りながら嬉しい一言を聞くことも出来た。

例の恥ずかしい「短編映画」のことをこっそり聞いてみたのだ。

「あのう、あたしの映画、ごらんになりました?」

流石にちょっと恥ずかしかったけど、その目に必殺の思いを込めたつもりだ。

「うむ、まるで天女が舞いを舞っているようであった。」

目を細めて優しく応えてくれた。

頬が染まったのは酒のせいばかりでは無い。

「うれしいっ。」

小声で言いながら、テーブルの下で大きなその手を思い切り握ってやったわ。

確かにその手は、このあたしを受け入れてくれていた筈だ。

間も無くママが戻ったので、それ以上の攻撃は遠慮しておいたけど、あたしの想いだけは確実に伝わった筈なのだ。

そしてその夜宛がわれた個室は、とても豪華なものだったしベッドもかなり大きめだった。

シャワーを浴びてちゃんと薄化粧までして、ずっとお出でをお待ちしてたのに・・・・。

次の朝一番で美智子ちゃんをとっつかまえて問い詰めてやったわ。

「ねえ、ゆうべ咲ちゃんも個室だったの?」

「いいえ、お母様とご一緒のお部屋でしたわ。」

「・・・。」


一方、みどりはみどりで、お葬式のことが気になって仕方が無い。

ぐずぐずしてると、もうじき一周忌が来てしまうのだ。

天下の秋津州家がそんなことになったら、あたしと言うものがついてて世間様に恥ずかしいじゃないか。

宴会の最中に、それとなく新田さんに耳打ちしてみたが、新田さん自身も頭を痛めてるみたいで、結局、それもこれも肝心なのは息子の気持ちであるらしい。

新田さんの口振りでは、何もかもあの犯人の裁判の成り行きによるみたいで、少なくともその話にけりがつかない内は無理だろうと言う。

それじゃ、いつごろけりがつくんだって聞いてみたけど、それこそ直接聞いてみろって言われちゃったし、前に神宮前で千代さんに当たってみたときのことを改めて思い出しちゃったわ。

そのときの千代さんも、それこそ全て陛下のお胸の内だって言ってたけど、ほんとこのままにしといていいのかしらねえ。


八月の七日、秋津州の海都ではローズ・ラブ・ヒューイットと言う一人の少女が、大人びた化粧と身なりを強いられて、おずおずと内務省ビルを訪れていた。

無論、秋津州国王に拝謁の栄を賜るためであり、同行のタイラー補佐官からその際の心得を種々諭されてはいたが、なにしろその少女は未だ十五歳なのだ。

尤も、少女とは言うが、既に胸も腰もたわわに実り始めているところに、百七十センチに迫る上背がある。

専属のスタイリストの手によって豊かなブロンドを艶やかに結い上げられ、大人びた上下揃いのビジネススーツを着せられた上、踵の高い靴を履いて歩む姿は到底十五歳には見えなかった筈だ。

土竜庵でも、新田と相葉が涼の指摘を受けてモニタを見ていたが、ハタチ前後にしか見えなかったと述べているほどだ。

しかし、その女性は紛れも無く十五の乙女であり、かつて、突然の交通事故で両親を奪われ、悲しみに浸っている余裕すら与えられず、運命そのものを転換させられてしまった少女なのである。

それまでの少女は、あまり裕福とは言えないまでも両親との平穏な暮らしを得ていた筈だが、その事故がそれを一瞬にして奪い去ってしまった。

それは、去年のクリスマス直前の土曜日に起こった。

その夜、ある相手から呼び出しを受けた両親が揃って目的地に向かう途中、何と、父の運転する車が崖から転落して、同乗の母共々に死亡してしまったと言う。

少女が報せを受けたのは日曜の朝が来てからだ。

警察で遺骸を前に茫然とする彼女の前に、校長と共に三人の白人女性が現れ、孤児となった彼女を保護する為に州政府から派遣されて来た者だと告げた。

全て上品な中年女性ばかりであり、同行して来たのは少女の通うハイスクールの校長なのである。

十五歳の少女が、一片の疑いも持たなかったのも当然のことだったろう。

その瞬間から少女の生活は彼女たちの保護下に置かれ、それまで両親と住み暮らしていたウォークアップアパートメントから、プール付きの高級住宅に移り住み奇妙な共同生活が始まった。

少女にして見れば、その異常な状況をあと半年だけ辛抱すれば、とりあえず義務教育課程だけは修了することが出来るのである。

(筆者註:日本と異なり合衆国ではハイスクールまでが義務教育。)

両親の死については、警察によって完全な自損事故と判断されたこともあり、結局少女の手元には一万ドルも残らなかったのだが、それでなお経済的には不自由することが無かったからだ。

無論従前どおりに通学し卒業も果たしたが、同時に三人の女性からもさまざまなレクチャーを受けることになり、その過程で、自身が秋津州の王妃候補に擬せられていることもおぼろげに知った。

そのことに関連して、少女は五年前の新聞記事のスクラップや記録映像も大量に見せられた筈だ。

そこにはさまざまな人物が登場したろうが、その中に自身に瓜二つの女性を見出すまでにたいした時間は要さなかったに違いない。

しかも、その女性はあの秋津州国王の初恋の相手とされ、二人の仲睦まじい姿を捉えた報道映像まで残っており、少なくとも当時はかなりの有名人だったと言って良い。

記事によれば、その女性自身は戦火の中で悲劇的な死を遂げてしまうのだが、国王は即座に復仇を果たしたとされている。

何しろ、複数の国家から一方的な武力侵攻を受けながら、程なく凄まじい反転攻勢に移り、全ての敵地を完全占領して記録的な大勝を博したほどだと言う。

記事は、当時十九歳になったばかりの国王について、世界で最もタフな男性と評しており、少女自身もそのように感じたことは確かだ。

しかもその人は、未だローティーンの頃から異星人による侵略まで受けながら、一度も屈服したことが無いのだと言う。

丹波が武力侵攻を受けた当時、高々十四歳の少年王が、燃え盛る戦火の中で、屈服するくらいなら討ち死にした方がましだと言ったとされており、少女にとってのそのイメージは手に負えない乱暴者の表情すら垣間見せ、荒れ狂う猛獣のように感じさせたことは確かだ。

現に記事の多くは秋津州戦争を経てからのものであり、多くの場合、それは圧倒的な力を持った畏怖すべきものと捉えられており、それから比べれば、少女の周辺にいる男どもとはかけ離れた存在だったことも想像に難くない。

結局彼女は、この奇妙な共同生活は二度と得られぬ絶好の機会だと言う「示唆」を受け続け、日本語の会話は勿論、日本と秋津州の文化に付いて学習する機会もふんだんに持つに至った。

日常において常に貴族的な挙措動作を保つことは勿論、踵の高い靴を履いて優雅に歩行する訓練まで強制され、挙句の果ては和食文化に慣れるためと称して、納豆どころか鯨肉まで食べさせられたのだ。

秋津州において王妃の座に就くにあたり、全て必須の教養課程だとされたことになる。

その学習は日々営々と続けられたが、そのお相手とされる人たるや、録画映像の中でしか会うことの無い人物だ。

ちなみに当時の少女には、当然ながら結婚に関する選択の自由も保障されており、その手の施設に入ることさえ覚悟すれば全てを忌避する自由もあった。

少なくとも、少女自身にその自覚はあった筈だ。

現に、校長はその都度立会人を同席させた上で、再三個人面談を実施してそのことを伝え続け、かつ少女の意思の在り処を幾たびも尋ねた。

しかし、それでなお少女が忌避しなかった理由がある。

その特殊な生活は当初の間こそ違和感を伴うものであったが、その後徐々に周辺事情を知るに及んで、彼女自身の内面で重大な変化が起こり、やがてそのイメージの中の王妃と言うポジションが、人知れず黄金の輝きを放ち始めたからだ。

実際、画面の中で日々見入って来た問題のお相手の風貌は、少なくとも不快感を伴うものでは無く、それどころかその立ち居振る舞いを好もしく思うことさえあったほどだ。

まして、その人の力が、合衆国どころか世界の命運をさえ左右してしまうほど圧倒的なものであることを、否応無く認識させられてしまった。

三人の女性などは世界の王だと言い、ワシントンでは、密かに魔王と呼ぶ者さえいることも知った。

その当時、少女の持つ特殊な境遇が、彼女をして強力な庇護者を求めるようしきりにその背を押し続け、なおかつ少女に、庇護者として最高の条件を具える者の後ろ姿を、常に恣意的に美化して見せ続けたことは確かだろう。

しかも、再来年の春にはこの地球が全く滅んでしまうことまで公表され、それまでに人類は悉く丹波に避難する必要があるが、その丹波を領有していたのが他ならぬその魔王だと言う。

詰まり、合衆国ですらその人の領地に間借りさせてもらう形になるのだ。

その人は、丹波唯一の衛星ばかりか、丹後や但馬や佐渡などと言う他の天体まで「所有」し、その全てにおいて屹立した王であって、信じ難いほど強大な軍事力を具えていることから、不用意に怒らせてしまえば、この合衆国など一噛みに出来てしまうほどの猛獣なのだと言う。

三人の専任教師は、絶えず誰かしらかが傍にいて実にさまざまの情報を伝え続けた。

その結果、少女にとってのその人のイメージは、恐れと憧れを綯い交ぜ(ないまぜ)にしたものとなって行き、今日のイベントが彼女になおのこと緊張を強いてしまったのも無理は無い。

その上で少女は、内務省と言う名の宮殿に足を踏み入れている。

その建物に入る前から膝に震えを覚え、エレベータを降りてから美しい女性秘書官に導かれて行く間も、まるで雲の上を歩いているような気がして足元が定まらなかったほどだ。

先に立つ補佐官の背中を見ながら半ば夢心地で回廊を進み、やがて重厚かつ豪奢な調度類に目を奪われながら、遂に目的の部屋に入ったのである。

その人は、確かにそこにいた。

今、頑丈そうな執務机を離れ、東洋人にしては並外れて長身のその人が歩み寄ってきたのだ。

てっきり軍装とばかり思っていたのに、意外にもその人は濃いグレーのスーツを着て握手を求めてくる。

だが、少女は恐れと羞恥で顔を上げることも出来ない。

「我が秋津州にようこそ。」

教習用の映像で経験した通り、実に野太い声が響き、思わず胸が震えてしまった。

「・・・。」

習い覚えた筈の挨拶が、この肝心の場面で出て来ないのである。

おずおずと手を差し出すと、大きな手が包み込むようにして握り込んでくれた。

「済まぬ。緊張させてしまったかな。」

「お目にかかれて光栄でございます。」

やっと、予定していた挨拶が出来たのだ。

このとき、一・二歩下がったところから補佐官の挨拶があった。

「陛下、ご配慮を賜り心からおん礼申し上げます。」

その人は補佐官に目礼を返しただけで直ぐに向き直った。

「よろしければ、お茶にしましょうか。」

私の目の奥を覗き込むようにして仰るのだ。

驚くほど優しい語調に出会い、思わずこくりと頷いてしまった。

たっぷりとした応接セットに補佐官と並んで席を与えられ、座に着くとテーブルを挟んで正面がその人の席であった。

先ほど案内してくれた女性秘書官がワゴンを押して来て、たちまちお茶がセットされたが、このサコミズと言う名の美しい女性に付いても勿論学習済みだ。

壁際に控えたイノウエ隊長は長剣を腰に微動だにせず、意外にももう一人お傍にいる筈の田中さんと言う日本人の姿はどこにも見えない。

およそ五十平方メートルほどの空間が、衣擦れと茶器の触れ合う音のほかは静けさに満ちていた。

恐らく、完璧な防音設備が整っているのだろう。

隣の補佐官に倣ってティーカップを口に運ぶと、とても良い香りが漂い、それを味わう内にやっと人心地がついた気がして改めて正面を見ることが出来た。

濃い眉の下のその目が優しさに満ちているように感じられ、思わず微笑んでしまったが、その人もまた自然に微笑み返してくれるのだ。

少女の目には、到底野獣には見えなかったのである。

気が付けば、隣の補佐官がしきりに目配せをしている。

あ、そうだった。

もう一つ予定していたご挨拶があったのを思い出し、あわてて立ち上がったので足がテーブルを揺らし、茶器が騒がしい音を立てた。

「あの、心からお悔やみを申し上げます。」

それは、あまりに唐突に過ぎたかも知れない。

「ありがとう。そなたも二親を亡くされたとお聞きしたが、衷心からご哀悼申し上げる。」

「まあ、ご存知でいらしたなんて。」

「うむ、一昨日、そなたが拝謁を願い出ていると聞いたが、そのときにいろいろと報告があったのだ。」

「あのう・・・。」

どんな報告だったのだろう。

「ん。」

「・・・。」

「悪い報告は無かったから安心しなさい。」

にこにこと微笑んでいらっしゃる。

「まあ・・・。」

「ところでご不幸は去年の十二月だったそうですな。突然のことで大変だったでしょう。」

まるで全身を優しく包み込まれたような気がした。

「ありがとうございます。そのときは、ただ、もうびっくりして哀しくて・・・・。」

「うむうむ。」

「でも、陛下だってご一族の方々をいっぺんに・・・。」

「うむ、そなたより一月(ひとつき)ほど前のことであった。」

「一度お参りに行かせて下さいませ。」

献花台のあるその場所は、一般人の立ち入りは厳しく制限されていると聞いていたのである。

「ありがとう。」

「わたくしも、それ以来一人ぼっちでございますから。」

「失礼だが、未だ十五歳だそうですな。」

その言葉も優しさに満ちていた。

「さようでございます。」

「そうか、十五歳か。」

その人の視線は虚空を彷徨い、遠く彼方を見据えておられるようだ。

はっと思い当たった。

「そのころの陛下は、戦いの最中だったようにお聞きしましたが。」

自分でも思いがけない言葉が口をついて出た。

その人は十四歳から十五歳にかけて、死を賭して防衛戦を闘っていらしたことを思い出したのだ。

「よくご存知ですな。」

「はい、いろいろと勉強致しましたので。」

「あっはっはっ、なかなか素直でよろしい。」

豪快に笑ってらっしゃる。

褒められたのかしら。

「まっ・・・。」

それにしても、なんて優しい目なんだろう。

その目に真正面から見つめられて、耳たぶまで真っ赤になってしまった。

理想の配偶者像をその人に擬(なぞら)えている自分に、改めて気付かされたのである。

「多少、気が楽になったかな。」

しばらく間を置いてから、ぽつりと仰ったのだ。

「はい。」

そのお心遣いが身に沁みて嬉しくて、先ほどまでの緊張が、まるで嘘のように溶けて行くような気がする。

「実は、昨夜大勢で酒盛りをやらかしましてな。それ以来わたしもずいぶん気が楽になりました。」

「では、陛下も昨夜までは緊張しておられたのでございますか?」

「うむ、よほど張り詰めておったようだ。」

「あのう・・・、それはわたくしとの約束があったせいなのでしょうか?」

無論乙女らしい勘違いだ。

「そうだとも、確かにその通りだ。」

お顔が笑み崩れていらっしゃる。

「陛下ほどの方でも、そんなことがおありになるなんて驚きましたわ。」

この方は、初恋の人とそっくりの自分との邂逅を心待ちにしてらしたのだ。

胸の奥に自然な優越感が湧いて来て、心に不思議なゆとりが生まれたのである。

「何も驚くことはあるまい。」

「でも、陛下は既に史上空前の覇王でいらっしゃるとお聞きしておりますから、そのようなことがおありになるなんて夢にも思いませんでしたわ。」

横で聞いているタイラーは、はらはらするばかりだ。

第一、この覇王などと言う物言いは、取りようによっては、かなり非礼な表現になると言って良い。

「ふむ、覇王と申すか。」

タイラーの心配をよそに、覇王自身は相も変わらぬ柔らかな表情だ。

「はい、そのように学習致しました。」

「中には、そのように申す者もおるであろうな。」

「では、そのような評価は相応しくないと仰せなのでございますか?」

「いや、我が身の行いを省みるばかりだ。」

タイラーは驚いた。

何と、魔王が「覇王」と評される行動を取って来たことを反省すると言ったことになる。

「目指すは王道だと仰せなのでしょうか?」

「いや、常々狩人や漁師でありたいと考えておるくらいで、統治者の道はわたしには不向きなのだ。」

「まあ、ご本心でございますか。」

少女は無邪気なのか豪胆なのか大胆な発言ばかり連発しているが、タイラーからすれば、このようなパターンで反問するなど非礼極まりないことに思えてしまう。

「わたしには、またぎや農夫の暮らしが似合いだと思っておる。現に十八になるまで、日々そのような暮らしぶりであったわ。」

「またぎ・・・でございますか?」

流石にこれは、少女の語彙の中には存在しないものだったのだろう。

「うむ、野山を駆け、大海に船を出し、狩りをして日々を暮らすのだ。」

「まあ、素晴らしい。是非お供させていただきとう存じますわ。」

「ほほう、このようなことに興趣を催すと申すか?」

タイラーからすれば、驚くほど軽やかに会話が進んでおり、これはワシントンにとって決して悪い兆候では無い。

「はい、是非見てみたいと思います。」

少女は、目を輝かしてしまっている。

「それなれば、我が秘蔵の隠し沢を案内(あない)して遣わそうかな。」

その隠し沢は魔王の「秘密の」漁場を意味するのだろうが、それこそが隠された軍事拠点であるかも知れず、タイラーにはその重大性がひしひしと伝わって来る。

「まあ、嬉しい。」

思わず子供のような声を上げてしまった。

「それほど見たいと申すか?」

「勿論でございます。」

「それでは、秘書官を紹介しておこう。」

目配せ一つで美しい秘書官が歩み寄り、驚くほど恭しい態度で名刺を差し出した。

無論、少女を王の賓客として遇しているのである。

「いつにても、ご希望を聞いて差し上げなさい。」

えっと思った。

その人は、確かに秘書官に「いつにても」とお命じになられたのだ。

早速連れて行っていただきたいけれど、どんな服装を整えたらいいのか、まさか、ジーンズにスポーツシューズじゃ失礼だろうし、帰ったらスタイリストさんに相談して見よう。

それに、こう言う場合サンドイッチぐらいは作って行きたいけど、どんな具を入れたら喜んでいただけるのかしら。

それとも、最近習い覚えた日本流のおにぎりの方がお好きなのかしら。

焼いたサーモンのおにぎりなら私だって大好きだし、そうなるとやっぱり梅干しは欠かせないだろうし、とにかく、国王陛下とバスケットを持ってピクニックに出かけるのである。

少女の胸の夢想世界が、まるで夏の空に浮かぶ入道雲のように膨らんでしまったとしても、誰にも責めることは出来ないだろう。

一方タイラーの方はこの成り行きにただ茫然としていたが、この少女の魔王に対する威力が徒ならぬものであることだけは確信出来たのだ。

直後に作成されるレポートにおいて、少女はその威力に関して必要以上の修飾語に彩られて登場して来るに違いない。

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  1. 2007/11/02(金) 15:38:06|
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自立国家の建設 112

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少女は、次の日の朝には早くも女性秘書官に直接連絡を入れてしまっていた。

無論、ピクニックに行きたいと申し入れたのだ。

せめて二・三日は様子を見てからと言う大人たちのアドバイスも、その胸に溢れて来る思いには勝てなかったことになる。

尤も、少女にして見ればさまざまな不安がある。

いろいろな不確定要素を考え過ぎてその胸が打ち震えてしまっており、今回の秘書官の反応一つとってもその例外では無かった筈だ。

ところが、いざ思い切って連絡を取ってみると、その応対が意外なほどに懇切なものだったことが、少女の心の負担を著しく軽減してくれた。

少なくとも電話口の秘書官が少女の申し出を大いに喜んでくれて、王家が自分を歓迎してくれていることを、はっきりと感じさせてくれたからだ。

心配していた服装に関してもかえってラフなものを勧められたくらいで、食事の用意も一切不要とされ、その我が侭な望みは軽々と叶えられることになり、しかも、即日決行と聞かされたことが更に少女を勇気付けてくれた。

とにかく、夢のようなピクニックが、あっと言う間に現実のものとなったのだ。

だが、十五歳の乙女にして見れば、憧れの人とのピクニックに付き添いなど邪魔ものに過ぎない。

当然、大人たちの同行を全て忌避した。

それも、かなり強硬に主張したのだ。

無論タイラーは大いに困惑したが、結局戦士の主張を聞くほかは無い。

已む無く少女一人を内務省に送り届け、全てを秋津州側の手に委ねざるを得なくなり、期待の戦士に持たせることが出来た武器は、花束とビデオカメラだけになってしまった。

しかし、如何に準備不足とは言え現実に実戦部隊が出動した以上、「荒野の薔薇」と名付けられたこの作戦は、実戦として動き出してしまったのである。

何せ唯一の実戦部隊であるこの戦士自身、肝心の作戦目的ですら満足に理解出来ておらず、タイラーにして見れば不安だらけだったろうが、あとは運を天に任せるより仕方が無い。

無論ワシントンにも報告を済ませたが、成功の端緒だと受け取るものが多く、その反応にしても決して悪いものでは無かったのである。


さて、少女の旅は、献花のために一旦旧王宮に立ち寄っただけで、一瞬の内に見知らぬ惑星に到着して始まった。

例によって漆黒のSS六は二機の編成だが、少なくとも少女の乗る旗艦にはそれなりの近代設備が整い、迫水秘書官はもとより、井上司令官ほか数名の部下たちの姿まであって何の不自由も無い。

何しろ、王の臣下である彼等は、タイラーたちと違って、少女の行動を掣肘するなどあり得ないことなのだ。

秘書官は常に最良のサポートを心掛け続け、医務室には優しそうな女医さんが二人も待機しており、聞けば盲腸炎の手術くらいなら軽々とこなせる用意があると言う。

国王は少女の期待をいささかも裏切ること無く、終始優しく庇護してくれており、少女はほとんどストレスを感じることの無いままに、さまざまな風景に接することを得た。

山中では王が山菜を採り野兔を追う姿に接し、大海に移動しては大魚を追ったのである。

心優しい庇護者の表現によれば、この但馬と言う名の惑星全体がその人の言う隠し沢だったのだ。

その海も山も川も全てが自然の宝庫であり、その人のご先祖さまが、少しずつ地球から運んで来た生物たちで満ち溢れていると言う。

現に大草原で草を食む野牛などは数億頭もの多くを数え、熊や狼のたぐいも数え切れないほどだと言うし、見知らぬ大陸を少し南下しただけで、象やライオンなどの姿にも数多く接することが出来た。

大海原では、群れを成して回遊するクジラもたくさん見かけたし、奇妙な道具を使ってそれを捕獲する「秋津州人」たちの姿も数多く目撃した。

彼等は飛行するばかりか、海に潜ることも出来るらしく、その中の一部は四メートルもありそうな細長い棒を持ち、クジラの頭部を真上から刺し貫いて一瞬で仕留めているのである。

大群の場合には一度に七・八頭も捕獲してしまうらしいけど、このときは三頭だけを一瞬で仕留め、尾鰭に太いロープを掛けて寄ってたかって海面を引いて行く。

引いている人の全員が空中を飛行して行くのだ。

空中から機内のモニタで見ていると、前方の空中をとても大きなものが近付いて来て、やがて数キロの彼方でゆっくりと着水するのを見た。

近付いて見ると長さ千メートルもありそうな船で、見れば見るほどずんぐりした形をしていて、おまけに船尾の方には大きな滑り台のような装置がある所を見ると、前に写真で見た捕鯨母船のようなものだったらしく、さっき捕獲したばかりの三頭が、見る見るうちにそこから引っ張り上げられて行く。

傍らの陛下にお聞きすると、大量の油を抜いてからほとんどが肥料になるのだと言うし、この空飛ぶ捕鯨母船はほかにもたくさん稼動していて、中には地球に送る食料用に加工している船もあるのだと言う。

なんでも、多いときには、一日で数万頭も獲っちゃうこともあるらしい。

最近はしょっちゅう鯨肉を食べてるから、以前ほどには抵抗感は無かったけど、やっぱりクジラが可哀そうな気がして気軽に聞いてみた。

「そんなにたくさん獲っちゃったら、直ぐにいなくなっちゃうんじゃありません?」

絶滅しちゃうと思ったのだ。

「それがな、この星ではわたしが間引いてやらんと、クジラたちがどんどん増えちゃうんだよ。」

「そうなんですの。」

「あんまり増え過ぎちゃうと、食糧にありつけないクジラがたくさん出て来てしまうのさ。」

「そう言うクジラは餓死しちゃうんですか?」

「そう、死んだらみんな深い海の底に沈んで行ってしまうしな。」

「まあ・・・。」

「丹波や丹後もそうなんだが、どうも、クジラばかり繁殖の勢いが強過ぎるようで、放って置くとほかの魚たちがあまり増えないのだ。」

「ほかのお魚が、クジラに食べられちゃうからなのでしょうか?」

「それもあるが、一部のクジラはプランクトンも大量に食べちゃうからなあ。」

「それじゃ、お魚さんが困りますわよね。」

「ときどき海底をほじくって、栄養分を海面近くに浮かせてやるようにはしてるんだが。」

「まあ、そんなことまで・・・。」

「そうしてやると、海面近くでびっくりするくらいプランクトンが発生して魚の餌になるんだ。」

「そこでお魚が増えてくれるのですね?」

「そう、餌が大量にあれば、それを食べるお魚もたくさん増えることが出来る。」

「そして、そのお魚やプランクトンを餌にしてるクジラもおなか一杯食べられますね。」

「うむ。そう言えば、そなたもクジラを食べてるそうだね?」

「はい、最近は嫌いじゃなくなりました。」

「ほほう、やはり以前は食べなかったのか?」

「ええ、なんですか、以前はクジラは食べものじゃないと思ってましたし、それにクジラって高等生物だって聞いてましたから。」

「わっはっはっ、高等生物とはうまいことを言う。」

「でも、クジラの知能は牛とおんなじくらいだって聞いちゃいましたし、それだと牛も食べちゃいけなくなってしまいますから。」

「第一、人間の食料に知能の高い低いは関係無かろう。」

「ほんとにそうですわね。」

「植物だって、良い音楽を聞かせてやると良く育つと言ってる研究者もいるようだし、そう言う意味では植物も知能を持ってるのかも知れんぞ。」

「まあ、じゃ小麦なんかも知能を持ってるのかしら。」

「わっはっはっ。そうかも知れんな。」

「おほほほ。」

「わたしなどは、あまり牛を食べない方だが、その代わり牛の糞を大いに利用させてもらってるよ。」

「牛の糞でございますか?」

「うん、粉末にしたクジラと牛の糞を稲藁に混ぜてしばらく寝かせてやると、素晴らしい肥料になってくれるのさ。」

「あ、じゃ、その肥料が穀物を育ててくれるんですね?」

「そう、たくさん育ててくれる。」

「でも、野牛の糞を集めてくるのが大仕事でございましょう?」

「方法はいろいろあるさ。」

「そりゃあ陛下なら簡単なんでしょうけど。」

「多少工夫は必要だがな。」

「その野牛、お味の方はどうなんでしょう。」

「ちょっと固いかな。」

「でも、わたくしは、やっぱりクジラより牛の肉の方が好きですわ。」

「まあ、世の中には絶対に牛を食べないと言う人もいれば、同じように豚を食べないって言う人もおるし、それもこれもその人たちの自由の筈だからな。」

「ほとんどが宗教上の理由でしょうし。」

「そうだ、どんな宗教を信じようと、人さまに迷惑をかけない限りその人の自由だ。」

「ほんと、そうですわね。」

「同様に、クジラを食べるも食べないも私の自由だ。」

「あたくしも、最近はそう思うようになりました。」

「いやなら、食わなけりゃ良いのさ。」

「そうですわよねえ。牛だって豚だって、それにクジラだってご本人の好き好きですものね。」

「それに、食べる人の健康にどれだけ有意義かどうかってこともあるな。」

「はい、特にクジラが牛肉よりずっと健康志向だってこともいろいろ教わりましたわ。」

「海都の店でも、売れ行きが好調だと聞いておる。」

「あ、わたくしも食料品売り場でクジラの皮を買いましたけど、あれでスープを作るととてもおいしゅうございましたわ。今度作って差し上げましょうか。」

「おう、それはありがたい。」

庇護者は実に嬉しそうだ。

「では、近々陛下のキッチンをお借りしてお作りしますわ。」

ほんとに作って差し上げたいと思ったのだ。

「うむうむ、楽しみにしておこう。」

にこにこと、ほんとに嬉しそうなご様子だし、絶対作って差し上げることにしよう。

「ところでこの星の方たちは、主にどんなものを食べてらっしゃるのかしら。」

「米、麦、大豆、鳥、猪、クジラ、川魚もたくさんいるし、何でも食べるさ。」

「牛は食べないんでしょうか?」

「あんまり食べないようだねえ。」

「そう言えば、その人たちの姿はたくさんお見掛けしましたけど、未だその集落を見てませんけれど。」

相当な範囲を移動して来た筈なのに、艦(ふね)のモニタにはまったく写らないのである。

「うむ、ではそろそろ村に降りてみるとするか。」

「はい。」

実は、タイラー補佐官から最優先で撮影してくるよう言われていたのが、この原住民の集落の風景だったのだ。

ワシントンは、よほどその様子に興味があるらしい。

その後艦(ふね)は瞬時に移動して、ある集落の上空へ達したが、少女にその位置関係までは判らない。

それこそ、北半球か南半球かの区別すらつかないのだ。

目の前のモニタには、一面の緑に包まれた五十戸ほどの集落が写り込み、見れば建物は和風のものばかりだが、人々の服装は和洋折衷のように見えている。

しかも、突然上空に現れた筈の機影にも驚き騒ぐ者など一人もいない。

子供たちが無邪気に群れ遊び、耕地付近の大人たちも平然としているところを見ると、彼らから見ればよほど見慣れた光景なのだろう。

改めて観察してみると、全ての道路が未舗装で自動車らしいモノは一台も見掛けず、せいぜい馬か牛が引くような荷車を見るばかりで、挙句病院どころか学校も店舗も一切見当たらない。

辛うじて電気だけは通じてはいるものの、未だ上下水道もガスも無く、テレビや冷蔵庫など影も形も無いと聞いた。

のどかな田園に囲まれ、人々は井戸を掘り薪を燃やして煮炊きをしており、木炭はあるがほとんどが暖房用だと言う。

そう言う村落なのだと教えてくれたのだ。

程なくかなりの広さを持つ一軒の庭に着地すると、数人の村人が丁重な物腰で迎えてくれており、初夏を思わせる日差しを浴びながら、王はそのそれぞれに気さくに声を掛けている。

そしてその人は、私が手を握って甘えれば、いつでも優しく応えてくれる理想のボーイフレンドなのである。

実際昨日お目にかかったときも、私との対面をずいぶんと心待ちにしてらっしゃったみたいだし、さっき転びそうになったときなんかも軽々と抱き止めてくれたほどで、嫌いだったらこんなに優しくしてくれる筈は無いのだから、きっと私のことを好きになってくれたに違いない。

この方が付いててくれるんだもの、これからは何でも相談に乗ってくれる筈だから、今までの不安一杯の生活なんかはこれでお仕舞いになるだろうし、もう何もかも安心だと思う。

大好きなその人の介添えまで受けながら、嬉々としてビデオ撮影に励み、最優先と言われて来た任務だけはどうやら果たせそうだし、この任務だって、これが最後になるに違いないのだ。

結局但馬での滞在は三時間ほどで切り上げ、その後丹波と佐渡にも寄り道したけど、丹波では、女性教官たちがマイティ・ヘクサゴンと呼んでいたものも実際に見ることが出来た。

彼女たちはまるで怪物みたいに言ってたけど、実際は陛下のお住まいと中央政庁を兼ねた地上十二階、地下二階造りの白い大きなビルなのだ。

資料にもあったけど、かなり正確な正六角形の形をしていて、その外壁の一辺が三百メートルもあり、その壮大さはまるで現代の神殿を見るような気分にさせられたほどだ。

そこを中心に立派な舗装道路がびっしりと放射状に延びていて、全ての道がそこに通じてるみたいだし、文字通り首都機能の中心になってるのは確かなのだろう。

迫水さんの説明では、それまで他のビルで働いていた官僚がみんな引っ越して来て、最近ではその中だけでも十万人くらいが働いているらしい。

その中にはその人たちの宿舎だってあるって言うし、レストランやコーヒーショップどころか、公衆トイレだけでも千ヶ所以上もあるんだそうだ。

秋津州側は単に王宮とか六角庁舎って呼んでるみたいだけど、少なくとも異邦人はみんなヘクサゴンとかマイティ・ヘクサゴンとしか呼ばないらしい。

殊にマイティ・ヘクサゴンって呼ぶ人なんかは、威圧感を感じてそう呼んでるに決まってるけど、私にはとても美しい建造物に見えてしまう。

広い中庭を持ったそのビルは、正面口らしい南側が広いグラウンドになっていて芝生の緑がとても鮮やかだけど、対照的に東側と西側は完全舗装のパーキングが広がり、今も一万台以上の車が駐車してるくらいで、何しろ秋津州どころか丹波全体の中心だって言うくらいなのだから、このヘクサゴンに用事のある人がそれだけ多いと言うことなのだろう。

残りの北側には、一キロほど離れて王立大学の敷地が広がり、幾つものビルが建っていて、その中には立派な学生寮まであるのだと言う。

勿論私が入学を希望してる学校だし、結局、国王陛下はこれを見せるためにわざわざ寄り道をして下さったらしい。


八月八日の夕刻、王と女帝の通信。

王は海都の内務省ビルに、女帝は東京の対策室に所在する。

「お帰りなさいませ。」

「うむ。」

「今回は、また随分大量のお持ち帰りだったとお聞きしましたが。」

国王にとって、今回の旅の本来の目的は例によって物資の移送だったのであり、事実、穀物、クジラ、石油ほか大量の資源を運んで来ている。

「佐渡から相当なウェアハウスを持って来たからな。」

天空の第二基地には、膨大な資源を貯蔵してあるのだ。

「ご苦労様でございます。」

「いや、それより今頃タイラーがビデオをチェックしてるころだろう。」

「ただいま、ワシントンに送っているところのようでございます。」

「もはや、知られて困ることもあるまい。」

「ご一族の生存者が皆無であることも隠す必要は無いとの仰せでございますか?」

「わざわざ喋りたてないだけのことだ。」

こちらから吹聴して回らないだけだと言う。

「承知致しました。」

「それに、やつ等が如何に騒ぎ立てようと、今さらどうすることも出来まい。」

「秋津州の主権は、丹波において他国に先んじて確立しておりますから。」

先んじるも何も、古来より丹波全域を秋津州が先占していたのであり、引き比べて、ほかの国などたかだか昨年の十一月になってやっと領土を得たばかりだ。

地球の時と違い、秋津州の主権のあれこれを云々する資格などあろう筈も無い。

「うむ。」

「それに現在の住民型のボディを、全てチェックするのは不可能でございましょうし。」

「そろそろ、入れ替えも完了だな。」

最新型のいわゆる迫水美智子型のボディに入れ替えの最中なのだ。

「はい、あとは丹後を残すのみでございます。」

「うむ。ところで話の本題はなんだ。」

「ヒューイットさまのことでございます。」

「ローズがいかが致した。」

「大分お気に召されたようでございますが、こののち如何取り計らいましょうか。」

若者が、あの少女を大いに気に入った筈だと言っている。

「ふむ。」

「あちらさまも、陛下のことをたいそうお気に召してらっしゃるようでしたが。」

「さようか。」

「さきほどなどは、キスまでなさってお帰りになられましたが。」

娘は帰り際に国王の首に両手を回し、頬にではあったが確かにキスをして帰ったのだ。

積極的な愛情表現であることは確かだろう。

「きっと、失った父親を思い出すのであろう。」

「父親役にしては、お若過ぎると存じますが。」

「それほど若くはあるまい。八つも違う。」

「八つしか違わないと存じますが。」

「・・・。」

「如何したら、よろしゅうございましょう?」

「うーむ、どうしてやったら良いものかのう。」

「お指図を賜りとう存じます。」

「とりあえず、王立大学への入学の手配を致せ。」

「それでよろしゅうございますか?」

「そもそも、先方からのアプローチの本筋がそれだったのではないか?」

「お言葉ですが、ご本人さまにしても、ご入学を特別に願っているわけではございませんでしょう。」

「ん?」

「ですから、それは手段であって目的では無いと申し上げております。」

「判っておる。」

「陛下もお傍に置いておきたいと思われているのでございましょう。それでしたら・・・。」

「いや、この際、広く勉学をさせるのが当人の為であろう。」

「その場合、お住まいの方はどのように?」

「大学の寮があろう。」

「いっそ、王宮に専用のお部屋をお与えになられてはいかがでしょう?」

「寮の方が近くて便利であろうが。」

「でも、王宮からなら通学の便もよろしいかと。」

六角庁舎は、王立大学に比較的近いのである。

「もし本人が強く望むのであれば、そのときに考えれば済むことだ。」

「承知致しました。」

「あとは、不足のものがあれば揃えてやるが良かろう。」

「あの方にとって最も不足しておりますものは、やはり情報でございましょう。」

「ふむ。」

「せめてご両親の事故の真相くらいは、教えて差し上げるべきかと存じますが。」

「ラングレーの跳ねっかえりどもが、謀略を以てあの子を孤児にしてしまったことをか?」

ちなみに、アメリカ中央情報局(CIA)の本部は、バージニア州ラングレーに所在するとされているが、その一部の者たちが、マーベラに瓜二つの少女を戦士として起用するべく、邪魔な両親を非情にも殺害してしまったのだ。

しかも、たまたまそれ以前から少女に目を付けていたおふくろさまが、その全貌を詳細に記録してしまっている。

以前から両親に接触していたエージェントが、あの夜口実をもうけて呼び出し、特殊な薬物を用いて失神させた上、夫妻を車ごと崖から落とした顛末をだ。

その薬物は警察の網に掛かることは無く、既に公式に事故死として処理されてしまってはいるが、万一それが問題視されるような事態にでもなれば、政治力を用いて強引に闇から闇に葬ってしまうつもりだったのだろう。

「さようでございます。」

「しかし、果たしてそれを知ることがあの娘の幸せになるだろうか。それこそ返って苦しませてしまうのではあるまいか?」

祖国に裏切られた哀しさが、その心に大きな傷跡を残してしまうかも知れないのだ。

「お言葉ですが、このままで王妃となさるのは、今後に禍根を残すことになりましょう。」

衝撃的な事実を知れば、彼女がその心に受けるダメージが小さく無い以上、それが世継ぎを生んでからであったりしたら大問題だと言っているに違いない。

「王妃だなどと馬鹿なことを申すな。未だたった十五の子供ではないか。」

「近々、十六歳におなりでございます。」

ちなみに秋津州では、常態として男女とも十六歳で成人と看做すのである。

十一月の二十二日がその娘の十六歳の誕生日なのだが、奇しくもそれは旧王宮で惨劇が起きた日と同じ日なのだ。

「わしは、国家の暴力によって孤児にされてしまったあの娘が哀れでたまらんのだ。これでは、あのアフリカの子供たちと同じではないか。」

若者は、例のアフリカの孤児たちと同様に、その娘の境遇にひたすら同情を覚えるのだろう。

「だからこそ、一刻も早く真実を教えて差し上げるべきかと・・・。」

「それを知ることによって国家への帰属意識を失ってしまえば、なおのこと不幸ではないか。」

少なくともそれを実行した組織は許せるものではないだろう。

そして、それは間違いなく国家の一組織なのだ。

「さようでございましょうか。」

ヒューマノイドに集団に対する帰属意識の重要性など判る筈も無い。

「我が一族も、かつて国を逐われた辛い過去がある。」

「はい。」

「お京には判るまいが、国に裏切られてしまうと言うことはまことに辛いものだ。ときに心の平衡を失ってしまうほどの悲しみや苦しみを伴うのだぞ。何よりも大切なのは本人の幸せなのだから、慎重になって当然であろう。」

人間としての国王の思いには複雑なものがあるが、ヒューマノイドにそのような悩みなどは無い。

「それでは、せめて新田さんにはお伝えして置きたいと存じますが。」

「うむ、知らせておかなければ、いざと言う場合に思わぬ齟齬を来すかもしれぬな。」

女帝は援軍を求めて新田に情報を流し、新田の判断もあってその情報は岡部からその夫人に流れた。

僅か十五歳の同胞がそのような悲運に逢ったことを知り、岡部夫人のワシントンに対する憤りは尋常なものでは無い。

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  1. 2007/11/06(火) 12:33:22|
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自立国家の建設 113

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八月十日、海都のタイラーは、無情にも早朝からたたき起こされてしまった。

電話の相手は他ならぬダイアンであり、話があるから内務省最上階まで即刻出向いて来いと言う。

どうやら、すこぶるご機嫌斜めのようで、始めから否も応も無いのである。

一応「お手すきでしたら、お出でをお待ちしております。」と言う言い方だが、結局直ぐ来いと言う意味であることに違いは無い。

何せ相手は、個人的にも因縁浅からぬ同胞であるばかりか、前回も彼女の強引とも思える手助けによって劇的に救済されたばかりであり、彼女の持つ特殊な人脈から言っても、無視してしまうなど出来ることでは無い。

駐秋代表部の責任者としては、取るものもとりあえず内務省に車を走らせ、五階の一室で向かい合うほかは無かった。

それに、たまたま今日は月曜日だ。

王宮の主(あるじ)が惑星間移動に掛かりきりで、今日一杯お留守なのがせめてもの救いだが、それでも強(したた)かに緊張せざるを得ないのである。

彼女の幼な子は別室でメアリーが相手をしているのだろうが、部屋にはほかの者の姿は無く、まったくの二人きりで、要するに準備万端整えて今や遅しと待ち構えていたに違いない。

いきなり用意のノートパソコンを操作して、そこに映し出される動画映像を見るよう促すのだ。

経緯から見てよほど重大なものであることは確かで、黙ってモニタに向かい合ったのだが、その中で交わされている会話は全て流暢な英語ばかりであり、押さえ気味の音量ではあっても十分聞き取ることが出来たのである。

実に暗い気持ちだ。

見る前から悪い予感がしてはいたのだが、見て行くに従い、それが恐ろしいほどに的中していたことを知った。

やはりそれは、我が国政府の一機関があの子の両親を謀殺したことを確実に窺わせるものだったのである。

そのことを指示した者は勿論、直接手を下した実行犯や殺害の現場まで明瞭に映し出されてしまっており、五分も経たないうちに、見るに耐えない気分にさせられてしまったほどだ。

まして、その映像は殺人の謀議が行われたところから始まっており、それはその謀議以前から完璧にキャッチされてしまっていたことを物語っている。

そのことが含んでいる国防上のあれこれも決して小さなものでは無いのだが、百歩譲ってそのことはさておくにしても、やはりと言うべきか、かつて密かに推測していた通りのことが行われていたのである。

しかしまあ、何と言う短絡的なことをしてくれたものだ。

ここまでやるとは、もう狂っているとしか言いようが無いだろう。

相手は自国の一市民なのだ。

冷めたコーヒーを口に含み、苦い思いを味わいながら改めて正面を見ると、ミセス・オカベの目はきらきらと輝き憤りに燃えているように思えた。

「ご意見を伺いましょう。」

切り口上で詰問して来る。

「非常に残念なことだ。」

「それだけですか?」

いい加減な返答など許すまじき口調である。

「勿論、あってはならないことだ。」

「と言うことは、ご存知なかったと仰る?」

「知ってれば止めてたさ。」

「本当でしょうね?」

ダイアンの美しい顔がわずかに緩んだようだ。

「止められたかどうかまでは疑問だがな。」

「でも、ここまでやりますか?相手は善良な米国市民なんですよ。」

まして今回の相手は、ダイアンと同じイングランド系のれっきとしたアングロサクソンなのである。

これが、もしヒスパニック系のやつ等が相手だったりしたら、この女もきっとここまで怒ることは無いだろう。

「私なら、両親を必死に説得して、それでも納得を得られなかったら諦めてるだろうな。」

「それに、この場合、ご両親は娘を陛下に対面させることは了承してるようですわね。」

現に、その映像の中の両親は、娘を「世界の王」に会わせることに関しては、かなり積極的な姿勢すら見せており、少なくとも消極的だったとするにはその傍証すら見つからないのだ。

両親は両親なりに、そのことを一家の幸運に結びつけて考えていたことは確かなのだろう。

無論、「そのこと」とは、「世界の王」の外戚になり得ると言う可能性であり、それが目も眩むような輝く未来を想起させたであろうことも想像に難くない。

この映像を見た今は、タイラーにもその構図が手に取るように判るのである。

「しかし、これを見ると途中から国家機関の介入を強硬に拒んでいるな。」

「だから、邪魔になったと言うわけですか?」

「そのようだな。」

「絶対に許せませんわ。」

「許せないからと言ってどうするつもりだ?」

「このデータをメディアに渡します。」

「ふふん。」

今、ワシントンを壊乱させても、ニューヨーク発の恐慌列車が全て発車してしまうだけのことであり、この大コーギルの後継者がそこまで愚かな筈は無い。

「ワシントンの手の届かないところにも大量に流すつもりよ。」

「祖国を裏切る気か?」

「裏切ったのは祖国のほうでしょう。いくらなんでも、国の都合で両親を殺しちゃうなんてあんまりだわ。」

「ちょっと待てよ。」

「いやよ。」

「要求は何だ?」

「要求なんか無いわ。」

「しかし、暴露したら、合衆国の一般市民の方が困ることになるんだぜ。」

「一番困るのはワシントンでしょ。」

「いくらなんでも、避難移住に目鼻がつくまではまずいだろう。」

「これってどのレベルまで関与してるのかしら。まさかプレジデントは関与してないわよね。」

「恐らく、CIA長官も知らんだろう。」

「だったら、現場の責任者と実行者を告発すべきね。」

「どう弁解しようと、世論は大統領閣下を許さんだろう。」

「当然でしょうね。」

「せっかく特別立法で大統領選の簡略化が計られたと言うのに、何もかも吹っ飛ぶことになる。」

特別立法に則って、粛々と大統領選の「手順」が進んでいるところなのである。

「再選確実らしいわね。」

現職有利は最早動かないと言われているのだ。

「時期が時期だ、当然そうあるべきだ。」

本土決戦を迫られる以上の混乱期なのであり、政治的空白など決して生じさせてはならない筈だ。

「だからと言って、許されないことがある筈よ。」

「同感だよ。だが、既に起きてしまったことだ。」

「過ちは過ちよ。」

「残念だが、起きてしまったものは今さら元に戻すことは出来ない。」

「ローズ本人には何の罪も無いのよ。」

「うん。」

「せめて本人には、政府が事情を説明して正式に詫びるべきだわ。」

国家の安全保障のなにものかを幼い市民に説明する必要性を否定する気は無いが、説明したからと言って、両親の死の必然性を補強し得るとも思えない。

「難しいな。」

「プレジデントが直接詫びるべきよ。」

「それは出来ん。」

出来るわけも無い。

「じゃ、せめてCIA長官が辞職して謝罪しなさいよ。」

「それも無理だろうな。」

「ワシントンには幻滅したわ。」

眼前の美女は冷然と突き放して来るが、その面差しは問題の少女のものに似ていなくも無いのである。

「みんな、国家を救おうと必死なんだよ。」

「目的さえ正しければ何をしても良いって言うの?」

「いや、そうは言っておらん。」

「でも、行動で示しちゃってるじゃないの。」

「それより、国王陛下はどう仰ってるんだ?」

「この件では、未だお話してませんが、ひたすら娘が可哀そうだと仰ってるそうよ。」

「それだけか?」

「陛下のご一族は、大昔に国を逐われたことがおありなのよ。」

「知ってるよ。」

「だから、誰よりもその辛さをご存知だわ。」

「それは判るよ。」

「それで、本人が知ったら、とても苦しむのではないかと仰って、そのことばかり心配してらっしゃるそうよ。」

「ふうむ。」

「何よりも大切なのは、本人の幸せなのだと仰ったらしいわ。」

「済まん。」

実際それを言われるのが一番辛い。

「だから、これ以上あの子を不幸にしないで。」

「判った。」

「もう、自由にしてやってくれるわね?」

「已むを得んだろうな。」

「今後、あの子に手を出したらこちらにも覚悟がありますから。」

無論、このアメリカ人は、問題の映像記録に最大の威力を発揮させるつもりでいるのだろうが、肝心要の魔王本人は、例によって他国の内政に容喙するつもりは無いと見た。

「本人には会ったのか?」

「いま、隣の部屋で聞いてるわ。」

「そうか。」

「驚かないのね。」

「うん、そんな気がしてたよ。」

戦士が早朝から単身王宮に入ったとの報告も受けているが、そのときにも専任教官どもがコントロールがきかなくなったと言って嘆いていたことから見ても、「荒野の薔薇作戦」が新たな局面を迎えつつあることだけは確かだろう。

「とにかく、ワシントンの政治姿勢の何たるかを、本人に認識させておくことが一番大切なのよ。」

だが、それを認識すれば、少女の国家への帰属意識は確実に失われてしまうだろう。

「しかし、陛下はそうは仰ってないんだろう?」

「事実を知ったら、娘が苦しむだろうと言ってお悩みだそうですわ。」

「私ですらショックを受けたほどだからなあ。」

そのとき、遠慮がちにドアがノックされ、娘本人がひっそりと顔を出した。

目に一杯涙を溜めて、恨めしそうにこっちを見ている。

目を合わすのが辛い。

その子は、タイラーにとっても大切な同胞には違いないのである。

無論少女に公式に詫びることもままならず、大統領特別補佐官は暗い気持ちのままオフィスに戻るほかは無く、取り急ぎワシントンに急報はしたものの当然心が晴れることは無かった。

あのアングロサクソンの名花が、本心から哀れでたまらなかったのだ。

しかし、自分の力ではどうしてやりようもない。

それに、貴重な戦士が鳥かごを離れ、大空に飛び立ってしまったことも事実だ。

戦士の私物などは、とうにダイアンの手のものが持ち去ってしまっており、戦士自身は今後大コーギル社の囲いの中でその翼を休めることになるのだろう。

戦士が今後その手持ちカードの一つになることは必至であり、結局のところ、ダイアンの真の要求がこれだったことになる。

それに、あの記録映像の出所は土竜庵だろうから、その公表についても、どうせワシントンの力では制御不能であり、これ以上彼女に懇願したところでほとんど無意味だろう。

しかも、戦士を篭から解放してやるよりほかに途(みち)が無くなった今、「荒野の薔薇作戦」は、その作戦目標を、アングロサクソン系の世継ぎの誕生と言う二次的なものに切り替えざるを得なくなったのだ。

その成功のためには、当然、陰に陽に側面からの支援を絶やさぬよう充分に配慮すべきであり、自分の職務から言って、それを新たな基本方針として徹底しなければならない。

やがてワシントンでは大統領閣下が激怒したと伝えられ、十数人の関係者がひっそりと処分されるようだが、かと言ってあの子の両親はあくまで事故死扱いのままだ。

しかし、我が国にとって、アングロサクソンの美しい薔薇は大いなる希望の星なのである。

この「荒野の薔薇」が今後益々美しく咲き誇ってくれるのを望んでいるのは、何も自分だけに限らない。

大統領閣下といえども全く同様だと信じて疑わなかったのだ。


時計が回ってその針は深夜の零時を回っており、日付は既に十一日である。

王はその任務を終えて海都に帰着し、折りしも居間のソファで田中盛重と差し向かいで夜食を摂っているところだ。

無論、傍らで秘書官と親衛隊長が謹直な姿を見せているが、既に両名とも、天空のおふくろさまとの間でデータの同期作業を完了させたことだろう。

その作業に要した時間は、恐らくほんの数秒だったに違いない。

その意味では人間など不自由なものだ。

マシンと違って、大量のデータを一瞬で交換し合うことなど出来ることでは無いのである。

だがマシンには、この出汁(だし)の利いた味噌汁の味は到底判るまい。

昨今は新田夫人やプロジェクトAの女性たちが作ってくれていると聞くが、今日の出汁はかつおらしく、これがまた実に旨いのだ。

目の前で勢い良く味噌汁をすする友人を眺めながら、改めて今日を振り返った。

思えば、新田氏が組んでくれる作業シフトは優れて効率的であり、今日の二十四時間で百六十カ国もの多くから多様の「貨物」を搬送出来たほどだ。

しかも、各国の関連作業がいよいよ本格化して来ていることもあって、今日一日で二億人以上も丹波に送った計算になると言う。

合衆国などでは今日も大量の畜類がアクセスポイントに集められていたが、無論他の諸国家でもさまざまの動植物の移送を準備中であり、来週あたりからは人間以外の生き物の移送がますます本格化するに違いない。

中露などは最初から詰め込み主義一辺倒であり、かなり乱暴な移送振りが目につくが、それはそれでそれなりの事情があってのことなのだろう。

EU諸国の移送作業はそこそこ順調で、丹波現地の受け入れ態勢作りも猛然と進んでおり、密かに案じていたアフリカ方面の移送作業が思ったより順調に来ているが、一方でインドや中央アジアあたりの作業がここに来て幾分停滞気味なのが気にかかる。

なにごとにより、全てが万々歳とは行かないものだ。

我が日本でもガンマ線対処法が強力に機能し、打ち出された移送計画がいよいよ実効性を帯びて来ており、既に独居老人や入院患者の移送が完了し、敷島に派遣した医療部隊が大車輪でその責めを果たしつつある。

国井・相葉・新田・岡部のラインが心血を注いでいるとは言いながら、無論神ならぬ身である以上、全ての問題をクリアー出来るわけでは無いだろう。

その激務に追われ、官房長官などは戦線離脱して入院してしまったほどで、国井総理は急遽若手から安田啓一氏を起用し、新たな官房長官に据えてことに臨む方針だと聞いた。

ブルドッグと渾名される安田氏はその名の通り抜群の体力を誇り、新田氏や岡部氏とも剣道を通じて古馴染みであり、しかも国家警務隊(秋桜隊)の鹿島司令官とは防大の同期だ。

安田氏は秋津州対策室長も兼務することになるが、岡部氏との相性もぴったりだと聞いており、新田氏の表現にもあったが全てにわたって総理苦心の人事だと思う。

いずれにしても、国家が臨戦態勢に入ったことになり、明朝などは、その対応でさぞかし大騒動だろう。

既に列島の空は不穏な空気に覆われており、秋桜隊が全国隅々にまで目を光らせながら、特に警察と消防活動に意を注ぎ、救急救命に関しても優れた効果を発揮している筈なのだ。

鹿島先生があの神のような人格を以て統御してらっしゃる限り、その備えは万全だとは思うが、このご時世のことだ、いつなんどき不測の事態が起きてしまっても不思議は無い。

自分が不在の場合の対処法も一応お京に命じてはあるが、実際不確定要素が多過ぎて、日本列島に何が起きてしまうか予想もつかない。

丹波の気候変動は地球のそれと合致しており、敷島のある北半球は同じく今が真夏なのだが、混乱の中で一人の凍死者も出さないためにも、何とか寒くならない内に目鼻をつけてもらいたいものだ。

現実に地球脱出騒動が始まってしまった以上、厳寒期が到来する前に収束させたいが、片や、南半球の一部などは今が厳寒期で同じようにはいかないのである。

丹波の経済市場の育成にも当然留意しているが、東京は勿論、ニューヨークやロンドンなどに比定し得るほどのマーケットが、既にその萌芽を見せており、先行中の大和文化圏のマーケットと盛んに結び始めていることは大きな収穫だ。

丹波への移住が奔流のように進んでいる今、その市場が爆発的な拡大傾向を辿ることは間違いない筈で、その点での心配は先ず杞憂だろう。

とつおいつ思いを巡らしながら食後のお茶を口にした矢先に、東京のお京から通信が入ったのである。

この通信で、あの少女の今日に関する報告を初めて聞くことになって驚いたが、既に少女自身は与えられた部屋で休んでいると言う。

先日横山親子等に宛がったものと同等の部屋のことでもあり、少女の仮住まいとしては充分ではあろうが、それにしても心細い思いをさせてしまったものだ。

「昼間何度も地球に戻っていたに、何故報告しなかった?」

王の言葉は僅かに怒気を含んでいたであろう。

「申し訳もございません。」

女帝にして見れば、ことの進行中に中止を命ぜられてしまえば全てが終わってしまいかねず、ダイアンの激しい憤りを利して、ひたすら実績を作ってしまいたかったまでのことなのだ。

「話してしまったものは仕方が無いが、本人の様子はどうか?」

ダイアンにしても当然主体的に動いたのだろうから、その行動を自分が制御しようとしても、それこそ変な話になってしまう。

「どうやら、泣き寝入りに眠ってしまわれたご様子でございます。」

「身の回りの品々で不自由はあるまいな?」

「そこに抜かりはございません。」

「タイラーが諦めたことは確かなのだな?」

「彼女の手荷物などの搬出についても、一切クレームは出ておりませんから。」

「ダイアンの方はそれで納得したのか?」

報告によると、タイラーを相当に脅しあげたことは確かのようだ。

「とりあえず、窮鳥を救い出せればそれでよしとお考えのようでございました。」

「さようか。」

「あ、ただいま、ヒューイットさまお出でのようでございます。」

「なに?」

どうせお京の配下が、戻ったことをわざわざ伝えたのであろう。

ドアが開き、目を泣き腫らした少女が姿を見せ、こっちの姿を見るや人目も憚らず矢庭に駆け寄って来た。

がっしりと受け止めてやりはしたが、祖国の裏切りを知り、一層心細さが募るのだろう。

胸に縋り付くようにして身も世も無く泣きじゃくるのだ。

その哀しみが判るだけに、こっちの胸まで締め付けられるような想いがする。

向かい側の田中盛重がそっと座を外して行き、お京から命ぜられたのだろう、迫水どころか甚三まで出て行ってしまった。

ソファに座ったまま横抱きに抱きとめ、黙ってその背中を撫ぜてやるほかは無いが、哀れな窮鳥はなかなか泣き止もうとしないのだ。

勃然と保護欲が沸き上がって来るのを覚える。

悪い癖なのだ。

虐げられた弱者を見てしまうときなど、一族の過去を想い、際限も無く庇護してやりたくなってしまう。

だからこそ、お京が、その弱点を見事に突いてくるのだ。

胸の中でその典型例が、今艶やかなブロンドを波打たせながら哭いている。

この娘も、国家と言うモノに親を奪われ、いまや行き場を失って心がさ迷ってしまっているのだろう。

この私に頼りきって、全てを委ねているのだ。

抱きしめて、凍えた心を少しでも暖めてやりたい。

暫くしてようやく嗚咽が已んだと見て、「よしよし、辛かったろうなあ。わしがついておる、もう何も心配することは無いのだ。」と言ってやるとこくりと頷く。

実に愛らしい。

しかし、いつまでもそうしているわけにも行かず、意外に持ち重りのする娘を軽々と抱き上げたまま、通信を用いて迫水を呼んで部屋まで案内させた。

長い回廊を両手に抱いたまま進み、幾分身を硬くしている娘をベッドに寝かせ、一声掛けただけで自室に引き取ったが、未だ子供だと思っていたものが、驚くほど成熟した女体の感触を手に残してしまい、それが意地悪く亡き妻の感触を思い出させ、なかなか寝付けなかったことは事実だ。

流石のお京もそれ以上のことは言って来なかったが、翌朝目覚めてからがまたうるさかろう。


一方、娘の方はたっぷりと熟睡した。

目覚めてカーテンを開けると、もう陽は高かったが、周囲は不気味なほどの静寂に包まれていて本当ならとても心細い筈なのに、何故かとても安心な気がするのである。

南向きの窓を開けようと思ったら、分厚い窓ガラスが嵌め殺しになっていてびくともしない。

頑丈な防弾ガラスになってるのかもしれないけど、窓から外気を取り入れることは出来ないのだ。

でも、かなり大き目の通風孔から冷気が送られて来てるみたいで、真夏ではあってもとても居心地がいいところを見ると、ちゃんと除湿も効いてるようだ。

窓越しに大きな秋津州ビルを眺めているうちに、ぼんやりとしていた頭が、段々すっきりとして来る。

そうだ、ここはあの方が統治してらっしゃる超大国秋津州の王宮の中なのだ。

身づくろいを済ませてからインターフォンを取り上げると、すぐにノックがあって、迫水さんよりかなり年上の女性が来て下さったが、それがあの有名な秋元五姉妹の一番下の妹さんで雅さんと仰る方だった。

迫水さんの代わりだと仰って、何くれと無く世話をやいて下さるのだ。

改めて案内してもらったけど、その部屋には小さいけどキッチンまで備わり、冷蔵庫、炊飯器、レンジ、IHヒーターとそれにマッチした調理器具は勿論、驚いたことに洗濯機や掃除機まで揃っている。

お風呂も和風のものがついていて、ちょっと戸惑っていたら、雅さんはその扱い方などを丁寧に教えてくれてから、とても淑やかに引き取って行った。

しばらく耳を澄ましてみたけど、彼女の足音が直ぐに聞こえなくなったところを見ると、全館がよほど防音効果が効いているに違いない。

周り中、ほんとに人の動く気配すらしないのだ。

本当なら、宮廷の女官やら官僚やらが大勢詰めてる筈なのに、まったくその気配も無いのである。

そう言えば、秋津州の宮廷はその内部構成がほとんど謎だらけだって聞いてたけど、それにしたって衛兵の姿すら見掛けないし、ほんとにどうやって運営されているのだろう。

それに、陛下の秘書官は、迫水さんのほかにもう一人吉川さんて言う女性がいるって聞いてたけど、未だに一度も顔を合わせてはいないのだ。

前は日本に常駐してたって聞いたけど、そうすると今でもそうなのかしら。

以前は、いつも三人の侍女がついてたって言うけど、今はお国に帰ってお嫁入りの準備中だと聞いてるし、その方たちも皆さんとても美しい方ばかりで、一時メディアで相当話題になったほどらしく、その辺だけは小さい頃にテレビで見た記憶がうっすら残っている。

レポーターなんかは、秋津州は特別に美しい娘さんが多いのではないかと言う口振りだったけど、本当のところはどうなんだろう。

それに、その娘さんたちは皆さん、陛下の赤ちゃんを産みたいと願って宮廷にお入りになったのに、未だに誰一人望みが叶わないって聞いた。

迫水さんなんかも、その内の一人なんだろうけど、そうだとしたら私のことをどう思ってらっしゃるのだろう。

一言で言ってライバルなのだから、本当は意地悪されるのが普通なのに、そんな気配は全然無くて、逆に応援してくれてる気さえするのだ。

ひょっとしたら、誰でも良いから陛下の赤ちゃんを生んでくれさえすれば、それでいいと思ってらっしゃるのかしら。

考えてみたら、とっても不思議な気がする。

テレビをつけたら、NBSのチャンネルでニュースを流していたけど、合衆国では相当の人が移住しちゃったらしくて、もう半分も残ってないって言っていた。

牧場で飼ってた牛なんかも、来週中にはほとんど運び終えちゃうみたいだし、中には早めにお肉にして大型の冷蔵庫に入れたまま運ぶケースも増えてるらしい。

野生動物も何種類か捕獲して移送する計画もあるって言ってるけど、その前に肝心のアメリカ市民をちゃんと移送出来るのかしら。

試しに、日本のチャンネルも見てみたけど、日本の場合移住がもっと進んでいて、もう七十パーセントぐらいが移住しちゃったらしいし、日本政府も丁度今盛んに移動の作業中らしい。

それに、実質的な戒厳令が布かれてるって言ってるし、それも全国規模だって言うから、相当大変なことになってるみたいだ。

日本のあっちこっちに大勢駐留していた米軍部隊なんか、とっくに引き上げちゃったって言うし、滞在していた外国人たちも民間の人はほとんど出国したらしい。

中には日本で生まれて育った外国人もたくさんいたらしいけど、その人たちは日本のアクセスポイントには入れないため、日本にいても丹波へ移住することは出来ないから、当然みんな帰国して行ったと言う。

結局、世界各国が海外から自国民を呼び戻して盛んに丹波に送っていて、イギリスなんかも、六十五パーセントぐらいが丹波に上陸済みで、今では海軍の艦船まで送り始めているらしい。

その上、評論家の中には、もうじき地球上の銀行の操業を停止させて、一斉に丹波に移動させるのではないかって言ってるけど、実際は殆どの銀行がとっくに店仕舞いしちゃってるじゃないの。

いろいろ考えながらシャワーを浴びて、改めて鏡を見てみると、未だ相当顔が腫れぼったい。

いやだわ、やっぱり夕べは、甘ったれてべそを掻き過ぎちゃったみたいだ。

だって、あの方に抱かれてると、それだけでとっても安心なんだもの。

もう一度秋元さんに来てもらうと、ちゃんと朝のお茶がついて来て、まるでホテルのルームサービスみたいだ。

陛下はもうお出かけになられたあとだと聞いて、この顔を見せずに済んで内心ほっとしている自分がそこにいる。

そう言えば夕べは確かに、「わしがついておるから、もう何も心配することは無い。」と言ってくれた筈だし、あれは絶対夢なんかじゃないのだ。

そして、この部屋まで抱いて来てくれてベッドに運ばれたときは、ちょっとだけ、びっくりしたけれど、それはそれでちゃんと覚悟は出来ていたつもりだった。

クラスメイトの子はほとんどが十八歳になってるくらいだから、その子たちの会話から耳学問だけは充分にして来ているし、女性教官たちも折りに触れてそのことを教えてくれていた。

彼女たちの場合なんか、最初から私があの方の赤ちゃんを産むことを前提にしていたみたいで、もう全部そう決まってるような口振りだったけれど、実際に自分自身がそう思えたのは、やっぱりあのピクニックに連れてってもらってからなのだ。

転びそうになって抱きとめてくれたときなんか、恥ずかしいこともあったけど、とても嬉しくて、わくわくして、きっとこの人の赤ちゃんを産むことになるに違いないと感じたのだ。

だから、ベッドまで運んでもらったときは、やっと来るべきものが来たんだと思ったのに、あの方は「ゆっくりお休み。」と言っただけで、あっさりとお帰りになってしまわれて、そのあと、何か物足りないような、侘しいような、そんな妙な気分でいるうちに知らず知らずに眠ってしまっていた。

せめてキスぐらい、せがんで見れば良かったかしら。

そうすれば、もっと安心して眠れた筈なのだ。

それに、秋元さんは陛下から言われてるからと言って、お小遣いを二千円も置いて行ってくれたから、あとでお買い物に行って来ようかしら。

最近の秋津州円はとても高いらしいから、二千円ならきっと一万ドル以上だろうし、大抵のものなら軽く買えちゃう筈なのだ。

通学してた頃新しく作ってもらったカードは、卒業する前の時点で使えなくなっちゃったし、聞いたらお友達の家の場合もみんなそうだったらしい。

第一、銀行がちゃんと動いてないって言ってたから、それも無理は無いんだって話だった。

秋元さんの話では、少なくとも秋津州の加茂川銀行だけは未だ大丈夫らしくて、丹波でもそのまま使えるカードを作ってくれるって言ってたけど、カードがあっても口座にお金が入ってなかったら、やっぱり使えないものね。

私ってそんな顔してたのかしら、陛下のお名前の口座ですから、ご心配には及びませんって言われちゃった。

その点、陛下は私の保護者なんだって仰ってたし、おまけにダイアンお姉さんまでお小遣いをくれるって言って下さったけど、お会いしたばかりなのにそんなこと出来ないわ。

それにしても、昨日のお姉さんの迫力にはほんとにびっくりさせられた。

言われた通り、隣の部屋からイヤホン付きのモニタで、あのやり取りをずっと見て聞いていたのだ。

あの怖いタイラー補佐官が最後まで押されっ放しだったけど、結局、両親が政府の命令で殺されちゃったって言う話だけは本当らしいし、また哀しいことを思い出しちゃったわ。

両親だってきっと天国で悲しんでるに違いないと思うと、哀しくて切なくて、ぽろぽろぽろぽろ涙が出てきて止まらないのだ。

二人共未だ三十代で何にも悪いことなんかしてないのに、いきなり天国に召されちゃうだなんて、私だって信じられないくらいだったんだもの。

今だって信じたくはないけれど、お葬式もちゃんと挙げたんだし本当に天国に行っちゃったのだ。

私が陛下の初恋の人にそっくりだったからこうなっちゃったらしいけど、だからと言って、何も殺すことは無いじゃないの。

考えれば考えるほど口惜しさがこみ上げて来て、祖国は両親の仇だと思うと、いつかきっと復讐してやりたい気にさえなってくる。

どこかに、命令した人も命令された人もいる筈なんだから、陛下に頼んで捕まえてもらえないかしら。

タイラー補佐官も全然知らなかったみたいだし、どうやら大統領も知らないみたいな話だったけど、いったいどのくらい偉い人が関わっているのだろう。

ダイアンお姉さんも詳しいことは判らないって言ってたくらいだから、やっぱりあの映像だけじゃ、犯人を突き止めるのは無理なのかしら。

犯人が判らなけりゃ、いくら陛下だってどうしようもないだろうし、とにかく一度ゆっくり話を聞いてもらうことにしよう。

ダイアンお姉さんも言ってたけど、陛下は、一番大事なのは私自身の幸せなんだって仰ってるくらいなんだし、私が言えばきっと聞いて下さる筈なのだ。

びっくりするくらい大きくて、その上とても豪華なあのお姉さんが、有名なコーギル社のオーナーだってことは聞いてたけど、何でも、ずいぶん前から陛下とはお友達だったらしくて、昨日の朝突然私を訪ねていらしたのだ。

ちょっと驚いちゃったけど、東京政府にいる旦那さまから私のことを聞いて、いても立ってもいられなくて、わざわざ東京から飛んで来てくれたみたい。

とにかく今度のことでは本気になって怒ってらしたみたいで、その上ボディガードが二人も付いていて、最初はちょっと怖いような感じがしたけど、私にはとても優しくしてくれた。

タイラー補佐官が帰ったあと、遅い朝食の膳についたけどほとんど食べられずにしょんぼりしていたら、辛抱強く慰めてくれて、そのあといろいろ希望を聞かれたけど、正直言ってどうしていいか自分でも判らないのだ。

大二郎ちゃんも一度抱かせてもらったら、けっこう懐いてくれてたし、そのせいか、私さえ良ければ、お姉さんのところで引き取ってくれるって言われたけど、出来たら陛下のお傍を離れたくないって答えておいた。

ダイアンお姉さんはとっても優しい目をして、何度も何度も「うんうん。」と頷いてくれてたし、これで、最悪でもあの家庭教師たちからは解放されたみたいだから、今日からは、陛下の仰ることを聞いていさえすればいいのだ。

お姉さんは何か困ったことがあったら、何でも言って来なさいって言ってくれるけど、もう専用のお部屋までいただいちゃったんだもの、何もかもあの方に相談してからのことにしよう。

何しろ世界の王さまなんだから、めちゃめちゃ忙しいって聞いてるし、今日は、いったい何時ごろお戻りなのだろう。

さっきのニュースでも、今朝も早いうちから東京政府の方々とご一緒に、何度も丹波へ飛んでらっしゃるみたいだし、お帰りは相当遅いのかしら。

試しにインターフォンを取り上げてみたら、秋元さんが食事の用意をしてくれると仰るので、今後のことも考えて丁度良いと思ったから、キッチンに案内してもらって、自分でいろいろ試して見ることにしたのである。

何故か秋元さんは大喜びで手助けしてくれて、何でも揃えて下さるし、聞いてみたら、あの方の料理を作ってくれる人を募集してる最中だったらしい。

私がいるのに募集なんか止めて下さいって言ったら、にこにこしながら「承知しました。」って仰ったのにはちょっとびっくりさせられたけど、とにかく私に対してすごく丁重な応対をなさるのだ。

その点迫水さんと同じで、まるでおとぎ話に出て来る王女さまみたいに扱われて、ちょっと照れくさいくらいだった。

家庭教師役の人たちから教わった話では、秋元さんたちご姉妹は日本人で、皆さん優良企業の経営をしてらっしゃる上、あの方のご家族のような存在だって聞いてたから、何でそんなに丁重に扱ってくれるのか少し不思議な気はした。

特に一番上のお姉さまの京子さまは、東京政府だけじゃなくて宮廷内でもかなりの影響力をお持ちのようで、中には秋津州の女帝と呼ぶ人までいるらしい。

それに、一番要注意なのは立川みどりと言う人で、実際この人に逆らったら陛下のお傍にはいられなくなっちゃうって言うくらいだから、よほど気をつけなくちゃいけないのだろう。

とにかく、あの方の家庭内のことでは、その立川さんの仰ることには、絶対に逆らっちゃいけないって言われたほどなのだ。

ビデオ映像では優しそうな人に見えたけど、実際はとても怖いおばさんに違いない。

男の人では、秋津州の執政官と呼ばれてる新田さんも要注意だって言われてるけど、録画映像では、とてもそんな怖い人には見えなかった。

怖いから絶対ステイツにだけは帰りたくないし、もうどこにも行きたくは無いのだから、周りの人たちに嫌われないようにしなくちゃいけないのだ。

ちょっとびくびくしながら入った陛下のキッチンは、想像してたよりずっと広くて立派なものだった。

一人でお料理するには広過ぎる気がしたほどだ。

当然なんだろうけど、冷蔵庫にしてもそのほかのキッチン用品にしても、一通りのものは全部揃ってるし、あとは家庭教師のおばさんたちに教えられた通りにすればいいだけだ。

そう言えば、ここ半年の共同生活でかなりの和食メニューを教えてもらっていて、これだけは本当にラッキーだったと思う。

最初中途半端なメニューを手がけて大失敗しちゃったけど、秋元さんが終始にこにこと、「食材のロスなどお気になさらず、何でも自由になさってよろしいのですよ。」と言ってくれるので、相当思いきったテストもやってみたのである。

その上、作るそばからワゴンに乗せてどこかに運んで行くので、廊下に出て見ていたら、直ぐそばまで別の女の人が受け取りに来ていた。

どうやら、実際に食べてくれる人もどこかにいるみたいなのだ。

出来たらお味の方の感想も聞いてみたいと言ったら、そのあとで新田さんの奥さんの菜穂子さんが来て下さって、いろいろアドバイスして下さった上、新しいメニューを幾つも教えてもらえてとても嬉しかった。

大二郎ちゃんより一日だけお兄ちゃんの源太郎ちゃんは、お母さんに似てとても可愛いらしい顔立ちの赤ちゃんで、私もこんな赤ちゃんが欲しいなってつくづく思ってしまったほどだ。

源太郎ちゃんを抱かせてもらいながら、菜穂子さんにいろいろなことを教わったけど、この方はお料理の天才みたいで、その上とても優しくしてくれて、心からお礼を言わせていただきました。

同じ階のずっと西側にある土竜庵と言う場所に住んでらっしゃるそうで、一度遊びにいらっしゃいって言ってくれたけど、回廊が途中で入り組んでるみたいで、うっかりすると同じ階でも迷子になっちゃうかも知れない。

菜穂子さんとはけっこう気軽に話が出来て、陛下のご家族が遭難した当日のこともいろいろ聞かせていただいたけど、何しろ菜穂子さんは、あまりのショックでその場で卒倒しちゃったらしくって、旦那さまからあとで聞いた話では、あの陛下が目を真っ赤にしてほとんど口をおききになれなかったと言うのだ。

赤ちゃんと奥さまとそのご両親まで一遍に亡くされるなんて、きっと私のとき以上にお辛かったことでしょう。

それに、つい最近まで赤ちゃんと奥さまのお骨をロケットに入れて下げていらしたと聞いたら、とたんに涙が出て来て困っちゃったけど、結局陛下は、ご家族をそれほどまでに愛してらしたに違いない。

ご自身もきっとお寂しいに違いないのだから、これからは私がお側にいて、いろいろ気をつけて差し上げないといけないと思う。

出来たら、その奥さまの代わりにもなって、お寂しい想いを少しでもお慰めしたいし、そのためにも、お料理の腕を磨いて美味しいものをお出ししたいのだ。

陛下のお好きな味噌汁の出汁取りだけはとてもうまくいったらしくて、結構評判が良かったので少しだけ自信を持っちゃった。

結局この日は、ただひたすらメニューを考えながらいろいろ作ってるだけで楽しい時を過ごし、その間、自分自身はトーストとベーコンエッグを食べただけで、まるまる一日が終わってしまった。

ほんとは忙しい筈の秋元さんが、その間も絶えず身近にいてあれこれ心を配ってくれて、私の望む食材は、使いを走らせてまで何でも揃えてくれる勢いなのだ。

その内、知らない男の人が大型の冷蔵庫まで運び入れてくれて、明日からは食材が足りなくなることは無さそうだから、かなり本格的なお料理にも挑戦してみよう。

そう言ったら秋元さんがとても喜んでくれて、この分じゃ、あの方の専属料理人を欲しがってるって話だって満更嘘じゃなかったみたい。

だったら益々お料理の腕を上げておかなくちゃ、専属の料理人が来ちゃうじゃないの。

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  1. 2007/11/11(日) 13:37:43|
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