日本大好きじいさんの落書き帳

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

自立国家の建設 114

 ◆ 目次ページに戻る

さて、この日の田中盛重は早朝から繰り返し神宮前に入っていたが、実は、今朝方国王陛下のお手を煩わせ、総理自身が内閣と行政府の面々を引き連れて敷島への移動を終えていたのである。

詰まり、国家システムの根幹部が丹波へごっそりと移動してしまったことになる。

その後の日本列島は安田官房長官が総指揮を採ることになるが、一歩間違えれば大混乱を招きかねず、そうなれば殿(しんがり)部隊を率いる鹿島司令官の即断即決がいよいよ求められる事態に繋がり、その場合留守内閣と軍が分かれていては何かと不自由だ。

本来有事における総理の指揮所としては、官邸の危機管理センターや市ヶ谷の中央指揮所、或いは立川広域防災基地などがあるが、ここに来て国家警務隊の情報通信能力がはるかに優れていることが判然として来たため、国井総理の大号令によって官邸機能の一切が神宮前に引き移って来たのだ。

そのため大勢の人間が早朝から大忙しで駆け回り、ようやくひと段落ついたところで、田中も井上司令官や迫水秘書官と共に国王陛下に随従して改めて神宮前に入ったのだが、田中の目には、広大な構内に駐機する大型ポッドや巨大な兵営の姿が重く影を落とし、その物々しい雰囲気に身の引き締まる想いをしつつ、やがて本館二階のオフィスに上がって見て驚いた。

何と、そこには、秋元姉妹の傍らにもう一人の迫水美智子が控えていたのである。

一瞬、興梠(こおろぎ)律子なのかと思って胸が騒いだが、見れば彼女もまた国王秘書官としての姿勢をとっており、明らかに彼女ではなかった。

詰まり、国王秘書官迫水美智子と言う「人物」が、その場に二人も揃ったことになるのだ。

二人共見れば見るほど同じ顔をして、ご丁寧にも着衣や髪型までそっくりそのままの姿で並んで立つものだから、まったく見分けがつかない。

結局これもまた陛下所有のヒューマノイドだと知ってがっかりすると同時に、胸の中に興梠律子の強烈な印象が又しても蘇って来てしまう。

未だ一度しか会ったことは無いが、あれ以来胸をよぎるのは彼女の面影ばかりで、気が付けば心を鷲掴みにされてしまっていたのだ。

しかし彼女が想いを寄せているのはどう見ても国王陛下であり、どう足掻いてみたところで勝負にも何もならないことも判っているつもりなのだが、胸の中で意地悪く虫が騒いでどうにも諦めてくれない。

こう言うスキャンダラスな女性と結婚するなど、官僚として少なからぬリスクを負うことも判っているつもりなのだが、胸の中の虫はまったくお構い無しなのである。

しまいには、彼女と結婚できるなら、官僚としての未来など棒に振ってしまえと言って雄たけびを上げる始末だ。

幸か不幸か、肝心の国王陛下の方は彼女に対して特別の感情はお持ちでは無いように見受けられ、その点で、恋の鞘当てにはならないことだけがせめてもの救いだとは思う。

第一、陛下の場合、亡くなった王妃のことを未だに想い続けておられて、今のところ他の女性など眼中に無いのだから、昨晩陛下の胸に泣き伏していた金髪の美少女にしても、陛下にとっては、かつてのアフリカの孤児たちと同様の存在に過ぎず、その胸の中にあるものは深い憐憫の情以外の何ものでも無いだろう。

そこにも将来悲劇が訪れる余地があり、敢えて望むことではないにしても、興梠律子の場合もそうならない保障は無いわけで、そのときこそ、自分の存在をアピール出来る絶好のチャンスになると思う。

しかし、理屈はそうなのだが、胸の中の虫がそれまで待ってくれそうに無いのだ。

何しろ、この胸のもやもやが始終自分を苦しめ続け、解放してくれそうな気配も無い。

とにかく、あれやこれや悩んでいるより、男なら当たって砕けろと虫のヤツがほざくのだ。

その上、さきほど陛下に言われた一言がひどく心を揺さぶってしまっている。

聞けば、あの女性の勤める店が今日で店仕舞いするらしく、何でも、最後にお別れパーティのようなことをやってから店を閉めることを諸方に通知していたらしいのだ。

このご時世のことだから、その招きに応じる人間も限られては来るだろうが、陛下はそのことをみどりママからお聞きになっていらしたらしく、この私に名代として出向いてくれるよう仰せになり、おまけに迫水秘書官から十万円入りの熨斗袋まで渡されてしまい、その上陛下ご自身はご念の入ったことに丹波に緊急の用事が出来たと仰る。

そう聞いてしまった以上、引き受けざるを得ないだろう。

そうと決まってからは、今夜会える筈の女性を想って我ながら気の高ぶりを覚えてしまい、中学生じゃあるまいしなどと自分に言い聞かせては見るものの、妙に落ち着かない時間を過ごす羽目になってしまった。

安田長官と陛下の会談にも立ち会ったが、陪席の岡部先輩に、「おまえ、今日は少しおかしいぞ。」などと言われてしまうありさまなのだ。

本当のことを知ったら、さぞ先輩が怒るだろう。

竹刀で殴られるかもしれない。

その後の陛下は司令部において鹿島閣下と親しくご懇談に及ばれ、そこでは終生忘れ得ぬ情景を見聞した。

何せ、二人の間には切っても切れないほどの深い信頼関係が見え隠れし、その美しい人間模様にひどく胸を打たれたのだ。

例えば、閣下が国王陛下とお呼びになるのは当然と言えば当然だが、陛下が鹿島閣下を先生と尊称されるのをお聞きし、鹿島閣下が陛下に抱いておられる徒ならぬ思いは以前から承知していたが、陛下の方も閣下のお人柄にひどく感じ入ってらっしゃることが、今さらながらひしひしと伝わって来るのである。


このあと、神宮前で国王陛下の旅立ちをお見送りしてから、早いうちから行動を起こし、勇躍してスナック葉月に赴いたのだが無論これも初めてのことだ。

国王陛下の名代と言うことで堂々たる公用と看做されたが、敢えて公用車は用いず、いまや数少なくなったタクシーを呼んだのだが、上野広小路のその辺りの風景は報道画面などで度々目にしており直ぐに見つけることが出来た。

周辺一帯は数ヶ月前までの繁盛振りから見れば驚くほど閑散としていて、これがあの上野広小路かと思いつつ目指す店に足を踏み入れると、カウンター席が六つほどで他にボックスが七つほど並び、客が届けさせたらしい花篭の姿も妙に物悲しい。

国王陛下の名代であることを告げると思いのほかの歓待を受けることとなり、ママは勿論、興梠律子からもそれなりのもてなしを受けることになった。

しかし、彼女たちは見るからにてんてこ舞いだ。

客は七組ほどのものなのだが、接待しているホステスはと言えば、あとにも先にも三人だけであり、その中の一人は絶えずカウンターに入っているありさまで、いきおい興梠姫も席を移動しつつサービスにあい努めざるを得ない。

店内を深海魚のように泳ぎ回るその姿は、鮮やかすぎる美貌と言い、抜群のプロポーションと言い、眺めているだけで胸が高まって来るほどのもので、ときに太っちょママが回ってきてもまるで上の空だ。

その美女の姿はそれほどまでに煌びやかなものに見えており、素晴らしい人気を誇っているのもつくづく当然に思えて来る。

いずれにしても、大役は果たし終えたのである。

もっと眺めていたいのはやまやまだったが、何と言ってもこの状況だ、いくらなんでも長居は禁物だと思い已む無く辞することにしたが、その帰り際になって深海魚の方から思わぬ申し出を受けることになった。

この状況で明日からまた体が空くことになり、海都付近の観光旅行を予定していると言い、あろうことか、このご時世に国王陛下をお誘いして海水浴を楽しみたいと言う。

要は、自分の水着姿を陛下に見せたいだけなのだろうが、その段取りについても既にみどりママに頼んであるらしく、その節はくれぐれもよろしくと言う話で、何のことは無い、興梠姫さまはこの私に恋のキューピットの役回りを演じて欲しいとの仰せなのだ。

その口振りでは彼女が主役を務めるような話だったが、実際のところは有紀子ちゃんの存在が全てであったらしく、幼いおねだりが功を奏した結果だったことが後になって判って来るのである。


一方、国王は多くを携えて丹波に移動し六角庁舎に入っていたが、今や日本政府の敷島移転のことがあり、一方に、現地軍に内在する巨大な内部矛盾のことがある。

秋津州兵団の各司令官が全て准将でありながら、丹波に限っては全軍を統御する権能が長らく秋元滝中佐の手にあったのだ。

少なくとも外見上は三階級も上級の将官を指揮していることになり、このままではその不自然さがいよいよ際立つばかりで、これほどの内部矛盾をわざわざ人目に曝して歩いても一文の得にもならないことは明らかで、遅ればせながら上級の将官を用意して運んで来たところだ。

そのネーミングも近代日本における稀代の名将にあやかって立見鑑二郎としたが、この司令官は中将として着任するや、丹波の全軍を隷下に置くことによって外見上の整合性を保ったことにはなるだろう。

そして、外見上秋津州の全てを統御するものとして堂々たる中央政庁が今ここにある。

六角庁舎だ。

地上十二階地下二階建てで二百万平方メートルもの床面積を誇るこの庁舎は、上空から見れば正しく六角形を成しており、その詳細部分の設計は例によってお袋さまの手になるものであって、最上階を特別なフロアとして扱い、その真北と北西及び西南側が新田一派とプロジェクトAのためのエリアとされ、今では専ら「秋桜(こすもす)エリア」と呼ばれている。

結局最上階フロアの西側半分をそっくり秋桜エリアに割り当てているため、残りの東側半分だけが王宮エリアと言うことになる。

その王宮エリアにしても公式行事用のエリアが南面するフロアに、残る東南及び北東のフロアが私的エリアに設定されていたが、その私的エリアの中でも北東エリアに施されていた造作が若者の目を特別に惹いたに違いない。

何しろ、必要以上に贅沢な造作を持つ部屋が数十所帯分も整えられていたからだ。

中には十LDKもあろうかと言う広大なものまで複数存在し、その無意味な大きさに気付いた王が女帝に問い質したところ、女帝は大は小を兼ねる筈だと応えたと言うが、おふくろさまの設計の意図そのものが、王家の「後宮(こうきゅう)」としてのものであったことだけは動かない。

何せその広大なエリアは、改めて提示させた設計図の中では、「内裏(だいり)」と記されていたくらいだったのだ。

かつて秋津州王朝が他の天体において成立した頃の語法で言えば、「内裏」はそのものずばりの王の後宮を意味するのである。

王は直ちにその呼称を改め、その内裏エリアを一番区域と名付け、時計回りに次の東南の一辺を二番、真南の公式エリアを三番、西南を四番、北西を五番、真北を六番区域と定めた。

詰まり、一・二・三番区域が王宮エリアで、四・五・六番区域が秋桜エリアだと言うことになる。

ちなみに言えば、この最上階は殆どの区域でかなり高い天井を持っており、多くの場合概ね八メートルもの高さがある上、四番区域には例の純日本風平屋建ての土竜庵が既にある。

この土竜庵などは、新田の家族が今後いよいよ増えた場合に備え、八LDKもある大きなものになっており、中でも巨大な掘り炬燵を具えた居間兼会議室に至っては、十八畳敷きはあろうかと言う大きさだ。

土竜庵に隣接するオフィスにも無論大小の会議室が備わり、五・六番区域に住まう筈のプロジェクトAと新田の配下たちが賑々しく集うことになる筈だ。

また、王宮エリアの内でも公式な場所とされる三番区域には、大小の謁見の間や会見の間、そして大規模ホールなどが備わり、外来者のための休憩所兼寝室や王の公的執務室などがある。

片や私的エリアの二番区域には王の居間やキッチンや多数の休憩室兼寝室などと共に、執務室とそのオフィスまでが重厚な趣きを添えて備わっており、今後国王にとって主たる居所となることを窺わせていた。

また、屋上には大規模なアンテナ類や水槽、そして大小さまざまなポッドの発着スペースが備わり、通常のフロアには中央銀行はおろか、全ての行政庁が集中しており、既に六角庁舎は名実ともに完成していると言って良い。

一旦外に目を向ければ、グラウンドを挟んで真向かいには秋津州財団のビルが聳え建ち、財団の研究所はもとより、そこの一階には剣道場まで設けられ、最上階には重厚な設えの総裁室があるのだと言う。

六角庁舎の東側には広大なパーキングエリアを挟んで堂々たる国民議会が威容を誇り、そのまた東側には八咫烏の櫃などを収蔵する王立博物館が鎮まり、目抜き通りには大和商事の高層ビルや加茂川銀行などが聳え立っているのである。

幾つもの大和商事所有の貸しビルの中には、海都から移って来たクラブ碧やモニカたちの酒場なども立派に営業を始めており、近頃では証券取り引き市場はもとより、穀物や工業品等のマーケットも活況を呈しているとされ、既に一の荘は堂々たる金融商業都市だと言って良い。

又、この意味では秋桜や任那なども負けてはいない。

殊に任那の郷などは、最近完成した近代都市群が既に一億に迫る異邦人を吸収し、その経済活動を急速に勃興させつつあり、大和商事系列と見られる企業だけでも多数を数え、外資系企業に至っては既に数千にも及ぶとされている。

いずれにしてもそれらの企業活動が壮大な雇用を生み出しており、その勢いは既に秋桜や玉垣の郷をも凌ぎ、ゆくゆくは八雲の郷をすら追い越してしまうだろうと言う者さえいるほどだ。

何しろ、任那だけで八雲の郷の十倍を超える面積を持ち、八雲の郷の一の荘に匹敵するほどの巨大都市が一ダースも産声を上げており、その多くが益々活性化して行くことが見込まれているのである。

現状では直轄領の経済発展ばかりが突出してしまっており、新たな日本となった敷島が猛追中という構図で、今後欧米勢力などが徐々に力をつけてくることが期待される状況だ。

日本に関して言えば、国家警務隊を除き、自衛隊や海上保安庁の艦船を含む多様な兵器類の移送も既に終えており、秋津州の潜水艦艦隊にしても程なく移送の予定でいる。

米軍の海上勢力を含む大型兵器の移送ですら一気呵成に済ませてしまう予定で、若者の作業が粛々と成果を上げ続ける中、人類の惑星間移送と言う大仕事も既にその峠を越えたと言って良い筈だが、そうであるにもかかわらず、極東に存在している例の一国だけが全く異なる挙動を示しつつあったことになる。


さて、太平洋上の秋津州には、その真東(まひがし)に当たる場所にかつて若者が造成した潮入り湾と言う入り江があるが、開削以来既に五年の歳月が経過したこともあって、僅かながらも自然の砂浜を形成するまでになって来ていた。

湾口が三十メートルほどとまことに狭く、奥行きも最も奥深いところでさえせいぜい五百メートルがやっとであり、湾の奥には五百メートルほどの浜辺が開いた扇面の縁(ふち)のように半円を描き、扇の要の部分に当たる湾口から絶え間なく波が打ち寄せ小さな浜辺を洗ってくれている。

湾内から陸地側を見ると、波打ち際から内陸に向かってなだらかな登りになり、その斜面を二百メートルほど登ると、高さ二十メートルもある切り立った断崖にぶつかってしまうのだが、その断崖は浜辺の描く半円の外周をぐるりと取り巻くようにして続き、南側に寄ったところに崖の上から降りてくるための通路が一箇所だけ用意されている。

また、内陸の遊水池からこの潮入り湾まで通じる小川が開削され、浜辺の北側の崖の上から、小さな滝となって清水(せいすい)を降らせ、それが斜面を二百メートルほど駆け下って湾内に流れ込んでおり、崖の上に植えられた松並木と相俟って一種独特の景観を齎してくれている。

詰まりそこは、海水浴場としてもそこそこの条件を具えていると言って良いのだが、南側の浜辺で塩作りの施設が細々と稼動していて、浜辺にまで降りることを禁じられていることもあって、観光客が押し寄せてくると言うわけではない。

潮入り湾とはそう言う入り江であり、国王は愛すべき幼子をここで遊ばそうと企図し、数日後それを実行に移したのだが参加者はかなりのものになった。

みどりと有紀子がいるのは当然だが今回は理沙も同行して来ており、田中や迫水、横山親子に興梠律子がおり、国王から直接声を掛けられたローズも大喜びで姿を見せ、無論周辺一帯を井上以下の近衛軍が粛然と固めている。

浜辺には国王専用機が舞い降りてトイレやシャワーなどの利便を提供し、若者の束の間の休息を側面から支えており、一行は燦々と降り注ぐ夏の陽の下でのどかに遊んだ。

みどりと葉月と理沙の三人が、浜辺に設えたテーブルセットで若者と田中盛重の酒の相手を務め、波打ち際では律子と咲子とローズがいずれ劣らぬ見事な肢体を陽の光りに曝しながら有紀子の相手をしてやっており、若者がその光景を満足そうに眺めている。

波打ち際で戯れる三人の美女の姿は、崖の上でカメラを構える者にとっては絶好の被写体になったろうが、浜辺のビーチパラソルの下では、それぞれがそれぞれの想いを込めてそれを眺めており、殊に葉月の視界の中では、娘の咲子の姿こそ最も美しいものに写ったことだろう。

無論、田中盛重の視界の中での一番手は言うまでも無かろうが、陪席の理沙の見るところ、未だ十五歳だと聞く少女の姿こそ最も輝いて見えていたかもしれない。

この日、ローズも存分に遊んだ。

事前に国王陛下から声を掛けてもらっていたこともあって、その水着一つとってもかなり納得の出来るものを調達出来たこともあり、喜び勇んで参加していたのである。

彼女にとってプールならいざ知らず、本物の海水浴など幼い頃に両親に連れて行ってもらって以来のことであり、その上陛下との二度目のピクニックの気分でいる以上、当然主役は自分自身なのだ。

しかも、唯一気掛かりだった立川みどりと言う女性にも対面し、存外優しいヒトだと知って胸を撫で下ろしていたくらいだ。

そのヒトはこの日の朝、王のキッチンで金髪の美少女が和食の料理に取り組んでいる姿に接して、ことのほかの笑顔を見せてくれたのである。

しかも、その指南役まで買って出てくれるほどの意気込みようで、少女にして見れば、密かに恐れていた最大の難関を突破した気分なのだ。

尤も、みどりはみどりで、事前にこの少女の身の上についてふんだんの情報を得てしまっており、その胸が同情心で一杯になっていたのだが、少女にして見れば一番の屈託が消え失せて、ひたすら海水浴を楽しんでいるのである。

八月の十三日のことであったと言う。

 ◆ 目次ページに戻る

スポンサーサイト
  1. 2007/12/07(金) 14:09:43|
  2. 妄想小説 主権国家|
  3. トラックバック:1|
  4. コメント:0

自立国家の建設 115

 ◆ 目次ページに戻る

時は巡り、ある重要な国際公文が発出されるに至った。

朝鮮共和国から秋津州国に宛てたいわゆる最後通牒であり、のちに人類史上最も愚劣なものと評されるに至る。

無論全ての仲立ちはアメリカ合衆国が買って出ており、九月一日になってタイラー補佐官の手で秋津州外事部にまで届けられたことにより、不幸にもそれは公式のものとなってしまうのだが、かつて秋元雅が見た通り、内容的には従来から主張して来ている朴清源の身柄引き渡し要求であり、回答期限を九月十六日の正午とし、無論これによって平和的な交渉は全て打ち切られることを謳ってある。

そのことこそが、それをして「最後通牒」と称する所以であり、期限内に応諾の回答が得られない場合、武力行使も辞さないことを意味することは国際慣行上の常識と言って良い。

だが、秋津州側は委細構わず肝心の朴清源の審理を推し進め、十四日に至って大方の予想通り被告人に対して死刑判決を下し、秋津州が一審制を採っていることから当然にそのことが確定してしまった。

事件の審理を担当した若衆宿は被告人の社会復帰を不可と断じ、何よりも、被告人が頑是無い幼子を真っ先に刺殺してしまっていることを重く捉え、秋津州の法に照らせば、そのこと一つ取っても極刑は免れないとした。

無論各メディアは一斉にそれを報じ、一部には翌十五日が国王の二十四歳の誕生日であることを捉え、又しても恩赦があるのではないかと憶測する向きも無いではなかったが、そのときには既に刑の執行が終了していたことが聞こえて来るのである。

十六日になって、秋津州内務省から、無国籍者朴清源の処刑が結了したとする公式発表がなされたからだが、ある意味、朝鮮共和国が発出した最後通牒を処刑と言う行為を以て拒絶したに等しいであろう。

白馬王子の面目は丸潰れになったことは確かだが、その国の民が激高したことも又然りで、ことにあたるタイラーも実に忙しい。

何しろ、翌十七日に至って、白馬王子が秋津州に対し宣戦を布告したのだ。

その報せは世界中を駆け巡り、ほとんどのメディアにおいて、白馬王子は既に道化師である。

非難の声は天地に満ちた。

無論、身の程もわきまえず無用の争いを求める白馬王子に対してである。

だが、立会人でもあるワシントンにとっては全て想定内のことでもあり、粛々としてことを運び、世にも珍妙な限定戦争が実現を見る運びになったのだ。

何せ、両国の元首同士の直接戦闘を以て「戦争」に代えると言い、用いられるべき武器兵装も飛び道具の使用を一切禁じており、あたかも一気に中世にまで戻ってしまったかのようであった。

さらに、秋津州側が設定した戦闘領域が例の潮入り湾であったのだが、白馬王子は飲むよりほかに途は無い。

その身の移動に際しては、全てワシントン手配のSS六によることが始めから固まっており、続いて期日についての詰めに入ったことが伝わり、世界が沸き立つような騒ぎだったが、やがて二十三日になって、その期日が二十九日に決定を見たと伝えられた。

すべて、ワシントン筋からのリークだったと言い、世界は寄ると触るとこの話題でもちきりであったろう。

しかし、この間若者の方は何処吹く風と言わんばかりに、相も変わらず惑星間移動の大仕事に精を出し、痛烈なまでの実績を上げつつあったのである。

無論、各国の準備作業が格段に進んでいたことも与って余りあるだろうが、そのことに困窮する諸国に若者が積極的に手を貸し始めた効もあり、朝鮮共和国を除けば全人類の実に九割までが既に地球を去ったとされるに至っており、殊に二十八日の月曜日などは、問題の翌日を控え移送の希望が殺到したものの、国王は一気呵成に作業を進め、大量の移送を行ってその全てに対応することを得たとされた。

日本などは徹底して異邦人を国外退去させていたこともあり、国内の一般人は既に皆無だとされ、正規の留守部隊以外で残留している日本人は、最早太平洋上の秋津州にしか存在しないとまで囁かれたほどである。

神宮前にはそこを拠点とする官僚や秋桜隊が多数屯集しているのだが、その糧食なども秋桜隊のヒューマノイド部隊が自力で搬入する光景が度々見受けられたことから、その地ではとうに一般の流通経済が壊滅してしまっていたことは確かだろう。

何はともあれ秋桜隊の活躍振りは凄まじい。

各地で起こる混乱や犯罪行為に機敏に反応し、寒村僻地の急病患者はもとより、ある離島に少数の日本人が偶然取り残され、危機的状況に陥ったことまでキャッチしてその救助をなし得たと言うが、その陰には膨大なヒューマノイド兵士の活躍があった筈だ。

一部に、僅かに取り残された異邦人が徒党を組んで略奪行為に及ぼうとしたことさえあったが、それさえも即座に取り鎮めて国外に放逐したと言い、この残留部隊の手で実に数十万の日本人が直接救われていたことが、のちに明らかにされるのだ。

その時の論評によれば、彼等が残留して国の鎮めとなっていたことが、数々の騒乱を未然に防ぐことに繋がり、そのことを見れば、少なくとも数百万の日本人を救ったことになると激賞されたほどで、彼等は立派にその職責を果たしたことが証明されるのである。

その後も若者の作業は整斉と続けられ、秋津州の潜水艦艦隊の移送はもとより、合衆国の武備兵装なども大艦隊を含めその多くが移送を完了し、その他の諸国に関してもほとんどの作業を終えていることが確認されるに及び、安保理においては、早くも移動最終日を設定すべく検討に入ったと伝えられるまでになった。

太平洋上の秋津州に居留する異邦人もその多くが出国して行き、今では数千人にまで激減していたが、残る異邦人はその国籍の如何を問わず、全員が八雲の郷の一の荘に移送されることが確認されており、そのせいもあってかその地は至って平穏を保っているとされたが、一般人の入国などは厳しく制限され、今では居留異邦人の登録確認作業が進み、それも程なく完了する予定だと言う。

その間も、秋津州と朝鮮共和国とが戦争状態にあることに変わりは無く、この奇妙な戦争が世に広まるに連れ、言わば若者の「家庭」では、一人みどりだけが金切り声を上げて反対したとされる。

無論、実に愚かしいその「戦闘」に対してだ。

尤も、みどりがごく普通の感覚を以て如何に声高に反対意見を述べようとも、ことは国家間の「戦争」なのである。

まして、敵国から一方的に宣戦されてしまっている以上、敵国自身がそれを引っ込めでもしない限り受けて立つよりほかに無いのである。

未だ十五歳の白人少女に至っては切実な想いで神に祈る他は無く、王のキッチンで包丁を手に、密かに袖を濡らしていたことは言うまでもない。


九月二十九日、晴天。

遂にその「戦争」の実行日が来てしまった。

「予定戦場」は潮入り湾だ。

浜辺の外周を取り巻く断崖の上には早朝からカメラの放列が布かれ、既に文字通りの黒山の人だかりである。

切り立った断崖の高さは二十メートルにも及び、それは最早絶壁と言って良いほどのもので、浜辺に降りるには死を賭して飛び降りでもしない限り、唯一設けられている正規の降り口を通るほかは無いが、無論そこには規制線が布かれ、現地若衆宿の手によって厳重に固められていて、観客は浜辺には降りられないことになる。

「観客」たちの後方には十台を越す中継車両まで出動して、この「戦争」の注目度の高さを物語り、数千の観客が固唾を呑んで見守る中、定刻の正午直前になって銀色に輝くSS六改が飛来し、程なく三人の男が波打ち際のやや南寄りのところに降り立った。

無論、中の一人が白馬王子で、残りの白人二人が米国人で立会人と言う役どころではあるのだろう。

この三人は波打ち際を北に向かって歩を進め、南北に延びる浜辺の真ん中あたりに到達して足を止め、観客の興奮がいよいよ高まる中、もう一方の戦士が滝つぼ付近にその長身を現すや否や、二百メートルほどの斜面を身軽に駆け下(くだ)り始め、崖の上からは大きなどよめきが沸き起こった。

中には不謹慎にも拍手を送る者までいる。

やがて若者が波打ち際近くにまで到達して歩みを止め、立会人の二人が波打ち際から二十メートルほど退いて身構えたが、無論、二人の戦士を左右均等に見る位置である。

戦士は双方共に迷彩色の戦闘服姿で百メートルほどの間隔を置いて向き合い、真昼の陽は高く、貧しげな砂浜に二人の影が小さい。

ざわめきの中、やがて観客の眼下で変化が起こった。

立会人の手許で小さな機器が働いたものらしく、かなりの音量で唐突にカウントダウンを始めたのである。

それは、定刻一分前を告げるところから始まり、やがて三十秒前を告げるに至り、崖の上のざわめきが俄然鎮まった。

若者の腰には例の山姥らしきものがあり、白馬王子の手にした日本刀に至っては既に抜き放たれ、時折り陽射しを跳ね返して眩いばかりだ。

カウントダウンは進み遂に定刻が来たことが告げられ、戦士が波打ち際を互いに歩み寄り始め、見る見る内に距離を縮め、遂には衝突したかに見えたと言う。

だが、次の瞬間には誰もが目を疑う光景が待ち受けていたのである。

何と、国王が敵の戦士を膝下に組み敷いていたのだ。

白馬王子は既に得物を失い、若者の膝の下でうつ伏せにさせられたまま身動き一つ許されず、今や苦しげに呻吟するばかりだ。

しかも、若者の腰の山姥は未だにその鞘の中にあるところを見ると、どうやらそれを使おうともしなかったらしい。

のちに公開された高速度カメラの映像によれば、このときの若者は紛れも無く素手で闘い、激突の瞬間に敵の得物を奪った上、苦も無く組み敷いていたことが明らかにされるのだが、とにかく、観客の視界の中で現実に敗者が勝者に組み敷かれ、敗者の片足などは打ち寄せる潮に洗われてさえいるのである。

勝敗は明らかであったろう。

本来、これで「戦争」は終わった筈であった。

だが、組み敷かれた敗軍の将が一向に降伏しようとしない。

歩み寄った立会人がその意向を確かめようとするのだが、苦悶の中で首を縦に振らないのである。

その態勢のままで時が流れ、脂汗を流しながら呻いていた敵将が程なく失心してようやく戦いに終わりを告げ、それまで空中で待機していた銀色のSS六が飛来して、敗将と立会人を乗せて飛び去って行き、一人の白人少女が規制線を突破し、今しも金髪を振り乱して駆け寄り泣きながら若者の胸に飛び込んで行く。

その光景は全世界に発信され、無論、朝鮮半島一帯にも確実に届いた筈だ。

いずれにしても勝敗は決した。

残るは当然終戦処理であり、早速ワシントンが動き敗者に降伏を説いたが、予想通り白馬王子が肯んじることは無かったと言う。

未だ負けたわけではないと強弁する場面まであったと言うが、当然メディアの論調はこの道化師に対して容赦の無いものになった。

何しろ、国家元首同士の直接戦闘を以て国家間の戦争に代えることを望んだのは、その道化師以外の何ものでも無いのである。

敗戦国自身のメディアまでが轟々たる非難を浴びせ、無様に負けた上に失心して逃げ帰って来た元首は全く求心力を失ったと言って良い。

言って見れば、その元首はこの格闘には満々たる自信を以て臨んだ筈であった。

負ける筈が無いと信じていたのだ。

その側近たちにしても、敵の方が強いなどと言葉にする者など一人としていなかったことは確かだ。

その者たちが正統な情報を入手の上、仮に本音を吐いてしまえば暴君の凄まじい怒りを買って命は無かっただろう。

結局、暴君は敵の実力に関しても真実を知るチャンスを自ら失った挙句、その政治生命は危殆に瀕するに至っており、頻発する反政府デモの鎮圧を命じた軍までがそっぽを向き始め、最早側近に当たり散らすほかはない状況に立ち至った。

何しろ、もともと己れの方から宣戦してしまった戦争なのである。

それでいて負けを認めなければ、敵国から一層激しい攻撃を受けざるを得ず、降伏しない限り、武力を以て占領されてしまったとしても不思議は無い。

民衆の不安が高まり、その国の騒乱は収まる気配も無い中で、やがて小さなニュースが飛び込んで来た。

なんと、その暴君が側近の者に至近距離から銃撃を受け、あえない最期を遂げたと言うでは無いか。

加害者は、荒れ狂う暴君を前にして自らの身に粛清の手が伸びるのを恐れるあまり、先手を打ったものと見る向きが多いと言い、次の国家元首の座に誰が就くのかも定かでないとされていたが、まさか空席と言うわけにも行かず、臨時に軍の将領の一人が互選によって代理を勤めることになったとは言う。

民衆の抗議の声にしても一向に収まる気配は無く、近々国会が再開されて文民政権の復活が取り沙汰されているようだが、時期が時期であり、このままでは地球に取り残されたまま国家そのものが消滅してしまうことは目に見えていた。

尤も、それもこれもワシントンの読み筋通りであり、秋津州側の無反応振りを良いことに半島国家の完全屈服を待ってから動く作戦なのである。

だが、その国の民衆の打ち振る旗には、敵国秋津州に対して徹底抗戦を叫ぶ文言が未だに溢れていると言い、各国からの冷ややかな視線を益々浴びるばかりだ。

事実、終戦処理が行われない以上、少なくとも両国は未だに戦争を継続中なのだ。


その間も若者の公的作業は黙々と続けられ、やがて十一月の声を聞く頃には、朝鮮共和国と南半球の一部を除けば、地球に残留しているのは特殊な任務に就いている者ばかりとなった。

太平洋上の秋津州の異邦人たちもほとんどが丹波に移動済みで、敷島のNew銀座では既にクラブ碧やスナック葉月が無事にオープンを果たし、興梠律子もまたホステス業に立ち戻っており、上野広小路時代の客にしてもその相当数が顔を見せるまでになっていると言う。

この興梠律子も敷島で二十一歳の誕生日を迎えたが、一方で六角庁舎の一番区域に自ら願って部屋を得たローズも又十六歳の誕生日を迎えていた。

その少女自身は当初進学の希望を捨てていた気配だったのだが、本人にとっては思わぬことながら王の強い勧めに出会い、元気に王立大学に通う日々を過ごしており、今や王立大学の数ある一回生の一人として、王のキッチンにも始終嬉々とした姿を見せており、一部が密かに内裏と称するその場所に住まいする権利を得たことを、何よりの誇りとするまでになっていたのである。

丹波諸国のメディアによれば、ローズ・ラブ・ヒューイットは既に王家の堂々たる一員であるばかりか、王の配偶者としての未来を確実視するものまで現れたからだ。

その意味に限れば、かつてタイラーが画策した荒野の薔薇作戦が順調に進捗していると言えなくも無いが、現に、ローズ自身の誕生日の十一月二十二日には、たまたま王家の私的な葬儀が宮島で挙行されるに至り、ローズも数少ない参列者に混じってその参列を許されたほどだ。

何せその日は、王家にとっては大切な一周忌でもあったのである。

このことにより最も胸を撫で下ろしたのは立川みどりだったろうが、国王自身もその胸の中で、過去に大きく区切りをつけていたことも事実だったろう。

この日以来、若者の体調はいよいよ万全のものとなり、その行動も一段と溌剌としたものとなって行くのである。

その後、みどりの口添えもあって、横山咲子がローズと同じ大学に入学を果たし、こちらの方は当初大学の寮に入居したと言うが、無論ローズと同じ一回生だ。

しかも咲子の場合、十二月の十五日には目出度く十八歳の誕生日を迎えるのである。

既に、心身ともに大人の女性と言って良いだろう。

その上、母親の葉月がしきりに王宮に出入りして王の酒の相手を務めることが多く、この点でも咲子共々王家の一員と看做すメディアが増えて来ており、そういった最中(さなか)娘の咲子に特徴的な出来事が起きたと報ずるものがあった。

それがたまたま十二月の十五日だったことから、傍目にはあたかも咲子の誕生日祝いのように写ってしまい、現にそう言う内容の報道を流すものも無かったわけではない。

しかも、紙面を飾る咲子の写真が相当な美形に写っていたこともあって、世界の王が妙齢の美女に意義深いプレゼントを贈ったとして、いわくありげな論評を加えるものまであったほどだ。

実はその日の夕刻、この大柄な大和撫子は秋津州財団の剣道場に招かれ、高橋師範や加納二佐に混じって国王からお稽古を頂戴する機会を得ていたのだ。

咲子にしてみれば、音に聞こえた天才的な技の冴えを身をもって体験出来たばかりか、国王との精神的な距離感を一層縮める効果まで齎し、素晴らしい誕生日になったことになるだろう。

その上、その後折りに触れて同様の機会を数多く持つに至るのである。

これもみどりからの積極的な進言が功を奏したとも囁かれ、殊に六角庁舎の秋桜エリアなどでは、新田夫妻を始め多くのメンバーが入居を果たしていたこともあって、かなりの話題を振りまいた筈だ。

現に新田夫人などは、この咲子を土竜庵にまで積極的に招き入れているとされ、しまいには例の内裏の中にこの娘専用の部屋まで用意されたこともあって、ここでも又新たな話題の花を咲かせるに至った。

結局この時点で、王の内裏には年若い美女が二人も居を構えていたことになり、メディアの論調は競って騒がしかったが、無論国王が特別の意味を以てそれらの部屋を訪うことなどは全く無い。

尤も、敷島で暮らす興梠律子が穏やかならざる心境であったことも事実だろうが、そのせいもあってか、葉月が王宮を訪れて若者の酒の相手をする時などは、律子もまた常に同行していたとされ、その度に田中盛重の胸を高鳴らせてしまったことも確かなのだ。


また、この間の朝鮮半島では、やはりと言うべきか相変わらず悲惨な状況が続いている。

白馬王子と言う為政者が暗殺され、その後成立した見るからに脆弱な新政権が、ワシントンの誘導によって一旦降伏する意思を固めたのだが、軍部においてそれを快く思わないものが騒乱を引き起こし、又しても悲惨な内戦状態に陥ってしまっていたのだ。

各勢力それぞれが未だ軽武装しかなされていなかったとは言いながら、愚かにも激烈な交戦状態を招いてしまっており、又しても訪れた民族内紛争なのだ。

もともと、経済活動の大部分が停滞していたその国では、喰うにも困る貧民が激増しており、地方においてなどは既に無政府状態にあり、やがて国家の意思を具現すべき政府が存在してないとまで評されるに至り、すなわちそれは統一国家としては全く滅んでしまったと言うに近い。

正統な国策を策定して実行する機能を持たないため、無情にも、国家として公式に降伏することすら出来ないのである。

何しろ、官民ともに継戦を叫ぶ者で溢れ、政府首脳が降伏の二文字を口にしただけで命は無いと言うほどの状況なのであり、その首都には米国大使館が辛うじて星条旗を翻してはいるものの、このままではそれすらも危うい情勢だとされ、ワシントンの残留政府が、その引き上げを決断するのではないかと囁かれるに至っており、そうなればその国の運命は益々過酷なものにならざるを得ず、しかも丹波に舞台を移した国連や七カ国会議が、最終的な移動日に関して決定を下すのも遠くは無いと囁かれているのだ。

朝鮮共和国が丹波に得た筈の領土にしても、農地と山岳地帯のほかはもともと荒涼たる原野ばかりであり、満足な国土建設など全く行われていなかったこともあって、初期のうちに僅かに移住を果たした民も既に生き残ってはいないとする情報まで乱れ飛び最早どうすることも出来ないが、全てはその国自身の意思なのである。

一方の若者の方は憎いほど落ち着き払ってマイペースを保っており、丹波と地球を忙しなく行き来して移送作業に汗をかいており、ペットはもとより、数多くの野生の動植物までも依頼されるに任せ、既に膨大な数の移送を実現した筈だ。

丹波の南半球に領土を得た国々では、その季節的要因から十一月になってから移住を本格化させるケースが目立ったが、準備期間が充分だった為か早々と目処が立ち始め、若者の公的作業は年末に至っていよいよ最終段階に突入したと言って良い。


さて、これも既に触れた通り、地球と丹波とでは天体としての自然環境が酷似しており、季節変動のタイミングにしても大きな違いは見られず、そのことが最大の理由となって人類の移住先に選ばれたと言う経緯があった。

その公転と自転のあり方もほとんど同一と言って良いほどのもので、かつ自転軸の傾斜角までそっくりそのままであり、地球で使われていたグレゴリオ暦がそのまま使用可能なことが確認されるに至り、太平洋上の秋津州暦日がそのまま丹波の秋津州暦日と定められてもいる。

そして、その暦が幾たびもめくられ、嵐のような二千九年が過ぎ去って二千十年の幕が開いた。

若者は改めて祖先の御霊の前に額ずいたが、一昨年遷宮式典を執り行っていたこともあり、今回のその場所は当然磐余の池(いわれのいけ)の宮島だ。

若者は祖霊の前で感無量であったろう。

人類は膨大な犠牲を強いられはしたが、ガンマ線バーストの到来まで一年有余を残して、その大部分がこの新春を丹波において迎えることが出来ているのだ。

その過程で自分自身も家族を失ったが、この騒動で既に三千万もの尊い命が失われたとされており、その中には経済活動が破綻して自殺した者も数多く含まれるとは言いながら、このままではいずれ一億を超える犠牲者が出てしまうとされている。

無論、朝鮮共和国と言う国家の政情が正常化されれば、その予想数も劇減する筈なのだが、残念ながら現状では如何ともし難い。

現にこのあとの四日の日には、南半球の諸国からの移動依頼が殺到しており、それに対応すれば移転作業のほとんどが片付いてしまうところにまで来ているのである。

八雲の郷の秋津州ビルでは例の七カ国会議の協議が進み、その結果若者は二月一杯を以て惑星間移動の大仕事から解き放たれようとしており、それについての観測記事も巷に溢れてしまっている。

その論調によれば、これ以上無原則にことが進行することを嫌い、一旦この作業に終止符を打って見せることによって、その進行を促そうと言う論旨のようだが、いずれにしても全ては人類自身が選択するよりほかは無いのである。

やがて、惑星間移動作業を二月一杯とする決議が国連安保理で行われ、国井総理も残留部隊の引き上げを決定しており、そのことも現地の安田官房長官に伝えてあることから、現地でも充分準備が進んでいる筈だ。

あの懐かしい日本列島も空になってしまうわけだが、それに代わって敷島と言う新たな日本が眼前で立ち上がりつつあり、同時に丹波世界で二百以上の国家が正式に船出することになるのだ。

そうなれば、現在地球近辺に配置してあるおふくろさまとその船団にしても、丹波へ転送することが出来るのである。

既に丹波における流通経済は爆発的な広がりを見せ始めており、コーギル社などは、PME船舶を大和商事から大量に購入して、膨大な穀物類や冷凍鯨肉などを各地に運びつつあるようだが、それらを出荷する能力を持っているのは今のところ秋津州だけなのだ。

食糧はもとより、鉄やセメントなどの建築資材や原油にしても又然りであり、他国は全て購入するよりほかは無い状況にあり、玉垣島の膨大な倉庫群が機能してそれを支えてはいるが、そろそろ丹後と但馬から補充する必要が生じて来ており、正月早々出かけて来なければならないだろう。

若者に、休んでいる暇など無いのである。


やがて一月が去って二月の中旬に至り、朝鮮半島にようやく新政権が成立したことが聞こえて来た。

二月一杯で公的な惑星間移動作業が打ち切られることが伝わったことで、流石に危機感が高まり、それまで日和っていた軍の一部が蹶起した結果だとは言うが、生き残りを賭けて相当な人数が参加していたことは確からしい。

誰しも本音を言えば死にたくは無い筈で、直前まで威勢良く継戦を叫んでいた者たちも、手の平を返すようにしてその旗を降ろしてしまったものらしく、複数の政党が新たに結成され、その全てが一刻も早く秋津州に降伏すべしと叫んでいると言うが、数年も経てばどうせ元の木阿弥だろうと評する者がほとんどだ。

ともあれ現地の米国大使館は辛抱強くこの機会を待っていたことになり、その甲斐があったことにはなるのだろうが、米国大使館を訪れた新政権側は泣かんばかりであったらしく、文字通りの完全屈服だったことは確かで、これもまたワシントンの思う壺であったと言うが、米国側にとっても、危うく時間切れ寸前のところだったに違いない。

新政権は米国大使館を通じて秋津州に降伏の意思表示をした上で、移送についても涙ながらの請願を行い、大衆を叱咤して慌ただしく移住の準備に取りかかり、ようやく二月末に間に合わせることが出来たのである。

多くの民が身一つでの避難を余儀なくされたと言うが、統一政権を持ち得なかった責めはその国民自身にも無いとは言えないだろう。

くどいようだが、国家と言うシステムはその国の民自身が作らねばならないものなのだ。

いずれにせよ、これで丹波の新領土に朝鮮共和国と言う国家が成立することを得、その結果、その地にも目出度く星条旗が翻ることとなって、殊にタイラーなどは鼻高々であったと言う。


さて、二千十年の三月一日は奇しくも月曜日であったが、若者は惑星間移動作業に従事してはいない。

既に、二月の末の時点で各国からの依頼は全て対応済みであり、地球上の秋津州で言わば後片付けに熱中しているところなのだ。

日本列島に残留していた留守政府の官僚たちや国家警務隊のつわものどもも、大任を果たし終えて敷島に引き上げてしまったあとであり、東京の秋津州ビルに配備してあった吉川桜子とその配下のものたちにしても、とうに丹波に送ってしまった。

秋元姉妹の中で残っているのは長姉の京子だけで、未だに天空のおふくろさまの指令に基づき忠実に活動を継続しており、地球上の各地で活動させていたD二やG四にしても、京子のコントロール下で徐々に縮小整理されつつあり、号令一下天空の基地に引き上げを開始する態勢だ。

無論、各国の人工衛星の中はもとより、太平洋上のピザ島にも一人の人間もいない。

各国各地の密林地帯や人煙稀な秘境に至るまで、既に隈なく捜索を終えていることから、最早地球に残留している人類は存在しないとされ、ここに地球上の人類史は間違い無く結了を見たのである。

 ◆ 目次ページに戻る

  1. 2007/12/11(火) 11:29:51|
  2. 妄想小説 主権国家|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

自立国家の建設 116

 ◆ 目次ページに戻る

さて、田中盛重がわざわざ休暇をとってまで敷島(日本)入りを果たしたのは、そろそろ水も温む三月十八日のことであった。

日本国の官僚としての田中は、今もプロジェクトAティームの一員として八雲の郷に出向中の身であり、六角庁舎の秋桜エリア内に大勢の仲間たちと同程度の部屋を確保して勤務に就いている事になっており、その休暇願いの宛先にしても、形式上はティームの総帥相葉幸太郎と言うことになる。

尤も、その勤務とやらがかなり特異なもので、専ら秋津州国王の傍らにあって、その知遇を得ることに努め、言わば私設顧問のような地位を確保し続けることに尽きており、日本側から見てもかなり重要なものと言えなくもないのである。

現に、タイラーなど諸外国の外交担当者から見れば、秋津州国王はとうに世界の王と言って良い存在であり、その私設顧問の座などと言えば、文字通りの垂涎モノであって決して軽いものなどでは無い。

しかも、近頃の田中はその国王の側近中の側近とまで囁かれるに至っており、滅多に国王の傍らを離れることはないのだ。

それが、休暇の真の理由に付いても国王陛下に明かしただけで出かけて行っており、そこにはそれだけの理由があったことになる。

新田源一の手許からわざわざ日本側へその入国通知が発せられ、田中を乗せた小型のSS六改が敷島へ飛んだのだが、その搭乗機にしても本来自費であるべきものが、何と事情を知る国王からその専用機まで付与されたほどだ。

田中は敷島では真っ先に総理官邸に出向き、岡部先輩や秋元女史に挨拶を済ませたが、無論真の用向きは口にしない。

ちなみに、田中の両親は郊外で兄夫婦と同居しており、表向きその父母に顔を見せるための帰省と言うことになっており、官邸を辞してから実際に父母のもとを訪れ、神妙に先祖の位牌に手を合わせて表向きの帰国目的を果たしてはいたが、その心は妙にそぞろであったのだ。

このときの両親は、息子の見合い写真まで用意して、手ぐすね引いて待ち構えていたらしいが、息子にして見ればそれどころの騒ぎでは無い。

実のところ田中はこの日が丁度二十六歳の誕生日にあたり、それをネタにあの興梠律子からお座敷が掛かっており、何のことは無い、勇んでスナック葉月を訪れようとしていたのである。

岡部などが聞けば大笑いするだろうが、本人にして見ればおおごとなのだ。

行けば律子からのプレゼントがある筈で、その事自体楽しみでないことも無いが、本人の胸の中では、大威張りで律子に逢えることが何にも増して得点が高い。

だが、当人にして見れば、客とホステスとして顔を合わせるにあたり、いったいどう言う顔をしていたら良いものやら皆目見当もつかずにいるのである。

あまりに意識し過ぎてしまっているためか、ついつい、あれやこれやと想い悩んでしまい、その都度考えまいとするのだが、そう思うそばからまたしても考えてしまう。

頭の片隅を律子の鮮やか過ぎる美貌がかすめて行き、それもこれも全て惚れた弱みなんだから如何ともし難いなどと、愚にもつかぬことばかりとつおいつしながらタクシーを走らせている。

半ば上の空で眺める夜の東京は、最初のうちこそ空き地や建設中の工事現場などの多さが目に付いたが、やがて目的地に近付くに連れ華やかさを増して行き、派手なネオンサインが光り輝き、地下鉄の出入り口付近などは相当の雑踏すら見せており、既に繁栄を謳歌し始めていると言って良い風情だ。

その店の所在地は無論新たな銀座であり、直ぐ隣のビルには立川商事のクラブ碧や喫茶立川がある。

両方とも秋津州商事の堂々たる持ちビルであるらしく、そこには秋津州財団の総裁執務室やらその日本支所とでも言うべきオフィスが居を構えていることに加え、いずれの経営者も秋津州王家との浅からぬ縁(えにし)が取り沙汰されて来ており、そのことから来る繁盛ぶりにも見るべきものがあると耳にしていた。

殊にスナック葉月の場合、以前の店造りとは比べ物にならないほど高級感を増しており、その勘定一つとっても以前から見れば割高感を伴うものとなっていたこともあって、自然その客種にも変化が目立つと聞いているくらいで、上野広小路以来の客筋にとっては、若干敷居の高い雰囲気を醸しつつあるのも致し方の無いところではあったろう。

尤も、その店造りの手法の多くは立川みどりのアドバイスに従ったものであり、そのこともあって二人の女性経営者の間には、理沙の仲介が無くとも充分通い合うものが芽生えて来ており、そこには既に濃密な人間関係が成立していた筈だ。

何よりも、葉月と律子はみどりの先導で度々八雲の郷を訪れて国王の酒の相手を務めて来ており、その都度陪席する田中としては、惚れた女にしょっちゅう会っていることにはなるが、皮肉なことに正客は常に国王陛下なのである。

田中はこう言う状況の中で悶々たる日々を送って来ており、情け無いことにその想いは募る一方であり、そう言う想いの中で、その人に今までとは異なるシチュエーションで会えることになったのだ。

その店の重厚なドアを開けながら、知らず知らず胸の中に激しいものが溢れて来るほどで、高まる胸を無理矢理押さえ込みながら豪華なボックスシートに身を沈めたが、そのホステスから思った以上の歓待を受け、経験の少ない田中はただただ陶然とするばかりであった。

あたかも、自分がそのホステスの愛人に成り遂(おおせ)せたような気分で、不覚にも相思相愛の仲ででもあるかのような錯覚に陥ってしまっており、そのホステスが他の席に移ったあとも恋する「少年」は幸せ一杯だ。

そのホステスが席を立つ際に、すぐ戻って来るからと言ってくれたからだ。

だが、田中のその想いは無残な結末を招いた。

何と、そのホステスが店内で殺害されてしまうのである。

実行者は、誰一人マークすることの無かった人物であったと言う。

かつての悪女報道騒ぎにおいて、律子に対して憎悪をむき出しにしながら、さまざまな証言を繰り返す望月と言う四十男がいたが、報道ではその男が無理心中を謀ったものとされた。

心中とは言うが、れっきとした殺人であり、その事件の概要は後追い報道によると以下の通りだ。

その日客となって被害者を指名していた加害者が、店のトイレから出たところで、おしぼりを捧げ持っていた被害者の総頚動脈を矢庭にカッターナイフで切り裂き、直後自らも首を切って自死を遂げたのだと言う。

事前に凶器を用意していたことから、計画的な犯行であったとも言われたが、たまたま他の顧客が、眼前で被害者のホステスからかなり良好な接遇を受けているのを目の当たりにして、嫉妬のあまり逆上し、刹那的に犯行に及んだのではないかとも言われた。

そして嫉妬の対象となった若い客とは、あの秋津州国王の側近であったとも言う。

異変に気付いた店側が直ちに救急車を手配したが、それが到着したときには両人ともに既に心肺停止状態にあり、病院に搬送されたが蘇生するには至らなかったと伝えられた。

かつての美貌のヒロインの横死は、殊に敷島では目立って大きなニュースとなってしまい、「痴情のもつれ」による無理心中とする報道も無いでは無いが、実際は痴情のもつれも何も、加害者側の勝手な思い込みによる身勝手極まりない犯行だったことは確かだろう。

事件後、被害者のバッグから出て来た窓の月は、その稼動を全く停止した状態だったと言うが、その店の女性経営者の証言により真の持主が判明し直ちに返却された筈だ。

哀れな美女の遺体はその女性経営者が引き取り、その後の葬儀でも彼女がその喪主を務めることになるのだと言う。


さて、かつての日本では、国家の滅亡を前にして現憲法が対抗手段を持ち得なかったことに端を発し、例のガンマ線対処法が、内閣総理大臣にこの未曾有の災害に迅速かつ柔軟に対処するための非常事態権を付与しており、このガンマ線対処法を憲法に優先して運用し得ることまで国会の承認を得ていたが、敷島に移った今もその状態が継続していることになる。

すなわち最高法規たる憲法が未だに停止状態にあることになり、これを好機として新憲法案が衆参両院の圧倒的多数を以て発議され、既に成立していた国民投票法に基づく作業が粛々と進められていたのである。

この新憲法は立憲君主制をベースに、自衛権と国防軍の保持を明確に許容する内容を含んでおり、国民に理解を求める為にあらゆる機会を捉えてその内容が報じられ、各メディアにおいても既に活発な議論の対象となっており、それは、少なくとも国民自らの意思を以て定める自主憲法であることだけは動かない。

国民大衆にとって、現実に日本どころか世界の滅亡まで予感させられる日々を持ったことが、かなりの範囲でその意識を変える道に繋がったと評されるこんにち、国井はある種の賭けに出たと言って良いだろう。

やがて二千十年の六月六日に実施された国民投票が国井の主張を是としたことにより、いよいよ新憲法が陽の目を見る運びとなった。

それに伴って米国大統領が麗々しく訪日し、両国事務方の手になる事前の協議に基づき、ここに日米安保条約に代えて日米不戦条約が締結され、ほどなく批准を見るに至った。

この条約に付いても賛否両論あってさまざまな議論がなされたとは言うが、時勢が変転して両国間の既存の枠組みが溶解してしまっている以上、新たな枠組みが改めて構築されたまでの話なのだ。

詰まり、日米間においてまったく新たな秩序が形成されたことになる。

以前にも触れたが、国井の提唱して来たこの不戦条約は、その発効次第、日米安保条約とその付随的な諸協定は全て効力を失うものとされ、条約の当事国同士は交戦せざるを以て誓約し、相手国の敵国に対しては一切の支援を慎まなければならないのは当然だが、集団的自衛権の行使までは強制しておらず、仮にいずれかの当事国が第三国と交戦しても、もう一方の当事国は参戦する義務を負わないため、傍観していることを妨げないのである。

全く対等の堂々たる双務条約であり、米国の占領統治を受けて以来、六十有余年の永きに亘り全ての日本人が追い求めてきた真の独立が、このことによって初めて叶うことになったのだ。

国井の想いにも複雑なものがあったろう。

全ては、この日本国が自立するに見合うだけの実力を備えたからこそ成った話ではあるが、この実力なるものにしても、言って見れば所詮対米間における相対的なものでしかないのである。

詰まり、自立の条件たる実力など常に相対的なものであって絶対的なものではないのだ。

この惑星に転居するにあたって、日本はその国造り競争に決死の思いで取り組んだ結果断然優位に立ち、一方で米国の油断がその国力を決定的に衰亡させてしまっていたことがことの本質なのであって、ましてこの状態はあくまで一時的なものに過ぎない。

あの国は今でこそ手乗り文鳥に変じてしまっているが、やがて圧倒的な国力を取り戻し、再び白頭鷲となって悠然と大空を舞って見せるに違いない。

そうなれば、手前勝手な「要求」ばかり矢継ぎ早に発して来ることは、過去の日米関係を眺めれば一目瞭然であり、その要求が日本の産業に深刻なダメージを与え続けることを想わざるを得ないのだ。

無論、日秋のこの蜜月関係が続いている以上、その恐れも限り無く小さなものでしかないが、国家と言うものは決して永遠に続くものではない。

この日本はおろか、あの秋津州でさえ、いつかは衰退しやがて消え去って行くのである。

早いか遅いかの違いはあるにせよ、それこそがこの世の哲理なのだ。

まして、秋津州と言う国家の構成条件がかくの通りである以上、その支配者が交代してしまえば、その政策自体が激変してしまう可能性は誰にしても否定は出来まい。

詰まり、一定以上のスパンで見れば、現在の日秋関係がこのまま続く保障など何処にも無いのである。

政治家としての国井は、当然ながら冷徹な目で将来を見据えている。

その政治家としての頭脳が、当分の間の国土防衛策として例の国家警務隊の活用を夢想しており、総理官邸付近に広大な用地まで確保し、旧秋津州対策室分室との共用とした。

無論、その分室には秋津州商事のエリアが設えられて秋元千代が座っており、旧来の神宮前の機能は全て整えられている。

一方の国家警務隊には、日本人秋津州一郎氏の拠出による膨大なヒューマノイド軍が含まれ、無論日本軍の一部として俊敏に機能する筈だ。

そのための協議も秋津州国王との間で既に終えており、武器輸出三原則を完全否定した上で、兵器に関しては秋津州との共同開発を積極的に進めることを基本方針としている。

詰まり、米国抜きの開発だ。

このこと一つとっても二千四年に訪れたあの灼熱の夏以前であったなら、それこそ夢想しただけでワシントンから強烈な圧力が掛かって、あっと言う間に潰されてしまっていた筈なのだ。

だが、現在のワシントンにそれを潰すだけのカードは無い。

日本は、ようやく国家の防衛能力を主体的に探求することが可能となったのである。

既に秋津州製の人工衛星が、少なくとも北半球の情報を齎してくれるまでになっており、我が国の防衛システムとのリンクが着々と進みつつあることに加え、やがては自前の人工衛星の打ち上げも視野に入れている。

この意味において米軍の情報収集能力は既に壊滅してしまっており、その情報提供などとうに無いのである。

結局、今後においては、否が応でも米軍の情報に頼ることの無い国防を志向して行くことになる。

国井は、その真摯な作業の延長線上に、妥当な防衛能力の検討及びその構築を見据えていると言い、今後は国民自らが参画して自国の防衛能力の妥当性を論ずべきだと明言しているほどであり、メディアの多くは、総理のこの発言を重く捉え、国民の多くが仮に軍事的な防衛能力を全く不要とするならば、論理上完全非武装政策もあり得ない話では無いと論じ、翻って国民自らが多少なりともそれを必要と判断するならば、果たしてどの程度のものを具えるべきかを現実的に検討しなければならないと結論付けていた。

さらに、人類が丹波に移住を果たしたことによって、従前の国際社会の枠組みが、大規模に変動してしまっている事実が大きく指摘されてもいる。

無数の多国間条約が既にさまざまな矛盾点を露呈してしまっており、現に各国とも目下条約改定について検討作業の真っ最中なのである。

絶滅危惧種の保護を目的とするワシントン条約などに至っては、肝心の保護を要する種の調査からやり直さなければならず、甚だしい例では地球上ではとうに絶滅してしまった種でさえ、この丹波では大量に生存していることが確認され始めており、大海を回遊する鯨類に至っては、その膨大な数が生態系に脅威を与えているとして、その駆除の必要性まで声高に論じられているほどなのだ。

IWC(International Whaling Commission 国際捕鯨委員会)などと言うものに至っては、さも世界的な規模のものかと思いきや、高々世界の三分の一ほどでしか無いごく一部の国々だけで運営されていたものであり、単にそこで定められただけの取り決めごとなど既に崩壊したも同然である。

何しろ、深刻な食糧難に見舞われる中、米英などに至っては安価な動物性蛋白質を求めて、積極的な商業捕鯨に打って出る構えまで示し始める始末なのだ。

現在、米英企業の多くが盛んに動き、多数の捕鯨母船やキャッチャーボートを、二週間ほどの納期を以て大和商事に発注を掛けていると言う。

無論その他の国々も黙ってはいない。

地球上で自分たちが強硬に主張して実施していた商業捕鯨のモラトリアムなど、何の話だと言わんばかりであり、遂には、あのオーストラリアまでが息せき切って追随しようとしており、結局これも、あらゆる場面で既存の枠組みが崩壊し始めている証しだと言って良い。

七カ国会議でも、とうに国連憲章の見直し作業に手を染めているとされ、秋津州の常任理事国入りを念頭に置きながら、先ずその国連加盟を最優先課題としていると洩らす関係者まで出ていると言うが、Newワシントンがタイラーから受ける報告によれば、その可能性は相変わらず限り無く低いと判断せざるを得ない状況にある。

直近のタイラーレポートが、魔王は国連の戦勝国連合と言う側面には嫌悪感すら抱いている筈だと分析していたからであり、しかも魔王と新田の間では、戦勝国と言う概念は最早日秋両国のためにあるとまで論じられているとしており、それよりも何よりも、今は大和文化圏の勢力伸張こそ大問題だと分析していたのだ。

現実に全ての国家が息せき切って国土建設に邁進している今、一人秋津州だけがとうにその作業を終えていたため、国際競争力の点で他国との間に凄まじい格差を生んでしまっている上、そのタックス・パラダイスと言う経済政策が又大いに問題視され始めてもいる。

この国土建設と言う国家プロジェクトの進捗状況が、辛うじて秋津州に匹敵し得るものは未だ日本だけであり、その日本を含めた大和文化圏ばかりが経済活動において突出してしまっており、日秋両国が世界経済を思うさま操っていると非難する声まで聞こえて来るありさまだ。

世界経済を牽引する役割を担い続けてくれているとして、そのことを好意的に評価する声も無いわけではなかったが、日秋両国の経済力ばかりが益々肥大化して行く傾向にあることに変わりは無い。

事実この時点で言えば、日本は隣接する新垣の郷(秋桜)に未だ二千万もの国民を避難させているにせよ、例の敷島特会の潤沢な資金が獅子奮迅の勢いでその保護に努めており、片や敷島では目下民間の建築ラッシュで沸いている状態で、無論膨大なマンションやアパートなどもその建設が猛然と進んでいる状況だ。

しかも、日本人である限りかつてホームレスであった人々にすら、移住直後から避難民用の住宅が漏れなく宛がわれて来ており、このこと一つとっても、はるか以前から本建築の避難用集合住宅が、新垣の郷(秋桜)において大量に準備されて来ていたからこそ出来たことなのだ。

翻って一方の合衆国などを見てみると、未だ二億人以上の低所得者層が恒久的な住居に入れずにおり、その悲惨さは明らかに日本とは桁が違ってしまっている。

その国の領土は、以前から見ればかなり縮小してしまったとは言え、未だ日本の十五倍もの面積を誇っており、やはり民間レベルの建設ラッシュには違いないのだが、全てにおいてあまりに立ち遅れてしまっていた。

当然膨大な仮設住宅を作りつつあるが、それすら満足なものとは言えず、ほんの雨露をしのぐだけと言うものが数多く見受けられ、各地で数十万規模の巨大な難民村落が形成されつつあると言う。

そこでは当然満足な飲み水など望むべくも無く、自然その衛生環境も惨憺たるものにならざるを得ず、赤痢など劇症の伝染病が猖獗し始めるのも時間の問題だと見られており、自然その治安状態も絶望的なほど悪化の一途を辿るほかは無いだろう。

しかも、その国の富裕層は例外無く王の直轄領にその居所を求めて出て行ってしまっており、八雲の郷は勿論、地続きの任那の郷に至っては、膨大なアメリカ人富裕層が流入して現地の消費経済を大いに潤しているほどだ。

この点では、英仏独などもおしなべて大同小異の状況であり、各地で民衆が生活物資を求めて騒乱を引き起こすケースが頻発しており、世界中でまともな治安状態を維持出来ているのは大和文化圏だけだと言って良い。

無論、EUその他の国の富裕層もその多くが大和文化圏に流入してしまっており、この意味でも日秋両国とそれ以外の国々とでは、思うだに凄まじいほどの地域格差を生じてしまっており、中でも朝鮮共和国の場合など最早言うもおろかなほどであったろう。

何せその国は、直前まで秋津州と自ら望んで交戦状態にあったのであり、本来無償で行われる筈の新国土の基礎的な工事部分ですらその申請が出ていなかったのだ。

驚くべきことに、新国土建設の青写真すら未だに出来ていないと言う。

具体的な図面を添えた申請が無い限り、例え工事の手助けをしてやりたくともどうすることも出来ないのである。

いきおい新たな朝鮮共和国の領土は、満足な港湾施設はおろか道路さえ無い状態が続き、言わば原始時代に毛の生えた程度のものであり続けていることになり、国民の難渋振りは最初から目を覆わんばかりだ。

しかしながら対日秋関係において、その国の民自身が選択した途がこの結果を招いていることも事実であり、しかも、その国民に迎合して国家の保全に力を尽くすと言う当然の義務を怠って来たその国の為政者の責めは、最早万死に値すると言って良い。

だが、その張本人が既に骨になってしまっている。


また、この頃のタイラーは二期目に入った本国政権から引き続き信任され、八雲の郷の新秋津州ビルの中に壮大なオフィスを構え、直接間接を問わず千に余る下僚を率いるに至っていた。

その任期は既に六年に垂んとしているにもかかわらず、秋津州の代弁者と呼ばれるこの男の首を取りにかかる者がいないと言う。

その男の職務遂行能力が抜きん出ていたこともあったろうが、何よりも、その男の構築した(つもりの)特別なコネクションが、Newワシントンの死命を制するほどのものになってしまっていたからだ。

ワシントンにとっての対秋津州外交は、既に全世界に対する外交と言い代えても良いほどのものになってしまっており、そこへ持って来て、常にタイラーの口を借りねば魔王の政略の方向性すら掴めない状況が続いて来ているため、とうに、余人を以て代え難いと言う評価が定着してしまっていたのだ。

その男が稀にワシントンに顔を出すときなどは、実に国務長官や国防長官まで叱咤するかのような勢いなのである。

ワシントンにおいて、それは既に怪物と言って良い。

百九十センチの長身と百キロもの体重を持ち、同時に膨大な予算まで手にしており、しかもその予算を執行するにあたって多くの場合使用明細すら要求されないのである。

尤も、この男がその立場を利して私腹を肥やしているとまでは言えず、ほとんどの場合魔王の身辺のもろもろの工作に費やされていることも又れっきとした事実であり、殊にこの男自身の意識の中に限れば、祖国のために骨身を削って立ち働いて来ていることも確かだろう。

しかも、膨大な支出を伴う秋元姉妹への拠出に関しても、彼女たちが常に領収書を書いてくれている上、大勢の女性戦士たちの活動資金にしても、実際にかなりの部分で明細を出せる状況にあり、この意味ではこの男の身辺は比較的身奇麗になっていると言って良いくらいだ。

とにかく、タイラー自身に言わせれば、常に冷や汗三斗の想いで、その一身に国難を背負い続けていることになる筈だ。

現に一時は、その体重を六十キロ台にまで減らし、文字通りの血の小便まで垂らしながら苦悶してきたことも嘘では無い。

詰まり、それほどまでの重責に耐えて来たのであり、この男が八雲の郷の首邑に着任するや否や、サンノショウの秋津州ロイヤルホテル関連の組織も、全てその指揮下に置くことになったのも当然のことだったろう。

無論その高級ホテルが、魔王を取り込むための一手段として運営されて来ていることも既に述べた通りであり、その目的を果たすためとあらば、それこそ形振りなど構っている余裕は無かった筈だ。

かくして、タイラーの冷や汗三斗の想いは延々と続くことになる。

何よりも、その特別製のトラップが完成して既に一年有余を経過していると言うのに、肝心の獲物が一度としてこの「施設」に足を運ばないと言う。

その場所にその人専用と銘打った場所まで用意済みであることも、アリアドネの女神さまを通じて充分に伝えてあるつもりでいるのだが、とにかく只の一度もお越しが無いのである。

この点でも作戦を立て直す必要があろう。

また一方に、例の「荒野の薔薇作戦」が進捗中だが、現実にはこの作戦も短期的な意味での成功は望めない状況となってしまっており、今はアングロサクソン系の世継ぎの誕生と言う言わば長期的な展望に立つよりほかは無い。

しかもいきさつから言ってこのアングロサクソンの名花は、その祖国に対して帰属意識を持つどころか反って恨んでさえいるだろう。

何せ、その祖国に両親を殺されてしまっているのである。

アメリカ合衆国は、その娘にとってさしづめ親の仇でもあるのだ。

この件に関しては、自分としても一言の弁解も無しに引き下がるほかは無い。

あのときの涙に濡れたあの目が、未だに心を苛(さいな)み、夢にまで出て来る始末だ。

確かにあのとき、あの娘はこの私を恨みがましい目で睨んだのだ。

今さら、何を言ってみたところで聞く耳を持つまい。

しかも、あの娘の庇護者が大コーギルではないことだけは最近はっきりした。

あの潮入り湾の格闘で魔王が鮮やか過ぎる勝利を収めたあとのシーンを、今改めて思いおこすのだが、あのときも、泣きながら飛びついて来る娘を、魔王はいかにも大切なものを扱うような仕草でさもいとおしそうに抱き上げていた。

大観衆の眼前で、魔王は確実にあの娘を慈しんでいたのである。

聞けば、あのとき魔王が敵に後れを取って万一命を落とすようなことでもあれば、娘も自らその命を断つ覚悟でいたらしい。

万が一にも魔王が死んでしまえば、もう身の置き所が無いとまで言ったと言う。

あの娘にとって、アメリカ合衆国と言う祖国がひたすら恐ろしい存在でしか無い以上、秋津州が滅んでしまえばもう行き場が無いと言うのだろう。

最近は、娘のクラスメイトなどにも手を回しているが、あの娘はあまり友達付き合いを好まず、よほど王宮の居心地が良いと見えて、講義が終わるや否や愛用の自転車に跨って風のように帰ってしまうと言う。

真偽のほどは定かではないが、近頃ではあの娘専従の女性まで配備されているようだが、例によってこれもあの女帝の差し金なのだろう。

女帝が、世継ぎを生(な)す者と認めているからに違いない。

報告によれば、その専従者も複数であるらしく、それらの女性たちも同じ大学に入学までして娘の身辺を固めている気配だと言うが、恐らく大切な娘に悪い虫がつくのを危惧してのことなのだ。

尤も、今あの娘の心を占めているのは魔王だけであり、特定のボーイフレンドを求めるような気配などさらさら無いだろう。

それに、世界の王の想い者に、脇からちょっかいを出すだけの度胸を持った男などいるわけが無い。

何せ、あの猛獣の怒りを買ってしまえば、身の破滅を招きかねないのだ。

現に、あのベクトルでさえ滅ぼされてしまったではないか。

また、最近後宮に入った横山咲子と言う娘は未だ情報不足ではあるが、場合によっては情報源として貴重な存在になってくれるかも知れず、これについても、充分に手を打つ必要がある。

この娘の場合、剣道と言う独特の世界で魔王とその周辺の日本人どもとも特別の接点を持っているらしく、近頃はあのミセス・オカベとまで竹刀を合わせていると聞いており、娘の母親のこともあり、この意味でも特段の注意が必要になったようだ。

それに、大学構内を歩く姿などを映像で見る限り、その美貌と言いプロポーションと言い下僚たちの採点もずば抜けており、何よりもその純白の肌色が素晴らしいと褒めちぎる者までいるほどで、その者たちの口に掛かれば、その容姿は我が荒野の薔薇にも引けをとらないレベルだと言うことになる。

殊にその女が日本人であり、かつ後宮に部屋を得たからには、我が国の将来にとって大きな障害になり得る可能性は充分だろう。

現に日本のメディアなどでは、その娘が既に王の子を身ごもっているのではないかと報じる例さえ出ているほどで、その身辺は俄かに騒がしさを増しており、万一に備え、こちらの人脈にも保険を掛けておくほかは無いが、何よりもこの娘の場合は、その母親が最大のキーを握っている筈であり、敷島に配備中の下僚たちにも、その活動資金を一層潤沢にしてやるつもりだ。

また、王のそばにべったりくっついてるタナカと言う男などは、相も変わらず守りが堅くて未だにどうにもならない。

やはり、あのニッタと言うへそ曲がりがついているからなのだろうが、何とかして我が国に対する敵愾心を和らげる方法は無いものか。

このタナカの場合、近頃片思いの女性が無惨に殺害されてしまい、未だにそのショックから抜け出せないでいることもあり、やはり攻め手はハニートラップしか無いとは思うが、この若僧は、ほとんどの時間を魔王と過ごしていてアプローチの機会すら無いと言う。

とにかく、単独で外出してくれないことには話にも何もならないのだ。

このままでは何もかもが手詰まりになってしまって、我が国の凋落振りばかりが一層際立ってしまうことにもなりかねない。

例の日米不戦条約一つとっても、あの日本が我が国と対等の立場に立つようになるなど、数年前には想像もつかないことだったのだ。

日本のあの政権は、「ことここに至れば、我が日本国は独立国として他国の政治姿勢の如何を問わず、ただ己れの信ずる道を進むのみである。」と大見得を切って独立宣言までやらかしてくれたが、既に我が国にはそれを押しとどめるだけの力が無い。

いや、押しとどめるどころか、日本丸の航路を見定めて付いて行くほかに途が無いと言った方が適切であり、下手に逆らって日本と秋津州に全てにわたって置き去りにされてしまえば、困るのはワシントンの方なのだ。

何せ、米日両国間の貿易関係の中で強力なカードを失ってしまっている今は、以前のようにそのカードをちらつかせて威迫することが出来ないのである。

それどころか、そのカードは今や相手の手に移ってしまってさえいる。

あの日本は、大和文化圏とか言う独自の経済圏の中だけで充分繁栄して行ける素地を、既に築いてしまっている上、我が国がそこから大量に輸入するだけの経済力を失ってしまっているからだ。

大和商事に捕鯨船を発注してみたところで、相手側のパイの大きさから見ればたいした比率にはならず、何よりもあのべらぼうな造船能力を持つドックの場合など、発注者が殺到して全くの売り手市場なのである。

事前に作られていた多種多様の新造船に至っては千隻以上も繋留してあった筈が、とうに完売していると言い、結局、この捕鯨船の発注などほとんどカードにはなり得ないのだ。

口惜しいが国力の充実を待たねば、いまさら何を言ってみたところで、所詮引かれ者の小唄にしか聞こえまい。

それこそ、あの女帝などに掛かれば、「ごまめの歯軋り」だとして、またまた嘲笑われてしまうに違いない。

この件では、かつてミセス・オカベの強力な援護を受けて、あの魔王から重要な「公式談話」を引き出したことがあった。

確か、「合衆国の衰微は当方の歓迎せざるところであり、丹波においても合衆国の繁栄こそ望ましい。我が国は、貴国の繁栄とそれに伴う貿易上の相互利益を最も大切なものと考えている。」と言う話だったが、それも今となってはとても信じられるものではない。

善きにつけ悪しきにつけ、現実に日秋連合が世界経済の圧倒的な牽引車になっていることだけは事実であり、我が国の採るべき途は一刻も早く彼等の経済圏に本格的な参入を果たすことなのだ。

核弾頭を持ったSLBM(潜水艦発射型弾道ミサイル)を具えた例の潜水艦隊が、北極海と南氷洋の海中で今も睨みを利かせている筈で、核兵器を始め全ての兵器に関連する事柄が、既にカードとして役に立たなくなっている上、食糧どころか原油を始めとする地下資源まで、日本はその勢力圏だけで充分自給が可能なのである。

挙句、六角庁舎の秋桜エリアでは、あの新田が日本の漁業関係者を集めて、秋津州の専管水域における漁業権の配分にまで踏み込み始めていると言う。

現実に南極や北極海まで含むその専管水域は、言語に絶する広大さを誇っており、結局あの連中は世界の海洋資源まで独り占めにしようとしていることになるのだ。

ワシントンサイドに立って働いてくれる日本人が激減しつつあるこんにち、この頽勢を挽回して行くためには相当の覚悟が必要であり、駐日大使にも充分心してもらわなければならない。

 ◆ 目次ページに戻る

  1. 2007/12/15(土) 14:10:43|
  2. 妄想小説 主権国家|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

自立国家の建設 117

 ◆ 目次ページに戻る

二千十年の七月二十日は、秋津州が丹波において迎える初めての建国記念日である。

八雲の郷のグラウンドには、いつものハーフドームが据え着けられて記念式典が行われ、秋津州が人類社会の中で国家として歩んだこの六年の年月(としつき)を祝った。

いわゆる大和文化圏を除けば、世界は依然として混乱の中にあると言わざるを得ないが、それにもかかわらず各国首脳が競うようにして参列しており、秋津州の国威はいやが上にも発揚されて行く。

合衆国大統領も威儀を正して参列しており、実際には公式の招待状など一切発出されていなかったことが知られるに連れ、元首自らがわざわざ訪問したケースに対しては、後に世上の顰蹙を買う場面も少なく無いだろう。

日本などは、滞在中の相葉幸太郎が、首相代理の資格で参列しただけで済ませてしまっているくらいなのだ。

しかも、この日秋津州国王が自ら式典に姿を見せたのは、ほんの五分ほどのものでしか無く、例の漆黒の騎馬隊を引き連れて現れ、あの八咫烏を肩に国旗掲揚を指揮しただけで、あっと言う間に消え失せてしまったと言う。

無論、会場のグラウンドには多数のメディアがカメラの放列を布いており、その多くが従来に無い何事かを期待していたことも確かだ。

NBSのビルが、あるイベントを行うよう若者を焚き付けていた事から、事前に囁かれていた注目すべき事柄があったからだ。

例の馬酔木の龍である。

ビルが、せめてそのくらいのサービスはあって良いと言ったところ、若者は拒否しなかったと言う。

その結果、若者が近衛軍と共に姿を消す直前にそれは現れてくれた。

東の空から素晴らしい速度で飛来し、上空一杯に広がった龍の群れだ。

一斉にカメラが捉えたその映像には、数百もの怪物の姿があったと言う。

無論大小さまざまではあったが、大きいものは優に百メートルを超えており、それらが爛々と金色(こんじき)のまなこを見開き、陽の光りに鱗を輝かせながら、中空でその身をうねらせて見せてくれている。

異変に気付いた参列者たちがハーフドームから飛び出した頃には、怪物たちは一斉に東に向けて飛び去るところであり、観衆が呆然と見送る中、全てのイベントが終了してしまった。

その後の午餐会どころかスピーチ一つ行われず、式典の幕があっさりと降りてしまったのである。

まったく、それだけだったのだ。

ただ、その国王も個人的には忙しかったと言えなくも無い。

何せ、この日六歳の誕生日を迎えた有紀子のために任那まで出かけた上、その地のビーチでのどかに遊んだからだ。

尤も、出かけたと言っても一瞬で移動するだけの話なのだが、自国領内のこととは言え優に一万キロ以上も離れた浜辺で、陽の光を浴びて過ごしたことは確かであり、近頃元気の無い田中盛重のために多くの美女を伴っていたとする報道まで出るに至った。

だが、みどりや葉月を除けば、例の後宮に部屋を持つ二人の美女だけだったと言う説もあり、これも王の公務でない以上公式な発表があるわけでも無く、全ては藪の中だと言うほかは無い。

それに、いくら田中の恋が悲劇的な結末を見たからと言って、国王がその友人の為にわざわざ美女を伴うなどあり得ないとする者も少なくないのだ。

第一、現実の田中自身が既に世界的な著名人になってしまっており、当人が会うことは稀だとは言うが、とにかく公私共に面会を乞う者が引きも切らない。

秋津州国王の側近としてメディアに登場する場面もしばしばであり、この独身男のもとには、若い女性からのファンレターが舞い込むことさえ珍しいことでは無い。

そう言う状況の中、現地の警備陣の許容する範囲ではあるにせよ、田中に接近を果たした者もいたらしく、その全てが若い女性だったことに起因する誤解もあったろう。

何しろ、国王のバカンスとして報じられたその映像の中には多数の女性が写りこんでおり、その中には多様の国籍の女性がいたことも確かな事実なのである。

尤も、大多数のメディアの興味はそこには無い。

その殆どが、予定通り現れてくれた馬酔木の龍に集まっていたと言っても言い過ぎでは無い。


その後一ヶ月近く経った八月の十四日になって、秋津州在留の合衆国大統領特別補佐官はアリアドネの女神さまをそのオフィスに招くことにようやく成功していた。

例の建国記念式典以来ずっとお会いするチャンスが無いままに、満足なレポート一つ書くことが出来ず、秋津州の代弁者としては辛い日々を過ごさざるを得なかったのだ。

ここのところの女神さまはよほどご多忙のようで、お出でを願って再三連絡を入れていたところに、やっとご来臨の報せが入ったのだ。

しかも、今日が女神さまにとっての二十五歳の誕生日だと聞いており、無論、そのプレゼントの用意もある。

「わざわざのお運びを頂戴いたしまして、まことにありがとうございます。」

例によって、うやうやしく小切手を差し出す。

「あら、いつもお心遣いいただいて申し訳ございません。」

女神さまは全く悪びれることも無く、例によってさらさらと領収証を書いて下さっているが、受取人名義は近頃ではずっと大和商事になっており、彼女はその姉たちと共にその企業の無給の顧問として名を連ねていると聞く。

無論、彼女が受け取ったあとで、そのカネがどこへ消えようと、我が合衆国にとっては一切与り知らぬことなのである。

「いえいえ、どうぞお気遣い無く。」

当方としては今回も支障なく受け取ってもらえて、内心ほっとしているくらいで、これが、そっくりそのまま秋桜資金会計に投入されてしまうことなど、タイラーには思いもよらない。

「お役にも立ちませんで。」

「いえいえ、飛んでもありません。このたびも任那入りをお教えいただいて非常に助かりましたし。」

無論、建国記念日の王のバカンスのことだ。

国王自身が幼子と交わしていたと言う約束ごとの内容を、二日も前にキャッチ出来たことにより、戦士たちに戦闘態勢を採らせるに充分な時間が与えられたのだ。

「あら、その程度のことでございましたら、・・・」

任せておけとでも言うのだろう。

「警護の方々にも、お礼を申し上げなければなりませんな。」

アリアドネの条件が妙齢の美女に限っていたことも確かだが、あのビーチに複数のそれを派遣出来たことは勿論、警備陣がその接近を黙認してくれたことを指しているつもりなのだ。

「うまく行きましたか?」

「あはは、なにもかもご存知のくせに。」

「おほほほ。」

「しかし、現地では随分ライバルが多かったようですな。」

そのビーチには、こちらの手配した者以外にも、多数の女性が出現していたと聞いた。

その女たちが英仏独中露あたりの国籍を持つ者であることも掴んでおり、そのほかにも未だに国籍すら掴めない者までいる。

「そのようですわね。」

とぼけてはいるが、それらの国々にリークしたのも確実にこの女神さまだ。

それらの国々からも当然それなりの見返りがある筈で、今回も女神さまの懐には莫大な贈り物が転がり込んだことだろう。

「しかし、陛下はお優しい方でございますなあ。」

「いえ、直前までご存知ありませんでしたわ。」

「ほほう、では・・・・。」

「はい、わたくしどもの一存でございました。」

「なるほど、田中さんが落ち込んでらっしゃるのを見かねたと言うわけですか。」

田中盛重のガールフレンドの話だったのである。

「おほほ、いろいろございますから。」

実は、田中の様子を見かねたのは岡部夫妻だったのだが、無論タイラーには判らない。

岡部夫妻の思いは対策室に詰めている女帝に伝わり、女帝は女帝流に解釈し、その結果、田中はあのビーチで一度に複数の美女をガールフレンドに持つことを得た。

何せ、そのビーチに現れた女たちは、国王には見向きもせずに、田中盛重の方にばかりアプローチをかけていたからだ。

しかも、そのアプローチが極めて露骨なものだったことが、独身の官僚を大いに奮い立たせたことは確かで、その後田中はその多くと交流を持つに至っており、自然その中の一部とは二人切りで食事をする間柄にまでなっていたのである。

タイラーにして見れば、希少な成功例になったことは確かだ。

その中の一人は現にこっちの持ち駒なのである。

当然その持ち駒から、問題の失恋男が俄然元気を取り戻しつつあることも聞いていた。

「どうですか、その後大分お元気になられたとはお聞きしてますが。」

「おほほ、殿方は正直な方が多いようでございますわねえ。」

艶然と笑っている。

大分効果があったことだけは確かなのだろう。

「それはよろしゅうございましたなあ。あはは。」

「平和でよろしゅうございますわ。」

「平和と申せば、あのイワレのドラゴンはどの程度の装備をお持ちなのでしょう?」

英語圏では、馬酔木の龍のことを専らこう呼んでいるらしい。

「装備と仰いますと?」

「兵装のことでございます。」

ワシントンにすれば秋津州の新兵器としか思えない。

「それは申し上げかねますわ。」

「やはり、兵部の管轄でございましょう?」

その部署の管轄であれば間違いなく兵器だ。

「残念ですが、それも申し上げられません。」

「では、よほどの威力を持つものと考えてよろしゅうございますか?」

「陛下のお力は、ご承知かと思いますが。」

「はい、それはもう・・・・。」

現に米軍の大艦隊や航空機はおろか、全人類の端々に至るまでこの丹波に運んでくれたのは、その人の意思によることは間違いの無いところであり、今さらだが、この人に戦いを挑む者があれば、その敵の全てを一瞬のうちに宇宙の彼方に運んでしまうことも出来ることになる。

「でしたら、それ以上お聞きになったところで無意味ではありません?」

これ以上秋津州の武備兵装を調べても無意味だろうという。

「ううむ、確かに仰る通りですなあ。」

仮にその人が突然死などしてしまえば、残された司令官たちが即座に行動を起こして合衆国を襲うと聞いている以上、ワシントンには軍事的な対抗手段が無いのだ。

例外は、白馬王子の件のように、正統な戦争行為でなおかつ相手が歴然としている場合だけに限るだろう。

現にあの騒ぎのときも、謀殺などを疑いようの無い形で国王が戦死してしまうところばかり、夢想していたことは確かなのである。

こうとなれば、荒野の薔薇作戦が一刻も早く実を結ぶことを神に願わざるを得ない。

その結果、アングロサクソン系の世継ぎが生まれ、その人こそが我がワシントンの頭上に光を点してくれる筈だ。

今ではロンドンでさえ、一途にそれを願っている者が多いと聞いているほどなのだ。

このあとの大統領補佐官は本国の訓令に基づいて、新たな案件に付いて女神さまの反応を見ることになるのだが、それはこの時期当然の捕鯨に関する「お伺い」であり、それは、この惑星の事実上の王である人の意思の在り処を探ることと全く同義語だ。

世が世であれば米英連合のエンジンにフルパワーを掛けて、マイペースを守りきりたいところなのだが、哀しいかな現在のアメリカ合衆国としてはこれが精一杯のところだったのである。


女神さまがタイラーのオフィスを辞した直後の王と女帝の通信。

王は、惑星佐渡から大量の資源を天空の基地に届け、今しも噂の田中盛重と共に八雲の郷の国防軍司令部に入ったところだ。

司令官室の重厚な応接セットには王と田中が向かい合って座を占め、井上甚三郎と迫水美智子は勿論、立見鑑二郎までが佇立して控え、女性士官がかつかつと踵を鳴らしながら茶器を捧げて来る。

「お帰りなさいませ。」

田中の耳には全く届かない女帝の語り掛けであった。

「うむ、今立ち戻った。」

国王が、大振りの湯飲み茶碗を手にしながら応える。

「また、とんでもない量でございましたこと。」

女帝は、若者が搬入して来た資源の物量を指しているのだ。

「うむ、いくら運んでもどんどん出て行く。」

「やはり、食糧と建築用資材が主でございますか。」

鉄やセメントはもとより、道路舗装用の石油にしてもまだまだ膨大な需要があり、出来る限り佐渡やその他の天体から搬入して来るよう心掛けているのである。

「うむ。ところで何かあったのか?」

「はい、先ほどタイラーから捕鯨に関しての打診がございましたので。」

「そうか。」

「お指図通り、別に不都合は無い旨返答致して置きました。」

無論、D二やG四が活発な情報収集にあたっており、この主従にとってワシントンの動きなど全て手の内にある。

何せ、その国は、常に最も危険な相手でもあるのだ。

「それで良い。」

「それと、田中さんのガールフレンドのことでございますが。」

「女どものおかげで、大分元気が出たようだ。」

大分元気になった田中は、今も眼前で呑気にお茶を啜り込んでくれている。

「はい、彼女達は今のところ感染症の恐れは無いと存じますが、念のためあと一月半ほどはお控えになった方がよろしかろうと存ぜられます。」

最終的な検疫までには、あと一月半ほどを要すると言うのである。

「うむ。」

「それに、全員ひも付きと言う点も、迫水を通じて十分ご説明申し上げてございますから。」

無論、「ひも付き」とは諸外国の工作員の意であり、田中自身それを充分承知した上でデートを楽しんでいると言うことになる。

「殊に悪質な者はおるか?」

「は?」

「ううむ、うまくは申せぬが・・・・・、まあ、良いわ。」

「特に目立つほど練達の者は、見当たらないようでございます。」

外見上の美醜を中心に選抜されたことが、そのような傾向を生んだに違いない。

その上、今回の戦士たちは日本語の会話能力一つとっても揃って片言の域を出ない者ばかりだ。

「やはりな。」

若者は今マーベラを思い出している。

彼女などは、自らをそうとは知らずに活動していたほどだ。

「それと、今日はみどりさまと葉月さまがお見えでございますが。」

今夜は宴会になるのだろう。

この若者は、どう言うわけか、あの葉月の酌で飲むことを好み、既に幾度と無く宴席を共にしているが、その度ごとに実に楽しそうな笑顔を見せるのである。

「うむ、それに咲子に付き合ってやる約束もある。」

「財団ビルの剣道場でございますね。」

「うむ、精進の甲斐あって近頃だいぶ腕を上げておる。」

現実に、高橋師範すら驚くほどの伎倆を発揮し始めているのである。

先日などは、あのダイアンでさえ見事に一本取られたと言う。

優れた指導者に出会ったことで、それまで隠れていた天分が一気に目覚めたのだろうが、それにしても長足の進歩だと言って良い。

「そのようでございますわね。」

「近頃では、大学に剣道部を作りたいなどと申しておるわ。」

「手配致させましょうか?」

早速、その希望に沿うよう手配をすると言うのだ。

学生の多くが未だにヒューマノイドであり、号令一下そのくらいのことならどうとでもなってしまうのである。

「いや、もう少し様子を見てからが良かろう。若い娘のことだ。いつ気が変わるか判らぬからな。」

「ご明察で・・・・・。」

「うむ、未だ何かあるのか?」

「大和商事の借入金の件でございます。」

「それが如何した。」

「そろそろ、元金の返済もお考えいただかないと・・・。」

膨大な金利が発生しているのである。

その上、当方の資金不足の為に起こした借り入れでは無い。

資金など、借りるどころか、逆に貸し付けてやりたいほど潤沢なのだ。

「いましばらくの辛抱が肝要であろう。」

「お言葉ではございますが、金利負担が異常なほどでございます。」

これも、事実だ。

しかし、もともと、人類の惑星間移住と言う大事業にあたって、一気に不安定化する各国の金融資本に安全有利な投資先を提供し、その弱まった足腰を補強してやることを目的とした借り入れであったのだ。

そのために発生する膨大なコスト負担など、最初から覚悟していたことだ。

「あと一年がほどは、金利を払っていてやろう。」

大和商事に貸し込むことを得ている金融資本は、その間、確実に稼ぎ続けることが出来るだろう。

その上、秋津州に対する巨額の融資実績はその格付けにすら関わって来る問題であり、彼らからすれば、その足元を固め切れていない段階で返済されてしまっては困るのである。

既に壮大な設備投資ブームが世界中で加熱しており、その膨大な資金需要が各金融資本の台所を潤しつつあり、各種産業も猛然と立ち上がり始めたことを見れば、あと一年も経てば、この丹波経済全体が繁栄の足掛かりを築くことが出来ていよう。

それまではじっと辛抱するよりほかは無い。

「承知致しました。」

「うむ、世界経済がその繁栄を取り戻すことが何よりも大切なことだ。」

「言わずもがなのことではございましょうが、その間は市場で運用させていただいておりますのでご承知置き下さいますよう。」

巨額の資金を運用し得るほどのマーケットが、いよいよ多数立ち上がって来ており、女帝は腕を撫していたのだろう。

「うむ。」

「それでは、一汗おかきあそばしますよう。」

若者は通信を終え、正面で日本茶を喫している友人の顔に視線を移したが、数ヶ月前とは事違い、そこには若々しい生気が蘇って来ているようだ。

やはり、女の力とは恐ろしい。

「お話は終わりましたか。」

その顔が様子を察して語り掛けてくる。

「うむ、いま終わった。」

「それでは、そろそろお出掛けになりませんと。」

無論、田中は王と咲子の約束を承知している。

「それより、今夜のお相手はどの女性かな?」

田中が今夜もデートの約束があることは、既に本人の口から自慢げに聞いていたことだ。

「今日は、ロシアのかたとでございます。」

田中の方も、悪びれるどころか嬉しそうな顔を隠そうともしていない。

「ほほう、あれもなかなかの美形であったな。」

王自身も一度だけとは言いながら、任那のビーチでその見事な水着姿まで間近に見ているのだ。

「いずれ、あやめかカキツバタと言うところでございましょうな。」

田中はしきりににやついている。

「あはは、言うわ、言うわ。」

「言うだけなら税金も掛かりませんし。」

「しかし、いったい何人とデートしたんだい?」

「今のところ、五人でございますが、勘定を持たせるわけにも参りませんので、これ以上は控えて置こうかと。」

今のところ、デートの際の勘定は全て田中持ちであることも承知しているが、いくら独身で貯えがあると言っても、このままではその懐具合もやがて切なくなって来るだろう。

敵はそれを待っているのだ。

恐らく始めは僅かなデート費用を負担する申し出をして来るだろうが、それを受けてしまえば、やがてそれが大きな金額に繋がって行く。

彼女たちとベッドインしてしまえば、更に大きなモノが手渡されるようになり、やがてそれが巨大な借りに繋がってしまうのだ。

当然のことながら、敵は田中の知り得る機密情報にこそ最大の価値を見出しているのであり、利用価値を失ったあとの田中が破滅してしまうことなど意にも介さない。

トラップは益々強力な効果を発揮するモノになって行くに違いない。

無論田中もバカではない。

彼女たちが一度でも勝手に勘定したりしたら、二度とデートには応じないと堂々宣言しているほどだと言う。

その上、彼女たちの縄張りらしいところにはどんなに誘われても一切近付かず、こちらの縄張りでしかデートはしないと決めているらしい。

まして、女たちの中にさしたる者はいないことも判っている。

みんな、素人に毛の生えたようなレベルの者ばかりだ。

万一、金銭的に弱みになってしまいそうな展開になったら、内緒で補填してやるから直ぐに申し出るよう言ってあることだし、この分なら先ず心配は無かろう。

張本人のお京にも言って置いたが、一旦こう言う絵図面を書いてしまったからには、田中本人が不幸な目に会うことだけは、絶対に防いでやらなければならないのである。

現実には、官僚たる者が外国の女性工作員と交際するなど決して褒められた事ではない。

一歩間違えればそれだけで身の破滅に繋がってしまうことであり、出来ることなら、岡部がわざわざ手配してくれた日本人女性に絞って交際してもらいたいくらいだ。

だが、その日本人女性の外貌は、惜しむらくはあまり美しいものとは言えず、あのビーチでもアグレッシブな様子を見せなかったため、田中の歓心を得るには至らなかったものらしい。

「ふうむ、五人相手ではかなり忙しいだろう。」

「いえいえ、おかげさまで良い思いをさせていただいておりますから。」

田中にして見れば、派手なピンナップガールととっかえひっかえデートしているのである。

楽しくない筈が無い。

「気の毒だが、あと一月半は辛抱した方が良さそうだな。」

「ほほう、あと一月半でございますか。」

「うむ、それまでは赤信号が消えないそうだ。」

「心得ました。」

「そうなれば、専用のベッドルームが必要になるかな。」

大和商事経営の最高級ホテルがあることだし、そこに専用のスィーツを用意させることにするか。

「あっちの部屋に入るのは危険ですし、まさか秋桜エリヤに連れ込むわけにも参りませんから、いまのところ辛抱しとるんですわ。」

「あっはっはっ、辛抱と言えば私なぞも大分辛抱しとるからな。」

考えてみれば、その意味では妻を失って以来女体には一指だに触れていないのだ。

「あらら、陛下の場合は、例の一番区域にお出かけになれば、直ぐにでも解消する話でしょ。いったいどちらの方がお好みなんですか?」

「ううむ、そう聞かれてもなあ、まあ正直に言えば、どちらも女として見るには未だ抵抗があるからなあ。」

それに、純な娘たちを一時的な慰みものにだけは絶対にしたくは無い。

それこそ、将来好きな男でも出来たら、我が王家から嫁がせてやりたいと思うこともしばしばで、この意味では二人共愛していると言うほかは無いのだ。

「ほほう、未だって仰るからには、その内にとか、将来はって言う含みがありそうですな。」

「そりゃ将来って話なら、君だってどんな奥さんをもらうことになるか判らんだろう。」

「それはそうですが、陛下とは立場が違いますから。」

「残念ながら私の場合、迂闊なことは出来んからな。」

「しかし、あのお二人はどちらもお綺麗ですなあ。殊に最近の咲子ちゃんには吃驚させられますわ。」

「うむ、随分大人になって参ったようだ。」

「こないだキッチンの咲子ちゃんを見たときなんざ、その美しさに思わず息を呑んじゃったほどですからねえ。」

「ローズだって、負けてはおらんだろう。」

「確かに。しかし陛下は二人をいつまで待たせるおつもりですか?」

「ふむ。」

「秋元女史から聞いたんですが、二人には陛下のお体のことも、全部説明済みだって言うじゃありませんか。」

遠い祖先が日本を逐われた原因のことだ。

そして今は、その異能こそが人類を救済したものだと言う事実がひそひそと語られ始めている。

「らしいな。」

「それで、私も二人に聞いてみたんですが、最近協定まで結んでるようですよ。」

「協定か。」

実は、それもお京から耳にしている。

「そうです。単なるライバルじゃなくて、協力し合おうって話し合ったって言うんですわ。」

「ほう。」

「つまり、いざとなったら陛下を独占しようなんて考えは捨てて、何から何まで二人平等に扱ってもらえるように協力しようって決めたらしいですよ。」

「なかなか、そううまくは参らぬだろう。」

人間である以上、男女を問わず嫉妬と言う感情がある。

「いや、だから、陛下さえ二人を平等に扱ってあげれば、二人共それで納得するって言ってるんです。」

「確かに最初のうち、多少ギクシャクしてたからなあ。」

それが、最近妙に仲が良いのである。

二人が作る王の食事の献立にしても、二人交代で決定権を持つような定めになっていると言うが、二人の間ではしょっちゅう討論が繰り広げられると聞く。

「秋元女史から、陛下は世界の秩序の大本なんだから、その血筋を絶やしちゃったらえらいことになるって言われて、二人共すっかりその気になっちゃってますよ。」

「ほう。」

「ほうじゃありませんよ。二人共そこに使命感まで共有しちゃってるみたいですから。」

「使命感ですることではあるまい。」

「いや、勿論使命感だけじゃありませんがね。とにかく本人たちが望んでるんですから二人共奥さんにしちゃえばいいんですよ。秋津州の慣習法とやらも、それを妨げてるわけじゃ無いんでしょ。」

「うむ、取り立てて禁じてはおらんな。」

尤も、その慣習法とやらも若者がただ一人の秋津州人である限り、それこそどうとでもなってしまうのである。

「だったら、問題ないじゃありませんか。」

「そうは言うが、ローズは未だ十六歳だぞ。」

「やはり、そちらの方がお好みですか?」

「おいおい、本題は君の彼女の話だよ。」

「私のことより陛下のほうが問題ですよ。」

「まあ、そう苛めるなよ。」

「新田さんからも岡部先輩からも、うるさく言われて困るんですけど。」

事情を知った彼等が王家の異能が絶えてしまうことを恐れていることも、お京から耳にしてはいる。

「ほほう、そんなにうるさいか。」

「だいたい、葉月のおばさんのお酌で飲んでたって、永久に子供なんて出来ませんからって言ってますよ。」

「へえ、あの二人がそこまで言うのか?」

「いや、これは秋元女史の受け売りですがね。」

「うん、昔からあれが一番うるさい。」

「へえ、そんな昔からだったんですか。」

「十五・六の頃からずっとそうだ。」

何か、ほろ苦いものが沸いてくる。

「結局陛下が堅物過ぎるから余計心配するんですよ。陛下も少しぐらい遊んだらどうです。」

「うん、大仕事もひと段落着いたことだし、そろそろ君を見習って夜遊びに出かけてみるとするか。」

「待ってましたあ、そう来なくっちゃ。そうすれば陛下も少しは元気が出るっちゅうもんですわ。」

「私は元気のつもりなんだが。」

「いや、あっちの方の元気ですよ。みどりママだってそう言ってますよ。」

「しかし、怖い女たちが揃ったもんだ。」

「言い付けますよ。」

「いや勘弁してくれ。」

王も、この言葉遊びを充分楽しんでいる。

「そう言えば、陛下の元気の出るような、面白いとこがあるってアンが言ってましたよ。」

「アン?」

「あ、この前デートした女です。デカパイのアメリカ娘で、当然タイラーの兵隊ですけどね。」

「ほほう、あの、胸が特別に大きいヒトか。顔は忘れたがあの胸だけは覚えておる。」

「そうです、そうです。でもあれ本物じゃありませんがね。」

「え?」

「整形ですよ整形。絶対そうですよ。」

実際、独身の官僚にそう思わせずには置かないほど豊満な胸の持主なのだ。

「ほう、そうなのかあ。」

「その子が、三の荘のロイヤルホテルが絶対面白いって言うんですわ。ワシントンのダミーがやってるところですけどね。」

「うん、そこなら何度も招待状が来てるって話だ。」

「そらそうでしょう。あっちは陛下の呼び込みに必死でしょうからね。」

「前に、お京も気晴らしに行けってうるさかったことがある。」

「じゃ、行っても大丈夫なんでしょう?」

「ふむ。」

若者は、にんまりとして応えている。

「それに、陛下の専用ルームまであるって話ですよ。」

「本格的だなあ。」

「いろいろ揃ってるそうですし。」

「いろいろとは?」

「あらら、男の遊びって言やあ、飲む、打つ、買うが不動の三本柱でしょうが。」

その三つが全て揃っているとでも言いたいのだろう。

「そりゃそうだな。」

「それにショウダンスがあって、これが又魅せるらしいですよ。」

若い者同士の会話はとどまるところを知らなかったのだが、一方で咲子が防具を着けたまま痺れを切らせていたことだろう。

 ◆ 目次ページに戻る

  1. 2007/12/20(木) 11:10:21|
  2. 妄想小説 主権国家|
  3. トラックバック:1|
  4. コメント:0

自立国家の建設 118

 ◆ 目次ページに戻る

若者同士のまことにざっかけないこの会話は、一部がタイラーに告げられることによって重要な役割を帯びることになるのだが、タイラーにしてみれば無理からぬことだったろう。

何しろ話題の中心が秋津州ロイヤルホテルの一件であり、女神さまがいよいよご出御の可能性が出て来たと言い、しかも格別の熱意を込めて仰せになる以上、特段の接遇を期待してのことに違いないのだから、自然選りすぐりの戦士を配備して待つことになる。

そして遂にその翌々日に至り待ちに待った国王来臨のときを迎えることになるのだが、創業以来無為に一年有半を経ていただけに、現場サイドにしても力が入って当然だったろうが、天空のおふくろさまにとってもこの日の収穫は小さなものでは無い。

すなわち、イベントの主題は話題のベリーダンスであり、鍛え上げた女体を透過性に優れた極めて優美な衣装で包み、腹部を露出させ激しく腰を振って踊るさまが余ほどの刺激を齎したものらしく、卓越した舞踏技術を発揮するその女性が三十九歳とは思えぬほどの若さを誇っていたことも確かだが、ほかにも香気芬々たる戦士たちが配備されていたにもかかわらず、若者の興趣はそのダンサーにばかり集中してしまっていたのである。


その翌朝の王の交信、相手はNew東京の女帝だ。

「おはようございます。」

「おはよう。」

若者は二番区域の居間で日本茶を喫しているが、今しも咲子とローズが整えつつある朝食の膳に向かうところのようだ。

「昨日は、お楽しみでらしたようでよろしゅうございました。」

「うむ。」

「さっそくにも自前のダンサーをご用意申すべく準備中でございますので、しばらくお待ち下さいますように。」

ファクトリーでは、若者の心を惹いたダンサーについて精細なモデリングに取り掛かっているだけに、旬日を経ずして生き写しのモデルが完成してしまうだろうが、若者の反応は意外なものであったのだ。

「無用に致せ。」

「は・・・・。」

「無用と申しておる。」

「あれほどお気に召しておいででしたのに。」

「また出向くから、それで良い。」

「承知致しました。」

現に若者はその後幾たびも訪れることになる。

田中盛重が嬉々としてお供を務めていたのは当然だが、しまいには立川みどりを始めローズや咲子まで加わり、言わば家族総出のありさまだったと言う。


さて、人類が悉く移住を果たしてからかれこれ半年を過ぎ、世界各地でそれなりの秩序が形成されようとしているが、八雲の郷の王宮においてもさまざまな秩序が生まれ、そしてそれが確固たるものになろうとしている。

中でも王のキッチンでは、二人の美少女が積極的に取り仕切るさまが常態化しつつあり、それに横槍を入れることが出来るのは国王を除けば最早立川みどりただ一人だと囁かれ、王の宴席を取り仕切るのも殆ど彼女であるだけに、王家における磐石の地位がいよいよ喧伝され、東京のクラブ碧がいよいよ繁盛して当然だ。

その養女格の有紀子と言う童女に至っては、相変わらず国王の膝の上を自在に我が物としているとされ、学齢に至れば八雲の郷の王立学校に入学するに違いないと囁かれる一方、未だに王宮に専用の部屋を持たないでいることが、王家の七不思議の一つだと言う声も聞くが、一方で二人の美少女の動静に関する噂がまことに姦しい。

一部ではその七不思議の第一位は二人が未だに懐妊しないことだと報じる者まで出て、その者らにとっての二人はとうに国王のれっきとした愛人なのだろうが、ときに王が二人を連れて外出するときなどはもうそれだけで大騒ぎであり、七不思議の第二は王が必ず二人を共に伴っていることだとされ始めている。

さて、ここに国王の居間付近に自在に出没するジャーナリストが存在するのだが、言うまでも無くNBSのビルである。

彼は王が留守であっても意にも介さず押しかけて来ることが多く、単に飯を食いに来たと言って顔を出すことすらあり、現に二人の美少女に突然それを要求したりすると言うが、そのビルの願いが拒絶されたことは一度も無い筈であり、このような特殊な空気を背負った男だからこそ、無遠慮極まりない質問をぶつけることも出来るのだ。

実際、ビルは二人に向かって尋ねたのである。

無論、国王が二人の内の片方だけを伴わない理由をだが、これについて二人の少女が異口同音に応えたことが小さくない。

何と、二人が国王陛下と常に等距離を保つと言う一点で合意しているばかりか、これもまた二人して申し出を行って陛下の了承を取り付けた結果だと言ったのだ。

詰まり、二人共同等に扱ってくれるよう求めたことになるが、なかんずく、互いに女としての嫉妬を慎もうと申し合わせていると言うに至っては、共に王の愛人であることを認めたも同然であり、そのことがその「愛人」たちの肉声を以て語られたことにより、最早それは単なる憶測などでは無くなってしまった。

無論ビルは、このゴシップを流すに当たり、秋津州の慣習法がそのことを妨げてはいないことも抜かりなく付け加えてはいたのだが、「そのこと」が、一人の男性が同時に複数の配偶者を持つ行為を指す以上、一夫一婦制を当然と見る文化圏からは理解が得難いのも当然で、いきおい非難めいた論評を加える者が少なくなかったからおふくろさまが放置する筈も無い。

程なく秋津州の村落で六人もの妻妾を持つ事例が報じられ、各村落に同様の事例を数多く登場させると言うその手法は、若者の制止命令が出たあとでさえ折りに触れて実行に移されてしまうのだが、その後この話は妙な道筋を辿ることになってしまうのである。

ビルの後追い取材によると、何と「そのこと」は二人の少女が一方的に望んでいることであって、未だに実現してないことが明らかになったのだ。

詰まり、王は今以て誰も娶っていないことになり、その結果非難がましい声が大幅に減少したばかりか、異邦人たる者は王家のプライバシーをよほど尊重せねばならぬとするメディアまで出て、この異例の論議もやがて沈静して行くのだが、同じ最上階のことでありながら、本来より以上のニュースバリューを持つ筈の秋桜エリアの内情が報じられることは極めて少ない。

何しろそのエリアでは、土竜庵グループはたかだか二十人にも満たないにせよプロジェクトAティームの方は既に五百を数え、日秋両国の国益の伸張を求めて日々汗を流しているにもかかわらず、ビルでさえ一歩も踏み込めない状況なのである。

尤も、そのエリアの日本人たちが取り纏めたとされるある「事業」が大きなニュースになったことはある。

すなわち、このほど日本海軍と名称を変えた組織に、一挙に三十二隻もの潜水艦が寄贈された一件だ。

無論、これまで加納たちが訓練と称して操艦に携わって来た攻撃型潜水艦のことであり、その寄贈者とは日本人秋津州一郎氏に外ならないが、時にとって残りの戦略型潜水艦八隻が秋津州国の艦籍のままであることが、一部の国々から見れば重大で無くも無い。

何しろこの八隻は核弾頭を持ったSLBM(潜水艦発射型弾道ミサイル)を具えていると囁かれて来ており、明白に日の丸を掲げてしまえば、関係諸国からの査察要求は避けて通れなくなるため、そのための据え置き措置だと見られているのである。

しかも、この丹波においても核保有国は北半球に集中しており、米英仏などは地球時代と同様に戦略原潜を北極海の海中に潜ませて核抑止力としたいところなのだが、あいにくこの星の北極海はその多くが秋津州の領海若しくは専管水域となってしまっており、海底の地形から見ても、大型の戦略原潜がその戦略目的に見合う深度を保って活動し得る海域は、秋津州の専管水域以外ほとんど見当たらないのだ。

詰まり、他国は北極海にそれを配備することが不可能に近いことが判明してしまっており、米英仏などにとっては一方的に不利な環境が出来上がってしまっていることになる。

近頃では巨大な飛行ポッドが多数秋桜に配備され、本来秋津州には無用の機能であるにもかかわらず、海中の潜水艦との通信用としか思えない超長波用のアンテナを具え、訓練と称して日本海軍の兵員が多数搭乗している事実まで確認されており、どう見ても、日本本土が核攻撃を受けた場合、極北の海から報復攻撃を行い得る態勢が整ったとしか思えない。

問題の潜水艦の艦長職には今以て秋津州軍士官が就いているとは言うが、日本海軍のマリナーが数多く搭乗している以上、日本政府の意を体して極北の海に配備されていることを疑う者はおらず、全ては東京政府の採る露骨な擬態であると思いはしても各国共に如何ともし難いのである。

海中の潜水艦との通信用と目されるポッドが秋桜に配備されるや、米英などは安保理での制裁決議まで夢想したらしいが、強行すれば中露二カ国が揃って拒否権を発動することは目に見えており、独自に制裁措置を採ろうにも、相手が大和文化圏と言う自己完結能力を有する経済圏を手にしているため、その動きを明らかにしようものなら、そこへの参入を阻まれることによって逆に大打撃を蒙る可能性が高い。

敷衍すれば、米英連合は全ての手を封じられてしまったことになり、下手に動けば泣きを見るのは米英の方であり、殊にワシントンでは、これまた合衆国を陥れるべく設けられたトラップではないかと恐怖する人間が少なくないと言い、その者たちの頭の中では、折角の米日不戦条約などとうに消し飛んでしまっているらしい。

また、現在の丹波世界を見渡せば、大和文化圏以外ではおしなべて深刻な食糧難に見舞われ、例外無く穀物の増産に手を砕いていると報じられる一方、秋津州に本社を構えるコーギル社などが競って立ち働き、小麦や米を始め多種多様の物資を秋津州から搬出しているが、中でも目立つのは大量の冷凍鯨肉であり、近頃ではその出荷量も週当たり五十万トンもの多くに及んでいるとされ、その出荷ペースを年間に換算すれば概ね三千万トンにもなり、地球時代の牛肉の出荷総量が六千万から七千万トンと言われたことに比べても、最早膨大な物量だと言って良い。

何しろ、飢える人が四十億を超えるとされる中で、牛豚類はその出荷量も未だ僅かで価格も高騰してしまっていて、とてものことに庶民の口になど入らない状況だ。

そこへもって来て、秋津州から出荷される鯨肉の価格は牛肉の四十分の一程度だったから、あっと言う間に食品として広まってしまい、それまで拒否反応を示していた人々の間でさえ堂々と食膳に供されるまでになり、しかもそれは全て大和商事から出荷されるものばかりでありながら、その産地も丹後と但馬だとされている通り、秋津州自身は丹波での捕鯨を行っておらず、諸国にとっては絶好の好機と言って良い。

現に海を見渡せば溢れるほどに鯨が泳いでおり、米英などの企業がこれに目を付け、政府の支援の下に大量の新造船の発注にまで踏み込んでおり、しかも受注するのは大和商事ばかりだ。

大和商事の手になる船はPMEタイプのものばかりで、一般の内燃機関のものと比べて割高ではあっても、ランニングコストの面では天地の開きがある上納期が極端に短縮されるだけに、既に八雲の郷ばかりか、新垣の郷(秋桜)や任那の郷のドックからも大量に進水しつつあり、捕鯨母船だけでもとうに二百艘を超え、キャッチャーボートのたぐいに至っては三千艘に垂んとしているとされるのだから、最早捕鯨時代の幕開けだと言って良い。

南氷洋も北極海も秋津州の専管水域が茫々と広がるばかりで、そこでの操業は許されないにせよ、英米を始めかつての先進諸国の多くはその捕鯨船を数多く揃え、華々しく商業捕鯨に乗り出すまでになっており、猛烈な捕鯨競争が始まろうとしていたことだけは確かで、しかも、その先陣を切っていたのは誰あろう、かの英米両国であり、捕鯨船の数量から見ても日本などは、かなり後れを取っていると囁かれた。

何せ日本の場合、既存の調査捕鯨に従事していた僅かな事業者が、地球から持ち込んだ既存の捕鯨船を用いて細々と活動していただけであって、それに引き比べて、英米両国などは膨大な捕鯨船を稼動させようとしていたからだ。

報道によれば、米国のそれを百とした場合、英国が五十、日本に至っては一桁未満と言うていたらくであり、詰まり米国一国だけで、日本に比べて百倍以上の捕鯨船を稼動させようとしていたことになる。

実際は二百倍以上だと言う報道まであり、結局米国の商業捕鯨が圧倒的な規模を以てその活動を開始したものと見るほかは無いが、無論英国がそれに続いており、ノルウェーやアイスランドはもとより、豪仏独なども負けじと参入を始め、その後中露ほか多数の国々まで競って後を追うまでになるのである。

何しろ、あらゆる野生動物が食糧と化してしまっており、馬酔木の山斎以外の野牛などは、ここ半年足らずで半減してしまったと言われているほどだ。

その上世界的に牛豚類の出荷が低迷している以上、他に安価で大量の動物性蛋白質など馬ぐらいのものであり、食肉としての鯨肉の市場競争力は飛び抜けていると言わざるを得ない。

その結果、捕鯨競争がいよいよヒートアップして行く様相を呈し、大和商事の群を抜く造船能力が、何よりも極端に短い納期と相俟って素晴らしい人気を博し、その巨大ドック群が終始大回転を続け、さまざまな船種を猛烈な勢いで進水させ続けたのである。

この時点でほかに唯一本格的な造船能力を具えていたのは日本ぐらいのものだったが、そのドックに発注する者はほとんど見当たらず、大和商事のドックの破壊的な競争力だけが注目を浴び続け、十月も末に至ると、捕鯨船がらみの発注が一段落してしまうほど、大和商事のドックだけが次々と進水式を執り行い、そのあまりの数の多さには訝る声が上がるほどだったが、やがてその異様なばかりの造船能力のタネ明かしがされるときが来る。

何と、天空の巨大基地から地球上のピザ島に至るまで、国王のドックと言うドックが大車輪だったと言うのだ。

しかも、丹波のはるかな上空には既に三つの巨大基地が稼動し、「月」にある地下基地の施設までが轟然と疾走状態に入っていると言い、いきおい、丹波世界の船舶需要はじきに一段落する見通しであり、大和商事は短期の納期を求める船主に対しては、従前の倍額ほどの対価を要求するようになり、それと共に日本のドックの競争力が俄然浮揚して来る。

この辺の価格操作が、専ら秋桜エリアの日本人たちの手によって行われていたことが、後に明らかにされるときが来るが、この時期においては無論一般的な情報では無い。

やがて十二月も半ばを過ぎた頃には、咲子は十九歳、ローズも既に十七歳の誕生日を迎え、その懐妊を待ち望む声が周囲に満ちていると報じる向きも多く、中でも日系のメディアなどは、その多くがごく自然な形で二人を「側室」と呼び始めていたが、実際には未だに国王がその部屋を訪うことの無いままに時が過ぎて行く。

かと言って王の家庭に冷え冷えとした空気が流れているわけでもなく、それどころか国王は、この二人に最後の墓参のチャンスを与えるために地球の北米大陸と日本を訪れ、同時にピザ島からの撤収をも完了し、地球と言う惑星にいよいよ見切りを付けるに至ったとされるが、この頃になると熾烈な捕鯨競争の結果鯨肉の大廉売が始まってしまっており、大和商事の鯨肉はそれまでの価格帯のままでは競争力を失い始めたが、国王はその廉売競争には一切加担しようとせず、やがて市場から撤退する日が訪れた。

若者が、冷凍鯨肉の商業的な出荷を全て停止したことになる。


そして、二千十一年の年が明け、蓄肉業者たちが地球から持ち込んだ膨大な冷凍精子がその威力を発揮し始め、牛豚類の出荷数量が地球時代のものに迫る勢いを持ち始めた。

当然、その出荷価格も落ち着きを見せ始め、米英等の鯨肉は価格競争の荒波に揺さぶられることになり、世界各地の捕鯨会社が経営不振を囁かれ始めた頃、又しても巨大な災害が人類を襲った。

口蹄疫の大発生である。

周知の通りこの口蹄疫と言うものは偶蹄類(牛豚羊類)が罹患する伝染病だが、その中でも頭抜けた伝染力を持つとされ、風向きにもよるが百キロもの彼方にまで空気感染するとされ、罹患した畜類は実態として完治することは無く、群体の一部の感染が確認され次第、その群体の全てを処分するよりほかに対応策が無い。

詰まり、百頭の牛の群れの内、ただ一頭が感染しただけで百頭全てを処分せざるを得ず、下手に躊躇したりすればその群体はおろか数百キロの範囲が確実に全滅してしまうのだ。

最初米国で発生し、最大の大陸間交通手段であるSS六改によって、この口蹄疫ウイルスが盛んに飛散したものらしく、瞬く間に世界各地に伝播し、馬酔木の山斎以外ほとんど例外は無かったから、折角息を吹き返し始めたばかりの牛豚食肉業界が大打撃を受け、またしても牛豚類の出荷が滞り始めた。

少なくとも全ての輸出入が停止したことは確かであり、米豪などに至っては、驚く勿れ実に九十パーセントもの減産を招いたとされ、世界の市場全体でも八十パーセントを越える出荷減となってしまい、か細かった冷凍在庫が底をつくことも見えている今食肉市場は狂乱状態である。

各国政府は業界団体からの請願を受け、揃って救済予算を組んでことに臨んだが、皮肉にも一方の捕鯨業界はこれを機に一挙に息を吹き返し、壮大な乱獲競争がその勢いを増したのだ。

全く無統制のままであったと言い、丹波の鯨類はその増加の勢いに終止符を打ったばかりか、明らかに減少に転じたと伝えられるに至ったが、陸上では、猛威を振るう口蹄疫によって、馬酔木の山斎以外の野牛などは、いの一番に姿を消してしまっており、果てはあのパンダまでが普通に食糧と化している今、鯨の食糧化を非難する声など更に聞こえては来ない。

結果的に安価な鯨肉が各地で餓死寸前の貧困層の多くを救ったとされ、嗤うべきに、かつて熱狂的に心情的反捕鯨を叫んでいたあの豪州の民までが沈黙し、競うようにして鯨を喰い始めていると言い、これまで民衆の声に迎合するあまり、熱情を込めて反捕鯨をおらびあげて来たその国の政治家達も、あっさりと反捕鯨の旗を降ろしてしまったと言うが、心情的反捕鯨の旗など例え一万本掲げてみたところで、最早票もカネも集まらなくなったに過ぎないのだろう。

何しろ、新たに得たその国の領土にはカンガルーもコアラも生息しておらず、牛豚類はもとより羊まで口蹄疫に襲われてしまっている以上、所詮人間は喰うことが最優先なのである。

現実に人類の眼前で世界規模の飢餓状態が続いており、大和文化圏の外では餓死する者が後を絶たず、餓死者数は既に一億五千万を越えたとする報道まであるが、無論正確な実数など誰にも判る筈が無い。

基礎体力に劣る小児幼童が栄養不足によってなおのこと抵抗力を失い、些細な病気でも命を落とす例があまた出ていると報じられ、その風景はまるで大東亜戦争に敗北した我が日本の光景を見るようだ。

ちなみに、日本は昭和二十年の八月に敢え無く米軍の前に膝を屈したが、米潜水艦の雷撃と内海沿岸に対する機雷投下による海上封鎖作戦に散々に苦しめられ、国内の物資不足は極限状態に達しており、そこに大量の復員と引揚げ者が溢れかえり、挙句産業の多くが壊滅してしまっていたのである。

当時の総人口が七千万強のところに、千三百万以上の失業者が食と職を求めて巷をさ迷っていた上、苛烈なハイパーインフレーションと大凶作が追い討ちをかけたのだ。

想像してみるが良い。

餓死者が出ない方が不思議だろう。

しかも、戦前から操業していた捕鯨母船もタンカー代わりに徴用された挙句、六隻全てが米軍の攻撃で全滅してしまっていたため、遠洋捕鯨の途まで断たれてしまっていたのだ。

日本の鯨食文化は、戦後の食糧難に対処する為に占領軍が推し進めたことが発端だなどと言う人もいるが大きな誤りであり、戦時中に六隻もの捕鯨母船が存在したことを見るだけでも、日本人がそれ以前から鯨を大量に食っていたことだけは確かだろう。

尤も、冷蔵庫なぞ満足に無い時代のことでもあり、季節要因にもよろうが、その多くが缶詰製品として市場に出ていたことも確かだ。

そう、砂糖、醤油、生姜などを用い、かなり濃い目の味付けをした、その名もずばりの「大和煮」の缶詰である。

何せ、刺身やステーキには為し難いようなクズ肉であっても、この濃い目の味付けが功を奏して充分喰えるものに変身してしまう。

バカにする勿れ、仮に飽食の時代にあっても、これがまた滅法旨いのだ。

これが近頃の秋津州から盛んに出荷されており、世界各地で相当数が出回り始めていると言い、敷島の国家警務隊においてなどはこれがまた大人気なのである。

口蹄疫の猖獗によって牛豚肉の価格が暴騰してしまっている折から、ごく近い将来には、米軍の携行食として採用されるのではないかとまで囁かれるに至っており、ときにあたって、秋津州の安定した出荷能力の巨大さばかりが益々際立つものになって来ているのだ。

しかも、秋津州各地の巨大港湾などでは、それ以外にも膨大な物資の荷積みが続いており、これ等の港湾は全て非関税であるべきことが公式に打ち出されてもいる。

少なくとも経済的な意味合いにおいては、既に自由港(フリーポート)を宣言したに等しい状況があり、その施設の充実せる近代性と相俟って、それぞれが未曾有の繁盛を極めており、敷島を筆頭に諸外国からの入船が引きも切らない。

まして、大和文化圏においてはSS六以外にも大型のポッドが一台で数百トンにも及ぶ物資の空輸に就いており、大和文化圏の経済力の足元を益々補強する効果を齎している上、日本では各産業が脱兎の如く立ち上がって来ており、秋桜に避難を強いられていた日本人もその殆どが敷島に立ち戻っている上、その失業率も一桁になるまで落ち着きを取り戻しているとされる。

王の直轄領がそれに先んじて繁栄を極めている今、大和文化圏の繁栄振りは他に比して圧倒的ですらあり、六角庁舎の秋桜エリアでは、それを称して大和帝国の誕生だなどと口走る者までいると言うのである。

 ◆ 目次ページに戻る

  1. 2007/12/25(火) 12:34:51|
  2. 妄想小説 主権国家|
  3. トラックバック:1|
  4. コメント:10
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。