日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 119

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年が革まり二千十一年の春を迎えながら相変わらず新田にはことの多い日が続き、近頃では眠れぬ夜を過ごすことさえあり、七ヶ国会議にまで影響力を持ってしまった今、世界の舵取りの一端まで担わされている感が深いのだが、無論そんな大それたことを独力でやれるわけも無く、その殆どがあの若者の力に負うところが大きい。

実際どんな優れものの方策を策定しようにも、それが世界的な広がりを持つほどのものである以上、実現するためには途方も無いパワーを持つ必要があり、その多くがあの若者にしか持ち得ないものばかりだ。

現にこの星の穀物生産量を言えば、その絶対量は未だ全需要の五分の一程度でしか無いとされており、自然膨大な不足が生じてしまうのだが、それすらも若者の手で補われているのが実情であり、大汗をかきながらその作業を行い続けているのである。

自然地上や天空に膨大な備蓄施設を持つが、人類がそれなりの農業技術を既に持つ以上程なく飛躍的な増産に至るとされ、そうなれば若者の備蓄施設の多くが不用になるとする向きが多く、若者の投下した巨大投資は永遠に回収不能だろうと囁かれるに至っており、中でも天空の設備には特段のコストを要する以上現在の出荷価格を見る限り絶対にペイしないとして、ご丁寧にも若者が破産してしまうと言い騒いでくれる者まで出るほどだが、実際にはその超絶的なパワーが、無限に近い資源と相俟って信じ難いほどのコストダウンを可能にしてしまうのである。

典型的な例がその軍事面において顕著であり、天空はおろか月にまで軍事拠点を持つ以上今更地上のものなど無用の長物でしかないのだが、実際には遠く離れた離島などは目を付けるバカが出て来ないとも言い切れず、そう言う輩から無防備と看做されぬよう、ことさらに飾り立てて見せているが、防備すべき国土が抜きん出て広大であるだけに、壮大な軍備の一端がいよいよあらわになって当然であり、首都圏の総司令部は勿論、任那でも東部方面軍の基地が数多く登場して来ており、西南方面軍の場合などは新垣島(秋桜)と赤道の中間辺りに位置し、両の極地を除けば紛れも無く領土の西南端である以上、そこに防衛拠点を置くことは軍事上の常識と言うべきだろう。

何せその現地たるや、新垣島の南端から点々たる群島によって結ばれているとは言いながら、四海茫々たる波間に二つの陸塊がまるで双子のように並び立ち、その間を五百メートルほどの砂州が繋いでおり、見ようによっては一つの島だと言えなくも無いのだが、二島併せて三万平方キロもの面積を誇る以上、少なくとも片々たる小島でないことだけは確かであり、聞けば西南側の島を羅刹島(らせつじま)、その北東側に浮かぶ島を鬼界ヶ島(きかいがしま)と呼びならわしていると言い、そのいずれもが比較的温暖な気候と起伏に富んだ地形を持ち、山地率六十パーセントほどの山間部では年間二千ミリに達する降雨量があるとされ、自然豊かな水系がふんだんの恵みを与えてくれて緑に溢れていると聞くのである。

殊に羅刹島では、中央付近に横たわる山塊の中に標高二千メートルもの羅刹山(らせつやま)が一際美しい山容を見せていると言い、中腹付近には数多くの湖まで具え、多くの河川が平野部の隅々まで潤してくれており、現に五十万ほどの原住民が黙々と農事や漁労に勤しむ姿が見受けられ、無論各地に多数の若衆宿があると言う。

既に道路や港湾はおろか空港まで整備され、衛星や海底ケーブルによる通信網も確立している上、各地に灯台が建ち、大和商事の高層ビルや店舗は勿論、一の荘と称される地には地方政庁らしき堂々たる近代建築まで聳え立ち、その後方の丘に鎮座する秋津州神社が砂州で繋がった鬼界ヶ島のものまで統括していると言うが、その砂州は満潮時には多くが波に洗われてしまうため、全ては潮の干満に拠らざるを得ないとは言え、最短距離を一直線に伸びて両島間の往来を可能にしており、羅刹祭りと称する大祭の折りなどはそこを神輿(みこし)が往来して祭りを盛り上げるらしいのだ。

まあ祭りのことはさておき、注目すべきは砂州で繋がれた鬼界ヶ島の方であり、何と、その島に国防軍の一個大隊が衛戍していると言うのだから驚きだ。

何しろ秋津州の一個大隊と言えばもうそれだけで千七百万と言う大兵力であり、この一事を以てしても鬼界ヶ島基地(西南方面軍)が途轍もない規模を誇っていることは確かで、言わば国家としての要塞指定が下されたかのような雰囲気に満ちていると報じられているのである。

島の中央部には白雪皚々たる山塊が連なり、若者はその中腹をくり抜いて壮大な地下施設まで造ってしまったと言うのだから、無論多くの自然を破壊し、至るところに膨大な鉄やベイトンが投入された筈で、一部には山容そのものが変わってしまったものまであると言い、地中深く建造された基地に至っては図面を見ただけでも信じ難いほどの規模であり、地下フロアが多数の上下層に分かれていることは勿論、そのそれぞれが水平方向にも驚くべき広がりを見せ、各方向に縦横無尽に伸びる回廊があり、その地下構造だけでも数十万が暮らせるほどの設えがあると聞く。

無論地表にも随所に巨大な軍事施設があり、秋津州軍にとっては全て無用の長物ではあるにせよ、長大な滑走路はおろか重厚な軍港や巨大アンテナまで備わり、全島が一大要塞と化してるところにもって来て、そこにNATO軍のお歴々が招かれ、地上の設備はおろか壮大な地下施設まで検分して行ったこともあって、その存在は今では知らぬ者が無いほどであり、少なくとも今後その領域を無防備と看做すバカは出て来ないだろう。

一事が万事で若者の発揮するパワーはいちいち壮大なものと言うほかはないが、反面その財政運営が極めて厳しい状況にあることも耳にしており、この正月に囲んだ掘り炬燵においても、秋津州財政は大幅な赤字続きで、その全てを若者が無制限に補填していると言うのだ。

思えば若者一人の私物国家である以上、その点当たり前と言ってしまえばそれまでだが、それにしてはあまりに大規模な国家形態が眼前にあるのである。

本来これほどまでに巨大な規模にする必要など更々無い筈なのだが、わざわざ五億に垂んとするヒューマノイド国民まで配備して、大規模な経済活動を演じさせている上、あろうことかその財源の多くが若者の私財だ。

大和商事絡みの壮大な商いにしても、如何に装いを凝らそうとも所詮若者の個人ビジネスに過ぎない以上、その利益をひたすら懐に入れ続けていても苦情一つ出るわけではないのである。

そうであるにもかかわらず、それでも敢えてそうしないのは、偏に丹波世界の経済復興を願ってのことであり、そのことのために、日々膨大な私財をマーケットに擲ち続けていることだけは確かだろう。

実際、生まれたての赤子のような丹波経済の現状を見るにつけ、秋津州が早期に破綻してしまえば、世界経済ばかりか日本の将来も何もかも吹っ飛んでしまう筈で、その舵取りは容易なものではないが、その多くを握っている自分にとって、国王と言う最高のパートナーを持つとは言いながら、日々が苦難の連続だと言って良い上に、目下別の悩みまで生じてしまっており、岡部とも相談したが今以て結論を出せない有様だ。

実は、例の秋桜(新垣の郷)の一件なのだ。

その島は今も昔も陛下の直轄領に変わりは無いが、例の大騒動に際して日本の存続に利するために拝借したものであって、避難移住に関する作業が一段落しつつある今、既にその役割を終えたと見るべきなのだが、陛下は未だに「秋桜国の建国」を念頭においておられるらしく、その資金面に関しても膨大な拠出まで頂戴している一方、その資金自体日本の財政不均衡と言う弱点をカバーする方向で使いたい思いを抱いており、陛下のお心が判るだけに余計心苦しい日々を送らざるを得ない。

先年リベラル連合政権から逐われた当座は、何を言おうと耳を貸そうともしない官邸に絶望のあまり秋桜国の樹立を夢想したことは事実だが、その後新領土の確保に難渋し、しかも時間切れを恐れていたこともあり、全ての日本人がその島に定住する前提だったのだ。

だが、結果として日本が敷島と言う新領土を確保して、早々と移住環境の構築に成功したことによりその可能性も完全消滅し、新国家建設の大事業に共に邁進すべき「国民」そのものが存在しないことになったのであり、そうである以上建国もへったくれもないのである。

その場合の新国家は六十万平方キロもの官有地を持つとは言うが、敷島特会のひそみに倣おうにも、地価などと言うものはガバナンスと殷賑の程度に左右されるものであり、主な借り手である外資や外国人の腰が引けてしまえば一瞬で暴落してしまうに違いない。

尤も、その地下に眠る膨大な鉱物資源のことを思えば、日本の石油事業者を引っ張り込んで油田を開発し、溢れるほどのオイルマネーを握って君臨しようとすれば出来ないこともなかろうが、「国民」が新田岡部の両家だけとあっては所詮それも短期間のことに過ぎまい。

勇んで独立宣言を発して見たところで、磐石の支持母体として忠良無比のヒューマノイド国民を持たない限り、お雇い外国人ばかりの省庁を率いて国際社会の荒波を凌いで行かざるを得ず、真の意味の独立を図れば当然若者の支援も当てに出来ないこととなり、いずれ国家自体を外国人たちにのっとられた挙句、命まで失ってしまうくらいが関の山だろうから、公益を私した大奸として悪名を千載(せんざい)に残すことにもなりかねないのである。

第一岡部と夢見た最終目的は日本の独立性の保持にこそあったのであり、その意味では現在のポジションのままの方が、はるかに強力なバーゲニングパワーを発揮し得るのである。

無理を重ねて独立して見たところで得るものは少ない上に、若者の支援抜きでは現在のような個人消費の高まりなど夢の又夢であり、少なくとも当初の数年間は膨大な財政赤字を出してしまうだろうし、かと言って、安易に増税などしようものなら、殆どの外資がたちまち逃げ散ってしまい、折角育ちつつある産業に壊滅的なダメージを与えてしまう。

何せ、彼らにとって最大の魅力は、その地のタックス・ヘイブンと言う制度にこそあるのであり、そもそもこの異常な政策自体自分の献策に端を発したものであり、経済の活性化を目指す上であくまで暫定かつ例外的な非常措置である以上、既に発生しつつある日秋間の貿易上の不均衡を思えば、遅かれ早かれ正常化させる日が訪れることは避けられまい。

問題はその新税制の内容と実施時期であり、新世界の経済復興のタイミングを見定めねばならず、相葉副長官はもとより、秋桜エリア全体が知恵を絞っているところではあるが、実に頭の痛い案件なのである。

尤も、頭痛の種はほかにもある。

東京の秋元女史とみどりママからの口撃(こうげき)がうるさくてかなわんのだ。

時には、あのダイアンやキャサリンまでが口を入れて来る。

無論、若者が妻帯する気になるようその環境作りを要請して来るのだが、しかしそれは本来極めて個人的な事柄に属するものなのである。

第一、あの愛すべき若者は今年の夏には二十六歳の誕生日を迎えようとしており、最早己れの色事に他人の手を借りるような年では無い上に、下手に干渉しようものなら反って逆効果になることもあり得ると思うのだが、それがオンナどもには判らないらしい。

日本のメディアが好んで側室と呼びたがる少女たちが日々美しさを増しつつあると言うのに、未だにその部屋を訪う気配が無いと言って、最近では妻の菜穂子までがそのことを言い騒ぐのだ。

妻の場合、王家の持つ特殊な搬送能力の重要性を認識していることもあろうが、とにかく若く凛々しい国王陛下の婚姻問題が余程気に掛かるらしく、鬼より怖いみどりママは勿論、秋元女史やダイアンとも頻繁に連絡を取り合ってる気配まであり、折角の夕食時などに、もっと積極的な対応策を採るべしと力説して已まない上、しまいにはこっちの取り組み方が甘いと言っては非難の声を浴びせる。

あんまりうるさいから、「未だ二十五じゃないか。」とつい口が滑ってしまったのだが、案の定次の日にはオンナどもから総攻撃を喰らう始末で、益々田中盛重に重荷を負わさざるを得ない。

尤も、田中にとっては重荷どころか、そのことに張り合いさえ感じてる気配まであるが、如何に意気込んで尻を叩こうにも、それでどうにかなるものでも無いだろう。

少なくとも、田中がことあるごとに「活動」していることを声高に吹聴(ふいちょう)して廻るのも、オンナどもの手前あってのことに違いないのだ。

その口振りから言っても、近頃の「側室」たちは必ず就寝前のキスを求め、陛下の方も気軽に応じてらっしゃると聞いており、陛下の底抜けの寛容にくるまれて、いずれも伸び伸びと暮らしてることだけは確かだろうし、葉月ママにしても、しょっちゅう酒のお相手を務めてるらしく、その都度大威張りで娘の部屋に宿泊して行くらしいが、何せ近頃の側室はそれぞれが十部屋もあろうかと言う広大な専用領域で、数人の小間使いにかしずかれて暮らしている以上、一人や二人の客人が泊まったところで何の障りも無い筈なのだ。

着るものなども相当豪華なものが揃ってるところから見ても、みどりママと秋元女史の手がまわってる結果には違いないが、少女たちが充分なおしゃれをして揃って外食のお供をする際なども、その決定権の多くは娘たちが握るまでになって来ていて、陛下の方が押され気味だと言われるほどで、とにかく近頃のオンナどもはひたすら強いのだ。

したがって王家の「家庭」が極めて円満な空気に満ちてることは確かだが、かと言って、口うるさいオンナどもが喜ぶような展開にはなりそうに無いのである。

確かに王家の世継ぎ問題は、我が日本の国益にも影響するところ大ではあるが、何せ若者が最愛の家族を失ってから未だ二年と少ししか経っておらず、時おりお見せになる寂しげな横顔からは未だに失ったものの大きさが滲み出ており、こっちもたちまち当時の凄惨な状況が脳裏に浮かんでしまい、男同士の会話の中でさえとても口を出せるものでは無い。

その点、田中などはかなり無遠慮な口を利いて陛下の尻を叩いてはいるようだが、近頃では逆にその田中の方が陛下から結婚を勧められることが少なくないとも聞いている。

例の外国人女性たちとの艶聞も近頃はとんと聞かなくなり、聞けばもう飽きたとほざくありさまで、失恋してあれほど落ち込んでいたことなど何処吹く風で、自分の女性修行はもう完璧だから今後は陛下の指南役に徹するつもりだなどと吹いてるようだが、流石に岡部の前ではそんなエラそうなことは言わないらしい。

尤も、当時は田中の口から相当の撹乱情報を発信することを得た筈で、のちに国王陛下のご賛同まで頂戴した戦略の一環でもあったのだから、それはそれで成功例の一つに数えてやっても良いのだが、当人が修行は済んだなどとほざいていられるのも、実際には撹乱情報をあまりに手軽に発信し過ぎたおかげで、敵にとっての利用価値が急落してしまった結果、その攻撃が自然に鎮静してるあたりがことの真相ではあるのだろうが、近頃では派手なガールフレンドたちとデートする機会そのものが失われ、暇をもてあましてるせいか、あのお調子者が陛下の好物の焼酎の醸造を研究したいなどと言い出す始末なのである。

また、好物と言えば、陛下の剣道好きも相変わらずで、自然道場通いも続いているため、とうに田中も入門を果たしており、「側室」たちの間でも微妙なバランス感覚が働いたものと見え、ここ一年ほどはあのローズ嬢までが道場に通い詰めていると言う。

無論、咲子嬢からは未だ一本も取れないとは言うが、高橋師範や加納君の話だと筋は悪くないらしく、本気で修行すればものになるかも知れないと聞いた。

話では、初心者の域を脱してることだけは確かだろうが、直接手合わせをしてないこともあって、口さがない連中の間には、少なくともこの私よりは上だと評する手合いまでいるらしい。

現に最近道場を訪れた安田長官もたじたじだったと言うが、それは新参者の修行の励みとなるよう大先輩が与えてくれた大飴(おおあめ)に違いないのだ。

かなり本気で竹刀を握って来ていることは認めるが、僅か一年かそこらでそこまで上達してるとも思えないし、こっちもそろそろ腰を上げて一度手合わせをしてやるつもりではいるものの、如何せん次々とことが起きてその暇が無いのである。

一方、陛下の秋津州ロイヤルホテル通いもそこそこに続いていると聞く。

自分も一度だけお供させていただいたが、例のベリーダンスにしても、新たに若手ダンサーを養成したらしく相当な美形を揃えて来ており、その全てが如何にも触れなば落ちんと言う風情の者ばかりであり、カジノはもとよりその辺りのカウンター席付近にも、妖艶な姫君たちが大勢お出ましになっており、それこそ何れアヤメかカキツバタと言う眺めだ。

秋元女史の情報では、お成りの節は普段出没する娼婦どもを一掃してあるらしく、その点あれだけの専属要員を常に待機させているとなると、あのタイラーも必死なのだろうが、少なくとも余程の予算を掛けてることだけは間違いないだろう。

この遊びに関しては亡き王妃の実兄にもお声を掛けてらっしゃるようだが、正嘉氏はこの八雲の郷の中でもかなり辺鄙なところに住まい兼工房を賜った上、玉はがねや木炭まで支給され、一心にその道に没入しているらしく、陛下のお誘いにも耳を傾けようとはしないと言う。

その身の安全を図る意味もあって、下僕のような形式で老人型のヒューマノイドを一人だけ付けてはあるようだが、まったく外出する気配も無く、鬼気迫る形相で日々鉄と火に向き合っているらしい。

自身例の事件で左側頭部に大きな傷を負い、形成外科手術によって多少は癒えたとは言うが、相当な傷跡も残っている上そこに耳など存在しないのだ。

そのこともあってか、一段と外部との接触を嫌うようになり、訪客に対してもその下僕に任せ切りで顔も出さないと言う。

もともと相当の変人だったところにもって来て、近頃益々その傾向が強まり殆ど口も利かないらしいが、その作品だけはそこそこの評価を得始めているらしく、かなりの高値で買い取る者が出て来ており、少なくとも食い扶持には困らないだけの収入はあるらしい。

ところが、近頃この変人の身に大事件が起きたと言うのだ。

数ヶ月前変人刀匠は王宮を訪れ会心の作を献上したと聞くが、その時以来その暮らし振りに若干の変化が見受けられ、秋桜エリアでも微苦笑を誘うに至っているのである。

実は刀匠が訪れた際に、たまたま別の訪客があって同席したと言うのだが、それがなかなかの成熟振りを見せるある日系の米国人女性だったらしい。

例のタエコ嬢なのである。

その女性は確か国王陛下と同年の筈で、しかもかなりの美形に成長していた上、初対面にもかかわらず変人刀匠の心の傷を相当に癒してくれたものらしく、何と男女の交際にまで発展してしまい、その後、刀匠の身辺にしばしばその姿を見かけるようになったと言うのだから驚きだ。

聞けば、タエコ自身は丹波に移住の際それまでの男性とは別れてしまっており、別れの理由にしても、その男性がモニカのカレとぐるになって、彼女達の財産を散々食い物にした挙句、相当な部分をいいようにして本国に帰ってしまったためであり、モニカも後を追うようにして帰国してしまったと言う。

全ては男たちの借財に二人共承知の上で保証人として名を連ねてしまった結果であり、少なくとも男どもに去られたからといって犯罪として追及することは出来ず、結局見事にからっけつにさせられてしまっていたことになるのだろうが、その結果モニカと二人で経営して来た酒場も一人で切り盛りせざるを得ない状況に陥り、どうもその性格が経営には向いてないこともあって、その経営状態もはかばかしいものとは言えなかったらしい。

しかも、仕入れや何かを大幅に任せた従業員にたまたま経済的な事故があり、それに連座して相当な損失を蒙ったこともあったらしく、気配では、若者がその経済的苦境を救うべく手を伸ばそうとした際に、どうやら刀匠が己れ一人の手で救いたい素振りを示したらしく、敢えて手出しを控えたもののようだ。

陛下としても、義兄の心の傷が癒されつつあることを寿ぎつつひたすら静観の構えのようだが、聞くところによると、その後タエコ嬢は意外な行動に出たらしい。

何と、刀匠の支援の申し出を受けなかったと言うのだ。

一つには、帰国したモニカの死亡が確認されたこともあったようだが、その自由を得たため、店を処分してあっさりと廃業してしまったのである。

その処分によって問題の借財も一応の整理がつき、無一文になりはしたが、オーナーの代わった同じ店にあっけらかんと勤めながら、まったく身軽な体で刀匠のもとへ通っていると言い、出会いから既に二ヶ月ほどが経つ今、近々にも目出度い知らせがありそうだが、いずれにしても、いい年をした大人同士のことでもあり、結局自然のおもむくところを見守るほかは無い。

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  1. 2008/02/14(木) 16:57:17|
  2. 妄想小説 主権国家|
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自立国家の建設 120

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さて、この頃の日本に目を向ければ問題が山積していることは否定出来ないにせよ、予算はもとより、その関連法案もとうに成立してしまっており、少なくとも政治的には比較的無風状態にあると言って良い。

唯一紛糾を見たのはWFP(国連世界食糧計画)への拠出案件くらいのもので、その負担が日本にばかり重くのしかかって来ている現状があったからだ。

世界の飢餓状態を救うためとは言いながら、他の国々は自国のことで手一杯で、他国のそれを救うどころの騒ぎではない。

あくまで相対的なものではあるにせよ、国連加盟国の中で財政的に最も優位に立っているのは間違い無くこの日本であり、とどのつまりは、実際の拠出国が日本だけになってしまったと言うのだ。

しかも、この日本は地球時代から引き続いて膨大な拠出を果たして来ており、これではあまりに不公平だとして、米英仏独などにも応分の負担を求めるべきだと言う議論が沸き起こったことになるが、現実にはその米英仏独にしてからが未だに飢餓状態から脱し切れてない状況にある。

現実に、直前まで工業先進国と呼ばれていた国々が、揃って日々餓死者を出し続けていると報じられているのである。

WFPの示すデータによれば、その食糧事情は、移住作業に先んじたこともあって新たなアフリカ諸国の方がまだ増しだと言われてしまっているほどだ。

詰まり、米英仏独の力など当分当てに出来ないばかりか、逆に食糧援助まで必要としていることになり、その点気の毒と言えば気の毒なのだが、かと言って悲惨な食糧事情など世界を見渡せば今に始まったことでは無く、この日本にしても、近くは敗戦後の凄惨なまでの食糧難を体験して来ており、決してその例外などではあり得ない。

何はともあれ、WFPは膨大な支援が必要だとしており、その必要性そのものを否定する者はいないのだが、必要があるからと言ってそれが満たされるとは限らない。

いつの世においてもそれは同様だ。

日本国内でも、賛否相俟って如何にも姦しいのである。

無論、日本単独でそれを支えるほどの拠出についてだ。

実行するとなると、膨大なものにならざるを得ず、この日本もそうそう気軽に拠出を続けている場合では無いとする見解が少なく無いのである。

あの困難な避難移住に際して、確かにこの日本は他国に比せば飛び抜けた成功例を示し得たことは事実だが、日本も一歩途を誤れば、多大の犠牲を出していただろうことは想像に難くない。

まして、本格的な復興への道のりは決して平坦なものでは無いと叫ぶ声が小さくないのだ。

とにかくWFPの求めに応ずるとなれば、膨大な公金が費やされることになる。

中には、それだけの余力があるほどなら、国内の年金や医療などの福祉予算に振り向けるべきだと怒号する者まで出て、相当白熱した議論が見られたことだけは確かだが、総理は一切の議論に背を向けて信念に従って決し、結果として十兆円にも及ぶ拠出を果たして、過去とは桁違いのWFP年間予算を日本一国で賄うに至った。

何しろ、総理にはガンマ線対処法の許した強大な独裁権があり、しかも今次の混乱に対処するに当たっては豊富な実績がある。

避難移住に際し、あの米国でさえ暴動が頻発して一千万近い犠牲者を出していたことに引き比べ、日本のそれは数千人程度で済んでいることもあり、それもこれも国井政権の大胆な施策が功を奏したと見る向きは多い。

重篤の病者などはベッドばかりか生命維持装置ごと発電機付きで運んでしまったほどで、しかも秋桜に用意した施設が全国民を収容するに足る能力を具えていたこともあって、日本は米国ほど悲惨な混乱を招くことが無かったのである。

一部のメディアからは、用意された行刑施設が旧に数倍する収容能力を具えていた効果も小さく無い筈だと評されているが、何はともあれ殆どの公共施設を世界に先んじて整え終えていたことの効果は何よりも大きかっただろう。

しかも国井政権の採った果敢な外交方針により、日本は地政学上もまことに有利な位置を占めることを得た。

何せ、東方の秋津州との間では実質的にシーレーン防衛の必要さえ無く、残すは西方のEU諸国とのそれだけなのである。

無償で手にした三十二隻の高性能潜水艦にしても常時八隻は配備が可能であり、日本軍の情報機器が秋津州の軍事衛星と緊密にリンクを果たしているこんにち、少なくとも軍備の量的増強だけはほぼ不要となった。

次世代兵器の開発にしても、秋津州との共同研究が米国からの横槍も無いまま只同然のコストで進捗している上、秋津州との共同作業においては一切のブラックボックスが存在せず、一旦取得した技術はその後日本独自で自由に生産が可能なものばかりだと言う。

かてて加えて、かなりの物価上昇がありながら、今年度の軍事予算は前年度比五パーセント減を達成しているほどで、その点でも多くの国民の共感を呼んでいると言い、国井政権の求心力は衰えを見せるどころか、全ての面で他国に先んじたあれこれを見るにつけ、その強力な指導力が益々評価を高めている。

秋津州との緊密な関係を保持していることも大きく作用していることもあるが、昨年夏に任期切れを迎えた参議院の改選にしても、若し実施されていたら圧勝していた筈だと囁かれるほどだ。

衆議院も今年の夏には任期満了を迎えるが、有権者の住所どころか候補者の選挙区すら今以て定まらない現実がある以上、総選挙の実施を不可能と見る向きが殆どで、結局衆参両院ともガンマ線対処法を根拠としてその任期の延長を計らざるを得まい。

昨年行われた改憲の是非を問う国民投票にしても、国民個々の住居が定まらずとも、実際は膨大なG四が全国民に張り付くことによって完璧に近いサポートがなされていたのだが、その事実は到底公表することは出来ないため、大混乱の中で行われた投票など信頼出来ないと声を荒げる憲法学者までいる。

その者らの主張に沿えば、新たに施行された現憲法は無効と言う話になってしまうのだが、いずれにしてもガンマ線対処法が憲法に優先して機能している現実があり、この法が非常事態にあたり軍事力の活用を積極的に容認している以上、そのことこそが国を救ったものだと断じ、国防軍を許容する新憲法を肯定的に捉える声の方がはるかに立ち勝っていたことだけは確かだろう。

多くの国民が、混乱する世界を眼前にして、国家にとって内外共に治安を維持することが如何に大切かを如実に体感していたからに他ならない。

そして、国家警務隊による多大の貢献まで目にしてしまった。

今回の混乱の中でその機能が強力に働いたからこそ国民の多くが救われたのであり、現実にそれを体験した今となっては、「国防の備えを持った上で国家の繁栄を望む」のが自然の国民感情だった筈で、それを否定的に見る者など極めて特殊なものでしかなかったろう。

思えば、人類が最後の一人まで避難を完了して以来既に一年を経過し、この日本は、民間においてさえ多くの建設事業が完成を見るまでになって来ており、一部の大規模建設が轟然と槌音を響かせている状況はあるにせよ、民間企業の殆どが順調に事業活動を再開し、通信網や交通網が立派に完備している以上、既に復興は成ったと言う声まで聞こえて来るほどだ。

既に嘉手納ラブコンはもとより横田空域も岩国空域も存在せず、日本の領空は日本政府が排他的に統治支配する権利を手にしており、航空便は国内線に限らず相当部分が復活していると評される通り、各地に堂々たる空港設備が整い、地球から搬入された航空機が縦横無尽に飛んでいるのである。

この一年間、国民の多くが敷島の中で新たな生活の場を求めて大移動を繰り返し、今もその動きが全く已んだわけではないが、その結果善きにつけ悪しきにつけ居住地の集約化が爆発的に進みつつあり、少なくともいわゆる限界集落と呼ぶようなものは一切存在しなくなるとされている。

県や市町村などの自治体も恐ろしい勢いで実質的な集約化が進んでおり、最終的に残るのは恐らく二割程度だろうと言われ、中央は全国を十個ほどのブロックに集約統合しようとしていると囁かれる中、国家警務隊のセーフティネットが全土を隈なく網羅して生活物資の供給に手を貸しつつあり、その警察機能と救急救命活動とも相俟って暴徒集団の発生は一件も報告されてはいないのだ。

犯罪の発生件数こそ倍増してしまったとは言うが、国家警務隊の警察機能が獅子奮迅の働きを見せて検束し、それでなお巨大な拘置施設には未だ相当な余裕があるとされており、しかも、滞在事由の薄弱な外国人は殆ど在留していないことも重なって、国内の治安は急速に回復しつつあると見て良い。

少なくとも、今後その検挙率が九十パーセント以上を保っている事実が集計され、そして公表されれば、犯罪発生を強力に抑止してくれることだけは確かだろう。

一方で、秋津州軍の手によって新たに開墾されたものも含め、各地の広大な農地には今以て原住民(二重国籍者)が緻密に管理している姿があり、それを見る限り敷島だけはあの「逃散」現象が露骨な擬態だったことになるが、それら原住民の私有が否定されて全ての農地が官有地の扱いになっているのである。

やがて新たな開墾地の巨大さが明らかになるに連れ、農地の総面積は過去の日本列島のものの十倍にも達すると言われ始めており、そこに持って来て今以てその払い下げが行われない以上、食糧自給率百パーセントを目指す国井政権の農業の大規模化政策はその緒に就いたばかりなのだろう。

現に、過去の日本列島で農業実績を持つ者たちの中で、技術と意欲を持つ人々が各地で集会を開き、その払い下げを求めて大声で叫んでいる状況がある。

しかも全農地が官有地となっている以上、近い将来必ず払い下げが実施されると見て、各地の農地で原住民に手を貸す形式で実際に農耕に従事し始める者が激増しており、その実績を見て払い下げが行われると見る向きが殆どだと言う。

少なくとも現地の農耕に参加しているものの多くが、各地の若衆宿に寄宿してその機会を今や遅しと待っていることだけは事実だ。

尤も、大移動の狭間で日本人の多くが未だに住民登録すら行っていない現状が有り、離島はおろか国土の多くが無人のまま官有地であり続け、昨期などは中央地方共に税収が激減してしまうと言う惨憺たる現実がある。

あらゆる特別会計が財源を失って崩壊しつつある一方、唯一敷島特会のみが凄まじい威力を示し、それが極めて有機的に働いた結果、一般会計への組み入れが四百兆円にも達したと言う。

集約化しつつある地方自治体への交付金に至っては二百兆円も増加したとされ、眼前にあった財政危機から危うく脱出に成功する自治体が続出する中、秋津州人観光客が大挙して訪れるようになった今期などは、額面だけは地球時代のそれに迫るほどの税収が見込めるとするアナリストまで出る始末だ。

それがその通りであれば、日本はその財政面に限れば復旧を果たしたことになるのだが、文字通り旧に復しただけであって健全化したと言うには程遠い現実が一方にある。

インフレ効果によって若干の実質的目減りはあるにせよ、如何せん巨大な財政赤字を積み残している上、新国土の開発に要した対秋津州債の膨大な償還のことがあり、国井としても途未だ遠しと言うところではあったろう。

何しろ、日本円換算で千四百兆に垂んとする対秋津州国債は全て秋津州円建てであり、秋津州円の独歩高が今後も続くとされる中、秋津州ではインフレ傾向がほとんど見られない以上、その償還は益々早い方が有利だと言うことになる。

以前から秋津州側と交渉中ではあったが、この場合もこの新田源一が交渉窓口であり、償還時期の変更に付いても日本側の採り得る選択肢は限り無く大きい上に、既にそれを上回るほどの準備通貨を保有しており、しかもそのほとんどが秋津州円だ。

今となっては、米ドル(米国債)など殆ど保有してはいないのである。

現実に国際間取り引きの決済は全て秋津州円建てになってしまっており、しかもあまりに脆弱なドル相場が眼前にある以上保有する意味が無いのだ。

何しろ地球の滅亡に伴って起きた経済変動は壮大なものであって、秋津州文化圏以外では過去において先進国と呼ばれた国々ほど庶民の間に物資の欠乏感が大きく漲り、軒並み猛烈なハイパーインフレーションに見舞われてしまっており、国際為替相場などは無残なほどに激変してしまったのだ。

米ドルやユーロなどは日本円に対してさえ暴落に次ぐ暴落を重ね、片や日本円は大和文化圏の繁栄と希少性が市場に是認されるに従い、幸か不幸か無類の強みを発揮したと言って良い。

その結果、一秋津州円に対し、日本円は三百円ほどの線で落ち着きを見せる一方、驚く勿れ米ドルは百ドル、ユーロも八十ユーロにまで落ち込んでしまったのである。

簡単に言えば、一ドルがたったの三円(日本円)でしかないことになる。

最早天地がひっくり返ってしまったような変動振りであり、米ドルやユーロのこの大暴落によって、日本なども莫大な損害を蒙りはしたが、ともかく現状では諸外国の準備通貨の八割までを秋津州円が占め、ユーロや米ドルなどは併せてもほんの一桁未満と言う惨状だ。

この点でも秋津州円は基軸通貨として圧倒的な地位を占めてしまっており、辛うじてそれに次ぐものは相変わらず日本円ぐらいのものなのだ。


さまざまな意味で世界のマーケットの注目を浴びる中、事態は進行し、やがて、日秋両国の打ち合わせが終了して、対秋津州国債の一括償還が実行されたのは四月の初頭だったのだが、それでなお敷島特会の威力は衰えを見せず、国債の新規発行を当分必要としないほどだと言う。

世界に先駆けて復興を果たしつつあることによって、今や日本の地価は飛び抜けたものとなっており、その多くが未だに国有地である以上、敷島特会の台所を益々潤し続けてくれることだろう。

国井はその威力を背景に国家財政の根本的建て直しを計るつもりでおり、新田の握る秋桜資金がそれを一層強力に裏付けていると見る向きは多い。

何せ、この時点の秋桜資金が、日本円換算で一千兆円を超えたとする情報まで飛び交っていたのだから無理も無い。

一方、秋津州側もまた迅速な動きを見せ、大和商事の負っていた巨額の負債を全て償還し、日本の秋津州商事のそれもまた完済されるに至り、これを以て国王の対外債務は悉く解消されるに至った。

何と言っても、今後は欧米豪からの巨額の利払いが発生して秋津州の国庫を潤し続ける筈で、しかも、この頃には秋津州の国家ファンドとも言うべき巨額の資金が、大和商事の傘下で十数口にも枝分かれして、そのそれぞれが膨大な運用益を上げ続けていたのである。

尤も、殆どが荘園の資源情報を独占していることから来ていることも否定出来ず、体のいいインサイダー取引ではないかと言う声もしきりだったが、その膨大な運用益の行方に付いては興味深い情報も無いではない。

何と、リスクをとって投資している筈の国王自身はそのリターンを一切懐にせず、その多くが大和商事の穀物部門に回っていると言い、その結果、大和商事側が国内の農業生産者から農産物を買い付ける際に、市価の数倍もの高値をつけていると言うのだ。

詰まり、そこには恒常的に巨大な逆ザヤが発生していることになる。

無論諸人には知り得ないことだが、実際は天空の人工知能が巧妙に富の再配分を図っているに過ぎず、秋津州の農業所帯の総人口が三億にも達しているこんにち、秋津州の個人消費が極めて安定的に賑わっているのも当然のことであったろう。

その他にも膨大な商工業人口が日々個人消費を押し上げ続け、今やそこには二億人もの異邦人の姿まである。

無論自活能力を持たない異邦人の長期滞在は他国同様許されない以上、それらの全てが秋津州の経済繁栄に大きく力を貸していることになり、秋津州の経済規模は、地球時代の合衆国のそれを既に凌駕していると評する者まで存在するほどだ。

尤も、秋津州人の労働力の供給量は際限も無く膨張しており、その賃金水準は上昇するどころか、反って下降気味だとさえ言われている。

その結果、以前にも増して日米欧の事業者たちが秋津州に巨大な生産拠点を持ち始めており、それらの生産ラインの稼動がいよいよ本格化して、なおのこと膨大な雇用を生み出しつつあるが、何せ人工知能の管理下では、優秀かつ安価な労働力を無限に供給し続けることも、需要に応じて柔軟に調節することも自由自在なのだ。

秋津州人個々の購買行動すら全ておふくろさまの手中にあり、その操作によって現に自動車や家電製品などの需要が爆発的に立ち上がって来ているのである。

GMやトヨベ自動車の巨大な生産ラインはおろか、日本の鉄鋼大手の高炉までが任那や秋桜でフル稼働に入っており、国王の国ではさまざまな分野で日米欧の各メーカーが鎬を削っていることを思えば、秋津州では現実に大規模な実需が発生していたと言って良い。

全てはおふくろさまの精密な管理下にあるとは言いながら、潤沢な物資が国中に溢れ好景気の割りにはインフレ圧力は軽微であり、数理に明るく数ヶ国語を自在に操るほどの原住民の賃金水準が、不思議なことに下降気味だとされているのだ。

秋津州は他に比類の無い治安を確固とし、しかも、二十パーセントの売り上げ消費税を除けばほとんどがタックスフリーであり、その上圧倒的な基軸通貨を持つ以上、王の国は益々諸国の投資意欲を掻き立てることになる。

一部の意見ではあるが、その地に定住する異邦人は数年のうちに五億に達するとまで極言しているのである。

さまざまな論評があるにせよ、少なくとも米英仏独加豪などが全て債務国に転落し、一方の秋津州が史上空前の債権国になってしまったことだけは動かない。

しかも、王の国は、弛まざる植林事業によって山林も平地林も開発以前の保有率を取り戻しつつある上、海中の浄水プラントで生み出される大量の清水(せいすい)が、SDの大編隊の手によって国内の乾燥地帯に漏れなく散水されるありさまを見るに至っては、王の命ずる国家経営の手法はひたすら雄大なものと言うほかは無いだろう。

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  1. 2008/02/18(月) 14:12:04|
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自立国家の建設 121

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二千十一年の五月初頭、丹波世界は秋津州政府からある重大な通告を受けることとなった。

思えば秋津州軍は諸国の国境にあって長らくその警備の任に就いて来たが、来る七月二十日の建国記念の日を以て遂にそれを終えると言うのだ。

各国当局が揃って重く受け止める中、秋津州の執政官が改めて壇上に立ち、その旨を厳かに宣言することによって多くの庶民が一斉にそのことを知った。

何せ、自国の国境線が秋津州軍の手によって警備されている事実すら知らない庶民が多かったのである。

各国にとっては、秋津州から委譲を受けることによって初めて得られた領土のことでもあり、何かにつけて不案内であったことも事実だろう。

しかも、避難移住に関する諸問題をふんだんに抱えている折から、多くの場合国境防衛どころでは無かったこともあり、秋津州軍による警備の必然性もそこにこそあったのだ。

当時の状況から見て、互いの国民が各地で大量に国境を侵してしまう可能性は極めて高く、その結果発生してしまうであろう無用の国境紛争を抑止するための措置ではあったが、これも本をただせば秋津州の無償の善意から出たものに他ならない。

しかも、当初から世が治まるまでの暫定措置とされていたことでもあり、それを終えると通告されたからと言って今さら文句の言えた義理では無いのである。

だが、完全に世が治まったなどと思う者など一人もいない。

現に、多くの政府が見るからに統治能力を欠いてしまっており、それぞれの国境線の内側を眺めれば、未だ多くの国々が食糧事情と言い治安維持機能と言い惨憺たる有様なのだ。

当然のことながら、続行を望む声が諸方に上がったが、かと言っていつまで続けたらけりがつくのかと尋ねられれば、誰しもが返答に窮したことは確かだろう。

第一自国の国境を他国の軍に警備してもらうなど本来なら国辱行為であり、その点から言っても、自力で国境を守る意思を示さない者など国家を名乗る資格すら無いことは明らかだ。

しかも、如何に混乱の中のこととは言え、二千八年の十一月から数えて既に二年の余もそのことが続いて来ている今、各国とも、残された二か月半の間に精一杯の準備をするよりほかは無いが、それにしても多くの国家がさまざまな不安を持ったことまでは否定出来ない。

何しろ、人類社会の過去の重い積み重ねがある。

確かに、当時秋津州側から交付された測量図には国境線が明瞭に謳ってあった筈であり、領土の引き渡し作業がそれを前提としてなされたものである以上、その国境線を国際標準とした上で丹波世界がスタートを切ったことになるが、それは文字通りあくまで出発点に過ぎず、その国境線がそのまま永続することが保障されているわけでは無い。

秋津州国王の歩んだ過去の軌跡から見ても、「他国」の国境線のありかについて容喙してくることは先ず考えられず、若者の軍がそれぞれの国境線から撤収したあとは、事実上それぞれの国家の裁量次第になるのだ。

仮に真の意味の集団的安全保障体制が構築されていれば、それこそがその保障と言う行為を司るべきなのだろうが、現実の人間社会にそんな高尚なものが存在する筈も無く、いざ秋津州の警備態勢が解かれれば、恣意的に国境線を変更しようと試みる者が絶えないことも目に見えている。

人類が国境と言う概念を持った瞬間から絶え間なくそれが続いて来ている以上、所詮国境線などそれだけのものに過ぎないのである。

各国は今回の通告を受けて、さまざまな思いを持ったろうが、殊に中露などは格別の想いを抱いた筈だ。

少なくとも秋津州の衛星圏の中に限れば、両国共に、チベットや東トリキスタンなどとは大きくこと違い、それぞれかなりのレベルの国力を確保していたこともある。

既に一定以上の国力を持つ以上、秋津州がその敗戦国の保護を不要と判断するかも知れず、国境警備軍と同時に、従来からの内地駐屯軍まで引き揚げられてしまうことを恐れたのだ。

中露二国は今も長大な国境線で接しながら全てにおいて猛烈に競い合っており、互いに、相手側だけがその駐屯を得るようなことにでもなれば、自国の不利益は言語に絶するほどのものになると見ており、さまざまな憶測情報が飛び交った挙句、両国共に尋常ならざる危機感を抱いた者が少なくなかったと言う。

現に秋津州の衛星国は他国からそう見られ続けることを欲し、不安定な国際環境の中で大過無く国を保つ手法として、そのことを不可欠なものと看做している結果ではあるのだろうが、未だに毎月十五日期限の駐屯請願書を奉り続けており、あろうことか当該駐屯軍のためと称して特殊な兵営まで「造営」する始末だ。

無論、秋津州側がそれを望んだわけではないが、多くのメディアが「造営」と言う語彙を用いている通り、それらはただの兵営では無かったのである。

殊に中露両国などは、互いに広大な敷地を確保して、その壮麗さを競い合っているとされ、それらは既に兵営どころか神殿であるとさえ言われ始めており、随所に巨大な八咫烏を飾りつけ、御座所と称する特別の場所には、総司令官としての国王の玉座まで含んでいると言う。

中国に至っては「龍王殿」と称するところに巨大な石造りの龍まで造り始め、挙句わざわざ龍王の臨席を願い出て来る始末で、如何に駐屯軍を引き止めるためとは言いながら、その阿諛追従振りは最早徹底したものになりつつある。

しかも、その臨席に際しては多数の龍を引き連れての来訪を望んで已まず、それを耳にしたもう一方も同様のことをうるさく願い出てくる有様だ。

殊に丹波においては、その庇護を得ることが巨大な国益に直結してしまうことを認識すればこそなのだろうが、彼等にとって、この駐屯の実績こそが秋津州の庇護を得ていることの何よりの証左であることは確かであり、その継続を願う者たちがしきりに土竜庵に陳情に訪れ、新田の日常はいよいよ多忙を極めている。

その状況に触発されたものか、台湾共和国までが駐屯軍の派遣を打診して来るありさまで、その競争心剥き出しの陳情振りには新田も辟易する想いなのだが、近頃は又、朝鮮共和国の外相が来訪し面会を求めてしきりに哀訴して已まない。

尤も、何と言われようと、土竜庵に招じ入れるつもりはない。

秋津州としては正規の外相である外事部長が面会に応じている以上、自分が会わなくとも、とうに通常の外交儀礼は尽くしていると言って良い。

まして、先方の望みが偏に秋津州の支援の獲得にある以上、自分が会う必要など毛頭無いのだが、例によってそれが先方には通じない。

今では国王陛下にまで謁見を申し入れて来ているが、ここ数年来散々に裏切られ続けて来て、寛容な陛下もさすがに会う気にはなれないと仰る。

どうせ何をしても結局恨まれてしまうのだから、相談に乗るだけ無駄なのである。

近々大統領閣下が訪れたいとの申し入れにも接し、お見えになっても結果は変わらないとお伝えしてあるが、相手はいっかな聞く耳を持たないようだ。

何しろその国は、独自の経緯度原点や水準原点ですら近頃ようやく定め終えたばかりで、全てにわたって遅れに遅れており、新国土建設の青写真を描くどころの騒ぎではない。

独自の青写真を持たないため、国土復興工事の無償の部分ですら申請出来ない状態が続いて来ており、本格的な意味では電力どころか上下水道さえ未だに持ち得ず、もともとの原始風景を数多く残したままなのだ。

当然、空港どころか近代的な意味では港湾も道路も問題外だ。

尤も、主体的な国土計画を策定する前に全国民が一斉に移住してしまったため、その地には既に無原則かつ無秩序に居所を定めてしまった民衆の姿があり、仮に整斉たる青写真を作製し得たにしても、道路等の公共施設を建設しようにも今さら立ち退かせるにも難渋する風景がある。

膨大な立ち退き保障を手当て出来ない限り、一層悲惨な騒乱を招いてしまうことは目に見えており、その意味では殆どが手遅れだと評する者も少なくないのだ。

なお、その国の新たな領土は敷島から西方に遠く離れた大陸の一部であり、新たな中国の領土から南に突き出た半島のことでもあり、合衆国はその領域の戦略的な価値に惹かれ、既に数ヶ所の基地をその地に建設中ではあるが、その合衆国自身が財政的苦境に立っている今、その支援も微々たるものでしかない状況であり、全てにおいて窮乏するその国では、とうに五百万に垂んとする犠牲者を出してしまっているとされるほどなのである。

ただ、唯一日本だけが、相も変わらずWFP(国連世界食糧計画)への膨大な拠出を継続しており、その予算からその国へ流れる物資もまた巨大なものであり続けている筈なのだが、それでなおその国では、日本などに支援を受けた覚えは無いと声を荒げる者が多いと聞いており、結局、秋桜エリアで戦わされる議論でも、「触らぬ神に祟りなし」とする意見が圧倒的なものにならざるを得ない。


さて、このところ日本にとって次なる課題はさしずめ「琉球島」問題だとする声がかまびすしい。

当然新田や相葉の間でも議論の対象になってはいるが、そのことには、さまざまな背景が複雑に絡み合い、全てを一概に論ずることは困難であり、過去の歴史から言って軽いものとばかりも言い切れない。

ちなみに新たな日本の領土には、敷島本島の最南端から南西に千キロほど隔たったところに琉球島と名付けた三千平方キロほどの島があり、その位置関係や気候風土が旧沖縄本島のものに酷似していたことから、当初から多くの旧沖縄県民やその出身者たちが雪崩れ込み始め、既に一年の余を経た今、二百万ほどの日本人が自らの意思を以て定住しそうな雲行きだ。

行政単位としてはその島が新たな沖縄県として一地方自治体を形成しており、従前からの沖縄特有の優遇措置が採られ続けていることに加え、別に国井内閣の講ずる特例措置によって、他県を大きく凌ぐほどの莫大な無条件交付金まで齎されている。

しかしながら、この沖縄に関しては多様の問題があった筈だ。

一つには、過去において米軍基地となすべく強制収容された私有地の問題があったが、例に違わずこの琉球島でも最初から一坪の私有地も存在しなかったことから、その問題自体は一旦リセットされてしまったも同然だったろう。

その上、米軍そのものがいないため、米兵の暴虐行為はもとより軍用機の発する騒音まで一切消え失せていたのだが、同時にこれまで長年投下され続けて来た巨額の米軍関連予算まで失われてしまっていたのだ。

そのためもあってか、その地では、本土に比して経済面での立ち遅れが目立ち、経済基盤の確立に当たっては余程の覚悟が必要だと説く者は少なくない。

国井が、現地の警察消防機能を補完する意味で、国家警務隊の一部を琉球島の国有地に駐屯させているにせよ、これも軍事基地と呼ぶにはあまりに小規模なものでしか無く、しかも兵員の大部分は例の秋津州の女性部隊であり大した金は落とさないのである。

未だ県の八割以上の大地が官有地の扱いであることから、皮肉にも自治体側から大規模な軍事基地の建設を請願する動きまで出て来ているが、あいにく琉球島の西南方向には親日的なスタンスを取り続ける台湾共和国の姿があるばかりで、日本政府の視界に写るその方面のシーレーン防衛はその必要性が極めて薄い。

純軍事的には、琉球島に巨大な軍事基地を持つ理由など何処にも無いのである。

少なくとも、限られた軍事予算を振り向けるには優先順位が極めて低いことだけは確かであり、いきおい、巨額の関連予算も出動することは無く、その地の経済を強力に押し上げる効果も期待出来ないことになる。

現地では残る手段として、風光明媚な土地柄を活かして観光事業に力を注ぐとしていたこともあり、新田の要請を受けた国王が秋津州人観光客の継続的な現地入りを命じ、現地に相当なカネを落とし続けることに決した経緯があるにはある。

しかもこの措置は、日本の全土に対して行われているものより飛び抜けて手厚いものであって、遂にはおふくろさまが裁量する対日本観光予算とでも言うべきものの内、三割もの多くを占めていることが明らかになるに連れ、限りあるリソースの適正な配分と言う切り口では、秋桜エリアでも当然議論の対象にならざるを得ない。

だが、如何せん現地の経済が自ら立ち上がる兆しを見せないのだ。

経済活動が活性化しなければ当然税収も乏しく、それでなお従前通りの地方公務員を抱えたままでは、自然その財政は逼迫せざるを得ず、敷島特会から下って来る巨額の資金無しには、自治体側が運営する医療施設なども医者の確保すらままならない状況に立ち至り、住民に対する福祉予算などその多くが風前の灯だと言って良い。

何せ、現地の公共的な土木建設事業は住民の流入以前に完了してしまっており、民間の建設ラッシュが起きているにしても、それも一時的なものでしかないだろう。

秋津州人以外の観光客は未だ僅かなものでしかなく、本土からの企業誘致も遅々として進まない現実がある以上、秋津州がこの観光方策を停止してしまえば、近い将来その経済が立ち行かなくなることは目に見えている。

いずれにしても、地場産業が大幅に振興されない限り、その運命も知れているのである。

しかも、この琉球島に限っては全農地を既に沖縄県に委譲しており、自治体側の裁量によって帰農する県民の姿が随所に見られるまでになっていたのだ。

無論、相当な原住民(秋津州人)が無償で農地を引き渡し、秋津州に引き上げを完了していたことになる。

その上、その地には本土と違って優れた地下資源も見当たらないとして、国井は残りの国有地も全国に先駆けて相当部分を県に委譲する決定さえ下しており、本土に比して地価が低いとは言え、少しはその財政を支える道に繋がると見られている。

したがって「沖縄県」は、中央政府からあらゆる面で優遇措置を受けていると言って良い。

現に、他の領域からは、その不公平な施策を恨みがましく詰る声すら聞こえて来るほどだ。

ところが、このような状況にあってなお、その地では独特な主張を触れ回る人間が増えており、しかもそのボリュームが相当なものになっていたと言う。

一言で言えば、「琉球国」の独立なのだ。

その「国」は、かつて十七世紀初頭に、薩摩の武力侵攻によってその付庸国となることを強いられたことは事実であり、その主張するところに従えば、それ以前の姿に立ち戻って独立を目指し、しかも五百キロも離れた新奄美大島(五千平方キロ)までその領土に含めたいと主張しているのだと言う。

したがってその場合の「新琉球国の領土」は八千平方キロほどのものになると言うのだが、ちなみに言えば、過去の地球時代の沖縄県の総面積は、その離島を全て含めても精々二千三百平方キロのものに過ぎない。

いずれにしても、この日本では言論を以て主張するだけなら、違法行為の実行に関するもの以外全て自由だ。

無論、税金も掛からない。

結局、独立を叫ぶ声が次第に高まるに連れ、やがて琉球島の中でその是非を問う住民投票が行われたが、現実には、例えどんな結果が出ようとも日本の統治下においては法的強制力を持ち得ず、しかも国井政権が静観する中で導き出された投票結果は見るも無残なものだったらしい。

投票率こそ七十パーセントを超えたとは言うが、独立を支持したのは僅かにその五パーセントに過ぎなかったと言うのである。

その理由も明白だったろう。

独立を果たせば、それは日本とは別の国になったと言うことであり、そうである以上当然日本政府の懐は全く当てに出来なくなる上、福祉予算どころか国防も外交も全て自力で賄うことを意味しており、その前途に大きな不安を抱いた島民が多かったからに他ならない。

百歩譲って国防能力は諦めるにしても、外交機能を持たなければ諸外国と交際することもままならず、その結果まともな「国家」として扱ってもらえないことになるのである。

仮に国交を結ぶ相手が世界のうち一割程度であったにせよ、その費用は膨大なものにならざるを得ず、今でさえ一人立ちが出来ない状況がある以上、仮に独立を宣言し、日本政府がそれを承認でもすれば、本土へ脱出を図るものが続出して、たちまち破綻してしまうことは子供にでも判ることなのだ。

まして、わざわざ日秋両国の反感を買ってまで、その新生国家の支援に乗り出す国などある筈もないと叫ぶ者がおり、独立を強行すれば世界の孤児に成り果ててしまうと言う声まで聞こえて来る。

尤も、のちに国井が若者に洩らしたことから推し量れば、国井自身はその投票結果が圧倒的に独立を望むものであったときは、その独立を琉球島に限って一定の支援まで付けて許容する意思があったらしいが、結局、ここでも独立を志向することと実現することとでは天地の開きがあることが浮き彫りになっただけだと言う声しきりで、秋津州の琉球観光予算は増えることはあっても減ることは無い状況だ。

見渡せば、若者の私的財産は、その多くが極めて公共的な意味合いで費消され続けていることになるが、当然そのリソースにも限界と言うものが無いわけではない。

現実に飢える人々が世界に溢れているからと言って、如何に何でも無条件でその全てを救うほどの力は無い。

無償で無原則にばら撒けば不公平だとして、反って非難を浴びる場面さえ予想される上に、各地の自立の意欲を減退させてしまわないとも限らないため、新田の下した結論から言っても、最も公正な分配方式はやはり商業的な競争原理に基づくほかは無いと言うことになる。

秋津州から日々出荷されて行く膨大な資源が比較的格安であり続けていることも、最早周知のことなのである。

しかも、欧米系らしき学者の見解として、今次の騒乱によって世界の人口の二割程度が減少すると言う見通しを立てて、あろうことかその功罪を肯定的に論ずる向きまで出て来ており、自然轟々たる非難を浴びはしたが、かと言って総人口が減少すれば、その分だけ希少な食物の奪い合いが緩和することだけは確かだと言う現実は残る。

実際に、過去においてあれほど日本の調査捕鯨を非難していたあの豪州ですら、今ではその鯨を大量に喰らっていると言う現実があるのだ。

食料と言う資源が無限に得られるものではない以上、現実に得られる食糧の分だけしか人は生きられないのである。

全人口が百億を突破する近未来を想像してみるが良い。

少なくとも、この丹波と言う惑星の自然環境を保全する意味でも、際限も無い人口爆発だけは、絶対に阻止されるべき一大テーマであることも否定は出来ないだろう。

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  1. 2008/02/29(金) 14:59:01|
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