日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 129

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「正直、だいぶイメージが変わっちゃいました。」

「ふふん。」

「しかし、つくづく先輩らしいですねえ。」

この人の心の在り処(ありか)の何たるかが、今しみじみと胸に沁みてくるのである。

プロジェクトAのメンバーなどに言わせれば、この先輩と新田さんとは差し詰め得難き国士と言うことになるのだが、世の中と言うものは実にさまざまなもので、殊に思考の座標軸を異にする連中なんかの口に掛かれば、もたもたしてて書類一つ満足に作れない無能なヤツだと言うことになってしまうのだ。

「なんだ、いまさら。」

「だって・・・。」

「ん。言いたいことがあるなら、はっきり言え。」

「だって、先輩のことを超のつく軍国主義者だって言うヒトもいるくらいですから。」

「ふふん。」

「ボクだって、前はそんな目で見てましたから・・・。」

「あのな、俺は何も神さまみてえな日本軍だとか、残虐なことなんか一切やらなかったとか、そこまで強弁する気はねえぞ。」

「今日改めてそれが判りました。」

「おせえよ。」

「すいません。」

「ただな、・・・・」

「・・・。」

「我々自身が作り上げ、我々自身が運用した筈のこの軍と言うものをだなあ、その日本人自身が不当に貶めてる気がして、そいつがどうにもたまらねえんだよ。」

「はい、判るような気がします。」

「なんせその軍も全部日本人なんだからな。せめてその日本人ぐれえは、もっと公正な評価をしてやるべきだろう。」

「はい。」

「幼稚園の喧嘩じゃあるめえし、あの時代背景だ。盛んに謀略もやったろうし、いろいろ褒められねえことも仕出かしたがよ、そう言う面も全部ひっくるめて再評価されるべきだって言ってるだけなんだよ。」

「その点はボクも同感です。」

「その点」には、無論当時の時代背景のことも含む。

「例えばだよ。例の秋津州戦争でも秋津州軍は敵の軍民を相当殺した筈だよなあ。」

あれだけの規模の戦争なのだ。

敵側の非戦闘員にしても、一人も死ななかったと言うわけでは無いのである。

「確か、中朝露が発表した数値を全部合わせると、五百万人も亡くなってるそうですよね。」

無論軍民併せての話だ。

「うん、その数値の正当性はさて置いてだなあ、・・・」

「はい。」

「あの秋津州軍でさえ、女子供を少なからず殺しちまったことになるよなあ。」

「はい。」

「結局、秋津州の壮大なパワーを以てしてもそうなんだよ。」

「それは、・・・・仕方が無かったでしょうね。」

「仕方が無かった・・・・か。」

「はい。」

「あの方は、女子供を殺すことをとても嫌うよな。」

「当然です。」

「それでも、いざとなりゃ・・・・。」

「でも、陛下のお話だと、敵さんは女子供にまで銃や手榴弾を持たせる例があったそうですから。」

「うん、それでも大抵は殺さずに捕らえて武装解除の上即刻解放していた筈だ。」

「それが出来たのも、ひとえに秋津州があらゆる面で圧倒的な力を持っていたからでしょうね。」

「素手の敵兵など、例え百万人押し寄せて来ても屁でも無かった筈だからなあ。」

「秋津州軍だったら、やろうと思えば百万人の捕虜を完璧に殊遇することも可能だったでしょうね。」

「海軍ならいざ知らず、あの頃の陸軍じゃ、到底その真似までは出来なかったろうよ。」

確かに当時の日中海戦なら、もしそれが行われていれば日本海軍は余裕を以て勝利した上に、波間に浮かぶ敵兵を救助して確かな保護を加えることも出来ただろう。

しかも、その捕虜を国内の収容所まで大過無く送り込めた筈なのだ。

当時の両国の海軍力の差はそれほどまでに懸絶していたからなのだが、かと言って敵国の内陸で戦う陸軍にそれほどまでの力は望むべくも無い。

何せその敵地たるや茫々たる大陸であり、その意味で言うところの力は、無論兵站補給能力に負うところが限り無く大きいからだ。

「だって、少数の日本軍が敵地で必死になって戦ってるんですものね。ちょっと油断してれば十倍、二十倍の敵勢に包囲されちゃっててもちっとも不思議は無いんですから。」

「うん、兵力の上から見たら日本軍はぎりぎりの剣が峰で常に目一杯で戦ってたんだ。」

「圧倒的な力を持っていれば、捕虜を殺さなくとも済んだかも知れませんよねえ。」

「もしそれほどの力を持っていれば、最初からあんな戦争にならんで済んだかも知れんしな。」

「陛下も、今後の理想は、相手に最初から戦闘意欲を失わしめるほどの戦力を常に整備しておくことだと仰せでしたから。」

相手側が戦闘意欲を失ってくれれば、少なくとも戦争には至らないで済む。

「結局、それが現実なんだよな。」

「確かにそうなんですが、当時の日本軍の暴虐行為については情報が氾濫し過ぎちゃってますからねえ。」

「うむ。」

「ひどいのになると、日本軍が敵の肉を喰らったなんてものまであるし。」

「おめえ、それ信じてるわけじゃあるめえな。」

ヒゲ面の両目がキラリと光った。

「いえ・・・、ただ相当ひどかったって言うイメージがどうしても・・・・」

「ばかやろう。」

「はい。」

「敵の宣伝戦にいちいち振り回されていてどうすんだ。」

さっきまで大人しかった酔っ払いが、読み筋通り元気を取り戻してくれたようだ。

何もかも承知の上で挑発してみたのである。

「宣伝戦ですか。そう言えば敵さんは、その宣伝戦のために欧米人なんかもいっぱい雇ってたらしいですよね。」

「うん、そいつ等が如何にも第三者でございってツラしやがってよう、敵さんからゼニをもらって、もうこれでもかって言うくらい嘘八百を並べたてやがって、インチキ写真をべたべた貼り付けてご大層な本まで出してやがる。」

「色々映画にまでなっちゃうし。」

内容はどうあれ視覚的に見せられると、どうしてもその光景が強烈な印象を残してしまうため、知らない者なら、そこに映し出された光景を、あたかも史実であったかのように思い込んでしまう例が実に多いのだ。

しかも、本にしてもテレビドラマにしても、本来創作ものでありながら、如何にもドキュメンタリーらしき仮面をかぶって登場して来るからなおさら悪質だ。

一言で言って、大衆が錯覚してくれるのを始めから期待してやっているのである。

「しまいには、日本人までがその尻馬に乗りやがって、もっともらしいインチキ本でゼニもうけに走ってやがる。その点では充分反省しなければならんだろうな。」

反省と言っても、無論日本側の宣伝戦略の拙劣さを指して言っているのであり、少なくとも今となっては全く同感なのである。

「ほんと、日本人にもいろんな人がいますからねえ。」

「うん、とんでもねえ野郎もいるな。いくら言論の自由ったって、ことがことだ。でたらめを吹聴していいってことにはならねえ。」

「それを鵜呑みにして、真に受けちゃうヒトが現実にいるんですからねえ。」

「ひでえのになると、左派系政党の機関紙に連載したヤツを単行本に仕立てたモノまであってよ、しかもそれがばか売れしちゃうくれえだから、俺なんざもう開いた口が塞がらねえ。」

「あ、七三一部隊・・・。」

「だいたいなあ、ノンフィクションだって言って置きながら、登場する関係者は全部匿名だは、それだからまるっきり裏付けは取れねえは、証言者だとする人間の言うことなんざ論駁されるところころ変わっちゃうんだぜ。そんなもんがノンフィクションであってたまるかよ。」

ノンフィクションどころか、悪質極まりないプロパガンダだと言うほかは無いだろう。

「はい。」

「問題の石井部隊の元隊員を名乗る謎の人物がいるとか抜かしやがってだなあ、そいつから入手したとか言って載せた写真なんざ、ご丁寧にもほとんどが無関係のものだったことがばれちゃってるじゃねえか。」

「それ、当時超売れっ子だった作者自身がゲロしちゃってますよねえ。」

「ふふん、それが大ベストセラーだって言われた日にゃあ、呆れけえってものも言えねえや。」

「ほんと、いまだにノンフィクションだって信じてる人がいるくらいですからねえ。」

「まあ、衆愚だとかなんだとか言われて小ばかにされても文句は言えねえよなあ。情け無え話だがよ。」

「ほんと、つくづくそうですよねえ。」

傍らで、既に大コーギルをすっかり仕切っている筈だと囁かれている絶世の美女が一人、今艶然と微笑んでくれているが酒のペースは上がる一方だ。

「ところで、最近ずんと面しれえ話を聞くんだがよ。」

酔っ払った先輩の話は縦横無尽に飛んで行く。

「どんな話ですか。」

「六角庁舎のあのだだっ広い中庭で、近頃おもしれえ遊びが流行ってるそうじゃねえか。」

「え、いろんなことがありますけど・・・。」

現にその場所ではさまざまなことが行われているらしく、自分の知ってるものだけでも数種類のイベントがあるのだ。

先日などはアキモト准将が大勢のかんなぎを引き連れて、華麗な舞いを姫君たちにご披露に及び、お二方とも同様の衣装までお召しになって、実に楽しげにその舞を演じておられたほどで、殊に見事な拵えの日本刀を用いた剣舞などは、一見に価するものであったことは確かだろう。

恐らく近々に陛下にご披露に及ぼうとしてのものではあったろうが、見物の有紀子嬢などが大喜びで拍手まで送っていたほどなのである。

「馬だよ、馬。」

「あ、馬ですか。」

「そうだ、馬だ。」

「姫君さまたちは、お二人とも大分上達されましたよ。」

「うちの奥さんの話だと、輪乗りも早駆けも自由自在らしいな。」

どうやら、乗馬の話だったらしい。

「今度の建国記念式典では、騎乗姿でお供をなさりたいとの仰せですから。」

「軍服までご着用って聞いてるが、本気なのか。」

「このご時世でもありますし、従軍して死なばもろともの心意気なんでしょう。」

何せ、異星人との武力衝突が避けられない情勢なのだ。

少なくともヤマトサロンにおいては、陛下の圧倒的な戦闘能力がある以上、瞬時に撃退し得ると信じられてはいるものの、肝心の敵戦艦の所在は未だに捕捉すら出来ないでいる。

そうである以上、それがいつ襲ってくるか知れたものではない。

その時に陛下がご不在の場合のことを考えれば、当方にまったく被害が及ばないかと言えば、そこまでの自信は持てないのである。

過去の例でも、若い秋津州美人が相当拉致されてしまったと聞いているくらいで、万一の場合、二人の姫君などは真っ先に狙われても不思議は無いのだ。

「やはり、本気なのか。」

「キャサリンなんか泣くほど感激してたくらいですから。」

「ふうむ。」

「まことに健気(けなげ)で、そのお心ばえはまことに結構かと。ただ・・・・、」

「ただ、なんだ。」

「ただ、建国記念日に全軍を集結させたいご希望がおありのようで・・・。」

「言いだしっぺは久我夫人のようだな。」

「はい、それをお二人の口から陛下に申し上げたような気配が・・・。」

「お採りあげになるような話も聞こえて来たが。」

ご裁可がありそうだと言う意味だ。

「はい、その可能性も無きにしも非ずかと・・・。」

「未だその奥がありそうだな。」

「もし全軍を集結させれば、不心得者が核攻撃に踏み切る可能性が出て来るとか。」

先ごろまでの秋津州軍は、長らく他の荘園や丹波の宙空に広く分散して衛戍(えいじゅ)してきたが、全て秋津州の空と海とにまとまって展開して見せれば、理論上は、一気に全軍を壊滅させることも可能となる道理で、一万発の核ミサイルの絶好の標的になると囁かれているのだ。

「いや、その点は逆だろう。」

「え。」

「ワシントンなんかじゃ、反って深読みするヤツが増えとるそうだ。」

「深読み・・・、あ、トラップだと・・・。」

隙を見せることによって核攻撃を誘い、堂々たる大義名分を以て一大反攻に転ずると言うトラップのことだ。

「うん、陛下のお胸の内が合衆国を一気に滅ぼす方向に転換してしまったのではないかとな。」

「又しても、怯懦(きょうだ)の万犬が吠えまくっておりますか。冷静に考えれば直ぐに判りそうなものなのに。」

尤も、冷静さを失ってしまっているからこそ疑心暗鬼に取り付かれてしまうのだろう。

「あまり怖がらせてしまうのも、よろしくねえだろう。」

「そうでしょうか。」

近頃の手乗り文鳥は少々図に乗っているところが見受けられ、目の前の奥さまには申し訳ないが、もう少し懲らしめてやってもいいような気もするのである。

「臆病者を追い詰めると、とんでもねえことを仕出かすかも知れねえぜ。」

「・・・。」

「まあ、いい。それより、久我夫人の本音は世界帝国の旗揚げにあるらしいが、その話のアホ参謀はおめえか。」

それに関しては、自説の秋津州連邦設立論の杜撰さを痛烈に論破されたばかりだ。

「いえ、私じゃありません。」

「じゃあ、誰だ。」

「多分、ご主人の刀匠あたりじゃないかと・・・。」

推測なのである。

「ほほう。」

「何でもこの機に乗じて世界中の軍備を全廃した上、各国それぞれの国防を秋津州軍が一手に引き受けると言う段取りなんだそうです。」

と、久我夫人が言っているのだ。

「ふうむ。」

異星人との大戦争を控え、史上空前の軍事パレードをやって見せることによって、世界の国防軍たるべき蓋然性を強力にアピールしようと言うことか。

「どうせ、もともと全て陛下の領土だったわけですし、今さらその陛下が他国の領土を欲しがるはずはありませんから、理想的な世界政府が出来上がる端緒になると・・・。」

「新田さんの話だと、ご自身は大笑いなさったと聞いているが。」

それを耳にした若者が爆笑したと言うのである。

「でも、そのコストとして各国それぞれが、毎年GDPの千分の一づつ拠出する案まで出てるくらいですから、満更夢物語とばかりも言えないでしょう。」

その場合の拠出金は秋津州陛下に上納するためのものなのだが、みどりママなんかも、この点での希望的観測を捨てきれないでいる雰囲気が強い。

「おいおい、おめえまで、そんな脳天気なことを言ってちゃあ困るじゃねえか。」

「へ。」

「子供の遊びじゃねえんだ。もう少しまじめに考えろ。」

「だって、実現すれば少なくとも国家間の戦争だけは無くなるじゃないですか。」

秋津州軍以外、世界中から軍隊と言う軍隊が全て消えて無くなる話なのである。

理論上、国家間の軍事紛争はあり得ないことになるから、みどりママなんかが真っ先に賛成するのも無理は無い話なのだ。

「ばかやろう、その話にゃあ致命的な欠陥があるだろうが。」

「え。」

「判らねえかよ。」

「でも・・・。」

「今はいいとしても、次世代の帝王がどんな人間になるか、わからねえじゃねえか。」

秋津州の帝王は、無論そのまま秋津州軍の統帥者でもあるのだ。

統帥者どころか、個人オーナーと言って良い。

「あ、・・・」

場合によっては、最強の秋津州軍団が最大の凶器となってしまう可能性は否定できないだろう。

「未だ生まれてもいねえんだぞ。」

「やっぱり、ダメですかね。」

「第一、世界のうちで、まともな民主化がなされていて、曲がりなりにも統一の大業が達成されてる国が幾つあると思ってんだ。」

合理性の高い統一政権を持たない以上、国家の正統な意思を具現化することは不可能だ。

「どう見ても未だ半分もないでしょうね。丹波への移住騒動が一段落した途端、またあっちこっちで権力闘争が始まっちゃってますからねえ。」

「その多くが只の権力闘争じゃねえ。武力闘争に発展しちゃってるじゃねえか。」

典型的な内乱ばかりだと言って良い。

しかも、その数も見渡せば枚挙に暇(いとま)が無いほどだ。

「いや、ですから、そこへ派出した国防軍がその内乱を速やかに鎮め・・・。」

「ちょっと待て、こら。」

「え。」

「おめえの言い草だと、その場合に派出される国防軍ってのは秋津州軍のことだよな。」

「はい。」

「その国防軍が現地国の政府の要望に応えて活動するんだったよな。」

「そうですよ。」

「結局、その現地国の政府の指定する敵対勢力を、打ち滅ぼして欲しいって頼まれることになるだろうが。」

「・・・」

「第一、その政府の正当性を誰がどうやって判定するんだよ。しかもその場合の敵対勢力だって複数存在することの方が普通だぞ。」

「あ、・・・。」

一つの国家の中で、その国を代表する政府を標榜する団体が複数存在することさえ珍しく無いのである。

「場合によっちゃ、敵対勢力のほうが正当性が高いことだってあり得る。」

「・・・。」

「それに今後時間が経つに連れ、それぞれが主張する国境線が微妙にずれてくる筈だ。最初の領土引き渡しの時の国境線が、そのまま継続して守られるとはとても思えねえからな。」

「でも、それは陛下がお許しにならないでしょう。」

「アホ抜かせ。」

「え。」

「秋津州の一国家元首にそんな権限があると思ってんのかよ。」

「ですから、そこでそれを明文化した秋津州憲章の出番でしょ。」

有事の際の特別常任理事国の持つ事実上の決定権のことを指しているが、無論その際の特別常任理事国は秋津州一国に限られるのである。

近頃では、例の七カ国協議の席上でも中露の意見として陽の目を見つつあり、その議論が「秋津州超国家論」とか言う大層なネーミングまで附して報じられているほどで、無論、異星人との戦争が終結するまでと言う限定版ではあるが、その意味に限れば、荒唐無稽とばかりも言い切れない雰囲気が既に醸成されつつあると言って良い。

「ほほう、じゃ陛下には世界帝国の独裁者になっていただくわけか。」

「いえ、独裁者だなんて・・・。」

「んにゃ、そんな権限をお持ちになる以上、そりゃあれっきとした独裁者だぜ。念のために言っとくが、オレはそれでもいいけどな。」

酔っ払いの本音が顔を覗かせる。

「陛下に独裁者は似合いませんし・・・。」

「似合おうが似合うまいが、陛下に判定しろってことになるだろがあ。」

「う・・・。」

「どんな国家だって、さまざまの民意があって当然だし、そこの国の政府だってこれまた同様だ。そもそも全てが一致してりゃ内乱なんざ起きる筈が無えんだ。」

最早、ぐうの音も出ない。

「・・・。」

「陛下が大笑いなさった筈だよ。」

先輩はぽつりと呟いたが、その目がみように寂しげに見えたのは錯覚だろうか。

このとき、奥さまが小型の窓の月を先輩の前に据えた。

今しがたシグナル音が鳴ったのだ。

どうやら、対策室からの定期報告だったらしく、現状ではとりあえず異常無しとのことのようだったが、思えば、先輩もずっとこんな状態で激務をこなしてきていて、つくづく大変だなあと思ったが、その意味では新田さんなんかも似たような仕事振りだ。

みんな同志なんだなあと改めて思いながら、目の前のグラスを心に重く取ったのである。

酒の空瓶だけがどんどん増えて、気の置けない男同士の宴は果てし無く続き、時は既に深更を迎えてしまっている。

いきおい、次の日の田中盛重はひどい二日酔い状態で見合いの席に臨まざるを得なかったが、そこで対面した振り袖姿のお相手は写真以上に美しくかつ愛らしくもあった。

それは、その人生観すら変えてしまうほどのものであったらしく、しかもその相手は未だに彼を慕って先生と呼んで憚らない。

結果は推して知るべしであっただろう。

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  1. 2008/06/01(日) 16:35:12|
  2. 妄想小説 主権国家|
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自立国家の建設 130

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田中盛重の見合いから数日が経ったある日のことだが、三の荘の秋津州ロイヤルホテルに又しても国王来臨の意向が伝えられた。

直接連絡してきたのは、いつもの女性秘書官ではあったが、無論秘書官風情の自侭になることではあるまい。

しかも前回の訪れから未だ四日ほどの日数しか経ていないのだ。

このことが、獲物が益々引き寄せられつつあるさまを一層強く想起させ、ホテル側の闘志に一段の火を灯し、ひいてはタイラー補佐官の更なる期待を呼んだことも事実で、その接遇態勢に露ほどの抜かりもある筈が無いのである。

豪華絢爛たるトラップルームが専用の扱いとなっている以上、常に充分に磨き上げられており、少なくとも小一時間の余裕さえ得られれば全ての戦備を整えることは容易い。

配置につく戦士たちにしても、日々入念に戦備を整えながら、常に正午にはスタンバイを終えているほどであり、訪れのご予定が十三時と聞いても何の支障も無いと言って良い。

現実には、支障どころか、獲物と僅かな会話を持っただけでお呼び出しが掛かるのを期待してしまう者までいるくらいで、それこそ全員が一打席でも多くバッターボックスに立つことを望んでおり、戦闘準備の号令が掛かっただけで一様に色めき立ってしまうほどなのだ。

また、それを人工知能の方から言わせれば、問題の女性についてもさまざまに調査を続行中とは言いながら、最近まで消すことが躊躇われた危険信号に代わって、ようやく青信号を灯すことを得たこともあり、それを知った若者が行動に移る可能性がいよいよ高まって来ていることになる。

何しろ、おふくろさまの目的が目的であり、これまでもあらゆる機会を捉えて、その間口をひたすら広げようとして来ており、その結果が他の者の胸の内を如何に傷つけてしまおうとも、それこそ意にも介さない。

そして、おふくろ様にとって目下最も高い可能性を秘めた女体が艶麗な衣装を身に纏い、数人のバックダンサーを従えて、大切な若者の眼前で妖艶かつダイナミックに舞い踊っているところだ。

その演舞が、若者の本能をひたすら刺激することを以てその目的としている以上、それは近頃益々工夫が凝らされ、ときに獲物の眼前にまで体を寄せながら、実に微妙な腰の振り方まで披露して見せるのだ。

それは、見ようによっては卑猥としか言いようの無いほどのものであり、しかも薄物の衣装が、もともと舞姫の腹部をぎりぎりのところまで露出させてしまっている上に、ときとしてその下腹部付近ですらあからさまに透過させ、女性の全てがあわやと言うほどのものなのだ。

ときにとって、今日のお供が井上司令官と迫水秘書官の二人だけだったこともホテル側にとって重大でないことも無かったろうが、中でも彼等を驚喜させたのは、女性秘書官からひっそりと告げられた事柄だったに違いない。

しかもその二人は、魔王の意を慮ってか、はるか後方に退いたまま微動だにしていないのだ。

肝心の若者はと言えば、先ほどから全く無言のままで、心ここにあらずと言わんばかりに茫然たる様子を見せており、明らかに常とは異なる気配を漂わせてはいるものの、秘書官からのひそやかな依頼は何ものにも代え難いほどの優先度を持つものだった筈だ。

そのことは無論戦士本人にも伝えてあることから、それは明らかにその戦闘意欲に格段の火勢を加え、成功への階段を着実に上りつつあるとまで思わせたに違いない。

それが証拠に見事にくびれた腰が先ほどらい一段と妖しくくねっており、その表情に至っては実に悩ましげな色を湛えて見せているのである。

ところが、肝心の獲物の視線が定まらない。

田中盛重なら裸足で駆け出してしまっているところだったろうが、若者に限ってはそうではなかったのだ。

実のところの若者は例の索敵行に専念するあまり昨夜来一睡もしておらず、その神経は異常に研ぎ澄まされ、茫然とするどころか高ぶってさえいたのだ。

だが、そのことをホテル側は誰一人知り得てはおらず、秘書官から事前に寄せられた依頼にひたすら応えようとするのみだ。

主賓の席では選ばれた美女が一人、肌もあらわなドレス姿で酌婦を務めてはいたが、若者の横顔に密かに視線を送りつつ先ほどから無言の行を強いられてしまっており、誰の助けも得られぬままに、役目柄困惑しきっていると言って良い。

壁際のシートにも充分に着飾った数人の美女が控え、彼女達にも何かしらの異変が伝わるのだろう、やがて僅かにざわめきを呼んだようだが、今しも鮮やかに舞い納めたプリンシパルが颯爽と席に着いて、その苦境を大幅に救ってくれた筈だ。

いよいよ近頃定例の様式に座が落ち着いたと見て、壁際のシートから安堵の吐息が漏れはしたが、依然として魔王の様子に変化は見られない。

一言も発せず、ときに虚空を凝視するかと思えば、選りすぐりの酌婦たちの群れに視線を泳がせてみたりと、見ようによっては深々と呻吟しているようでもあり、いつもの軽妙闊達な姿などどこにも見あたらない。

尤も、華麗な主戦戦闘機だけは多少訝りはしても恐怖までは感じずに済んでおり、いつものように獲物に寄り添うようにして座を占め、無言の横顔に向けて一言二言語りかけながら、匂やかな体温を積極的に通わせようとする。

新たな酒を作りつつ、その右ひざが獲物の左足に触れ、太ももどうしはとうに密着と言って良いほどの状態であり、いみじくも田中盛重が評した通り、天賦の色香が十二分に発散されてそれは獲物にも伝わらない筈は無いのである。

まして今日は、秘書官からの特別の依頼がある。

その依頼が魔王の意に沿わないものである筈が無い以上、いつものような遠慮は一切無用であり、どんなに露骨なサービスをしようとも、魔王は嫌がるどころか喜び勇んで反応を返してくれる筈なのだ。

魔王のこの表情にしても、先ほど繰り返し躍動させて見せた自分の腰の動きに反応したものであったとしても少しの不思議も無いだろう。

現に自らの局所に手を添えてたくましい腰を前後に揺すりたてて見せたときなどは、自然きたるべきさまざまのシーンを思い描き、おのれ自身が欲情を覚えてしまっているくらいで、既に股間には湯気の立つほどの反応を生じさせてしまっているのだ。

全ては秘書官から齎された事前の依頼によるものとは言いながら、既にその欲情は震えが来るほどに高まって来ており、その激しさは直ぐにでも目の前のたくましい肉体にむしゃぶりついて行きたいほどなのである。

程なくして控えの酌婦どもがひっそりと席を立ち、バックダンサーはおろかお供の二人までが退室して行き、依頼された通り残るは文字通りの二人だけの世界だ。

舞姫の情欲が一段と高まりを加える中、一層光量が落とされたこともあって、薄暗い室内には今や女性歌手の切々たるバラードが嫋々とむせび泣くばかりである。


一方の若者にしてみても、左膝の拳を大胆にその手で包み込みながら、しきりに上半身を擦り寄せて来る女体をまったく意識しないわけではないが、夢想の世界のことならいざ知らず、少なくとも現実の世界でそれ以上の関係を願ったことなど一度として無いのだ。

確かにその舞い姿は、最も刺激的な興趣を運んで来てくれるものではあるが、それはあくまで観客としての域を超えさせるほどのものでは無い。

少なくとも自分の理性がそれを命じ、確かな制御を与えていると言う自負がある限り、せき止めている何ものかが堰を越えてまで溢れ出すことなどあり得ないことなのである。

しかも、今はどうしても頭の隅から去らないものがあるのだ。

殊に今回の索敵行が齎したものがさまざまに状況の変化を思わせてくれており、目下天空の人工知能の分析結果を心待ちにしているところなのだが、容易にその反応が現れて来ないのである。

無論、これほどの短時間に全ての回答が得られるとも思えないが、先ほどから酒の味を忘れさせるほどの気の高ぶりを覚えてしまっており、それを更に追い立てようとする者が隣にいる。

しかも、その感触は少なくとも不快なものではなく、それどころか女豹の発散する汗の匂いに混じって漂ってくる、かなり濃い目の香水の香りでさえ実に心地良い刺激を加えて来る。

いや、必ずしもそれは単なる香水の香りだとは言い切れまい。

益々五感が研ぎ澄まされ、女豹の発散する芳香がかつての女性工作員のそれとも微妙に重なって来るのである。

あのときの村上なにがしの場合も、連れ立って部屋に向かうさなかですら、既にこのような香りを発散させながら、我が腕にしがみつくような素振りを見せていたことを思い出す。

それは明らかに女豹の発情を示すものであって、勃然たる征服欲を掻きたてて已まないものであったのだ。

試みに、抱え込まれた左腕を用いて女豹の腰に触れてみたときに、豊かな腰が一瞬激しく脈打つさままで思い出される。

今、現実に隣にいるこの女豹が等質の香りを激しく発散させており、徹夜明けの頭脳が既にいつも以上の反応を示し始め、女の微妙な身動きが最早意識せざるを得ないほどの力を以て、そのことに大きく手を貸してしまっていると言って良い。

そうこうする内、女豹の上半身が一段とこちら側に向きを変え、しかも、その左手がこちらの内腿のあたりにひそひそと触れてきており、やがて微妙に撫でさすってきさえするのだ。

薄手の衣装を通して白い腕(かいな)が目の下間近に怪しく蠢き、それは抗いようの無い力強さで隠微な何者かを連れて来てしまう。

甚三たちでさえ席を外したところから見ても、敵は打ち合わせの上で特段の接遇を目指していることは確実であり、例えその誘いに応じたところで喜ばれこそすれ邪魔が入る気遣いは無用だ。

現に、この特別室の外は甚三たちががっしりと固めており、この私が呼ばない限り誰一人入室を許さないことは確かで、しかも隣には、触れなば落ちん風情を露骨に見せる妖艶な女体がある。

「陛下、お願いでございます。」

耳元でたどたどしい日本語が囁き、その顔を近づけて来ながらねっとりと視線を絡めて来たときには、背筋に何ものかが走ったような気がして、それが、心の奥底で期待した通りの反応を導き出しつつあることを感じてしまった。

演舞のさなかから気付いてはいたが、その衣装はあらゆる部分がいつも以上の透過性を持っており、それはその胸元であってさえ例外では無く、そこには芳醇な果実がたわわに揺れて、否応無く視界に入るのである。

しかも、いつもと違って衣装の下に下着と呼ぶべきものが見当たらず、その中心点が見事に色づいて屹立しているさまさえこの目に映ってしまっており、敵は盛んに欲情していると見た。

悩まし気な吐息が強烈な芳香を運んできて、そのことが決して演技では無いことを窺わせ、限り無いほどの高ぶりを呼び起こそうとする。

眼前にあるその目は妖しくけむり、真っ赤な唇がぬらぬらと誘っており、女豹の望んでいるものは紛れも無いが、鉄壁の理性がそれに応じることを許してはいない。

だが、女豹の動きは我が身の予想をはるかに超えて大胆であった。

こっちの左腕を抱え込みたわわな果実にすり付け、しかもその腕先をおのれの股間にまでいざなおうとするのだ。

無論、その腕は未だに制御を失ってはおらず、如何に強引に引き寄せようと図ろうともびくともするものではないが、かと言ってそれがいつまで保てるかまでの自信は無い。

何せ、焦れた女豹がやにわに右ひざを折りながら、それを強引にソファの上に運んで見せたのだ。

しかもその姿勢たるや禁じ手と言って良いほどあられもないもので、あろうことか大股を広げ、鼻息も荒げにこちら側に向き直ったことになるのだ。

見れば特別に誂えたらしい衣装は、その股間にじかに触れることを許すデザインのものであったらしく、今の動作によって大きく口を開けてしまっており、いざなわれるままにそこに手を差し伸ばしたい欲望が勃然と湧いてきてしまう。

何しろそこには煙るような若草が豊かに生い茂り、こんこんと湧きいずる泉まであわやと言う景況なのである。

欲情しきったけだものが、身を震わせながら今我が手をそこへいざなおうとしており、切なげに眉を寄せたその顔は限り無く淫らだ。

「お願い・・・・。」

淫獣が腰を突き出すようにして哀願するのだ。

まるで情欲の塊が囁いているかのように思えて、拒む意思そのものが融けて行くような気がする。

そこには充血した花弁が妖しく口を開け、しかもひたすら蜜を溢れさせてしまっており、雌獣自身が激しく欲情していることは疑いも無い。

薄暗がりの中とは言いながら、卓越した視力が隠微極まりないそのさまをはっきりと捉えているのだ。

微妙な光沢を放つ花弁には今けもの自身の左手が添えられ、その開口部を更に押し広げるさまが否応なく視界に飛び込んでくる。

そこには既に濡れそぼった肉塊が妖しく蠢いて、全てをせきたてながら、情欲の香りを盛んに溢れさせてしまっており、しかも、その左手が如何にも耐えかねたように最も淫らな仕草を見せ始めた。

真っ赤なマニュキュアに彩られた白い指がしなやかに舞い踊り、溢れ出す灼熱の溶岩を激しく攪拌するさまを茫然と瞼に焼き付けながら、今は亡き興梠(こおろぎ)の名演を密かに思い浮かべている我が身がそこにいた。

それは、この上もなく刺激的な眺めであることに変わりはない。

「はああっ・・・・」

うっすらと浮かび上がる腹筋を激しく波打たせていた雌獣が、切なげに眉根を寄せ、真っ赤な唇をかみ締めながら熱い吐息を洩らしたかと思うと、今度は右腕を後ろに突いて身を支えなおすや、一旦鎮まり掛けた白い指が再び動きを早め、豊かな腰を浮かせ気味にのたうちながら吹き上げるように叫んだ。

「おおおおっ。」

びくびくと腰を震わせ、うつろな目を泳がせながら、赤い舌がしきりに下唇を嘗め回していたが、やがて再び右腕を差し伸ばして我が左手を握り締め、自らの左手が淫らな仕草を繰り返すうちに、切迫した息遣いを荒げ吠えつくように声を上げた。

「おねがいっ。」

それは、まるで老いた漁師のようなしゃがれ声であったのだ。

眼前で、欲情に取り付かれたけものが今泣かんばかりの形相でこいねがい、いやいやをするように首を振りつつ、一方の右手が懸命に我が手を導こうとして已まない。

黒髪を振り乱したけものが、とりあえず欲しているのは我が無骨千万な指先ではあろうが、既にそこには先客がいる。

白く細い指が激しく舞い踊り、ときに最も淫らな音でさえ耳にする今、拒むべき理由など何一つ無い筈なのだ。

活動を続ける真っ赤なマニュキュアが一際鋭く目を射たそのとき、我が身の内で勃然と鎌首を擡げるものがいた。

最も猛々しいものが今目覚めを告げようとしており、それを充分に自覚している我が身が一方にあって冷ややかな視線を送ってさえいるが、胸の中にはある衝動が急速に沸き上がってきていて、しかもその荒々しさはいよいよ猛るばかりだ。

何ものにも拘束される謂れの無いその衝動が、全てを蹴散らしながら今まさに雄叫びを上げようとしたその瞬間、虚空に流れる哀切なバラードが、唐突に異なるものを連れて来てくれたのである。

それは、近頃のみどりたちが好んで姫と呼びたがるあの娘たちの実に切なげな視線だったのだ。

しかも、その視線は決して咎め立てをしているのでは無い。

それどころか、さながら哀しんでさえいたと言って良い。

我に返ったように左手を伸ばし強引にグラスを取ったが、心の中では不遜な何ものかが未だ執拗に抗いを続けており、それが胸の中に新たな葛藤を生みつつはあったが、少なくともそれを自らの意思を以て辛うじてねじ伏せることを得たのだ。

「今日はまことに良いものを見せていただいた。今後も一層のものを望んでおるぞ。」

消え入りそうな素振りの舞姫に優しく声を掛けながら、静かに席を立つ余裕さえ生まれていたのだが、心の中では、この者には特別の礼をせねばならぬだろうと思い極めていたのである。


それについて秘書官に命じながら数分後には二番区域の執務室に立ち戻り、若者は、改めて久我夫人の訪問を受け入れていた。

迫水の報せによれば、夫人はなにやら期するところあり気で、それこそ決死の面持ちだと言うのである。

「何か格別のご存念がおありとうかがったが。」

徒(ただ)ならぬ様子を見せる久我夫人なのだ。

しかも、はるか昔のこととは言いながら、あやういところまでその手で握られてしまったことのある相手でもあり、その対応には、ひとしお慎重を期す必要はあるだろう。

その背後には、みどりママの顔までちらつくのである。

「ご存念も何も、陛下はお姫たちをどうするつもりなんですかっ。」

「どうとは。」

「あの子達の身にもなってやってくださいよ。」

例によって、敵はいきなり大手門からの突入だ。

「いや・・・。」

「ですから、どうするおつもりなのかって聞いてるんですっ。」

その勢いは決して侮ることは出来ない。

「うん。」

「さっきだって、あんな女にそうとう入れ込んでたって言うじゃありませんか。」

近頃のサロンでは最終兵器と呼ぶ例まであると聞いており、あの舞姫にはよほどの反感を持つのだろう。

みどりママの強硬な申し出に応えて、問題のロイヤルホテル行きに関しては、逐一ママにも報告するよう命じてあったのだ。

早速東京から危機感溢れる電話があったのだろう。

「いや、それほどでも無いよ。」

「うそ仰いっ。」

「いや・・・。」

「とにかく今日と言う今日は、絶対逃がしませんからねっ。」

「参ったな、これは。」

「参るのはこっちの方なんですっ。」

「ところで、兄じゃにお変わりはないか。」

変わりがあるも何も、つい先日も姫たち用の刀を打ち上げたとのことで顔を合わせたばかりだ。

「そんな話をしてるんじゃありませんっ。」

美しき闘士は許すまじき剣幕だ。

「いや、謝るよ。」

ここは、謝ってしまうに如(し)くは無いだろう。

「謝ったって許してあげませんからっ、だいたいあの子たちをどう思ってるんですかっ。」

王宮に棲んでとうに家族同然の者たちだ。

「どうって・・・。」

「どうでもいいってお考えなんですかっ。」

「そんなことは無い。」

「だったら、ここは、ようく考えて返事しなさいよっ。二人共お嫁に行っちゃっていいって言うんですかっ。」

「・・・。」

「台所で料理さえ作ってれば、それでいいって仰るんですかっ。」

「いや・・・。」

「ほかの男に取られちゃっても喜んでるつもりかって聞いてるんですっ。」

「う・・・。」

現に、敵襲があれば敵兵の毒牙に掛かることもあり得る。

じりじりと胸を焦がすような想いが襲って来て、それを懸命に遠くへ押しやろうとする我が身がいる。

「どうなんですっ。嬉しいんですかっ。」

遂に敵勢は本丸まで押し寄せてきた。

「い、いや、嬉しくは無い。」

「じゃ、嬉しくは無いけど、黙ってお嫁に行かせるって言うんですかっ。」

そのとき、何かが胸の中で叫んだような気がしたのである。

「いや、許されることなら誰にも渡したくは無い。」

「それは、どちらか片っ方だけなんですかっ。」

「恥ずかしいが、両方だ。」

「それ、信じてていいんですねっ。」

ご丁寧にも、念まで押されてしまったのである。

単身切り込んできた豪傑は、言うだけのことを言って気が済んだらしくとっとと帰って行ったが、未だほんの昼下がりのことでもあり、問題の姫たちにしても学校がある筈だし、ヤマトサロンの論客どもも一人の姿も見せず、あの田中盛重も昨日からその気配さえ無い。

どうやら、日本から特別の来客があったらしい。

そこに入室する者があり、命じて置いた昼食が応接セットに程よく並んだところで、さっさと平らげてシャワーを浴びて一眠りだ。

今頃は、大和商事の名刺を持った者が手土産を携え、あのホテルを訪ねている頃だろうが、その手土産は誰にせよ決して邪魔になるモノでは無いことから、こちらの謝意だけはあの舞姫にも充分に伝わることだろう。

何せ、恥を承知であれだけの舞を舞って見せてくれたのだ。

あの妖しい息遣いが未だに耳の底に残っている気さえして、事情さえ許せば近いうちにも再び出かけて行く気になっている我が身がそこにいる。

思えば、あの舞いをそれほどまでに得難いものに感じていることになるが、それもこれも男の自然の本性だと知る今、その本心を強いて隠す気は無いのである。

だが、みどりママが柳眉を逆立てて苦情を言う光景が脳裏をかすめたことも事実であり、恐らく、必死になって妨げてくることだろうが、一方でおふくろさまの描くシナリオはそれにはまったく拘束されない筈のものなのだ。

咀嚼を重ねつつさまざまな想念が脳裏を駆け巡ったが、昨夜来一睡もしていないせいか、平らげた昼食が猛烈な睡魔を連れて来ており、大急ぎでシャワーを使い、さっさと自室のベッドにもぐりこんだが、おふくろさまが拘り抜いた帝王のベッドは、その幅三メートルもあろうかと言う頗る付きの豪華さだったのである。

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  1. 2008/06/04(水) 12:58:42|
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自立国家の建設 131

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どれほどの時間(とき)が流れたろう、気配を感じてうっすらと意識が蘇ってきた。

つい今しがたの夢の中では、むせび泣きながらしがみついて来る女体を実に放恣に弄んでいるおのれの姿があり、その感触がまざまざとこの手に蘇って来るばかりか、おのれの下半身は猛々しく雄叫びをあげてしまっており、浅ましくも薄手の上掛けを突き上げんばかりなのである。

しかも淫夢の中の白い指がしきりにそこに触れていたこともあって、なおのこと意識がそこに集中せざるを得ず、今なおその夢がやわやわと続いていると見えて、柔らかな感触をおのれの左右に感じており、しかも隆々たる分身にひそひそと触れてくる何者かがいた。

未だ目覚めたくは無いと奈落の底から命ずる者があり、同時にあの真っ赤なマニュキュアが脳裏をかすめ、それが痺れるような快感を運んで来てしまい、朦朧たる意識の中で一層の刺激を求めて思わず腰を震わせると、すかさずもう一つの手が参加して僅かながらも期待に応えてくれたのである。

その根元をやんわりと握り込まれたことによって、幸いにも期待したものの多くが満たされ、それが存分にいなないて見せることを得たが、哀しいかな男の夢はそう長くは続かなかった。

朦朧としていたのは精々十秒そこそこのものでしかなかったろうが、程なく直ぐ身近に柔らかな吐息を感じ取ったことで、意識が瞬時に鮮明さを取り戻してしまったのだ。

あわてて左右を見て改めて愕然としたが、そこには予想に違わずいずれにも愛らしい笑顔があり、しかも、そのいずれもが明眸を開いて目覚めていた。

当然、視線が合う。

「な、な、な・・・。」

我にも無くうろたえてしまったのは事実だ。

慌てて跳ね起きて、最も愛すべき者たちをもう一度交互に見たが、何しろ六尺一本の我が身だ。

しかも、その締め込みが無惨なまでに緩み切ってしまっていて、そこから抜け出した猛りが男の本性のなんたるかを存分に叫んでしまっており、我が身の敗色は既に覆うべくも無いのである。

愛らしいパジャマ姿の二人が余裕の笑みさえ浮かべながら今悠然と身を起こし、ローズが腕を伸ばして枕もとの水差しを取り、咲子は咲子でうやうやしくグラスを捧げている。

二人共充分な確かさで視線を絡めてきていて、思わず視線を逸らせてしまったが、目を落とすと眼前で、稀代の親不孝者が今しもしおしおと頭(こうべ)を垂れ始めており、その哀れなさまは姫たちの視界の片隅にも捉えられているのは確実だろう。

押し寄せてくる想いを振り切るように、グラスの中身を一気に喉に流し込みつつ、就寝前に押しかけて来た豪傑とのやり取りをまざまざと思い浮かべている我が身がいた。

そこでおのれは、この二人を誰の手にも渡したくは無いとまで言明してしまっていたのである。

「聞いたのか。」

がっくりと首を落としてぽつりと聞いた。

二人共にっこりと微笑みながら頷き返すところを見ると、全てはあの恥多きやり取りが伝わってしまった結果ではあるのだろうが、おふくろさまの常日頃を思えばそれも又当然の帰結だと知らぬ筈は無いのである。

我が身の分身は今急速にその勢いを失いつつあったが、その現象を目の当たりにしながら姫たちに動ずる様子は全く無い。

それどころか、二人の笑顔は昨日までとは打って変わって見るからに自信に輝いており、余裕綽々と言って良い風情(ふぜい)だ。

聞けば、二人共迫水の導きは得たにせよ枕まで持参でこの部屋を訪れたと言い、その態度には実に堂々たるものがある。

この子らにそこまでの自信を与えてしまったのもおのれ自身であり、しかも現実に褥(しとね)をともにしてしまったことは紛れも無い。

少なくとも、このもろ腕に残る微妙な感触が、夢見心地のこととは言いながら、この子らにあるまじき狼藉(ろうぜき)を働いてしまったことを充分に窺わせてくれており、かと言ってそれが不快なものである筈が無いのである。

ローズがおしぼりを手にして、罪深きその指を今いとおしそうに拭ってくれており、咲子も負けじと我が額の脂(あぶら)を甲斐甲斐しく拭いてくれているのだ。

しかも、二人とも下半身は一糸纏わぬ姿であり、武道を以て鍛え上げた白い太ももが今さらながら目に眩しい。

とにもかくにも、その衣(ころも)を剥ぎ取ったのは誰あろう、この私であることは確かだ。

愛用の山姥(やまんば)を手に、日々の多くを山野を跋渉し自然を友として来た猟師の手は無論無骨極まりない。

その荒けき手によって無惨に剥ぎ取られたであろう天女の羽衣を、先程らいベッドの片隅で目端(めはし)に掛けていたのもその猟師自身だ。

最早、天女は天には戻れまい。

完敗であった。

ベッドの足元で羽を休めているシルクの羽衣をぼんやり見ていると、まるで昨日までの立場が逆転してしまったかのようにして、二人の口からこもごもに希望が噴出し、心の片隅で心地よい敗北感さえ味わいながら、その全てに応諾させられてしまっていたのだ。

当然のようにともに同等の地位を望み、今後はそれぞれの部屋を訪れて寝(しん)に就くべき旨を重々しく申し渡されてしまったが、それも今となっては当然のことのような気がしないでもないのである。

それが果たして天女たちにとって真の幸せに繋がるものかどうか、そこまでの自信は無いにせよ、少なくとも胸の奥にひたひたと打ち寄せてくるものがあり、それがこの子らに対する愛情以外の何ものでもないことだけは確信出来ているのだ。

早速今宵はローズの部屋で夜を過ごすべきことが言い渡され、次の夜は咲子の部屋だとの仰せだが、考えるまでも無く、おふくろさまの作戦が大いに図に当たったことには違いは無かろう。

ただ、意外にも、問題の舞姫のもとを訪れることまでは妨げる気は無いらしく、ひとえに、この王宮に足を踏み入れさせることのみを嫌っている。

ローズが、今後はこの八雲島の外でお会い下さるようにと強く主張し、咲子が我が意を得たりとばかりに頷くのだ。

無論、何一つ反論することは許されない。

その後の数分間、まるで胎児に戻ってしまったかのような気分まで味わっているうちに、愛すべきものたちは余裕をもって身じまいを終え、恭しく一礼までして退出して行ったが、枕もとの時計の針はまだ十七時を回ったばかりだ。

恐らく直ぐにでも台所に立つ気でいるのだろうが、枕を抱えて弾むような足取りで出て行く後ろ姿を、敗者はただ茫然と見送るほかに無かったことは言うまでも無い。

さまざまの想念が胸をかすめる中、しばらく広々としたベッドの裾に目を遣っていたが、胸に溢れてくる愛おしさだけはいや増すばかりであり、果たしてあの子らにどうしてやったら良いものやら、おふくろさまが全てを知る以上、その次なる指令にしても凡その見当はつくが、いずれにせよその段取りは大層なものになってしまうに違いないのである。


程なくして起き出すと、愛する者たちは既に変わる事無くキッチンに入っており、そのエプロン姿に心和ませながら一旦リビングに腰を落ち着けて見たが、そこに齎されたお京からの通信が、新たな局面の到来をたちまちにして予感させることになった。

実は、今回の索敵行で持ち帰った土産の中には、かつて苦闘の末に撃退することを得た戦闘機が一機含まれており、しかも、そこには搭乗員の白骨化した遺骸のほかにも、一体のタカミムスビ(高御産巣日神)の矢と共に極めて特徴あるものが存在していたのだ。

まったく動きを停止していたにせよ、それが拉致された女性型ヒューマノイドであったことが、少なからず幸運を呼び寄せたと言って良い。

そもそも若者の索敵行は、既に半年近くにわたって続けられてきたもので、その間常時四個兵団を投入し続け、その方法一つ取ってもそれなりの合理性を評価し得るものであった筈だ。

若者は、一部とは言いながら広大無辺のこの大宇宙を、百キロメートルを一辺とするさいころ状に切り割り、その全てに一個小隊を配置した上で、それを一千兆個以上も積み重ねて堂々たるユニットを形成して見せたのだ。

無論その一個小隊には、兵員以外にもそれぞれ十万機のD二と一千万機のG四が付随しており、それを思えばその活動範囲の広大さはそれはそれで途方も無いものであって、自己の小隊が担う守備範囲を隅々までフォローして余すところが無い。

それほどの内容を具える立方体が一千兆個以上も積み重なった集合体が、一つのユニットとして天空で稼動していることになるのである。

若者の作業は実に壮大なものであり、そのユニット内部の立方体相互の距離は不変のままに、そのユニット全体を弛まず移動させ続けて来ており、その索敵網の巨大さは言うもおろかだと言って良い。

だが、如何せん対象となすべき空間はあまりに広過ぎた。

若者の索敵網はそれはそれで壮大な規模を誇るとは言いながら、大宇宙から見れば浜辺の砂のただの一粒に過ぎず、延々と索敵行を繰り返しながら今までこれと言った成果をあげ得ずに来たが、今回は小型のものとは言いながら敵機そのものの鹵獲に成功したのだ。

驚くべきことに、問題の敵機が若者の索敵網の外郭からはるか遠方に存在していたにもかかわらず、易々と発見することを得たのである。

無論、その中にあったヒューマノイドの発する微細な信号があったればこそであり、それが無ければ未だに発見に至らなかった筈なのだ。

とにもかくにも、その貴重な戦利品は目下天空での分析を命じてあり、今待ちに待った第一報が入ったことになる。

報告者は東京の官邸にいるお京だが、何分にもことがことであり、窓の月は一切用いられてはいない。

「タカミムスビの矢は全く作動してなかったように思えたが、その点はどうか。」

鹵獲の時点でD二とG四を以て厳重に取り囲み万全を期してはいるが、本来、最も恐るべき敵の兵器なのである。

「動力源が、既に消耗し切っていたようでございます。」

無論、その動力源はPMEタイプのものだ。

「ほほう。」

「何分にも造られてから、少なくとも四世紀以上経過しているとのことでございますから。」

「なに、四百年以上と申すか。」

「はい、場合によりましては五百年以上とも。」

「ふうむ。」

「あの機体そのものも同様とのことでございます。」

何せその機体そのものが自律的な運動を行うことなく、暗黒の宇宙空間を緩やかに移動しながら、ただただ漂うに任せていたのだ。

「いや、驚いたな。」

それが事実なら、それらの工業生産品が、それほどまでの長期にわたって、進化もせずにそのまま使われ続けていたことになってしまうのだ。

「なお、敵兵の遺骸に付きましては、現在捕捉中の者どもと同族のよしにございます。」

「そりゃ、そうだろう。」

着々と接近中の敵船の者たちと同族だと言うが、これに付いては初めから想定していたことでもあり、いまさら驚くようなことでは無い。

「行き方知れずの戦艦に関しましては、未だ確定的なデータを発見するに至っておりません。」

「さようか。」

これも予想通りだ。

「拉致されたものの記録装置の復旧作業に、目下全力をあげておるところでございますので、今暫くのご猶予を賜りとう存じます。」

「ふむ。」

書き込まれたデータそのものが復旧出来れば、更なる情報が期待出来るだろう。

「申し遅れましたが、このたびはまことにおめでとう存じます。」

図らずも姫たちと褥をともにしてしまった挙句、その姫たちからさまざまに申し渡しを受けたことを言うのだろう。

「なにを今さら。」

思わず失笑してしまったのも無理は無いだろう。

全てはおふくろさまの指揮のもとに、このお京が仕組んだものに相違ないのである。

「それでは、目出度くはないとの仰せでございましょうか。」

「あ、いや、そう言う意味ではない。」

この期に及んでそのような誤解が耳に入れば、天女さまから如何なるペナルティを課せられるか知れたものではないのだ。

それこそ、二人して泣かれでもしたら、とんでもないおおごとになってしまうだろう。

「では、お喜びいただけたものと受け止めさせていただきますが、それにてよろしゅうございましょうか。」

笑止にも念を押しおるわ。

「うむ、それに相違無いわ。」

又してもほろ苦い笑いが湧いてきてしまう。

「では、ご婚儀につきましてはいかように取り計らいましょうや。」

「やはり、やらんわけには参らぬか。」

「お心のままに。」

「しかし、当人たちの心持ちもあるであろうな。」

二人の顔が思い浮かんだが、その何れもが自信に満ちた視線を送ってくる。

「ご賢察でございます。」

「やむを得ぬ、当人たちの心に任せるよりあるまい。」

「心得ました。」

「くれぐれも、あまり大げさなことにはならぬように致せ。」

「かしこまりました。早速にお二方のご意向を承りましてから、改めてご報告させていただきたく存じますが。」

「うむ。」

「ところで、任那の件でございますが。」

「任那の件と申すか。」

何のことやら、腑に落ちないのだ。

その任那は繁栄への途を今も驀進中であり、既に数多くの商業都市が世界有数の規模を以て経済活動の拠点となっている領域なのである。

無論、途方も無い数の外国人たちが活発に経済活動に励んでおり、同時に多数の秋津州人たちもおふくろさまのコントロール下でその経済活動に参加している筈で、それは、馬酔木の山斎を除けば秋津州の殆どがそうだと言って良い。

「はい。今のままの取り扱いにてよろしゅうございましょうか。」

「なにか、特段のことでもあったのか。」

その領域も我が領土の一部である以上、巡察を兼ねて自身頻繁に訪れており、現地の地方庁舎には殆ど入ることなく、大和商事の看板をかけさせているビルを主たる拠点とし続けていると言う実態があり、しかも、そこの社主室を恒常的に専用のスペースとしている以上、言わば、現地の休憩所のように扱っていることにはなるだろう。

わざわざ地方に休憩所など設けなくとも、一瞬で六角庁舎に戻れるのだが、何せ任那支社には、口うるさいものなどただの一人もいないのである。

自然、憩いのひと時を楽しむことになり、用も無いのにそこで仮眠をとるためだけに行くことさえあるのだ。

「お申し付けのあった日本人女性に関するお取り扱いでございます。」

お京の言う「任那の件」とは、その女性の件であったのか。

無論大和商事の話なのだが、先般日本で採用した婦人が本人の希望もあって任那に赴任しており、その優秀な勤務実績にも鑑み、その社主室の近辺に転任させたのは確かに自分だ。

何せ、支社の最上階で唯一の生身の人間なのだ、ヒューマノイドと語るより、余ほど落ち着く。

「何か問題でもあるのか。」

「いえ。」

「何かあるなら、はよう申せ。」

「恐れ入りますが、現在のままでよろしゅうございましょうか。」

「問題が無いのなら、それで良いではないか。」

ここで迂闊なことを言えば、おふくろさまが過剰に反応して、また途方も無いことをやりかねんだろう。

それでなくとも、その女性に裏でいろいろと焚きつけてる気配まで感じるのだ。

「承知致しました。」

「うむ。」

「先ほどお命じ下さいました件は滞りなくあい済みましてございます。」

舞姫にプレゼントを届けたという。

小切手の額面までは指示した覚えは無いが、この私の恥になるほど過小な金額でなかったことだけは確かだろう。

「うむ。」

「ところで、明日(みょうにち)もご出立あそばされましょうや。」

索敵行のことだ。

「そのつもりだ。」

「お帰りまでにはデータの整理も多少は進んでおりましょうし。」

「そうあって欲しいものだ。」

とにもかくにも敵の戦艦の行方だ。

相手の戦力にもよろうが、万一、不在中に攻撃を受ければ流石の秋津州軍も相当な損害は免れまい。

その前に是非ともその所在を確認したいものだ。

前回の時の様子ではその戦艦には非戦闘員の姿は無く、それがそのままであれば、見つけ次第躊躇無く処置することも出来よう。

最悪の場合、予期せぬ遭遇戦を闘うことになるだろうが、後患の憂いを払拭するためにも躊躇している場合では無い。

こちらが先に発見しさえすれば全て解決するのだが、愛するものたちを守るためにも、見敵必殺、如何なる流血を見ようとひたすら殲滅あるのみだ。

昨日までのおのれとは明らかに違っていた。

守るべき者の輪郭が心に鮮明に浮かび、迫り来る戦いを前にして、全身に沸々たる闘志が漲って来るのを覚えていたのである。

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  1. 2008/06/08(日) 16:52:03|
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自立国家の建設 132

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ところが、一方で、若者にとってまったく意外なことが進行していたのである。

みどりたちが、しきりに最終兵器と呼びたがるあの舞姫の身の上にだ。

国王が供のものを引き連れて瞬時に帰館して行って程なくしてのことだが、その舞姫のもとを淑やかに訪れた美貌の者がある。

ホテル側が驚いたのは無論その美しさにあったのでは無く、それがつい先ほど王とともに引き上げて行ったばかりの女性秘書官その人だったことだろう。

だが、その装束だけは全く異なっていた。

同様に颯爽たるビジネススーツ姿ではあったが、その色合いもデザインもまったく異なっており、良く見れば靴や髪形まで違っていてその点では別人と判断するほかは無い。

まして受け取った名刺に、大和商事秘書室迫水弥寿子(やすこ)と謳ってあるところを見ると、どうやら一部のメディアに登場したこともある例の双子の姉妹のかたわれであるらしい。

無論、ホテル側が緊張しない筈は無い。

その凄艶なまでの美女が形式上民間人となってはいても、秋津州と言う国家の成り立ちから見て、王家直属の臣下であることに違いは無いからである。

しかも、その来意はホテル側にとって、或いは舞姫本人にとってこれ以上無いほどその望みに敵ったものだったのだ。

何せ、開口一番国王の意を受けて使者に立ったと言い、舞姫に真摯に謝意を述べたばかりか、大枚のプレゼントまで差し出したのだ。

帝王のプレゼントであることは紛れも無い。

いきさつから言って多少気落ちせざるを得なかった舞姫が、俄然狂喜したことは想像に難くないだろう。

少なくともおのれの演じた懸命の舞いが、いや、本来恥多きものである筈の一人遊びが、あの魔王の意に敵ったことだけは確かなのだ。

ましてこれが初めてのプレゼントである以上、魔王の帰り際の一言が単なる社交辞令でなかったことが鮮やかに証明されたようなもので、その心中に住まうものが一層激しく燃え盛ったのも無理は無い。

女は湧き上がる喜悦の中で、今さらながらそのことを思い出していた。

あのときの魔王は、確かに「今日はまことに良いものを見せていただいた。今後も一層のものを望んでおるぞ。」と仰せい出されたのだ。

「今後も一層のものを望む。」と仰せられたのである。

この場合の一層のものとは、言うまでも無くおのれの性欲をおのれ自身で満たす行為のことを指しており、すなわち「それ」を一層望まれていることになる。

今後も更に一層懸命に演じて見せよとの御諚(ごじょう)であることに違いは無いだろう。

思い起こせば事前に齎されたあのご依頼は、頃合を見て他のものを遠ざけ、二人だけの空間を作り出すことだけであったが、よって来(きた)るべきものについてはわざわざ断るまでもない筈だ。

子供ではないのだ。

世界の帝王が、秘書官の口を借りたにせよ、この私と二人切りになりたいと仰せなのである。

遂に来るべきものが来たと思った。

胸のときめきは最高潮に達し、そのことが齎したものは自分でも驚くほどの激情であって、それが止め処も無いほどの欲情を呼び起こしてしまい、あの方の視線を感じれば感じるほど益々それが高まった挙句、眠っていた淫らなけものを一気に目覚めさせてしまったのだ。

そのけものを最も強く揺り動かしたのは、あの方の熱い視線であった筈なのに、哀れなけものの願いが拒絶に会ってしまったとばかり思い込み、今の今まで、身の置き所の無いような気分さえ味わわされてしまっていたのである。

他の者には知られていないことがせめてもの救いではあったにせよ、あの方の口からいつなんどき漏れてしまうか知れたものではない。

それがどうだ。

あの方は淫らなけものをお嫌いになるどころか、一層のものをお望みであることが今改めて明らかになったのだ。

先ほどまでの憂いが全て消し飛んでしまったばかりか、それまで抱いていた負の要素がとんでもない大逆転劇まで演じてくれたことになる。

やはり、あの方だって紛れも無く一人の男だったのである。

さらに女を喜悦させたのはそのプレゼントの真の中身だ。

問題の女性秘書が恭しく差し出した封筒から出て来たのは、額面十万円(秋津州円)のチケットであったが、その額面の多寡はさて置き、それに添えるようにしてわざわざ舞姫自身の希望を尋ねられたことが一際重大であったろう。

(筆者註:秋津州円の十万は日本円では概ね三千万にあたる。)

そのお尋ねは即ち帝王ご自身のお尋ねである筈で、それもこのいきさつでわざわざのお尋ねである以上、それを叶えてくれるお気持ちがおありになるからに違いない。

そのお気持ちも無いままに、わざわざ望みを言えなどと仰る筈が無いのである。

途方も無い歓喜が湧き上がり、同時にあの方の望んでいるものが鮮明に思い浮かび、下半身のけものに再び強い疼きが走ってしまったほどだ。

そもそも戦士の望むところは、偏(ひとえ)に魔王の懐深く飛び込んでワシントンの意に沿う情報を取り、あわよくばその恩寵を蒙って帝国の世継ぎを生すところにある。

一意に目指すところは、言うまでも無く帝王の寵姫(ちょうき)の座そのものなのだ。

そして今、そこに上る階段に片足をかけた。

歓喜の中で想う事はさまざまだ。

帝王の来し方(こしかた)を見るに付け、その寵姫の座はさして多くはない。

希少とさえ言って良いほどだ。

それなのに仲間たちや関係者たちの口振りで行けば、その獲得レースは熾烈を極めているとされ、実際にエントリーしている者の数はどんなに少なく見積もっても千を超えていると言う。

現にワシントンの意を受けて参加している者だけでも、二桁ではきかない筈だと聞いており、任那や秋桜にも広く配備されているらしいし、一部の戦士などは日本の地にまで網を広げていると聞いてるし、実際このロイヤルホテルを主戦場にしているライバルだけでも二十人は超えているだろう。

あの方専用のロイヤルルームでお酌を任されてる人とか、カジノのカウンター当たりを受け持っている連中なんかにも、とても敵わないような美人がいるし、とにかく、信じられないほどの競争率なのだ。

幸か不幸か未だ鉢合わせしたことはないけど、ほかの国からも大層な戦士が挙ってエントリーしてるみたいだし、中国やロシアなんかでは、本国で完成させた陛下専用の迎賓館みたいなところに、それこそ国中から掻き集めてきてすごい特訓までやってるらしいけど、このあたしだってダンスとか日本語の会話だとか、そのほかにも結構厳しい特訓を受けて来たんだし、みんなレースに勝ち残るためなんだから、そのくらい当たり前よね。

負けるもんか、こうなったら絶対勝ち残ってやるんだから、みんな見てらっしゃい。

孤児として施設で成長し、それなりに辛酸を舐めてきた惨めな青春を、きっと何倍にもして取り返してやるんだ。

ちょっとした小銭に手を出しただけで警察に引っ張られて、散々いたぶられちゃうような生活なんかとはこれで永遠にお別れね。

あたしだって好きで泥水ばかり啜って来たわけじゃないんだし、こうなったらその頃散々ばかにしてくれた連中なんか、この足元にひれ伏させることだって出来るんだから。

あれを思いこれを思いする内に、絢爛たる夜会服に身を包んで、リムジンから颯爽と降り立つ自分の姿が心に浮かんだ。

目の前にはいろんなヒトが跪いて迎えてくれていて、そこには、有名な上院議員とか州知事の顔に混じって、未だ十三歳だったこのあたしを警察の中で暴行した警察官の姿まで見えるのだ。

ちくしょう、忘れるもんか。

このけだものにも、絶対後悔させてやるんだ。

この州知事だってハゲのインポのくせに、あたしを床に跪かせてよだれを垂らして喜んでやがったくらいだし、変態のケチのくせに、まるで汚いものでも見るみたいにしてたこの上院議員だって、今じゃ憧れの目で仰ぎ見てるじゃないか、なんだか体中がぞくぞくして来ちゃう。

いいこと。もう、このあたしを跪かせることが出来るのはあの方だけなんだからね、良くおぼえてらっしゃい。

とにかく、こうなったらあの方を絶対逃がしちゃいけないんだし、そのためなら、何だってやってやるさ。

あの方は自分にとって魔法の杖なんだと思った途端、あの方に色んなカタチで奉仕してる場面が目に浮かび、痺れるような快感さえ感じてしまっているほどで、その機会を一日も早く、そして一度でも多く掴まなくちゃいけないと改めて心に決めたのだ。

そうして魔法の杖を手にしたら、散々味わった惨めな想いを百倍にして返してやるさ。

危険な欲望で際限も無く膨らんだ風船が高々と浮揚を始めている今、女性秘書とのやり取りが、その望みに沿って運ぶことになるのも当然の成り行きではあったろうが、無論その内容は若者の知るところでは無いのである。


また、一方で東京の横山葉月のもとにも、第一報としてみどりから息せき切った電話が飛び込んで来ていた。

その件で、言わば勅使として吉川桜子が訪れる筈だが、異存があるかと言うのである。

聞けば全てローズ姫と同等の扱いだとは言うが、そう言えば王宮住まいのキャリアならあの娘(こ)の方が上なのだ。

文句を言うとしたら、反ってあっちの方だろう。

国王の閨の中で二人の少女が並び立つと言う構図に関しては、心中複雑なものが無かったわけではないが、サロンのかねてからの総意から言っても今さら異論など述べるべくも無く、無論否やは無いと応えた。

ただ、しきりに胸の中が波立ち、あらぬ想いが脳裏を駆け抜けて行ったことだけは確かで、しばらくの間動悸が収まらなかっただけなのだ。

思えば母子ともどもに久しく望んでいたことだったには違いないが、それにしてもあまりに急な話だったことでもあり、しかもあの国では一夫多妻が普通で、多い人なんか六人も七人もお妾さんがいるって聞いてるし、あれやこれやのことが頭の中を駆け巡り、花嫁の母としては一瞬うろたえてしまったのも已むを得まい。

直後に吉川桜子を公式な使者として迎え入れ、娘が秋津州の正妃の座についたことを改めて耳にするに及び、一番に憂えたのは正妃の母親たる自分の今の職業であったと言って良い。

いっそ店仕舞いして、この際娘のそばでひっそり暮らそうかとまで考えたほどだが、陛下は、逆に正妃の実母に酒の相手を望むのは不謹慎の謗りを受けることの方を憂えているくらいだと聞き、今後も同様に酒の相手を望んでおられるご様子でもある。

しかも現に、国王の母親の如き処遇を受けているみどりママの前例まであるくらいで、結局、秋津州王家にこの手の職業を忌む気配などさらさらないらしく、少なくとも陛下が、この点では現状維持を嫌っておいでになるわけではないのだろう。

ご使者の懇切な物言いは充分な説得力を発揮して、不安材料の一つが苦も無く解消したことにはなったが、その直後に娘の携帯電話に掛けた結果驚くべき事実まで知ることになるのである。

なんと、大胆にも枕まで抱えて陛下の寝室に押しかけたのは他ならぬ娘たちの方だったと聞くに至っては、もう、何も言うことは無くなってしまったと言って良い。

挙句、その口振りでは、自らの下着を自ら剥ぎ取ったのも何もかも相談づくであったらしく、少なくとも、入室する前に二人してその意思を確認しあったことだけは事実のようであり、そこまで聞けば、開いた口が塞がらないとはまさにこのことだったのである。

娘に言わせれば互いに抜け駆けは無しよと相談したまでのことのようだが、言わばまんまとしてやられたあの若者が哀れにさえ思えて来るほどだ。

何でも徹夜明けの若者は前後不覚に熟睡していたらしく、娘たちの勝手気侭な振る舞いにもその両手が従順に反応を返すばかりで、言わば一方的におもちゃにされながら、ひたすら白河夜船(しらかわよふね)の体(てい)であったらしい。

まったく、嫁入り前の娘のくせして、聞けば聞くほど呆れるほどの悪ふざけを仕掛けた気配であり、殿方の一番大切な箇所にまで代わる代わる触れてみたと言い、しまいには陛下の手を自分たちの体にまでわざわざ導いたと言うのには、もう呆れ返ってものも言えない。

尤も、側についてる女官たちから、折りに触れてその手のことも特別の指導を受けてたくらいだから、その点では二人共もう並のおぼこ娘じゃないとは思うけど、何しろ肉体的には全く未経験の乙女たちなのだ。

今夜にも訪れる破瓜(はか)の痛みに驚きゃしないかと心配したけど、そのことにも充分自覚があるようだし、今さら口を出すことでも無いだろう。

考えれば考えるほど娘たちの行動力には驚かされたけど、思えばこのあたしが「行動」したときなんか、今のローズちゃんよりもっと若かった筈なのだ。

そう考えれば、うちの咲子なんかもうハタチなんだし、それこそ年に不足は無いのである。

しかも今回のことは、陛下ご自身が二人共手放したくないと口走ったことがきっかけだったらしく、今までずっと計りかねていた王の真意がそうであると耳にしたからには、最早遠慮は無用とばかりに、溢れんばかりの自信を持って討ち入ったとさえ言うのだ。

その結果が思うだに無残な悪ふざけに発展してしまったのだろうが、それもこれも娘たちが自分から望んでしたことなのだから、これから何があろうと、こちらから苦情など言えた義理では無いだろう。

突然寝込みを襲われてうろたえる国王の顔が一瞬目に浮かびはしたが、そこまで聞けば娘たちの度胸には、反って喝采を送りたいほどの心境になってしまっているくらいだ。

あとは、王家のしきたり通りにことが進行するのをただ見守るほかは無いが、母親としてこれと言った嫁入り支度の用意も無い今、その意味でもみどりママとの連携がますます大切になってくる。

何しろ、王家の奥向きに限っては絶大な権力を持つヒトなのだ。

娘の幸せのためにも、早速出かけて行って教えを請わねばならない。

とにかく、ちょっと思ってみただけでもいろんな心配事が次から次へと湧いてきてしまい、その善後策を考えてやるのは、どう考えたって母親の役目なのだ。

いくら片親だからって、まさか、何一つ持たせぬまま、文字通りまったくの身一つで嫁がせるわけにもいかないのである。

第一、娘自身が肩身の狭い思いをするだろうし、その件だけはみどりママのアドバイスが是非とも欠かせない。

今後どんな成り行きになるにせよ、少なくとも奥向きの権力者の裏判だけは取っておくべきなのだ。

ママの場合、店も自宅もすぐ隣のビルなんだし、こうなったら、もう店どころの騒ぎじゃない、開店前の時間を利用してご報告かたがた早速出かけてみることにしよう。

尤も、常日頃のサロンからの口うるさい攻勢もあって、二人分の嫁入り道具だけは、かなり豪勢なものばかり、とうの昔に整えられていることも充分承知しており、これ以上何を用意してやったら良いのか、あれこれと思い惑うばかりだ。

また、後の話ではあるが、この嫁入り支度に関しては、一方のローズの方が実家を持たない身であることを慮り、横山家の方も自前のモノは一切用意しないことで清く決着を見ることになるのである。

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  1. 2008/06/13(金) 10:31:32|
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自立国家の建設 133

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一方で、タイラーもその本拠たるオフィスで刻々と報告を受け続けていた。

作戦の指揮官としては当然のことで、報告者は無論ホテルの責任者クラスであり、殊に獲物が舞姫と二人だけの時を持ちつつあるところからは頻繁に報せを受けており、その報告を信ずる限り、少なくとも最も高価な獲物が今罠に落ちたことだけは確かなのだろう。

要領を得ないところもあるが、二人切りで過ごしたのは精々十五分程度でしかないらしく、魔王が電光石火で打って出たことは確かだ。

未だ若いんだから無理も無い。

秘書官を通じて「要請」があったと聞いた時点で少なからず成功を想ったが、無論肝心なのは今後の展開だ。

全ては、敵の懐にどの程度まで飛び込めるかに掛かっているのだ。

あの猛獣を骨抜きにして思うさま操縦出来れば理想だが、そこまで甘い相手でもあるまい。

あの男の恐ろしさは、私自身が骨身に沁みているほどであり、こちらの意図など、全て承知の上で動いている筈だ。

その後さまざまに現場とのやり取りを交わし、そして何度目かの報せの中で、王家の使者の到来を知り、今また舞姫とその使者が密談中であることを知った。

誰も入室させないと言う。

そう聞けば、益々ただ事では無い。

期待は膨らむばかりだったが、次の具体的報告までには皮肉にも相当の時を要した。

舞姫は密室から出て来はしたが、密談の内容までは明かさないと言うばかりでまったくいらつくこと甚だしい。

とにかく、使者を帰した後の舞姫の様子が尋常ではないと聞き、当人からの直接の報告を命じたが、いま改めて大和商事から電話が入っていて通話中だと言うばかりで、一向に埒が明かない。

無論、内容などかけらも聞こえて来ない。

非常ないらだちと怒りの中でひたすら待つほかは無かったが、やがて待ちかねたその相手から直接電話が入ったのは灯ともしごろになってからであった。

しかも、呆れたことに開口一番、任那の秋津州ロイヤルホテルに専用の特別室が必要になったとのたまい、当然のことのように十部屋以上もある最高のスイートをお望みで、それも、まるで宣言しているかのような口振りなのだ。

そのホテルにしてもその名称が語る通り、この八雲の郷のものと同様にワシントンが隠れたオーナーであり、そうである以上どうとでもなると思うのだろうが、それにしてもその自信に満ちた物言いは、昨日までのそれとは明らかに一線を画しており、その点でもこの戦士が成功の端緒を掴んでいることは想像に難くないのである。

戦士の口から明白な勝利宣言こそ出て来ないが、この「谷間の百合作戦」が一大戦果を齎しつつあることだけは、最早疑いようの無い事実ではあるのだろう。

それにしても、その物言いはいちいち天から降ってくるような勢いだ。

苦々しい思いで一杯だが、ハイスクールさえ満足に出てない筈のこの小娘に、まるで女王さまのような物言いをされてもひたすら耐えるほかは無い。

何せ、王家の使者からの電話があってその直後のことである。

戦果の詳細は不詳であるにしても、薄暗い谷間に鮮やかに花開いた鬼百合が毒々しい花粉を撒き散らしつつ、とりあえず任那のロイヤルホテルに舞台が変わるだけだと高々と宣言しておいでだ。

そのホテルは、任那の大和商事ビルにも程近いところにあって、既に一年の余も営業を続けて来ている今、この世界でも十指に入るほどのステータスを誇るまでになって来ており、誰が見ても堂々たる高級ホテルだ。

その最高級スィートともなると、予約にしても相当先まで埋まってしまっている筈で、しかも長期間押さえるとなるとそのコストも尋常なものではないが、そんなことを言ってる場合では無いのである。

女王さまの要求通り、早速手を打つことにしよう。

何せ、嫌なら別にいいのよ、と言わんばかりの口振りで、その場合は、こっちとの契約を断ち切って、敵の陣営に転がり込むとでも言いたげだが、敵さんだってそこまで甘くは無いだろう。

何せ、あの女帝が仕切ってる筈なのだ。

百歩譲って敵さんがそこまでの甘ちゃんであったにしても、こっちの女王さまには、売春ばかりか度重なる窃盗と言う極めて反社会的な前歴まであり、しかも自ら積極的に応募した工作員なのだ。

その点、国家に父母を殺されて突然孤児にされてしまった挙句、工作員として一方的に利用されかかった美少女の場合とは根本的に違うのである。

仮にあの女が秋津州の翼に抱かれて表舞台に躍り出ようとすれば、社会的に葬ってしまうことも容易であり、そのことを知れば流石の魔王もリスクを恐れて及び腰にならざるを得まい。

但し、世継ぎを生んで国母の地位につけば又話は変わってくる。

そうなれば、負の歴史を全て帳消しにして余りあるほどの大逆転劇を演じることも可能だが、先日他の数人と共に強制的に受診させた特別の健康診断の結果が今届き、その特別の私信によれば、先天的か後天的かまではさて置き、哀れにもその可能性が全面否定されてしまっている。

妊娠する能力そのものが全否定されてしまっている以上、世紀の大逆転劇への途も完全に閉ざされたと言う他は無い。

まったく、運命とは皮肉なもので、問題の私信もつい今しがた秘書が持ってきたばかりで、その鬼百合自身と通話のかたわら、ざっと目を通して驚いてしまったほどなのだ。

まあ、いつかは耳に入るだろうが、いまわざわざその闘志を無駄に殺いでしまうのも得策では無いだろう。

一瞬でさまざまなことが胸をよぎっていったが、何も知らない女王さまの鼻息は相変わらずで次々と要求が飛び出してくる。

いきおい備品や舞台衣装についてもさまざまなお申し付けを頂戴し、女王様は意気軒昂たるものがある。

演舞用のスペースなどは今度の場所にも当然用意されるべきものであり、バックダンサーなどの要員にしても望みに任せよう。

お気に入りらしいフロア係りの女どもなどは、女王さまから見れば付き人扱いなのだろうが、付き人自身が満々たる闘志を抱(いだ)く戦士である以上、こればかりは直ぐにも反乱が起きてしまうことは目に見えている。

しかし、それらの道具立ては、全て世界の帝王が望んでいるものだと示唆されればぐうの音も出ないのだ。

特別なソファや奇妙な家具や道具までいちいちオーダーが出揃い、女王さまのイメージが途方もなく隠微に膨らんでいることを知ったが、基本的には作戦の企図に沿ったものばかりであり、指揮官としては文句のつけようも無い。

中でも特殊で風変わりなデザインの机や椅子の場合など、その使用場面を想像して思わずにんまりしてしまったほどで、あの鬼百合がイメージするひたすら隠微な戦術が偲ばれていよいよ頼もしい。

流石に豊富な経験を持つだけのことはある。

十四・五歳の頃からいろんな趣味のヤツを相手にしてきたんだろうが、よくもまあこれだけのツールを思いつくもんだ。

さっきからFAXで送られてくる下手な絵を見てると、見たことも聞いたこともないようなものまで飛び出して来る。

恐らく、CIAから出向してきてる連中を通すのが早道だろうが、九割方揃えるだけで半月はかかるだろうし、残りなんかはオーダーメイドでやるしかあるまい。

しかしまあ、これだけのものを駆使してお相手をしようと言うのだから、一線級の戦士であることだけは確かだ。

さまざまな小道具が並ぶその戦場はさながらオトコの楽園そのものであり、世界の帝王が尻尾を振って通い詰めてくれることを願って、コードネームは「皇帝の間」と名付けることにしよう。

流石に運転手付きのリムジンまで要求されたときにはムカッと来て、一瞬怒鳴りつけたい衝動に駆られはしたが、必死に堪(こら)える他はなかったのである。

いずれにしても、こう言う女だ。

そのうち何を言い出すか知れたものではないが、叩けばいくらでもほこりが出て来る体だ。

いくらばかでも、決定的な裏切り行為に繋がるようなことでもあれば、帰国させられることは勿論、一切の特権的条件を全て失った上に、陰に陽にさまざまな報復的手段が講じられて、しまいには路頭に迷うくらいは知ってるだろう。

国家の安全保障に関わるほどの案件で祖国を裏切れば、抹殺されることすら珍しく無いのである。

あのばか女にいざと言う場合の人質になるような係累が無いことだけが不安材料ではあるが、報酬の出し惜しみさえしなければ、この「谷間の百合作戦」の行く手には洋々たる前途が待ち受けている筈であり、遠大な「荒野の薔薇作戦」など今や地平線の彼方に遠く消えて行ってしまった。

胴震いまでして来たが、とにかく、悠然と大海を泳ぐ大魚がいま餌に喰い付いたのである。

餌自体の功績は認めるが、それなりの対価も支払って来てる筈で、餌は餌としての分を弁え、あくまで日陰の存在のままに、我がワシントンの行く手に少しでも多くの光を灯してくれさえすればそれで良いのだ。

早速にも緊急レポートの作成に取り掛からねばならないが、あの鬼百合の花弁が禍々しく口を開いて、獲物を見事に銜え込んだことは欠くべからざる一項になるだろう。

自らキーボードを叩きながらその光景を想像し、密かにほくそ笑まずにはおられなかったのだが、なんと言っても久々の大戦果なのだ。

それを思えば、大抵のことには目を瞑らざるを得ないだろうし、流石は磐石の自信を持って起用した鬼百合だ。

あの凄まじいばかりの色香にかかれば、流石の魔王も形無しだったとみえる。

タイラーはその威力にひたする感服するばかりだったが、実際には、その鬼百合がご披露申し上げた特別の演舞が、ヤマトサロンの総帥たるものの危機感を煽りに煽った挙句、それが廻りまわって天女の背中を強力に押しやる効果を発揮したなどとは、思いもよらないことだったのである。


更に言えば、近頃はある重要な課題を抱えて懸命の交渉に望む段取りを構えつつあり、先ほどから例の女神さまとやり取りを交わした結果、明日のご来駕が確実視されるに至っているのだ。

何せ、我が国は国軍の司令部機能をごっそりとこの地に移してしまおうと言う構想を持ち、ホワイトハウス自身がいよいよその腹を固めつつあるところなのだ。

それが実質的に国連軍の中枢を兼ねているものである以上、本来米本土に腰を据えているべきものなのだが、この際それを思い切って秋津州国防軍の身近に置かせてもらうことによって、その指揮下に置きたいと考えたからに他ならない。

我が栄光の国防軍が秋津州軍の指揮下に入るのだ。

それが実現すれば、そこから米本土の形式上の国連軍総司令部に直接作戦命令を発することになるのである。

迫り来る宇宙戦争において実効ある迎撃戦を行い得るものは、天下広しといえども秋津州軍のほかに無いことは、専門家の間ではとうに常識となっている今、この件ではペンタゴンはもとより、ワシントンでもほとんどの要人が歩調を揃え、魔王の心中を推し量って恐れ戦いていた連中までが近頃では賛成にまわっているほどで、最早反対論は制服組の中にごく少数を残すのみだとされているのだ。

中露その他の衛星圏に至っては、駐屯中の秋津州軍の指揮を仰いでいる実態が既にあるとされており、そこに来て我が国のこの動きが知れ渡れば、英仏独軍なども雪崩を打ってそれに倣うだろう。

何しろ、いずれもが単独では対抗し得ないほどの強敵が、それこそいつなんどき押し寄せてくるか判らない事態を迎えているのである。

先日日本の地を訪れた国防相が洩らしてくれたが、あの特異な同盟国が驚くほど毅然とした対応を見せたばかりか、その国は国家警務隊と言う軍を持ち、その麾下に最も風変わりな女性軍を従え、領空と言う概念をはるかに超えるほどの高空にまで既に警戒網を張り巡らせていると聞いた。

その風変わりな女性軍は、その国の法制度上、一人の日本人青年が寄贈した機械設備と言う体裁を取っているとは言うが、いずれにせよ、恐るべきあの強敵に対抗し得ると言う視点に立てば、あの同盟国は今や秋津州とともに希少な存在になっており、その鼻息も一段と荒くなって当然だろう。

我が国も、いつまでも過去の栄光にばかり縋っていては、いずれ典型的な亡国への道筋を辿らざるを得ないことは明らかで、全ては女神さまの反応を見てからのことになるにせよ、少なくとも秋津州の翼下に抱かれることを自ら進んで望んでみせるのだ。

その反応が悪かろう筈は無いのである。

とつおいつしながら、ワシントンに最新のレポートを送信し終えたとき、新たな電話が入った。

鬼百合本人からだと言う。

出てみると、女王さまは直ぐにでも任那にお移りになりたいらしく、聞けばこの八雲の郷にいては陛下のお渡りが望めないからだと主張しており、例の帝王の間の準備が整うまでは、多少レベルは落ちても同じホテルの別の部屋で臨時営業するお覚悟のようだ。

まあ、その程度の部屋なら何とでもなるだろうからと、早速女王さまお移りの手配を命じたが、そこへ今度は現場責任者から別の報告が入ったのである。

どうやら女王さまは重大情報を隠蔽している気配だ。

何でも、つい今しがた例のお使者が再び訪れ、今度は鬼百合自身の部屋へ直行したばかりか、何やら重大な届け物をした筈だと言う。

何せ、あの美貌のお使者が、入室の際には意味ありげなアタッシュケースを提げていたのに、帰途には手ぶらだったと言うのだから騒ぐのも当然だろう。

現場管理者は直ぐに鬼百合本人を問い質したが、案の定言を左右にしてさっぱり要領を得ないので慌ててご注進に及んだものらしい。

報告者はまさか拷問に掛けるわけにもいきませんしと言うので、早速鬼百合本人に連絡したところ、流石に観念したと見えて意外に素直だったのにはいささか驚かされた。

その結果、現場責任者にアタッシュケースの内容を開示させることを得た。

例の窓の月が入っていたのはほぼ予想通りだったが、そのほかにも実に奇妙なモノが出て来たと言う。

直ちに送らせた実写映像もこの目で確かめたが、真っ黒で不気味な無機質感を湛えたその直方体は、見た目と違って驚くほどに軽く、念のために計測してみると不思議なことにその重量が一定せず、五百グラムかかるかと思えば、甚だしくは二十グラム以下でしかない。

ひたすらのっぺりした表面には何処を捜しても鍵穴や蝶番(ちょうつがい)どころか、繋ぎ目すら見当たらず、耳元で揺すってみても何の音も聞こえないし、自然中身を見ることも出来ないと言う。

言わば大き目のティッシュペーパーの箱のようなもので、前後の二面だけが一辺を十センチほどとする正方形を成し、箱としての長さが三十センチほどもあり、無論何かの容器ではあるのだろうが、鬼百合自身はその開け方さえ知らないと言うから、そんな筈はないだろうとつい声を荒げてしまった。

だが、改めて聞いてみると、開け方なんか知らなくても、箱も中身も全部自律的に作動するからまったく支障は無いと言われていると言う。

結局、謎は謎のままなのである。

いずれにしても、秋津州の新兵器には違いあるまい。

直ぐにでも現物をワシントンに送りたいところだが、いきさつから言って得策で無いことは明らかであり、あとは鬼百合の口から吐かせるよりほかは無い。

やがてしぶしぶ白状したところによれば、その箱は密室で魔王と会う場合にはその室内のいずれかに置くべしと指示されており、いざそれが機能するときに途惑う事無く目的を完遂すべく、若干の説明だけは受けていると言う。

一言で言って、その箱の中身は冷凍保存機能を具えた精子採取機であり、新兵器は新兵器でも、信じ難いほどの機能を具えたダッチワイフそのものではないか。

まったくふざけた話ではあるが、その名も「レディ」だと聞いて一瞬爆笑してしまったくらいだ。

しかも、レディは自在に飛行して機能すると聞き、男の一人としてその形状や機能についても大いに興味が湧くが、それを使用することに協力を求められた女はいたくプライドが傷付き、出来れば誰にも知られたくなかっただけのようであり、そこに問題は薄いがこっちの戦術的興味は全く別のところに芽生えることになった。

過去の事例に鑑みて、女帝の意図を濃厚に嗅ぎ分けることが出来ている今、恐るべきことながら、敵がとうの昔に戦士の持つ生殖機能の問題点に気付いていたことを知ったのである。

当然、魔王自身もそれを知っただろう。

その結果が凶と出るか吉と出るか、それによっては餌の価値が著しく減衰してしまうばかりか、作戦自体が根底から変更を余儀無くされることになる。

まったく、今日はことの多い日だ。

隣室に命じてお茶にしようと思ったとき、そこで電話を取った女性秘書が、反感をむき出しにして「でかぱいのアン」だと言う。

その口調からは、軽蔑と言う感情まで匂って来る。

それはそうだろう。

教養のかけらも持たないくせに、妖艶なルックスを鼻に掛けてやたらに色気ばかり振り撒いて歩くような女なのである、胸も腰もがりがりの洗濯板で仕事一筋の女などからはどう考えても好かれる道理がないのである。

だが、アンはある意味特別のオンナであることは間違いない。

抜群のプロポーションを具え、しかもひたすら芳醇なあのボディを見れば、大抵のオトコがよだれを垂らして擦り寄って行く筈で、しかもあの鬼百合に勝るとも劣らぬ雪の肌を持ち、毒々しいまでに真っ赤に塗りたくった口紅やマニュキュアなど、その対象の妙は見ようによっては卑猥そのものと言って良いほどの眺めだ。

頭蓋骨の中身が全部その胸に移行してしまったような女ではあるが、これはこれで貴重な戦力であり、それが珍しくも直接の報告があると言う以上、ここは聞いて置いてやるべきだろう。

張り付いている相手があのタナカのことでもあり、その点多少の期待感が無いわけでも無い。

ところが、恐れ入ったことに開口一番カネの無心だ。

タナカから魔王を紹介してもらえることになったから、その報酬として日本円で二千万支払うのだと言う。

ばかやろう、あの魔王が側近のお下がりになど食指を動かすもんかと言ってやると、意外にもタナカとは一度もベッドインしたことは無いと言いだした。

以前の報告によると複数の実績があると言ってた筈だが、全てでまかせだったらしい。

しかも、芸の細かいことに小切手は半分づつ二枚にしてくれと言う。

領収書は要求しない建て前でもあるし、どうせ一枚は懐に入れるつもりだろうと思い、苦笑しながら小切手を切ったが、あっと言う間にすっとんで取りに来たのにはいささか驚いた。

でかぱいを弾ませ、真っ白い頬を高潮させながら駆け込んできたゼニの亡者には、くれぐれも話が具体化してから渡せと言って置いたが、大和商事の本社ビルで正体不明の人物と会うと言う点だけは気になった。

場所が場所なのである。

しかも、その相手とはタナカの口利きによって会えることになったと言い、女性であるとしか聞いていないらしい。

名前も知らずにどうやって会うんだと言ってやると、受付けで名乗りさえすればいいようになっていて、カネはその女性に手渡すつもりだと言うが、話の様子ではどうやらタナカからは手厳しく別れを宣告されてしまっている気配だ。

まあ、考えてみればタナカだって男のはしくれだ。

自分に接近して来た女が自分以外の男を紹介しろと言うのだから、そりゃあ、むくれない方が余ほどどうかしてるだろう。

まったく、大笑いだ。

だが話半分に聞いても、あの魔王の好むタイプは、唯一モニカの例を除けば、いずれも薄気味が悪いほど純白の素肌を持つ女ばかりであり、鬼百合の例から言っても満更あり得ない話では無いのである。

前王妃と言い、長らく王宮に部屋を持つ二人の姫君さまと言い、いずれもそうなのだ。

殊に今回の鬼百合の一件で強く感じたことがあるが、モニカやティーム・キャンディの当時の様子から見ても、魔王の性的情感に最も強く訴える女のパターンは、やはり下劣で卑猥な性的魅力であって、単に美しいだけでは最早飽き足らないのだろう。

それが証拠に、近頃専ら魔王の性欲を満たしている筈の女性秘書官のあの姿はどうだ。

以前の三人の侍女たちなどは、それはそれで神秘的な何ものかを感じさせるほどの美の化身ではあったが、惜しむらくは色気と言うものが足りない。

足りないどころか、近寄り難いほどの気品に満ちて神々しいばかりのあの美しさは、獣欲の対称とするには少々疑問が残るのである。

尤も、当時の魔王は未だ若かった。

若いどころか未だ少年と言って良い年だった筈で、そのため、それで充分だったのであろう。

しかし、ヒトは年を取り、同時に良くも悪くも経験を重ねる。

恐らく、若さを失いつつあったこともあり、あの三人では著しく刺激が足りなくなったはずだ。

そこで登場したのが、あの秘書官だ。

美しさばかりか凄艶なまでの色香を湛えたあの姿を見れば全て一目瞭然で、あれほどの女が一旦夜ともなれば、凄まじいほどの変身を遂げてあの男を魅了するかと思えば、胸の中に嫉妬の炎さえ燃え上がってくるほどだ。

その意味では、魔王といえども所詮ただの男でしかないのである。

幸か不幸かあの女が懐妊したと言う話は一向に聞かないが、あの女が秋津州人である以上、結局あの女が世継ぎを産めば誰も恨みっこなしで、それはそれで一番平和な途なのかもしれない。

あれを思いこれを思い、海の猪を肴に久々の美酒に酔いしれたタイラーではあったが、このとき、アンと似たような手法で大和商事の門を叩いた女性が複数あったことまでは無論知らない。

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  1. 2008/06/17(火) 12:38:47|
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自立国家の建設 134

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結局それは、大和商事と言う超巨大コングロマリットが行う言わば採用試験であったろう。

しかも、ここ二ヵ月半にわたって度々行われてきたものであり、その採用枠も女性のみの若干名となってはいたが、少なくとも五人や十人で無いことだけは確かだ。

これまでごく一部の特殊な例を除けば、その採用枠は秋津州人限定のように見られていたものが、今回の募集に限って国籍も不問とされていた上、三ヶ月と言う短期契約ながら、更新がなされない場合には半年分の手当てまで保障されていて、労働者側が自侭に退職した場合ですら同様だと言うのだから、ひやかし程度のものも含めればその応募者数は相当なものに上った。

そのありさまは、最早「殺到」と言うべきだったろう。

この動きは、八雲島の本社ばかりか、任那や秋桜や日本支社においても同時に進行し、打たれた募集広告にしてもかなりの回数に上っていたこともあり、多くの秋津州人の目にも留まったはずが、不思議なことに実際の応募者は「外国人」ばかりで、しかもその採用者たるやタイラー言うところの魔王の好むタイプの者が頗る多い。

この状況を見る限り、人工知能の企図するところは最初から明らかで、折角大切な主(あるじ)の本能が蘇りつつあるいま、最早手段など選んではいられないとばかりに、息せき切って露骨な強行策に打って出ていることになり、その結果女たちが配属された本社秘書室第二課の看板の裏側には、「帝王の子種(こだね)採集係りの詰め所」の文字が透けて見えてしまうのだ。

結局、不遜にもハーレムを形成して、少しでもその可能性を広げようとしていることになり、その点人権侵害も甚だしいのだが、ひとたび現実に目を向ければ、そのことをまったく想わずに応募してくる女性など先ず希れであり、それどころか、一度でも多くそのチャンスに恵まれることを望んで已まない者ばかりだ。

少なくとも秋津州国内で打ち出された採用条件には、若き大富豪の秘書として相応しいほどに「極めて容姿端麗」であるべきことが殊更に強調されていたほどであり、その点一つとっても真の職務内容を嗅ぎ分けることも容易であっただけに、応募者はいわゆるプロないしは、それに準ずるようなものが多くを占めざるを得ず、経験の多寡はさて置くにしても、少なくとも応募者の精神風土にそのような傾向が濃厚にあったことだけは否定のしようが無いだろう。

かくして、そのような傾向を持つ女性ばかりが殺到し、呆れたことに、採用者の中にはれっきとした外国政府の息の掛かった者まで多く含み、この点ではまったく見境無しだったと言って良い。

タイラーなども初期のうちから数人の選りすぐりに命じて応募させていたが、まさかタナカ担当のアンまでが、勝手にその路線に乗せられたとまでは知らなかったのである。

とにもかくにも、大和商事側が大量の応募者を受け付けて審査したことに違いは無い。

この動きは、帝王が鬼百合の妖しい魅力に惹かれ始めて以来大きく転がり出しており、当然その真の意図までは伏せられたまま進行したが、人工知能がここまでの方策を実行するのには当然それなりの理由がある。

何よりも、その機械的な演算機能が、大切な主君の大切な本能が再び貝のように閉ざされてしまう危険性ばかりか、永遠に失われてしまう可能性まで導き出しつつあったからであり、いきおい、おふくろさまの企図は不自然なまでにそこに傾斜して行かざるを得ず、その指令がいよいよ異常なものになっていって当然で、その結果普通ならあり得ないほどのことでさえ平然と行われてしまうことになるのである。

かくして数段階の新規採用が繰り返された結果、一時期には五十を超える女性が在籍するまでになったが、中には人工知能の採用基準から見て、多少疑問符の付く者も含まれていなかったわけではない。

現に日本においては法の規制するところもあり、あえて当人の希望に沿って、純然たる能力考課を以て採否を決定したケースもあったのである。

この場合、当人の希望する職種は純然たる事務職であって、少なくとも「帝王の子種採集係り」などでは無いことになり、おふくろさまの企図から見れば単なるロスに過ぎず、当然好むところではないのだが、殊に日本での募集においては、そう言ったカモフラージュも全く無意味であったとは言い難い。

無論その募集要項には時代遅れの「容姿端麗」の文字などは無く、本来の企図など全く伏せられてしまっており、いきおいそれに気付く事無く応募してくる者もあり、その典型例が、第一次募集の時点で早々と門を叩いた山川真奈美と言う二十九歳の婦人であったろう。

くどいようだが、彼女はごく普通の意味で純粋に職を求めて応募したことになるのである。

彼女は日本において日本語による採用試験を受け、その最終学歴が商業高校でありながら筆記試験において一人飛び抜けた成績を残した上、海外勤務に関しても最初から積極的に受容しており、ふた月ほど前に特別研修を終えて任那支社への赴任を果たしていたことになるが、その原籍はあくまで本社秘書室第一課とされ、この点秋津州人以外では唯一の例を示し、他の新人たちが全て第二課配属だったことからも一人気を吐く結果とはなった。

その個人宿舎も広大な支社ビルの中に洋風のものが豊富な家具付きで割り振られ、この点に限れば他の新人たちと肩を並べることになるとは言いながら、その職務内容はまったく異なるものだったのである。

他の新人たちは単なるお茶汲み程度の戦力としてしか看做されず、しかも日本語の読み書きどころか会話能力一つ取っても疑問符の付く者が少なく無い上に、日本人女性も二名採用されてはいたものの、いずれも輝くような若さと並外れたルックスを併せ持ちながら、折角の日本語が敬語一つ満足に使いこなせないため、来客の応接どころか、電話応対一つ任せられず無論満足な書類など作れよう筈も無い。

そのため全員がただひたすら艶麗に着飾って待機しているばかりで、普通の会社だったら、それこそ何しに出勤して来たのかと罵られても仕方の無いような状況があるが、結局独特の採用基準が優先される第二課本来の任務を想わざるを得ないだろう。

何せ、その看板の裏側には目には見えないながらも、一際墨痕鮮やかに、「帝王の子種採集係りの詰め所」と書かれてしまっているのである。

詰まりその「詰め所」に配属された者は、全て「その」専従要員と言って良い。

但し、万一その潜在的特殊任務を忌避しようと思えば、月棒の半年分の手当てを受けて直ちに退職することも可能とされており、決して強制されているわけではない。

まして、会社側からその「任務」の特殊な部分は一切明示されたことはなく、彼女達自身が勝手に忖度(そんたく)しているだけであって、明示的に達せられる任務は、只「待機」だけなのだ。

ひたすら美を磨き、艶麗に着飾って待機あるのみだ。

そして待機のさなかに齎される密やかな内部情報が、社主たる者のおおまかな所在情報を含むことがあり、その所在がそれぞれの赴任先の自社ビルであった場合などに、単に待機の義務が解除され移動の自由が与えられることにより、彼女達自身が自らの意思で自由に「移動」するだけなのだ。

現に、一部にその好機に「移動」を望まず、まったく移動しなかったケースもあり、それでなおそのことが本人の不利益に繋がることが無い以上、そこにも一切の強制性は存在しないことになる。

周囲を見渡しておのれの競争力の劣弱性を想って自ら辞表を出した者もおり、ひどい例ではたかだか一週間ほどの勤務実績しか持たなかったにもかかわらず、退職手当てとして月棒の六倍の手当てを受給した者までいたが、その場合ですら会社側からは何の干渉も受けた形跡は見当たらず、それを見て二十数人もが一斉に辞めて行ったほどだが、おふくろさまにとっては全て予定通りだったと言って良い。

詰まり、その専従者たちがいよいよ精鋭ばかりに絞られつつあることになり、それぞれの地の詰め所には戦闘意欲の希薄な者など既に数えるほどでしかない。

一方で唯一の例外である山川真奈美の場合、一般的な事務処理能力にかけては初期のうちでさえ優れた能力を発揮して見せた上、直後には同じ任那支社の中でもその最上階に位置する、社主室の次室詰めを仰せつかるまでになっていたのである。

社内的な正式名称は「社主秘書室」とされているが、その一風変わったオフィスは二百平方メートルものフロアを持ち、大小の個人用事務机が多数配備されており、その数だけで優に二十を超えていた上に、部屋の中心部を占領するようにして応接セットが四つも居座っている。

これだけの企業である以上、訪れる外来者をいざなうべき応接室など当然別にあり、それも、各階毎に少なくないものが用意されており、少なくとも現状でそれが不足することなどあり得ないのだ。

詰まり、その応接セットは通常の外来者用ではないことになり、赴任直後の真奈美が途惑ったのも無理は無いが、やがてしばらくしてからそこに座を占める者が何ものであるかを知った。

なんと、うわさに聞く第二課の連中だったのである。

妙齢のご婦人たちが、真っ昼間から例外なく厚化粧に際どい形(なり)で武装してぞろぞろとやって来るのである。

しかも、それは隣接する社主室にその主が入ったときに限られており、その連中は用も無いのにやって来て、井上閣下や迫水秘書官の厳然たる立ち姿を尻目に、ひどく怠惰な店を開いて見せるのだ。

その店で商う商品は言うまでも無いが、それぞれの商品は妖艶に磨き上げられて高値が付くのを今か今かと待っている風情であり、中には正視するだけで頬が火照ってしまうような実に挑発的な身なりの者までいて、内心驚いてしまったくらいだ。

唯一の顧客に売り込みを掛けようとして入室を申し出る者が殆どだが、それを黙って通してしまったのではこっちの仕事にはならない。

当然隣室にお伺いを立てることになるが、現時点で長時間の在室を許されたものは一人もおらず、みな揃って精々五分程度にとどまっているものの、連中は出来る限り単独での入室を望んで已まず、他の競争者と一緒に扱われることを極端に嫌ってさえいる。

湯茶を捧げて恭しく接遇するのは専ら新人の自分の役目だ。

自然いろんなシーンにぶつかったが、社主はご自分のデスクからお立ちになる気配すらお見せにならず、さまざまに羽ばたいてみせる派手なゴクラクチョウの姿を、ひたすら眺めておいでなのである。

中には怪しからぬ振る舞いに及ぶゴクラクチョウもおり、社主の直ぐ隣にまで身を寄せて、大胆にもその手を握る者さえいて、こちらが湯茶を捧げて入って行っても放そうともしない。

口惜しいけど、まさか熱いお茶を引っ掛けてやるわけにも行かず、ただ無性に腹が立ってしまって、その怒りがなかなか収まってくれないことも度々だが、それさえなければまったく理想的な職場なのだ。

実際の職務も未だごく簡単な書類作りを任されるだけで、滅多に鳴らない内線電話にすら出るチャンスは少なく、大抵の場合特別研修の際に配布を受けた教本を読み返す毎日だ。

その教本も一種独特なもので、聞けば秋津州の教育現場で用いられている歴史教科書をベースに作られたものらしく、秋津州の自然の慣習法や倫理感などもその骨子となっていて、殊に秋津州と日本の歴史に触れているページが目立ち、そこに記述されている事柄は、国策会社の社員たるものが斉しく身に着けるべき最低限の基本教養だとされている上、歴史を苦手としていた身には興味深い記述がふんだんにあって、改めて真剣に学び直しているが、現場研修と言う意味合いもあってか、その手の時間がたっぷりと与えられている環境ではある。

ただ、社主の在室が長引いてしまう場合若干名が居残りとなるが、職務上それも当然のことだ。

尤も、これまで極端に遅くなったことは一度も無く、本来の意味で勤務上の悩みは無いと言って良いが、近頃の自分にはそれ以外の特別の悩みが始まってしまっているのである。

それも、誰にも相談出来ない性質のものなのだ。

それこそ相談どころか、口にすることすら憚られることであり、自分にとって最大の悩みだと言って良い。


さて、それはそれとして、彼女の周辺事情に関しても多少の説明は必要だろう。

第一に、この大和商事任那支社の最上階の風景だ。

ざっと見渡したところで、この日本人女性とデスクを並べる者は二十人ほどのもので、しかも皆優秀で若く美しい秋津州人ばかりと来ている。

その上、特別のポジショニングを誇るその部署は社内でも憧れる者が多いとされており、そこに移った真奈美自身の給与待遇にしても、少なくとも新入社員のものとしては破格と言って良いレベルで、しかも採用時の三ヶ月契約と言う条件まで解除されてしまっている。

言わば、本採用になったことになるが、この人事も真奈美の持つ何ものかが若き雇用主の目に留まったことにより、若者自身がそれを希望したからに他ならず、そのことが真奈美の耳に入ったときには文字通り鶴の一声だったことになっており、いずれにしても、雇用主による恣意的な抜擢人事であることは明らかだ。

尤も、実際は必ずしもそこに深い意味があったわけでは無く、少なくとも真奈美が赴任したばかりのその頃は、支社において王の身辺を固めるものは、全てヒューマノイドばかりだったからに他ならない。

結局若者は僅かな時間ではあっても、どうせなら生身の人間にこそ接触したかったまでなのだが、特別の裁断によって行われたこの人事が、この日本人女性に与えた心的影響は決して小さなものでは無かった筈で、さまざまな意味でそのモチベーションを高めさせる上で、絶大な効果を発揮したであろうことは想像に難くない。

何せ、その雇用主たるや、完全無欠な百パーセントオーナーであると同時に秋津州の王でもあるのだ。

今や世界の王と呼んで憚らない人までいるのだから、その女性の心情や想うべしであったろう。

また、その人事に付いて主(あるじ)の意を受けた人工知能が、主君の意に敵った女性と看做したことも軽い結果にはなり得ず、おふくろさまの指示に接した京子の関心もひどく偏向したものにならざるを得ない。

とにかく、その女性は新規に採用された者の中では飛び抜けて高齢だったとは言いながら、一般的な意味では未だ充分な若さを維持した二十九歳であり、しかも、たまたまではあったにせよ、隠れた採用基準で言うところの外見上の特徴も過不足無く具えていたのだ。

その美貌も群を抜くと言うほどのものではないにせよ、目尻の切れ上がったくっきりとした二重瞼がときに独特の色香を放ち、近頃では積極的に装うようにもなって来ており、タイラー言うところの薄気味悪いほど色白であることと相俟って抜群のプロポーションが格段に冴え冴えしい。

胸も腰も充分に実っている上に体型の崩れも見られず、しかも腰のくびれ具合がまた尋常なものではなく、過去の多くを知る女帝が、主君の意に敵った理由はこれであろうと判断してしまったのも無理からぬことであったろう。

若者の舌足らずの物言いにも若干の責任が無かったとは言えないにせよ、秋津州の女帝が、第二課配属の女どもと同様の、特別の目的に沿ったパターンで改めてその身辺調査に乗り出したほどである。

そのときから数えて既に丸二ヶ月が経つ今、ご多分に漏れず膨大なデータが積み上げられ、日本人山川真奈美の身辺は短期間のうちに丸裸にされてしまったと言うべきで、それでなお彼女の来し方に人工知能の基準に反するものは見当たらない。

それどころか、まったく係累の無いところなどは、ある意味理想的でさえあったのである。

とにかく、おふくろさまの身勝手な価値基準は通常のものとは著しく乖離してしまっており、山川真奈美の場合はそのことが反って幸運に繋がったと言って良いほどであり、彼女の場合かなりのトラブルを抱え込んでいたにもかかわらず、それが全く障害とは看做されなかったことだけは確実だ。

その履歴を見てみれば、かつて多少の英会話能力を活かして小規模の貿易商社に勤務経験を持ち、取引先の社長の令息に望まれて結婚を果たしたが、夫の暴力行為が常軌を逸するほどのものであった上、その暴力によって十二週ほどの胎児まで流産させられており、結局たかだか百万ほどの慰謝料を手に婚家を出てしまっているが、その際夫側が婚姻の継続を頑強に主張したため思いの外係争が長引き、法律上の結婚生活は二年ほどにわたったとは言え、実質的なそれは一年そこそこのものであったようだ。

二十六歳にして独身に戻った彼女は、質素なアパート暮らしのかたわら近隣の中小企業に職を求めたが、そこの経営者から度重なるセクハラを受けて已む無く近場のスーパーに転職、そこでも上司から執拗なセクハラを受けて苦しんでいるさなか、別れた前夫が度々店に現れて嫌がらせを繰り返したばかりか、復縁を拒む彼女にあろうことか店内で暴力まで振るうに至った。

結局、不運な女が又しても職を失うことになるのである。

とにかく怨みと憎しみしか残さないような散々な結婚生活を強いられた上、丹波への緊急移住と言う非常事態にも遭遇し、苦痛に溢れた日常を送る中で接した今次の募集広告であったらしく、勤務地を国外に求めた理由もそのあたりにこそあるのだろうが、言わば早々に昇進を果たしたことによって、そこそこの俸給を得ている上に、今の職場ではセクハラにあうことなど皆無であり、一番の頭痛の種だった前夫の暴力からも逃れる事を得ていたのである。

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  1. 2008/06/19(木) 13:24:45|
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自立国家の建設 135

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無論彼女は開放感でいっぱいだったろう。

なんと言っても異国の空なのだ。

ときにとって今暮らす一の荘は六千平方キロと、かつての茨城県に匹敵する面積を持つ任那第一の首邑であり、任那を統括すべき政庁にしても付近に堂々たる構えを見せており、今では中心部ばかりか諸方に雲をつく摩天楼が林立し、外資系企業が数多く参入してくるに至り、居住する外国人(日米欧)にしてもこれまた膨大で、昼間人口は軽く二千万を超えたとされ、諸方の繁華街など連日織るような人出で賑わい既に文字通りの大都会なのである。

とにもかくにも、山川真奈美がそこで生まれ変わったような日々を過ごし、その日々が彼女にそれまで失っていた何ものかを急速に取り戻させつつあったことだけは確かだろう。

結局それはオンナそのものだったのかもしれず、現にそれが女性特有の体調にまで微妙な影響を与え、そのことが驚くほど瑞々しいものを齎しつつあり、その身ごなしなどは、ひたすら慎ましやかなものに見えてなお、ときに濃厚な女の香りを漂わせずにはおかないのだ。

髪を解いて街を歩けば、途端に若い外国人男性から声が掛かるほどで、それは、過去の職場で同姓からしばしば嫉妬の目で見られたものと等質のものと言って良いが、ひるがえって新たに得た職場では、その同僚がみな二十歳前後の美女揃いで、それこそ自分などでは及びもつかない。

室長の立場にある一番の古株でさえ未だ二十三歳だと言い、それでさえ例に違わず素晴らしい美貌の持ち主なのであり、その点では対抗する術(すべ)など初めから無いに等しく、それこそ妬まれるどころの騒ぎでは無い。

しかも、その上司や同僚たちがこの末輩の身を不思議なほど立ててくれて、十歳近くも年下の娘たちから何かと奉られ、まるで女王さまにでもなったような気分まで味わっているくらいで、自分の中の虚飾に満ちたあれこれでさえ、今では真実のものであるかのように錯覚してしまうほどだ。

尤も、かつて真摯に学んだ経験もあり、職務遂行能力についてはいささかの自負も無いではないのだが、現に周囲からも年齢なりの信頼をかち得ている想いまであるのだ。

近頃では社主のお世話係りに専任されてしまっている雰囲気さえある上、例のゴクラクチョウの件を除けば嫌悪感など全く抱(いだ)かずに済んでおり、それどころか、むしろ若き雇用主に接することで、ときに天にも上るような気分すら味わうことさえあり、密かに自分勝手な夢想の世界に遊んでしまうほどだ。

心の中の危うい部分がしきりにたゆたってしまうのである。

そもそもエリートしか任じられないと言うこの部署に移れたのも、期間限定の雇用条件が解除されたのも全てその方の専断があったればこそと耳にしており、それを想えば心の中はなおのこと波立つばかりだ。

果たしてどの程度に評価されているのかと密かに想いを巡らせることもしばしばで、いきさつから言って、少なくとも自分をお気に召しておられることだけは確かだと確信し、それを想っただけで、心の中のさざ波が強風に煽られて大波を起こしてしまうことさえある。

現に隣室からインターフォンで呼ばれるのは殆ど自分ばかりであり、そのときなどは我にも無く胸がときめき、頬の火照りを気付かれまいかと気に病むほどで、思えばその心情は初期のうちから既に尋常で無かったことにも気付かされているのだが、若さと言い美醜と言いハンディが大き過ぎる現実があるのに、何故その自分ばかりが呼ばれるのかと、必要以上に意識してしまうのだ。

しかも、それ以外に別のハンディまである。

一言で言って、経済面においても哀しいほどに貧しかったのだ。

ことお金に関して言えば、離婚の係争中から経験した窮迫の日々を思い出すたびに、二度とそこには戻りたくないと切実に思うほどである。

アパートの家賃が滞ってしまったときなどは、それを枷に初老の家主から露骨に迫られたことさえあり、必死の想いで凌ぎはしたものの、結局その部屋も出ざるを得なくなってしまい、その当座作ってしまった六十万ほどの借財にしても未だに返済出来ずにいる。

安定した職を得たことでその経済状況がようやく落ち着きを見せ始めた今、当然返済して行かなければならないが、引っ越しその他の忙しなさに紛れて未だ先方には連絡すら取っていない状況で、その心中からは悲痛な呟きまで洩れて来る。

自分には、経済的な苦境から逃れたいとする欲求が小さくないのである。

むしろ、強烈と言って良いほどだ。

とにかく、おカネの無い暮らしはとんでもない災厄を呼び寄せてしまうことを体験した今、そのことには一種の恐怖感さえ抱いており、お金の大切さが一段と骨身に沁みる毎日なのに、それに引き比べてあの方は目も眩むほどの大富豪だと言うではないか。

その富はあの有名な荘園に無尽蔵だと言う人までいるくらいで、心に響くその煌めきが既に途方も無いほどに膨らんでしまっているほどなのだが、かと言って憧れの大富豪がおいでになる機会はさほど多くは無く、直接お茶などのお世話をさせていただいたのも未だ数えるほどでしかないのである。

だが、暮夜密かに見る夢にはその方ばかりが登場するまでになってしまっており、その想いは募るばかりだが無論どうなるものでもない。

自然、悶々たる夜は増えるばかりで、これが若い頃だったら思わぬミスを誘引してしまったろうが、積み重ねた年の功は流石に無駄では無かったとは思う。

ただ、この職場には一種不思議なところがあり、若く美しい同僚たちがこの私の服装やアクセサリーにいろいろとアドバイスをくれて、ときには口紅やマニュキュアの色にまで何くれとなく世話を焼きたがるのだ。

とにかく、もっとシックにもっと艶めかしくと口を揃えて言い募り、それがあの方のお好みに沿ったものであるかのようにしきりに仄めかし、パンプスなどもかつて履いたことの無いようなデザインのものばかり勧めて来る。

ヒールなど細く高いものばかりで、のっぽの自分が益々目立ってしまうのだが、あの方の並外れた長身を意識してからと言うものは、それすらも嫌ではない心境になってしまっており、そんなところなどはまるで高校時代にでも戻ってしまったような感覚まである。

その高校時代にもいろんなバイトを経験したけど、こんな不思議な職場など一つとしてなかった。

とにかく、職場の全員が口を揃えて世話を焼いてくれるのだ。

中でも久保室長なんかは余ほど裕福なお育ちではあるのだろうが、下着や靴などを立て続けにプレゼントしてくれるほどで、その靴のサイズがいちいちぴったりだったことも不思議だったけど、それがいちいち美麗なパッケージにくるまれたまま手渡されるものだから、近頃ではその真の贈り主の存在まで夢想してしまう。

年下の同性からこんな高価なプレゼントを度々もらうなんて、それこそ噂に聞く宝塚の話じゃあるまいし、普通なら絶対にあり得ないことであり、どう考えても不自然なのだ。

この私をまるで大スターででもあるかのように奉るばかりで、恩に着せるようなところなど気振りにさえ見せないのである。

室長に関してなどは当初特殊な性的嗜好を疑ったこともあったが、今以てそんな気振りは見られず、プレゼントを受けてもらえて反って感謝しているように見えてしまうほどで、結局、影の贈り主の実在性を一層胸の中で膨らませつつ、その好意についつい甘えてしまうのだ。

自室に帰って包みを開けて見ると、とても手の届かないような高級品ばかりで、しかも下着などは色彩と言いデザインと言い、普通の勤めの女性なら余程のことでも無い限り身に着けないようなものが多く、見るだけで頬が赤らんでしまうものまであり、とてもこんなものはと思いつつ、やがて密かに身に着けて姿見の中を覗いている自分がいる。

露出度の高いパーティドレスに合わせたデザインとか、わざわざ乳房や局所そのものを露出させるような代物まであるけど、影の贈り主のことを想えば、その方がそれを望んでらっしゃることになってしまうのである。

そのことに対する想いは強まるばかりで、そんなにお望みなら、一言仰って下さればいいのにと思ってしまうのも一度や二度のことでは無いのだから、結局、人に知られない保障さえあれば、お見せしたい気持ちで一杯なのだ。

姿見に映る自分の下着姿にうっとりしてしまうことさえあって、以前とは別人になったような錯覚まで覚えるほどに若返り、これなら私だってと思わずにはいられないほどなのだが、改めて眺めていると、かつての自分には大きな肉体的コンプレックスがあったことを想わずにはおれないが、それはあくまで、かつてのことであって今では全く解消してしまっている。

解消したどころか、それが利点であるかのような気分さえ味わっているほどなのだが、それもこれも偶然の神さまが与えてくれた貴重なプレゼントなのだ。

何しろ、鏡に映る自分の姿には非常な特徴がある。

百七十センチを優に超える長身と共に、我ながら惚れ惚れするほどメリハリの効いた肉体があり、足だけならモデルでも務まりそうな脚線美がある。

だが、あまりに白過ぎる肌色が一層際立たせてしまうものがその下半身に居座ってしまっているのだ。

漆黒の剛毛が凄まじいばかりの勢いを見せながら一帯を占拠していて、まるで紅蓮の炎が盛んにほむら立っているような形に見えるのだ。

殊に今着けている下着がその殆どの部分が紐ばかりで占められていて、極端に小さな三角の布地が危うく局所を覆っているに過ぎず、全く紐だけで繋がっている後ろ側からなどは、ややもすれば最も恥ずかしい箇所まで見えてしまいかねないデザインなのである。

そのためもあって、鏡に映る下半身には漆黒の炎が凄まじいばかりに燃え上がってしまっており、一昔前の自分なら思わず目を背けてしまっていただろうし、当然そのケアにも人一倍気を使っていたのだが、この数年間はさまざまに心労を抱え、経済的にも絶えず苦境に立たされていて、正直言ってそれどころではなかったのだ。

それが幸運にもこの部署に移り、精神的なゆとりも辛うじて持てるまでになり、いよいよそのケアの必要性を痛感し始めていた矢先思いもよらない情報を得てしまった。

こっちがトイレの個室に入っていたときに、たまたま知らずに入って来て、鏡の前にいるらしい同僚達の何気ない会話を聞いてしまったのだ。

彼女たちは当然二人だけの会話をしていた筈で、しかも問題の語り手は、かつて国王に近侍していたあの三人の侍女の一人と遠くない親族だと聞いており、全てのソースはそこにあることを言外に滲ませながら語っている。

しかも、そのさりげない噂話が自分のコンプレックスにも絡んでいて、否応無く耳を欹(そばだ)ててしまっていたのだが、聞けば、なんと、自分にとっては長年の悩みであり続ける問題の身体的特徴を、あの方はお嫌いになるどころか反ってお好みでさえあると言う。

一瞬耳を疑ったが、その話し手は聞き手の疑義に応えて肝心の部分を繰り返し語っており、その子の日頃の堅実な仕事振りを見るに付け、特別のソースの存在とも相俟ってその信憑性も確実だと感じ、近々にも行おうと思っていた作業を思いとどまった上に、一種微妙な悦びまで味わっている自分がいたのだ。

何しろ、今姿見に写る我が身には、危うささえ感じさせるほど細いウェストがあり、その下方には雪白の肌の上を我が物顔にのたうつ壮大な漆黒のほむらがある。

そのコントラストの強烈さは、娘時代の自分が常に辟易(へきえき)していたほどのものなのだ。

更に、危険なデザインの下着が毒々しいまでに濃い色彩を見せる真紅であり、真っ赤な細紐が純白の両の腰骨に危うくしがみついているだけで、しかもその最下端に見える布地などは、テレフォンカードを対角線に沿って二つ折りにしたときに出来る三角形より更に小さく、既にまったく実用性を失ってしまっている。

だが、胸の中のもう一人の自分がひそひそと囁き掛けて已まない。

「そうよ、それがあんたのゼット旗なのよ。」

そのゼット旗が今懸命に役目を果たそうとしているヒップたるや、幅と言い厚みと言い申し分の無いものを具え、細過ぎるウェストラインと相俟って、腰のくびれを一層強調してくれており、その見事さに我ながら陶然としてしまうほどなのだ。

この危なっかしいゼット旗にしても無論室長からのプレゼントで、当初退廃的な感じを受けたガーターやそれに見合ったシルクのストッキングなどとともに、大量にセットで頂戴してしまっており、益々影の贈り主の存在を意識せざるを得ない。

この久保と言う女性がこの部署のれっきとした責任者であるだけに、オーナー経営者の意向を受けて動くのはごく自然のことだろうし、その部下たちにしても当然それに倣っている筈だ。

しかも、この私が一層あの方に近づけるよう懸命に心を配ってくれている気配まであり、そのおだてにも乗せられて化粧ばかりか下着にも一段と気を使うまでになってきており、例のゼット旗などは小型のピルケースに収めてバッグに常備しているほどで、その点自分も成長したものだと思う。

この危なっかしい下着を最初に貰ったときなんか、自室でそれを広げて真っ赤になってたくらいなのに、今では誇らしさすら感じながらその数種類をバッグに入れて持ち歩いているのである。

一事が万事で、今盛んに買い揃えつつある洋服にしてもそうだ。

以前なら、セクハラを避ける意味で、胸の膨らみや腰のくびれを極力覆い隠すようなデザインばかり選んでたくせに、その点でもまったくさま変わりしてしまっており、逆にそれを強調するようなものばかり選んでしまっていて、一言で言って、セクハラを受ける機会をわざわざ自分から求めているようなものだけど、かと言って以前の安物の衣服になど今さら袖を通す気にはなれず、備え付けのクローゼットでは手狭になっちゃいそうな勢いだ。

勿論、全て定額リボ払いだから月々の支払額だけは変わらないけど、その債務残高は結構なものになりつつあり、気がつけば、それが契約上の上限額を超えてしまっているのに、この部署に来てから作ったカードにストップが掛かる気配が無い。

内心次に来るものを想って怯えているこの頃なのだが、そうは言っても、せめてもう少しは揃えて置きたいのである。

一つには、安定的な職を得て多少の見通しが立ったことによる開放感も無いことは無いけど、何よりも元々ろくなものを持っていなかったせいなのだ。

婚家で新調した和洋両方のフォーマルやそれに準ずるようなものも、折角気に入っていたのに、謂れの無い嫉妬に狂ったあの男がずたずたに鋏を入れてしまったし、目ぼしい下着ばかりか靴やバッグまで似たような運命で、あの悪魔の館のような婚家を出るときには、堪(こら)えていた怒りが爆発して、あの男の眼前で全てのアクセサリーをゴミ箱に叩き込んでやったくらいで、それこそ文字通りの身一つだったからだ。

だが、いざと言う場合に備えてせめて最低限のフォーマルをと思いつつ、現実にせっせと買い揃えているのは若い子達が盛んに勧めて来るようなものばかりで、我ながらその浅ましさには密かに恥じるところもあり、そう思って一旦現実に立ち帰ると、さまざまな事実に否応無く突き当たってしまう。

自分には離婚歴もあって、まして三つも年上なのである。

しかも、日本の業者からのものばかりか、この地のものだけでも既に年収に迫るほどの債務を負ってしまっており、そこから押し寄せてくる圧力にときに身震いし、やがて何もかも失うことになるのではと思うのも一度や二度のことでは無い。

だが、室長のプレゼント攻勢も相変わらずで、今ではかなりのアクセサリーまでいただいてしまっている上、みんなであたしの背中を押してくれてる気配も続いていて、それもこれも、全部あの方の意を汲んで動いてる筈だと意識してしまう。

それを意識すればするほど、胸の中の何かが騒いでしまうのだ。

そんな大それた望みを持っても果たされるわけはないのにと思いつつ、懸命に慎み深い女を演じてはいるが、男らしい笑顔に接する機会が重なるたびに、そのご到着をひたすら待ち焦がれている自分に気付かされ、自席で茫然としてしまうことさえ少なくない。

もうじき三十の大台に乗ってしまうような女が、シンデレラの資格など持ってる筈が無いのである。

だが、意地悪く夢の中には白馬に跨ったあの方ばかりが登場して来るのだ。

胸の中を吹き荒れるさまざまの想いが高じて、近頃では我ながら恥ずかしい行為にまで手を染めてしまっている。

同僚たちの援護の目をいいことにたびたび無人の社主室に入り込み、その反対側のスペースにも掃除に名を借りてしきりに侵入を繰り返しているのだ。

そのスペースは社主室に隣接していながら、構造的にもそれだけで一個の別世界を形成しており、同僚たちの口を借りれば、「任那御別宅」などと呼ばれている通りオーナーの個人的な休憩所なのである。

全て土足のままで行き来出来る床を持ち、専用のシャワールームやトイレがあり、しかも簡易型のキッチンを具えた休憩室まで備わっていて、それはそれで当然清掃の必要はあるのだが、自分の恥ずべき行為はその休憩室で為されてしまうのだ。

実は、五坪ほどのフロアを持つその休憩室には、小ぢんまりしたベッドやデスクとともに一際重厚な造りの衣装ダンスが置いてあり、重く大きなその家具の観音開きには、長さ八十センチはありそうな取っ手が少しの間隔をおいて二本長々と縦に伸びているが、そこには頑丈な閂錠が具わっていてそのままでは押しても引いてもびくともしない。

閂を開けてから重い扉を開くと、あの方の装束一式が何通りか収納されているほか、その扉を閉じたまま引き出せる最下段の引き出しには下着や靴下なども数多く置いてあり、中でもあの方の下着は、古風で独特であることで夙に有名なのだが、自分のお目当ては実にそれなのだ。

胸の中の渇きに耐えかねて、ついそれを手にしてしまうのだが、現にそれだけで胸の中が激しく波立ち、震えるほどの喜びに浸ることが出来てしまう。

近頃では休憩室の内側から鍵まで掛けて、手の中のひたすら芳(かぐ)しいものにしきりに頬擦りし、果ては下半身に擦り付けながら陶然としている自分まで発見して茫然としてしまうことが多い。

悪い癖がついてからと言うものは、その行為にとって都合の良い下着ばかり身に着けるようになってきていて、中でもストッキングなどは、サスペンダータイプかガータータイプのものばかりであり、しかもそのときに思い描くのは、影の贈り主のたくましいお姿ばかりで、それが、この私を忘我の境へとひたすらいざなってくれるのだ。

衣装ダンスの前に仁王立ちになってその取っ手を砕けよとばかりに握り締め、大切なものを持ったもう一方の手を一際淫らに活動させ、狂おしいまでに腰を震わせながら恍惚としているときが増えてしまった。

影の贈り主のことを思えば思うほど、恥ずかしい行為は激しくなる一方で、もう自分は餓鬼道に堕ちて、けだものになってしまったと思いつつ、本能が求めて来るものに抗うことが出来ない。

亡き母の哀しげな視線を感じ、胸の中で「お母さん許して。」と叫びながら、恐ろしい餓鬼道に一層深く堕ちて行く自分がいて、万一こんなところを人に見られでもしたら生きていられないと思いつつも、胸の中の熱い情念が妖しく燃え上がる一方で、どうしてもそれをやめられそうに無いのである。

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  1. 2008/06/23(月) 15:42:57|
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自立国家の建設 136

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無論天空には億兆の耳目を持った人工知能がいる。

いっときも休まず情報を取り込み、盛んにデジタル演算を繰り返しながら、冷徹な指令を次々と発しているのだが、彼女にしてみれば彼女なりの手法を以てその課題を果たそうとしているに過ぎない。

しかも、世界的な広がりを見せる情報網を基にしているとは言いながら、その演算作業が常に正確な未来像まで導き出しているとは言い難い。

未来は、あくまで不確実性を持つからこそ未来なのであり、現に地上では、多くの人々がそれぞれに行動を起こしており、そのひとつひとつが小さな変化を齎し、やがて各所にボタンの掛け違いとでも言うべき現象を引き起こし、ときにその演算結果との間に甚だしい乖離を生じさせてしまうことさえあるが、そのことに対する畏れなどまったく無いのである。

それこそが人間との最大の違いだと言ってしまえばそれまでだが、現実にその演算結果がさまざまなものを連れて来てしまうのだ。

殊に敵襲を控えて、主(あるじ)の行動が巨大な綻びを生じさせてしまう危険性を大声で告げ始めており、それはこの人工知能にとっても最大級の脅威なのだからことは容易ではない。

脅威を前にして彼女は人知れず呟くだろう。

とにかく、並外れた敢闘精神を持つ主(あるじ)なのだ。

予期せぬ遭遇戦の場合など何が起きても不思議は無い上に、何よりも唯一残された王家の血脈なのである。

秋津州の命運を握る特別な能力はその血脈の中にしか生まれて来ないものであり、その血脈が途絶えてしまう恐れがある以上あらん限りの手法を用いて対抗せざるを得ず、主に知れれば即刻中止を命ぜられる類(たぐい)の行為にまで手を染めつつあるが、現に確保出来ているのは秋津州人女性の卵子ばかりで、肝心の主のものなどまったくないのである。

近頃は、迫水姉妹にその任務を与えたが全く功を奏さない。

しかも、姉妹には表舞台に立つ役割を既に持たせてしまっており、そのボディに冷凍保存機能まで持たせてしまえばエックス線検査においてすら容易に露呈してしまう。

このような状況に鑑みて、決して表舞台には立たない者にその機能を持たせて待機させてはいるものの、未だにご披露するに至らず、例のレディにしても、そのプロトタイプに限ればとうに一万例を越える臨床治験を終えており、その報酬に要した費用もかなりの額に上りつつある上、全て架空の企業に名を借りて処理すべく特別の施設まで運営しているほどだ。

レディに関してはその治験において万全の結果を得て、近頃ようやく一歩を踏み込んではみたものの、ご機嫌を損じてしまう恐れは捨てきれず、全ては使い手のフォロー如何にかかっており、結局は又しても厳しいお叱りを頂戴する結果に終わってしまう可能性すらあるが、予期せぬ遭遇戦が起こる可能性はいよいよ高まるばかりで、一刻の猶予も許されない事態なのである。

諸方に配備した人工子宮にしても、その生体活動を停止させてしまえば、完全な正常化を見るには数ヶ月ものときを要することから、お下知に背いてまでひっそりと稼動させてはいるものの、肝心の精子を持てない以上窮するばかりであったところ、図らずも事態が急転してくれた。

主の婚姻である。

ところが、せっかく娶ってくれた二人の妃(きさき)が用をなさない。

それぞれのもとで既に五夜づつをお過ごしになられたにもかかわらず、どう言うわけか新郎としての務めを果たしていただけないのである。

まるで腫れ物にでも触れるように扱うばかりで、肝心の生殖活動に踏み込もうとはなさらず、それどころか愛娘でも抱いているような素振りさえお見せになるのだ。

しかも、妃たちの方も、互いに連絡しあった結果それが自分だけに起きていることでは無いと知るや、さも満足気に寝入っている始末で、これでは大切な目的が達成される筈も無い。

主に伺ってみたが、解析不能なことながら、ただただ愛しくてならないご様子で、折角同衾してもその本能とやらが目覚めてこないと仰り、気高くも美しいものを汚してしまうような畏れさえ抱いてらっしゃるご様子で、結局どうすることも出来ないのだ。

仰せの通り、確かにお二人共気高く美しい。

日常の凛然たる立ち居振る舞いひとつとっても、既に堂々たる王妃そのものだ。

尤も、お二人に王妃たるべき資質を見出し、ここ数年にわたって、ひたすらそのように教導して来たのもこの私であり、それのどこに問題があると仰るのか。

それが王妃であってある種のオンナでは無い以上、決して誤りなどでは無い筈なのだが結果がこうだ。

尤も、就寝中の主には若い男性が股間に覚える隆々たる生命の発露があり、その猛々しさ、たくましさにおいても決して人後に落ちるものではない筈で、朝方など、妃たちが隆々たる帆柱にしがみつかんばかりにして寝入っておられたりして、その状況に違和感を覚えておられる気配はないのだから、まったく望みが無いわけではないのである。

いずれにしても、今しばらくのときを掛けてみるより仕方が無いのだが、現実には、咲子妃の母親が新枕(にいまくら)の首尾を案じて問い質したことからことが露見してしまっており、しかもそれが共に五夜も続いたことで、例のサロンのメンバーが集結を始めていてひと騒動持ち上がりそうな気配はある。

婚姻の式典に関しても然りだが、お二方とも異星人との衝突を一際重く見ておいでで、それが一段落着くまではと主張しておられ、サロンの一部にせきたてる意見があっても、まったく動じてはおられないが、その間にも、大切な使命が果たせなくなってしまう危険性は増すばかりであり、そうなってしまってからでは何もかもが手遅れなのだ。

何がどうあっても結局主の本能次第と言うことになるだけに、そこに全力を注ぐほかは無いが、その目的に沿った女どもを主の視界に多数送り込むことが出来ている今、その多彩な顔ぶれがいよいよ本領を発揮してくれる番だろう。

その国籍もまた多彩なもので、まさに百花繚乱と言って良いほどの状況なのだが、その手の女どもは以前からカウンターアタックの対象となっていたものが殆どであり、既に溢れんばかりのデータを得ており、とうに青信号をお出ししているケースが多いのだ。

だが、最もその本領を発揮しているのは皮肉にもあの舞姫であり、その意味に限れば目下一番のお気に入りと言って良いだろうが、惜しむらくはあの女に肝心の機能が失われてしまっていることで、そのこと自体は告げる事無くレディの使用を勧めたのだが、成功の可能性は極めて小さいと判断せざるを得ない。

主の本能を如何に高揚させてくれようとも、その結果が良い方向に向かわず、しかもレディ使用の成功率まで皆無だとなれば、あの女には何の価値も無いことになるばかりか、反って阻害要因を残すだけであり、そうなればそうなったで、タイラーとか言うあの米国人に一言告げるだけで始末がつく筈だ。

「あの者にあれほどまでの過去があると知りつつ、かくも積極的に接近させようと図るとは、そこに何らかの底意を感じざるを得ない。」との御意(ぎょい)を、それとなく伝えさえすればそれで全てのけりがつく。

先日、あの男の元を訪ねさせた雅(まさ)の口からでも告げさせれば、余計な手間は一切掛かるまい。

主にしても、あの女の過去の行状をお知りになれば、強いて止めようとはなさらないだろう。

また、あの米国人男性から持ちかけられた軍事上の案件にしても、今のところペンディングになってはいるものの、多くの日本人たちが額を集めていることでもあり、主はその動向を注意深く見ておいでなのだ。

他国の軍を指揮するなど、足手纏いになるばかりで何の魅力も感じておられないご様子ではあるものの、いずれ近々にもお下知が下る気配はある。

何にせよ、今も多数の日本人がその対応を巡って鳩首協議の最中なのである。

中でも土竜庵関連の面々は、新田夫人に至るまで秋津州商事の従業員としてそれなりの報酬も与え続けており、我が主の不利益に繋がるような判断を下す恐れは少ないだろうが、秋元涼がその配下共々十分目を光らせていることもあり、結果として彼等がマイナス要因となる可能性は薄いだろう。

また、任那支社に配属した山川と言う日本人女性に関しては、主の性的興味の対象と認識しているが、そのようなご意思をお示し下さるのは希なことでもあり、それはそれで今となっては貴重な存在であり、それなりの支援体制を採りつつ良好な展開を志向してはいるが、このケースにしても、哀しいかなレディを活かすことにその多くを絞らざるを得ない。

偶然にもこのツールの繁殖機能もまた絶望的であり、それは、かつて経験した悲痛な流産騒動が無関係ではないようにも見受けられるが、今以て当人も認識しておらず、無論主にも報告はしていない。

わざわざご気分を損じてまでお報せするほどのことでは無いのである。

その特殊な経済状況や怪しげな振る舞いに関しても一切ご存じないが、わざわざお知らせしても特段の価値が無いばかりか、反って大きな損失に繋がる可能性が高いと判断しており、お尋ねがない限りこちらからお知らせする予定はまったく無い。

彼女に関しては、未だ完璧な安全宣言をお出しするには至らない上に、その性向に尋常ならざるものが見え隠れしているだけに、レディの件などは余程慎重にことを運ぶ必要があり、もうしばらく時を稼ぐ他は無いが、取りあえず部屋だけは特別のものを与えて置くべきだろう。

同じ宿舎でもそのレベルを格段に上げ、室内設備などは例の舞姫がオーダーしていたものを参考にしつつ準備中であり、贈り続けている下着類にしても、専ら舞姫のものを参考にして見繕わせてはいるが、一般人で検証した結果その効果のほども侮れないものがあるようだ。

いずれにせよこの女に関しては主がお気に召してくれている以上、その本能を高揚させてくれる可能性は大であり、安全宣言をお出し出来る時期も遠くないだけに、その日に備えて充分な手配りを命じて置くよりほかは無いが、あれやこれやで処理すべき作業は溢れんばかりだ。

先日の戦利品についてもなすべきことは全てなし終えたが、期待された記録装置の復旧は遂に叶わず、自然目ぼしいデータも得られない。

着々と接近中の敵艦については相変わらず完璧にフォローなさっておられ、先ごろからその移動速度を格段に速めていると承知しているが、それに伴い、頂戴するお下知にもさまざまなものが混じり始めており、目下それに関しても作業中だがこれにはもうしばらくの時を要するだろう。

北極島や南極島の施設に関してもお下知に従い大々的に工事を施し、あとはお直々のご検分を待つばかりだが、殊に新装成った胆沢城(いさわじょう)に関してなどは、NBSを始め各報道機関にも公開を済ませ、少なくともその地表付近にある施設に付いては世界の知るところとなっており、既に一部では「ヤマトのイサワジョウ」と呼ばれ始めているようだ。

この場合の胆沢城とは、八雲の郷から北へ五百キロほどを隔てた離島全体を指す呼称だが、離島とは言いながらその多くを緑に包まれた堂々たる大地であり、農地は勿論、さまざまな施設が壮大な規模を以て存在している上、その外郭は直径百二十キロ幅十キロほどの環礁にも似た形状を為し、しかも概ね真円に近いのである。

茫々たる洋上に巨大なリングが浮かんでいることになる上、その内側では見事な環濠が満々たる水量を誇り、そのまた内側に五千平方キロほどの離島が浮かんでいるのだが、そのいずれもが真円に近い形状をしているのだから無論自然の造形物などではない。

かつてご先代さまご若年のみぎりその工事を思い立たれ、もともとは相当大きな島であったものをわざわざこのような形に掘削したものであり、胆沢城と名付けられたのも実にそのときのことだ。

すなわち鳥瞰すれば、巨大なドーナツの真ん中に丸いクッキーがあるように見えている筈であり、そのドーナツとクッキーは直径百キロもの環濠によって隔てられ、環濠へはドーナツとクッキーから大小の河川が流入しているのだから、本来ならその塩分濃度を限りなく上昇させてしまうところだろうが、環濠と外洋とを結ぶ二筋(ふたすじ)の運河が双方の水質を辛うじて同等に保っている状況にある。

詰まりはドーナツの南部と北部の大地を二箇所開削して運河を通してあるのだが、それらの運河は共に二千メートルもの幅を持ちながら、見事なまでに幾何学的な直線をなし、その両岸は水面から五十メートルもの高さを持った橋で接続されており、結局巨大なドーナツは陸上用の乗り物で地上を一周し得ることになるが、真ん中の丸いクッキーへは、幅十キロもの環濠を突っ切らない限り到達出来ない構造だ。

しかも、その環濠への侵入を妨げるものが各運河の外洋側の出口にその姿を見せているが、一言で言って巨大な水門であり、その門扉は概ね五百メートルもの厚みを持つが、その水面下には無数の穴が開けられており、それが閉じている間でさえ、海流はもとより相当大型の魚類までその往来を許すと言って良い。

結局、普段は開いていて、いざと言う場合にそれを閉じることによって、敵船の侵入を物理的に妨げようとする構造であり、潜水艦が潜水したまま侵入しようにも、およそ有人のものならその通過は完璧に阻まれてしまうだろう。

ちなみに言えば、この胆沢城が最初に完成を見たのは日本で言うところの幕末の頃であったのだが、その折角の防禦構造も軍事的には当時も今も殆ど意味を成さない。

その当時の丹波に王の脅威となる者などいる筈も無く、或いは現代においては諸国の軍事能力がその有効性を殆ど否定し去ってしまっており、結局この「胆沢城」は王の趣味的世界においてのみ多少の意味を持つのだろうが、単体の中世的城砦として見る限りにおいては稀な規模ではあるだろう。

とにもかくにも円形の巨大な城砦なのである。

近頃そこに大幅に手を入れた結果、地中深くにまで巨大な施設を築いて食糧や生活物資を搬入中なのだが、実はこれ等の地下施設には隠れた用途が別にある。

一言で言って私自身のスペアマシンの収納であり、現にそれを地下の最深部に収納している上、常にデータの同期を行って万全を期しており、天空の私が致命的な損傷を蒙った際に、そこで私が瞬時に復活することになっているのだが、私の分身であるだけにその辺に無造作に転がしておけるような代物ではない。

それなりの場所が必要であり、その一部を丹波の地表付近に求めた結果が今回大々的に工事を行った胆沢城や鬼界が島なのであり、無論そのほかにも多数の配備を完了し、それらの地下設備に収容可能な人員数も二百万を超えるほどであり、それは既に万全の態勢と言って良いだろう。

何にせよこのスペアマシンに関しては、丹波で唯一の衛星である月の地中深くに設置したものについても然りだが、今や廃墟と化した地球はもとより荘園の全てに配備した上に、近頃発見なさった新たな惑星への配備まで完了しており、その巡察行のたびに行われるデータの同期作業もいたって順調だ。

新たに発見なさった惑星にしても無論その辺に転がっている只の星では無く、数億光年もの距離を隔てているとは言いながら、人類の生存に適する希少なものの一つであり、「若狭(わかさ)」と名付けて新たな領土となさった上、丹後と但馬から多様な生物の搬入に手を染めておいでだが、その地表付近の詳細なデータまでは未だに頂戴してはいない。

何分にも一方に連日の索敵行のことがあり、目前の危機を乗り切るためにも、それはやはり最優先と為すべき課題であることは否めないのである。

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  1. 2008/06/27(金) 16:43:09|
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