日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 139

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「現在、ダミーを準備しておるところです。」

このヒューマノイドの替え玉のことを仰っておいでなのだろう。

「なるほど、敵さんに気付かれることなく接収されるわけですな。」

製作中のダミーが出来上がり次第、入れ替わりにひっそりと「接収」すると言う意味に違いない。

「鋭意作業中ですが、ウェザリングに手間取っておるところです。」

ウェザリングとは、模型などの工作過程で、経年劣化に伴う汚れや風化などの表現を作品に加える技法らしいから、要するに、新しいものをわざわざ古く見せる技法のことなのだ。

「ぴかぴかの新品なら仕事も簡単なんでしょうな。」

「あはは、何せ朝夕見回りに来る者がおりますから。」

「ほほう、どう言う意味の見回りなんでしょう。」

「ローマ人たちはこれをヤサウェと呼び習わしておりまして、どうやら、信仰の対象としておるようです。」

現にそのヤサウェの前には供物台ばかりか、その上には数個の食器まで見えているのである。

「ヤサウェ・・・・ でございますか。」

「はい。」

「どう言う由来なのでしょう。」

「それも、これからご覧いただく場面で、おいおいご理解願えるものと思います。」

「しかし、彼等の奉じているのはいわゆるギリシャ正教だと伺っておりましたが。」

各都市部には、それらしい聖堂が現にあるのである。

「その通りです。」

「それが異教を奉ずるなど・・・・。」

「しかし、現に鳥居も存在しておりますし。」

「なるほど、あれはどう見ても鳥居ですな。」

「あれを見て鳥居じゃ無いと言う日本人はいないでしょう。」

「たしかに・・・。」

「では、次をご覧いただきましょう。」

「判りました。」

カメラは今、ヤサウェの眼前で右に折れ、襖二枚ほどの大きさの四角い穴を潜(くぐ)り抜けたところだが、驚いたことにそこには別のもう一部屋が姿を現したのである。

やはり五・六坪ほどのものか、壁のそちこちに八寸角ほどの真四角の穴が穿たれていて、左手に木製のベッドがあるだけの実に殺風景な部屋なのだ。

「いかがでしょう。」

「この壁の穴は、きっと灯りを灯すためのものでしょうな。」

「はい、PMEタイプの電灯を置いたようです。」

カメラが移動してその穴の一つを映し出す。

「ほほう、大型の懐中電灯のような形をしてますな。」

「幸い、一つだけ残っておりました。」

「やはり、そうとう古いものでしょうか。」

「機能は失われてはおりますが、軽く五百年は経っているようです。」

「五百年・・・ で、ございますか。」

人類史における真空白熱電球の発明は、十九世紀の後半まで待たなければならないのは確かだが、上空で数限り無く輝いている人工太陽のこともあり、少なくとも今さら驚くようなことではないのである。

尤も、彼等の王宮や市街地などの灯りには、電灯などほとんど見受けられない情景ではあるのだが。

「ところが、こちらのベッドのほうをご覧下さい。」

「なるほど、こっちの方は又ひどく新しいものに見えますな。」

その木製のベッドは未だ木目も鮮やかに見えているほどで、しかも、形ばかりのものではあったが簡素な夜具まで具わっており、これも又比較的新しい。

「新調して未だ間が無いのでしょう。」

「ほほう、では・・・。」

「はい、ローマ人たちが作り直したものと思われます。」

「では、このベッドに臥される方も信仰の対象だと仰る・・・。」

「様子から見まして、ヤサウェより、むしろこちらの方が上位にあるものとして扱われている模様です。」

「そのかたとはどのような・・・。」

「少なくともローマ人にとっては、救世主のような存在ではあるでしょう。」

「救世主・・・でございますか。」

「ここの番人たちからは、オヤカタサマと呼ばれております。」

「オヤカタサマですか。」

あの鳥居と言い、ヤサウェの装束と言い、目の前にこれだけの材料が転がっているのである。

そこから類推していっても、それは日本語の「お館さま」に通ずると思わないほうがどうかしている。

「はい。しかも、彼等の記録などからいたしますと、このドリフターも戦艦も本来の所有権はそのオヤカタサマにあるようです。」

「ほう・・・。」

「それを、あの紋章まで刻んでローマ人に与えたと言うことになりましょう。」

「ずいぶん太っ腹な方だったんですな。」

「あははは。」

陛下は、新しい肴に箸をおつけになりながら豪快に笑っていらっしゃる。

「そう致しますと、ヤサウェはどのような立場に・・・。」

「言ってみれば、ヤサウェはオヤカタサマの直臣(じきしん)であって、あるじの寝所を今も警護していると言う構図でしょうか。」

「直臣でございますか。」

「そうだと思います。」

直臣とは言っても、勿論ヒューマノイドなのである。

「ところで、そのオヤカタサマがこのドリフターや戦艦を作ったのは、五百年も前の話でしたよねえ。」

「少なくとも五百五十九年は経っているでしょう。」

「五百五十九年前でローマ人・・・、ええと現在が二千十二年と言うことは・・・・千四百五十三年ですか・・・・。そう致しますと、やはりビザンチンの滅亡・・・・。」

ローマ人たちが都市の中の都市と呼んだコーンスタンティヌーポリスが、オスマン帝国の攻撃によって陥落したのが千四百五十三年のことで、これを以てさしもの千年帝国ビザンチンも滅亡したことになっていて、それが五百五十九年前の出来事なのだから、国王陛下の仰ってる意味も自ずと知れてくる。

「それです。」

「では、あのコーンスタンティヌーポリス陥落の折りに、ローマ人たちが揃ってこの船に逃れたと仰る・・・。」

「はい、オヤカタサマのお慈悲によってそれが許されたと言うのです。」

落城を目前にして命を救われた以上、文字通りの救世主であったろう。

「と言うことは、ドリフターも戦艦もそれ以前はずっとオヤカタサマの専用機だったわけですな。」

「だと思います。」

「では、あの鳥居にしても、ローマ人たちが始めてドリフターに乗り込んだときには既に存在していたと・・・。」

「そのようです。その後幾たびか建て直されてはいるようですが。」

「そうすると、彼等は五百五十九年もの間、この大宇宙をさ迷い続けていることになりますか。」

「いえ、彼等の請いを容れたオヤカタサマがある惑星に新たな領土を割譲なすった筈ですから、ずっとそこで暮らしていた筈です。」

「ある惑星・・・。オヤカタサマの荘園・・・ですか。」

「はい。」

「やはりその星も、よほど良く似た自然環境を持っていたんでしょうな。」

勿論、地球や丹波に良く似た自然環境の意味なのだろう。

「はい。これも彼等の記録によれば、その名も惑星ネメシスとなっておりまして、この丹波からは恐らく十光年ほどの距離になろうかと思われます。」

「十光年・・・・でございますか。比較的近いことは近いですな。」

例えばこの丹波とかつての地球とでは数億光年もの距離があるとされており、それから比べれば十光年など物の数ではないのである。

とは言え、十光年とは光速で航行しても十年かかる距離のことなのだ。

「はい。」

「そう致しますと、オヤカタサマと言うかたは、例のコーンスタンティヌーポリス陥落の前からそこにいたことになりますな。」

「ヤサウェを連れて、その地に滞在してらしたことは確かです。」

本来なら最大の敵かもしれないその人物に対して、微妙に敬語まで用いておられる。

「そして、ローマ人たちは絶望的な戦況の中でオヤカタサマに救助されたことになりますな。」

当時のローマ人たちが数十倍にも及ぶ大軍に包囲されて、非常な苦境にあったことだけは動かない。

「彼等自身の記録にそうありますから。」

「そして、一旦ドリフターに退避したのちに惑星ネメシスに移住して行ったと。」

「はい、ドリフターの中でローマ人同士の激論が闘わされたようではありますが。」

「激論・・・で、ございますか。」

「はい、当然その後の方針に関する激論です。」

「その結果のネメシス移住だったのですね。」

「はい、その過程で、現に、移住先の候補地としてネメシス以外も多数実見したようですし、彼ら自身の選択だったと書いてありますから。」

「ネメシス以外も・・・でございますか。」

「様子では、北米大陸も見たようです。」

稀代の山師クリストファー・コロンブスがカリブ海のイスパニョーラ島を侵略して、おもちゃのような拠点を作ったのが確か千四百九十二年の筈だから、この話のローマ人たちの北米上陸はその四十年も前のことになりそうだ。

「ほほう。」

「尤も、原住民の抵抗にあって入植は諦めたようですが。」

「オヤカタサマは軍事的な支援はしなかったのですか。」

「一切しなかったようです。」

「流石のギリシャの火も役には立たなかったと言うわけですな。」

この「ギリシャの火」と言うのは、ローマ帝国のすごい威力を持った兵器として有名らしいけど、実際にどう言うものだったかまでは今以て不明だと言う。

「そのようなものは持たなかったようですよ。」

「ほほう。」

「その後、オーストラリアにも上陸したようですが、結果は似たり寄ったりだったと記録にあります。」

この当時のヨーロッパ人の世界地図には、オーストラリアもアメリカ大陸も未だ書かれてすらいないのである。

「そして、他の天体へも・・・。」

「はい、どの場所にも一瞬で到達したそうです。」

「一瞬で・・・。」

もう、間違いない。

そのオヤカタサマは、この国王陛下と同じような「能力」を持った「異能者」だったのだ。

「少なくとも、記録ではそうなっております。」

「では、衆議一決してネメシスへも一瞬で・・・。」

「はい。その後彼等の親族や友人などを、数ヶ月かけて五月雨式に移動させたと言う記録までありますから。」

「バルカン半島とその一帯からですな。」

バルカン半島とは、無論、落城したコーンスタンティヌーポリスがかつて繁栄を誇っていた半島のことだ。

「概ねそのようです。」

「ふうむ、その結果惑星ネメシスには新たなローマ帝国が築かれたと・・・・。」

「オヤカタサマの支援によって、極めて短期間に相当な規模になったとあります。」

「つまり、彼等ローマ人は、その後ネメシスで数百年もの長きにわたって時を過ごしたことになりますな。」

「少なくとも、彼等の記録ではそうなります。」

「そうしますと、彼等さえそのネメシスに撤退して行ってくれれば、とりあえず眼前の危機だけは回避出来ることになりますな。」

「ところが、そうも行かない事情があるようでして・・・。」

「ほほう。」

「これも彼等の記録にあったのですが、どうやら百三十年ほど前に、惑星ネメシスは稀代(きたい)の天変地異によって滅んでしまっているようです。」

「稀代の天変地異・・・、まるで我々の地球に起きたようなお話ですなあ。」

「このときにも、伝説のオヤカタサマが現れて危機の訪れを事前に知らしめ、少なくともそれを信じたローマ人を救ったとされております。」

「信じない者は、ネメシスと運命を共にしたと言うわけですな。」

「多くの者が救われたことは確かでしょう。」

「地上からドリフターへの移動など、例のシャトル便を使っても大事(おおごと)だった筈ですよねえ。」

「だからこそ、オヤカタサマの救いの手がいよいよ貴重なものになった筈です。」

「大量に・・・・、なおかつ一瞬で・・・。」

「それが肝心なところだと思います。」

「しかし、そのネメシスはどうなっちゃったんでしょう。」

「その後、昼の無いネメシスを見た者がいると記されているくらいですから、結局、滅んでしまったことだけは確かでしょう。」

「昼の無い世界・・・・。」

「はい。真っ暗な空のもと、燃える大地があったそうです。」

「真っ暗な空・・・・。」

「地上が、太陽の光を失ってしまったと言うのです。」

「まさか、単なる夜だったわけでは無いでしょうね。」

「彼等の記録には永遠の夜と書かれております。」

「いったい、何が起きたと言うのでしょう。」

「そこまでの記録はありませんが、ドリフターの中で又しても大激論になったそうです。」

「ほほう、又しても・・・。」

「当初は、ネメシスの上空に留まってしばらく様子を見るべしとする一派が優勢で、激しい争いまで起こったようです。」

「それは、そうでしょうな。」

「ヤサウェを介して下されるオヤカタサマのご託宣は、一刻も早くネメシスを諦めて、他の惑星を目指すべしとのことだったようですが。」

「その場合の他の惑星がこの丹波だったと・・・。」

「いえ、少なくとも第一候補は地球だったようです。」

「ほう。」

「しかし、ローマ人たちの方針はその後も定まらず、死人の出るような争いを続けた結果、オヤカタサマのお怒りを買ってしまったと書いてありまして、どうやらその後オヤカタサマがご自身の城に引き上げてしまわれたらしいのです。」

「流石のオヤカタサマも呆れちゃったんでしょうなあ。何しろ自らの運命を自ら決するどころか、殺し合いまでやっちゃってるわけですから。」

「まあ、そう言うことだったのでしょう。」

「つまり、ローマ人たちは見捨てられちゃったことになりますな。」

「しかし、ヤサウェだけは変わらずお残しになられた。」

「ほほう。」

「彼等はシャトル便を使ってその後もネメシスの地表を折に触れて観察していたようですが、当初燃えていた大地が今度は凍り始めたそうです。」

「太陽の光を失った地表が冷え切ってしまったわけですな。」

「今風に言えば全球凍結と言う現象でしょうか、一切が氷の世界です。」

「赤道付近もでしょうか。」

「無論です。しかもマイナス百度以下で、それもどんどん下がって行くばかりです。」

「そりゃあ、もうどうにもならんでしょう。」

「はい、その結果ようやく結論が出たようです。」

「彼等が結論を出すまでにどのくらい掛かったのでしょう。」

「二年ほど掛かったようです。」

「二年も・・・。」

「はい。そう言う経緯で、もはやネメシスには帰れないと言うことを彼等自身が自覚しておるのです。」

「では、新たに領土を獲得する以外に永遠に虚空を漂流し続けるほかに無いと・・・。」

「そう言うことになりますな。」

「それにしても、危機に当たって二度までも現れたオヤカタサマと言う人物は・・・・。」

「実際には、二度だけではないかもしれません。」

「ほほう、では・・・。」

「さまざまな推測が成り立ちますが、現段階ではあくまで推測の域を出ません。」

「お聞きしたいものですなあ。」

私自身、既にその材料に不足することが無いだけに、空想の世界が不遜なまでに広がってしまっており、それこそもっと伺いたい気持ちで一杯なのだ。

「推測は推測である以上外れているかもしれませんし、未だ口にしないことにして置きましょう。いずれヤサウェを回収して調べれば相当なところまで判明する筈ですから。」

「それはそうですな。」

あらあら、うちの主人ったらあっさり諦めちゃったみたいだけど、せめてもう一押し粘って見ればいいのに。

「それに彼らを撤退させるためにも、問題のネメシスの現在の状況も知って置く必要があるでしょう。」

「今でも全く判らないのですか。」

「十光年ほどの距離がありそうだと言う件にしましても、彼等の船の巡航速度から類推した結果に過ぎませんし、鋭意捜索してはおりますが未だに発見するには至りません。」

「考えてみれば、方角一つとっても全方位ですからなあ。」

確かにそうなのだ。

十三年前に一敗地にまみれて丹波を離れた彼等が、その後ネメシスの方角に去ったとは限らないのである。

詰まり、ドリフターの進行方向の後方延長線上にネメシスがあると言う保障など何処にも無いことになる。

「その位置関係に関しましても、ヤサウェが教えてくれるのではと。」

「なるほど。」

「その後の行き先を指導したのも、このヤサウェであることは確かのようですし。」

「なるほど、そのときはもうオヤカタサマは去ったあとでしたな。」

「はい。最早地球へは到底行く着くことは出来ません。」

「遠すぎますからな。」

何しろ地球は数億光年の彼方なのだ。

「丹波なら十光年ほどですし、ドリフターの巡航速度から見て、百年ほど辛抱すれば到達することが可能です。」

「百年・・・、すると船内で三世代から四世代を経ておることになりましょうな。」

「それ以上かも知れません。」

「ヤサウェ自身は丹波行きを決行してから、その後機能不全に陥ったと・・・。」

「ネメシスが滅んでから十年ほどで寿命が尽きたようです。ローマ人たちの記録では、オヤカタサマが次に現れるまでの眠りについたことになってはおるようですが。」

「と言うことは、ヤサウェはもう百二十年もあの姿のままで・・・。」

「そう、オヤカタサマのお帰りを待ちわびております・・・・。」

陛下は天井を見上げてどこかしんみりとした口調だ。

「ほんと、そうですなあ。」

「厳密に言えば、五百年以上待ち続けていることになりましょう。」

国王陛下は今静かに瞑目してらっしゃるけど、ここにもまたドリフターへの攻撃を躊躇わせる理由がありそうだ。

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  1. 2008/08/03(日) 18:50:40|
  2. 妄想小説 主権国家|
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自立国家の建設 140

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いずれにしても、全ては、このヤサウェとやらを接収の上詳しく調査してからのことだとの仰せでもあるし、少なくともそれが判然とするまで公表は控えられることになるのだろう。

モニタは今、ドリフターの市街地を映し出していて、それを見ているうちにいろんなことが頭に浮かんでくるけど、現在そこで暮らしている人たちにしても、今だにローマ帝国の市民のつもりなんだろうし、彼等自身はずっと「ローマ帝国」を名乗り続けてるみたいだけど、近年使われてる呼び名では東ローマ帝国とかビザンチン帝国だし、しかもその最後を飾ったとされる王朝がパレオロゴス王朝なのである。

五百五十九年前コーンスタンティヌーポリスの城内にオスマン帝国軍がなだれ込んで来たときのローマ皇帝は、確かにパレオロゴス王朝だった筈だし、そのパレオロゴス家の紋章こそが例の「双頭の鷲」なのだ。

そして現在のパレオロゴス家の当主の名はミカエル二十六世・パレオロゴスだって伺ってるけど、結局その男が敵の王と言うことになるのだろう。

「それにしても、もしヤサウェが機能不全に陥らないでいてくれたら、いったいどうなっていたのでしょう。」

主人が箸を置いて突然お尋ねした。

さっきまでお見せいただいていたことを、いろいろと頭の中で反芻した結果出て来た質問だったに違いない。

「私にしても、その辺が一番興味深いところなのです。」

「ミカエル二十六世にしても、ヤサウェの言うことなら従う可能性が高いのでしょう。」

「その皇帝陛下が相変わらずお留守のようでして・・・。」

国王陛下が微苦笑しながらの仰せだが、少なくとも初代アウグストゥスから続くローマ皇帝の称号だけは、ビザンチンに連綿と受け継がれていたと言う史実がある以上、その帝国の王である限り、その実質性はさて置いても、紛れも無い皇帝ではあるのだろう。

「では、やはり戦艦の方に・・・。」

「はい。敗戦からこの方十二年間も音信不通であることは確かです。」

「今現在も戻っていないわけですな。」

「そのようです。」

「ところで、戦艦が丹波を攻撃していた際、ドリフターはどのあたりにおったのでしょう。」

「丹波から四億キロ付近で遊弋(ゆうよく)していた模様です。」

この丹波にしても地球にしても、唯一の衛星である月までの距離が概ね四十万キロほどであることを考えれば、四億キロと言う距離が概ねその一千倍にあたることになるし、はるかな太陽との距離と比較しても実に三倍近い距離なのだ。

「では、戦艦が戻ろうにもおおごとですな。」

「いえ、そうでもないでしょう。但し加速と減速に忙しいでしょうが。」

「じゃあ、ミカエル二十六世はけっこう頻繁に戻っていたと仰る。」

「七ヶ月ほどの戦闘の間に、最低限の補給を兼ねて二度ほど戻ってはいるようですが、戦利品を積み替えている余裕は無かったと言いますし、撤退後などは、ごく一部の戦闘機と言いますか、シャトル便が辿り着いただけのようです。」

「ほほう、ごく一部でございますか。」

「それらの者から決定的な敗軍の報を初めて知っただけのようですから。」

敗軍の報を受けたのは、ドリフターで留守番をしていた人だったんだろう。

「そう致しますと、ドリフターの連中から見ても、戦艦は行方不明と言う話になりますな。」

「その通りです。」

「しかも、十二年間も。」

「はい。その間散々探し回ったようですが。」

「しかし、その戦艦と言うものは、そんなに長期間の滞在を許す構造なのでしょうか。」

「なんとも言えませんな。」

「しかし、低空にまで降下してきたわけでしょう。」

前回の攻撃の際の話なのだ。

「はい。」

「そうすると、ドリフターのような擬似重力を用いた居住区など具わっていなかったことになりますよねえ。」

仮にドリフター自身が重力圏にまで接近したりすれば、天然の重力によってその居住区の中の貴重な環境が瞬時に崩壊してしまう筈なのだ。

「少なくとも、あのように山や川や海まで持ったものは無い筈です。」

「戦艦は丹波を襲った挙句、陛下に撃退されてしまったわけですよね。」

「はい。」

「その時の戦闘で、船内が相当損傷していたかも判りませんな。」

「こちらも必死で暴れましたから。」

当時十五歳の国王が、それこそ血みどろの戦いを繰り広げた戦艦なのだ。

「そう言う船で、十二年も生き延びられるとはとても思えませんな。」

「他の天体で補給をなし得る可能性も無きにしも非ずですかな。」

「その可能性は限り無く低いでしょう。」

「同感です。」

「今頃は、乗組員の全てが船内で骸骨になってるかもしれませんな。」

「その可能性は高いでしょうが、逆に明日にでも姿を現すかも知れませんから油断は禁物です。」

「しかし、この丹波の外周は、常時水も漏らさぬ索敵網が張り巡らされていると伺っておりますが。」

今では五千キロほどの上空を、全て重厚にネットし終えていると聞いていたのである。

「はい、私が不在中であっても、迷わず攻撃を加えるよう立見大将に指示を与えてありますから。」

尤も、陛下が丹波にいらっしゃるときなら私たちだって心配はしないのだ。

「敵はすごいスピードで来ますよねえ。」

何しろ、敵の巡航速度は秒速三万キロを超えているのである。

「最悪五千キロ圏で打ち洩らしたにしても、敵は大分前からかなり減速してる筈ですから、地上との挟み撃ちで充分勝算がございます。」

「この件の公表は現在差し控えておりますが、今後につきましては如何すべきでしょう。」

「難しいところでしょうな。」

「あまり安心させてしまっては、折角の戦争景気がはじけ飛んでしまうかもしれませんからな。」

「いや、それよりも私の作戦にしても絶対と言うわけではありませんし、基本的には、それぞれの国に自ら防衛する気構えを持っていただかなくてはなりません。」

「それはそうですな。」

「これも対外戦争である以上、何があろうと、基本はあくまで各国の自己責任であるべきです。」

「判りました。しばらくは伏せておくことに致しましょう。」

「それが良いでしょう。」

「あとは、ドリフターの始末でございますが。」

そこには大量の非戦闘員が居住しており、陛下に本格的な武力攻撃の意図がおありにならないことは以前から承知しているのである。

「はい。」

「彼等は現在も、丹波攻撃の意図を持ち続けているのでしょうか。」

「ローマ人も人によりけりだと思われます。」

「そうなりますと、問題は留守を預かる人物と言うことになりますかな。」

主人は、ドリフターで留守をあずかる最高責任者のことを言っているのだろう。

「相変わらず実権は、アレクシオス・スフランツェスの手にあるようです。」

「お話では、確か帝国軍総司令官でございましたな。」

前に主人と一緒に拝見した映像では五十がらみで二メートル近い偉丈夫だったけど、これが又戦意盛んな人物で、新領土の獲得を叫んで丹波侵攻の旗をこれ見よがしに振って見せてはいるが、帝国軍などと言ってみたところで、その実態は、兵力一つとっても二百にも満たないお寒いものでしかないのである。

しかも、航空機を用いた軍事演習など只の一度も見かけたことは無いとも仰っていた。

「既に副帝と言って良いでしょう。」

「皇后アナスタシアとは大分近しい間柄だとか。」

その皇后は皇帝が出撃する直前に娶ったと言う評判の美女であり、これも映像で見る限り、長い黒髪に黒い瞳を持った濃艶な女性だったけど、結婚当時十六歳の若さだったと言うから今でも未だ三十前の筈だ。

しかも、最初の皇后は皇女を一人産み落としてから亡くなっている筈だから、くだいて言えばこの皇后アナスタシアは後妻さんと言うことになるのだろうが、皇帝にはその他にも複数の侍妾までいたらしく、その実情はいわゆる「公妾」と言って良いものであったらしい。

「実際は権威付けのこともあって、副帝の方が一方的にそれを望んでいるような気配も無いではありませんが。」

自らの拠って立つところを補強する目的で皇后との接近を望んでいると仰る。

「ほほう、それじゃあ軍司令官閣下の片思いと言うわけですかな。」

「少なくとも今のところは、司令官の枕の塵を払うまでにはなっていないようです。」

枕を交わす仲にはなっていないと仰る。

「しかし、男女の間柄と言うものは、いつ何が起きても不思議はありませんからな。」

「まあ、この場合の皇后は常に柳に風で実に巧妙にそのことを避け続けておりまして、ときには司令官の方が操られているのではないかと思わせるほどなのです。」

「それでは司令官閣下も益々青筋が立っていることでしょうな。」

「何しろ、色と欲との道連れですから大変です。」

「それは怖い。」

「確かに、あっはっはっはっ。」

「そう致しますと皇后アナスタシアは、ご亭主の生還を未だ諦めていないのでしょうか。」

「去るもの日々に疎しとでも申しましょうか、近頃では完全に諦めているような気配です。」

「なるほどねえ、ちょっと戦争に行って来ると言って出かけて行ったご亭主が、十二年も音信不通ですからねえ。」

「差し詰め司令官などは、いまさら帰ってこられても大いに迷惑と言ったところでしょう。」

「それはそうでしょう。」

主人がにんまりと微笑んでいる。

「一刻も早く帝位につきたいと念じておるようですし。」

「そのときは、皇后との婚姻を果たして是非にも箔をつけたいところなのでしょうが、人情紙の如しとは良く言ったものですな。」

「ところが、皇帝の生還を願う人間が全くいないと言うわけでも無いのです。」

陛下が改めてモニタに目をやっておられる前で、カメラは、今しも十メートルほどの上空から、先ほどの小屋を近々と見下ろしているところだが、さりとてそこでは何事も起こらない。

レンガ造りの小振りの家々は、きれいに踏み固められた広場の両側で、ひっそり閑と静まり返ったままなのだ。

「先ほどの番人小屋でございますな。」

「はい、ここに住まう者たちが、朝な夕なに供物(くもつ)を運んでおります。」

「なるほど。」

「少々早送りして見ましょう。」

モニタの動画が急速に流れて行く。

恐らく数百倍もの早送りだったのだろうが、ほんの数秒で画面が落ち着きを取り戻し、やがて待つほどもなく数人のローマ人たちが期待通りに姿を見せてくれたのである。

最初に姿を見せた二人の若者は、短めのチュニカを着て剣を帯びているところから見て、どうやら護衛役と言う役どころなのだろうが、そのあとから出て来たのは、大型の懐中電灯を大切そうに抱えたかなりの老人で、これは長いチュニカ姿で見るからに足元も覚束ないありさまだ。

その後、別の小屋から現れたのは四人の女性だったが、先頭に立つ若い女性だけが濃いえんじ色の長いマントを纏い、輝くようなフォックスゴールドの長髪を風に靡かせており、手提げ篭を持ってあとに続く三人の女性の方は白っぽいチュニカを長々と着ている。

ちなみに「チュニカ」とは、人類の被服史の中ではシャツの原型となったものとされており、その造りはごく大雑把な言い方をすれば現代のTシャツと同じと言って良いが、今この女性たちと老人が身に着けているものはくるぶしまで隠れるほどの長さだ。

手首まである両袖はいわゆる筒袖だが、中でも女性は幅の広い紐で胸乳の下あたりを緩やかに結んでいて、その下方には特に大量の布地を用いているらしく、身動きに連れてしきりに波打ち、その姿は優雅であると言えなくも無いのである。

一方の男性たちは押しなべて腰のあたりで紐を結んでおり、殊にこの老人などは結び目からその紐を長々と垂らしている。

「どうやら、マントの女性が中心人物のようですな。」

このマントのことを彼等自身はパルダメントウムと呼ぶらしいが、良く見ると金糸の縫い取りがそちこちに見て取れる。

「はい、先の皇后の産んだ皇女セオドラですが、母方からノルマン人の血を強く引いていると囁かれているようです。」

この女性の映像は、以前のお話には一度も登場して来ることはなく始めて目にするものだったが、供のものを引き連れて歩む姿は流石に凛とした気品を感じさせる。

「ほほう。」

「少なくとも彼女だけは皇帝の帰還を願っている筈です。」

「赤子の折りに生き別れたお父上が恋しいと・・・・。」

「実際には、味方が少ないことも小さくないでしょう。保護者としての皇帝は貴重な存在でしょうから。」

「では、かなり小さくなって暮らしてることになりますかな。」

「何しろ味方はほんの数人と言う体たらくですから、肩身の狭い想いをしていることだけは確かでしょう。まるで、巫女(みこ)のような暮らしぶりなのです。」

「かんなぎでございますな。」

「少なくとも本人は、例の鳥居の外へ出ることはほとんど無いようです。」

「それにしても、皇女自ら神域に住んで神に奉仕していると言うのも・・・」

「どうも、王宮には住みたくないらしい。」

「皇后から継子(ままこ)いじめにあってることになりますかな。」

「無いとは言えないでしょうな。しかも近頃では司令官閣下のご子息が盛んに食指を動かしておりますようで。」

「皇女と結婚すれば、そうとう箔がつくでしょうな。」

「少しぐらい箔をつけて見たところで、今さらどうにもならんでしょう。」

「それはそうでしょう。何しろ戦いを挑もうとしているお相手がお相手ですからな。」

主人がにんまりとしているが、とにかくこの国王陛下に戦いを挑む以上、それだけでその運命は極まってしまっている筈だ。

「いや、私が何もしなくとも既に滅びの道をまっしぐらに突き進んでおるのです。」

「やはり、手持ちの資源が枯渇してしまいそうですか。」

「何よりも、オヤカタサマが折角下された先進的な文明の利器が概ね危殆に瀕しておるのです。」

「確かPME型発電設備なども、そうとう老朽化が進んでいるようなお話でしたが。」

「はい、稼動しているのは既に半分も無いでしょうし、最も大切な筈の人工太陽も風前の灯ですから。」

天空の人口太陽とは、五百万にも及ぶと言う壮大な電灯群であり、しかもその一つ一つが途方も無い大きさなのである。

「人工太陽の電球は、地上のパネル版からの操作を受けて、天空のロボットアームが交換してる筈でしたな。」

「はい。しかも電力自体が危機的状況にある上、交換部品のストックにしてもそろそろ底をついてるようですし。」

「例えばその電球などは、彼等自身は生産能力を持っていないのでしょうか。」

「ヤサウェが眠りに付いて以来、その技術も絶えてしまってるようですが、よしんば作れたにしても、天空の倉庫にまで運び揚げてくれる昇降機がストップしてしまっておりますから。」

円筒形の居住区には、その円筒の両端部分にもの凄いエレベーターがある筈なのだ。

「だとすれば、最早絶望的ですな。」

「既にその十パーセント以上が点灯しておりませんし、今後その進行は益々早まるものと思われます。」

「残りの九割は、あとどのくらいもちましょうか。」

「確たることは判りませんが、あと一年以上の寿命を残している電球はほんの数パーセントしか無いと見ております。」

「ほほう、それでは・・・・。」

「はい、しかも天空の発電設備が寿命を終える日も近いと思われますし、配線のほうもかなりの漏電が始まってしまっているようです。」

「すると文字通り昼の無い世界になって、少なくとも光合成は行われなくなり、人間を始めこれだけの動物が暮らす以上、たちまち酸素が欠乏してしまいますな。」

「同様の事情で居住区の回転運動も停止してしまうでしょう。」

「擬似重力が失われてしまう・・・・。」

円筒形の居住区が、典型的な無重力状態に戻ってしまうわけだ。

「とにかく、全てが消耗し尽くしておりますようで。」

何故か陛下は哀しそうな表情だ。

「つまり、ほっといても自滅すると・・・・。」

「尤も、彼等自身ごく一部を除けば未だ想像もしていないでしょう。」

「一人残らず確実に死滅してしまうのですから、知れたら最後さしずめ暴動でしょうか。」

「まあ、静穏のうちに終末を迎えるものもいるでしょうが、大騒ぎになることは避けられないでしょう。」

「司令官閣下が焦るのも無理はありませんな。」

一刻も早く新たな領土を得ない限り全滅を免れないのだから、そりゃあ誰だって焦るだろう。

「ですから、そのような事態で箔をつけてみても仕方が無いと申し上げておるのです。」

「確かに仰る通りですなあ。」

「人は・・・・・、人には誰にしても守りたいものがありますし、私にしましても、家族や仲間たちを守りたいだけなのですが・・・・、哀しいものです。」

そのとき、モニタの画面が急に切り替わり、皇女の歩む姿を正面からはっきりと捉えてくれたが、被写体の人物が気にも留めないでいるところを見ると、よほどの望遠の技を使っているのだろう。

「ほほう、これはこれはお美しい。これではその息子でなくとも・・・・。」

主人が年甲斐もなく相好を崩して言っている通り、未だ大人になりきれてはいないにせよ、青い瞳を持つその少女は妖しいまでの美しさに輝いていたのである。

「しかし、未だ十五ですよ。」

陛下まで笑っていらっしゃる。

「十八歳でも通りましょうな。」

現にその背丈などは、既に供の女たちより更に抜きん出ているほどだ。

「ふむ。」

だが、主人と違って陛下の方はあまり興味が無さげではある。

その後、モニタ画面は再び磐座(いわくら)の背後に回り込んだらしく、鬱蒼とした樹林を掻き分けながら百メートルほど進んだところで、古ぼけた社(やしろ)の前に出た。

それは切妻造りの板葺き屋根を持った二坪にも満たない小さなもので、しかも木々の枝葉に埋もれるようにして朽ち果てようとしており、陛下の横顔が一段と哀しそうに見えたのは気のせいだったのかしら。

「中は空(から)でございました。」

やがてぽつりと仰せになったが、思えばここにこそ、この神域の本来のあるじがおわす筈だったのだろう。


ほろ酔い気味の陛下はその後重大なことを仰ってからお帰りになられたが、それはドリフターの武装解除に付いてのお話であり、船内のタカミムスビの矢を悉く捕捉し終えたことにより、近々にも一斉に無力化してしまう方針だと仰せになられたのだ。

一言で言って敵軍の武装解除の話であり、しかもひっそりと行われるようなニュアンスだったところを見ると、これもダミーと交換で接収されるおつもりなのだろうが、そうなれば、少なくともドリフターの脅威だけは殆ど消えてしまうに違いない。

その後主人は、東京の首相官邸と急遽連絡を取った結果、明日の夕刻には国井首相自らが王宮を訪れて、日秋戦略会議とでも言うべきものが行われることになるのである。

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  1. 2008/08/05(火) 11:50:28|
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自立国家の建設 141

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さて、丹波世界が敵襲を控え挙って迎撃態勢の中にあるとは言いながら、九月十五日は王にとって二十七歳の誕生日だ。

ヤマトサロンが大声で主張した結果ではあるのだろうが、王宮では夜間ささやかな祝宴が催され席上さまざまな話題が興り、中でもワシントンから寄せられた招待状の持つ意味が小さくない。

殊にローズの場合特殊ないきさつを持つことから、大秋津州の王妃としてその地を踏むことに特段のこだわりを示し、咲子の方もその想いが通じるだけに積極的に同調する姿勢を見せたのである。

詰まりは、二人の王妃が揃って訪米を望んだことになるが、見渡せば少々厄介な問題も無いではない。

何せ、国際社会における外交上のバランスと言うものがある。

現にそのような招待状など各国から降るほどに寄せられて来ており、殊に中露台などは血相を変えんばかりの勢いなのだ。

ここでワシントンの請いに応じるとなると、自然その他のものにもそれなりの対応が求められることになるが、若い妃たちはそのへんのところにはかなり疎いところもあり、彼女達がそのことを認識するのを待ってから改めてご裁可がおりたと言う。

妃たちが、自身相当の外遊日程を覚悟したことにはなるのだろう。

即座に土竜庵がフル回転で調整に動き、ほども無くその日程が定まり、いよいよ王妃の訪米と言う一大イベントが実現する運びとなった。

横山葉月が娘に付き添うことも固まり、表向き扈従(こじゅう)の女官は二人に一人づつのたった二人きりと言う思い切った小人数である。

国王自身も当日の索敵行の成り行き如何では現地で合流出来る可能性を残しており、ワシントンの期待はいよいよ高まり、送迎用車両一つとってもわざわざ特別厳重な装甲まで施して、その訪れを切望して見せたのだ。

フランスの一流紙などによれば、その対応振りを評するに際し「阿諛追従」とか「媚態」と言う極端な表現まで用いるほどだったが、ワシントンの姿勢を見る限りそれもまた宜なるかなではあっただろう。

また、一方のタイラーにしてみれば、長らく苦慮していた最大の難関までクリヤすることを得ている。

無論、ローズ妃に対する国家としての謝罪の件に他ならないのだが、謝罪内容が明白なものでありさえすれば非公式扱いで済ませることがようやく可能になったのだ。

その上ワシントンは、その外交日程を大々的に喧伝して殊更に耳目を惹く作戦に打って出ているほどで、その期待するところはいよいよ小さなものでは無い。

何しろ、招く相手が秋津州王家である以上、例え王妃だけでもそれが実現出来れば、たったそれだけのことで、合衆国のステイタスを格段に向上させてしまうほどの国際環境が眼前にあるのだ。

しかもそこのところに持って来て、これまでその実現性は極めて薄いと囁かれて来ており、従ってそれを実現させたタイラーの功績もまた高い評価を受けることに繋がり、ワシントンにおいて「秋津州の友人」の名は益々高まり、彼をして影の国務長官と見る向きはいよいよ増えるばかりだ。

合衆国のメディアの中にはこのタイラーをして、次期大統領選の共和党候補と言う新聞辞令を発して見せるものまであり、その存在感は既に単なる補佐官では無いと言って良い。

少なくともこの男が、一際困難な外交調整を無難に終えることを得たことだけは事実であり、それも当然と言う風潮が一方で高まって来ており、同時にその手に握られる予算もまた一層莫大なものとなって行くに違いないのである。


やがて九月の三十日に至り、世界の注目を浴びる一大イベントの幕が開いた。

王妃一行の足は無論SS六であり、ワシントン到着は昼過ぎのことだったが全て予定通りである。

一行は大統領官邸の広大な裏庭に到着後直ちに邸内に入り、ローズ妃が大統領閣下の謝罪を無難に受け入れたことにより、米国側は最大の難関を乗り越えることを得て全ては順調だったかに見えた。

尤も、ワシントン側からすれば、それこそ緊張の連続だった筈で、あとに残す重要なプログラムが迎賓館における晩餐会のことでもあり、その主賓席にお迎えすべき国王陛下の訪れを諦めたわけではないのである。

それまでに時間はたっぷりとあることから、しばらく歓談しながらときを過ごしたが、肝心の国王陛下は未だ索敵行からのご帰還が無く、共同記者会見は見送られ一行は迎賓館に向かう運びだ。

移動に際してはローズ妃の希望もあって、わざわざ米国側の用意した車両が用いられることになり、厳重な交通管制が布かれる中を一行は粛々と出発した。

カモフラージュを兼ねて同一の装甲車両八台を連ねてのパレードとなって、しかも警備車両や白バイまで含めれば二十数台にも及ぶ大名行列だ。

二人の王妃はそれぞれ別の車中の人となり、それぞれに扈従の女官が一人づつ付き、葉月は娘の車両に便乗して、高々十キロほどの道のりを静々と進んだが、殊にローズにしてみれば、かつて両親を奪われ石もて逐われた母国に錦を飾ったことになり、車窓を眺めながらその感慨もひとしおのものがあったに違いない。

ワシントン特別区はその視界の中で合衆国の首都として見事に復興を果たしており、その姿は地球時代のものに勝るとも劣らない。

一行はその広い街路を静々と進んで行くが、無論その沿道には無数のG四が張り付き、米国側の警備態勢にしても万全を期していない筈は無い。

迎賓館までの道筋は幾通りもあったが、どの道筋をとるかは事前発表が無いままに進み、やがて車列がゴールに近づき、残すは数百メートルに迫ったそのときに、扈従の女官から二人同時に声が掛かった。

「全速前進。」とのことだ。

米国側が無線連絡を取り全車一斉にアクセルを踏んだが、刻既に遅く凄まじい爆音と爆風が襲って全ての車両を五十メートル以上も吹き飛ばしてしまい、車中の人間はその悉くが一瞬にして散華してしまったのである。

遠方からの目撃談によれば、巨大な火の玉がきのこ雲のように立ち上るのを見たと言う。


国王が六角庁舎に帰還したのは、それから数時間のときが流れてからのことだったが、当然第一番にそのことを知った。

「何があった。」

憤怒を抑えた静かな問いかけではあっただろう。

「サーモバリック爆弾でございました。」

東京のお京が応える。

サーモバリック爆弾とは、マグネシウム粉末、アルミニウム粉末、ケイ素粉末、ハロゲン酸化剤、ホウ素などから造られるもので、それらが固体から気体へと爆発的に相変化することによって、空中において極めて広範囲にわたる爆発を引き起こす兵器であり、いわゆるピンポイント攻撃とは逆の意味を持つ面制圧を志向して開発されたものだ。

要するに、たった一発で、極めて広範囲の敵を一度に殲滅することを目的とする兵器だと承知していたのである。

「事前に察知出来なかったのか。」

察知出来ていれば、こう言う結果にはなり得ない。

赤子のような愚問を発してしまったのも、内心の動揺が小さくない証拠だ。

「申し訳もございません。」

進行方向右前方にあるビルの最上階に特徴ある人物を発見し、念のため全速前進を命じたときには既に遅かったと言う。

これも、その人物が、かつてのベクトル社代表ジョージ・S・ベクトルであることに気付いたからだったと言うが、その男が所持していた中型のショルダーバッグが恐るべきものだったことに気付かされたのは、惨劇が起きてしまってからだったのである。

歳の割りにひどく老衰して見えたその男が、その部屋のバルコニーで、おもむろにバッグを開けて作動させたものがあり、それが周囲数百メートルもの大気中に瞬時に拡散させたものが恐るべき結果を招いたのだ。

この兵器の特徴ではあるが、数種類の固体が一瞬にして気化することによって、粉塵と強燃ガスの複合爆鳴気を大気中に作り出し、酸素との結合によって大爆発を引き起こしたのである。

詰まり、その爆発は広範囲の空中で起こったのであり、しかもテロリストがバッグを開けてから一秒とかからずに全てのことが完了してしまい、そのことが、十気圧を超える高圧力と三千度近い高温を発生させたばかりか、一帯を凄まじい衝撃波が襲った筈だ。

「何故、路上を走らせた。」

その程度の自爆テロなど、SS六を用いてさえいれば難なく防げた筈なのである。

「ローズさまが地上の凱旋パレードをお望みでございました。」

「凱旋か・・・・・・・。」

その気持ちも判らぬではないが、それが判っていたればこそ、当人にはせめて一言言い聞かせて置くべきだったとは思う。

ぎりぎりと奥歯をかみ締めながら、こみ上げてくるものを辛うじて堪(こら)えはしたが、胸の奥には得体の知れない何者かが不気味に沈殿し始めている気配だ。

「申し訳ございません。」

G四の事前検索においても、テロリストの部屋にライフル等の特段に目を惹くようなものは見当たらなかったと言い、しかも周囲のビルばかりか、そのビルの屋上にも無線機を持った米側の警備要員が配備されており、それこそ水も洩らさぬ厳戒態勢だったと言うのだ。

「今さら何を申したとて後の祭りだな。」

「まことに申し訳もございません。」

「米側の被害はどうじゃ。」

「死者だけで百を超えるとのことでございます。」

付近のビルどころか上空にいた報道ヘリまで巻き添えを食ってしまっており、負傷者に至っては未だに数も知れないと言うほどの大惨事なのである。

王は婚姻の式典どころか契りさえ結ぶ事無く、又しても新妻を失ってしまったことになるのだが、軍陣にあると言う意識がそうさせるのだろうか、サロンの心配をよそに今度ばかりは意外に元気だ。

現に成り行きによっては二十億を超える犠牲者が出ると囁かれている折りから、個人的な悲しみを胸に封じ込めてしまったのだろうが、回りからの語りかけに対しても機敏に反応するばかりか食事も摂るし酒も飲む。

王にとっては現に戦闘中なのだろうが、その夜、夫人から様子を聞いた新田などは、「戦闘」が終わった後の事を思って随分胸を痛めたほどなのだ。

今もキッチンでは鹿島夫人と久我夫人がしきりに鼻を啜っており、居間では、遅れて到着した岡部夫人が加納夫人と抱き合って大泣きするかたわらで、キャサリンとみどりが互いに慰め合っている。

田中盛重が半べその新妻に酌をさせているが王に動じる気配は無く、明朝も変わらず索敵に出ると言い、今後は田中を伴わないと宣言しているのも、それだけ田中の身を気遣ってのことなのだろう。

田中が頑強に同行を主張するものの、そのそばから新妻の悲しげな顔が見えており、国王が肯んじないのも無理は無いのである。

刀匠が先ほどらい虚空を見つめてなにやらぶつぶつと呟いており、やがて新田夫人だけは乳飲み子を抱えて引き上げて行ったが、土竜庵のご亭主の方は遺体の引き取りやら何やらで大忙しだ。

中でも女官の「遺体」などは今でもそこそこの国家機密であり、「一切触れないで欲しい。」と言う新田の要請は命令にも等しいと囁かれたほどで、王の帰還後瞬時に派遣された中型ポッドに「搭載」されて既に帰還を果たしており、妃たちと葉月の遺体にしても明朝には戻る見通しだ。

いまや王宮前のグラウンドには万余の群集がいて、その過半が外国人だと言うが、その胸に去来するものは例外なく魔王の反応だったに違いない。

一部の米国人などはひざまずいて神に祈る者までいたが、それも無理からぬことだったろう。

ヤマトサロンには先ほどらいビルの姿があり、その口振りでは、タイラーが外事部の窓口で蒼白な面持ちで待機していると言い、その大男が既に惑乱してしまっていると言う者まで出たくらいだ。

その意味でもワシントンを始め世界が震撼したことになるが、その間このビルを通じて発信され続けたもろもろの王宮情報が、それを鎮めるのに非常な功があったことは否めない。

その情報の中の国王はその居間において、少なくとも怒声一つ発する事も無く、冷静に酒を汲み、夕食の膳にも泰然と箸を付けていたのである。

翌日ワシントンは早々と単独犯行であったことを公表し、問題の爆発物の出本もこのテロリストがかつて経営していた兵器工場だったと結んだが、その犯人にしてからが遺書どころか骨すら残していないのだから、確かなところなど誰にも知り得ない。

その後の国王は、その戦闘意欲に衰えを見せるどころか積極果敢に索敵を続けた上、ビルの取材に対しても「家族を失ったことは私事であり、この国難にあたり公人として優先すべきはあくまで国家の護持である。」と応えたとされ、弔問の使節の中にも戦士の心中を推し量って涙する者まであったと言う。

その後、ワシントンはこの件に関して「特別調査委員会」まで設置して、わざわざ秋津州人の委員を受け入れる態勢まで作ってことに望んだが、無論秋津州側の容れるところではなかった。

一つには、「調査」と言う側面に限って言えば、今さら米国側の調査能力など必要としなかったからでもあるが、とりわけ窓口の新田の反応が冷然たるものであったことが、ワシントンを改めて戦慄させたことは言うまでも無い。

最強の魔王から、その責任を厳しく問われていると解釈したのだ。

一の荘に間借りしている米軍司令部の件ばかりか、経済的な側面でも大和文化圏への参入を阻まれてしまう可能性すらあり、現在の経済環境から見て、それは合衆国の死命を制するほどの威力を秘めた経済制裁に等しいのだ。

しかも、不足がちな戦費に関しても現実に莫大な支援まで受け続けており、その拠出が滞ってしまえば、そのことが米国経済の大いなる足かせになってしまう可能性も無視出来ない。

現にニューヨーク市況などは大幅な下落傾向を見せており、対応を誤れば大統領が辞任したぐらいではことは収まらないとして、タイラーが必死の想いで駆け回り、岡部夫人の口利きを得たこともあり、ようやくにして国王の謁を賜り、その対米心象が特別に悪いものではないと言う心象を持つに至った。

何しろ謁見のみぎり、国王から思いのほか懇(ねんご)ろな接遇を受けることが出来たのである。

米国人被害者に対する丁重な弔意ばかりか、親しくお盃まで頂戴した上に、今次の戦乱が収まり次第、国王自身が改めて米国訪問の可能性もあり得ると言う感触を得て、大いに面目をほどこして退出することを得たのだ。

その報に接したワシントンが胸を撫で下ろしたことは勿論だが、世界のマーケットが一気に落ち着きを取り戻したことから、著しい復興を見せつつあった世界経済にとっては何よりのプレゼントにはなった筈なのだ。

無論、国王にとっては、そのことをとりわけ重く見ての高度な政治行動ではあったのだが、東京でその報に接した岡部などは、若き統治者の心中を慮って、人目も憚らず号泣して周囲をてこずらせたほどだったのである。

一方、その日の深夜ひっそりと執り行われた葬送の儀においては、浄暗の中を棺を担って粛々と歩を運ぶ男たちの中にあの田中盛重の姿があったと伝えられた。

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  1. 2008/08/08(金) 15:54:50|
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自立国家の建設 142

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その後十月の中旬になって、あるニュースが各紙の一面を賑々しく飾り立てることになった。

その報せは対異星人作戦に直接関係するものであったが、この作戦が行われた領域が途方も無い遠方である以上、無論秋津州軍以外の手になるものではない。

しかもそれが、あのドリフターの実質的な武装解除を完遂したと言う内容であったことから、それはそれで世の喝采を浴びて当然だったろうが、かと言って最大の脅威とされて来ている戦艦の行方が未だに不明のままである以上、状況が決定的に好転したと感じる者など一人もいなかったろう。

その戦艦に襲われる恐怖から解き放たれたわけでは無いのである。

従って国王の孤独な索敵行も否応無く続かざるを得ない状況にあり、しかもそれが既に九ヶ月もの長きに及んでしまっているのだ。

そのことが国王の肉体にかなりの負担を強いている筈だとして、各方面からさまざまの声が上がり始めていたのだが、一方で、陛下のケースでは連続して無重力状態にある期間が極端に短い筈だとして、それほどの問題では無いと見る向きも少なく無い。

六角庁舎から発信される公式情報では、陛下の健康管理は適切に行われているとされてはいるものの、立川みどりなどは心労のあまり葬送の儀の直後から入院してしまっており、一途に国王の身を案じるあまり体調を崩してしまったことだけは確かなのだ。

東京でその病床を見舞ったダイアンと鹿島夫人からは、病人の口説がさまざまに齎され、これを受けたヤマトサロンが、その舌鋒に一段と激しさを加えることに繋がったのである。

家族を奪われた陛下にとって今が一番お辛い時期のことでもあり、せめてもの休養だけは是非ともお取りいただくべきだと言い、そしてまた、陛下の財貨を無為に放擲するような施策の続行はその財政を破綻させる道に繋がるとして、これ以上は絶対に控えられるべきだと言うのだ。

ヤマトサロンの中でも急先鋒は例によって久我夫人であり、沈黙しがちなダイアンを尻目に涙ながらに気勢を上げていると言うが、何よりも入院中のみどりの存在が小さくない。

今では田中夫人や加納夫人までが同調して、えらい騒ぎだ。

サロンの言説は既に秋津州の「世論」にも等しいとするメディアまで出る中で、新田夫人自らがその夫に激しく迫ったほどだったと言うが、新田の心情は思うだに切ないものがあったろう。

如何せん時期が時期なのだ。

迫り来る外敵に対する迎撃態勢を固めることにしても、或いはまた世界の経済復興に努めることにしても、人類そのものの運命が掛かっている重大事項であり、どちらも決しておろそかには出来ないのである。

なかんずく今回の戦役は過去のものとは大きく異なり、戦って勝利を手にしたからと言って、戦時賠償どころか新たな経済的利得など全く得られない相手であり、それを基準に打ち立てられた陛下の基本方針は、実際の軍役は全てご自身が担われるほかは無いと言う前提に立った上で、新田には丹波の経済活性化に全力を尽くすべしとするものであったのだ。

現に、新田の手になる巨額の戦費配分が依然継続中であり、それを背景に持った異常なほどの戦争景気が、いよいよ平時レベルのものにまで循環し始めようとしているときなのだ。

各国の設備投資も大型のものでさえとうに一巡してしまっており、このままで行けば各産業界はいよいよ未曾有の収穫のときを迎える筈であり、そう言う時期に一貫性に欠ける施策を採ったりすれば、それこそ九仞の功を一簣(いつき)に虧(か)くことにもなりかねないのである。

まして、あらゆるマーケットが、国王の拠出能力の限界点に関して鵜の目鷹の目の筈であり、ここは歯を食いしばってでも、もう一踏ん張りすべきときなのだ。

皮肉なもので、産業界には戦争の終息を望まない風潮が根強く蔓延(はびこ)っており、この「戦争状態」がいま一歩長引いてくれさえすれば、秋津州資金と言う巨大な材料を失ったにしても、世界経済は充分立ち行くと豪語する者まで出ているのである。

産業界の重鎮と目される者などからは、立ち遅れた国家が急速に経済復興を成し遂げる為にも、この戦争を終えてはならないとする暴論まで飛び出して来る有様であり、しかも彼らの中には秋津州資金のコントロール如何によっては、いざと言う場合のソフトランディングも充分可能と見る向きも少なく無いと言う。

何しろ、一旦崩壊してしまった世界経済が強力な加速器を与えられたことにより、大きく浮上したばかりか、素晴らしいスピードで急上昇しつつあるときなのだ。

そう言うときに、いきなり加速器を失ってしまえば、失速して墜落し、地上に激突してしまうかも知れないのである。

少なくとも今は、加速器を外すべきでは無いだろう。

現実の世界経済は、その全体規模を見ればとうに地球時代のそれを凌駕してしてしまっており、実際にはその殆どが大和文化圏に負うところが多いとは言いながら、現にアフリカ諸国なども豊富な地下資源を持ったこともあって、驚異的な経済成長を遂げつつあるほどだ。

その地では、一部に内戦が続いているとは言いながら、その経済規模は地球時代の二百倍に達するとする声まで聞こえて来る有様で、既にアフリカは過去のアフリカでは無いのだ。

殊に新アフリカ大陸は大和文化圏に隣接すると言う地理的条件を具えており、そのことを充分に活かしている成果だと言う声も大きいが、そこには地球時代からアキツシマ学校が多数設けられて来ており、その門をくぐった児童の数に至っては五百万を超えたとされ、彼等の果たした役割も決して小さくは無い筈だ。

その因果関係に関する議論はともかくとしても、現実にアフリカと言う名の巨大市場が眼前で誕生しつつあるのである。

日本の産業界などは、当然そこへ向けて脱兎の如く駆け出してしまっている状況だ。

尤も、日本の産業界が熱い眼差しを向けている新市場はほかにもある。

それは、近頃目覚ましい経済発展を遂げているインドであり、十億もの民が壮大な経済活動を繰り広げているその地も、今や充分過ぎる市場価値を持ち始めており、良好な日印関係が築かれていることもあって、その有望性はいよいよ高いと言って良い。

とにもかくにも、人類社会は、丹波移住と異星人との戦争と言う一大変事によって激変してしまったことだけは確かだろう。

第一、それぞれの国土の持つ自然条件が地球時代とは全くかけ離れてしまっているのである。

象徴的な事例を一つ挙げれば、アメリカ合衆国を含んだ新たな北米大陸のことがあろう。

その大陸には北部にカナダがあり、中央部には小さいながらもイロコイ連邦が国旗を翻しており、南部一帯を合衆国が大きく領しているとは言うものの、その合衆国に隣接して大陸の西海岸一帯を任那の郷が大きく占めてしまっている。

この任那の郷とは言うまでも無く秋津州の飛び地領のことであり、石油を始め極めて豊富な地下資源を誇っているのだが、当初の予想を覆して合衆国領にはそれが無い。

哀しいほどに無かったのである。

移住後のその国では当然油井の試掘に狂奔したが、その結果、当初の内こそ国内需要の三十パーセントを確保し得る見通しを持ったものの、その形質が予想外に劣悪だったことに加え、近頃では各油田の埋蔵量が極めて少ないことが判明しつつあり、生産性がお世辞にも良いとは言えないことも相俟って、あろうことかその実質自給率は近い将来数パーセントにまで落ち込むとされ始めたのだ。

一部の専門家の間などでは、ほんの数年後には一パーセントを割り込んでしまうと囁かれるほどで、そう言う国土しか持てなかったことが、今や合衆国の最大の悲運とされるに至っている。

その合衆国は、地球時代とは大きく異なり、いわゆる「海外領土」と言うものを一切有してはおらず、他国の油田地帯を手に入れる以外、自給率の向上は全く見込めない状況にあり、しかも、現状では需要の多くを隣接する任那からのパイプラインに頼っていることが、国家の安全保障上、今次の異星人の問題を除けば最大の課題になりつあると言って良い。

現に、一部メディアなどは「石油の一滴は血の一滴」とするスローガンまで掲げ始めており、その状況を目の当たりにした日本人の間からは、どこかで聞いたことのあるようなスローガンだと言う声しきりなのだ。

尤も、合衆国の悲運はそれだけに留まらない。

その領土には、地球時代にあれほど豊富だったウラン鉱脈が見事なほどに皆無であり、原子力の活用に当たっては、今後はすべからく他国からの移入に頼らざるを得なくなってしまったのだ。

そうである以上、合衆国の核武装遂行能力は確実に衰亡することになり、原子力空母も原潜もその運命は自然知れているだろう。

現在懸命にカナダ領内の探査に手を貸していると囁かれてはいるが、結局それも甲斐無い結果が待っているのである。

しかし、同様の悲運は何も米国だけに留まらない。

皮肉にも、地球時代には資源大国とされていた筈のロシアですら、新たな領土では石油の自給率は三十パーセントにも満たないとされ、中国が二十パーセント、英仏独に至ってはそれぞれ二桁未満の体たらくだとされているのである。

ところが一旦振り返って見ると、大和文化圏だけが全てにおいて飛び抜けて豊富な地下資源を有しており、既にそれは他を圧するほどの存在感を示し始めているのだ。

中でも日本などは地球時代にはこの点が最大の弱点だったものだが、新たな領土においては豊富な地下資源を誇っており、ウラン鉱脈はもとより、石油一つとっても優れた油井を数多く試掘を完了しているほどであり、既に資源大国の雄と称されるに至っているほどだ。

しかも、その潜在的産油能力は国内需要を大きく上回っている筈だとされていながら、国井政権は国有油田の多くに封印を施してまで海外からの輸入を促進しており、これには賛否相俟って姦しいが、少なくとも他の産油国からは、好意のこもった眼差しを向けられていることだけは確かだろう。

尤も、地球時代のように相手側の言い値で売りつけられるような無様なことは一切起こらず、しかもいざともなれば、一切の輸入を止めてしまってもおつりが来るほどの産油能力を持つことが知れている以上、この点でも逆に日本側の主導権が強まるばかりであり、近頃では実に象徴的な変化まで起きてしまっていると言う。

ちなみに地球時代には、テキサス産原油を標準とするニューヨーク・マーカンタイル取引所で取り引きされる原油価格が、世界の原油価格に多大な影響力を誇っていたものだが、丹波移住後の世界では当然のことながら全く姿を消してしまっており、それに代わって、日本産原油を標準とする東京工業品取引所で日々取り引きされている原油価格が、その指標として既に事実上の世界標準となりつつあると言うのだ。

実際の原油取り引きも標準的なもので見れば、地球時代の実質三分の一ほどの価格で推移して来ており、しかも、一日本人としての秋津州一郎氏が国外に所有する膨大な油田が、巨大な出荷調整を自在に行える条件を具えているとされているのである。

緊密な日秋関係を思えば、市場の反応も自ずと知れているだろう。

また、日本は広大な農地を一挙に確保出来たことと相俟って、WTOなど国際間貿易の取り決めなども、過去と比べれば極めて有利な形で改変に成功したことが大きく功を奏し、超円高と言う過酷な経済環境にありながら、国井政権による積極的な支援を背に、いまや農産物の国際競争力もそこそこに見るべきものがあるとされるに至っている。

農業生産者にしても実態は未だ殆どが秋津州人ばかりなのだが、日本人の目にも農事に熱意を持てる国際環境がようやく整いつつあるとされ、いよいよ大規模農地の払い下げが始まろうとしていた。

既にコメは勿論、小麦、大豆、とうもろこしでさえ一切を自給してあまりあるほどの実績があり、食糧の自給率に至っては、カロリーベースで三百パーセントを上回る勢いを示しており、多くの耕作地をコスト高の日本人の手に委ねたあとでさえ、百五十パーセントを下回るとする声など一向に聞こえてはこない。

コスト的に競争力に劣る農産品目が一部残るにしても、あらゆる農産物を産する秋津州と言う怪物が日本の背後に絶えず見え隠れしている上、中でも玉垣の郷の農地管理が未だに鹿島大将の影響下にあると囁かれているのである。

現に鹿島閣下がかつて居所と定めた指揮所のようなものが今でも現地で稼動していて、しかも現地入りしている鹿島夫人の姿まで頻繁に見掛けられており、その地で営まれる膨大な農業生産は、全て日本人の飢餓あるときに備えてのことだと言われて久しいのだ。

実際、国王と鹿島閣下の間には当初から暗黙の了解が成っていることは確かであり、二人の越し方を見れば、その了解事項の内容については言うまでも無いことだったろう。

まして秋津州には、壮大な農耕地を具えた荘園まで控えている。

そうである以上、仮に日本全土が打ち続く飢饉に襲われ、しかも世界中が一斉に日本への出荷を停止してしまった場合でさえ、日本国民が充分喰らうに足ることになる。

更には、地球時代に勝るとも劣らないほどの広大な専管水域を確保出来ている上、優れた魚場を数多く持つに至り、しかも、今では隣接する秋桜領海での漁獲割り当てまで得てしまっており、自然、各地の漁業も活発な操業振りを見せていることもあって、最重要戦略物資とされる「食料」については、既に磐石の構えを示しつつあると言って良いほどだ。

また、異星人の襲撃を控えて当然急落する筈の地価にしても、国家警務隊の特殊な防衛能力が格別に評価された結果、他国の例と引き比べても極めて堅調な値動きを見せており、このこと一つとっても、国家の防衛力と言うものの持つ希少価値が、国民の間に改めて再評価されつつあると言う。

少なくとも日本の市場だけは、敵の占領を想定しなかったことにはなるのである。

何せ、この極めて有効な防衛力を持たなかったと仮定すれば、日本の地価は概ね十分の一にまで急落していたとするアナリストが殆どであり、仮にそうなってしまえば、金融界を始め各産業界は例外なく大打撃を免れなかった筈なのだ。

だが、現実の日本国は既に抜きん出た経済大国であり、ここ数年間に起きた種々の変動によって齎されたインフレにしても、地球時代と比べて概ね二百五十パーセント付近で落ち着きを見せており、二千パーセントを超えるハイパーインフレーションを引き起こした米国と比べてもその差は歴然としていたと言って良い。

日経平均で見ても株価は二十万前後からなお上昇圧力を感じさせてくれており、新兜町などは連日沸き立つような賑わいで、この点でも国井政権の足元を揺るがすような材料など、どこにも見当たらないと評されるに至っている。

とにかく日本経済が絶好調なのである。

それが証拠に、日本の財務官僚たちが書き上げるべき次年度の予算原案の総額にしても、軽く三百兆円を突破すると囁かれる中、肝心の税収の方が極めて好調であり、信じ難いことながら予算額をさえ上回ってしまうほどの勢いなのだ。

税収の源たるGDPに至っては、このままで行けば六千兆円も夢ではないとされ、そうであれば地球時代から見れば概ね十倍になったと言って良く、インフレによる貨幣価値の変動分を勘案してさえ優に四倍増であり、唯一秋津州のそれには及ばないにしても、欧米諸国の猛追を完全に振り切ってしまっている状況だ。

しかも、このような爆発的な経済成長と大幅なインフレが、かねてより負っていた巨額の財政赤字を、額面上はともかく実質的には五分の一にまで縮小させてくれている今、国際社会の荒波を乗り切って行くためにも、順調な経済成長が必須要件であることをいよいよ強く思わせるのである。

また一方で、新田の秋桜資金にしても大和商事の主導で極めて優位に運用され続けており、一部のアナリストの試算によれば、その資産総額は既に日本円換算で二千兆円を超えるのではないかとまで囁かれるほどであり、しかもその費消にあたっては公的なものに限るとする基本姿勢が未だに微動だにしていない。

世上、新田と岡部の腹はとうに決まっていて、いざともなれば敷島特会の金庫に怒涛のように注がれる筈だと囁かれ、巨額の資金の行方はあらゆるマーケットから今や注目の的だと言って良いだろう。

このでこぼこコンビの連携は無論日秋関係においてもその要であることは確かだが、ただ、岡部夫人の差配するコーギル社が超巨大コングロマリットとして、近頃繁栄の極みにあるとする声も無いではない。

何せ、そのダイアンは秋津州国王とも特別のパイプを持つことから、豊富な情報を不断に入手して来ている筈だと囁かれている上、口さがない連中の口を借りれば、秋津州の経済面を担う特別顧問だと言うことになってしまうほどなのだ。

そのことの真偽はさて置き、現実に八雲島の一の荘に本拠を構えるその一企業が、現地の制度に則って運営され続けた結果、その納税実績一つとっても、秋津州の財政運営に大きく貢献している事実だけは動かないのである。

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  1. 2008/08/11(月) 09:42:41|
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自立国家の建設 143

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さて、それから半月ほどが経った十月の末である。

東京では、立川みどりが大過無く退院を果たして周囲をほっとさせる一方、六角庁舎の秋桜(こすもす)エリアでは、新田源一が早朝から国王を迎えて貴重なシグナルを受け取ろうとしていた。

何しろ、未だ夜が明けたばかりのことでもあり、連絡を受けた新田も驚きを隠せなかったようだが、とにかくほかのことでは無いのである。

何はさて置き直ちにオフィスの方に席を設けたが、その接遇も、乳飲み子に手の離せない妻に代わって秋元涼がさり気無く勤めてくれており、この点一つ採っても、「彼女」たちの夜(よ)も日(ひ)も無い勤務態勢が非常な戦力となっていることは否めない。

まして、陛下の突然の朝駆け一つ採っても、こっちより先に察知していた気配まであり、そのせいもあってか「彼女」の手によってたちまちにして席が整った。

無論席に酒は無く、陛下は朝茶で口を湿らせるや否や、こちらの目の奥を覗き込むようにして仰せになるのだ。

昨晩はかなり遅かったこともあって今になってしまったが、今ここで出撃すれば当分ゆっくり話す機会も無かろうから、出撃前に是非とも話して置きたいとの御諚であり、自然おっとり刀で伺うことになったのだが、先ずは、ヤサウェのデータの復元に成功したと伺い、この点では事前の期待が満たされたことにはなるのだろう。

予定通り接収した結果、物理的損傷が無かったこともあって、そのデータの復元も至って順調だったと仰り、続いて、人工知能に往古のデータへの物理的接続を命じられたとの仰せだが、当初はその意味するところが理解不能であったものが、忠実な秘書役の「彼女」がついていたこともあり、懇切な説明を得てようやく腑に落ちたのである。

その概要を端折って言えばこうだ。

問題の人工知能は一千年にも及ぶ稼動を続けて来ており、いきおい蓄積して来ているデータも膨大なものにならざるを得ず、しばしば手に余るほどのものになってしまったらしく、往年のデータの多くを切り離して別途収納せざるを得ない事態に度々遭遇して来たと言う。

こう言った切り離し作業は過去においても折りに触れて実行されていたようだが、とにもかくにもその処理機能が、日々増え続けるデータを全て処理するには不足を生じていたと言うのだから、それはそれで苦渋の選択ではあったのだろう。

ところが、ここに来て事態が一変したと仰る。

その人工知能が一挙に三十五台ものスペアマシンを持ったことによって、ハード面での大幅な冗長化が成り、それが運用面における優れた柔軟性を生んだと仰るのだ。

早く言えば、常にその役割を代行し得るスペアを得たことにより、従来からのオーナーマシンですら長時間のシャットダウンはおろか、その本体のハードですら、そっくり新造のものに交換してしまうことまで可能になったと言うのである。

これまで煩瑣な部分交換で凌いで来た人工知能にとって、これは画期的な環境改善を意味していたらしく、その利点を生かして作業を進めた結果、その処理能力を飛躍的に高めることにも成功し、既にそれは従来の数億倍にも達すると言う途方も無いものに成長していたらしい。

詰まり、おふくろさまが劇的な進化を遂げたことになり、その結果、以前なら無謀なものでしか無かった筈のご命令ですら、軽々と処理出来るほどの能力を具えたことにはなるのだろうが、同時に最大の難関を乗り越えなければならなくなったと言う。

それは新旧データ間の論理的な整合性を確保することだったと聞き、専門的な切り口については相も変わらず理解不能だったのだが、要はそのことのために、おふくろさまが大汗をかいたことだけは確かなのだろう。

しかし、専門的な知識は無くとも、別に重要なポイントが潜在していることは言われなくても判っている。

すなわち、人工知能に「記憶」は無く、ただ「記録」だけがあると言う点だ。

詰まり、その記録にアクセス出来なくなった瞬間全く知らなかった状態に陥ってしまうばかりか、再びアクセスするまではその状態が永遠に続かざるを得ないのだ。

我々人間さまのように、ずっと忘れていたことを、僅かなきっかけでふいに思い出すような芸当など出来はしないのである。

一旦切り離してしまった記録装置の中身は、おふくろさまにとっては最初から知らなかったことと同じであり、過去において自分自身が直接行ったことでさえ全く同じことなのだ。

結局、おふくろさまは自らが製作した筈の巨艦のことは勿論、ネメシスやローマ人たちのことについても、全く「記録」を失ってしまっていたことになるのだろう。

そもそもそうでなければ、かつてローマ人たちの襲撃を受けた際、陛下は一旦丹後に飛んでおられる筈なのだから、当時丹後に留まっていた人工知能が、襲撃のデータに接した瞬間にも全てが氷解していた筈なのだ。

ところが、今おふくろさまは往古の記録に全て接続することを得たと言う。

人間さまに例えれば、失われていた「記憶」を一挙に取り戻したようなものだったろう。

それも、千年も昔のことでさえ、まるで昨日のことの様に鮮明に認識することが出来るのだ。

人間のように記憶が薄れてしまうことなど無いと言って良い。

しかも、人工知能と言うこの「機械」は、あるじからの問い合わせに対して、少なくとも嘘は言えない仕組みになっていると言うのである。

あるじである陛下は、当然さまざまな「問い合わせ」をなさったろう。

その結果、かつて推測に過ぎなかったことの多くがれっきとした事実に変わったと仰り、少なくともその骨子だけは事前の予想を裏切らないものばかりだったらしく、かつてビザンチン陥落の際にローマ人を救ったオヤカタサマが、秋津州の三十六代さまだったことは勿論、ネメシス滅亡の折りに彼らをドリフターに救い揚げた方が、ご当代の実の父君だった事実まで確定したと仰る。

だが、問題のネメシスの滅亡が、小惑星の激突によって齎されたものだったと聞くに至って、思わず不遜な声をあげてしまっていたのである。

「しかし陛下、小惑星の一つや二つ、ご先代さまがついておられて、どうにもならなかったのでしょうか。」

現に目の前のご当代なら、瞬時に吹き飛ばしてしまわれるだろう。

「申し難いことですが、父と私とでは力の差が相当大きかったようなのです。おふくろさまの申すには、それも数百万倍もの差だったと言いますから。」

「ほほう、それほどまでに・・・。」

しかも、現代のオヤカタサマの異能は今以て進化を続けていると聞いているのである。

「はい、わたくしの十七歳頃の力が、概ね父君の絶頂期のそれに相当すると聞いております。」

「なるほど、そう言うことですか。」

「系譜に繋がる者の間にも個人差と言うものがございまして、今にして思えば、私の姉なども全盛期であってさえ、月一つ動かすのも容易で無かったろうと思われますから。」

しかも、異星人の襲来時は彼女にとって八十代終盤と言う最晩年のことでもあり、その「力」は著しく衰亡してしまっていたと聞いているのである。

「ほほう。」

「尤も、この場合、全盛期の姉を以てしても無理だったろうと思われます。」

「では、問題の小惑星は月よりも大きかったと仰る。」

「いえ、質量から言っても寸法から言っても地球よりはるかに大きかったそうです。」

「なんと・・・・。」

そんなに大きかったら小惑星だなんて言ってられないだろうし、例え直撃は免れたにしても、それこそ付近を通過されただけでも想像を絶する大惨事になってしまうに違いない。

「尤も、その軌道がネメシスのそれと重なっていることに気付いて、ローマ人に初めて伝えた頃の話ではありますが。」

「と、申されますと。」

「ローマ人たちがなかなか信じないものですから、父君は懸命に破砕しようとなさったようです。」

「なるほど、相当小さくしてからなら、どうとでもなるでしょうからな。」

「はい、質量から言って、破片の一つ一つが、ドリフターの百倍ぐらいになるまで破砕しようとなさったようです。」

「ほほう、そのくらいの物なら処理が可能だったわけですか。」

「充分だったそうです。」

「ところが、それが上手く運ばなかったと・・・・・。」

「はい、結局ごく一部の破片だけがネメシスの地表に落下してしまったと言います。」

無論、ローマ人たちを天空のドリフターに救い上げたあとのことだ。

「ごく一部でございますか。」

「一部とは申しましても、長径で一千キロを超え、質量に至ってはドリフターの十万倍は下らなかったと言いますから・・・・。」

「そんなでかいヤツが地表に突っ込んだんですか。」

「北半球に激突したそうです。」

「相当な衝撃だったでしょうなあ。」

「一瞬で深さ数千メートルもの大穴を穿ったでしょうから、想像を絶する衝撃だったでしょう。」

「クレーターの大きさは数千キロでしょうなあ。」

「はい、その上、地表付近の岩盤を悉く溶かしながら捲り上げ続け、その動きはまるで津波のようにしてネメシス全域に及んだと言います。」

「溶かしながら・・・。」

「少々乱暴な言い方ではありますが、基本的にはマグマと同じような状況になったのでしょう。」

「と言うことは、地表一帯が全て活火山の噴火口の中と同じ状態になったと仰る。」

「はい、それも全面隙間も無く。」

「では、海洋の水も・・・。」

「無論一滴残らず蒸発したでしょう。」

「深海もでしょうか。」

「勿論です。」

「その結果、成層圏は全て舞い上がる粉塵に覆われてしまったと言うわけですか。」

「それも超高温の粉塵です。」

「それが太陽光線をすっかり遮ってしまって、永遠の夜が来たわけですな。」

「太陽光線と言う熱源を失ったのですから、地表は急速に冷えて行ったでしょう。」

「その結果が全球凍結に・・・。」

「はい。」

「百三十年経った今はどうなってるのでしょう。」

「実際に確かめて参りましたが、各地で火山の巨大噴火は見られるものの、上空の粉塵はほとんど残ってはおりませんでした。」

「おお、それではローマ人たちの故郷が復活してることになりますか。」

「一応、極地付近を除けば概ね氷も解けて、多くの海洋まで出来てはおりましたが・・・、そこに戻るのはやはり無理かと思われます。」

「やはり駄目ですか。」

「何せ、地上は溶岩が冷えて固まったあとに数十メートルにも及ぶ火山灰が堆積しておりますし、草木一本生えてはおりません。」

陸と言い、海と言い、その全てが透き間も無くマグマに覆われたことによって、文字通り全生物が悉く死滅してしまったのだろう。

「ふうむ。」

確かに、モニタに写るその風景は想像を絶するほど荒涼たるものであり、しかも、至るところで豪雨が降りしきり、大規模な泥流や土石流が各地に発生して、諸方の大河も頻繁に流れを変えてしまうほどだと言う。

「それに、大気中の酸素濃度が人間にはとても足りないようですし。」

「窒息してしまうんじゃ住めませんなあ。」

「そのほかにも、決定的なことがございました。」

「未だあるんですか。」

「ネメシスの公転軌道に微妙にずれが生じて来ているようでして、数十年後にはそれが加速度的に大きくなってしまいそうな雲行きなのです。そうなってしまえば、最早死の星に化すばかりですし、最悪太陽に飲み込まれてしまう可能性までありますから。」

同じ太陽でも、それとの距離が適正に保たれ続けなければ、たったそれだけのことで人類はその生存すら危うい。

近過ぎても太陽の熱を浴び過ぎてしまい、又遠過ぎれば遠過ぎたで受ける熱量が決定的に不足してしまうのである。

「しかし、そのずれと言うヤツは陛下のお力で何とかならんもんでしょうか。」

「いえ、どこでもいいから飛ばしてしまえと言う話なら別なのですが、天体間の微妙なバランスを保ったまま動かすほどの自信はありません。」

「どうしても駄目ですか。」

「残念ですが。」

やはり絶望のようだが、その後のやり取りでもさまざまな「事実」が確定したとの仰せで、ご先代さまがローマ人を置き去りになさった経緯についても、その詳細を伺ってあまりのことに改めて驚かされてしまったのである。

ネメシスの滅亡にあたり、当時のローマ人たちはネメシスのはるかな上空に浮かぶドリフターに退避していて、彼等がその後の行動方針に関して激しく争ったことまでは伺っていたのだが、ことはそれだけでは済まなかったらしく、一部の過激派があろうことか先王に刃をさえ向けたと仰るのだ。

詰まり暗殺を謀ったと言うのである。

そのローマ人にもさまざまの人がいたらしく、中でもネメシスの復活を想い、時期を待って地上に戻るべしと主張する連中にとっては、一刻も早くそれを捨てるべしと諭すオヤカタサマの存在は非常な障害になった筈だ。

無論その対極にいた者も数多く存在し、両者が激しく衝突してしばしば流血の惨事を招いており、オヤカタサマの言説を信じて地球への再移住を叫ぶ側にとっても、それはそれで貴重な神輿(みこし)だったのだろうが、その中には、オヤカタサマと言う旗を自らの陣営に立てるべく、その身柄を拘束しようと謀るものまで現れたと言う。

尤も、暴徒たちが如何に執拗につけ狙おうとも、王に例の異能がある限り、無論出来ることでは無いのだが、そうかと言って騒ぎは収まるどころか益々激化の一途を辿り、オヤカタサマの身辺はいよいよ騒然とするばかりで、収拾のつかない状況が続いたらしい。

オヤカタサマがほとほと呆れ返っておられたことは確かだろうが、何度も襲われながらオヤカタサマは暴徒たちを一切殺さず、ただ哀しみのあまり無言で去っただけだったと言う。

先王とはそう言う方だったらしい。

今にして思えば、千九百三十四年に九十二歳で亡くなられたとするその方は、千八百四十二年のご生年の筈だから、それは、あの有名なペリー来航に先立つこと実に十一年にもなるのだ。

しかも、ご当代のご生年は千九百八十五年の筈だから、ご先代の没後五十一年もの長きを経ており、ご当代が人工子宮からのご出生と言う哀しい宿命を背負っておられることに改めて思いを致すことにもなったのだが、しかし、実際には呑気に感傷に浸っている余裕は無かったのである。

陛下が続けて触れて来られたことが、かつてご自身が最も興味深いと仰せになった事柄だったからだ。

詰まり、ネメシスの滅亡に際し、先王が飄然と去った後で為されたヤサウェの指導方針のことにほかならない。

ちなみにヤサウェの本名も井口弥左衛門と判明したそうで、代々の主からは往々にして「やさえい」と呼ばれることが多く、どうやらそれが転じて「ヤサウェ」となったらしいが、とにもかくにも当時の「やさえい」にとって先王のお下知こそ全てであったことは確かであり、それに沿って為された筈のローマ人への指導の内容こそ「それ」だったのである。

なお、この場合の先王はこの丹波にあの胆沢城を作ったほどの方だと伺っており、その点一つ採ってもそう言うお方がローマ人たちの武力侵攻など望まれる筈も無く、この意味でも大きな矛盾があったと言って良い。

ところが、改めて接続された往古のデータと弥左衛(やさえい)のデータが全てを明らかにしてくれた。

それによれば、オヤカタサマは磐座の洞穴に巨石を以て封印を施してから去ったと言い、その中に籠もって長期間沈黙した弥左衛(やさえい)は、ローマ人たちには知る由も無いことだろうが、れっきとしたヒューマノイドなのである。

とどのつまりに彼等が結論らしきものを下したのが、それから二年近くも経ってからであり、その間の彼等はシャトル便を使って頻繁に地上付近に降りて行き、血眼になってその状況を観察し続けたと言う。

その結果永遠の夜と全球凍結と言う異常気象がその後も長く続き、地表付近の気温に至っては益々下がり続け、遂にはマイナス二百三十度にまで達したことが、彼等のか細い希望をようやく打ち砕いてくれたのだろう。

結局、彼等のネメシスは、彼らを受け入れる素振りさえ見せなかったことになり、こうとなれば、最早他の天体を目指すより仕方が無いが、大恩あるオヤカタサマはとうに去ってしまっており、そのためにはその眷属(けんぞく)たるヤサウェの力が是非とも必要だ。

だが、肝心の洞穴の入り口は巨大な岩石で塞がれてしまっていて、押せども引けどもびくともするものではないのである。

彼等が巨石の前でその助けを乞うて泣かんばかりに哀訴した結果、ようやく中から応諾の返事があり、その後数分で巨石が破砕されたと言うが、無論、弥左衛(やさえい)麾下のタカミムスビの矢が活躍した結果だ。

やがて濛々たる粉塵を掻き分けるようにして出御した弥左衛は、ローマ人たちにとって最早神も同然だったろう。

何せこの弥左衛は、洞穴の中で飲まず喰わずで二年近くも過ごしていたことになるのだから無理も無い。

その後の彼等は見違えるほど従順な態度を示すようになり、中にはこの新たな「神」の前にひれ伏す者まで出たほどで、その説くところにも良く耳を傾けるようになったとは言うが、かと言って弥左衛は丹波侵攻など一言も説いてはいなかったと言うのである。

当時の弥左衛にとって見れば、人類の居住を許すほどの自然条件を具えた既知の惑星は数多くあったとは言え、自力で到達が見込まれるものに限れば、後にも先にも一つしか見当たらず、それこそが惑星「丹波」にほかならなかったことから、偏にそこへの移住を勧めたまでなのだ。

ローマ人たちにさまざまの訓練を施し、改めて行き先の座標を教えた上、実際に航行を続けながら、数世代ののちには必ずそこに到達することが出来ると説いただけで、くどいようだが、武力侵攻など勧めたりはしていない。

それどころか、到着後はひたすら「お館さま」のお袖に縋るべしと大声で叱咤した上に、それ以外にローマ人の生き延びる道は無いとまで説いていたと言う。

尤も、それは百二十年前までの話であり、その後弥左衛は機能を失って沈黙し、そして残されたローマ人たちが世代を重ねるに連れ、彼の残したその教えもローマ人たちの無用の誇りがその骨子を次第に変貌させて行った挙句、しまいには武力侵攻を意味するまでになってしまったと見るほかはない。

現に十三年前、彼等が丹波を襲ったことがれっきとした事実である以上、少なくとも結果はそうなってしまったことだけは確かだろう。

しかして、時代はこんにちを迎えたのである。

弥左衛は、最新のボディとデータを与えられて見事に蘇り、さまざまな文明の利器ばかりか、ご当代の直臣としての使命をも付与されて、既にあの磐座(いわくら)の中に戻されたと言う。

無論陛下がご自身で伴われたのだろうが、何はともあれドリフターの中に陛下のご意思を体したヒューマノイドが、あの弥左衛の仮面を被ったまま送り込まれたのである。

しかもオヤカタサマと弥左衛がギリシャ語で会話することに、ローマ人たちが何の違和感も持たないだけの経緯があるばかりか、陛下ご自身が既にギリシャ語の会話能力をお持ちなのだ。

自然、気の昂ぶりを覚えずにはいられない。

その直後、軍陣にある陛下はいつものように颯爽と出立されたが、お見送りに際し、そのお背中が千万言を語ってらしたような気がしてならなかったのだ。

今ここで出撃すれば当分ゆっくり話す機会も無かろうと仰せになる以上、既に、何ごとか壮大な作戦を始めてらっしゃるのではとしきりに思われてならないのである。

早速東京と連絡を取り、握り飯を頬張りながら岡部とやり取りを交わしたのだが、無論、岡部も大興奮の呈だ。

何せ、戦艦とドリフターの設計図まで入手なさっておられるのである。

岡部は、そこからは無限の可能性が広がって来る筈だと叫び、陛下はその作戦を考え抜かれたに違いないと言う。

いずれにしてもあの方のことだ。

非戦闘員にまで被害が及ばないことを一筋に願ってらっしゃるとは思うが、今後の展開に付いてあれを想いこれを想いするうちに、不謹慎にも何やら愉快な気分になってくるから不思議だ。

しかし、我に返って思うことは当然ながら別のところにある。

果たして陛下が、今頃どのようなお気持ちでこの「戦争」を遂行しておられるかと言うことだ。

親子ほども歳の離れたその親友は、不運にも又しても無惨に家族を奪われてしまっており、そのお心のうちはいかばかりかとしきりに思うのである。

その後三十分も経たない内に国井総理から直々の連絡が入り、事実関係に付いて若干の確認を求められたが、肝心の戦艦の行方に関しては何ひとつ手掛かりが掴めない以上、未だ動く時期ではないと仰る。

一時の興奮から醒めた今となって見れば確かに総理の仰る通りであり、今は粛々と陛下の作戦を見守るよりほかは無いのである。

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  1. 2008/08/20(水) 12:50:18|
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自立国家の建設 144

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さて、一方の国王の方はと言えば、出立寸前の機内である報せを受け取ったこともあり、索敵の現地へ直行する事無く一旦天空の基地に立ち寄っていたのである。

その報せとは、敵艦の再現モデルについてのものであり、しかもCGだけで充分と言って置いたものを、何を血迷ったかその模型の断面カットモデルまで完成させてしまったと言う。

人工知能にして見れば、途方も無い余力を手にした今一層の万全を期したつもりではいるのだろうが、何はともあれ、今、眼前にあるのはドリフターと戦艦の模型であり、一万分の一の縮尺だとは言っても元のサイズがサイズなのだ。

自然巨大なものにならざるを得ず、現に円盤型戦艦の方でさえ直径が五十メートル、高さが二十メートルにも及ぶと言う代物なのである。

無論そのフォルムは、十数年前の記憶を改めてまさぐるまでも無く、かつて激闘を重ねた敵の母船そのものであり、その頂上に突き出た円柱形の膨らみを思わず見据えてしまったのも無理は無い。

その膨らみは、直径僅か五十センチ、高さに至っては二十センチにも満たないと言う小ささなのだが、その断面カットモデルを見るに及んで、その内部に極めて重要な構造物があったことを初めて知ったのだ。

当時の自分が、もしD二やG四のような触手を持っていたならば、その発見も容易であったに違いなく、直ちに壊滅的な打撃を加えることも出来た筈であり、従って地上においてあれほどの損害を蒙ることもなかった筈なのだ。

しかし、当時の自分はそれらの機能を全く欠いていたのであり、その結果迂闊にも敵の心臓部を見落としてしまったことになる。

つまり、「それ」がそれほどまでに重要なものだったことを今になって思い知ったのだ。

それは一口で言えば、同心円を以て上下に重なり合う二枚のディスクと言って良いものであり、中でも上部の一枚が比較的分厚く出来ており、その下側に位置するディスクの方は極端に薄く、しかも、それぞれが個別に回転し得る機能を持つようだ。

今、手許の窓の月のモニタはこの戦艦の俯瞰図を表示してくれており、問題の上部ディスクを捉えてその名も「居住区」と銘打ってはいるが、同じ「居住区」と言ってもドリフターのそれとは比較にならないほど小さなものでしか無い。

何せ、ドリフターの居住区の場合、その直径が百キロもあるのに対して、戦艦のそれは三キロもやっとと言うところで、自然その内部は純然たる工業製品で満ちており、大地どころか、天然自然の生き物などどこにも見当たらなかったろう。

但し、そこには二千にも及ぶ部屋がびっしりと詰まっていて、敵将が陣取る指揮所や船の運航を司る管制室が備わり、しかも万余の乗組員が宇宙服も無しに時を過ごせる条件まで具備していると言うのである。

宇宙空間においては絶えず回転して擬似重力を生み出し続ける構造でもあり、その居住区に入りさえすれば、特別の器具を用いる事無く全て平常の生活が可能になるとしており、その点に限ってはドリフターのケースと同じと言って良いが、そのほかの設えに関しては、その多くがひどく異なったものとなっており、中でも特徴的なことに、この戦艦のケースでは、それぞれの部屋自体が、あたかもジャイロスコープのような変幻自在の回転機能まで併せ持ち、その時々の重力から受ける「引力」に連動して機能すると言う。

しかも室内の装備機材の一切が床や壁に固着ないしは厳重なはめ込み式になっていて、いかなる姿勢の変化にも対応し得るものになっていると言うから徹底している。

ドリフターの場合と同様、そのディスク全体が圧力容器としての機密性を保持していることは当然だが、戦艦の場合は酸素発生型の光合成を担ってくれる植物などは一切存在せず、その代わりに酸素の補充を含む空調システムが機械的に機能して、その中での自然呼吸を許容すると言う。

また、その下部にある極薄のディスクは「調整区」と名付けられているが、それは機体全体の構造から見れば「居住区」と他の領域との中間に位置し、回転と停止を適切に行うことで双方向への通過を可能としており、その通過に当たっては数段階のエアロック施設を経る方式だが、このエアロック施設が、空気と水と言う対象の違いこそあれ、運河における閘門(こうもん)にあたると言えなくも無い。

モニタの俯瞰図によれば十箇所もの閘門が設けられており、それぞれに十干(じっかん:甲乙丙丁戊己庚辛壬癸)の一つが記されているところから、甲閘門、乙閘門、丙閘門のような称され方をしていたようだが、いずれにせよ「居住区」への出入りにあたっては必ずいずれかの閘門を経る必要があり、その中のエアロックシステムが、居住区の中の機密性を保持するためには不可欠のものとなっていることは確かだ。

詰まり、頑丈至極な魔法瓶の如き構造を持つ居住区が、このことによって乗員の必要とする気圧と酸素濃度を維持する仕組みであり、ましてその中に指揮所や管制室がある以上、真っ先にそこを潰していさえすれば戦闘そのものが早期に終息していた可能性が高いのだ。

結局、同じ戦艦の中であっても、魔法瓶以外の場所は擬似重力も無く、気圧や酸素濃度に関しても、普通の人間が宇宙服も無しにのし歩けるような環境ではなかったことになるのだが、その戦艦が丹波の低空にまで降下してきたときには、私自身が宇宙服など一切用いずに魔法瓶以外の領域で闘っていたのであり、そのことを思えば、その時に限ってはそこでも自然呼吸が可能だったことになる。

又、一方のドリフターにしてみても、その俯瞰図を見る限り、同様のエアロックシステムは勿論、極薄の円盤型「調整区」を具えており、こっちの場合の調整区はその直径が百キロにも及ぶと言う巨大さではあるが、ドリフターの居住区のサイズに合わせる必要がある以上、それはそれで当然のことだ。

尤も、このドリフターに限っては、近頃D二やG四などと共に何度も侵入を繰り返して、既にその多くを実地に検分してしまっており、今さら目新しいものは何も無いと言って良い。

しかも、今となってはこちらの関心を惹くのは例の神域ぐらいのものであり、お社(やしろ)と磐座(いわくら)あたりを中心に、その一切を切り取って移設してしまう心積もりでおり、移設先には特に父君に縁の深い胆沢城を選び、その受け入れ態勢にしても既に万全を期すよう命じていることでもあり、その後おふくろさまとの間で多少の質疑を持ったのだが、そのやり取りの最中に思いもよらぬ報告が飛び出して来たのである。

ちなみにドリフターの武装解除に関して言えば、既にタカミムスビの矢ばかりか搭載機までダミーとの入れ替えを完遂してしまっており、その全てが我が手の内にあって精査の対象となっていたのだが、その一部から例の戦艦に関してたった今驚くべき情報を得たと言うのだ。

無論、その根拠となる動画情報は直ちに検分し、その結果、戦艦の物理的消滅の事実を確信するに至り、作戦行動の自由度は最早際限も無いものになったと言って良い。

人類にとっても最大の脅威だったものが消滅していたと言うこの新事実を、急遽京子を通じて新田にも伝えさせ、あとの処理を任せたのだが、その公表に伴うあれこれに付いては、無論慎重に検討されることになるだろう。

また、暗黒の大宇宙に張り巡らせた壮大な索敵網がその役割を終えたことにより、早速その再配備に掛かるべく飛び立ったのだが、このときおふくろさまが「やさえい」に向けて発した密命が、供のものに密かに付託されていたことまでは知らなかったのである。

この事実も大分あとになってから知ることになるのだが、人工知能がこの私に知られたくない「命令」と言えば常に一つしか無いと言って良い。

いずれにせよ、この時点で我が軍が途方も無い余力を持ったことは確かであり、この直後丹後や但馬から若狭へ大量の搬送を行うと共に、一挙に四個兵団を投入してその総仕上げを命じることを得ているほどだ。

既に相当な部分で工事が進捗していたこともあり、その壮大な兵力が若狭の地に新たな秋津州の建設を成し遂げるには、その内容から言っても三月(みつき)を要することは無いと見て良い。


一方、こちらはドリフターの広大な居住区の中である。

皇女セオドラはこの日の朝も手ずから供物を整え、近頃のあれこれに想いを巡らせながら足取りも重くいつもの道を辿っていた。

考えれば考えるほど気が重いのである。

あのヘラクレイオスが又しても懇望の使者を送って来たばかりか、これが最後通告だと言わんばかりの頭(づ)の高い挨拶だったからだ。

何度もお断りしているのに、相も変わらずこの私を妻に迎えたいと言うのだが、懇望と言えば聞こえは良いが、実際には親の威を笠にほとんど強要に近いものを感じざるを得ない。

この話には父親の帝国軍総司令官も大乗り気だって聞いてるけど、そのお相手は最初から大嫌いなのだから仕方が無い。

とにかく、まるで腹を空かせた猛獣のような男で、ホメロス一つ満足に読めないと聞いており、噂では家臣の妻を陵辱したばかりか、制止しようとしたその夫を妻の面前で嬲り殺しにした上、その女性の自由を奪ってその後も側に置いているって言うくらいだし、その日常を聞けば聞くほどもう虫唾(むしず)が走るほど嫌いなのである。

現にこっちの身内同然の者たちに対しても、ひどい仕打ちが目立って来ていて、その理も非も無いやり方は前から有名だったけど、紅燈の巷でも些細なことで直ぐに乱暴狼藉を働くことが多く、一般市民に死人が出る騒ぎまであったと耳にするほどなのだ。

もう二十八だと聞いてるから、いくらなんだってやんちゃが過ぎたでは済ませられない筈なのに、怖いもの無しの身分をかさに毎日肩で風を切ってのし歩いているらしい。

父親を上回るほどの堂々たる体躯を誇り、人並み外れた膂力を指して十人力だなどと阿諛(あゆ)する者が多い上に、実際誰も敵わないほどの剣技まで具えていると言うのだから、確かに国一番の剛の者ではあるのでしょうが、いつも権力と腕力をひけらかして周囲を圧伏し、弱いものを泣かせるようなことばかりなさっておいでなのに、呆れたことに近頃では誰一人諌めようともしないと言う。

誰にしても父親の総司令官は怖いでしょうから、それはそれで仕方の無いことだとは思うけど、それにしたってあの司令官より軍歴の長い方だっていないわけじゃないんだし、そう言う方々まで口を閉ざしちゃってるのを見るのはとても哀しい。

私に対するお話にしたって、何度もお断りしているのにそれでもふてぶてしく使者を寄こすなんて、本来ならあり得ないほど非礼な行為なのだけれど、昨日の使者の口振りでは、この話には国中が賛成していて、今ではあのお義母(かあ)さままでご賛同のおもむきだとお聞きして、その時からこの胸を冷たい風が音を立てて吹き抜けて行く想いだ。

こんなお話に賛成なさるなんて、お義母(かあ)さまは、いやしくもこの国の皇后として恥ずかしいとはお思いにならないのかしら。

本当かどうかは知らないけれど、お義母(かあ)さまがあの乱暴者に自分で「迎え」に行ったら良いと仰ったと言う話まであるのだ。

いきさつから言ってその場合の「迎え」は「力ずく」が前提になるのだろうし、万一、兵まで引き連れて押しかけられたら、もうどうすることも出来ないに違いない。

以前は、ここは一応神域とされてるくらいだから、いくら乱暴者だってまさかここまで押しかけては来れないだろうと思っていたけど、爺(じい)などに言わせると、この分ではそれすらどうなるか判らないと言う。

そのためもあって、ヤニとデニスが剣技を買われてじいの領地から来てくれてるけど、確かヤニが二十三でデニスはその一つ下の筈だし、何かと言えば血気にはやりたがると見てじいが心配することしきりなのだ。

でも、それだけ事態が切迫してきてる証拠なのかも知れないし、現にその二人がとうに覚悟を決めてるみたいで、万一のときは斬り死にを覚悟で防ぐから、その間にお逃げ下さいって言うくらいだ。

だけど、こんなことで人を犠牲にしてまで逃げ回るのは嫌だし、落ち行く先は誰が考えたってじいの領地しか無いんだし、そこは女の足では一日歩いても辿りつけないほど遠いのだから、どうせ直ぐに追いつかれちゃうに決まってるし、相手が相手だから、そのときはじいも私もどうなるか判らないけど、何がどうなっても辱めを受けることだけは絶対に嫌なのだ。

例え全てを失うにしても最期まで皇女としての誇りだけは失いたくないし、そうなったら、せめてその誇りだけを胸に天国へ召されたいと思う。

この前も、伝説にあるように洞穴に蓋をして、その奥で静かに最期のときを迎えられたらいいのにと言って、じいに思い切り叱られてしまったけど、その時もじいの目に涙が光ってるのをはっきりと見てしまい、もう何にも言えなくなってしまったのである。

耐え難いほどの辱めを受けてまで生きていたいとは思わないし、出来たらそうなる前にじいの手で始末をつけてもらいたいのだけれど、一旦それを口にしたりしたら、じいのことだからきっと大泣きに泣いてしまうに違いない。

じいもその昔は国中で十指に数えられるほどの剣士だったらしくて、そのアナクレトス・カラヤニスの名を天下に轟かせていたと言う話だけど、なんと言ってももう六十五になるのだ。

今日もいつものように灯りを抱いてついて来てくれてはいるけど、近頃はすっかり足腰も弱っちゃってるし、重い灯りを持つのは見るからに危なっかしいから、その役目だけはヤニかデニスと代わるようにと言うのだけれど、何しろ頑固だからいっかな耳をかそうとはしないのである。

じい(アナクレトス・カラヤニス)は、家来筋だとは言っても血筋から言えば母方の祖父にあたり、母がお父さまに召されて宮廷に入るときにわざわざ付いて来たくらいだし、殊に私が生まれてからと言うものは、亡き母に代わってずっとそばにいてくれて、怒らせるととても怖い人ではあるけれど、実際は私の行く末を誰よりも思ってくれてる人なのだ。

そばにいてくれる人はもうじいの家臣だけになっちゃったから、こう言うときにお父さまがおいでだったらと思わないこともないけど、その時の戦(いくさ)で大惨敗なさったらしいし、もう十二年もお帰りが無いところを見ると、いくらなんでももう望みは無いのかも知れない。

お父さまは、地上の領土がどうしても必要だと仰って征途に就かれたらしいけど、その時の相手は激しく抵抗したと言うし、仕舞いには手ひどく反撃されて結局撤退の已む無きに至ったと言うお話で、少なくとも直接的な戦闘は十二年も前に終わってる筈だから、ご無事ならとっくにお戻りの筈なのだ。

当時戦場から小型機が二機だけ戻って来て、散々の負け戦だったってことを報告したって聞いてるけど、そのあと二年も掛けて探し回った結果、結局万策尽きちゃったことになってるらしい。

じいなんかは、もっとお探し申すべしって散々言ったらしいけど、その頃はもう帝国軍総司令官のアレクシオス・スフランツェスがすっかり権力を掌握しちゃってたらしくて、搭載してる小型機なんか一切自由にはならなくなっちゃったって聞いた。

アレクシオス・スフランツェスは軍事と行政を両方とも握っちゃってるから、もうやりたい放題で、この分では息子のヘラクレイオスが益々つけ上がる一方だろう。

どうにもならないことばかり一杯あって勉強に身が入らないから、家庭教師代わりのネリッサからついお小言をいただくことになっちゃったけど、私の身代わりになって叱られるトニアとアウラに申し訳ないから、これからはもっと気をつけようとは思う。

何しろトニアとアウラは時勢がすっかり変わってしまった今でも、ずっと側にいてくれる小間使いであり、トニアが二十(はたち)でアウラは未だ十八のことでもあるし、年恰好から言っても貴重な話し相手でもあるのだ。

彼女達二人はヤニとデニスたちともおさな馴染みのせいもあるだろうが、最近それぞれが妙に仲が良いみたいだし、昨日なんかもネリッサが、母親代わりに小言を言ってるのをつい耳にしてしまったくらいだ。

私なんかから見れば、ただもう微笑ましいだけなのだが、ネリッサは若い男女のことだから、何かあってからでは間に合わないと言うのである。

体重が私の倍もありそうなネリッサは確か今年四十二歳になった筈だけど、大分前に夫を亡くして以来ずっと傍にいてくれて、今では実質的な女官長でもあり、昨日の使者の不遜な物言いにも人一倍腹を立てていたけれど、色んないきさつから言ってそれも当然のことなのだ。

嫌な使者を前にして、私が一言も口を利かずに済ませることが出来るのも、全部ネリッサが太った体を揺すらせながら対応してくれてるおかげだし、この意味でもネリッサさまさまなのである。

尤も、そのネリッサが使者の不遜な物言いに「無礼でありましょう。」と大声を上げたときなんかも、相手の方はまったく平然たるもので、この私も腹立たしかったけど、今の力関係から言えばそれも仕方の無いことなのかも知れない。

それが帰ったあとで、カラヤニス家からのお届け物があってようやく明るい気分にさせてくれて、そのお届けものには私もネリッサも感謝の気持ちで一杯だ。

カラヤニス家と言うのは勿論じいの家のことで、亡き母の実家でもあるのだけれど、そこの城地で留守を預かってるアルセニオスは、じいにとっては唯一残された跡取り息子なのだし、私にとっても亡き母の実の弟にあたる上に、今はかけがえの無い後ろ盾なのである。

なんと言っても、数年前から宮廷費からの支出がまったく途絶えてしまってるのだから、ここでの暮らし一切がこの叔父さまからの仕送りに頼らざるを得ない身の上なのだ。

以前は、じいの連れ合いの亡きアルテミシアおばあさまの実家からもしょっちゅう仕送りがあったけど、そのウェルギリウス家は去年罪を得て潰れてしまっていて、今はもう跡形も無いのである。

尤も、反逆の罪ありとして一方的に断罪したのも、あのアレクシオス・スフランツェスだったのだから、全て冤罪だったと言う囁きが国中を覆ったと聞いてるけど、今ではそれを口に出して言う者はいない筈だ。

聞こえれば、あっと言う間に牢獄入りであることが知れ渡ってる証拠だろうし、アルセニオス叔父さまがこっそり匿ってるウェルギリウス家の遺児のことが知れたりしたら、もうとんでもない大騒動になるに違いない。

問題の遺児アンドレアス・ウェルギリウスは未だ十四歳の身で、係累の全てを刑殺されてしまった上に表向きは死んだことになっており、今は叔父さまの領内で数人の遺臣に囲まれながら、ひっそりと世に出るときを待ってる筈だけど、これもこのご時世ではどうなるものか心細い限りなのである。

何せネリッサの話なんかでは、もしそのことが公(おおやけ)になったりすれば、直ぐに司直の手が伸びてアンドレアス当人ばかりか、じいも叔父さまも只では済まないことになると言う。

尤も、司直の手だなんぞと言ってみたところで、全てスフランツェスの私兵に過ぎないと言う者が殆どだし、じいは、今はひたすら隠忍自重(いんにんじちょう)を心掛けるよう叔父さまに命じたらしいけど、叔父さまにして見れば、実母の実家がスフランツェス一派の陰謀で殆ど皆殺しの目にあったのだから、それこそ憤らない方が不思議なくらいなのだ。

この点一つ採っても周囲にきな臭いものが立ち込めて来ていることは確かだし、全体的な構図として見れば、私に近い立場を採る人々とお義母(かあ)さまに肩入れなさる方々との勢力争いだと言う人までいるらしいけれど、あちら側の実質的な旗頭がスフランツェスであることは誰の目にも明らかなのである。

自分としては、そう言う意味の争いなどしているつもりは無いのだけれど、ネリッサなんかは、今まで日和見に徹していた人たちの間からも、スフランツェス親子の腰巾着に成り下がる者が増えてると言うくらいだから、もう勝負は決まったも同然と見る者が圧倒的なのだろう。

現に、昨年まではここへもご機嫌伺いに来てくれる人も少なくなかったのに、ウェルギリウス家が容赦無く潰されてしまったのを見るや、全く足が遠のいてしまってるくらいだ。

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  1. 2008/08/27(水) 10:36:41|
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