日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 149

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さて、ヤサウェの「作業」もこれまた忙しい。

何せ、数百万にも及ぶポートを全開にしたまま、ひたすら送受信を繰り返しているのである。

上級指揮官タイプのそのボディが格段に優れた通信機能を与えられているとは言え、通信の対象は特別編成の一個大隊であり、その規模は無論並の軍隊の比ではない。

機外で稼動する兵員だけでも一千六百万を超え、その系列下にあるD二とG四に至っては殆ど無数と言って良いほどのものであり、その全てを指揮監督するよう命ぜられているだけに、そこから生ずる負荷も並大抵のものではないのである。

そもそもおふくろさまから頂戴している密命の本旨に立てば、ほんの一握りの者を救いさえすれば事足りる話だったものが、主(あるじ)は全てを救うと言う前提に立って命令を下して来られる上、課せられる作業が極めて流動的なものばかりで、臨機の措置を求められる場面が予測を超えて拡大しつつあり、処理対応を要する場面はひたすら膨大だ。

その多くは、例の通信機能がある以上、洞穴の中から指令を発するだけで事足りるとは言うものの、消化すべき課題が連鎖的に発生して来る上に、それぞれの事情が錯綜してしまうことが多く、対応が後手に回ってしまうケースまで出て来るありさまなのだ。

殊に生活用水に絡む作業などは全てにわたって巨細(こさい)に配慮を加える必要があり、大量のSDと浄水設備を指揮下に置いているとは言いながら、その運用にあたっては今後一層緻密な作業が要求されるだろう。

なお、近頃はおふくろさまが特段のゆとりを持たれたこともあって、さまざまな機器の増強に力を尽くされた結果、まことに有用な機器類が多数届きつつあるのだが、なかんずく、大地に据えた場合の据わりの良さを考慮して、わざわざ六面体に造作された機器の有用性は格別だと言って良い。

一言で言っていずれも直線を基調として造られた巨大な箱のことなのだが、それが既に数種類を数える上に、中でも兵員の輸送と駐留に充てるものなどは、今次の事態収拾のために特別に用意されたと言う経緯がある。

多様の種類がある中でこの兵員用のものは名付けて壬(みずのえ)型と呼ぶが、物資収納用の甲(きのえ)型や避難民を収容するために用意された丙(ひのえ)型、医療福祉用の戊(つちのえ)型、そして主として商業用に供される庚(かのえ)型等々いずれも外形上の大きさだけは同等なのだ。

無論それぞれがその使用目的に応じて異なる内部構造を具えてはいるものの、四十メートル×四十メートル×八百メートルと言うサイズを持つことにおいては皆同様であり、いざそれを地上に据えた場合、見る者の視界の中では、高さ四十メートルもある建造物が高々と聳え立ち、しかもそれが、まるで城壁のように八百メートルにもわたって延々と続くことになるのである。

またそれぞれのタイプ毎に小型のものが多数用意されており、兵員用のそれを癸(みずのと)型、物資収納用を乙(きのと)型、避難民収容のためのものを丁(ひのと)型、医療福祉用を己(つちのと)型、同じく商業用のものを辛(かのと)型と呼称するが、その全てが四十メートルを一辺とするさいころ状を為しており、仮に大型のものを長さ八百メートルの羊羹(ようかん)に見立てた場合、それを均等に二十個に切り分けたようなものと言えば判りやすいだろう。

巨大な兄(え)型は勿論、その二十分の一でしかない弟(と)型であってさえ相当の重量があるが、全てが自律的に飛翔する上中空で停止して見せる機能まで具えており、その設置や移動時における利便性には計り知れないものがある。

機体のコントロールが、よほどの大風でも吹かない限り自由自在なのだ。

それぞれの外見上の特徴を言えば、物資収納用のものには窓と言うものが無くひたすらのっぺりとしているが、その他のものには必要に応じて窓があり、避難民収容のための丙(ひのえ)型や丁(ひのと)型に至っては、殆どの部屋に瀟洒なベランダまで用意されているほどで、内部の造作一つとっても不足の無い居住性を具えており、SDなどの下支えを要するとは言いながら上下水道の備えまであることから、一旦その気になれば恒久的に用いることさえ可能だと言って良い。

無論、据えるべき地盤の確かさも肝要ではあろうが、機器自体はそれほどの出来栄えなのである。

ちなみにこの仮設住宅の場合、実際に配備を終えているのはほんの一部にとどまるにせよ、洋上はるかな虚空に巨大な丙(ひのえ)型だけでも二十数棟もの多くを手にしている今、小型の丁(ひのと)型のことまで考慮に入れれば、その収容能力のぎりぎりの限界点は五十万人を超えている筈だ。

彼等の総人口は精々その二割強と言うところだろうから、既に充分過ぎる収容能力と言って良いのだが、一旦主(あるじ)の救恤政策の求めているものを想うとき、コミットすべきものの垣根が低過ぎるだけにことはそう単純では無いのである。

一つには、彼等が貴重な資産として所有する膨大な家畜類の問題があるだろう。

主として牛馬や、豚、羊、山羊のことなのだが、見渡せばローマ人の多くが一つ屋根の下に厩(うまや)を具え、家畜類の一部と言わば「同居」している実態があるだけに、領域内に彼等の望むがままの生活空間を確保しようと思えば、自然膨大なものを要することになってしまう。

域内だけで全てを一括して賄おうとすれば、そのスペースの問題もさることながら、とりわけ大量の飼料や糞尿の処理問題が深刻なものとならざるを得ず、その点から言っても畜類の侵入は厳しく制限せざるを得なくなって来る。

しかも、ときにとって肝心の居住地が確定していないのである。

例の胆沢城(いさわじょう)にしてもあくまで仮の住まいに過ぎず、言わば空港のトランジットルームのような扱いであるだけに、最終的な居住地が定まるのを待って再度移動して行く必要があるのだ。

生きた畜類の管理の困難さを思ってしまえば、確実な移送に関しては誰もが悲観的な見通しを持たざるを得ず、保存食肉に加工する動きが加速してその値崩れを招くばかりか、生きた畜類に至っては資産価値そのものを失ってしまうだろう。

それ等動産については各個にG四を貼り付けて万全を期すつもりではいるが、さはさりながらその特殊な対応策に関しては公表を控えねばならないだけに、その先行きには大多数の者が言い知れぬ不安を覚えざるを得まい。

万一民衆の不安が極大化してしまえば、それによって生ずる混乱は主の救恤政策に恐るべき綻びを生じせしめる恐れすらあり、だからこそ、せめてヒトの糧食に関してだけは小麦と塩を中心に、畜肉や野菜はもとより魚肉やチーズまで潤沢な供給を果たすべく手を尽くしているところであり、果てはワインについてまでその段取りに掛かっているほどなのだ。

だが、一旦立ち止まって考えるとき、この場合の「ヒト」に関しても小さくない問題が潜在しているのである。

何しろ、彼等の文化の中にあっては中世以来の封建身分制と言うものが未だに継続しており、その制度上、同じ「ヒト」であっても歴然たる階層差別が存在しているのだ。

その最下層にはヒトが所有する「ヒト」まで存在しており、一言で言えばそれは奴隷と呼ばれるものに他ならず、その階層の線引きは不鮮明なところも多いのだが、その総数も概ね三万は下らないと見られる今、その数の大きさから言っても軽い問題とは言い切れまい。

この場合、所有者がその所有を継続する為には、所有する奴隷たちに少なくとも日々のパンを与え続ける必要があるが、現実には避難移住の過程で収入の道を失う所有者が続出することから、その負担に耐えかねて「解放」と言う手段に出るケースが頻発すると見ており、そのことが既存の秩序を著しく毀損した挙句、社会の治安を危うくしてしまうに違いない。

一方的に解放された奴隷は最早自力でパンを調達せねばならず、誰にせよ自らの命を繋ぐ為とあらば手段など選んでいる余裕は無いからだ。

通常その奴隷たちは労働の対価として賃金を受け取っているわけではなく、各々の主人から、単にお仕着せの衣装とその日その日のパンを支給されるだけなのだ。

自然、日常的な富の蓄積など出来よう筈も無く、しかも解放にあたってなにがしかの財貨を受け取れる可能性は皆無に等しいと見ており、結局ほとんどの場合無一文で放り出されてしまうことになる。

「解放」と言っても現実には「遺棄」にも等しい構図が見えている以上、適切に対処されなければ、その全てが浮浪化した挙句、暴徒化するケースが多発してしまうだけに、ローマ人が統治機構を持っていると主張するならば、その機構はこの点においても重大な決断を迫られるに違いない。

何せ、主(あるじ)の救恤政策が求めている概念においては、その統治機構は彼等自身が構成し、且つ彼等自身が運用することによって、全ローマ人の命運を左右するほどの決断を下すべき責めを負うことになっており、必然的にそれに見合うだけの機能を持ち合わせている必要があるのだ。

だが、その機能と言う一点については、遺憾ながら疑念を抱かざるを得ないような不幸な実態が眼前にある。

何しろ、殆どのローマ人の間では、国家元首たる皇帝陛下の死亡と言う事実でさえ、つい最近になって確認されたばかりなのだ。

ときにあたり、彼等ローマ人が、自らを「彷徨(さまよ)える貧窮民の群れ」では無く「国家」であると主張するのは自由だが、かと言ってそのことを確固たるものにするためには、次代の元首を定めると共に、せめて本来の機能を発揮し得る統治機構ぐらいは持つ必要があるだろう。

現時点でもそれらしきものがあると言えばあるが、それがスフランツェスが執政を名乗るものである以上、その正当性もさることながら、とりわけその継続性に関しては悲観的な目を向けざるを得ないのだ。

何と言っても、その政権の施政方針の要がいまだにタンバ攻略に据えられていると言う現実があり、そうである以上主(あるじ)はその国家を「敵国」と看做す以外の選択肢を失い、それも、自ら望んで敵対して来る以上救うどころか排除の対象としなければならず、少なくともそのような政治状況がローマ人全体にとって最善の道に繋がる筈はないのである。

ちなみに、我が主は、スフランツェスが皇帝を殺めたこと自体は、ありふれた権力闘争の一つとして必ずしも責められるものでは無いと仰り、政治的混乱を恐れてその公表を逡巡してらしたことは確かだ。

だが、彼等親子は膨大な同胞まで身勝手極まりない理由で抹殺してしまっており、しかも一方で、決起にあたって尽力した重臣の一人がひっそりと隠れ住んでいるところまで発見してしまっている。

スフランツェスが帝位継承の儀式を控えて身辺整理に動いたのだろうが、近頃他の協力者が二人も不審死を遂げた有様を見るに至り、彼としては逃亡するよりなかったろう。

少なくともその男は、当時のスフランツェス将軍が戦艦と交わした通信内容を熟知しており、戦艦乗り組みの同胞たちが飢えと乾きに苦しみながら、必死に救助を求める叫びをその耳で聞いてしまっているのだ。

しかも、当時留守部隊を統べていたスフランツェスが、その情報を独占すべく通信室の当直者を殺害した上、同胞救助の号令を発するどころか情報の遮断を図った経緯だけは明白に知ってしまっており、親子がその直後に密かに発艦した形跡まである以上、そこから生み出されてくる想像の産物は、空恐ろしいほどのものを連れて来てしまうに違いない。

何しろ、戦艦から必死に救助を求めていた同胞たちが只の一人も帰還して来なかったのだ。

全てスフランツェスの策謀の結果であることは明白であり、山野に隠れ住んだその男が知り得る限りを周囲に語り始めている今、恐るべきその情報が広く伝播して行くのも時間の問題だろう。

何と言っても、スフランツェスの手に掛かった者は膨大な数に及んでいるのである。

その知己係累が国中に溢れてしまっている以上、彼等親子の安定的な政権運営など夢のまた夢だとして主は公表を決断されたようだが、言ってみれば、主の望んでおられるのは、ひとえに友好的かつ安定した政権に他ならない。

その政権の領袖たる者が例え誰であるにせよ、最低限会話が成立する相手であって欲しいのだ。

そうでなければ、救助しようにもその作業に要するコストが高まるばかりであり、主が一人でも多くのローマ人を救おうとなさる以上、彼等自身が一刻も早く評価に値するほどのものを具えてくれるよう期待して当然だ。

何よりも、近々主に随伴して移住先の候補地を検分して決断を下す運びとなる以上、その作業に責任を負う代表者を選出してもらわねばならず、この意味でも彼等ローマ人が安定的かつ実効ある統治機構を改めて構築した上で、責任ある意思決定をしてもらう必要があるが、翻ってこのことをスフランツェス側から見れば、その特殊な経緯から言って、政権を手放すことは命を失うに等しいのだからことは容易では無い。

現に、今もさまざまな変化が起こりつつあり、しかもいちいち激烈な変化を招くものばかりだ。

一つには、たまたま王家の里を訪ねて来た街の者がおり、総主教に直接指名を受けた者が直筆の密書まで携えて急行したことにより、聖職者たちが驚くべき真実を知ってしまったことが大きい。

無論聖職者たちにとっては最大級の衝撃であり、その結果多数の聖職者が挙ってこの地に向かっていることも確認済みなのだ。

同時にその報せを齎す者が各聖堂から八方に飛んだことにより、遠からず国中の者がその事実を知ってしまうだろうから、この点でもスフランツェス親子は巨大な政敵を持ってしまったと言うべきであり、その政権運営はいよいよ過酷なものにならざるを得ないだろう。

何しろ、その信徒で無い者などひとりもいないと言う国柄であるだけに、総主教は聖職者たちの頂点に位置すると同時に、民衆にとっても斉しく仰ぎ見るべき存在なのだ。

そもそも、その拉致監禁と言う行為自体が何のために為されたのかも不明なところがあるのだが、考えられる理由としては、当時の総主教がスフランツェスの専横をあからさまに嫌悪していたと言う事実が先ず挙げられよう。

自然その帝位継承にも断固反対を貫くものと見られており、はたまた老カラヤニスとの濃厚な人間関係一つとっても、スフランツェスの視界の中では敵対勢力の一大巨頭と映って当然なのだ。

また、拉致の行われた当時、息子のヘラクレイオスがその殺害を強く主張し、父親の方がそれを躊躇ったことも判って来ており、結局そのままずるずると監禁が長引いてしまったものと見るほかは無いが、何よりもつい先ごろまでの牢獄が日の当たる場所にあったことが、その囚人の命を救ったと言って良い。

恐らくスフランツェスが何らかの危機の予兆を感じた結果ではあったのだろうが、その囚人を一際厳重な警備態勢の地下牢に移したのは、救出の前日のことだったと聞いているのだ。

いずれにせよ総主教は、生きたままスフランツェス城から救出されてしまった。

その報せは、現政権の足元を大きく揺さぶる結果を招くに違いない。

しかも王家の里で為されたあの対決場面で、十二年前の悪辣(あくらつ)極まりないあの行為を、当事者であるヘラクレイオスが堂々認めてしまっているのである。

如何に騎虎の勢いだったとは言え、それを耳にした者が少なく無いだけに、父親がいくら叱ったところで今更手遅れだ。

そこに持って来て、この船自体が強制的に停止させられてしまっていて、搭載する小型機もタカミムスビの矢も悉く機能を失っている事実までスフランツェス自身が知ってしまっており、肝心の丹波攻略自体が事実上幻となって消え失せてしまった。

このままでは、無為のうちに居住区の滅びを待つばかりであり、うかうかすれば政権を失った挙句集団リンチにあってしまってもおかしくは無い状況なのだから、親子の置かれている状況はいよいよ深刻だろう。

殊に父親の方は善後策を講ずるためにも、いよいよ皇后の力を借りる必要に迫られ、急遽面会を求めたようだが病臥中の故を以て拒絶されてしまったと聞く。

例の対決のあらましが、既に皇后の耳にまで届いてしまっていたのだ。

その上、王宮付近に居を構える豪族たちの間にも、スフランツェスのくびきから離れ様子見に入ろうとする動きが目立ち始めており、その結果一般庶民にまで情報が拡散してしまっているらしく、王宮周辺の街路などは、きたるべき市街戦を予期してか既に騒然としていると言う。

家財道具を荷車に積んで、郊外に避難しようとする者が後を絶たないのである。

無人の家屋が増えるに連れて、大火の恐れが高まるばかりか盗賊が跋扈(ばっこ)して収拾の付かない混乱を招くだろうが、現政権にそれを鎮めるだけの力は既に無い。

付近にあるカラヤニス邸からも、留守居の者たちが大挙して立ち退きつつあるが、その行き先は彼等の主人が住まいする王家の里であって当然だろう。

何せ、もし彼等がカラヤニス城を目指したとしても、その道筋の丁度中間あたりにこの王家の里が位置しているのだから況(ま)しておやなのである。

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  1. 2008/10/01(水) 11:16:28|
  2. 妄想小説 主権国家|
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自立国家の建設 150

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いずれにせよ、スフランツェスが中央政庁を置いている以上、この状況下でその周辺が静穏を保てる道理が無い。

灰神楽が立つような騒ぎの中で、既に相当な住民がその地を離れつつあるのだ。

現に、皇后自身が密かに王宮を脱け出して微行中と言う報告まで受けるに至っており、追っ手の掛かるのを予期してか随分遠回りの道筋を取ってはいるようだが、その目指しているところもおのれの実家では無くこの王家の里であるらしい。

尤も、実家などと言ってみたところで、もともとあって無いようなものだ。

そもそも孤児だった彼女が皇帝の目にとまってから、急遽養女としての体裁(ていさい)を整えただけのものであり、無論血縁者など一人もいないのだから、いざ時勢がこうなってみれば最早頼りにも何もならないのだろう。

本来、皇帝のみをその権力の背景として来た女性なのである。

その皇帝の死が顕れてしまっている上に、巧妙に利用してきたスフランツェスの権力基盤までが揺らぎ始めているのだ。

いや、揺らぎ始めていると表現するのは適切でないのかもしれない。

見ようによっては、既に危殆に瀕してしまっていると言って良いのである。

少なくとも、皇后はそう見た。

スフランツェスは遠からず政権どころか命まで失うと見たのである。

このまま王宮に腰を据えていれば共倒れになることは目に見えており、しかも聞くところによると、再び出現したと言うオヤカタサマが最強の王者としての片鱗を見せ始めている上に、あろうことか皇女が自らその臣下であると公言していると言う。

既に根無し草の身に戻ってしまった我が身に引き比べれば、顔色を変えてしまうのも当然のことだったろう。

ちなみに、彼女はスフランツェスの大逆の事実を知らぬまま、その皇帝就任を承諾したばかりか、自らがその皇后の座に就くことを条件に、近頃その求愛を受け入れる約定まで交わしてしまっている。

本来の夫たるべき皇帝が生還する可能性がゼロではなかったにもかかわらずだ。

際立って上昇志向の強い性格であるだけに、それはそれで当然の成り行きではあったろうが、かと言ってそのことまで漏れてしまえば、反皇后の動きが一段と激化するばかりだろう。

ことほど左様にさまざまな悪条件が揃ってしまっている上、例の皇女毒害に関する疑惑が未だに消えていないのである。

現に多種多様の情報がある。

内廷の女官たちの内輪話なども大量に収集してしまっているこんにち、さまざまな推測が成り立たないわけではない。

それによれば、当時の皇女は、未だ蕾の身とは言いながら、既に大輪の花を思わせる芳香を放ち始めていたことになり、皇后がそのことをひどく気に病んでいたことが窺えるのだ。

まさに栴檀(せんだん)は双葉より芳しと言うべきか、しかもその双葉は現王朝最後の血統を引いており、それは他に類を見ない。

既に傍流のそれでさえ、まったく絶えてしまっていると聞くだけに、その希少「価値」は言うもおろかだろう。

もとより、「ヒト」としての血統に本来の価値など無いに等しいが、ここで言う価値があくまで「政治的利用価値」のことを指す以上、激烈な政争のはざまでそのことが大きくものを言う可能性を秘めており、しかもその類希(たぐいまれ)なる芳香が、遠からず重大な意味を持ち始める予感があったらしい。

一方に甚だしい荒淫を囁かれるヘラクレイオスの存在が既にあり、その次代の権力者に対して非常な影響力を持ってしまう恐れすら抱いていたようだから、災いはその芽の内に摘んでおこうと考えたとしてもおかしくは無い。

自身が、その美貌を最大の武器として今の地位を手にした過去を持つだけに、栴檀の発芽を最大の脅威と受け止めたとしても不思議は無いのである。

現に、側近中の側近と言われたほどの高級女官が唐突に失踪している事実まであると聞いており、そこにも謎の一端が隠れていないとは限らないと見て鋭意捜索中ではあるのだが、結局真相は未だに藪の中だと言って良い。

それはそれとして、時にあたって我が主は、皇女に随身を望まぬ者の侵入を拒むと仰せであり、少なくとも、皇女に敵対する恐れのあるものなど、鳥居より内側へは一歩たりとも踏み込ませてはならないことになる。

既に神門の詰め所としてのものは勿論、神の馬場の北端付近にも癸(みずのと)型のポッドを以て「鳥居下の詰め所」と称する関所まで構えるに至っており、我が手勢が資格の無い者の通行を厳しく阻んでいる以上、彼女がその構えを破って鳥居をくぐれる可能性は全く無い。

但し、鳥居下の詰め所の南側にも丙(ひのえ)型ポッドの設置を多数予定しており、その収容能力がひたすら膨大であるだけに、その中に入ることまでは禁じてはおらず、あとは彼女自身の選択次第と言うことになるのだろう。

何しろ、王家の里への侵入を拒まれたからと言っておめおめと王宮に戻れば、裏切りを知ったスフランツェスが血相を変えて待ち構えている筈なのだ。

その心中を思えば、問答無用で剣を抜いたとしても少しの不思議も無い。

現に彼女が適わぬまでもと諸方に発した密使などは、一部とは言いながらスフランツェスの手に落ち、激烈な取り調べを受けた挙句容赦無く斬殺されてしまっているほどであり、追い詰められた野獣は、怒りと焦りのあまり何をするか知れたものではないのである。

ただ、皇后も並の女では無い。

妖艶極まりない風貌もさることながら、影では「妖怪」と呼ばれるほどに恐るべき権謀の才まで併せ持つとされ、あらゆる術策を弄して、内廷における並び無き権勢を十年の余も保ち続けて来た人物なのだ。

当然寵臣も少なくないから人手に不自由することも無く、宮廷を去るにあたっては、純金製の国璽(こくじ)は勿論、あらん限りのアスプロン金貨や宝石類を携え、男女合わせて五十人にも及ぶ扈従の者を従えていたが、派出した密使が多数に上った上、その後櫛の歯を挽くようにしてその数を減じ始めており、流石の妖怪も時勢の転変の妙を一際思い知らされつつあると言う。

とにかく、その行路は既に悲惨と表現するにやぶさかではない。

雨露を凌ぐだけで精一杯のところだ。

結局妖怪は落ち合う先を神門と定めて一行を二手に分けたようだが、その本隊にしてからが既に十人にも満たない人数でここから三十キロも離れた地点で彷徨っていると言うから、追っ手に追われて進退窮まったと言うべきか、このままではその数も更に減じてしまうことは確かだろう。


しかし、忙しい。

主から命じられた仕事が際限も無いのである。

もとより、最善を尽くしてはいる。

殊に最も肝心な領域分離に絡む作業では、既に物理的作業の多くを終えてしまっているばかりか、その結界付近には水も洩らさぬ警戒線まで布いて見せる予定でいる。

無論主(あるじ)の許しを得た戦略の一環ではあるのだが、その警戒線に沿って展開して見せる「可視兵力」は、騎馬の者だけでも一万、徒歩立ちの兵に至っては百二十万を超える壮大なものであり、警戒線の総延長が一万二千メートルに過ぎないことを思えば、その配備が如何に潤沢なものかが判るだろう。

単純に言って、一メートルに付き百人以上にも及ぶのだ。

しかも、その上空には更なる予備兵力まで大量に待機させ、緩急に応じて自在に姿を現して巨大な示威行動を採らせる手筈であり、良くも悪くもその効果は絶大なものになる筈だ。

ときにあたって今次の敵対勢力たるや、近代兵器をとうに失ってしまっている上に、首都圏において組織的且つ集中的に運用が可能な兵力に至っては、最大に見てさえ千にも満たないのである。

その上、その「千」に含まれるべき帝国軍たるや歴々たる国軍であって、少なくとも個々の兵士はスフランツェスの家臣ではないのだから、今となってはその指揮に従うかどうかも大いに疑問であり、百歩譲って遠方の拠点に分散している手勢を全て駆り催し、兵力の集中に百パーセント成功したにしても、到底三千を超えるまでには至るまい。

しかも、首魁の求心力が急速に失われようとしている今、地方拠点の勢力にしても衰亡の一途を辿らざるを得ない運命であり、あれこれ勘案すれば、スフラツェスの握る手勢はどう贔屓目に見ても数百単位に過ぎないことになり、それに対するにこれほどの大兵力など如何にも過剰と言うほかは無いが、主から頂戴するご命令には、無意味な流血を可能な限り忌避すべき旨が強く込められており、闘わずして敵の戦意を挫くに足るほどのものを、思うさま見せ付けることを以て最上策としていて当然だろう。

とにかく、敵対勢力が戦意を喪失してくれさえすれば、少なくとも戦闘には至らずに済むのである。

その分だけ多くの民を救うことが可能となる道理だ。

既に「作業」は粛々と進み、基礎工事に用いた膨大なベイトンが乾き始めている。

今夜中には兵員用以外のポッドまで殆ど配備を終えてしまう見込みであり、「神門の詰め所」と「鳥居下の詰め所」に配備する守備兵力にしても、それぞれ五千づつを予定していることから、少なくとも正面から敵対行動をとって来るほど愚かな者は出ないだろう。

また、全ローマ人に対する検疫作業も重大な課題となっていることから、それを全うするためにも全員の捕捉と追跡は欠かせない作業であり、全域に渉って配備済みのG四の働きが一段と待たれるところではある。

その後の分析作業にはなお旬日を要すると見ているが、それすらも全体の作業から見ればごく一部でしかない上、主(あるじ)の心積もりで行けば、全ての準備作業を一ヶ月ほどでやりおおせる必要があるだけに、何もかもが一刻を争う状況だと言って良い。

しかもローマ人たちが如何なる行動に出ようとも、それが重大な結果を誘引すると認められれば、その全てに対応することが求められるだけに、諸方から入る通信が如何に煩瑣なものであろうとも、おろそかにすれば忽ち破綻を招く恐れがある。

破綻のあれこれもさまざまだが、中でも主(あるじ)の最も恐れるものは、言うまでも無く大規模な流血騒動の勃発にほかならない。

実際各現地からは危機的状況を想起させるような報告が入り始めており、それによれば目下旧ウェルギリウス領に対する示威行動の真っ最中だと言う。

俄然、ウェルギリウス家の遺児が動いたと言うのだ。

追捕の目を遁(のが)れて逼塞(ひっそく)していたアンドレアスは、未だ十四歳の身でありながら、例の早馬の急報に接するや俄かに奮い立ち、僅かな遺臣団を引き連れて勇躍その旧領に踏み込んでおり、その本城こそスフランツェス方に押さえられてはいるが、そこから十キロほど離れた廃城に腰を据えて盛んに檄を飛ばした結果、相当数の旧臣を糾合することに成功しつつある模様だ。

何しろその少年は、この居住区全域の滅びを目前に控え、オヤカタサマの出現とスフランツェスの大逆と言う願っても無い好材料をリュックサックに詰めているのだ。

更には、総主教の救出と言う衝撃の新事実まで電光のように伝わった筈であり、スフランツェス方の凋落は目に見えており、自然、馳せ参ずる者が少なく無いのだろう。

その糧秣にも事欠くほどの人数が集まり始めているだけに、このまま放置すれば、本格的な衝突が起こって大量の血が流れ、新たな憎悪の連鎖が始まってしまうのだが、その対応一つとっても主(あるじ)の裁断を仰ぐ必要が生じていると言って良い。

何せまったく歯がゆいことに、現地人同士の紛争の場合、軍事的な支援に関しては極めて抑制的な思考法をお採りになる主なのだ。

大量の流血が目前にありながら、こればかりは、実際に伺ってみるまでは予想もつかないことなのである。

また一方のカラヤニス城でも、さこそと思わせるような変化が起き始めていると言う。

何しろ、このカラヤニス家には、殊にウェルギリウス家が滅亡してからと言うものは、不遇の皇女にとって唯一の庇護者であり続けて来たと言う揺るぎの無い実績がある。

それこそ、一家の存亡を賭してまで支援してきたのである。

当然、皇女に対して巨大な影響力を有する筈であり、そのことを重く受け止める者が急増しているらしく、皇女に対して帰服を願い出る者がその仲介を願って城門を叩き始めていると言い、一段と強気になったステファノプロスが、アンドレアスに大量の兵糧を送る決意を固めた上に、いよいよ城内の女どもを送り出す準備に入ったと聞く。

送り出す先は無論王家の里に他ならず、荷駄を集め護衛の士を多数選抜中だと言い、下働きの女どもまで含んでいるようだから、女どもの総数も五十人を下回ることは先ずあるまい。

とにかく相当数の女性が出発の準備に掛かっていることは確実であり、中でも老カラヤニスの孫娘のマリレナの場合、カラヤニス親子からオヤカタサマのお世話係と為すべく万端の準備が厳達されているだけに、家宰のステファノプロスとしては否も応もない。

尤も、マリレナ自身にそのことを嫌っている風は見えず、それどころか暴漢から救われた折りの颯爽たるお姿に接して以来、かえって心を惹かれている気配さえあると言うのだから、おふくろさまから受けている密命の内容から言っても、大いに歓迎すべき成り行きだと言って良いだろう。

そもそも、その密命の概要によれば、皇女を以てそのキャスティングの主役の座に据えてあった筈なのだが、残念ながら主(あるじ)の意図は全くそこには無い。

それどころか、一人前の女性とすら見ておられないご様子だ。

これでは、おふくろさまのミスキャストだと言われてしまっても仕方が無いだろう。

尤も、そのキャスティングの脇役として例の妖怪の名があったことも事実であり、これをしもオヤカタサマ次第と言うほかはないのだが、その点での思し召しなど窺い知ることも出来ない。

そのオヤカタサマご自身は物資調達のために他の荘園と忙しなく往来しておられ、しかもおふくろさまの元へも立ち寄られたこともあって、今では丹波世界に関する最新情報までその詳細を得るに至っている。

尤も、丹波世界の実態がどうあろうと、オヤカタサマは、形式的なものとは言いながらローマ人の降伏の願いを既に受け入れられたのだ。

取りも直さず、秋津州とローマ帝国の戦争に限れば終わったことになるであろう。

百歩譲ってスフランツェス政権が命脈を保ったにしても、彼等は丹波に近付く手段すら失ってしまっており、仮にその手段を改めて獲得し得たにしても、人類社会を震撼させるに足るほどの攻撃力は二度と手にすることは無いのである。

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  1. 2008/10/08(水) 14:26:18|
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自立国家の建設 151

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いずれにせよローマ帝国は戦艦を失ったばかりか、過去に持ち得た不思議な軍事力を全て無力化されてしまったことにより、少なくとも人類にとって軍事上の脅威としてはその位置付けを全く失ったことになる。

そのことは、主の意を受けた秋元姉妹から新田源一に確実に伝えられた筈であり、無論、新田からの連絡によって日本の首脳も直ちにそれを知ったろう。

何と言ってもこれまでの丹波では、異星人による侵略の脅威がひたすら声高に叫ばれ、それに対する防衛の必要に迫られた結果、新田の手から配分を受け続ける巨額の資金の追い風もあって、凄まじいばかりの戦争景気に沸いていたところであり、その脅威自体が消滅してしまったと言うのだからおおごとだ。

何しろ、その脅威は人類にとって頗る巨大なものであり続け、予想される戦争の規模も自然巨大なものにならざるを得なかったのだが、その「巨大な戦争」と言う幻想が消えて無くなる以上、戦争景気と言うバブルも弾け飛んでしまうのである。

対応を誤れば世界経済が一挙に収縮して歴史的な大恐慌すら招く恐れがあり、新田国井間の協議では、脅威の消滅情報を公表する前に為すべきことがあるとして、直ちに意見の一致を見たと言う。

異星人の脅威が去ったあともなお、世界が秋津州資金と言う巨大な背景を維持し得ることを明示した上で、急遽特別の七カ国協議を召集したと言うのだ。

この場合の「特別」の意味は、通常と異なり各国の元首及び担当閣僚が大勢の事務方を引き連れて参加しているところにあり、すなわち全ての方向性をその場で「決定」することが可能となるのだ。

インドやアフリカの先進諸国はもとよりイタリーとカナダにもお座敷が掛かった上に、別に設けられた大会議室では、各中央銀行や欧州理事会の議事までが同時進行しているのだと言う。

その結果、例の秋津州資金に日本円にして四千兆円もの残高があることや、今後も新田の管理下で配分され続けることが改めて確認され、その上で公式な戦争終結宣言が発せられる雲行きだ。

一たびその宣言が発せられれば、一般の軍需物資の多くはその需要が一気に縮小してしまうにしても、一方に失業対策事業の意味合いもあって盛んに増強されて来た兵員の存在がある上、各国政府が締結済みの兵器類の購入契約などは、その性格から言って少なくとも数年間、若しくは十年以上もの連続性を有しており、全てが一気に縮小してしまうわけではない。

従って、それ等の支払いに宛てられる支出もその間発生し続けることになるが、各国政府によるその点での高負担を、秋津州資金が強力にバックアップして行くという筋書きなのだろう。

尤も、実際にはその費用名目にたいした意味があるわけでは無く、結局のところ秋津州円の持つ強力な信頼性にこそ大きな意味があるのである。

この協議の結末はのちに「ヤマト合意」として名を残すことになるのだが、結局その意味するところは、ひとえに過度に加熱した戦争景気のソフトランディングを目指し、実体経済の減速懸念が払拭されると言う観測を主要各国が合唱することによって、市場の活性化を図ろうとするところにあり、各国当局が大幅減税と大胆な利下げ誘導を計ることが謳われ、その財源として秋津州資金が強力に手を貸し続ける構図であることに変わりは無い。

世界銀行や国際通貨基金が資金的にも対応能力を欠いてしまっている今、それはマーケットが最も望んでいる選択肢であり、そのことがあらゆる市場に齎す巨大な影響力を疑う者が無いだけに、大小の投資家たちに与える心理効果も小さくない筈であり、世界経済の停滞に一石を投ずると言う視点に立つならば、その効果を否定的に見る者はいないのだ。

だが、どう足掻いて見たところで、世界的な規模で実需が減少する以上、それなりの経済変動が起きてしまうことまでは避けられまい。

ましてオヤカタサマの統治手法が、大和文化圏と言う経済ブロックの育成に特段の重きを置くものと見られているだけに、バブル崩壊後行き場を失う筈の資金の多くが、雪崩を打ってそこへ向かうことまでは否定し難いのである。

少なくとも、その意味での経済変動だけは確実に起きてしまう。

その結果、富の偏在化に益々拍車が掛かるとする声も決して小さくは無いのだ。

なお、警護警衛の確実性も顧慮された結果ではあるのだろうが、今回の協議は馬酔木の湖(あしびのうみ)に浮かぶあの「大和(やまと)」の船上で開かれていると聞く。

無論大和とは、過去一度も営業したと言う話は聞かないにせよ、洋上の迎賓館と謳われる例の巨大客船のことであり、八雲島の港湾近くにまで自ら飛行して来た上に、直ちに数百台のポッドが縦横に活躍して各国要人及びプレス関係者たちを船上に運び上げ、巨船は即座に飛び去ったと言うが、その行き先こそあの広大な内水、馬酔木の湖(あしびのうみ)に他ならず、そこがれっきとした内水である以上、秋津州当局の許可無くしては如何なる船舶もその侵入を合法的に阻まれてしまう理屈だ。

いずれにしても史上最大の船である。

それが飛び来たった港湾付近には、万余の見物人が押し寄せたと聞くが、それはそうだろう。

秋津州独自の特殊鋼をふんだんに用いて建造されたとされるその船は、全長千二百メートル、総トン数三百万トンにも及ぼうかと言う、それこそ造船技術の限界をはるかに超えたと言われるほどの桁違いの巨船なのである。

自力飛行すら可能とするその巨船は機関もスクリューも持たず、船腹幅が三百メートルもあって、メインデッキの中央をその幅百メートルにも垂んとするプロムナードが走り、エレベーターなどは二百機以上を数える上に、大規模な医療設備は勿論豪華なプールまで複数具わっていると言う。

船体の上部に煙突などの突起物を一切持たないこともあって、海面上の高さは六十メートルにも満たないが、そうでありながら二十層にも及ぶキャビン層を具えている上に、近頃行われた大改装によって吃水下の巨大倉庫などが数多くキャビンに換装された結果、いわゆる定員客数と呼べるものも軽く一万を超えると聞いており、乗務員の員数まで加えればその収容総数は二万を下ることはない筈だ。

主(あるじ)にして見れば、避難民の収容と言う課題を果たすために、ここでも磐石の布石を打っておられるのだろうが、膨大な船内要員は勿論テンダーボート兼用のポッド群まで常時スタンバイしている必要があるだけに、その運用に掛かる莫大なコストは言うも愚かだろう。

ちなみに、既に触れた通り例の胆沢城にはドーナツ状の外輪部があり、その内側の「流れるプール」に囲まれるようにして直径八十キロに及ぶ丸い離島が存在しているのだが、近頃の主はその内側の離島を本丸とお呼びになり、外側のドーナツを指して二の丸と呼称されることが多く、その伝で行けば、この場合の流れるプールこそ差し詰め内堀と言うことになるのだろうが、問題の一つはその「内堀」にもある。

実は主は、巨船の運用にあたって、その最上階においてさえ殆ど揺れを感じずに済ませる為と称して、この「内堀」の本丸沿岸部に重厚な囲いを張り巡らせた碇泊施設までご用意なさっているのだ。

映像で見る限りその施設は画然たる矩形を為しており、長辺が二千メートル、短辺が一千メートルもの巨大プールを思わせるものであり、外海からの波浪を完全に遮断してしまっている上、通常の船舶が海面を航行して出入りすることはなし得ない構造を持つことから、結局飛行し得る船にだけその繋留を許すものと言って良い。

しかも同様のものが多数完成している景色まで見えている以上、それぞれのプールに碇泊する船もまた多数に上ることになるのだろう。

現に、各荘園から移送して来られた捕鯨母船を目下二十艘にもわたって大々的に換装中と伺っており、それが全て完工の暁には、その捕鯨船だけでも二十万もの避難民の収容が可能になると仰るのである。

結局、避難民の一時的な収容スペースを洋上に求めておられるのだろうが、その膨大な負担は果たして秋津州のみが担わなければならないものであろうか。

あらゆる国家が同等の権利を具えるとする以上、果たすべき責務もまた同等であらねばならぬ理屈だろう。

実際、七カ国協議の席上でもその問題が俎上に上り、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論の真っ最中のようだが、仮にその降伏者たちが丹波に居を求める意思決定を行った場合でも、言わば国家ぐるみで居候を決め込もうとしているに過ぎないとして、保護を加えるべき「難民」の定義には当てはまらないとする論調が圧倒的だと聞いている。

少なくとも、彼等を迫害する恐れのある「自国政府」など何処にも存在しないのだから、単なる「経済的困窮者」と捉えるべきだとする見解だけは動かないと聞いており、単なる「経済的困窮者」など、人類社会にはもともと溢れるほどに存在しているとする声で満ちていると言う。

そうである以上、その降伏者たちを身銭を切ってまで救恤(きゅうじゅつ)する義理も余裕も無いと言うあたりが本音ではあるのだろうが、結局のところこの経済的困窮者たちの処理一切を秋津州一国に一任としたいに違いない。

一任と言えば聞こえは良いが要は丸投げであり、主の負担すべきコストはいや増すばかりだが、現実問題ドリフターの居住区が近日中にも機能不全に陥り、放置すればそこにいる「人間」が全て命を落としてしまうことだけは疑いようの無い事実だ。

それを救おうと思えば、少なくとも彼等が暮らすべき「場所」を提供する必要があるが、恒久的な居住地を定めるにあたって、ローマ人個々の意見が完全一致を見るなどあり得ないことであり、彼等が国家若しくは交戦団体としての意思決定を図るべき機能を持たない限り、何れの地に居を求めるべきかも纏まらず、かつまた、そのような不安定な状態がいつまで続いてしまうものやら全て不明と言うほかは無いのである。

しかも、主が積極的な介入をしない限り、彼等が団体としての意思決定を為すべき機能が形成されるどころか、かえって内乱状態が長引いてしまう恐れが強いのだ。

このような状況下で、主は胆沢城の本丸付近にローマ人を移そうと企図しておられるが、恐らく、その本丸一帯の一部を言わばトランジットルームのようなものとしてお考えなのだろう。

主がそのための準備に手を砕いておられることは承知しているが、ことは容易ではないと言って良い。

何せこのようなケースでは、通過のための一時的な「上陸」は許すにしても「入国」まで許してしまえば、受け入れ側にとっては非常な困難が待ち受けていることは自明であり、ごく普通の社会通念から言っても、その間の彼等はトランジットルームで時を過ごすことが許されるだけで、そこから出て気ままに周囲を徘徊するなど論外の行為と言うことになるのだ。

結局胆沢城の本丸あたりが、無期限のトランジットキャンプと化してしまう可能性は否定出来ないのである。

しかも、人類社会においては、少なくとも国土を全く具えぬものを「国家」であると承認する政府は無いと聞く。

まして、限りある「国土」を割譲してやろうとする物好きなどいるわけが無い。

現に、長年「国土」を持てずに来たために辛酸を舐め尽くし、足摺りする想いで「独自の国土」を欲しているのは何も彼等だけに限らないのである。

丹波の八割にも及ぶ大地を惜しみなく分け与えた実績を持つオヤカタサマならいざ知らず、未だにその不足を言い立てて已まないような国々が、万一ローマ人だけにそれを分け与えたりすれば結果は知れているだろう。

従って、例え彼等がどう名乗ろうと人類社会においては国家としては認められないことになり、ローマ人は漂泊する無国籍者に過ぎず、その多くは生産手段を手にすることの無い、喰うにも困る貧窮民と呼ぶほかは無いのである。

尤も、ローマ人にとって悲劇的な未来が刻々と近付いている今、人類社会がその対応の一切をオヤカタサマに一任としたいとしていることは、ローマ人にとっては極めて幸いなことではあるだろう。

この困難な課題を処理するにあたって、オヤカタサマのフリーハンドこそが臨機応変の対応を可能とし、ひいては避難民の救恤に大きく寄与することが確実だからだ。

しかし、そのことが一たび国際的に確定してしまえば、今後ローマ人たちをどう料理しようと、腰の引けた人類社会がとやかく言えた義理では無くなるのである。


二千十二年十一月二日。

八雲島の一の荘では、タイラーの望んだ対談が実に呆気なく実現を見ていた。

非常な繁忙の中にある女神さまが、拍子抜けするほど簡単に応じてくれたのである。

何せ、彼女のデスクには各国代表部の招待状が山積みになっている筈であり、近頃は各国財界の要人たちともしきりに交流していると聞いており、望んだからと言って即座に叶えられるとは思えない状況だったのだ。

ときにあたって、昨日から始まっている洋上の重大協議が大筋では方向付けが定まりつつあるのだが、それに関連してワシントンから齎される訓令は、例によって魔王の胸の扉を叩くべく必死に命じて来ており、異星人たちの扱い方一つとってもその原案が魔王に丸投げにしようとするものである限り、結局全て魔王次第であることから、ことは急を要すると言って良い。

「早速で恐縮ですが、異星人たちの取り扱いについてご意見を賜りたい。」

くどいようだが、今この合衆国大統領特別補佐官が意見を聴取しようとしている人物は、不思議なことに形式上は単なる一民間人に過ぎないのだ。

「あらあら、ずいぶん単刀直入なお話でございますこと。」

「いや、前置きを申し上げている余裕はありませんので。」

女神さまの艶やかな笑顔に比して補佐官の緊張振りばかりが目立つ対談だが、全ての決定権がこうまで一方に偏在してしまっている今、それも当然と言うほかは無いのである。

「承知致しました。」

「全て陛下にご一任とさせて頂いて本当によろしいのでしょうか。」

現に、魔王に丸投げにする案を提示しているにもかかわらず、あの日本政府から苦情一つ出て来ていないのである。

しかも、船上で駆け回っているプロジェクトAティームの面々から受ける感触からも、この案を忌避しようとする気配など微塵も感じられないと聞いており、モリシゲ・タナカなどに至っては船上で我が国務次官補と対談し、それこそがベストの選択であるかのような発言までしてみせているくらいなのだから、土竜庵の意向も間違いなくそれなのだろう。

何せ、土竜庵の意向が魔王の嫌気を呼ぶようなものであったためしがないのだ。

「ほかに、何かお望みの方式でもおありなのでしょうか。」

「いえ、決してそう言う意味ではございません。」

「だったら、正直にそう仰ればよろしいのに。」

どうせ、一銭も出したくないのが本音なのだろうから、正直にそう言えばいいものを、と言っている。

「これは手厳しい。」

「でも、迂遠なお話ばかりなさっていては、いつまで経っても問題の解決には繋がりませんもの。」

「確かに、おっしゃる通りですな。」

「一部に人道的見地云々などと言う声も無いではないと伝え聞いておりますが、その点での不都合は無いのでしょうか。」

やはり女神さまは何でもご承知のようだ。

各国協議のテーブルでは、秋津州一国に任せてしまえば、結果的に避難民の人権が踏みにじられてしまっても口出しを控えねばならなくなるとして、そのことを危惧する声も皆無ではないのだ。

殊に一たび戦争終結宣言が出され、ローマ人たちが魔王の手の内に引き取られて来たとなれば、ローマ人たちはメディアの格好の餌食となる筈であり、況(いわん)や、いざ哀れな漂流者たちが無人の惑星に「遺棄」されてしまうと見れば、重大な人権問題だとして挙って非難の声を上げるに違いない。

一般の国々の場合、その「異星人」から武力攻撃を受けていないこともあり、メディアの論調に同調する大衆が多くを占め、中でも議会制民主主義を採る国々では、ことがことだけに政治家達にしても、大衆の手前立つ位置を変えて見せざるを得なくなる筈だ。

まして、かのローマ人たちが主として白い肌を持つ「人間」であることが知れ渡れば、殊に白人が主導権を握る国々においてはなおさらのことだろう。

タイラーにしてみれば実にばかばかしい話ではあるのだが、その光景が鮮やかに眼に浮かぶのである。

しかし、今はそれを口にする時ではないであろう。

「いや、公式見解でそれを表明する政府筋は絶対にございません。」

「あらあら・・・、絶対に、でございますか。」

「それを主張する以上、貧窮民の保護に積極的にコミットせざるを得なくなってしまいますから。」

コスト負担を恐れて口出しを控えると言う構図に他ならないのだが、異星人からの攻撃の恐怖が覚めやらぬ現状では、見知らぬ異星人の人道問題などより、自国の台所事情の方がよほど優先してしまうのも致し方の無いところではあっただろう。

「おほほほ。」

女神さまが鮮やかにお笑いだ。

「いやいや、お笑いになりますが、お国(日本)を除けばどちらを見ても台所に余裕のある国など一つもございますまい。」

余裕どころか、今後のことを考えれば秋津州資金の恩恵を必死に期待する国ばかりであり、現に、世界銀行や国際通貨基金などもその拠出資金の殆どを担っているのは、今となっては日本一国と言う惨状なのである。

無論、秋津州帝国はそのような国際機関になど一歩も足を踏み入れてはいないのだ。

「でしたら、それでよろしいではございませんか。」

魔王の眷属である女神さまが異論は無いと仰せだ。

過去の豊富な経験から言っても、それが魔王の意思であることに疑う余地は無いのである。

「ありがとうございます。これで全てが固まりました。」

ワシントンがさぞ安堵することだろう。

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  1. 2008/10/15(水) 12:12:17|
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