日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 152

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さて、ドリフターの居住区に話題を戻そう。

その神域ではあの対決から数えて既に四度目の朝を迎え、その住人を急速に増やしつつあるが、恐るべき運命に関するあれこれが万雷のように轟いてしまっていることもあって、最初から移住を前提にしてやって来る者も少なくない。

彼等が耳にするところによればこの居住区全体が滅んでしまうと言い、そのように予言した者こそオヤカタサマであり、そればかりか今度もローマ人を揃ってお救い下さるらしい。

実際彼等は何度も救われて来ており、その脳裏に過去の伝説が鮮やかに蘇りつつあるところに持って来て、あの総主教さままでがその前提で動いておられると聞こえて来るのだから、もう一も二も無く信じる者が少なくないのである。

現に、自宅を畳んで来たと言う者だけでも五千を超えようかと言う勢いであり、ヤサウェ指揮下の多様の機器類が獅子奮迅の働きを見せて彼等の暮らしに手を貸しつつあるが、ヤマト合意の採択により対応の一切を一任されたことを受け、俄然積極策に転ずるとするお下知まで頂戴しているだけに、ヤサウェの繁忙振りもいよいよ酣(たけなわ)だと見るべきだろう。

とにもかくにも、大量のローマ人が織るようにしてやって来るのである。

その内容にしてもさまざまだが、中でもネオマ親子とマリレナを中心とする一団が昨日の内に参着しており、それも、女官団や護衛の者、そしてそれぞれの家族や使用人まで含めるとそれだけで百五十を超えようかと言う賑やかさだ。

カラヤニス城ではステファノプロスが勇躍采配を振るいつつ、十五歳の嫡男ベネディクトスは残したものの、妻のソフィアまで十三歳の次男ディミトリオスを付けて送り出してしまっており、長女のネオマは城主夫人として、次女のデイアネイラと三女のオルティアはマリレナ付きの女官として加わっているだけに、これでステファノプロスの家族は、その嫡子一人を除けば全て王家の里に入ってしまったことになる。

しかもカラヤニス家の直臣の多くを行列の護衛としたことにより、城内の兵力は僅かなものになってしまった筈なのだが、振り返れば既に多くの客将がいる。

全て皇女への随身を想って橋渡しを願って来ている者ばかりであり、もともと烏合の衆だとは言うものの、時勢と言う名の奔馬に跨っていることが歴然としており、その想いが雑兵(ぞうひょう)の端々(はしばし)に至るまで行き渡っている今、その士気一つとっても侮れないものがあって当然だろう。

入城の許しを乞う客将は四・五人の従卒を引き連れている例が多く、従卒が一人だけと言う例がある一方、一族郎党を引き連れていてその総数も二十人以上などと言う例も無いではないが、とにもかくにも陸続とつめかけてカラヤニス城の備えとなって行くのである。

だが、そこに問題が無いわけではない。

詰まるところ彼等客将たちの有り様は、代々のパレオロゴス王朝に仕えて自領の相続を認められて来ている小豪族ばかりであり、一方で彼等を指揮するステファノプロスはと言えばカラヤニス家の一家宰に過ぎず、皇帝陛下の直臣を以て任じている彼等からすれば言うまでも無く陪臣の身だ。

従って、そのことに関して、内心良しとしない者もなかったとは言えないのだが、その一方にさまざまに特殊な背景がある。

すなわち、かつてカラヤニス家には三人の男子があったが、その長子と次子があのスフランツェスの手に掛かってしまっており、近頃そのことが確認されたことによって末子のアルセニオスの相続が確定するに至ったが、たまたまステファノプロスはその末子の岳父の身となっており、しかも娘ネオマが生(な)した末子の子ニコメデスが一人息子であるだけに、自然カラヤニス家の相続権を有することになってしまっているのである。

詰まり、ステファノプロスは家宰とは言いながら、主家の相続権を持つニコメデスの外祖父と言うことになり、そのことも、ステファノプロスが采配を預かるにあたって無縁だとは言い切れない状況があるのだ。

しかも、そのこととは別に客将たちの視界には無視出来ない事象が映り始めている。

それは、東方はるかな神域と呼ばれる地域で既に起きてしまっていると言う。

途方も無く強大な何者かが既に興ってしまっていると言うのだ。

オヤカタサマである。

そのオヤカタサマはその地域に百万単位の兵を配備なさったと聞く。

天から降ったか地から湧いたかは不明だが、それほどの大軍を侵入させるなど、音に聞く伝説の「み業」そのものではあるまいか。

何せこの居住区は優れた機密性を持った魔法瓶のようなものであり、外部との出入りには数ヶ所の閘門を用いるより他にないにもかかわらず、そのような形跡が何処にも無いと言うのである。

とにかく、百や二百の人数ではない。

目を疑うような大軍勢がその領域をびっしりと警護していると言い、客将の一部にその光景を遠望して来た者まで存在し、その情報は既に全てを圧するほどの重量感を持ち始めてしまっており、それは彼等の世界観の中で、そのヒエラルキーの頂点にあるものが何者であるかを否応無く規定してしまったろう。

何せ、彼等の総人口ですら十五万にも満たないのである。

最強の王者の出現と言う現実に異論など出て来よう筈も無い。

しかもそれがオヤカタサマであることに疑問の余地が無いだけに、この度皇女セオドラがその臣列に加えられたことは如何にも重大だ。

その上、そのことに関連して興味深い情報まで聞こえて来る。

なんと皇女は、そのご主君から既に莫大な俸給を受けていて、それを財源として直臣たちの賄い料を豊富に支給しているとされている上、定住地が定まり次第只一人所領を賜る筈だと言う。

オヤカタサマの所領は際限も無いほどのものであると言い、思えばネメシス一つとっても現にそうだったのだ。

彼等の世界観が牢固たる封建体制のなかにある以上、大小名の持つ富と権力の源泉は言うまでもなく所領なのだが、これまでの所領が煙のように霧消してしまう運命が迫っているだけに、彼等の全てが新たな所領を足摺りする想いで欲していることだけは確かだろう。

ところが、本来それを保障してくれる筈の皇帝陛下がこの世にないことが顕れてしまっている上に、今更スフランツェスに義理立てして働いて見たところで、得るものが無いばかりか悪くすれば命まで失ってしまうことが見えており、結局それを与えてくれる可能性を持つ者はオヤカタサマと皇女のみと言う事態を迎えてしまった。

オヤカタサマの直臣に取り立てていただくか、若しくは改めて皇女の臣下となって間接的にそれを手にするかの二つに一つと言うことになるのだが、オヤカタサマの立つ位置ははるかに遠く、そこに上るには特別の梯子が必要だろう。

状況から見てその梯子とは皇女を措いて他にないのだが、自分たちは形勢不利と見てとうに彼女を見捨ててしまっており、ご機嫌伺いにすら伺候しなくなって既に久しいのである。

事態が急変してしまったからと言って、今更手の平を返したように伺候するのも面映ゆい限りであり、そのためもあってカラヤニス城に入城して橋渡しを願っているのだが、思えば自分たちにとってのご主君は、皇女の父君ミカエル二十六世・パレオロゴス帝だった筈なのだ。

したがって皇女を押し立て帝位継承を実現させれば、続けて所領を頂戴することが可能となる道理ではあるが、そのためにも将来の「新帝」に対して今こそ功績をあげておくに如かず、文字通り彼等の「一所懸命」が剣が峰に立っている今、皇女の唯一の庇護者で外祖父でもあるカラヤニス卿に馳走しようとするのも当然のことであり、ステファノプロスはその代将である以上、言わば黄金の梯子だと言って良い。

客将の全てが一族の明日を賭けて欣然ステファノプロスの指揮下にあるのも当然の流れであり、雑兵まで含めればその兵力も百に迫りつつある今、ステファノプロスにして見れば後患の憂いを断って心置きなく奮戦するつもりなのだろうが、全て送り出してしまった今、既にその城内には女子供の影も無いのである。

自然、神域の方は大騒ぎだ。

王宮付近のカラヤニス邸から引き上げて来た者の中にも、その家族や使用人を大勢引き連れているケースが目立ち、結局カラヤニス家の家臣団だけでも二百を超えてしまっており、しかも総主教のもとに集まって来る者たちが引きも切らないのだから、ネリッサなどは、ヤサウェの許しを得てねじり鉢巻きでそれらの宿割りに忙しい。

宿割りと言っても無論例の巨大ポッドの中での話であり、殊にネオマ親子とマリレナには近侍する女たちのこともあって、十部屋もあろうかと言う極上のスィートが宛がわれ、そこに具わる設備の数々に途惑うケースも少なくないが、秋津州人を名乗る女性が各階毎に百人近くも待機していて、それらの器具類の使用法を懇切丁寧に伝授してくれるのだ。

何しろ、そこに具わる機器類が近代的なものばかりなのである。

当然見た事も聞いたことも無いものが多い。

IH方式の調理器具や空調設備、そしてエレベーターはもとより水洗便所一つとっても、その扱いには多くが援けを求めざるを得ず、秋津州人女性がきびきびと対応してそれに応えてはいるが、実を言えば彼女たちに与えられた真の役回りは防火及び出火時の機敏な対応にあり、そのための機器類の備えも万全と言って良い。

一方で聖職者たちにも別棟の中にそれなりの部屋が宛がわれつつあるが、彼等の請いによって神の馬場付近に特別扱いのポッド(丁型)が多数用意され、その建物をそれぞれ大聖堂や総主教の宮殿と為すべく企図し、皇女から莫大な寄進があったことを受けて実現の運びとなり、同時に政庁や帝室の宮殿の準備がなされ、それらの工事に携わる者だけでも二百人からの技術者が集まり始めていて、こここそが王宮であり、全地総主教庁であることを声高に語っているのだから、庶民に齎す影響には計り知れないものがあるだろう。

技術者の中には家族は勿論、大勢の徒弟を連れている者が多く見受けられ、それらの住居に宛てられたのは、付近の街からやって来る庶民たちと同様に神の馬場より更に南側のポッドの中に割り振られる例が多いが、とにもかくにも相当なローマ人が神域に足を踏み入れたことになるのだ。

未だに旧来の家に家族を残していて去就を決めかねている者も少なくないとは言いながら、少なくともリスク分散を念頭に様子を見にやって来る者が昨日だけでも万を越えていたことは確かだろう。

しかも、救出された総主教が健在であることが知れ渡っており、既に足慣らしを始めるまでに回復しているとされ、雨天の昨日などは老カラヤニスの介添えを受けながら、王家の里のポッドの中を散策する姿まであったほどだ。

ちなみに、王家の里の東と西にはそれぞれ二棟づつ、都合四棟の丙(ひのえ)型ポッドが巨大な姿を見せており、それらの住居用構造物は全て十層ものフロア構造を持ち、長さに至っては八百メートルにも及ぶのである。

幅員一つとっても四十メートルもあり、中央に幅七メートルほどの通路が東西方向に一直線に伸びて、その両側にたくさんのドアが並ぶ構造であり、勢いその通路の長さも八百メートルあることになるが、総主教はその長い通路を二度も往復したとされている。

その後己(つちのと)型(医療福祉用の小型ポッド)の中で行われた診断では、既に点滴も不要なほどの回復振りとのことで、その顔色もいたって良く、専用宮殿の準備が整い次第移り住む段取りに掛かっているほどで、少なくとも聖職者の全てを率いるに足る気力と体力を取り戻しつつあると言って良い。

更に老カラヤニスとの濃密な接触の中で、早急に皇女の即位と先帝の葬送の儀を執り行うべく合意が成っており、その延長線上に総主教の執政就任までが煮詰まりつつあるが、かなり粗雑な手法を採ることも已む無しとしているようだ。

なんにしても非常事態なのである。

過去の荘重な儀典とは比べるべくもないが、全ローマ人の避難を最優先とする以上、多少のことには目を瞑らざるを得ないのも当然のことではあったろう。

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  1. 2008/11/05(水) 16:46:51|
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自立国家の建設 153

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また、例の対決の折り供頭を勤めていたガイウス・カラマンリスと言う男がいた筈だが、皮肉にも、その嫡子を名乗る者が昨晩帰服を願って来ている。

夕闇に紛れ徒歩立ちで家臣二人を伴い、雨に濡れそぼち疲労と空腹のあまり憔悴し切った姿で神門の外に立ったと聞き、哀れに思った老カラヤニスが引見してみると、未だ十八歳ながら見るからに逞しい若者が、ゼノビオス・カラマンリスと名乗って皇女への随順の許しを必死に乞うのである。

聞けば、王宮で父が手討ちにあったと言う報せを受けて取るものも取りあえず駆けつけたところ、供待ち部屋で父の退出を待っていた筈の老臣も行方が知れず、しかもヘラクレイオスが領地の没収ばかりか、若者の斬刑まで口走っていると耳打ちする者があり、父の遺骸を引き取る暇(いとま)も無く退去せざるを得なかったらしいのだが、案の定追っ手が掛かったと言う。

耳打ちしてくれた者の口振りから言っても、その追っ手は「討手(うって)」にほかならないのだから一刻を争う場面だ。

万一を慮って家族の者は王宮近くの路地裏に潜伏させてあり、それが功を奏して連れて逃げることには成功したようだが、如何せん母や弟妹は決定的に足弱である。

進退窮まった若者は家族を泣く泣く山中に隠しておいてから、敵の注意をそらすために全く無関係の地点でわざと姿を現して戦闘に及び、討手の数人を倒して見せてから再び姿を隠したと言うが、家族の潜む地点には二度と近付けなかったと言う。

無論、無理に近付けば家族まで発見されてしまう惧れがあったからなのだが、あとは必死に討手の目を晦ましながら、まる二日も諸方をさ迷い歩いてようやく辿り着いたと言い、憤懣遣る方ない様子であったが、老カラヤニスから見てもその気持ちは判らぬでもない。

そもそもヘラクレイオスは身分の違いこそあれ、亡きカラマンリスから見れば官制上の一上司に過ぎないのである。

全能のご主君ならいざ知らず、高々一上司に過ぎないヘラクレイオス風情が、怒りに任せて手討ちにするなどあって良いものではない。

ゼノビオスの怒りは当然のことなのである。

さぞかし明日(あす)の日の捲土重来を期して来たったのだろうが、取りあえず食と暖を与えながら様子を見ていると、これほどの不遇の中にあってなお二人の従者を見事に統率している上、凛呼たる気迫を以て全き士心を得ていると見るに至り、老カラヤニスがひどく心を惹かれてしまったらしく、一部始終を皇女の耳に入れてしまったから騒ぎだ。

皇女は山中に置き捨てられた家族の身を想い、涙しながら直ちに救えと言ってきかず、すっかり手を焼いた老カラヤニスが泣きつく相手はヤサウェだけである。

当のゼノビオスにとっては、たまたまオヤカタサマが来合わせたことも幸運だったろうが、結局皇女ばかりかヤサウェやオヤカタサマにまで目通りを許された上、その皇女の強力な口添えまで得られたこともあり、即座に目的地へ飛ぶことによって、その望みが呆気なく叶えられることとなる。

家族と女奉公人には手持ちの食糧の殆どを置いて来ていたこともあり、多少雨に濡れてはいたものの元気な姿を発見して一瞬で連れ戻すことを得たのだが、何せその現地は真っ暗闇だったのである。

若者はオヤカタサマの「み業」を身を以て体験したことになり、それが若者をして茫然とさせてしまうほどの出来事であっただけに、驚愕の初体験はその心に一生消えないほどのものを刻み込んでしまったろう。

何せ、ほんの一呼吸する間に現地に到着し、家臣共々家族と抱き合って喜んでる間に再び王家の里へ運ばれてしまっていたのだ。

何もかもが夢のような出来事ではあったが、何はともあれ、そのみ業によって他に代え難い家族の命を危うく拾うことを得たのである。

その心中は察するに余りあるだろう。

何しろここに来た頃の若者は、空腹を満たし僅かの休息をとっただけで直ちに家族の救出に向かうつもりでいたのであり、足弱の家族を連れて走れば十中八九斬り死には免れないにしても、全てを失ってしまった以上、せめてパレオロゴス王朝の臣下として死にたいと願ったのだ。

いきさつがいきさつだとは言いながら、文字通り決死の覚悟を固めていたと言って良い。

ところが、その直後鮮やかに運命が転換した。

あれよあれよと言う間に家族が救出されたばかりか、皇女への随身の願いがその肉声を以て容れられ、騎士に列せられた上、与騎(よりき)として大層な配下まで与えられる身となってしまったのである。

歴々たる直臣に取り立てられたことになるから、当面の賄い料として黄金入りの皮袋五つと大層な為替証書まで頂戴することになったが、その証書の文面はご主君のご署名以外見知らぬ文字ばかり並んでいて理解が届く筈もない。

当初はいわゆる「親任状」の一種とでも思った気配まであったが、何もかも経験済みのヤニとデニスから懇切な説明を受けてそれが堂々たる金券であることを悟り、しかもその額面は数百頭の駿馬を購って余りあるほどのものだと言う。

驚くほどの大金なのである。

その通貨単位は秋津州円だとされたが、この地においてはそれを「域内通貨」とする定めが既に触れ出されていて、所定の店舗に出向きさえすれば軍馬や武具はおろか食糧その他の生活用品の類(たぐい)まで全て購えると知るに至り、家族や家臣の扶養に関しても少なからず自信を深めたようだ。

その上、頂戴した黄金に至っては、たかが五袋とは言いながら、それを運ぶにあたって延べ五人もの男手を要したほど持ち重りのするものであり、その価値の重さを実感させるに充分なものだったと言って良い。

とにもかくにも、思いもよらぬこの厚遇にゼノビオスは半ば夢見心地であっただろう。

しかも、新しいご主君の口添えもあって、ヤニとデニスと言う先輩が付きっ切りで世話を焼いてくれるのだ。

血と泥に汚れた弊衣にしても借り着を調達してくれた上に、さまざまに得難い情報まで与えてくれており、二人ともここでの暮らしがよほど長いと見えて、その遠慮の無い忠言が実に適確なものばかりなのである。

しかも母と妹には、ネリッサさまと仰る女官長がわざわざお命じ下されて、侍女の方々が直接その任にあたって下さり、家族専用の部屋ばかりか、別途に個別の従者の分まで過分に頂戴してしまった。

結局、なに不自由の無い夜を迎えたばかりか、家族揃って久方振りの安眠まで貪ることを得た若者が、この地に辿り着くまでの絶望的な逃避行のあれこれを想うにつけ、ご主君への忠誠を改めて心に誓ったのも当然のことではあったろう。


そして一夜明けた今、若者は今後の職責を果たすためにも必然であるとして、デニスの案内を受けて改めて域内を検分中だが、心中密かに期するところも無いではない。

何しろ、つい先ほども上空からの領域視察を命ぜられ、その重責をまざまざと実感させられたばかりであり、お寒い限りの借り着姿ではあっても、胸の中では熾んに燃え上がるものを覚えてさえいるのだ。

思えば追っ手の目を逃れて散々に山野を経巡る内、武具どころか愛馬まで失ってしまっていた上、家臣に至ってはその足元まで借り物であり、主(あるじ)としてはあれもこれも買い揃えてやらねばなるまい。

一方で、供待ち部屋から姿を消したじいの身の上がひとしお気に掛かるところだが、今は如何ともし難い。

幼い頃からじいと呼んで慣れ親しんで来たキュリアコス・マエケナスは、祖父の代から変わらず仕えてくれていて、累代の重臣とでも言うべき存在であり、もう五十の坂を超えたとは言え未だ未だ矍鑠(かくしゃく)たるものだ。

絵に描いたような一徹者でつむじを曲げると少々手強いところも無いとは言えないが、一途に主家のことを想ってくれている忠義者であることに変わりは無く、何とか生き延びていてくれることを願うばかりだ。

変事に遭遇した政庁では危険を察知して身を隠したのだろうが、もともとこの私に剣の手ほどきをしてくれたほどの遣い手でもあり、その点、今も後ろからついて来ているルキアノスとミルトスから見ても言わば師匠格にあたり、それほどの男が身一つで逃げる気になれば、葉武者風情にむざむざ不覚を取るとも思えない。

この私とも未だに互角に渡り合うだけの腕を持っているだけに、きっと斬り抜けていてくれるとは思うものの、先ほどからしきりに胸が波立ってしまっており、領地で留守を守るじいの家族の為にも無事を祈らずにはいられない。

だが、今のところはどうしてやりようもないのである。

何せ、今はカラマンリス家のれっきとした当主として日々出仕を求められる身なのだ。

しかもこのご時世だ。

それこそ、今後如何なるお役目を拝命するか知れたものではない。

とりあえずは、いずれへ出ても、ご主君の恥にならないだけの身なりだけは是非とも整えて置かねばなるまい。

振り向けば最後尾に自らの乗馬を引く屈強の秋津州軍人が二人も続いて来ており、その内の一人は大塚少尉と言って、この私に付けられた与騎(よりき)たちの言わば頭取にあたる人物なのだが、その寄親(よりおや)であるべき私の方には情け無いことにその馬さえ無いありさまなのである。

尤も、その頭取の引く馬は只の馬ではないと言う。

水も飼馬も不要である上に、自在に飛翔する恐るべき天馬だと聞いているのだ。

先ほど空の散歩中に耳にしたところによると、何とオヤカタサマの軍団は兵馬ともに飛翔する力を具え、一切の兵糧も無しに長期間の野陣にも立派に耐え得ると言うのだから実に驚きだ。

無論、大塚少尉自身もその例外では無いと言う。

しかも、彼の率いる独立梯団は常に上空にあって、いざともなれば号令一下瞬時に舞い降りて来る手筈だと聞いたが、眩い空を見上げても一向に視界に入らないところをみると、よほどの高空に留まっているに違いない。

いずれにしても、必要と見れば瞬く間に舞い降りてたちどころに配備に就いてしまうと言う。

尤も、そのことを大塚少尉に命じるのはこの私であり、彼と共に天馬を引いているもう一人の頭取にそれを命じるのは、言うまでも無く今悠然と前を行くデニス殿だ。

肩肉の盛り上がったその広い背中に改めて声を掛けてみる。

「デニス殿、早朝よりお手数をお掛けしてまことに相すみませぬ。」

何しろこの先輩は、自分より四つも年長であるばかりか名うての猛者(もさ)だと伺っており、しかも長らく不遇をかこって来られた姫君のお側近くにあって、文字通り命懸けの忠勤を励んで来られたお方だ。

本来陪臣の身であるとは言いながら、実際にはご主君の側近中の側近である上に直臣も同然の扱いを受けておられる上、自分から見れば言わば先任将校の如きお立場にあり、場合によっては戦場で直接の指揮を仰ぐことになるかも知れないお方であるだけに、自然一目も二目も置かなければならない。

「なんの、お気遣いはご無用になされよ。共に騎乗を許されし仲ではないか。」

事実、公式の場においても正式に騎乗が許される身分となったのであり、我がご主君が近々にも帝冠を戴く身と伺っているだけに、この点では亡き父のそれすらも既に凌いでしまっていることになるのである。

「身の誉れと存ずる。」

「姫さまはもとより、大殿(おおとの:老カラヤニスのこと)さまがそこもとをいたくお気に召しておいでですからな。」

振り向いたお顔がまるで邪気の無い笑顔であるだけに、決して皮肉や嫌味で言っておられるのではない筈だ。

「まるで夢のような心地にござる。」

実感だと言って良い。

「夢のようと申さば、先ほどの空の散歩の方はいかがでござった。」

例の大塚少尉の案内を受けながら、二人の従者と共に小型のポッドで空中を飛びまわって来たのである。

「いや、驚き申した。あれほどの大軍など聞いたこともござらぬ。」

眼下に広がる風景は実に壮大なものであり、まったく信じ難いほどの大軍が、話に聞く「結界」に沿って隙間も無く布陣していたのだから驚かないほうがどうかしている。

ご主君はもとより、先輩たちもとうにご覧になっておられるそうだが、蟻の這い出る隙間も無いとはまさにこのことかと思わせるほどのものだったのだ。

「うむ、百二十万を超えると聞いておる。」

「それも、オヤカタサマの軍団のほんの一部だとお伺いしては、最早言葉もござらぬ。」

「しかし、今となっては我等もその軍団の一部をお預かりしている身だ。」

ヤニとデニスのお二方の場合昨日の早朝のことだったと仰るが、それと同様に自分にも与騎(よりき)として一個小隊を与えられたことになるのだ。

一個小隊とは言えそれだけで千を超える大軍のことでもあり、その意味ではお二方と並んで、ご主君の貴重な藩屏と成るべく大いに期待されていることになるのだから、新参の身としてはそれこそ身の震えを覚えるほどの大任には違いない。

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  1. 2008/11/12(水) 10:59:54|
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自立国家の建設 154

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現に昨夜自室に戻って母に話したところ、感激のあまり涙で口も利けないほどの有様だったのだ。

母にして見れば、突然夫ばかりか伝来の所領まで失ってしまった挙句、追捕まで受ける身となって漂泊の暮らしすら覚悟させられた直後のことだ。

この思いもよらぬ大抜擢に度を失ってしまったのだろうが、しまいには、未だ十四歳のエレナの話まで持ち出して来て、これで胸を張って嫁に出せると言ってさめざめと泣くのである。

我が妹ながらエレナはなかなかの器量良しに生まれついていることもあり、世が世であれば縁談に不自由することなど無かった筈なのだが、現実に身分内婚が常態化してしまっている以上、卑賤の身となり果ててしまえば全てが夢と散ってしまうのだから無理も無い。

また、弟のイウリオスにしても現に山中で二昼夜を過ごして来ているだけに、容易ならぬ事態だと言う自覚だけは持ってくれたろうが、如何せん未だ十二歳になったばかりだ。

何をどう言おうと、問題のあの時父がヘラクレイオスの供頭を勤めていたと言うれっきとした事実がある以上、ここの人たちの視界の中では、普通敵側の人間と映ってしまって当然なのである。

本来なら逆賊の一味としてお手討ちにもなるべきところ、逆に堂々たる武官としてご登用いただいたばかりか、これほどまでのご厚恩を蒙ってしまったのだ。

臣下として我が家(いえ)の負うべき責めは、他家のものとは根本的に異なると言うべきであり、殊に戦場では常にヤニ殿やデニス殿よりよほど前を駆け、お二方の盾ともなる覚悟で働かねば人の道にも背くことになる。

その心掛けを持たねばそれこそ犬畜生にも劣ると訓戒し、「兄亡きあとのカラマンリス家を守る者はそなたを措いてほかに無いのだ。」と申し聞かせた時などは、流石に必死の面持ちを見せてくれたところを見ると、それなりに理解はしてくれたのだろう。

多少哀れと思わないでもなかったが、今後のことを想えば、如何に幼かろうとカラマンリス家の男子として奮い立ってもらわなければならず、こんこんと教え諭しながら、一方でこれで父亡き後の長子としてその重責を果たせると感じていたことを思い出す。

「身の引き締まる想いにございます。」

「なればこそ、共に励もうではござらぬか。」

先輩もきっと勇み立っておられるに違いない。

「お言葉、肝に銘じおるところにござる。」

「肝に銘じると申さば、昨夜のご貴殿のお振る舞いにはいささか感じ入り申した。」

「いや、ひたすら恥じ入り申す。」

「何も、恥じることはござるまい。」

「・・・。」

「そこもとは、大殿さまにご家臣の保護を願い出ておられた。」

二人の先輩も同席の上で、カラヤニス卿のご引見を賜っていたときのことだ。

「はい。」

「ご家臣をここに預けて、単身突出なさるおつもりでおられたであろう。」

後ろで年長のルキアノスが「若は水臭い。」と呟き、その隣のミルトスが「万一そのようなことにでもなれば、最早大手を振って外を歩けぬわい。」と、さも聞こえよがしに吠えている。

臣下として主(あるじ)を只一人死地に赴かせるなど、恥の恥だと言っているつもりなのだろうが、二人共逃避行の間中、物見(ものみ:斥候)やら見張りやらで一睡もしてない筈なのだ。

ちなみにルキアノスは三十六、ミルトスは三十一で共に妻子持ちであり、知行地で父の帰りを待つその子等はいずれもが未だいたいけない。

「いや・・・。」

一瞬、言葉に窮してしまったが、確かにそのときは、疲労困憊の二人を残して再び死地に赴くつもりでいたのだ。

無論、目的は山中に残して来た者たちの救出に他ならないが、所詮三人で行ったところで生還は覚束ない以上、わざわざ全員が死ぬことは無い。

斬り死にするのは、一人身の自分一人でたくさんだと思ったまでなのである。

「お覚悟のほど、実に感じ入り申した。」

「そのように申されますと、いよいよ以て面映ゆうござる。」

先輩の広い背中に目を遣りながらさまざまのことを想ったが、じいのことがある上、知行地や母の実家のこともあり、胸の中の屈託が全て解消したわけではないのである。

王家の里を出て参道はゆるゆると下りつつあり、今しも前方に鳥居が迫って来ているところだが、見渡せば左右の斜面にそれぞれ六段づつの巨大階段がまるで段々畑のような姿を見せており、結局左右併せて十二区画もの平地が造成されていることになるのだが、その一段一段に具わる矩形の広さが並大抵ではない。

南北方向の短辺こそ百メートルほどでしかないが、東西方向の長辺が実に一千メートルに迫る長さを誇っている上に、そのそれぞれの区画に分厚い砂防壁に囲まれるようにして巨大な構造物が高々と据えられていて、左側のものが北から順に東の一番館、東の二番館と言うように六番館まで銘打たれていると聞く。

無論反対側は西の一番館から始まって西の六番館で終わるのだが、とにもかくにもそれらの全てが人の居住に供されるものだと言い、その収容能力も東西併せれば軽く六万を超えると言うのだから只々驚くばかりなのだ。

先ほど上空から見下ろしたときにはさほどのものとは感じなかったのだが、こうして地上から眺めてみるとその規模の壮大さには改めて胸を打つものがあり、しきりに見回していると先輩から再びお声が掛かった。

「全てオヤカタサマのみ業にござろう。」

「しかし、これほどのものでござる。普通ならここの工事だけでも数年は掛かり申そう。」

「それがたったの二日でござるよ。」

只の二日で完成してしまったと言う。

「昨夜は暗くてよく見えませなんだが、朝の光の中で改めて拝見させていただき、いやもう胸が潰れるほどの想いにござる。」

「この砂防壁など実に見事な出来栄えでござろう。」

「いかさまさようで。」

各段差の継ぎ目毎に設けられている堂々たる砂防壁は、無論、崖崩れを防止するためのものであり、地上部分だけでも高さと厚みが共に二メートルもあって、その堅固な出来栄えに驚くばかりだ。

主としてベイトンなるもので構築されているとされ、煉瓦や石灰モルタルを用いた場合に比して強度においてもその比ではないと仰せだが、何れもその白さが朝の光に眩いほどに照り輝いており、その美しさにおいても決して引けを取るものではないと言って良い。

「これでは例え続けざまに大雨が降ってもびくともすまい。」

「たいしたものでござる。」

「とにかく、ローマ人を全て救えとの御諚(ごじょう)でござるゆえ。」

「御諚にござるか。」

それがオヤカタサマの基本方針であると承知はしているが、全てと言われても所詮現実的でない気がして仕方が無いのである。

「左様、オヤカタサマにとっては敵も味方も無いのでござろうよ。」

「しかしながら・・・。」

自分から見ればスフランツェス親子は敵以外の何ものでもないのだから、その点異論が無いわけではないのだ。

「申されたき条々は我等においても同様にござるが、一旦立ち止まって考えてみれば、あの親子に身内を奪われてしまった者は今や国中に溢れんばかりだ。」

「・・・。」

「現にそれがしなども、父と兄が戦艦に搭乗していたのでござるよ。」

「さようでござったか・・・。」

「しかしながら、今はご承知の通りの非常時にござる、何はさておき避難移住を優先すべきと心得るのだが。」

「已むを得ざる仕儀にござる。」

「今は先ず一致して新たな居住地を求めるべきときであり、しかして全ては無事移住を済ませてからのことになり申そう。」

「いかにも・・・。」

込み上げて来るものを無理に押し戻し、しばらく無言が続いたが、やがて先輩ののどやかな声を聞くことになった。

「ところで、昨夜頂戴したお扶持書きはお持ちでござろうな。」

大先輩の仰る「お扶持書き」とは言わば今年度の俸給額を表したものであり、今の場合は言うまでも無く例の証書のことに他ならない。

「もとよりにござる。」

居住区の滅亡に伴い所領と呼ぶべきものを全く持ち得なくなってしまう以上、それ以外に我が身上(しんしょう)を具現するものが無いだけに、それは文字通り家宝にも等しい。

「ふむ。」

「夕べから家族共々拝しおるところにござる。」

「さもあろう。それがしなどもまるで天にも上るような心地にござったわ。」

「それがしなどは、地獄から舞い戻ったような気分でござった。」

現に唐突に差し伸べられた神の御手(みて)によって、文字通り地獄から天上界に救い上げられたような気分だったのである。

今も胸の中に明々と燃え上がるものを感じながら歩を運んでいるが、後ろに続く家臣どもにしてもきっと同様の気分を味わっているに違いない。

程なくして鳥居を潜り、前方が全て平坦に見える場所まで来ると、左右に「鳥居下の詰め所」と呼ばれるさいころ状の屯所が置かれていて、そこにはオヤカタサマと同じような装束の兵が千人の余も立哨(りっしょう)の任に就いており、その全てが大塚少尉と同様の長剣を腰にしているが、これも先輩のお教えによれば日本刀と呼ばれるものであるらしい。

しかも、左右の屯所の中に併せて四千もの軍兵が詰めている筈なのだが、それにしては周囲一帯がひたすら粛然としていて、不思議なことにさざめきどころか咳(しわぶき)一つ聞こえては来ず、その静けさはまるで無人を思わせるほどのものなのだ。

「それにしても静かでござるな。」

先輩が辺りを見回しながら語り掛けて来る。

「左様、私語一つ聞こえませぬ。」

私語どころか、立哨の兵たちの間からは衣擦れ一つ聞こえてこないのである。

「ところで、彼等の右腰をご覧になったかな。」

「は・・・。」

「小さな皮袋がござったろう。」

「確かに・・・。」

それは大塚少尉の右腰にもあったものなのだ。

「あの中には恐るべき城崩しが収まっておるのじゃ。」

「城崩し・・・・にござるか。」

「左様、ほんの握りこぶしほどの武器でござるが、たった一丁で易々と城壁を穿ってしまうほどの威力を秘めており申す。」

「なるほど、それで城崩しでござるか。」

「先日神門の外でかなりの大岩が工事の邪魔になっておったのじゃが、それを軽々と打ち砕いてしまうさまを目にしたのでござるよ。あれではレンガ造りの城壁などひとたまりもござるまい。」

「それでは城攻めの折にはさぞ大働きでござろうな。」

「いやいや、いざ城攻めともなれば空から一斉に城中に舞い降りてしまう手筈ゆえ、あれを用いるまでもござるまい。」

「されど、剣技の方は如何でござろう。」

一斉に舞い降りたあとは当然接近戦になるだけに、剣技がものを言うことになるのである。

「彼等の一人を倒すには、十人総掛かりでやっとと言うところでござろうな。」

「十人・・・。」

一瞬絶句してしまった。

「左様、得物を持った敵勢二人を、たった一人でしかも素手で取り押さえてしまうほどでござる。」

「なんと・・・。」

「先日敵の物見が不用意に近付いてきたことがござってな、一人で二人の敵兵を撃退するところを見せてもろうたが、刀も抜かずに軽々とあしろうておったわ。」

「・・・。」

言葉も出ない。

「しかも敵兵を殺すどころか、傷一つ付けずに空を飛んで遠くまで運んでしまうのじゃ。」

「しかし・・・。」

聞いただけでは実感が湧く筈も無い。

「ものは試しに高田少尉に頼み込んで、兄貴(ヤニ)と二人掛かりで挑んでみたのだが、素手の相手にまったく歯が立たんかったわい。」

高田少尉とはヤニ殿付きの頭取の名前なのだ。

「お二人とも剣を抜いてでござるか。」

「如何にも。」

「なんと・・・。」

いずれにしても、接近戦においても驚異的な戦闘能力を発揮し得ることだけは事実なのだろう。

「しかも、直ぐ傍(そば)から射ても矢が立たんときているゆえ、最早毒矢を用いるよりほかに手はあるまい。」

尤も、実際にはヒューマノイドに毒矢など何の意味もなさないのである。

「矢が通りませぬか。」

「左様、僅かに皮膚を傷つけるぐらいが関の山でござる。」

「いや、驚き申した。」

「あの分では、それこそ一個分隊もあれば、この国をたちどころに征服出来てしまう筈じゃ。」

「う・・・。」

一個小隊はすなわち四個分隊であり、詰まりは、高々軍曹(分隊長)風情が指揮する二百五十の部隊だけで、ローマ帝国をそっくり征服してしまえると言っているのだから、後ろで我が家中のものどもが袖を引き合っているのも尤ものことなのだ。

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  1. 2008/11/19(水) 10:24:37|
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自立国家の建設 155

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しばらく無言の行が続いたが、やがて先輩がぽつりと言った。

「先ずは両替をせねばならんな。」

頂戴した為替証書を域内通貨に交換してからでなくては、何一つ購(あがな)うことは出来ないと仰せなのである。

「いかにもさようで。」

「両替屋で口座を拵えてくれる手筈ゆえ、例え駿馬を十頭購うにしても、カネは九分通りそこへ預けておいたがよかろう。」

良い馬はそれなりに高価であって然るべきだが、十頭購うにしても九分通り預けて置けと仰る以上、頂戴した壱百萬円がそれだけ大金だと言うことに他ならない。

「心得申した。」

「いろいろと買い物をすれば相当の小銭も生ずることゆえ、先ずは財布を用意せねばならんだろう。」

先輩の忠言は実に適確だ。

「恐れ入り奉る。」

「ほほう、その口振りはほんに父(てて)ごと瓜二つじゃのう。」

窓の月の画面で、問題の「対決場面」を見せていただいたばかりなのである。

「・・・・。」

胸の中に熱いものが滾(たぎ)って来て、我知らず拳を握り締めてしまったほどだ。

「思えば、そこもとの父(てて)ごは立派な武人でござった。」

先輩が空を見上げてぽつりと仰る。

「千万(せんばん)かたじけなく・・・。」

それ以上、言葉が続かなかったのである。

直ぐ後ろからルキアノスとミルトスの鼻をすする音が聞こえたが、きっと胸を打たれたに違いない。

しばらく無言で歩くうち神の馬場に入ると、幅二百メートルもある平坦な道が神門の向こうまで一直線に延びており、その先で細い坂道を下ることによって、ようやく街中(まちなか)に至る筈なのだが、今いる場所は言わば目抜き通りに当たるのだから相当な人出が目につき、殊に左右に聳え立つ建造物に盛んに出入りする者がいる。

工事中なのである。

「あれが大聖堂だと伺っておる。」

先輩が左を見ながらぼそりと仰った。

道路の東側に面した一棟が、今しもその天辺(てっぺん)に大きな十字架を取り付けている最中であり、数人の人夫が空中に浮かんで作業に手を貸しつつあるところを見ると、これもまたオヤカタサマの軍勢の一員なのだろうが、事情を知らぬ街の者たちがそれを見上げながら口々に言い騒いでいるところだ。

「その奥の建物には既に十字架が付いておりまするな。」

奥とは、無論大聖堂のその又東側のことだ。

「総主教さまの宮殿にござろう。」

「その奥にも同じような建物が並んでおりますようで。」

全てさいころ状の建物が、東西方向に等間隔を保って十棟以上も整然と建ち並んでいるのである。

「東側のものは、おしなべて神職の方々がご使用になられる筈だ。」

「されば、西側の建物がご主君の宮殿にござるか。」

反対側にも同様な建物が西に向かってずらりと並んでいて、やはり盛んに工事がなされている。

「うむ、その奥が政庁や元老院であろう。」

元老院議官のお歴々も行政官の方々と同様に例のお扶持書きを賜ったと聞くが、その額面は自分たち武官のそれと比べれば十分の一にも満たないと聞いているだけに、誕生しつつあるこの政権の中では、武官の序列ばかりが途方も無いものになってしまうのだが、それもこれもこの戦乱のなせる業だと言うほかは無い。

「それにしても、この資材の量には心底驚かされまする。」

天空から舞い降りたポッドから、今しも大量の資材が運び出されている最中だ。

「姫さまからオヤカタサマに願い出られた結果だと伺っておる。」

現に、地上でもオヤカタサマの軍兵らしき者が大挙して手を貸しつつあるのである。

「この様子では、工事のほうの仕上がりも相当早まりそうですな。」

「ネリッサさまから伺ったところでは、室内の大まかな造作だけは初めから出来上がっていたらしゅうござる。」

「なんと・・・。」

「オヤカタサマのみ業はいちいち驚くことばかりじゃ。」

次々と天空から降りてくる巨大ポッドを見上げながらしばらく行くと、道路の左側に巨大な高札が立ちその前に人だかりが出来ていた。

「なんの騒ぎでござろうか。」

「一つには、暦(こよみ)を掲示しておるのでござるよ。」

「ほほう。」

「この域内においては通貨と同様に、暦もオヤカタサマのものを用いるとのことにござる。」

「遅かれ早かれいずれご領内に引き移ることになる以上、已むを得ぬ仕儀かと存ずるが。」

「日々書き換えられておるようじゃが、それによると本日は二千十二年の十一月五日と言うことになるようだな。」

「今後はその暦に従えと・・・。」

「いや、必ずしも従えとは申されてはおらぬようじゃ。要はその基準に則って退去の日程を触れ出されるおつもりなのでござろう。」

「なるほど、そう言うことでござるか。」

「今のところ退去の日は、この暦で言うところの十一月末になると伺っており申す。」

「されば、あと一月(ひとつき)もござらぬな。」

「左様、その準備に遺漏無きよう致さねばならぬ。」

「如何にも。」

「神門の外にも同じものが立っておるゆえ、最早知らぬものは少のうござろう。」

「退去日の公表はいつごろになりましょうか。」

「その前に、この天地が崩れ去ってしまうことを公表せねばなるまいが、いずれにせよ遠い日ではござるまい。」

この居住区全体が崩壊してしまうと言う噂は、逃避行の最中(さなか)でさえ盛んに耳にしていたほどであり、既に知る人ぞ知る話だと言って良い。

うしろで家臣どもがしきりに囁きあっている通り、それまでに領民と親類縁者の全てをこの神域に集結させて置かなければならないが、当主となった今、そのことが最優先の課題となったことを改めて思わざるを得ないのである。

「さて着き申した。」

今しも先輩が、さっさと左に折れて大型の建物の方に導いて行く。

いよいよ、話に聞いた店舗なのだ。

胸を躍らせながら踏み入ると、中央に幅七メートルほどの通路が東西方向に八百メートルも伸びて、両側にたくさんの店舗が広々と間口を開けており、同様の光景は全てのフロアにわたっていたのだが、実はこのような仕様の建物はこれ一つでは無かったのである。

結局都合三つもの巨大な多目的商店館が軒を連ね、そこには銀行と言う名の両替商があるかと思えば、多種多様の食料品売り場はもとより、大規模な衣料品店や鍛冶屋や木工屋まで出店している上、馬や馬具を重点的に商う建物まで別に存在し、若者は四つの建物の間を何度も行き来しながら、五頭の馬を含めさまざまの「商品」を買い込むことになるのだが、これ等の商店館はそのいずれもが驚くべき品揃えを誇っており、家臣の分も含め、欲しいものの全てが手に入った。

その上、馬専門の建物の一階では、通路の左右にずらりと厩を並べたフロアに売り子を兼ねた馬丁が大勢詰めていて、購った馬は馬具と共にそのまま預かってもらえる仕組みだと言い、本格的な運動を除けば馬の世話一切を一日二円ほどで引き受けてくれると言う。

聞けば、売り物の馬だけでも五百頭を超えていると言い、そのさまは実に壮観と言うほかは無いが、一方から言えばあまりに多すぎて目移りして困るほどの状況であり、しばらくご主君やカラヤニス卿のご料馬の見事さに目を奪われてしまっていたが、気が付けば先輩は委細構わずご自身の持ち馬の前に足を運び、愛馬の鼻面を撫ぜて回りながらすっかりご満悦の呈なのである。

結局半日近く掛けて売り場を見て回っていたことになるが、それでも凡そのことを掴んだに過ぎず、その広大なことと言ったら、うかうかすれば建物の中で迷子になってしまいかねないほどであり、いずれの館内でも立派な拵えの電動昇降機がそちこちで稼動し、案内人と称する秋津州人女性が大勢配置されていたが、その数だけで既に客のそれを上回ってしまってるように見えており、それを見る限りとても採算がとれているとは思えない。

さまざまな売り場を徘徊する道すがら母たちにも出会ったが、聞けば例の皮袋の中身をほんの一掴みだけ両替屋に持ち込んでみたところ、それだけで一万円以上に換金出来たと言うのだが、何しろ、女奉公人と家族全員が一日に食すべきパンが概ね二円ほどで購える上に、大麦製のパンに至ってはその半額ほどであり、思い切って副食物やワインなどに大盤振る舞いをしたところで精々十円止まりだろうと言う。

そこから見ても、あの皮袋一つで大層な値打ちがあることは確かであり、同じ皮袋を二人の家臣にも一袋づつ与えてあるだけに、彼等が近々呼び寄せる筈の家族を養うにあたっても、必ずや存分の働きをしてくれるに違いない。

いずれにせよ今日は既に存分に購って、主従共々身なりも充分整った。

新たに手に入れた武具甲冑の類(たぐい)もそこそこに気に入っており、無論、家臣のものにも不足は無い。

しかも、かさばる物は自室まで直接届けてくれると言い、とにもかくにも、全てが順調だったのだから、案内役の先輩は目出度くその役目を果たし終えたことになり、愛馬に跨って今颯爽と神門を出て行かれるところだが、与騎(よりき)頭取の中村少尉も今度ばかりは遠慮なく騎乗してその後に続く。

こちらも家臣共々騎乗し二頭の代え馬まで引いて結界の外に出てみたが、そこには昨夜の暗がりの中では全く意識することの無かった風景が広がっていたのである。

結界の内側と同様、幅二百メートルにも及ぶ参道が街に降りる坂道に向かって一直線に延び、その両側には十棟ほどの大型ポッドが整然と立ち並んでおり、その多くが窓を持たないところから見ても、物資を収納しているものなのだろうが、中でも一棟だけ一味違ったものが目に飛び込んできた。

一際異彩を放つその建物には、窓はあってもベランダが無く、しかもいずれの窓にも頑丈そうな鉄格子が嵌められていて、その建物全体が話に聞く監獄であることを物語っていたのだ。

噂通りであれば、その中では既に大勢の獄吏が手ぐすね引いて待ち構えている筈であり、その収容能力は万に迫ると言い、今後においては従来からの通常の監獄にいる者たちも全てここに移される手筈なのである。

既に数人を収監していると耳にしているが、いずれも例の店舗などで怪しからぬ振る舞いに及んだ者ばかりであり、その者たちは直ちに取り押さえられて検断を待つ身となっていると言うが、その検断は我が執政官の手に委ねられると聞いており、オヤカタサマは一切容喙されないらしいから、結局ローマ人の犯罪はローマ人自身に裁かせようとのお考えなのだろう。

現在はカラヤニス卿が執政代行のお立場で取り仕切っておられるが、近日中にもイオハンネス十八世さまがその職に就かれると伺っており、ひたすらそのご回復が待たれるところだ。

また、前(さき)の皇后が宮廷を去ったことが既に庶民の一部で囁かれ始めていると言い、その意味では王宮から王族方のお姿が悉く消え失せてしまったことになり、首都圏の騒乱にいよいよ混迷の度を深めているらしい。

しかも、我がご主君の戴冠の儀も間近いとする観測が広まっていることもあって、旧政権下にあった練達の行政官がひそひそと当方に移りつつある上に、武官に至ってはその多くが露骨に出仕を避けるまでになって来ていて、スフランツェス政権の空洞化に一段と拍車を掛けている筈なのだ。

巨魁の親子は依然政庁に留まって子飼いの武官を身辺に引きつけたまま、狂瀾(きょうらん)を既倒(きとう)にめぐらしていると聞くが、武官などと言ってみたところで洗ってみれば地方の小豪族の当主かその倅たちが殆どであって、ごく一部を除けばスフランツェスの臣下では無いのである。

デニス殿の口振りでは、その兵力も未だ二百に迫る勢いを示してはいるらしいが、その中から斥候が何組も放たれて、あの大軍勢を遠望して肝を潰しながら帰っている筈なのだ。

それを知って攻めかかるものなどいよう筈も無く、そう考えれば合戦には至らずに済んでしまうかも知れず、そうなると戦場で父の無念を晴らす機会も永遠に失われてしまう道理だ。

既に千余の与騎(よりき)を持ち、しかもその分の戦費負担が不要である以上、主従三人分の腰兵糧だけ用意すれば事足りる話であり、カラヤニス卿のお許しさえいただければ、我が一手を以て敵勢を蹴散らして見せるところなのだが、如何せん今のところは手出しは無用と仰せなのだから如何ともし難い。

大恩を蒙ったばかりで、まさか軍令に背いて勝手に突出してしまうわけにも行かず、そのような無謀に走れば母の嘆きは如何ばかりであろうなどと、とつおいつしながら馬を進める内、やがて左右の建物が尽きたあたりで又しても意外な光景に出会ってしまったのである。

左右の広大な空き地に数千もの人間が群れていて、どうやら野天で市が立っているらしく、そちこちでさまざまな商いが盛っており、中でも目に付くのは家畜の市場だ。

とにかく驚くほど大量の家畜が曳かれて来ており、しかもそれを黄金若しくは秋津州円で買い取る者が大勢いる。

その連中が千人の余も買いに走っている上、それぞれがこまかく役割分担がなされていると見えて、売り手の群れに混じって目を光らせている者がいるかと思えば、買い取る者とそれを運ぶ者とが見事に連携していて、その仕事振りに少しも渋滞するところが無い。

しかも、どう見ても破格の値で買い取っているものだから、自然売り手が殺到してしまっており、人ごみに驚いた離れ牛まで出る騒ぎだ。

無論そのほかにも宝飾品や家具などと言った「商品」がしきりに売買されているようだが、一部に奴隷を売買する者がおり、やはりここでも秋津州円がそれを媒介している様子なのである。

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  1. 2008/11/26(水) 11:38:41|
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