日本大好きじいさんの落書き帳

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

自立国家の建設 076

 ◆ 目次ページに戻る

補佐官は女神さまに酌をしながら、もう一つの重要な案件についても、いよいよその反応を見ることにした。

「そう言えば、霊光が動き始めたようですな。」

霊光とは、朝鮮半島西海岸の最南部に位置する霊光原子力発電所のことで、その海岸線は、黄海を隔てて中国山東半島の南岸と向き合う地形をなしている。

その発電所は、加圧水型原子炉六基を具えた堂々たる発電施設として、今もなお存在してはいるが、動乱の勃発以来他の原発同様全ての運転を停止していた。

その領域では、とうに統一国家としての機能が失われ、複数の大小名が各地に盤踞して合い争っている上、さまざまな生活物資の生産は全く滞り、無論石油燃料なども悉く底をついた筈だ。

まして電力の供給などにいたっては、ほとんど停止してしまっていた筈なのだが、我が国(米)の軍事衛星が収集したデータによると、この霊光原発が先ごろ唐突に稼動し始めたと言うのだ。

「そのようですわね。」

「やはり、ご存知でしたか。」

「・・・。」

女神は杯を干しながら、あでやかな笑みを浮かべる。

「三号炉らしいですな。」

「いえ、四号炉も動いてますわ。」

稼動を始めたのは三号炉だけで無く、四号炉についてもそうだと言う。

「ほう、つい最近ですか。それは?」

タイラーにとっては全くの初耳なのだ。

「はい。」

女神さまが自信をもって応える以上、ワシントン情報は、やはり相当遅れをとっていると見なければならない。

「しかし、正規の人員を抜きにしたままで稼動させるとは・・・。」

ワシントン情報によれば、その施設に出入りしている人間たちは、その服装からしても到底専門職の者とは見えず、どうにもいかがわしいと言うのである。

「・・・。」

「あ、もう、正規も何も、韓国水力原子力発電会社ですら、影も形も無いんでしたなあ。」

韓国水力原子力発電会社こそが、全ての原発の正規の運営者だった筈なのだが、その会社そのものがとうに霧散してしまっている以上、今更、正規の人員もへったくれも無いであろう。

「確かに、危険性は高いですわね。」

「位置関係を考えると、万一の場合、お国では対馬なんかが危険地域に入るよなあ。」

「はい。」

偏西風と言う存在がある。

知っての通り、大陸から日本列島に向かって、その上空を常に大風が吹いているのだ。

一旦、霊光原発で重大事故が発生し、放射性物質が上空高く吹き上げられるようなことがあれば、地理的条件から判断して、半島の南部はおろか対馬などの受ける被害は、最早黄砂などの比では無い。

「しかし、ほかの原発でなくて未だ良かったかも知れないねえ。」

半島の原発は、この霊光以外全て日本海側に集中しており、その意味では、未だしも不幸中の幸いだと言う。

「いえ、その分半島の方々の犠牲が増えてしまいますわ。」

唯一西海岸側に設置された霊光原発での重大事故は、主としてその東側一帯の陸地、詰まり半島南部全域に亘って巨大な影響を与えてしまう。

当然、その一帯の住民に甚大な被害を齎すであろうことは、チェルノブイリの例を見るまでも無く自明であろう。

いかに激減してしまったとは言いながら、三十八度線以南においても、いまだ確実に人が居住しているのである。

「それは、そうですが・・・。」

「その場合の被害者の方々は、効果的な統治システムを持っていませんわ。」

「もう、数年も前からね。」

「統治システムが存在しなければ、国の安全保障を司る者もいないことになります。」

一国を統治するシステムが崩壊してしまった以上、民は自らの責任においてその生存権を行使するほかは無い。

「これで、半島全域の統治者であると主張する政権が、一つ減ったことにはなりますな。」

事実、過去半世紀にわたり、半島全域の領有を主張する政権が半島の南北それぞれに並存していたのである。

一方で朝鮮共和国政府が今もなお半島全域の領有を主張し続けており、残る一方が大韓民国を名乗った政権であったが周知の通り今はその影も無い。

詰まり、現在朝鮮半島全域の領有を主張する政権らしい政権は、朝鮮共和国だけだと言うことになり、加えてその政権は、既に百六十カ国を超える国家かられっきとした承認を受けてもいる。

「実態としては、そうなるかも知れませんわね。」

その実態の中には、今では半島全域の人民の大部分が、三十八度線以北に集中的に居住していると言う事柄も入るであろう。

三十八度線以南においても、複数の大小名たちが、我こそは旧大韓民国の全てを継承する者だと口々に主張したこともあったが、そのことを承認した国家などはどこにも無く、それどころか、交戦団体としての位置付けすらなされてはいないのだ。

「その前提で言えば、陛下は朝鮮共和国政府に半島全域の統治を託そうとのお考えでおられるのでしょうか?」

タイラーにとって極めて重大な事項なのである。

「陛下は、他国の政策について云々されることはございません。」

秋津州の君主はこう言う切り口においては、まことに抑制的であり続けており、タイラーの目から見てさえ全く歯がゆい限りだ。

「いや、例え口に出しておうせにならなくても、ご本心ではいかがでしょう?」

そのことによって、東アジアの不安定要素が解消されることは確かであり、大規模なダメージを蒙る国が見当たらない以上、あの魔王が一言宣言しさえすれば国際社会は雪崩を打ってそれに倣う筈だ。

ましてそのことに要する膨大な資金なども、全て魔王の負担になるであろうことも豊富な前例が能弁に物語っている。

「さあ、そこまでは、わたくしなどに判ることではございませんわ。」

「では、あね上さまは何と?」

「あね上さま」とは、無論長姉の京子のことであり、タイラーにとっては懐かしくも恐ろしい、言わば女神さまの総本家でもある。

こう言う場合、あの総本家ならもっと具体性のある示唆を与えてくれる筈で、何としてでも秋津州の隠された真意を掴みたいタイラーにとっては、またとない貴重な存在でもあるのだ。

「あねも、具体的なことは申してはおりませんわ。」

「ほお、ところで最近はどちらに?」

ものは試しと総本家本人の所在を尋ねてみたが、予想に反してあっさりと反応があった。

「あら、この海都におりますけど。」

「それでは、一度あね上さまもお招きしたいものですな。ずいぶんお会いしてないものですから。」

「そのように申し伝えますわね。」

「よほど、お忙しいのでしょうか?」

「岡部さんたちと何やらやっておりますようで。」

その「何やら」もおよその見当はついてはいるが、ことと次第によっては、これをしも極めて重大な情報になり得るのである。

「ほう、ミスタ岡部とご一緒ですか。」

無論、想定内のことだ。

「そのようですわ。」

「相当な人数で新田・岡部ラインが動いているとお聞きしていますが。」

「さあ、どこからどこまでが、その何々ラインと言うかは存じませんが、純粋に日本国の行く末を案じておられる日本人が、結束して協働していることは事実だと思います。」

「ふうむ、民間でと言うのは・・・、やはり事実でしたか。」

憶測が、ほぼ確定情報に変わったのだ。

さぞ、ワシントンが喜ぶであろう。

「あら、合衆国の行く末を案じるあまり、懸命に協働するアメリカ人の方だって、民間にもたくさんいらっしゃる筈でしょ?」

ただ、通常一銭にもならないことに懸命になって働く人はそう多くはない。

そこにはそれなりの利権なり権益なりが、常に絡んで来ざるを得ないと言うのが哀しい現実だが、新田・岡部ラインと称されるメンバーなどは、全く特異なことに、無謀にも公職を振り捨てての参加者ばかりなのだ。

無論、人は霞を喰らって生きることは出来ず、その糧道は秋津州財団に拠っていると囁かれてはいるが、無論その証明など何処にもない。

「それは、そうですが。」

「同じことですわ。」

「では、今次の霊光原発に関するリスク管理なども・・・・。」

「何ですか、長崎県と対馬市からも、当局の方々がお集まりのご様子でしたわ。」

この秋津州に、長崎県と対馬市当局の関係者が参集していると言うのである。

「ほお、そこまで進んでいるのか。」

なお実際の現地においては、激甚な被害が予想されるとして、第三非常配備体制をとるべきかどうかで今以て激論が交わされているさなかであり、本来なら災害警備現地本部を設置すべきところを、肝心の対馬南・北両警察は未だに動く気配が無いらしい。

新田は、現地の陸上自衛隊対馬警備隊や海上自衛隊上対馬警備所、航空自衛隊第十九警戒隊などと連携し、災害発生時には対馬駐屯地司令鹿島一等陸佐に協働する旨を伝えてある。

鹿島一佐の身辺には、個人秘書的な雰囲気を持ったヒューマノイドが複数存在し、以前から司令部に近隣情報を伝える役割を果たしており、無論海都の新田とも京子を通して緊密に繋がっている。

民間人としての新田・岡部の握るヒューマノイド部隊が、「日本軍」に全面的に協調する体制が、とうに出来ていたと言って良い。

いずれにしても、守るべきは概ね四万の現地住民である。

その避難用の集合住宅設備も、天空において既に準備を終えているが、その用地については全く目処が立たない。

「相手は、無政府状態のひどいありさまですもの。」

「とにかく、あの領域では誰も責任をとらない状態が続いているからねえ。」

「こう言う場合、こっちも自分たちでやるほかは無いでしょ。」

「誰かのせいにして見たところで、全て後の祭りだからなあ。」

住民たちが被曝してしまってからでは、全てが六菖十菊に帰してしまうことは歴然としている。

「せめて育ち盛りの子供たちだけでも、今の内に避難させたいものですわ。」

被曝の影響がもっとも深刻に出てしまうのは、当然子供たちなのである。

「日本では、未だ楽観してる政治家が多いと言うことかな。」

「いえ、官邸でもどうしていいか、なかなかまとまらないだけのようですわ。」

官邸サイドの危機感も決して小さなものでは無いが、秋津州対策室の機能を自ら破壊してしまったために、有効な具体策を見出せなくなっているだけなのである。

「予算と言う問題も無いではないし、うかつに公表したりすれば、パニックが起こるかも知れないからなあ。」

「ただ、明日当たりにはメディア報道が出てしまいそうな気配ですし、その点でも残された時間は少ないのではないかと思いますわ。」

「メディアには、せめて事実だけを報道してもらいたいものだが、まあ、無理だろうな。」

「そこが一番の問題ですわ。」

どうせ二次情報をベースに、憶測と言う香辛料をふんだんに振り掛けられてしまうくらいが関の山なのだ。

「ところで、重大事故にまで発展してしまう可能性は、どの程度に見積もっているんだい?」

「早期に運転を止めない限り、九十パーセント以上を想定していますわ。」

残りの十パーセントなど、所詮僥倖でしかない。

「うん、ワシントンもほぼ同意見だな。それも、稼働時間が長くなればなるほど、限り無く百パーセントに近づいてしまう。」

「あの国の原発は平常時でもトラブル続きでしたし、今の状況下では、適切な対応など、とても期待出来そうにありませんわ。」

それはそうだろう。

原発管理の技術レベルを云々する前に、トラブル発生に際して必要とする備品類でさえ、満足に揃ってはいない筈なのだ。

そうである以上、原発の特性から見て、いざと言う時に原子炉の自動停止機能が働いても、そのあとの対応がまた問題だ。

仮に、一次冷却材(水)が大量に失われてしまった場合など、適切な再注入とコントロールが速やかになされなければ、遂には炉心溶融(メルトダウン)にまで到ってしまうのである。

その結果、大爆発に伴う爆風は建屋をも吹き飛ばし、巨大な毒龍となって上空に立ち昇り、周辺地域を限り無く汚染してしまうに違いない。

「公表されてないものも入れると、もともとから、相当のトラブルを抱えていたからなあ。」

「はい。」

「そのトラブルも、とうとう最後まで根本的な解決がなされなかったケースが多い。」

「そのようですわね。」

「結局、今このときにも、大きなトラブルが発生しても、何の不思議も無いことになるな。」

「困ったものですわ。」

「全く、はた迷惑もいいところですな。」

「・・・。」

女神さまは、その端麗な表情を僅かに変化させるだけで、明らかな同意を伝えて来ている。

「いっそ、D二やG四を使って、実力で(運転を)止めてしまえば良いだろうに。簡単なことだろう?」

事実、ここまで詳細な情報を握っている以上、秋津州側がその施設の内部にまで触手を侵入させているのは確実で、それに対して一言命じさえすれば良いだけの話だ。

恐らく、ほんの数秒で片付いてしまうだろう。

但し、流血は免れない。

「そうはいきませんわ。だって、日本や秋津州の主権の及ぶ地域ではございませんもの。」

「うーむ、お堅いことで。」

補佐官は苦笑せざるを得ない。

「あら、お国(米)とは違いますわ。」

この皮肉もタイラーには通じない。

「確かにこれが我が国なら、とっくに実力行使に踏み切ってるだろうな。」

但し、米軍の電撃作戦も常に成功するとは限らない。

「わたくしどもは、日本の被害を最小限に食い止めたいと願っているだけですわ。」

「じゃ、平壌政府を通じてやってしまえば良さそうなものだが?」

極めて合理的な手法と言って良い。

朝鮮共和国政府が、半島全域の領有権をずっと主張して来たこともれっきとした事実だ。

当然、半島南部の治安にも責任が無いとは言えないのである。

「北京とモスクワから、平壌宛てにそのような要請があったことも聞き及びますが、平壌政府にそのような実力などございませんわ。」

平壌政府の本音は、半島南部をも統合統治したいのはやまやまだが、自力では到底不可能だと言うところにある。

それを望むことと実際に実行することとの間には、それこそ天地ほどの開きがあることを痛感している筈だ。

平壌政府がそれを実行するためには、少なくとも、秋津州の積極的同意ばかりか、具体的な支援が必要であることは衆目の一致するところだ。

しかし、魔王が一向に動く気配を見せない。

結局、魔王自身がそのスタンスを鮮明にすることを避け続けていることこそが、全ての遠因となっているとする論説が出てくる所以である。

その論説に従えば、国際間に存在するさまざまな不安定要素も、そのほとんどが、秋津州国王のどっちつかずの政治姿勢に起因すると言うのだ。

抜きん出た実力を具える秋津州こそが、断然強力なリーダーシップを発揮することによって、良好な世界秩序を積極的に構築するべきだと説くのである。

肝心の魔王自身のスタンスが、消極的かつ抑制的なものであり続けていることを捉え、遂にはその功罪について否定的に論ずる報道すらあるのだ。

少なくとも秋津州は、新たな領土の獲得及びその支配については、全く興味を示さないことが広く知れわたっており、だからこそ、そう言う国家こそが、合衆国に代わって世界の警察官の役割を担うべきだとまで言い騒ぐのである。

だが、かの若者に動く気配は無い。

「ところで、秋津州人観光客が大分現地(対馬)入りしているようだが?」

「それは、今に始まったことじゃありませんわ。竹島騒動のころから、ずっとそうですもの。」

あの竹島騒動の際、韓国側からの対日断交がなされた結果、当然韓国人観光客は皆無となり、本来なら地元の業界は大打撃を受ける筈であった。

何せ、それまで対馬を訪れる観光客のほとんどが韓国人だったのだから無理も無い。

だが、それと入れ替わるようにして、数百人規模の秋津州人が、観光目的と銘打って続々と訪れるようになった。

それも、全て年若い女性ばかりなのである。

無論彼女たちは、それぞれが大枚の日本円を現地に落とし続け、地元経済の活性化に大きく寄与し続けて来た。

「本物の秋津州人なのかい?」

「皆さん、れっきとした秋津州国のパスポートをお持ちの筈ですわ。」

「うふっ、そうか。」

パスポートを持っているからと言って、必ずしも生身の人間だと言うことにはならないであろう。

「そうですわ。」

女神さまは女神さまで、おすまし顔で応える。

「ところで、脱出避難用のSS六はどれくらい用意出来てるのかな。なんだったら第七艦隊を回航させたっていいんだ。」

秋津州側の要請が有りさえすれば、例えそれが非公式なものであったにせよ、ワシントンは小躍りして応じるに違いない。

魔王の手前、大きな得点を稼げる絶好の機会なのである。

「いえ、避難民の輸送用だけでも二千機以上が待機中ですから。」

女神さまが「避難民の輸送用だけでも」と言っているからには、その他にも大量の動員が掛かっていることは確かだろう。

「にっ、二千・・・。」

合衆国の軍事衛星は、今以てそれを捕捉出来ていないのである。

よほどの高空なのであろう。

実際のところ、もともとのSS六は純然たる軍用機であり、一機当たり、千体以上の秋津州兵士を搭乗させ得る設備を有している。

だが、生身の人間の居住性に配慮して手を加えられたSS六改の場合、その乗客定員数は概ね百人ほどなのだ。

当然、それ相応のベッドや空調設備は勿論、トイレや簡易シャワーまで備わっており、大量の生活用水や食糧の積載も可能だ。

基本的には、現在世界中にレンタル中の銀色の機体のものと同等の機能を具えており、最悪の場合でも、機内における四十八時間程度の生活は、充分担保されていると言って良い。

「これだけ揃えれば、乗船させる際にも、優先順位を気遣う必要は無い筈ですわ。」

これほど大量の輸送手段を持っている限り、避難民に対する瑣末な優先度など無視してしまっても構わないと言う。

いざと言う場合、必ずしも全機が満席になるとは限らないにせよ、それを補って余りあるほどの輸送能力がある。

身体的弱者や子供たちを特別に優先させる必要は無く、とにかく、早いもの勝ちに片っ端から乗せてしまっても問題は起こらない。

むしろ問題は、大勢の避難民を受け入れるべき自治体側の態勢にある。

「そりゃ、そうだ。それほどのキャパなら、先ず乗りっぱぐれる心配は無いわなあ。」

「受け入れ側が迅速な対応をしてくれないと、機内の待機時間が長くなって、その分だけ避難民のストレスが深刻なものになってしまいます。」

「当然、離れ離れになっちゃう家族なんかも出るだろうしなあ。」

「ですから、受け入れ側がきちんとした態勢をとってくれないと困るのです。」

「しかし、そりゃかなり難しいだろう。」

機内での生活が長期化すれば、その食糧問題以前に、肝心の生活用水の補給にも難渋することは目に見えている。

「・・・。」

女神さまの表情にも深刻なものが浮かんだようだ。

「それにしても、その救助船が地上に到達するのに、いったいどの程度の時間が掛かるんだい?」

「百二十秒から三百秒ほどでしょうか。」

「ふーむ、やはり、生身の人間が乗っていない場合、べらぼうなスピードですなあ。」

「邪魔さえ入らなければね。」

空中空間には、無論さまざまなものが存在する。

「わかった。いざとなったら、米軍機の飛行は控えるようにすればいいんだな。」

「その返答は日本政府がするべきでしょうね。」

「近隣の航空管制も問題が無いとは言えないしな。」

「米軍の専管空域もですわ。」

以前にも触れたことだが、日本の領空には至るところに米軍の専管空域が存在し、米軍の了解無しには日本側にはその空域の使用は認められない。

「しかし、日本政府からは未だに何も言ってきてないんだよなあ。」

少なくとも非常事態における航空管制行政くらいは一元化されていなければ、思わぬ惨事を招く恐れ無しとはしないのである。

「・・・。」

女神さまは苦渋の表情を浮かべて黙してしまった。

「しかし日本政府は、緊急事態に際して何故こうも反応が鈍いんだろうか。」

「ミスタ・タイラーっ。」

女神さまの語気が鋭い。

「んっ。」

「そう言うスタンスで仰るから、新田さんがお怒りになるんですわ。」

「あ、ごめん、悪かった。撤回するよ。」

狼狽してしまったのだ。

「日本政府の責任は確かに重大ですが、過去半世紀以上も主体的な判断を避けながらずっとやってきたんですもの、急に言われたら誰だって困る筈ですわ。」

「うん、それも判ってる。」

「第一、領空の情報一つとっても、まともに収集出来ていないんですもの、総理でなくとも混乱してしまいますわ。」

「うんうん。」

「米軍の占領政策の延長線上に、ほとんどの発端があることを無視したご発言は、わたくしどもの反米感情の導火線になりますわよ。」

「うん、悪かった。謝るよ。この通りだ。」

合衆国大統領特別補佐官は、己れの息子と同世代の娘に向かって深々と頭を垂れて見せた。

とにもかくにも、謝ってしまうに如くは無い。

「ま、わたくしども(日本)が合衆国のその政策を利用して、経済的繁栄を享受してきたと言う側面があることも、否定は致しませんけれど。」

「う、うん。」

補佐官も慎重に言葉を選ばざるを得ない。

「もう怒ってませんから、そんなに慎重になさらなくても大丈夫ですわ。」

「う、うん。助かるよ。」

「おほほほ。」

目の前の年端も行かぬ小娘に、苦も無く翻弄されてしまっている自分に今更ながら腹が立つ。

態勢を立て直し、改めて出直しを図ることにした。

「安保理が召集されたが、この急場にはとても間に合わんだろう。」

「あら、今更国連が何をなさろうと仰るのかしら。」

知っての通り、国際連合安全保障理事会は、十五カ国を以て構成され、そこで行われた決議は加盟国に対して法理上の拘束力を持つ。

その決議は、九票以上の賛成票を要し、なおかついずれの常任理事国も反対しなかったときに、はじめて承認される規定だ。

詰まり、十五カ国の内例え十四カ国が賛成票を投じても、常任理事国(米英仏中露)の内一カ国でも反対すれば、あらゆる決議案が承認されないことになる。

世に言う、常任理事国だけが持つ「拒否権」である。

このほかにも国連憲章には、最早死文化していると言われているにせよ、「敵国条項」と言うものまで現存しているのだ。

この「敵国条項」においては、かつて第二次世界大戦時に連合国の敵側だった国家(日独等)が将来国連憲章に違反した場合、連合国側にある国々は、例えそれが一カ国であっても無条件で軍事制裁を課すことが出来ると規定している。

いわゆる連合国側にとっての、「旧敵国」だけに限定した特例条項なのである。

また、この場合、「旧敵国」の行為を国連憲章違反であると認定するのは国連では無く、米英仏中露それぞれの政府なのだ。

それも、その内の一カ国の判定だけで事足りてしまう。

と言うことは、とにかく米英仏中露だけは、いずれも単独で、日本の行為を国連憲章違反だと随意に認定した上、誰憚ること無く一方的に軍事攻撃を行って良いことになる。

この規定は、当初から国連憲章に明記してあったものであり、それを承知の上で日本は加盟せざるを得なかったのだ。

詰まり、現今の国際法の法理から言えば、日本は米英仏中露の中のいずれの国からも、いつなんどき、恣意的な理由を以て軍事攻撃を受けても、一切文句を言えない環境にあることになる。

もっとも、現実に攻撃を受け、占領されてしまってから文句を並べて見たところで何の意味も持たない。

何故、これほどまでに不平等な内容の国連憲章が作られたかと言えば理由は簡単だ。

それが、連合国(戦勝国連合)の手によって作られたものだからであり、彼らが彼らの交戦相手を差別的に扱うのは、当然過ぎるほど当然のことだったのである。

そのくせ国連分担金と言う言わば町会費のようなものだけは、一般の国よりも飛びぬけて大量に収めろと言って来る。

ことほどさように国連における不平等性は、目を覆いたくなるほどのものであるにも拘わらず、本質的な意味において改善されることが無い。

何故なら、国連憲章それ自体が事実上国際条約にあたるため、それを改変するためには、全ての加盟国において議会承認等の手続きをとる必要があるからだ。

まして、安保理において「拒否権」と言う特権が存在する限り、「連合国イコール常任理事国」の内、たった一ヶ国でも不利益を招くと感じる案件が承認される可能性は極めて低い。

魔王が国連と聞くたびに、冷笑を以て報いることにも溢れるほどの理由があることになろう。

かと言って、かの若者は、国連の枠組みにおける不平等性が消え失せ、全ての加盟国の権利と義務が同等なものになりさえすれば、それだけで事足りるとするほど、単純な思いを抱いているわけではない。

まして、国際社会が多数決によって物事を決すべしとする概念にさえ、必ずしも賛同出来ないと言う思いまで有していると言う。

国際社会にはさまざまな事情を抱えた国々が存在し、中には、ごく僅かな分担金すら決済する能力を持たず、国連大使やその随員を派遣することもままならない国が存在するのである。

当然、大国の傀儡となって票を投ずる政権も多数に上っている。

「うふふっ、何もかも判ってるくせに。」

「あら、何も存じませんわ。」

この海都においても昨日から五カ国会議が開かれており、おおまかな流れとしては、旧大韓民国の領土を、そのまま朝鮮共和国に継承させるべしと言う方向にある。

大韓民国は、既に消滅してしまっていると言う前提に立っているのだ。

「とにかくあの地域が重大な脅威の発信源である以上、早急に具体的な対応策を講じる必要があるんだ。」

半島南部の混迷が世界の安全保障上、重大な脅威となり始めていることは確かだ。

万一、朝鮮半島東岸に立ち並ぶ原発群が重大事故を引き起こせば、日本列島には恐るべき死の灰が降り注ぎ、日本国内は大混乱となるに違いない。

結果として、日本経済も深刻なダメージを蒙り、その余波は直ちに全世界のマーケットに飛び火してしまう。

「・・・。」

だが、またしても女神さまは無言だ。

「国王陛下にも、きっとご賛同いただけるものと思うのだが。」

ワシントンが知りたいのは、ひとえに魔王の意思なのである。

その対応策の実施に際しては膨大な資金が必要になることは明白であり、影の安保理と呼ばれる五カ国会議における決議も、少なくともこの件に限っては、秋津州の意思を無視して成り立つことなど有り得ない。

早い話が、いずれの国もそのコスト負担を逃れたい。

出来ればカネは払いたくないのである。

公式の安保理決議にしてもそうだ。

但し、皮肉なことに、法理上秋津州の意思などは全く関係が無い。

国連加盟を拒み、名実共に孤高を持している秋津州は、国連と言う枠組みにおいて正規の票決権も持たない代わりに、国連から拘束されるいわれも無いのである。

「陛下は、他国の政策に容喙なさることはございません。」

「では、あね上さまや新田氏ならいかがでしょう?」

二人が、秋津州外交の両輪であることはとみに名高い。

殊に、新田の方は実質的な秋津州外相だと言って良いのである。

「新田さんに直接お聞きになればよろしいのに。」

「それが出来るくらいなら、誰も苦労はしないよ。」

「あら、最近はかなりお話が出来るようになったようにお聞きしますが。」

実際最近は、度々会う機会があったことも事実だ。

「しかし、こう言うテーマで本音を聞けるとは思えんしな。」

「でしたら、仕方がありませんわね。」

「そんな冷たいこと言うなよ。」

「じゃ、どうしろと仰るのかしら。」

「だから、君だけが頼りなんだよ。」

「あらあら、お上手ですこと。」

「いや、ほんとなんだよ。是非とも知恵を借りたい。」

「結局、ワシントンは、どう動けば陛下のお気に召すのかをお知りになりたいのね。」

「うん、殊に半島問題では、平壌政府が半島全域の統治を具体化するに当たって、陛下のご支援がどうしても必要なんだ。だから、そう言う前提で積極的な思し召しを頂戴したいんだよ。」

「積極的な思し召しなど、とても無理かと思いますわ。」

「しかし、実現すれば霊光問題一つとっても、平壌政府が統治者として処理することが、何の矛盾も生じないようになれるんだけどねえ。」

「それでも陛下は、半島情勢には容喙なさらないと思いますわ。」

「じゃ、せめて実現した暁には追認して下さるだろうか?」

「ですから、朝鮮共和国政権が主体的に行動なさった結果について、干渉なさることは無いとしか申し上げようがございませんわ。」

「では、その朝鮮共和国政権が半島全域の統合統治に向けて行動する際に、国際法上の整合性を付加してやることに問題は無い筈だよな。」

「何も申し上げないことに致しますわ。」

女神はにっこりと微笑んでいる。

「判った。それで充分だよ。」

タイラーは瞬時に察し、かつ信じたのである。

彼にとっては、女神さまの微笑みこそが答えの全てであった。

これでワシントンも、やっと愁眉を開くことが出来るに違いない。

 ◆ 目次ページに戻る
スポンサーサイト


  1. 2007/07/30(月) 11:42:49|
  2. 妄想小説 主権国家|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
<<自立国家の建設 075 | ホーム | 自立国家の建設 077>>

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://unclejim.blog4.fc2.com/tb.php/325-3d774576
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。