日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 090

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さて、このころになると、対秋津州政策に関し従来比較的慎重な構えを見せていた国々でさえ、親秋津州派であることを改めてアピールすべく、ことさら仰々しく訪秋を果たすまでになって来ており、数多くの元首クラスの秋津州訪問が織るようにして続いた。

秋津州側の応接責任はいつに新田源一の双肩にかかっており、例の新田グループの日本人たちが大活躍すると同時に、その手腕が遺憾なく発揮されたことは言うまでも無い。

また、以前から親秋津州の旗幟を鮮明にして来た国々の間からでさえ、二国間の外交的距離を一層縮めるべく訪れるケースが続出し、殊に蒙印両国などは短期間の内に二度も訪れることにより、親秋津州の旗をいよいよ高く掲げるに至った。

一つにはケンタウルスの一件があり、新天地における解放区の分割処理問題がある。

訪れる側の求めるものも自らの生存に直接関わるものであるだけに、その思いにも切実なものがあって当然だろう。

現状では丹波の八十パーセントと言う解放区が明示されているだけで、そのほかには何一つ確定してはいないのだ。

七カ国協議に至ってはあくまで秘密会であり、各国政府の多くはそこで行われている議論の実態までは把握することは出来ず、日米英などその構成国の手になる個々の分割案を承知しているに過ぎないのだが、それらの案にしても一つとして同じものは無いのである。

二百の国家があれば、二百通りの国益が存在して当然なのだ。

その上、正当な政府の策定するもの以外にも無数の分割案が存在しており、中でもアフリカなどに多く見られるように、民族の分布を重視した方式によるものも多数存在し、近頃では中央アジアあたりからも同様の趣旨のものが出て来るありさまで、最早分割案の統一など不可能だと言う見解も数多く聞こえて来ている。

何せ、民族の分布などと言ってみたところで、その民族自体が大規模に移動しながら歴史を刻んで来ている以上、もし民族の分布を視点に据えて改めて新国家を策定し直すとなれば、いつの時点を以てその基準となすべきかが俄然争点となって来ることは避けられない。

まして、近代においてさえ、特定の国家の政策によって大規模な移動が国境を越えて行われたケースさえある以上、少なくともそれ以前にまで遡る必要があると言う見解は頗る多い。

尤も、この場合、いざ遡ってみたところで、現実にはその時点の証明済みの「国民」データなど残している筈も無く、百歩譲ってその問題をクリヤ出来たとしても、時間の経過と共に、無法に流入した「外国人」を特定することはいよいよ難しくなる一方だ。

結局のところ、一旦「大量」の不正移民を許してしまえば正統な国民の認定が出来ないことに繋がり、選挙人名簿すらまともに作れず、最も大切な国民の意思を問うことが出来なくなってしまうのである。

くどいようだが、新天地への避難移住に際し、秋津州側が想定しているのはあくまで国家単位の方式であり、正統たるべき国民の管理責任をその政府に求めており、正統な政府以外には、無国籍者たちの管理責任を負うとされる国際機関のほか一切認めてはいないのだ。

尤も、ここで言う「正統な政府」に関する認定基準がまた問題だ。

詰まり、いったい何を以て「正統な政府」とするかなのである。

国連一つとっても、「国家を標榜するもの」を全て正統な国家と認めているわけでは無く、まして、何々民族解放戦線だとか、何々民族解放同盟だとか言う組織に至っては無数に存在する上に、そのそれぞれの間にも新領土の確保に向けた動きがあるが、七カ国協議では議題にもなっていない。

各国政府もその方向(国家単位方式)に沿って動いてはいるが、未だに何一つ纏まらないのが実情だ。

丹波の「解放区」自体が本来秋津州領であって、そうであればこそ秋津州の自由裁量によって解放されようとしているのであり、ある日突然この「解放」と言う秋津州の意思が煙のように消え失せてしまったとしても、一言の文句も言えた義理ではない。

千差万別の分割案が消長し議論百出して収斂する見込みが立たない以上、全世界に解放すると言う「既定方針」を秋津州自身が覆し、特定の国だけを指定して領土を付与すると宣言したとしても、少しも不自然ではないのである。

幸いにして現段階ではその「既定方針」に変化は見られないが、このままで無駄にときを過ごせば、国王陛下の意識に特段の変化が起きてしまっても少しの不思議も無いのだ。

先ず第一に時間が無い。

そこへ持ってきて、各国間の国益の隔たりがあまりに多岐に渡っているため、世界的な合意など夢物語だと思わせるような現実が一方にある。

無論、いずれの国も滅びたくは無い。

当然国益の溝を埋めるべく各国ともに努力は惜しまない。

いや、惜しまないどころか必死ですらある。

かと言って現実の秋津州では、大勢の実務担当者が各代表部を拠点として盛んに活動しているが、個別折衝と言うべきものは対秋津州のものがその殆どを占めてしまっているのが実態だ。

ただ、彼等が特段に留意しなければならない政治状況が否応無く眼前にある。

肝心の秋津州側の司令塔とみなされているのは新田源一氏であり、その下部組織として新田と同時に退官した十数人の日本人グループがおり、これ等が東京政権と緊密に結びついている上、殊に首相官邸内の「秋津州対策室」とは明らかに直結していると言う状況だ。

さらには、実質的な総理特使として内閣官房副長官の相葉幸太郎氏が再三土竜庵に入り、国王を交えさまざまな具体策が練られていることについても一部報じられるに至り、当然数多くの憶測を生んでしまっている。

東京の現政権の施策が益々現実的なものになって行く過程で、さまざまな政治状況が生み出され、今では実際の「秋津州対策室」の総本部は、内務省最上階にあると言う論調まで見受けられるほどである。

このような情勢下で、土竜庵には新アフリカ大陸の分割案が幾たびも持ち込まれ、その都度検討に付されて来ており、キャサリンにしても、直接持ち込んだのは土竜庵であっても、同時に東京やワシントンに向けても主張するところが無かったとは言えまい。

結局、キャサリン案と称された新アフリカ大陸限定の分割案は、その後数次にわたって改定され、やがて第三次日本案にそのままの形で採用されて行くことになる。


さて、秋津州にとっての七月二十日は、とりわけ特別な日だと言って良い。

海都において、建国記念を兼ねた遷宮式典が行われる日なのである。

事前に公式発表があったこともあり、既に十万を超える人々が集結していると報じられるほどであったが、あながち大げさな表現とばかりも言えなかったろう。

現地のホテルなどもほぼ満室だと伝えられ、各メディアや代表部が従前から押さえていた賃貸マンションは無論のこと、秋津州ビルの一部までがそのことのために利用されているほどだと言う。

いずれにしても、海都の許容量いっぱいの訪客があったことは確かで、正統な祝賀使節は勿論、膨大なメディア関係者や雑多な見物客までが、さまざまの思惑を胸に秋津州の祭典を見る事になるのだ。

そして、その日の朝は来た。

秋津州の空は見事に晴れ渡り、国民議会正面のグラウンドには、強烈な夏の陽射しが降り注ぐ中、大群衆とともに見覚えのある施設が姿を見せていた。

無論それは、三年前の建国一周年記念式典の折りに用いられたことで広く知られたものであり、当時の報道にもあったように、小型のドーム球場をわざわざ半分に断ち割ったような形状をなしており、内部に設けられた扇状の観客席は、球場の外野席のような広がりを見せながら断面の方を向き、その全てが断面の向こう側に国旗の掲揚台を見る位置にある。

また、球場で言えばバックスクリーンのあたりが幅七メートルほどの通路となっており、無論それは前回のときに国王の騎馬隊が現れた場所でもあった。

その通路は客席と相応して緩やかなスロープをなし、それをくだり、球場で言えばセンターの守備位置付近に達したあと、そのまま更に直進し、やがてセカンドベースあたりでドームの断面部に至る。

大きく口を開けた断面部のエアカーテンを突き抜けてそのまま進めば、その先五十メートルほどのところの国旗掲揚台に達することになり、その又先には国民議会の堂々たる正面玄関を目にすることになる。

既に予定の時刻が近づき、客席は諸国から派遣された千余の使節団に埋め尽くされ、そのときの訪れを今や遅しと待っている状況だ。

なお、秋津州の夏は気温ばかりか湿度も低いとは言えず、少なくとも過ごしやすい気候とは言い難い。

だが、その施設は断面部を効率良くエアカーテンで仕切り、かつ巨大な空調設備が稼動して客席での居心地の悪さを辛うじて救ってくれており、正装した人々にとっても耐えられるレベルではあっただろう。

最後尾の立ち見席のような場所には、美々しく着飾った案内係の娘たちが多数待機しており、その接遇にも万全を期していることが窺える。

したがって、その施設は、前回も列席した者の目には、その多くが前回と同様の舞台拵えに映った筈だ。

しかし、只一点の例外として、センターとセカンドベースの中間あたりに、全く見慣れぬものが出現していて注目を浴びていた。

それは、数人のかんなぎに周囲を守られながら、高さ百三十センチほどの休み台の上に鎮座した白木造りの輦台(れんだい)のようなもので、前回との違いを際立って印象付けていたのである。

無論、かつて女帝が黄金の櫃の台座用と称して国王夫妻に報告したものの一種であり、四方を白木の欄干を以て囲んだ二間(にけん)四方ほどの本体を持ち、それを担うための太い棒が前後に二本ずつ長々と突き出しているあたり、今回は横棒は抜いてあるようだ。

また、観客席から見て左側面には木製の階段が置かれ、それを上りきったあたりで欄干が扉のように開かれており、本体の中心あたりには金色に輝く櫃(ひつ)が、そして少し下がったところに三人掛けほどのソファがある。

殊に、六十センチほどの高さの台座の上にがっちりと据え付けられたその櫃は、観客の全てを圧倒するほど煌びやかな光芒を放ち、その注目度には特別高いものがあったに違いない。

まして、事前のアナウンスによって式典の主体をなすものと規定されていたこともあり、報道陣はもとより、観客席からも最初から好奇の視線を浴びていたことも確かだ。

溢れんばかりの報道陣にしても、太刀を佩いたかんなぎ達の制止を振り切ってまで輦台に上がることは無いにせよ、近々とカメラを向けながら執拗に観察を続け、中には取材時間の延長を申し出る者もいたようだ。

とにかく、非常な注目を浴び続け、警備役のかんなぎたちにあれこれと質問をぶつけるものまでいる。

ドームの外の露天にも大勢の民衆が集結し、正面の国旗掲揚台の両側には既に多数の人員が整列を終えており、やがて、かんなぎたちが、報道陣をドームの外へ退去させたところを見ると時刻が到来したのであろう、満場が一瞬静まり返る中、観客席中央の通路に王の騎馬隊が姿を現した。

例によって、黒い馬具で統一した漆黒の馬体を駆っての登場である。

軍装の国王を先頭に三十四頭の馬群がスロープを降り切り、なお軽やかに歩を進め、輦台を迂回してその前に出て威風堂々と鎮まった。

供奉の者は、いつも通り井上甚三郎を始めとする近衛軍であったろう。

全員が迷彩色の軍装を着け長々と長刀を背負っていたが、一人国王のみが相変わらずかなり短めの指揮刀のようで、噂の長刀「蝿叩き」の姿は見当たらない。

客席がざわめく中、続いて後陣の隊列が姿を現し、女性ばかり百人ほどが徒歩でスロープを下り始めた。

例の磐余の池(いわれのいけ)で行われたとされる湖上の式典の名は高く、その映像は誰もが一度は目にしているものであり、そこに現れた龍はさて置き、船上には一際鮮やかな乙女たちの姿があった筈で、今眼前に現れた乙女たちがまさしくその装束そのものだったのだ。

全員が白衣に緋の袴を着け、隊列の中ほどに小振りの輿を伴って粛然と歩を運んで行く。

八人ほどのかんなぎが担うワゴン式の輿には幼い王子を抱いた王妃の姿があり、やがて母子は輦台のソファに移ることになる。

王妃の装束は五つ紋付の黒留袖の単(ひとえ)に紗織りの帯、帯締めは豪奢な金銀の平打ちだ。

千にあまる観客が見守る中、王子を抱いた王妃が輦台に移りゆったりと着座を終え、前後の担い棒には多数の乙女が取り付き、やがてゆらりと担ぎ上げた。

即座に休み台や階段が取り払われ、観客の熱い視線の中、特徴ある隊列がまさに一歩を踏み出そうとしたとき、騒々しい羽音とともに真っ黒な鳥が飛び込んで来て、式典の進行を妨げることになった。

ざわめきの中、ドームの中空を旋回する姿はどう見ても一羽の烏(からす)なのである。

そして、その不遜な烏がやにわに王妃の頭上を襲ったため、彼女は咄嗟に我が子の上に半身を伏せ、参列者の間からは多くの悲鳴が上がった。

無論、王妃自身はその正体を知ってはいた。

しかし、現実に真っ黒な烏が鋭い羽音と共に突然頭上を襲ったのである。

挙句、胸には大切なみどり児を抱いているのだ。

例え女性の身ならずとも、反射的に防禦の構えをとってしまったのも無理からぬことであったろう。

だが観客にとって全く予想外のことに、次の瞬間その烏は王妃の左肩に羽を休め、悠然と周囲を見回している模様だ。

烏と言う鳥は、その獰猛な性向から言ってときに猛禽に似る。

その動作が如何に慎重なものであったにせよ、鋭いその爪は彼女の肩先の皮膚を傷付けてしまったかも知れず、そのさまを鞍上から見た夫が掛けた声は、場内の悲鳴にも似た声に掻き消されてしまい、それに代わるようにして聞こえて来た声があった。

「八咫烏(やたがらす)だ。」

「足が三本あるぞ。」

ざわめきを縫って、そちこちから聞こえて来る。

そのとき注目の主が軽やかに飛び立ち、今度は王の肩先に悠然と止まって見せたのである。

無論猛禽の爪は絶妙のコントロールを得ており、密かに予測した痛みは全く感じることは無く、若者は妻の肩先の負傷についても改めて杞憂と知った筈だ。

観客には何一つ知らされることの無いまま、隊列はゆっくりと動き始め、又も烏は羽ばたき、今度は国旗掲揚台に向かい、その竿頭に傲然として位置を定めた。

そこには常と変わらず既に黄金の八咫烏がおり、止まり木とするにはあまり適切な選択とは言えなかったろうが、メディアにとっての被写体としては絶好のものであったろう。

数限りなくフラッシュが焚かれる中、隊列は粛々と進み、先頭の王がエアカーテンを突き抜け、今、陽盛りの中に出た。

後続の王妃は、おもむろに白扇を開き我が子の顔にかざしたようだ。

いずれにしても大した距離ではない。

直ぐに八咫烏の旗が揚がり、隊列は観客席に向きを変え、王は馬上、厳然と「刀の礼」をなし、王妃が軽く会釈を送っている。

参列者の全員が立ち上がって拍手を送り、数万の群集の間からは期せずして万歳の声が上がった。

津波のような万歳の中、八咫烏はゆるやかに王の頭上を舞い続け、観客席の拍手も鳴り止まない。

その間ほんの僅かの間であったが、やがて驚くべきことが起こった。

各メディアのカメラは列をなし、数限りないフラッシュが焚かれ、少なくとも数万の人間が見守る中、なんと隊列の全てが一瞬で消え失せて、鮮やかに式典の幕を引いて見せたのである。

無論、つい先ほどまで上空を舞っていた、あの八咫烏の姿も無い。

イベントの主役を務めていたものの全てが一瞬で異世界に旅立って行き、その場には数万にも及ぶ群集が取り残されることによって、秋津州の手になるこの「身勝手な式典」は確実に結了を遂げた。

なお、今回は前回と違って、この後の式典プログラムに残すものは何も無いのである。


当然、このイベントは多くの紙面のトップを飾ることとなった。

一つには八咫烏(やたがらす)、そして又黄金の長櫃のことがあるのだが、ともにすこぶる刺激的な色彩に満ちており、多くのメディアにとって願っても無い素材になったことは確かだろう。

殊に三本の足を持つ八咫烏に関しては、多くの映像からその自然な身動きについて肯定的な分析が行われた結果、全ては突然変異のなせる業(わざ)であるとする見解も無いでは無い。

また、馬酔木の山斎には群れをなして飛んでいるのではないかと言う声も聞こえ始め、この場合、取りも直さず生物と見ている事になる。

その上、国王夫妻の肩先にだけ枝止まりしたことを以て、殊更重大なこととする向きがあり、その場合八咫烏が、秋津州の国鳥であることと強引に結びつけて解釈しようとする者も少なくは無かった。

その論評によれば、八咫烏は秋津州の象徴そのものであり、その象徴が自らの意思を以て式典の行列を先導するために登場したことにされていたのだ。

尤も、一方に馬酔木の龍のことがあり、恐るべきヒューマノイド軍団のことがある。

或いは、数万の群集の眼前で煙のように掻き消えて見せた上、はるか彼方にまで瞬時に移動して行くことなど、これ等は全て優れた技術の結晶であるとする者の目がある。

その者たちの見解によれば、今回の八咫烏にしても、大切な国家的行事にあたって周到に準備されたパフォーマンスの一つに過ぎず、これほどのものを造り出す技術を持つことこそが、その驚くべき国力の源泉であって、そのことこそを最も重要な要素として捉えるべきだと主張する。

詰まり、人造の烏だと見ていることになる。

次いで、「八咫烏の長櫃」に関しては内務省のコメントが純金製であることを告げており、そのためもあってか、メディアの属する国柄によっては、まことに奇妙な説をなす者が現れた。

先ず、この「八咫烏の長櫃」の別名としてメディアが最も多く用いたのは、「秋津州の聖櫃(せいひつ)」と言う呼び名であったが、無論、単に「聖櫃」と呼ぶだけなら「神聖な箱」と言うほどの意味合いであり、そこに特別な意味を見出すことは無いが、わざわざ余分なことを付け加えるメディアがあったために、やがてことさら宗教的な風韻を帯びるまでになってしまうのである。

全ては、メディアの一部が勝手な呼び方をするようになったからだ。

曰く、「契約の箱」である。

そして、「証の箱(あかしのはこ)」、或いは「掟の箱(おきてのはこ)」などの表現を用い、あまつさえ秋津州がそれを所有することが、さも不適当ででもあるかのように匂わせる論調さえ存在した。

それらの名称を恣意的に用いたのはあくまでメディア側であり、無論秋津州側の関知するところでは無く、彼等が何と呼ぼうと、少なくとも秋津州の固有財産であることに変わりはない。

しかし、不思議なことにそうは見ない者が大勢いたのである。

理由はこうだ。

そもそもある特定の宗教観の中で「契約の箱」と言えば、「ユダヤ教聖書」に依拠し、モーゼで有名な十戒が刻まれた石板などを収めた聖なる櫃のことを指しており、人によっては、「聖櫃=アーク」、「証の箱」、「掟の箱」と呼ぶこともあると言う。

(筆者註:「ユダヤ教聖書」は、この日本では何故か「旧約聖書」と呼ばれる例が多い。)

アカシヤの木で作られたと言うその箱は全て純金で覆われ、そのサイズも百十二×六十八×六十八センチから百三十×八十×八十センチほどと諸説あるが、いずれの場合においても蓋の上には黄金の天使が羽を広げて向き合っていると聞く。

したがって、そのイメージは「八咫烏の長櫃」に似ていなくも無いのである。

結果として、内務省に取材が殺到することにならざるを得ない。

押し掛けた取材陣に対する内務省広報の回答は終始一貫しており、「八咫烏の長櫃」は九世紀に成立した秋津州固有のものであり、数度にわたる修繕を経て今日に至るとは言え、我が国にとって他に替え難い至宝であると言うばかりだ。

また、その上部で羽を広げて向き合っているのは言うまでも無く八咫烏の像であり、かつてその中に収められていた「宝剣」は、不慮の事故によって既に失われてしまっているが、今回の遷御(せんぎょ)にあたっては代々の王の霊代(みたましろ)をお納めしていたのだと言う。

この点でも秋津州側が発するコメントに嘘偽りは無いのだが、メディアの一部に納得しない者がおり、不遜にも蓋を開けて中を確認したいと言い募るものまで出ていると伝えられた。

そのメディアによれば、聖櫃の中身を知りたいと願う人々が圧倒的に多いと主張し、ごく一部とは言え、秋津州を簒奪者(さんだつしゃ)であるとまで極め付け、大声で非難する者すら出ていると言うのだ。

元来「簒奪」とは王位を「不正に」奪い取ることを意味しており、ここでその表現を用いると言うことが何よりもことの本質を物語っており、いよいよことは容易では無い。

詰まり、彼等にとってそれほどまでに大切な宝物を秋津州が「不正に」奪ったと見ていることになり、だからこそ櫃の中身を確認したいと切望するのだろう。

何せ、その論争の主体となるべき「契約の箱」の在りかは、長いこと全く不明のままであり、「失われた聖櫃(アーク)」と呼ぶ者さえ存在しているのである。

そもそも秋津州において最初にこれが造られたころは、未だおふくろさまも存在せず、稚拙な技を以て造られたものではあったが、これこそが古代の秋津州文化を象徴するものと言って良く、現在のものがそれを原型として踏襲して来ている以上、少なくとも外見上は同一と言って良い筈だ。

確かに、特異な能力を持った国王がいる以上、当時(九世紀)の秋津州人が「ユダヤ教聖書」を全く知らなかったとまでは断言出来ない。

何せ、秋津州の王たるものにとって、当時においても地球上を自在に移動することなど極めて容易なことであった筈なのである。

そうである以上、そこに記述されていた「聖櫃」を真似なかったとも言い切れまい。

したがって当時の秋津州人が、その「契約の箱」を参考にした可能性は否定できないが、かと言って必ずしも参考にしたとも言い切れないまま、一部において特殊な論争が続いた。

中でも、八咫烏の長櫃を捉えて、最初から「契約の箱」と決め付けてかかっている者さえあったため、議論は異様なほどに白熱した。

無論、その論争に出口など見える筈も無い。

だが、この「八咫烏の長櫃」が、秋津州王朝を打ち立てた初代君主の佩刀(実際は模擬刀ではあったが)を収納するために、独自に造られたものであることもれっきとした事実であり、秋津州側にとっては最初から議論の余地は無い上、例によって一切の容喙を控えたため、その論争も小康状態を保っているように見えてはいた。


しかし、滞在中の合衆国大統領特別補佐官にとって、この件はそれだけでは済まないことになった。

何と、「八咫烏の長櫃」の「学術的」調査を要望する声が、ワシントンの足元を激しく揺さぶり、ホワイトハウス自身が、この件を沈黙のままやり過ごすことを許されないほどの政治状況に立ち至ったのである。

良く知られていることだが、合衆国においてはその手の問題は常に巨大な票とカネに直結しており、下手に冷淡なスタンスをとったりすれば、多くの政治家にとってそれこそ政治生命に関わって来るほどのものなのだ。

言い換えれば、それこそが大いなる「民意」であると言えなくもないのだが、いざ、その「民意」を実現しようにも今回ばかりは相手が相手だ。

どう考えても、あの魔王がワシントンの窮地を救ってくれるとは思えない。

それどころかこの場合、冷笑を以て報いる方がはるかに自然な行動原理であったろう。

ワシントンは又しても窮地に立たされたことになり、その儚い希望は追い掛け回すようにしてタイラーを苦しめることになる。

ときにとってタイラーが必要としたのは、無論「女神アリアドネ」の齎す情報であり、又しても必死に面会を乞うことになったが、その反応は意外にも驚くほど良好なものであった。

即座にオーケーのサインが出たのだ。

秋津州ビルの米国代表部にも大小さまざまな応接室があるが、自然第一等のものが用意され、小心者が身構える中を颯爽と訪れた彼女はいつもとはかなり趣を異にしていた。

化粧にしてもアクセサリーにしても格段にゴージャスな雰囲気を漂わせており、タイラーにして見れば、昨日までの少女が突然大人の「女」になって眼前にあらわれた心地がしたほどだ。

タイラーの知る女神さまは、もともと優れたプロポーションの持主ではあったが、どちらかと言えば痩せぎすで硬質感のある美貌が目立つ女性だった筈なのだ。

ところが、大きくスリットの入ったタイトスカート姿で現れた女神さまは、十二分にメリハリの効いたボディラインを保ち、従来目立っていた硬質感はまったく姿を隠していた上、さりげない身ごなし一つとってもしっとりとした色香を漂わせ、心に鎧をまとったタイラーの目にさえ格別あでやかに映ったほどだったのである。

いずれにせよ、タイラーの懇請に即座に応えてくれた女神さまには、充分な辞儀を尽くすべきであったろう。

「お忙しいところをお運びいただきまして、まことにありがとうございます。」

「これはまた、ご鄭重なごあいさつで恐れ入ります。」

女神さまは、こぼれんばかりの笑みを見せてくれている。

「今日は又一段とお美しい。」

通り一遍のお世辞などでは無かったことは確かだ。

「おほほほ、お上手でいらっしゃいますこと。」

実に柔らかな反応だが、油断は禁物だ。

前回も手ひどく苛められたばかりなのだ。

「いえいえ、お世辞抜きでお美しい。」

「あらあら。」

「ディナーにお誘いしたいところですな。」

心に纏った厳重な鎧を半ば脱いでしまった気分だ。

「お誘いいただければ、喜んでお受けいたしますわ。」

「本気にしますよ。」

「是非とも本気で誘っていただきたいものですわ。」

「では、最近オープンしたサザン・クロスにでもお誘いしますかな。」

近頃、米国人事業者によって始められた超高級レストランなのである。

海都の中でも一際煌びやかな地域に位置し、新たな社交場としてかなりの話題となっている店で、無論入店するにはフォーマルスタイルが必須だと言う。

「あら、確か会員制と伺いましたが。」

「ご姉妹なら、お一人でお出かけになられてもフリーパスでしょうな。」

現実に秋元姉妹のステータスは、異様なほど高いのである。

「確かオーナーさまは、お国(合衆国)の方でございましたわね。」

「はい、多少の引っ掛かりもありますので。」

実際は多少どころか、ワシントンの作ったダミー会社の経営であり、ある意味タイラーの管理下にあると言って良い。

尤も、過去の経緯から見て、このことも又女帝のラインからは全てお見通しのことだろう。

「では、早速ドレスを新調してお待ちすることに致しますわ。」

無論、豪華絢爛たる夜会服のことを指しているのだ。

「これは楽しみが出来ました。」

「わたくしもでございますわ。」

「そのときは、是非ともリムジンでお迎えに参りましょう。」

「おほほほ。」

タイラーは、いつか女帝の部屋で出会った吉川桜子を思い浮かべていた。

あのときも不思議なほど惹かれるものを感じたが、今目の前で婉然と笑う女神さまの姿に陶然としてしまっていることに気付かされたのである。

「実はプレゼントがあるのですが、受け取っていただけますかな?」

ひょっとして、今なら受け取ってもらえるかもしれないと思いつつ、おもむろに用意の包みを出して見せた。

「あら、見せていただきますわね。」

「どうぞ。」

下僚に命じて厳選させたパールのネックレスで、無論、その辺に転がっている安物などでは無い。

タイラー自身が承認のサインをした伝票には、一万ドルを超える金額が記載されていた筈だ。

尤も、これが十万ドルであっても、自分の懐が痛むわけではない。

「まあ、とても素敵ですわ。」

女神さまはネックレスを首に宛がってみたりして大いにはしゃいでくれており、気に入っていただけたことだけは確かだろう。

「うん、良くお似合いだ。」

その逸品は、豪華さの中に優美な気高さが匂い立つようだ。

「嬉しいですわ。ほんとにありがとうございます。」

「いやあ、喜んでもらえてわたしも嬉しいよ。」

目の前の女性は既に小富豪と言って良いほどの資産家である上、貴重な民間外交を果たしつつある身でもあり、これほど素直に喜んでもらえるとは思っても見なかったのである。

「何か、お返しを考えなくてはいけませんわね。」

「いやいや、ほんの気持ちばかりのものですからお気になさらないでいただきたい。」

「では、遠慮なく頂戴致します。」

「ありがとうございます。」

「あら、お礼を申し上げなくてはならないのは、わたくしの方ですわ。」

「実は私の方がほっとしております。」

「おほほほ。」

「ディナーが余計楽しみになりました。」

「光栄ですこと。」

「そのうち姉上さまも、お誘いしたいものですな。ずいぶんご配慮を頂戴いたしましたから。」

この場合の姉上さまとは、無論東京にいる長姉の京子のことであったろう。

「そのように申し伝えますわ。」

「近頃はなかなかお会いする機会もありませんが、その後ご機嫌は如何ですかな。」

「はい、おかげさまで元気にしております。」

「それはそれは、元気がなによりです。」

「それはそうと、補佐官はずいぶんお痩せになりましたこと。」

「実は、ベスト体重からすると二十キロは落ちてしまいました。」

「どこかお悪いのではございませんの?」

「ご承知の通り、難問が山積しておりまして。」

「漏れ伺いますところでは、最近は新天地の分割案のほかにも新たな問題を抱えてらっしゃるとか。」

やはり、何もかもお見通しのようだ。

「はい、おっしゃる通りでして、ほとほと困り果てております。」

「あらまあ・・・」

「とても申し上げられた義理ではないのですが、何とかご助力いただくわけには参りませんでしょうか?」

「よほどお困りなのですわね。」

「はい、正直言ってお手上げ状態です。」

「それはお気の毒に。」

「とてもお許しはいただけないでしょうから。」

八咫烏の長櫃の学術的調査など、所詮許される筈がないのだ。

それこそ、口にするのも恐ろしい。

秋津州代々の霊代(みたましろ)は魔王にとって全て直系の父祖の者たちであり、それが納められている聖なる櫃である以上、調査団に公開しろなぞとは、とても言えるわけが無いのである。

立場を代えて考えてみれば直ぐに判ることだが、仮に赤の他人が我がタイラー家の祖先の墓を暴いて調べようとしたら、自分も銃を抜いてでも阻止するだろう。

当たり前の話なのだ。

「いえ、そうでもありませんわよ。」

しかし、女神さまは意外なことを仰せになるのだ。

「え?」

「ですから、長櫃だけなら充分可能だと思いますわ。」

「ほ、ほんとですか?」

「霊代(みたましろ)の遷御に関わる式典が全て結了してからなら、ご裁可が降りるかも知れません。」

無論、魔王の許可のことである。

「しかし・・・」

「陛下にとって大切なのは霊代(みたましろ)であって、その容器ではございませんから。」

「容器でございますか。」

「はい、式典が結了してしまえば空の容器でございます。」

「空の・・・・」

「但し、黄金の。」

「では、空の容器の扱いになってからなら可能だと?」

「さようでございます。」

「それは、いつごろになりましょうか?」

「未だそこまでは伺っておりませんわ。祭祀につきましては、全てご当代様がお決めになることでございますし。」

「そういたしますと、陛下ご自身が完了したと判断なさったときと言うことになりますな。」

「さように存じます。」

「なるほど。公開していただいたとしても、そのときはまったくの空っぽだと?」

「はい、もともと空でございますから。」

「以前は宝剣が入っていたそうですな?」

「ご当代様が紛失なさる前までは、の話でございます。」

「ほほう、紛失なさったのは陛下ご自身でしたか。」

「ご幼少のみぎりではございましたが。」

「それ以後はずっと空だったと?」

「はい。」

「そう致しますと、肝心の中身につきましては失われてしまったままですか?」

「さようでございます。」

「ふうむ・・・・」

「・・・。」

幸いにも女神さまは、相変わらずにこやかな応対振りを見せてくれている。

「ご内情はだいたい腑に落ちましたが、」

「それは、よろしゅうございましたこと。」

「ふうむ・・・・」

「未だ何かお困りでしょうか?」

「いや、空の聖櫃だけで果たして納得してもらえるかどうか・・・・」

特別のこだわりを以て調査を要望している人々の「民意」が、である。

「あらあら・・・」

「困りました。」

「でも、これ以上、どうして差し上げようもございませんわね。」

「彼等はきっと疑うでしょうな。秋津州が『それ』を隠しているのでは無いかと。」

『それ』とは、無論、櫃の中身である。

そして『それ』は彼等のイメージに似合ったものであらねばならぬだろう。

「でも、秋津州の誠意だけはご理解いただけるのでは・・・」

「私は判っておるのですが、それを立証して見せることは不可能ですし。」

「まるで、悪魔の証明ですわね。」

悪魔の証明とは、この世に「もともと存在しない物」の非存在性を立証することは多くの場合不可能に近いことを言う。

「もともとから存在している物」の実在性を立証するには、その実物を提示しさえすれば事足りるが、この世に「もともと存在しない物」の非存在性を立証するためには、「この世」の全てを検索しない限り立証出来ないことになり、この場合、「彼等」が存在する筈だと主張する「もの」を、存在しないと立証することは誰にしても出来ないことなのである。

無論、それがこの世のどこかに存在しているとしても、その実在性を立証する責任は、実在を主張する側が負うほかは無いことになるだろう。

第一、彼等の捜し求める「もの」など、この秋津州帝国には最初から存在していないのだ。

まして若者の領有する秋津州(荘園)は途方も無く広く、太平洋上の秋津州を除いても四個もの天体が別に存在しているのである。

「何しろあれだけの映像があるんだ。あの黄金の聖櫃が契約の箱で無いことは、直ぐに判りそうなものなんだが、疑い出したらきりが無いんだろうな、きっと。」

タイラーにしても、ぼやくほかに手が無いのだろう。

「でも、全ては深い信仰心から出ていることでしょうから。」

「それはその通りなんですが。」

「でしたら、あまりお責めになってはお可哀そうですわ。」

「ありがとうございます。ご理解をいただけて実に幸甚です。」

「信仰は、どちらさまにとっても大切なことでございますもの。」

「はい、もう何とお礼を申し上げてよいやら・・・」

タイラーにとっては信じられないほどの展開だったのだ。

「もしこれが単なる政治的なイベントであったなら、きっとご裁可は降りなかったと思いますわ。」

「国王陛下は個人の信仰については格別のご理解がおありのようですな。」

「信仰とはあくまで個人個人の心の中にあるものですし、陛下は民衆個々の要望には真摯に耳を傾けるお方ですのよ。」

その代わり、大国がその国力を背景に圧力を加えてきたものと受け止めれば、その反応も又違ったものになったことは想像に難くない。

「なるほど、」

「それでは時期につきましては、近々、お尋ねを致しましてからご連絡を差し上げることに致しましょう。」

近々お尋ねをする相手とは無論あの魔王のことであろうが、女神さまの口振りから見て、自分の交渉は充分な成果が得られると見て間違いは無さそうだ。

「はっ、ありがとうございます。」

タイラーの感謝の念はいや増すばかりであったのだ。

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  1. 2007/08/27(月) 19:48:34|
  2. 妄想小説 主権国家|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2
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コメント

9センチヒールなんて履けないな。
il||li _| ̄|(◞_◟) il||li
安全第一 ^^;;
  1. 2007/08/30(木) 00:07:56 |
  2. URL |
  3. ほたる #-
  4. [ 編集]

 ^_^

>ほたるさま

では、八センチにしときましょうか。 (⌒~⌒)ニンマリ
  1. 2007/08/30(木) 07:45:58 |
  2. URL |
  3. じいじ #-
  4. [ 編集]

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