日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 096

 ◆ 目次ページに戻る

また、この頃になると各国政府が派出した弔問の使節が、続々と秋津州を訪れるようになったが、ほとんどの場合肝心の国王と直接対面する場面は無かったと言われる。

一切合財の対応は、外事部を中心とした官僚達がそつ無くこなしているとは言うものの、いずれの場面においても、秋津州の国家元首たる国王が一向に姿を現さないのである。

まして、元首クラスの訪問に際してさえそうである以上、本来なら深刻な外交問題を招いてしまうところだが、その国の王の日常は丹波への移送作業で忙殺されてしまっており、それは全て他国の存続に寄与するためなのである。

各国当局としても文句の付けようが無い。

いずれにしても、若者が膨大な量を運搬し続けていることは確かであり、時間の経過と共に各国の対応振りもいよいよ本格化し始めていると言って良い。

殊に日本などでは、国内での準備作業が早くから進められて来ており、陸上自衛隊の各方面隊にもそれぞれ大動員が掛けられ、例のアクセスポイント(資材集積所)にしても、四百ヘクタールを超えるようなものが、各地の演習場を中心に次々と竣工し、富士の裾野にも二千ヘクタールにも及ぶ巨大なものが姿を現しつつある。

北海道の矢臼別(やうすべつ)演習場に至っては、八千ヘクタールもの施設が立ち上がって既に相当数の発送を担うまでになっており、この意味でも、各地の演習場が極めて重い役割を果たし始めているのだが、状況の深刻さを知らされていない制服組の間からは、相当な不満が出てしまっていると言う。

何せ、陸上自衛隊の演習場が本来の機能を大幅に失いつつあることは確かで、大規模な演習などは今後全く出来なくなってしまうのだ。

しかし、内閣の姿勢は崩れを見せない。

岡部のデスクには各地域の詳細なデータが積み上げられつつあり、離島の場合などでは現地の小学校の校庭などをマークしており、関西方面では舞鶴港を通じて日本海沿岸からのアクセスを重く見て福知山に、九州方面では大分の日出生台(ひじゅうだい)で相当な物を稼動させるに至っている。

いずれのアクセスポイントも、外側のレッドエリアにはPMEタイプの発電施設はもとより、さまざまの施設が立ち並び、天井クレーンや巨大な起重機なども具えている上、大小のフォークリフトが盛んに稼動し、そこから伸びる道路や複々線の軌道まで完成し始めており、現在はそれらの周囲に多数の給水塔と公衆便所の建設に余念が無い。

尤も、公衆便所と言ってもその辺の公園にあるようなちゃちな代物とは違い、数百人もの多くが一度に用を足すことが出来るような大規模な物ばかりであり、それが又一つや二つでは無いのだ。

対策室では基本的に全て水洗式を目指すとしているため、下水の処理に関する諸工事が最もコストが掛かると囁かれてはいるが、日本のように比較的高度な文明生活に慣れた庶民がほとんどで、かつ極めて人口密度の高い領域にあっては、たかが公衆便所一つとっても軽視するわけには行かないのである。

地球を脱出する際に、その場所で長時間にわたって待機させられる可能性もあり得ることから、公衆便所の取り合いだけで死人が出る騒ぎになってしまうかもしれず、膨大なコストを覚悟してでも造る必要があると考えて当然だろう。

これ等の作業もその多くが岡部大樹の指揮の下で地響きを立てながら驀進しており、その手許には女帝以下の優れた戦力が協働して、既に全国民に重複の無い通し番号が割り振られ、その作業は海外に在留する者についても又然りだ。

しかも、その通し番号に対応する顔写真等の個人データが再三照合確認されており、この件に関しても、協働する女たちが常識では考えられないほどの作業効率を実現させてくれている。

合衆国などでも広大な領域を使って盛んに建設が進められており、その点各国共に懸命になっていることは確かで、世界規模で見渡せば、既に数千箇所ものアクセスポイントの建設が始まっているとされる。

一部では広大な草原の上に、単に杭を打ち縄を張っただけと言う簡素なものも数多く見かけられ、このような状況下で、新田の元へはさまざまな移送願いが殺到しており、いよいよ以て、若者の作業はいつ果てるとも知れない。

しかし、多くの国々では、新領土の抜本的な建設プランはいまだに陽の目を見てはいない状況だ。


一方、騒動以来、若者の身を案じて傍を離れようとしないみどりにとっては、殊にその食生活に問題を感じざるを得ない状況が続き、しきりに胸を痛めていた。

何せ、大切な息子が満足に食事を摂ろうとしないのだ。

かと言って、酒だけは欠かさず、僅かなつまみ程度は口に入れてはいるものの、あの図体(ずうたい)から見て、とても栄養が足りているとは思えない。

真っ黒けの空飛ぶ円盤の中でいろんな料理を作っては見るのだが、ほんの少ししか口にしてはくれず、いつもどこか遠くを見ているような雰囲気で、無理やり持たせた箸が一向に進まない。

その首には今まで見たことも無いロケットを下げていて、それをまさぐりながら、ぼそぼそと独り言を言っていることが多く、本人に聞いてもさっぱり要領を得ないので井上さんに尋ねて見たところ、犠牲となった妻子(つまこ)の遺骨が入っているのだと言う。

察するところ、父として夫として保護し得なかったことを繰り返し詫びているらしく、挙句、時々虚空を睨みながら茫然としてしまっており、声をかければ振り向きはするものの、その視線がいったい何処を見ているのか、焦点が合っていないことさえあるのだ。

ともかく、あの日以来、ほとんどそう言う感じで過ごして来ており、唯一有紀子を膝に乗せているときだけが、辛うじて笑顔を見せるときなのである。

その上、丹波との往復のためにその息子自身が忙(せわ)しなく飛び回ってしまっており、それに付き添って動いている限り、お店の留守を任せてある理沙からの電話にもたまにしか出られない。

その電話は言わばテレビ電話とでも言うべき代物で、それも前に千代さんから手渡された支給品で、洗ってみれば超小型のノートパソコンらしいけど、充電なんか永久に不要だと聞いてるし、息子やその眷属と連絡を取るにはとても便利なものなのだ。

驚いたことに、同じ物を国井総理も持っていて、総理はそれを「窓の月」と呼んで重宝(ちょうほう)していると聞いたけど、官製葉書よりほんの少し大きいだけでとても軽めに出来ており、平気でバッグに収まってしまう。

それが、どう言う仕掛けになっているのかは判らないけれど、カメラもマイクも付いていない筈なのに、無料でテレビ電話が掛けられるのだ。

尤も、通話先が一般の人の場合だと、同じ物を持っていないと通じないらしく、結局、特定の限られたヒトとしか話せないみたい。

あたしのは今は理沙に預けてあり、理沙はそれを使って電話してくるし、あたしの方はあたしの方で、息子の持っている「窓の月」で受信するのだけれど、それが地球にいるときしか通じない。

丹波に出かけているときなんかはお店のことで報告を受けることも指図することも出来ず、文字通り音信不通になってしまうのだ。

尤も、自分にとっては今更お店どころの騒ぎでは無く、全て理沙に任せて置くほかは無いのである。

こうなれば、いっそ閉めてしまおうかとも思うのだが理沙が承知しない。

その理沙にしても今では三十路の声を聞き、あたしの見るところ、いいお相手さえ見つかれば再婚してもいい頃あいなのだけれど、それがすっかり落ち着いちゃっててその気配さえない。

世間の裏表を見過ぎたためか、或いは秋津州国王と言う並外れた男をあまりに身近かに見過ぎたためでもあるのか、言い寄ってくるオトコどもには見向きもしないのだ。

結婚に敗れた過去もあるくらいだから男嫌いなんかじゃ無い筈だし、一度さりげなく心境を聞いてみたこともあったけど、少なくともその辺をうろうろしているような男どもなど男とは見ていない様子だ。

口にこそ出さないが、どうやら、つい胸の内でうちの息子と見比べてしまうらしく、そのこともあって、未だにうちの店から離れられないでいるのかも知れない。

まあ、うちの店の看板はあの「八咫烏(やたがらす)」なんだし、それだからこそ日々の盛況が続き相応のお手当てを払ってやることも出来ているのだ。

お店のシステムの上から言っても、あまりがつがつする必要は無く、かえって昔のシステムのときより多めに払ってやっているくらいで、その点でも居心地が悪い筈は無いし、今ではその美貌もしっとりとしたものに変わりつつあり、それこそちいママとしては打って付けの働き振りを見せてくれているくらいだ。

近頃では、住まいもお店の近くにしゃれた分譲マンションを見つけて通って来ており、そのローンの保証人まで引き受けてやっている状況では、移籍するにしても余程の話で無い限りとても乗る気にはならないだろう。


さて一方で国家元首自らが秋津州非難声明を大威張りで発して置きながら、すっかり無視された格好の朝鮮共和国だが、その政府の公式見解では、前述の通り朴清源はその国の国民では無いことにされてしまっている。

朴清源の朝鮮共和国籍が、その国の政府自身の手によって公式に否定されてしまったのである。

朝鮮共和国側が、そのことの証(あかし)として秋津州側に公文まで交付したことにより、このテロリストが無国籍者であることが確定し、いずれの国家からも保護を受ける権利を失ったことを受け、日本の人権派と呼ばれる弁護士たちが、その人権擁護の旗印を掲げるに至ったことも既に触れた。

だが、一方に別のところに活動の力点を置く者もいなかったわけではない。

殊に、その国(朝鮮共和国)に滞在中の外国メディアの中にテロリストの名前や顔写真はおろか、海軍軍人だったと言うその兄の名前まで大々的に報じたものがおり、その結果思いも寄らぬほどの反響を呼んだのだ。

その兄弟に関し大量の情報が寄せられ、現地滞在中のメディアが兄弟の親類縁者を多数登場させながら競うようにして報道するに至ったのである。

少なくとも、テロリストの原籍が朝鮮共和国にあることを証言する者が数多く登場したことだけは確かで、その少年時代をよく知ると言う者が揃って生々しい証言を繰り返すシーンが報道画面に溢れ始め、ある者は朴清源を指して民族の英雄であると言い、その業績を指して盛んに称揚し、誇りに思うとさえ誉めそやしたのだ。

その場合の「業績」とは、無論秋津州王家に加えたテロ攻撃のことを指しており、それを以て、民族の恨みを晴らした輝かしい功績であるかのように言い騒ぐ者が数多く生まれ、中には、この一介のテロリストに対して「朴清源将軍」と言う尊称まで奉るものまで現れた。

当然、そのような風潮を苦々しく思い、諌めようとした者もいなかったわけでは無いが、その声も津波のような英雄賛美の声に掻き消されてしまった。

その国の政府はこの「英雄」を「国民」と認めるどころか大声で否定さえしてしまっており、その方針に反するような民の声は抑えられなければならず、圧力を加えそれらの口を封じようと思いつつ僅かに逡巡している内に、「朴清源将軍」を賛美する声は燎原の火のように燃え広がってしまった。

弾圧を恐れ、大規模なデモこそ発生してはいないが、ネットが盛んに利用された結果、各地で小規模な集会が開かれその熱気は高まるばかりだ。

最早その声を封じようとするものは、民族の敵だと言って良い。

まして、民衆が盛んに非難の声を浴びせている相手は「外国」であって、自国の政府では無いのである。

この件に限り、あのブラディ・キムが民衆への弾圧と言う選択肢を捨てたのも判らぬでは無いが、政府のこの手の意図は民の間には常に敏感に伝わるものだ。

やがて一部の者は「英雄の身柄の奪還」を叫び始め、国内メディアがそれに迎合するに及んで、多くの意味で起爆剤を与えられた気分の者がいよいよ増殖することになる。

それで無くとも、自国政権に対する内心の不満が不自然に抑圧され続けて来た結果、民衆の間の密閉圧力がかなりのレベルにまで高まってしまっており、既に発火点はかなり低いところにある。

政権側にも、それは充分に判っており、当然ある程度のガス抜きの必要性も感じてはいただろう。

武力クーデター以来議会が閉じられて、事実上議員資格を失ってしまった者たちの中にも、民衆の声に迎合し、あまつさえ積極的に便乗しようとするケースさえあり、復権を渇望するあまり、かなり不穏な見解を述べる者が増殖し、自然さまざまな怪情報が乱れ飛ぶことになってしまう。

しまいには、朴清源がかつて旧韓国の情報機関である国家情報院の触手の一人であったとする証言まで登場するに至った。

それによれば、朴清源の行動の幾分かは旧韓国政権が影にあってなされたものだと決め付けた上、少なくとも彼が北欧において日本人山内隆雄に接触し、それを殺害した後多少の整形手術を受けたあたりまでは、旧韓国政権が関与していた筈だと語っていたのである。

尤も、このあたりに関しては更に情報が錯綜し、ひどいものになると朴清源は二重スパイで、実は旧北部朝鮮の情報機関の指令に従って動いていたなどと言い出すものまで出たが、朝鮮共和国の中で朴清源を英雄視する向きだけは間違いなく拡大傾向にあり、やがて、英雄の身柄を奪還すべしとする声がその地を圧するほどになってしまうだろう。

だが、その国では肝心のことを知らない者があまりに多過ぎた。

その国の政府が、一方で秋津州に「請願」して相当な人員と機材を丹波に移送してもらっている事実をだ。


さて、自ら朴清源の弁護を買って出ている増田義男の方だが、依然として東京に腰を据えたままである。

何せ、問題の現地とは二千キロも離れてしまっている上、行路の大部分が太平洋と言う大海原であり、なおかつ厄介なことに一般の航空便が全く無い。

増田にして見れば、厄介なことだらけなのだ。

その国は、現に立派な空港設備まで持ちながら、未だに他国の航空機の乗り入れを頑なに拒み続けているため、一般的な渡航方法は今以て船便に限られてしまっており、その船便にしても横浜港から片道三日もの行程があることに加え、その貨客船は月に五便しか出ておらず、緊急の場合にはまるで用をなさないのである。

現実には、その国の特殊な組織である秋津州商事が運営する航空便に頼らざるを得ないが、SS六改と呼ばれるその「空中浮遊物」が又厄介で、チャーター便以外に存在しないのだ。

しかも、その組織は近頃大和商事と言う名前に改称されたと言い、ご丁寧にもその本拠は丹波にあると聞いた。

その丹波においても相当数の船舶を有し、なおかつ膨大な空中浮遊物を独占的に運用していると言う者もおり、結局、どう贔屓目に見ても秋津州は圧倒的な国力を以て世界を圧伏していることになり、増田の信条からすれば、このような独善的な国家の存在自体が許し難いものに見えてしまうのである。

しかしながら、この「空中浮遊物」はとんでもない飛行性能を持つことで知られており、関東東部で搭乗すれば一時間ほどで秋津州に着いてしまうと言う。

単純に計算しても、マッハ二に垂(なんな)んとする速度を誇っていることになり、まして人間の乗客が無い場合にあっては、その十倍を超える巡航速度を実現しているとする説まであり、いったいどれほどの限界性能を持つものやらそれこそ諸説紛々なのだ。

あろうことか、第三宇宙速度でさえ楽々と達成している筈だとほざくヤツまで存在する。

(筆者註:第三宇宙速度とは、太陽の引力を振り切るのに必要な最小初速度のことで、概ね毎秒十六.七キロと言われる。ちなみに、地表付近における音速(マッハ)は概ね毎秒三百四十メートルほどである。)

口惜しいが、これを用いない手は無いだろう。

我々のグループを陰に陽に支援してくれる者は今も大勢いるが、幸いなことに、その中にもこの「空中浮遊物」を長期にわたってチャーターしている者がおり、今回はそれを借用することに決している。

それを利用して、既に複数の精神鑑定担当医と共にグループの金子辰夫弁護士を先発させてあるが、その結果いろいろと面白くない報告が入りつつある上、他にも多くの案件を抱えている手前、直ぐには身動きが取れないのが実情だ。


十一月二十八日の朝に至り、ようやく秋津州に入った増田弁護団長は先着していた金子弁護士と共に被疑者に接見し、一時間にわたって直接の会話を持つことを得たが、これはと思えるほどの収穫をあげるまでには至らない。

接見の場所は審理の全てを担っているとされる若衆宿であり、それは、問題の王宮から四キロほど南に下ったところで、文字通りの田園風景に囲まれながらひっそりと鎮まりかえっていた。

やはり村役の一人が敷地と建屋を提供しているらしく、それは、村役の住まう屋敷とは三間幅の道路を挟んだ真向かいの敷地の中にあった。

その敷地は道路の南側に面し、三方を農地に囲まれながら九百坪ほどの面積を以て広がり、その中には間口十二間、奥行き八間ほどの建屋がまるで三つ子のような姿で建ち並んでおり、三棟とも瓦葺の平屋造りで、かつての秋津州戦争で焼失したモノを、そっくりそのままに建て直したとも聞いた。

入り口を入ったところに土間を広めに取り、板張りの部屋のほかにも畳敷きの大部屋が八つほど具わり、小さな台所にはIHヒーターが一つあるだけで、大振りのやかんが乗っているところを見ると、湯茶を沸かす程度の使われ方をしているもののようだ。

やがてその中の一棟で対面した被疑者は、事前の報告にもあった通り、実に不思議な環境に置かれていたと言って良い。

第一、そこには牢獄のような施設は一切存在せず、被疑者を物理的に閉じ込めて置くに足る装置が全く見当たらない。

無論、全ての棟を見てまわったが、相手側に制止するような動きは見られず、結局、牢格子そのものが無い代わりに、宿の一棟がそのまま牢獄の扱いになっていると解釈するより他は無い。

しかも被疑者は禁足すら強いられてはおらず、道路を挟んで北側にある村役の屋敷には散歩がてらしょっちゅう出入りしているらしく、結局彼は、秋津州においては何の変哲も無い「一棟」の中に、労働を強いられることも無く、ごく自然な日々を過ごしていることになってしまうのだ。

昼は青年部の者が二人ほど居残って、言わば見張り役の片手間に家内仕事に精を出しており、夜は夜で、仕事や学業を終え自宅で夕食を済ませてから集まって来る、大勢の若衆たちと共に過ごすのだと言う。

寝具も宿の構成員と同一のものが付与され、寝る場所まで彼等と一緒で、風呂も二日に一度は村役の屋敷でもらい湯をしていると言うし、少なくともこの国の習俗に照らして、ごく普通レベルの「生活」が出来ていると言って良い。

しかも本人の私物もとうに手許に届いていて、その日常に不自由があるとは思えない上に、五局あるテレビ放送は奥の部屋で四六時中見ていられると言い、結局、外部情報も遮断されていないことになり、その故郷の地では英雄賛美の声が大いに高まっていることも明確に認識しているほどだ。

その都度村役の屋敷から運び込まれる食事にしても、丼一杯の麦飯に一汁二菜ほどのものが支給され、夕飯には毎回多少の色も付き、動物性蛋白としては二日に一度は鯨肉も登場する模様で、カロリー的には充分なものと言って良い。

被疑者本人としては、そのメニューの貧弱さには多少の不満もあるようだが、調査によるとそのメニューにしても、支給先の村役の家のものと同一のものだったと言い、その点でも文句のつけようが無いのである。

被疑者との接見は広々とした土間に粗末な椅子を置いて行ったが、注意深く観察してみても拷問によって傷を負っている気配は無く、問題の取り調べも犯行当日とその翌日の二日間で一段落していて、その後は一度も行われてはいないらしい。

被疑者自身に罪悪感や後悔の念は微塵も感じられず、それどころか逆に犯行を誇る風が強いところを見ても、いわゆる典型的な確信犯であり、本人の昂然たる主張を聞く限り、四人を殺害し一人に重傷を負わせ、もう一人を切り殺そうと計り、事前に逃亡の準備まで周到に行っていることは確かで、どこをどう見渡しても歴然たる計画殺人だ。

挙句、未だ一歳にも満たない幼児をいの一番に刺殺してしまっており、その冷酷な為様(しざま)を見れば一片の同情を寄せるに値しないことは明らかで、噂によると、唯一の目撃証人の回復を待って審理が行われるとされているが、これでは救いようが無いだろう。

尤も、増田にしても、出会ったばかりのことでもあり、目の前の被疑者に感情移入するまでには至らず、本音のところを言えば、例え被疑者の身がどうなろうとそこに興味は薄い。

要は、日本や秋津州の体制側に痛撃を加え、政治的にダメージを与えることが出来さえすればそれで良いのである。

世論の意識誘導に主眼を置いている以上、統治機構と言う装置が民の行動を圧迫し多くの害悪を為すものであることを広くアピール出来さえすれば、それで目的が達せられるのだ。

その目的のためとあればどんな戦術でも採るつもりでおり、本来なら国王に切りつけたことを除けば全て冤罪を主張したいところだが、この被疑者の場合、故郷の英雄賛美論の影響もあってか、凶行の全てを自己の犯行だと誇らしげに主張し続けているため、それも適わない。

秋津州お得意の映像記録も国王が帰館してからのものが存在するだけで、それ以前のものは一切存在しないため、被疑者の自供は全て拷問が加えられた結果だとしたかったのだが、それを裏付けるようなものも発見出来ず、この点でも予想外の展開なのだ。

まして、最近耳にしたところでは、秋津州はその取り調べ状況の一切を音声付きの動画映像として記録しており、拷問があったことを立証することは益々難しい。

あらかじめ精神鑑定も行ってはいるが、責任能力を云々出来るほどのネタを引き出すには至らず、その上午後の記者会見はとうに予告してあるため、増田は今更ながら苦境に立ったと言えるかも知れない。

この際、秋津州の独裁体制による悪辣な統治実態の百万分の一でも良いから、天下に晒してやりたかったところだが、その具体例も発見出来そうに無い。

何せ、旗揚げにあたって華々しくぶち上げて見せた「秋津州の悪意に満ちた作為」と言う名の大花火が、全て不発に終わってしまいそうな雲行きなのである。

それでなくても、かつて日本人拉致問題に関して北部朝鮮側をひたすら擁護し続けて来たことが問題視され、近頃では「正義感に溢れた熱血漢」と言う表看板が少なからず揺らぎ始めており、増田にとって、「社会正義を守る人権派」と言う美名を維持するためにも、それなりの道具建てがどうしても必要なのだ。

金子と共に昼食を摂りながら、さまざまに思いを巡らしては見たが、有効な手段が見つからないまま容赦無く時は過ぎ、やがて予定の時刻が来てしまった。

記者会見場は海都の中でも一流と称されるホテルに設定されており、そこには多数の報道用機器が入り、既に予想以上の熱気に溢れていた。

これも、それだけ各界の耳目を集めていた証拠であり、この席で増田が苦し紛れに用いた舌刀(ぜっとう)が、なおのこと話題を攫ったことは確かだろう。

いずれにしても、増田が天性のアジテーターであったことだけは動かない。

金子を引き連れて席に着いた彼は、開口一番、「正義と言うものを、ここ秋津州の地から世界に発信したい」と、実に見事な台詞から入って、ある意味又しても大向こうをうならせて見せたのである。

そして、如何にも社会正義の権化(ごんげ)であるかのような雰囲気を醸しつつ、今現状を見るに、被疑者の生命が非常な危機に曝されているとぶち上げた。

被疑者の身が物理的に解放されていることから、秋津州の官憲が被疑者に逃亡を唆(そそのか)し、その機会を待っているとしたのだ。

逃亡犯を追捕し、抵抗があったとして殺害する機会を探しているのだと言い放ち、秋津州の官憲は、悪辣極まりない策謀を用いていると舌鋒鋭く力説して已まない。

それも、復讐の為に最も残酷な手法を以て殺害を企てていると発言するに至っては、記者席から痛烈な反駁が飛んだのも無理からぬことだったろう。

だいたい、秋津州側にそのような意図があれば、身柄拘束の時点で即座に実行していた筈で、被疑者を捕らえたのも国王自身で、その眼前で斃れていたのがその妻子であったことからも、国王にその意思が無かったことは明らかでは無いかと言う意見が噴出した。

まして、被疑者が凶器を以て国王に切りかかったことだけは歴然としており、一歩間違えれば国王の方が殺害されていた可能性すらあり、国王が即座に反撃し、その場を去らせず殺人者を討ち取っていたとしても、むしろ当然だと言うものまでいた。

凶漢が長大な凶器を用いて襲ったにもかかわらず、国王が携行していた武器(山姥)を使おうともせず、素手で取り押さえた事実から見ても、壇上のアジテーターの主張は、その国王に対して非礼極まりないものだとする日本人記者が多く、増田の舌刀は見事に粉砕されてしまったと言って良い。

結局、増田の見通しは甘かったと言うべきであったろう。

以前の日本メディアなら、社会正義の旗手である自分たちに対して、ここまで痛烈な反論をするなど考えられなかったからだ。

よしんば、一部に反論があったにせよ、いざ報道するに際しては、その場面は必ずカットされていた筈であり、一般の聴取者には最も大切な部分が全く伝わらないことになっていた筈なのだ。

確かに数年前までのことなら増田の戦術は功を奏したかもしれない。

殊に日本ではメディアは揃ってその肩を持った筈で、視聴者の多くが無批判にそれを受け入れ、そのパターンの世論が実に安易に形成されて行くのが常だったからである。

しかし、この点でも時代は明らかに変わりつつあった。

現に、NBSから配布された例の写真、凶行のあったその当日、あの部屋の障子に向かって茫然と立ち尽くすビルの後ろ姿を捉えた映像が世界に氾濫してしまっている。

その後ろ姿は、夕暮れの中で、まさに悲しみに打ち拉(ひし)がれてしまっていた。

ほんの数時間前にその障子の向こうで、未だ一歳にも満たない幼児が無惨に惨殺されてしまった現実を、物言わぬ後ろ姿が否応無く語り掛けて来るのである。

何一つ罪を犯してなどいない筈の幼児がそこで刺し殺されたと言う現実が、見る者の胸に確実に染み入って来る。

その背中は、人権擁護を叫ぶほどなら、その赤子の人権をこそ叫ぶべきだと主張していたに違いない。

その後現地の村役が取材に応える姿があり、その者の言によれば、増田の発言を重く受け止め、その根拠が明らかにされない限り、増田は我が村落を誣告(ぶこく)したことになると言う認識を示した。

それを報じたメディアの論調によれば、故なくして他を貶める行為はその地では明瞭な違法行為と見なされるとしており、違法行為である以上、それが明白になった時点で「犯人」は逮捕される見通しだと解説していた。

日本のテレビ報道などでは、その主張の根拠に関する立証責任は偏(ひとえ)に増田側にあるとしており、その後増田が二度とその地に足を踏み入れなかったことを捉え、殊に日本の言論界においては、増田等の表看板は既に泥にまみれたと評され、やがてその言動は容赦無い批判の嵐に晒される羽目になるのだが、それは又のちのことではある。

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  1. 2007/09/11(火) 23:19:23|
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