日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 098

 ◆ 目次ページに戻る

吉川さんがお茶を出してくれている内に秋元千代さんが淑やかに登場して、簡単なご挨拶をしただけで直ぐに本題が切り出された。

全てはみどりママからの要請であり、そのための態勢も充分に整えてあるのだから、安心して希望を言えと言われたのだ。

第一に、このあたしの身柄を保護し、誰にも迷惑の掛からないような居場所も提供してくれる上に、無理なく自立出来るよう全部面倒を見てくれると仰る。

そんな話ってあるかしらと思っていると、隣から葉月ママが代わって質問をしてくれた。

葉月「あのう、恐れ入りますが、それでこの子のほうは何をしたらいいんでしょう?」

そう、そこが一番気になるところなんだもの。

千代「あ、説明不足で申し訳ございません。ほんとに、一切何もなさらなくてよろしいのです。」

葉月「じゃ、ほんとに、毎日ぶらぶらしてるだけでよろしいんですか?」

千代「はい、その通りでございます。」

葉月「それに、この子はほんとに一文無しなんですよ。稼がないとお小遣いだって無いし、お世話になっても、お礼なんか何にも出来ないんですから。」

千代「お礼なんてお考えになる必要はございませんわ。それにお小遣いも差し上げるよう申し付かっておりますから。」

葉月「ほんっとに、只でいただいちゃっていいんですね?」

千代「はい。それで間違いございません。」

葉月「でも、なんにもしないで、お金だけいただいちゃうって言うのも・・・・」

千代「それでしたら、騒ぎが収まるまでの間、マスコミを気にしないで済むような環境でお仕事をなさりながら時間を潰すと言う手もございますわ。勿論選択はご自由ですけど。」

ほら、来た。

やっぱり、何かさせようって魂胆なんだ。

興梠「あのう、そのお仕事って、どう言う・・・」

自分で口火を切ってしまった。

もう、我慢出来なかったのだ。

千代「いろいろございますが、税金のことやら何やらを考えますと、海外の企業と現地で雇用契約をお結びになるのが一番だと考えておりますの。その場合の俸給も現地の口座に振り込まれることになりますが。」

興梠「困ります、海外だなんて。」

千代「その場合でも、あなたご自身はどこにいらしても結構ですのよ。例えば公式の勤務地である外地で休暇をお取りになって、この日本に遊びにいらしたことになされば、日本にいても問題は無いわけですし。」

興梠「そんなあ・・・」

思わず絶句してしまった。

あまりに話が旨過ぎる。

千代「あまり露骨に申し上げてしまいますのもなんなんですが、あなたは、その間も自由になさってらしてよろしいのです。」

興梠「でも、そんなバカな会社、あるわけ無いじゃないですか。」

千代「おほほほ、例えばでございますが、この吉川の勤務するところなども悪くないかも知れませんわ。」

それまで黙ったまま千代さんの隣に座っていた吉川さんが淑やかに立ち上がり、改めてご挨拶なさりながら、とても物慣れた身ごなしでお名刺をくれた。

その洗練された身なりは勿論、口の利きよう一つとっても、すごい切れ者のキャリア・ウーマンみたいだけど、それが、どう見てもあたしとどっこいどっこいの年恰好にしか見えない。

その上、スナック葉月にでも勤めたら、ご指名が殺到するんじゃないかと思えるほど艶めいたルックスなのだ。

聞けばその人の国籍は秋津州で、お名前は吉川桜子さん、お名刺では大和商事広報担当と秋津州財団総裁秘書の肩書きが麗々しく記(しる)されていて、ところ番地は秋津州八雲の郷一の荘と書いてある。

その「会社」の本社は、両方とも丹波の八雲の郷とかにあると言うのかしら。

ただ、お名刺の裏に付け足しのように書かれている住所が、銀座の秋津州ビル三階となっているところを見ると、どうやら普段は理沙姉さんと同じビルで働いているらしい。

顔見知りの筈だ。

思わず理沙姉さんの顔を見直してしまった。

理沙「どうしたの。」

理沙姉さんの目が笑っている。

興梠「だって・・・」

お名刺を持ってつくづく眺めてたら、親切に教えてくれた。

理沙「大和商事さんて凄く大きな会社なのよ。恐らく世界一大きい筈よ。」

興梠「あらあ、そうなんですか。」

正面で吉川さんの綺麗なお顔がにっこりしたみたい。

理沙「そして、その社主が国王陛下なの。」

興梠「あのう、社主って・・・・」

理沙「オーナーって意味よ。で、秋津州財団は知ってるわよね。」

興梠「うん、世界中に只で学校作ってる会社だって聞いたけど。」

理沙「財団だから、会社とは少し違うけど・・・。」

興梠「へええ、そうなんだ。」

理沙「ま、難しいことは措いといて、とにかく、総裁である陛下のご方針で世界中に支所を持ってるわけよ。」

興梠「じゃ、この総裁秘書って・・・・」

理沙「だから、お名刺に書いてある通り、陛下の秘書さんよ。」

吉川さんも理沙姉さんも、二人共にこにこしている。

でも、様子から見ると、千代さんの方がずっと偉いみたい。

興梠「吉川さんて、ほんと、尊敬しちゃいますわ。」

千代「おほほほ、こおろぎさんにも、同じようなお名刺をお作りしましょうか。」

興梠「でも、あたし、秘書だの、広報だのって、なんにも出来ませんし。」

千代「あらあら、正直なお方ですこと。」

興梠「その、何にも出来ないあたしを、何で只で助けてくれるんですか?」

千代「ですから、それもこれも、あなたをサポートせよとのご下命があったからでございますわ。」

興梠「ご下命って・・・、どなたの?」

千代「勿論、秋津州陛下です。」

尤も、千代がこの下知(げち)を直接受けた相手は官邸の京子であり、京子にそれを与えたのは天空のおふくろさまであった。

興梠「じゃ、王さまの命令だって言うんですか?」

千代「はい、陛下に進言なさったのがみどりさまですわ。」

これは、事実だ。

但し、若者自身がノーを言わなかったまでの話だ。

興梠たちには想像も出来ないことであったが、ことにあたって、興梠に対する積極的な対応方針を立てたのは、主としておふくろさまと言う人工知能であったことになるだろう。

興梠「王さま、あたしのことを何か勘違いしてらっしゃるんじゃ?」

今の今まで、国王に憎まれてるとばかり思っていたのである。

それなのに、その国王の命令でこのあたしを保護してくれると言う。

千代「例えばどのような?」

興梠「そこまでは判りませんけど。」

千代「困りましたわねえ。それでは、一番単純で判りやすい選択肢を一つだけ申し上げて見ることに致しますが、お怒りにならずにお聞きいただけますか?」

興梠「はい。今さら何を言われても平気ですから。」

どうせ、あたしなんか、ダーティな「悪の華」なんだから。

千代「おほほほ、それでは遠慮無く申し上げますわね。例えばここに鞄がございまして、中は現金で二千万ほどですが、これをそのまま差し上げると言う選択肢がございます。勿論領収書も不要ですし、そのままお持ち帰りになっていただいてもよろしいのです。」

その人は、吉川さんがテーブルの上に乗せた金属製の鞄を、わざわざ蓋を開いて見せてくれるのだ。

何もかも準備してあったみたいで、確かにそこには大量の札束があった。

情け無いことに、急に喉が渇いて、おまけに心臓までどきどきして来ちゃった。

これだけあれば当分ホテル住まいだって出来るだろうし、いっそ、マスコミから逃れてしばらく海外旅行に出かけたっていいのである。

興梠「ほんとに、これ、もらいっ放しでいいんですよね?」

千代「はい。どうぞ、お持ち帰り下さいませ。」

目の前の上品な美人が、実ににこやかにうなずいてくれている。

狐につままれたような気分と言うのは、きっとこのことを言うのだろう。

もらって帰ったら、木の葉っぱに化けてたりしないかしら。

どう考えても、世の中に二千万も只でくれる人なんているわけが無いのである。

興梠「このお金、どなたのお金なんでしょう?」

千代「国王陛下のお金でございますわ。」

興梠「じゃ、王さまがあたしにくれるって仰ってるんですか?」

千代「さようでございます。」

興梠「じゃ、あたし、これ、いただいて帰ります。」

どう言う反応を見せるのだろうと思いつつ言ってみた。

千代「どうぞ、ご遠慮無く。」

慌てるかと思いきや、相変わらずその表情はにこやかなままなのだ。

言葉に詰まりながら、思わずその顔を、まじまじと見つめ直してしまった。

いったい、どうなってるんだろう。

これじゃあ、ほんとなら謝りに行かなくちゃならない筈の相手から、二千万ものお小遣いをもらっちゃうことになるのだ。

興梠「あのう・・・」

千代「はい?」

興梠「・・・。」

千代「もっとご入り用でしたら、又別にご用意致しますが?」

それなら、もっと下さいって言ってみようかしら。

でも・・・・・・。

興梠「そうじゃないんです。だって気が咎めちゃって、とてももらえたもんじゃ無いもの。」

葉月「そうでしょう。このまま黙ってお金だけもらって帰っちゃったら、あんたのオンナが廃っちゃうわよ。ほんとだったら、逆にお香典たんまり包んでかなくちゃいけないところなんだから。」

葉月ママが、我が意を得たりとばかりに喰い付いて来た。

興梠「うん。」

葉月「だから、もうちょっと千代さんのお話をお聞きしたほうがいいんじゃないの?」

興梠「あたしも、そうは思うんですけど・・・・」

葉月「だったら、そうしようよ。」

興梠「うん、判った。」

葉月が、まるで我がことのように意気込んで千代の方に向き直った。

葉月「あのう、失礼ですが?」

千代「はい、どうぞご遠慮無くお尋ね下さいませ。」

葉月「あのう・・・、要するに、陛下がこの子を見初めたってことなんでしょうか?」

秋津州国王が興梠に恋心を抱いた結果のプレゼント攻勢なのではあるまいか。

千代「おほほほ、もし、そうでしたら私どもにとりましても、とてもお目出度いお話なんでございますが、残念ながら陛下のお胸には今以て大切なお方が棲みついてお出ででして。」

葉月「あのう・・・」

千代「はい、お亡くなりになられたお妃さまのことでございますわ。」

葉月「・・・・。」

千代「それに、陛下ご自身は、こおろぎさまのことを、はっきりとご覧になられたことは無い筈ですし。」

葉月「それもちょっと口惜しいわよねえ。あんたいっぺん顔見せに行ってきなさいよ。」

葉月ママは、あたしの顔をまともに見ながら浴びせかけるのである。

興梠「そんなあ、あたしだって照れちゃうわよ。」

葉月「いまさら、何言ってんのよ、中学生じゃあるまいし。」

興梠「だってえ・・・」

葉月「だって、口惜しいじゃないか。あんた口惜しくないの。」

興梠「うん、ちょっとは口惜しい。えへへっ。」

とんでもないところで、またしても漫談が始まってしまったが、正面の女性はおっとりと微笑みながら、ただ黙って聞いているだけなのだ。

その上品な顔に向き直り、葉月が又も無遠慮に言い出した。

葉月「ねえ、秋元さんもそう思いません?」

千代「さあ、どうなんでしょう。」

相変わらず笑っている。

葉月「だって、この子を見れば、たいていの男はその気になると思うんだけどなあ。そう思いません?」

千代「ですが、陛下はお妃さまと王子さまのご遺骨を、未だに肌身離さずお持ちになってらっしゃるくらいですから。」

葉月「ええっ、それって、いまどき珍しい話じゃないですかあ。」

千代「そうですかしら。」

葉月「と言うか、それだけ純情なのかしら。確か二十三でらしたわよねえ。」

千代「はい、今年の夏で丁度二十三歳におなりでございます。」

葉月「ほんと、二十三にもなって・・・驚いちゃうわあ。」

千代「それに、みどりさまのお話ですと、陛下はご遺骨の入ったロケットを握り締めながら、いつも詫び言を仰っておいでのようですから、とてもほかの女性に心を移される余裕などお持ちでは無い筈ですわ。お食事ですら、やっと召し上がれるようになられたばかりでございますし。」

このあたしを救ってくれようとしているのは、王さまじゃなくて、やっぱりみどりママの方であるらしい。

葉月「まあ、ご飯も食べられなかったんですか。」

千代「十日ほどは、お口もお利きになりませんでしたわ。」

葉月「詫び言と仰いますと?」

千代「結局、ご自身の油断が災いを招いてしまったとのお考えでらして、そのことをお妃さまたちに詫びてらっしゃるのですわ。尤も、よほどお傍近くでないと聞こえないようですけれど。」

葉月「まあ、なんておいたわしい。それだけ情が深くていらっしゃるのですわねえ、ほんとに。」

葉月ママが急に涙声になってるけど、こっちだって鼻の奥の方がつうんとして来て、あっと言う間に涙が溢れてきてしまった。

突然家族を失って、その遺骨を胸に茫然とする若き君主の姿が思い浮かんで来て、ぽろぽろぽろぽろ涙がこぼれて止まらない。

その人は、ご飯も喉を通らないほど深い悲しみの中にいると言うのだ。

それもこれも、もとはと言えば、みんなあたしが原因なんだもの。

あたしのせいで、王さまがそんなに辛い思いをなさってるなんて・・・・。

あたしさえ、あいつを安田に引き合わせていなければ、こんなことにはならなかった筈なのだ。

申し訳なさ、面目なさで、もう胸が一杯になってきて、しまいには声を上げて泣いてしまった。

「ごめんなさい。ごめんなさい。」と言ってるつもりなのに、それがちっとも言葉にはならなかったのである。


結局この日の三人は、お車代まで頂戴して、又後日改めてと言うことで一旦失礼することになった。

自分自身が大泣きしたせいか、ひどく落ち込んでしまって、それ以上、まともな話が出来なかったこともあり仕方がなかったのだ。

みどりママの話では、王さまもあたしに悪意が無いことを判ってくれてるらしいけど、それにしたって遺骨を抱いたまま満足にご飯も食べられないほど悲しんでらっしゃるんだし、れを思うとやっぱり申し訳なくてたまらない。

早くお参りさせてもらって直接お詫びするのが本当だろうし、そうしないと気が済まないのだ。

それにタクシーの中でお車代の中身を見たら、それぞれに三十万円づつ入っていて三人とも息を飲んじゃったけど、理沙姉さんがぽつりと呟いた言葉がとても印象的だった。

理沙「やっぱりあの方って、世界一のお金持ちだったのよねえ。」

葉月「そうなの?ベストテンには入ると思ってたけど。」

理沙「なんでも、ダントツらしいわよ。」

葉月「うっそお。」

理沙「だって、何年か前、国井総理が未だ官房長官の頃だったけど、つくづく仰ってたくらいだもの。」

葉月「へええ、そうなんだ。」

理沙「最近の話だと、それも桁違いらしいわよ。」

葉月「その上、あの国って段違いの軍事大国だって言うじゃない?あのアメリカさんだってぺこぺこしてるって言うし。」

理沙「その軍隊も、全部陛下の私兵だって言う人もいるくらいだし。」

葉月「その上純情で、とっても情が深くって・・・・。」

理沙「確かに情が深い人だとは思うけど。」

葉月「ううう、そこんとこがたまんない。」

葉月ママが大仰に身悶えして見せている。

理沙「うふ。」

葉月「ううう、思いっ切り可愛がって上げちゃいたい。」

理沙「げっ。」

葉月「ほんと、あたしが、もうちょっと若かったらなあ。」

理沙「おほほほ。」

葉月「くそっ、笑いやがったなっ。」

葉月ママがぷっとふくれている。

理沙「でも不思議よねえ。」

葉月「何が?」

理沙「だって、陛下の周りには、美人で有名な侍女がいたわよねえ。」

葉月「うん、あたしも週刊誌かなんかで前に散々見たよ。確かに三人とも凄いような美人ばっかりだった。」

理沙「そう、その上、その三人が三人ともインタビューかなんかで、陛下の侍妾・・・、つまり、おめかけさんよね。三人とも、その侍妾になりたくて王宮に入ったって自分で言ってたくらいだし。」

葉月「そうか。じゃ、今はその三人のおめかけさんが、寄ってたかって面倒見てくれてるってわけかあ。ちきしょうっ。」

ちきしょうはママの口癖なのだ。

理沙「それがそうじゃないのよ。うちのママの話だと、陛下はその三人に全然興味をお示しにならないって言ってたわ。手も握ったこと無い筈だって。」

葉月「うそお。」

理沙「あたしだって、最初信じられなかったわよ。」

葉月「で?」

理沙「うん、いろいろ聞いてみると、それが、どうもほんとらしいのよねえ。」

葉月「へええ、驚いたなあ。」

理沙「うちのママなんか、陛下が女の尻を追わな過ぎるって、一時本気で心配してたくらいだもの。」

葉月「ひょっとして、あっちの方なんじゃないかってかあ?」

理沙「うん、でも、そっちの方の気(け)は無かったみたいだし。」

葉月「ちゃんと結婚して、子供だって生まれてるしねえ。」

理沙「ね。」

葉月「それじゃ、単に身持ちが固いって話なのかねえ?」

理沙「どうしても、そうなっちゃうのよねえ。」

葉月「しかし、そんな男なんてほんとにいるのかねえ。」

理沙「今だから言っちゃうけど、実はあたしも見事に振られてるくらいなんだもの。」

葉月「へえ、何時ごろの話よ?」

理沙「確か陛下が十九になったばかりの頃よ。」

葉月「そうすっと、四年前か。」

理沙「うん。そのころなら、あたしだって未だ若かったからさあ、思いっ切り腕に縒(よ)りをかけてチャレンジしたわよ。お妃さまだなんて最初っから無理だけど、せめて東京での現地妻ぐらいにはって思ってさ。」

葉月「ふんふん。」

理沙「思いっ切りくっついて散々そそって見たんだけど、とにかくお行儀が良すぎちゃってどうにもならないのよ、これが。」

葉月「あんたがそう言うくらいだから、そうとう激しく迫った筈だわよねえ。」

理沙「今から考えると、もう、信じらんないくらいサービスしたわよ。胸なんかも思い切り押し付けちゃったしさ。」

葉月「へええっ、それでも、まるっきり反応しなかったの?」

理沙「うん、その頃は絶対自信あったのにさあ。」

葉月「うん、判るわあ。その頃のあんたって、確か未だ二十二かそこらで通していたものねえ。」

理沙「お客さんが勝手にそう思っててくれてただけよ。」

葉月「ありがたいお客さんよねえ。あはははっ。」

言いたい放題なのだ。

あたしは、先輩たちが勝手なことを喋りまくっているのを、半分はどこか遠いところで聞いていたんだけど、その王さまの意外な一面にはすごく驚かされてしまっていた。

葉月ママも驚いてたみたいだったけど、実際世の中にはそんな男の人もいたんだわねえ。

理沙姉さんですら、綺麗に振られちゃったって言うし、よっぽど純情なのか、それとも・・・・・。

でも、それがこのあたしだったら、王さま、どうするかしら。

やっぱり、あっさり振られちゃうんだろなあ。

まあ、どっちにしても、まるっきり別の世界の人なんだし、あたしには関係のない人だけど。

なにしろ、あたしは噂のダーティ・ヒロインだし、この体を通り抜けて行った男だって一人や二人じゃないんだもの、お妃さまって柄じゃないことぐらいちゃんと弁えてるつもりさ。

だいいち、お妃さまだなんて、そんな窮屈なもの、なりたいとも思わないけど、それでも、まるっきり相手にされないって言うのも淋しいものがあるわよねえ。

男だったら例え妻子持ちだって絶対喰い付いて来るような必殺の手管(てくだ)だって知ってるつもりだし、あたしだったら、こう言う風にして、ああして、こおしてと、かなり際どいシーンが思い浮かび、何だか体の芯に微妙に灯が灯っちゃったらしく、自然に頬が火照るのを覚えた。

とにかくその人は世界一のお金持ちだって言うし、話の様子ではとても純情で、その上世界最強と言われる秋津州の王さまなのだ。

その人の映像なんかは見飽きるほどに報道されていて、テレビを見てれば否が応でも目に入って来ちゃうし、その精悍な風貌だって嫌いなどころか、あたしの好みぴったりなんだもの。

さっきから胸の中では色々なイメージが勝手に歩き出してしまっており、つまりは話題のその人を、男として意識してしまっている自分に今さらながら気付かされたのだ。

その人の胸の中は亡くなったお妃さまで一杯らしいし、いつもお骨(こつ)を身に着けているだなんて、なんて情の深い人なんだろう。

あたしだって、出来るものなら、そんな風に情の深いカレに出会って死ぬほど愛されて見たいもんだわ。

ま、現実にそんな人なんて、そうそういそうもないけど。

頭がぼうっとしてきちゃった。

実際それどころじゃないのに、あたしって、ほんとに馬鹿よねえ。

それに、ヘンなこと考えたりしたら、大恩あるみどりママに睨まれちゃうかも知れないし。

なにしろ、みどりママは猛獣使いなんだし、その上、見ず知らずのあたしを援けてくれようとしてる人なんだから、足を向けて寝ちゃったりしたら、それこそ罰が当たっちゃうよ。

みんなが寄ってたかって「悪の華」だとか何だとか言って騒いでるのに、それでも援けてくれるって言うんだもの、みどりママにだけは、いつか絶対お礼を言いに行かなくちゃ。

未だ二十歳(はたち)でしかない小娘は、ぼんやりととつおいつしていたのだが、理沙姉さんの声が急に降って来て頭の中の幻を見事に蹴散らしてくれた。

理沙「ところで、こおろぎちゃんは、窓の月の使い方は判ってるわよね?」

実は、帰り際に自分専用の窓の月を受け取って来ており、それも、もしお邪魔だったら、そのまま黙って捨ててくれて構わないと言われたのには正直驚いちゃったけど。

興梠「はあい、ファンクションキーで送信先を指定してやるだけでいいんだもん、簡単よお。」

尤も、送信先って言ったって、今のところ、理沙姉さんのほかには千代さんと吉川さんの二人きりなのだ。

それに着信のときは何にもしなくても通じるみたいだし、とにかく単純な操作ばかりなんだもの。

理沙「それならいいけど。」

興梠「それより、今日はお忙しいところ、ご一緒していただいてありがとうございました。」

理沙「いいええ、それもこれも、全部うちのママの希望なんだから。」

興梠「はい、感謝してまあす。」

その後、車を銀座の裏通りで止めて理沙姉さんを降ろし、中央通りを上野方面に向かう。

今日は土曜日でクラブ碧は看板を出さない筈だけど、上野広小路のスナック葉月は立派な営業日だ。

さっきは大泣きしちゃったけど、時間もあるし、ゆっくりお風呂に入れば、まぶたの脹れもきっとひいてくれるに違いない。

葉月「さ、帰ったら、忙しくなるわよう。今日から出れるんでしょ?」

ホステスとして今日から出勤出来るのかと聞かれたのだ。

興梠「うん、明日日曜だし、ゆっくり荷物の整理すればいいから、今日から出るわ。」

もう、腹を括るよりほかは無かった。

ママにすごい迷惑をかけちゃうかも知れないけど、仕方が無い、空元気(からげんき)でも何でもいいから、もういっちょ頑張ってみるかあ。

葉月「よおし、びしびし、しごいてあげるからねえ。あははっ。」

興梠「あんまり、いじめないでよう。」

葉月「あんた、お客さんたちの電話番号削除しちゃったでしょ?」

興梠「うん、きれいさっぱり。」

だいいち、携帯そのものもまるっきり新規で買い換えたものだし、以前のデータなんか全部無視しちゃったんだもの。

今の番号にしたって全く新しい番号なのだ。

あの山内が店に来たのだって、前の番号で掛けても通じないからこそ直接押し掛けて来たのである。

葉月「じゃ、五十人分くらいは、早速、登録し直さないといけないわよね。あとで紙に書いたげるから。」

きっと、あたしが辞めてから来なくなっちゃったお客さんのデータばっかりなんだろなあ。

厄介だけど、これが商売なんだから仕方が無い。

興梠「電話したら、来てくれるかしら。」

葉月「ま、今日中に素っ飛んで来てくれるヒトだけでも五人は固いわね。」

興梠「だったら、いいんだけど。」

口ではそう言ったものの、無論自信が無いわけでは無い。

葉月「もっと自信持ちなさいよ、週明け早々にでも来てくれるヒトなら絶対十人はいるんだから。」

興梠「よっしゃあ、頑張って稼いでお墓参りするぞお。」

葉月「ようし、その元気でお客さん引っ張ってよね。あんたなら国王陛下だって引っ張れるかも知れないんだからさ。」

興梠「あははっ、いくらなんでも、そこまでは無理でしょ。」

「純情な猛獣」の顔がちらりと脳裏をかすめ、自然に頬が火照るのを覚えた。

こりゃいかん、相当意識しちゃってるわ。

葉月「こらこら、最初からそんな弱気でどうすんのよ。あんたは、葉月の興梠ちゃんなんだからねえ。」

車中の会話では、今日からでもスナック葉月のスーパースターが復活する筈だったのである。


帰り着いたのが四時ごろだったから、商売柄早速お風呂だ。

久し振りにのんびりとした気分で浴槽に浸かることが出来て、じんわりと開放感が湧き上がって来る。

ここ、半月ほどはマスコミのせいで、気の休まるひまも無かったのである。

ここなら遠慮も要らないし、風呂上りにママに倣ってすっぽんぽんのままで冷蔵庫を漁ってると、遠慮の無い台詞が追いかけて来た。

葉月「あんた、ほんっとに綺麗な体してるわよねえ、あいかわらず。」

興梠「えへへっ。」

葉月「ほんとに染み一つ無いものねえ。それに足が長くて、あんたの場合特に膝から下がすらっとしてて、まったく惚れ惚れするような脚線美よねえ。」

興梠「ありがと。」

葉月「まっしろで、すべすべで、お尻なんかきゅっと上がってて・・・・、こんちくしょうっ。」

うしろから、タオルが飛んで来た。

興梠「うふふっ、まだまだ咲(さき)ちゃんにも負けてないでしょ。」

咲ちゃんとはママの一人娘のことで、ママが十八・九で生んでる筈だし、もう高校二年になってると聞いた。

葉月「うん、咲子だって、かなりいい線いってるわよ。」

興梠「最近会って無いけど、大きくなったでしょうねえ。」

コップに移した生ジュースが喉元に心地良い。

葉月「うん、もう、あんたより大きいくらいよ。」

興梠「へええ。」

葉月「それより、あんたのおっぱいって、どうしてそんなにかっこいいんだろ。」

興梠「あはっ。」

葉月「それに、普通より上に付いてんのよね、あんたの場合って。これ、どう見ても普通より二センチは上に付いてるじゃない。こんちきしょうっ。」

ママが思い切りわしづかみに来た。

興梠「痛いっ、もう、ママったらあ。」

葉月「ま、これもうちの最大の戦力なんだから、しゃあない、このくらいで許しといてやろう。」

興梠「ありがと。」

葉月「うん、いい子だ。ところで今日は初店(はつみせ)なんだから、思いっ切り決めてよね。」

無論、メイクやコスチュームのことだ。

興梠「はあい。」

まったく、いいコンビなのである。

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  1. 2007/09/16(日) 14:02:01|
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