日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 012

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秋津州の戦略

執務室に戻った王は、ガウンひとつのくつろいだ姿でゆったりと冷酒を味わっていた。

肴は無い。

若者にとって、きりりと引き締まった日本酒の味は又格別であったろう。


八月三十一日二十二時三十分、王と京子の通信。

京子の現在地は東京の神宮前であり、例によって、全く音声には頼らない。

「陛下、よろしゅうございますか。」

「済んだよ。」

予定の体験学修のカリキュラムとして、かねて必要とされていた特別の接遇業務を今済ませたと言う。

「未だお済みではないと存じますが。」

マザーと京子には、今回の学修課程の全ての情報が、多数の「G四」によって同時配信されていたのである。

「そうか。」

「でも、お上手になさいましたこと。」

まるで可愛がってきた子猫が、初めて鼠を捕らえてきたのを褒めているかのような口ぶりなのである。

「・・・。」

「陛下のお力を存じませんから、心身ともに打ちのめされておりましょう。」

女は若者の特異な能力、中でも気嚢に因る超絶的な体力については何一つ知らない。

一例を挙げれば、若者は高度一万メートルの高地に於いてさえ、その並外れた心肺機能により、平地に於ける普通人よりはるかに優れた運動能力を発揮出来るのだ。

仮にオリンピックに出場すれば、一部の特殊な種目を除いては、全て大差で金メダルを取ってしまう筈で、例えばマラソンなどでは、二時間どころか一時間を切るタイムで楽々と走りきるほどの並外れた能力を持っており、格闘技の分野に至っては、なおのこと際立った能力を発揮することは、過去の実戦において既に実証済みだと言って良い。

女はそれほどの身体能力を持つ少年を誘惑し、かなり無理な体勢をもってその相手をつとめた。

いかに鍛え上げた肉体といえども、相当の筋肉疲労を覚えた筈だ。

これまで女性体験が無かったとは言え、精緻に作りこまれたヒューマノイドの教導によって、男としての体験を存分に重ねてきていることなど想像することも出来まい。

ただ、その訓練の効果が生み出したものは、結果的に戦士のプロとしての自尊心をいたく傷つけてしまったかも知れない。

もっとも、京子とのそれは訓練と言うより、少年にとっては王家の種子を採取されていると言う実感の方が強いのだが、そうかと言ってむげに中止を命じるわけにもいかない。

若者自身にとっても大切な目標は、一族のものたちがせめて数百人程度には繁殖を果たし、ただただ安穏に暮らして行くことに他ならないのである。

一族の衰えきった繁殖能力のことを思えば、これもまた止むを得ないことではあったろう。

哀しいことに、一族の者の総数が二桁にも満たないと言う現実があり、ましてその最年長の者ですら僅か八歳でしかないのである。

現実の秋津州住民の殆どはヒューマノイドであり、組み込まれたプログラムによって村と言う三つのコミュニティーを構成し、古代色に溢れた昔ながらの生活文化を継承し守り続けて来ており、その昔ながらの貴重な生活文化にくるめる様にして幼い一族を育んでいくことこそが、最も重要なことだと少年自身が確信しているのだ。

大切な幼子たちに、自然な生活の中で、国民を守るための仕組みとしての国家と言う概念を明瞭に理解させることによって、国家主権を守ることが即ち個人を守ることに等しいと言うごく当然の現実をも自覚させる。

併せて、国家や郷土郷党、それこそが「公」というものであり、個人はそれぞれ、この「公」にくるまれて生かされているのだと言うことについても自然に理解させたい。

時が経ち、幼子たちがやがて参画するであろう国家経営に当たって、その政策判断の基準として、このことこそが生かされていくべきであることを、十八歳の長老が強く願っているのである。

どのような形態の国家であれ、それを作り、そしてどのように運営していくべきかは、全てその国民自身が決めるべきことであって、他国からの容喙など断じて許すべきでは無いのだ。

幼い国民が成長し、やがて自らの意思を以て国家を経営して行けるようになるまでは、若者がその全てを保護して行くよりほかに道はあるまい。

これが秋津州の現実であり、それだけに若者の王としての責任もまた軽いものでは無い。

「どうすれば良かったと申すのか。」

「陛下も最後まで、ご満足なさらなければなりません。」

「・・・。」

「そうなさらければ、かのものの警戒心を解くことは難しく、今後の作戦遂行に齟齬をきたしかねません。」

女であることを唯一無二の武器として接触してきた工作員は、結局、少年の巧まざる言動によって、二度も己れのみで昇天させられてしまった挙句、せっかく苦心して釣り上げた筈の獲物を、腰の魚篭(びく)に取り込む寸前で取り逃がした漁師の気分を味あわされていると言う。

「・・・。」

「次回は、必ずご満足なさるまで致されますよう。」

「うむ。」

次回釣り上げられたら、漁師の腰の魚篭に取り込まれてやり、完全に漁師を安堵させその警戒心を解かせるべきだと言っているのだ。

「そうは申しましても、女性の体も母上様のお顔もご存じないと言うことを、あちらに意識させたことは思わぬ効果を生むかも知れませんわ。」

「そうなのか。」

「あらあら、それでは何の意図もお持ちではなかったのでございますか。」

「うむ、別に何も考えてなかったよ。」

若者の欲する環境を整えるためには、当然それなりの作戦が必要になる。

出來ればあと一ヶ月、それが無理としてもせめて半月の猶予が欲しい。

海底の融合同一化が既に最後の段階にまで来ており、他国の干渉を受けても「秋津州は自然の陸地であり、その自然の陸地の先住民として建国したのだ。」と強弁し得るまでには、少なくともあと半月はかかるだろう。

それまでは、米国を初めとする諸外国の警戒心を増幅させないよう細心の注意を払う必要がある。

そのためにこそ、米国のメディアを厚遇し秋津州に好意的な情報を流させ、米国政府に対しては秋津州の持てる技術の結晶とでも言うべきものまで提供し、ひたすら親米的な姿勢を示し続けて来た。

度重なる招待に対しても訪米の意思有りと伝え、国王専用機と同一タイプのもの一機とヒューマノイド兵士二体の無償供与と言う、魅力的な手土産を用意したことまで伝えてあった。

虚空はるかな荘園で、血みどろの消耗戦を戦い抜いた若者の意思は、これ以上の流血は是非とも避けたいところにあり、一方的に侵略してきた相手とは言え、膨大な敵を殺戮してしまった酷すぎる過去を今も重く引きずっているのである。

かと言って、殺さなければ殺されてしまう。

百歩譲っても、一族の全てが奴隷に成り果てるのである。

侵略戦争であろうが無かろうが全く関係は無い。

王としては幼い一族のものたちは無論のこと、国内に駐在させている者たちの流血も当然避けたい。

ただ、その内部に敵と連携している者がいて、それも現在特定出来ているのは一名だけであり、もしその外にも未確認のものがいれば当然対応が変わってくるのだ。

そのためにも、現在他国から受けつつある歴然たる侵略行為にも目をつむり、ひたすら時間を稼いで来た。

山間部に拠点をつくり、なおかつ夜間外海からの侵入を繰り返し、その装備も今や軽視できないまでに充実させ始めている侵略軍(軍といっても未だ三十名にも満たない脆弱な兵力なのだが)の動きいかんによっては、対抗上当然流血を覚悟しなければならない。

今回、そのものたちと同一線上にあると思われる、村上優子を受け入れた理由も当然そこにある。

優子の場合その正体も最初から明らかで、またその採ってくるであろう手法も充分予測の範囲内であり、それを逆に利用してこの局面を乗り切ろうと言うのが若者の戦術なのだ。

叶うことなら戦わずして撤退させることが出来れば理想だが、そうさせるためには強大な軍事力の存在を知らしめる以外にその方法が見当たらない。

百歩譲って、ワシントンに依頼してその軍事力を以って撃退してもらうと言う策もあるにはあるだろう。

秋津州に対する影響力の拡大を切望している米国は、この程度のことなら、一も二も無く喜んで応諾するであろうが、その代償は将来とてつもなく大きなものとなってしまうに違いない。

結局のところ自国を自力で防衛出来ずに、他国の軍隊を引き入れたと言う重い事実だけは未来永劫残ってしまう。

古来、自力で国を守れず或いは守ろうとせず、全面的に他国軍の力を借りるような国は必ず滅んでいる。

このことは、既に多くの歴史が証明している筈なのだ。

仮に国家の形だけは残ったにしても、それは最早自主の国とは言えず、何よりもその国民の精神が滅んでしまう。

そうなってしまえば、いったい何のために建国したのかわからないではないか。

自前の軍事力を以って対抗すれば、ほとんど一瞬で殲滅することも可能だが、ひとたび実行してしまえばその驚異的な戦闘能力の一端が、メディアの知るところとなる。

敵がそのメディアの一部と連携している以上、必ずその者たちが知ってしまう。

そしてそれは、衝撃的なニュースとなって世界を駆け巡ることになるに違いない。

その結果、世界の世論が秋津州脅威論で溢れかえり、我が実力の一端を知った以上、ワシントンは秋津州の領土を利用することに希望を失った挙句、最早我が国家主権を完全否定するほかに有効な対抗手段を持てなくなる筈だ。

既に掴んでいる筈の海底のデータを公表し、「秋津州は自然の陸地とは認められない。」と言う論調に転換してしまうに違いない。

そのことが当然大きく問題視されて、国連等国際機関の立ち入り査察を要求され、拒絶すればその事実を認めたと同じことになり、受け入れればその事実がより明らかになってしまう。

いずれにせよ国家主権と言う、唯一、一族を保護すべきものが法理上雲散霧消してしまうのだ。

そうなってしまえば、巨大な暴力を用いて力で世界を屈服させて強引に居座ってしまうか、或いは元の「丹後」へひっそりと撤退して行くか、どちらかしか残る道は無い。

現に、米中露等の強国は現在でも前者の方式を実行中なのである。

若者は、港湾開削工事に事寄せて大々的に海底の据え付け工事を行った。

その工程が既に完了している今、未だ存在しているその残滓が、時間の経過とともにやがて確実に消滅していく。

そのために必要な時間が、およそ一ヶ月なのだ。

そこまで漕ぎつけさえすれば、秋津州が巨大な浮島であったとする過去のデータなど、一笑に付してしまうことも出来る。

また、その後になってからならば、立ち入り査察だろうが何だろうがいくらでも受け入れてやる。

とにかく、今はその時間を稼ぎたい。

最も陰湿な戦術としては、少しでも敵軍に関係している可能性のあるメディアクルーを、全て密かに暗殺してしまい、同時に侵略軍も密やかに殺してしまうと言う方法もあることはあるが、その事実は後世必ず明らかになってしまうだろう。

その可能性が有り得ると言う理由だけで、その証拠も無いごく普通の民間人をも多数殺してしまうことになるのだ。

どのようなシナリオであろうと、敵に連携している者の全てをあぶり出しておきたい。

そのためにこそ、あの女性工作員を利用したいのである。

ワシントンの差し金もあってか、島内諸方に設置された多数の定点カメラの存在も無視できない。

現段階ではその全てを捕捉出来ている筈だが、これからもさらに増設されて行きそうな勢いであり、これがまた厄介至極なのだ。

その内の一部に至っては、その映像がライブで米国内にも流れていて、これがまた一段と困り物だ。

ライブで放映された映像は、往々にして激しい世論の反応を呼ぶことがある。

なにせ一切の編集が利かない。

万一の場合、公開されることが好ましくない映像が流れてしまうかもしれないのだ。

かといって、それに対して規制の網をかけると言うことは、折角苦心して勝ち取った「報道の自由がこれほどまでに保障されている秋津州は、開かれた自由な国である。」と言う定評を自ら覆してしまうに等しい。

父祖の国日本の傍らで一族が平凡に暮らして行きたい、と言う素朴な願いは、王にとって唯一最大の正義でもある。

何ものにも替え難いことなのだ。

たまたま、太平洋の海底に絶好の条件が自然に醸成され、丹後の小宇宙をその陸地ごと切り取り、勇んで移動して来た。

何せ、高さ五千メートルにも及ぶ海嶺が隆起したため、少なくともその頂上付近には、海底ケーブル等の余分なものは一切存在しなかったのだ。

まさに天佑神助とでも言うべきこの機会は、絶対に逃したくはない。

その海域は、ハワイ諸島と日本列島の間の純然たる公海で、もともと誰のものでもないのである。

(ハワイ諸島と日本列島の間とは言っても、かなり日本寄りではあるのだが。)

海洋法に何と定めていようと、誰のものでもない場所に陸地を造成してそこに建国してしまいたい。

その願いを成就するために、出来る限り平和的な手順を予定していたが、早々と他国の軍隊が秘密裏に侵入を繰り返し、山間部に拠点作りを始めてしまっている。

秋津州に対して一方的に領有宣言をするような国家の軍隊に、侵入されてしまっているのだ。

秋津州は、既に典型的な戦争状態に入ってしまったと言うべきであり、本来なら一刻も早く撃退するための軍事行動あるのみだ。

必要な軍事力は、有り余るほどに持っている。

しかし、例の海底の一件があり、せめてぎりぎり一週間の時間が欲しい。

ここが最大の悩みどころなのだ。

相手が隠密行動をとってくれていることもあり、当方も気づかない振りをしているが、万一このことが露わになってしまえば、最早、純然たる戦争をするしか方法が無くなってしまう。

露骨な侵略行為を受けて、なおかつ毅然とした対応をとらないまま漫然と時を過ごせば、当然他国から重大な侮りを受けることになる。

その結果、その分だけ他国のプレゼンスだけが一方的に大きくなり、より深刻な窮地に立ち至ってしまうことは、これもまた歴史上の必然だ。

それと言うのも、秋津州は他国にとって魅力的な条件を多数具えており、それは各国の国益に照らして見ても、決して無視できないほどのものなのだ。

現に例の三国などは、いまだに秋津州に対する領有宣言を行ったままだ。

ワシントンは、今のところ親和的な姿勢を示してはいるものの、もし秋津州が親米路線をかなぐり捨てれば、その瞬間に態度を一変させることは火を見るよりも明らかなのである。

また、港湾工事のさなか、無謀にも湾口付近をうろつきまわっていた中国の老朽原潜が危うく沈没圧壊の危機におちいり、そのままでは領海が汚染されてしまうため放っても置けず、止む無く一個小隊を以てその老朽原潜を救助したこともあった。

しかし、中国側にはその時の海中で何が起きたのかは永遠に分かるまい。

あのとき王の命により出動した一個小隊は、海中で機能不全に陥り沈降していく厄介な鉄屑を、一旦深度五十メートルほどにまで浮上させてやった。

あとは、中国側の自力の救助作業に任せようとしたのだが、その作業がもたもたしていてどうにもならない。

結局業を煮やした王の判断で、そのまま公海上まで四百キロほども移動させてから浮上させてやったのだ。

そのとき、そのぼろ舟を艦底から支えながら作業していたのは、全て我が秋津州の一個小隊であったことなど、彼の国には思いもよらぬことであったろう。

それでも未だ性懲りも無く、別のぼろ舟が領海内の海中をうろついている。

もっとも、それは中国だけでなく米英露仏等の原潜も又同様ではあるのだが。

とにかく、領海内の海中では現在も多数の原潜がうろつき回っているが、これについても今のところは気がつかない振りを続けなければならない。

王としては、またぼろ舟がお笑い種の事故を起こしてくれなければ良いがと祈るばかりだ。

一ヶ月の時間さえ与えられれば、あとはごく普通の外交で乗り切っていける自信もあり、今はひたすら時間を稼ぐ。


残る一点は、三つの荘園の巡検に王自身が直接出かけて行かねばならないことである。

この三つの荘園は太陽系どころか、銀河系にすら属さないはるか暗黒の彼方に散在し、地球を含めた四つの天体は、そのそれぞれが数億光年もの距離を隔てていることも既に述べた通りだ。

そのそれぞれの間は、王やマザーの能力をもってしても全く通信が途絶しており、唯一王の空間移動能力に頼ってその天体の近くにまで実際に移動していくよりほかは無い。

三つの荘園には、防衛と現地作業のためにそれぞれ一個兵団を配備しており、生身の秋津州人は一人もいない。

それぞれの一個兵団は、それぞれ担当する天体において、王の指示のままに、治水、農耕、山林経営、そして地下資源や海洋資源などの管理に務めているが、これら巨大な資源は秋津州の経営基盤の殆どを担っており、決して放棄することはできないものだ。

また、現地が例の異星人に襲われ苦戦している場合も含め、その環境が激変してしまっていることもあり得る。

そのためにも、定期的な王の巡検が不可欠で、少なくとも現地司令官(これも当然ヒューマノイド)と通信可能な距離にまで移動して行き、その報告を受けてからさまざまな判断を下す必要がある。

結局は、王自らが移動して行かざるを得ない。

何度も言うが移動先の天体と地球とでは、王が直接移動して行かない限り、いかなる通信も途絶しているのだ。

今般、秋津州を地球に定着させるための作業に没頭していたため、その巡検が全くなされていないことに加え、重要な物資が欠乏し始め、マザーの生産ラインが一部稼動を停止してしまったこともあり、一刻も早く荘園から搬送してくる必要にも迫られている。

いずれにしても、そろそろ王は地球を留守にしなければならず、その時期と期間こそが問題になってくるのだ。

以前にも触れた通り、王位が空位の間のマザーを唯一制御し得るものは、前王の遺したごく大まかな規範だけであった。

その間のマザーは、許された範囲で自己学習と進化を重ねつつ、その大規模船団に含まれる人工子宮や巨大なファクトリー、そしてウェアハウスや全秋津州軍を全てに亘ってマネージすることになる。

これらのファクトリーでは、三つの荘園から産出する豊富な資源を原材料として、多様な工業製品の生産を継続しており、それは、京子や種々の飛行物体、そして膨大なヒューマノイド兵士たちのことでもあるのだ。

また、ヒューマノイド用の衣類や靴などについても、膨大な生産ラインを要することも軽視するわけにはいかない。

また、留守を預けるべきマザーは、ぎりぎり有効な通信を可能とする六千万キロメートルほどの距離を保たしめつつ、地球の公転運動に連動させているが、地球から月までの距離が概ね四十万キロほどであることに思い比べて、マザーの大船団までの途方もない距離を思い描くことが出来よう。

そのマザーから見て、秋津州の存在する太平洋が地球の裏側になってしまう場合には、その通信にも数十分もの時間を必要とすることもあり、また、マザーと地球との間にさまざまな障害物が存在する場合にも、微妙に所要時間が違ってくる。

マザーは、付近に全軍(三つの天体に配置した三個兵団を除いて)を従えてはいるが、これに対して大規模な軍事行動を命じるほどの重大な政略的判断は、事前に王が指示しておかなければならない。

現に千九百三十四年に先王が嵩じる際、マザーが託された戦力は、後に起こる日米戦争当時、米軍に太平洋の制海権をむざむざ奪い取られることを阻止し、かつ北米大陸の完全占領をなし得るほどのものであったことは確かである。

しかし、生前の王が具体的な指示を遺せなかったため、直接日本軍を支援するまでには到らなかっただけなのだ。

なお、前王の嵩じたあとの原料資源の補充作業は、ひとえに王女勝子の空間移動能力によって支えられていたが、勝子が死去してからののちは、少年の能力によってのみ果たされて来ており、結局、少年の異能だけが唯一の補充手段になってしまっている。

なお現在のマザーは、その支配下から情報収集部隊一個連隊(およそ四百二十万機の「SS六」)を主として北半球に配備し、「RC-M、F」とそれに付随する「D二」と「G四」を展開させ鋭意情報収集に当たらせており、いざともなれば直接戦闘行動を採らせることも可能だ。

かと言って、京子は勿論、マザーでさえ戦争行為を含むほどの政略的な判断は出来はしないし、また、させるわけにもいかないのである。

留守の間の全てはそのマザーに委ねて行くほかは無いのだが、その間のマザーには局所的な対応判断しか任せられないことになる。

また、数年前の「丹波」での防衛戦の時と引き比べて王の力は甚だしく成長してきており、現時点ではそれを望まぬ他者(例えば敵軍の大規模設備や小惑星)をも強引に空間移動させてしまうことさえ可能になってきているほどだ。

実に、恐るべき「力」だと言って良い。

一旦、この力を無制限に開放してしまえば、今回移動させてきた「秋津州」の数千倍もの質量の小天体をこの地球に激突させることすら可能であり、それは地球上の全生物をごく短時間の内に葬り去ることも可能であることを示唆している。

万一それを実行したとすれば、全ての海洋における海水が一滴も残さず蒸発し、地表の全ては非常な高温に曝され、海洋生物は言うに及ばず地表付近の生物も全て死滅してしまうほどの威力を秘めているのである。

通常の核シェルターなぞは何の役にも立たないため、その結果生き残れるのは、数千メートルの地底に生息するごく僅かな微生物ぐらいのものであろう。

まして、少年が憤怒に燃えた時などは一層凄まじい力を発揮し、地球程度の質量のものなら惑星の軌道を変えてしまうことすら可能かも知れない。

この意味から言えば、最早、王そのものが「最終兵器」であると言ってしまっても決して言い過ぎではないのである。

この事実こそが、王の持つ最強のカードでもあり、そのカードの重みを人類が自覚した時には全てが終わってしまっていることになる。

いっそ、一思いに火蓋を切り侵略軍を殲滅し、戦時を理由に一切の他国からの干渉を実力で排除し、敵国を完全占領し後患の根を絶ってから巡検に向かうか。

充分な軍事力を持っている以上、誰が考えてもこれが最も現実的な戦略であることは確かなのだが、流血を嫌う王が煮え切らない。

なによりも、この侵略軍が侵入してくる前に全て察知出来ていたのだ。

その時点で、人知れず殲滅してしまうことも充分可能であったにもかかわらず、その装備から見てごく短期間の斥候行動の後、即座に撤収して行くであろうと言う甘い見通しを持った王が、攻撃を許さなかったことが全ての発端であった。

それがこうとなってしまえば、最早誰にも知られずに殲滅することは難しくなってしまった。

なにぶんにもNBSの駐在員の中に、侵略軍に気脈を通じて協働する工作員がおり、その上、その一部しか捕捉出来ていないのだ。

なまじ流血をためらったがために、より大きな犠牲を払わなければならなくなってしまったことは、若き王にとって辛い学習になってしまった。

結局は、荒々しい牙を剥き出しにして愚劣極まりない殺し合いをしなければならないのであろうか。

王の哀しみは深い。

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  1. 2005/11/01(火) 01:01:02|
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