日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 025

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また、チベットと東トルキスタン共和国が相次いでその独立を宣言し、互いの国境を策定するための協議に入ったことが伝えられ、その協議には重慶政府も参加する構えを見せていると言う。

その上重慶政府はチベットと東トリキスタン共和国から、物資の援助まで受けていると言うが、その物資は、秋津州から贈られ続けている支援物資の一部なのである。

新田は黙殺していたが、重慶とハルビンからも降伏文書の受理を願って接触して来ており、それぞれがシナを代表する正当な政権として、我こそは秋津州に降伏する権能を持つ者であると主張していると言って良い。

さぞかし、それを認めさせることによって秋津州からの支援を受け、さらに中華人民共和国の全てを継承したいのであろう。


さて、この間も虚空に浮かぶマザーの大船団では、そのファクトリーが轟然と稼動を続け、SS六改の改造作業は一段落していたが、今は住民型ヒューマノイドの生産ラインが大いに働いて、既に二百万体以上のボディが無数の作動テストを繰り返していた。

中でも秋津州住民の分としての七千体ほどが、充分な検査とテストをクリヤして、王の指令を今や遅しと待っているところだ。

勿論これらのボディには、侵略者に破壊された秋津州住民の記憶(記録)データが移植され、それぞれの外見も破壊される前のものと何ら変わるところは無く、一体一体が、それぞれそっくりそのままに再生されている。

王はこの七千体を地上に戻し、先ずは従前の環境の完全復活を果たしてから、一族の者たちを引き取るつもりでおり、そのためにも治水工事の完成を待って、いよいよ農耕地の思い切った拡張事業にまで踏み込むことになる。

各村落のインフラは格段に進化し、従来の五倍ほどの戸数の民家が全く新しく建てられており、単純に言って三万五千人ほどを農村地帯で収容し得る態勢が整い、その農地もそれ以上の規模に拡充していく予定だ。

王は、一次産業のうち農業と小規模の水産業をこの三万五千の農村人口が担い、その他林業と二次及び三次産業は全て軍で賄う心積もりでおり、その作業に携わる特殊なヒューマノイドは百万体以上を要すると見て、その準備も急がせている。

それらの個体には、日本語は勿論、多言語会話機能とそれぞれの分野で必要とされる特殊技能を持たせ、ゆくゆくはその技能に見合った場所に配備して行く予定でおり、殊に内務省や軍などには、医療技術と多言語通訳そしてその他さまざまな技能を持たせた個体の先行配備を進めており、既に一部は野戦病院や占領地でもその姿を見せ始めていたほどだ。

とにもかくにも、王の作業が着々と進行していることだけは確かなのである。


さて、台湾総統を見送ったあとの新田は、相変わらず非常な多忙の真っ只中にいた。

オフィスで受話器を握りながら食事を摂ることも多く、スタッフがサポートしようにも、やはり肝心の通話には本人が出ないわけにもいかない。

そのネットワークは世界各地に張り巡らされ益々広がりつつあり、問題の解決を計りたい場合、新田を頼らざるを得ない者の数はいや増すばかりだ。

直接間接を問わず、秋津州に絡む懸案を抱える人々とのやり取りがひっきりなしに続き、その過程で徐々に醸成されていく信頼関係の延長線上には千差万別の思惑が消長し、なかんずく新田が「北京の懇請を蹴って戻った」と言う情報が、北京にとって重大な障害になり始めており、その分だけ重慶とハルビンの権威を重からしめたことは確かだ。

見渡せば、重慶やハルビンの政権が日本の数十倍もの領土を現実に統治している以上、その正当性も一概に否定することは出来ず、その結果、従来北京政府が統治していた領域の中に、五つもの政府が並存していると言う誠に不安定な政治状況が現出し、既にそれぞれの間で非公式な接触が始まっていたのである。

やがてその流れの中で、チベット・東トルキスタン・重慶の三者代表が一堂に会することが固まり、また、その場所についてはいっそ秋津州が良いだろうということになった。

そして、その場所の提供についての懇請を新田が受け入れることにしたのである。

だが、例の迎えのポッドに乗って三組の地域代表が集まり、いざ公式会合を持つ段になってから俄かに横槍が入った。

取り残されるかも知れないと言う危惧を抱き、慌てた北京とハルビンからも強い参加の希望が寄せられ、これ等についても急遽迎えのポッドを出すことになったのだ。

取り残される側から見れば、自分たちの知らないところで、それこそ勝手に物事が決められてしまうことだけは何としても避けたかったであろう。

まして、その取り決めごとの内容が自らに密接な関わりのあることであれば尚更のことであり、その上この協議の行われる場所が場所である。

この協議が秋津州の承認のもとに行われるものと、必ず世界が受け取るだろう。

そうである以上、この協議で得られた結論は高い普遍性を有するものと受け取られてしまう可能性は極めて高い。

当事国の中で、優れて当事者能力を有する秋津州のプレゼンスは、今や何人と言えども軽視することは出来ないのである。

新田は、五組二十五名ほどの代表たちに内務省の中で別々の部屋を用意し、それぞれの休憩室とした。

とりあえず互いに顔を合わせずに済むような配慮が必要だったのだ。

新田はその部屋を巡回するようにして、五組の間を調整して廻り、やがて全員が一堂に会することの合意を得た。

この様にして秋津州における正式な第一回協議が、新田の立会いのもとに始まった。

十八日のことである。

当然、簡単に成立する合意事項などほとんど無い。

五者の立場や利害は、対立するものばかりなのだ。

勿論、最大の対立点はその境界線に関する主張であったろう。

極端な意見では、境界線など始めから存在しないのである。

台湾どころか新疆ウィグル(東トルキスタン共和国)やチベットも、全て中華人民共和国に含まれる一地方地域であるとする見解だ。

その見解では、沖縄県の尖閣諸島でさえその領土に含まれることになっており、中には沖縄本島やベトナムまで含まれるとする意見まで存在した。

とにかく、各代表はそれぞれ異なった境界線を主張して已まないのである。

不思議なことに新田は、その協議を誘導も調整も進行すらも行わず、言わば傍観者の立場で聞いている。

当然、激しく紛糾した。

休憩を挟み、夕刻に到るまで七時間ほどを使って協議は続いたが、合意など何一つ成立する筈も無かったのである。

新田は強引に協議を打ち切らせ、滞在を希望する代表たちをその拠点とするところへ送り返した。

だが、この時点で五者の全てが協議の続行を望んだことは確かで、次の十九日は早い時刻から迎えのポッドが活躍し、ほぼ数分の誤差内で全員が出揃い直ちに協議に入ることが出来た。

彼らに対する接遇は、王のものと同レベルの食事を給し、あとは湯茶を出すくらいで、相変わらず新田は一切調整しようとはしない。

各方面から熱い視線を浴びる中、協議は続いた。

到底相容れない主張がときに怒号となって飛び交い、それぞれが充分に発言した。

ただし、あくまで一方的な見解としての発言ばかりであり、所詮噛み合う筈もない。

昼の休憩時には、全ての代表が新田に介入してくれることを望むまでになっていたのだ。

再開された協議の冒頭、新田が始めて発言らしい発言を行うこととなり、満場は注目したが、それは彼らにとって実に意外なものであった。

新田は、自分や秋津州にとって迷惑だと言う。

こんな議論は、当事者が勝手にやってくれと言うのだ。

本来、国王が強欲な性格なら五者が主張する領土などは、当の昔に秋津州の物になってしまっている。

五者の領土など、一寸尺土も残っちゃいないのである。

その残ってない筈の領土の取り合いなど、馬鹿らしくて聞いていられるかと怒号する始末だ。

もう全て撤兵し、いかなる支援も即刻打ち切ることにするから、あとは好きなようにしろ、とまで言い出す始末であった。

互いに戦争でも何でも勝手にやって決めたら良い、と言う意味を含んでいることは明らかで、そうなっても、秋津州は一向に痛痒を感じないとまで言い棄てて、席を蹴って出て行ってしまったのである。

あとに残された五者代表はただただ困惑し、顔を見合わせるばかりだ。

考えてみれば今回の戦争では、ロシアは別として、中国と北部朝鮮は秋津州にどうされても文句を言えた義理ではない筈だ。

秋津州は突然の武力侵攻によって、九十九パーセント以上の民が殺されてしまっているのである。

まして、死傷者の相当部分が非力な女子供であり、なおかつ負傷者の中で生存出来た者はほんの一握りであった。

万が一、その被害者である秋津州が、いや国王自身が激してしまえば、五者の主張する権益など瞬時に粉砕されてしまうだろう。

全ては国王の許す範囲でのみ、成立し得る議論なのである。

現に国王の執政官のように見られている新田自身が、目の前で席を蹴って出て行ってしまったではないか。

代表たちは、部屋に残った新田のアシスタントらしき女性に、呼び戻してくれるよう懇願するほかはなかったのである。

その女性は一旦出て行ったが、すぐに戻ってきて「無理だ。」と言うように哀しげに首を振るばかりだ。

彼らは出されたお茶をただ空しく喫しながら、互いに顔を見合わせ誰かが譲歩してくれるのを期待していた。

重い沈黙が続いたが、結局秋津州駐屯軍が撤退し、その上一切の支援を失ってしまえば、まるで一昔前に戻ったかのような大動乱を招きそうな気配は誰の目にも濃厚なのである。

統一政権を持てなければ国内に更なる混乱を招き、外交能力と国防力にも欠けることから、対外的にも耐え難い侮りを受けることも目に見えている。

そういった中では、国家再建もへったくれもないことは誰もが分かっており、分離独立を望む者たちにしても、仮にそれが認められたとしても険しい茨の道が待っているばかりだ。

それに比べれば、多少の譲歩や妥協は止むを得ないことも分かってはいるのだが、最初に譲歩した者だけが最も大きな譲歩をせざるを得ないような気もするし、また大きく面目を失することに繋がることを恐れ、誰もが譲歩の意思ありとは言い出せないでいるだけなのだ。

そうこうするうち、迎えの者が来てしまった。

帰路のポッドの用意が出来たと言う。

それに乗って早く帰れと言わんばかりなのだ。

言葉どおりに帰ってしまえば、最悪の場合全ての者がその領土さえ失ってしまう恐れがあり、おいそれと帰れるわけも無い。

もはや、躊躇している場合で無いことは誰の目にも明らかであった。

ここまで来てやっと北京代表が折れた。

共産党の独裁を規定している現憲法を停止して、重慶やハルビンの代表と連携しても良いと言う。

すかさずチベット代表も、東方の四川省や雲南省などに拡大した領域の主張を譲歩すると言う。

協議の中身がオールオアナッシングから、互いに譲り合って最低限のものを確保するところにまで、やっと降りてきたと言えよう。

始めて、実質的な協議が行われる土壌が生まれたとも言えるのである。

活発な討議が進み、たちまちにして基本的な合意が形成されていく。

重慶、北京、ハルビンの三者は連立して中華人民共和国を運営することとなり、チベットと東トルキスタンの分離独立を認めると言うのがその基本的な枠組みだ。

ただ、敢えて台湾については触れない。

つい先ごろ秋津州入りした、台湾総統の国号変更声明には全く触れていないのだ。

この事実上の独立宣言に、である。

その宣言の背後には、どう見ても秋津州国王の意思があると思われることから、明らかにそれに配慮した結果であったろうが、やはり議論をそこまで広げてしまえば、成るものも成らなくなってしまう恐れが強い。

その上、現段階に限れば彼らが束になってかかっても、あの台湾共和国に敵することは不可能であった。

大陸側は一切の近代兵器を失ってしまっており、秋津州軍の駐留と言う巨大な背景を失ってしまえば、逆に台湾軍の大陸侵攻すら招きかねないほどなのだ。

何しろ、台湾政権にとってのその首都が未だに大陸側のあの「南京(なんきん)」である以上、台湾側が自国の首都を制圧下に置きたいと願ったとしても何の不思議もあるまい。

台湾空軍の実力から見て、台湾海峡は勿論、大陸側の南岸一帯の制空権が瞬時に台湾軍の手中に落ちることは子供にでも判ることであり、まして、大陸側はその経済的基盤の全てが危殆に瀕してしまっている。

その点から言っても、台湾問題には触れないほうが無難であることは間違いない。

言い切ってしまえば、問題の先送りであることには違いないのだが、より現実的な解決の糸口を見出そうとする努力は評価されてしかるべきだろう。

まして、望むべき早期の国家再建のためには膨大な資金を必要とする。

出来れば、既に実施されたロシアへの資金援助のひそみに倣いたい。

これまで国王が採って来た戦後処理方針から見ても、またその資金力から言っても、それは充分に可能なことのように受け止められており、極限まで低下してしまった信用を回復するためにも、秋津州国王の大いなる支援有りとしなければならないのである。

いつ何時、圧倒的な戦勝国から併呑されてしまうかも知れないと言う最悪のシナリオだけは、一刻も早く払拭されなければならないのだ。

さもなければ、世界のマーケットに信頼されることなど到底為し得ず、マーケットに信頼されないと言う事は、逃げ去った外国資本も決して戻っては来ないと言うことだ。

このまま無為に時を過ごせば事態は悪化するばかりで、再建に要するコストはいや増すばかりだろう。

先ずは破滅してしまった国家の再建が最優先であることは、重慶、北京、ハルビンの各代表の一致するところであり、そのためにも、磐石の支援を獲得することが絶対条件だと言う点でも一致している。

結局、新田とその背後の国王に頭を下げるほかは無く、あとはその支援の質と量が問題になってくる。

その結果、誰れ言うとなく基本的な合意書を国王に奉呈する形式を採るべし、と言うことになっていった。

そのことによって、言い換えれば、秋津州の被保護国であるかのような姿勢を自ら積極的に示すことによって、保護者であるべき国王からの支援をより一層正当化し、より有利な支援を引き出そうと言う思惑でもあった。

そうでもしなければ、これほどまでの被害を受けた秋津州が、その加害国を支援することなど有り得べくもないと主張する者もいた。

ロシアのケースとは根本的に違うのだと言う。

それはそうであろう。

ロシアと秋津州の場合、両者が衝突した原因はロシア側にだけあるのではない。

ともに両者にある筈だ。

確かに先制攻撃を加えたのはロシアである。

だが、中露の国境線を痛烈に圧迫して大いなる刺激を加えたのは秋津州軍であったことを忘れてはなるまい。

秋津州軍が、国境を侵していなかったことは事実だ。

確かに、その時点でロシア側が、越境してまで攻撃してこなければ交戦するには到らなかったかも知れない。

かと言って、ロシア側にして見れば、秋津州の大軍が怒涛のように国境を越えて雪崩れ込んできてしまってからでは遅いのだ。

そうなってしまってから、「まさか、こうなるとは思いませんでした。」と言ってみたところで、既に占領されてしまっている公算が高く、この意味においても、ロシアは極めて妥当な自衛権を行使したに過ぎないと主張することも出来るのである。

まして、軍事上の防衛線は常に国境線の外側に設定されるべきものであり、秋津州軍がその防衛線を刺激した事実だけは動かない。

いずれにしても堂々と干戈を交えた結果、ロシアが一方的に完敗してしまうことによって、両者の実力差に天地ほどの開きがあることが、これほどまでに鮮明になってしまったことこそ重大であった。

その上完璧な戦勝国が、完膚なきまでに敗れ去った筈の敗戦国に対して強力な支援の手を差し伸べるに至って、あたかも敗者が勝者の一地方自治領ででもあるかのような状況になった。

対等な立場で戦った筈のロシアですらこうであり、歴然たる侵略行為を働き、秋津州の無辜の民を大量に殺戮した中国においておやであったろう。

まして、その大量殺戮の現場を数限りなく捉えた映像が、今やふんだんに流れてしまっているのである。


一方で、記者発表の予定を伝えられたプレスルームは、騒然とした熱気に包まれていた。

昨日から五者協議が行われていることは周知の事実であり、当然この記者発表はそれに関することに違いない。

この協議には、世界の政治経済両面での不安定要素のほとんどが関連しており、全世界の目が注がれることには充分過ぎる根拠がある。

思えば、秋津州の大反攻作戦が始まったのは十三日であり、そして、今日は未だ十九日なのだ。

たった一週間で、事態のほとんどが収拾されようとしているかも知れないのだ。

それも、秋津州の強大な指導力のもとに、今まさにその発表が行われようとしており、既に昨日の時点で、世界中のメディアが集結して来たような気配まであったのである。

そのメディアたちの足は全てあの銀色のSS六改であり、膨大なチャーター機が整然と運用されていることも話題にはなったが、今はそれどころでは無い。

プレスルームでは、誰しもが手に汗を握って待つ内、五者代表を従えるようにして新田が登壇し目出度く合意が成ったことを告げた。

チベットと東トルキスタン共和国の分離独立と、中華人民共和国が現憲法を停止して共産党の一党独裁に終止符を打ち、北京・重慶・ハルビンの三者が合同連立して国家再建を目指す旨を高らかに宣言し、会場には大歓声が上がったのである。

旧中華人民共和国の遺産は少しだけ小さくはなったが、無論新たな中華人民共和国が継承する。

五者代表は、それぞれが重大な危機を乗り切った安堵の表情を浮かべて短いスピーチを行い、そのいずれもが国王の温情に最大級の感謝の意を表し、その温情によってのみ自らの国家が保たれることを強調して締めくくった。

ここでも秋津州の影響力ばかりが益々浮き彫りになって、世界に溢れた数々の観測記事を裏付けていく。

多くの観測記事によって、今次の戦争の結果、他に懸絶した秋津州の国力が生み出す影響力は、最早いかなる国家といえども軽視することは出来なくなったことが喧伝されてきているのだ。

再び壇上に立った新田からは、この三つの国家の再建に秋津州国王が支援の手を差し伸べることが宣言され、それは一段と大きな拍手を以って迎えられた。

ある程度予想されたことであったとはいえ、これこそが誰しもが待ちに待った本格的な収束の始まりであったのだ。

あとはその支援の内容である。

北京・重慶・ハルビンにはその希望する場所ごとに、既に大量の支援物資の搬送が始まっていることと、中華人民共和国には二千億ドルが、チベット及び東トルキスタン共和国には、それぞれ五百億ドルが無償で拠出されることが宣言された。

合わせて三千億ドルもの巨額であり、会場の熱気が異様なまでに高まってしまったのも当然のことだったろう。

既にその搬入が開始されている支援物資にしても、その量が途方も無く膨大であることが明らかになるに連れ、依然推測の域を出なかった秋津州の豊富な農水産物の実在性を、一段と補強することに繋がって行った。

そして、貴重な動物性蛋白源として大量の冷凍鯨肉が出回り、のちに特殊な団体から非難を浴びることになるのである。

この特殊な団体の一方的な推論によれば、この地域に出回った鯨肉は、大型鯨類にして十万頭分にも達するほどのものであるらしい。

この非難の声に接して、秋津州は黙殺したが、中露の当局筋からとしておもしろい談話があった。

要するに、「そこまで非難するほどなら、代わりにその鯨肉に匹敵するほどの牛肉をプレゼントしてから言え。」と言うものであったと言う。

結局、鯨を保護している間に肝心の人間さまが飢えてしまえば、そもそも何のための議論なのか分からなくなってしまうことだけは明らかだ。


また、別に新たな事案として、チベット及び東トルキスタン共和国からも国土防衛と治安維持のためとして、秋津州軍の現地駐屯の要請が出され、これも中露のケースと同様の条件で秋津州が許容する旨が伝えられた。

毎月十五日にその駐屯請願書を中継することは、当の日本国政府も既に了承済みだと言う。

またしても日本政府が、重要なキャスティングボードを握ることになったようだ。

とにもかくにも、これで危うく断ち切られそうになったマーケットの循環構造が、北部朝鮮を除いて概ね復活する見通しが立った事になる。

これ等のニュースは瞬時に配信され、劇的な反応を呼ぶ。

一部錆び付いていたマーケットの歯車が、巨額のドルを潤滑油として与えられたことによって轟然と回り始め、その轟音が今にも聞こえてきそうであった。

秋津州の無尽蔵とも囁かれるさまざまな資源が、その回転を加速させていくことも目に見えている。

新田が記者の質問に応答するうち、突然国王が登場し満場の拍手に迎えられて登壇した。

王に密着していたメディアによると、若者はそれまで現地で治水工事の陣頭指揮を執って来ており、その完成を見るに及んで今戻ったばかりだと言う。

早速、五者代表が揃って基本合意書を国王に奉呈するセレモニーが執り行われ、その場面もアジアの新秩序を象徴するものとして、世界中の話題を呼んだのも自然な成り行きであったろう。

このあと五者の代表たちは、北方の山麓に設えられた集合墓地に参拝して、この一大イベントに幕を引いたのである。

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  1. 2005/11/03(木) 01:20:39|
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