日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 030

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一方、新設成った空港には当然の事ながら一般の航空機の姿は見当たらず、その一郭でSS六とSDのみが発着を繰り返しており、散見される銀色の機体は各国政府筋や報道各社にチャーターされた「SS六改」であったろう。

だが実際には、それら以外にもこの銀色の機体を多用しているものもおり、中でも多くを用いて格別の存在感を示しているのが米国に本拠を置くコーギル社だ。

株式非公開で財務資料は公表されてはいないが、七十五ケ国以上に事業所を構え、従業員数二十数万、総売上五千億ドルは下らないと囁かれる世界最大の穀物商社でもある。

その創業は千八百六十年、日本で言えば井伊大老が桜田門外で討ち取られた年であり、それが一世紀半を経たこんにち幾多の子会社と関連会社を従え、その事業も、農産物を始め、畜肉、食材、海運、金融、鉄鋼などと驚くほど多岐にわたっている。

そのコーギル社が以前からその拠点としてタイラーと同じビルの中に十数室を押さえており、既に十数人が駐在していたところに、またしても新たな人員が加わることになった。

側近とボディガードに囲まれて入国して来たその者の名はダイアン・コーギル、コーギル社十一世の現社主ウォーレン・コーギルの一粒種で、その全てを継承する者と言われている女性だ。

その入国の目的は国王との濃密な人間関係を結び、良好な提携関係を構築することに尽きており、父親の反対を押し切ってまでこの大任を果たそうとしていると言う。

その年齢も二十三歳と未だ若く、母はかつて美貌を以って銀幕を飾ったスターであったが、請われてコーギル家に嫁ぎ彼女を産んだが既に世に無い。

ダイアンはその生母をすら凌ぐと言われる美貌の持ち主で、莫大な資産の威力とも相俟って、異性からは特にもてはやされて育ち、自分に好意を持たない異性の存在など、想像することも出来ない人生を過ごして来た。

今回の作戦に当たっても自ら進んで行動を起こし、タイラーの仲介を得てひとたび謁見が叶いさえすれば、たちまちにして若き君主の心を捕らえる自信に溢れていると言う。

結局、依頼を受けたタイラーがそれとなくあたってみると、あの秋元女史が予想通り快諾してくれて、面目をほどこすことを得たのである。


また一方の京子にとっての関心事は、無論ダイアンやタイラーとは全く別のところにある。

もともとヒューマノイドとしての京子は、何を差し置いても秋津州の王統を守るべき使命を持って生み出されて来ており、しかも秋津州が太平洋上に移されて来てからは、荘園からの物資の運搬手段を確保することが絶対的な条件に変わりつつある上、三つの荘園との往来には、王の持つ特別の瞬間移動能力がどうしても欠かせない。

この特殊な能力の持ち主は、秋津州の過去一千年以上の経緯から見ても、王家の血脈の中にしか生まれて来たことが無く、だからこそ、傍目にはさも怪しげなものに見えてしまうこの作業が、マザーや京子にとってはいよいよ厳粛極まりない至上のものとなってしまう。

肝心の君主に異性に対する執着心が淡白であり続ける今、若者の男としての本能を呼び覚ますべく、さまざまな手段を弄して誘導しようとするのだが、例の米国ティームの美女たちが手ぐすね引いて待ち受ける専用の酒場にさえ一度として足を向けようとせず、ちょっとした余暇が出来ると、新田源一と差し向かいで毛脛を剥き出しにして飲むばかりだ。

また、せめて三人の侍女たちによって、王家の貴重な種子を採取させようと手を尽くすのだがそれすらも叶わないため、このままでは、この「聖なる大事業」が頓挫してしまうかもしれず、そうなれば守るべき秋津州が確実に滅んでしまう。

マザーや京子の使命が、全く蹉跌してしまうことになるのだ。

生物本来の生命を持たないマザーや京子にとって、この使命こそが言わば命と言って良いほどのものであり、彼女たちにして見れば、その主題を果たすためには手段など選んでいる余裕は無く、今もあれやこれや策謀の最中なのである。

そしてその折りも折り、世界のコーギルの後継者と目されるダイアン嬢の「特別の希望」が、タイラーを通して聞こえて来た。

女性としてはかなりの長身で百八十八センチもあると言うが、その美貌は、どのように批判的な視線を浴びせられても、決して揺らぐことの無いほどのものであることも知った。

それほどの美貌に出会えば、さすがの若者も、男としての本能を目覚めさせてくれるのではなかろうか。

無論、ダイアンの目的も理解している。

ビジネス発展のため、その美貌を武器に若者との濃密な人間関係の構築を望んでいることは確かで、そのために王に接近することを切望しているのであり、この点においても、京子の主題を果たすための条件に見事に合致している。

京子にしてみれば、相手の目的などどうでも良い、大切な若者の本能を目覚めさせてくれさえすれば良いのだ。

当然ながら、入国の大分前からタイラーの動きを察知して、膨大な事前調査を積み重ねて来ており、その調査によれば、高慢で我儘な性格が浮かび上がってくるのも宜なるかなではあったが、反面、意外に女性らしく心優しい一面をも併せ持ち、十代前半から、帝王学、経営学においても高水準の教育を受け続け、高い教養の持ち主でもあると言う。

交際中の男性の影も無く、生物学的な意味では完全な処女性を保っており、致命的な感染症のキャリアである恐れも全く無い。

また、当人の好みでもあろうか、護身術としてのさまざまな体術を学び、中でも剣道には強い執心を示し、わざわざ日本からその師を招いて練磨しているほどだと言い、その上最近では師匠をも凌ぐほどの上達ぶりらしく、なまなかの男が襲ったとしても、いとも易々と撃退し得る技倆を具えているようだ。

その上、この師匠の影響もあってか、日本の文化に対する理解もそこそこにあり、こと会話だけに限れば日本語での意思の疎通も充分可能だと言う。

京子は、これ等の情報を悉く吟味し尽くしたところで、いよいよゲストを内務省最上階の一室へ招くことにした。

なによりも先ず、自分自身が直接その審査をしなければならない。

三人の侍女を従え、一次試験に臨む試験官のつもりでいるが、内心試験官自身が受験生の合格を期待してしまっており、実質的には、事前審査だけでこの一次試験は通ってしまっていると言って良いほどで、それほどまでに京子の期待は大きい。

いよいよ、貴重な王家の血脈を紡ぐことが出来るかも知れないのである。

待つほども無く廊下に靴音が響き、仲介者のタイラーに伴われた期待のゲストが颯爽と姿を現し、試験官もまたじっくりと観察することが出来た。

実に稀な美貌である。

豊かなブロンドを後方できりりと纏め、薄く刷いた口紅以外化粧の気配は感じられず、予想していた豪華な装身具など全く見当たらない。

ダークグレーのビジネススーツの襟元から、純白のシャツの襟を覗かせ、タイトスカートの裾が充分にその膝を覆っているとは言え、踵の低いその靴はかなり活発な身動きをも許すだろう。

頭抜けた長身を全く屈めることも無く、凛とした姿勢を保ちながら歩み寄ってくる娘を見るに及んで、試験官自身が、この作戦の結末についての期待度を格段に高めてしまったのも無理は無い。

今、目の前で改めてタイラーの紹介を受けているダイアンは、確かにこの上も無く美しかった。

青い瞳と豊かなブロンドを具えた顔貌は、事前に見た映像のそれよりも、はるかに多く亡きマーベラを髣髴とさせ、京子の体内で同時実行中の多数のスレッドが、これこそが己の主題を果たせる可能性を秘めた女性だと、一瞬にして結論付けてしまっていた。

考えて見ればこれほど身勝手な話も滅多に無いが、これこそが、ヒューマノイドとしての京子の限界であったのかも知れない。

肝心の本試験の試験官は無論国王自身であり、若者の審査基準は若者にしか判らない。

だが、身勝手なヒューマノイドは、即座に謁見のセレモニーを行う心積もりでおり、肝心の若者にも既にゲストの来訪をさりげなく伝えてある。

その若者が、そろそろ帰館してくる頃合でもあるのだ。

だが、通り一遍の挨拶のあと、このゲストは一味違った行動に出た。

「ちょっと、失礼。」

おもむろに京子の背後に控える侍女の方に歩み寄り、その着衣をしげしげと観察し始めたのだ。

しまいには、直かに触れて見ながらその感触まで確かめている。

いずれの侍女も、素晴らしい光沢を湛えた純白のシャツブラウスと漆黒のスカートを裾長く着用して、優雅な微笑みを浮かべながらこの無作法に耐えている。

ゲストは、かなり綿密に観察し終えてから京子の前の席に戻った。

「素晴らしい布地ですわね。」

かなり強い興味を示している。

「そうでしょうか。」

京子の方は、この話題には興味が無い。

「化学繊維ですわよね?」

聞き様によっては、かなり礼を欠いた質問であったかも知れない。

「いえ、全て秋津州産の絹ですわ。」

「えっ、百パーセントですか。」

「はい。」

「実にエクセレントです。」

その光沢と言い手触りと言い、或いは優雅なドレープ性と言い、いずれをとっても超優良であると言う。

それはそうだ、ただの絹ではない。

「・・・・。」

「是非サンプルが欲しいです。」

早速ビジネスの種を発見したようだ。

「でも、これはビジネスには成りにくいわよ。」

「均一性とか量産性に問題でも・・・・。」

「それは問題ないけど、一切科学的な加工はしてませんから市場性は・・・・。」

コーティング等の加工を施していない本来の絹製品は、その取り扱いが難しい。

直射日光や摩擦にも弱く、雑に扱えば直ぐに変色したり毛羽立ったりしてしまう上、水気にも弱く、ちょっとした雨に濡れただけでも後始末がこれまた大変なのである。

「でも、お国の生産コストには競争力があるのでは無いでしょうか。」

「良くご存知でいらっしゃいますこと。」

確かに、マザーの生産ラインは、全てにわたって非常な低コストを実現している。

「でしたら、充分商品価値があると思いますが。」

「わかりました。のちほどサンプルを用意させて頂きますわ。」

京子としては、一刻も早く話題を変えたいだけなのだ。

「ありがとうございます。」


国王と京子の間の特殊な通信。

王は四階にある公的執務室にいるが、たった今、開拓工事の現地から戻ったばかりだ。

「陛下、おかえりなさいませ。」

「うむ。」

「ミス・コーギルをお連れしたいと存じますが。」

「うむ。」

「それでは、早速に。」

この音声を伴わない特殊な通信は、当然、目の前のダイアンやタイラーの耳には一切届くことは無い。

「只今、陛下がお戻りでございますわ。」

ダイアンにとって京子の物言いは唐突そのものであり、国王の帰館の気配など何一つ感じ取ることは出来ない。

「えっ、はい。」

きょとんとするばかりだ。

「それでは、早速お目にかかることにしましょうか。」

「はいっ。」

大成功だ。

娘自身、思わず胸の高鳴りを抑えきれずにいる。

少なくとも、今日お会い出来るとは思っても見なかったのだが、それこそが今回の入国の目的であり、とにかくターゲットに直接対面出来さえすれば、あとはかなりの部分、こちらのペースでことを運んでいける自信がある。

国王といえども男であることに変わりは無く、それも、未だ二十歳前の若さだと聞く。

自分ほどの者に好意を持たない筈は無いのである。

仲介者としての役割を終えたタイラーをその場に残し、エレベーターで四階に降り、しとやかに歩む侍女たちとともに長い回廊に足を踏み入れたが、国王の公的なスペースと聞くこの四階でさえ一人の衛兵の姿も見ることは無く、ただただ、ひっそりと静まり返っている。

秋元女史に従い、真紅の絨毯を踏み長い回廊を通り抜け、無人の次室らしいスペースを通過して、ついに目指す執務室とやらに入ったようだ。

接見の場としては、多少不向きではないかとも感じられたその部屋には、突き当りに見るからに無骨な執務机があり、そこから今、一人の若者がのっそりと立ち上がるのを目にした。

護衛官と思しき軍服姿の男性が長剣を吊り、謹直そのものの姿勢で、ただ一人侍しており、続いて入室した侍女たちは揃って壁際に立ち、すかさず主命を待ち受ける態勢をとったようだ。

多少の緊張感を覚えながら、導かれるままに部屋の半ばまで進むと、軍装をつけた若者もゆったりとした歩調で歩み寄ってくる。

頑丈そうな編み上げタイプの軍靴が、くるぶしの上部までをがっしりと覆っているのを見るにつけ、この若者がまだ戦闘中の国軍の総帥であったことに改めて思い至った。

くどいようだが、当の秋津州は未だ戦争中なのだ。

講和作業が一切なされないままの敵国がいまだに存在しており、国王はその敵国領土に圧倒的な大軍を派遣して、その抵抗を完全に封じたまま依然状況が膠着していると聞くが、目の前の若者がその総指揮を執っていることに、一片の疑いも差し挟む余地は無いのである。

「陛下、ミス・コーギルをご案内申し上げました。」

傍らから京子の紹介を受けると、日焼けした顔に柔らかな笑みを湛えながら若者が握手を求めてきた。

「ダイアン・コーギルと申します。」

「秋津州へようこそ。」

野太い声が応じて来た。

「お目にかかれて、とても光栄でございます。」

儀礼的な挨拶を交わしながら握った手は思ったより柔らかく、見返すとこちらよりも幾分高い位置に相手の目があり、アジア系としては頭抜けた長身だと言う事前の情報を裏付けていた。

彫りの深いその顔立ちは、端正であると言えなくもない。

鉈で断ち割ったような鋭い線を描いている頬、がっしりと意思の強さを感じさせる顎、そこには今朝も剃ったであろう剃り跡が既にかなりの影を見せ始めており、太い眉の下の黒々とした瞳が炯々として胸の奥まで射抜かれるようであった。

事前に幾たびも見ていた報道映像のそれよりも、今目の前で見る実像は、なお一段と男らしさを感じさせるものであったのだ。

「それでは失礼する。」

次は椅子を勧められるものとの身勝手な予想が見事に裏切られ、若者はあっさりと背を向けてしまった。

招き入れた訪客に対して、明らかに非礼な行為であったろう。

せめて退室を見送ってくれるくらいのことは期待していたものを、部屋のあるじは執務机に戻り書類に目を通し始めたのである。

もう、接見は済ませたのだからさっさと引き取れと言わんばかりで、全く取り付く島も無い冷然たる態度であって、娘にして見れば何が起きたのか理解することが出来ず、一瞬呆然としてしまったのも無理は無い。

気を取り直して秋元女史の方に目で救いを求めて見たが、彼女はかすかに首を振るばかりで、その目は哀れみを浮かべているようにさえ感じてしまった。

王と京子の間の特殊な通信

「陛下。」

「うむ。」

「しばらく、ご歓談なさればよろしゅうございますのに。」

「早く書類を片付けて、一風呂浴びたい。」

「では、ご入浴ののちに?」

入浴を済ませてから、改めて招こうと言うのか。

「うむ、新田の部屋で酒だ。」

一刻も早く新田源一と酒を酌み交わしたいと言う。

「かしこまりました。」

もう、仕方が無い。

若者にはダイアンに対する特別な興味など少しも湧いて来ないらしく、こればかりはさしもの京子にもどうすることも出来ない。

それに秋津州の王としては、しきりに接見を願ってやまない一民間人に単に接見を許しただけのことであって、それ以上の気遣いをしなければならない理由など無いと考えているらしい。

現に接見を願って来る外国人は山ほどにあり、この娘にしても、伝(つて)を頼りに押しかけて来た一アメリカ人と言うだけの存在であった。

ましてこの娘は、大コーギルの後継者として、おのれに都合の良いビジネスパートナーを探しているに過ぎず、若者にしてみれば、「そんなものいくら探し歩いても、この秋津州には落ちていないよ。」とでも言いたいところだったのだろう。

結局、京子の身勝手な作戦は、又しても失敗に終わってしまったことになる。


京子に見送られ、全く為すすべも無く退出する羽目になった娘は、当初こそ非常な落胆を覚えたが直ぐに猛然と腹が立って来た。

そしてそれは、自分でも驚くほど激しい昂ぶりだったのだ。

それこそ目も眩むほどの怒りの中で、つい今しがたの屈辱的な光景が甦ってくる。

その光景の中で、あの憎い男はこの私を見事に無視した。

これほどの天賦の美貌を、ろくに見ようともせず、目の前のこの私をあの男は冷然と見捨てたのである。

女として、これ程屈辱的な扱いなど受けたことも無い。

こんなバカなことはありよう筈も無く、又あってはならないことなのだ。

身勝手と言われようが何と言われようが、過大な自尊心が粉々に砕け散ってしまったのは確かであり、こうとなれば、あの男を自分の足元にひれ伏させてやらなければとても気がすまない。

例え、どんな手段を使ってでも振り向かせて見せる。

絶対に、一度はあの男を私の虜にして周りに見せ付けてやる。

あの傲慢な男の心を引き付けるだけ引き付けて置いて、今度はこっちから、思い切り冷たく突き放して泣きっ面をかかせてやる。

そうしてやらなければ、こっちの気が収まらないのだ。

まあ、あの男が完全にこっちを向いてくれれば、ちょっとぐらいは優しくしてやっても良いけど。

でも、こっちとしては、あんな男など好きでも何でもないのだ。

あんな高慢で無礼な男など、この私が本気で好きになるなど有る筈が無い。

一国の王であることを除けば、あの程度の男などいくらでもいるじゃないか。

などととつおいつしながら、自分の周囲にいる男達の顔を脳裏に思い浮かべて見るのだが、浮かんでくるのは逞しく日焼けしたあの男の顔ばかりだ。

その顔が又、癪に障るほど余裕の笑みを浮かべているのである。

全く、何て無礼なヤツなんだろう。

それも、未だたったの十九歳だと言うではないか。

未だ子供じゃないか。

いや、ひょっとしたら本当の意味で私を無視したのでは無いかも知れない。

わざと無視する振りをして、こっちの気を引こうとしているのかも知れないのだ。

だとすれば、何てずるい男なんだろう。

許せない。

それに、あの三人の侍女たちも曲者だ。

ひょっとして、あの中にあの男の恋人がいるとでも言うのかしら。

そうなるとその娘の手前、心ならずも、あんな態度をとらざるを得なかったのかもしれない。

いや、きっとそうに違いない。

そうでなければ、この私にあんな態度を取れる訳が無い。

たしかにあの三人の侍女たちは、私ほどではないにせよ、揃いも揃って美しく、ノーブルと言って良いほど典雅な立ち居振る舞いを見せていた。

あの男の恋人は、あの三人のうちの「どの娘(こ)」なのかしら。

タイラーやNBSからの情報によれば、王はマーベラとか言うかっての恋人をいまだに追慕していて、それこそ新しい恋人などは考えられない筈だと言う。

どういうわけか、私がそのマーベラに面差しが似ているとも聞いた。

冗談じゃない、私はダイアン・コーギルよ。

マーベラだか何だか知らないが、そんなモノの代役なんかであって堪るもんですか。

考えれば考えるほど、腹が立ってくる。

ついには、側近の者たちにまで当り散らしてしまっている自分を発見して、自己嫌悪に陥ってしまっている自分にも又腹が立つ。


一夜明けて、何とも言えず味気ない想いを連れて朝が来た。

思えば、昨日までの自分は、何でも持って満たされていた。

欲しい物は、何でも手に入れることが出来ていた筈だったのである。

ところが、今朝の自分はどうだ。

全く満ち足りてはいない。

まるで、何一つ持っていないような気分なのだ。

専用のジェット機や飛行場でさえも、それこそ莫大な経費を負担しながら所有してはいる。

自分の側近やシンクタンクにかける費用だけでも、年間数億ドルは下らない筈だが、それらのものも今は全く色褪せてしまっている。

そんなものに一体どれだけの価値があると言うのだ。

自分の本当に欲しいのは、傲慢極まりないあの男なのだ。

とにかく、どんな犠牲を払ってでもあの男が欲しい。

今となっては、大コーギルの絢爛たる巨城ですら砂上の楼閣に過ぎず、例えどんなに豪華に飾り立ててみたところで、一番欲しいものは決してその中には含まれていないのだ。

しかも、あの男の富は流動資産だけで数兆ドルとも言われ、その上所有する地下資源に至っては、ほとんど無尽蔵と言う評価を下す者までいるのである。

つまりはあの男は、コーギル程度の富になど、特別の魅力を感じることの無い種類の人間だったのだ。

逆にあの男の出方一つで、こちらの方が大打撃を蒙る可能性があるほどで、仮にあの男が、他の穀物メジャーのいずれかと手を結ぶようなことにでもなれば、たったそれだけのことでコーギルのプレゼンスは一気に凋落してしまう。

いや、あの男のことだ、特定の相手と手を組むとは考え難い。

全て単独でマーケットの主導権を握り、なおかつ力技を用いて、派手に振り回せるだけの出荷能力と出荷情報とを占有している男だ。

強引な出荷調整を恣意的に行えるフリーハンドを持っている以上、わざわざ、その手の動きを封じてしまうような提携などする筈が無いのである。

例のユーラシア方面への穀類の放出実績は、マーケットを震撼させるほど膨大であったことが知れ渡っており、あの男がマーケットに与える影響力の巨大さは疑うべくも無いからだ。

問題は、その物量だけでは無い。

真に恐るべきは、その作付けや作柄についての情報が、一切掴めないことなのだ。

今までも散々苦心して来たけれど、これに関するデータが洩れて来たことは一度も無く、あの男の側近からの情報収集も絶望的であり、官僚や国民議会の関係者にいたっては、肝心の情報を知らされてもいない気配だし、日本人である新田源一は外交に関する一次情報を握ってはいても、荘園の産品に関しては極端に弱そうだ。

残る大物は、例の秋元女史を含めた五人姉妹だが、これもさまざまの手立てを用いてアタックさせてみたが、この姉妹には信じられないほど虚栄心や我欲が感じられず、カネは勿論、ハリウッドの美男スターを紹介しようとしても全く興味を示さない。

もっとも、彼女たちはとうに充分豊かな資産を持っており、それに見合うだけの堂々たる納税実績もある上、彼女たちの富の源泉も又多様な秋津州産品だ。

その秋津州産品を握っている者こそあの男であり、要するに、全てあの男次第だと言うことになってしまう。

この意味一つとっても、あの男は既に傲然たる姿で市場に君臨してしまっており、穀物、石油、鉄鋼、各種非鉄金属等々どれをとっても、決してその例外では有り得ない。

一方で、世界に覇を唱え得るほどの強大な軍事力を持ち、おまけに誰にも真似の出来ない高度な科学技術まで持っており、その上、その情報収集能力もずば抜けているようで、既存の技術とは一線を画す独自の通信手段まで持っているらしい。

盗聴や妨害工作を受けることの無い、独自の通信手段を持つと言う事は、このこと一つとっても世界を制するほどの威力を秘めている筈だ。

つまり、私が欲しがっているあの男とは、こういう男だったのだ。

ふいに、あの底光りする目が心に浮かんでくる。

今にして思えば、あの目はこちらの意図など全て見通していたに違いない。

私がコーギル社の後継者として、ひたすらビジネス追及の一手段としてアプローチを図ったことも、当然全て見抜いた上でのあの対応だったのだ。

あの男から見て、コーギル程度の存在は大した脅威にもならない筈で、結局あの男は、このあたしには単に興味が無いだけの話なのかも知れない。

あたしのことなど道端に転がっている、ただの石くれにしか見えないのだ。

そう思った途端、言い知れぬ淋しさが込み上げてきて、胸の奥のほうで、ひゅうひゅうと風が泣き始める。

瞼の裏が熱くなり、自分こそ世界一可哀そうな女であるような気さえしてきて、一旦溢れてきた涙はもう止められなかった。

枕を顔に押し当て、わらべのように声を上げて慟哭してしまっていた。

泣くと言う行為が、益々強い寂寥感を連れて来て、何故かしら心地良く感じたことも確かだ。

嗚咽しながら想うのは、ただあの男のことばかりで、想えば想うほど自分が嫌われているように思えてしまう。

あの男の冷たい目は、確かにこのあたしを拒んでいた。

あたしがこんなに想っているのに、あの男はあたしのことが嫌いなんだ。

絶対そうに違いない。

もう駄目だ。

ひたすら哀しい。

もう死んでしまいたい。

あとからあとから自分でも呆れるくらいに涙が吹き出てきて、辛かった筈の想いが、いつの間にか甘美なものに変わってしまっていることに気付いた頃、やっと涙が止まってくれた。

泣きはらした目を見開き、呆然と天井を見上げながら、じっと自分自身の心を見つめ直してみる。

そこにしんと静まっている心が、改めて自分にとって一番大切なものをしっかりと見極めるよう命じていた。

いまさら、何を言ってるんだろう。

そんなこと、最初から決まってるじゃないの。

そこに不思議なほど迷いは無く、胸の中にあの顔を思い描くことが出来ていることがとても誇らしく思えてくる。

例え、あの男の妻になることは出来なくても、それはそれでいいのだ。

一生片思いのままでも、きっとこの想いが変わることは無いと思えて来て、もう自分自身の胸の中では、あの男が夫としての姿で、ゆったりと座っていてくれることが限りなく嬉しい。

そして、胸の中の夫が今何を望んでいるのか、その夫の望みを叶えることに手を貸すことこそが、即ち自分自身の歓びでもあることに気付かされていたのである。

あたしの夫たるべき人は、世界に誇れる人なのだと大声で叫びたいほどだ。

自分の今までの人生で、異性に対してこれほど強い想いを感じたことなど一度も無い。

とにかく、只の一度も本気で異性を異性として愛したことなど無かったのだ。

それがどうだろう。

今朝の自分は、昨日までの自分とは明らかに違うと感じることが出来ている。

男と言う男は、全てこの美貌と財力の前に膝を屈する者であると言う驕りは、胸の中からあっさりと姿を消してしまっていた。

事実、こちらから積極的なアプローチをかけてみても、嬉しそうな顔一つしない男に出会ってしまったのだ。

胸の中のその男の顔と向き合って、まるで少女のように語りかけてみる。

「陛下、お早うございます。」

胸の中の男らしい顔が、無言のまま、にっと微笑んでくれて、もう、それだけで満ち足りてしまっている自分がいじらしくもある。

自分自身が十歳近くも若返ってしまったような感覚がさっきからずっと続いていて、半分は未だ夢の中にいるのかも知れない。

その時、ノックの音が響き、ふいに現実に引き戻された。

「はい。」

時間から見てメアリーに違いない。

「おはようございます。」

にこやかに入ってきたのは、案の定メアリーだった。

彼女は母の女優時代からのアシスタントであり、四十六歳になった今もダイアンの最も身近にいてくれる、言わば母代わりと言って良い存在なのだ。

本人は子供を持てなかったためもあってか、ダイアンに注ぐ愛情はそれこそ実の母親のそれと少しも変わらない。

それに、ダイアンにとって何でも言える相手でもあった。

「きょうは、誰とも会いたくないわ。」

「はいはい、わかりました。」

メアリーは、我がまま娘の泣きはらした目をちらりと見て、軽く受け流している。

「ほんとよ。」

「はいはい、とりあえず、シャワー浴びてらっしゃいな。」

「はーい。」

我がまま娘も、メアリーにかかってはまるで子ども扱いだ。

シャワーを浴びて、さっぱりした気分で軽い朝食をとる。

メアリーは、大切な娘に何かしらの異変が生じつつあることを十分に察しているくせに、何も尋ねようとはしない。

「お父様には内緒よ。」

敢えて、こちらから口火を切ってみる。

「・・・。」

わかってるわよ、とでも言いたげにその目が笑っていた。

「何があったのか、どうして聞かないのよ。」

「昨晩お帰りの時は、かなり苛立ってらしたわね。」

「うん。」

「そして、今朝はべそをかいていらっしゃる。」

「それで?」

「昨日は何か、とても悔しいことがおありだったのね。」

「それから?」

「そして、今はとても嬉しそう。」

「ふふふ。」

「とても悔しくて、そして嬉しいことって・・・。」

メアリーも楽しそうに相手をしてくれている。

「言っちゃおうかな。」

我がまま娘も楽しそうだ。

「聞いちゃいますよ。」

「決めたのよ。」

「はい?」

「結婚。」

「はあ?」

「結婚を決めたって言ってんの。」

「それはそれは、おめでとうございます。」

「驚かないの?」

驚いてくれないのが、多いに不満なのだ。

「お相手の方は?」

「わからないの?」

「うーん、わかりませんねぇ。」

「意地悪っ、わかってるくせに。」

我がまま娘は、言葉遊びを楽しんでいる。

「でも、一度しかお会いしてない筈ですわよね。」

「ほらぁ、やっぱりわかってんじゃない。」

「初めて会ったばかりでプロポーズなさるなんて、陛下も・・・。」

「あら、プロポーズなんてされてないわよ。」

「じゃ、こちらからなさったの?」

「いいえ、あたしが勝手に決めてしまいましたの。」

我がまま娘は、メアリーには何でも言えてしまうのである。

「じゃぁ、これから苦労なさるわねえ。」

「うん、わかってる。」

「陛下は、どう仰ってらっしゃるのかしら?」

「何も。」

「何もって?」

「だから、何も仰ってませんっ。それどころか、嫌われちゃったみたい。」

「あら、まあ。」

「でも、いいの。もう決めちゃったから。」

「では、何か作戦を考えなければなりませんわね。」

可愛くて仕方の無い我がまま娘が、二十三にもなって、それこそ生まれて初めて恋に目覚めたのである。

それも、どうやら本気のようなのだ。

母親代わりとしては、何としてでも、その恋を成就させてやりたいと思うのが自然の情であろう。

まして、その相手たるや、自分の目にさえ実に男らしく清々しいものに写るのだ。

その上、いまや合衆国大統領をさえ凌ぐ「力」を持つと評されている。

まして、国王に選挙など無用であり、超独裁とは言いながらこの国にクーデターの起きる気配は無いと言う。

ますます、お相手として不足は無いのである。

コーカソイドでないと言うところだけが、ちょっぴり減点ではあるが、総合点では文句の付けようが無い。

また、往々にして異民族間の婚姻の障害となることの多い「宗教」に関しては、あまり心配は無さそうだ。

コーギル家は一応、代々「プロテスタント」の家筋ではあるが、その宗教的慣習の実態も、近年かなり形骸化してしまっている上、コーギル家の交際範囲は途方も無く広く、その中には多様な宗教観を持った多様な人々が存在する。

それらの人々との間で、良好な人間関係を構築することが余程優先されるべきことであり、固有の宗教的戒律やそれに伴う風俗習慣の違いに拘泥する考えは、大幅に希薄になってきているのだ。

一方の秋津州王家は、今まであまり大きな話題になってはいないが、間違いなく「神道」の家筋だと思われる。

王家の家祖自体が秋津州神社に祀られているご神体だとも聞いており、国王が改宗することなど、まず有り得ないと考えるのが自然だろう。

その両者の婚姻となれば、どちらかが改宗するのが自然だろうが、その場合、ダイアンの方が譲歩しさえすれば、全てが円満に運ぶこともはっきりしている。

メアリーとしても、精一杯集めた少量の予備知識を総動員して思案せざるを得ないのだが、その思案の中身がどの程度の現実感を伴っていたかは疑問だ。

当の我がまま娘は、複数のシークレットサービスを引き連れて、たった今、颯爽とジョギングに飛び出して行ってしまったが、こののちのメアリーは俄然秋元女史に接近を図り、そのか細いパイプの強化に努めることになる。

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  1. 2005/11/03(木) 06:18:38|
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