日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 032

 ◆ 目次ページに戻る

十一月の初頭、首都において長らく工事中であった、国内有数の建造物がついにその落成をみることになった。

例の、秋津州ビルである。

壮大な関連施設の中でも本館とされるこの建物の原型は、その他の多くの施設とともに天空から搬入されてきたもので、地上六十階、地下四階の威容を誇る。

秋津州商事の所有になるこの巨大建造物は、大容量の光ファイバーを多数引き込み、巧妙にパイピングが施されていて、つい先ごろまでの牧歌的な風景からはあまりにもかけ離れた、最先端のインテリジェントビルと呼べる機能を持ち合わせていたのである。

建物自体、一辺の長さが二百メートルもの正方形を形づくり、その内側には中庭としてのスペースもかなり大きく確保されている上、二十五万平方メートルにも及ぶその敷地は東京ドームの五倍強ほどの広さを持ち、二つの別館や近代的な医療施設、そして多くの緑地帯などが充分なゆとりを持って配されてもいる。

落成に伴う特別のセレモニーこそ行われなかったが、その完成が世界に与えた影響は決して小さいものでは無かった筈だ。

既に、据え付け工事のさなかからその賃借の申し込みが殺到していたからだ。

落成に伴い各国の政府機関などが先を争って入居を果たし、かなりの機材を搬入した模様で、中でも米国代表部の責任者トーマス・タイラーなどは、飛び抜けて広範なフロアを確保した上、先進的な機器を数多く取り揃え、その属僚にしても大幅な増員に成功していた。

実は、ワシントンでは新たな属僚たちの入国許可の可否が別して問題視されていたのである。

過去の微妙な経緯もあり、果たしてそれが順当に得られるものか密かに危惧されていたのだ。

また、日本政府の派出した駐在員も軽く二百名を超え、とりあえずその形式的な代表は外務副大臣が兼務と言う話になったが、これをしも実質的には新田源一が務めざるを得ないだろう。

これ等多くの入居者たちが例のSS六改で我先に入国を果たし、さまざまな機器を搬入するさまも騒がしく、その勢いから見て、年明け早々には、入居する代表部は軽く百五十を超えると囁かれたほどだ。

この現象は、秋津州により一層接近することを望み、そのための本格的な拠点を持ちたいと想う国々の多さを、端的に表していると言って良い。

このころには、国別TLD「.ak」や種々の「gTLD」のサーバーも整備され、複数のプロバイダーが秋津州商事の傘下で立ち上がってきている上、前以て用意されていた二十四の陸揚局の一部には、既に十八本もの海底ケーブルが到達しており、現在もまだ新たな海底ケーブルの増設中だ。

内陸部における情報通信に関するインフラは、海底ケーブルの敷設工事に先行する形で整備がなされており、これで国際電話回線はおろか、一般的なインターネット開通の要望にも充分応えられる態勢が整った。

多くの国の公的機関が秋津州に拠点を構え、それに伴って各国の秋津州詣でも一層活発化し、新田源一の多忙さに一段と拍車をかけることも目に見えている。

くどいようだが、公式、非公式を問わず国交樹立の申し入れが無数にあるにもかかわらず、秋津州はいずれの国家とも一切の条約を結ぼうとせず、継続的な効力のあるものに限っては、一片の外交文書すら他国に渡したことが無い。

米英仏辺りからは、国連への加盟についても繰り返し打診があったが、国王と新田の間では、その全てに対する謝絶の方針が貫かれていた。

公式の理由など無論明かされてはいないにせよ、二人が「国連」や「国際法」などと言う概念を否定的に見ていることは確かで、殊に若者は秋津州の王として、他国が勝手に定めている一切の法理に拘束されることを拒み、超然として孤高を持する覚悟を固めているとされる。

また、国際慣行にそぐわないことながら、一部の国からは、片務的に大使を派遣したい旨の申し入れまであったと言うが、若者はこれをも謝絶したと言われ、その国内には一切の治外法権を認めないとでも言いたいのだろう。

だが、それらの国々の希望も、実質的には叶えられているとする見方もあった。

秋津州ビルの中の各国の現地代表部が、実質的な大使館の機能を果たし得る環境が、既に立派に存在していると見られるからだ。

その意味では、秋津州ビルに百十カ国ほどの大使館が存在していることになり、今後益々増加していくことも目に見えており、条約など一つも結ばれていなくても、いまや秋津州は優に百十カ国以上と国交があることになり、特命全権大使としての信任状奉呈式こそ行われてはいないが、各国の駐在事務所の代表が、通常の大使以上に重い責務を負って活動していることは確かだろう。

この秋津州の首都は、既に華々しい外交の場となったのだ。

台湾共和国も又その財力を背景に堂々たる事務所を構え、相当規模の『外交団』を駐留させて積極果敢な動きを見せ始め、やがてその真意が目立って取り沙汰されるまでになった。

どうやら、チベット、東トリキスタン、モンゴル、ロシア、中国、韓国などに対して何らかの働きかけを行っていると言うが、これ等六カ国は、全て秋津州の支援によって救われたものばかりであり、一方の台湾はと言えば、今回の紛争を純軍事的には全く無傷のままでやり過ごしたことに加え、実質的な独立まで宣言することに成功しており、その余勢を駆って俄かに積極外交に打って出たことになろう。

その外交方針は、自ら「秋津州体制」と称する一大気球を高々と打ち上げ、その気球にさまざまな装飾をほどこそうとするものであるらしい。

アジアには、秋津州から多大な恩沢を受けることによって、辛うじて国家運営が保たれている諸国家があり、彼ら台湾外交団の夢想する「秋津州新体制」とは、この諸国の協調体制の謂いなのだと言う。

自らがその新体制の指導的立場に立つことにより、その体制の中における求心力と影響力を高めようとしていることは明らかで、自国の独立性を、改めて大陸側に承認させることを第一の目的としているのだろう。

当然予想される反発を封じ込めるためにも、他の五カ国のうち一カ国でも多く自らの陣営に引き込みたい。

更にこれ等の力まで背景に加えることによって、自らの目的を達成する心積もりなのだろうが、肝心の秋津州側に対する工作として、新田源一の耳に繰り返し囁き続けていることがある。

それは、「来たるべき新秩序として、秋津州を中心とした連合体制を、全力を以って構築すべく努めたい」と言う一言であったと言うが、この手前勝手な構想が、そのまま進捗することを良しとしない者もいる。

当然であったろう。

この構想に連なる各国は、強大な秋津州の求心力を前提とした新秩序の構想と言う点に限れば、おうむね異論は無かったと言われるが、当然ながら各国共にそれぞれの思惑があり、それはそれで独自の動きをすることになる。

殊に中露二カ国が新田への急接近を図り、一層足しげく新田のオフィスに通い詰めるようになった。

無論、中露ともに、秋津州を盟主とする秋津州体制構想の支持論者であることに変わりは無い。

ただ、それぞれの構想の中における自らの占めるべきポジションが異なっているに過ぎず、早く言えば、中露台の三者は、その盟主の座は望むべくも無いが、ナンバーツーの座だけは譲れないと主張して已まないのである。

自然、三者は新田を取り込もうとして、熱く遊説を繰り返すことになるのだが、新田にしてみても、うかつに言質を与えてしまうほど愚かではない。

王の意思であるとして、「いかなる諸国も善隣友好の精神をもって、互いに交遊をなすことはまことに喜ばしい限りである」と繰り返すばかりだ。

要するに、他の諸国が互いにどのような交遊をしようが王に興味は無く、言わば「そんなことは好きにすれば良い」と言っているに等しい。

少なくとも、新田は周旋も調整もしようとはせずひたすら超然としている為、中には、秋元女史にまで直接熱弁をふるう者まで現れて、この問題もいよいよ以て熱を帯びてきているようだ。

また、忙しく駆け回る台湾外交団は、韓国にも声をかけてはいたのだが、その反応は微妙に鈍いものであったらしく、殊に最近では、秋津州が放射して見せる強大な求心力に対しては否定的な姿勢すら垣間見せ、少なくとも明白な肯定の意思表示を避け続けていると言う。

一説によると、韓国当局は「秋津州体制」などと言うものに対しては、嫌悪感すら抱いている気配まであり、最近では他の国も、敢えて韓国を引き入れようとする熱意を失いつつあるようだ。

韓国以外の当事者たちが、「韓国当局はいったい何を考えているのか。」と訝しむまでになって来ており、一部には、或いは反秋津州路線を模索しているのではないか、と言う見方まで出て来る始末なのだ。

なにしろ、現在のアジアを鳥瞰してみれば、韓半島の北半分は秋津州のれっきとした占領地であり、中露はもとよりモンゴル、チベット、東トリキスタンまで言わば秋津州の事実上の衛星圏なのだ。

台湾に至っては自ら進んで衛星国たらんとしているようなもので、加えて、日本と秋津州とは特別に親しい間柄であり、現に、日本の現職の一外務官僚が秋津州の実質的な外交を担っていると言う重い事実まである。

つまり、韓国が反秋津州のスタンスをとる場合、地政学上全方位に亘って、最初から包囲されてしまっていると言って良い。

極めて単純と思えるこの国際情勢の色分けは、それこそ子供にでも理解できる筈なのだが、現実には韓国政権の支持率が悲惨なまでに下降線をたどっており、その延命のために、なり振りかまわず世論に迎合する必要が生じてきていると言う説もある。

不思議なことに、このころの韓国国民の間には、如何にも景気の良い反秋津州論が渦を巻いていたのである。

この身勝手な反秋津州感情は、同胞である北部朝鮮に対する占領が長期化してしまっていることを発火点としているとも言われており、そのため大統領自身も、反秋津州路線ともとれる発言を繰り返してきていて、今になって、その軌道修正に苦慮しているのではないかとも囁かれている。

しかし、つい先ごろも、韓国を滅亡の瀬戸際から救ったのは他ならぬ秋津州だった筈だ。

それも、秋津州側には救いの手を差し伸べてやる義理など全く無かったのである。

その国は秋津州に対する領有宣言まで行った相手であり、ごく普通に言って秋津州にとっては明白に敵国だった筈なのだ。

にも拘らず、秋津州は世界が瞠目するほどの手厚い支援を行ってきたことは隠れも無い。

しかし、いつもながらその国の国民は報恩の念など微塵も抱くことは無く、過去において蒙った大いなる恩沢などは、かの国の人々の記憶にはそのかけらさえ残ってはいないのだろう。

それどころか、秋津州風情に救いを求めねばならなかったと言われることに、我慢がならない様子ですらある。

つい最近のかの国の解釈では、あの時の支援は本来必要の無いものであったものを、秋津州が強大な軍事力を背景にして強引に韓国の内政に介入し、韓国側が頼みもしない支援を行ったことになっていると言う。

それもこれも彼の国の国民性だと言ってしまえばそれまでの話ではあるが、いずれにしても、韓半島を覆う不透明感はいや増すばかりであることに変わりは無い。

だが、メディアが韓国の筋違いの恨み言について盛んに書きたてたこの時点ですら、秋津州からはいかなるアナウンスもなされることは無く、若者自身これ等の騒動なぞどこ吹く風と言った風情で黙々と額に汗していた。

そして、そこには手作りの弁当を運ぶ健気なダイアンの姿も時折り見られ、二人が並んで昼食を摂る光景が米国紙の一面を飾ることさえあると言う。

乳母のメアリーにしてみれば、益々気苦労が絶えない。

最近のダイアンは、警護のためのSPも連れずに行動することが多く、国王の弁当のための食材にしても、わざわざ自ら出向いて選んでいるほどで、近頃では、メアリーのつきっきりの指導の甲斐あって料理の腕もあげてきており、たまには陛下を夕食に招きたいなどと無邪気に言い出す始末だ。

今回、進んで秋津州に入るまでは、いや、国王と言う男性に会うまでは唯の一度も料理などしたことが無かった娘がなのである。

また、かねてより念願だった剣の道場も新たに一階に確保し、以前からの剣の師匠を改めて招いた上、日々の鍛錬を怠らない様子からも並々ならぬこだわりが伝わって来ており、本気でこの地に根を生やすつもりでいるのかも知れない。

娘の溌剌とした姿を横目にしながら、日々秋元女史との連携の強化を計り、近頃では、国王の私的空間である最上階への出入りに際しても、全く制限を受けずに済むまでになった。

王の帰館情報でさえ手軽に得られるようになり、その度ごとにダイアンの背中を押してやっているのだが、驚いたことに、このような特別待遇を受けている者が、自分たち以外にも大勢いて、偶然その者たちと鉢合わせしてしまったことさえあったのだ。

メアリーの知る限りそれは妙齢の美女ばかりで、それとなく秋元女史に尋ねてみても、上品に笑うばかりで一向に埒が明かない。

とにかく、直接見かけただけでも十人はくだらないのである。

その全てが贅を尽くした衣装や装身具を身につけ、艶麗に化粧をしたものばかりで、どの女もそのままの姿で街を歩けば、男の視線を釘付けにすること間違いなしと思われる者ばかりだ。

メアリーならずとも、この女たちの正体は気になるところであったろう。

当然、使える限りの人手を使って調査を命じた結果、おぼろげに浮かび上がってきた幾つかの信ずべき事実がある。

彼女たちはNBSの関連企業と任意に契約したジャーナリストであり、国王についての情報収集を主たる任務としていることも確認済みだったが、その報酬も又破格のもので、成果によっては巨額の特別報奨まで用意されているらしい。

だが、集められた情報からは、彼女たちがジャーナリストである所以など、少しも汲み取ることは出来ないのである。

現在、その総数は四十一名だとされているが、呆れたことにその中で調査済みの全員が、ジャーナリストとしてのキャリアなど、全く持ち合わせてはいなかったのだ。

加えて、彼女たちのポートレートを見る限り、揃いも揃って若さ溢れるものばかりで、なおかつ、かなりの比率で人目を引くほどの美形のものがおり、はっきり言えば、その全員が美女だと言っても通るほどなのだ。

メアリーでなくとも、彼女たちの本当の任務の何たるかは察しがつく。

現在までに入国を果たしたメンバーは延べにして五十名ほどもあり、その後秋元女史からの勧告によって、十名ほどが帰国を余儀なくされたと言う。

その適格性についての審査基準を持つのは秋元女史その人であり、その秋元女史からの勧告を受けるのは、どうやらNBS側ではなくタイラー補佐官らしいのだ。

また、その任務を解かれて国外退去の憂き目をみた女性たちには、ほぼ共通の理由らしきものがある。

一口で言えば、それは当人の異性関係にあったらしい。

滞在中異性の誘いに乗って男女の交際をしたものが、悉く勧告の対象になってしまったようで、このことから見ても、秋元女史の目論見がどのようなものかも容易に察しが付く。

彼女の本心は、ただただ王の世継ぎが欲しいだけなのだ。

そのために、王の興味を引きそうな女性を積極的に誘引し、少しでもその可能性を広げようとしているに違いない。

あの三人の侍女たちにしても然りだ。

それも、対象の女が身ごもった場合に起こり得る深刻な紛争の遠因と思えるものは、事前に徹底的に排除しようとしているに違いない。

女性としての人間性を全く認めようとしないその姿勢には、メアリーといえども同じ女性として当然良い気はしないのだが、我が身に振り替えてみれば、自分にしても愛するダイアンの配偶者に対しては、内心秋元女史以上に厳しい規範を設けていることは否めない。

結局この件では、自分も秋元女史もその身勝手さと言う一点では、五十歩百歩と言うところに行き着いてしまうのだ。

女史にしても、若い国王が可愛くて仕方が無いのだろう。

知れば知るほど国王は、メアリーの厳しい規範にまさしく当てはまる男性であることが分かってきて、そのこと自体は本当に心楽しいものがあるし、自分が育ててきたダイアンが選んだだけのことはあると、その点では誇らしく思えるほどだ。

ともかく、調査の結果、現状ではダイアンにとって強力なライバルとなるほど王に接近を果たした者は、一人もいないことも確かめることが出来た。

このことだけは、確かな収穫であり非常に喜ばしい。

ただ、今回の調査で改めて浮かび上がって来たのは、どうやら王自身が、いまだに亡きマーベラへの想いを捨てきれずにいるらしいことだ。

その上、以前から聞いていたことだが、ダイアンとそのマーベラとか言う娘が良く似ているのだと言う。

入手したその娘の写真を見るにつけ、その角度にもよるが確かに似ていなくも無い。

王がダイアンに親しげに振舞うのは、或いは、ダイアンの後ろに亡きマーベラの影を追い求めているからではなかろうか。

若者の心にあるその強いこだわりこそが、女性に対して積極的に出ることを拒ませ続けているのかも知れず、メアリーとしても若い王の純情さが益々強く感じ取れて、ダイアンのお相手としてはいよいよ好ましい。

日々、汗まみれになって働いている若者の姿を見るに付け、彼にとって一番大切なものの在りかを、改めて考えさせられたりもする。

しかし、人間一人の単純な労働力など、たかが知れたものだろう。

なにせ、王の配下には有り余るほどの労働力がある筈なのだ。

一国の指導者たる者が、日々額に汗して筋肉労働を続けていることについては、さまざまな批判があることも耳にしており、このことについて、若者自身が直接ダイアンに語ったことも聞いた。

そのときの若者は開拓開墾の作業現地で昼食のかたわら、突然「国家とは何だろう」と語りかけて来たらしく、ダイアンはしばらく考えてから、「国家とは国民のことだと思う」、と応えたと言う。

すると王は、「国家とは、国民の生存を担保すべき役割を担う仕組みのことだと思う。」と仰ったそうだ。

無論、ダイアンに異論は無く、無言で頷いてみせた。

「出来得れば、全ての国民の生存を担保したいが、そうはいかない場合もあり得る。」

若者は、まるで自分自身に言い聞かせるかのように、訥々と語り継いだと言う。

「例えば、ここに百人の国民を持った国があるとします。」

「はい。」

「そして、その中の一人が、ある致死率の高い感染症に罹ったとします。効力の認められる治療法は無く、空気感染の恐れも否定できません。」

「そのような感染症があることは存じておりますわ。」

特効薬など一切無く、発症したら最後、致死率七十パーセント以上などと言う恐るべき感染症が、現にいくつも存在しているのである。

「不幸にも感染してしまった患者は、まだ生存していてとても苦しそうです。」

若者は、淡々と語り継いでいく。

「はい。」

ダイアンにも、もうこれだけで、その単純かつ深遠な命題の全体像を察することが出来たと言う。

「発症患者は、現在未だ一人です。」

「はい。」

「その家族の者たちが、必死に症状の回復を祈ります。」

空気感染を前提とする以上、家族たちは未だ発症してはいないだけで、既に感染してしまっていて、潜伏期間の真っ只中にいる可能性が高いのである。

「・・・。」

「本人の自然の治癒能力が、快癒させてくれることを願うのみです。」

「はい。」

「ここで決断を下し、かつ執行するのが国家と言うものです。」

この場合の国家とは、国王自身のことだと言って良い。

「はい。」

ダイアンの声はか細い。

「決断の基準は唯一つ、一人でも多く、国民の生存を確保することです。」

若者は、一人でも多く助けたいとしており、裏を返せば、そのための方策が何なのかを判断するのが、とても難しいと言いたいところなのだろう。

判断を誤れば、反って犠牲者を増やしてしまうことになる。

いたずらに情におぼれ、煩悶し、時期を逸すれば、最悪の場合、国民全員の生命が危機に曝されることになる。

ときに国家と言うものは、非情の選択をせざるを得ないことがあり、殊に非常のときにおいておやであることを痛切に吐露しているのだ。

「現在、その国家と言う仕組みの指導者の任にあるもの・・・・、それが私なのです。」

寂しそうな口調で、ぽつりと言った。

「はい。」

若者は沈黙し、じっと遠くの空を見つめている。

奥歯を噛み締めるその横顔は、悲しみに耐えているようにも感じられて、ダイアン自身にも何かしら哀しみを運んできてしまう。

その視線の先には青々とした虚空が広がり、わずかに白い雲がゆったりと流れていく。

若者の苦しげな沈黙は未だ続いていたが、そのときの彼女は思ったと言う。

若者はこの自分を話し相手として選び、いま、真摯に語りかけてくれている。

そのことが、ひたひたと心のうちに何かを満たしていき、自分にとっての確実に幸せな未来にまで繋がって行くような気がしてくる。

今いるこの場所に食事の直前に移動したためか、かなりの距離をおいて顔なじみの近衛軍司令官が佇立しているだけで、周囲にはほかに誰一人見当たらず、名も知らぬ鳥の群が薄茶色の翼を広げ視線の中をかすめていったと言う。

吹き渡る微風が心地よく頬をなぶり、一瞬陶然としてしまったときに、耳元で声が響き再び酷すぎる現実に引き戻されてしまった。

「私は、決断をしなければなりません。そのためには、起きている現実について正しい情報が必要です。」

実情を知らなければ何も出来ない。

「幸い私は情報を得る手段を持っていますから、即座に国民の自侭な移動の禁止、少なくとも三段階の隔離と殺菌消毒を命じます。」

ダイアンは、黙ったまま聞いているほかは無い。

「狭いわが国の場合、全国民の自由を奪うことになります。」

国土が狭いため、その国土の全てに亘って感染の危険性を慮る必要があると言う。

「発症患者用の隔離施設、感染を疑うに足る者専用の隔離施設、それぞれに隔離して様子を見ます。そしてその他の国民が、発症元地域へ移動することを防ぎ、その地域の殺菌消毒を徹底します。感染を恐れる必要の無い医療技術者や隔離施設の用意も既に出来ています。」

感染を恐れる必要の無い者とはヒューマノイドたちのことだろうし、その上、そう言う意味の隔離施設まで準備が出来ていると言う。

「では通常、国民にとって一番大切なものとは何だろうか。」

若者は、相変わらず訥々とした口調で問いかけてくる。

一瞬、考え込んでしまったのである。

「それは・・・・・・・、自由、ではないでしょうか。」

「うむ、その自由も、生きていればこそであろう。」

命を失ってしまえば、自由もへちまもあるわけが無い。

「そして、生きるためには、先ず何よりも食糧が大切だ。」

水や空気(酸素)はもっと大切だが、それはごく普通の自然環境が与えてくれる前提で言っているのだろう。

「それはそうですわね。」

「国内で必要とする食糧が自国内で収穫出来ない場合、その不足分を常に他国が売ってくれるだろうか。」

秋津州の本当の姿は一部しか知らないが、秋津州の食糧自給率が低いことくらいは知っており、他国から購入したくとも、その資金が調達出来なければ当然売っては貰えず、かと言って、哀願して恵んでもらったりすれば、その瞬間に相手国に服属したも同然だと言うことも判る。

古来、「糧道を断つ」と言う言葉もあるくらいで、その糧道を握られると言うことは、死命を制されてしまうことと変わらないのである。

「相手国に余剰が無ければ、売ってはもらえないでしょうね。」

コーギル社にとって、これは専門分野なのだ。

現実に穀類の作柄と言うものは、気候に大きく左右されることが多く、極端な大凶作でさえ、いつ何処で起こっても何の不思議も無い。

「或いは、余剰があっても政策的に止められてしまうかも知れない。」

現実の世界では、国民が飢えてしまうことを承知の上で、残り少ない食糧を一部の者が海外に売り払ってしまうこともあり得るとは言いながら、相手政府の判断で、強力な出荷調整がなされることも無いではない。

「常識外に高価な対価を求められるかもしれませんわね。それも、前払いで。」

殊に貧国の場合など、高額の対価を前払いで要求されたりしたら、その食糧を買うことは出来なくなってしまう。

現に多くの最貧国では今も深刻な飢餓状態にあり、現状では確実な解決策は無いと言われている。

そのような国々の貧民は、必要な分の食糧を購入したくても、その対価の支払能力が最初から無いのである。

周囲に天然自然の食糧も見当たらず、自力で生産出来ない以上、生きるためには物乞いとなって他人の恵みを受けるか、盗むか奪うかしか無い。

全ては生きるためである。

まして、世界の人口は増加の一途を辿っており、そのため、同一の耕地面積でより多くの収穫が得られるようさまざまな工夫がなされているが、そのことが又違った意味で深刻な問題を引き起こそうとしている。

「とにかく、いろいろな事情で必要な食糧を調達出来ない場合もあり得る。」

「食糧安全保障と言う言葉さえ有るくらいですものね。」

食糧安全保障とは、食糧の多くを輸入に依存する国が凶作や輸入の障害など、将来起こり得るさまざまな不測の事態に備え、安定的な食糧の確保を図ることを言うが、我が日本などもこの考え方が必要な国の典型例だ。

食糧の自給率が極端に低い日本にとって、この食糧と言うものが石油や鉄などよりも、余程重要な戦略物資だと考えても少しの矛盾も無いのである。

「だからこそ、私がここにいるのです。」

若者は、食糧安全保障上の観点からこの開墾の現地にいるのだと言う。

既に大規模に岩盤を掘削して、荘園から膨大な土壌を搬入して来ており、新たに長大な灌漑を引きまわし、現に広大な農地を造成しようとして日々汗にまみれているのである。

報道によれば、その耕地面積は優に一千平方キロメートルを超えていると言う。

日本で言えば、淡路島の全陸地面積が六百平方キロメートルほどであることから、そのおおよその広さが想像出来るだろう。

それに、ダイアンの目には、その造成事業はとうに完成しているように見えるのだが、若者にとってはどうやら未だ終わってはいないらしい。

「はい。」

「数年ののちには、国内の収穫量だけで全国民の必要量を確保したいものです。」

「お言葉ですが、それもご自身が直かに手を砕いてなさる必要は無いのではないでしょうか。」

「いや、今後の農業政策を指揮していくためにも、私自身が風を読み、土を噛んで、最良の方策を頭に入れておく必要がある。」

耕地における自然環境や搬入してきた土壌の相性なども踏まえ、向後の農政の基本を考えていかなければならないと言う。

若者は農耕については相当の経験とこだわりを持っており、一国の指導者として農政の基本方針を固めるためには、自ら手を砕いて現地調査を行う必要があると言いたいらしい。

「実際は、頭よりも体に入れているのかも知れないが。」

「体にでございますか?」

「はははは。」

若者は、ここにきて初めて豪快な笑いを見せた。

「ほほほほ。」

無論、ダイアンもこころ楽しい。

「経験則に照らして、傾向と対策を体に覚えこませているとでも言ったらいいのかな。」

そのときの若者は、幾分、はにかんでいるようにさえ見えたと言う。

「経験則って・・・」

「うん、荘園ではこの何倍も汗をかいたから。」

「そこの農地って、相当広いんでしょ?」

「多分、ダイアンには想像も出来ないほどだと思うよ。」

王の荘園の農耕地は、面積だけに限れば、地球の全ての農耕地の優に三倍はあるだろう。

ただ、惜しむらくは収穫率が低い。

「・・・。」

この私に想像出来ないほどの広さって・・・、こう見えても、大規模な穀倉地帯なら全部、即座にイメージ出来るくらいなのに。

「我が荘園には豊かな岩塩や塩湖がある。」

若者の話題は、縦横無尽に飛んでいく。

「倉庫に、大分貯蔵なさっておいでですわね。」

事実、大量の岩塩が秋津州の倉庫に保管されていることは、メディアを通して広く公開されている。

だが、天空にあるマザーの大船団にも大量に備蓄され、工業生産用として今も消費され続けていることを知る人は少ない。

「塩と真水も人工的に確保できる態勢は整えた。」

「例の海底プラントのことですわね。」

若者が秋津州北方の大陸棚に、そのための巨大な施設を持っていることも報じられている。

「どうやら、水不足で困るようなことは無さそうだ。」

このプラントの存在を無視しても、起伏に富んだこの大地に天が充分な降水量をもたらしてくれそうな気配を感じとっているのだろう。

「はい。」

但し、ダイアンには、プラントの能力のこととしか理解出来ない。

「しかし、塩は別だ。」

「塩も大切ですわね。」

秋津州には、天然の岩塩も塩湖も無い。

「近々、古来の法で塩作りをするための海浜を作るつもりです。」

若者は「古来の法」と言い、「海浜を作る」と言っているが、正確に言うなら「日本古来の法」と言うべきであったろう。

ほとんどの国では、古来より塩は岩塩から採ってきているのである。

若者は、これも最悪のケースを考えて、人力で製塩を可能とする環境も準備しておきたい。

ただし、きれいな海水を採るためには、その海浜は外洋に面していることが望ましい。

「・・・。」

事情を知らない彼女には、そこまで準備しようとする若者の気持ちが理解出来ない。

「南部で、砂糖きびも試してみるつもりだ。」

今度は砂糖だ。

砂糖も黒砂糖にしたものを大量にストックしてあるが、他のものと同様に、これも秋津州での栽培に挑戦するつもりだと言う。

「ちょっと、難しいかもしれませんわね。」

秋津州の緯度では、充分な糖度を得られるか大いに疑問の残るところだ。

「うむ、ぎりぎり最低限のものになるかも知れぬが。」

「なにも、そこまでなさらなくても・・・。」

「いや、これが私の務めなのだ。」

現実の若者は、一族の者が自力で生存していけるための方策をひたすら考えており、ダイアンには想像も出来ないことだが、王亡きあとの秋津州が国際間で孤立無援となった場合、国民は唯一秋津州の天地の恵みの中で、自給自足の生活を強いられることが明らかである以上、結局は、国内での自給自足態勢を確立しておくことが、最も大切なことになる。

識者は言う。

そのためにこそ、国際間で孤立してしまわないような不断の外交努力が不可欠なのだと。

確かに、筆者も同感だ。

しかし、いかに真摯な外交努力を積み重ねようと、国内で国民の食を賄い得るだけの収穫を確保出来ないとすれば、常に相手側に最強のカードを握られたまま、辛い外交交渉をしなければならなくなることも事実だ。

無論その相手国が、食糧の大量の出荷能力を持ち合わせていて、かつ、そのほかに食糧の供給を引き受けてくれる国が見当たらない場合のことではあるが。

また、真摯に外交交渉を重ねていさえすれば、自国の食糧の不足分くらいは、心優しいどこかの国が必ず補完してくれるものと楽観していられるヒトは、まことに幸せなヒトだとも思う。

このような場合、「誠意」だとか、「道義」だとか、まして「人道」などと言う概念は、何の効力も持たないものと知るべきだろう。

あたかもこれ等の概念の効力によって、食糧を得ることが出来たように見えたとしても、それは両国の間に懸絶した国力の差が存在する場合か、若しくはそれに見合うだけの価値あるカードを持った場合に限るのだ。

無論、この場合の価値あるカードとは、特別難しいものではない。

端的に言えば、その対価の支払能力のことだ。

あるいは、特殊な軍事技術であるのかも知れない。

またあるときは、相手国にとって特に重要な意味を持つ戦略物資であるかも知れない。

何等価値あるカードを持たずに食糧の供給を受けると言うことは、単に相手国からほどこしを受けることと同じであり、同時に自ずから「誇り」を放擲することになることを知らねばならない。

これらのことも、自身が「物乞い」とみなされてしまうことに対して、何一つ抵抗を感じずに済むヒトにとっては、全く興味の沸かない話ではあろうが、現実に日々行われている筈の外交交渉とは、所詮、当事国それぞれの国益のすり合わせでしかないのである。

しかし、往々にして強国は弱国に対し、この国益のすり合わせさえ拒絶することがあり、そればかりか、欺瞞や恫喝を以ってこれに代えることさえあるのだ。

日露戦争直前のロシア、大東亜戦争直前の米国、この二国などは外交上まさしくこの典型的な行為を為した。

弱国であった日本には、物乞いとなって哀願するか、決然立って戦うか、二つの道しか残されていなかったことは確かだ。

日本は、単に後者の道を選んだだけのことであり、そこには理非善悪の概念など全く入り込む余地は無いのである。

尤も、米露などの悪辣な対日政策を思えば、仮に日本が哀願していたとしても、相手側に聞く耳があったかどうかはまことに疑わしい。

誰にしても、相手国の国益を自国の国益に優先させることなど有り得ないことだからだ。

仮に為政者が個人として、相手国に対して人としての惻隠の情を持ったとしても、決して自国の国益を放棄するようなことはしないのである。

万一、そんなことをする政治家や官僚がいたら、それは明らかに祖国を売ったことになり、ごく普通の国家である限り、その政治家や官僚は極刑を含む重い刑罰を受けることになる。

ことほどさように、外交とは一国の運命を重く背負ってなされるべきものであり、いかなる国家といえども、一方的な外交カードを相手に握られてしまうことのないよう、あらゆる手段を講じているのである。

そのためにこそ、いずれもが相手国に対して威力ある外交カードを持とうと努力するのだ。

筆者などは、国家としての最強の外交カードとは、本来「その国特有の固有の文化」であるべきだと考えており、況や武力などと言うものが強力な外交カードとして使われるなど、決してあってはならないとも思っている。

だが、この現実世界においてはどうであろう。

相互の国益が相克せず協調していける場合なら、例え擬態ではあっても互いの固有の文化を尊重して見せる余裕も持てるだろうが、現実に激しく相克する国益を前にしては、強国にとっての弱国の固有の文化など、全くと言ってよいほど意味を持たないではないか。

本稿における秋津州国も弱国とみなされたがために、その主権を踏み躙られてしまっただけの話だ。

少なくとも、これほどまでに圧倒的な軍事力を備えていることが、事前に伝わっていれば誰一人手出ししてこなかったろう。

戦う前に百パーセント必敗を予見することが出来たとしたら、その国の政府は、戦争を回避すべく懸命に努力する筈なのである。

問題なのは、あい争う両者の力の差が、わずかであるように見えてしまう場合だ。

現にその差は、優れた戦術をもって補うことが出来る場合もあり得るのだ。

しかも、ほんのわずかでも、勝てる見込みがあったとしたらどうだろう。

いや、例え勝てないまでも、泥沼のゲリラ戦に持ち込んで、憎い敵を散々に悩ますことが出来るかも知れないのである。

人間は愚かな存在である、と言って片付けてしまうのは簡単だ。

例え、「意地」や「行きがかり」は別にしても、人間としてのぎりぎりの「誇り」と言うものもある筈だ。

また、かつての日米開戦前夜のように、開戦を回避すべく必死に努力していても、絶対に飲めないような条件の最後通牒を突き付けられてしまえばもうどうにもならない。

否応無く、戦わざるを得ないだろう。

少なくとも、その場合には手痛く反撃する構えを示して置かなければ、相手は益々増長して、やりたい放題に狼藉を働くに違いないのである。

こういう場合、敵国の為政者や国民が、キリストさまやお釈迦様であれば話は別だろうが、哀しいことに現実には互いにただの普通の人間だ。

この冷徹な現実を、身をもって学習させられながら成長してきたのが、今ダイアンの目の前にいる若者であり、今もその人は、寂しそうな横顔を見せながら、じっと遠くを見つめている。

彼女は、その横顔を眩しく見ている内に、何故かしら胸が締め付けられるような想いを感じて涙ぐんでしまったと言う。

この若者が、かつて圧倒的に強勢な侵略者から、暴虐極まりない攻撃を受けた過去を持つことも聞いている。

それは若者にとって、全く予想外の激しく一方的な攻撃であったと言う。

まして、そのときの少年は、わずか十四歳に過ぎなかったのだ。

わずか十四歳の少年が、「降伏や逃亡」の具申まで出る中で、毅然として戦って死ぬ道を選んだと言うのだ。

文字通り決死の覚悟を固めた少年は、恐るべき戦闘能力を発揮して消耗戦を戦い抜き遂に撃退することを得たと言うが、当時の若者の持つ瞬間移動の能力やヒューマノイド軍の戦力は、現在のものと比べれば段違いに非力なものでしかなかったのだ。

少年はわずかの手勢を率いて、低空にまで下りてきた敵の母艦に侵入し、専ら接近戦において驚異的な戦果を上げたと言う。

少年の恐るべき戦闘能力は、敵艦の内部で闘った個々の局地戦において遺憾なく発揮されたようだ。

敵にとっては、母艦の内部にまで侵入を許してしまったこと自体、よほど危機的な状況にあったのだろう。

艦そのものを内部から破壊してしまうことをひたすら恐れ、持てる火器の使用を控えざるを得なかったために、兵士個々の身体能力に頼る防御を強いられたのである。

少年に帯同した部下はごく僅かで、彼等は馬鹿でかい敵艦の中をまるで幽霊のように各所に跳梁し、血しぶきを上げながら各個に殲滅して行ったと言う。

結局、この戦闘で、少年の「異常な」身体能力は凄まじい威力を発揮することになる。

携行していた武器の刃先は直ぐにその切れ味を失い、その後の戦闘においては、ほとんど四肢のみを武器として戦ったと言うが、怒りに満ちた少年の肉体は、既に兇暴な武器と化してしまっていたと言う。

それは、最早凶悪と言って良いほどの破壊力を示し、全身に返り血を浴びながら文字通り悪鬼羅刹の如く荒れ狂い、相手に反撃するいとまも与えず次々と沈黙させていったと言うが、彼自身にしてみれば、征く道の悉くを地獄図絵に変えながら弛(たゆ)まず進み、ひとつひとつ丹念に勝ちを拾い続けただけなのかも知れない。

戦争になってしまった以上、最早殺るか殺られるかであり、敵の戦意を喪失せしめるほどの攻撃を行うことは、今も昔も当然過ぎるほど当然の行為なのだ。

結局、無謀とも思えたこの戦術が功を奏し辛くも撃退する幸運を得たが、その仇敵が再度襲って来ないと言う保障は何処にも無い。

誇り高き少年が、今なお見えざる脅威と対峙していると言われる所以であったろう。

まして、つい最近も酷烈無残な侵略攻撃を受けたばかりであり、それに起因する戦争の一端は今なお継続中だ。

たまたま自分が愛してしまったその人は、ただ一人巌頭に馬を立て、吹きすさぶ寒風の中で凝然と立ち尽くしており、その見つめる水平線の彼方には、恐るべき敵の大船団が今にも姿を現すかも知れず、無論そのときは直ちに立って敢然と迎え撃つに違いない。

苛烈な運命は、この若者にとって全て現実のものなのである。

彼女は、頬を流れ落ちる涙を拭うことも忘れ、この一見寂しげに見える戦士が内に秘めた凛冽たる矜持と烈々たる闘志とを感じ、呆然と仰ぎ見るばかりだったと言う。

その姿は、秋津州が誰に憚ること無く孤高を持して生きていく道を選び、全く孤立してしまうことさえ覚悟しているように思えたと言うが、このときの二人の様子が、またしてもメアリーの脳裏に蘇ってきてしまうのだ。

若い二人の間の隔たりが確実に縮まりつつあると思えることは、メアリーにも喜ばしいかぎりだったが、只一つ惜しむらくは、若者が、いまだダイアンの手一つ握ろうとしていないことであったろう。

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  1. 2005/11/03(木) 08:25:53|
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