日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 033

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十一月十二日に至り、秋津州では又しても新たな掘削工事が行われ、短時間のうちに小さな人口湾が出来上がった。

例によって大規模な部隊が集中的に動員され、大音響や震動はあったもののそれもごく僅かな時間で収まり、ほんの数時間で全工程を完了してしまった。

無論、事前のアナウンスにより、不用意に近づく者への警告が発せられていたが、危険を承知の上で取材を希望するものが続出するに及び、僅か数機のSS六に限って許されることになったが、それも機外にカメラを具えた報道用の機体ばかりだ。

だが、肝心の掘削作業は立ち上る砂煙に遮られてほとんど見えない。

濛々たる大砂塵が収まるまでは、上空のカメラからでさえ、ほとんど捉えられず、報道各社は悉く涙を飲むことになった。

この新しい湾は、秋津州の東端に位置し、のちに「潮入り湾」の名が与えられることになるのだが、湾と言うよりはいっそ入り江とでも呼んだ方がなお適切であったかも知れない。

湾の奥には五百メートルほどの浜辺が、開いた扇面の縁(ふち)のように半円を描き、扇の要の部分に当たる湾口を通って、外洋から送られてくる波が絶え間なく打ち寄せて来る。

湾口は三十メートルほどとまことに狭く、湾の奥行きなどは最も奥深いところでも、せいぜい五百メートルがやっとで、その水深に至っては、満潮時の最深部においてさえ、僅か十数メートルほどでしか無いのである。

海側から陸地を見ると、波打ち際から内陸に向かってなだらかな登りになり、斜面を二百メートルほど登っていくと、高さ二十メートルもある切り立った断崖にぶつかってしまう。

その断崖は浜辺の描く半円形の外周をぐるりと取り巻くようにして続き、南側に寄ったところに崖の上から降りるための通路まで用意されており、強固な岩盤を掘削して通したその通路は、大型のバスが楽に通れるほどの幅員と、そこそこの勾配を持っている。

その通路を下って浜辺に降りたところで立ち止まり、おもむろに左側を見れば、少しばかり離れた辺りに二棟の建物がかなり腰高な姿を見せており、これも、将来この浜辺で行われる筈の作業のためででもあるのだろう。

湾内の海水は未だ僅かな濁りを残してはいたが、それもやがて自然の波濤が全て洗い清めてくれるに違いない。

食糧の自給体制の確立にかける王の思いは広く知られているところであり、この浜が「潮入り湾」と命名されたことからも、近い将来ここで行われる筈の作業を充分に想わせてくれている。


また、この翌日になると、新造の秋津州空港には朝から大挙して人が集まってきて、時ならぬ賑わいを見せ始めた。

ここでも又、興味深いイベントが行われることがアナウンスされていたからだが、それは多数の航空機を用いて行われる、かなり大掛かりなデモンストレーションだとされ、隣接するインランド・デポの広大な用地にも、銀色のSS六改が続々と到着しており、そこから降りてくる人々にしても、全てこのイベントのために来訪した関係者だ。

既に大型旅客機と中型機併せて二十機ほどの機体が、エプロンに整然とした姿を見せていたが、それは全て秋津州商事によるチャーターだとされた。

実は、以前から国際的な航空関係機関や、その周辺からの要請が多数寄せられていた経緯もあり、一部の関係者などは二日も前から現地入りして、滑走路やさまざまな関連施設の査察を精力的に進めていたとされる。

この日、付近一帯の天候は一際良好で、北方の高地から吹き降ろす風も目立つほどのことも無く、平地の風力も又わずかであったため、全ての滑走路を用いてテストが行われた。

それぞれの機体には積載許容量に見合うだけのダミーを積んで発着し、新造の滑走路が充分な長さや強度を持つことを見事に証明して見せたのである。

複数のSDによって機能する給油機器も公開され、さまざまな着陸誘導施設や航行援助施設も正確に連携し、順調に機能したことが明らかとなり、急遽必要となった交換部品がほんの数分で日本から取り寄せられ、空港独自の整備士がその交換作業を整然とこなしてみせたことも、立ち会った専門家たちの大きな驚きを呼んだ。

このような点検整備に関するさまざまな作業が大規模かつ整然と行われたことにより、全くの未経験者だと思われていた現場の担当者たちが、皆相当な技術水準にあることをあっさりと証明してしまったからだ。

これ等のデモンストレーションは結局五日間にわたって連日連夜行われ、昼夜にわたる安全な離発着の再現性が検証されて行く内、北方の高地からかなりの風が吹き降ろしてくる日もあり、そのために設けられた横風用の滑走路の機能までが充分に試されることになった。

結局、堂々たる規模を誇る秋津州空港は、その機能面においても、立派に役目を果たし得る水準にあるとする評価が定着して行き、自然その開港を求める声が随所に噴出してくることになる。

これで秋津州は、港湾、空港、インランド・デポと言う近代物流の基幹部分が、それぞれ充分に機能を果たせることが、改めて確認されたことになるのだろう。

首都圏に限定した大幅な市街化が進み、農村地帯における農耕地の開拓も大規模に整った。

さまざまな工業生産を担うべき多数の工場群や、大小のドックも立派に稼動を始め、これ等の機能を背景とした巨大港湾と、銑鋼一貫工程を有する天空の製鉄設備が専用輸送機によって連携している。

最も基本的なインフラとして、上下水道や大容量の光ファイバーなどを通す地下の隋道施設でさえ、全国的な規模でとうに完成していたほどだ。

さりながらまことに特徴的だったことは、さまざまに先進的な設備がここまで大々的に整備された割には、国土全体として見れば、前にも増して広い緑地や遊水池が確保されたことだろう。

戦乱の狭間で焼けてしまった一部の山間地も整備植林が大規模に行われ、その根を大量の土壌にくるまれたまま運ばれて来る針葉樹や広葉樹の大木が、小さな丘陵地帯や平地においてさえ植え付け作業が進んでいた。

近代的な建造物が立ち並ぶ首都圏だけに限っても、総面積の七十パーセント以上もの土の部分を残しており、その大部分が見事に緑に染まりつつあるほどなのである。

地盤が安定したことにより、地下水脈が勃然として目を覚まし、それに伴って多数の湧水も見事に復活した。

さらには、大きな建物の付近にも噴水や遊水池が設けられ、新たな緑地帯の増設作業も整然と続けられており、以前の広大なグラウンドの内、多くの部分の市街化が進んだことにはなるが、国民議会と内務省の前面一帯にも、かなりの広さで緑地帯が確保される模様だ。

国内幹線道路の舗装などは開戦の前から成ってはいたが、その他の道路の舗装も最近になってほぼ完成をみた。

無論、その全てが透水性に優れた舗装ばかりなのである。

各道路の道路標識や交通信号等の設備も、ようやく完備して機能してはいるが、その交通量はいたって少ない。

軌道列車の姿こそ無かったが、近々秋津州商事の手によって乗り合いバスが運行されそうな気配はある。

永久原動機を搭載した大型や中型のバスが、多数、秋津州港の桟橋から荷揚げされつつあったからだ。

実際にその路線バスが運行を始めたとしても、秋津州の現状では、採算の見込めるだけの乗客がいるとは思えないと言う者もいるが、少なくともそのバスは乗務員と燃料に関するコストは度外視出来るのだ。

とにもかくにも、秋津州の立国の基盤をより確かなものとするための王の計画は、いよいよ大いなる次の一歩を踏み出そうとしているに違いない。


十一月二十四日午前六時三十分、王と京子の特殊な通信。

王の現在位置は若衆宿の一つ、京子の位置は内務省最上階の一室である。

「陛下、お早うございます。」

「うむ、お早う。」

若者は朝の身繕いを済ませたばかりで、相変わらず傍らには井上甚三郎の姿があった。

「ご就寝中、台湾と中国に少々動きがございました。」

少々、騒動があったと言うことか。

「ふむ。」

「互いに、譲る気は無いようでございます。」

秋津州体制などと勝手に名付けられてしまった新秩序構想の中で、相変わらず中露台の主導権争いが活発なのである。

「そりゃ、そうだろう。」

国際間で互譲の精神が大いに発揮されていれば、もともと紛争の起きる余地は無いのだが、現実の世界においては一方が譲ったからと言って、もう一方が必ず満足するとは限らない。

うっかり譲ったことによって、相手側の要求をかえってエスカレートさせてしまうことさえあるのだ。

「新田さんも、夕べは大分てこずらされたようですわ。」

「また、夜中に押しかけたか。」

秋津州の実質的な窓口となっている新田のもとには、熱意のあまり時間帯もかまわず、強引に押しかける者がとみに増えて来ている。

「私のところへも参りましたわ。会いませんでしたけど。」

「ロシアはどうか。」

「中央アジアや欧州諸国にまで、大分手を広げているようでございます。」

ロシアはロシアで、少しでも広い範囲を囲い込もうと必死なのである。

どこの国だろうと、より大きなプレゼンスを確保したいと願うのは当然のことだ。

とにかく、国際社会とはさまざまな意味で複雑怪奇なところだが、単純に親秋津州を標榜し、秋津州からの攻撃を受ける心配の無い国はまだ幸せであったろう。

彼らは現在属している親秋津州集団に於ける内部競争にのみ集中出来るため、より積極的に秋津州に擦り寄るにも、極めて直線的に行動すれば良かったからである。

しかし、それ以外の、殊にNATO加盟国の中に、悩ましい思いを強いられている国が数多く存在した。

それらの国々は、加盟国随一の実力者である米国の立場がことさら微妙なために、とりあえず曖昧模糊とした態度をとらざるを得ないのだ。

無論、秋津州に対して敵対的な国策など採れるわけも無く、そうかと言って接近し過ぎるのもリスクが高い。

米国と秋津州の両方に対し、ともに親しく接することが出来れば話は簡単なのだが、目下の情勢ではうかうかすると、二大強国から同時に敵視されてしまうことにもなりかねない。

うっかり早まってお先っ走りをして、後で臍を噛んでもそれこそもう後の祭りなのである。

とにかく、パックスアメリカーナに象徴される過去の秩序が、全て液状化してしまっていることだけは確かで、従来からの秩序が大きく揺らぎ、ときに流動し、国際社会で名のある国のほとんどが、あたかも政治的暴風圏内に入ってしまったかのような感が深い。

その大嵐の中で、それぞれが少しでも有利な立場を得ようとするのはごく当たり前のことで、殊に親秋津州の旗幟を鮮明にしている国の外交担当者たちは、それこそ血相を変えて足音もとどろに日夜駆け回っているのである。

「ふうむ。」

「米英は、協同歩調をとることを今しがた再度確認致しましたわ。」

疑心暗鬼に囚われた両国の間には、いっとき、きな臭いものが立ち籠めたようであったが、改めてその関係の修復が成ったと言う。

「みんな、夜道に提灯の灯(ちょうちんのひ)を落としてしまったような気分だろうからな。」

問題とされているさまざまな不安定要因は、秋津州の存在そのものが生じさせていると評されているが、実際には、ほとんどの国がこの現実に直面し、それぞれの焦燥感を自ら増幅させているに過ぎない。

悪いことにその焦燥感が、又、新たな疑心暗鬼を呼んで来てしまう。

「ワシントンでは、マザーに対する先制攻撃の有効性が、いまだに云々されておりますわ。」

宙空には恐怖の大船団が悠然と居座っている。

米英等の先進国では、その所在はおろか、大よその規模にまで踏み込んだデータを揃えつつあり、殊に大統領のマシーンなどの間では、秋津州と言う最大の脅威をいかにして排除すべきかの議論が延々と続けられ、中には完全に冷静さを失って、目を血走らせてしまっている者もいる。

秋津州からの攻撃を想うあまり、夜も満足に眠れないと言う者まで出始めているのだ。

一旦、心の中に棲みついてしまった疑心暗鬼と言う名の鬼が、恐ろしいまでの焦燥感を連れて来てしまうようだ。

「ふむ。」

「その有効性を疑問視する側の声の方がまさってはいるようですが。」

秋津州に、中でも天空にある基地に思い切って先制攻撃を掛けようにも、攻撃能力そのものが不充分なものでしかなく、思うような戦果を上げることは難しい上に、反って痛烈な反撃を受けてしまうと言う意見が多数を占めていると言う。

それも、最近では攻撃否定派が一段と増え、徐々にその差が広がりつつあるようだ。

しかも、ペンタゴンの制服組の見解はより明快だと言う。

太平洋上の秋津州を核をもって叩くことは簡単だが、天空の大船団の全容については未だ不明な点が多く、その上あまりに巨大で肝心の重要拠点の所在すら確定出来ない。

王の荘園と言うものの実態に至っては一切が不明であり、それこそが敵の本来の本拠地である可能性すら否定出来ない。

このように不明なままの目標を攻撃するなど最初から出来る筈も無く、敵の一部に限定せざるを得ないような中途半端な攻撃に踏み切れば、圧倒的な秋津州軍の攻撃を前にして、なすすべも無く占領を許してしまうであろう、と言うものであった。

全く、妥当な見解ではある。

「そやつらは、それほどまでに戦いたいと申すのか。」

そやつらとは、先制攻撃論を唱えている一部の者たちのことであろう。

「いえ、ただただ、恐ろしくて、不安なのでございましょう。」

「ふうむ。」

「絶対的な強者と向き合ったことなど、ただの一度もございませんもの。」

「そうか。」

「あの連中の頭の中は、いつ陛下の攻撃命令が下るのか、そればかりでいっぱいのようですわ。」

「中共の攻撃にゴーサインを出した報いだろう。」

「はい、それがあるため報復攻撃の可能性を、自分の頭の中だけで勝手にふくらませているようですわ。」

「自分の影に怯えておると言うわけか。」

「臆病者たちが狂騒するあまり、核攻撃に踏み切る可能性も否定は出来ないと存じます。」

現在では、米国のものは勿論、その他各国の核についてもその全てを捕捉しており、海からであろうが陸からであろうが、その発射の瞬間に瞬時に破砕してしまうことが可能であり、今の若者にとっては、たいした脅威にはなり得ないのである。

場合によっては、そのままミサイルそのものを、成層圏のはるか彼方にまで運んでしまうことも出来るのだ。

「あのときのマザーの進言は、このことを未然に防ごうとしてのことでしたのに。」

ロシアの占領時にNATOの混乱に乗じ、ほんのわずかな刺激を与えることによって、相手の蹶起を促し、それに応じて一気に米英仏独加を叩いてしまおうとする例の作戦案のことだ。

国王がその作戦案を採用して、北米を含むNATO全域を無力化しておきさえすれば、今回のように、米国からの核攻撃の可能性を云々しなければならないような事態に立ち至ることは無かった筈だと言う。

「私の過ちであったかも知れぬ。」

「実際に米国の核攻撃を受ければいかがなされます?」

「知れたことだ。」

無論、敵の攻撃を、ただ一方的に受け続けることなど有り得ず、もうそうなってしまってからでは、一瞬のうちに反撃して、敵を打ち滅ぼすことのほかに何を考える必要があろう。

「タイラーを朝食に呼んでありますから、少し優しくなさっておかれてはいかがでしょう。」

「どうせ、大統領専用機での入国を願うのであろう。」

秋津州空港の安全性が大々的に検証されて以来、米国大統領が訪問の意思ありとして、タイラーから新田や京子を通じて慎重に打診して来ているさなかなのだ。

無論、大統領の移動にあたっては政府専用機を使用することが、米国にとっては大前提なのである。

しかし、秋津州側はその応諾の回答を与えてはいない。

秋津州は、外国人の入国に当たって、いまだにSS六以外の航空機の使用を許してはいないのである。

例外は若者自身が直接関与する場合だけなのだ。

「飛行する合衆国政府」とまで称される政府専用機には、政府としての重要な機能のほとんどが具わっている。

単なる航空機ではないのである。

その使用が許されないからと言って、SS六改を用いての訪問に踏み切れば、取りも直さず米国が秋津州に屈服したものと受けとられかねず、米国の威信を大きく損ねてしまう上に、大統領の移動中の政務が滞ってしまう恐れすらあるのだ。

殊に、その判断が急を要する場合、深刻な問題を生じてしまうかもしれない。

しかし、現実には最悪の場合のことも考慮せざるを得ず、ワシントンは例の銀色のSS六改を十機ほども用意して、必要な機材を設置の上、太平洋上での運用テストだけは繰り返して来ている。

このテストの結果も又上々で、移動中の通信に関する障害も起きないことが現に検証されつつあるが、問題なのはそのSS六改の正体だ。

表面上こそ民間機と言うことになってはいるが、それを素直に信じるものなど一人もおらず、実質的には、れっきとした秋津州国軍の軍用機だとみなされているのである。

例えテスト中は順調であっても、本番では何が起きても不思議は無い。

秋津州軍のあの特殊な通信網がある限り、国王の命令次第では、SS六改の乗務員であるヒューマノイドが、雇い主の指示をいつなんどき無視しないとも限らない。

SS六改は、そのヒューマノイドのほか誰一人操縦出来ないことも明らかで、搭乗した大統領とその随員たちを、そのまま人質にとられてしまう恐れさえある。

この点、その旗幟を明らかにして、既に秋津州の庇護を受けてしまっている国家なら又話は別だ。

この手の国々は、とうの昔にその死命を制せられてしまっていると言っても過言ではないのだ。

いまさら改めてその屈辱を云々しても意味は無く、また、現状の親秋津州路線をとり続ける限り、国王からの攻撃を心配する必要など初めから無いのである。

実際問題、秋津州側から言っても、散々に財貨をつぎ込んでまで支援してきた国が、可愛げに尻尾を振って懐いてくるものを、わざわざ潰してしまっても得るものなど何一つ無い。

一方、これまでの米国が採ってきた基本政策自体が、どう贔屓目に見ても反秋津州路線としか言いようの無いものであった。

表面だけは満面に笑みを浮かべて見せながら、実はその裏で刃を研ぎ毒矢を射掛けようとして来たことは明らかで、このような政策を根底から転換しない限り、米国にとって根本的な情勢の好転などは望むべくも無いのである。

まして、秋津州はずっと親米路線をとり続けてきた筈であり、一方的に敵対的な政策をとってしまったのは紛れも無く米国の方なのだ。

そうである以上、この状況は米国自身が自ら招き、米国自身の意思を以て継続していることに他ならないのである。

しかもワシントンでは、秋津州に対する核攻撃の是非をさえ論じている。

なお、先だっての墓参の折り、若者は徹頭徹尾大統領との会談を拒み通したが、世論は、このことを、秋津州国王による重大な政治的行為とみなす言説が圧倒的であり、これこそが国王の真意を忖度する上で最も重要な指標になると指摘してもいる。

各国の政府当局にしても、秋津州が米国政府との交友を明確に拒絶したものと解釈しているだろう。

ワシントンとしては、秋津州から敵視されていると言う恐怖に怯え、大統領の秋津州訪問と言う「難事業」を成功させることによって、何としても突破口をこじ開けなければならないと言う思いに駆られるのだろう。

しかし結果として、自国の国家元首とその側近の身柄を仮想敵国の手に委ねざるを得ないと言う事態を招いてしまった。

実に恐るべき事態なのである。

政府専用機の使用が認められないと言うのなら、それじゃあ結構ですと言って、その訪問の申し入れを取り消してしまえば良さそうなものだが、強気にそう言ってしまってからの結果が又恐ろしい。

当然、両国関係は改善されるどころか、かえって後退してしまうに違いない。

非公式にせよ、米国の方から大統領の訪問を申し入れていることが、既に広く知れ渡ってしまっており、一旦口火を切った以上、何としてでも成功させなければならないところにまで、言わば追い詰められてしまっているのだ。

まして、現在の米国政府の姿を、秋津州の前で居竦んでしまっているしおたれた子犬の姿になぞらえて嘲弄し、この時とばかりに溜飲を下げている欧州の一流紙さえ存在しており、このままいたずらに時を過ごせば、国際社会に於ける米国のプレゼンスは、一気呵成に凋落してしまうことは火を見るよりも明らかであった。

このような国家的危機を迎えて、ここ数日来、本国からの訓令に追い立てられ、タイラーにとっては更に辛い日々が続いている。

「独仏も距離を縮めつつあるようです。」

「うふっ。」

若者は、思わず吹き出してしまった。

この国際社会には無数の魑魅魍魎が跳梁跋扈しており、その中で生き残っていくためなら、例え鬼とでも手を組むと言うのであろう。

考えてみれば、別に珍しいことでも何でもない。

「いかがいたしましょう?」

「うむ、未だ何もするな。」

王は諸国間の勢力争いには、介入するなと言う。

それとも、その時期が来れば介入すると言うことか。

「承知致しました。」

「ところで、子供たちの様子はどうか?」

王は特に乳児たちの健康状態が、常に気がかりなのである。

殊に、一族の子供たちの免疫抗体の抗体価が不十分であるため、感染症を引き起こしやすいと言う不安が常に付きまとう。

本来の出産でなら、母体が過去に体験した感染因子に対する抗体は、全て出産前の体内で母から子へと常に受け継がれていく筈のものなのだが、マザーの人工子宮から産み落とされてくる新生児たちには、この「抗体の経胎盤移行」と言う天然自然の恵みは、全く与えられてはいない。

ただし、近頃のマザーの自己学習能力は一段と進歩を重ね、人工子宮とその周辺機器の持つ一機能として、この「抗体の経胎盤移行」と言うものに代わるべき技術を、半ば実現し得るところまで迫って来てはいる。

もっとも、十数年後に現在の新生児たちが、自然な生殖行為を行えるまでに成長していければ、その技術の重要性も又半減していくことになる筈だ。

「とりあえず、お変わりはございません。」

万が一、地上にいる数名の乳幼児の健康状態に異変があるときには、即座に対応し得る移動式の医療設備の用意はある。

この移動式の医療設備と言うのは、かつて米軍ヘリの墜落事故の折り、国王の右腕の傷を現地で治療したあの特殊な車両のことだ。

「うむ。」

「国井長官の件は、予定通り今夜と言うことで・・・。」

「分かった。」

実は、会合の約束がある。

場所は、東京の神宮前オフィス。

「あ、ただいまダイアンさま、お目覚めでございます。」

京子はダイアンの寝室にまで、G四を貼り付けているのであろう。

全く、プライバシーも何もあったものではない。

「・・・。」

「日本へ、ご一緒なさいましては。」

ダイアンを連れて行けと言う。

「無用だ。」

王の返事は、それこそ、にべも無い。

「きっと、お喜びになられるかと・・・。」

「構わずとも良い。」

若者は、この件では構ってもらわなくともいいと言っている。

「お言葉ですが、お好きなのでございましょう?」

「うむ、美しい女性を身近に見るのは心楽しい。」

「それだけなのでございましょうか?」

「友人として信頼できると思っておる。」

「はい。」

「少しは本音で話せる人も欲しい。」

若者には、いまだに全て腹をわって話せる相手が一人もいないのだ。

公式に認めてしまうわけにはいかない重い秘め事の存在が、それだけ大き過ぎると言うことでもあり、その意味でもマザーや京子たちと話すだけではやはり寂しい。

「ダイアンさまなら、もうそろそろ真実をお話になられてもよろしいのでは。」

「いや。」

「この世に男は陛下お一人とまで、思い極めておいでですのに。」

「それは、前にも聞いた。」

「ですから、もう少し積極的に・・・。」

京子のお勧めは、あくまでダイアンであるようだ。

「前に、敵の間諜の女がおったな。」

工作員の村上優子のことであろう。

「村上なにがしのことでございましょう?」

「あのときは、実に不思議な気持ちであった。」

「はい。」

「あの女の胸や腰には、触れて見たいと思ったものだ。」

事実、若者は存分に触れたのである。

ただし、あの時は、敵の工作員をあぶり出すと言う戦略の一環として、あのような積極果敢な接遇を少年に求めたのも京子であった筈だ。

「さようでございましょうとも。」

「ダイアンにはそれを感じないのだ。」

言わば、性的魅力を感じないと言っているわけだ。

「何と仰せられ・・・。」

「最近、足繁く出入りしている女たちがおるな。」

昨今、王の居室の近くにまで出没する女性たちがいるだろう、と言う。

実際にそれを許したのは全て京子自身だ。

「はい、陛下専用の酒場とやらに、是非ともお供したいと願っている者たちのことでございますね。」

盛り場で客引きのために表に出ている女性たちは大勢いるが、それが客の自宅にまで出張してきているようなものであろう。

その攻勢も、最近とみに激しさを増しているが、この場合の客とは、国王ただ一人のことを指しているところが普通のことではない。

「うむ。」

「あの中に、お気に召すお方がおいでなのですね?」

「触れてみたい気にさせる者はおる。」

少年が、こんなことを口にするのは珍しい。

よほど魅力を感じているに違いない。

「どのお方でございましょう?」

京子の使命からすれば、当然過ぎる問いではあったであろう。

「まあ、よいわ。」

「いえ、良くはございません。」

少なくとも京子にとっては何にもまして大切な話題であり、又秋津州と言う国家の根幹にすら関わって来る問題でもあるのだ。

「よいと申しておる。」

少年は、照れくさそうに苦笑している。

「承知致しました。」

少年が改めて名指ししてくれなくても、大よその見当はつくのである。

女性を見るときの少年の目の動きや表情の変化などについても、充分過ぎるほどの観察データがある。

それに、これ以上深追いしても、かえって逆効果になってしまうことを恐れてもいる。

京子の体内においてデータの洗い出し作業が瞬時に行われ、その結果導き出されてきた問題の女性は、彼女の身勝手な審査基準で言えば、その合格ラインには遠く及ばないことは確かであった。

そのため、マザーや京子の電子回路の中では、今まで候補者としてはその圏外に置かれていたに過ぎなかったのである。

その女性は、優雅な身ごなしも持たず、知性のかけらも感じ取れない。

美しくも無く、かといって可愛らしくもないのだ。

ただ、その化粧や身なり装身具がひたすら派手やかで、立っても歩いても濃艶な大人の女性の香りを放つ。

腰のくびれや胸のふくらみを強調したその身なりなどには、確かにかっての村上優子のそれに相通ずるものを感じさせるものがある。

名はモニカ、年齢はダイアンと同じく二十三歳、身の丈は百七十五センチほどのものか、長く豊かな黒髪と漆黒の瞳を持ち、肌の色も格別白いとは言い難い。

ただ、全体的なプロポーションだけはなかなかのものであり、身動きのたびに肉感的な特徴を殊更に浮き立たせて見せる仕草が、殊に少年の目を引き付けて已まないのだろう。

彼女についても、無論、その身辺調査は充分過ぎるほどに重ねて来ている。

十七歳で一度堕胎の経験があるが婚姻の事例は無く、今回の募集に応ずるまでに交際してきた異性はさまざまであったことも分かっており、募集に応ずる際、当時の交際相手とは一方的に絶縁してしまって以来、以後三ヶ月にわたって異性との肉体交渉の事実は認められない。

ハイスクール卒業の直後に両親が破産した上悲惨な自殺を遂げ、その他には一切の係累を持たず、無論、経済的にも恵まれているとは言い難い。

日系の商社に勤務して多少の日本語を話せるようにはなっていたが、採用されてからの日本語の会話能力を磨こうとする努力には、見るべきものがあった。

強いて評価すべき一点を探すとすれば、その強い目的意識にあると言えよう。

とにかく彼女の行動様式の特徴は、今回与えられた絶好の機会を捉え貧困から抜け出すと言うことに、その全てを集中させている点にある。

その人生体験から言っても、何者をも犠牲にして悔い無いほどの報酬を得られることが、それだけ重要な意味を持つのであろう。

そのハングリーさから来るモチベーションの高さにおいて、初めからライバルたちの追随を許さないのだ。

また、彼女たちの中には自然にティームを組むケースがあり、同様にモニカにもコンビを組む相手がおり、今後若者が彼女だけに異性としてのこだわりを示した場合、そのパートナーの動きにも特別に意を注ぐ必要を生じるかも知れない。

無論、京子はさまざまなケースを想定して膨大なデータを蓄積しており、その中にはダイアンやモニカの総身のデータをも含んでいた。

そのデータによれば、見事な腰のくびれ具合と言い、豊満かつ魅力的な胸の形状と言い、又かすかに脂を浮かべた下腹に見える鍛え上げた筋肉の躍動美と言い、どう見てもダイアンの方にはるかに分がある。

こと女性的特徴において、京子のデジタルデータから導き出されてくる全てがダイアンの圧倒的優勢を告げており、健全な全身骨格のバランスと言い、あくまですらりと伸びきった見事な脚線美と言い、ダイアンはそれを強調するような身なりや身ごなしをしないだけのことであり、文句無しに彼女の得るポイントが上回っている筈だ。

しかし、二人の女性を比較する場合にまことに象徴的なことだが、モニカには豊富な男性体験があるのに引き比べ、一方のダイアンにはその体験がいまだに無い。

幸か不幸かモニカと言う娘は、充分にその青春を謳歌し得る奔放と言って良い少女時代を持ち、ダイアンにはその機会さえ与えられて来なかった。

このことが、結局のところ少年の感性に大きく影響を与えてしまっているのかもしれない。

しかし、女性である前に、人間としての最も重要であるべきその内面性においては果たしてどうか。

人間としての誇りをバックボーンとしたその品性、育ってきた環境から自然に身に付いたおおらかさ、人としての充分な思いやりと優しさなどなど、ダイアンには溢れるほどにあって、モニカには無いものが無数にあることが少年には分からない。

いや、わかってはいても、少年にとってその重要性の基準が異なるだけなのかも知れない。

仮に一億ドルの報酬を得られるなら、モニカは迷うことなく少年の命をも断つだろう。

ダイアンは、例え一億ドルのコストを負担してでも、愛する国王の命を救おうとするはずだ。

マザーや京子の電子回路の中だけでは、世継ぎを生すべき適正の判断などとうに済んでしまっているのだが、肝心の少年の男としての感性は全く異なる反応を示すのである。

言わば、計算外のことが起こりつつあるのだ。

何よりも計算外であったのは、例の三人の美しい侍女たちに少年は全く関心を示さず、王家の貴重な種子を採取すると言う厳粛な作業が頓挫してしまっていることだ。

それこそ、単に見た目だけから言えば、マザーの最高傑作として作られた侍女たちの姿は、そのそれぞれが限りなく美しく、まさに美術品と言って良いくらいのものなのだ。

しかし、如何に端麗清華に見えても、それはあくまで優れた工業製品でしか無いことを、少年の無言の感性が何よりも雄弁に主張して已まない。

マザーや京子の電子回路の中で、如何に無限に近いほどの超高速演算を繰り返そうとも、人間としての王の感性に合致する回答など永遠に得られることは無い。

マザーと京子は、次善の策を講じる必要に迫られたことを知り、早速その行動に移ることになる。

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  1. 2005/11/03(木) 09:28:56|
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