日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 040

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十二月二十四日、国井官房長官の韓国に関する談話があり、時節柄殊更耳目を集めることになった。

情勢はいよいよ予断を許さなくなってきており、殺到する記者団に応えての談話なのだ。

「堂々たる自主独立の国である隣国の情勢については、勿論重大な関心を寄せている。」

聞きようによっては自主独立の国だからこそ、あくまで主体的にその難局を解決しなければならない、と言っているようにも聞こえるが、この東アジアにおいては、まことに不条理な相関関係が長々と続いて来ており、それを背景とする日本の特殊事情が常に韓国の破綻を危惧し続け、そのつど特別の支援態勢をとってきた。

隣国の破綻が、長いこと回避されるべきものであり続けて来たことになるのだ。

このような前提に立てば、又しても顕在化しつつある隣国の危機に対しては、当然、然るべき対応がなされるべきであったろう。

しかし、情勢が変転した。

最近の経緯から言えば、今回に限っては秋津州の意向が最大のポイントになるに違いない。

例の特別融資の償還期限が既に先月で切れてしまっており、その件が殊更注目を集めているときなのだ。

それも五百億ドルもの巨額である。

その折りも折り、官房長官談話に続くようにして、秋津州から新田源一の談話が配信された。

「日秋両国の立場は、断じて近隣諸国の破綻を歓迎するものでは無い。」

秋津州内務省のオフィスで新田の話す話柄が、秋津州国王の意に反したものと見る者はいない。

当たり前と言えば当たり前のこの発言が、大きく波紋の輪を広げ、市場の混乱を一時鎮めることに繋がったとされ、その結果一部に、日秋両国から大きな支援を期待し得ると言う声が上がり、今後の推移に関して楽観視する向きまであったくらいだ。

しかし、その国では相も変らぬ反秋津州の嵐が吹き荒れており、過去の支援に感謝するどころか、無理に押し付けられたものとして恨み言まで並べたてている。

無論、メディアが黙っているわけが無い。

恩義に報いるにそのような反応を返す国に対して、あの剛強をもって鳴る国王が、果たしていつまで寛大な対応を続けるだろうか。

その辺のひ弱な為政者とは根本的に違うのだ。

国内においても、圧倒的な支持基盤を背景にしている専制君主なのである。

その専制君主から債務償還の請求さえ出なければ、その国の外貨準備高には未だ見るべきものがあり、危機はいったん回避されたとする見方もあったが、無論相当辛辣な論調も無いではない。

あの国を潰すには銃弾の一発すら不要であり、秋津州国王が一言発言するだけで事足りると言う。

勿論「カネ返せ。」の一言だ。

事実であったろう。

それが発せられれば殆どの資金が瞬間的に逃亡し、あの国は一瞬で崩壊してしまうに違いない。

さまざまな議論が巷を賑わせたが、恒常的な安定が確保されたなどと言う論調はいずれからも出ておらず、単に絶えず目前にあった危機が少しだけ遠のいたに過ぎないと見る向きが最も多かったのである。

先日行われた日秋のトップ会談の内容が、未だに洩れていないことは確かであった。


十二月二十六日、アフリカ諸国の切なる招きにより、王はその訪問の旅に出ることとなった。

その旅には、キャサリン父娘が自身たっての希望で同行することになり、その訪問先も父娘の祖国を皮切りに四日間で七カ国もの多きに上ったが、全て先方からの招きによる訪問のことでもあり、いずれの国においても大歓迎を受けながら若者は移動して行く。

もともとこわもての筈の秋津州の王が、実際に会って見ると意外に腰の低い若者であったことが、各国の首脳たちからはすこぶる好評であったと言う。

無論、彼等はいずれもはるかな年長者ばかりであり、これ等年長者に充分な敬意を払うのは若者の常の姿でもある。

行く先々で、カメラの放列がてぐすねひいて待ち構える中、今では富強第一を謳われる秋津州の王が、言わば最貧国と呼ばれる国々の首脳に対して、このように慎み深い姿勢を取り続けていることを、極めて好意的に扱うメディアは多い。

しかも、供奉のものは井上司令官ただ一人で、外に一人も連れていないのである。

自然、随伴のキャサリンが何くれと無く世話を焼く羽目になり、その甲斐甲斐しい姿がひどく目立ち、彼女の元にも取材の申し込みが押し寄せることになった。

彼女自身、ここ数ヶ月の間、一心に国土の復興に力を注ぐ国王に接して来ており、殺到する取材陣を前に、その汗まみれの日々について極めて熱く語り、その記事も又各国有力紙の紙面を飾ることになって行く。

この旅程は、本来ならかなりの強行軍になるところであったものが、一行は若者のいつもの移動方式によって、ほとんど疲れの色も見せずにその行程を終えることが出来た。

大成功だったのである。

情勢を観望していた各地域の国々からも、招待状が殺到するようになるのも、又自然の成り行きではあったろう。

こののちの王はかなりの国の招きに応じ、徹底的に時差を利用して一日に六カ国も経巡るような強行スケジュールさえ消化しつつ、それは延々と続けられ、以後二月の初旬まで世界中を飛び回ることになるのである。

この世界行脚の最も特徴的なことは、移動した距離の驚異的な長さにあっただろう。

王は外遊中全く現地泊まりをせず、日々自国に戻っていたのだ。

この外遊の全期間において、朝食はほとんど自室で摂っていたことが明らかになるに連れ、当時頻繁に仮眠をとっていたことも伝わり、やがて各方面の微苦笑を誘うのである。

この間にも王の朝食に招かれる者が相当数にのぼり、タイラーなど各国高官は無論のこと、ダイアンやキャサリンの顔も頻繁に見ることが出来た。

久我京子に至っては、多くの週末を秋元女史の用意したホテルの専用スィートで過ごしていた気配で、この朝食にも度々招かれていたのである。

詰まり、どんなに遠方にいても毎日欠かさず自国に戻っていたことになり、それは、まるで距離の概念を完全否定するに等しいと言われたほどだ。

この不思議な技術については、以前からその存在が囁かれて来てはいたが、今般幾たびも積み重ねられた実績によって、これについての蓋然性が立派に定着してしまった。

加えてもう一つ特徴的であったことは、その訪問先にいわゆる工業先進国と呼ばれる国の名前が、一つも含まれていなかったことだ。

無論、工業先進国と呼ばれる国々からの招きも、降るほどにあったことも事実なのだ。

観測筋の見方も又さまざまで、秋津州財団の豊富な資金をばらまいて歩いてるだけだとして、こっぴどくこき下ろしているものもあった通り、各国各地に秋津州財団の支部が次々と誕生したことは事実で、今回の世界行脚の過程で、総額五千億ドルもの資金が各地に投下されたと囁かれている。

尤も、メディアの論調は比較的好評で、結果として各途上国に膨大な資金が投下されたことは、世界のマーケットに大いなる起爆剤を与えるものとして歓迎したことも確かだ。

結局メディアが公式なものとして捉えただけでも、その訪問先は八十カ国にも及び、非公式なそれも四十カ国もの多きに上ったとされ、王はこの短い期間に、百二十カ国ほどの国々に秋津州財団の支所を設けたことになるが、この数はこののちも増えることはあっても決して減ることは無い。


秋津州の正月は、一面の銀世界であった。

北方の山並の頂上付近はとうに冠雪していたが、首都圏における本格的な積雪を見るのは、これが初めてのことだったのだ。

元日でありながら、新田源一は内務省ビルの最上階で過ごしており、このあとひたすら外遊を繰り返すことになる若者も、今は全くくつろいだ姿で掘り炬燵を囲んでいる。

そこは、ほんの短期間とは言えかつて若者が居室としていたところで、新田に譲ったあとも二人がひんぱんに酒盛りをする場所でもあった。

今も、二人が酒を酌み交わしている「ところ」は、一風変わった環境にあることは確かだ。

実は、この堂々たる内務省ビルの最上階の一郭に、まるで体育館のような巨大な空間が存在していた。

天井の高さも優に八メートルはありそうな空間に、六十センチほどの高さの床を持つ平屋建ての日本家屋が、全く独立した建物として構築されており、幅一間もの廊下が北側を除く外側をぐるりと囲んでいる。

それは実に奇妙な光景と言って良い。

巨大な洋風建築の中に和風建築が存在していることになるのである。

畳張りの三部屋が横並びに連なり、それぞれがふすまや壁によって間仕切りがなされ、一つの独立した居住空間を立派に形成しており、しかも、それぞれの和室の南向きの正面には、鄙びた沓脱ぎ石まで設えられ、外のフロアからの出入りを一層自由にさせてもいる。

北側には納屋と台所、そして風呂や便所があり、立派に独立した生活を営める構造になっている上、そのどれをとっても日本の香りを漂わせ、新田にとっても格別好もしく、彼自身、密かに「土竜庵(どりゅうあん)」と名づけるほどお気に入りの場所になっていた。

ずんぐりとした新田の体格好は、いかにも土竜(もぐら)に似ていなくも無い。

もし、部屋の中の土竜が沓脱ぎ石を降り、通り土間になっている広いフロアを突っ切れば、南側の大きなガラス窓に突き当たるだろう。

そこからは見渡す限りの雪景色が広がり、その中には幾棟もの高層建築が立ち並ぶ姿まで雪に霞んで見える筈だ。

渡り廊下の外周の雨戸は全て開け放たれており、障子一枚開けさえすれば、掘り炬燵からでもそれが見渡せるのだ。

土竜は、今も直ぐ脇に受話器を乗せた小机を置き、いつでも電話に出られる態勢で新春の屠蘇を味わっており、掘り炬燵にしても如何にも良い出来栄えで、その温もりが一段と心地良く、差し向かいで杯を重ねる若者も先程からこの降雪を寿いでいるように見える。

以前にも何度か大雨が降ったが、その都度若者は満面の笑みを見せて喜悦していたが、若者が、これほどまでに気候の変化に一喜一憂する心情も、今は妙に腑に落ちる思いがしている。

結論から言ってしまえば、やはりこの秋津州は人工島であって、若者の異能によって、いずれからか運ばれてきたものに違いない。

今となっては、それこそが紛れも無い真実だと思えて来るのである。

人工島の出現は、当然、広範な海域に亘ってその海流に影響を及ぼし、それはそのまま気候の変化となって現れて来る筈だ。

だからこそ、若者はこの太平洋における海流の変化を慮り、注意深く観察しているのだろう。

そもそも若者の一族は、一千年以上の永きに亘り、この島で棲み暮らして来たと主張して来ており、それが事実なら、既にその気候風土は身体に滲み込むほどに馴染んでいる筈なのに、ここまで天候を気に掛けるのは如何にも不自然だ。

ただ、一族の将来を何よりも大切に思う若者にとって、その領土の気候風土を気に掛けること自体は、あながち不自然とばかりも言い切れない。

日照時間や降雨量は、その地で作物を育てる上で何にも増して大切な事柄であり、おそらく、この意味で、若者の望む自然条件が確実に現出しつつあるのだろう。

この大雪を寿ぐのも、少なくとも、雪見酒が楽しめるからで無いことだけは確かだ。

この国の天地が充分な自然の恵みを受けられそうな見通しが立ったあとは、それこそ揺るぎの無い国家主権を打ち建てようとしているからに他ならない。

秋津州と言うこの国家を、国際社会の一員として、どこからも後ろ指を指させないものに育て上げるべく、ひたすら専念するつもりなのだろう。

その過程において若者は、最も効果的な局面において、強大な軍事力を堂々と行使してみせる必要があった筈だ。

さらには、その機会を作るために、あらゆる策略をめぐらせたに違いない。

結果から見れば、米国をはじめ中国・ロシアなどは、その巧妙な罠に、まんまと嵌まってしまったことになる。

だが、そのおかげで国際情勢の劇的な変動が引き起こされ、我が国にも大いに利益をもたらしてくれた。

実に、我が日本は、六十年ぶりに実質的な独立を果たすべき好機を得たのだ。

折角の好機を、如何に活用し得るかが今問われているのであり、新田自身が、日本人として生まれてきて今日あるは、正にこのときのためだとまで思い極めているほどだ。

新たに勃興してきたこの秋津州は、確かに途方も無い脅威には違いないが、今までのところ若者は全く領土を求めてはおらず、占領した敵国に対してさえ手厚い保護を加え、その自治権の保障どころか、再軍備に関してさえ全くのフリーハンドを許容しているでは無いか。

少なくとも、世界の世論はそう見ている。

詰まり、「その地域を統治すべきは、あくまでその地域の人々であるべき」とする王の思想信条に、深く共鳴させられてしまっていることになる。

ここにも、恐るべき意図が潜んでいるような気がしてならないのだ。

首相官邸では、既に若者の政略の一環を察し、かつ積極的同意さえ与えてしまっており、その上重ねて強力な協調態勢をとるべく、更なる環境の整備を進めようとしているほどだが、秋津州の国益との間に、今のところ軋轢を生ぜずに済んではいるものの、今後についてまでは誰にも分からない。

しかし、有りがたい事に、若者が抱き続けてくれている日本人との連帯感を思えば、両国の国益の差にさほどの隔たりが生じるとも思えない。

国際社会には、大勢の化け物が好き放題に暗躍しており、その中で互いに同胞だと感じあえること自体が実に貴重なことなのだ。

互いの誇りを傷つけさえしなければ、以後も強固な連帯感を共有し続けることも可能だろう。

こうして二人で酌み交わす酒の味には格別のものがあり、少なくとも目の前の若者との間には、強固な同族意識を体感出来ているのである。

新田は、この半年の間に群がり起こった数々の出来事に改めて思いを馳せながら、掘り炬燵の上のグラスをとった。

あまり暖房を利かせていないため、二重に仕切られているこの室内も寒気が甚だしい。

障子一枚で隔てられた外のフロアなどは、恐らく摂氏五度を切っているだろう。

その冷え切ったフロアには、井上司令官と三人の侍女が控えて居る筈で、数メートルを隔てたオフィスには、大勢の女性たちが倦まず弛まず外交事務を執っており、その上彼女達はいまだかって人並みの休憩なぞ望んだこともない。

彼女達が自ら組んでいる勤務シフトを見ると、一人一人がその休日をふた月に一回ほどとする、過酷なローテーションで回しており、殊に不思議なのは京子の妹たちだ。

この姉妹は、全て日本国籍を持つ堂々たる日本人でありながら、ヒューマノイドだと思われる他の女性たちに伍して、全く同様のローテーションで勤めており、この点でも、新田の中にはある淡い疑いが生まれつつある。

詰まり、日本人である筈の秋元姉妹も又、ヒューマノイドなのではないかと言う疑いだ。

それどころか、三人の侍女は勿論、公表されている全ての秋津州人までが疑わしいのである。

この新田の推論は、まさに正鵠を得ていると言って良い。

新田には想像することも出来ないことであったが、実は昨年の暮れに来て、王は幼い一族の者たちをほとんどいちどきに失ってしまっていた。

各国外交団の一部が持ち込んだ病原菌により、七人の幼子たちが揃って劇症の感染症に倒れてしまったのだ。

無論、即座にマザーの船団にある無菌室に隔離し、万全の処置を施したのだが、敢え無く全ての命が空しくなってしまった。

秋津州に棲息している秋津州人は、文字通り国王ただ一人となってしまったことになる。

皮肉なことに、外国人居留民の中に幼児は存在せず、彼等の中で発症したのはほんの数人だけで、その症状もごく軽度のものばかりであった。

秋津州にとってこれ以上重大な国家機密などあろう筈も無く、若者の悲嘆は完璧に秘匿され、全く探知されることはなかっただけなのである。

しかしこのことがあってからと言うものは、明らかに若者は変わった。

これまでの若者は、新田の進言する積極外交策を一切採用せず、孤立主義ともとれる頑な対外姿勢を保ってきていたものが、一転して積極的な外交の旅に出ることになったのである。

若者の悲嘆がその形を変えて、のちに、百二十カ国もの途上国の招きに応ずることになって行く。

天空に於いて僅かながら生まれ育ちつつある一族のために、揺るぎの無い万全の国家主権を打ち建てようと、改めて心に誓ったのであろうが、こうとなれば、二十年後、三十年後にその次世代のものが、秋津州を引き継いでいってくれることにひたすら望みを託すほかは無く、この重要な機密を秘匿するためにも、敢えて積極的な姿勢をとることにしたのである。

だが、この重大な事実は新田は無論のこと、誰もが知り得ないことなのだ。


今新田の正面でするめをしゃぶる若者は、つい先ほど帰館してきたばかりだ。

この大雪の中、朝早くから出掛け、父祖の御霊を祀る秋津州神社に参ってきたと言う。

それも、その場所が問題であった。

秋津州の北方には山並みに抱かれるようにして、北浦と言う湖があることは何度も触れてきた。

その湖は瓢箪のように中ほどがくびれており、そのくびれによって上湖と下湖とに分かたれているのだが、上湖の標高は二百五十メートルほどもあり、下湖のそれは二百メートルほどのものだ。

詰まり、五十メートルほどの標高差がある。

自然、上湖と下湖の境目辺りは全て滝となって流れ落ちることになる。

今や上湖は豊かな水量を誇るまでになって来ており、更には清冽な瀑布となって滝壺に降り注ぐのである。

秋元姉妹によれば龍神の滝と呼ぶ者が多いと言うが、秋津州神社は、この龍神の滝の裏側に穿たれている洞穴の奥にひっそりと鎮まっており、積雪の無い晴天時でさえそこに達するのは容易では無い。

若者の特別の力を以てすれば何の苦労も要らない筈が、聞けば、わざわざ自らの足で登り降りしてきたと言う。

十一年前に即位した場所だと聞くその場所は、この若者にとってそれだけ特別の意味を持つのだろうが、巨大な虚構を以て構成されるこの国の中でも、それは数少ない実像の一つなのだ。

だが、秋津州は今や堂々たる国家主権を主張し、かつ否応無く諸国に認めさせつつある。

それは、日本人新田源一の外交戦略の中では紛れも無い実像であり、同時にそのことこそが日本の国益にとって最も重要な役回りを演じてくれるものでもあるのだ。

新田の感慨は尽きないが、直ぐ下の四階には、午後から始まる賀詞交歓会に出席すべく続々と人々が集結しつつあり、二人ともぼつぼつ身支度にかからなければならない。

出席者は二千人は下らないとされ、その中には着飾ったダイアンや久我京子等の姿もあり、撮影を許された多くのカメラがそれを盛んに捉えることだろう。


年が明けて、秋津州国王の目まぐるしい旅が再開され、そのニュースが流れない日は無い。

メディアの論調は、概して王の積極的な外交姿勢を好意的に受け止め、今後の国際情勢の安定にとっても、極めて重要な役割を果たすに違いないと評していた。

特に王の訪問先が開発途上国に限られていることについて、地球規模の南北格差を埋めようとするものだとして、過剰なほどに激賞する論調まで散見される中、中南米、アフリカ、中東、東南アジア、南太平洋、中央アジア、東欧と、王の駆け巡る国々は日毎に数を増して行き、当然その悉くが秋津州との友好関係を積極的に望む国ばかりだ。

何にしても、王が国際政治のキャスティングボードを益々強く握り始めていることが、いよいよクローズアップされて行くことにはなるのだろう。

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  1. 2005/11/03(木) 16:50:58|
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