日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 057

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一方、松涛の邸では夕刻になってからではあったが、無事に国王を迎えることが出来ていた。

約束どおり、ちゃんと来てくれたのである。

祝いの席に着いたのは、若い二人のほかには、結局みどりと秋元女史、久我の両親の四人だけと言うごくささやかな宴にはなったが、和やかな空気の中で若者も終始上機嫌で杯を重ねていた。

席上、花嫁の学業についても話題に上り、両親の心積もりでは本人の気持ちも汲んで中途退学させた上、一日も早く嫁がせたかったようだが、これも若者の鶴の一声できちんと卒業させようと言うことになり、通学の都合からも花嫁は引き続きこの邸で暮らすことが固まった。

殊に両親側の認識では、娘は数ヶ月にも及ぶ心寂しい婚約期間を過ごしてきたことになっており、その心情を思ってひたすらことを急ぐのも無理は無かったが、婿の口振りでは、その祖廟において祖先の御霊に通婚の報告をする予定でいるらしく、聞けばその日も遠くは無いと言う。

両親にとっての若者は既に充分な親孝行をしてくれている相手でもあり、その上、あらゆる意味で世界を震撼させるほどの確固たる実力を具えた男なのだ。

若年とは言え、娘婿としてこれ以上の相手など探しようが無い。

殊に、花嫁の父としては、これ以上の良縁は無いとまで思い極めており、娘の寝室にしても、最初からメインと言って良い部屋が設定されていることから、陛下がお泊りの節は、その部屋にお泊り頂くのも自然の成り行きと言った気分でいる。

二人が、既に実質的な夫婦であることを進んで認めてしまっており、一日も早い外孫の誕生を心待ちにしているほどだ。

委細は、娘が全幅の信頼を寄せている「京子お姉さま」が取り仕切ってくれており、親と言えども迂闊な口出しは慎まねばならないが、ただ、今回初めて顔を合わせた「みどりお姉さま」については、意外なほどの発言権を持っていそうなことが判った。

この銀座のクラブ経営者は、ときとしてまるで陛下の母親のように細やかな気配りを見せ、こと家庭的な事柄に関しては、なかなかの影響力を行使する気でいるようだ。

その影響力も「京子お姉さま」とは違って、政治的な色合いは全く感じられないかわりに、逆に娘の今後にとっては最も手ごわい相手になりそうな予感がしている。


国王とお京の通信。

二人とも祝宴の席に同席しているが、無論他の者には何も聞こえない。

「只今秋津州の外事部から、報告がございました。」

新田の側にいる妹のいずれからか通信が入ったのであろう。

「うむ。」

「中国代表部からの打診があったそうでございます。」

「ほう。」

「新田さんを通したところが、味噌のようですが。」

「・・・。」

「尖閣諸島を放棄するから、南海諸島について黙認して欲しいとのことでございます。」

「何のことだ?」

「昨年の戦争で失ってしまった西沙諸島をもう一度武力占領したいので、それを黙認してくれと言う話だそうです。」

「相変わらず、面白いことを言うものだ。」

「本音では、南沙諸島にまで一気に進出したいのでございましょう。」

「なかなかに元気なものだ。」

南海諸島の内、西沙諸島とは、ベトナムのフエやダナンの東方沖、そして中国海南島の南南東に分布する三十以上にも及ぶ島嶼群のことなのだが、千九百七十三年にベトナムから米軍が撤退した翌年、中国はそこ(西沙諸島)に駐留していたベトナム軍を武力を以て排除して実効支配に及び、その後滑走路と軍事施設を建設して軍隊を駐留させた。

ベトナム側は、戦っても到底太刀打ちできないために涙を飲んだのだ。

又、南沙諸島とは、西沙諸島のはるか南方に浮かぶおよそ百ほどの島々のことで、とても一般人が居住できる環境では無いため島そのものにはほとんど価値は無いが、中国、台湾、フィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイなどが領有権を主張し合い、各国それぞれが部分的に占領した。

殊に中国は、千九百八十七年から八十八年にかけて、そのうちの数カ所を占拠したが、九十二年に米軍がフィリピンから撤退した以後の行動が最も「要注意」だ。

米軍のフィリピン撤退後、待ってましたとばかりに中国は南沙諸島の諸所に恒久的かつ本格的な軍事施設を設けた上、「南沙諸島海域は中国の領海であり、外国艦船が同海域を通過する際は中国政府の許可を要する」との一方的な宣言を発したのである。

まして、人民軍に対して、「領海」に進入するものを「排除」する権限まで持たせた。

この場合の「排除」には、局地的な戦闘行動が含まれることは誰の目にも明らかであったろう。

又、上記で言う「要注意」の意味は簡単だ。

それは、これ等の領域から米軍が撤退するのを見計らい、すかさず実力行使に打って出ると言うパターンのことである。

只々そこには、付近に強い者がいなくなった途端に、待ってましたとばかりに奪ってしまうと言う露骨な構図があるばかりだ。

逆に、そこに強者が存在する間は大人しくしているわけで、その行動様式には、道義とか正義とかに遥かに優先する国家利益だけが突出している。

くどいようだが、国際間での相克にあたって正義や道義などを求めるのは、まるでソープランドに出かけて行って処女を求めるようなものなのだ。

なお、念のために断っておくが、筆者は何も女性に対してその処女性をとやかく言う者では無い。

ただ、通常の愛情の交歓としての性交渉と、ビジネス上のそれとを区分しているだけなのである。


さて、本題に戻ろう。

問題は、この南海諸島に対する支配権にある。

(筆者註:南海諸島は南沙諸島と西沙諸島を共に含んでいる。)

領有権と言い換えても良い。

なお、本稿においては、秋中戦争の結果、それを中国が一瞬にして失ってしまっていたことが今次の話題の発端なのだ。

昨年の九月十三日、秋津州軍の一大反攻作戦が始まり、これ等南海諸島に盤踞していた中国人民軍は、ほんの数分も持ちこたえられずに降伏し、秋津州軍の手によって武装解除を受けた挙句、中国本土に送り返され即座に開放されていた。

要するに、このときまで南海諸島の各地に駐屯していた人民軍は、一兵も余さず本土に送り返されてしまったことになる。

なお、その数時間後の秋津州軍は、一旦占拠した全ての地を放棄して無言のままに去った。

本編の現時点での西沙諸島は、ベトナム軍が脆弱な兵力を以って駐屯している状況にあり、一方の南沙諸島の旧中国軍基地は全て無人となって、目下競合する関係各国が互いに牽制しながら様子見の最中だ。

近頃の中国は、無論秋津州の膨大な支援によってではあるが、急速に立ち直りつつあり、一旦壊滅してしまった人民軍にしても、国王の許しを得た上で徐々に整備が進んでいる。

今次の話は、回復しつつある軍事力を以って、それ等の島々を再び占領しようと言うものだ。

ただし、その件を持ち出すに当たって、現在の強国秋津州に対する根回しの一環として、日本政府を引っ張り出してきたところがミソなのだ。

詰まり、秋津州に対して影響力を持つとされる日本に援護射撃をさせようと言うのである。

どうやら、そのための手土産が尖閣諸島に関する領有権の放棄と言うことになるらしいが、この話の前提としては、尖閣諸島がもともとからの中国領であらねばならぬだろう。

そもそもが、自国の領土であるからこそ、その領有権を放棄することも出来るのであって、それが他国の領土であれば、放棄するも何もそれこそ単なるお笑い種でしかない。

なお、千九百七十年以前にかの中国が、尖閣諸島を自国領土だと主張したことなど一度として聞いたことが無い。

その領有を言い始めたのは、その付近に膨大な海底油田の存在の可能性が判明してからの、千九百七十一年の末になってからだ。

実はこの千九百七十一年と言う年は、沖縄が本土に復帰する前年のことで、沖縄の一部である尖閣には米国の施政権が及ばなくなることが決定済みだったのだ。

無論、本稿においては、あの秋中戦争以後この件では一切中国は沈黙していた。

敗戦によって国が滅んでしまった以上、沈黙せざるを得なかったのである。

しかし、着々とその態勢を立て直し、言わばこのカビの生えた古証文を持ち出してきて、日本に対する外交カードとして用いたことになる。

いずれの国であろうと、有効な外交カードとして使えるものなら何でも使うべきであり、これも別に珍しくも無い話ではあるが、問題は、その外交カードを突きつけられた相手国(日本)が、それを有効なものとして受け止めるかどうかであり、それによっては、国際社会から笑いものにされてしまうだけであるにも拘わらず、敢えて持ち出してきたのは、ひとえに過去の日本外交の弱腰ばかりを見てきたからに他ならない。

尖閣の領有権を放棄すると言えば、日本側がありがたがるのではないかと思ったとしても不思議は無いのである。

「それだけでよろしゅうございますか?」

「肝心なのは、日本側がどう出るかだ。」

「新田さんは、その場で大笑いしたそうです。」

但し、このときの新田は秋津州の執政官の立場で会っているのである。

「ふむ。」

「貴国の言う、尖閣とは何処の尖閣だ、と言ったそうです。」

「うふ。」

若者が笑ったようだ。

「まさか、沖縄の尖閣のことではあるまい。万一沖縄の尖閣ならば古来より日本国の固有の領土であり、貴国の口を挟むところではない、と仰ったそうですわ。」

中国代表部は、新田に玄関払いを喰わされたことになるのだろう。

それも、かなり高飛車にやられたらしい。

「当たり前のことだ。」

「それで、中国代表部では緊急に謁見を願ってきておりますようで。」

「私に会って、どうしようと言うのか?」

「きっと、実際に陛下のお胸を叩いてみたいのでございましょう。」

中国代表部は、秋津州に対する新田源一の影響力をそろそろ疑い始めているのかも知れない。

「ふむ、どんな音が出るか想像出来ぬと申すか?」

「はい。」

「この辺で、直接会っておくのも良いかも知れぬな。」

「では、お戻りになりますか?」

「うむ。」

「それでは、手配致しておきましょう。」

結局、折角の宴もお開きにならざるを得ない。

若者は、むずかる婚約者を置いてその国に戻ることになった。


数分後、国家元首の顔を取り戻した若者は、内務省四階の謁見の間で、中国代表部の責任者と悠然と対峙していたのである。

夜間の謁見など異例中の異例ではあったが、中国側のたっての希望を入れたかたちが採られ、公式な謁見である以上、若者は一国の元首として甚三郎や侍女たちを従え一段と高みにいる。

かつて四度ばかり会ったことのあるその相手は五十代、親子ほどの年の差があったが、礼を尽くして公式謁見の儀式を終え、若者にいざなわれるまま別席に着き、いよいよこれからが本番だ。

若者から好意溢れる支援を受け続けている相手側には、ある種の甘えが無かったとは言いきれまい。

若者は、通常では考えられないほどの寛仁大度を、中国と言う旧敵国に対して示し続けてきたのだ。

そのため、秋津州国王の意図を都合の良い方向に過大評価してしまったのも無理は無い。

相手は、改めて国王の誕生日の祝辞を述べ、出されたお茶を楽しみながら肝心の話題に踏み込んで来た。

「陛下、お聞き及びのことと存じますが、南海諸島の件、なにとぞご配慮を賜りますようお願い申し上げます。」

すっかり、狎れきった表情だ。

「南海諸島の件とは何事か?」

若者も、なおにこやかであった。

「はっ、もともと我が国の領土であったところに他国の軍が入っておりますもので、そこの治安を取り静めるための出兵でございます。」

「ほう、なかなかに元気を取り戻したものと見える。」

「はっ、これもひとえに陛下のお力添えあってのたまものでございます。」

「貴国も国家として、そこまで元気を取り戻せたのは、まことに喜ばしい限りである。」

「まことに感謝にたえません。」

「ところで、このお申し越しは正式なものであろうか?」

若者は、終始上機嫌に見えていたのである。

「はっ?」

相手は、一瞬怪訝そうな表情だ。

「いや、このたびの申し様は本気かと聞いておる。」

それでも、若者の表情は笑みを湛えたままなのだ。

相手は、真意を測りかねて逡巡してしまった。

「・・。」

「いや、もしそうであるなら、貴国は既に充分に自立を果たしたことになる。もはや我が国の支援などは一切必要とはしないであろう。」

「いえ、それは・・。」

「いや、実に目出度いことである。」

相手は真っ青になってしまった。

いまここで支援を打ち切られてしまうと言うことは、中国国内に駐屯してもらっている秋津州軍も、全て撤退すると言うことであり、当然、秋津州の翼下から離れて一人立ちすると言うことを意味する。

秋津州国王の意思に背いた結果、そのグループから放逐されたものと見られかねないのだ。

少なくとも、国際社会はそう見るであろう。

殊に、近隣諸国がそう受け取る。

中国の周辺諸国は、全て親秋津州路線を固く国是としているものばかりだ。

現在では、仮に台湾一国と戦端を開いた場合でさえ、まともに戦えるほどの備えは整っていない。

まして、台湾が中国周辺の他の国と結んだ場合を想定すると、事態はますます深刻なものにならざるを得ない。

その上に、鋭意建設中の永久原動機を用いた大規模発電設備のこともある。

当然、その建設工事も全て打ち切りになってしまうだろう。

技術的にも、独力ではとても継続は出来ないことなのだ。

中国代表はすっかり縮み上がった挙句、とどの詰まりは、平謝りに謝って前言を撤回するほかは無かった。

かと言って、永遠にこのことを諦めたわけでは無い。

あくまで戦略的な一時撤退であり、中国外交はしぶとく出直しを図っただけなのだ。

尖閣と南海諸島とを引き換えにしようと言う、言わば人のふんどしで相撲をとろうとする外交パターンは、もともと手持ちのカードの少なさから来るもので、その意味では致し方の無い側面も無いではない。

しかし、人のモノを只で使うほうは良いだろうが、勝手に使われてしまう方はたまったものでは無い。

当然、自分のモノを勝手に使ってもらっては困るのだと言うことを、明確に意思表示をすべきであり、それでも相手が肯んじない場合、実力を以ってその行為を阻止するほかはあるまい。

但し、実力と言っても、必ずしも軍事力だけとは限らない。

しかし、どうしてもほかに手段が無い場合、最終的には武力を以て決着を付けるしかなくなってしまうだけの話だ。

その最後の手段を用いることを、最初から放棄してしまっていたとしたら、相手は得たりや応とばかりに電車道の勢いで踏み込んでくるに決まっている。

あっと気が付いたときには、あらゆる局面で既に土俵を割ってしまっていたなどと言う、情けないありさまになってしまうのもそれこそ歴史上の必然なのだ。

但し、現在の日本の後ろには、史上最強の秋津州軍がいる。

少なくとも、そう見るのが国際政治上の常識になりつつあると言って良い。

その秋津州軍の実力は、世界中を敵に回しても小動(こゆるぎ)もしないほどのものであり、そのことによって日本が得ている抑止力はもはや際限も無いほどのもので、まして今回の場合、中国側の物言いがあくまで秋津州に対して行われた非公式な打診に過ぎなかったため、日本政府は改めては反応しない。

もっとも、窓口のところで新田源一と言う官僚が充分な反応を返したことで、日本側の毅然たる意思が余すところ無く先方に伝わることになった。

しかも同時に、秋津州国王の意思が止めを刺したようなものだろう。

確かに若者は、中国の国策そのものに対しては批判も勧めもしていない。

他国の国策に対しては、相変わらず一切容喙しないとする既存の姿勢を保っていることになる。

ただし、戦争と言う国策を実行し得る実力を備えた以上、もはやその国は立派に自立したものと見做し、そのことを寿ぎ、自立した国には従前のような支援は不要であるとした。

秋津州からの支援の打ち切りを、にこやかに宣告しただけのことなのである。

本来その支援は、秋津州側の一方的な好意に基づくものであって、それを打ち切るかどうかも又、国王の一方的な判断によって行われることに何の矛盾も無いであろう。

今まで一方的にプレゼントを受け続けてきた側が、打ち切られたからと言って一言の苦情も言えた義理では無い。

若者は、一人前の国家としてそんなに戦争をしたがるほどなら、その事自体は咎めないが、同時に支援も打ち切ってしまうと言っただけなのだ。

あわてた中国は、当然全てを撤回した。

ただ、結果として中国は撤回しただけでは済まなかった。

わざわざ尖閣諸島の領有問題に自ら触れて、日本側の確固たる領有の意思を改めて認めさせられてしまったようなものだ。

いよいよ日本政府も、魚釣島に国土交通省(管轄の海上保安庁)の基地を、本格的に建設する旨閣議決定をしたと言うが、これも、あくまで純然たる国内問題であり、対外的にことさらな通告をするなど更に無用のことだ。

この魚釣島とは、尖閣諸島中最大の島であり、約三.六平方キロメートルほどの面積を持つ。

そこには過去に日本人が築いた船着場や、数百人の日本人が居住した跡も数多く残っているが、さまざまな経緯を経て現在は無人となってしまっている。

早速国土交通省から係官が現地入りすることも固まり、先ずは日本国政府としての公式なアクションが開始される筈だ。

思えば、この件では日本政府は始めて対外的に目に見える形で行動に移ることになったのだが、台湾共和国も中国も見事なまでに沈黙したままだ。

このことは、逆に日本国内にさまざまな論議を呼ぶことになったが、自然秋桜のメンバーたちの間にも、次から次へと地鳴りのように伝播して行ったことは確かだ。

さらに、この前後の秋桜のネットワークには、殊にその感受性に訴えてくる、ある情報がもたらされている。

それは、昨年の九月十五日に始めて秋津州国王が日本を訪問したとされる日の出来事であったと言う。

新田源一が秋津州に入り、破綻寸前の韓国へ巨額の特別融資を決定すると共にモンゴル問題をも処理し、電光石火日本に立ち戻り対中露停戦合意を成立させた歴史的な日でもある。

なにしろ、巨大な戦乱の結末に当たり、その帰趨を左右するときだったのだ。

その戦乱は、ユーラシア大陸の三分の二にも及ぶ、広大な領域を覆い尽くすほどの大戦であったが、中でも中露との停戦合意の成立は世界的なビッグニュースであった筈だ。

当時若者は新田の官舎でくつろいでいたが、マスコミにその所在が漏れ、時が時だけに途方も無い大騒動になってしまい、已む無く離日しなければならなくなった経緯があるが、その際に若者のとった行動について、その記録映像が彼等のネットワークにひそひそと流れたのである。

それによると若者は、帰国に当たって深夜の皇居前広場に身一つで降り立ち、はるか皇居に向かって深々と拝礼してから去ったと言うのだ。

同行の新田の言によれば、若者は自らの宗家でもある日本国天皇に対し、敬意を表したまでであると言ったそうだが、新田の部屋を去るに当たって、改めて冷たいシャワーを浴びたのも、そのために身を清めたつもりであったと言い、宗家に敬意を表するに当たり、わざわざ沐浴まで行ったと言うこの逸話は、秋桜グループ全員の心に深く刻み込まれたことは言うまでも無い。

加えて、政府が領土問題に関し立場を鮮明にすることが出来たのも、ひとえにその若者の存在あってのことと、改めて思いをいたすことになったのだが、殊に、当時未だ十四歳の国王が言ったと言う「自らの国は自らが守ろうとしなければ、その瞬間に自ら滅んだも同然である。」と言うくだりが、彼等の胸の中に確固たる共通理念として、ひっそりと棲みついたことだけは確かだったろう。

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  1. 2005/11/05(土) 07:33:25|
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