日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 058

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一方、大統領特別補佐官トーマス・タイラーの悩みも一向に解消される気配も無いまま、繊細な胃袋も相変わらず切なく悲鳴を上げ続け、既に尋常な状態ではないといって良い。

何しろ、食事にしても固形物はほとんど受け付けてはくれず、最低限の栄養補給を点滴注射に頼る始末であり、最近ではその顔色もお世辞にも良いとは言えず、頬骨は尖がり目ばかりぎょろつかせ、人相まで変えてしまっており、優に百キロはあったと言う体重も今では六十キロ代と激減して、裸になると哀れなほどにあばらが浮いてしまっており、一年前の服がサイズが合わなくなってしまい、又しても新調せざるを得なかったほどだ。

結局、その感性の中では、己れを取り巻く状況が好転するどころか益々悪化する兆しすらある上に、打てる手も限られたものでしかないことが最大の要因となっており、例のキャンディティームが大いなる希望の星だった筈が、最近では肝心の標的に接触することすらままならず、モニカティームの動きなどは当然に鈍い。

いや、鈍いと言うより動いていないと言った方が正確であり、まったく腹立たしいことに、二人とも高給を受け取りながら日々遊び暮らしているようだが、もともと飼い殺しにして置くつもりだったのだから、大人しくしていてくれさえすれば、それだけで良しとしなければならないところだろう。

タイラー自身も、外事部の窓口を通じて繰り返し王家との接触を望むのだが、素っ気無い反応しか得られないところにもってきて、様子を窺ってみると、あの魔王は、同じ米国人でも民間人には気軽に会っている気配まであり、NBSの支局長に至っては、しょっちゅう最上階まで昇って行ってるらしい。

例のエレベータホールで網を張るキャンディティームの報告によると、ビルはあの魔王の居室にまで、常に軽々と招じ入れられていると言い、しかも日英仏独ほか多数の国の報道陣に対しても、相当に門戸を開いてることも耳にしているが、肝心のキャンディティームには一向にお座敷が掛からず途方に暮れる想いだったのである。

ときにあたって唯一良いニュースと言えば、頼りの秋元女史が戻ってきてくれたことぐらいだったから、早速、会見を申し込んで見ると、拍子抜けするほどあっさりとオーケーのサインが出て、意地も張りも無く早速出かけることにしたのだ。

いつもの内務省に入り最上階でエレベーターから降りたつと、待機中のキャンディティームの姿が目に入ったが、二人とも僅かに手を動かしただけで、それでも挨拶のつもりだったのだろうが、これも、公式には自分の部下ではなく、あくまでジャーナリストと言う建前になっている以上当然の配慮だと言って良い。

こっちはこっちで敵の本丸に近づいて尋常ならざる緊張を覚えているが、曲がりなりにも今日は特別の了解を得ての訪問だ。

やがて招じ入れられた部屋には、五ヶ月ぶりの女神が既に鮮やかに降臨してくれており、付近には、先程回廊にまで迎えに出てくれた侍女が一人いるだけで、いつもは必ず三人ひと組の筈なのに、珍しいこともあるものだと思ったことも確かではある。

「いらっしゃい。」

女神からは、いつも通りの爽やかな挨拶が飛んで来て、正直一瞬でほっとしている自分がいる。

「もう、五ヶ月になるかなあ。」

それだけ長いこと、顔を合わせていなかったことになる。

「そんなになるかしらねえ。」

「長かったよ。」

少なくともタイラーにとっては長かったであろう。

「それにしても痩せたわねえ。どっか悪いの。」

「相変わらず心因性の胃炎だよ。ほとんど毎日点滴を受けてるくらいだ。」

「あら、あら。」

「これはもう、京子にしか治せないかも知れないなあ。」

しかし、この女神こそがあの魔王の側近中の側近であることも判り過ぎるほどに判っており、その意味では自分の胃にとっても実は一番の大敵なのかも知れないのだが、今の自分には彼女に頼るほかに手が無いのである。

「へえ、あたしはお医者さんじゃないわよ。」

「実は、胃の中にでっかいポリープが出来ちゃったんだ。それもアキツシマって言う名前のヤツなんだな、これが。」

「それは、大変ねえ。」

「最近は、別にニッポンって名前のヤツも出来かかってるみたいだしなあ。」

「それも、厄介だわねえ。」

「うん、そうなんだ。なんかいい方法は無いもんかねえ。」

「その厄介なポリープを除去する方法が知りたいのよね。」

「頼むよ。」

補佐官の顔には、先程までの笑いは消えて、かなり真剣な顔付きに戻ってしまっている。

「でもねえ。」

「まじめに頼むよ。」

「あたしは、いつだってまじめよ。」

「ヒントだけでもいいから。」

「あら、ヒントなら前にもたくさんあげた筈よ。」

「え・・・・。」

「だからあ、そうやって肩に力が入り過ぎちゃってるから、ちっとも判らないんでしょ。」

女神さまは、いかにも「困った人ねえ」と言った表情だ。

「そうかなあ。」

「これ以上繰り返しても無駄だと思うわ。」

「頼む、もう一度だけ。」

「ほんと、しようが無いヒトねえ。だから、もっと肩の力を抜いてみなさいよ。」

過去の栄光に縋って、ただただ力みかえってしまっていることを指摘されているのである。

「うん、判ったよ。それから。」

「いーい、他国との関係を上下の目線で見なけりゃいいだけの話なのよ。」

「そんな風には見てないよ。」

「あらそう。じゃ、世界に君臨しようとはしてないのね。」

「そんなわけ無いだろ。」

「だったら、それでいいじゃないの。」

「え・・・。」

「だから、それなら何も問題無い筈でしょ。」

「え・・・、それじゃ判らないよ。」

「きっと、永遠に判らないんでしょうね。」

女神は苦笑せざるを得ない。

「そんな意地悪言うなよ。」

「ほんとに疲れちゃうわよねえ、トムには。」

「そう言うなよ。何とか助けてくれよ。」

「あたしにそんな力は無いわ。」

「また、そんなことを言う。」

「いーい、永遠に続く国家なんてどこにも無いのよ。」

栄枯盛衰は世の習いであると言っているのだ。

「我が国が滅びるとでも言うつもりかね。」

「勿論、秋津州だっていつかはね。」

真理なのである。

「ふうむ・・・。」

「だから、もっと肩の力を抜きなさいって言ってるでしょ。そうすれば、ポリープなんかじきに消えちゃう筈よ。」

「だから、それじゃ、判らないよ。」

「あのねえ・・・。だからあ、なんでもかんでもほかの国より上を行こうと考えないってことよ。」

「う・・・・。」

「ほかの国の頭の上に君臨しようとしたり、その国の政権が親米路線をとるよう無理やり工作してみたり、そう言うことを一切やめることよ。そうすればもっと気が楽になるって言ってんの。」

「しかし、それはみんなやってることじゃないか。」

「程度の問題よ。ほかの国はワシントンみたいな強引なことはしてないじゃないの。」

「じゃ、我が国がほかの国より、いつも下位にいろって言うのか。」

「判らないヒトねえ。さっきも言ったでしょ、国家間の上下の概念を捨てなさいって。」

「それは、前からそうしてるつもりなんだが。」

「だからあ、それならもう、問題は解決してる筈でしょ。」

「う・・・。」

「あのねえ、いーい、ほかの国はねえ、生意気な態度をとったりしたら、いつ滅ぼされるか、その恐怖の上でいつだって綱渡りしてるのよ。」

滅ぼされると言っても、別に軍事攻撃を指して言っているわけではない。

現実問題、経済制裁を加えられただけで大打撃なのである。

「あ・・・。」

「いつも、細いロープの上でもがいてるのっ。そのためにみんな必死に努力してるってこと。」

「それを言うなら、この私だってこんなに苦しんでるんだぜ。」

「無理にトップの座を守ろうとするから、そんなに苦しむんじゃないの。」

「いや、そんなことは無い。我が国は秋津州より上は目指してないよ。」

「どう言っても、上下の感覚が抜けないのねえ。」

「でも、国力の大小強弱ってのは歴然と存在するだろ。」

「だから、大小強弱と上下関係はイコールじゃないでしょ。」

「それはそうだけど・・。」

「それと、陛下の言う国力とトムの言う国力とでは大分意味が違うみたいよ。」

「え・・・、どう違うんだい。」

「陛下の場合、真の国力とはその国固有の文化のことを指してると思うわ。経済力とか軍事力とかじゃなくてさ。」

「しかし、GDPが小さいと国民生活も貧しいし、防衛力も小さくならざるを得ないだろ。」

「だから、それが普通の国だって言ってるのよ。国家の規模が小さくたって、経済面で貧しくたって、ちゃんとした文化を持ってるかどうかが大切なんじゃないかしら。」

「しかし・・。」

「もう、アメリカも普通の国になっちゃえばいいのに。」

「その言い方は我が国を貶めてるように聞こえるんだが・・・・。」

「普通の国になれって言うのが、なんで貶めることになっちゃうのよ。」

「そう聞こえちゃうんだよ。」

結局、タイラーにとっての合衆国は絶対に普通の国にはなり得ず、常に特別の国であらねばならぬらしい。

「それこそ、心の持ちよう一つだわよねえ。それにトムの言い方だと、そこらじゅうの普通の国が気分壊しちゃうわよ。」

「・・・。」

「まあ、精々頑張ることね。」

「でも、このままじゃ寿命が縮まっちゃうよ。」

「あのねえ、国家が国家として生き延びて行くために、血のにじむような努力を積み重ねているのは、みんなおんなじ筈なのよ。何もアメリカに限った話じゃないって、さっきから言ってるつもりなんだけど。」

「しかし、ワシントンでは病人が続出してるんだぜ。恥ずかしい話だが。」

特に精神性疾患を発症してしまう例が多発しているのだ。

「そうねえ、アメリカにとっては初体験だから余計ひどいのかも知れないわね。」

「初体験じゃないよ。キューバ危機だって経験してるし。」

「あら、あんなのほかの国じゃ、毎日がそうなのよ。」

「・・・。」

「そこんところを判らないと、これ以上何を言っても堂々巡りになっちゃうわね。」

「そうか、ほかの国では毎日がキューバ危機だって言いたいのか。」

「そうよ、その上、ほとんどの国じゃ、核攻撃されても報復すら出来ないのよ。いっぺん、アメリカだってそう言う思いをしてみるべきなのよ。そうすれば少しは実感が湧くと思うわ。」

「結局、それが本音か。」

「だから、本音も何も、ほとんどの国はみんなそうなんだって言ってるでしょ。判らないヒトねえ。アメリカだけが特別だなんてこと、あるわけないでしょう。」

「・・・。」

しかし、タイラーにとっての合衆国は、あくまで特別な存在であるべきなのだ。

「秋津州の登場で、ある意味、とても平等な国際社会になったと言えるかも知れないわね。」

「平等か・・・。」

「そうよ、ひどいことすればやられちゃうと思うからこそ、ほかの国にはひどいことするの止めようかなって思うのよね。どこからも懲らしめられないと思うから、やりたい放題やっちゃうんでしょ。」

「しかし、我が国はそんなひどいことなんてやったことないよ。」

「だったら、それでいいじゃないの。」

「でも、京子の言う平等な国際社会って秩序の保てない社会なんじゃないかなあ。」

「そうかしら。」

「世界秩序がめちゃくちゃになっちゃうよ。」

「・・・・。」

「秩序を保つためにはそれに見合うだけのパワーを見せ付けなけりゃ、ほかの国がついてきてくれないし・・・。」

「だからあ・・・・、アメリカがアメリカに都合のいい秩序ばっかり無理押し過ぎるからじゃないの。」

「そうかなあ。」

「結局、無理しすぎるから胃が痛くなっちゃうのよ。」

「そうか。それで、肩の力を抜けって言ってるわけか。」

「普通の国になったことを素直に認めちゃえば、そんな無理しないで済むのにねえ。」

「理屈はわかるんだが・・・。」

「理屈がわかるんだったら、あとは実行すればいいじゃないの。」

「でもなあ、我が国が普通の国になっちゃったら、それこそ勝手なことする国が増えちゃうんじゃないかなあ。」

「そりゃ、みんな自分の都合ってものもあるわよねえ。」

「そうだろう。みんながみんな自分の都合で勝手なことし始めちゃったら、もう収まりがつかなくなっちゃうぜ。」

「そらそうね。」

「ほらな、だから世界秩序は絶対必要なんだ。」

「でしょうね。」

「だからこそ、我が国は巨大なコストを負担してまで頑張ってるんだ。」

「確かに頑張ってはいるわねえ。」

「そうだろう。そこらへんを、もう少し認めてもらいたいもんだよなあ。」

「アメリカが頑張ってるのはみんな認めてるわ。」

「だったら、もっと、我が国に協力してくれてもいいんじゃないのか。」

「アメリカがみんなのために頑張れば、みんな協力すると思うけどね。」

「・・・。」

「だけど、アメリカがアメリカのために頑張るのは当たり前でしょ。」

「いや、だから、世界秩序の構築はみんなのために必要だって・・。」

「独りよがりの世界秩序かも知れないわよ。」

「う・・・。」

「少なくとも、まわりからそう見られたら協力は得られないと思うわ。」

「しかし、私から見たら秋津州が一番独りよがりに思えるんだが。」

「当たり前でしょ。どの国だって自分に都合のいい世界秩序を望んでるわよ。ただ、陛下の場合それをほかの国に押し付けていないだけよ。」

「しかし、国家基本法を廃し、一切の成文法を持たないなんて・・。」

「それの、どこがおかしいの。」

「だって、それじゃ、独裁者の裁量だけで全てが決まっちゃうことになるぜ。」

「確かにそれは問題あるわよね。但し、陛下の場合、王権を放棄したいと考えておられるくらいで、権力にしがみつくような方じゃないわ。その辺がほかの権力者と一番違うところよね。」

若者本人にとっての王権などは、義務ばかり負わされてしまっていることも事実であり、普通に考えれば何一つ個人的な利得など見当たらないのである。

尤も、もし若者が利己的な考え方の持ち主なら、既に世界を武力で支配し、史上希に見る暴君とし傲然と君臨してしまっている筈であり、その延長線上で全人類を奴隷にしてしまうことすら可能なのだ。

「それ、ほんとにそうなのか。」

「もう歯がゆいくらい抑制的だわ。」

「ほんとかなあ。」

「前にも言ったでしょ。陛下に強い権力志向がおありなら、とっくに世界帝国が完成してたのよ。実際、簡単にそれが出来てたんだから。」

「・・・。」

「但し、その当座守るべきご一族が少数だったため、広大な版図なんか却ってお邪魔だったんだと思うけど。」

「と言うことは、そのご一族とやらが数億もあったら・・。」

「そりゃあ、いろんな可能性が考えられるわよね。」

「もっとも、秋津州人が数億になるころには、世界の人口は数百億、いや、数千億になってるかも知れないか。」

「そうなると、その食糧だって地球上の作物だけじゃ、とても賄えなくなるわよね。」

「当然、最低限の栄養が確保出来る分の人間しか生き残れない。」

「あと、衛生環境もあるわよね。」

「やはり、最後は何よりも自然環境が大事だな。」

「だから、大気汚染の解消のために秋津州財団が活動してるってわけよ。」

「あ、随分、実績が上がってるみたいだね。」

「これで、海洋汚染対策までお始めになったら、陛下は一文無しになっちゃうかも知れないわ。」

「確かに我が国の軍事費を全部注ぎこんでも無理だからなあ。」

「そしたら、少しは協力する。」

秋元女史はいたずらっぽい目付きでこちらの目の奥を覗き込んでくる。

「京都議定書でさえ、批准出来なかったからなあ・・・。産業界のコンセンサスが得られない限り、きっと協力は出来ないだろうなあ。」

「だったら、せめて邪魔はしないことね。秋津州財団の自然環境を守ろうとする理念は、それこそ全人類共通の理念でもあると思うから。」

「それはそうだ。」

「少なくとも陛下以外誰も損はしないし、全人類が斉しく受益者であることも間違いないでしょ。」

「うん、認めるよ。しかし、苦労して稼いだものをよくそこまで注ぎ込めるよなあ。」

「稼ぎまくって富を独り占めにしていたら、それこそマーケットが停滞するばかりでしょ。」

「陛下はお若いのに良くご承知ですなあ。今日も農地へお出かけですか。」

「今年の作柄が悪いみたいで、来年の作付けの際の参考材料をいろいろお探しのようですわ。」

「そうすると、お側付きの女性方も現地までお供ですかな。」

いつも三人トリオの筈の侍女が、今日に限ってずっと一人きりなのだ。

「いえ、お供はいつもの井上さんお一人ですわ。」

今や、近衛軍司令官井上甚三郎の名は、秋津州人の中でも最も知られた名前であったろう。

「じゃあ、あとのおふた方は・・・・。」

「今度、王族の方のお側付きになりましたの。」

「え・・・。」

そんな王族がいるなんて、今の今まで気配も無かった。

モニカたちの情報網にも、一度も引っ掛かって来たことが無いのである。

「この子もそうですわ。」

こう言って京子は傍らの一人に目をやったが、驚くべきことに、三人トリオの侍女たちは全てその王族付きになったと言う。

「ほう、よく陛下が手放されたものですな。」

もし、立場を変えてこれが自分だったら、正直言って絶対に手放さないと思う。

「おほほほ、トムとは違うわよ。」

「いや、お恥ずかしい。」

「でも、確かにこの子たちは、秋津州でも選りすぐりの者たちですから。」

「そう言う選りすぐりの美女を、陛下から引き剥がした方がおいでになるとは、同じ男としてまったく羨ましい限りですなあ。」

実に羨ましいと思う。

今までの情報から言っても、秋津州の王権の強さは、その美女たちを全て自由に出来てしまうほどのものなのだ。

「ほんと、トムらしいわね。」

「早速ご挨拶を申し上げたいのですが、お引き合わせ願えないだろうか。」

タイラーにとっては、すこぶる重大な案件だと言って良い。

様子では、あの魔王がかなり気配りしてる気配が濃いのだ。

相当な権力を有する人物である可能性を否定することは出来まい。

「先程、NBSさんに取材をお許しになりましたから、明日になれば大々的に報道されると思いますけど。」

この一件、是非とも報道される前に本国へ報告したい。

報道されてしまってからでは、同じ内容でも、問題にならないほどその価値が下がってしまうことは明らかだ。

「京子、頼むよ。」

それこそ、軽く聞き流してしまって良いものでは無いのである。

この機会を逃したら、その王族に改めて御意(ぎょい)を得ることが出来るのは、果たしていつのことになるのやら、秋元女史との往来が、再び途絶えてしまうかも知れないと言う危機感もすこぶる強い。

現に、ここ五ヶ月ほどのあいだ、まったくの音信不通だったのだ。

公式窓口である外事部のあの態度から見て、それこそ京子を窓口とする以外道が開ける可能性が低い以上、今、その方に会えるかどうかによって、合衆国の命運が分かれるかも知れず、ことはそれほどに重大な問題であり、その切実な思いが女史の心を動かしたのかも知れない。

「ちょっと待ってね。ご都合をお伺いして見るから。」

実は京子自身も、ことがことだけにその利害得失を図りかねていたのであり、国王の判断を求め、次いでご本人の同意を取り付けなければならないほどのことだったのである。

その結果、タイラーはしばらくその場に取り残されることになったのだが、内心それが例え一時間が二時間でもじっと待つつもりでおり、それほどの心境だったのだ。

数分後タイラーの切実な望みは目出度く叶うことになり、女史の案内に従って勇躍長い回廊に歩み出たが、その回廊は相変わらず人影も無く不気味なほどに静まり返っており、女神さまのあとに続きながら、これからいったい、どのような王族に対面することになるのか、さまざまなイメージが否応無く脳裏を掠めて行く。

事前に、「とてもナイーブな方ですので、含んで置いて下さいね」と、釘を刺されたところをみると余程偏屈な相手なのかも知れず、三人の美女を全て自分付きの侍女にすることを要求し、魔王に同意させてしまったところを見ても相当な相手であることだけは確かだろう。

少なくとも、あの魔王でさえそれだけの配慮をせざるを得ないほどの人物であることだけは確かであり、それほどの人物の知遇を得ることが出来れば、そこから新たな運命が開けて来るやも知れず、全身に緊張が走り、その脳裏には年配の男性の姿が浮かぶ。

王族と言うからには、当然魔王にとっても近い親族の筈で、恐らく、あの魔王にとっては叔父か何かに当たる人なのだろうし、それが、何らかの事情で今まで他の場所で暮らしていたものと思われるが、いずれにしても、今まで秋津州の実権者として窺い知ることの出来た存在は魔王ただ一人だけだったものが、その意味では、まったく新たにもう一人の可能性が出てきたことになるのである。

贅沢に敷き詰められた真紅の絨毯を踏みしめ、ひそひそと歩を進めながら、頭の中ではさまざまなことが火のように渦を巻いてしまっていたが、気がつけば、後方からは、例の侍女がただ一人淑やかに続いて来ている。

やがて先頭を行く女史の足が止まり、ドアが開かれ導かれるままに入室したが、そこにはまったくひと気は無く、その部屋を突き抜けるようにしてもう一つのドアを過ぎ、いよいよかと思ったが、そこも又次室のようであり、よくある受付のようなパターンでデスクが並び、そこに見覚えの無い顔ぶれの若い女性が三人、いかにも受け付け嬢を思わせる物腰で一斉に立ち上がって迎えてくれた。

その奥の重厚なドアの前で秋元女史が声を掛けると、中から小さく女性の声で応答があったが、中の侍女が応えたものに相違ない。

改めて緊張が走り、きりきりと胃が痛む中、ドアが開いて踏み込むと、そこは六坪ほどの細長い部屋で、かなりの光度の光に満ち満ちており、奥の突き当たりが大きな窓になっているらしいが、小豆色の分厚いカーテンがしっかりと閉じられて外光の侵入を遮ってしまっている。

おおよその方角から言って、その外には秋津州ビルなどの高層ビル群が望める筈だが、無論今は垣間見ることも出来ない。

向かって右側の奥にはフロアスタンドが設置され、秋津州の国旗が厳かに掲揚されており、その少し手前には、こげ茶色の大型デスクがずしりと居座って艶々とした光沢を放ち、まるで国王の執務室ででもあるかのような雰囲気さえ漂わせ、その上には、大振りの液晶モニタが二台とほかに端の方にも薄型のノートパソコンがモニタを立てており、丁度それに向かっていたらしい人物が、モニタを倒しながら立ち上がるのが目に入った。

どうやら、つい今しがたまでキーボードを叩いていたであろうその人物は、タイラーの予想を見事に裏切って実に若々しい女性であり、薄い水色のワンピース姿が長い黒髪を揺らしながらゆったりと歩み寄ってくる中、足元に目をやると、真っ白なスポーツシューズを履いていて、その点でもその若さを際立たせてくれており、秋元女史に応接セットの方にいざなわれて行くと、近づいてくる相手は、年のころなら十七、八の実に清楚な美少女だったのである。

背丈は長身の秋元女史よりなお高く、あくまで伸びやかな四肢を持ち、並外れて白い肌と涼やかな目元が特に目を惹き、王家の血を引くだけあって、それはさすがに気品溢れる美貌であり、もしモンゴロイドが天使の姿を描くとすれば、定めしこう言う風貌になるのでは無かろうかなどと思いつつ、直感的にあの魔王の妹君だと感じながら、我知らず気圧されるように小腰を屈めてしまっていたが、紹介を受けて挨拶をすると、その少女が自ら名乗った名前は久我(こが)京子である。

あっと思った。

それは、日本のイエローペーパーが王妃候補の一人として、声高に騒いだことのある名であることに、初めて気付かされたのだ。

タイラー自身も数ヶ月前に、渋るワシントンを説得して韓国への支援に踏み切らせたことがあったが、そのときの関連データの中にも彼女の父である久我亮一氏の名前があったはずであり、確かその後の経緯においてあの魔王は、日本円にして一千億もの損害を蒙った筈だ。

と言うことは、王族と言っても妹君などである筈が無く、王妃若しくは公妾と言うことになり、当人の性向にもよるだろうが、ことと次第によっては、とんでも無い大物にぶち当たったことになる。

文字通り、素晴らしい女神さまが出現してくれたものだ。

それこそ、劣勢を撥ね返す、起死回生の逆転ホームランになるかも知れず、巡り来たったこの好機を活かして最悪でも同点打を放ちたい。

高鳴る胸の鼓動を覚えながら観察すると、目の前で慎ましくお茶を喫している女神さまの顔には、長いまつ毛が色濃く影を落とし、まったく化粧の気配も感じさせないその顔は、神々しいまでの何かを湛えているかに思えたほどであり、白く長い指先には健康的に切り揃えられた桜貝が、見事にちりばめられていることもとても好もしく思えたのである。

聞けば未だ就学中の身であるらしく三連休を利用しての訪れでいらっしゃり、今も東京の学友と通信していたところで、どうやら、受け損なった講義のノートを取り寄せて学習していたものらしい。

卒業するまでには、未だ一年以上の期間が必要だと言う話で、それも、最初の内はハイスクールだとばかり思い込んでいたものが、驚いたことに堂々たるユニバーシティーだと仰るが、聞くところによると、日本では飛び級制度は未だ実施されていない筈なのだ。

そうすると、目の前の美少女は年齢だけは既に立派な成人女性と言うことになり、日本女性が一般に実年齢より若く見えることは知ってはいたが、それにしてもそれは輝くばかりの若さなのである。

自然慎重に言葉を選んで会話を進めたが、相手はともすれば沈黙気味で、あまりはかばかしい反応は返って来ず、半分は隣の秋元女史が引き取って答えてしまう所を見ると、事前に聞いていた通りとてもナイーブな方のようではあるが、「ナイーブ」の意味一つとっても、どちらかと言えば、「精神年齢が幼稚」と言うニュアンスで理解してしまっている。

とにかく極端に口数が少ないのだが、かと言って無愛想なのかと言えば、あながちそうとばかりも言い切れない。

試みに英語で二三ジョークを言ってみたところ、一瞬真っ白な歯並びを見せてくれたときの笑顔などは、とても愛くるしく印象深いものがあり、どうやら立派に英語も解するようで、今後の接触がますます楽しみになって来た。

秋元女史に促されほんの数分ほどで退出してきたが、次回は何とかして有効なアプローチをかけたいと思う。

相手が「ナイーブ」な方であるだけに、持って行き方次第では、特別な戦力に化けてくれる可能性を秘めており、それこそ、女神さまはナイーブであればあるほどいよいよその輝きを増し、我が栄光の第七艦隊の航路を限りなく照らしてくれる筈だ。

ただ、その人の王族としての身分などについては、最後まで触れられることは無く、王妃だとか、その候補者だとかはあくまで想像の域を出ず、女同士のやり取りなども注意深く観察して見たが、互いに同等の敬語を用いているようにも思えたが、ときとして秋元女史の方がこの美少女を主筋と見なしているところが感じ取れるところから、秋津州の権力構造の中での席次なども、この少女の方を上席と見るべきであり、その点ひとしお利用価値が高いに違いない。

とにもかくにも補佐官は、あれを思いこれを思いしつつ帰路についたのだが、結局、その主観の中では、政治的な意味合いを抜きにしては、目前の事象を見ることが出来なくなってしまっている。

タイラーにしてみれば、ワシントンと魔王との間に挟まれて日々非常な精神的圧迫を受け続けて来ており、その結果彼の精神は胃袋同様ひどく痛めつけられ、それが著しく弾力性を欠いてしまった挙句、次第に硬く凝り始め、心の中に重く沈殿している固定観念の上にしっかりと蓋をしてしまっており、秋元女史の忠告すら素直に解釈することが出来ないでいるのである。

収集した情報をどのような切り口で分析して見ても、秋津州の優位性は微動だにせず、それが最も合理的な結論である筈なのだが、その偏狭な固定観念がそのことを頑強に否定すべく必死に足掻いてしまい、非白人種の国家が自分たちより上位に立つなど、現実としてどうしても受け入れることが出来ずにいるだけなのだ。

普段非白人の友人たちともごく普通に交遊出来ている以上、このような差別意識を捨て去ることは容易なことのようにも思えるのだが、こと国家レベルの話となると、その心中では全く異なる反応を示してしまうというほかは無く、そのこともあって、このあと作成されたワシントンへの報告書には、国王の婚姻が近いことは勿論、そのお相手たる女性の持つ「特質」が、ワシントンにとって極めて高い価値を秘めているものとされ、その理由が、その女性の低レベルの知的水準にあることばかりが専ら強調されるようになってしまった。

それを強調することはタイラーにとってのみ重要であり、合衆国政府にとっては、却ってその政策判断を誤らせる恐れさえあったにもかかわらず、このことが彼の食欲を回復させることに著しく功があったことだけは忘れてはなるまい。

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  1. 2005/11/05(土) 08:35:53|
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