日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 116

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さて、田中盛重がわざわざ休暇をとってまで敷島(日本)入りを果たしたのは、そろそろ水も温む三月十八日のことであった。

日本国の官僚としての田中は、今もプロジェクトAティームの一員として八雲の郷に出向中の身であり、六角庁舎の秋桜エリア内に大勢の仲間たちと同程度の部屋を確保して勤務に就いている事になっており、その休暇願いの宛先にしても、形式上はティームの総帥相葉幸太郎と言うことになる。

尤も、その勤務とやらがかなり特異なもので、専ら秋津州国王の傍らにあって、その知遇を得ることに努め、言わば私設顧問のような地位を確保し続けることに尽きており、日本側から見てもかなり重要なものと言えなくもないのである。

現に、タイラーなど諸外国の外交担当者から見れば、秋津州国王はとうに世界の王と言って良い存在であり、その私設顧問の座などと言えば、文字通りの垂涎モノであって決して軽いものなどでは無い。

しかも、近頃の田中はその国王の側近中の側近とまで囁かれるに至っており、滅多に国王の傍らを離れることはないのだ。

それが、休暇の真の理由に付いても国王陛下に明かしただけで出かけて行っており、そこにはそれだけの理由があったことになる。

新田源一の手許からわざわざ日本側へその入国通知が発せられ、田中を乗せた小型のSS六改が敷島へ飛んだのだが、その搭乗機にしても本来自費であるべきものが、何と事情を知る国王からその専用機まで付与されたほどだ。

田中は敷島では真っ先に総理官邸に出向き、岡部先輩や秋元女史に挨拶を済ませたが、無論真の用向きは口にしない。

ちなみに、田中の両親は郊外で兄夫婦と同居しており、表向きその父母に顔を見せるための帰省と言うことになっており、官邸を辞してから実際に父母のもとを訪れ、神妙に先祖の位牌に手を合わせて表向きの帰国目的を果たしてはいたが、その心は妙にそぞろであったのだ。

このときの両親は、息子の見合い写真まで用意して、手ぐすね引いて待ち構えていたらしいが、息子にして見ればそれどころの騒ぎでは無い。

実のところ田中はこの日が丁度二十六歳の誕生日にあたり、それをネタにあの興梠律子からお座敷が掛かっており、何のことは無い、勇んでスナック葉月を訪れようとしていたのである。

岡部などが聞けば大笑いするだろうが、本人にして見ればおおごとなのだ。

行けば律子からのプレゼントがある筈で、その事自体楽しみでないことも無いが、本人の胸の中では、大威張りで律子に逢えることが何にも増して得点が高い。

だが、当人にして見れば、客とホステスとして顔を合わせるにあたり、いったいどう言う顔をしていたら良いものやら皆目見当もつかずにいるのである。

あまりに意識し過ぎてしまっているためか、ついつい、あれやこれやと想い悩んでしまい、その都度考えまいとするのだが、そう思うそばからまたしても考えてしまう。

頭の片隅を律子の鮮やか過ぎる美貌がかすめて行き、それもこれも全て惚れた弱みなんだから如何ともし難いなどと、愚にもつかぬことばかりとつおいつしながらタクシーを走らせている。

半ば上の空で眺める夜の東京は、最初のうちこそ空き地や建設中の工事現場などの多さが目に付いたが、やがて目的地に近付くに連れ華やかさを増して行き、派手なネオンサインが光り輝き、地下鉄の出入り口付近などは相当の雑踏すら見せており、既に繁栄を謳歌し始めていると言って良い風情だ。

その店の所在地は無論新たな銀座であり、直ぐ隣のビルには立川商事のクラブ碧や喫茶立川がある。

両方とも秋津州商事の堂々たる持ちビルであるらしく、そこには秋津州財団の総裁執務室やらその日本支所とでも言うべきオフィスが居を構えていることに加え、いずれの経営者も秋津州王家との浅からぬ縁(えにし)が取り沙汰されて来ており、そのことから来る繁盛ぶりにも見るべきものがあると耳にしていた。

殊にスナック葉月の場合、以前の店造りとは比べ物にならないほど高級感を増しており、その勘定一つとっても以前から見れば割高感を伴うものとなっていたこともあって、自然その客種にも変化が目立つと聞いているくらいで、上野広小路以来の客筋にとっては、若干敷居の高い雰囲気を醸しつつあるのも致し方の無いところではあったろう。

尤も、その店造りの手法の多くは立川みどりのアドバイスに従ったものであり、そのこともあって二人の女性経営者の間には、理沙の仲介が無くとも充分通い合うものが芽生えて来ており、そこには既に濃密な人間関係が成立していた筈だ。

何よりも、葉月と律子はみどりの先導で度々八雲の郷を訪れて国王の酒の相手を務めて来ており、その都度陪席する田中としては、惚れた女にしょっちゅう会っていることにはなるが、皮肉なことに正客は常に国王陛下なのである。

田中はこう言う状況の中で悶々たる日々を送って来ており、情け無いことにその想いは募る一方であり、そう言う想いの中で、その人に今までとは異なるシチュエーションで会えることになったのだ。

その店の重厚なドアを開けながら、知らず知らず胸の中に激しいものが溢れて来るほどで、高まる胸を無理矢理押さえ込みながら豪華なボックスシートに身を沈めたが、そのホステスから思った以上の歓待を受け、経験の少ない田中はただただ陶然とするばかりであった。

あたかも、自分がそのホステスの愛人に成り遂(おおせ)せたような気分で、不覚にも相思相愛の仲ででもあるかのような錯覚に陥ってしまっており、そのホステスが他の席に移ったあとも恋する「少年」は幸せ一杯だ。

そのホステスが席を立つ際に、すぐ戻って来るからと言ってくれたからだ。

だが、田中のその想いは無残な結末を招いた。

何と、そのホステスが店内で殺害されてしまうのである。

実行者は、誰一人マークすることの無かった人物であったと言う。

かつての悪女報道騒ぎにおいて、律子に対して憎悪をむき出しにしながら、さまざまな証言を繰り返す望月と言う四十男がいたが、報道ではその男が無理心中を謀ったものとされた。

心中とは言うが、れっきとした殺人であり、その事件の概要は後追い報道によると以下の通りだ。

その日客となって被害者を指名していた加害者が、店のトイレから出たところで、おしぼりを捧げ持っていた被害者の総頚動脈を矢庭にカッターナイフで切り裂き、直後自らも首を切って自死を遂げたのだと言う。

事前に凶器を用意していたことから、計画的な犯行であったとも言われたが、たまたま他の顧客が、眼前で被害者のホステスからかなり良好な接遇を受けているのを目の当たりにして、嫉妬のあまり逆上し、刹那的に犯行に及んだのではないかとも言われた。

そして嫉妬の対象となった若い客とは、あの秋津州国王の側近であったとも言う。

異変に気付いた店側が直ちに救急車を手配したが、それが到着したときには両人ともに既に心肺停止状態にあり、病院に搬送されたが蘇生するには至らなかったと伝えられた。

かつての美貌のヒロインの横死は、殊に敷島では目立って大きなニュースとなってしまい、「痴情のもつれ」による無理心中とする報道も無いでは無いが、実際は痴情のもつれも何も、加害者側の勝手な思い込みによる身勝手極まりない犯行だったことは確かだろう。

事件後、被害者のバッグから出て来た窓の月は、その稼動を全く停止した状態だったと言うが、その店の女性経営者の証言により真の持主が判明し直ちに返却された筈だ。

哀れな美女の遺体はその女性経営者が引き取り、その後の葬儀でも彼女がその喪主を務めることになるのだと言う。


さて、かつての日本では、国家の滅亡を前にして現憲法が対抗手段を持ち得なかったことに端を発し、例のガンマ線対処法が、内閣総理大臣にこの未曾有の災害に迅速かつ柔軟に対処するための非常事態権を付与しており、このガンマ線対処法を憲法に優先して運用し得ることまで国会の承認を得ていたが、敷島に移った今もその状態が継続していることになる。

すなわち最高法規たる憲法が未だに停止状態にあることになり、これを好機として新憲法案が衆参両院の圧倒的多数を以て発議され、既に成立していた国民投票法に基づく作業が粛々と進められていたのである。

この新憲法は立憲君主制をベースに、自衛権と国防軍の保持を明確に許容する内容を含んでおり、国民に理解を求める為にあらゆる機会を捉えてその内容が報じられ、各メディアにおいても既に活発な議論の対象となっており、それは、少なくとも国民自らの意思を以て定める自主憲法であることだけは動かない。

国民大衆にとって、現実に日本どころか世界の滅亡まで予感させられる日々を持ったことが、かなりの範囲でその意識を変える道に繋がったと評されるこんにち、国井はある種の賭けに出たと言って良いだろう。

やがて二千十年の六月六日に実施された国民投票が国井の主張を是としたことにより、いよいよ新憲法が陽の目を見る運びとなった。

それに伴って米国大統領が麗々しく訪日し、両国事務方の手になる事前の協議に基づき、ここに日米安保条約に代えて日米不戦条約が締結され、ほどなく批准を見るに至った。

この条約に付いても賛否両論あってさまざまな議論がなされたとは言うが、時勢が変転して両国間の既存の枠組みが溶解してしまっている以上、新たな枠組みが改めて構築されたまでの話なのだ。

詰まり、日米間においてまったく新たな秩序が形成されたことになる。

以前にも触れたが、国井の提唱して来たこの不戦条約は、その発効次第、日米安保条約とその付随的な諸協定は全て効力を失うものとされ、条約の当事国同士は交戦せざるを以て誓約し、相手国の敵国に対しては一切の支援を慎まなければならないのは当然だが、集団的自衛権の行使までは強制しておらず、仮にいずれかの当事国が第三国と交戦しても、もう一方の当事国は参戦する義務を負わないため、傍観していることを妨げないのである。

全く対等の堂々たる双務条約であり、米国の占領統治を受けて以来、六十有余年の永きに亘り全ての日本人が追い求めてきた真の独立が、このことによって初めて叶うことになったのだ。

国井の想いにも複雑なものがあったろう。

全ては、この日本国が自立するに見合うだけの実力を備えたからこそ成った話ではあるが、この実力なるものにしても、言って見れば所詮対米間における相対的なものでしかないのである。

詰まり、自立の条件たる実力など常に相対的なものであって絶対的なものではないのだ。

この惑星に転居するにあたって、日本はその国造り競争に決死の思いで取り組んだ結果断然優位に立ち、一方で米国の油断がその国力を決定的に衰亡させてしまっていたことがことの本質なのであって、ましてこの状態はあくまで一時的なものに過ぎない。

あの国は今でこそ手乗り文鳥に変じてしまっているが、やがて圧倒的な国力を取り戻し、再び白頭鷲となって悠然と大空を舞って見せるに違いない。

そうなれば、手前勝手な「要求」ばかり矢継ぎ早に発して来ることは、過去の日米関係を眺めれば一目瞭然であり、その要求が日本の産業に深刻なダメージを与え続けることを想わざるを得ないのだ。

無論、日秋のこの蜜月関係が続いている以上、その恐れも限り無く小さなものでしかないが、国家と言うものは決して永遠に続くものではない。

この日本はおろか、あの秋津州でさえ、いつかは衰退しやがて消え去って行くのである。

早いか遅いかの違いはあるにせよ、それこそがこの世の哲理なのだ。

まして、秋津州と言う国家の構成条件がかくの通りである以上、その支配者が交代してしまえば、その政策自体が激変してしまう可能性は誰にしても否定は出来まい。

詰まり、一定以上のスパンで見れば、現在の日秋関係がこのまま続く保障など何処にも無いのである。

政治家としての国井は、当然ながら冷徹な目で将来を見据えている。

その政治家としての頭脳が、当分の間の国土防衛策として例の国家警務隊の活用を夢想しており、総理官邸付近に広大な用地まで確保し、旧秋津州対策室分室との共用とした。

無論、その分室には秋津州商事のエリアが設えられて秋元千代が座っており、旧来の神宮前の機能は全て整えられている。

一方の国家警務隊には、日本人秋津州一郎氏の拠出による膨大なヒューマノイド軍が含まれ、無論日本軍の一部として俊敏に機能する筈だ。

そのための協議も秋津州国王との間で既に終えており、武器輸出三原則を完全否定した上で、兵器に関しては秋津州との共同開発を積極的に進めることを基本方針としている。

詰まり、米国抜きの開発だ。

このこと一つとっても二千四年に訪れたあの灼熱の夏以前であったなら、それこそ夢想しただけでワシントンから強烈な圧力が掛かって、あっと言う間に潰されてしまっていた筈なのだ。

だが、現在のワシントンにそれを潰すだけのカードは無い。

日本は、ようやく国家の防衛能力を主体的に探求することが可能となったのである。

既に秋津州製の人工衛星が、少なくとも北半球の情報を齎してくれるまでになっており、我が国の防衛システムとのリンクが着々と進みつつあることに加え、やがては自前の人工衛星の打ち上げも視野に入れている。

この意味において米軍の情報収集能力は既に壊滅してしまっており、その情報提供などとうに無いのである。

結局、今後においては、否が応でも米軍の情報に頼ることの無い国防を志向して行くことになる。

国井は、その真摯な作業の延長線上に、妥当な防衛能力の検討及びその構築を見据えていると言い、今後は国民自らが参画して自国の防衛能力の妥当性を論ずべきだと明言しているほどであり、メディアの多くは、総理のこの発言を重く捉え、国民の多くが仮に軍事的な防衛能力を全く不要とするならば、論理上完全非武装政策もあり得ない話では無いと論じ、翻って国民自らが多少なりともそれを必要と判断するならば、果たしてどの程度のものを具えるべきかを現実的に検討しなければならないと結論付けていた。

さらに、人類が丹波に移住を果たしたことによって、従前の国際社会の枠組みが、大規模に変動してしまっている事実が大きく指摘されてもいる。

無数の多国間条約が既にさまざまな矛盾点を露呈してしまっており、現に各国とも目下条約改定について検討作業の真っ最中なのである。

絶滅危惧種の保護を目的とするワシントン条約などに至っては、肝心の保護を要する種の調査からやり直さなければならず、甚だしい例では地球上ではとうに絶滅してしまった種でさえ、この丹波では大量に生存していることが確認され始めており、大海を回遊する鯨類に至っては、その膨大な数が生態系に脅威を与えているとして、その駆除の必要性まで声高に論じられているほどなのだ。

IWC(International Whaling Commission 国際捕鯨委員会)などと言うものに至っては、さも世界的な規模のものかと思いきや、高々世界の三分の一ほどでしか無いごく一部の国々だけで運営されていたものであり、単にそこで定められただけの取り決めごとなど既に崩壊したも同然である。

何しろ、深刻な食糧難に見舞われる中、米英などに至っては安価な動物性蛋白質を求めて、積極的な商業捕鯨に打って出る構えまで示し始める始末なのだ。

現在、米英企業の多くが盛んに動き、多数の捕鯨母船やキャッチャーボートを、二週間ほどの納期を以て大和商事に発注を掛けていると言う。

無論その他の国々も黙ってはいない。

地球上で自分たちが強硬に主張して実施していた商業捕鯨のモラトリアムなど、何の話だと言わんばかりであり、遂には、あのオーストラリアまでが息せき切って追随しようとしており、結局これも、あらゆる場面で既存の枠組みが崩壊し始めている証しだと言って良い。

七カ国会議でも、とうに国連憲章の見直し作業に手を染めているとされ、秋津州の常任理事国入りを念頭に置きながら、先ずその国連加盟を最優先課題としていると洩らす関係者まで出ていると言うが、Newワシントンがタイラーから受ける報告によれば、その可能性は相変わらず限り無く低いと判断せざるを得ない状況にある。

直近のタイラーレポートが、魔王は国連の戦勝国連合と言う側面には嫌悪感すら抱いている筈だと分析していたからであり、しかも魔王と新田の間では、戦勝国と言う概念は最早日秋両国のためにあるとまで論じられているとしており、それよりも何よりも、今は大和文化圏の勢力伸張こそ大問題だと分析していたのだ。

現実に全ての国家が息せき切って国土建設に邁進している今、一人秋津州だけがとうにその作業を終えていたため、国際競争力の点で他国との間に凄まじい格差を生んでしまっている上、そのタックス・パラダイスと言う経済政策が又大いに問題視され始めてもいる。

この国土建設と言う国家プロジェクトの進捗状況が、辛うじて秋津州に匹敵し得るものは未だ日本だけであり、その日本を含めた大和文化圏ばかりが経済活動において突出してしまっており、日秋両国が世界経済を思うさま操っていると非難する声まで聞こえて来るありさまだ。

世界経済を牽引する役割を担い続けてくれているとして、そのことを好意的に評価する声も無いわけではなかったが、日秋両国の経済力ばかりが益々肥大化して行く傾向にあることに変わりは無い。

事実この時点で言えば、日本は隣接する新垣の郷(秋桜)に未だ二千万もの国民を避難させているにせよ、例の敷島特会の潤沢な資金が獅子奮迅の勢いでその保護に努めており、片や敷島では目下民間の建築ラッシュで沸いている状態で、無論膨大なマンションやアパートなどもその建設が猛然と進んでいる状況だ。

しかも、日本人である限りかつてホームレスであった人々にすら、移住直後から避難民用の住宅が漏れなく宛がわれて来ており、このこと一つとっても、はるか以前から本建築の避難用集合住宅が、新垣の郷(秋桜)において大量に準備されて来ていたからこそ出来たことなのだ。

翻って一方の合衆国などを見てみると、未だ二億人以上の低所得者層が恒久的な住居に入れずにおり、その悲惨さは明らかに日本とは桁が違ってしまっている。

その国の領土は、以前から見ればかなり縮小してしまったとは言え、未だ日本の十五倍もの面積を誇っており、やはり民間レベルの建設ラッシュには違いないのだが、全てにおいてあまりに立ち遅れてしまっていた。

当然膨大な仮設住宅を作りつつあるが、それすら満足なものとは言えず、ほんの雨露をしのぐだけと言うものが数多く見受けられ、各地で数十万規模の巨大な難民村落が形成されつつあると言う。

そこでは当然満足な飲み水など望むべくも無く、自然その衛生環境も惨憺たるものにならざるを得ず、赤痢など劇症の伝染病が猖獗し始めるのも時間の問題だと見られており、自然その治安状態も絶望的なほど悪化の一途を辿るほかは無いだろう。

しかも、その国の富裕層は例外無く王の直轄領にその居所を求めて出て行ってしまっており、八雲の郷は勿論、地続きの任那の郷に至っては、膨大なアメリカ人富裕層が流入して現地の消費経済を大いに潤しているほどだ。

この点では、英仏独などもおしなべて大同小異の状況であり、各地で民衆が生活物資を求めて騒乱を引き起こすケースが頻発しており、世界中でまともな治安状態を維持出来ているのは大和文化圏だけだと言って良い。

無論、EUその他の国の富裕層もその多くが大和文化圏に流入してしまっており、この意味でも日秋両国とそれ以外の国々とでは、思うだに凄まじいほどの地域格差を生じてしまっており、中でも朝鮮共和国の場合など最早言うもおろかなほどであったろう。

何せその国は、直前まで秋津州と自ら望んで交戦状態にあったのであり、本来無償で行われる筈の新国土の基礎的な工事部分ですらその申請が出ていなかったのだ。

驚くべきことに、新国土建設の青写真すら未だに出来ていないと言う。

具体的な図面を添えた申請が無い限り、例え工事の手助けをしてやりたくともどうすることも出来ないのである。

いきおい新たな朝鮮共和国の領土は、満足な港湾施設はおろか道路さえ無い状態が続き、言わば原始時代に毛の生えた程度のものであり続けていることになり、国民の難渋振りは最初から目を覆わんばかりだ。

しかしながら対日秋関係において、その国の民自身が選択した途がこの結果を招いていることも事実であり、しかも、その国民に迎合して国家の保全に力を尽くすと言う当然の義務を怠って来たその国の為政者の責めは、最早万死に値すると言って良い。

だが、その張本人が既に骨になってしまっている。


また、この頃のタイラーは二期目に入った本国政権から引き続き信任され、八雲の郷の新秋津州ビルの中に壮大なオフィスを構え、直接間接を問わず千に余る下僚を率いるに至っていた。

その任期は既に六年に垂んとしているにもかかわらず、秋津州の代弁者と呼ばれるこの男の首を取りにかかる者がいないと言う。

その男の職務遂行能力が抜きん出ていたこともあったろうが、何よりも、その男の構築した(つもりの)特別なコネクションが、Newワシントンの死命を制するほどのものになってしまっていたからだ。

ワシントンにとっての対秋津州外交は、既に全世界に対する外交と言い代えても良いほどのものになってしまっており、そこへ持って来て、常にタイラーの口を借りねば魔王の政略の方向性すら掴めない状況が続いて来ているため、とうに、余人を以て代え難いと言う評価が定着してしまっていたのだ。

その男が稀にワシントンに顔を出すときなどは、実に国務長官や国防長官まで叱咤するかのような勢いなのである。

ワシントンにおいて、それは既に怪物と言って良い。

百九十センチの長身と百キロもの体重を持ち、同時に膨大な予算まで手にしており、しかもその予算を執行するにあたって多くの場合使用明細すら要求されないのである。

尤も、この男がその立場を利して私腹を肥やしているとまでは言えず、ほとんどの場合魔王の身辺のもろもろの工作に費やされていることも又れっきとした事実であり、殊にこの男自身の意識の中に限れば、祖国のために骨身を削って立ち働いて来ていることも確かだろう。

しかも、膨大な支出を伴う秋元姉妹への拠出に関しても、彼女たちが常に領収書を書いてくれている上、大勢の女性戦士たちの活動資金にしても、実際にかなりの部分で明細を出せる状況にあり、この意味ではこの男の身辺は比較的身奇麗になっていると言って良いくらいだ。

とにかく、タイラー自身に言わせれば、常に冷や汗三斗の想いで、その一身に国難を背負い続けていることになる筈だ。

現に一時は、その体重を六十キロ台にまで減らし、文字通りの血の小便まで垂らしながら苦悶してきたことも嘘では無い。

詰まり、それほどまでの重責に耐えて来たのであり、この男が八雲の郷の首邑に着任するや否や、サンノショウの秋津州ロイヤルホテル関連の組織も、全てその指揮下に置くことになったのも当然のことだったろう。

無論その高級ホテルが、魔王を取り込むための一手段として運営されて来ていることも既に述べた通りであり、その目的を果たすためとあらば、それこそ形振りなど構っている余裕は無かった筈だ。

かくして、タイラーの冷や汗三斗の想いは延々と続くことになる。

何よりも、その特別製のトラップが完成して既に一年有余を経過していると言うのに、肝心の獲物が一度としてこの「施設」に足を運ばないと言う。

その場所にその人専用と銘打った場所まで用意済みであることも、アリアドネの女神さまを通じて充分に伝えてあるつもりでいるのだが、とにかく只の一度もお越しが無いのである。

この点でも作戦を立て直す必要があろう。

また一方に、例の「荒野の薔薇作戦」が進捗中だが、現実にはこの作戦も短期的な意味での成功は望めない状況となってしまっており、今はアングロサクソン系の世継ぎの誕生と言う言わば長期的な展望に立つよりほかは無い。

しかもいきさつから言ってこのアングロサクソンの名花は、その祖国に対して帰属意識を持つどころか反って恨んでさえいるだろう。

何せ、その祖国に両親を殺されてしまっているのである。

アメリカ合衆国は、その娘にとってさしづめ親の仇でもあるのだ。

この件に関しては、自分としても一言の弁解も無しに引き下がるほかは無い。

あのときの涙に濡れたあの目が、未だに心を苛(さいな)み、夢にまで出て来る始末だ。

確かにあのとき、あの娘はこの私を恨みがましい目で睨んだのだ。

今さら、何を言ってみたところで聞く耳を持つまい。

しかも、あの娘の庇護者が大コーギルではないことだけは最近はっきりした。

あの潮入り湾の格闘で魔王が鮮やか過ぎる勝利を収めたあとのシーンを、今改めて思いおこすのだが、あのときも、泣きながら飛びついて来る娘を、魔王はいかにも大切なものを扱うような仕草でさもいとおしそうに抱き上げていた。

大観衆の眼前で、魔王は確実にあの娘を慈しんでいたのである。

聞けば、あのとき魔王が敵に後れを取って万一命を落とすようなことでもあれば、娘も自らその命を断つ覚悟でいたらしい。

万が一にも魔王が死んでしまえば、もう身の置き所が無いとまで言ったと言う。

あの娘にとって、アメリカ合衆国と言う祖国がひたすら恐ろしい存在でしか無い以上、秋津州が滅んでしまえばもう行き場が無いと言うのだろう。

最近は、娘のクラスメイトなどにも手を回しているが、あの娘はあまり友達付き合いを好まず、よほど王宮の居心地が良いと見えて、講義が終わるや否や愛用の自転車に跨って風のように帰ってしまうと言う。

真偽のほどは定かではないが、近頃ではあの娘専従の女性まで配備されているようだが、例によってこれもあの女帝の差し金なのだろう。

女帝が、世継ぎを生(な)す者と認めているからに違いない。

報告によれば、その専従者も複数であるらしく、それらの女性たちも同じ大学に入学までして娘の身辺を固めている気配だと言うが、恐らく大切な娘に悪い虫がつくのを危惧してのことなのだ。

尤も、今あの娘の心を占めているのは魔王だけであり、特定のボーイフレンドを求めるような気配などさらさら無いだろう。

それに、世界の王の想い者に、脇からちょっかいを出すだけの度胸を持った男などいるわけが無い。

何せ、あの猛獣の怒りを買ってしまえば、身の破滅を招きかねないのだ。

現に、あのベクトルでさえ滅ぼされてしまったではないか。

また、最近後宮に入った横山咲子と言う娘は未だ情報不足ではあるが、場合によっては情報源として貴重な存在になってくれるかも知れず、これについても、充分に手を打つ必要がある。

この娘の場合、剣道と言う独特の世界で魔王とその周辺の日本人どもとも特別の接点を持っているらしく、近頃はあのミセス・オカベとまで竹刀を合わせていると聞いており、娘の母親のこともあり、この意味でも特段の注意が必要になったようだ。

それに、大学構内を歩く姿などを映像で見る限り、その美貌と言いプロポーションと言い下僚たちの採点もずば抜けており、何よりもその純白の肌色が素晴らしいと褒めちぎる者までいるほどで、その者たちの口に掛かれば、その容姿は我が荒野の薔薇にも引けをとらないレベルだと言うことになる。

殊にその女が日本人であり、かつ後宮に部屋を得たからには、我が国の将来にとって大きな障害になり得る可能性は充分だろう。

現に日本のメディアなどでは、その娘が既に王の子を身ごもっているのではないかと報じる例さえ出ているほどで、その身辺は俄かに騒がしさを増しており、万一に備え、こちらの人脈にも保険を掛けておくほかは無いが、何よりもこの娘の場合は、その母親が最大のキーを握っている筈であり、敷島に配備中の下僚たちにも、その活動資金を一層潤沢にしてやるつもりだ。

また、王のそばにべったりくっついてるタナカと言う男などは、相も変わらず守りが堅くて未だにどうにもならない。

やはり、あのニッタと言うへそ曲がりがついているからなのだろうが、何とかして我が国に対する敵愾心を和らげる方法は無いものか。

このタナカの場合、近頃片思いの女性が無惨に殺害されてしまい、未だにそのショックから抜け出せないでいることもあり、やはり攻め手はハニートラップしか無いとは思うが、この若僧は、ほとんどの時間を魔王と過ごしていてアプローチの機会すら無いと言う。

とにかく、単独で外出してくれないことには話にも何もならないのだ。

このままでは何もかもが手詰まりになってしまって、我が国の凋落振りばかりが一層際立ってしまうことにもなりかねない。

例の日米不戦条約一つとっても、あの日本が我が国と対等の立場に立つようになるなど、数年前には想像もつかないことだったのだ。

日本のあの政権は、「ことここに至れば、我が日本国は独立国として他国の政治姿勢の如何を問わず、ただ己れの信ずる道を進むのみである。」と大見得を切って独立宣言までやらかしてくれたが、既に我が国にはそれを押しとどめるだけの力が無い。

いや、押しとどめるどころか、日本丸の航路を見定めて付いて行くほかに途が無いと言った方が適切であり、下手に逆らって日本と秋津州に全てにわたって置き去りにされてしまえば、困るのはワシントンの方なのだ。

何せ、米日両国間の貿易関係の中で強力なカードを失ってしまっている今は、以前のようにそのカードをちらつかせて威迫することが出来ないのである。

それどころか、そのカードは今や相手の手に移ってしまってさえいる。

あの日本は、大和文化圏とか言う独自の経済圏の中だけで充分繁栄して行ける素地を、既に築いてしまっている上、我が国がそこから大量に輸入するだけの経済力を失ってしまっているからだ。

大和商事に捕鯨船を発注してみたところで、相手側のパイの大きさから見ればたいした比率にはならず、何よりもあのべらぼうな造船能力を持つドックの場合など、発注者が殺到して全くの売り手市場なのである。

事前に作られていた多種多様の新造船に至っては千隻以上も繋留してあった筈が、とうに完売していると言い、結局、この捕鯨船の発注などほとんどカードにはなり得ないのだ。

口惜しいが国力の充実を待たねば、いまさら何を言ってみたところで、所詮引かれ者の小唄にしか聞こえまい。

それこそ、あの女帝などに掛かれば、「ごまめの歯軋り」だとして、またまた嘲笑われてしまうに違いない。

この件では、かつてミセス・オカベの強力な援護を受けて、あの魔王から重要な「公式談話」を引き出したことがあった。

確か、「合衆国の衰微は当方の歓迎せざるところであり、丹波においても合衆国の繁栄こそ望ましい。我が国は、貴国の繁栄とそれに伴う貿易上の相互利益を最も大切なものと考えている。」と言う話だったが、それも今となってはとても信じられるものではない。

善きにつけ悪しきにつけ、現実に日秋連合が世界経済の圧倒的な牽引車になっていることだけは事実であり、我が国の採るべき途は一刻も早く彼等の経済圏に本格的な参入を果たすことなのだ。

核弾頭を持ったSLBM(潜水艦発射型弾道ミサイル)を具えた例の潜水艦隊が、北極海と南氷洋の海中で今も睨みを利かせている筈で、核兵器を始め全ての兵器に関連する事柄が、既にカードとして役に立たなくなっている上、食糧どころか原油を始めとする地下資源まで、日本はその勢力圏だけで充分自給が可能なのである。

挙句、六角庁舎の秋桜エリアでは、あの新田が日本の漁業関係者を集めて、秋津州の専管水域における漁業権の配分にまで踏み込み始めていると言う。

現実に南極や北極海まで含むその専管水域は、言語に絶する広大さを誇っており、結局あの連中は世界の海洋資源まで独り占めにしようとしていることになるのだ。

ワシントンサイドに立って働いてくれる日本人が激減しつつあるこんにち、この頽勢を挽回して行くためには相当の覚悟が必要であり、駐日大使にも充分心してもらわなければならない。

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  1. 2007/12/15(土) 14:10:43|
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