日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 121

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二千十一年の五月初頭、丹波世界は秋津州政府からある重大な通告を受けることとなった。

思えば秋津州軍は諸国の国境にあって長らくその警備の任に就いて来たが、来る七月二十日の建国記念の日を以て遂にそれを終えると言うのだ。

各国当局が揃って重く受け止める中、秋津州の執政官が改めて壇上に立ち、その旨を厳かに宣言することによって多くの庶民が一斉にそのことを知った。

何せ、自国の国境線が秋津州軍の手によって警備されている事実すら知らない庶民が多かったのである。

各国にとっては、秋津州から委譲を受けることによって初めて得られた領土のことでもあり、何かにつけて不案内であったことも事実だろう。

しかも、避難移住に関する諸問題をふんだんに抱えている折から、多くの場合国境防衛どころでは無かったこともあり、秋津州軍による警備の必然性もそこにこそあったのだ。

当時の状況から見て、互いの国民が各地で大量に国境を侵してしまう可能性は極めて高く、その結果発生してしまうであろう無用の国境紛争を抑止するための措置ではあったが、これも本をただせば秋津州の無償の善意から出たものに他ならない。

しかも、当初から世が治まるまでの暫定措置とされていたことでもあり、それを終えると通告されたからと言って今さら文句の言えた義理では無いのである。

だが、完全に世が治まったなどと思う者など一人もいない。

現に、多くの政府が見るからに統治能力を欠いてしまっており、それぞれの国境線の内側を眺めれば、未だ多くの国々が食糧事情と言い治安維持機能と言い惨憺たる有様なのだ。

当然のことながら、続行を望む声が諸方に上がったが、かと言っていつまで続けたらけりがつくのかと尋ねられれば、誰しもが返答に窮したことは確かだろう。

第一自国の国境を他国の軍に警備してもらうなど本来なら国辱行為であり、その点から言っても、自力で国境を守る意思を示さない者など国家を名乗る資格すら無いことは明らかだ。

しかも、如何に混乱の中のこととは言え、二千八年の十一月から数えて既に二年の余もそのことが続いて来ている今、各国とも、残された二か月半の間に精一杯の準備をするよりほかは無いが、それにしても多くの国家がさまざまな不安を持ったことまでは否定出来ない。

何しろ、人類社会の過去の重い積み重ねがある。

確かに、当時秋津州側から交付された測量図には国境線が明瞭に謳ってあった筈であり、領土の引き渡し作業がそれを前提としてなされたものである以上、その国境線を国際標準とした上で丹波世界がスタートを切ったことになるが、それは文字通りあくまで出発点に過ぎず、その国境線がそのまま永続することが保障されているわけでは無い。

秋津州国王の歩んだ過去の軌跡から見ても、「他国」の国境線のありかについて容喙してくることは先ず考えられず、若者の軍がそれぞれの国境線から撤収したあとは、事実上それぞれの国家の裁量次第になるのだ。

仮に真の意味の集団的安全保障体制が構築されていれば、それこそがその保障と言う行為を司るべきなのだろうが、現実の人間社会にそんな高尚なものが存在する筈も無く、いざ秋津州の警備態勢が解かれれば、恣意的に国境線を変更しようと試みる者が絶えないことも目に見えている。

人類が国境と言う概念を持った瞬間から絶え間なくそれが続いて来ている以上、所詮国境線などそれだけのものに過ぎないのである。

各国は今回の通告を受けて、さまざまな思いを持ったろうが、殊に中露などは格別の想いを抱いた筈だ。

少なくとも秋津州の衛星圏の中に限れば、両国共に、チベットや東トリキスタンなどとは大きくこと違い、それぞれかなりのレベルの国力を確保していたこともある。

既に一定以上の国力を持つ以上、秋津州がその敗戦国の保護を不要と判断するかも知れず、国境警備軍と同時に、従来からの内地駐屯軍まで引き揚げられてしまうことを恐れたのだ。

中露二国は今も長大な国境線で接しながら全てにおいて猛烈に競い合っており、互いに、相手側だけがその駐屯を得るようなことにでもなれば、自国の不利益は言語に絶するほどのものになると見ており、さまざまな憶測情報が飛び交った挙句、両国共に尋常ならざる危機感を抱いた者が少なくなかったと言う。

現に秋津州の衛星国は他国からそう見られ続けることを欲し、不安定な国際環境の中で大過無く国を保つ手法として、そのことを不可欠なものと看做している結果ではあるのだろうが、未だに毎月十五日期限の駐屯請願書を奉り続けており、あろうことか当該駐屯軍のためと称して特殊な兵営まで「造営」する始末だ。

無論、秋津州側がそれを望んだわけではないが、多くのメディアが「造営」と言う語彙を用いている通り、それらはただの兵営では無かったのである。

殊に中露両国などは、互いに広大な敷地を確保して、その壮麗さを競い合っているとされ、それらは既に兵営どころか神殿であるとさえ言われ始めており、随所に巨大な八咫烏を飾りつけ、御座所と称する特別の場所には、総司令官としての国王の玉座まで含んでいると言う。

中国に至っては「龍王殿」と称するところに巨大な石造りの龍まで造り始め、挙句わざわざ龍王の臨席を願い出て来る始末で、如何に駐屯軍を引き止めるためとは言いながら、その阿諛追従振りは最早徹底したものになりつつある。

しかも、その臨席に際しては多数の龍を引き連れての来訪を望んで已まず、それを耳にしたもう一方も同様のことをうるさく願い出てくる有様だ。

殊に丹波においては、その庇護を得ることが巨大な国益に直結してしまうことを認識すればこそなのだろうが、彼等にとって、この駐屯の実績こそが秋津州の庇護を得ていることの何よりの証左であることは確かであり、その継続を願う者たちがしきりに土竜庵に陳情に訪れ、新田の日常はいよいよ多忙を極めている。

その状況に触発されたものか、台湾共和国までが駐屯軍の派遣を打診して来るありさまで、その競争心剥き出しの陳情振りには新田も辟易する想いなのだが、近頃は又、朝鮮共和国の外相が来訪し面会を求めてしきりに哀訴して已まない。

尤も、何と言われようと、土竜庵に招じ入れるつもりはない。

秋津州としては正規の外相である外事部長が面会に応じている以上、自分が会わなくとも、とうに通常の外交儀礼は尽くしていると言って良い。

まして、先方の望みが偏に秋津州の支援の獲得にある以上、自分が会う必要など毛頭無いのだが、例によってそれが先方には通じない。

今では国王陛下にまで謁見を申し入れて来ているが、ここ数年来散々に裏切られ続けて来て、寛容な陛下もさすがに会う気にはなれないと仰る。

どうせ何をしても結局恨まれてしまうのだから、相談に乗るだけ無駄なのである。

近々大統領閣下が訪れたいとの申し入れにも接し、お見えになっても結果は変わらないとお伝えしてあるが、相手はいっかな聞く耳を持たないようだ。

何しろその国は、独自の経緯度原点や水準原点ですら近頃ようやく定め終えたばかりで、全てにわたって遅れに遅れており、新国土建設の青写真を描くどころの騒ぎではない。

独自の青写真を持たないため、国土復興工事の無償の部分ですら申請出来ない状態が続いて来ており、本格的な意味では電力どころか上下水道さえ未だに持ち得ず、もともとの原始風景を数多く残したままなのだ。

当然、空港どころか近代的な意味では港湾も道路も問題外だ。

尤も、主体的な国土計画を策定する前に全国民が一斉に移住してしまったため、その地には既に無原則かつ無秩序に居所を定めてしまった民衆の姿があり、仮に整斉たる青写真を作製し得たにしても、道路等の公共施設を建設しようにも今さら立ち退かせるにも難渋する風景がある。

膨大な立ち退き保障を手当て出来ない限り、一層悲惨な騒乱を招いてしまうことは目に見えており、その意味では殆どが手遅れだと評する者も少なくないのだ。

なお、その国の新たな領土は敷島から西方に遠く離れた大陸の一部であり、新たな中国の領土から南に突き出た半島のことでもあり、合衆国はその領域の戦略的な価値に惹かれ、既に数ヶ所の基地をその地に建設中ではあるが、その合衆国自身が財政的苦境に立っている今、その支援も微々たるものでしかない状況であり、全てにおいて窮乏するその国では、とうに五百万に垂んとする犠牲者を出してしまっているとされるほどなのである。

ただ、唯一日本だけが、相も変わらずWFP(国連世界食糧計画)への膨大な拠出を継続しており、その予算からその国へ流れる物資もまた巨大なものであり続けている筈なのだが、それでなおその国では、日本などに支援を受けた覚えは無いと声を荒げる者が多いと聞いており、結局、秋桜エリアで戦わされる議論でも、「触らぬ神に祟りなし」とする意見が圧倒的なものにならざるを得ない。


さて、このところ日本にとって次なる課題はさしずめ「琉球島」問題だとする声がかまびすしい。

当然新田や相葉の間でも議論の対象になってはいるが、そのことには、さまざまな背景が複雑に絡み合い、全てを一概に論ずることは困難であり、過去の歴史から言って軽いものとばかりも言い切れない。

ちなみに新たな日本の領土には、敷島本島の最南端から南西に千キロほど隔たったところに琉球島と名付けた三千平方キロほどの島があり、その位置関係や気候風土が旧沖縄本島のものに酷似していたことから、当初から多くの旧沖縄県民やその出身者たちが雪崩れ込み始め、既に一年の余を経た今、二百万ほどの日本人が自らの意思を以て定住しそうな雲行きだ。

行政単位としてはその島が新たな沖縄県として一地方自治体を形成しており、従前からの沖縄特有の優遇措置が採られ続けていることに加え、別に国井内閣の講ずる特例措置によって、他県を大きく凌ぐほどの莫大な無条件交付金まで齎されている。

しかしながら、この沖縄に関しては多様の問題があった筈だ。

一つには、過去において米軍基地となすべく強制収容された私有地の問題があったが、例に違わずこの琉球島でも最初から一坪の私有地も存在しなかったことから、その問題自体は一旦リセットされてしまったも同然だったろう。

その上、米軍そのものがいないため、米兵の暴虐行為はもとより軍用機の発する騒音まで一切消え失せていたのだが、同時にこれまで長年投下され続けて来た巨額の米軍関連予算まで失われてしまっていたのだ。

そのためもあってか、その地では、本土に比して経済面での立ち遅れが目立ち、経済基盤の確立に当たっては余程の覚悟が必要だと説く者は少なくない。

国井が、現地の警察消防機能を補完する意味で、国家警務隊の一部を琉球島の国有地に駐屯させているにせよ、これも軍事基地と呼ぶにはあまりに小規模なものでしか無く、しかも兵員の大部分は例の秋津州の女性部隊であり大した金は落とさないのである。

未だ県の八割以上の大地が官有地の扱いであることから、皮肉にも自治体側から大規模な軍事基地の建設を請願する動きまで出て来ているが、あいにく琉球島の西南方向には親日的なスタンスを取り続ける台湾共和国の姿があるばかりで、日本政府の視界に写るその方面のシーレーン防衛はその必要性が極めて薄い。

純軍事的には、琉球島に巨大な軍事基地を持つ理由など何処にも無いのである。

少なくとも、限られた軍事予算を振り向けるには優先順位が極めて低いことだけは確かであり、いきおい、巨額の関連予算も出動することは無く、その地の経済を強力に押し上げる効果も期待出来ないことになる。

現地では残る手段として、風光明媚な土地柄を活かして観光事業に力を注ぐとしていたこともあり、新田の要請を受けた国王が秋津州人観光客の継続的な現地入りを命じ、現地に相当なカネを落とし続けることに決した経緯があるにはある。

しかもこの措置は、日本の全土に対して行われているものより飛び抜けて手厚いものであって、遂にはおふくろさまが裁量する対日本観光予算とでも言うべきものの内、三割もの多くを占めていることが明らかになるに連れ、限りあるリソースの適正な配分と言う切り口では、秋桜エリアでも当然議論の対象にならざるを得ない。

だが、如何せん現地の経済が自ら立ち上がる兆しを見せないのだ。

経済活動が活性化しなければ当然税収も乏しく、それでなお従前通りの地方公務員を抱えたままでは、自然その財政は逼迫せざるを得ず、敷島特会から下って来る巨額の資金無しには、自治体側が運営する医療施設なども医者の確保すらままならない状況に立ち至り、住民に対する福祉予算などその多くが風前の灯だと言って良い。

何せ、現地の公共的な土木建設事業は住民の流入以前に完了してしまっており、民間の建設ラッシュが起きているにしても、それも一時的なものでしかないだろう。

秋津州人以外の観光客は未だ僅かなものでしかなく、本土からの企業誘致も遅々として進まない現実がある以上、秋津州がこの観光方策を停止してしまえば、近い将来その経済が立ち行かなくなることは目に見えている。

いずれにしても、地場産業が大幅に振興されない限り、その運命も知れているのである。

しかも、この琉球島に限っては全農地を既に沖縄県に委譲しており、自治体側の裁量によって帰農する県民の姿が随所に見られるまでになっていたのだ。

無論、相当な原住民(秋津州人)が無償で農地を引き渡し、秋津州に引き上げを完了していたことになる。

その上、その地には本土と違って優れた地下資源も見当たらないとして、国井は残りの国有地も全国に先駆けて相当部分を県に委譲する決定さえ下しており、本土に比して地価が低いとは言え、少しはその財政を支える道に繋がると見られている。

したがって「沖縄県」は、中央政府からあらゆる面で優遇措置を受けていると言って良い。

現に、他の領域からは、その不公平な施策を恨みがましく詰る声すら聞こえて来るほどだ。

ところが、このような状況にあってなお、その地では独特な主張を触れ回る人間が増えており、しかもそのボリュームが相当なものになっていたと言う。

一言で言えば、「琉球国」の独立なのだ。

その「国」は、かつて十七世紀初頭に、薩摩の武力侵攻によってその付庸国となることを強いられたことは事実であり、その主張するところに従えば、それ以前の姿に立ち戻って独立を目指し、しかも五百キロも離れた新奄美大島(五千平方キロ)までその領土に含めたいと主張しているのだと言う。

したがってその場合の「新琉球国の領土」は八千平方キロほどのものになると言うのだが、ちなみに言えば、過去の地球時代の沖縄県の総面積は、その離島を全て含めても精々二千三百平方キロのものに過ぎない。

いずれにしても、この日本では言論を以て主張するだけなら、違法行為の実行に関するもの以外全て自由だ。

無論、税金も掛からない。

結局、独立を叫ぶ声が次第に高まるに連れ、やがて琉球島の中でその是非を問う住民投票が行われたが、現実には、例えどんな結果が出ようとも日本の統治下においては法的強制力を持ち得ず、しかも国井政権が静観する中で導き出された投票結果は見るも無残なものだったらしい。

投票率こそ七十パーセントを超えたとは言うが、独立を支持したのは僅かにその五パーセントに過ぎなかったと言うのである。

その理由も明白だったろう。

独立を果たせば、それは日本とは別の国になったと言うことであり、そうである以上当然日本政府の懐は全く当てに出来なくなる上、福祉予算どころか国防も外交も全て自力で賄うことを意味しており、その前途に大きな不安を抱いた島民が多かったからに他ならない。

百歩譲って国防能力は諦めるにしても、外交機能を持たなければ諸外国と交際することもままならず、その結果まともな「国家」として扱ってもらえないことになるのである。

仮に国交を結ぶ相手が世界のうち一割程度であったにせよ、その費用は膨大なものにならざるを得ず、今でさえ一人立ちが出来ない状況がある以上、仮に独立を宣言し、日本政府がそれを承認でもすれば、本土へ脱出を図るものが続出して、たちまち破綻してしまうことは子供にでも判ることなのだ。

まして、わざわざ日秋両国の反感を買ってまで、その新生国家の支援に乗り出す国などある筈もないと叫ぶ者がおり、独立を強行すれば世界の孤児に成り果ててしまうと言う声まで聞こえて来る。

尤も、のちに国井が若者に洩らしたことから推し量れば、国井自身はその投票結果が圧倒的に独立を望むものであったときは、その独立を琉球島に限って一定の支援まで付けて許容する意思があったらしいが、結局、ここでも独立を志向することと実現することとでは天地の開きがあることが浮き彫りになっただけだと言う声しきりで、秋津州の琉球観光予算は増えることはあっても減ることは無い状況だ。

見渡せば、若者の私的財産は、その多くが極めて公共的な意味合いで費消され続けていることになるが、当然そのリソースにも限界と言うものが無いわけではない。

現実に飢える人々が世界に溢れているからと言って、如何に何でも無条件でその全てを救うほどの力は無い。

無償で無原則にばら撒けば不公平だとして、反って非難を浴びる場面さえ予想される上に、各地の自立の意欲を減退させてしまわないとも限らないため、新田の下した結論から言っても、最も公正な分配方式はやはり商業的な競争原理に基づくほかは無いと言うことになる。

秋津州から日々出荷されて行く膨大な資源が比較的格安であり続けていることも、最早周知のことなのである。

しかも、欧米系らしき学者の見解として、今次の騒乱によって世界の人口の二割程度が減少すると言う見通しを立てて、あろうことかその功罪を肯定的に論ずる向きまで出て来ており、自然轟々たる非難を浴びはしたが、かと言って総人口が減少すれば、その分だけ希少な食物の奪い合いが緩和することだけは確かだと言う現実は残る。

実際に、過去においてあれほど日本の調査捕鯨を非難していたあの豪州ですら、今ではその鯨を大量に喰らっていると言う現実があるのだ。

食料と言う資源が無限に得られるものではない以上、現実に得られる食糧の分だけしか人は生きられないのである。

全人口が百億を突破する近未来を想像してみるが良い。

少なくとも、この丹波と言う惑星の自然環境を保全する意味でも、際限も無い人口爆発だけは、絶対に阻止されるべき一大テーマであることも否定は出来ないだろう。

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  1. 2008/02/29(金) 14:59:01|
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