日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 141

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さて、丹波世界が敵襲を控え挙って迎撃態勢の中にあるとは言いながら、九月十五日は王にとって二十七歳の誕生日だ。

ヤマトサロンが大声で主張した結果ではあるのだろうが、王宮では夜間ささやかな祝宴が催され席上さまざまな話題が興り、中でもワシントンから寄せられた招待状の持つ意味が小さくない。

殊にローズの場合特殊ないきさつを持つことから、大秋津州の王妃としてその地を踏むことに特段のこだわりを示し、咲子の方もその想いが通じるだけに積極的に同調する姿勢を見せたのである。

詰まりは、二人の王妃が揃って訪米を望んだことになるが、見渡せば少々厄介な問題も無いではない。

何せ、国際社会における外交上のバランスと言うものがある。

現にそのような招待状など各国から降るほどに寄せられて来ており、殊に中露台などは血相を変えんばかりの勢いなのだ。

ここでワシントンの請いに応じるとなると、自然その他のものにもそれなりの対応が求められることになるが、若い妃たちはそのへんのところにはかなり疎いところもあり、彼女達がそのことを認識するのを待ってから改めてご裁可がおりたと言う。

妃たちが、自身相当の外遊日程を覚悟したことにはなるのだろう。

即座に土竜庵がフル回転で調整に動き、ほども無くその日程が定まり、いよいよ王妃の訪米と言う一大イベントが実現する運びとなった。

横山葉月が娘に付き添うことも固まり、表向き扈従(こじゅう)の女官は二人に一人づつのたった二人きりと言う思い切った小人数である。

国王自身も当日の索敵行の成り行き如何では現地で合流出来る可能性を残しており、ワシントンの期待はいよいよ高まり、送迎用車両一つとってもわざわざ特別厳重な装甲まで施して、その訪れを切望して見せたのだ。

フランスの一流紙などによれば、その対応振りを評するに際し「阿諛追従」とか「媚態」と言う極端な表現まで用いるほどだったが、ワシントンの姿勢を見る限りそれもまた宜なるかなではあっただろう。

また、一方のタイラーにしてみれば、長らく苦慮していた最大の難関までクリヤすることを得ている。

無論、ローズ妃に対する国家としての謝罪の件に他ならないのだが、謝罪内容が明白なものでありさえすれば非公式扱いで済ませることがようやく可能になったのだ。

その上ワシントンは、その外交日程を大々的に喧伝して殊更に耳目を惹く作戦に打って出ているほどで、その期待するところはいよいよ小さなものでは無い。

何しろ、招く相手が秋津州王家である以上、例え王妃だけでもそれが実現出来れば、たったそれだけのことで、合衆国のステイタスを格段に向上させてしまうほどの国際環境が眼前にあるのだ。

しかもそこのところに持って来て、これまでその実現性は極めて薄いと囁かれて来ており、従ってそれを実現させたタイラーの功績もまた高い評価を受けることに繋がり、ワシントンにおいて「秋津州の友人」の名は益々高まり、彼をして影の国務長官と見る向きはいよいよ増えるばかりだ。

合衆国のメディアの中にはこのタイラーをして、次期大統領選の共和党候補と言う新聞辞令を発して見せるものまであり、その存在感は既に単なる補佐官では無いと言って良い。

少なくともこの男が、一際困難な外交調整を無難に終えることを得たことだけは事実であり、それも当然と言う風潮が一方で高まって来ており、同時にその手に握られる予算もまた一層莫大なものとなって行くに違いないのである。


やがて九月の三十日に至り、世界の注目を浴びる一大イベントの幕が開いた。

王妃一行の足は無論SS六であり、ワシントン到着は昼過ぎのことだったが全て予定通りである。

一行は大統領官邸の広大な裏庭に到着後直ちに邸内に入り、ローズ妃が大統領閣下の謝罪を無難に受け入れたことにより、米国側は最大の難関を乗り越えることを得て全ては順調だったかに見えた。

尤も、ワシントン側からすれば、それこそ緊張の連続だった筈で、あとに残す重要なプログラムが迎賓館における晩餐会のことでもあり、その主賓席にお迎えすべき国王陛下の訪れを諦めたわけではないのである。

それまでに時間はたっぷりとあることから、しばらく歓談しながらときを過ごしたが、肝心の国王陛下は未だ索敵行からのご帰還が無く、共同記者会見は見送られ一行は迎賓館に向かう運びだ。

移動に際してはローズ妃の希望もあって、わざわざ米国側の用意した車両が用いられることになり、厳重な交通管制が布かれる中を一行は粛々と出発した。

カモフラージュを兼ねて同一の装甲車両八台を連ねてのパレードとなって、しかも警備車両や白バイまで含めれば二十数台にも及ぶ大名行列だ。

二人の王妃はそれぞれ別の車中の人となり、それぞれに扈従の女官が一人づつ付き、葉月は娘の車両に便乗して、高々十キロほどの道のりを静々と進んだが、殊にローズにしてみれば、かつて両親を奪われ石もて逐われた母国に錦を飾ったことになり、車窓を眺めながらその感慨もひとしおのものがあったに違いない。

ワシントン特別区はその視界の中で合衆国の首都として見事に復興を果たしており、その姿は地球時代のものに勝るとも劣らない。

一行はその広い街路を静々と進んで行くが、無論その沿道には無数のG四が張り付き、米国側の警備態勢にしても万全を期していない筈は無い。

迎賓館までの道筋は幾通りもあったが、どの道筋をとるかは事前発表が無いままに進み、やがて車列がゴールに近づき、残すは数百メートルに迫ったそのときに、扈従の女官から二人同時に声が掛かった。

「全速前進。」とのことだ。

米国側が無線連絡を取り全車一斉にアクセルを踏んだが、刻既に遅く凄まじい爆音と爆風が襲って全ての車両を五十メートル以上も吹き飛ばしてしまい、車中の人間はその悉くが一瞬にして散華してしまったのである。

遠方からの目撃談によれば、巨大な火の玉がきのこ雲のように立ち上るのを見たと言う。


国王が六角庁舎に帰還したのは、それから数時間のときが流れてからのことだったが、当然第一番にそのことを知った。

「何があった。」

憤怒を抑えた静かな問いかけではあっただろう。

「サーモバリック爆弾でございました。」

東京のお京が応える。

サーモバリック爆弾とは、マグネシウム粉末、アルミニウム粉末、ケイ素粉末、ハロゲン酸化剤、ホウ素などから造られるもので、それらが固体から気体へと爆発的に相変化することによって、空中において極めて広範囲にわたる爆発を引き起こす兵器であり、いわゆるピンポイント攻撃とは逆の意味を持つ面制圧を志向して開発されたものだ。

要するに、たった一発で、極めて広範囲の敵を一度に殲滅することを目的とする兵器だと承知していたのである。

「事前に察知出来なかったのか。」

察知出来ていれば、こう言う結果にはなり得ない。

赤子のような愚問を発してしまったのも、内心の動揺が小さくない証拠だ。

「申し訳もございません。」

進行方向右前方にあるビルの最上階に特徴ある人物を発見し、念のため全速前進を命じたときには既に遅かったと言う。

これも、その人物が、かつてのベクトル社代表ジョージ・S・ベクトルであることに気付いたからだったと言うが、その男が所持していた中型のショルダーバッグが恐るべきものだったことに気付かされたのは、惨劇が起きてしまってからだったのである。

歳の割りにひどく老衰して見えたその男が、その部屋のバルコニーで、おもむろにバッグを開けて作動させたものがあり、それが周囲数百メートルもの大気中に瞬時に拡散させたものが恐るべき結果を招いたのだ。

この兵器の特徴ではあるが、数種類の固体が一瞬にして気化することによって、粉塵と強燃ガスの複合爆鳴気を大気中に作り出し、酸素との結合によって大爆発を引き起こしたのである。

詰まり、その爆発は広範囲の空中で起こったのであり、しかもテロリストがバッグを開けてから一秒とかからずに全てのことが完了してしまい、そのことが、十気圧を超える高圧力と三千度近い高温を発生させたばかりか、一帯を凄まじい衝撃波が襲った筈だ。

「何故、路上を走らせた。」

その程度の自爆テロなど、SS六を用いてさえいれば難なく防げた筈なのである。

「ローズさまが地上の凱旋パレードをお望みでございました。」

「凱旋か・・・・・・・。」

その気持ちも判らぬではないが、それが判っていたればこそ、当人にはせめて一言言い聞かせて置くべきだったとは思う。

ぎりぎりと奥歯をかみ締めながら、こみ上げてくるものを辛うじて堪(こら)えはしたが、胸の奥には得体の知れない何者かが不気味に沈殿し始めている気配だ。

「申し訳ございません。」

G四の事前検索においても、テロリストの部屋にライフル等の特段に目を惹くようなものは見当たらなかったと言い、しかも周囲のビルばかりか、そのビルの屋上にも無線機を持った米側の警備要員が配備されており、それこそ水も洩らさぬ厳戒態勢だったと言うのだ。

「今さら何を申したとて後の祭りだな。」

「まことに申し訳もございません。」

「米側の被害はどうじゃ。」

「死者だけで百を超えるとのことでございます。」

付近のビルどころか上空にいた報道ヘリまで巻き添えを食ってしまっており、負傷者に至っては未だに数も知れないと言うほどの大惨事なのである。

王は婚姻の式典どころか契りさえ結ぶ事無く、又しても新妻を失ってしまったことになるのだが、軍陣にあると言う意識がそうさせるのだろうか、サロンの心配をよそに今度ばかりは意外に元気だ。

現に成り行きによっては二十億を超える犠牲者が出ると囁かれている折りから、個人的な悲しみを胸に封じ込めてしまったのだろうが、回りからの語りかけに対しても機敏に反応するばかりか食事も摂るし酒も飲む。

王にとっては現に戦闘中なのだろうが、その夜、夫人から様子を聞いた新田などは、「戦闘」が終わった後の事を思って随分胸を痛めたほどなのだ。

今もキッチンでは鹿島夫人と久我夫人がしきりに鼻を啜っており、居間では、遅れて到着した岡部夫人が加納夫人と抱き合って大泣きするかたわらで、キャサリンとみどりが互いに慰め合っている。

田中盛重が半べその新妻に酌をさせているが王に動じる気配は無く、明朝も変わらず索敵に出ると言い、今後は田中を伴わないと宣言しているのも、それだけ田中の身を気遣ってのことなのだろう。

田中が頑強に同行を主張するものの、そのそばから新妻の悲しげな顔が見えており、国王が肯んじないのも無理は無いのである。

刀匠が先ほどらい虚空を見つめてなにやらぶつぶつと呟いており、やがて新田夫人だけは乳飲み子を抱えて引き上げて行ったが、土竜庵のご亭主の方は遺体の引き取りやら何やらで大忙しだ。

中でも女官の「遺体」などは今でもそこそこの国家機密であり、「一切触れないで欲しい。」と言う新田の要請は命令にも等しいと囁かれたほどで、王の帰還後瞬時に派遣された中型ポッドに「搭載」されて既に帰還を果たしており、妃たちと葉月の遺体にしても明朝には戻る見通しだ。

いまや王宮前のグラウンドには万余の群集がいて、その過半が外国人だと言うが、その胸に去来するものは例外なく魔王の反応だったに違いない。

一部の米国人などはひざまずいて神に祈る者までいたが、それも無理からぬことだったろう。

ヤマトサロンには先ほどらいビルの姿があり、その口振りでは、タイラーが外事部の窓口で蒼白な面持ちで待機していると言い、その大男が既に惑乱してしまっていると言う者まで出たくらいだ。

その意味でもワシントンを始め世界が震撼したことになるが、その間このビルを通じて発信され続けたもろもろの王宮情報が、それを鎮めるのに非常な功があったことは否めない。

その情報の中の国王はその居間において、少なくとも怒声一つ発する事も無く、冷静に酒を汲み、夕食の膳にも泰然と箸を付けていたのである。

翌日ワシントンは早々と単独犯行であったことを公表し、問題の爆発物の出本もこのテロリストがかつて経営していた兵器工場だったと結んだが、その犯人にしてからが遺書どころか骨すら残していないのだから、確かなところなど誰にも知り得ない。

その後の国王は、その戦闘意欲に衰えを見せるどころか積極果敢に索敵を続けた上、ビルの取材に対しても「家族を失ったことは私事であり、この国難にあたり公人として優先すべきはあくまで国家の護持である。」と応えたとされ、弔問の使節の中にも戦士の心中を推し量って涙する者まであったと言う。

その後、ワシントンはこの件に関して「特別調査委員会」まで設置して、わざわざ秋津州人の委員を受け入れる態勢まで作ってことに望んだが、無論秋津州側の容れるところではなかった。

一つには、「調査」と言う側面に限って言えば、今さら米国側の調査能力など必要としなかったからでもあるが、とりわけ窓口の新田の反応が冷然たるものであったことが、ワシントンを改めて戦慄させたことは言うまでも無い。

最強の魔王から、その責任を厳しく問われていると解釈したのだ。

一の荘に間借りしている米軍司令部の件ばかりか、経済的な側面でも大和文化圏への参入を阻まれてしまう可能性すらあり、現在の経済環境から見て、それは合衆国の死命を制するほどの威力を秘めた経済制裁に等しいのだ。

しかも、不足がちな戦費に関しても現実に莫大な支援まで受け続けており、その拠出が滞ってしまえば、そのことが米国経済の大いなる足かせになってしまう可能性も無視出来ない。

現にニューヨーク市況などは大幅な下落傾向を見せており、対応を誤れば大統領が辞任したぐらいではことは収まらないとして、タイラーが必死の想いで駆け回り、岡部夫人の口利きを得たこともあり、ようやくにして国王の謁を賜り、その対米心象が特別に悪いものではないと言う心象を持つに至った。

何しろ謁見のみぎり、国王から思いのほか懇(ねんご)ろな接遇を受けることが出来たのである。

米国人被害者に対する丁重な弔意ばかりか、親しくお盃まで頂戴した上に、今次の戦乱が収まり次第、国王自身が改めて米国訪問の可能性もあり得ると言う感触を得て、大いに面目をほどこして退出することを得たのだ。

その報に接したワシントンが胸を撫で下ろしたことは勿論だが、世界のマーケットが一気に落ち着きを取り戻したことから、著しい復興を見せつつあった世界経済にとっては何よりのプレゼントにはなった筈なのだ。

無論、国王にとっては、そのことをとりわけ重く見ての高度な政治行動ではあったのだが、東京でその報に接した岡部などは、若き統治者の心中を慮って、人目も憚らず号泣して周囲をてこずらせたほどだったのである。

一方、その日の深夜ひっそりと執り行われた葬送の儀においては、浄暗の中を棺を担って粛々と歩を運ぶ男たちの中にあの田中盛重の姿があったと伝えられた。

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  1. 2008/08/08(金) 15:54:50|
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