日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 172

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一方東京の総理官邸では、岡部大樹が官房長官室に向かう廊下をすっ飛ぶ羽目になっていたのだが、全ては新田の報に接することによって始まったのである。

何せ、今暁あの方が土竜庵を訪れることが事前に分かっていて、重大な報あるを想って泊り込んでいたところに、早々とプランの準備一切が整ったと言うのだから当然と言えば当然の話なのだが、勢い込んで長官室に飛び込んだ岡部は、差し詰め獲物に目を付けた猛獣のような表情だったに違いない。

「長官、これです。」

かなり大き目の紙の筒をかざして見せると、ブルドックの傍らで側近中の側近とされる橋本耕造さんが手を上げて迎えてくれており、自室を飛び出す前に一報を入れてあるだけに、同じく泊り組のブルドックにはそれだけで充分だった筈だ。

「ふむ、ちょっと待ってくれ。」

ブルドックは橋本さんに目配せして有象無象(うぞうむぞう)にその場を去らせたのだが、それほどまでに重大な機密事項であることは確かなのである。

「驚きました。」

言いながら、一人残った橋本さんの手まで借りながら、A三サイズのプリントをごそごそと店開きしているが、途端にインクの匂いが濃厚に漂う。

「ほほう・・・。」

「こんなに早いとは思っても見ませんでしたから。」

あの方は、田中のプランに否定的な反応はなさらなかったと聞いてはいたものの、かと言って、こんなに早く行動に移されるとまでは思っていなかったのである。

「まさに電光石火の早業だな。」

ブルドックにはプランの概要を耳に入れてから未だ一週間と経っていなかったのだから無理もないのだが、橋本さんにしても傍らから覗き込みながら興味津々と言った風情だ。

「しかも、この通り、例のブツまで全部注文通りです。」

無論対ワシントン用の特製のブツであり、改めてそのプリントを広げて見せたのだが、それこそが例の「ダブルのM球」であって、しかもその俯瞰図が詳細を極めており、見れば、二島がそれぞれ男島(おじま)と女島(めじま)、その二つを繋ぐ中間部位は田中の言い草通りに「餌台(えさだい)」と銘打たれている上、男島と女島と餌台がそれぞれ独立した内部構造を以って形成されており、しかも餌台部分に限り設置後はその頭頂部でさえ水面下数十メートルに沈んでしまうと言うのだから、少なくとも設置直後はただの海底の岩盤としか思えない筈だ。

「これ、なんて読むんだ・・・、かぷす号か・・・・。」

ブルドックは誰に言うとも無く呟いているが、確かにそこには「臭橙号」と書かれている。

「いえ、だいだい号と読むべきかと。」

プリントの上辺にこれ見よがしに銘打たれているのである。

「どうせなら、おれんじ号と読みたいところだな。」

「あはははっ・・・・。」

無論オレンジプランに引っ掛けての言い草なのだろうから、思わず笑ってしまったのも無理は無い。

傍(かたわら)で橋本さんも白髪頭を振りたてて大笑いしているが、思えばこの人は防大でブルドックは勿論鹿島閣下とも同期の筈で、陸自の三佐まで進んだところで請われて秘書になったと聞いているが、古くから硬骨の理論派として名があり、この私とも親しく竹刀を合わせた間柄である。

うちのかみさんが例のローズ嬢の両親の件を知って俄然帰化する決意を固めたときなんかも、この人にかみさんが直接相談に乗ってもらってるくらいだから、今では個人的にも親しい間柄となっているのだが、思想的にも秋桜ネットワークの中でいわゆる民族派の支柱とされているだけに、左派系政党からは蛇蝎の如く忌まれてしまっているのも当然の話だろう。

「では、『おれんじ号』で行きましょうや。」

その橋本さんが重々しく宣言してくれている。

「異議ありませんな。」

無論こっちにも異存は無い。

「わっはっはっはっ、じゃ、決まりだな。」

ブルドックは如何にも嬉しそうに破顔一笑である。

「名前も大事ですが、問題は中身ですぜ。」

言いながらプリントの俯瞰図を指し示す。

「ふうむ・・・、しかし、こうやって見ると改めて感心しちまうわ。」

ブルドックは身を乗り出してまじまじと見据えている。

「良く出来てるでしょう。」

「立派なもんだ、とてもやっつけ仕事とは思えねえ。」

「いや、いくら短期間で完成したからったって、やっつけ仕事なんかじゃありませんよ。」

「ほい、こりゃ失言だったわ。」

「あの方の仕事は、いつもあっという間ですからね。」

先進的な技術力をお持ちの上に、膨大な戦力と資源を一挙に投入してしまえる方なのだ。

「うん、いつも腰を抜かすほど驚かされてるからな。」

「その上、この出来栄(できば)えですよ。」

眼前の俯瞰図には地下を縦横(じゅうおう)に走る隋道とパイピングが描かれ、PME型発電機で駆動する膨大なポンプはおろか、中央制御室を名乗る堂々たる施設まで完備しており、しかもその全てが二島と餌台それぞれに別途に備わっているとされているのである。

「見れば見るほど、びっくりするぐらい精緻に出来てるなあ。」

「まったく同感です。」

地下構造物の全てが、近代技術の粋を集めたと言って良いほどの出来栄えなのだ。

「この方式は確か・・・・・。」

「水封式備蓄タンクってやつでしょうかね。」

厳密には「水封式地下備蓄システム」とでも言うべきなのだろうが、深々度の岩盤内に空洞を穿ちその中に原油を貯蔵する方式であり、地下水圧を利して貯蔵物の流出を制するものと言って良い。

巨大な茶筒のような形状の空洞が殆ど素掘りに近いため、自然その内側にじわじわと地下水が沁み出てくることになるが、「水と油」の言葉通り両者が混ざり合うことは無く、茶筒の底に沈殿する水をポンプで出し入れすることによってさまざまに調整を行う一方、水の上に浮いた原油の更に上方には不燃ガスを注入して万全を期すと言うのである。

「思えば地球時代にゃ、我が国も似たような方式のヤツをいっぱい稼動させてたもんだ。」

尤も、現在の敷島では、有り余るほどの油井(ゆせい)にわざわざ封印を施しているほどなのだから、大掛かりな備蓄施設などもともと設置の必要すら無いのだ。

「あの頃のものとは、桁(けた)が違いますよ。」

「うんうん、途方も無くでかいよな、こっちのは。」

「何せ男島の分だけでも、地下油槽が六百を超えちゃってますからね。」

そう言いつつ今度は男島単体の俯瞰図を広げたが、それによればそれぞれの茶筒が直径四十メートル、長さが五百メートルもあることになっており、その一つ一つが四百万バレルもの内容積を持つと記されていて、しかもそれが六百以上も備わっていることになるのだから、その総容量は二十四億バレルに達してしまう上、もう一方の女島の方も同様なのだから、二島の分だけで四十八億バレルになってしまう計算であり、原油の貯蔵能力の点で言っても正味四十億バレルは固いだろう。

「とにかく凄いもんだ、こりゃ。」

ブルドックは感心しきりなのである。

「しかし、この浄水プラントなんか途轍もない規模ですな。」

「ううむ、要は淡水化装置か。」

「海水を淡水化すると同時に、飲用に適するまで浄化してしまうと書いてありますな。」

「そこまでする必要も無えだろうに・・・。」

「ほんとですね・・・。」

「しかも、六つも七つも出来てるぜ。」

地中に埋め込まれた大規模な浄水プラントがである。

「確かに・・・・、それに浄水専用のタンクの方もべらぼうな数ですからなあ・・・・・。こりゃあ、のちほど聞いておきましょう。」

女帝に聞いて見るほかはない。

「それはそれとして、肝心の出荷用の設備の方も万全なんだな。」

「当然です。このシーバースなんか、ULCC(超大型タンカー)がいっぺんに四隻も着桟出来るんですからね。」

現に図面には外海に大きく張り出したシーバースが鮮やかに描かれており、そこには当然ながら荷積み用のパイピングがなされていないわけが無い。

「両方の島に別々のシーバースが付くことになるんだな。」

「そらそうでしょう、男島と女島がそれぞれ独立して稼動するんですから。」

「それにこれ、設置を済ませたあとは五十キロも離れることになっちまうのか。」

「そのようですな。」

実際、男島と女島が海上で五十キロ以上離れてしまうことになっているのだから、外見上もそれぞれが歴然たる離島と見るほかはないだろう。

「ワシントンやなんかにゃ、男島と女島だけを匂わせておくわけだな。」

「無論です。」

そこが味噌なのである。

「これで、ゴーサインさえ出てくれれば全てオッケーだな。」

ブルドックは日本晴れのような顔を上げて言う。

「はい、容量配分も文句なしですから。」

「しかし、この配分がまた絶妙だなあ。」

何しろ、「餌台」の地下油槽の数が両島のそれに比して格段に多くなっており、プリントにある別表によれば、それだけでブツ全体の九割を占めていることに加え、その「餌台」の存在そのものが伏せられてしまうのだ。

「ダブルのM球」全体では四百億バレルもの原油を持ちながら、その内の九割、詰まり三百六十億バレルもが手の届かない構造になってしまっていると言って良い。

「こうでなくては効き目が無いでしょう。」

「四百億バレルっつうと、やつらにとっちゃざっと十年分の消費量になるかな。」

やつらとは、無論ワシントンを指している。

「下手すりゃ、もっとかも知れません。」

日本と違って米国では、十年前十五年前の内燃機関のやつ(自動車)が未だ大量に走っていると言う。

「さすがに近頃はPME機関の車が増えてるらしいからな。」

「場合によっちゃ、十五年分になっちゃうかも知れませんぜ。」

今後米国も自動車のPME化が進むだろうから、その分原油の消費量も減る一方だ。

「ふうむ、それじゃあ益々注文通りに動かざるを得まい。」

この場合の「注文通りの動き」とは、やつらが餌台の膨大な原油の存在に気付いた後の行動を指すが、遅かれ早かれやつらは必ず気付くだろうし、気付けば絶対に食い付くに違いない。

我がオレンジプランの中において、そのブツの設置場所が公海上に限定される前提を持つ以上、そこが何処であろうと二島一帯はれっきとした公海であり、海洋法の建前から言っても海底に沈む餌台には手を出せず無念の涙を呑まざるを得ないのだが、一朝日秋両国が黙認の感触を与えてやりさえすれば、背に腹は代えられぬとばかりに脱兎の如く行動に出る筈であり、それは二島に対する領有宣言を措いて他に無いのだ。

そもそも二島が領土でありさえすれば、その周辺一帯は領海若しくは排他的経済水域扱いとなり、その範囲内の海底に関しても自在に手を出せる国際環境が手に入るのである。

ところが現実には、その二島は人工の構造物に過ぎず、ましてそのことが世界周知の事実であるだけに、やつらの「行動」は既存の国際海洋法の概念を根底から覆してしまう結果を招かざるを得まい。

しかも、英仏中露にも量はさておき同形式の「ブツ」を進呈する手筈になっており、同時に進められる筈の裏面外交において、かの大英帝国さまの尻を大いにつついてやる手筈になっているのだから、よって来たるべき結果など言うもおろかだ。

結局ワシントンは、人工島の領有宣言に先鞭を付けたと言う一点において最大の戦犯として歴史に名を刻み、その後常任理事国の全てが懸命の外交工作を始めるに及び、安保理の趨勢は決定的と言って良い上に、全世界が大なり小なり「原油備蓄島」を手にすることになる以上、やがては彼等も雪崩を打って領土宣言を発するに至り、以後秋津州製の人工島に限り極めて例外的な扱いとならざるを得まい。

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  1. 2009/05/13(水) 16:53:15|
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