日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 106

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一方、その頃のワシントンにおいては、予測されていたこととは言いながら、タイラーレポートを巡る議論が大いに紛糾を見ていた。

そのレポートは、魔王の側近の消息を元に、秋津州側の対米姿勢を好意的に解釈した上、国土建設に関する青写真の詳細を一刻も早く描き切ることによって、その一大事業の支援を魔王に申請すべしと結論付けており、大統領のマシーンの間では、それに対する議論が真っ二つに割れていたのである。

反対論を唱える者たちは、魔王の対米姿勢に対する不信感をひたすらあらわにして、どうせ赤っ恥をかかされるのが落ちだと言い、積極派と言われる人々は、このまま座して滅びを待つほどなら、玉砕を覚悟で一刻も早く申請すべしと言う。

何れの論者も、魔王の対米心象を好意的なものと捉えることが出来ないでいることは確かであり、自国の滅びを前にしては、誰にせよ胸の中の疑心暗鬼が荒れ狂ってしまうのだろう。

議論は無為に紛糾し、衆議紛々、無論、確たる結論など出るわけが無い。

タイラーの焦りをよそに、ただ時間ばかりが空しく過ぎて行くばかりであったが、やがて思いもかけず救いの神が現れることになるのである。

それは、一月の二十一の早朝に掛かって来た一本の電話から始まった。

出て見ると、掛けて来たのは女神さまで、前から願っていた謁見の儀が許されたと言うのだ。

全ては、女神さまの必死の奔走あっての賜物なのであろう。

ところが、指定された午後になって、勇んで御前に出て見ると、またまた意外な人物に出会うことになった。

新生児を伴ったミセス・オカベだ。

今にして思えば、そもそもこのダイアンにしてからが、この私が口を利いて女帝に引き合わせたと言う経緯があり、その後、天下のコーギル家から、さまざまな個人的恩恵を蒙ったこともれっきとした事実だ。

久し振りに見る彼女は、相変わらず神々しいまでの美しさを保っており、今しも魔王に愛児を奪い去られ、魔王の腕の中の愛児を覗き込む横顔にしても頗る幸せそうに輝いている。

そのほか、お側には、立川みどりや三人組の侍女の姿は無く、それに代わるようにして、日本の海自の加納二佐とお調子者で聞こえた田中盛重がおり、後方にはいつも通り謹直極まりない井上司令官と、そのかたわらに見知らぬ美女が控えていた。

その女性は、主人の些細な要望にも即座に応えるべく全神経を張り詰めているように見えたが、抜けるほど白い肌に黒い瞳と長い黒髪を持ち、アジア系としては群を抜くプロポーションを具えた凄艶なまでの美女だ。

それも、一目見ただけで、ぞくりとするほどの妖艶さなのである。

あとで判ったことだが、その年若い美女は迫水(さこみず)美智子と言い、このたび新たに任命された秘書官だと言う。

ある意味、魔王の傍らに常に侍るべき専任女官と言って良いが、それこそ、古い表現を借りれば侍女と言うに相応しい。

以前の三人組にしても、その本来の役目は魔王の侍妾となることを自他共に期待しての着任であった筈で、まして魔王がその妻子を失ってしまっているこんにち、今回の新たな侍女の場合もその例外である筈が無い。

前例から言っても、あの女帝がその慧眼(けいがん)を以て選んだ女性であることは確かで、単に美しいだけで無く芬々たる色香をも併せ持ち、その鮮烈な女性的魅力は、如何にもさもありなんと思わせるものがあった。

膝を覆うほどのスカート丈から言っても、如何にも敏腕の秘書らしき装いだが、目立って踵の高い靴を履いているのも、常に近侍する主(あるじ)の背丈に少しでも近づけようとする配慮でもあるのだろう。

上下揃いの濃紺のビジネススーツの襟元から、純白のシャツの襟を多めに覗かせ、背筋を伸ばして颯爽と歩む姿も一段と好もしく、出来ることなら例のサザンクロスにでもお誘いしたいところだ。

豪奢なイブニングドレスがさぞお似合いだろう。

あの女神さまなどは既に幾度もお誘いして、その都度豪勢なプレゼントまで贈ったほどであり、二人揃って招待すれば満更可能性の無い話でもあるまい。

そこにも又、無限の情報源が隠されていることを想い、タイラーの「職務上の」興味は尽きることが無いのである。

聞けば、例の三人組は帰郷して結婚する運びだと言うが、どうやらこのままでは婚期を逸してしまうことを慮って、このような人事がなされたものであるらしい。

一説によれば、彼女たちは既に三十路に近いと言う者も多く、それは、彼女達自身にとっても決して軽い問題では無い筈だ。

その点、今度の侍女は未だ十八歳の若さだと言うところからも、女帝の深慮遠謀が見て取れると言うものだ。

まあそれはそれで良いとして、話の様子では、今回の謁見の儀は偏(ひとえ)にダイアンの心遣いから出たものだったらしく、それもワシントンの苦衷を大いに汲んでくれてのことだったに違いない。

流石はアングロサクソンの合衆国市民だ。

見れば、魔王は先ほどからダイアンの愛児を抱かせてもらって甚(いた)くご満悦の呈であり、挙句に加納二佐と赤ん坊の取り合いまで演じ始めるほどで、とにかく上機嫌であることだけは間違い無い。

おかげで謁見の儀礼もほんの形だけのもので済み、こちらとしては大助かりなのである。

その後、ダイアンが強力な助け舟を出してくれて、魔王からとりわけ貴重な言質を頂戴することにも成功した。

無論上機嫌だったことも幸いしたのだろうが、とにもかくにも、赤ん坊を加納に奪われた魔王と控えの間において改めて懇談する機会を得たのである。

ありがたいことに、ダイアンの陪席付きで、挙句しゃべるのはほとんどそのダイアンばかりだ。

その言うところも、実にはっきりしており、詰まりは、「合衆国の衰微は魔王の歓迎せざるところである。」と仰る。

丹波においても、合衆国の繁栄こそ望ましいとまで言ってくれた上に、いちいちそれを傍らの魔王に同意を求めてさえくれるのである。

魔王は只うなずくばかりだ。

まったく、ありがたくって涙が出てしまう。

最後に、貴重な一言を魔王の口からもはっきりと聞くことが出来た。

「我が国は、貴国の繁栄とそれに伴う貿易上の相互利益を最も大切なものと考えており、そのためにも一刻も早い貴国政府の決断を求めている。」と肉声で仰せになったのである。

無論それは、大統領に向けてのメッセージと受け取ってもらって結構だとまで仰る。

そうである以上、我が国からの支援要請を蹴る意思など全く無いことになり、ワシントンは、安んじて支援要請を行うことが出来ることになる。

少なくとも、赤っ恥をかかされる恐れだけは無くなったと言って良いだろう。

又しても大部のレポートを起草しなければならないだろうが、今度の場合は魔王の肉声を以て仰せいだされた「談話」そのものを元にしており、「談話」とは言いながら、立派に米国市民の証人までいるのだ。

そうである以上、あとはワシントンの決断あるのみだ。

まして、ここまでの直球を投げて来られた以上、ワシントンも断じて癖球(くせだま)など投げ返すべきでは無いだろう。

こうしている間にも、他国の国土整備ばかりが魔王の軍団によって猛然と進捗している筈であり、とにかく、ことは一刻を争うのである。

オフィスに戻り、取り急ぎレポートを作成しながら思うのは、我が白頭鷲の行く末ばかりだ。

レポートは専用回線を以て即座に送信した上、さまざまな補足説明まで抜かり無く加えたつもりだ。

とにかく、かの超大国の元首が「大統領へのメッセージと取ってもらって結構だ。」とまで言っているのである。

タイラーはひたすら待った。

だが、翌日になってもその反応は信じがたいほどに鈍いものでしかなかったのである。

一民間人のダイアンですら、そのことを案じてこれほどまでの協力を惜しまないでいてくれている。

それに引き比べてワシントンの馬鹿どもは、一体何をぐずぐずしているのだろう。

久々に聞く魔王の肉声は、我が国に大きな贈り物をしてくれた筈であり、これを活かさない手は無いのである。

しかし、その後もワシントンの反応に捗々(はかばか)しいところが見えないまま、タイラーの焦りを尻目に時間だけが空しく経過し、あっという間に二十五日の朝が来てしまった。

この日は日曜日であり、今夜の零時には魔王自身が例の搬送作業に出動し、言わばそのまま二十四時間勤務に就くことになるのだ。

恐らく優に百カ国以上の国々を基点として、それぞれの搬送作業に没頭するのである。

タイラーの見るところ、どうやら魔王自身が個別の指揮を直接執っている気配が濃厚であり、いきおい毎週月曜日は重労働にならざるを得ず、その結果火曜日は長い休憩を取ることを常としている模様だ。

その前提で考えると、具体的かつ最高レベルの対秋津州工作は、今日を逃せば二十八日の水曜まで待たねばならないのである。

ワシントンでは、ようやくいわゆる積極派が多数を占めるまでになってはいるものの、肝心の国土整備に関する具体的な青写真がまとまらない。

まとまるどころか、未だに甲論乙駁(こうろんおつばく)して結論など全く出そうに無い気配だ。

大統領が各州政府の意向を全く無視して臨んだ検討部会においてさえ、候補に上がっている青写真が一ダースもの多くを数え、それぞれに長短がある上、個別の産業や地域性に関わる利害まで複雑に絡んで来て容易に出口が見えて来ないらしい。

ワシントンにいる友人などは、こうなれば大統領が蛮勇を奮って決定するほかは無いだろうと言うが、肝心の大統領自身が再選を目指しているため、その背後にいるさまざまな魑魅魍魎の利害関係に、ひたすら神経をすり減らしてしまっているのが実情なのだ。

情け無いことに、このままでは、二十八日どころか、来月になっても具体的な青写真は決定されそうに無いのである。

惑乱しそうになるところを辛うじて踏みとどまっているうちに、やがて夕闇がたちこめるころになって、女神さまから電話が入った。

恐れ多くも、王宮から「ワシントンの決断は未だか。」と言うご下問があったと言う。

恐らく、魔王自身は深夜の出動に備え、これより眠りに就こうとしているところなのだろうが、王宮からと言うことは、あの秘書官を通じて女神さまに連絡が行ったに違いない。

だが、タイラーとしては返答にも窮する事態が延々と続いていることに変わりは無く、丁重にその旨を伝えるほかは無かったが、この無様(ぶざま)過ぎる対応が、今頃あの美貌の秘書官に伝わってしまった筈だ。

あの妖艶な美女が、我が国の反応の鈍さを知って、きっと皮肉な笑みを見せたことだろう。

そのこと一つ取っても、身を切られるほどの辛さなのである。

尤も、この迫水美智子と言う美貌の秘書官が、別にもう一人存在していることなど、今のタイラーには思いも寄らないことではあっただろう。


一方、かねてより行われて来た任那の郷の開発事業がこのところ一段と進み、遂に一月も末になってそれが悉く完成を見るに至り、真新しい近代都市群の雄姿が各国の紙面を派手に飾ることとなった。

秋津州商事の例の宣伝作戦にも乗って、任那の実像と称する情報が、もうこれでもかと言うほどに報じられ、それこそ、あらん限りの映像情報が巷に溢れたのだ。

無論、それは日本だけにとどまらない。

結局、秋津州商事の巨額の宣伝予算がその威力を遺憾無く発揮したことは確かで、ほとんどの国で、溢れるほどの任那情報が流れるに至ったのである。

したがって、少なくとも庶民レベルに限れば、世界中の驚愕を呼んだと言って良い。

もともとの任那自体、その内陸部には緑なす山並みが諸方に連なり、水量豊かな水系にも数多く恵まれていることで知られていたが、今回その平野部を中心に築かれた近代都市群の中には、目を疑うほどのものが数多く見受けられ衝撃的ですらあったのだ。

その多くが、ニューヨークや東京にも勝るほどの堂々たる規模を誇っており、その規模において、決して片田舎の小都市などの比では無かったからだ。

御用評論家が数多く登場して任那の優れた近代的都市機能を持ち上げ続け、中には、二億人の任那人が、程無くそれらの都市群の全てに重厚な実質性を与える筈だと言う者まで出た。

詰まり、任那現地には二億人と言う巨大人口があり、完成したばかりの近代都市の全てを直ぐにでも埋め尽くし、一千万どころか二千万人都市までが複数誕生する筈だと言うのだ。

いずれにしても、それほどの大人口がその地で「生活」を営む以上、そこでは活発な経済活動が行われる筈で、しかも、それらの都市がそれぞれ重厚な交通網を以て結びついている風景が眼前にあり、それが事実なら、巨大マーケットの誕生と言う話にも通じるのである。

その上、長大な海岸線の一部にはロングビーチに擬せられるほどの海浜環境まで具え、既に巨大ホテルが建ち並び、その地の季節が冬季でありながら、行楽客が多数姿を見せて一大リゾート地の誕生を謳いあげ、同時に内陸部の山岳地帯ではスキー場まで開設されており、やはり多くのスキー客を集めていたのだ。

地球上の庶民に齎したインパクトの激しさは、尋常一様のものでは無い。

それらのリゾート地に関しては時期尚早だとして、懐疑的な論調も無かったとは言えないにせよ、少なくとも、数多くの市街地が大規模かつ先進的な姿を見せていることだけは疑う余地が無いのだ。

しかも、それらの地は、つい先ごろまで、見渡す限りの原生林と原野が広がる、文字通りの大自然に包まれていた場所だったと言うのである。

それがどうだ。

その同じ地に、地下鉄が走り、至るところに高架のハイウェイが通じ、そして林立する高層ビル群が圧倒的な姿を見せ付けており、郊外にはほど良く整備された農地が延々と広がり、諸方の湾岸地帯には巨大港湾が多数姿を見せ、その背後に大規模工場が整然と立ち並ぶ工業地帯が有る。

本来の意味で使用されるかまでは不明だとは言え、長大な滑走路を多数具えた空港設備までが十数箇所もの多くを数え、そのそれぞれで膨大なSS六が発着を繰り返しているのだ。

報道によれば、その任那には今なお三個兵団と言う膨大な兵力が駐留し、降り積もる粉塵の清掃作業に全力を傾けていると言うが、既に建設工事そのものが完了している今、それも程なく終了する筈であり、これを以て国王の直轄領域内で予定されていた国土整備事業が全て完了した筈だと言う。

この場合で言う、予定されていた国土整備事業には実にさまざまなものがあるが、言い切ってしまえば、せっかくの大自然を徹底的に破壊し尽くし、近代的な人工構造物を大量に築いたことには違いは無い。

その場所だけを挙げても、東側から鳥瞰すれば先ず新田の借り受けた「秋桜」があろう。

次に王宮の所在地として知られる八雲の郷があり、その又東方に鹿島一佐の座る玉垣の郷がある。

その東方には、秋津州本島とでも言うべき未開の大陸「馬酔木の山斎(あしびのしま)」が広々と横たわり、この馬酔木の山斎の東端から更に東へ大海を渡れば、そこに新アメリカ大陸があり、問題の任那は、その新アメリカ大陸の西岸に位置しながられっきとした直轄領なのだ。

しかも、これ等直轄領の工事には他の地域と際立って異なる特徴があった。

直轄領以外の領域では、極めて公共的で基礎的なインフラに限定した工事が行われるケースがほとんどだが、王の直轄領では、公共的であろうとなかろうと必要とする工事は全て無制限に行われ、大和商事の高層ビルはおろか膨大な個人住宅まで竣工しているのである。

それも、急ごしらえの仮設のものなど全く見当たらず、全てにわたって本格的な工事による堂々たる「完成」ばかりだ。

殊に任那の場合、今月の初頭から大幅な増員を図った結果、全ての工事が爆発的な速度で進行したことによって、竣工の予定を大きく前倒しすることに成功したと伝えられ、その結果極めて短期間に完成したものがこれほどのものである以上、北米やEU諸国の更なる焦りを呼ぶ筈だ。

しかもその地では、あの八雲の郷と同様の制度を以て運営されることが確実視されるに至り、既に膨大な海外資本が流入し始めていると言う。

何せ、百万平方キロにも及ぶ領域(任那)に、大容量の発電設備や近代的な交通網はもとより、多数の都市群が整然と建設された上に、そこもまたタックスフリーだと言うのである。

同じタックスフリーでも、太平洋上の秋津州の場合は未だ良かった。

その地では、外国人や外資に対して不動産の保有を禁じ、最近緩めたとは言いながら賃貸に関してさえ厳しく制限して来たからだ。

だが、八雲の郷や任那の郷の場合、その障壁すら取り払われてしまっているため、一般の国家から見れば、あの悪名高きタックス・ヘイヴン(租税回避地)そのものであり、なかんずく、完全なタックス・パラダイスなのである。

多くの場合、各国共にこれに対抗するための特別の税制を持ってはいるが、何せ問題の「租税回避地」は丹波にあるのだ。

中長期で見れば丹波経済の停滞そのものが望まれているわけでは無い上に、もし各国が対抗税制を厳しく運用しようとすれば、その国の資本と技術と情報が益々流出してしまうことも目に見えている。

その意味では各国共に痛し痒しのところだっただろう。

うかうかすると、地球上の自国経済が抜け殻同然になってしまうのだ。

そうなってしまうのは、今は未だ困るのだ。

この任那では、基本的な第一次産業は秋津州人が担い、流通産業なども大和商事が巨大なネットワークを以て運営しており、現地の経済活動を立派に下支えする態勢がある上、秋津州国王の優れた統治実績がこれまたものを言う。

近代的な金融システムや上下水道設備があり、巨大ホテル群や高層マンション群、そして多数のテナントビルが既にある。

近々売却が許される筈だと囁かれるビルも多数存在することもあり、自然それを目当てに上陸して来る外国人たちが引きも切らないと言う。

彼等はSS六のチャーター便を用い、物好きにも未だ収まりきれない粉塵をものともせずに陸続としてやってくるのだ。

その多くが八雲の郷を経由して来るとは言うが、中には秋桜や敷島から渡来する者も少なく無いと言う。

任那は現実に大和文化圏の一郭を構成し始めたのである。

その上、世界の各地と結ぶ海底ケーブルも活き活きと稼動し、それが都市部に限らず内陸の山岳地帯まで過不足無く網羅し、通信衛星の利用まで可能なことが判っている今、近代的な情報通信網が立派に完成していると見られるに至り、任那の巨大都市群は、商業都市としての付加価値を益々高めるばかりだろう。

地球上で出口を求めて溢れ始めていた大量の資金が、奔流となって流れ込むことは当然の経済原理なのである。

まして、近頃丹波の全域で起きつつある大変動のことも疎かには出来ない。

実は、任那の完成に時を同じくして、地球人が古来の秋津州人と呼ぶ丹羽の原住民たちが大移動を始めていたのだ。

過去数世代にわたって現地の農耕地に居住していた原住民たちが、先祖伝来の農地を捨てて一斉に引き上げ始めていると言うのである。

無論、その国の当局には秋津州側から事前の通知がなされており、特別の混乱は起きてはおらず、それどころか、ほとんどの国の当局はそれらの農地を喜んで公収したらしい。

それと言うのも、無償支援の国土整備だけを懇請して来た諸国においては、既にその作業の大よそが完了してしまっており、既に大量の国民を地球から移住させつつあったため、その農地の管理にも自信を持つに至っていたからだ。

現地メディアが伝えるところによると、各地の原住民たちは数万単位で瞬時に移動して行ったと言うが、無論その後の消息は不明だ。

日本のメディアなどでは、封建の世に地方でしばしば見られた「農民の逃散(ちょうさん)」を見る思いがすると論評を加えるケースが多いが、とにかく、「統治」に対する不安や不満が増大した結果、農民が農地を捨てて他国へ逃げ散ってしまう点においては、いずれの場合も異なるところは無いのである。

かくして「逃散」は続き、その現象が、今では例外無く丹波全土に広がりつつあると報じられているが、北米やEU諸国などは、未だ農地の受け入れ態勢すら整ってはいないのだ。

とにかく、秋津州側から見て今や「外国」となった領域の原住民たちが、大量に「消滅」しつつあることは事実で、既にその総数は三億にも達するとまで言われ、無論その行き先は王の直轄領だと囁かれてはいるが、その実態までは詳らかでは無い。

ただ、今話題の任那においても従来に数倍する耕地が開拓を終えており、そこにも相当数のものが移住したに違いないと囁かれる一方、近頃の任那の秋津州人人口は確かに増加傾向にあり、その数も二億を超えていると推論する者さえいるほどだ。

くどいようだが、この任那の郷と言う直轄領は、それだけで既に現日本の三倍にも及ぶ広大な領域であり、この意味では、二億を超える秋津州人が居住し、かつ活動していても何の不思議も無いのである。

しかも、鹿島一佐の指揮する玉垣の郷のこともある。

無論それは、八雲の郷と馬酔木の山斎に挟まれた大島(だいとう)であり、これをしも、現在の日本の倍ほどの面積を持ち、優秀な油井や種々の地下鉱脈は勿論、抜きんでて広大な耕地面積まで有することで知られている大地だ。

その玉垣の郷の人口も又最近増加気味だと主張する者もおり、これらの消息について、土竜庵に取材を申し入れるメディアも少なく無い。

今や秋津州帝国軍の参謀本部と呼ぶ者さえいる土竜庵なら知らぬ筈は無いのである。

今次の「逃散」現象にしても、その参謀本部の立案した作戦の一環だと見るのが自然だろう。

だが、土竜庵サイドは「今現在もなお大幅な変動が続いている事象に付いて、いちいち明らかにすることは困難である。」と言うばかりで一向に埒(らち)が明かない。

その反応にストレスを感じるメディアも多く、重ねて取材を申し入れた結果、多少はましな説明がなされたと言う。

結局、故郷を捨てざるを得なかった秋津州人たちにしてみれば、あとから押しかけて来た「外国人」たちが思い通りに国造りをする以上、その地に残ればゆくゆくはマイノリティとしての悲哀を嘗めさせられるのは目に見えており、ひるがえって、国王の直轄領の中ならば、自分たち自身もそこの先住者たちと同等の権利を持つことが出来ると言う想いが湧くのだろう。

何せ、その地では、自分たちと同様の肌の色と言語を持ち、これまた同様の風俗習慣を共有する古来の秋津州人ばかりが暮らしており、それらは皆自分たちと同族なのだ。

詰まり、その地に行きさえすれば、自分たちはマイノリティどころか圧倒的なマジョリティになれるのである。

まして、あるいきさつもあって、このまま故郷の村で暮らし続ける場合でも秋津州国籍をも併せ持つことに定められており(いわゆる二重国籍だが)、したがって、直轄領である秋津州国に移住しても、堂々たる秋津州国民としての権利を行使出来るのだから、どうせなら、早いうちに秋津州領内に移住してしまいたい、と考える者が多いのだと言う。

それらの人々の間では、直轄領に行きさえすれば、既存の農地と同程度のものは、あの国王が必ず補償してくれる筈だと信じられているらしい。

何しろ、丹波の原住民たちにとって、見慣れぬよそ者が押し寄せてくるまでは、丹波のどの領域に移動しようが、そこは全て国王の統治する秋津州国だった筈で、国境が存在しない以上、そもそも「外国」と言う概念すら持たずに生きて来たことになり、この意味では国王は彼等全員にとって斉しく王だったのだ。

その国王の統治する大地がこの度大幅に減ってしまったとは言いながら、国王の大地に辿りつきさえすれば、あとは優れた統治者である筈の我が国王陛下が、きっと何とかして下さると信じていると言うのである。

結局土竜庵にしても、こう言うよりほかは無かったろう。

「このように、原住民の秋津州に対する帰属意識と言う問題が根本にあるため、彼等自身が今後の居住地としての選択を重ねながら移動を繰り返しているのが実態であり、それは言わば整頓作業と言う側面を持っていることに加え、その高い流動性から言っても、常に詳細なデータを入手し続けることなど至難の技である。」と。

しかも、この件については、諸外国の反応次第で秋津州側の対応も大幅に変わることもあり得ると言う。

むしろ、諸外国の反応にこそ、その答えが隠されていると言わんばかりだ。

詰まり、その地の新たな統治者が、秋津州人と言う先住民族を安堵させることが出来さえすれば、彼等にしてもわざわざ故郷を捨てたりはしないのだと言いたいところだったのだろう。

なお、国王に代わってビルのインタビューに応えた新田が、個人的慨嘆としてと断った上で、「誰にしても、故郷は他に代え難いものの筈だ。」と語ったと言うが、要するに、「好きで故郷を捨てる人はいないのだ。」と言う意味なのだ。

ただ、この土竜庵の反応を以て、大方のことは類推出来るとしたメディアは、結局丹波の秋津州人は全て王の直轄領に収容されるものと看做し、その総数も三億から六億の間だろうと報じる向きが殆どであった。


ちなみに、土竜庵を中心に活動するメンバー(プロジェクトAティームと新田の配下たち)は、過去の経緯から言っても丹波情報の収集には断然有利な位置を占めている上、その活動は今や世界から一種の恐れを以て注視されるに至っている。

そこで検討される諸々の案件は、秋津州王家はもとより、東京の首相官邸とも密接に繋がっており、全て実現性の高いものばかりである上、実行能力と言う点でも、あの秋津州軍と各荘園が齎す膨大な資源と言う圧倒的な背景を持つからだ。

詰まり、土竜庵で決定されたことが、そのまま実行されてしまう公算が高いと見られていることになる。

既に、七カ国協議はおろか、国連安保理なども土竜庵の意向を受けて動かざるを得ないのが実情だと言う者も多く、メディアの一部などでは、世界の枠組みを云々するに際し、その決定権は実質的に土竜庵に握られてしまっていると報ずるに至っているほどだ。

最近の英字新聞の紙面などにも、例の「サンノショウ」と共に「ドリュウアン」を現す英字が数多く登場するまでになって来ており、それらは既に世界共通の言語表現になっているくらいだ。

現実に土竜庵はさまざまな案件に検討を加え、決断し、かつ秋津州国王に進言して実現させて来ており、その土竜庵の亭主は無論新田源一であり、それらの検討作業を主宰し、自ら決断を下しているのも新田自身に他ならない。

殊にケンタウルスの一件が浮上して以来、彼の頭脳はブルドーザーのように日々驀進を続け、いささかオーバーヒート気味だと言われ、最近では、愛児源太郎の顔を見るのもままならない状況だ。

当然、新田のデスクにはさまざまな案件が今も山積みである。

新アフリカ大陸における無償支援工事も既に目鼻が付いており、かつて新田自身が「最低限の」と定めた発電設備の無償支援枠なども多少甘めに査定したことで、容量的には当初の予定よりかなり潤沢な供給を可能とするように仕上げておいた。

現地の秋津州軍は国境警備にあたる者以外、全て最後の清掃作業に就かせ、それですら、とうに目鼻がついているのだ。

詰まり、その地における予定の工事作業は実質完了していることになり、その工事を担っていた一個兵団も全て引き上げが可能となったことにより、現在丹波に駐留する五個兵団のうち、予備兵力としての備えはこれで四個兵団となった。

充分過ぎる予備兵力だと言って良い。

土竜庵では、これを機に敷島のインフラ整備の最後の総仕上げを急ぐべしと言うことになり、官邸とのやり取りの末、早速実現の運びとなった。

敷島は新たな日本となるべき領域である以上、国井にとっても異論を差し挟む余地は無く、その結果二個兵団と言う膨大な兵力が増派され、あと二週間もあれば残りの作業まで全て完了する見通しが立ってしまっている。

少なくとも、隣接する(無論五百キロほどの海洋域を跨いでのことなのだが)秋桜のレベルには追いつける筈だ。

これで、新田の目指した大和文化圏は、少なくともそのハード面においてだけは完成を見る事になり、その結果、半月後の敷島では多くの集合住宅も完成し、全ての日本人がその地へ移住し得る基礎的な条件が整うことになるのである。

尤も、凡そ一千万所帯ほどの分は、個人個人が好みの地所を購入してから、個別に住宅を建設することになるのだろうが、その間秋桜の集合住宅に緊急避難していることも充分に可能なのだ。

何しろ秋桜においてとうに完成している集合住宅の分だけで、少なくとも数量的には、日本人の全員が入居出来る容量だけは立派に確保済みなのである。

この点も含め、丹波における日本の先行性は、王の直轄領を除けば、いよいよ他の追随を許さないレベルに達し、敷島の不動産の担保価値がより一層上昇することによって、例の敷島特会の財源を益々潤し続けることになる。

同時にそれは、さまざまな相乗効果を生み、その地における市場性の付加価値も当然に高まって行く筈であり、新田と言う参謀長が、秋津州一郎と言う司令官の幕下で描く作戦は、成功に向かって大きく踏み込むことになる筈だ。

その作戦の中の大和文化圏の経済規模は、「とりあえず」三千兆円(GDP日本円換算)ほどだと言われており、それを聞いた田中盛重などは腰を抜かさんばかりに驚いてしまったらしい。

何せ、巨大市場を誇るあの米国ですら、その点、二千兆円にも満たない実績しか持っておらず、日本に至ってはせいぜい六百兆円が良いところで、田中にして見れば到底信じられる話では無かったのだろう。

しかし、岡部などに言わせれば、新田構想による大和文化圏と言う領域では、八雲の郷、玉垣の郷、秋桜、敷島、そして任那の郷と、そのそれぞれが世界的な規模で国際交易の拠点となりつつあり、やがて地球上の全てが実質的に壊滅してしまう以上、その領域ばかりが各国のビジネスマンを引き寄せてしまうことも目に見えており、半年後には二億人ほどの「外国人」が、その領域を拠点として盛んにビジネスを行うまでになっている筈だと公言して憚らない。

その上、丹波世界における基軸通貨としての「秋津州円」の地位は、既に不動のものとなってしまっており、唯一それに肉薄して行けると言われているのは「日本円」だけだと言う。

実際に丹波の状況が現状のままで推移すれば、北米やEU諸国のビジネスマンの多くは、大和文化圏に活路を求めるほかは無くなってしまうことも目に見えており、岡部の話もあながち法螺話だと笑い飛ばしてしまうわけにも行かないのである。

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  1. 2007/10/15(月) 23:34:44|
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