日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 118

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若者同士のまことにざっかけないこの会話は、一部がタイラーに告げられることによって重要な役割を帯びることになるのだが、タイラーにしてみれば無理からぬことだったろう。

何しろ話題の中心が秋津州ロイヤルホテルの一件であり、女神さまがいよいよご出御の可能性が出て来たと言い、しかも格別の熱意を込めて仰せになる以上、特段の接遇を期待してのことに違いないのだから、自然選りすぐりの戦士を配備して待つことになる。

そして遂にその翌々日に至り待ちに待った国王来臨のときを迎えることになるのだが、創業以来無為に一年有半を経ていただけに、現場サイドにしても力が入って当然だったろうが、天空のおふくろさまにとってもこの日の収穫は小さなものでは無い。

すなわち、イベントの主題は話題のベリーダンスであり、鍛え上げた女体を透過性に優れた極めて優美な衣装で包み、腹部を露出させ激しく腰を振って踊るさまが余ほどの刺激を齎したものらしく、卓越した舞踏技術を発揮するその女性が三十九歳とは思えぬほどの若さを誇っていたことも確かだが、ほかにも香気芬々たる戦士たちが配備されていたにもかかわらず、若者の興趣はそのダンサーにばかり集中してしまっていたのである。


その翌朝の王の交信、相手はNew東京の女帝だ。

「おはようございます。」

「おはよう。」

若者は二番区域の居間で日本茶を喫しているが、今しも咲子とローズが整えつつある朝食の膳に向かうところのようだ。

「昨日は、お楽しみでらしたようでよろしゅうございました。」

「うむ。」

「さっそくにも自前のダンサーをご用意申すべく準備中でございますので、しばらくお待ち下さいますように。」

ファクトリーでは、若者の心を惹いたダンサーについて精細なモデリングに取り掛かっているだけに、旬日を経ずして生き写しのモデルが完成してしまうだろうが、若者の反応は意外なものであったのだ。

「無用に致せ。」

「は・・・・。」

「無用と申しておる。」

「あれほどお気に召しておいででしたのに。」

「また出向くから、それで良い。」

「承知致しました。」

現に若者はその後幾たびも訪れることになる。

田中盛重が嬉々としてお供を務めていたのは当然だが、しまいには立川みどりを始めローズや咲子まで加わり、言わば家族総出のありさまだったと言う。


さて、人類が悉く移住を果たしてからかれこれ半年を過ぎ、世界各地でそれなりの秩序が形成されようとしているが、八雲の郷の王宮においてもさまざまな秩序が生まれ、そしてそれが確固たるものになろうとしている。

中でも王のキッチンでは、二人の美少女が積極的に取り仕切るさまが常態化しつつあり、それに横槍を入れることが出来るのは国王を除けば最早立川みどりただ一人だと囁かれ、王の宴席を取り仕切るのも殆ど彼女であるだけに、王家における磐石の地位がいよいよ喧伝され、東京のクラブ碧がいよいよ繁盛して当然だ。

その養女格の有紀子と言う童女に至っては、相変わらず国王の膝の上を自在に我が物としているとされ、学齢に至れば八雲の郷の王立学校に入学するに違いないと囁かれる一方、未だに王宮に専用の部屋を持たないでいることが、王家の七不思議の一つだと言う声も聞くが、一方で二人の美少女の動静に関する噂がまことに姦しい。

一部ではその七不思議の第一位は二人が未だに懐妊しないことだと報じる者まで出て、その者らにとっての二人はとうに国王のれっきとした愛人なのだろうが、ときに王が二人を連れて外出するときなどはもうそれだけで大騒ぎであり、七不思議の第二は王が必ず二人を共に伴っていることだとされ始めている。

さて、ここに国王の居間付近に自在に出没するジャーナリストが存在するのだが、言うまでも無くNBSのビルである。

彼は王が留守であっても意にも介さず押しかけて来ることが多く、単に飯を食いに来たと言って顔を出すことすらあり、現に二人の美少女に突然それを要求したりすると言うが、そのビルの願いが拒絶されたことは一度も無い筈であり、このような特殊な空気を背負った男だからこそ、無遠慮極まりない質問をぶつけることも出来るのだ。

実際、ビルは二人に向かって尋ねたのである。

無論、国王が二人の内の片方だけを伴わない理由をだが、これについて二人の少女が異口同音に応えたことが小さくない。

何と、二人が国王陛下と常に等距離を保つと言う一点で合意しているばかりか、これもまた二人して申し出を行って陛下の了承を取り付けた結果だと言ったのだ。

詰まり、二人共同等に扱ってくれるよう求めたことになるが、なかんずく、互いに女としての嫉妬を慎もうと申し合わせていると言うに至っては、共に王の愛人であることを認めたも同然であり、そのことがその「愛人」たちの肉声を以て語られたことにより、最早それは単なる憶測などでは無くなってしまった。

無論ビルは、このゴシップを流すに当たり、秋津州の慣習法がそのことを妨げてはいないことも抜かりなく付け加えてはいたのだが、「そのこと」が、一人の男性が同時に複数の配偶者を持つ行為を指す以上、一夫一婦制を当然と見る文化圏からは理解が得難いのも当然で、いきおい非難めいた論評を加える者が少なくなかったからおふくろさまが放置する筈も無い。

程なく秋津州の村落で六人もの妻妾を持つ事例が報じられ、各村落に同様の事例を数多く登場させると言うその手法は、若者の制止命令が出たあとでさえ折りに触れて実行に移されてしまうのだが、その後この話は妙な道筋を辿ることになってしまうのである。

ビルの後追い取材によると、何と「そのこと」は二人の少女が一方的に望んでいることであって、未だに実現してないことが明らかになったのだ。

詰まり、王は今以て誰も娶っていないことになり、その結果非難がましい声が大幅に減少したばかりか、異邦人たる者は王家のプライバシーをよほど尊重せねばならぬとするメディアまで出て、この異例の論議もやがて沈静して行くのだが、同じ最上階のことでありながら、本来より以上のニュースバリューを持つ筈の秋桜エリアの内情が報じられることは極めて少ない。

何しろそのエリアでは、土竜庵グループはたかだか二十人にも満たないにせよプロジェクトAティームの方は既に五百を数え、日秋両国の国益の伸張を求めて日々汗を流しているにもかかわらず、ビルでさえ一歩も踏み込めない状況なのである。

尤も、そのエリアの日本人たちが取り纏めたとされるある「事業」が大きなニュースになったことはある。

すなわち、このほど日本海軍と名称を変えた組織に、一挙に三十二隻もの潜水艦が寄贈された一件だ。

無論、これまで加納たちが訓練と称して操艦に携わって来た攻撃型潜水艦のことであり、その寄贈者とは日本人秋津州一郎氏に外ならないが、時にとって残りの戦略型潜水艦八隻が秋津州国の艦籍のままであることが、一部の国々から見れば重大で無くも無い。

何しろこの八隻は核弾頭を持ったSLBM(潜水艦発射型弾道ミサイル)を具えていると囁かれて来ており、明白に日の丸を掲げてしまえば、関係諸国からの査察要求は避けて通れなくなるため、そのための据え置き措置だと見られているのである。

しかも、この丹波においても核保有国は北半球に集中しており、米英仏などは地球時代と同様に戦略原潜を北極海の海中に潜ませて核抑止力としたいところなのだが、あいにくこの星の北極海はその多くが秋津州の領海若しくは専管水域となってしまっており、海底の地形から見ても、大型の戦略原潜がその戦略目的に見合う深度を保って活動し得る海域は、秋津州の専管水域以外ほとんど見当たらないのだ。

詰まり、他国は北極海にそれを配備することが不可能に近いことが判明してしまっており、米英仏などにとっては一方的に不利な環境が出来上がってしまっていることになる。

近頃では巨大な飛行ポッドが多数秋桜に配備され、本来秋津州には無用の機能であるにもかかわらず、海中の潜水艦との通信用としか思えない超長波用のアンテナを具え、訓練と称して日本海軍の兵員が多数搭乗している事実まで確認されており、どう見ても、日本本土が核攻撃を受けた場合、極北の海から報復攻撃を行い得る態勢が整ったとしか思えない。

問題の潜水艦の艦長職には今以て秋津州軍士官が就いているとは言うが、日本海軍のマリナーが数多く搭乗している以上、日本政府の意を体して極北の海に配備されていることを疑う者はおらず、全ては東京政府の採る露骨な擬態であると思いはしても各国共に如何ともし難いのである。

海中の潜水艦との通信用と目されるポッドが秋桜に配備されるや、米英などは安保理での制裁決議まで夢想したらしいが、強行すれば中露二カ国が揃って拒否権を発動することは目に見えており、独自に制裁措置を採ろうにも、相手が大和文化圏と言う自己完結能力を有する経済圏を手にしているため、その動きを明らかにしようものなら、そこへの参入を阻まれることによって逆に大打撃を蒙る可能性が高い。

敷衍すれば、米英連合は全ての手を封じられてしまったことになり、下手に動けば泣きを見るのは米英の方であり、殊にワシントンでは、これまた合衆国を陥れるべく設けられたトラップではないかと恐怖する人間が少なくないと言い、その者たちの頭の中では、折角の米日不戦条約などとうに消し飛んでしまっているらしい。

また、現在の丹波世界を見渡せば、大和文化圏以外ではおしなべて深刻な食糧難に見舞われ、例外無く穀物の増産に手を砕いていると報じられる一方、秋津州に本社を構えるコーギル社などが競って立ち働き、小麦や米を始め多種多様の物資を秋津州から搬出しているが、中でも目立つのは大量の冷凍鯨肉であり、近頃ではその出荷量も週当たり五十万トンもの多くに及んでいるとされ、その出荷ペースを年間に換算すれば概ね三千万トンにもなり、地球時代の牛肉の出荷総量が六千万から七千万トンと言われたことに比べても、最早膨大な物量だと言って良い。

何しろ、飢える人が四十億を超えるとされる中で、牛豚類はその出荷量も未だ僅かで価格も高騰してしまっていて、とてものことに庶民の口になど入らない状況だ。

そこへもって来て、秋津州から出荷される鯨肉の価格は牛肉の四十分の一程度だったから、あっと言う間に食品として広まってしまい、それまで拒否反応を示していた人々の間でさえ堂々と食膳に供されるまでになり、しかもそれは全て大和商事から出荷されるものばかりでありながら、その産地も丹後と但馬だとされている通り、秋津州自身は丹波での捕鯨を行っておらず、諸国にとっては絶好の好機と言って良い。

現に海を見渡せば溢れるほどに鯨が泳いでおり、米英などの企業がこれに目を付け、政府の支援の下に大量の新造船の発注にまで踏み込んでおり、しかも受注するのは大和商事ばかりだ。

大和商事の手になる船はPMEタイプのものばかりで、一般の内燃機関のものと比べて割高ではあっても、ランニングコストの面では天地の開きがある上納期が極端に短縮されるだけに、既に八雲の郷ばかりか、新垣の郷(秋桜)や任那の郷のドックからも大量に進水しつつあり、捕鯨母船だけでもとうに二百艘を超え、キャッチャーボートのたぐいに至っては三千艘に垂んとしているとされるのだから、最早捕鯨時代の幕開けだと言って良い。

南氷洋も北極海も秋津州の専管水域が茫々と広がるばかりで、そこでの操業は許されないにせよ、英米を始めかつての先進諸国の多くはその捕鯨船を数多く揃え、華々しく商業捕鯨に乗り出すまでになっており、猛烈な捕鯨競争が始まろうとしていたことだけは確かで、しかも、その先陣を切っていたのは誰あろう、かの英米両国であり、捕鯨船の数量から見ても日本などは、かなり後れを取っていると囁かれた。

何せ日本の場合、既存の調査捕鯨に従事していた僅かな事業者が、地球から持ち込んだ既存の捕鯨船を用いて細々と活動していただけであって、それに引き比べて、英米両国などは膨大な捕鯨船を稼動させようとしていたからだ。

報道によれば、米国のそれを百とした場合、英国が五十、日本に至っては一桁未満と言うていたらくであり、詰まり米国一国だけで、日本に比べて百倍以上の捕鯨船を稼動させようとしていたことになる。

実際は二百倍以上だと言う報道まであり、結局米国の商業捕鯨が圧倒的な規模を以てその活動を開始したものと見るほかは無いが、無論英国がそれに続いており、ノルウェーやアイスランドはもとより、豪仏独なども負けじと参入を始め、その後中露ほか多数の国々まで競って後を追うまでになるのである。

何しろ、あらゆる野生動物が食糧と化してしまっており、馬酔木の山斎以外の野牛などは、ここ半年足らずで半減してしまったと言われているほどだ。

その上世界的に牛豚類の出荷が低迷している以上、他に安価で大量の動物性蛋白質など馬ぐらいのものであり、食肉としての鯨肉の市場競争力は飛び抜けていると言わざるを得ない。

その結果、捕鯨競争がいよいよヒートアップして行く様相を呈し、大和商事の群を抜く造船能力が、何よりも極端に短い納期と相俟って素晴らしい人気を博し、その巨大ドック群が終始大回転を続け、さまざまな船種を猛烈な勢いで進水させ続けたのである。

この時点でほかに唯一本格的な造船能力を具えていたのは日本ぐらいのものだったが、そのドックに発注する者はほとんど見当たらず、大和商事のドックの破壊的な競争力だけが注目を浴び続け、十月も末に至ると、捕鯨船がらみの発注が一段落してしまうほど、大和商事のドックだけが次々と進水式を執り行い、そのあまりの数の多さには訝る声が上がるほどだったが、やがてその異様なばかりの造船能力のタネ明かしがされるときが来る。

何と、天空の巨大基地から地球上のピザ島に至るまで、国王のドックと言うドックが大車輪だったと言うのだ。

しかも、丹波のはるかな上空には既に三つの巨大基地が稼動し、「月」にある地下基地の施設までが轟然と疾走状態に入っていると言い、いきおい、丹波世界の船舶需要はじきに一段落する見通しであり、大和商事は短期の納期を求める船主に対しては、従前の倍額ほどの対価を要求するようになり、それと共に日本のドックの競争力が俄然浮揚して来る。

この辺の価格操作が、専ら秋桜エリアの日本人たちの手によって行われていたことが、後に明らかにされるときが来るが、この時期においては無論一般的な情報では無い。

やがて十二月も半ばを過ぎた頃には、咲子は十九歳、ローズも既に十七歳の誕生日を迎え、その懐妊を待ち望む声が周囲に満ちていると報じる向きも多く、中でも日系のメディアなどは、その多くがごく自然な形で二人を「側室」と呼び始めていたが、実際には未だに国王がその部屋を訪うことの無いままに時が過ぎて行く。

かと言って王の家庭に冷え冷えとした空気が流れているわけでもなく、それどころか国王は、この二人に最後の墓参のチャンスを与えるために地球の北米大陸と日本を訪れ、同時にピザ島からの撤収をも完了し、地球と言う惑星にいよいよ見切りを付けるに至ったとされるが、この頃になると熾烈な捕鯨競争の結果鯨肉の大廉売が始まってしまっており、大和商事の鯨肉はそれまでの価格帯のままでは競争力を失い始めたが、国王はその廉売競争には一切加担しようとせず、やがて市場から撤退する日が訪れた。

若者が、冷凍鯨肉の商業的な出荷を全て停止したことになる。


そして、二千十一年の年が明け、蓄肉業者たちが地球から持ち込んだ膨大な冷凍精子がその威力を発揮し始め、牛豚類の出荷数量が地球時代のものに迫る勢いを持ち始めた。

当然、その出荷価格も落ち着きを見せ始め、米英等の鯨肉は価格競争の荒波に揺さぶられることになり、世界各地の捕鯨会社が経営不振を囁かれ始めた頃、又しても巨大な災害が人類を襲った。

口蹄疫の大発生である。

周知の通りこの口蹄疫と言うものは偶蹄類(牛豚羊類)が罹患する伝染病だが、その中でも頭抜けた伝染力を持つとされ、風向きにもよるが百キロもの彼方にまで空気感染するとされ、罹患した畜類は実態として完治することは無く、群体の一部の感染が確認され次第、その群体の全てを処分するよりほかに対応策が無い。

詰まり、百頭の牛の群れの内、ただ一頭が感染しただけで百頭全てを処分せざるを得ず、下手に躊躇したりすればその群体はおろか数百キロの範囲が確実に全滅してしまうのだ。

最初米国で発生し、最大の大陸間交通手段であるSS六改によって、この口蹄疫ウイルスが盛んに飛散したものらしく、瞬く間に世界各地に伝播し、馬酔木の山斎以外ほとんど例外は無かったから、折角息を吹き返し始めたばかりの牛豚食肉業界が大打撃を受け、またしても牛豚類の出荷が滞り始めた。

少なくとも全ての輸出入が停止したことは確かであり、米豪などに至っては、驚く勿れ実に九十パーセントもの減産を招いたとされ、世界の市場全体でも八十パーセントを越える出荷減となってしまい、か細かった冷凍在庫が底をつくことも見えている今食肉市場は狂乱状態である。

各国政府は業界団体からの請願を受け、揃って救済予算を組んでことに臨んだが、皮肉にも一方の捕鯨業界はこれを機に一挙に息を吹き返し、壮大な乱獲競争がその勢いを増したのだ。

全く無統制のままであったと言い、丹波の鯨類はその増加の勢いに終止符を打ったばかりか、明らかに減少に転じたと伝えられるに至ったが、陸上では、猛威を振るう口蹄疫によって、馬酔木の山斎以外の野牛などは、いの一番に姿を消してしまっており、果てはあのパンダまでが普通に食糧と化している今、鯨の食糧化を非難する声など更に聞こえては来ない。

結果的に安価な鯨肉が各地で餓死寸前の貧困層の多くを救ったとされ、嗤うべきに、かつて熱狂的に心情的反捕鯨を叫んでいたあの豪州の民までが沈黙し、競うようにして鯨を喰い始めていると言い、これまで民衆の声に迎合するあまり、熱情を込めて反捕鯨をおらびあげて来たその国の政治家達も、あっさりと反捕鯨の旗を降ろしてしまったと言うが、心情的反捕鯨の旗など例え一万本掲げてみたところで、最早票もカネも集まらなくなったに過ぎないのだろう。

何しろ、新たに得たその国の領土にはカンガルーもコアラも生息しておらず、牛豚類はもとより羊まで口蹄疫に襲われてしまっている以上、所詮人間は喰うことが最優先なのである。

現実に人類の眼前で世界規模の飢餓状態が続いており、大和文化圏の外では餓死する者が後を絶たず、餓死者数は既に一億五千万を越えたとする報道まであるが、無論正確な実数など誰にも判る筈が無い。

基礎体力に劣る小児幼童が栄養不足によってなおのこと抵抗力を失い、些細な病気でも命を落とす例があまた出ていると報じられ、その風景はまるで大東亜戦争に敗北した我が日本の光景を見るようだ。

ちなみに、日本は昭和二十年の八月に敢え無く米軍の前に膝を屈したが、米潜水艦の雷撃と内海沿岸に対する機雷投下による海上封鎖作戦に散々に苦しめられ、国内の物資不足は極限状態に達しており、そこに大量の復員と引揚げ者が溢れかえり、挙句産業の多くが壊滅してしまっていたのである。

当時の総人口が七千万強のところに、千三百万以上の失業者が食と職を求めて巷をさ迷っていた上、苛烈なハイパーインフレーションと大凶作が追い討ちをかけたのだ。

想像してみるが良い。

餓死者が出ない方が不思議だろう。

しかも、戦前から操業していた捕鯨母船もタンカー代わりに徴用された挙句、六隻全てが米軍の攻撃で全滅してしまっていたため、遠洋捕鯨の途まで断たれてしまっていたのだ。

日本の鯨食文化は、戦後の食糧難に対処する為に占領軍が推し進めたことが発端だなどと言う人もいるが大きな誤りであり、戦時中に六隻もの捕鯨母船が存在したことを見るだけでも、日本人がそれ以前から鯨を大量に食っていたことだけは確かだろう。

尤も、冷蔵庫なぞ満足に無い時代のことでもあり、季節要因にもよろうが、その多くが缶詰製品として市場に出ていたことも確かだ。

そう、砂糖、醤油、生姜などを用い、かなり濃い目の味付けをした、その名もずばりの「大和煮」の缶詰である。

何せ、刺身やステーキには為し難いようなクズ肉であっても、この濃い目の味付けが功を奏して充分喰えるものに変身してしまう。

バカにする勿れ、仮に飽食の時代にあっても、これがまた滅法旨いのだ。

これが近頃の秋津州から盛んに出荷されており、世界各地で相当数が出回り始めていると言い、敷島の国家警務隊においてなどはこれがまた大人気なのである。

口蹄疫の猖獗によって牛豚肉の価格が暴騰してしまっている折から、ごく近い将来には、米軍の携行食として採用されるのではないかとまで囁かれるに至っており、ときにあたって、秋津州の安定した出荷能力の巨大さばかりが益々際立つものになって来ているのだ。

しかも、秋津州各地の巨大港湾などでは、それ以外にも膨大な物資の荷積みが続いており、これ等の港湾は全て非関税であるべきことが公式に打ち出されてもいる。

少なくとも経済的な意味合いにおいては、既に自由港(フリーポート)を宣言したに等しい状況があり、その施設の充実せる近代性と相俟って、それぞれが未曾有の繁盛を極めており、敷島を筆頭に諸外国からの入船が引きも切らない。

まして、大和文化圏においてはSS六以外にも大型のポッドが一台で数百トンにも及ぶ物資の空輸に就いており、大和文化圏の経済力の足元を益々補強する効果を齎している上、日本では各産業が脱兎の如く立ち上がって来ており、秋桜に避難を強いられていた日本人もその殆どが敷島に立ち戻っている上、その失業率も一桁になるまで落ち着きを取り戻しているとされる。

王の直轄領がそれに先んじて繁栄を極めている今、大和文化圏の繁栄振りは他に比して圧倒的ですらあり、六角庁舎の秋桜エリアでは、それを称して大和帝国の誕生だなどと口走る者までいると言うのである。

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  1. 2007/12/25(火) 12:34:51|
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