日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 148

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その行装(ぎょうそう)から見て、業(ごう)を煮やしたヘラクレイオスが自ら皇女を迎えに出たものと見て間違いなさそうだが、とにもかくにも敵勢は軽く三十人を超えており、始めから勝負にも何もならないのは明らかだ。

「父上、ヤニとデニスをおつけしますから姫たちとお逃げ下さい。」

息子のほうは二騎を連れて切り死にだと一瞬で覚悟を決めたことになるが、老カラヤニスは悲愴な面持ちで首を横にし、周囲が大いにざわめく中、皇女セオドラが毅然たる振る舞いを見せたのである。

皇女は言う。

「ここで後ろを見せれば、相手は得たりや応と笠に掛かって参るは必定(ひつじょう)、結局は理も非も無く泥まみれの屍(しかばね)を荒野に曝す羽目に立ち至りましょう。こうとなれば一死を以て堂々と仇(かたき)に見(まみ)えるばかりです。」

どう考えても逃げ切れない以上、うろうろと逃げ回れば結局散々に後ろ傷を受けた上、天下に恥を曝さざるを得ない。

同じ死ぬにしても堂々と相手の非を鳴らし、大声で面罵してから綺麗に向こう傷を受けようと言っているのである。

「まことにご立派なお覚悟にございます。このネリッサ地の果てまでもお供仕りましょうぞ。」

女官長が大声で言い放ち、それに釣られるようにして、満場が「お供、お供。」と言う声で溢れたが、ヤサウェの一言がそれを大きく遮ることになった。

「自侭に死んではならん。」との仰せだ。

聞けば、皇女はオヤカタサマから供御のお役目を拝命している身であり、そうである以上既にその臣下も同然とした上で、ご主君の許しも無く勝手に命を投げ出してしまうなど、それこそ不忠の極みであると言う。

少女はヤサウェの前に跪いて懸命に申し開きせざるを得ない。

「仰せいちいちご尤もなれど、かくなる上は一死を以て仇(かたき)と対決するより道がござりませぬ。」

「セオドラよ。」

「はい。」

「今一度尋ねる。」

「はっ。」

「そちは、オヤカタサマの臣であろうな。」

「仰せまでもござりませぬ。」

決意も新たに昂然と眉を上げての奉答だ。

「されば、ご主君のお旗印は心得ておろうな。」

「三本足のカラスのことにござりましょうか。」

伝説の八咫烏(やたがらす)を知らない者は少ない。

「うむ、それをしかと胸に刻んで置くがよい。」

「この命尽きまするとも忘却は致しませぬ。」

「よう申した。ならば、心して参るが良い。」

ヤサウェは立とうともせずに泰然と瞑目しているように見えたが、その実態はことの仔細を主(あるじ)に報せ、新たなお指図を受けようとしていたに過ぎない。

全ては主次第なのだ。

例の結界の構築にしてもまた然りで、社(やしろ)を以て真北に擬して述べれば、南北四キロ、東西二キロの矩形を以てその分離作業を終えつつあり、なお鳥瞰すれば、その領域のほぼ中央付近に例の鳥居があり、その鳥居から南北それぞれに向かって長々と参道が伸びていることになるのである。

また、その領域全体の最南端が市街地の裏山に接する構図であり、市街地から雑木林を抜けてやってくる者の目からは、その接点こそ参道の基点のように見えていることだろう。

何しろそこには、一種独特なものが存在していたのだ。

子供の背丈にも満たないものながら、道路を挟みその左右に十メートルほどの間隔を保って二本の石柱が苔むしており、それをして古(いにしえ)の城門の残骸であるかのように看做し、「神門(しんもん)」と呼ぶ例が少なく無いのである。

三尺角ほどのこの石柱は如何にも古趣に溢れ、その周囲は枯れ草に覆われてはいるものの、オヤカタサマを崇敬するあまり、中にはわざわざ拝するためにやって来る者までいると言うが、彼等がこの神門のはるか手前から北方を望むとき、二キロ四方ほどの台地が高々と眼前に広がり、その台地の北端には、広大な雑木林に抱かれるようにして神の馬場が位置していることになる。

結局、神門を入ってから雑木林の中を千二百メートルほど北進して初めて神の馬場の南端に至り、なお八百メートルほど北進してようやく神の馬場の北端に至るのだ。

なお、そこから先の参道は緩やかな上りとなっており、その坂道を百メートルほど登ったところで例の鳥居を潜り、続けて五百メートルほど登ることで、ようやくセオドラたちの小屋のある広場に達する。

その広場は、その中心を南北に走る広い参道を含めてさえ、概ね百メートル四方ほどでしか無いところにもってきて、住人たち自身がやや自嘲気味に「王家の里」と呼び習わしている通り、参道を挟んで十棟ほどの小屋が立ち並ぶだけの如何にも物寂しい佇まいだ。

その「王家の里」を通り過ぎて、雑木林の中の小道を更に五百メートルほど北進してようやく磐座に突き当たるが、それは地上に出ている部分だけでも高さ二十メートル、東西百二十メートル、南北二百メートルにも及ぶ巨大な一枚岩である。

その北側に例の隋道の入り口が具わり、そこから木立の中をなおも百メートルほど北進したところで、言わば本宮たるべき朽ち果てた社(やしろ)の前に出るのだが、その社からなお五百メートルほど北進したところが結界の北端と定まっている。

くどいようだが当該領域の全体像は二キロ×四キロの矩形を成しており、その矩形の北辺の長さは当然二キロと言うことになるが、その一辺の真ん中の一点からまっすぐに四キロ南進したところが神門であり、問題の敵勢はその神門を既に通過して神の馬場に差し掛かっていると言う。

見事に平坦な神の馬場を踏み越えてから坂道に掛かるが、それを六百メートルほど登りきれば、そこは既に王家の里なのだ。


いずれにしても皇女たちは揃って仇(かたき)の隊列を待ち受けることに決しており、洞穴を出て老カラヤニスとネリッサを先頭にぞろぞろと連なって歩き、やがて両側に小屋の立ち並ぶ王家の里に到着したが、待つほども無く今しも前方から一騎が駆け上がってくるところだ。

さぞかし先乗りならんと見ていると、無礼にも下馬もせぬまま目前に迫り、大声で先触れを告げた。

「皇太子殿下のお成りである。無礼があってはあいならん。皆の者下におれい。」

跪いて出迎えろと言うのである。

しかも、皇太子と言う呼称まで用いており、本来なら到底聞き捨てには出来ないところだ。

「その方こそ無礼であろう。」

先頭のネリッサが許すまじき剣幕で叫び返したが、相手は言いっぱなしのまま馬首を返し、今しも坂を上がって来たばかりの行列の方へとっとと引き返して行く。

何せ、そのネリッサの後ろでは男どもが血相を変えながら、その手はいずれも腰の剣に掛かっているのだから無理も無い。

現にヤニとデニスなどは、老カラヤニスが必死に止めていなければ、とうに駆け出してしまっていたに違いないのだ。

いきなり乱戦になってしまえば、何一つ為すすべもなく全くの犬死にになってしまうのだから、息子のアルセニオスも二人の従者を必死に止めているところだ。

そうこうする内、問題の隊列はみるみる近付き、二十歩ほどの間を置いて歩みを止めたと見るや、先頭のヘラクレイオスが馬上巨躯を揺すって傲然と口を開いた。

「出迎え、大儀である。」

そもそも「大儀」とは、目下(めした)の者に対する労りの言葉である筈だ。

「姫ぎみさまご前である。早々に下馬なされましょう。」

先頭のネリッサが眦(まなじり)を決して叫んだが、優に百三十キロはあろうかと言う巨漢に動ずるところは全くない。

「その姫をわざわざ迎えに来てやったのだ、ありがたく思うが良い。」

「おのれ、大逆無道のものめ、恐れを知らぬかっ。」

「慮外を申すな。大逆無道とは何を指してもの申すぞ。」

「その方ども親子は、すぐる十二年前卑怯にも皇帝陛下を弑逆し奉ったばかりか、戦艦を爆破して乗り組みのつわものどもを悉く殺したではないか。」

とうに死を決しているネリッサだから、ここを先途(せんど)と言い立てる。

「ふふん、それがどうした。今さら何を申そうと所詮引かれ者の小唄よ。」

騎虎の勢いでつい認めてしまったのだろうが、その隊列の間には少なからずざわめきが起こり、動揺の輪がさざ波のように広がって行ったことは事実だ。

「その方の背中には、万余のつわものどもの怨みが渦を巻いておるぞ。」

ネリッサの舌刀(ぜっとう)が刃風を巻いて切り込んで行く。

「愚か者めっ、いつの世も強い者が勝ち残るものと知らぬかっ。」

「ほほう、勝ち残る為とあらば皇帝陛下を弑逆し奉り、多くの同胞をも悉くだまし討ちにすると申すか。」

舌刀は、念には念をとばかりに再び切り込んで行くが、無論、このように問答を繰り返している間は乱戦にはなり難いからでもあっただろう。

「知れたことよ。現にその方どもはこの通り我等の前に膝を屈しておるではないか。」

「その方に屈するような忘恩の徒など、我がほうには一人もおらぬわ。」

「最早問答無用である。姫よ、さそくにも馬車に移るがよかろう。」

巨漢が高飛車に言い立てたそのとき、セオドラがネリッサを押しのけるようにして前に出るや凛然と言い放った。

「申しておく。躬(み)は既にオヤカタサマの臣下の端に加えられし者、最早そちなどの自侭にはならぬ身ぞ。」

「ほほう、オヤカタサマとは片腹痛い。我が前に出ればただ一打ちに首を刎ねてくれるわ。」

「そちが一打ちに出来るのは、せいぜい飢えと渇きに息も絶え絶えの者であろうが。」

「口の減らないおんなだ。否やを申さばそなたの周りの者は悉く首を刎ねることになるのだぞ。」

「そちは不倶戴天の仇(かたき)である。たってとあらば首にしてから連れて参れ。」

殺してから連れて行けと言ったのだ。

「ほほう、ますます気に入った。それでこそ我が妻(め)であるぞ。」

セオドラは最早口を利くのも汚らわしいといった風情だが、それを見て再びネリッサが前に出た。

「人非人の妻(め)になりたがるような女など、橋の下でも捜すがよかろう。」

太った体を揺すりながら鮮やかに斬り返した。

「おのれ、雑言(ぞうごん)、その分には捨て置かぬぞ。」

馬上の巨漢は丸太のような腕を伸ばしてネリッサを指し示している。

「愚か者めっ、その前にこの世の天地が崩れ去ってしまうことを知らぬかっ。」

少なくともこのスフランツェス親子だけは、その基礎情報を握っている筈なのだ。

「なんだとっ。今一度申してみよっ。」

「近々にもここは昼の無い世界となり、この天地は全て崩れ去ってしまうと申したのよ。」

「世迷いごとを申すなっ。」

ヘラクレイオスは、背後で生じる不穏なざわめきを吹き飛ばすように大喝せざるを得ない。

「あのオヤカタサマが、これまで嘘偽りを申されたことがあると申すかっ。」

「なにっ、またしてもオヤカタサマかっ。」

「先年我等が攻撃したタンバと申すは、そのオヤカタサマのご領地だったと知るがよい。」

「なにっ。」

「それを知りながら再び矛を向けんとするは、人倫にも背くことであろうが。」

「ほほう、まことなれば、かえって好都合じゃ。見事オヤカタサマを討ち取ってその領地をば全て我が物に致さん。」

「愚か者めっ。オヤカタサマが折角お救い下さると仰せいだされておるこんにち、一刻も早く帰順致さねば、おん敵と看做されて我等は悉く行き場を失うのじゃぞ。」

「ふふん、戦って勝てば文句は無かろう。」

「おのれっ、大恩あるお方にあくまで刃向かうと申すか。」

「いらざる雑言(ぞうごん)最早聞き飽きたわ。セオドラよ、はようこちらへ参らぬと、こちらから参ることになるぞ。」

皇女は無言のまま燃えるような視線を送っただけだったが、ネリッサの方は黙って引っ込んではいない。

「直ちに船を止めて帰順の実を示さねば、我等一党悉く滅ぶほかに無いものと知れい。」

ネリッサが凛々と叫び、ヤニとデニスが剣を抜き放ち、老カラヤニスの手を振り切って駆け出そうとしたそのときだ。

全く唐突に周囲の日が大きく翳ったのである。

それはまるで突然夕闇が訪れたような暗さであり、皆が皆本能的に空を見上げて仰天した。

なんと、頭上間近に漆黒の巨大円盤が音も無く出現していたのである。

ローマ人にとっては言うまでも無く初見であり、しかも、その下部に描かれた八咫烏が一際目に鮮やかで、今や、馬上の巨漢はおろか、既に抜刀してしまっているヤニとデニスまでが茫然と見上げており、その視界の中に大きく口を開けた出入り口らしきものが映ったかと思うと、そこに騎乗のオヤカタサマが悠然と姿を現した。

その上、先頭のネリッサの前には唐突に出現したヤサウェの立ち姿まであったのだ。

「オヤカタサマ御前である。先ずは剣を納めよ。」

八咫烏の牙旗(がき:大将旗)を高々と掲げたヤサウェが、ヤニとデニスに厳しく命じる内、漆黒の肥馬に打ち跨った若者が瞬時に舞い降りて、手綱捌きも鮮やかに眼前に降り立ったのである。

カラヤニス方は皇女を筆頭に全員が跪いて迎える中、馬上の若者がネリッサに向かって軽やかに語りかけた。

「これネリッサよ。船の走りは躬(み)が止めて参ったゆえ最早案ずることは無いぞ。」

その言葉は笑みをさえ含んで余裕綽々の体であった上に、問題の巨漢には尻を向けたままであり、言わば完全に無視してしまっている。

今の今まで茫然としていたヘラクレイオスが急に我に返ったものか、やにわに剣を抜き放ち、猛然と馬腹を蹴って背後から襲い掛かり、ネリッサが金切り声を上げはしたものの、それこそ勝敗は一瞬にして決してしまっていた。

素早く馬首を巡らしたオヤカタサマが僅かに半身(はんみ)を開き、右手の鉄鞭を翻してヘラクレイオスの右腕を丁と撃ったと見るや、剣を取り落とした巨漢はもんどり打って落馬してしまっており、しかもよほど打ち所が悪かったと見えてぴくりとも動かない。

一瞬にして鞍上の主を失った駿馬が棹立ちになったと見るや激しくいななき、次の瞬間には勢い良く坂道を駆け下って行ってしまい、慌てて下馬した供の者がばらばらと駆け寄りざま、必死に抱き起こしては見るものの、哀れ巨漢はぐすりとも言わないのである。

「ご尊体に万一のことあらば一大事じゃ、早う馬車にお移し申すべし。」などと口々に言い騒ぐばかりで、只の一人も打ち掛かって来る気配すら無いが、頭上には漆黒の円盤の姿がある上、気が付けば三十三騎もの近衛兵が舞い降りて王の馬側を瞬時に固めてしまっており、先頭の井上甚三などは既に抜剣して、近付けばただひと打ちとばかりに目を光らせているのだから、それも当然のことだったろう。

本来皇女を乗せるべく用意された筈の馬車が今や完全にその目的を変え、ヘラクレイオスの巨体を乗せようと数人掛かりで大汗を掻いているさなか、オヤカタサマから凛然たるお声が掛かった。

「申し聞かせることがあるゆえ、かしら立つものは前に出(いで)よ。」

相手方は一瞬ざわめいたが、人物と言うものはどこにでもいるものと見えて、やがて主立つ一人がわざわざ下馬した上で神妙に進み出た。

様子ではどうやら供頭(ともがしら)とでも言うべき立場にあるものらしく、目の前まで来ると慇懃に小腰を屈めて見せるのである。

「ふむ、そちは聞く耳を持ち合わせておるようじゃな。」

「恐れ入り奉る。」

のちに聞くところによると、ガイウス・カラマンリスと言う男で、未だ四十そこそこの年恰好ではあったが、如何にも世慣れた物腰だ。

王の目配せに応えて、甚三郎が拾い上げていた抜き身を無言で手渡し、あるじの剣を受け取ったカラマンリスが感謝の会釈を返して来る。

「あるじに申し伝えよ。こたびの無礼は忘れてとらせるとな。」

無論、大恩あるオヤカタサマに討ち掛かったと言う「無礼」であり、しかもそれを忘れてやると言うのだ。

「恐れ入り奉る。」

「よいな。既往のことは悉く忘れたと申すのだぞ。」

「はっ。」

「例え誰であれ、一人残らず救うてやりたいと思うておるところじゃ。」

敵も味方も例外無く救いたいと宣言していることになるであろう。

「いま、何と仰せられ・・・。」

「詳しくはセオドラが手の者に尋ねるが良い。」

「承りましてございます。」

「さりながら、向後セオドラに随身を望まぬ者は鳥居より内側への立ち入りを禁ずるゆえ、申したき儀あらばその外にて申し述べるがよい。」

無論、全ては無用の混乱を避けるための手段ではあったろう。

「はっ。」

「されば、今日のところは穏便に引き取るがよかろう。」

「まことに恐れ入り奉る。」

隊列は、カラマンリスの指揮のもとに整然と引き返して行ったのだが、のちに耳にしたところによると、この供頭はヘラクレイオスの逆鱗に触れて斬殺されてしまうのだ。

ヘラクレイオスは自らが失心したあと、カラマンリスが責任者として反撃を試みるどころか、相手の言い分を鵜呑みにしておめおめと引き返して来たのが、よほど気に入らなかったようだが、要は八つ当たり以外の何ものでもなかったろう。

しかもヘラクレイオス自身は、三十三騎もの近衛軍が一瞬で舞い降りたところなど全く目にしていないのである。


さて、ヘラクレイオスの一隊が、まるで頭上のSS六に追い立てられるようにして引き上げて行ったあとのことだ。

カラヤニス親子にして見れば、昨日は家族の者が辛くも救われたばかりか、今日は今日で自らが命の瀬戸際から蘇ったようなものだから、満面に感謝の意を表しながら口々に礼の言葉を言上して已まない。

しかも、眼前で憎いヘラクレイオスが無様に失心する有様を目にして、やんやの喝采まで送ることが出来たのだ。

事のついでに討ち取ってしまいたいのは山々だったが、それも自力では討ち取るどころか、かえって返り討ちにあってしまうのが関の山だったのだから、オヤカタサマの為様(しざま)に文句一つ言えた義理では無かったろう。

少なくとも現在の勢力図から見れば、押し掛けて来た敵方が得るものも無く引き上げたことだけで、カラヤニス家の面目は充分に保たれた筈であり、オヤカタサマに対する感謝と尊崇の念はいや増すばかりだ。

しかも、上空には夥しい巨大構造物が現れて周囲一帯に霧雨を降らせたばかりか、さまざまな機械類と共に膨大な兵士まで舞い降りて来たと見るや、周囲の雑木林がみるみるうちに丸裸にされて行き、あっと言う間に整地作業に目鼻を付けてしまった。

王家の里ばかりか神の馬場の周囲といえどもその例外とはなり得ず、磐座の後方の林を除けば全てがその対象となっている気配で、遂には神門の南側の言わば領域外の雑木林にまで手が入ったのである。

ヤサウェによれば巨大建造物を多数設置するための基礎工事だとの仰せで、カラヤニス家の面々にしてみればそれこそ驚くことの連続だったのだが、彼等にとって驚くことはそれだけに留まらない。

それと言うのも、老カラヤニスが再び供を命ぜられ、瞬時に目的地に飛んだのだ。

例によって留守の者には窓の月の映像が与えられたが、そこに映し出される人物は罪無くして薄暗い牢獄の中に閉じ込められていたのである。

ヤサウェの補足によれば、そこはここから百キロも離れたスフランツェス城の地下牢だと言い、今しも中の人物と老カラヤニスが牢格子越しに手を取り合って泣いているところだが、程無くしてその人物がイオハンネス総主教だったことに気付かされた一同は無論大騒ぎだ。

イオハンネス十八世は三年前に突如消息を絶ってしまっており、やはりと言うべきか、多くが想像していた通りあの者にかどわかされていたことになる。

かつて老カラヤニスと戯れた子供時代には一際頑健な肉体を持っていた筈の人が、足元も覚束ないほどに衰弱してしまってはいたものの、数人の牢番が昏倒している姿を尻目に、即座に救出されたことは言うまでも無い。

結局、窓の月の画面を大勢が見詰める中で、又しても奇跡が行われたことになる。

オヤカタサマにとってはどんなに太い牢格子も物の数では無いのだろうが、驚きの目を見開く総主教の眼前で、若くしなやかな肉体がまるで煙のように牢格子を突き抜けて見せた上、最早立つのもやっとと言う年寄りの体を軽々と背負い、しかもあっと言う間にお戻りになられたのだ。

既に王家の里の周囲には巨大な建造物が漆黒の姿を見せ始めており、ヤサウェのお話によるとそれは「ポッド」と呼ばれるものであるらしく、十階建てで長さ八百メートルにも及ぶその中にはそれぞれ万余の部屋が上下水道と共に具わり、オヤカタサマの手の者が多数詰めていたばかりか、医療用の部屋の用意まであると仰る。

早速総主教もその中の一つで白衣の者から手当てを受けて、今では老カラヤニスの手を力強く握り返すまでに元気を取り戻しつつあるほどだ。

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  1. 2008/09/24(水) 23:29:46|
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