日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 015

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さて、ここで少しばかり時間を遡って東京を見てみよう。

今しも神宮前では秋元姉妹がそのオフィスにタイラーの訪問を受けており、その属僚たちが慌ただしく出入りする中、一同が沈鬱な表情のまま向かっているテレビ画面では、秋津州の議事堂付近で行われた戦闘シーンが繰り返し報じられ、既に在留米国市民の被害についてもその一部が触れられ始めていたほどだ。

この時点では、秋津州が人民軍の軍政下に入ったことが確実視されており、タイラーにしても本国から具体的な訓令を受け取っていたが、まさかその内容までが筒抜けになっているとは夢にも思わない。

ここを訪れたときの目論見では、てっきり京子の方から切実な支援要請が出てくるものとばかり計算しており、その際には当然米国にとってかなり有利な展開で、亡命政権の支援策を提案出来るものと考えていたほどなのである。

それが、いつまで待っても全く寡黙なままの京子の態度に業を煮やし、案に相違して自ら口火を切るはめになってしまった。

「京子。」

二人の間には、既に互いを「京子、トム」と呼び合うほどの親密さがある。

「・・・。」

相変わらず無言のままの京子の方は、沈鬱な顔を少しだけ動かすことで返事に代えているが、その横顔は如何にも沈痛の極みであると語っているように見えて、そうであればこそ、ワシントンが救いの手を差し伸べる用意があることを一刻も早く伝えてやりたいのである。

「国王陛下はご無事でしょうか?」

「陛下は九日の朝から、ずっと荘園に行っておいででしたわ。」

秋津州が攻撃を受けたときには、王は不在であったと言う。

「そっ、その荘園について、是非お尋ねしたい。」

かねて噂の「王の荘園」に関する情報は、タイラーならずとも喉から手が出てしまうほどなのだ。

「それは陛下の私有財産でもありますし、直々にお尋ね下さい。」

「私有財産とは?」

「陛下以外に、その所有を主張なさる方がおいでにならないからですわ。」

結局、所有の根拠などまことに曖昧模糊としたものでしかない。

仮に法で定めてあったにせよ、その法の執行を許さないほどの強い力を以ってその所有を主張してしまえば、もうそれまでのことなのだ。

また、話題の「王の荘園」について、今更ひた隠しにする必要もあるまい。

「今回の件では何と仰っておいででしょうか?」

合衆国に支援を求めておいでなのではないのか。

そこのところが一番聞きたいところなのだ。

「それも、直々にお聞き下さい。」

「お会い出来ますか?」

「近々に。」

全く暖簾に腕押しとはこのことだ。

「政府高官の方々は、今どちらに?」

「それも直々に。」

「・・・。」

タイラーは一瞬言葉を失ってしまった。

この「政府高官の方々」とは、内務省に配置されていた京子の配下の者たちのことであろうが、この者たちは既にこの建物の三階にひっそりと移動させられてきており、一階の官僚たちでさえこの事実を知らないでいる。

そして、全く気付かれないままに、再び秋津州に移送されることになるのだろう。

京子の方も、つい先ほどからひっそりと瞑目している。

国王との通信に集中していたからだ。

「今しがた、陛下が秋津州にお戻りになりましたわ。」

ふっと、端麗なその目を開けて、京子がすらりと言った。

「えっ。」

タイラーとしては、そんなに簡単に戻られてしまっては困るのである。

それでは、米国にとって都合の良いパターンでの亡命政権構想が、水泡に帰してしまうではないか。

それに、中国当局からは、つい先ほど「海東島の暴徒を鎮圧して中国領海東省の治安を完全に回復した。」旨の公式発表があったばかりなのだ。

そう言えば、つい最近中国で発行された世界地図の中では、チベットや沖縄県の尖閣列島などと同様に、あの秋津州も歴然たる中国領として記載されていたことが改めて思い起こされる。

「NBSの方々のためにも、よろしゅうございましたわね。」

NBSの関係者たちが、国王の庇護を受けられる状況になって良かったでしょうと言っている。

そのNBSのメンバーの扱いについては、現在米中間で水面下の協議が始まっている筈だが、この様子では「中国領海東省」を前提とされてしまうような協議など、百害あって一利なしと言うことになる。

それが事実であれば、一刻も早く本国に報告し米中協議における方針を大転換させなければならない。

米国の利益にとって、重大な分岐点になる可能性は限りなく高いのである。

タイラーがわざわざ派遣されて来ている役割から言って、こういう場合にこそ、その真価を問われることは火を見るよりも明らかだ。

「だいぶ負傷者が出ておりますか?」

タイラーとしては、慎重に外堀から埋めていかなければならない。

「NBSの中で重篤の方はおられないようですわ。」

無論、とうに死亡してしまった者は存在する。

「えっ、それは確かですか?」

「ご心配でしょうから、これからご一緒に現地に参りましょうか。」

「ええっ。」

京子はおもむろに傍らの受話器をとって一階の外務省組を呼び、秋津州への渡航の意思を伝えた。

「あ、それとつい先ほど陛下が賊どもに鉄槌をお下しになりましたから、それもあってこれから参るのです。」

京子は、官僚たちのあまりに必死な形相に同情もして、多少はサービスしてやる気にもなったのだろう。

「ちょっ、ちょっとお待ち下さい。」

「これより賊どもの武装解除をなさるようですわ。」

居合わせた者はその武装解除と言う言葉の意味でさえ、当然秋津州国内だけのイメージで聞いており、本音を言えばそれすらも半信半疑なのだ。

二人の外務官僚のうちの一人が、脱兎のごとく部屋を飛び出して行ったのは、たった今掴んだ重大情報を当局に報告して指示を仰ぐためであったろう。

残った一人は、大きく目を見開いたまま何か言いたげにその口を開いたが、なかなか言葉になっては出て来ない。

「そっ、それは戦争の意味でしょうか?」

エリート官僚などというやつは、まったく愚かなことを言うものである。

他国の領土領海を軍事的な意味合いを以て公然と犯し、さらに攻撃の意図まで示せば、もうその瞬間に戦争に突入したことになることなど、少々頭の悪い中学生にでも分かることだろう。

「わたくし、その戦争と言う言葉の意味を良く存じませんの。」

「は?」

「仮にあなたが、ご自宅で一家団欒の最中、暴漢が銃を撃ちながら暴れ込んで来たとしたらどうなさいます?」

「・・・。」

「そして、その暴漢があなたの奥さんや妹さんを犯し、或は殺し、挙句に火を点けたとしたら?」

「う・・・。」

「その上、生まれたばかりのあなたの赤ちゃんまで殺したとしたら?」

「・・・。」

「あなたの全財産を奪おうとしたら?」

「・・・。」

「そのとき、そばにゴルフクラブか金属バットがあったとしたら?」

「・・・。」

「そのとき、その世界に警察も自衛隊も無かったとしたら?」

現実の世界で実際にこのような被害を受けている国があっても、その弱国を救う義務を持つ国家など只の一つも存在しない。

今次の戦役においても、秋津州を本気で救おうとする国など一つも無かったことだけは確かなのだ。

唯一日本だけはかなり複雑な思いを持った人も多く、救援の手を差し伸べたいと願う人もいただろうが、例えその思いがどんなに強かろうと日本が当事国になることは出来ず、法理上も一兵たりとも派出することは出来ないのである。

尤も、この時点で秋津州を救おうと思えば、そのオプションは軍事的なもの以外には考えられず、常任理事国であり、かつ堂々たる核保有国でもある国家と直接戦う覚悟が必要になるのだ。

まして、日本は未だに敵国条項によって規定された該当国のままであり、この意味では常任理事国である中国に牙を剥けばどうされても文句は言えない立場であって、現実的には最初から出来る話ではない。

「・・・。」

「この世界には暴漢とか強盗とかはたくさんいても、警察力などどこにも無いと感じた方がどこかにおいでになるでしょうねえ。」

少なくとも、秋津州国王がそう感じたことだけは確かだろう。

「いえ、国連が・・・。」

「え?」

「あの、国際司法裁判所が・・。」

「あなた、それ本気で信じてますの?」

「う・・。」

その間もタイラーは、一階から駆け上がって来た属僚から何かしらの報告を受け、小声で指示を受けた属僚は飛ぶようにして部屋を出て行くが、向き直ったときには、タイラー自身がすっかり顔色を変えてしまっている。

「中朝全土が一斉攻撃を受けているようだ。」

居合わせた者の誰一人として信じられないことに、この攻撃はほんの数分で完遂しているのだ。

「あら、それじゃ、きっと国連が攻撃してるんでしょ?」

痛烈な皮肉であったろう。

居合わせた者は皆目を伏せてしまったが、現実に、東アジアの一郭で戦争が始まったことだけは確かだ。

それも、かなりの規模の戦いだ。

今日一日の、それもたった数時間でそれほどまでに事態は急変してしまっており、当然いくつかの周辺国は臨戦態勢に入ったものと見て良い。

そしてこの数分後には、二台のポッドが、秋元四姉妹やタイラーとその属僚を乗せてひっそりと秋津州に移動して行った。

例によって、次女の千代だけは京子の忠実な秘書として残り、東太平洋問題準備室の面々のお相手を務めることになるのだろう。


一行がほんの瞬く間に秋津州に到着したころには、現地NBSのメディアとしての機能も一部回復しつつあり、身の安全が確保されたこととも相俟って、彼らのジャーナリストとしての気概も少しずつ甦ってきていたであろう。

大統領特別補佐官から懇切な見舞いを受け、その上米本国との通信も回復したことも大きい。

アメリカ市民を含めた大勢の人々が、極めて非人道的な扱いを受けたことに関しても、その具体的内容を、米本国はおろか全世界に向けて痛烈にアピールして行くことになるのも又当然のことであったろう。

相前後して、株式会社秋津州商事からとして数個の大型トランクが贈られ、この風変わりなプレゼントの中からは、数百本にも及ぶ外付けハードディスクが出て来たことも彼らを驚かせた。

しかも、その大容量のハードディスクには、一本毎に異なるシーンの音声付き動画ファイルが収められていて、憎むべき侵略者たちが人々に加えた驚くべき惨禍の実態が数限りなく記録されていたのである。

彼らはその内容の一部を見ただけで、撮影者についての疑問を呈する前に、そこに映し出される惨たらしい映像が、自分たちが目撃した光景そのものであったことから、その興奮を一気に爆発させてしまった。

真っ先に見るよう指定された記憶媒体において、冒頭に映し出されたものが、NBSの内部で起こった惨劇そのものだったからである。

それは、彼ら自身が拘束されていて記録することが出来なかった光景そのものであり、その事実を疑う者などいる筈もなかったのだ。

また、この大型トランクの中身は全くのコピーが多数存在しており、それが、各国のメディアにも瞬時に流れ、秋津州の受けた惨禍についての報道映像が嵐のように先進世界を吹き荒れることになる。

同時に、インターネット上にもこの動画ファイルを配布するサーバーが多数出現し、その被害の深刻さが益々広く認知されるに至るのである。


さて、大統領特別補佐官はNBSのクルーたちを見舞ったあと、心細い想いを抱きながら、一旦議事堂前のグラウンドに出て見ることにした。

改めて国王に会おうと考えたのである。

今後の支援について積極的な協力を申し出るつもりであったが、タイラーの目に飛び込んで来たのは数人の秋津州人らしき人々であり、国王の胸に取り縋り、泣きながら詫び言を繰り返す老女の姿であった。

無論、その周りには多数のカメラの目がある。

王に侍していた京子の妹に尋ねると、老女は今回の災難を招いた責任は自分たち自身にあると言って、泣いて詫びていると言うのだ。

この老女は国民議会の議員の一人として、議会の論戦では一貫して強硬な平和路線派とでも言うべき集団に属し、極端に小さな政府、そして完全非武装論を唱えていたのだと言う。

概略、「軍備を持つから戦争を引き起こすのであり、それを持ちさえしなければ戦争も起きないし、その分のコストもかからない。」というような意見であったらしい。

詰まり、丸腰でいれば誰も襲っては来ない筈だと言うのだ。

これの対極とでも言うべき強硬な意見や中間的な意見も当然存在し、そのそれぞれが合い拮抗して、絶対的多数意見と言うものには今以って収斂してはいなかったのだ。

だが、つい最近の論争の流れから言えば、この平和路線派の声が殊更大きく聞こえていたことは確かで、その声の大きさこそが、王にその兵備をためらわせてしまったと言って泣いて悔やんでいるのである。

その論争は、NBSのカメラが議会に入ってからだけでも既に二ヶ月近くも続けられてきており、その論戦の内容は米国内でもとうに話題になっていて、老女の自責の涙にはそれなりの既知の理由が立派に存在していたのだ。

だが、この甲斐なき繰言を断ち切ったのは、老女を掻き分けるようにして進み出た血まみれの少年であった。

その少年(年齢はのちに九歳と判明するのだが)は、血と煤にまみれた乳児を小さな背に負っていた。

今しも少年は、必死に王の前によろめき出て何かを訴えようとしており、日本語を解するタイラーの耳にも当然それが届いて来る。

少年は彼の王を見上げている。

その凄惨な姿をカメラは当然捉え続けており、さすがにみかねたクルーが二人に治療を受けさせようとして、少年の背中のか細い体に触れたとき小さく叫び声を上げた。

既にその乳児の体が冷たくなっていることに、初めて気付かされたのである。

この少年は自身の治療についてさえ、明らかにその全身で拒否しながら叫んだ。

「陛下っ。」

「うむ。」

「私に銃を下さい。」

「正二よ。」

「はいっ。」

この男の子の名前は正二と言うようだ。

若き君主は、このごく少数の同胞たちとは極めて身近で親密な生活を続けてきており、この煤だらけで血まみれの少年の名前まで記憶しているのである。

「おまえは未だ幼年組ではないか。」

秋津州には「若衆宿」と言う独特の制度があり、男子は六歳になるとこの幼年部に参加し、十二歳で少年部に、十六歳で青年部に進むことになっており、少年部に加わった時点で、早くも全く子供としての扱いは受け得ず、例外なく夜間は若衆宿と呼ばれる共同の場所で過ごすことになり、「公」に対して男子としての責めを負うようになることは既に述べた。

「でも、もう大人たちはいません。」

少年は目をぎらつかせながら、叫ぶように言い放った。

状況から見て少年の父や祖父ばかりか、十三歳になったばかりの兄までが、壮烈な戦死を遂げてしまっていることは確かだろう。

「・・・。」

「母さんや姉さんもヤツらに・・・。」

「・・・。」

「ヤツらは母さんのお腹の中の赤んぼまで・・・。」

少年をナイフで刺し、母や姉を陵辱し、その上あろうことか胎児まで母の腹を割いて引きずり出して殺し、嬰児は地面に叩きつけ、なおかつ放火した事実がこのあと例のハードディスクから発見され、その映像は侵略者の行為の極めてシンボリックなものとして、やがて巨大なものに成長して行くことになる。

「済まぬ。」

王が国民の全てに詫びている声が耳に届いた。

「ヤツらを一人でも殺して死にたいのです。」

少年の小さな握りこぶしが小刻みに震えている。

「幸子をわしに抱かせよ。」

幸子とは背中の妹の名前なのだろう。

このときになって、初めて少年はその小さな肩をがっくりと落とし、その両目からは止めどなく涙が溢れ出て汚れた頬をつたい落ち、声も出さずに泣いている。

周りの人々は、少年の背から哀れな妹を解きほどき、王は冷たくなった嬰児を抱きとり、無言のまま物言わぬ幼い顔の汚れを拭い始めた。

ただ黙々と拭いきるとその小さな体を左手で抱き直し、静かに右手を伸ばして少年をも抱き上げ、そのまま野戦病院の入り口をくぐって中へ消えて行ってしまった。

かなり出血していた筈の少年の口からは、とうとう痛みを訴える呻き声すら聞くことは無く、一部始終を目撃したタイラーは我にも無く瞼の裏を熱くしてしまっていたが、このむご過ぎる映像は、ほぼ同時中継で世界に発信されて行き、幼い少年の発した「ヤツらを一人でも殺してから死にたい。」と言う心からの叫びは、まるで数千発の核ミサイルのように世界各地にふりそそいで行ったのである。

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  1. 2005/11/01(火) 01:02:03|
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