日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 020

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混 沌

九月十五日。

十日の開戦以来既に五夜が経過している今、神宮前のオフィスは、相変わらず贅沢な緑に包まれてどっしりとした姿を見せてはいたが、そこには少しばかり変わったことが起きていて、一階の官僚たちをかなり戸惑わせていたのである。

それは、留守を預かる千代の方から一階の外務省出向組に「ある男」との面会を求めたことから始まったのだが、官僚たちにとっては如何にも唐突と感じられる申し出であったに違いない。

その男は十日の開戦当日、京子がタイラーと共に秋津州へ向かった直後に突然押しかけて来た男で、伴って来た外務省組の表情からも、あまり歓迎されざる存在であることが読み取れた。

新田源一と言い、年のころは四十前後か、背丈が低く、頭髪が薄い。

鼻が顔の真ん中に大きく居座り、思い切り鼻腔が広がっているためもあってか、風采が上がらないこと甚だしい。

ただ、太い眉の下でぎょろりとした目が炯々として千代の胸を射抜くようであったらしい。

差し出した名刺には「外務省大臣官房外交史料館付き」とあり、千代にとっては初対面の人物でありながら、それが、秋津州国王に会わせろと言う。

「私は、日本国のために役に立つ男です。」

男は、ろくな自己紹介もなしに一方的に言い放って帰って行ってしまったが、その態度もかなり倣岸不遜なもので、その風采ともあいまって、あまり人に好かれるようなタイプでは無い。

ところが、その報告を受けた国王がひどく興味を持ち、今日までその身辺身上を調べていたのである。

年齢は四十二歳で独身。

宮城県出身、酒屋を経営する実家は弟夫婦が継いでいて両親はともに健在。

近親に新興宗教の関係者は見当たらず、東大法学部三回生時に外交官考試合格。

この風采でよく通ったものだ。

無論東大を中退して入省と、この辺りは典型的なエリート外務官僚のコースだろう。

ただ、海外研修と在外勤務が異様に長い。

米英仏独中露、中東、南米、アフリカとひたすら各国を渡り歩いていてあまり本省に帰っていない。

その上、省内のいかなる閥にも属していないらしい。

在外公館でも上からの受けが悪く、本省でも浮き上がった存在だと言う。

曰く、協調性に難があり、組織と言うものを理解しようとしない。

曰く、外交の一元性の重要性を軽視している。

あげくに在外勤務においては、必ず大使夫人に嫌われてしまうと言う。

大使夫人に嫌われると言うことは、全員に嫌われるに等しい。

省内の出世レースにおいては、スタート直後にいきなり落馬してしまったような男。

とにかく、この男の座る椅子が無いのだと言う。

いづれにしても、近々退官のやむなきに到るであろう、と言うのが衆目の一致するところではあった。

ところが、報告の結果、王の見方は全く違っていた。

省内で浮き上がってしまっている原因は、この男が外務省の省益を省みないことにある。

国家全体の利益を優先しようとするあまり、組織防衛を重視する周囲の者たちと融和出来ないだけだと言うのだ。

とにかく、平時の官僚としては頭角を現す余地の無い人間であることは確かだが、今は平時などであるわけが無い。


この新田が千代の前に顔を出したのが十五日の昼前、秋津州国王からの招聘を知るや即座に同意したのだ。

しかし、彼が出発するときの準備室の騒ぎが又みものであった。

渡航申請に関して本省の反応が鈍重であり続ける中、殊に外務省組の若手などは、この大先輩の独断専行の危うさを慮って、せめて休暇願いくらいは書かせようとしたらしいが、新田は彼等の手を振り切るようにして例のポッドに乗ってしまう。

全くの単身で、着替え一つ用意してはいない。

このポッドは例によって瞬時に秋津州に達し、折りしも降りしきる豪雨の中、間口が百メートルもありそうな内務省ビルの正面に着いたのである。

後に、武者震いを覚えたと新田自身が語っている。

アジア情勢の激変に伴い、我が日本丸は激流の中に放り出され、このままではその舵さえ破壊されかねず、時にあたって、遂に待ちに待った出番が来たと感じたと言うのだ。

ポッドから降りたち、導かれるままに正面玄関から入ると、入国審査のようなものはそのそぶりさえ無く、係りの者たちの丁重な物腰一つとっても、自分自身が確かに招かれた賓客であることを感じさせて好ましい。

秋元女史の案内で重厚な造りのエレベーターで最上階に上がり、広い回廊を進んで奥まった一室に入ると、意外にも既に国王陛下が待っていてくれた。

早くも一仕事終えて来たと言うその人は、軍装のそこかしこが未だかすかに濡れており、それはいかにも雨の中をつい今しがた戻ったばかりと言う姿であった。

そして、見上げるような長身を幾分屈め気味に気さくに握手を求めてくる。

「秋津州へ、ようこそ。」

若き君主は、にこやかに笑みを浮かべている。

聞けば、未だ二十歳(はたち)前の若さだと言うではないか。

「ご招待を賜り、厚く御礼申し上げます。」

見れば、秋元女史もごく自然に同席するようだ。

「単刀直入に申し上げる。過日足下は、日本国のために役に立つ男だとおっしゃった。」

言葉通り若者の言は率直極まりない。

「確かに申しました。」

「それで、お招きしたのです。」

だからこそ、招いたのだと言う。

「あまり、時間がありませんな。」

この小男の言い回しは実に断定的であった。

確かに、新田の言うとおり誰の目にも残り時間は少ない。

「はい。」

王は素直に聞くばかりだ。

「これ以上無為にときを過ごせば、事態の収拾に要するコストは、物心両面ともに、いや増すばかりでありましょうな。」

「でしょうな。」

「ずばり、申し上げます。」

「どうぞ。」

王は、先ずこの小男の話を聞こうとしているようだ。

「我が日本は、この紛争の一刻も早い収拾を願っております。」

何せ、秋津州の戦争経済があまりにも特殊で、これほどまでの戦線を維持しておりながら、他国から戦時物資を購入することが無いのである。

世界のマーケットは萎んで行く一方であり、その傾向がこれ以上続けば、立国の基盤を貿易におく日本は、その損失をますます増加させるばかりであり、事態の収拾を誤ればやがて取り返しのつかない恐慌を招いてしまう。

現に、兜町などは大混乱のさなかなのだ。

「はい。」

「そこで、我が国と貴国の利害の一致点を見出したい。」

「うむ。」

「両国の利害の一致点は早期の終結です。」

新田の言い方は、相変わらずまことに断定的である。

「必ずしもそうではあるまい。」

「いえ、(敵方からの)明白な降伏と謝罪の意思表明がありさえすれば一致する筈です。」

しかし現状では、敵国側の在米代表たちは依然として秋津州に対する口撃を続けている。

「ふむ。」

「陛下は、単に戦争の継続を望まれている筈は無いと存じますが。」

「それは、その通りです。」

「敵方からの降伏を取り付けて参りますが、その前に陛下のお財布をお預け願いたい。」

とんでもないことを言うものだ。

「財布はお京が持っております。」

財布を預けても良いと言うことなのか。

傍らで秋元女史がかすかに頷いたようだ。

「現地の食糧等の援助は既に一部なさっておられるようですから、これも積極的にお続けいただきたい。」

「その心算だ。」

「とにかく時間がありませんので、詳細は申し上げませんがお任せいただきたい。」

この紛糾した事態の収拾について任せろと言っているのだ。

「心得た。」

この一諾は重いであろう。

若者は、この日本人を信じたのだ。

「では、緊急で記者発表を願います。もっとも喋るのは私一人で結構ですがね。」

新田源一は雨の中、国王と京子を従えるようにして別棟のプレスルームに急ぎ、早速国王臨席の上で記者発表を行うこととなった。

プレスルームは、各国の記者とカメラクルーで溢れんばかりだ。

注目のうちに壇上に立ったこの日本人は、簡単な自己紹介のあと、

「これより国王陛下の特使として、危機管理の任に当たります。」

極めて断定的な口調で宣言したのである。

ただ、この自己紹介では、日本の、それもれっきとした外務官僚であることには一言も触れてはいない。

あくまでも、私人としての前提なのだ。

然るに、傍らには秋津州国王の厳然たる姿があり、その姿こそが何よりもその宣言を肯定し、かつ追認している。

この瞬間に、日本人としてもかなり小柄なこの男が、言わば秋津州国王の執政官のごとき権能と影響力を持つこととなった。

これほど電撃的な発表も珍しい。

誰一人として、この件についての予測情報を持っていなかったのだ。

日本人新田源一などと言う名前など聞いたことも無い。

また、部分的とは言え、突然現れた異邦人に国家の舵取りを任せると言うその内容は衝撃的ですらあり、会場は大きくどよめき嵐のように質問が殺到した。

敵対勢力の態度如何によっては戦線の不拡大を約し、同時に占領地の人民の保護に力を尽くすことが秋津州国王の大いなる意思であることを強く印象付けながら質疑は進行し、結局、秋津州国王から権能を委任されたこの男が、秋元京子のアシストを受けて、事態の収拾に乗り出すと言うことがより鮮明になっていった。

秋元女史は、秋津州国王の金庫を預かっていると言う前提だ。

まして、金庫の中身はドルベースで数兆にも及ぶ外貨を含んでいると見られている。

その上に豊富な一次資源を背景としていることは、それこそこの場の誰もが知っていた。

この小男は、このような強固な踏み台に乗っていることになる。

そして、その踏み台に立った上で宣言しているのだ。

「一刻も早い紛争の終結を目指します。」

力強いこの一言が、世界のマーケットを救ったと言って良い。


中でも韓国は、秋津州に対して一方的な領有宣言をしてしまっている国家として、とるべき態度に苦慮している最中なのだ。

いや、もはや苦慮ではなくて苦悶しているとさえ言える。

秋津州に対して、相変わらずかなり苦しげな沈黙を続けざるを得ない。

現実問題、秋津州は、その政府に全領土の領有を宣言されたのだ。

全領土を奪われてしまえば、秋津州人は行き場を失うのである。

秋津州は堂々たる主権国家として、いつ相手国に攻め入ったとしても何の不思議も無いのだ。

その上、両国間の圧倒的な力の差は今や言葉にするのも愚かだろう。

当時の韓国政府は秋津州を弱国と判断してしまったがために、極めて強気なことも言えたのだが、実は途方も無く強大な国力の持ち主であったことが分かった途端、全く身動きが取れなくなってしまっただけのことなのだ。

古来「自縄自縛」と言う言葉があるが、滑稽にも自ら発した領有宣言が自らの手足を縛りつけてしまい、その身動きの自由を奪ってしまったのだ。

その国内事情は相当に紛糾している模様で、秋津州に対し最大の敵対行為を行ったとして、現政権の責任を問う動きがより活発化していると言う。

現職大統領の政治生命は既に終わったとの論調が溢れ、その責任の全てを現政権に押し付けてしまうことにより、ひたすらこの難局から逃れようとしているようだ。

しかし、いまさら誰に責任を押し付けようと、国家そのものが滅びの道をまっしぐらに突き進んでいることに変わりは無いのである。

既に、外国居留民はそのほとんどが出国し、遅れた者も急ぎ出国しようとしている。

国外に脱出して行くのは、何も外国人だけに限らない。

韓国国民の中でも一部の富裕層が、外貨を抱え、先を争って国を捨てて行く。

十四日には皮肉にも、駐留米軍が完全撤収するのではないかとの観測情報がネット上に流れ、即ちそれは秋津州軍の侵攻作戦が近いことを強く想起させるに至った。

鬼のような秋津州の大軍団が、今にも三十八度線を踏み越えて、それこそ怒涛のように押し寄せてくるイメージなのだ。

もはや、韓国内は官民共に半狂乱のていだ。

多くの者が米軍基地付近でその駐留の継続を求めて狂騒し、中には感極まって自らの体を傷つけてまで訴える者が出る始末で、少なくとも従前のように米軍の撤退を叫ぶ者など、ただの一人も見かけないと言う。

消費者物価は暴騰し、この数日の間に二百パーセントを超えるすさまじいインフレ劇が進行していると言い、生活必需品を通貨で購うことが難しくなった民衆が増え、売り惜しみをしているとされた商店からの略奪行為が頻発し、各地に発生した暴徒集団が暴走を始める。

当局は、それを鎮圧する能力を欠いてしまっていた。

中朝露の場合とはこと違い、一部の暴徒は銃火器を携行しているため、国内の治安は急速に悪化の一途を辿りつつあると言う。

この様な場合、本来治安対策の要を握るべきは国軍であったろう。

いずれの国家においても、軍が軍であるための生命線は、「鉄の規律」と「旺盛な愛国心」に他ならない。

しかし、やがて軍の規律そのものが緩み、愛国心までが失われていき、遂には軍そのものが一部暴徒化していくに違いない。

それを制御するのはまことに困難だ。

彼らの受け取るべき俸給もウォンであり、このままでは、ウォンはじきに紙屑同然になってしまうからだ。

数日後には、国内ですらウォンが通用しなくなり、実質的に流通する通貨は米ドルになっていく公算が高い。

国民自身が自国政府の定めた「法貨」を信用せずに、他国の通貨を信ずるようになってしまうのだ。

そうなってしまえば、まして他国民がそれを信ずる筈も無い。

わずかな保有外貨も間も無く底を突き、政府当局にとって残された手段はいよいよ限られてきてしまう。

この場合、先ず秋津州に膝を屈することこそが、第一にとられるべき手段であったろう。

国内に吹き荒れる社会不安の嵐を鎮めるためにも、いっときの恥は忍んででも、秋津州からの攻撃を回避することが何よりも急がれることは誰の目にも明らかだ。

どうしてもそれが嫌だとなれば、もはや秋津州軍に蹂躙されるのを待つばかりだ。

もしくは、対外的な「債務不履行」を宣言することにもなってしまう。

それはまさに国家が自ら行う自己破産の宣言であり、取りも直さず資本主義世界における国家としては、全く滅んでしまうことを意味している。

もっとも、改めて宣言などしなくとも実質的には同じことだ。

外貨での決済が全く滞ってしまうのも、もはや時間の問題であったろう。

韓国がこのような危機的状況に直面しているさなかに、新田源一の発した重大声明が世界に流れたのだ。

この声明は紛争の不拡大方針を色濃く滲ませており、あわせて、変則ながらも外交ルートの窓が開かれたことを物語っている。

青瓦台は即座に反応し、開通したばかりの国際電話を通じて新田に愁訴した。

ひたすら泣訴したのである。

直接韓国大統領から、領有宣言の「取り消し」と「謝罪」の意思表示があり、これを受けた新田は、即座に二千億ドルと言う巨額の枠組みによる特別融資を決定した。

当然、秋津州軍が韓国に攻め入ることは無いことも明白に付け加えられた。

新田が内務省に入って、未だ一時間と経っていないのである。

大統領自らが公的に謝罪するため、差し向けられたSS6改に乗って直ちに本国を出発、ほとんど瞬時に秋津州に到着した。

ほどなく、新田源一と大統領の共同記者発表が行われ、絶体絶命の危機から救われた大統領から、丁重な謝罪と感謝の言葉が述べられた。

秋津州に対する領有宣言が、公式に撤回されたことは言うまでも無い。

然るに、この席に国王は全く姿を見せず、そのステートメントも無く、文書によるいかなる合意事項も存在しないと言う。

多くのメディアの論調では、国王自身はたかが韓国一国がどう転ぼうが歯牙にもかけていないとまで、秋津州のプレゼンスを持ち上げ太鼓を叩きながら、新田源一の果たした役割と、ずば抜けた決断力を高く評価しており、自ら求めて墓穴を掘った上に、さらなる国辱行為を重ねた韓国外交の愚を痛烈に酷評していった。

いずれにしても、韓国政府が秋津州に膝を屈することによって、逆にその庇護を受けることになってしまったと言うこの茶番劇は、即座に爆発的なウォン買いを呼び、ウォンは劇的に値を戻していった。

流通の一部が滞ってしまった食糧やその他の一次産品の大量搬入が、秋津州軍の手によって開始され、その一切が完全な無償であることが公表されると、それまで韓国内を覆っていた社会不安の黒い雲は急速に払拭されて行く。

また、このときに搬入された膨大な一次産品には原油や鉄鉱石、多種多様の非鉄金属や穀類が含まれ、のちにその優れた品質についても評価が再確認されていくことになる。

このため、世界のマーケットにおける秋津州の影響力を軽視できる者はもう一人もいない。

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  1. 2005/11/02(水) 19:04:52|
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