日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 021

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またしても話が前後するが、秋津州軍が一大反攻作戦の火蓋を切り、瞬く間に敵国の全土を占領してしまったのは十三日のことであった。

殊にその詳報が伝わったあとは、神宮前の千代に面会を請う者はなおさら引きもきらない。

台湾政府の事実上の駐日大使館である台北駐日経済文化代表處からも、毎日のように接触がある。

その用向きも、秋津州国王との仲立ちについての悲痛なほどの懇請であり、そのほかにも多くの国が、秋津州国との友好関係を望んで接触して来ている。

だが、その中で千代が特別に配慮したのは、ダライ・ラマ法王十四世テンジン・ギャツォの使者であった。

その主たる用向きも、やはり秋津州国王との仲立ちの懇請であり、そこでの短い会話の中からでさえ、その地域の深刻な食糧不足を窺い知ることが出来て、千代の方からその支援に言及した結果、国王はその数十分後には早々とそれを実現させてしまった。

無論、千代が事前に概略の指示を受けていたこともあり、秋津州軍の輜重部隊は直ちに行動を起こし、日々数千トン単位で穀類その他の生活物資を搬入し続け、人々の飢えを救ったのである。

続いて、東トルキスタンからも同様の支援要請があり、これに対しても膨大な生活物資を搬入することになる。

ロシアの飛地領カリーニングラードと北部朝鮮では、早い段階から食糧等の生活物資と医薬品の大規模な搬入がなされ、開戦前より反って豊富な物資が出回り始めていると報じられているほどだ。

占領地であろうが無かろうが、秋津州軍はただ黙々と生活物資の配布を続け、その光景がメディアの格好のソースとなり、世界に発信されて行く。

占領地の秋津州軍が、最初から女性兵士だけで編成されていることは何度も触れたが、その優しげな女性兵士が奪うどころか与え続ける映像は、それこそ万人の目にするところとなって行った。

その軍事行動は相変わらず極めて抑制的であり続け、ましてメディアに対する報道規制などは全く見られず、要請がある場合においては積極的にその保護までしているのだ。

但し、現地の一般の女性兵士たちの多くは言語機能を有さない。

ただ、法務官や医務官、そしてスポークスマンと呼べる女性が各師団ごとに多数配備されていて、これ等の者達は全て会話機能を持つことが判明したことにより、殊にメディア側のストレスが著しく緩和されることにはなった。

秋津州軍の場合、軍規に背く兵も病気に罹る兵も存在せず、法務官や医務官など本来の意味においてはその必要性は無く、只々現地の民との間の意思の疎通を確保するためにのみ機能しており、医務官の所管には豊富な医薬品と医療器具が備わり、その医療技術も相当なものだと評するメディアまで出たのである。

多分その人は現地で体調を崩し、若い女性医務官の優れた医療技術の恩恵に浴したためであったろうことは想像に難くない。

また、占領直後の北京では英国大使館の書記官が激しい内臓疾患を発症し、周囲を警護中の秋津州軍に事情を伝えたところ、英国大使館付きの医務官と秋津州軍の医務官との間で極めて迅速な対応がなされ、危うく患者が救われると言う出来事があった。

その症状から現地での対応は困難と判断された患者が、例の銀色のSS六改によって、ごく短時間のうちにロンドンにまで移送されたのだ。

患者の家族は勿論、英国人の医務官や同僚までが付き添って行ったと言う。

この出来事によって、秋津州軍の極めて人道的な行為が高く評価されたこともまた自然な成り行きではあったろうが、それとは別に、図らずも思わぬ副産物を生むことに繋がっていったのである。

占領地の各国公館から、あまり緊急性の無いものまで移送の依頼が寄せられるようになったのだ。

いわゆるクーリエ便である。

種々の辞書によれば、クーリエ(courier)とは、急使、特使、スパイ情報などの運び屋の意味であるらしいが、いざ頼まれて見ると、実質的には現地公館とその本国や他の公館との間を結ぶ輸送便のことであった。

厳重に封ろうされた鞄や、かなりの量の荷物を携えた現地公館職員の移送を各所で求められるようになり、結果的にそのほとんどが往復便であることが分かった。

これに対応していくうちに、優に百カ国を超える国との実質的な交流が始まり、その国の政府に臨時にチャーターされた航空便と言う建前でもあり、SS六改は全くフリーに相手国に出入りするようになって行く。

驚いたことに在中アメリカ大使館からまでチャーターの申し入れがあり、既に十数機ものSS六改が堂々と米国本土に入っていたのだ。

この手の銀色のSS六改は、わずか数日のうちに二千機を数えるほどになり、この膨大な航空便の運行を支えるべく、独立旅団とでも呼べるものまで編成されたことも伝わって来た。

秋津州商事と言う一民間会社の取り扱いだとは言いながら、全て秋津州軍が運行していることは明白であり、建て前上、軍用機であることを否定しているだけのことだ。

これ等のSS六改は、最初のうちこそナウル共和国の船籍を有するとされていたが、次第に秋津州国の船籍を有するものに切り替わっていき、やがてその全てが、秋津州に籍を置く秋津州商事と言う個人企業の所有と言う形式に変わっていった。

この場合の秋津州商事は、日本に籍を置く株式会社秋津州商事とは全く別物と言うことになっていたが、そんなことを素直に信じる者などはいない。

これまでSS六改の機体に描かれていたナウル共和国の国旗や国名表示も全て消えうせ、秋津州国のものに書き換わってしまっているところを見ても、マザーのファクトリーは、さぞやてんてこ舞いをしたことであったろう。


さて、秋津州軍が中朝露三カ国を占領して、世界にいやと言うほどその実力を見せ付けてから二日の刻が経ったころのことだ。

国連安保理の表舞台では、相変わらず中露ばかりが秋津州に対する甲斐無き非難を続けていたが、敗北が確定している者の発言など相手にされることは無かった。

今更そんな世迷い言に耳を貸しても一銭にもならず、反って秋津州の怒りを買うだけ損なのだ。

だが、事態を放置するわけにも行かず、その裏側では、他の常任理事国である米英仏の三カ国だけがひっそりと秘密会合を開いていた。

実質的な安保理とみなすことが出来よう。

議題は、当然この紛争を早期に終結させることによって、世界に新秩序を打ち立て、一刻も早くマーケットの安定を計ることだ。

しかし、この三カ国代表には内心大いなる脅威があった。

例のNATO殲滅作戦のことである。

日本人秋元京子氏からもたらされたと言われる、例の重大情報のことなのだ。

秋津州国王が一旦退けたと言われるこの恐るべき作戦案が、再び息を吹き返してこないと言う保証は何処にも無い。

今まで世界の盟主を以って任じてきた米国自身には、特にそこから受ける脅威には強い懸念がある。

中共軍の背中を押して、今回の侵略戦争に手を貸してしまったと言う重い事実は今さら消しようが無いのだ。

冷静に見て、秋津州にとって残る仮想敵国が米国であることは常識と言って良いだろう。

ごく、当たり前のことなのだ。

そう考えない方がおかしいくらいだ。

しかしこれは、英仏にとっても対岸の火事ではあり得ない。

単に軍事的脅威の存在以上に、恐るべき世界恐慌が目前にあることをより意識せざるを得ない。

ことは一刻を争う。

とにかく米英仏にとって、大規模な戦争など迷惑極まりない。

あくまで局地的な小規模戦争こそ望ましい。

開発した兵器の実戦での実験的使用と示威宣伝、産業界からの要請、軍事的な練度の維持向上等々、理由はいくらでもある。

自国の主力兵器よりも一段性能の劣る兵器は、当然、絶好の高収益商品でもあるのだ。

そのためにも絶え間なく兵器の開発は続けられ、その実験場としての局地戦を必要とする。

しかし、今次の秋津州を巡る紛争は、その規模から言っても決して歓迎されるものではないのだ。

まして、秋津州の異常な戦争経済は、米英仏の産業界の台所を一切潤してはくれないのである。

このためにこの秋津州戦争は一層人気が無い。

しかも、あらゆる既存の秩序が崩壊しつつあり、世界的な市場が連鎖的に破壊されてしまう可能性が極めて高いのだ。

何としてでも、この大規模紛争は早期に収拾されなければならないが、完璧な勝者である秋津州に対し、戦争終結の工作を本格化させるためには、大国が結束してことに当たる必要があろう。

だが、英仏代表にしてみれば、ことに当たって、米国を盟主として行動することの危うさは当然感じている。

かと言って、自分たちだけでことに処していける自信もないのである。

もっとも、ここに日本と言う国家を引き込むことによって、突破口が開ける可能性が倍加するであろうことは全員が最初から意識はしている。

あの秋津州人が、日本人に対する強い同祖同族意識を持っていることは広く知られていることなのだ。

秋津州人のこのメンタリティを梃子にしてことを進めることの有利さは、誰しもが第一に考え得ることで、当然といえば当然のことであったろう。

だが、現実にはなかなかそれを言い出す者がいない。

日本にあまりに大きな発言権を与えてしまうことが、長期的には日本というあの独特な国家が、「世界」にとっての大いなる脅威として、限りなく浮揚していくことに繋がりかねないことを恐れるからであった。

無論、この場合の「世界」とは、彼らにとって「白人世界」と同義語であることを共通認識としていることは、先ず間違いのないところであろう。

詰まり、彼等の世界観を通して見る日本とは「異世界」に在るものなのである。

一部情報によれば、あろうことかその日本が既に単独で動いていると言う。

当然、例の秋津州商事のルートを活かしていると思われるが、東京の秋津州商事のオフィスは、事実上秋津州国の駐日大使館の如き機能を果たしており、そのことが日本に齎す甚だしい有利さは誰の目にも明らかで、秋津州国に対する影響力を確保すべく開催されたこの世紀の大レースにおいて、日本がそのポールポジションを占めつつあることは自明であろう。

そこへ持って来て、万一、日本が単独で和平工作に成功してしまえば、自分たちにとって、事態はより一層深刻なものになってしまう。

そればかりは絶対に困るのだ。

それでは、あの日本の権益だけが突出したものになってしまうではないか。

重要な国際的案件の決定は、あくまでも、白人キリスト教文明圏の制御の下で進められることが望ましい。

なにしろあの日本という国は、いざとなれば凄まじいほどに国力を伸張し、急激に勃興してくる民族的特性を備えていることは近世の歴史が証明している。

挙句の果てに、この大和民族という黄色人種は身の程をもわきまえず、不遜にも白人キリスト教文明に対し真っ向から挑んできた有色人種として唯一の実績さえ持っており、十億になんなんとするかの漢民族ならいざ知らず、当時たかだか一億にも満たなかったあの民族が、ほとんど全世界を相手に果敢に戦ったのだ。

正気の沙汰とは思えない。

三カ国代表の世界観を通して眺めれば、全く異質の文明を持ったこの国は、いざとなれば最大の脅威となり得る不気味な存在でもあるのだ。

このような国家に、世界秩序の再構築にかかわる円卓会議の席を空けてやるべきでは無いであろう。

三カ国協議の席に重苦しい空気が流れ、それぞれの代表たちの焦燥感を増幅していく。

しかし、時間が無い。

これ以上無為に時を過ごせば、世界の運命は最悪のシナリオを以て書き換えられてしまうかも知れない。

結局散々に迷った挙句彼らの選択した道は、日本と同時にドイツを引き込むことであった。

苦渋に満ちた選択ではあったが、そうすることによって、あの日本の影響力が少しは削がれることも期待し得るであろう。

このような経緯で、急遽日独両国にもお呼びがかかり、五カ国協議が水面下で始まったのだが、その折りも折り、驚くべきビッグニュースが飛び込んできたのである。

ニュース報道の画面には秋津州のプレスルームの映像が流れ、その壇上で我が物顔に振る舞っている小男は、どうやら日本の外務官僚らしいと言うのだ。

「一刻も早い紛争の終結を目指します。」

その小男が高らかに宣言し、傍らの秋津州国王がそれを容認している。

まるで、日本の一人舞台ではないか。

米英仏独の代表は、この行為を許すべからざる日本の抜け駆け行為と断じて一旦は激怒して見せた。

しかし、実際のところ、内心最も驚いたのは日本代表自身であったことは言うまでも無い。

日本政府自身が、いや、日本の外務省自身が全く承知していないことだったからである。

事実は、この壇上の新田源一と言う男の全くの独断専行と言うほかはない。

しかし、その奇妙な、そしてある意味笑うべきこの事実は、日本代表としては口が裂けても言えないことなのだ。

気を取り直した日本代表は、全て日本外交の想定内の状況であるとして、ひたすら強気の姿勢を装い、米英仏独の日本に対する非難は根拠の無いものであるとして突っぱね通した。

独自の外交を行い得ることは、主権国家として極めて基本的な権利であり、本来、誰にも遠慮する必要など無いのである。

裏から言えば、独自の外交権を持たなければ、最早それだけで独立国とは言えないほどだ。

それにもかかわらず、長いこと日本は独自の外交権を行使することを遠慮してきた。

思うに、このときの日本は新田源一と言う一人の外務官僚を持ったことによって、五カ国会議における圧倒的な主導権を握る又とない好機を手にしたことになる。

いずれにしても事態は急変した。

五カ国代表の全てが、新たな訓令を本国に求めなくてはなるまい。

だが、日本を含めいずれの本国政府も明確な方針を示せる筈が無い。

とにかく、情報が不足している。

いや、不足と言う表現は必ずしも正確では無かった。

この件についての情報が、秋津州の公式発表以外全く得られないのである。

何故か。

秋津州の政策決定には、たった二人の人間しか関与していないからだ。

後にも先にも国王と新田源一の二人だけであり、周りを固めているのは全てヒューマノイドばかりだ。

情報を洩らす者などいる筈も無い。

現状では、いかなる諜報網をもってしてもそれを捉えることは不可能と言って良い。

各国の焦りと苦悩は、深まるばかりであった。


さて、秋津州で韓国大統領が記者会見を終える頃、新田源一の手元には京子を通してある知らせが入っている。

知らせによると、このころ、モスクワのモンゴル大使館の依頼によってウランバートルに飛んだクーリエ便(SS六改)があり、このクーリエ便を経由して、在モンゴルの外交団シンジケートから大量の依頼が入ったと言うのである。

紛争勃発に伴い、モンゴルは国土全体を秋津州軍に包囲された形に陥ったため、かなりの世情不安に襲われ、在蒙の各国公館はまことに不自由な状況に置かれていると言う。

秋津州軍の包囲環の中で孤立してしまったような状況が、それを招いていることは確かなのだ。

地図を見れば一目瞭然だが、日本の四倍ほどもあるモンゴルの国土は、もともとその周囲を中露両国の領土によって全て囲まれてしまっている。

しかも今回の紛争の結果、中朝露の全土は秋津州軍に占領されてしまった。

そのため、モンゴル国は秋津州の大軍団と言う大海の波間に漂う木の葉のように見えてしまう。

モンゴル国にとって、秋津州のチベットに対する親和的な姿勢が貴重な拠り所ともなっており、自国に対する明白な敵意を感じているわけではない。

モンゴル国とチベットとは、互いに近隣強国の絶えざる圧力のために悲運に泣いてきたと言う近世史を共に持っており、チベット亡命政府の元首ダライ・ラマ法王十四世が、秋津州の庇護の下にその本来の地へ戻れるのも近いと言う噂もそれを補強してくれてはいる。

しかし、近隣情勢が激しく変動する中で悲惨な体験を強いられてきたごく普通の国としては、常に自国の先行きに対する不透明感ばかりが強調され、それこそ一寸先は闇であると言っても良いほどの心情なのだろう。

このために一層動揺が広がってしまった結果、モンゴル政府筋からも非公式ながら支援要請が届いたのである。

尤も、モンゴルの不穏な国内情勢については、国王は勿論、京子と新田源一も充分承知しており、この要請も唐突なものと受け止めたわけではなかったことになる。


この日本国外交官は、再びプレスルームの壇上に立った。

そして、新たな声明を発する。

「モンゴル国は秋津州国にとって、全く敵性国家などではあり得ない。」

として、全てモンゴル政府の立場を尊重する旨を強調し、その支援の用意があることを宣言、直ちにモンゴル政府と連絡をとり、その要請に基づき不足の生活物資の支援を開始することを約し、国王は直ちにそれを実行に移して行ったのである。

秋津州の動向が、世界の注目を浴びていることは当然過ぎるほど当然で、種々の無責任な観測がメディアを掻き回していることも否めない。

既にその版図に収めた中露の狭間に漂っているモンゴルについても、早晩、併呑してしまうだろうと言う観測も全く無かったわけでは無いのだ。

ときにあたり新田源一の発した声明は、この様な悲観的な観測を全面否定した上に、積極的な支援をも包含しており、当然のことながら劇的な効果をもたらした。

モンゴル国の最大の不安材料が払拭され、駐在する外国公館も又落ち着きを取り戻していったのである。

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  1. 2005/11/02(水) 20:08:18|
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