日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 031

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さて、国内の整備に一応の目処を立てた若者は、タイラーを通じて、NBS関連の犠牲者の墓参りのため訪米の意思のあることを伝えた。

無論それは、かねてより米国自身が望んでいたことであり、米国側に否やのあろう筈が無いが、若者の希望は、その目的を墓参に限っている。

大仰な接遇も米国側要人との会見も全て排除するものであったが、一方の米国側にとっては、如何にして大統領選挙の追い風となし得るかが最大の焦点となりつつあり、とにもかくにも、双方の目的が全く異なっていたことだけは確かだろう。

やがて、わずかな調整期間を経ただけで、若者の二度目の訪米日程が定まり、墓参の為に各地を回ることになった。

タイラー自身も属僚一名を連れて国王に同行し、あとは専任の乗務員が二体搭乗していただけであり、結局一行のうちの「秋津州人」は前回と同様国王一人と言うことになる。

例の専用機は最近になって多少なりとも改善され、以前とは比較にならないほどの居住性を具えるようになっていたことは、タイラーにとっても幸いではあったろうが、かと言ってその行程は尋常なものではない。

軍装の国王は、各地で相当数の人々による大歓迎の中、広大な米国各地を飛び回り、過酷な行程を消化して帰国することになるのだが、米国側が必死になってセットしようとした大統領との直接会談は、頑なな王の意思に阻まれついに実現するに至らなかったのである。

大統領は、王の旅程に沿って自らのスケジュールを大幅に変えてまで、必死にその跡を追ったのだが、ついに疾風のような動きには対応することを得ず、敢え無く臍(ほぞ)を噛んだことが報じられた。

何しろ、一箇所の墓参を終えると、国王専用機は見送る群集の目前で一瞬で消滅し、次の瞬間には数百キロも離れた別の目的地に現れるのである。

その目的地には、おおよその到着時刻が前以て伝えられているため、かなり前から遺族は勿論、州知事やら市長やらメディアや群集まで集まっている。

そして、待ち受ける者たちの心構えさえ整わぬ内に、王は唐突にやってきてしまう。

専用機自体全く着地しないケースが多く、その場合地上に降りるのは国王一人だけだ。

それこそ、地上十数メートルに浮かんだ機体の乗降口で一旦その姿を見せたあと、国王だけが一瞬で地上に移動してくる。

地上ではほとんど無言のまま墓前に佇立し、刀の礼を以って哀悼の誠を捧げ、かつ心から詫びてもいる。

口にこそ出さないが、若者はこの者たちの死に対して今も自責の念を持ち続けているのだ。

本来死ななくて良かった筈の人々を、自分の読み違いによって死なせてしまったと言う点においての自責なのである。

若者の胸中には、この者たちを積極的に見殺しにした米当局の姿が大きく影を落としており、その最高責任者たる大統領になど会いたくも無い。

米国を訪問して、その大統領との会談を望まない国家元首など絶無だろうが、若者はその申し入れを蹴ってしまったことになる。

その理由も単に「多忙である。」と言う、見ようによっては考えられないほど非礼なもので、一部のメディアには、それを問題視する向きも無かったわけではないが、大統領との会見の好機を捨ててまで墓参を優先する若者の心の在りかを、逆に好意的に評価するメディアの方がはるかに上回っていたのである。

結局若者の意思は、秋津州で尊い命を散らしてしまった人々の霊を慰めることだけに集中していたことが、益々強く浮き彫りになっていき、米国大衆の評価を高める効果は決して小さいものではなかった。

特に亡きマーベラの墓前において、刀の礼を以って佇立する国王の目に光るものがあったとして、大いに大衆を煽る風潮がメディア側に存在し、ここでも又、若者は大きく得点を稼いでしまったことにはなるのだろう。

ときにとって国王の侍従と米当局担当者と言う困難な役回りを進んで担うことになったタイラーの気苦労も又、相当なものであったに違いない。

確かに、この大統領特別補佐官は疲れ果ててしまったが、その疲れを癒してくれる土産は、帰路にあたり同乗を許された数人の属僚たちであったかも知れない。

無論、国王の訪米は世界中に大きな話題を提供し、秋津州のプレゼンスが前回とは比べようも無いほど重くなってきていることが、各メディアの論調からも一層際立っていた筈だ。

その象徴的な事柄として、必死に会いたがったのは、つい先日まで世界の王として振舞っていたあの大統領閣下であって、決して若者の方では無いことが大いに喧伝されるに至ったのである。

この話題は、中でもフランス辺りの一流紙と呼ばれるものの紙面を賑わせ、その部数を大いに伸ばしているようだ。

しかし、帰国後NBSのインタビューに応えた王自身のコメントは極めて抑制的なもので、自分の意図するところは、領土内で不慮の死を遂げた者たちの霊を慰めることに有り、全く他意はないことを強く滲ませたものであったのだが、王のスタンスが抑制的なものであればあるほど、メディアの大多数が、益々王に好意的な論陣を張り続けることになってしまうだけの話なのだ。


一方メアリーは、秋津州王家と思わぬ急接近を果たすことに成功していた。

尤も、王家とは言っても、この場合その実質的な窓口となる秋元女史のことだ。

メアリーからの最初の面会の申し入れは、充分に礼を尽くした丁重過ぎるほど丁重なものではあったが、それに対し意外なほど積極的な反応が返ってきて、かえって彼女自身を驚かせることになったのだ。

結局、二人の目的が奇妙に一致していることが明らかとなり、その後頻繁に連絡を取り合うことにより、ますます連携を深めて行ったのである。

その結果娘は、王の朝食に度々招きを受けるようになり、回を重ねるごとに若い二人の親密度も多少は深まっては行ったが、ダイアン当人にしてみれば想いは複雑だったと言って良い。

国王の心のありかが掴めない。

特別に嫌われていないことだけは感じ取れるようになったとは言いながら、相変わらず若者の態度に特段の変化は見られず、あくまで秋元女史の薦める賓客との会食を、ごく自然に楽しんでいるとしか思えないのである。

彼女にとっての剣の師がれっきとした日本人であり、その影響を強く受けたこともあって、かつてタイラーを辟易させた王のメニューも充分許容出来るものだった筈で、最初の招きを受けた際、彼女がおいしそうに納豆ご飯を食べているさまは、かなり若者の興味を引いたものらしく、思いのほかに話が弾み、たかだかその程度の出来事が、二人の間の垣根を取り除くことに少しは役に立ったと言えなくもないが、招きを受けるのは朝食ばかりで、密かに期待した豪華な晩餐会とか華麗な夜会とかは、開かれたこともないのだと言う。

まさか、朝から着飾って出かけるわけにもいかず、ふんだんに持ち込んだ豪華絢爛たる夜会服も、それに見合った豪奢な装身具も身に着けるチャンスはまるで無いのだ。

女性として、この点にだけは一抹の物足らなさを感じないでは無いが、既に激しい恋心を抱いてしまった娘にとって、若者はその胸の中で益々理想の男性像となって行き、最早他の男など全く目に入らない。

だが、肝心の相手は、相変わらず自分を友人としてしか認めてくれそうに無いのである。

恋する乙女の心情は無論尋常なものではない。

近頃の彼女にとって、最大の懸念は、やはり常に若者の身辺に侍る三人の侍女の存在だ。

この三人は、常に夜会服に準ずるような出で立ちをして、極めて優雅な挙措を持ち、ダイアンの目から見てさえ素晴らしい魅力に溢れている。

そのそれぞれが当初から、NBSの男性クルーたちの間に熱烈なファンを持ち、彼らは機会あるごとに美しい天使たちに接近を試みようとするが、首尾よくデートにまで漕ぎ着けた者は唯の一人もいないとされ、しかもデートの申し込みを断る理由も三人とも決まって同じなのだ。

自分たちは特別に選ばれた王の侍妾であり、そのことを第一の目的としてはるばる「荘園」から来たと主張し、それも自らすすんで申し出た結果、大勢の中から特に選抜されてきたのだと言う。

と言うことは、荘園には選に漏れて涙を飲んでいる娘たちが、まだ大勢残っていると言うことになるではないか。

ダイアンにとって、こういった風聞が気にならないわけがない。

ただ、秋元女史からメアリーを通して伝わってくる好意的な諸情報によれば、王と三人の侍女たちとの間には、いまだに男女の関係はないと言う。

そうは言っても、この事実上のライバルたちの存在はどうしても気になる。

若者と顔を合わすたびに、必死になって女の勘を働かせて見るのだが、無論その程度のことでは何一つ掴めず、若者から何かを命じられた際の彼女たちの目の動きや、その仕草の一つひとつにまでついつい鋭い視線を走らせてしまうほどである。

若者との間に何かが有れば、必ず何かしら違った反応が見られる筈だと思うのだが、それらしいものは何一つ感じ取ることは出来ず、とにかく、若者の視線一つとってもその行方が気になって仕方が無いのだ。

若者が彼女たちの一人に、たまたまその視線を止めたりするのを見る時など、もうそれだけでその心情をあれこれ忖度し胸の中で小さな嵐が吹き荒れてしまい、もうこうなったら、この三人には全部荘園に帰ってくれないかしら、とまで思ってしまうほどなのである。

ただ、一つだけ救いになっていることは、私に対する侍女たちの接遇態度だ。

彼女たちは、常にダイアンを王の賓客として丁重に遇し、軽んずるような態度など毛筋ほども見せたことは無く、それも、とても見せ掛けだけのものとは思えないのだが、ことあの方に関することとなると、ほんのわずかな出来事にもついつい敏感に反応してしまい、気になって気になって仕方が無い。

あの方に出会う前は泣くことなど滅多になかった筈なのに、最近では、気が付けばしょっちゅう涙ぐんでる自分がそこにいる。

このままでは、自分が変になりそうな気さえしてくるほどだ。


このころ、秋津州内務省からある資金団体の設立に関する発表がなされ、又しても世界の耳目を集めることとなった。

それは秋津州財団の名称を冠せられたものであり、その総裁は秋津州国王、又その資金を拠出するのも国王その人だとされた。

既に行われた初期の拠出額は、米ドル換算で二兆ドルと言う巨額であり、二年以内でその倍額の拠出を予定しているとされた上、明言こそされてはいないが、中長期的には二十兆ドルを超える拠出をも視野に入れた雄大な構想であるらしい。

その設立にあたっての趣旨は、大きく分けて二つあった。

先ず第一に、全世界に向けた「奨学金」制度の構想だ。

この世界には、いまだに内戦や対外紛争が収まらず、動乱のさなかにある地域が多数存在していることが、この構想の土台にあるのだと言う。

多くの日本人は意識すらしていないが、現在でも各国の発行する世界地図の中では、各地の国境線が必ずしも同一では無い。

実際には、驚くほど多くの違いが存在しているのである。

詰まり、一つの領土領域を、複数の国家が互いにその領有を主張しあっているのが現実なのだ。

中には、大国が一応国家として認めてはいても、その小国の主権の一部を認めようとしないケースも数多く存在する。

特に、白人列強のエゴによって、不自然な形で形成せざるを得なかった国家が抱える問題は、まことに深刻なものと言わざるを得ない。

そのような国家は、本来の地域住民の意思とはほとんど無関係に成立させられた経緯を持ち、中にはその住民自体が白人列強の手によって、恣意的に移住させられてきた例まで存在する。

そういった地域では、もともとのそれこそ太古の昔からの住民と、二十世紀後半になってから恣意的に送り込まれてきた者たちでは、風俗習慣はもとより、さまざまな点で違いが出てくるのも当然だ。

自然、互いの主張の喰い違いがさまざまな軋轢を生み、血で血を洗う凄惨な民族紛争にまで発展してしまう例が多い。

そして、その殆どの領域が白人列強のビジネスの場となってしまう。

彼等白人たちは、往々にして血みどろの争いのタネを撒き散らしておいて、一旦都合が悪くなると逃げ帰ってしまうことを得意とし、そのあとには、彼等が蒔き散らしたタネが巨大な毒草となってはびこることになるが、その毒草は今や世界中に根を張ってしまい、駆除に要するコストは際限も無いものになった。

殊にアフリカ大陸には膨大な毒草のタネが蒔かれ、それを蒔いた犯人は、紛れも無く大英帝国を始めとする欧州白人国家群だ。

その結果、アフリカ大陸などにおいては今も大量の血が流れ、多くの餓死者まで生んでいるが、そのことを人道的見地から取り上げ、さも自然現象ででもあるかのように装い、盛んに日本に援助させようとする動きが目立つ。

だが、それらは断じて自然現象などでは無いのである。

アフリカの子供たちの哀れな映像を見せられる度に、日本人の憐憫の情は限りなくかきたてられ、人道支援の大合唱が聞こえてくるが、盛んにタネ蒔きに精を出した筈の連中が、一粒のタネも蒔かなかったこの日本に、図々しくも集中的にその費用を負担させようとしているに過ぎない。

お人よしの日本が拠出するカネは、大英帝国さまがアフリカの各地で売りさばく武器の対価として支払われ、その武器によってまたまた大量の血が流されることになる。

白人列強の恣意的な行為によって発生した動乱は、いちいち枚挙にいとまが無いほどで、それら動乱の火の手はいまだ消え去る気配は全く無い。

今現在もなお、世界各地で動乱が続いているのである。

ちなみに、今次秋津州で行われた「いくさ」においても、十二歳以上の健常な男子は悉く剣をとって戦ったが、今も動乱の真っ只中にある諸地域では、八歳、九歳の男子ですら銃をとって戦うことは珍しいことでは無いのだ。

今回打ち出された奨学金制度は、こういった動乱や貧困のゆえに、勉学の道を閉ざされている若人たちをその対象とし、それを支援するためのものだと言う。

人種や国籍などには一切囚われずに審査を行い、鬱勃たる向学心の持ち主であることのみを以て受給資格とする。

特に、混乱している多くの途上国の人々に、教育を受ける機会を提供することによって、その人たちが自らの意思を以て自らの国家の主権を回復し、自ら主体的に国家を運営していけるまでに成長することを目指しているのだと言う。

第二の趣旨は、地球規模で進行しつつある環境汚染を憂い、その対策を講ずることにある。

そのための調査研究を使命とする機関として、秋津州研究所と言うものを持ち、財団のシンクタンクとして形成し、荘園から搬入される膨大な秋津州の諸産品が、地球環境に与える負の影響について、優先的に調査研究すべしとする王の意思が示されたと言う。

結局穀類は最終的には二酸化炭素と水に転化するものであり、他の天体で生育した穀類を地球に持ち込むと言うことは、結局のところ、二酸化炭素と水を持ち込むことと同じことになってしまう。

地球上で生育する穀類はその光合成の過程で、地球上の二酸化炭素と水を取り込みながら成長していくものであって、それは即ち、地球上の自然環境の中だけで全てが循環していることを意味しており、仮に地球上で穀類の大規模な増産を行ったとしても、地球上の循環構造の中の総体的なバランスは保たれるが、荘園から持ち込まれた穀類は、その分だけ二酸化炭素と水を確実に増加させてしまうため、少なくともその分だけは、地球外に搬出してやる必要があるだろう。

殊に、二酸化炭素の増加が地球環境に与える影響は重大で、その地球外への搬出作業には膨大なコストを覚悟してかからなければならず、秋津州研究所は、地球温暖化に関わるさまざまな温室効果ガスに関する調査研究を行い、財団はその提言に基づき適正な搬出作業を図ることになると言う。

国王の手によって、既に大気中の二酸化炭素やフロンガスの回収作業が大規模に始められており、最終的には地球の大気を産業革命以前の状態に戻すことを、最大の目標として掲げていることも明らかにされた。

更には、現状の秋津州国と諸外国との間には、巨大な貿易不均衡と言う問題が存在する。

雑駁な言い方だが、秋津州は常に外国に物を売って稼ぐばかりで、相手国からはほんのわずかしか買わないのである。

その不均衡さは極めて一方的なもので、もはや暴力的でさえあると囁かれるに至っている。

ときあたかも大規模な紛争にもようやく収束の気配が見えてきた今、この貿易不均衡と言う問題が、巨大な火種となってくすぶり始めるのも時間の問題だとされており、ときにとって今次のプロジェクトにおいては、地球規模の教育問題と環境問題を解決するためと言う堂々たる大義名分を以って、この過大な貿易黒字が再び世界に向けて還元されていくことになるのである。

しかも、この重大発表が行われたその同じ日にも、開墾整備中の農地で真っ黒になって働く王の姿があったことも併せて報じられ、この話題はさまざまの意味で賛辞を浴びることになるのだ。

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  1. 2005/11/03(木) 07:22:43|
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