日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 034

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この数分後には、国王と井上護衛官の姿は内務省最上階の一室にあった。

遠く離れた若衆宿の一つから、またもや瞬時に移動してきたものと見える。

その部屋の中ほどには、その広さには不釣合いなほど小さく無骨なテーブルがあり、そこは若者が日常の食事を摂る場所でもある。

せいぜい六人掛けほどのその食卓には、テーブルクロスも置かれず相も変らぬ秋津州流のメニューが並んでいた。

例によって黒ずんだ麦飯と納豆、塩気たっぷりの味噌汁、梅干に漬物、生野菜付きの鯨肉が未だ大皿の上で音を立てていると言った具合だ。

これがまた、タイラーにとっては大の苦手でもある。

この哀れな白人は、今朝も全く顔色の優れぬままに力無く席に付かざるを得なかったのだ。

それでなくとも最近は胃の痛みを感じることが多く、昨夜もこの交渉の困難な行く末を思いあぐね、一睡も出来ぬままに朝を迎えてしまった。

特にここ数日、睡眠不足と食欲不振が続き最早憔悴しきっている。

本国から派遣されて来ている医師からは即刻入院を宣告されてしまっており、例えメニューが何であっても食欲など最初から湧いてこない。

そこへ持って来てこのメニューなのである。

出来ることなら、一刻も早く逃げ出したいくらいだ。

だが、目の前にいるのは秋津州のれっきとした国家元首なのである。

又しても襲ってきた胃の痛みに耐えながら、いやでも最低限の礼儀は尽くさなければならない。

「陛下、お早うございます。今日はご配慮を賜り、厚く御礼申し上げます。」

今回も、この席に招かれることを必死に願ったのはタイラーの方であって、決して若者の側では無いのである。

適度に距離をおいて命を待つ侍女たちの姿を目端にかけながら、これほどの美貌に適する者は自分の知る限りダイアンぐらいのものかとも思い、そしてまた、遠く離れて佇立している井上甚三郎の顔に、あてども無く視線をさまよわせてしまっていた。

そのうつろな目には、以前は全く平凡に見えていた近衛軍司令官の顔でさえ、今は何故か、いかつい恐ろしげなものに映ってしまう。

相変わらずその腰には長々と剣を吊り、少しの無礼も許すまじと、こちらを睥睨しているように感じてしまうのだ。

まして、目の前の若者の恐ろしさは、いやと言うほど身にしみている。

以前にも、少しばかり図に乗った物言いをして、凄まじい怒りをかってしまったことがあり、よく強制退去処分にならなかったものだと今更ながら思う。

後になって聞いたところでは、秋元女史の口ぞえが無かったら、とうに処分を受けていたことは間違いなかったのだ。

全く、女史の方には足を向けて寝られない。

思えば、秋津州との力関係において、米国の立場はその当座よりなお一層不利な境遇に落ちてしまっており、何からどう切り出したら良いものやら、とつ追いつ思い惑うばかりでいっこうに思案が纏まらない。

立場を代えてみれば、どう考えても国王が米国の面子に配慮して、一方的に譲歩しなければならない理由など何一つ見当たらないのである。

タイラーとしてはせめてものことに、何かしら相手の喜ぶような手土産を用意したかったのだが、これもまた気が付けば呆れるほど何一つ持っていないのだ。

外交カードとして、相手側に示せるものが全く無いのである。

しかし、京子に言わせれば、立派にそのカードはあると言う。

いたずらがばれてしまった以上、面子を捨てて素直にあやまってしまえと言う。

と言うことは、いたずらの行為そのものを公式に認めることになるのだ。

そんな恐ろしいことが出来る道理が無い。

そうである以上、もうとにかく、ひたすらお願いするほかにないことも分かりきっている。

あとは相手がどうこちらの苦衷を汲んで、憐れんでくれるかどうかに賭けるほかは無いであろう。

所詮、弱国の境遇に転落してしまった不運を嘆くことしか出来ないのかも知れない。

「お早う。お口に合うようなものは、なかなか用意致しかねるが、存分に召し上がれ。」

珍しく饒舌なあいさつが少年の口をついて出てきたのには、やはりそれなりの訳があるのだろう。

「はっ、頂戴いたします。」

タイラーとしては、頂戴するも何も箸をつけるのも苦痛なのだ。

しかし、何としてでもその使命だけは果たさなければならない。

加えて、まずいときに、又しても我侭な胃が痛み始めた。

「何か、大統領閣下のご来訪のお話があるやに聞き及びますが。」

全くありがたいことに、若者の方からあっさりと口火を切ってくれている。

「申し上げます。」

タイラーは必死である。

「承りましょう。」

「政府専用機の使用について、是非とも、お許しを願いたいのです。」

このありがた過ぎる呼び水に吸い寄せられるように、思い切ってそれこそ単刀直入にぶちまけてしまった。

もう、半分は自棄である。

「わが国は不幸にもいまだ戦時中と言うこともある。安全保障上の観点からもそれは難しいですな。」

国王は、安全保障上の観点からも許可出来ないと明瞭に発言した。

取りようによっては、米国の元首たるものが政府専用機を以って来訪することそのものが、秋津州の安全保障に直接危機をもたらすものであるかのように聞こえてしまう。

この発言は、それだけ非礼なものを含んでいると言って良く、少なくともあっさりと聞き捨てにされて良いほど軽いものでは無い。

本来なら、米国の国益をその双肩に担っている筈のタイラーは、強い抗議を以ってこれに対抗すべきであったろう。

しかし、現実にはそうはならなかった。

ならなかったと言うより、出来なかったのである。

今のタイラーには毅然として抗議をするなど思いも寄らないことであり、また仮に抗議などしてみたところで、互いの国力にこれほどまでの隔たりがある以上、かえって惨めな思いをするだけなのだ。

惨めな思いをするだけで済めば未だいい。

そのことが敵対行為とみなされる可能性がある以上、そのまま開戦の口実にされてしまうと言う、悪夢のシナリオを呼び寄せてしまうかも知れない。

合衆国にとって、全く勝ち目の無い戦争を経験することになるのだ。

そのシナリオでは、勝敗などは一瞬で決まり、米国全土は一時間もせずに完全に占領されてしまうことも目に見えている。

タイラーやワシントンの首脳たちの間には、秋津州に勝利する為には一方的な奇襲作戦を敢行する以外に無いとの考え方が定着しつつある。

無論ありったけの核ミサイルをぶち込むことになる。

しかし、奇襲作戦も何も、敵の主要な本拠の所在さえ掴めない以上、いかに天才的な用兵家を以ってしても、作戦案すら描ける筈も無く、米国側にはひたすら辞を低くして開戦を避ける以外、能動的に振舞う自由など残っていないのである。

その上ごく普通の国際慣行に照らしても、その相手国には堂々たる開戦の口実が既にある。

侵略軍の背中を押してしまったと言う事実は、いまやワシントンの首脳たち全ての脳裏にこびりついて離れることは無い。

ちなみに、「自国の国益のために代理戦争を引き起こし、さも自分自身の手は汚れていないような振りをして見せる。」と言う、この米国一流の手法は、過去の一時期においてかなりの部分で成功を収めて来た。

しかし、今回に限っては明らかな失敗であったろう。

だが、これもあくまで自分自身で判断してやったことなのだ。

このれっきとした敵対行為も、相手が弱国の場合気づかない振りをしてくれて、それだけで何事も無かったかのように済んでしまう。

国際舞台においては、実際は気付いていても、都合によっては気付かない振りをするものなのだ。

秋津州も公式には気付かない振りをしてくれているが、実際には当然気付いている。

いまや絶対的な強者である国王が、気付いてしまっているのである。

国王はいまだに公式にそのことに触れたことは無いが、度々顔を合わせるタイラーの胸には、国王が気付いてしまっていることは、それこそひしひしと伝わってくるのだ。

少なくともタイラーの視界の中では、万一国王がそのことに公式に触れることがあれば、すなわちそのときこそが米国の滅びるときとなる。

ワシントンが公式に謝罪しない限り、これほどの敵対行為に気付いた上で、何の反撃もせずにいれば、全く気弱げに躊躇しているか、恐怖のあまり居竦んでしまっているとみなされてしまうのである。

その結果呼び込んでしまう不幸の数々は、もう言うも愚かだ。

世界の大衆レベルでこそ、多少の同情をかうことは出来るであろう。

しかし、政府間レベルにおいてはそうはいかない。

他国から見て、さも美味しげなご馳走に見えてしまう材料を持つ以上、同情してくれるどころか、足元に付け込まれて散々な目に合わされることも目に見えている。

秋津州側が公式にそれに気付いたときには、目の前の若者はいやでも火蓋を切らざるを得ないのだ。

少なくとも、ワシントンの持つ国際常識から見ればそうならざるを得ないのである。

この観点から言えば、罪を認めて謝罪すると言う政策を取れない以上、ワシントンは最早明らかに手詰まりであり、弱者である米国は怯えきってしまっていることになる。

結局、タイラーの口を付いて出てきたのは抗議どころか、もはや悲鳴に近い哀願調の言葉であった。

「お言葉ですが、わが国は決して貴国の安全保障を脅かすようなことは有りません。」

口は重宝なものだ。

口先だけなら何とでも言えるのである。

現にワシントンでは、秋津州への核攻撃の可否が議論されていることも若者は知ってしまっている。

もっとも、米国側から見れば、これをしも立派な防衛戦争であると言うに違いない。

「いや、必ずしも貴国が直接何かをなさると申している訳ではない。貴国にだけ例外を認める訳には参らないと申している。」

王の申しようも又理の当然であり、若年の身ながら堂々たる外交を行おうとしているだけなのだ。

「それでは、他の国にも決してお認めにならないご方針でいらっしゃるものと、理解させて頂いてよろしゅうございましょうか。」

我が米国に許されなかったことを、他の国が許されるようなことがあれば、米国の威信は間違いなく地に落ち泥にまみれてしまう。

タイラーは、冷静なときには決して言わなかったであろうことを、押し付けがましくも言ってしまったのかも知れない。

その反応がひたすら恐ろしい。

焦燥と緊張のあまり、既にかなりの部分で冷静さを欠いてしまっており、目もうつろにあらぬほうを彷徨い続け、正面の若者の目を正視することも出来ない。

だが、予想に反して目の前の若者は冷静であった。

「わが国は、いまだ戦時体制を採っておる。」

「承知しております。それでは、貴国の戦時体制が解かれた際にはご方針をお変えになるものと、理解させて頂いてよろしゅうございますね。」

かなり押し付けがましい物言いであり、タイラーとしては、実に捨て身の切込みをかけたつもりであったろう。

これは、今までの米国が巨大な国力を背景にして押し進めてきた、通常の外交ではない。

それらの場合の相手とは、全くかけ離れた存在なのだ。

つい最近、世界の檜舞台に登場してきたその国は、合衆国にとって、当初実に可愛げのある、言わば子犬のような存在でしかなかった。

小さな子犬は、牙も持たず、無論鋭い爪も具えてはいなかった。

抱き上げて頭を撫ぜてやりさえすれば、鼻を鳴らしながら尻尾を振ったかも知れないのだ。

それが、今はどうであろう。

北米大陸の全ての空を覆いつくすほどの翼を広げ、凶悪極まりない爪を研いでいる巨大な猛獣と化してしまっている。

その恐るべき実力は、既にいやと言うほど思い知らされてしまった。

言い換えれば、今目の前に居るこの少年こそその猛獣そのものなのである。

今度こそ、この恐るべき若者の怒りをかってしまったに違いない。

地響きのするような怒声が今にも降ってくることを想い、一瞬体中が竦んでしまった。

まるで周り中が凍りついてしまったような思いの中、冷たいものが背中を伝い落ちていく。

タイラーにとってのその時間は、耐え難いほど長く感じられたのである。

しかし、またしてもその予想は裏切られ、いたって物静かな答えがかえってきた。

「そう理解してもらって結構だ。」

猛獣は、あっさりと認めたのである。

「ありがとうございます。」

これで少なくとも、自分が背負っている使命の半ばを、辛うじて果たせる見通しが立つに違いない。

あとは、秋津州の戦時体制を解かせることが出来さえすれば良いのだ。

それにしても、目の前の若者の豪快な健啖ぶりはあいも変わらない。

あたかも銃一丁を背にして山野を跋渉する猟師が、さも旨そうに獲物にかぶりつくかのように、今もばりばりと音を立てながら生野菜を噛み砕いている。

しかし、前回と違ってそれに対する不快感は少しも沸いてはこないのである。

ただただ、わきの下にじっとりと冷や汗をかきながら、先ほどまでの並々ならぬ緊張感が一気に引いていくさまを、どこか遠くに居るもう一人の自分がみつめているような気持ちになっている。

体中の力が抜け落ちてしまって、口の中が粘り付き、激しい渇きを覚える。

哀れな外交官は、その苦しい立場からわずかに救われて、出された日本茶をすすり上げるだけの心の余裕も生まれて来た。

これでワシントンへも、やっと報告らしい報告をすることが出来ると言うか細い安堵感が、改めて湧いて来ていたのは確かであった。

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  1. 2005/11/03(木) 10:31:08|
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