日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 039

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その日のクラブ碧は、客足の途絶えたところで早めに店仕舞いしてしまっていた。

未だ、十一時を少しまわったばかりなのだが、みどりはこの中途半端な時間に一組の客の姿も無いままに、そのまま店を開けている気力が萎えてしまったのだ。

怪訝そうな顔の女たちを帰したあと、店の灯を落とし、奥のボックスで一人ぼんやりとしてしまった。

外は、無常の師走の風が吹いている。

冷たい風が、胸の中まで吹き抜けて行くような気がして来る。

結局は、自分が甘かっただけの話なのだ。

つい先ごろまでは、何とかなるのではないかと無理に思おうとしてきたが、結局どうなるものでもなかったのである。

一応、年末の稼ぎのこともあり、年内いっぱいはここで営業出来そうだが、そのあとの見通しなどはまるで立たないところにまで追い込まれてしまっていた。

長いこと付き合ってきた筈の銀行も、繋ぎ融資の相談にはまるで乗ってはくれず、それどころか、死んだパパの会社が駄目になって、その借金のカタに入ってるマンションやこの店まで明け渡せと言う。

マンションの方は居住権を盾に居座ってやることも考えたが、結局お店の方を強制執行にかけると言われてしまい、せめて年内いっぱい待ってもらうことだけで精一杯だったのだ。

まったく、「人間、落ち目にだけはなりたくないもんだ。」と言っていたどこかの社長さんの言葉が思い出される。

悪い噂が飛び交い、ここ一・二ケ月ばたばたしている内に、最近では不思議なほど客足も落ちてきて、もうジリ貧の状態なのだ。

仕方が無いから、顔見知りの街金融から少し融通してもらったが、そのあとの利払いはとんでもなく悲惨なものだった。

かと言って、到底好きになれそうもない男を相手に、今更体を汚してまでじたばたしたくは無い。

せめてきれいに店をたたんで、最低限のモノは残したいと言うのが本音のところなのだ。

しかしこの分では、最低限のモノを残すどころか、きれいに店をたたむことすら出来そうにない。

仕入れの支払いをいっときジャンプしたいくらいだったのが、逆に現金払い以外は業者がうんと言ってくれなくなってきているのだ。

あげくに、今までのツケ払いの分まで一括清算を要求されて、例の若者の勘定の分もあっさり消えてしまった。

そこへ持ってきて最近の理沙は、新しく自分の店を持つような雰囲気さえ醸し出してきている。

どう考えても、バックはあの若者だろう。

そうとしか思えないのだ。

自分の見たところ、未だ体の関係にまではいって無いようだが、店の中ではもう完全に自分の客と言う感じで振舞っていて、ほかの子たちもそろそろ一歩引いた様子さえ出てきている。

肝心の若者は立て続けに五度ほどもやって来て、そのあとここ十日ほどはぱったりのところを見ると、きっと理沙と昼間こそこそ会って、いろいろやっているに違いない。

もうひょっとしたらベッドの上で、二人して惨めなあたしを笑っているのかも知れない。

若い二人の、あられも無い姿まで思い浮かんできてしまう。

理沙が力強い愛撫を受けて、息も絶え絶えになるまで女の歓びを味わい尽くしている光景が、振り払っても振り払っても浮かんできてしまうのだ。

言いようも無い口惜しさ妬ましさが襲ってきて、自分だって、せめてあと十(とう)も若かったら理沙なんかに負けてはいないのに、とも思う。

自分でも意外なほどの敗北感に打ちのめされて、何を考えてもその甲斐も無い気がしてしまうのだ。

でも、ほかの店に勤めるほか、このままでは、それこそたつきの道を立てるにさえ困ってしまうことも目に見えている。

とりあえず、小さなアパートを探さなくちゃいけない。

家賃やその辺のところを考えると、かなり寂しい部屋しか借りられそうもないこともはっきりしている。

換金出来るようなブランド物やアクセサリー類も、もういくらも残ってやしないし、とりあえずお引越しの分くらいは何とかしなくちゃいけない。

質に入れてある着物なんかも、とっても愛着のあるものだけでも請け出して置きたいし、ほかのお店に勤めるにしても絶対必要なものなのだ。

電話の呼び出し音が、どこか遠くで鳴っていた。

どうやら、うちの電話みたいだ。

確かにいつもなら、未だ充分営業中の時間帯なのだ。

何もかも物憂く感じながら、のろのろと受話器をとった。

「はい。碧でございます。」

無理にでも、営業用の声を出さなくちゃいけない。

「少し、寄っても良いか。」

えっと思った。

受話器から聞こえてきたのは、何故か懐かしく感じる、あの若者の声だった。

「あの、理沙ちゃんは出かけておりますが。」

どうせ、お目当ての子がいないのに来ても仕方が無いだろう。

それより、いま店仕舞いしたばかりなのだ。

「別に構わんが。」

如何にも怪訝そうな反応が返ってきて、一瞬、何がどうなってるんだろうとは思ったが、つい、反射的に応えてしまっていた。

「じゃ、喜んでお待ちしておりますわ。」

あっさりと電話が切れてから慌てる事になった。

ほんのわずかののち、それこそボトルとグラスを出した途端、表で気配がしたのだ。

慌てて鍵を開けて迎え入れると、いつもののっぽさんがコートも着ずにぬっと入って来た。

当然、ほかの客まで入れる気は無く、素早く後ろ手に鍵を掛けてから、ただわくわくと男の腰の辺りに手を添えて、いつもの奥のボックスの方へと導いていく。

「表の灯が消えてるよ。」

野太い声が告げてくれる。

手早くテーブルの支度を終えながら、何故か胸の中に込み上げてくるものがあった。

「よろしいんですの。もうほかのお客様はお断りするつもりですから。」

「そうか、悪いことをしたかな。」

あたりを見渡しながら、ぽつりとつぶやく。

どうやら、店仕舞いしたことを察したらしい。

久しぶりに若者の隣に座を占め、なにかとても貴重なものを扱っているような気持ちで最初の一杯を作った。

「飛んでもありませんわ。それより女の子がいなくてごめんなさいね。」

心から申し訳なく思ったのである。

それこそ、若者の今日の分の勘定が、そのままそっくりお引越しの費用に変わるかもしれないのだ。

「ここに一人、おるでは無いか。」

いつに変わらぬ笑顔が直ぐそこにあった。

「あら、昔の女の子で申し訳ありませんでしたこと。」

ちょっぴり拗ねて見せたのも、半分は営業用ばかりとは言えなかったのだ。

「いや、未だ充分女の子だ。」

ようやく遊びにも慣れて、ちゃんと社交辞令も使えるようになったのだろう。

「まぁ、お上手ですこと。」

「そなたが一人おればそれで良い。」

「そのお口を抓ってさしあげましょうか。」

長く続けてきたこの仕事のせいで自然に身についた艶めく品を作って、軽く若者の頬に触れてみる。

若者は男らしいその頬を少しだけ崩しながら、こっちの目の奥を覗き込むようにしてくる。

「それより、迷惑ではないのか。」

折角店仕舞いしたところに押し掛けて来て、このまま飲んでいて良いのかと心遣いを見せてくれるのだ。

「迷惑どころか、このまま朝まで飲みたい気分ですわ。」

半分は本音であった。

「ほう、何かあったらしいな。」

実は若者は、京子の報告で全て知った上で来ている。

三つの荘園の巡検と現地部隊への新たな指示を済ませ、膨大な資源を搬送して戻ったばかりでもある。

これで当分は体が空いたことになるのだ。

最初、新田と二人で飲もうかとも思ったが、彼は今夜はかなり忙しそうであった。

韓国がらみのやりとりが加熱してきていると言う。

「そりゃ、いろいろありますけど愚痴ですから。」

「じゃぁ、今夜はその愚痴を肴に飲むことにしよう。」

「うれしいっ。」

思わず知らず、我ながら若やいだ声が出てしまった。

本心から嬉しかったのだ。

「じゃ、早くその肴を出せよ。」

言葉使いはぞんざいだったが、その声はとても優しく響き、心の中でずっと張り詰めていた細い糸が音を立てて切れた。

唐突に込み上げてきた涙は、自らの不運を包み込んでくれるようなその優しい声のためであったかも知れない。

涙は堰を切ったように後から後から吹き出てきて、もうどうせなら思い切り泣いてしまおうと思った。

若者の顔が、涙で曇って良く見えない。

とうとう逞しい胸にかじり付くようにして、声を上げて泣いてしまっていたのである。

大きな手が黙々と背中を撫ぜ続けてくれて、限りない安心を伝えてくれているようにも思え、前にもまして激しく身悶えしながら逞しい胸に縋り付いて行く。

しゃくりあげながら、ぐいぐいと押し付けてみたが、それは全く微動だにしない巌のように逞しい胸だった。

それこそ、身も世もなく体を捩って男の胸を濡らしている内に、自然に裾前が乱れ、水色の裾除けが艶かしく顔を出してきている。

若者の視線が、きっとそれを捉えるだろう。

その視線を強く意識した途端、かーっと頭に血が上り、自分でも思いもかけないほど激しい欲情を覚えてしまった。

こんなに激しくその気になったのは、いったいいつ以来のことだったろう。

男の腰に擦り寄りざま、もう一度強く腰を捻ると、思い切り裾前がはだかって、真っ白なはぎまで見えてしまっているかも知れない。

きっと見られてるわ。

とうに涙は止まっていて、否応なく自分の白いはぎに神経が集中していく。

絶対、見てる。

そう思った途端、とろりと溢れ出たものがつるりと後ろに回り込み、容赦なくそこを濡らしてしまっていた。

いけないっ、滲みになっちゃうっと思ったとき、男の右手がすっと膝の上に伸びてきた。

思わずびくりとして、心の中で小さく叫びを上げた時、大きな手が優しくその乱れを直してくれていた。

ほっとしたような、がっかりしたような全く妙な気持ちで、そのくせこの胸だけはとても離れがたいものに思えてくるのだ。

昂ぶった激情が潮が引くようにして去っていき、意地の悪い理性が再び冷たい現実を連れて心を満たしていく。

そこには、ついさっきまで少女のように泣きじゃくっていた自分の代わりに、全く別の自分が戻ってきてしまっていたのである。

「ごめんなさい。」

小さく言ってから、顔を背けるようにして無理に立ち上がって手洗いに駆け込んでいく。

身繕いをし、素早く顔を直しながら、直ぐに落ち着きを取り戻してしまう自分が、ちょっぴり恨めしくもある。

もう一度鏡の中の顔を点検してから、何事も無かったように澄まし顔でその隣に戻った。

なかなかまともに男の顔を見ることが出来ない。

横目を使って見ると、しごくまじめな顔つきで素知らぬ振りを決め込んでいるのである。

その全く小面憎い男が悠然と取ろうとするグラスを、脇からひったくるようにして取りあげ、馴れた手順で二杯目を作っているとぽつりと声が降ってきた。

「よほど、困っていると見える。」

「・・・。」

こくりと頷いてしまった。

何かが吹っ切れたようで、もう意地も張りも無く、我ながらとても素直な自分がそこにいたことに気付かされたのである。

「明日、神宮前に行きなさい。千代にはちゃんと言って置くから。」

「はい。」

そこには、若者の飲み代の集金に数度出掛けていて場所も良く知っている。

でも、ちゃんと言って置くって、ちゃんとって、どう、ちゃんとなんだろう。

頭の中では、分かっているつもりなのだが、まさか、そんな。

肝心なことが頭の中ではどうしても焦点を結ぶことが出来ず、ふらふらと彷徨ってしまっている感覚が心を占め、一瞬呆然としてしまった。

あの方は、二杯目をあっさりと飲み干し、のっそりと帰って行った。

帰り際に、あの大きな手を両手でぎゅっと握り締め、何か特別のもう一言を期待していたのに、その期待だけは見事に裏切られてしまったのである。


次の日、目が覚めると外は見事なばかりに晴れ上がっていた。

眩しげなカーテンを開ける気力も無く、無論、食欲などあるわけも無い。

日本茶を一杯啜っただけで、手早く身支度を終え、早速出掛けることにした。

とんでもない世話場に立っていることも充分分かってる筈なのに、気がつけばつい車を拾ってしまっていて、ほんと悪い癖だと思う。

二三度集金に行ったあの場所の、あの重そうな門扉は開いているだろうか。

開いていたとしても、その脇の小さな入り口から入らなくちゃ。

さすがに百メートルほど手前で車を捨て、少し歩いてから敷地の中に入った。

念のため、出掛ける前に電話を入れてあるものの今日は妙に心細い。

門の直ぐ内側にある守衛室で用件を告げると、いつもとはまるで扱いが違っていた。

奥の本館と呼ばれるところから、若いお役人が二人も飛び出してきて、丁重な物腰で案内に立つのである。

もう、そこからはまるで夢中だった。

いつもの小部屋とは違い、重厚な造りの応接間らしいところにいざなわれ、出されたお茶を戸惑い気味に口にしていると、顔なじみの千代さんが直ぐににこやかな顔を見せてくれた。

集金に来たときに、顔をあわせたことのある若い女性が二人ついてきている。

胸の中で高鳴る鼓動が聞こえてくるようだ。

立ち上がって、贔屓を受けている礼を述べようとするのを遮る様にして椅子を勧められ、呆れるほど単刀直入に本題が切り出された。

要するに、こっちの窮地を救ってやるよう陛下から命ぜられているが、その「思し召し」を受ける気があるかと尋ねられたのだ。

ごく普通にこちらの世界の常識で言えば、援助を受けて旦那にする気があるかと聞かれたことになる。

なってもらえるものなら、それこそ、こちらからお願いしてでもなってもらいたいくらいのものだ。

文句の有りよう筈が無い。

かーっと、身体の芯に火が入ったような気がする。

「あの、喜んでお受けしたいと思います。」

我ながら、女らしい恥じらいを含んだ声が出た。

これで、あたしはあの方のお世話になることを承知したことになるのだ。

世間で言うところの日陰の女である。

でも、ほんとに、あたしなんかで良いのかしら。

年のこともあるし、とにかく少しでも若作りにして、くれぐれも嫌われてしまわないよう気をつけなければ。

それも、寝乱れた姿なんか絶対見せてはいけないのだ。

あの方の昨夜の様子から、内心密かに夢想していた通りの成り行きでもあり、その点ではほとんど驚きはなかった。

例え、理沙と一緒の立場でも文句の言えた義理じゃないとも思う。

そうだとしても変な焼きもちなんか、絶対妬いてはならないのだ。

それにあの方は、これからお妃さまをおもらいになるはずだし、そのお邪魔にだけはならぬよう充分気をつけなければ。

最悪でも、今の惨めな境遇から救ってもらえることだけは間違いないのだから。

それだけ追い詰められていたところでもあり、一瞬で頭の中を数々の思いがよぎって行った。

「それはよろしゅうございましたわ。では早速本題に入りましょ。」

「よろしくお願い致します。」

ひたすら、よろしくお願いするよりほかは無い。

しかし、今目の前にいる千代さんは未だ二十歳そこそこにしか見えない。

伸びやかな肢体を持ち、かつ清楚で充分に美しくもある。

うちの理沙ちゃんとどっちだろう。

その後ろに控えている二人の女性もそこそこに美しいとは思うけど、千代さんのそれには遠く及ばないだろうし、それこそ、うちの店で働いてくれたら、あっと言う間にナンバーワンになれるかも知れない。

でも、ほんとにハタチそこそこにしか見えないのだ。

そんな年端も行かぬ小娘が、何もかも心得ていて何もかも仕切っているさまが、みどりにとっては不思議でならないことなのだ。

そう言えば、あのレセプションの会場で目立って仕切っていた秋元女史は、確かこのヒトの姉さんだった筈だ。

そうか、この姉妹はみんなあの方の言わば眷族なのだ。

全くその辺の事情に疎いみどりは、今更ながら謎が一つ解けたような気分だ。

その千代さんが「ちょっと、失礼しますね。」と言って、目の前でどこかへ電話をかけ、ほんの二言三言話しただけで通話を終え、目配せ一つで女の子を一人去らせたのである。

そして、こちらの話す愚痴でしかない苦境のあれこれを、あいづちを入れながら辛抱強く聞いてくれるのだ。

もう見栄を張ってる場合じゃないから、困ってることは全部ぶちまけることにした。

その上で現在の住まいはどうしたいのか、大分くたびれてきてる内装に手を入れるだけで良いのか、それとも新しい住まいに移りたい希望はあるのかと聞かれ、そんなの当たり前じゃないのと思った。

これだけは譲れないと思ったのだ。

今のマンションは前のパパが散々通って来たところだし、そんなところに通って来るなんて誰だって嫌に決まってるわ。

そんなのあの方にだって失礼じゃないの。

これだけは本気で腹が立ったのだ。

でもお店の方はどうなるんだろうと思ったが、あっさりと、とりあえず今のお店を続けながら、新しいお店を物色しましょうと言われ、又きょとんとしてしまった。

自分では、お店なんかたたんでしまおうかと思っていたのである。

もうそのあとは、めまぐるしく状況が変わり、大げさに言えば運命そのものが変わってしまったような気がする。

顔見知りの街金融のヒトが、さっき出て行った女性の案内で入って来て、目の前で一切の清算があっと言う間に済んでしまい、入れ替わりに、あの憎たらしい銀行の支店長までが、部下を連れて丁重な物腰で入って来た。

これも、あっと言う間に話がついて、「今日中に手続きを済ませて改めて伺わせて頂きます。」と言いながら、書類を置いてそそくさと帰って行った。

聞けば、今朝一番で街金融と銀行には全部話しをつけてあったようなのだ。

ゆうべは、そんなに大した話は出来なかった筈なのに、あの方は何から何までご承知だったのだ。

少なくとも、街金融の債務一切は全て履行済みと言うことになり、マンションとお店に関する抵当権が解除されたことぐらいは、さすがのみどりにも理解することが出来たのである。

何だか肩の力が抜けてしまったような気分で帰路に着いたときには、二千万の現金を入れたケースまで提げていて、とりあえず支払いと手元資金には充分なのだ。

早速、絶対流したくない質草を請け出す事も出来る。

公共料金の引き落とし用の口座にも、少し余分に入れておいた。

二・三の仕入れ業者に電話を入れ、集金に来るよう言い終えたときには、今までのことを思ってわくわくしてしまったほどだ。

おまけに千代さんの口ぶりでは、あれほど自分で決め付けてそう思い込んでいた理沙のことなどは、まるっきりのお笑いぐさでしか無かったのだ。

でも、これだけは意外だった。

もう、てっきりそうに違いないと、勝手に思い込んでしまっていただけだったのだ。

そう思うと、自然に口元が緩んできてしまう。

一人笑いはみっともないと、無理に生まじめな顔を作って見るのだが、また直ぐにだらしなく口元が緩んできてしまう。

お店も自宅も立ち退かなくて良くなって、頭痛の種だった街金融の借金も、きれいさっぱり返済することが出来たのだ。

あとは少しばかり書類を揃えて、千代さんのところへ持って行くことになったけど、このあたしが社長になる会社を作ってくれるのだそうだ。

あの方が出してくれるお金は、全部その会社が借りたことになるのだと言うので、返済はどうなるんだと聞いたら、「あなたは返せないでしょ」って言われてしまった。

「だから、返せないものは仕方が無いでしょ。」って笑っている。

「それとも、陛下が催促するとでも思ってらっしゃるんですか。」と言いながら、またしても笑われてしまった。

とにかく、一刻も早くお目にかかってお礼も言いたいし、携帯にでも連絡してくれるよう伝言も残して来た。

あとは、あの方が通って来てくれる新しい部屋を捜さなくちゃいけない。

あの図体なんだから、それこそベッドなんかも特別大きめのものを用意しなくちゃ、などと考えるだけでとても楽しいのである。

早めにお店に出て、すっ飛んできた仕入れ業者に支払いを済ませると、昨日までやいのやいのと催促していたヒトたちが、急に態度を変えて、今まで通りツケ払いで良いなんて、まったく・・・・。

ぱらぱらと出勤してくる女の子たちにも、少し遅れ気味だった清算をしてやった。

それも、遅れた分だと言って別に余分に包んで上げると、みんなきょとんとしながら礼を言っていたっけ。

その日は開店早々に、まるでそれを待っていたような勢いで、昼間の銀行屋さんが客として来てくれた。

支店長はじめ数人でやってきて、妙にこちらの機嫌をとるような素振りまでみせながら、高いボトルを何本も開けてくれるのだ。

この前までは、笑顔を見せるだけでまるで損するみたいな素振りだったのに、まったく、ヘンな世の中だこと。

そのほかにも、新聞で何度か顔を見たことのある超一流企業のトップだとか言うエラい人が、秘書の方を連れて派手に使っていってくれたし、そのエラいお方が帰り際にわざわざお名刺を置いて、「あのお方によろしくお伝え下さい。」と言ってお帰りになった。

あのお方、って、やっぱりあの方のことですわよね。

「承っておきます。」って応えたら、

「くれぐれもよろしく願います。」だって。

結局、最近では珍しく客足が絶えなくて、いい商いをさせていただいたわ。

最近浮き足立ってきていた女の子たちも、みんな目の色が変わってきている。

いつの間にか、理沙までがこっちの顔色をみて自然に動くようになってきているのだ。

理沙に対するえも言われぬ優越感は、心のうちにすごい自信を取り戻させてくれたみたい。

以前は、理沙の分の売り上げはお店にとってとても貴重なものだったし、ときに気疲れするほど気を遣うこともしょっちゅうだった。

それなのに、今日はもうそんな気を遣う必要も感じないし、こっちとしては、うちで働きたかったら働いたら良いのよ、くらいにしか思えない。

ママはあたしなんだし、もうあんまり売り上げそのものにも大したこだわりが無いのだ。

理沙の方でもそれを敏感に感じるらしい。


そして早くもその次の日には、新築の一つビルの中にお店と住まいが両方入ってる物件の知らせが入り、早速見てみたがもう文句なしに気に入ってしまった。

お店のテナントも一階に右左と二つ並んでいて、どっちにするかちょっと迷ってしまったけど、結局向かって左側を選んだ。

それも前の四倍ぐらいの広さがあって、同じ銀座でも立地も絶対格上だと思うし、その上業者の口ぶりでは、残った右側の方は神宮前の方でお使いになるらしい。

どうやら、二つ並んでるテナントを両方とも押さえてあったらしいのだ。

肝心の住まいの方は同じビルの最上階で、八十坪もあるかなり豪勢なものだった。

祭日なのに業者さんの対応も至れり尽くせりで、一も二も無く手付けを打とうとしたら、それも全部済んでますって言われてしまった。

結局、そのビル全部が千代さんの手の内にあるような気配なのである。

どっちにしても、急いで準備に取り掛かりましょ。

特に急がせた住まいの方の準備は、どうしても工事が年明けからになりそうで、特注の家具調度など、本来の部屋の主を迎え入れる準備にはかなり手間取りそうな話なのだ。

でもその部屋は、今のお店まで歩いて通える距離にあって全く言うこと無しだった。

あの方からは未だ何の連絡も無いけれど、工事の見通しなんかも全部神宮前の方に報告してあることだし、お部屋の方の用意が出来るのを、きっと首を長くしてお待ちになってらっしゃるに違いない。

一階の新しいお店の準備には未だ時間がかかりそうだけど、それはそれでじっくりやるからちっとも構わない。

お店の内装についてのあれやこれやを考えるのが、楽しくてしょうがないのだ。

今度は前と違って席と席の間にもたっぷりと余裕をとって、出来るだけ重厚な造りを心がけることにしよう。

第一、ヘンにちゃちな店造りなんかしてちゃ、あの方の恥になるじゃないの。

隠してたって、どうせこの業界のことだから、あっという間に知れ渡ってしまうに違いない。

現に、今日だって前に辞めてった子が二人も電話してきているくらいで、今いる子から何か聞いてるらしく、こちらの様子を窺いながら、出来たら戻りたい気配なのだ。

こないだレセプションに付き合ってもらった子なんかも、早速年明けからでも移りたいらしい。

かなり売れてる子たちで、今の店の借りは自分で始末出来るからと言うくらいだから、それ次第で移ってくることになるのだろう。

てっきり苦労すると思っていた、肝心要の人手集めにも明るい見通しがたったみたい。

今のみどりの意識の中では、肝心の店の経営がこの不景気でどんな状況なのかなどと言う感覚は、ほとんど薄れてしまっていたことになる。

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  1. 2005/11/03(木) 15:48:09|
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