日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 044

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三月十四日、米国大統領の突然の辞任演説が、それこそ世界を驚かせることになった。

一部消息筋で囁かれていたことが現実のものとなったのだ。

大統領はその演説の中で、自らの政策の誤りによって、米国市民と秋津州国民に重大な災厄を生ぜしめてしまったことを深く謝罪したのである。

但し、中国人民軍の背中を押したことまでは認めず、あくまで政策判断の遅れによって、多くの犠牲者を生んでしまったものとしていた。

詰まり、侵略者の意図を察知していながら現地の同胞たちに避難勧告すら発出せず、その救出命令を出すにあたっても、タイミングを誤ってしまったことを自国民に謝罪したことになる。

直ちに副大統領が就任宣誓を行い、新大統領は国務長官、国防長官、国家安全保障問題担当大統領補佐官などを更迭し、秋津州訪問の意思有りとした。

その訪問は公式な謝罪のためとは言うが、この時点では、何を詫びようとしているのかまでは定かではなかった。

メンバーの入れ替わった国家安全保障会議が、多数の民間人を加えて召集され、その後公式に過去の誤りが種々発表されるに至る。

新たに設置された上院特別委員会は、まるで事前に準備がなされていたもののように電光石火の動きを見せて物議を醸したが、委細構わず前政権が秋津州に対する敵対行為を働いたと早々と結論付け、そのこと自体が米国市民に対する重大な裏切り行為であると決め付けた。

その論調では、米国民の意思はあくまで秋津州との共存共栄を望むところにあり、断じて敵対するところには無いとしている。

やがて前大統領の側近の一部が、海外渡航中の米国市民に対する殺人罪で訴追を受けることになるのだが、前政権の採った政策が、秋津州の蒙った悲惨な被害の遠因をなしたことは一切の犯罪要件を構成しないとも言い、前大統領は、辞任することによって訴追されることだけは免れる見通しだ。

世界のマーケットは、十四日の辞任演説の時点で最大の危機は回避されたとして、穏やかに全てを織り込んで行き、ほぼ軟着陸に成功しており、その証拠にウォール街は前にもまして活況を呈している。

この間のタイラーは、無論忙しく立ち働いて忠実に任務を果たし続け、再三にわたる京子との打ち合わせの末、新大統領の訪問日程も固まり、搭乗するSS六改の最終的なテスト飛行の結果も上々だと言う。

この間、ワシントンがメディアに素っ破抜かれて困惑したのは、警護官たちの銃の携行がどう懇願しても許されないことであったらしい。

タイラーからの具申によれば、銃を隠し持って入国しようにも簡単に発見されてしまい、その場合大統領が上陸寸前で追い返されてしまうと言う。

そうなれば、合衆国はこれ以上に無い恥辱を蒙ってしまう公算が高く、ここで無理をすればいよいよ恥の上塗りになると言うのである。

結局、どう足掻いても秋津州の流儀に従うほかは無く、そのことばかりが一層鮮明になってしまった。

解決策は見当たらず、誰一人その流れを押し留める事は出来なかったのである。

その結果、一方の秋津州のスタンスだけが微動だにしないことがいよいよ喧伝され、明らかに世界の王座が変動したことを益々強く印象付けて行った。


三月十九日、米国大統領はSS六改二機を以って内務省に到着し直ちに国王と会談した。

米側の希望もあり、一つのポッドに同乗した両首脳は北方の墓地に瞬時に移動し、七千の霊に向き合い、二人して長い黙祷を捧げる姿が各紙の一面を飾った。

その後開かれた記者会見では、大統領が侵略軍の背中を押してしまった過去を認めて真摯に謝罪するに及び、両首脳が握手を交わす場面では、期せずして拍手の渦が沸き起こった。

これで、半年に亘る両国間の緊張関係が改善され、同時に世界のあらゆる枠組みが、地滑り的に変動したことが実感されるようになったのである。

動向を必死の面持ちで見守っていた欧州各国も、雪崩を打って元首クラスが訪問してくるようになったのも当然だ。

無論、それら訪客たちの足は全てSS六改と言うことになる。

この時点で各国政府に貸し出されているSS六改は優に五千機を越えたとされ、民間企業に貸し出されている機体に至っては軽く三万機を越え、秋津州商事は十万機もの予備機を以って、この壮大な業務を粛々と運営していると言う。

国王は相も変わらず諸国を飛び回り、秋津州財団の現地支所の設置先も百七十カ国ほどとなって、実質的な秋津州大使館の役割を担い始め、変則ながら秋津州の外交は重厚な実質性を具えようとしていた。

秋津州財団の職員と称する秋津州人も既に一万を超え、その中から五千ほどの者が現地支所に派遣され、それぞれ活発に活動していると言う。

財団の研究所も、ダイアンと同一のマンションの一郭に看板を掲げ、豊富な資金と日々集められてくる膨大なデータに支えられ、いよいよ実質的な活動を見せ始めた。

そこには世界各国の自然環境問題に関わる研究者たちが集い、中でも常任研究員と称される十数人の科学者たちは、全て外国人で占められていた。

不思議なことに、一人の秋津州人もその中に入っていないのだ。

彼等は財団の職員として高額の俸給は勿論、任務にあたっても充分な環境が保障され、高いモチベーションを保ちながら研究に当たっているとされている。

折りも折り、この研究所が公表したのは、猛烈な勢いで進んできていた筈の大気汚染の進行が急激に緩和されつつあり、直近では大気中の二酸化炭素やフロン、メタン等の減少傾向まで見られると言うデータであった。

このデータは、各地の研究者たちによる多くの追認を得始め、いよいよ財団の活動が活発化し、その実効の表れとする見方が大勢を占めつつある。

一方で、秋津州を舞台とした各国間の外交活動も益々活発化し、駆け回る米英仏独グループと台中露グループとの間には、常に新田源一の姿が見え隠れして日本の影響力の大きさを改めて印象付けていた。

ただ、最近目立つのは、この外交活動の巻き起こす大きな渦の中で、しきりに「米国の国連」と言う言葉が囁かれるようになってきていることだ。

この「米国の国連」と言う言葉は、かって新田源一が米国大統領補佐官に大いに毒づいたときの台詞であったが、その上、規定の国連分担金の納付をも拒み、国連の票決権を失わないためのぎりぎりの最低限度額を支払うだけで、大きな顔をし続けていたことを捉えて、米国を非難する声もその大きさを増している。

米国の京都議定書の批准拒否と言う問題にしても、国際社会に対する裏切り行為とする声が、澎湃として沸きあがって来ており、一方で地球規模の大気汚染対策に巨費を投じ、着々と成果を上げつつある国王の事跡と対比させ、その対照の妙を大々的に報じるメディアも多い。

一部メディアにいたっては、国王がこの大気汚染対策にかけるコストは、米国のGDP総額にも匹敵するほどの巨額であるとまで断じており、この論説を借りれば、国王はこれまで稼いだ分を、この最もパブリックな事業に注ぎ込んでしまって、既に一文無しになってしまっている筈だと言う。

一部にあった、巨大な貿易黒字を非難する声などまるで聞こえてこないのである。

その収益に勝るほどの巨費が、大気汚染対策費と実質的なODAとして放出され続けていることを高く評価し、益々秋津州株の提灯買いが増えて行く一方、今まで、米国の強引な一人よがりに対し抵抗を控えざるを得なかった国々が、秋津州の登場に力を得て一斉に声を上げ始め、それは遠雷のようにどよめいて、熱い世論に力強い原動力を与え続けるに違いない。

かてて加えて、ここのところの王の積極外交の成果も極めて大きい。

従来は、秋津州国を不気味な存在と見ていた国々の多くが、一気に親秋津州路線に態度を変えたのである。

世界各地にアキツシマの名を冠した学校が無数に誕生し、その校庭には農地開拓に汗を流す国王の銅像まで建つものまであると言う。

秋津州財団の現地支所に持ち込まれる案件は、既に教育に関する支援と言う枠組みを超え始め、財団側が応諾することは無いにせよ、その国の内乱を治めるための仲介を依頼されるケースまで出てきているようだ。

永らく孤立主義を以ってよしとしてきた若者を、粘り強く説得した新田源一の面目躍如たるところでもある。


そのころ、被占領地である朝鮮半島北部では、北部朝鮮政府を自称する団体が多数誕生していた。

使命感に燃えたメディアによる情報公開を受けて、前政権が行った秋津州に対する酷烈無惨な行為の全容を知り、それにも拘らず、その相手から膨大な支援を受けつつあることの奇妙さを深刻に受け止める者が増え始めた。

何しろ彼等は、占領軍から何の掣肘も受けること無く、前政権の時に比べてはるかに潤沢な生活物資を入手し得る環境まで与えられているのだ。

唯一つ規制を受けていた入出国に関しても、占領軍に申請すれば審査を経て許されるケースまで出て来ている上、その審査にしても、最近では自国民だけで形成される諸団体がその責めを負うまでになってきており、基本的な自治が許されていると言って良いほどだ。

秋津州側に君臨しようとする気配は更に無く、生活物資の補給活動に徹して来たことも知れ渡っている。

ましてそこには男性兵士の姿は見当たらず、皆うら若き女性兵士ばかりなのだ。

現地住民の若い男性の間では、ヒューマノイドと知りつつ占領軍兵士に対して好意を寄せる者まで出始めており、この様な環境の中で、現地人と占領軍との間には、徐々に奇妙な連帯感さえ醸成されつつあると言うのだ。

自然、北部朝鮮政府を自称する諸団体も、多くのメディアの下支えを受けながら大同団結しようとする流れにあった。

その者たちは正式に秋津州に降伏し、その庇護を受けるべしとする者が多くを占め、議会制民主主義を標榜し、近い将来総選挙を実施して議会を構成したいとしており、その主張を旗印とする団体は、多くのメディアの圧倒的な支援を受けながら署名活動を進め、とうに二百万を越す署名を集めることに成功しているとされた。

その動きは燎原の火のように全土に広がり、やがて彼等はその署名を三百万にまで増やして見せたと言い、その結果それは、大多数のメディアによって堂々たる一政党として認知されるに至り、自然全土にわたる組織網まで形成するようになって行った。

ほかに、前政権が提唱していた思想信条を信奉する団体が、五十万ほどの署名を集めて名乗りを上げ、結局、二大政党が鼎立する様相を呈し始めたが、無論、こちら側も降伏と総選挙の実施を叫んでいる。

しかしながら、占領軍は相変わらず一切容喙せず、ひたすら物資の配布に専念しており、彼等の政治活動を支援したのはジャーナリストたちばかりだと言う。

四月四日に至り、遂に両政党は会同して暫定政権の樹立を宣言し、直ちに占領軍司令部に降伏の申し入れを行いその受理を切望したが、その降伏文書に添付された請願書には、事後の治安維持と物資補給を伴う更なる庇護を求める一文があり、又違った意味で注目を集めている。

無論、各メディアは沸き立つように報じた。

現地の占領軍司令官がこれ等の降伏文書を受理し、直後に行われた新田の記者発表によれば、その願いを受け入れると共に、現地政権の意思に沿って庇護する用意があると言う。

即座に百億ドル相当の無償援助が実行され、受領した現地の暫定政府から感謝のメッセージが発せられたと報じられたが、百億ドルと言えば、その国にとっては、かっての国家予算の数年分にも匹敵する額なのだ。

また、中露の降伏の際のひそみにも倣い、秋津州軍の駐屯を願う申請書の提出を日本政府を通じて行うことも固まり、第一回の申請書が北京の日本大使館に届けられ、受け入れられたことも大きく報じられた。

本来これを以て交戦状態に終止符が打たれたと見るのが自然だが、再び行われた新田の記者会見において、依然として戦時体制を維持する旨が宣言されたのである。

殺到する質問に対しては、全て国王の意思であると言うばかりだ。

北部朝鮮では、数日の後、前王朝の当主とその家族の身柄が暫定政権の手によって拘束され、その処置方について秋津州側に打診していた事実まで報じられてしまった。

無論、このケースで暫定政府側が秋津州の意向を尊重すべく動いたのは、それこそ不思議でも何でも無いことだったが、秋津州側の反応は、「今般拘束された人間は貴国の人間であって、我が秋津州の人間では無い。一旦貴国からの降伏の願いを受け入れた以上、貴国の人間について云々する権限を有さない。」と言う意外なものであった。

そのため彼等は、前王朝が自国民に働いた数々の犯罪的行為を以て自主的に裁く方針を固め、他国に潜伏中とされる旧王族の者たちについても、厳しく追捕する方針でいることを公表した。

平壌に秋津州財団の支所が設けられ、駐屯軍司令部の役割を兼ねることになり、中露等に駐屯する全部隊に対する指揮権を有し、一千百兆にも及ぶ軍団を統括するものとされた。

もっとも、今次の紛争において動員されたのは、六十四個軍団を麾下に持つ第六兵団そのものでありながら、実際に地上に配備されているのはごくわずかでしか無く、そのほとんどがはるか高高度の宙空に駐屯している筈なのだ。

しかも、その全てがいまだに衛戍地には帰営せず、依然として臨戦態勢をとり続けているとされたのである。


一方のワシントンでは、大統領のマシーンが連日苦悩に満ちた討議を重ねていたが、結局この強大な仮想敵国に対しては、どう秘術を尽くしてみたところで、到底勝ち目は無いと言う点でようやく意見の一致をみた。

前政権当時はそのいきさつから言っても、このような国防政策の転換は行い得なかったのだが、そのメンバーのほぼ全員が交代したこともあって、ついに国家戦略の前提が大きく変わることになったのだ。

その仮想敵国に対しては、良好な関係を維持し常に開戦の口実を与えないことが最も重要とされ、そのためにも相手国に対しては特別の配慮を払う必要が生まれたのである。

少々の屈辱など、いちいち構ってはいられなくなったのだ。

場合によっては、国辱外交と罵られることまで覚悟してかからなければならないことは勿論だが、こうとなれば、米国にとっての日本の価値は到底従前の比ではなくなってきた。

何しろ、秋津州は、日本の国益にそぐわないことに関しては俄然自制してくれる筈だ。

又、在日米軍の存在意義も大きく変化し、その駐屯に要するコストも、今までのように日本政府に負担させるわけには行かなくなるだろう。

日米安保条約の意味合いもかなり変質し、付属協定一つとっても、日本側の意向を軽んじたりすれば、条約の継続そのものが危ぶまれる事態となったのである。

幸い日本にとっての米国は巨大市場としての優位性を保っており、それは到底無視出来ないものであることを最大限活用して行くほかは無い。

ひるがえって、在韓米軍の駐留継続についても、さまざまな意味で微妙なトレードオフの関係にある。

その駐留の続行は、米国側にとって純軍事的にはほとんど意味をなさなくなってしまったが、日本側の経済活動の面では別の意味を持つのである。

従来から脆弱な基盤しか持てなかった韓国経済は、自ら狂騒することによって、益々その不透明感を増しつつあり、もともと矮小な経済規模がいよいよ縮小し、対外債務ばかりが目立って拡大してきている上、秋津州に対する債務の償還期限はとうに過ぎ去り、外国資金の多くは潮が引くようにして退きつつある。

この瀬戸際で在韓米軍の完全撤収が発表されれば、それを引き金として、韓国経済の大崩壊が始まってしまっても不思議は無い。

韓国に対する巨大な債権を有する日秋両国は、無論その崩壊など望んでいる筈はあるまい。

この時点で、ワシントンは日本政府にそのことを打診して見たところ、意外にも冷ややかな反応が返ってきた。

「ご随意に。」と言うのだ。

その駐留の継続を望んで、日本が懇願してくるものとばかり予想していたのだ。

しかし、この反応に接したワシントンは、又しても疑心暗鬼に取り付かれた。

何か隠れた意図があるのではないか。

果たして、この「ご随意に。」を額面どおりに受け取ってしまって構わないのか。


本国の訓令を受けたタイラーは機敏に動いた。

珍しくも、あっさりとアポが取れた京子のところに、即座に押しかけたのである。

いつもの国王の居室へ通ると、例の侍女たちを従えた秋元京子が余裕の笑みを浮かべながら迎えてくれた。

その服装も大分春めいて、純白のシルクシャツにグレーのゆったりとしたスラックス姿で、艶やかな黒髪を後ろで纏め上げ、長く下がったイヤリングが耳元で優雅に揺れている。

確か、もう四十に近い筈なのに、どう見ても三十そこそこにしか見えないのである。

コーヒーとショートケーキが運ばれてきて、一瞬違和感を覚えたのは、かつて京子がモノを口にするところなど、一度として見せたことが無かったせいだ。

「どうぞ。」

上品な風味を味わいながら観察していると、向かいの京子も実に女らしい仕草で味わっている。

「京子が何か食べるところを初めて見たよ。」

実は、このときの京子は以前とは違うタイプのボディを手に入れていたのである。

マザーの技術は一段と進化して、住民タイプのボディは、かなりの量の飲食をしてみせることが出来るようになったほか、さまざまな機能に新たな工夫が図られて、殊に身体機能の点では格段に強化されたが、軍用のヒューマノイドについても、会話機能を具えた新型のボディに大規模な交換作業の真っ最中だ。

「あら、そうだったかしら。」

「うん、以前日本にいるときなんか、お茶も満足に飲んでくれなかったからなあ。」

当時、駐日米国大使館に招かれた時、出されたお茶に手も付けなかったことを思い出しているのだろう。

「最近は、食欲があり過ぎて困ってるの。」

「ほお、それは羨ましい。」

タイラーの方は、そのストレスからくる心因性の胃痛が未だ全快しているわけではない。

「あたくしも以前神宮前にいるとき、食欲不振でお医者様を呼ばれてしまったほどだったのよ。」

一階の官僚たちが、姉妹の健康状態に危惧の念を抱いたのだ。

「それにしては一向に太らないねえ。」

「ありがとう。」

「相変わらず、素晴らしいプロポーションだ。」

「お世辞使っても何も出ないわよ。」

「いや、お世辞じゃないよ。」

「うふふっ、今日はお世辞を言いに来たの。」

「うん、例によって京子の助け舟を借りに来たのさ。」

「在韓米軍の件なんでしょ。」

「うん、やはり情報が早いね。」

「それで、本音はどうなの?」

「どう見ても、もう重荷ばかりなんだ。」

在韓米軍の駐留の継続は、今となっては米国にとって重荷になるだけだと言う。

「ほんとなの?」

「ほんとだよ。」

「それで?」

「撤収すると、あの国が瓦解してしまって、陛下にご迷惑をお掛けすることになるのではないかと。」

「五百億ドルの債権が吹っ飛んじゃうってことね。」

「うん。」

「おほほほ、確かに陛下にご損をお掛けすることになるわよねえ。」

「だろう?」

「でも、変よねえ。」

「え?」

「だって、七八年前にあの国が潰れたときも、たしか、ほとんど日本に出させたじゃない。」

「う・・。」

「そのほかのケースでも、いつも日本に出させていたわよねえ。」

「・・・。」

「今度も、日本と秋津州の債権が見事に吹っ飛ぶわよね。」

「だから・・・。」

「だから?」

「そんなに、いじめるなよ。」

「うふふ、要は日本と秋津州に恩を売って駐留を続けたいわけね?」

「まあ、はっきり言えばね。」

「ぼかして言ってもおんなじよ。」

「そりゃ、そうだが。」

「でも、それだけじゃ日本も秋津州もちっとも恩になんか着ないと思うわよ。」

「え?」

「それだけじゃ足りないって言ってるのよ。」

「そうか。」

「まあ、どうせ五十歩百歩だろうけど。」

京子は、米国側が何かの付加価値を付けてきても、日秋両国の国益にとっては大差が無いと言う。

「それじゃあ、我が国は浮かばれないよなあ。」

「あらあら、じゃあどうしろって言うのよ。」

「いや、どうしろってことじゃなくて。」

「だって、重荷なんでしょ。」

「うん。」

「だったら、好きなときに引き揚げたらいいじゃない。」

「・・・。」

「ついでに、在日米軍も引き揚げちゃったら?」

そうすれば、日本列島の制空権も日本政府のものになる。

但し、日本の主権は日本が自ら守らなければならなくなるのだ。

「ちょっと、待ってくれよ。」

「なによ。」

「少し、乱暴過ぎるよ。」

何せ、日米同盟はワシントンにとって更に重要なものになりつつあるのだ。

「うふふっ、ごめん。」

「だから、助け舟・・・。」

「少しは反省する気ある?」

「うん、もう充分反省してるよ。」

「未だ反省してるとは思えないけど。」

「そうかなあ。」

「そうよ。今までは安全保障を軍事的に担保してやるから、カネをいっぱい出せってばかり言ってきたじゃない。」

「・・・。」

「もう、アメリカさまに軍事的に担保してもらわなくちゃならないなんてこと、全部消えちゃったのよ。」

「・・・。」

「だから、今度のことも日本や秋津州に感謝されたいなんて、所詮無理よ。」

「米軍の価値が下がっちゃったってことは認めるよ。」

「そんなもの、所詮相対的なものでしかないものね。」

「圧倒的な新チャンプが出てきたんだものなあ。」

「その新チャンプは日本とは近い親戚だしねえ。」

「うーん、何かいい手は無いものかねえ。」

「だから、本来の外交姿勢を思い出せばいいんじゃない?」

「本来のって?」

「あらあら、未だ分からないの。対等に、公平にってことよ。簡単じゃない。」

「うーん、未だ対等じゃ無いって言うのか?」

「これも相対的なものだけどねえ。結局相手側が不公平だと感じれば、もうそれだけで対等外交じゃなくなっちゃうものねえ。」

「我が国がどうすれば、相手側に公平だと感じ取ってもらえるかだな。」

この点が極大化してしまったことが、ワシントンにとって極めて重いのだ。

「まあ、そういうことでしょ。」

「だから、それを聞きたい。どうすればいい?」

「まったく、相変わらず勝手ねえ。」

「わかってる。」

「相手側が嫌がるようなことはしないことだわね。」

「うん。」

「相手側が喜ぶようなことをすればいいのよ。」

「そこが難しい。」

二国間交渉において相手国が喜ぶようなことは、往々にして自国の国益を損ねることに通じる。

「そりゃそうよね。」

「例えば、陛下がお喜びになることを教えてくれ。」

「ずばりと来たわねえ。」

「頼む。」

「もう誰も殺しには来ないと言う安心を得ることだと思うわ。」

それこそが、国家安全保障の基本中の基本だ。

「それは我が国も同じだよ。」

「でも、他の弱小国同士が殺し合いをするのは大歓迎なんでしょ。」

「それはひどいよ。」

「でも、その殺し合いが無くなっちゃったら軍需産業が困るんでしょ。」

実は、困るのは何も軍需産業に限らない。

米国の産業界には、そこから広がる裾野は呆れるほど広大なものがある、

「・・・。」

「旧型兵器が売れないと困るわよね。」

「イギリスとかフランスなんかも、すごいよ。」

「古いバージョンの兵器を外国にどんどん売って、いつも最新バージョンを自分の軍隊にだけ持たせておきたいものねえ。」

「確かに、局地戦で兵器の性能を確認し続ける必要はあるな。」

「いつまでたっても救われないわよね。」

「・・・。」

「誰も滅びたくはないもの。それは日本も秋津州もおんなじよね。」

「アメリカもさ。」

「結局みんなが繁栄したがってるのよね。」

「当然だろ。」

「必要なのは、そのときの競争が公正公平な条件のもとで行われることでしょ。」

「だから、WTOやISOが・・・。」

「うん、商取引や技術の標準を決めるのは大事だけど、その決め方が問題よね。」

「・・・。」

「世界の秩序についてもそうよね。」

「うん、国連はかなり公正公平だと思うけどなあ。」

「アメリカにとってはね。」

「・・・。」

「その国連の分担金一つとっても、なんのかんの言いながら満足に払わないんでしょ。」

「いや、・・。」

「ほんのお涙金ぐらいは払ってたらしいけど、それだって票決権を保持するためのぎりぎりの線までなんでしょ。」

「だって、我がステイツは世界の安定と秩序のために、それ以上のコストを負担し続けてる筈だよ。」

「ふーん。」

「もう少し、善意に解釈してもらいたいもんだよ。」

「善意ねえ。」

京子は皮肉っぽい言い方をしながら笑っている。

「アメリカの善意を歓迎してくれてる国は多数派の筈だよ。」

「おほほほ。」

「君は笑うが、私はそう信じてるんだ。」

「アメリカの民主主義の基本、多数決よね。」

「そう言うが、結局多数決は絶対の正義だろ。」

「見解の相違だわね。」

多数決に勝ちを得ることは、所詮一票でも多く確保することに尽きる。

その上、票の獲得方法にもさまざまな問題があるだろう。

「しかし・・・。」

「多数決で決めていいことと悪いことがあると思うわ。」

殊にワシントンの機嫌を損ねてしまえば、国家財政が破綻するほどの報復を受けてしまう国家は驚くほどに多い。

多数決の評議にあっては、そう言う弱小国家の票もまた堂々たる一票なのである。

「じゃあ、ほかにもっといい方法があるとでも言うのかい。」

「違うわ、無理になんでもかんでも決めようとするのがおかしいって言ってるのよ。」

「でも、ルールを決めないと秩序が・・・。」

「大体その秩序ってものも、一つじゃなきゃいけないとは限らないし、幾つもの秩序が別々の地域に共存したっていいじゃないの。それがアメリカにとって都合の悪いものであったとしても。」

「だから、いくつもの文化圏ごとに複数の秩序作りにも協力してるつもりだが。」

「一見、それらしく聞こえるけど、結局アメリカのエゴが強すぎるのよね。」

「分かった。結局陛下はご自分のお好みの文化圏を確立して、ご自分の・・・。」

「陛下のお守りになりたい文化圏は秋津州だけよ。他国についてエゴを押し付けたりはなさってないわ。」

「そうかなあ。」

「自分がそうだからと言って、陛下のことも同じだと思わない方がいいわよ。前にも言った覚えがあるけど、陛下にその気がおありなら、とっくに米英仏独、いいえNATO全域が陛下の領土になっちゃってるわよね。」

「しかし、そこまでやってしまったらマーケットは壊滅してただろうね。」

「でも、そうして置けば当分秋津州を攻撃しようなんて馬鹿なことを考える国は無くなっていたでしょうし、陛下もそうして置けば良かったかなって仰ってたわ。ワシントンで秋津州へ核ミサイルを撃ち込もうなんて議論してたころの話だけど。」

「表向き国家としての攻撃は無くなっても、その分テロ組織が抵抗するようになるだろうね。」

「憎悪の連鎖よね。」

「・・・。」

「今のアメリカの姿よね。」

「違う。アメリカの正義の目指すところは・・・。」

「陛下は沢山の種類の正義をお許しになる方よ。」

正義などと言うものは、必ずしも一つとは限らないのである。

「う・・・。」

「だから、秋津州の正義も認めて欲しいだけなのよ。」

「ほんとにそれだけで良いのか。」

「ほんとに疑り深いヒトねえ。」

「結局、不安なんだよな。」

「互いに命を預けるほど、信頼しあえるなんてことは先ず無いわよね。」

「ワシントンは、一度秋津州を謀略にかけてうまいことしようとした前歴があるから、余計不安も大きいんだな。」

「身から出た錆ね。」

「何しろ一方的な裏切り行為をしたのはワシントンだからなあ。」

「丸腰の相手を後ろから撃っちゃったのと同じなのよ。」

「うん、縛り首に掛けられても文句は言えないケースだ。」

「それが分かってるんなら、秋津州からの信頼を得るためにはもっともっと努力が必要よね。」

「我がステイツは、そんな危険な国じゃない筈なんだが。」

「おほほほ、日本も秋津州も危険な国なんかじゃないわ。」

「あはは、お互いに自分の国の危険なところは感じないんだよな。」

「結論が出たわね。」

「え?」

「陛下を不安にさせるようなことは、絶対避けた方が得だと言うことよ。」

どんなに奇麗事を並べようと、外交も結局最後は互いの損得勘定のすり合わせに尽きるのである。

「だから、在韓米軍の撤収は陛下を不安にさせちゃうのか教えてくれよ。」

「さっきも言ったでしょ。撤収でも何でも好きにしたらいいのよ。」

「それじゃ答えになってないよ。」

「だって、それしか無いもの。」

「うーん。」

「国の舵取りって、難しいわよねえ。」

「分かったよ。陛下の信頼を勝ち取るためには、もっと努力しなくちゃならんと言うわけだな。」

「日本なんかもずうっとワシントンの方ばかり見ながら、そうやって舵を切ってきたけど、長期的な意味で本当の国益を見定めるのは大変よねえ。」

「うん、長期的な国益をキーワードにするよ。」

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  1. 2005/11/04(金) 04:51:01|
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