日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 048

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一方で、寝起きのモニカは頗る機嫌が悪かった。

熟睡中に、タイラーの電話で叩き起こされる羽目になったからだ。

酔った若者が冷蔵庫を荒らしただけで、暴風のように帰って行ってしまった翌日の昼前のことでもあり、無論、用件はボスのオフィスへのお呼び出しだ。

昨夜の成果を、一刻も早く直接聞きたいと言う。

それにしても情報が早い。

尤も、昨夜あの若者を酒場から引っ張り出したのを見ていた人は大勢いるし、その中の誰かが早速ご注進に及んだとしても不思議でも何でもない。

まったくラフな格好のままでボスのセカンドオフィスに入り、その真剣な目と向き合うと、その期待がかなりのものであることがひしひしと伝わって来た。

様子では、獲物がモニカのベッドで一夜を共にしたことになっているらしく、折角相手がそう思ってくれているものを、わざわざこちらから否定することも無いだろう。

任務の遂行上、特に必要なものは無いかと猫なで声で聞かれたのも、あたしと言う餌に余程期待をかけているからに違いない。

それならばと、遠慮なく高額な衣装や装身具を揃えるのに苦心していると言って見ると、あっさり十万ドルの臨時ボーナスを出してくれた。

僅かの成功に大いに期待して、このあたしに集中的に予算を掛けるつもりなのだろうが、このボーナスについても、さも当たり前と言うような顔を作りながら、なるべく寡黙な姿勢をとり続けることにしよう。

実際には、未だ何一つ実績らしいものを上げてはいないことを、悟られてはならないのだ。

ボスが期待するような成果を挙げるためには、今回掴んだ唯一貴重な接点を、精一杯活かす作戦を取るほかは無いのである。

一千万ドルと言う目標値を全額達成するのは難しくとも、せめてその十パーセントくらいのものは絶対確保したいし、そのためには、近いうちにもう一度獲物を引き入れて、そのことを更なる実績としてアピールすることが大切だと思う。

そしてそのこと自体は、そんなに難しいことだとも感じないのである。

どう見てもあの年若な獲物は、このあたしの魅力にだけは充分に惹かれている筈なのだ。

魅力と言ってもあたしの場合は、若い男の性的な興趣を呼び起こすような衣装や身ごなしがメインであって、はっきり言えばそれ以外は何も無いことも判っている。

それを唯一最大の武器にして、女の幸せを追い求めて行く他は無い。

ボスの手前、その若い獣からベッドで受け続けた攻撃の激しさのために、少々睡眠不足であることを匂わせて早々に引き上げてきたけど、早速タエコとも作戦会議を開くことにしよう。

この十万ドルの臨時ボーナスもきれいに分配する気でいる。

この程度のことで仲間割れなんかしていたら、今後の共同作戦に齟齬を来たすことは明らかだ。

少し仮眠を取ってから、女の武器を充分に整え、早速タエコを呼んでボーナスの分配のことを話している内に、思いがけず直接陛下から電話が入ったのだ。

タエコも一緒であることを伝えると、その方が都合が良いと仰り、それこそあっという間に風のようにお出でになった。

少し寝不足気味だと仰るので、濃いめのコーヒーをご用意すると、昨夜の無作法をお詫びになった上、そのお詫びの印だと仰ってプレゼントのお申し出があった。

それも、二人に五百万ドルづつだと言う。

金額も最初から目指してきたものと同額であり、この不意打ちには、二人ともそれこそ腰が抜けるほど驚いてしまった。

それも、気さくに笑いながら、交換条件などは一切無いと仰るのだ。

どうやら、こちらの目的も何もかもご承知の上で、今後私たちには特別なご配慮をいただける感触まで感じてしまった。

「タイラーの方からも遠慮なく稼ぎなさい。面白そうだから出来るだけ協力して上げるよ。」とまで言われてしまい、返す言葉も無かったのだ。

「是非近いうちに、又のお出でをお待ちしております。」と申し上げると、「今度はタエコの部屋で飲むかな。」と仰って大声でお笑いになっていた。

タエコはもう大喜びではしゃいでしまい、「じゃあ、あたしはお邪魔かしら。」と恨めしそうに眼に物を言わせながら申し上げると、「いや、美女二人に囲まれて飲む酒もきっと旨かろう。」とまで仰るのだ。

昨日までは、かなり気難しく怖い方だとばかり思っていたのに、昨晩のとても子供っぽい行動を見てしまってからは、がらりとイメージが変わってしまっている。

二人の携帯電話の番号をメモして差し上げると、喜んでポケットにおしまいになり、「近いうちに電話するよ。」とも仰っていたから、きっと又近いうちにお出でになる筈だ。

結局陛下はコーヒーを一杯お飲みになっただけで、「今日は腹は空いてないよ。」とジョークまで残してお帰りになり、もう感激一杯でお見送りさせていただいたけど、それは精々数分間のまるで夢のような出来事だったのだ。

そのあとで、タエコと二人で冷蔵庫には必ず鯨のベーコンを絶やさずにおこうねと話しながら、何故かしんみりしてしまった。


そして、早くもこの日の昼過ぎには昨晩のことがメアリーの耳にも届き、その真偽の確認のためにも急遽秋元女史と連絡を取ろうとしていた。

ことの真偽もはっきりしない内に、ダイアンの耳に入ってしまうことを極度に恐れたのだ。

メアリーが入手した情報では、陛下は、こともあろうにこの同じマンションの、或るアメリカ人女性の部屋に一泊したことになっており、その部屋とダイアンの部屋とは言わば一つ屋根の下と言うことになる。

誇り高いダイアンにとってはこの上ない屈辱となって、惨めな敗北感をもたらしてしまうことが一番気掛かりだったのだ。

ところが、肝心の秋元女史が捉まらない。

どうやら、東京で動いているらしく、神宮前に連絡してみてもまるで要領を得ないのである。

幸か不幸かダイアン本人は、つい今しがた陛下からのご連絡を受け、張り切って一階の道場へ降りて行ったばかりだ。

陛下がお連れになった三人の日本人がダイアンの師匠とも旧知の間柄だったらしく、揃って竹刀を取っていると言う。

何とかして秋元女史と連絡を取りたいと思い悩む内に、第二報が入り、昨夜のお相手の名前が届いた。

それが、女史自身が大いに警戒していた名前だったことが、メアリーにとっての事態をより深刻にさせてしまった。

その女性は、以前から陛下の男心をくすぐっており、そうなってしまう可能性を充分に恐れてもいたからだ。

それを阻止すべく、秋元女史と共同戦線を張り続けてきたのに、もし伝えられる情報が本当だとしたら、それこそ自分たち二人の怠慢と言われても仕方が無い。

もし事実であったら、ダイアンの耳に入る前に何とかする必要があるが、かと言って、いったいどうしたら良いと言うのだろう。

胸が締め付けられそうな思いで、ただただダイアン可愛さで悩乱しそうなほどだったのだ。


そのころダイアンの道場では、それこそその道場開き以来初めてと言って良いほどの激しい気合が響いていた。

無論、ダイアンは嬉しくてたまらない。

陛下を始め、お連れになった同好の士が三人も集まってきてくれたのである。

普段内務省の最上階にいらっしゃる新田さんと、そのお友達の岡部さんと加納さん、みなさんが師範の高橋先生とは旧知の間柄だと聞いた。

新田さんと岡部さんは外務省の方で、加納さんは防衛庁だと聞いたけど、皆さん昔の道場でのお仲間だそうで、顔を合わせた途端大喜びでお稽古が始まってしまったのだ。

先ほどまで高橋先生と岡部さんが火の出るように打ち合っていたが、岡部さんの方がかなり実力が上のように思えた。

加納さんは高橋師範よりも少し後れを取るようで、新田さんはそれよりも少し落ちるかな。

岡部さんにお稽古を願って見たが、案の定三本に一本も入らず、やはり上には上があることを改めて思い知らされた。

陛下はと見れば、防具を付けたままさっきから黙って見学してらっしゃる。

先日生まれて初めて竹刀を取ったこの方から一本も取れなかったことを思い出し、果たして岡部さんとはどうだろうと思い、お側に寄って行って軽く水を向けて見た。

「陛下、ご覧になってらして如何でしょう。」

「ふむ、いろいろ勉強になるよ。」

余裕の返事が返ってきた。

「そろそろ、お稽古如何でしょうか。」

「では、お教え願おうか。」

待ってましたと思ったのだ。

勿論、一番手はこのあたしだ。

この間で相手の強いことは充分分かっているから、今日は最初から猛然と踏み込んで打ち込み、せめて一本ぐらいは取りたいと思いそれこそ必死だった。

しかし、結果はこの前と一緒で、相手は全く打ち合おうとはせず、こちらの打ち込みをひょいひょいと外すだけで、それも最小限の動きしか見せない。

足捌きといい、身ごなしと言い、まったく素晴らしいもので、こちらの息が上がりそうになる頃に、痛烈な面を見事に一本決められて、もうあっさりとお仕舞いだった。

面を外して一息入れながら見ていると、師範から耳打ちを受けた岡部さんがすらりと立ち上がった。

いよいよ、一番期待していた場面が見られそうだ。

わくわくする気持ちを抑えながら、高度な技の応酬を期待したが、案に相違して静かに対峙したまま両者共に動かない。

殊に陛下の方はほとんど足の位置も変えず、まるでそこに根が生えてしまったようなのだ。

岡部さんが僅かに見せた動きもほんの一瞬で止まってしまい、再び固まってしまったように動かない。

その内、陛下の方が例によって右手の竹刀をだらりと下げてしまい、いかにも誘っている姿のように見えた。

兎に角、面も胴もどう見てもがら空きなのである。

しかし、動かない。

ほとんど動きのないまま数分が経ったようにも思えて、見ているこっちの方が息が詰まるような気がしてきた頃、岡部さんが鋭い気合とともに遠間から打ち間へと僅かに間合いを詰めて行った。

しかし、陛下の方が全く動かない。

すると、岡部さんが一歩退いてそのまま又固まってしまい、もとの通り静かな対峙が始まってしまったのだ。

その息詰まる対峙がしばらく続いたあと、岡部さんがすっと竹刀をひいてしまった。

「参りました。」

驚いたことに、ただの一度の打ち込みも見ない内に勝負がついてしまったことになる。

あとで岡部さんに聞くと、続けざまに三本も面を取られた気がすると言っていた。

自分の仕掛けようとするときに、その起こり頭を悉く打たれてしまったような気がすると言うのだ。

竹刀を持ったのはつい先日が初めてで、今日が二回目だと言うと、もう感心することしきりで、世の中にはこういう人もいるんだねえと言いながら、完全に兜を脱いでしまったようだ。

そのあと師範や加納さんが次々に挑んで行ったが、全く歯が立たず、新田さんに至っては終始にこにこしながら見学に回って、とうとう立とうともしなかった。

加納さんなんかは、納得がいかないと言う風に何度も挑んで行っては、そのたびに軽々と跳ね返されて首を捻っていた。

結局、連続して四人を相手にした陛下が息一つ弾ませていないことが、益々その場の人々の驚きを呼び、その底知れぬまでの実力を認めざるを得なくなったことだけは確かだ。

やがて、激しく汗を飛び散らせ合った稽古が終わり、男たちの爽やかな笑い声に包まれながら散会した。

このあと、男たち五人は新田さんの「土竜庵(どりゅうあん)」で酒盛りの予定だと聞いて、少し羨ましくはあったが、今日のところはひとまず遠慮しておこうと思ったのだ。


無論その夜の「土竜庵」は、特段に賑やかであった。

若者を囲んで四人の日本男児が集まり、まことに男臭い宴が始まった。

美しい侍女たちも部屋の中には一歩も入れず、全く男だけの宴なのだ。

飲むほどに、そして酔うほどに岡部と加納の二人が、揃いも揃って国王の実戦体験を聞きたがり、ついにはそとのフロアで警護についていた井上甚三郎を強引に引きずり込んだのだ。

当時、たかだか十四歳かそこらの少年が、眼前に迫った一族の滅びを前にして、如何に敢然と闘ったかを井上の口から聞き出そうとしたのである。

謹直な井上は、少年が発揮した凄まじい戦闘能力はその目で見た者でなければ想像も出来ないだろうし、思い出すだけでも胴震いが出てしまうほどだと淡々と語った。

彼は王の親衛隊長として、それこそその時の戦闘の全てに参加したと言い、殊に現役の軍人でありながら一度の実戦体験も持たない加納などは、目を輝かせて聞き入ってしまっている。

特に、年老いた王族からその荘園を放棄して撤退するよう勧められた際に、わずか十四歳の少年が「一方的な侵略行為に怯えて逃げるくらいなら、戦って死んだほうがまだましである。」と叫んで出撃して行く段に及ぶと、加納などはもう目を真っ赤にしながら井上の杯に酒を注ぐのである。

また、そのときの王はこうも言ったと言う。

「自らの国は自らが守ろうとしなければ、その瞬間に自ら滅んだも同然であり、ここでこの領土を放棄すると言うことは、もし次に地球が襲われれば、これもまた放棄して撤退すると言うことに繋がり、結局最後はどこにも行くところが無くなってしまうではないか。」

加納は、この「自らの国は自らが守ろうとしなければ、その瞬間に自ら滅んだも同然である。」と言うくだりには余程感銘を受けてしまったようで、何度も繰り返し復誦していた。

井上の話によると、この王のもと、その後の数年の間に秋津州の武備兵装は一新し、いまだに成長と進化を続けていると言う。

ただ、加納ほど単純に物事を見ることの出来ない新田は、井上の様子に密かに目を光らせていた。

さっきから加納の注ぐ酒を、ちゃんと飲んでいるかどうかを改めて観察していたのだ。

ところが井上は、新田の予想に反して、かなり強引に注がれる酒を平然と飲み続けていて顔色一つ変えていない。

さきほどから立て続けに注がれる酒は、全て井上の胃の腑に軽々と吸い込まれて行っているようだ。

新田からすれば、内心首を傾げざるを得ないことが、またしても目の前で起きていることになる。

最近では、秋元姉妹や侍女たちまでが新田の見てるところで飲食する機会が目立ち、これまで密かに抱いていた疑いが根底から崩れつつあったのだから、なおさらのことだ。

ふと見ると、年若い王が杯を手にしたまま舟を漕いでしまっている。

その顔が、まことにあどけない。

聞けば、昨夜はほとんど寝てないと言う。

何を思ったかやにわに加納が立ち上がり、舟を漕ぐ若者に正対し、姿勢を正して敬礼をした。

日本国の『軍人』として、目の前の年若い司令官に、今改めて敬意を表したものであったろう。


銀座のクラブ碧では、休み明けの昼下がりに早々と全員の顔ぶれが揃っていた。

ママから招集が掛かったのである。

その召集も、わざわざ特別の土産があるからと言うくらいなのだから、当然彼女たちの期待は大きい。

胸をときめかせている彼女たちの目の前で、みどりが小さなバッグから取り出して見せたのは、見事な輝きを放つ大量の石の群れであった。

王の荘園で産出するダイヤだと言う。

それが、目の前に無造作にずらりと転がって、その一つ一つが大粒の大豆よりもはるかに大きいのである。

ざっと、五十個ほどはあっただろう。

一粒一粒が見事なカットが施され、眩い輝きを放ち見る者全てを魅了してくる。

一人一個づつ選べと言うが、始めの内はみんながみんな顔を見合わせたまま、互いに様子を窺ってしまった。

最初に最年少の理恵が恐る恐るその一つを手に取ると、あとは先を争って全員が手に取りつくづくと見ていたが、見たからと言って素人に肝心なことが分かる筈も無い。

そこで、直ぐ近所の有名貴金属店に揃って出かけることになった。

みどりにしても、若者が帰ってから改めて土産を見直し、その多さには多少の不安を感じ、午前中、神宮前の千代に聞いてみたのである。

無論、心配は解消し、その上その貴金属店とは千代の方でも以前から付き合いがあり、電話を入れておいてくれることになっていたので、その点でも安心なのだ。

そのお店ではみんなぞろぞろと繋がったまま、奥のほうの立派な応接室に通され、紅茶を頂きながら待つうちに、程なく簡単な鑑定結果が出てきた。

驚いたことに、一番安いものでも、百万以上で直ぐにでも引き取らせていただきますと言うのである。

真っ先に理恵が確保した石などは二百万以上だと言う。

それを聞いて、みんながみんな沸き立ってしまい、もう大喜びだったのだ。

ついさっきまでは、それこそ本物のダイヤかどうかさえ半信半疑だったのだから、大騒ぎになるのも無理からぬことだったろう。

最後に、みどり自身がハンカチにくるんできた石を出したときには、お店の人も息を飲んでしまった。

ラウンドブリリアントカットが施されたその石は、クラウンの真上から見た大きさが五百円玉よりはるかに大きく、妖しいまでの輝きに満ちて全員の目を釘付けにしてしまったのだ。

しばらくたってから、その石だけは値が付けられないと言うことになり、挙句の果てにしばらく預からして欲しいとまで平身低頭されて、結局はその店に預けてきてしまった。

のちになって、その店に展示させて欲しいと言う話まで飛び込み、期限を切って許すことになるのだが、それがまたかなりの評判を呼んで仕舞いには専門誌の記事にまでなった。

その記事の中には、その大きさは勿論、透明度と言いプロポーションと言い、名だたる王侯貴族といえども滅多に持てないほどの逸品と評するものも現れて、数億の値まで付いたと言うのだが、みどりにはそれを手放すつもりなど毛頭無かったのだ。

ただ、このことによって秋津州の産出する良質なダイヤモンドの名が、いっぺんに高まったことだけは確かであった。


しかし、実際にはこのダイヤが話題になる前に、王の荘園についての取材が殺到することになってしまい、とりあえず堅く口を閉ざしてはいるけれど、もううるさくてうっとうしくて仕方が無い。

店の子の口から漏れたらしく、荘園の正体は三つの天体であることが喧伝され、みどりは王に随伴してその全てに旅した女性として、今まさに猛烈な取材攻勢の標的にされてしまっていた。

正直言って出かけて行くまでは、みどり自身にはそこまでの想像力が働かなかったものが、今になって考えれば、これだけ騒がれてしまうのも当然のことに思えてくる。

遅まきながら、今まで厚いベールに覆われて来た荘園にまで随伴出来たのも、自分が国王にとって特別な存在であるからこそと言う現実に思い当たり、今更ながら驚いてしまっている。

とにかく、謎の荘園への旅を一般人として初めて体験したことは確かであり、その体験談がまことに貴重な価値を持つものとして、彼等が目の色を変えて押し寄せてくる意味もやっと理解することが出来たのである。

神宮前を通して、あの方に連絡をいただけるようお願いすることにしたのも、取り急ぎ直接相談する必要があると思ったからだ。

その結果、あちらから気軽にかかってきた電話で、少しは気を楽にすることが出来てほっと一息ついたところなのだ。

先ず、商いについての質問には答える必要が無く、どうしても困ったら神宮前で千代が対応してくれること、あの方との個人的な関係や今回の旅行については、それこそありのままを答えれば良いのだし、勿論答えたくなければ答えなくて良いのだと仰ってくれたのだ。

商いのことについてはいろいろ厄介なことも絡むのだから、ノーコメントにした方がいいに決まってるし、まして、あの方に関することをべらべら喋っちゃうなんて、とっても抵抗があるわ。

でも、このまま放っとくと、お店の営業にも差支えが出てきてしまいそうなほどの騒ぎなんだもの。

散々迷ったけど、まとめて一回だけ取材に応じるつもりでいることを、一言ちょこっと言っただけで、あっと言う間に共同記者会見とか言う恐ろしいものが開かれることになってしまった。

誰かが勝手にセットしたらしい会見場は、程近い有名ホテルのかなり大きなホールで、待ち構えていた関係者たちの人数には、もうびっくりして足がすくんでしまいそうだった。

テレビカメラまで幾つも揃って待ち構えているんだもの。

一人で来るのも心細かったし、たまたま自分から付いて行きたいとせがむ理恵を連れて来て、ほんとに良かったと思う。

記者団の質問に答えるのにも、最初のうちは声が震えてしまったけれど、段々と度胸が据わってきているのが自分でも分かるのだ。

質問が集中したのは、やっぱり三つの荘園旅行についてだったので、これはもうすらすらと答えてやったわ。

でも、いくらすらすら答えたつもりでも、相手が知りたがってることをあたしが全部知ってるわけじゃあるまいし、それに写真一枚あるわけでもないのだから、みんな不満たらたらのようだった。

ほんと、口だけで説明するのって難しいわよねえ、って言ってやったら、もっとまじめに答えてくれって言われちゃった。

失礼しちゃうわね、あたしがこんなに真剣に答えてるのに、そんなこと言うんなら、もう終わりにして帰りますって言い返してやったけど。

ただ、神宮前でお役人の方々に出入国の受付けをしてもらったことも、秋津州を中継地として三つの星に行って来たことも全部ホントのことだし、あの方のお力でうんと遠くの方まで、あっと言う間に移動して行ったのも、全部このあたしの実体験なのは嘘なんかじゃ無いんだもの。

その星の景色なんかも散々聞かれたけど、見えたのはほんの一部だったし、山とか川とか畑とかはたくさん見えたけど、今度行くときはカメラを持って行きますからって言ってやったわ。

みなさん、大笑いだったけど。

「その三つの星のそれぞれの位置は?」なんて馬鹿なこと聞かれたって、そんなのあたしに分かるわけ無いじゃないの。

行きも帰りも全部あの方の専用の乗り物で、宇宙服みたいなものは一度も着なかったし、着いたところでも普通に呼吸をして普通に歩けましたわって言ったときには、何だか皆さんかなり驚いてらしたみたい。

ただ、どこの星だったかは分からないけど、ちょっと人相の悪い犬をたくさん見かけたのでお聞きしたら、それがニホンオオカミだったそうですって言ったときには、また違った反応が返ってきた。

あたしには、よく見えなかったけど朱鷺も飛んでたみたいですし、大きな海では鯨も沢山見ました。

でも、恐竜は一匹も見えませんでしたって言ったら大うけにうけたみたいだった。

後半は、いよいよあの方との個人的な関係に質問が集中し始めたみたいだったので、最初に言ってやったわ。

あたしの方は女性として見ていただきたかったのですけれど、未だにそうは見ていただいておりません。

実は、未だ手も握ってもらったことがなくて、そこだけは、ちょっと口惜しいんです、って言ったら、これがまた大うけだった。

あたしのお部屋で何度かお風呂にお入りになって、お食事なさったこともあるけれど、それ以上のことが無くてちょっと口惜しかったのはホントのことなんだから。

金銭的な質問には、商いとの関係もありますからと言ってノーコメントで押し通したわ。

とにかく、ノーコメントって言ったらノーコメントなのよ。

あとは、神宮前へでもどこへでも行って聞いてくればいいのよ。

あの方だって、そう言ってくれてるんだから。

この記者会見の直後からは、あたしたちの顔がどんどんテレビに写るようになって、かなりの有名人になっちゃったみたい。

次の日に乗ったタクシーの運転手さんにまで、声を掛けられてしまうくらいなのだから。


一方で秋津州内務省からは、その建国一周年を祝う記念式典の詳細が伝わってきていた。

それはかねてより公にされていた、来たる二十日に挙行される公式イベントのことで、恐らく空も海も埋め尽くすほどの壮大な軍事パレードが見られるだろうと囁かれていた。

ところが、今回明らかにされた詳細によれば、そのようなことは全く予定されておらず、式典に加わる軍と言えば近衛軍だけだと言うのである。

近衛軍などと言っても、その全兵力はたかだか三十数人に過ぎないことが広く知られており、この点ではメディアにとっても全く予想外のことであった。

メディアの中には、この近衛軍のことを言わば儀仗兵のようなものと捉えている向きさえあるほどで、したがってこの式典の軍事色の薄さばかりが益々際立って見えるのだろう。

言うならばこれは、秋津州が先の戦争で空前の大勝を収めてから初めて行われる国家的行事の筈なのだ。

本来なら、その超絶的な軍事力を改めて世界に見せ付ける絶好の機会であるべきに、そこに参加するのは言わばごく僅かの儀仗兵だけだと言う。

そのため、その意外性ばかりが余計に際立つのだろう。

もっとも、専門家と称する人々のあいだでは、あの秋津州が今更そのような示威運動を行う必要など、全く無いと言う見解も多く聞かれる。

先の戦争で、充分にその目的は達した筈だと言う。

少なくとも、結果的には全くその通りであったろう。

今やあの国は、世界を敵に回してさえ、その総てに対する所謂「飽和攻撃」を、しかも同時に行い得ると見る者が多数派になってしまっているのである。

それが功を奏して、彼のアメリカでさえ秋津州に開戦の口実を与えてしまうことを、極度に恐れ続けているほどなのだから、まして他の国においておやだと言うのだ。

今や秋津州は紛れも無い軍事超大国で、それも他の追随を許さないほどの存在であり、そのことの無謬性を実戦で証明してしまったことになるのである。

それを否定し得る国など一国も無い。

今更、仰々しい軍事パレードなど何の意味もなさないことは確かだろう。

このような空気の中、前々から各国の元首クラスの参列が発表されていて、その随員や報道陣が多数参集することも目に見えている。

他の建国間も無い新生国家の例を思えば、このような膨大な外国人の受け入れに当たっては、大きな不安を与えてしまったとしても不思議はない。

そのような国家では、往々にして内乱の火種が燻ぶり、当然その治安も良いわけが無い。

その上、大勢の外国人が快適に過ごせるような環境にも乏しく、食糧事情にも問題なしとは言えず、現地住民が普通に飲む水でさえ、異邦人にとっては飲用に耐えないことが多い。

その点秋津州では、あの巨大な秋津州ビルもかなりの部分が未だ空いている状況があり、賃貸方式のマンションにも相当部分の空きがあることに加え、近代的なホテル群だけでも今では二万を越える収容能力を誇っている。

その上膨大なホテルマンが、コストを度外視した形で、常に万全の態勢をとっていることまで報じられている上に、豊富で清潔な上水道の水質にも全く問題が無く、食糧の供給能力に至っては他国に対して支援まで行っているほどだ。

訪れる異邦人たちが、食品に対してさまざまな禁忌や嗜好を持つことに備えて、各国からの仕入れ購入がなされるであろうことも、メディアの取材によって明らかにされており、従って、仮に数万の人々が入国してきても、各インフラの不備を不安視する向きなど今では存在しないのである。

なにせ、秋津州ビルには諸外国の代表部のほとんどが入居を済ませており、そのそれぞれが相互に活発な外交活動を繰り広げ、かつ積極的な情報収集に努めている。

当然、少なくとも首都圏に関してだけは、充分な基礎データを有していると見られており、入国に際して、無用の先行き不透明感を生じさせてしまうようなことは決して無い筈なのだ。

また、この時点では秋津州の戦時体制は未だ解除されておらず、諸国の関係者たちは、全てSS六改をチャーターして飛来するものと見られているが、一部で囁かれた空路の混乱に関する指摘も、実際にはマザーの手元で完全に一括管制されていて何の問題も無いのである。

しかも、現在の秋津州に治安の乱れは全く感じられず、平穏そのものの空気に包まれている上、いまや、国土復興の大業は目を見張るほどの成果をあげつつあり、最近の取材にも国王は自然の風水害を除けば、こののち取り組むべきは市街地における廃棄物の処理問題であると答えていたほどだ。

ただ、このころの秋津州港付近では岡部大樹と加納三佐の姿が頻繁に目撃され、数日に渉って工場やドックを見て歩いていたが、その直接の目的までは知られることは無かったのである。

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  1. 2005/11/04(金) 08:05:04|
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