日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 053

 ◆ 目次ページに戻る

秋津州暦日の九月十日、国王は墓参のためと称して米国の地を訪れていた。

丁度一年前のこの日こそ若者が敵の攻撃を受けて立った日であり、同時に米国人被害者たちにとっての受難の日でもあったため、若者は、各地に点在する受難者たちの墓標を前に哀悼の意を表して歩いたのである。

供奉するは井上甚三郎ただ一人、ほかにタイラーとその属僚を伴い、広大な米国の地を例によって疾風のように駆け抜けて行った。

又してもタイラーが、その随伴を切望したと言うが、これも米国側との連絡調整のためには、その時々で役に立つことも無いではない。

純然たる殉難者の墓は十六箇所。

国王の異能に操られた専用機が一箇所に留まるのは概ね十五分、次々に瞬間移動を繰り返して行く。

ワシントンに伝えておいた最後の目的地は、ペンシルバニア州ピッツバーグ郊外、あのマーベラの眠る場所であり、若者はこの旅の終わりにわざわざその場所を選んだことになる。

その上空に漆黒の国王専用機が忽然と姿を現したのは、現地時間で十五時零分、直ちに着地した王を手ぐすね引いて待ち受けていたのは、大統領ほか大勢の人たちの姿だ。

米国にとって一番の難物との最も確実な接触地点として、この場所が選択されたのも当然のことであっただろう。

そのため、墓参に際しては、大統領や州知事たちがあたかもこの若者に付き従うかのような形になってしまったが、未だ十九歳の君主は全く悪びれた風も見せず、その身ごなしも悠然と墓前に進み瞑目する。

在りし日のさまざまな出来事が脳裏をよぎる中、胸の中で改めて決別の意を告げていたのである。

胸の中に棲みついたその人とは、何らの約束を交わしたことも無く、無論愛を交わした訳でも無かった。

だが、一年前のその日以降、いくばくかの平穏の日々が与えられていたなら、若い二人の間には何かが起きる気配だけは濃厚にあった。

事実、その感覚は若者自身の胸の中にも確かにあったのだ。

あれから早くも一年の時が流れ、今自分の胸の中でひっそりと別れの儀式を行うことになった。

自分自身が最も納得出来る形を整えた上で、今、心の中の重い荷物を、又一つ降ろすことが出来たことをはっきりと自覚していたのである。

もうこれで、二度と米国の土を踏むことは無いかも知れないと言う感覚が胸をよぎって行く。

このあと大統領との会談が待っているが、こちらとしては別に大した話があるわけでは無い。

相変わらず、首脳会談をやりたがっているのは米国の方だ。

それも、随行のタイラーの痩せこけた頬を見て、已む無く応じたまでのことで、まして事務方レベルの事前のすり合わせなど全くなされてはいない。

いきなり首脳同士が直接話をしても、返って困るのはあちらの方だろう。

その点、こちらはぶっつけ本番でどんな話が出ようが、それこそ全く困ることは無いのである。

常に先方の手の内を掴んでいる上、こっちは自分自身の都合だけでいくらでも反応することが出来る。

既に只一人の秋津州人に成り果ててしまったこんにち、誰に憚ることも無い。

結局のところ、首脳会談などと言って見たところで、所詮ほんの儀礼的なものに過ぎず、そのあとの共同記者会見なども丁重にお断りさせていただいた。

また、今宵の晩餐会に是非とも招きたいと言うが、私は眠いのだ。

何もそこまで付き合ってやることも無かろう。

世間では、このホワイトハウスの晩餐会に招待されて断る者など先ずいないのだと言う。

諸国の首脳と言えども、それこそ招待されるだけで名誉なことだとされているのだそうだ。

しかし、自分は世間知らずのせいか、何故それが名誉なことなのか、さっぱり判らない。

今日でやっと、さまざまなことに区切りをつけることが出来たのだ。

せめて、今日ぐらいはのんびりしたいものだ。

久し振りに命の洗濯をしたい。

これから行くつもりの先様には、もう伝えてある。

但し、先方にとっては今ごろは未だ朝未だきであろう。

何せ、相手は夜が遅い人なのだ。


立川みどりは丁度起きぬけに、隣室のヒューマノイドから国王来臨の知らせを受けていた。

昨日は店は休みのため、あの方の米国訪問のニュースを散々見てから多少早寝をしたが、ほとんどのチャンネルでトップニュース扱いだったのだ。

早速、電気釜のスィッチを入れ、お風呂の用意をしながら、ざっとお掃除をしなくっちゃ。

自慢じゃないけど昔からきれい好きなんだから、お掃除と言っても大した手間はかからない。

あの方は今、アメリカの東部にいらっしゃるようで、向こうは夕方だそうだし、ひょっとしたら徹夜だったのかしら。

余裕を以って身仕舞いを整え終えたころ、いつも通り風のようにやってこられた。

白のノースリーブのシャツにジーパンを穿いたこの姿に、一瞬戸惑ってらしたようだ。

聞けばやはり徹夜だったそうで、早速お風呂をお召しになって朝ごはんにしましょう。

焼き海苔と鯵の開きとお豆腐のおみおつけ、梅干とお漬物、相変わらず素晴らしい食欲だったので少し安心しましたわ。

ほんとうに満足そうなお顔をなさって、みるみるうちに平らげておしまいになった。

食べ終わると六尺一本の姿でベッドにお入りになって、直ぐに健康そうな寝息を聞かせてくれている。

女臭いでしょうけど辛抱して下さいね。

やはり特別製の大型のベッドにしておいて、ほんとに良かった。

このベッドが初めて役に立ったみたい。

でも、ニュースでやっていたアメリカの大統領とのことは、もうお済みになったのかしら。

それにお妃候補で一番とか言われていた、あの大きな方も何ですか、お国にお帰りになってしまわれたようですし、その辺は大丈夫なのかしら。

次から次へと、心配ごとの種が尽きないのだ。

このとき、遠慮がちなノックの音がして、出て見るとやっぱり井上さんだった。

よくテレビドラマに出てくる平凡な農夫のような顔が、いかにも困ったようにしている。

「失礼します。」

気の毒なくらい声を潜めているのだ。

「只今、おやすみ中ですわ。」

「存じております。」

甚三郎には、若者の受信用ポートが応答しないことからも睡眠中であることは判っている。

「あ、そう言えば、井上さんも寝てらっしゃらないんでしょう。隣ででも少しお休みになったら。」

隣室の女たちは全てヒューマノイドばかりで、そのことは井上さんもご存知の筈なのだ。

「いえ、実は官房長官から神宮前を通じて連絡がございまして・・。」

「え?」

「是非とも、お会いしたいそうなのです。」

「でも、つい今しがたお休みなったばかりですのよ。」

「はっ。」

「せめて、もう少しこのままにして差し上げる訳には参りませんの。」

「はっ、しかし・・。」

「また、戦争でも始まったんなら仕方ありませんけど。」

「しかし、国家元首としての陛下には外交責任がございますし。」

「判りました。じゃ、あたしが直かに国井さんと話しますから、携帯にかけて下さるように言って下さい。」

みどりは、珍しく断固たる態度だ。

何故か無性に腹が立ってたまらかったのだ。

徹夜で働いてきて今寝たばかりのヒトを、何も叩き起こさなくたっていいじゃないの。

井上さんには気の毒だけど、今あの方を守って上げられるのは自分しかいないのだ。

「承知致しました。少々お待ちくださいますように。」

この井上さんもあの方の眷属の一人として、受話器も持たずに電話がかけられるらしいことも薄々知ってはいる。

その顔を真正面から見ていると、あらぬほうを見ながら黙ったまま突っ立っているので、一度部屋に入り、バッグを手にして玄関を出た。

後ろ手にそっとドアを閉めて待つうち、手許で着信音が鳴った。

「はい。立川でございます。」

「あ、国井です。」

どうやら、本物の官房長官の声らしい。

「あの、いつもお世話になりまして・・。」

「いえ、それより是非ともお目にかかりたいのですが。お取次ぎ願えませんでしょうか。」

「あの、恐れ入りますが、そんなにお急ぎなんでしょうか。」

「はい、出来ましたら直ぐにもお返事を賜りたいと存じまして。」

「つい今しがた、お休みになったばかりですのに。」

みどりは、いかにも不平満々の口振りだ。

「では、頃合を見てお取次ぎを願います。この番号に返信していただければ秘書が出ますので。」

「夕方になるかも知れませんわよ。」

「結構です。こちらは一階の喫茶にでも出向いてお返事をお待ちしておりますから。」

一階の喫茶「立川」は日曜日でも開けてある。

店員は全てヒューマノイドで、挙句に電気料金も掛からない。

少しぐらい客足が落ちても別にどうと言うことも無いのだ。

「国井さんも日曜日だと言うのにご苦労さまですこと。」

「あはははっ、それでは三時間後には一階に行っておりますので。どうかよろしく願います。」

「承知いたしましたわ。」

結局、みどりは全くの一存で、天下の内閣官房長官の願いを蹴ってしまったことになる。

一方の国井は新田からの報告に接し、秋米トップ会談の実態についても確実に掴むことが出来ていた。

最後に訪れたピッツバーグからは、大統領も連れて瞬時にワシントンに移動し、問題の首脳会談が開かれたと言う。

若者以外の「人間」は誰もが知り得ないことだが、秋津州のシステムでは、G四からの情報が一旦天空のマザーの手許に集約され、秋元姉妹のもとにも瞬時に送信される手筈になっている。

無論、姉妹のうち下の三人は今も新田のオフィスに詰めている。

その上、国王やマザーの判断によっては、デジタルデータとしてのファイルが、通常のコンピュータで処理され、そのモニタに音声付き動画として表示される仕組みだ。

このため、新田たち普通の人間にも肉眼で見ることが可能となる。

もっとも、そのコンピュータ側のインターフェイスに接続する機器が別途必要で、無論これだけは市販などされておらず、マザーの手許で工夫されたものを使用する。

新田の目の前で、若い女性がマシンのUSBポートに差し込んだものは、ごく普通の百円ライターほどのサイズを持つが、その機器には微細なポートが設けられており、そこに一体のG四がすっぽりと収まってしまう。

このG四がマシンとの導体となることによって、何の変哲も無いパーソナルコンピュータのメモリ上に、データがマッピングされることになるのだが、新田にはそれこそ何のことやらさっぱり判らない。

とにかく新田の目前のモニタには、トップ会談の臨場感溢れる映像が活き活きと映し出され、無論、立派に音声も流れている。

新田は、当然重大情報として内閣官房に報告すると共に、動画ファイルそのものをも送った。

当然、全て専用回線を使っている。

その新田報告によれば、大泉国井ラインの構想とは明らかに食い違いが生じてきていた。

その構想とは、あくまで米秋二国間に漂う緊張関係を解消するため、そのソフトランディングを強く念頭に置いたものなのだ。

しかも、その構想の延長線上には、今回のトップ会談が重要な位置づけを持つ筈であった。

しかるに、トップ会談などと言えば聞こえは良いが、実は単なる時候の挨拶に毛の生えたようなもので、具体的かつ政治的な物言いなどは両者ともに全くしていない。

そこまでは良い。

最初から予想していたことだ。

もともと、そんな形式的な会談など、不毛のものであって良かった。

しかし、その内容は国井の予想をはるかに超えていた。

いくら形だけだと言っても、ものには程度と言うものがある。

殊に秋津州国王に至っては、ほとんど口も利いていないのだ。

国務省が用意した通訳の者も、四苦八苦の様子がありありとしている。

その映像では、合衆国大統領ともあろうものが、ひたすら話の接ぎ穂を求め、毒にも薬にもならない話柄を持ち出しては、懸命に座を持たせようとしていた。

その姿は、まるで下手な芸人のようでさえある。

それに引き換え若者の方は、たまに日本語でぼそりと応えるだけなのだ。

実際には、相当達者な英会話能力を持っているにも拘わらず、とにかく、一言も英語を使おうとはしていない。

そこには、外交上の配慮のかけらさえ見えないのだ。

仮に相手が、裸踊りをして見せようが、懸命に泥鰌すくいを踊って見せようが、恐らくにこりともしないだろう。

そんな無愛想な顔付きなのだ。

もともとこの会談が、一方的に米国側が希望したものであることは世界が知ってしまっている。

前回の墓参の折に徹頭徹尾会談を拒否されて、散々泣きを見たのも米国側であり、そのことが米国のプレゼンスをいよいよ貶めることに結びついてしまったことも記憶に新しい。

せめて今回はその轍を踏まないためにも、このトップ会談とその後の共同記者会見を行うことで、形を整えておきたかったであろう。

その米側の苦衷が、国井には痛いほど判る。

ところが豈はからんや、若者は共同記者会見も晩餐会も全てキャンセルして消えてしまったと言うのだ。

いや、正確に言えば全てお断りして帰国の途についただけの話なのだろうが、その断り方がどの程度丁重なものだったかについては、多少問題無しとはしない。

その結果、タイラーと属僚は、あっさり置き去りにされてしまったと言う。

無論、ワシントンが平静である筈が無かった。

秋津州国王の対米スタンスがこのようなものである以上、いよいよ最後の覚悟を決めるべき刻が近いなどと、声高に騒ぎたてる者まで出ていると言う。

かと言って、どういう覚悟を必要とするかまでは応えることが出来ない。

ただただ、疑心暗鬼と言う名の小心な鬼が、その心の中で踊り狂ってしまうだけなのであろう。

確かに若者が、愛想笑い一つして見せなかったことは事実だ。

しかし、たったその程度のことがワシントンを震撼させてしまうと言うこの事実こそが、国井にとって重大であった。

これでは、秋米関係をソフトランディングさせるどころか、最悪の事態すら招きかねない。

米国筋から断片的に漏れてくる情報によれば、秋津州は目下宇宙に巨大な軍事基地を建設中だと言うが、ことの真偽は未だに新田の耳にも届いてはいない。

だが、若者が既存の宇宙基地とは別に、全く新たなものを企図していることだけは確かのようだ。

ワシントンでは、悪魔が世界の終末を告げる鐘を鳴らし始めたと言う手合いまでいると言う。

今となっては、一刻も早くあの愛すべき若者の胸の内を叩いて見る必要があろう。

もっとも国井自身は、あの若者から国家的にも個人的にも、脅威と言うものを感じたことは無い。

何度も直接会っているからこそなのだろうが、少なくとも自分では、親戚の中のちょっとした利かん坊を見るような気分でおり、総理においてもその点ではほとんど変わるところが無い。

特に秋露戦の結果、北方領土の奪還が成ったときですら、あの若者からの要求は、日本には毅然とした矜持を持ち続けて欲しいと言う、ただその一点だけだったのだ。

とにかく日本側はロシアに対して礼を述べたり、感謝の意を込めた進物を贈るなど、断じてなすべきでは無いと言う。

この要求を聞いたときには、自分でも我が意を得たりと思ったものだ。

また、あの若者の力技によって、北部朝鮮から大勢の拉致被害者を救出出来た際にも、交換条件など一切聞いた事が無い。

とにかく、あの若者はこの日本を己れの故里だと思っていて、そこに住む日本人がその誇りを失ってしまうことを異常なほど嫌うことも身に沁みている。

なにしろ、幼くして強暴な外敵の襲撃にあったときでさえ、屈服するよりも闘って死ぬ道を選んだほどの男なのだ。

自分にとって親族とも感じている日本人が、自らその矜持を捨ててしまうことに対しては、強烈な嫌悪感を抱いてしまう男なのである。

そう言う精神構造は、国井自身のそれとも等質の香りを濃厚に放つものであった。

詰まり、こと日本と言う国家に関して同質の意識を持つ言わば同志であり、それ故に、あの若者からの脅威を感じずに済むのかも知れないが、一つには、在米大使がやたらうるさくて始末に困るのだ。

元外務事務次官、在米特命全権大使南郷正徳と言う男であるが、この男は、どうやら一昔前の感覚のままワシントンで時を過ごして来たようで、ホワイトハウスの方角ばかり見て動こうとし過ぎるのだ。

未だに外務省を仕切っていると言う、特異な精神空間の中に閉じこもってしまったまま、本国本省へ向けて訓令を発している気分まで抱き続けているようだ。

ただただワシントンの意を体して、日本政府にその命令を伝えているつもりなのだろう。

その上、肝心のワシントンの重量自体が、急速に軽くなってしまっていることを認めようとせず、以前より却って高々と頭(ず)を上げ続けている。

それを認めると言うことは、同時に自らの価値をも貶めることに繋がるとでも思っているに違いない。

自国の首根っこを押さえ付けていた強国の勢いが衰え、相対的に自国のプレゼンスが重みを増すことは、本来悲しむべきことである筈が無いのである。

しかしながら、最近の霞ヶ関にはその手合いの者が哀しいほど大量に棲息している。

省利省益を守ることに狂奔し、それでも足りずに私利私欲を貪り、世に公益有るを知ろうとしない人間たちだ。

少なくとも、一世紀前の日本にはその手の官僚はほとんどいなかった筈なのだ。

理由は簡単だ。

当時の日本が、絶えざる列強の圧力を前にして、常に滅亡の瀬戸際に立っていると言う危機感に溢れていたからだ。

ごく普通の一般庶民の間にさえそれがあった。

国家そのものが滅んでしまえば、区々たる一個人の利益など木っ端微塵に吹き飛んでしまうことを実感出来た時代だったのだ。

そんな時代に、官僚の一部だけでも私利私欲を優先させれば、即座に国家の滅亡に直結してしまう。

日本と言う国家が、文字通り消滅してしまうわけだ。

殊に二十世紀初頭に訪れた対ロシア危機などが良い事例で、万一その外圧を跳ね返すことに失敗していたとしたら、この日本列島に日本人が居住することは大幅に制限を受けることとなり、その大部分が広大なロシアの各所に移住させられていたであろうことは想像に難くない。

少なくとも、日本列島の主要な都市には新たにロシア名がつけられ、そこには帝政ロシアの三色旗が翻っていたであろう。

それを否定し得る歴史的材料は極めて少ない。

そのような光景が目に浮かぶときに、私利私欲を国益に優先させたいと考える日本人は、極めて僅かであったろうことも容易に察することが出来る。

ところが現在の日本には、国家の滅亡を想像し得る人が極端に少ない。

それどころか、国家と言うものが伸びたり縮んだり、はたまた新たに生まれたり消滅してしまったりするものだと言う、ごくごく自然の哲理すら理解されにくい。

この哲理を口にすると、中にはジョークだと勘違いする人までいたりするのである。

そのような場合、多分その人の周辺はひたすら平穏で、なおかつ情報が入り難い環境にあるのだろう。

しかし、この南郷大使の周辺は平穏でもなく、無論情報不足である筈が無い。

それにも拘わらず、この男の口を借りて、その背後の大統領のマシーンの吠える声が絶えず響いてくる。

これについても一応の対応はしなければならず、その意味でもあの若者に会わねばならない。

総理自身も、最優先の重要課題として位置付けておられるのだ。


夕刻になって、国井はひっそりと神宮前の対策室に入り、その二階でやっと若者と向き合うことが出来た。

思ったよりも早く仮眠から目覚めた若者から、事前に連絡が入っていたのだ。

国井は挨拶もそこそこに、国王の戦略がここのところ不鮮明になったように感じることを正直にぶつけて見た。

「自国の戦略が他国から鮮明に見えてしまっては、それこそ困ることになりましょう。」

全く、ごもっともな反応が返ってきた。

「なるほど。それは仰る通りですな。しかし、それにしても、会談後の共同記者会見も晩餐会も忌避なさった、そのお気持ちをお伺いしたい。」

「ふむ、やはりワシントンがうるそうございますか。」

「いえ、不躾ながら日本独自にお伺いしたい。この件は我が国としても中長期的戦略の根幹に関わることでもありますから。」

「特別の理由などはありません。ただ眠かったのです。」

「ほう、お疲れでございましたか。」

「それに、自分としては折角一区切りつけることが出来ましたので、のんびりと寛ぎたかっただけなのです。」

「それはそうでしょうなあ。もう、一年ですか。」

日本からは建国一周年のときと同じく、前総理が特使として、わざわざ戦没者の墓地に参拝するために出かけている。

これも、日本だけに限ったことでは無く、中露は勿論、その他にも多数の国から参拝者が訪れていた。

但し、秋津州側としては一切の公式イベントは行ってはいない。

「はい、一年です。ある人にお別れの挨拶も済ませて来ました。」

「ほう、ピッツバーグのお方ですな。」

「左様です。」

若者は、僅かにはにかんだような笑みを見せた。

こう言うところは、未だ少年の面影を垣間見せて、国井のもっとも好むところだ。

「我が国で言うところの一周忌ですな。改めて心よりご哀悼申し上げます。」

国井は、ピッツバーグの墓所に眠る麗人のことを指している。

「お心遣いをいただき、感謝申し上げる。」

一方の若者の方では、七千にも及ぶ自国民犠牲者の慰霊のために、わざわざ特使を派遣してくれた日本国政府に辞儀を返している心算だ。

「ところで、洩れ伺いますところでは、陛下の新たな基地の件がワシントンをえらく刺激しておるそうですな。」

「その件は未だ生煮えでして、慌てて食すると腹痛を起こすかも知れません。」

「ほう、未だ生煮えですか。」

「左様です。ですから新田氏にも未だお伝えしておりませんでした。」

「なるほど、判ります。ただ一点だけお伺いしたいのですが。」

「どうぞ。」

「原油備蓄のための設備の件ですが、膨大なキャパだと聞いておるのですが、事実でしょうか。」

「事実です。」

「いかほどでしょうか。」

「実稼動させた分だけで、六百億バレルほどになりましょうか。」

世界の実需二年分以上と言うことになる。

「六百億・・・でございますか。」

「左様です。」

「ふうむ。」

ただただ、うなってしまった。

「このうち四分の一ほどが空になった時点で、荘園からその分入荷すると言う仕組みで考えておるところです。」

若者は淡々と続ける。

詰まり、最低でも四百五十億バレルほどのものが、常に確保されていると言う話になる。

「そう致しますと、生産能力の方はどの程度のものになるのでしょう。」

国井としては、かなり思い切った問いかけではあった。

「現在は大幅な生産調整をかけておりますが、フル稼働させれば十億バレルほどはあろうかと思っております。」

勿論、日産レベルでの話だ。

「では、貯留油槽を全て満たす場合には六十日ほどかかるわけですな。」

「いえ、もっとかかります。」

「え?」

「先ほど申し上げたのは、中継基地だけの油槽の容量でして、各荘園の油槽が別にありますから。」

「なるほど、それはそうでしょうな。」

「荘園現地での貯留油槽の容量が、中継基地の容量とほぼ同程度と見ていただいて結構です。」

「そうしますと、陛下の備蓄油槽が全て空になってしまわれた際には、それを満たすためには百二十日ほどかかることになりますか。」

「左様です。まあ現実には全てが空になることは有りませんが。」

「しかし、それにしても放出量を随分絞っておられますなあ。」

国井が得ている情報では、その日々の出荷量は僅か三百万から七百万バレルに過ぎない。

「はい、生産量自体絞っておりますので。」

結局、その生産能力と備蓄量ばかりが異様なほど膨大だと言うことになり、何らかの理由で世界中の油井が全滅したとしても、秋津州一国の供給能力だけで充分事足りることになる。

他の資源の備蓄状況などについても、かなり具体的な数値を聞くことが出来たが、鉄鉱石や石炭或いは諸々の非鉄金属に関しても、いちいち驚いてしまうような話ばかりであった。

とにかく数量的に膨大なものばかりで、なおかつそれぞれが品質の面でもかなりの確度で立証されつつある。

もっとも驚かされたのは、今次紛争に絡んで放出された膨大な穀類が、荘園の現地で全て廃棄される予定の物だったと言う話だった。

米に例えて言えば、全て古古米だったことになり、その放出分は新たな収穫分がとうにカバーしてしまったと言う。

又、ワシントンが対韓支援にあたり、日米の共同歩調を強く望んで来ていることにも言及してみた。

これも、共同歩調などと言えば聞こえは良いが、結局カネを出してくれと言う意味であることは言うまでも無い。

また、硬化してしまった秋津州の対韓姿勢を、日本側からの働き掛けによって、あわよくば解きほぐしたいと言う下心が透けて見えている。

しかし、国王の見解は明快そのもので、「出さないと決めたら金輪際出さない。」と言う。

敢えてその理由もお聞きしてみたところ、「何をしてやっても、どうせ恨まれるだけだろう。」と、これ又ごもっともな理由ではある。

結局、恨まれてしまうようなことを、わざわざやる馬鹿はいない。

まして、もう若者の利益には繋がらないのだ。

この際だから、何か我が国に仰りたいことは、とお尋ねしてみたところ、「貴国のことは貴国の民の意思によってのみ、行われるべきだと思う。」とのご意見で、これもまたごもっとも至極ではあった。

しかし、この「貴国の民の意思によってのみ」と言う若者の言葉に関しても内心忸怩たるものがある。

在日外国人にまで、参政権を与えようとする動きが国内に存在することだ。

この外国人とは、さまざまないきさつがあって、日本に永住することを許された主に韓半島出身者たちのことだ。

この人たちは、かっての日本が強制的に連れてきた者たちなのだから、日本国の参政権を行使することも当然の権利だなどと言う人までいるが、これについては国井の父親の代にもかなり綿密に調査したことがあり、その結果から言っても、事実は全く違うことが判明している。

確かに、当時強制的に連れて来られた韓半島出身者が大勢いたことは確かだが、その人たちには停戦後多少なりともカネ(主として交通費)も付けて帰国を促した筈だ。

まして、この強制的な徴用を実施したのは終戦間際の比較的短期間のことであって、当人の意思に反して連れてこられたと言う人は、停戦時には故国に未だ充分な足がかりを残していたと見て良い。

そのため、無理やり連れて来られた人たちは、概して、飛ぶようにして帰って行ったのだ。

逆に来るなと言うのに大量の密入国者が巷に氾濫して、当局が困り果てていたこともはっきりしている。

中でも、膨大な韓半島出身者たちの密入国は目に余るものがあったが、殊に占領下の日本当局には、それを取り締まるだけの力が無かった。

そのような経緯で、彼等は強引に日本に居座ってしまったことになる。

彼等が、自分たちが被害者だと言う主張を未だに持ち続けるのには又別の理由がある。

先ず第一に、その後の日本で手に入れた「不思議な特権」を、手放したくは無いことだ。

その上、苦労して日本に渡ってきた一世たちが、子や孫に対しては、本当のことを言い難かっただろうことも容易に想像出来る。

まさか、故国で食い詰めて日本に行けば喰えると思い、非合法手段を以って渡航して来たなどとは、口が裂けても言えなかっただろう。

まして、日本の当局は必死になって来てくれるなと叫び続けていたのである。

このため、二世三世の人々のほとんどは、この事実を知らないまま成長してきてしまった。

知らされていないために、自分の祖先は強制的に連れて来られたと信じる者は増えるばかりだ。

稀に事実を教えられた者もいたろうが、自分の祖先が好んで故国を捨てて来た不法入国者だったなどとは、絶対に信じたくは無いだろう。

この意味では、気の毒な人たちではあるのだ。

日本政府は、この韓半島出身者に限っただけでも、近年では毎年一万人ほどもの帰化を受け入れて来ており、この勢いでは膨大な数の帰化人が生まれ続けることになる。

国井自身は、この点でも内心異論が無いわけでは無い。

まして今では、膨大な外国人たちが不法に滞留してしまっており、既にその実数すら掴めないほどの惨憺たるありさまなのだ。

法治国家としては情け無い限りであり、この点でも国井の悩みの種は尽きない。

日本の抱える対外問題はさまざまだが、現在の官邸の希望は、秋米二国間の緊張関係を解消し世界に秩序ある安定を取り戻すことにある。

今回の若者の行動が、それに逆行するもののように見えることに言及すると、またまた意外な応えが返ってきた。

「それこそが生煮えの大元である。」と言うのである。

先ほども、迂闊に食すると食中毒を起こすとも言っていた。

要するに、もう少し火を通してから膳に供するから、しばらくは辛抱して待っていてくれとでも言いたいのだろう。

個人としては、かの米国をどのように料理して見せてくれるのか、それはそれで楽しみで無くも無い。

但し、これもこっちの都合で解釈したことであって、若者がそのように明言したわけではない。

国井個人としては、この若者と心中することになっても良いとまで思い定めているが、公人としてはことは簡単ではないのである。

若者はあっさりと帰って行ったが、こっちはこれからが大仕事だ。

今夜は、間違いなく徹夜になるだろう。

陪席を許された属僚が必死に作ったメモを元に、その内容分析とそれに基づいた軌道修正が必要になったことを、痛切に思わざるを得ないのだ。

いや、軌道修正と言うのは正確さを欠くかも知れない。

少なくとも、我が国独自の進むべき道を全く新たに構築すべきときなのだ。

そのためには、真の国益とは何かと言う議論を、真摯な思いを込めて一層積み重ねて行く覚悟が必要だろう。

以前に、「憲法を守るために国民が存在するのではなく、国民を守るためにこそ憲法がある。」と発言して、マスコミや野党から集中攻撃を受けたことがあるが、改めて憲法についても考えなければならない。

その憲法とは、一部のヒトが「平和憲法」と称する代物だ。

ちなみに筆者などは、「非平和憲法」と呼んでいるが、この中には、無論その改正に関する条項が以下のように存在する。

当然だが、改正されることを前提としていることになる。

日本国憲法第九十六条 この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別な国民投票または国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

 憲法改正について前項の承認を経たときには、天皇は、国民の名で、この憲法を一体と成すものとして、直ちにこれを公布する。


国井としては、未だ存在しない「憲法改正に関わる特別な国民投票法案」を策定し、その成立を急ぎたい。

その上で、憲法改正案を策定することになるのだが、その第一次改正案では、あくまでもこの九十六条のみを改正したいと考えている。

その第一項の「各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し」のところを、「各議院の総議員の過半の賛成で、国会が、これを発議し」に改変したい。

他の部分は、一字一句手を加えないことによって現行規定の発議要件を満たしたいのだ。

現状で理想論ばかり唱えていても、国会の発議すら不可能だろう。

他の条項は一切改変せずに一度改憲して見せることによって、憲法など決して「不磨の大典」では有り得ないと言う現実を国民に認識させることが出来る。

その上で、さまざまの内容を持つ改憲案について広く議論を進めれば良い。

変な憲法で自ら手足を縛っていては、国家戦略の立てようが無い。

領土保全のための出兵の構えすらとらないと言うのでは、国家の安全保障など望むべくも無いのである。

幸い、秋津州国王の反応からは、従前通りの親日的な戦略を汲み取ることが出来た。

少なくとも、その長期的な戦略が、我が国にとって不利益に繋がることは無いと言う心象を得たのだ。

ただ一点、我々日本人が日本人であることの誇りを捨てない限り、あの若者が我々日本人に背を向けることは無いと見た。

少なくとも、我が国の安全保障上、障害となる可能性は限りなく小さなものであり続けるだろう。

国井にはそれが確信出来たのである。

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  1. 2005/11/05(土) 03:21:28|
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