日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 055

 ◆ 目次ページに戻る

報告を受けたタイラーは、当然期待した。

その報告自体が、二人の希望的観測を骨子としたものだったからに他ならない。

二人がその報告に、「ごく近い将来に、獲物を網の中に誘い入れる事が出来る筈だ。」と言う、極彩色の装飾を施したことを思わなかったのである。

タイラーとしては、自分たちが選んだ二人の戦力を当然高く評価しており、自分たちの「女性」に対する審美眼を疑うことなど一度として無かったのだ。

この場合の「女性」の価値とは、あの恐るべき怪物を篭絡するためのものであり、無論、その外の場合には又別の基準があることも承知しているが、あの若者が男である以上、それも血気盛んな若者であるからには、この選択基準に少しの狂いも無い筈だ。

現に今日も充分な反応があったと聞いており、二人とも自信を持って任務の遂行に当たってくれることだろう。

もともと、このティームにかける期待は頗る大きく、そのための思い込みが強かったことも確かだ。

その理由にしても、彼女たちがアングロサクソンであることに尽きており、その点、モニカたちについては最初から負の思い込みが少なく無い。

イタリー系と日系人である彼女たちは、タイラーにとっては言わば外国人に近い感覚があり、モニカティームからの報告に対しては余計疑義無しとはしないのである。

かつて若者がモニカの部屋に「宿泊」したと言う報に接したが、のちにそう言う事実は無かったことも判明している。

その夜の若者は東京に行き、なおかつ一人の日本人女性を伴って三つの荘園に出向いていた筈で、その同じ夜にモニカの部屋で一夜を過ごすなど物理的に不可能だ。

思い返して見れば、確かにモニカ自身は王が一泊したとは言わなかった。

ただ、否定しなかっただけだ。

言わば、あの夜「王の酒場」で席を同じくしていた他のメンバーたちの、一方的な思い込みによる報告に引きずられてしまった自分が、勝手にそう思い込んでしまっただけの話なのだ。

当人もその後、獲物がまるまる朝まで自室にいたなどとは言った覚えは無いと言う。

確かに、それはそうなのだ。

しかしそうなると、あの二人は最初から組んでいた筈なのだから、タエコの報告にしても同様に考えるのが妥当だろう。

ただ、モニカたちがもたらした大量の情報については、その内容についての信憑性は非常に高いと見ており、少なくとも、大量の動画映像や静止画像が作り物で無いことだけは動かない。

又、その中身については、部分的にではあったにせよ、日本で動いているCIAやMI六経由の裏づけも立派に得ていた。

その情報の元は、あの男が日本の内閣官房長官に直接語ったとされる非公式談話に基づく詳細なメモだ。

そのメモは、秋津州がらみの各資源の備蓄量や産出量についての極めて計数的な記述で溢れており、その数値データをモニカたちが入手してきたものとすり合わせて見たところ、いずれもが合致したために大騒動に発展してしまったのだ。

当初問題とされたのは軍事的な側面ばかりであったものが、徐々に別の切り口の重要性が浮上して来て、今では別してその破壊力が問題になり始めている。

秋津州の石油や穀物等諸物産の膨大な供給能力が、いよいよ明らかになりつつあり、その威力はマーケットを破壊することも、或いは支配してしまうことも可能であることが問題になったのだ。

尤も、そのことが相当なパワーを秘めていると言うことは、過去においても多くの者が指摘してはいた。

しかし、今次新たに得た情報によれば、原油の供給能力一つ取っても最早超絶的と言うほかは無い。

その日々の生産能力は十億バレルだと言い、備蓄能力に至っては千二百億バレルだと言う。

多様な品種と優れた品質については既に折り紙付きである上に、運搬コストの低廉さにおいては暴力的とまで言われている。

その他の資源についても、基本的には皆変わらない。

あの魔王が一旦その気になりさえすれば、それこそ一兵も動かすこと無く、この自由貿易世界を軽々と振り回せてしまうのだ。

長らく維持してきた合衆国の影響力が、それだけで消し飛んでしまうほどの威力を秘めていることが極めて重大なのである。

この点でも影響力を保持し続けることが、自由と民主主義の旗手たる我が国の責務であり、独裁専制君主であるあの男になど断じて任せるわけには行かない。

おかげで、ワシントンが大騒ぎになっているが、幸い外部にまでは漏れていない。

マーケットが、現在も平静を保っていることが何よりの証拠だ。

だが、モニカたちの情報入手のいきさつにだけは、やはりかすかな疑問が残ってしまう。

タイラーの目には、最近のあの男の急激な成長振りが窺われて、どうしてもそんな甘い男には思えないのである。

モニカたちとの個人的な男女関係の存否についてさえ、今となっては大いに疑わしい。

あまりにも話がうま過ぎる。

裏にあの男のどす黒い意図が隠されていないと言う保証は無く、その情報操作によって、こちらが体よく踊らされてしまっている可能性すら否定出来ないのだ。

殊に、モニカたちによる情報は、改めて再検証されるべきだと言う思いは、同時にワシントンの思いでもある。

古今東西、さまざまなルートから入手した複数の情報を幾重にもすり合せることによって、初めてその確実性を云々し得ることは常識であろう。

この意味では、キャンディティームの手によって、今後得られるものに対する期待は一層大きい。

はるかに信頼度の高いあのアングロサクソンの女性たちにこそ、魔王に対する影響力を獲得させたい。

これが逆にモニカたちであったなら、我が国のコントロールは難しくなる一方だ。

但し、現段階でモニカたちを敵に回してしまうことは、いかにも愚かしく、しばらくは、それなりの処遇を与え続けておくに如くは無いだろう。


しかし、一方のモニカたちからすれば、それはそれで当然さまざまな言い分があった。

それが如何に国王陛下の暗黙の誘導に基づいたものであろうとも、何はともあれ、自分たちがそれなりの成果を祖国にもたらしたことだけは事実ではないか。

ボスには、王の寝室への自由な出入りを許され、その部屋のコンピュータから盗み取ったものだと報告してあるが、実際には王の寝室など何処にあるかすら知らない。

いや、たくさんの寝室の中で、一体どれが本物の寝室なのか判らないと言った方が正確だ。

例のデータにしても、その複数あるらしい寝室の一つでコピーしたものを、少しずつ小出しに報告したと言ういきさつがあるにはある。

無論、その部屋へも陛下ご自身が案内してくれて、あちらさまは最初からその予定だったことも確かだ。

しかし、そのデータは結果から言っても本物だったと聞いており、合衆国に貢献したのも本当のことじゃないか。

当時、未だ戦火の火種が燻っていたこの地に渡り、刻苦して目的を果たしたと言う自負もある。

確かに一人当たり二十万ドルづつのボーナスも手にすることは出来たけど、その金額は自分たちが予期したものから見たら、はるかに少ないものでしかなかった。

結局、自分たちのもたらす情報の価値は、ワシントンの地において暴落してしまったと言うことなのだろう。

ただ、当初の暗黙の契約による成功報酬は、一千万ドルであった筈なのだから、祖国がその契約を履行するにあたって、誠意を示してくれたとは到底思えない。

今では、その任務こそ解かれてはいないものの、それまでとは明らかにボスの雰囲気が変わってしまっており、その冷然たる態度からは、もう自分たちは当てにされてはいないことを読み取ることが出来るのだ。

自分たちは、実質的には既に解任されたものと解釈しても良いと思う。

こうなれば、高額の週給と部屋の賃貸料が保証されている間だけでも、思い切り楽しみながら貯蓄に励んだ方が絶対得なのだ。

少なくとも、自分から辞めることは無いと言う点では二人ともに一致している。

辞めて帰っても、特別待っていてくれる人もいないのだ。

一つ問題なのは、この秋津州には、娯楽施設と呼べるものがほとんど見当たらないことで、最近の自分たちにとっては、陛下にじゃれ付いてる時が一番楽しい時間になってしまっている。

陛下の場合、うちのボスとは対照的に、自分たちに対する態度は今も全く変わらず、顔を合わせれば洒脱そのものの笑顔で接してくれるけれど、それにしたって、他に全く娯楽が無いのはやはり味気ない。

最近、逓信部から割り振られた電波の枠内で、日米の駐在メディアがテレビ放送を始めて話題になったが、せいぜいそれを見るくらいなものなのだ。

これに関しても、放送内容について当局からの容喙が全く無かったことが逆に話題になったほどで、放送の内容に対する事前の検閲など行われる気配すら無いのである。

メディア側ではてっきり厳しく制限されるものと覚悟していたようだが、いかなる内容を報道しようが、一度として注意されることは無く、今では伸び伸びと番組造りをしていると言う。

しかし、その番組編成も未だ貧弱なものでしかなく、見ていても直ぐに飽きてしまう。

タエコは日本製のゲーム機を購入して楽しんでいるが、モニカの方はどちらかと言うとゲームには興味が薄く、暇つぶしにパソコンをいじりながら、今プロバイダに契約を申し込んでいるところだ。

あとはショッピングに精を出すくらいが関の山で、例え暇をもてあましても、この秋津州には映画館一つ存在せず、先日、陛下との雑談の中でそのことに触れて見たところ、全て物事には順序があると言われてしまった。

アミューズメント専用の施設の建設についても、その構想だけは幾通りもあるのだそうだ。

ただ、その前にすることが山ほどあると仰っていたところを見ると、陛下にとってのこの秋津州は、まだまだ未完成と言うことになるらしい。

また、生活物資に関しては全般的に安価で販売されているが、医療費だけが多少割高のように感じられる。

もっとも、それが全額自己負担のせいかも知れないけれど。

勿論この海都にも相当大きな病院があり、今までにもNBSの顔なじみの人が何人かお世話になったけれど、医療費の高いこと以外に特段の不満はなかったと聞いている。

いや、不満どころかその高水準な医療技術や設備と言い、医者やその補助者たちがみんな五ヶ国語くらいは話せることと言い、とにかく素晴らしいと褒めちぎる人も多いのである。

近頃では、この分なら、もし大きな病気に罹っても、わざわざアメリカに帰る必要は無いと思うようにまでなっていたのだ。


九月十四日、王と京子の通信、王の現在地は秋津州の暮れなずむ農耕地、京子は松涛にいる。

「陛下、困ったことになりました。」

「どうした。」

「申し訳ございません。お嬢さまのご様子が心配なのでございます。」

松涛に引き取った久我京子のことだ。

「ん?」

「うまく申し上げ難いのですが、とにかくお具合が悪いのです。」

「さっぱり判らんな。」

「実は、ひょっとしてと思いまして、陛下のお母さまのお写真をご覧いただきましたが、それでも駄目なのでございます。」

つい先日も訪日し、銀座の秋津州ビルや神宮前に立ち寄った形跡があると報じられているにも拘わらず、松涛には見向きもしなかったことが原因なのかも知れない。

殊に、銀座にはみどりがいる。

写真は、このみどりと言う女性が決してライバルにはなり得ないことを説得する意味で見せたようだが、それこそ説明の仕方によっては若者の出生の秘密どころか、秋津州最大の秘密の露見に繋がるほどの話なのである。

「ふうむ、それは余計なことだったかも知れぬな。」

「いえ、陛下のお母さまのお写真であるとしか申し上げてはおりませんし、それも特に似てらっしゃる一枚を選びまして。」

角度によって、特にそっくりに見える一枚を見せたのであろう。

「まあ、そちが余計なことまで言うとは思ってはおらぬが。」

「あの、もう陛下にお出ましいただくほか無いと存じます。」

夏休みのときにも、秋津州を訪れたいと言う希望をにべも無くはねつけたこともあり、結局もう半年は顔を合わせていない。

それに、彼女の父親が経営する会社も既に無く、今はその生活の一切は母ともども自分に寄生していることになるのである。

「しかし、出かけて行っても何を申して良いのか判らん。」

「いえ、少しお優しくなさっていただければよろしいかと。」

「中途半端に優しいことを申すのも、却って気の毒では無いか。」

その気も無いのに、中途半端に希望を持たせるのは、結局本人のためにはならない。

「先日までは、秋津州の文化などについても、元気に学んでいらしたのですが、ここのところお食事も満足には・・・。」

「なにっ、飯が食えないと申すか。」

「左様でございます。」

「医者には診せたのか?」

言ってしまってから、我ながら愚かなことを言ったものだと気付いた。

自分でも意外なほど平静を失ってしまっている証拠なのだ。

「この病気を治せるお医者さまなんて、どこにもおりませんわ。」

「う・・。」

かと言って、治してやるためには嘘をつかなければならない。

それも、ほんの一時しのぎの嘘である以上、のちのちには一層傷付けてしまうことも目に見えている。

「今もきっと、お部屋で泣いておいでですわ。」

この場合、「きっと」などと言う表現は京子にはそぐわない。

娘が泣いているかどうかなど、配置済みのG四からの報告で一瞬で判ることなのだ。

「・・・。」

「お母さまが間に立ってご苦労なさっておいでですし、もう、なんとも申し上げようがございません。」

その光景が目に浮かぶようだ。

あの母親とは、過去二度ばかり顔を合わせている。

確か、最初はお京が強引に開いたレセプションのときで、あの時は娘の付き添いで来ていた筈だ。

二度目は、久我家の切なる招きに応じたときで、なにくれと無く娘の世話を焼きながら、そこここに細やかな気配りを見せていた。

こう言う情愛に満ちた母親を持つ娘が、いかにも羨ましかったことが思い起こされる。

「うむ。」

あの母親が、一番苦しんでいるかも知れないのだ。

「お母さま、大分お痩せになりましたわ。」

「申し訳ないことをしてしまった。」

文字通り、身の細る想いをさせてしまったことだろう。

母娘に援助してやることを認めた以上、もっと気配りをするべきだったのである。

あの母親を苦しめているのは、間違いなくこの私なのだ。

「それでは、すぐにお出でいただけますわね。」

「うむ。」

「では、いろいろと支度もございますし、二時間ほどいただきとう存じますが。」

「二時間後だな。」

お京は、その二時間を最も有効に使うつもりなのだろう。

「はい。お身の回りの品々も取り揃えてございますので。」

お京は、松涛の屋敷に手を入れるときから、そのつもりで準備していることも判っている。

だからこそ、今まで一度もそこへは足を向けなかったのだ。

「うむ。」

「それでは新田さんの方には、こちらで連絡しておきますから。」

入国については、一応の筋を通しておこうと言う腹積もりなのだろう。


この直後、京子から神宮前の千代と秋津州にいる妹に、そしてその妹から新田に、新田からは官邸の岡部に、と言うように、たちどころに情報が伝播して行く。

内容は、無論「国王の入国」についての報せである。

つい先日の入国の際には、国井官房長官との会談が行われた。

かなり具体的なやりとりが交わされ、その重要性が今もさまざまに取り沙汰されているほどだが、今回の入国の目的については、一切触れられてはいない。

神宮前の「秋津州対策室」には緊張感が漲り、秋津州の国家元首を迎える接遇態勢を大急ぎで整えることになる。

もっとも、接遇などと言っても、ほとんど手は掛からない。

なにしろ、特段のご要望など滅多に出ることが無い上、それこそ身辺警護の必要すら無いのだ。

また、この重要人物は本来もっとも恐るべき存在でありながら、その不興を買ってしまうような恐れは先ず無いと言って良い。

もし、この方を激怒させてしまうとしたら、その理由もただ一つであり、最近ではそのことがはっきりと判って来ているからだ。

それは、我々が日本人としての尊厳を自ら傷付けてしまうことだけなのだ。

最近ではこの方の親日的姿勢が広く浸透し、対策室の官僚たちもこの方に対しては、そのほとんどが親近感すら抱いてしまっている。

一部の若手のあいだでは、そのファンであることを公言して憚らないものも出始めており、秋津州国王と協調することこそが、我が国の国益に最も直結する道だとまで叫んでいるほどだ。

対策室の実質的な指揮官である岡部次長からも、あまりうるさいことは言って来てはおらず、それどころか、実はその岡部大樹こそ一番の国王ファンなのではないかと評する者も多い。

又、その兄貴分と目される新田源一は常に国王の傍らにあって日本外交の羅針盤とまで言われるに至っており、親分格の国井官房長官などは、大泉総理の傍らにあって豪腕を以って鳴る人物だ。

この三人の人脈に連なる者たちが、このところ勃然と勢力を張り始め、その影響力を強めつつあると囁かれているが、その勢力に属すると看做される人々には、ある一致した特徴があるのだそうだ。

官僚としては、どちらかと言うと冷や飯を食わされて来たと言われる者が多く、なおかつ特権的な意味合いを持つ政財官閨閥の中心からは、比較的遠いと目される人が目立つと言う。

この新しく勃興してきた勢力は、広く全省庁を横断的に網羅していると評するものも多いが、かと言って、新田や岡部が好んで徒党を組もうとしているわけでも無さそうだ。

全く自然発生的に、個別相互のネットワークが形成されつつあり、誰言うと無くその名も「秋桜(コスモス)」と呼ばれるようになってきているのである。

「秋」は秋津州、「桜」は無論日本のことを指しており、その読みである「コスモス」は「カオス」の反語でもあったろう。

カオス(Khaos)とは、秩序の認められない混沌たる世界のことであり、コスモス(Cosmos)とは宇宙、殊にその秩序あるさまを言い、同時に秋の野に咲く可憐な一年草のことでもある。

詰まり、「調和の取れた安寧秩序をこの世界にもたらすための、日秋協調を支持するネットワーク」の謂いなのだそうだ。

彼等が、その意味で「秋桜(コスモス)」を標榜していることは事実で、標榜とは、主義主張や思想信条を周囲に向かって明示することである以上、その主義主張が次第に世に表れてくるのも当然のことであったろう。

日秋協調とは、言いかえれば、大和民族の大同団結に繋がると言う者も多い。

誰一人組織化しようとはしていない筈のこのネットワークが徐々に熟し始めており、その民族的熱情を指して、過去においてしばしば平和を破壊してきたものと等質のものであるとして、苦言を呈し警告を発する「正義」のマスコミも多い。

だが、マスコミが「正義」と言うマスクを装着する際には、往々にして卑劣極まりない技巧を用いることが多く、そこには、知れば知るほど驚くほど多くの隠喩が秘められており、そのことは多くの大衆にとって、もっとも気付き難いものなのかも知れない。

世論の右傾化を危惧すると叫びながら、「秋桜」の動きを牽制しようと企図する者が旗を振り始め、卑劣な隠喩を多用する報道を巷に溢れさせつつあるようだ。

その旗を振る者にとって、祖国を積極的に守ろうとする者は全て極悪非道な軍国主義者に見えてしまうらしく、殊に、平和と言うものが自然に存在するものと思い込んでいる者たちが、その報道内容に積極的に賛同し大きく声を上げ始めたのである。

今や、平和を愛する市民の声は世を圧するほどだ。

無論その場合の平和は、全て無料で手に入ることになっているのだろう。

だが、それでも確実に覚醒している者は存在する。

その秋桜ネットワークの渦の中に、加納大吾三等海佐の名もひっそりと埋もれていたが、制服組としての立場を守り一切議論には参加していないと言う。


さて、本題に戻ろう。

やがて神宮前に国王が到着し、珍しくも一階でお茶を喫しながら、官僚たちとの間で若干の懇親の時間を持った。

二階から降りてきた千代も交えて、三十分ばかりのゆったりとした時間を過ごし、いつもの二階には一度も上がらなかったのである。

全く初めてのことでもあり、若者の身軽過ぎる行動に常に振り回され続け、散々苦労してきた官僚たちに対するねぎらいの意味を含んでいた筈だなどと、穿った見方をする者までいたらしいが、事実軽い冗談すら飛び交う和やかな空気の中、若者はどこかに移動して行ったと言う。

供は、例によって井上甚三郎ただ一人だ。

二人ともに軍装のまま、その白亜の洋館の玄関に立ったことを知る者は少ない。

重厚なドアが開き、一歩踏み込んだ若者を出迎えたのは、和風の正装に威儀を正した久我家の両親と、純白のワンピースに身を包んだ清楚な娘の姿だ。

その娘は、日本人女性としては飛び抜けて高い背丈を持ち、そのすらりとした立ち姿は若者にとってもまことに好もしいものであった。

深々と腰を折る両親の方に重く礼を返し、正面に立つ娘の顔に視線を移しじっと見詰めると、その両目には見る見るうちに雫が盛り上がり、やがて溢れ落ち白い頬を濡らしていった。

かけるべき言葉にも窮し、その場に立ち尽くしながら、ふと見ると右手に一歩下がった母親もひっそりと涙を拭っている。

さぞかし、ご心労をおかけしたことであろう。

正面の娘は相変わらず無言のまま溢れる涙を拭おうともせず、こちらの目をひしと見返していたと思うと、矢庭に飛びついてきた。

胸に縋りつくようにして、肩を震わせている。

思わずその肩を抱いてやると、いやいやをするように身もだえをしながら、子供のようにしゃくりあげている。

両の手を通して、ひたひたと伝わってくるものがあり、それはこちらの胸の中にも否応無く何事かを浸して行く。

すぐ目の下には、哀切極まり無いその心情を写して香しい黒髪が揺れていた。

今、自分の胸の中にいる者は、ひたすらこの私を頼り、そして縋っている。

自分には、これを突き放すことなど到底出来そうに無い。

突き放すどころか、今はもう絶対に放したく無い気持ちで一杯になっていることにも、改めて気付かされてしまった。

身のうちに絶え間なく愛おしさが溢れてきて、思うのはただ胸の中の憐れな窮鳥のことばかりなのだ。

それに、もとを糺せば悪いのはこの私であることも判っている。

少なくとも、それがこの娘であろう筈も無く、一旦守ると決めたのも自分自身である以上、このままずっと守り続けて行きたいと思う。

しかし、この娘は私についてはほとんど何も知らない筈なのだ。

全てを知ったとき果たしてどう思うものか計り知れない。

しかも、そのことこそが、もっとも大切なことなのだ。

我が父祖の者が、この地を追われたそもそもの理由がそこにある。

もっとも忌まわしき者として、石もて逐われた遠い過去の思いは、どうあっても消し去ることは出来ない。

消し去るどころか、自分自身のこの体こそが、何よりもそれを最もあからさまに具現してしまっている。

頭の中では、諸々の想念が忙しく駆け巡り、避けることの出来ない苦悩が胸を浸してくる。

そのとき、ほとんど無意識の内に自然に体が動き、まるで赤子を抱き上げるようにして、胸の中の窮鳥を軽々と抱き上げてしまっていた。

驚かせてしまったと見えて窮鳥は一瞬身をすくめているが、逞しい二の腕が、全く無遠慮に実にやわやわとした感触を伝えてきて、我ながら世界が変わってしまったような気がする。

窮鳥の靴が片方脱げ落ちたようだが、なに構うことは無い、それまで数歩下がって様子を見ていたお京が、落ちた靴をそっと拾いあげ無言のまま先にたった。

迷わずあとに続くと、いざなわれたそこは娘の居間ででもあろうか、いかにも若い娘に似つかわしい調度類が目に付く。

導かれるままに部屋の中ほどにまで進み、たっぷりとしたソファに腰を落ち着けた。

無論、柔らかくそして匂やかな捕虜は未だ腕の中だ。

そっと近づいてきたお京がもう一方の靴を脱がせ、少しばかり離れた床の上にうやうやしく揃えてから無言のまま一礼して去った。

入り口のドアがそっと閉じられると、最早その部屋には他に誰もいなくなったのだ。

窮鳥は、変わらず腕の中で愛らしく羽を休めていてくれる。

その白い顔を見下ろすと、長いまつげがかすかに震え、それこそが世にも美しいもののように思えて、愛おしさが一層胸に迫って来てしまう。

その熱い思いが両の腕に力を加えさせ、もう一度抱きすくめるとその思いが伝わるのだろう、窮鳥が始めて小さく囀りを上げた。

「嬉しい。」

そっと腕の力を緩め、見下ろすと可憐に頬を染めている。

視線に写る肌の艶やかさ、その肌理の細やかさ、そして額の生え際の鮮やかさ、そのどれひとつをとってもひたすらに愛おしい。

しかし、どんなに辛くとも、語るべきは余すところなく語っておかねばならぬ。

あとになってからでは、それこそ男として卑怯の謗りを受けるだけでなく、取り返しのつかない悲劇を招いてしまう恐れさえあるのだ。

全ては私自身の責任なのだから、その結果のことも全て自分が受け止めなければならない。

打ち明ければ、最悪の場合、苦心の秋津州の国権が幻のように消え失せ、一人この地球を去らねばならなくなってしまうかも知れない。

「申し聞かせることがある。」

我ながら、搾り出すような声が出てしまった。

「はい。」

胸の中の娘は、一瞬びくりとして、慌てて身を起こそうとしたが、逞しい腕がそれを許さない。

「これから申すことを、良く聞いて欲しいのだ。」

良くない予感に、娘は一瞬身を硬くしたようだ。

「あの、哀しいお話ならお聞きしたくございません。」

「いや、そなたを放したくないからこそ申しておるのだ。」

「お放しにならないでっ。」

放れじとばかりに、ひしとすがり付いて来た。

「だから、心を静めて良く聞くのだ。」

その耳元へ力強く吹き込んでやると、少しはしゃんとしたようだ。

「わたくし、これ以上ご迷惑をお掛けするのが心苦しくて、母ともどもにどこかへ行ってしまおうかと思っておりましたの。」

幸い、こちらの気持ちだけは伝わったらしく、少なくとも、家出する気持ちだけは消えたようだ。

そのとき、無粋極まりない通信が飛び込んで来た。

「申しあげます。」

相手は、無論室外の京子だ。

「何事か。」

ときがときだけに、余程のことが起きたに違いない。

「はい、差し出がましいとは存じましたが、ご一族の過去のくさぐさにつきましては、ほぼお伝えしてございます。」

胸に突き刺さるものがあった。

この場の様子から我が胸のうちを察して、わざわざ伝えてくれたのだろう。

「私自身の体のこともか?」

「はい。」

どうやら、京子は先ほどの二時間と言う枠を、余程有効に使ったものとみえる。

「秋津州を運んで来たこともか?」

「はい、陛下の他には一人の国民もいらっしゃらないことも、申し上げてございます。」

「うむ。」

「秋津州を運んできたことなどが、もしおおやけになれば、秋津州の国権は消滅し、陛下は行き場を失うことにもなりかねないことも、充分にご理解いただけたものと存じます。」

「そうか。」

「ただ、わたくしども姉妹のことだけは申し上げてはおりません。」

「判った。」

秋元姉妹の日本国籍だけは、今後も相当な需要がある筈なのだ。

ことが露見してしまえば、日本人としての基本的人権どころか、その私有財産まで瞬時に失ってしまう。

日本政府としては、見て見ぬ振りをしたくともマスコミが放っては置くまい。

その絶好の餌食となってしまうのは目に見えており、そうなってしまえば、当然行政も看過することは出来なくなってしまうだろう。

株式会社秋津州商事の役員登記などももとより無効のものとされ、法理上法人としても認められず、その資産も全て公のものとなってしまう。

当時、日本人秋元勝子が行った行為は、本来刑事罰の対象となる犯罪行為であり、いままた、久我京子がそれを知ってしまえば、彼女本人にまで不幸が降りかかる可能性もあり得る。

彼女自身はあくまで知らないままでいた方が、その身のためでもある筈だ。

また、立川商事の設立に際しても当然疑義ありとされることから、ひいては、みどりにまで迷惑をかけてしまうことになる。

みどりの場合は生身の人間である以上、あとで何とでもしてやることは出来るが、例えば秋元京子名義のこの邸一つとっても、その私有が認められないことになってしまうのである。

このとき、腕の中の真っ白な小鳩が小さく囀りをあげた。

「あの、どうかなさいましたの?」

唐突に訪れた僅かな沈黙を訝しんだのだろうが、鈴を張ったような目の中で澄んだ瞳が不安そうにまじまじと見上げて来る。

「いや、その様子では、もうお京からいろいろと教えてもらったようだな。」

言い難いことを自分の口から言わずに済んで、内心ほっとしたのも確かなのだ。

「はい、このお胸の奥に気嚢をお持ちのこととか。」

可憐な小鳩は大分緊張が解けてきたらしく、白い指がそっと動いて、分厚い生地の上から遠慮がちに胸に触れてくる。

その仕草一つとっても、とても得がたいものに感じてしまった。

しかし、この胸の奥にあるものこそが常人ならざるものなのだ。

生まれ変われるものなら、全くの常人として生まれてきたいと願ったこともある。

だが、この気嚢を有することこそが、すなわち、ずば抜けた身体能力の源泉そのものである事を忘れるわけにはいかない。

そのこと無しには、今このときまで生き延びることさえ敵わなかった筈なのだ。

「うむ、そのことを話しておきたかったのだ。」

「一瞬でお月さまにまで飛んでいけることとか、ほかにもたくさんお聞きしましたわ。」

「私がそう言うモノであっても、それでも良いと言ってくれるのか?」

そう言うモノとは、無論、他の人類とは異なる形態を有していることを指しており、そのことがかって異形のものとして、王家の始祖が忌み嫌われた理由そのものなのである。

そこにこそ、永遠の悲痛な叫びがある。

この娘だとて、その真実の姿を知ればもうそれだけで恐れおののき、逃げて行ってしまうかも知れない。

いや、逃げ散ってしまって当然なのだ。

つい先刻までは、そのことばかりを恐れ、我にもなく逡巡してしまっていたのだが、予測に反して、娘はこくりと頷きながら、却って怪訝そうな表情を浮かべている。

その顔は、何を今更そんなことを仰るのかしら、とでも言っているように見える。

「それに、ご一族の皆様方がお亡くなりになられたことも・・。」

「うむ。」

「お気の毒に・・。」

「うむ、まことに気の毒なことであった。」

「いえ、お可愛そうなのは陛下の方でございましょう。一人ぼっちにおなりになって・・。」

「いや、一人ぼっちなどではないぞ。」

「はい、わたくしがおりますもの。それに銀座のお母さまだって・・・。」

腕の中のこの娘は、今、確かにこの私を受け入れてくれている。

この正体を知ってなお、怯えてもいないし、忌避してもいない。

叫び出したいほどの歓喜が湧き上がって来る。

その歓喜をかみ締め、そして押さえ込むようにして言った。

「うむ、そのとおりだ。」

「あの、わたくし、銀座のお母さまにご挨拶を申し上げたいのですけれど。」

実母の写真を見せられて、それに瓜二つのみどりが、まるでこの私の母であるかのような感覚を持つのであろう。

どうやら、もう嫁として姑の心配をしてしまっているようだ。

「うむ、近々会わせるとしよう。」

「あの、お母さまとお呼びしてもお怒りにならないでしょうか。」

「大丈夫さ。」

「それなら安心ですけれど。」

「それに、本当の母と言うわけではないのだから、そこまで気に掛けることもなかろう。」

「いえ、陛下にとって大切なお方は、わたくしにとっても大切でございましょう?」

「うむ。」

そのとき、若者が僅かに身動きをし、娘は敏感に反応した。

「あ、お疲れになりましたでしょ?」

娘の方も、つい先程まで胸に抱いていた最も大きな屈託が晴れた途端、又新たに小さな心配事も生まれてくる。

もうずいぶん長いこと抱いていただいているのだから、きっと腕がお疲れになった筈だと思うのである。

「いや、それは良いが、そなたの方が疲れたであろう。少し座りなさい。」

抱かれ続けることにも慣れて、今はもうすっかりこの方の腕に身を委ねてしまっており、体中の力が抜け切ったみたいになっているのだから、疲れなど少しも感じてはいない。

もっとこのままで居たかったのだけれど、「座れ。」と言われてしまった。

「はい。」

とても名残惜しかったけれど、そろそろと逞しい胸から離れ、隣に座ろうとしたら靴を履いてないことに改めて気付かされた。

その靴は、離れたところに置いてあって、こちらからは手が届かないのである。

困ったなと思った途端、あの方がつと立って、その靴を取って下さり、わたくしの足を引き寄せてお手ずから履かせて下さった。

「あ、申し訳ございません。」

男の方にあんな風に足を掴まれたことなど、それこそ生まれて初めてのことだったから驚いてしまったけれど、そのお優しさにはほんとに感激してしまいましたわ。

わたくしにとって、まるで夢の中にいるような時間でしたもの。

そのあとお姉さまが運んできてくれたお茶を飲みながら、ゆったりとした時を過ごすことが出来て、こんなに穏やかな気持ちでお話が出来るなんて、今の今まで思ってもみませんでしたわ。

近いうちに、秋津州神社や銀座の方にも連れて行って下さるお約束もして下さったし、秋津州神社には、あの方のご先祖さまの御霊をお祀りしてあるそうで、そのご先祖さまの前で揃って婚姻の報告をなさりたいとも仰っていらした。

一番嬉しかったのは、明日のお誕生日のお祝いをして差し上げたいと申し上げたら、照れくさそうにうなずいてくれたことでしたわ。

お誕生祝いなどはここ数年なさったことが無いとお聞きして、これにはちょっと驚かされましたけど、これから京子お姉さまとも相談して、その準備をするのがとても楽しみですわ。

そう言えば、明日で丁度二十歳におなりで、そのあとの二ヶ月ほどは二人とも同い年と言うことになるのですね。

あの方は、精々一時間ほどでお帰りになってしまわれたけれど、お見送りさせていただいたときは、晴れ晴れとしたお顔をなさって、お父さまにも正式にご挨拶をして下さった。

両親も大喜びしていたことだし、これでほんとに正式に婚約したことになって、誰に憚ることも無いあの方の婚約者になれたのだ。

出来れば一日も早く、あの方に良く似た赤ちゃんを産みたい。

それも、あの方のような立派な力を持った赤ちゃんが欲しいと思う。

でも、未だキスさえしていないのだから当分は無理だけれど。

お母さまは、花嫁の心得についてたくさんお話をなさるけれど、そんなお話はクラスメートとの普段の会話で、充分耳にしていることばかりなのだ。

お友達の中には、とっくにその体験をなさってる方が大勢いらして、いつもは少し肩身の狭い思いをしていたけれど、これでやっと大威張りでその話の仲間入りが出来る。

それに、わたくしの場合、お相手は立派な婚約者なのですもの、お友達とは全然違うのだ。

このお邸に引っ越してきてからは、そのいきさつのこともあって、お友達をお招きするのは遠慮してきたけれど、明日のお祝いの席にはほんとに仲の良いお友達だけでもお呼びして、あの方をお引き合わせしたいとも思う。

でも、あの方のお祝いなのに、あの方のご存じない方をお招きするのもどうかと思うし、そこの辺りがちょっとだけ悩ましい。

これも、あとでお姉さまに相談してみよう。

銀座の方へは、今日中にわたくしたちのことをお伝え下さるそうで、みどりさまもひょっとしたら明日のお祝いにお出でいただけるかも知れないし、そうなると、ますますこちらからご挨拶に伺っておいたほうが良いのではないかしら。

お姉さまは、なんと仰るだろう。

可憐な小鳩が半ば夢見心地のままに思うことは、無論楽しいことばかりであったのだ。

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  1. 2005/11/05(土) 05:27:40|
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