日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 067

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さて、そもそもこの稿においては、例のベクトル社から重ねて面会の要請が来ていることについて述べて来たところだ。

無論、その要請を受けていた窓口は秋津州商事の神宮前オフィスである。

ベクトル側からすれば、ごく順当な手順として、神宮前の千代のもとへひたすら面会を求めていたが、その願いも永いこと叶わぬまま時間だけが空しく過ぎていた。

だが、それが意外にも、王妃に直接会える運びとなったことはベクトル側にとって望外のことであった。

聞けば、肝心の国王陛下まで臨席されると言う。

唯一の決定権を持つその人自身が臨席されれば、ありがたい事に、その目的も一気呵成に達成することが出来るかも知れない。

少なくとも、ベクトル側がかなり希望的な観測を持つに至ったことは確かで、神宮前を窓口とするような迂遠な方策など、最早、取るに足りないこととなった。

ベクトル側の目的についても既に触れた。

一言で言って、これまで弱点としていた旧共産圏エリアについても、大いにシェアを広げたいと言うのが最大の目的だ。

秋津州に接近を図るのも、秋津州がそれらの国々に対して、特別な影響力を有しているからに他ならない。

それらの地域は、秋津州の実質的属邦だと評する者迄いるほどで、今やその影響力の大きさたるや言うも愚かだ。

万一秋津州側からのちょっとした妨害工作があったりすれば、もうそれだけのことで、うまく行くものもうまく行かなくなってしまう。

それゆえにこそ、その王家の特段の知遇を得たいのである。

そのために用意した手土産も、「日本のメディアを総動員して強力な情報操作を押し進め、日本人自身をあらゆる呪縛から解き放ち、その意識改革を行う」と言うものだ。

それも、王妃のバースディプレゼントと銘打った以上、その意識改革とやらも、国王夫妻が最も喜ぶと思われる方向へ向けてのことだ。

作戦の遂行に当たっては、日本国内はおろか世界中の大企業に名を連ねさせ、驚くなかれ米英等の政府までが協力態勢を採るよう万全の工作を施しつつある。

ベクトル社代表ジョージ・S・ベクトルは、現在、最も脂の乗り切った52歳、多くの傘下企業を率いて八面六臂の活躍を見せており文字通りの働き盛りだ。

常に他を圧倒するほどの壮大なプランを持ち、それを推進するティームの中心に位置してもいる。

今次のバースディプレゼントにしても自ら発想したものであり、無論、相手にとって優れて魅力あるものと信じて疑わない。

未だ包みの中身まではお伝えしていないため、思いのほか手間取りはしたが、お会いしてそのことをご説明申し上げさえすれば、必ずお喜びいただけるものと信じている。

まして、ベクトルこそ秋津州にとって最上級の顧客だと言う自負もあり、当然、相当のアドバンテージをもって事に当たれるつもりであった。

持って行き方次第では、対等以上の足場を築き上げることも充分可能と見ており、今次のプロジェクトが、既に成功への階段に一歩踏み込んだ感触まで持つに至っている。

事実上ベクトル社に片足を掛けたまま国務長官の要職にあるアシトン氏からも頻繁に情報が入っており、現地責任者のタイラー特別補佐官とも会った。

ペンタゴンやCIA、そしてベクトル自身の情報網からも相当な情報が入っており、それらの情報をさまざまに擦り合わせつつ、自らの戦略を自信を持って推し進めてもいる。

現に、ベクトル自身の情報網から汲み上げられてくる情報は、切り口によっては合衆国の国家機関が得ているものと比べても遜色の無いほどのものであり、逆にCIA側へも間断なくフィードバックしているほどだ。

ベクトルが世界に浸透させて来た触手は、その規模において他の追随を許さないほど巨大で、これに続くものとしては恐らくあのコーギルがあるくらいのものだろう。

ところが、これほどまでの情報収集能力を以てしても、こと秋津州に関してだけは、相変わらず、はきとしたものが得られない。

この海都にも大規模な拠点を持ってはいるが、そこから上がってくる情報にしても期待を裏切るものばかりで、この相手の防諜能力の高さには慄然たる思いがするのである。

秋津州は鉄壁の防諜システムによって見事なまでに守られており、それが如何に完璧なものか日に日にその感が深まるばかりなのだ。

その情報網へのアクセスポイントとしては、一つには国民議会と称するものがあるが、秋津州の特殊な政体においては、その議場で公式に発言される話柄など、現実には何の役にも立たない上、その関係者などはどう攻めてみても全く情報を発信してくれない。

また、内務省と言う唯一の行政機関が又難関で、いくら接触を繰り返してみても、未だに有効な結果が出て来ないところから、秋津州人と言うものには、一般の人々とはまったく異質なものを感じざるを得ないのだ。

その一人一人が、まるで我欲そのものが皆無であるかのような感触すらあり、罠をかけて何らかの弱みを握ったつもりでいても、結果としてはその弱みが全く機能しない。

彼等は、まさに秋津州人として完全に一体化してしまっていて、言わば一個のユニットででもあるかのような錯覚に陥るほどだ。

人間としての「個」の存在感が全く感じられないと言う、極端な報告すら上がって来ており、彼等にとって個人固有の弱みなど、全く存在しないと言う者まで出て来る始末だ。

この国へ注ぎ込んだ機密資金は既に十億ドルを超えており、少なくともその半分ほどのものが、軽々と秋津州人の懐に入った筈なのだが、彼等にとって、それが全く弱みにならないと言うのである。

国政に関与する者が一旦懐に入れた筈の金が、のちに国税収入として堂々と計上されるに至ってはもう嗤ってしまうほかは無い。

各若衆宿の幹部クラスの場合などは、恐らく自治体の税収として扱われてしまっているのだろうが、全て公金として扱っている以上、如何に大金を受け取っても個人としての弱みなど発生するわけも無いだろう。

最近では、行政機関や国民議会に少しでも関わりを持つ秋津州人は、それこそ全てヒューマノイドなのではないかと言うブラックジョークまで聞こえてくるまでになった。

反面、日本と言うアクセスポイントからは大量の関連情報が流出してくる。

それも、まるで水道の蛇口を全開にしてあるような勢いで大量に噴出して来ており、相変わらず日本の防諜意識の低さを浮き彫りにしていて、ひたすら呆れるばかりだ。

ただ、その中でも、王妃の直属部隊と言われるものの実態についてだけは、さすがに情報管理が徹底しているとみえて、信頼すべきものは今もって掴む事が出来ない。

千差万別のダミー情報らしきものばかりが氾濫している状況なのだ。

その分野に関してだけは、情報を共有する者を相当限定していると思われ、その全体像を具体的に掴んでいる者は、大泉・国井ラインに直接繋がる新田・岡部ラインのほかには、先ず存在しないのではないかと言う。

新田・岡部ラインに属する膨大な人員も、既にその多くをターゲットとして捕捉することに成功しているが、文官武官ともにそれぞれ部分的な情報しか持たされていない気配が濃厚で、とてものことに全体像に迫る情報源とは成り得ない事が判明してしまった。

果ては、大泉総理でさえ、その全体像までは知らないのではないかと言う者さえいるのである。

タイラー配下のエージェントにしても、いっとき画期的な情報をもたらしてくれたと言うが、今となって見れば、敵の手中で体よく踊らされてしまっていた気配が濃いのだ。

今ではその女たちの口座に、全く分不相応な残高があることまで判っており、彼女たちの手を通じて、敵に都合の良い情報ばかりが洪水のようにワシントンに流され続け、大統領のマシーンのテーブルを徒(いたずら)に賑わせてしまっていたことになるのだろう。

ワシントンは、相手が強力なカードを次々とめくってくる度に右往左往させられた挙句、相手側の優位性ばかりが益々際立ったものに成長して行き、自ら焦燥感を煽り立て、タイラー補佐官の食欲を奪い著しく体重を減じさせる羽目になった。

この小心者の補佐官は、どうせ現職を退かざるを得ないだろう。

それも、そう遠くは無い筈だ。

彼のためには、その体重を元に戻せるほどのポストも既に用意した。

無論、ベクトルグループのポストである。

これを知った当人は、大分顔色も良くなったが、我がベクトルにはそのための大量の椅子の用意があり、タイラーの前の上司や同僚などが現在も大勢座っている。

十年は羽振り良く暮らせるだろうし、こっちにとっても多少の役には立ってくれるだろう。

だが、この小心者の健康を損ねるほど苦しめている相手は、強大な武力を持ち、合衆国全土を物理的に殲滅することさえ可能だと言う。

しかし、北米と言うマーケットをそう簡単に破壊してしまうほど愚かな相手とも思えない。

そんなことをすれば、世界のマーケットが破滅してしまうではないか。

だが、そのカードがワシントンをいちいち怯えさせてしまっている事も事実だ。

引き比べてワシントンは、相手が一目置かざるを得ないほどのカードを持ってはいない。

合衆国は、世界を相手に熾烈な外交戦争を闘って来ていながら、こと秋津州に関してだけは、負のカードしか持ち合わせてはいないのだ。

有効なカードを一切持たぬまま有利に戦いを進めるなど、最初から無理があり過ぎるのである。

その点、我がベクトルは複数のカードを持ち、その上トップである自分が直接ことに当たるのだ。

それも一般企業のトップとはわけが違う。

我がベクトルは、ほとんどの株主をごく近い親族で固め、彼等に対してもこの私が圧倒的な影響力を持つに至っているほどで、極めて重大な案件でさえ完全な独断専行を可能としており、さらに、金融筋に対する配慮など全く必要としない磐石の財務態勢まで築き上げて来ている。

これまでにもさまざまな難局に遭遇してきたが、その都度全くの独断で即決し得ることを以て切り抜けて来た。

それこそが自らの持つ最大の強みである以上、結局は今回も自分自身が匕首一本を抱いて、敵の懐に飛び込むほかに手が無いことがしきりに思われてならないのである。

この度のプロジェクトの成否が、我がベクトルグループの今後を占う上で、言わば分水嶺をなすものとの意気込みを以て国王夫妻との会見の日を待ったのだ。

その過程で珍妙な日本海海戦が勃発し、やがてその騒動も治まったある日、ついにその知らせは来た。

事前に知らされたその日は、王妃自身の誕生日を目前に控えた日曜日で、場所は内務省の四階にある王家の公式スペースだと言う。

待ちに待ったその日が来て、無論勇んで出かけた。

手土産の用意も万全だ。

通された謁見の間は、話に聞いていたものより余程地味な感じの小ぢんまりとしたもので、大勢の謁見を許される場合などは、また別の部屋が使用されるのだと言う。

随行は、女性秘書一人だけにした。

自身が全く日本語を解さないため、無論、日本語に堪能な者を選んだ。

だが、国王夫妻は流暢な英語で応じてくれて、結果として通訳の必要など全く無かったのである。

その上ありがたいことに、儀礼的なセレモニーはごく短時間の内に終わり、予想通り次室でお茶を頂戴しながら歓談の機会を得た。

僅かの距離を置いて、護衛隊長と美貌の女性秘書がひっそりと控えているが、この女性こそが、高名な秋元京子氏その人なのであろう。

しかし、目の前の国王陛下の隣には輝くばかりの王妃が着座しておられ、その溌剌たる美貌を前にしては明らかに一歩譲ると見た。

ベクトル社代表ジョージ・S・ベクトルの老練な目にはそう映るのである。

この王妃にこそ、手土産の価値をご理解いただくよう大いにご説明申し上げなければならない。

胸の中に沸々と滾るものがあった。

幸い、ご夫妻ともに、こちらの軽口にも柔らかな笑みを浮かべながら応えてくれており、口数こそ少なかったが、そのご好意は充分に感じ取ることが出来ていたのである。

ところが、いよいよ肝心のプレゼントの包みを解き、中身についてご披露申し上げる運びとなり、それが日本人大衆に及ぼす顕著な効果について大いに論じ、勢い込んで実際の段取りと実行手順についてまで話題を広げたところ、唐突に王妃から反応があった。

それは意外なほど激しいもので、結局このプレゼントの奉呈は成らないことになる。

「そのお気遣いはご無用に願います。」と、仰るのだ。

全く意外であった。

強い語気から見て、彼女は遠慮したのではなく、明らかに拒絶しており、そこには怒りの気配さえ感じられたのである。

国王のとりなしを期待したが、表情さえ変わらず冷然と無視されてしまった。

今までの事跡を見れば、重厚な政略を縦横に駆使してワシントンをさえ切りきり舞いさせて来ており、若年ながら一目置かなければならない相手であることは確かだ。

黒々とした瞳が、じっと見据えて来る。

それこそが、あの小心者がひどく恐れる魔王の無言の凝視であった。

気が付けば、じっとりと冷や汗をかいており、全く予想外の展開で、対応にも窮してしまった。

密かに期待した「時の氏神」はとうとう現れてはくれず、万事休してしまったのである。

いったい何が王妃の情動を突き動かしてしまったのか全く判らぬまま、ほうほうの体で御前を退出せざるを得なかったのだ。

どう考えても当方に非礼があったとは思えず、ご不興を買ってしまった理由に全く心当たりが無い上、陪席させた秘書にしても見当も付かないと言う。

失礼なことを申し上げた心当たりなど、何一つ無いのである。

用意して行ったプレゼントは、相手にとってコストも掛からず、一方的にメリットを享受出来るものと言って良い筈なのだ。

調査によれば、あの日本人女性は極めて単純な性向を持ち、それもかなり偏向していると言い、自身が日本人であることにおいて格別それが強いと聞いた。

したがって、このプレゼントを喜ばない筈が無い。

今も当方の秘書が本国の国務省に連絡を入れ、アシトン長官サイドと直接情報交換を行っているところだが、依然として格別の情報は無いと言う。

コーギル社と同一の建物の中に設えたこのオフィスは、十所帯分ほどのスペースを確保し、無論最新の設備も多数搬入させてあり、壮大な「ベクトルの世界」をネットし、その一ノードたるべき機能は充分に与えられている。

ジョージ自身、この「ベクトルの世界」に入ることによって、始めて本来の落ち着きを取り戻すことも出来たのだが、南の窓から秋津州ビルの威容を近々と望みながら、改めて秋津州のパワーを思わずにはいられない。

本館とされる地上六十階ほどのその建物には、今ではほとんどの政府代表部が入居を果たし、それぞれの政府が重要な活動拠点としている筈だ。

大小の会議室やプレス用の設備も整い、数千にも及ぶ人々が立ち働いていると言うが、それでも未だ相当な空きスペースがあり、その壮大なキャパシティ一つとっても世界のメディアを大いに賑わせたほどのものなのだ。

その上、複数の別館まで完成していると言う。

短期間に、よくあれほどのものを造ったものだ。

この優れた技術力が、そのままマーケットに進出してくれば、世界中の巨大開発プロジェクトを受注する際にも恐ろしいほどの競争力を発揮する筈で、工期の短縮一つとっても、実に大いなる脅威となるに違いない。

今日の泊まりのためには、近くのホテルに最高級のスィートを押さえてはあるが、この分では当分そちらへは移れそうにも無い。

オフィスのメンバーに各方面の情報収集に当たらせてはいるが、新たな情報に出会うことは無く、全く手詰まりのままなのである。

どこかに突破口を見出せなければ、極めて厳しい局面に突き当たってしまうだろう。

少なくとも、国王夫妻との折角のコンタクトを、この様な形でしくじったまま引き下がるわけにはいかないのである。

この失点は、早急に取り返さなければならない。

現に今までも、常に何らかの解決策を見出し、その都度良好な結果を導き出してきた。

ブラックコーヒーの濃厚な香りをゆったりと味わいながら、気分を一新するよう努めよう。

こう言うときに慌てて動いても、決して良い結果を齎す事には繋がらない。

先ずは落ち着けと、百戦錬磨を経て来たハードな頭脳が命じている。

こうなってみると、数々の修羅場を押し渉って来た際にも、常に有効だった最強のカードが役に立たないことは極めてダメージが大きい。

その最強のカードとは、無論星条旗だ。

今回の相手に限っては、星条旗の重みなど全く感じ取れないに違いない。

経緯から言っても、重みどころか却って逆効果でさえあるかも知れないのだ。

まして、日本人である王妃にとって、日の丸こそが神聖なものであって、もともと星条旗などに価値を見出すことなど有り得ないことだろう。

はっと思い当たった。

今日の失策の原因にだ。

先程の会見では、プレゼントの中身についてご披露申し上げ、それが日本人大衆に及ぼす顕著な効果について大いに力説した。

そして、勢い込んで実際の段取りと実行手順について踏み込んだ途端、王妃の激しい反応に出会ってしまったのだ。

プレゼントの効果が薄ければ、その分だけその価値が落ちてしまうことを意識する余り、日本人に劇的な効果を及ぼすに違いないと声高に主張してしまった。

新聞やテレビなどが垂れ流す情報が、彼等に対し絶大な影響力を発揮することを論じ、彼等はその情報の真贋を疑うことをせず、実に無批判に受け入れてしまうことを繰り返し申し上げたのである。

日本人の意識誘導など容易に出来てしまうことを、主張してしまったことになる。

日本人の精神構造など極めて単純なものだと、典型的な日本人に向かって声高に説いてしまったのだ。

日本人であることに普通の感覚を持つ人なら、誰でも良い気はしないだろう。

こんな簡単なことに今の今まで気付かなかったのも、ひとえに自分の見解が本音そのものだったからだ。

自分自身の中では、海に魚が泳ぎ、空に鳥が飛ぶように、極めて自然で当たり前のことに思えていたため、何一つ違和感を覚えることが無い。

実際、こっちがその気になれば、それは簡単なことだと考えており、それこそが本音そのものであった。

結局、日本人に対する意識誘導など簡単に出来ることを大前提として交渉に入ってしまったことになり、当然それは日本人に対する大いなる侮蔑に等しいことにようやく気付いたのだ。

相手を大いに喜ばせようとして、大いに侮辱してしまったことになるであろう。

そう言えば、幼い頃父親から聞いた話の中にも、独特の日本人観があった。

当時の欧米人から見た日本人には三半規管に重大な欠陥が有り、航空機の操縦など到底不可能だと本気で思われていたそうだ。

やがて、日本軍の戦闘機が戦場の空を見事に舞って見せたときには、てっきりそのパイロットは別に雇ってきた白人の筈だと思ったと言う。

似たような話は、外にも数多く聞いた覚えがある。

こう言った日本人に対する牢固たる先入観は、もともと全く根拠の無いものでありながら、なかなか消えないものだと今更ながら痛感する。

やがて最初の反応が現れたのは、この重大な過ちに気付かされた直後であった。

傘下企業の一つから直接報告が入り、今しがた秋津州商事から取引の中止を通告されたと言う。

それも、一切の取引全てだと言うのだ。

同様の知らせは次々と届き、ベクトルグループとは無関係を装ってきたダミー企業までが、やがて同様の通告を受けるに至った。

秋津州の意思は、極めて明白であった。

ベクトルとは、今後一切の取引を行わないと言うことなのだろう。

情けないことに、この事態は予想だにしていなかったのだ。

秋津州に群がる数多いバイヤーの中でも、我が社の購入額は飛び抜けて大きい筈で、まさか、これほどの上得意をこうもあっさり切り捨てるなど思いもよらなかったのである。

考えて見れば、買い手などほかにいくらでもいる以上、相手の最終的な販売高が落ちるとは思えない。

永久原動機やベイトンに関しては、極端な売り手市場と言う歪んだ状況があり、その上、パイ全体のサイズが縮んでしまうわけでも無い。

これで、こちらにとっての最強のカードが一瞬にして失われてしまったことになる。

逆に、秋津州産品の入手ルートが断たれてしまえば、マーケットでの競争力を失ってしまうのはこちらの方だ。

この点は決定的と言って良い。

次いで、サウジのオフィスから入った報告が格別に衝撃的であった。

実は、サウジ王家の発注による巨大プロジェクトについて、既に受注寸前だったのだ。

それは、総額二兆ドルにもなんなんとする壮大な開発計画であり、その商談が頗る順調に進んでいたものが、調印の直前で潰れてしまったと言う。

呆れたことに、秋津州王妃の逆鱗に触れてしまったものになど、発注するわけには行かないと言うのがその理由なのだそうだ。

世界有数の産油国であるサウジにとって、唯一最大の財政源は無論オイルであり、秋津州に敵対するものとの濃密な交流を続けるなど、百害あって一利無しと判断したことになる。

秋津州の産油量が恐るべきものであることは、無論サウジ王家の知るところとなっており、万一秋津州を本気で怒らせてしまえば原油価格も一気に崩落し、五ドル十ドルと言う狂気のラインにまで落ち込むことすら有り得る。

極端な場合、好条件でサウジの販路に重点的にばら撒かれてしまう恐れさえあり、最悪、絢爛たるサウジ王家の家産も傾いてしまうに違いない。

何しろ、産油量の桁が違う。

その運搬に掛かるコストにしても、暴力的なほど安価に提供出来るのだ。

わざわざ秋津州王家を敵に回してまで行動するメリットなど、到底見出すことは出来ないとして即座に決定したものと見える。

これまで多数のサウジ王族をさまざまに接待し、その懐に捻じ込んできた大枚のドルも一セントも返っては来ないだろう。

当然、これ以外にも継続中の商談は多数に上っているが、その幾つかが同様の憂き目を見たことも報告が入り始めていた。

今までなら、常に先方から頼み込んで来ていた筈の資金調達オプションにしても、がらりと空気が変わってしまったものらしく、金融筋も下請け業者も全く腰が引け始めていると言う。

メインバンクは、支援するどころか、資金の引き上げ態勢に入ったかも知れない。

マーケットにおける情報の伝播は驚くほど素早かったのである。

王妃のご機嫌を損じてから、未だ一時間ほどしか経過していないにも拘わらず、猛烈な転落のシナリオが幕を明けてしまっていたのだ。

マーケットは常に正直に反応する。

舞台は、まるでビデオを早送りするようにして益々進行を早めるに違いない。

そのさなか、あの小心者から電話が入り、王家の秘書でもある秋元女史にアポが取れたことを連絡してきた。

ワシントンの指示もあり、特別の自信があるわけではないがと前置きし、これから内務省に入って様子を伺って見ると言って通話は切れた。

それにしても、全く想定外の事態なのだ。

マーケットは、我が社の信用不安を鋭くキャッチしてしまっており、大至急流動資金を大量に準備出来なければ、全てが破綻してしまう恐れがある。

塩漬けにしてあった株や債権まで、至急放出するよう命じなければならないだろう。

かほどまでに切迫した危機など、かつて経験したことが無いのである。

秘書に短く指示を出したあと、ジョージ・S・ベクトルは、虚脱したようにがっくりと肩を落としてしまった。

他に打つ手が見つからない以上、ここはじっと待つほかは無い。

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  1. 2006/12/29(金) 23:03:20|
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