日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 008

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株式会社秋津州商事

七月も既に終わろうとする、それも金曜の午後のことである。

取引終了後の東京証券取引所において、今まさに「トヨベ自動車」の記者発表が行われようとしていた。

無論トヨベは日本でトップ、世界でも有数の自動車メーカーとして名があり、自動車産業のみならず多岐にわたる分野において優れた事業展開を推し進め、各方面に多大な影響力を持つと言われる巨大優良企業でもある。

その企業がこの記者会見でもたらした内容こそが、まさに秋津州問題に絡み、大きく波紋を広げることになる。

その主要なものについては次の通りであった。

第一に、現在秋津州で稼動中の自動車がトヨベ製であることを確認したこと。

第三国において組み立てを終え、消耗部品や特殊工具などとセットにして、別の第三国においてバイヤーに引き渡したものであり、その車台には全て永久原動機を搭載していると言う。

第二に、トヨベは既に六年ほど前にこの特殊な原動機の供与を受け、高温地域、極寒冷地域、或は甚だしい塩害のある地域において運用試験を実施した結果、その性能及び信頼性を確信するに至ったこと。

この原動機は一切の燃料を必要とせず、基本的に冷却装置も潤滑油も不要であり、始動時の一瞬のみ微量の電力を必要とする事実を確認しているが、それは、市販の小型手動発電機の発電量で充分であり、まして当該車台に通常のバッテリを搭載している場合には、当然このバッテリを使用することで事足りること。

また、一旦起動してしまえば、「永久原動機」自身が継続的に発電機を兼ねること。

第三に、この原動機の性能及び耐久性を確認した今は、これを搭載した自動車の商品化に充分な意欲と自信を持っていること。

第四に、この永久原動機そのものの自社生産については技術面の困難さはさて置き、費用対効果の面からも断念せざるを得ず、用途別に数種類のモデルを設定し、ある条件のもとに有償供与を受けることで供給元との合意が成立したこと。

この場合の供給元とは日本国内の一私企業であり、「ある条件のもと」の条件とは非公開たるべきこと。

第五に、極小サイズのモデルについての試験結果も極めて良好で、人体内部の医療用極小ロボットにも充分転用が可能であること。

第六に、この度の秋津州に関する報道に接し初めてこの新島の存在を知り、国内法制にも鑑み所管官庁に対しても事実関係を報告し、我が社の行為に瑕疵無かりしことも確認され、許される範囲で公表する運びとなったこと。

また、この取り引きの仲介者は株式会社秋津州商事という企業であり、明日、都内某ホテルの会場で記者会見を行う旨の談話が付け加えられた。

会見場は騒然たる雰囲気に包まれ、相応の質疑が行われることとなったが、トヨベ側の口は堅く、質問者側の喜ぶような回答が出て来ることは一向に無かったのである。


また、これに続くかのようにして千差万別の企業が続々と記者発表を行い、それぞれがこの原動機の供与を受けるべく交渉中、若しくはさも妥結を匂わす発言を繰り返した。

無論、それは日本企業にとどまらない。

欧米企業も巻き込んで、えらい騒ぎになった。

原油や鉄鉱石などの買い付けの話柄に至っては、さも従前から取引実績があるかのごとき発言まで飛び出して来るのだ。

その内の数社が持ち出して来るデータに至っては、それを裏付けるものまで見受けられ、週明けには当該企業の評価ばかりが格段に上昇することになるのである。


そして翌日の土曜日、騒然たる取材合戦の中、この秋津州商事と言う企業の記者会見が行われた。

会場には、トヨベ側が用意したと囁かれる某有名ホテルの大広間が当てられ、別室に同時中継用の巨大モニタまで設置されるほどの盛況振りだ。

多数の報道関係者が固唾を呑んで見守る中、男性二人を従えるかのようにして二十代後半と思しき長身の美女が登場し、その抜きん出て優れた容姿に満場は期せずしてどよめいたが、果たせるかな、この女性こそ株式会社秋津州商事の代表秋元京子氏であった。

彼女は、この時点でさえ既に謎めいたスター性を垣間見せており、これ以後においてもまことに煌びやかな衣を纏い続けることになるのである。

ヒロインは、あたかも中世の王侯貴族ででもあるかのような雰囲気さえ醸しながら、終始ゆったりとした所作を以て所定の席に着き、簡単な挨拶に続いて爽やかに声明文を読み上げた。

第一に、株式会社秋津州商事は秋津州国王の委任を受け、許された範囲において忠実にその代行の責めを負うこと。

第二に、許された範囲とは、秋津州国王が提供する物品及び技術についての譲渡及び貸し渡し、若しくは秋津州国が発注する物品及びサービスについて条件の設定及び仲介を行うことであり、秋津州商事はこの行為を業としそれに関する手数料を受けること。

第三に、各国間に無用の軋轢を招来せざるよう配慮する用意があること。

第四に、市場に無用の混乱を招来せざるよう配慮する用意があること。

第五に、種々の混乱を避けるため、八月一杯は一切の商品の出荷を見合わせること。

第六に、株式会社秋津州商事と秋津州国との間には独自の通信回路が存在し、常に通信が可能であること。

なお、この通信回路に関しては、秋津州国を承認済みの各国政府に対しては悉く開示済みであり、既存の通信手段にとって、なんらの障害・悪影響を及ぼすものでなく、また、いずれからも何らの抗議も受けていないとされた。

このあと、第六項の特殊な通信手段の具体的技術内容や、秋元氏と秋津州国王との関係についての興味本位な質問、或は秋津州軍の円盤型航空機や飛行能力を持った兵士等についても騒然たる雰囲気の中で質疑が為されたが、特段の新情報は出ないまま、この謎に満ちたヒロインは、凄艶な色香をさえ漂わせながら淑やかに退場して行ってしまった。


無論、大騒動だ。

取材陣の目が最初に集中したのは、当然のことながら株式会社秋津州商事の登記上の所在地であったが、そこにはこの謎のヒロインどころか他の役員でさえ出入りする気配は無く、僅かに出入りする社員も個別の取材については応じられないというばかりで、とてものことに話しにも何もならない状況が続いた。

各国の関係省庁や秋津州商事に対する猛烈な取材攻勢は益々加熱して行くばかりで、憶測に基づく報道ばかりが巷に溢れ、様々のマーケットにも不透明な先行き感が醸成され、このときとばかりに不思議な未確認情報が飛びかい始める。

その後の報道によると、真偽取り混ぜてさまざまな事が取りざたされたことが判る。

先ず話題沸騰の秋元京子氏の実年齢は三十八歳であること。

また、株式会社秋津州商事の五名の役員全員が秋元姓を名乗る女性であり、その全ての現住所が勤務先である同社と同一のものであること。

彼女たちは、それぞれ乳児の時期に短期間養護施設に預けられ、いずれも実際の両親や血族が全く確認出来ず、当然それぞれの出生時期も不明であったため、施設側が生年月日を設定し名付け親となったこと。

全員が今は亡き秋元勝子という篤志家に引き取られ、その養女となっていること。

秋津州商事は当時実質的に休眠中であった法人が、十六年前に秋元京子氏によって買い取られ、その後大幅に改組されたこと。

秋元氏に請われ、当初経営に参画した旧役員たちの中で生存者は二名、いずれもが高齢で、退任後も顧問として報酬を支給されてはいるが、現在の経営実態を把握しておらず重要な情報は得られないこと。

秋津州商事の業態は石油、金属などの地下資源及び穀物類の取引に関する仲介業であり、かなりの資産形成に成功している上、有利子負債が見当たらず財務内容は非常に優秀であること。

代表を含め全役員がかなりの頻度で海外出張を繰り返しており、その出国先も多岐に渡り、アフリカ、中近東、東南アジア、南太平洋方面、それもナウル共和国が突出しており、そこにも現地事務所を開いていること。

秋津州商事及びその役員は、過去数年に亘って高額の納税実績があり、海外にも相当な口座を保有していると推定されること。

ざっと並べてみただけでも以上の如くであり、挙句に穀物メジャーが秋津州商事と頻繁に接触しているという情報まで洩れて来たが、この時点では秋津州側が穀類の購入者であると思われていた。

何せ太平洋上の秋津州には、ごく僅かな農耕地しか存在していないのである。

とにかく、各種の市場が沸き立つばかりだ。

果ては、例によって日本の各省庁が何の脈絡も無しに秋津州商事の囲い込み工作を計ったが、縦割り行政の弱点をさらけ出し、来日中の米大統領特別補佐官にあっさりとさらわれてしまい、無念の臍を噛むことになっただとか、はたまた、米国大使館の庭先に国王専用機が着陸したのを確認済みとするような怪情報まで飛び出して、とにかくマスコミスズメは騒がしい。

重要人物と目されるこの大統領特別補佐官トーマス・タイラーと言う男は、秋津州問題の総指揮を執るべく急遽派遣されて来たと言われ、四十歳をわずかに超えたばかりで、アングロサクソン特有の風貌と百九十センチほどもの堂々たる体躯を持つ偉丈夫だと言う。

重厚なキャリアと豊富な人脈とを兼ね備え、ことに秋津州関連の諸問題に関しては、ときとして駐日大使をさえ指揮するかのようであり、この異様なまでの権限一つをとっても、米国側にとっての、この問題の重要性を一段と浮き彫りにしており、各方面に渉ってさまざまに話題を提供しているほどだ。


また、別の意味で衝撃的であったのは、世界の穀物市場を支配すると言われる穀物メジャーたちが、相次いで発表したその内容であっただろう。

第一に、秋津州が、穀物を輸出する巨大な能力を持っていることを否定できなくなったこと。

第二に、秋津州が出荷を可能とする穀類は多岐にわたり、小麦、大豆、米、とうもろこし、その他相当数の品目と品質を確認したこと。

第三に、産出地は秋津州国内とは限らないこと。

第四に、株式会社秋津州商事との交渉は順調であること。

とまあ、市場にとってはあり得ないことばかりなのだ。

僅かな耕作地しか保有してない筈の秋津州が、穀物の輸入国どころか逆に巨大な輸出国だと言うのだ。

事実とすれば生産地が特定出来ない以上、無論気候の観測も出来ず、作柄の予測など全く不可能だ。

マーケットが目隠しされてしまったことになる。

このことを考慮すれば、こと穀類の流通に関して、秋津州産の大量の穀物の持つ影響力はすこぶる大きいと言わざるを得ない。

もうこうなると秋津州と秋津州商事は石油、金属、穀物、そしてその上に「永久原動機」と、あらゆるマーケットに巨大な影響力を持つ存在になってきた。

多少冒険的な商社などは、秋津州の物産をあて込みバーターによる売り込みを始めたと言う噂まで漏れて来る。

曰く、海底ケーブルの敷設工事であり、空港及び港湾の設備工事などなど、実現すればいずれをとってもビッグプロジェクトとなることは間違いない。


さて、ここに、高い塀に囲まれ六百坪ほどの敷地を持つ地上三階建ての邸宅がある。

場所は、渋谷区神宮前の一郭だ。

広々とした庭が贅沢に配され、堂々たるたたずまいを見せていながら表札一つ見当たらない。

正門の内側には警備員の詰め所のようなものまで見受けられ、常に数人の警備員が詰めていると言う。

実はこの邸は、秋津州商事の囲い込み工作のために当局が非公式に用意したもので、某特殊法人のファミリー企業の所有であったものを強引に入手し、数日をかけて大幅に手を入れていたものだ。

一階と地下フロアは、内閣府直属を以て発足した「東太平洋問題準備室」が、二階三階は秋津州商事側が使用することになっており、二階の全フロアを使って秋元京子のオフィスとプライベートルームが用意され、三階はその部下たちが最大八人まで、それぞれ独立した生活を営めるほどの設備まで整えられていたが、未だにそのほとんどが未使用のままだ。

無論、この「東太平洋問題準備室」は、秋津州関連の諸問題に集中的に対処させるために急遽用意された、かなり特殊なセクションであり、各関係省庁からの出向者を以て編成されている。

もっとも、各関係省庁などと言って見たところで、現実には秋津州問題に無関係とするような省庁など皆無であり、その結果、自然全省庁の相乗り状態になってしまっている。

当の秋元京子が妹一人を連れてこの邸に入ったのも、当局側の悲鳴に近い懇請に因ったものであり、決して自ら望んだものでないことだけは、官僚たちの、まるで腫れ物にでも触るような姿勢の一端を見るだけでも歴然としていた。

秋元京子は本来単なる一民間人なのである。

にもかかわらず、彼女に対する官僚たちの態度は信じ難いほどに丁重を極めており、普段許認可権や裁量権をタテに、傲然たる姿勢を保つあの官僚たちと同じ人種とは到底思えないほどだ。

かと言って、秋元姉妹が取り立てて頭(ず)の高い姿勢を採っているわけでは無いのである。

だが、官僚たちが例えどんな提言をしようが、結局のところ、そのキャスティングボードを握っているのは官僚側ではないことを益々露呈してしまうばかりで、彼らの姿勢はいよいよ低くならざるを得ない。

しまいには、非常に食の細い彼女たちの健康を危惧した官僚たちが、勝手に医師の往診を求めた結果、姉妹の柔らかい拒絶を前に立ち往生する場面まであったくらいなのだ。

外出する場合が又おおごとで、彼女たちの乗る車も公用車で、その上にガードの車が付く。

外出先ではかなり精力的に商談を進めているようで、そのフォローには奔命に疲れきってしまったらしい。

思い余った彼らが、邸内で商談をこなしてくれるよう懇願したところ、全ての盗聴器を外してくれれば、との条件が飛び出し、結局この条件も飲まざるを得なかったのである。

彼女達は、盗聴器の存在も全て知っていて沈黙していたことになり、官僚側の姿勢はいよいよ低くならざるを得ない。

それからも、彼女たちは悠揚たる姿勢を保ち続け、来訪するさまざまな相手との折衝を進めていく。

中でも米国筋の来訪は彼らをもっとも緊張させるものであり、時には米国大使館差し回しの車がやって来て、姉妹を悠々とさらって行ってしまうことさえあると言う。

また、与野党を問わず相当数の政治家が面会を求めてやって来るが、中には与党の実力者をもって任じるほどの者が、一時間も待たされると言った椿事まで起こり、官僚達の肝を冷やさせることもある。

だが、満足なアポも取らずに、強引に押し掛ける政治家の方に無理があることは、誰の目にも明らかであった。

当然財界人も多数訪れ、まさに門前市をなすというありさまになった。

当然、報道陣も大勢詰めかけ、邸外には終日多数のカメラが待ち受けていると言う騒ぎで、いまや官僚たちの頭痛の種となっている。

なにしろ、いったん関係者と思しきものが外出するとなると、その後を多数の車両やバイクが一団となって追尾して行くのである。

京子本人が外出する時などもう大変な騒ぎで、最早その知名度は卓越した美貌とも相俟って、日本中で並ぶものとて少ないだろう。


また、トヨベが申請中の例の永久原動機搭載の新型車が、未だに発表される気配が無い。

その型式認証を国交省が許さないために、折角の無公害車がお蔵入りになってしまっているとか、国交省がその型式の認証を許さないのは米国側の圧力がある為で、米国メーカーの態勢が整うまでは無理だろうとか、はたまた、電源開発関連の巨大な利権構造に大変動をきたし、凄まじい暗闘が政財界の裏面に於て激化しているとか、いやもうその喧しさといったら、それを表現する言葉を捜すのにも苦労するほどだ。

ニュース解説番組などでは、秋津州の輸出品目とその量は日本側が必要とするものの全てを満たしており、石油・食料・飼料・鉄鉱石等々、万一その輸入の一切が不可能になったとしても、秋津州との友邦関係を維持できればそれだけで事足りる、などとする極論まで飛び出す始末なのである。

もっとも、この時点ではいかにも極論と思われたこの議論も、秋津州の産出品目は、種類にしても量にしても、やがてその算定にさえ窮するほどであることが判明するに至り、日本にとっての重要性はいや増すばかりだ。

そのためにこそ、日本政府も「東太平洋問題準備室」を急遽設置し、各省庁の俊英を配置してきたところであり、秋津州問題を出来得る限り自らの掌の中でマネージし、かつ主導権をも握りたいところではある。

しかし、それは当然ワシントンの許容するところでは無く、あくまで大筋においては、米国に追随する形をとらざるを得ないのが実情であった。

只、あいも変わらず噂の「荘園」の所在地は不明のままで、情報通とされる解説者たちが、地球上の地名を多数列挙しては、したり顔でそれを特定して見せたりしている。

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  1. 2005/07/24(日) 15:50:33|
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