日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 080

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二千七年十一月十八日、国王と秋元京子の通信(若者は王妃と共に簡素な王宮におり、秋元京子は内務省ビルの最上階の一郭にいる。)

「陛下、少しよろしゅうございますか?」

「む、いかが致した。」

「久我商事の件でございますが。」

久我商事とは王妃の実兄、久我正嘉(まさよし)氏が代表を務めている筈の企業名であるが、対馬現地に設えた小ぢんまりとしたそのオフィスには、今も秋津州人女性が盛んに出入りしながら所定の活動を続けていた。

「む。」

「環境が整いましたので、そろそろ生産ラインの構築に取り掛かりたいと存じます。」

実は、アルミニュームの生産ラインのことなのだ。

「いや、しばらく待て。」

当時大量の秋津州人女性を対馬に送り込んだのも、かつて韓国から発せられた対日断交によって対馬の経済活動が大きくダメージを蒙ることを想定し、その一時的な支援対策として命じた臨時の方策であって、久我商事の事業としての収益性を云々することはさらさら無かったのである。

「お言葉ですが、経費倒れが甚だしゅうございますが。」

そもそも、その企業は、その目的からして莫大な経費倒れが発生することは最初から覚悟の上のことであり、その上現時点でさえまったく営業収入が無い。

営利企業として、肝心の営業をすら行ってはいない。

結果として既に百五十億円ほども突っ込んでしまっており、そのほとんどが、わざわざ渡航させた秋津州人女性の人件費としての支出なのだ。

彼女たちは現地にそれを存分に振りまき続けた上、その背後にある秋津州の存在感を絶えず印象付けて来た。

更に、霊光原発騒動に際しても彼女達が帰国の動きを一切見せなかったことにより、現地住民に齎した安堵感は決して小さなものではなかった筈だ。

詰まり、若者が意図した使命は立派に果たされたことになる。

「その程度の経費倒れは最初から織り込み済みの筈だったでは無いか。」

「お言葉ではございますが、(久我商事)設立のみぎり、アルミニュームの生産を主眼とするようお指図をいただいたと存じますが。」

「それは、あくまで形だけの設立趣意であろう。第一、兄者自身が望んでいるわけではあるまい。」

現に久我正嘉氏は名目上の代表を引き受けただけであって、久我商事の経営には一切興味を示さず、本人の希望によりつい最近まで「丹波」に滞在していた事実がある。

王妃の希望もあり、この兄には例の三人の侍女を近侍させた上、現地兵団の司令官にも特別の保護を命じてもいた。

なお、丹波のその地域では良質の砂鉄を多く産出するため、現地兵団に命じ玉鋼(たまはがね)を大量に生産させ、秋津州国防軍の象徴たる日本刀を作らせており、たまたま正嘉氏の趣味が鉄いじりであったことから、その「丹波」において作刀と言う趣味の世界に生きていたが、つい先ごろ地球に戻り、秋津州の村落に設えた鍛冶工房において趣味の作刀に余念が無い。

丹波滞在中のものも含めれば、既に数百振りもの多くを打ったと言う。

「では、経費倒れの許容範囲については、いかほどとなされましょうや?」

「取りあえずは、三百億ほどを目処とせよ。」

「もちろん日本円でございますね。」

「うむ。」

「承知致しました。」

「くれぐれも余計なことに手を出すでないぞ。」

「はい、現地にお金を落としながら、精子の採取に鋭意努めているところでございます。」

派遣している女性型ヒューマノイドに、そうとは知らずに男女の交際を望む者が跡を絶たない。

何せ彼女たちの多くは、揃いも揃って若く美麗な外観を具えているのである。

「ふむ、やはりそうであったか。」

例によって、全てはマザーたちの独断専行だ。

「以前から申し上げております通り、健全な精子のストックが底をついてしまいましたので。」

「そこまでする必要もあるまいに。」

若者はひたすら困惑の語調である。

「お言葉ではございますが、マザーの人工子宮は空(から)のままでございます。」

「歓迎すべきことではないが、それも已むを得まい。」

「それでは、今後ご一族のご誕生は不要と仰せられますか。」

「そうではない。既に我が一族はこの秋津州に大勢おるではないか。」

「はい?」

「例えば、新田氏などもその一人であろう。」

その新田の周囲には、岡部以下なお十数人の同志が日本を守ろうと日々懸命に活動しており、秋津州の潜水艦を操る加納二佐やその仲間たちも大勢いる上、近頃では、あのダイアンまでが頻繁に顔を出すに至っている。

「しかしながら・・・」

「それに、そなたの申す精子の採取とやらは、協力者たちの積極的な同意など、とてものことに得てはおるまい。」

「はい、一切、事情を打ち明けてはおりません。」

うかつに事情を打ち明ければ、秋津州の国家的な機密事項に触れざるを得ないのである。

「そうであれば、なおのこと不埒なことになるでは無いか。」

提供者の意思を無視して行えば、倫理上においても非常な問題があるが、それが彼女たちには判らない。

「左様でございましょうか。」

言い尽くして来た通り、若者と彼女たちとでは、このことについての優先度が全く違ってしまっている。

「第一、そのようにして生まれて来る赤子が哀れではないか。この場合男親自身がそれを望んではおらぬのだぞ。」

従来の場合、精子や卵子の提供者は若者以外は全て過去の秋津州人であり、その使用目的についても全て積極的な同意があったが今度ばかりは全く違うのだ。

「・・・。」

「判らぬか。親に望まれずに生まれて来ることほど悲惨なことは無いのだぞ。」

「・・・。」

無論、彼女達ヒューマノイドにそのような感覚は無い。

「その子らが成人し、やがて自らの出生の秘密を知ったときに、一族として果たして健全な連帯感を持ち得ようか。」

そのような方式で出生させられたと知れば、反って恨むことになるかも知れない。

「それでは、この方法ではご一族の繁栄の妨げとなりましょうか?」

「当然である。現に私自身も、父君と母君にともに望まれて生まれてきたと思えることこそが生きる糧となっておるのだ。」

このことを強調しておかなければ、恐らく肝心のマザーが宜わないだろう。

「それならば、致し方もございません。いままでの採取分は廃棄させていただきます。」

「判ってくれるか。」

「はい。ご一族の繁栄の妨げとなるとなれば、致し方もございません。」

一族の繁栄こそ第一義としている以上、折角苦労して誕生させた子供たちが、将来秋津州人としての連帯感を見失うのであれば、それこそ何の為の苦労なのか本末転倒も甚だしいことになってしまう。

「うむ。今後は一切ならぬぞ。」

「承知致しました。」

「それに、ケンタウルスの件もあろう。」

既に、マザーには相当なデータを渡してある。

「荘園現地の準備の方はいかがでしょう。」

「うむ、本格的に始めさせておる。」

「ファクトリーから相当のものをお運びになられましたから、工事もかなり大規模なものになろうかとは存じておりました。」

若者は人類の避難先として丹波を最適のものと判断しており、既にそこには、既存の兵団のほかに、新たに三個兵団を派出して環境整備に当たらせており、その作業量も又天文学的なものと言って良い。

「残念だが、そうならざるを得まい。」

今回の作業は、結局のところ丹波の自然環境を大幅に破壊してしまうのである。

「はい。」

「妻の一族の処遇についても考えておかねばなるまいな。」

「はい、その件につきましては、正嘉さまの工房がワシントンの察知する所となりましたが、いかが取り計らいましょう。」

「ワシントンに特別の害意など無かろう。」

「はい。ただ例の工作員どもが、さぞうるさかろうと存じまして。」

無論、ティーム・キャンディ等のことだ。

何せ、王妃の実兄たる正嘉氏は最も主要なターゲットの一人とされており、彼女たちにタイラーが提示してある賞金額もそれはそれで莫大なものなのである。

但し、現段階では国外退去となることを恐れ、積極的アプローチをタイラーが抑えているに過ぎない。

「うむ、こればかりはご本人の判断にお任せするより仕方あるまい。」

「かしこまりました。それではそろそろご出発のお時刻でございます。」

程なく若者は地球を離れるが、今回の旅ばかりは常のものとは違うのだ。

「(調査団は)全員揃ったのか。」

「はい、既に三十五名全員が乗船致しましてございます。」

それは財団の常任研究員とその呼び掛けに応じて集まった者たちのことなのだが、彼等は貴重な観測調査を予定しており、結果として全員が極めて重大な使命を帯びることになる。

なお、調査団の実質的なリーダー格は常任研究員の一人松川徳治氏であり、既に五度にわたって若者の旅に同行した実績がある。

尤も、アルファ・ケンタウルス星団の異変に最初に気付いたのは若者自身であり、そのデータを受け取って、事の重大性を認識した最初の地球人が松川徳治氏なのだ。

無論、新田や岡部もこれについての情報を共有しているが、未だ事態の深刻さに対する認識において若干欠けるところが無かったとは言えない。


「む、では五分後に出発すると申し伝えよ。」

「承知致しました。」



通信が切断され、若者は傍らの新妻に向き直り、益々ふっくらとして来ている下腹に目を移した。

いよいよ、来春早々にはかけがえの無い赤子が生まれて来るのである。

「くれぐれも体を厭うてくれよ。」

しみじみと胸に沁みる言葉であったろう。

「はい、あなたさまもお気をつけてお出であそばしますよう。」

「では、行って来る。」

「どうぞ、あとのことはお心置き無く。」

マザーの分析によれば、夫の帯びる使命も又、人類にとって極めて重大なものになると聞いており、身重の新妻としては最愛の人の無事を祈らずにはいられない。

まして彼女は未だ若く、この二十二日にやっと二十三歳の誕生日を迎える身でもある。


程無く、内務省正面のグラウンドから飛び立った観測船は瞬時に四光年の彼方に移動し、マザーの手になる優れた機器を利して存分にデータを収集した。

無論、その間の彼等は全て無重力空間にある。

一部高齢の者も参加していたこともあり、過酷な環境の宇宙滞在を四時間ほどで切り上げ、瞬時に秋津州へ戻り、メンバーは勇んでデータの分析に入った。

参加者たちの体調を気遣い、慎重な健康チェックを行いつつ、翌日には再び短時間の観測行が実施され、このようなパターンで繰り返された旅はやがて十数回もの多くに及ぶのである。

後半になって各国政府から派遣されて乗船する者も多くを数え、更に新たな参加者を加えて行き、財団の研究所において精力的な分析が進み、さまざまな観測定点に於いて収集された膨大なデータが、やがて優れて効果を発揮することになる。


また、国井義人が新田からの連絡を受けて、ひっそりと秋津州を訪れていたが、やがて一政治家としてかって無いほどの重大な決断を迫られることになるのだ。

一方の新田は秋津州外交を現実に今も担っており、その延長線上において、常に傍らの涼を通して提供される豊富な情報を持つ。

当然今次のケンタウルス観測に関するものも初期の段階から入手していた上、未だ財団の研究所でさえ意見の集約がなされていない時点で、マザーの手になる分析結果まで入手しており、ことの重大さに鑑み早々と国井に連絡したのである。

退官時のいきさつのこともあり、総理官邸は新田の言に耳を傾ける姿勢に欠けているため、連絡しても情報が正しく処理されない恐れを感じたからであったが、おかげで国井自身は、各国当局が未だ深刻なものとして認識出来ていない時点で、恐るべき未来を知ることになった。

マザーの分析によれば、問題のガンマ線バーストが地球に到達する時期は二千十一年の五月から七月の間のいずれかであり、その規模はこの地球に最大級の被害をもたらすほどのもので、地球上の生物は文字通り絶滅を免れないと言う。

このままの状態で有効な対策が採られない場合、人類そのものが滅亡してしまう確率はほぼ百パーセントだと言うのだ。

過去の若者の言動を良く知る国井は当然信じた。

信じざるを得ないのだ。

国井は若者に面会を求め、直ちに全人類の救済措置に付いて協力要請を行い、荘園への移住についても内諾を得たが、やがて重大な障害が人類の側にあったことを思い知るのである。

一つには、やがて来る天災がもたらす惨禍について、マザーの分析結果をそのままに公表してしまえば、途方も無いパニックを引き起こすことは明らかであり、かと言って深刻に受け止められない人が続出してしまえば、各国の政府が国民の総意を妥当な形で収斂させることが困難になるばかりだ。

現状では、足元の日本国ですら覚束ない。

それにパニックを最小限に食い止めるためにも、詳細の公表は避難先の受け入れ準備を最低限整えてからにすべきであろう。

いずれにしても、大多数のマーケットが一瞬で崩壊することは免れず、世界的規模の統制経済を布くべきであろうが、果たしてそれが可能だろうか。

仮に各国政府の方針が他の天体への移住と言う点で一致を見たとしても、移住先に於けるそれぞれの避難先の割り振りが又問題だ。

そこが即ち各国にとっての新たな領土となるのである。

恐らく、空前の陣地争いが繰り広げられることになるに違いない。

それを解決出来たとしても、各避難先に最低限の受け入れ態勢を事前に用意出来るとは限らない。

何せ、残された時間は僅か四年でしかないのだ。

国井の胸中では、さまざまな難問が渦を巻いてしまうのもいたし方の無いところだったろう。


そうこうする内、十二月に入り、財団の研究所レベルでの分析結果が出たが、それはやはりと言うべきか、マザーの出した最悪の結論と大差の無いものであった。

今や財団はこの件に於ける研究の最前線にあり、その分野の泰斗と目される人の殆どが参画しているほどで、そのグループの降した結論には絶対的な蓋然性が認められるまでになっていたのだ。

直ちに内務省外事部が各国当局にその内容を公告したことにより、それは初めて公式のものとなった。

無論、各国ともに最大の機密事項としての扱いである。

早速五カ国協議における最優先課題となりはしたが、的確な対応策を見出すことは出来ず時間ばかりが経過して行く。

秋津州から公告のあった絶望的な見通しに関して、さすがに疑義を唱える国は出なかったが、日本代表から提示のあった荘園への避難移住と言う案を一決するには至らない。

何せ、荘園は秋津州国王の領土である以上、その手法を採る限り、それぞれが、自国は勿論、全世界があたかも秋津州の属国に成り果ててしまうような感覚を持ってしまうようだ。

秋津州の技術に期待するあまり、太陽系全体を一括して移動出来ないかと言う意見まで飛び出したが、何せ太陽一つだけでもこの地球の三十三万倍もの質量があり、とてもそこまでの「技術」は無いとする秋津州の意思が示され、次いで、ならば地球だけ単体で移動してもらえまいかと言う希望が出た。

それが成功すれば新たな国境の策定や国土建設の必要も無く、困難な問題のほとんどが片付くのである。

しかし、この虫のいい希望も敢え無く潰えてしまうことになる。

秋津州の「特殊な技術」を駆使すれば、地球と月を一つのユニットとして移動させることは可能だが、移動の結果、安定的かつ継続した生存条件を確保し得るほどの技術は有していないと言う。

詰まり、地球と月を一体として移動させたとしても、太陽と同程度の条件を過不足無く備えた恒星を見つけ、更にその恒星と適度な距離を保つ公転軌道に乗せてやらなければならない。

仮にそれが成功したとしても、周辺の天体との相互関係に齟齬を来すかも知れず、はたまた、その移動作業の過程において地球の挙動が変化し、その磁場を大幅に変えてしまう可能性が高く、そうなれば地球の環境自体が激変してしまい、やはり生物の生存を許さなくなる可能性は否定出来ない。

いずれにしても、従来と同様の環境を再現し維持するためには、無数のハードルを同時にクリアせねばならず、成功の可能性は極めて低い。

したがって、人類が避難を完了してからでなくては、とてものことに冒険する気にはなれないと言う。

結局、どう転んでも壮大な人類移転計画は策定されなければならないことになる。

そうこうする内、今度は秋津州財団の方からある道標が示された。

先ず、かつて異星人による攻撃を受けた事実を含め、丹波に関する新たな諸情報が公開された上、世界が人類の移住と言う選択をするならば、秋津州は全力を挙げて受け入れる用意はあるが、但し全ての避難民はその国籍国の政府によって認定され、管理されなければならないとされたのだ。

詰まり、各国政府は各自その国民の管理に関してそれぞれ個別に責任を持つことになる。

更に、世界に存在する膨大な無国籍者に関して責めを負う機構を、別途用意する必要があるとしている。

この場合の無国籍者とは、何れの国家からも国民として認定されない者のことで、現に日本国内だけでも数万人もの多くが存在しており、いったい世界中でどれほどの数になるものか、軽く億を超える筈だと言う説もあり、結局は誰にも判らない。

なお全ての避難民の受け入れ地については、若者の所有する荘園の中で最も適格な環境を具えた「丹波」の内、全陸地の八十パーセントほどが提供されると言い、この場合の「適格な環境」の要件としてさまざまな事例が示されたが、結局掻い摘んで言えば、丹波は全てにわたってこの地球に酷似した天体環境を具えており、たまたま月と同程度の衛星まで一つ持ち、継続的に影響を受け続ける潮汐力の相関関係にしても極めて似ているのだと言う。

さらに、その公転と自転のあり方もほとんど地球と同一と言って良いほどのもので、かつ自転軸の傾斜角までそっくりそのものなのだ。

財団研究所の試算によれば、現在のグレゴリオ暦が一世紀以上もそのままで使用可能なほどだと言う。

また、少なくとも人類の居住を可能とする陸地部分だけで比較すれば、秋津州から提供される八十パーセントの分だけでも、現在の地球のものとほぼ同等だとされた。

何せ、丹波では地球と異なり、砂漠地帯が極端に少ないことを確認済みだと言うのだ。

詰まり、移動先の陸地の配分にあたって、確保面積の上で極度に不利益を蒙る国を出さずに済むことになる。

それでなお、五カ国協議の議論が堂々巡りを繰り返す内に、あっという間に年が明けてしまった。

何一つ成果を上げ得ぬまま、貴重な時間を浪費しただけで二千八年の新春を迎えてしまったのである。

無論、人類の絶滅に至るタイムテーブルはその間も刻々と時を刻み続け、決して歩みを止めることは無い。


一方ビッグメディアの多くがかつて松川氏が公表した情報に接しながら、深刻に受け止めるケースはまったく無かったと言って良い。

だが、その後本格的な調査団らしきものが、秋津州国王の導きによって繰り返しケンタウルス星団付近に飛んだことが伝わるに連れ、ことの重大性を認識する者が現れ始め、その結果いよいよ秋津州情報に注目した。

その後、世界のビッグメディアの殆どがことの重大性に鑑み、非公式に報道協定を結んでことに対処する動きを見せ始めた。

世界的な恐慌を恐れたのである。

一部に抜け駆け報道に走るものも出たが、それもことの全体像を正確に把握してのことではなく、さまざまな憶測を積み重ねたものがほとんどであり、未だ致命的なパニックを引き起こすまでには至っていない。

それらの報道も、ケンタウルス星団において二つの巨星が異常に接近した挙句融合してしまい、その過程で噴出させたジェット状のガンマ線が、太陽系に向かっているところまでは松川氏の論文に記述されている通りであったのだが、それだけでは深刻な展開を想起させるには不十分であり、真に問題なのは、そのことが地球に与えるダメージに関する評価なのである。

あるメディアに至っては、松川論文を引用するにあたって、ダメージが発生する確率は二十パーセントから九十パーセントと記述されていたところを、単に九十パーセントだと恣意的に書き換えて報じ多少の混乱を招いたが、直ちに松川氏本人が会見を行い、自己の論文を再び取り上げその報道との差異について明確に指摘した上、自らの行為が無用の混乱を招いてしまったとして謝罪を繰り返した。

その後新たに収集したデータの分析状況についても詳細に語り、その確率は精々一桁未満になるだろうとした。

詰まり、一パーセント未満であるとしたのだ。

その上、このガンマ線バーストと言う現象が、日常的に不断に起きているものであることを詳細に説明するに及んで、混乱は鎮静することを得た。

無論この会見が行われたところも秋津州であり、いずれにしても、重要な鍵のほとんどが秋津州にあることは衆目の一致するところだ。

ビッグメディアの責任者クラスのほとんどは密かに秋津州に結集し、やがて開かれた会合において、国王へのインタビューを行うにあたり、混乱を避けるための便法としてその窓口を一本化することに決し、NBSのビル支局長を全会一致で指名するに至った。

彼等は、ビルの持つ国王との特別な人間関係に着目し、国王との単独インタビュアーとしての役割を託し、全ては、その結果を見てからのこととしたのである。

したがって指名を受けたビルは、この件について得た情報を彼等に配信する義務を負うことになる。

尤も、ビル自身は既に数度にわたって若者との会見を重ねて来ているため、その胸の内もかなりの部分で窺い知ることが出来ており、若者が人類の生存に寄与する意欲を持ち続けていてくれることを確信しつつ、改めて通常の会見を申し入れたに過ぎない。

たまたま若者の体も空いていたためか、その会見は実に質素な王宮の掘り炬燵で行われ、ビルはいつも通りの友人として振る舞うことを得た。

王妃の親しみ溢れる接遇を受けながらインタビューを行い、改めて若者の心の琴線に触れて行く。

「陛下、本日は他のメディアの総意を受けて参上致しましたので、ご承知おき願います。」

ビルとしては、多少気の重い自分の役割について述べておかなければならないだろう。

「承知しました。」

「この事態をどのようにお考えか伺って参るようにとの総意でございます。」

無論、メディアだけでなく国家と言う国家が揃ってそれを知りたがっている筈だ。

「人類の未来の為に、もはや全ての人々が協力せねばならぬ事態に立ち至ったものと考えております。」

「人類の未来のためとの仰せでございますな。」

「その通りです。」

「およそのことは以前にも伺っておるところですが、敢えてもう一度お考えを確認させていただきたい。」

ビル自身、つい先ごろの単独会見において、マザーの分析結果に関しても詳細に耳にしており、その際にも闊達な意見交換をなし得たこともあり、ビルの主観の中の若者は、絶えず人類の救済に心を砕いていたことは確かであった。

さらには、五カ国協議レベルで打診したとされる太陽系全体を一括して移動する案とか、地球単体でのケースについても充分承知しており、その不可である理由でさえ直接説明を受ける機会があったほどだ。

「何事もご遠慮なくお尋ね下さい。」

「いつもながらのご交情には、まことに感謝に絶えません。」

この若者には、過去においてもさまざまな配慮を受けてこんにちに至っており、立場の違いこそあれ、ビルの胸の中には友情と呼べるものが確実に育っていたのだ。

「我々のお付き合いも、とうに三年を超えてしまいましたな。」

「思えば、いろんなことがございました。」

悲惨な秋津州戦争があり、そしてまた部下の引き起こした恥ずべき不祥事もあった。

何よりも、NBS支局の立ち上げの際には、信じ難いほどの厚遇を受ける機会まで得たのである。

「はい。」

「このたびのことさえ無ければ・・・・」

「まことに。」

「ま、愚痴を言っていても始まりません。大切なのは我々人類の未来ですからな。」

「その通りです。」

「つきましては、その後の状況は如何でしょう?」

気を取り直して単刀直入にぶつかって行く。

「前回お話した危機的状況と避難民の受け入れの許諾については、既に我が外事部より各国政府に公告を済ませておりますが、未だにその返答が得られない状況です。」

丹波に全避難民を受け入れる意思を伝えてはあるが、未だにその反応が返って来ないと言う。

「丹波の陸地の八十パーセントを提供して下さると言うお話までは伺いましたが。」

「それだけあれば充分だと考えております。」

「その八十パーセントだけで、確か一億七百二十五万平方キロほどでございましたな。」

引き比べて地球の陸地面積は、南極大陸を除けば一億三千五百万平方キロほどであり、さらにそこには、広大な砂漠地帯など居住不能な領域を数多く含んでいる。

「さようです。」

「その地では緑地部分がかなり多いことも伺いましたので、面積としては申し分の無い広さかと。」

既に各国当局にも渡っている丹波の地形図もモニタの画面上で拝見した上、改めてプリントアウトさせていただいたが、メルカトル図法であったにも拘わらず南北の極地付近の陸地が極めて小さい。

付属の表の記載によれば、北極付近で十万平方キロ、南極付近は三十万平方キロほどでしか無く、そのことが、その天体において、居住を可能とする地表面積を多く確保し得ることに預かって余りあるに違いない。

何せ、地球上の南極大陸は、それ一つで既に千四百万平方キロもある巨大な陸地なのである。

なお、その表には、若者の「直轄領土」として、二千六百八十万平方キロを僅かに下回る数値が記載されており、それは確かに丹波の全陸地の二十パーセントに合致している。


筆者註:領土面積一覧(惑星丹波)

  大陸及び小諸島:  2500万k㎡
      玉垣島:    70万k㎡
      新垣島:    60万k㎡
      八雲島:    9.5万k㎡
      南極 :    30万k㎡
      北極 :    10万k㎡
       小計:  2679.5万k㎡
 一般分配予定地分:1億 725.1万k㎡
   丹波陸地総計:1億3404.6万k㎡

なお、この一般分配予定地分(一億七百二十五万平方キロ)が地球の諸国家が配分を受け、人類が移住する部分であり、北半球にも南半球にもそれぞれに分散して存在し、無論多数の大陸や島々がある。


「そのように考えております。」

「この表では、南北の極地付近の陸地は、陛下の直轄領の二十パーセントの中に含まれることになっとりますな。」

「そこは既に私が使用しておりますし、百歩譲って仮に一般に配分したところで人間の居住には適さないでしょう。」

南極・北極ともにこの若者が、自ら「領有」を続ける意思を鮮明にしたことになるのだが、もとはと言えば丹波の全てを領有して来ている実績を思えば、とても苦情を言えた義理では無い。

ちなみに、地球上の南極大陸はいずれの国家も領土とはなし得ないことで合意されている筈だ。

「なるほど。」

「問題は各国政府が結論を出せないことにあるのです。それに一般大衆にいつまでも隠しおおせることでもありませんし。」

「まあ、各国の為政者たちにしても、皆さん生身の人間でございますから。」

「残された時間は減るばかりです。」

「先日伺ったプランですと、先ず各国の先遣隊に丹波の現地をその目で見せた上、その報告を待って人類自身がそれぞれの領土配分を決定し、その後それぞれの政府の希望する時期に避難民を送り届けて下さる筈でしたな。」

「さようです。自国の避難民を移送前にしかるべき場所に集めておくことは、その国の政府の役目になりましょう。」

「そう致しますと、各国政府は新天地において新たに確保した領土内で、早速自らの責任において、受け入れの準備にかからねばならないことになりますな。」

「その通りです。もはや一刻を争う。」

「時間のこともありますが、全ては、我々がいかに整斉粛々と行動出来るか否かにかかっていることになりましょう。」

「無論、世界がパニックに陥ってしまえば、救済が困難になる一方ですから。」

「はい、そのためにわたくしどもも、報道協定を結んで報道を控えておるところでございます。」

「とにかく正確な情報を大衆に伝えるのは、各国政府が新たな領土に受け入れ態勢を整えてからにすべきでしょう。」

「そうでなければ、間違いなくパニックを引き起こしてしまいますからな。」

「誰が考えてもそうなるでしょう。」

「とにかく、各国政府が先遣隊を派出し、各国間の話し合いを経て、それぞれの領土を決定しないことには何も始まらないことになりますな。」

「はい、新たな領土を決定するのはあくまで人類自身です。」

「なるほど。」

「その方法で国境が定まったあとは、全ての国境線を我が手で固めるつもりです。無論、当分の間の暫定措置ではありますが。」

新たな国境線の全てを、当分の間、秋津州軍が一手に守備してくれると言うのである。

「ほほう、国境紛争を未然に防いでいただけるわけですな。」

「さようです。どのような国境線が描かれようとも、必ずどこかで紛争が発生してしまうものとみておりますから。」

「それは、確かにそうでしょうなあ。」

「せめて、先遣隊の発出だけでも早く決めてもらいたいものです。」

「こうなれば、陛下ご自身が全てを処断してしまわれたらいかがでしょう?」

「わたしに、そのような能力が無いことはご承知でしょう。」

何しろ、この世界には複雑な内部事情を抱えた国家があまりに多過ぎる上、その内部事情にしても、外部から処理し得るほど単純なものなど一つも無いのである。

それらの国家の国民の認定一つとっても、当事国の当局ですらお手上げの現実がある以上、まして外部の者になど出来る道理がない。

「私には、陛下以外に適任者はいないように思えるのですがねえ。」

「いや、どう考えても私には無理です。それに、その国の民の運命はその国の為政者が判断するのが筋でしょう。」

その国民の生死は、文字通り為政者の判断一つに掛かっていると言って良い。

「それが理想ではありましょうが、この非常事態ではそれも難しゅうございましょう。」

「そうかと言って、各国政府の依頼も無いまま、私が勝手に選定して運んでしまうわけにもいかぬでしょう。」

「しかし、最悪の場合は止むを得んでしょうな。」

「その場合、丹波のどの領域に送るかも問題です。それに私には国家毎に分別することは出来ませんから、多数の国の国民が混在することになってしまう。」

「そうですなあ、おまけにその集団には肝心要の統治者がおりませんな。」

「無政府状態で互いに言葉も通じず、風俗も異なる人間が無秩序に混在するのです。それこそ強い者勝ちの世界になってしまうでしょう。」

「治安維持に責任を持つ者がおりませんからなあ。」

「殊に生まれつき治安の良い地域で成長してきた者にとっては、個人の自由とか所有権とかが、まったく保護されない状況など想像することすら出来ないでしょうから。」

「確かに、治安が維持されねば、貨幣ですら満足に通用せんでしょうからな。」

「そのような状況で、それぞれが自力で食糧を手に入れねばならんのだし。地域によっては飲み水でさえ入手が困難です。」

「しかし、このまま各国政府が不作為を続けていれば限界が来てしまいます。その節はご決断を願わねばならなくなるでしょう。」

「それも各国政府の判断に拠らなければ、あとあとひどい非難を浴びることになりましょう。何せ、いきなり無政府状態の中に放り込むことになってしまいますから。」

「お気の毒とは存じますが、地球へ残されれば全て死に絶えてしまうのですから、この際多少恨まれるくらいはご辛抱いただきませんと。」

ビルは、敢えて無遠慮極まりない物言いをしているようだ。

「最悪、そうせざるを得ない場合のことも考慮に入れていることは事実です。」

「ほほう、そのお言葉をお待ちしておりました。」

「無論、そうならないことを願っておるところです。」

「その場合の限界時期についてお伺いしたい。」

「まあ、断言してしまうにはためらいもあるが、ぎりぎり二千十年一杯と言うところでしょうか。」

「なるほど、誰が考えてもその辺がぎりぎりのところではあるでしょうなあ。」

「今後、事態が進捗するに従い、若干のずれが出て来ることも考えておく必要はあるでしょう。」

問題のガンマ線の到達時期が、将来現在の予測値と異なってくる可能性もあり得ると言う。

「さようでございましょうな。それと、もう一点、無国籍者の扱いの件ですが、これについても、全面的にお引き受けいただけるものと理解しておいてよろしゅうございますか。」

「そのつもりです。但し、その取り纏めを担い、なおかつその者たちが移住する領域についても責めを負う機構を別途定めていただかねばなりません。」

「そりゃ、そうですな。」

「我が直轄領域には収容できかねることも、各国当局には伝えてあります。」

「第一、どの程度の人数になるかも判りませんし、万一無制限に陛下の直轄領域でお引き受け下さるとなれば、どんどん増えて、しまいには膨大な数が殺到しかねませんな。」

未曾有の混乱が予想される以上、場合によっては若者の直轄領以外に、安寧秩序の保たれる場所を探すのは困難な事態を迎えてしまうかも知れないのだ。

若者の統治能力は、その強大な軍事力とも相俟って、今やそれほどまでに評価されていると言って良い。

「恐らく、きりがなくなってしまうでしょうから、最悪、該当者たち専用の領域を、別途各国の共同で用意してもらわなければなりません。」

「そうするとやはり、UNHCRがナンセン・パスポートを発行して出国させた上で、然るべき場所に集結させるようなイメージでお考えでございますか?」

現実には、国際連合難民高等弁務官事務所(UNHCR)が動いたところで、無国籍者本人からの申し出が無ければどうすることも出来ない筈だ。

「それも、各国政府それぞれに考えてもらわねばならないことでしょう。」

結局若者の意図するところは、出来る限りそれぞれの政府に責めを負わせようとするところにあるが、この世に国家と言う機構以上の統治権能を持つものが存在しない以上、これもまた当然のことだ。

ビルは貴重な情報を持ち帰り、周囲と報道のあり方に付いて改めて協議することにはなるが、彼等にしても、すぐさまありのままを報道してしまうことが、人類にとって最終的なメリットに繋がるとは、とても思えなかったに違いない。

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  1. 2007/08/04(土) 17:35:33|
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