日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 086

 ◆ 目次ページに戻る

さて、若者の企図した新天地報道作戦は、メディアによってその多くが絶好のエンターテインメントと化し、現地の映像などは圧倒的な大自然が殊更美麗に映像化されるに至り、国井内閣の手になる一連の施策とも相俟って各方面に及ぼす波及効果も決して小さなものでは無い。

まして、秋津州には宇宙旅行を手軽に実現する技術があるとされており、短時間のことなら相当な高齢者や病者でも参加が可能であると喧伝されるに及び、丹波への観光人気には凄まじいものがある。

それはそうだろう。

非公式とは言え、現総理までが、その風景を肉眼で見ていることが伝わっているのである。

その安全性や確実性は、最早折り紙つきと言って良い。

現に、億単位の旅費を用意していると言い騒ぐものまで出て来ており、大手の旅行代理店などは競って神宮前へ日参する騒ぎだ。

メディアの視線は揃って秋津州に向かい、新内閣の採った「大帰化」政策にしても好意的に論ずる例がほとんどで、中でも秋津州国王の国賓訪問に至っては挙って歓迎の意を表しており、この対秋津州外交を批判的に論ずる報道など皆無と言って良い。

呆れたことに、左派系政党の機関紙でさえそうなのだ。

この国賓訪問にあたり、立川みどりと言う一民間人が終始同行し、真人王子を抱く姿などが頻繁に紙面を飾り、一行が和装の姿で伊勢の神宮に詣でた折りなどは報道はそれ一色に染まった。

厳粛の内にも和やかに消化されたこの外交日程が充分な効果を発揮し、秋津州との緊密な繋がりを持つ新政権の人気も高まる一方だ。

各メディアは、かつて新党秋桜の立党だなんぞと散々に憶測報道を垂れ流して来たが、合従連衡の結果大きく再編された政界の姿がいまや眼前にあり、その集大成のような形で誕生した国井政権こそ、実は新党秋桜そのものなのだと評する者も少なく無かったのである。


また、この頃のメディアは別に新たな話題を発掘しており、国賓の訪日と並んで盛んに報じるに至っている。

その発掘現場は、秋津州ののどかな田園風景の中にあって、あの王宮にも程近い。

既に述べた通り、そこには王妃の実兄が刀匠として一心に作刀を続けており、その異様なまでに寡黙な人となりに触れた者の中には「愚者の一念」と評する者もいる通り、その作品の出来栄えはさておき、ここ数年来の彼がひたすらその道に没頭してきたことだけは確かなのである。

尤も、今回の話題の中心はこの寡黙な刀匠にあるのでは無く、そこで生み出される鄙びた日本刀であり、中でも近頃国王に贈られたと言う特徴ある一振りなのだ。

無論、王子誕生の祝いだ。

刀匠自身は身内の一人としてのごく普通の祝いのつもりであったのだろうが、取材の折り王妃自身がその実物を公開したことによって、国王の風貌にもことよせ、まことに豪宕(ごうとう)な出来栄えであると評する者があったのだ。

確かにそれは、豪宕なものと言えなくも無い。

何せ、広い身幅を持つその刀身がかなりの厚重ねであった上、刃渡り二尺八寸五分(八十六.四センチ)と非常な長寸で、一般の人には不向きなほどの重量感に溢れていたからだ。

あまりに広い身幅を持つことを捉え「蝿叩き」と名付ける者まであったが、それを耳にした若者自身が「言い得て妙だ。」と大笑いしたと言う話まで伝わり、その後その名称は堂々たる固有名詞として使用されるようになった。

のちに日本でも名のある好事家が訪れ拝観の栄に浴したこともあり、「蝿叩き」はその世界の専門誌にも掲載され、本来ごくありふれた出来の現代刀が、あろうことか、あたかも畢生の名品のように扱われるに至るのである。

王妃としても実兄の作品が世に出ることを望まないわけも無く、そのための心づくしの行為だったのだろうが、その結果、伝え聞いた人々の中から多少なりとも作刀の依頼があったことも事実だ。

国王自身もそれなりに興味を示し、ファクトリーに命じて幾通りかの拵えも誂えたらしいが、惜しいかな近頃では剣を帯びる機会は滅多に無いのだと言う。

だが、実を言えば、専ら巷の話題を攫ったこの「蝿叩き」以外にも、国王が珍重することになる贈り物が別にあったのだが、それを伝えるメディアはまことに少ない。

それは、「蝿叩き」と同時に言わばセットのようにして贈られた「鉈(なた)」であったと言う。

無論鉈と言ってもさまざまだが、この場合のものは携帯用、かつ片手持ちに適した造りであって、刀身が分厚く頑丈な、いわゆる山鉈(やまなた)の一種であったろう。

一部のメディアが報ずるところによれば、三十センチほどの長さを持つ刀身はその先端が完全な矩形をなしており、峰の部分では終始十八ミリもの厚みを具え、身幅は手許では五センチほどのものだが、先端に行くに連れて広がりを見せ、終端では五.八センチほどにもなると言うのだ。

詰まり、先端に行くほど重量が増していく構造だと言って良い。

無論、無骨一辺倒の刀身に反りなどは与えられておらず、峰も刃先もひたすら一直線をなしている。

若者の右手に合わせて調整された樫の握りは、微妙なおうとつを見せながら手前に来るほど徐々に太さを増し、終端に至れば一気に膨らんで脱落を防いでおり、その長さにしても優に三十センチを超えていた。

また、その握りが付け根を境にして内側に向けて僅かな角度を持つことにより、一層使い勝手を良くしている筈だ。

もともと「山鉈」は、その名の通り山野を跋渉する際などに威力を発揮するもので、無論鉛筆を削るには適さないが、相当に太い枝でも容易に叩き切ることを可能としており、まして、その頭抜けた重量は太い薪を割ることにも立派に耐え得るほどなのである。

若者は何度か実際に使用してみて、その使い勝手をひどく気に入ったものらしく、自ら「山姥(やまんば)」と名付けた上、昨今では革製の鞘を用いて専ら携行しているほどだと言う。

なお、メディアの一部などが、この「蝿叩き」と「山姥」の写し(コピー)が大量に存在すると報じたが、無論その情報源については明らかにしてはいない。

ちなみにその後の後追い報道によれば、この話題の鍛冶場には近頃見慣れぬ男の姿があると言う。

無給のアシスタント、古い表現を用いれば住み込みの弟子だと言うのだ。

実は、大金を投じて作刀の依頼をする者の中に、頼みもしないのにわざわざ弟子入り志願者を紹介する者があり、刀匠自身はどうせ続くものでは無いと思いながらも、行きがかり上已む無く一時預かることにしたようだ。

しかし、いざ置いて見るとこれがなかなか素直な若者で、それが辛抱強く学ぼうとする姿勢を見せるものだから、さすがの変人刀匠も近頃では僅かながらも心を開き始めたと言うのである。

この件では、当然女帝のチェックが入っている。

何せ、刀匠は大切な王子にとっては血の繋がる伯父であり、無論王妃にとっては実の兄なのだ。

秋津州にとってそう言う重要人物の身辺に関わる問題である以上、放っておけることでは無い。

だが、厳重な調査の結果、現状ではさしたる懸念は浮かんで来てはいない。

日本人山内隆雄、二十一歳、東京生まれの一人っ子で、十七歳のとき両親を飛行機事故で失い、その後高等学校を二年で中退したあと、欧米を無目的に旅行した経験を持ち、その後も二度にわたって出かけており、その意味では多少の放浪癖があると言って良いだろう。

住まいしている台東区の分譲マンションは無論亡父の遺産であり、債務者である父親の死によって、ローンの契約条件が債務の一切を消滅させてくれており、評価額三千万ほどのこのマンションも息子隆雄の所有となった。

その他の遺産から見ても相続税も僅かなものであった筈であり、両親の事故死による賠償金や保険金が一億近くもあったことから、その口座に四千万もの残高があることも特別不思議なことでは無い。

その上、全くの一人身で、見ようによっては限り無く気楽な身分なのである。

また、特別な宗教とも関係が無く、数少ない交友関係にも特別なものは匂って来てはおらず、中学高校の同級生たちの表現によれば、性格的には比較的無口で大人しい方だったと言い、成績の方もごく平凡で、いずれにしてもあまり目立たぬ存在だったことは間違いの無いところだろう。

そのような若者が、単に作刀に興味を持ったと言うことか、或いは一念発起して真に刀匠を志したものか、日々変人師匠の傍らを離れず希少な技を学び続けており、近頃では無口な師匠がこの若者にだけは軽口を叩くことがあるほどだと言う。

無論、女帝のチェックは若者の紹介者の身辺にも及んでいる。

調査の結果、どうやら紹介者の若い後妻の強い推輓があったようで、この後妻と若者が知り合いであったらしいのだが、この後妻にも特別な背後関係は認められず、流石の女帝も合格サインを出しているようだ。

尤も、仮に目に見えぬ重大な背後関係が隠されていたとしても、刀匠の身辺にも常に多数のG四の目が光っており、一旦この若者が凶器を手にしたりすればその瞬間にも対応出来る上に、爆薬や銃などに至っては、物理的に接近を許さないほどの鉄壁の構えがある。

どう転んでも、この若者が襲撃者となることは不可能なのである。


一方、国王一行の帰国を見送ったばかりのみどりは、ある葬儀に出席していた。

いや、出席と言うよりは、むしろ実質的な喪主を務めさせられていたと言って良い。

名義上の喪主は故人にとって唯一の親族でもあった孫娘であったのだが、彼女は僅か三歳のおさなごのことでもあり、そこへ持ってきて故人の依頼を受けていた弁護士から齎された遺言書があったからだ。

ちなみにみどりと故人との間には二十数年にも及ぶ尽きせぬ交流があり、殊にここのところの数年間は特別な信頼関係にあったのである。

無論、故人とは佐竹のママのことであったのだが、彼女の残した遺言書は唯一の相続人である孫娘の後見人にみどりを指名しており、なおかつ生存中の故人から半ば冗談にもせよ同様の依頼を受けていたこともあって、結局受けざるを得なかったのだ。

依頼者の死因は心不全となっていたが、従来から軽い心筋症の気があることも聞いており、自宅で倒れた際も、幼い孫娘と二人きりであったために手当てが追いつかなかったこともあったろう。

いずれにしても突然訪れたその不幸は、そのおさなごを文字通りの天涯孤独の身としてしまったことは確かで、以前から顔なじみであったことからも、とても放り捨てておく気にはなれなかったのである。

不運な娘は自らの出生と同時に母を失っており、その父はと言えば、彼女の出生直前に交通事故の魔の手によってその命を奪われてしまっていた。

ましてその父もまた若くして父母に死に別れていた上、その他の親族にも恵まれず、おさなごの引き取り手は母方の祖母のほかに一人としていなかったのだ。

その新生児は父母にも似て、優れて色白でぱっちりとした目を持つ可憐なみどりごであったが、全ての不幸を一身に背負っているかのようにして、この世に生まれ出た瞬間に孤児となってしまったことになる。

その生まれた日は二千四年の七月二十日、奇しくもそれは秋津州の建国の日でもあり、この意味では、既に何ごとかを暗示していたかも知れない。

引き取って以来、無論、この祖母は愛情いっぱいに育てた。

ただ、祖母にも仕事と言うものがあり、夜間とは言えかなりの時間をベビーシッターの手に委ねるほかは無く、おさなごに寂しい思いをさせてしまうことも少なくなかった筈だ。

そこへ持ってきて、たまたまその住まいがクラブ碧に近かったこともあり、同業の誼(よしみ)もあって、近頃では頻繁な往来を重ねるまでになっていたのである。

まして、みどりの方には「特別な」人手が確保されていたこともあり、孫娘(有紀子)自身の希望もあって、秋津州ビルの中で過ごす機会が増えて来ており、いつしかそう言う特別な人間関係に発展しつつあったことになる。

既に今回の不幸の直後から、本人の強い希望通り、みどりの部屋が事実上おさなごの住まいと化しており、現実には故人の遺言書通りの展開にならざを得ない状況があったのだ。

なお、おさなごの父親は婚姻の際に佐竹姓を名乗っており、ゆくゆくは佐竹の位牌を守って行く意思を示していたこともあり、その祭祀にしてもやがてこのおさなごに引き継がれて行くことになるのだろうが、頑是無いおさなごにとって、遠い将来のことなどより眼前の不幸を乗り切らねばならず、ときにあたって、みどりのような庇護者に出会えたことは望外の幸運であった筈だ。

その後みどりが秋津州に入るときなども、傍らには常にこのおさなごの姿があり、自然国王夫妻とも親密な接触が繰り返され、やがてひとしお愛される存在となって行くのである。


さて、二千八年三月十七日の秋津州でのことだ。

この日のタイラーは、散々にじらされた挙句、ようやく望みが叶いその拠点に女神(じょしん)アリアドネを迎えることに成功していた。

あの魔王と同年の筈の女神さまは、相も変わらず少女のように見えてはいたが、昨今その存在感は既に尋常のものではない。

長姉の京子の方は、いまや秋津州の女帝とまで呼ばれるまでになっており、この美少女を捉えそのコピーを見るようだと言う者も多く、タイラーにしてもことのほかその感が深いのだ。

まして、女帝は勿論、このアリアドネにしても、あの土竜庵の意を受けて動いていると見る者がほとんどなのだ。

無論、この場合の土竜庵は新田源一の私邸であり、同時に秋津州国王の別邸でもあると見て良い。

そこの掘り炬燵でひっそりと練られた案件は、常に世界外交の台風の目となって来ており、今回のケンタウルスに関する件にしても当然その例外である筈が無いのである。

タイラーとしては少しでも秋津州の本音に近づこうとして、近頃外事部の中堅クラスのものと会食する機会を得たが、予想通り秋津州の意思の在り処を汲み取ることは出来なかった。

彼等は秋津州の公職にある身として、他国の政策に容喙したと見られることを極度に嫌うあまり、最低限の示唆すら与えてくれようとはしないのだ。

よほど上司の締め付けが厳しいのであろう。

そこへ持ってきて、肝心のアリアドネにはここのところ会うことすら出来ず、おかげで、ワシントンは国際外交の荒波の中で自らの座標を見失い、問題の七カ国協議も膠着状態のままであることから、その焦燥感はいや増すばかりだ。

ときにあたって、その女神さまに米国代表部の応接室にまでお運びを願えたことは、タイラーにとっては近頃貴重な成功例であり、無論我が身の職責から言っても、絶好の機会と捉えてこの席に臨んだ。

今朝一番で取り寄せた上品な和風ケーキが既にテーブルにある。

「ご多忙の中、お運びをいただき心から謝意を表します。」

タイラーは日本式に深々と頭を下げてみせた。

以前とは、互いの立場が明らかに違ってしまっていることを痛切に想わざるを得ないのだ。

「あらあら、今日はずいぶんお堅いご挨拶ですこと。」

「いえ、近頃はなかなかお会いできないものですから。」

最近の女神さまが各国代表部から引く手あまたの状態にあり、それこそ蝶のように飛び回っていることは今では隠れも無いことなのである。

ほんの数ヶ月前までの彼女は未だ明らかに幼虫であった。

それが近頃、瞬く内に羽化を果たし、既に華麗なる変身を遂げてしまっている。

「申し訳ありません。何分にも体は一つきりなものですから。」

しかし、蝶は羽化したからと言って殊更に頭(ず)を高くしているわけでは無い。

「いや、ほんとに無理を言いまして・・・・」

だが、米国大統領特別補佐官は自らの心の中の影に怯えるあまり、ひたすら低姿勢で臨むほかはないのだ。

「それに、姉も東京ですし。」

無論、長姉の京子のことを言っているに違いない。

女帝は確かに今東京の筈なのだ。

「岡部氏に同行してらっしゃるそうで。」

「そのようですわね。」

「総理官邸の中でも、かなりの影響力をお持ちだと伝え聞いております。」

「はい、私どもも、岡部さんの影響力はなかなかのものだと噂しておりますわ。」

「いえいえ、あね上さまのことですよ。」

「あら、姉は単なる民間人でございますもの。」

「またまた。今更おとぼけにならなくても・・・・」

「失礼ですが、今日はあまり時間がございませんの。」

女神さまは、ほんのりと笑みを浮かべながらも、そんな無駄話に付き合ってるひまは無いと仰せになるのだ。

何せ彼女は、ほとんどの国の代表部から女神(じょしん)アリアドネとして遇されており、このあとのアポが立て込んでいたとしても少しの不思議も無い。

「いや、これは失礼した。では、早速単刀直入にお尋ねをしたい。」

「わたくしに判ることでしたら。」

「例の日本案では、遺憾ながら我が国の既得権がいたく侵害されてしまうことになるのですが、その点妥協の余地はないものか、その辺につきまして是非ともご意見を賜りたいと思いまして。」

現在のワシントンにとって、最大の懸念事項ではある。

まして、その日本案の背後には、日本人秋津州一郎氏の意向がまったく反映されていないなどとは到底思えないのである。

「あくまで一民間人として申し上げますが、米国政府が強いて妥協する必要は無いのではないかと考えておりますが。」

意外な反応が返って来た。

「では、我々の主張を正当なものと評価していただけると?」

女神さまは、いや魔王自身がワシントンの苦衷を好意的に受け取ってくれていると言うことなのか?

「正当かどうかは存じませんが、主張なさることは全てご自由かと存じます。」

「え?」

「お好きになさればよろしいのでは?」

女神さまは、「もう勝手にしろ」と言っているに違いない。

「いや・・・・」

「何処の国も、みなさん選択の自由をお持ちでございますから。」

判りきった原則論ではあったろう。

「しかし、丹波の八十パーセントの解放区も、もとはと言えば全て国王陛下の領土でもありますし、・・・」

「ですから、無理に丹波への移住をお望みにならなくてもよろしいのでは?別に無理強いされてるわけでもございませんし。」

まったく、その通りなのである。

但し、地球に留まれば全滅してしまう。

「いや、ちょっと待ってくださいよ。それじゃあ、まるで我々に死ねと仰ってることになりませんか。」

思わず気色ばまずにはおられない。

「そんなこと、申し上げたつもりはございませんわ。」

「しかし・・・・」

「ほかに、適切で安全な領域を独自に見つけると言う方法だってない事もないでしょうし。」

「そんなこと・・・・」

『不可能です』、と言う言葉を呑み込んだまま茫然としてしまったのである。

何と言う無茶なことを言い出すのか。

「あら。ですが、現に第四の荘園などは国王陛下が独自に見つけてこられたものと伺っておりますし、未だ時間はたっぷりとございますから、これから探しに行かれたら如何ですか?」

相変わらずその表情は、にこやかなままなのである。

「う・・・」

「万能のワシントンに、お出来にならない筈はございませんでしょう?」

かつてジョージ・S・ベクトルがいみじくも小心者と呼んだこの男の耳には、痛烈な皮肉に聞こえてしまったのも無理は無い。

「・・・。」

この女は、我が国民に全員死ねと言うのか。

体中が怒りに震え、思いきり睨み付けてしまった。

その目は、敵意に燃えていたに違いない。

だが、正面の美少女は微かに微笑みながら、それでなお、みじろぎもせずに見返してくる。

星のような瞳が、恐れ気も無く凝視してくるのである。

その凝視は、圧倒的な何者かを伝えてきているようにさえ感じてしまうほどだ。

息詰まるような時が流れ、小心者は遂に抗しきれずに気弱げに目を伏せてしまうのだが、やがて女神さまの発言により気まずい沈黙が破られることになる。

「ほかにお話が無いようでしたら、そろそろ失礼させていただきましょうか。」

見れば、女神さまの目が、実に鷹揚に突き放しにかかって来ているのだ。

「ちょっ、ちょっとお待ちください。」

タイラーは搾り出すようにして叫んでしまった。

このままでは、我が国の国益がその根底から失われてしまう。

「未だ、何か?」

中腰の女神さまは未だに微笑みを絶やしてはおらず、見るからに、癪に障る(しゃくにさわる)ほど余裕綽々の体なのだ。

「いや、何とかお力添えを頂戴したいのです。この通りです。」

情け無いことに、又しても、深々と頭(こうべ)を垂れて見せるほかは無かった。

「わたくしに出来ることでしょうか?」

「いや、ですから、例の日本案に関して、何とかご助力を賜りたいのです。」

「例えば、どのような?」

これまた判りきったことを平然と聞き返してくる。

「せめて無国籍者の居住区を我が国の領分に頂戴したいのです。」

「あら、わたくしにそんな力はございませんわ。」

無論、一民間人にそんな権限があるわけは無い。

だが、こと秋津州に関してだけは別物であることは、それこそ世界が知ってしまっていることであり、秋元姉妹の全てがあの魔王の「使徒」であることを今更疑うものはない筈だ。

「そこを曲げてお願いしたいのです。」

「でも、それだけで満足なさるのかしら。」

「え?」

「その次は、海外の軍事拠点を多数確保なさりたいと仰るのでは?」

「う・・・」

図星なのである。

現在のワシントンにおいて、それは少なくとも少数意見などでは無い。

「ほかの国でも、いろいろご都合がおありになるようですし、全部お聞きしておりますと足りなくなってしまいますもの。」

「はい、そのことも承知しておるつもりです。」

「それでも、もっと欲しいと仰る?」

「しかし、我が国には、他の国と異なり、世界の秩序を守るという特別の使命がございますから。」

だからこそ、特別扱いを受ける権利があるのだと小心者は本気で信じているのだ。

白頭鷲の独善は今に始まったことでは無い。

何せ、この白頭鷲は未だに本格的な敗戦の経験を持たないのである。

「それはそれは・・・・。」

美少女の頬が緩んでいた。

この男の性格が、その微笑みを肯定的に解釈させてしまったとしても無理は無い。

「いや、ですから、格別のお計らいを頂戴する根拠はあろうかと思いますが。」

「さようでございますか。」

アリアドネが、ぽつりと呟いた。

「はい、是非とも。」

「でも、その場合の根拠とやらは全世界に主張なさった上で、公式に認められて、初めて普遍性を持つものではございませんこと?」

「しかし、例の七カ国協議でもまったく噛み合わないのです。」

噛み合わないどころか、少なくともその協議のテーブルでは白頭鷲にとって孤立無援の状況が続いており、仮に国連総会に計ったとしても、結果は無残なものに終わることが目に見えている。

「困りましたわねえ。」

「はい。ですからこそ、格別のご助力を・・・・」

最強の八咫烏(やたがらす)が直接決定したことを以て、大声で触れまわることが出来れば、逆らうものはいない筈であり、言わば形勢が逆転するのだ。

何せ、あの魔王こそ、その天体の全ての領有権者なのである。

「では、ワシントンも独自の分割案を出されたらいかがでしょう。」

そうすれば、それを支持してくれるとでも言うのか。

「白紙の状態から出し直しても不都合はございませんでしょうか?」

無論、ワシントンにも既に幾通りもの腹案がある。

但し、その全てが、露中米加豪伯(ブラジル)などの面積上の既得権を全て保護するものばかりであり、そうである以上、英仏独日の新領土などは極めて不利な扱いを受けざるを得ない。

単純な引き算をして見れば誰にでも判ることなのである。

殊に非力な途上国などに至っては、新領土が五分の一にまで縮小されてしまう案さえ盛り込まれているのだ。

「それこそご自由だと存じますわ。伺いますところでは、アフリカ方面でも全く独自の案がおありだそうですし。」

「そのことも耳にしておりますが、あんなもの正直お話にもなりませんからな。」

小心者が、俄然元気を取り戻したようだ。

「あらあら、」

「あんなものを採用したら、それこそ紛争のタネが増えるばかりでしょう。」

実は、丹波の直轄領の南側には、赤道を跨ぐ形で南北に細長く伸びた二千万平方キロほどの陸地があるのだが、日本の提出した分割案では、そこをアフリカ大陸の領分にそっくりそのまま比定して策定されている。

だが、現実のアフリカ大陸は三千万平方キロほどもあることから、仮にその案が通ることになれば、アフリカ人にとっての新領分の合計面積は、実に三分の二にまで削減されてしまうことになるのである。

尤も、現在のアフリカ大陸には周知の通りサハラ砂漠と言うものがある。

それは、実に一千万平方キロもの面積を誇る世界最大の砂漠地帯であり、それに引き比べて「新アフリカ大陸」に砂漠は見当たらず、それどころか、魔王の徹底した緑化政策によって、全土が見事なまでに緑に染まっているのである。

したがって、日本案における「新アフリカ大陸」の面積が、三分の二に縮小してしまうところが、アフリカ人の間で非難を浴びていると言うわけでは無い。

先ほど来タイラーが「あんなもの」呼ばわりしている案においては、日本案が比定している新アフリカ大陸案をトータルではそのまま採用しながら、その大陸の中身に限り「アフリカ人」自身が手を加えるとしているのだ。

そこでは、「新アフリカ大陸」の中で彼等自身が国境線を引き直すとしていることに加え、挙句の果てに、アフリカ国家群が数百もの多くに再分割されてしまうのである。

詰まり、部族ごとに国家を形成し直すべしとする議論が現地の一部に高まって来ており、甚だしいケースでは、二千にも及ぶ部族国家を造ろうとする意見まで存在すると言う。

ちなみに現在のアフリカには概ね五十数カ国が存在していると言うが、国家によってその数え方もまちまちであり、必ずしも確定しているとは言い難い状況にあると言って良い。

まして、現在の国境線のほとんどはネイティブアフリカンの意思に沿って策定されたものとは言い難い。

それどころか、古くからの部族の分布など、当時勝手に国境線を引きまくった白人列強の興味を惹くところでは無く、現在のアフリカ大陸に引かれた国境線のほとんどが、本来の原住民の意思など全く考慮されずに引かれたものばかりだ。

現在、例のキャサリン嬢などが取り纏めに奔走していると言うが、少なくとも百以上の国家に分割すべきとする声が大きいとされており、タイラーから見れば、そのこと自体が新たな紛争のタネだと言うことになってしまう。

「ずいぶん辛い採点ですこと。」

「ですが、彼等自身にそんな能力があるとはとても思えませんし。」

「あらあら。」

「実際にその能力があるのなら、少なくとも数世紀も前に、あの大陸の国境線はほとんど定まっていた筈でしょう。」

「見解の相違ですわね。」

「我々が乗り込んでいって線引きしてあげていなかったら、未だに国境線が確定してない可能性だってあると思いますよ。」

この場合の「我々」とは、無論過去の白人列強群のことを指しているに違いない。

「それはそれは失礼致しました。白人の方々がそんなに親切だったとは存じませんでしたので。」

女神さまの表情は実ににこやかであった。

「いや、別にそんな意味で申し上げたわけでは・・」

鈍感なタイラーも、流石にはっとしたのである。

「・・・。」

「しかし、その点日本人はとても優秀だと思いますな。」

小心者は、少しでも失点を取り返したい。

「・・・。」

「何せ、たかだか半世紀かそこらで見事に復興を果たしたばかりか、有数の経済大国にまでなってしまったのですから。」

補佐官も必死なのである。

「いえいえ、それもこれも、ワシントンのご助力があったればこそと感謝致しておりますわ。」

気がつけばじっとりと冷や汗をかいてしまっていたが、女神さまがケーキに手を付けてくれたところを見ると、もう少し時間をくれるつもりになってくれたのかも知れない。

ここは、是非とも話題を転ずるべきときであったろう。

「ところで、韓半島情勢についてはいかがでしょう?」

「特に変わりは無いと存じますが。」

その国は、かつて秋津州からの援助によって国土復興の大業が概ね完成の域に近づいていると評されたほどであった。

度重なる支援の中でも、殊に去年の秋口に懐にした五千億ドルが絶大な威力を発揮しただろうし、本格的な破綻の兆候こそ見せずに済んではいるものの、その経済規模は著しく縮小しつつある筈だ。

しかも、現政権が反日政策を掲げ竹島奪還を目指していることが、大きなマイナス要因とみなされ、早晩、新たなシナリオによる舞台の幕が開いてしまうだろう。

何せ、金昇輝大佐の手になる粛清の血風が未だに全土を吹き荒れており、親日親秋津州だったと見なされた者が押しなべて弾圧を受け、その多くがまったく不自然な形のままに消息不明だと聞いているのである。

「いえ、それについて国王陛下がどのように仰せかをお尋ねしたいのです。」

ワシントンの知りたいことは、実にこのことに尽きている。

「特別具体的なことは仰せにはなりませんわ。」

「しかし、あの国は陛下に散々世話を掛けておきながら、例によって露骨に裏切ったわけですから、普通陛下の逆鱗に触れてしまったものと思うのですが。」

「おほほほ、以前にも申し上げましたが、特に興味をお示しになられたご様子はございませんわ。」

「では、完全無視と言うことですか?」

「あら、面白いことを仰いますのね。単に興味を持たないことが無視したことになってしまうのでしょうか?」

「いえ、そう言う意味では・・・。」

「それに、あの国があのような政策をお採りになってる以上、今更陛下の方から何をすればよろしいのかしら?」

その国の政策とは、無論秋津州から大きく距離をとる政策であり、それは紛れも無くあの国自身の選んだ政策には違いない。

それを、他国がとやかく言うべきでは無いだろう。

だが、秋津州から露骨に乖離して行こうとする政策決定が、マーケットに与えた影響が小さなもので済む筈も無く、そのことによって発生したスタグフレーションだけは既に誰の目にも明らかなのである。

「しかし、何とか事態を収拾することはできないものでしょうか?」

それを収拾することが、すなわちワシントンの利益に繋がることなのだ。

「では、あの国の経済復興を成し遂げたいと仰る?」

「はい、国王陛下のご助力によって折角あそこまで復興が成ったものを、今になって潰してしまうのは、それこそ勿体無い話だと思いまして。」

「それはそうでしょうねえ。」

「ですから、国王陛下の更なる思し召しを頂戴出来ますれば・・・」

「でも、それほどあの国の復興をお望みなら、ワシントンが『それ』をなさるのが筋なのではございません?」

無論、『それ』とは経済支援のことに違いない。

「はい、鋭意そのように努めてはいるのですが、何分にも、日秋両国から揃って無視されてしまっており、そのことから来る影響が大き過ぎるものですから。」

その国の経済規模が今後も縮小を続ければ、米国企業の不良債権が膨らむばかりなのである。

尤も、日本政府から見たその「国」は無視するも何も、法理上存在すらしていないことになるのだ。

何せ、東京から見れば、従前その半島に『唯一』存在していた筈の大韓民国と言う国家自体が既に影も形も無いのである。

ちなみに、日本の提示している新天地の分割案では、その「国」の所在は日本から遠く離れた場所に設定され、その面積にしても既存のものより多少拡大されてはいる。

「ものごとには優先順位と言うものもございますし。」

「優先順位ですか・・・・」

「はい、どのような国においても、多くの選択肢の中から優先すべき政策を苦労して選んでいるわけですし。」

「・・・。」

「何分にも、リソースが無限にあるわけではございません。」

「それはその通りですが。」

「限られたリソースをどのように使うべきかを的確に判断することこそ、為政者としての最大の責務だと存じますわ。」

「では、いまさらあの国に貴重なリソースをつぎ込む事は出来ないと?」

「ですから、それこそ、ワシントンに向けてお尋ねになるべきだと思いますが。」

詰まり、この女は、日秋両国は以前のような支援政策は選択出来ないと言っていることになる。

以前とは異なり、現今ではあの国自身が国際マーケットの循環構造から大きく後退してしまっていることから、仮に破綻してしまったとしても、日本などの周辺国が蒙る悪影響は極めて少ないと見ているに違いない。

だが、我が国はあの国に対する膨大な不良債権と言う特殊事情を持つのである。

それほどあの国の復興を望むのなら、その国が支援すれば良いのだと簡単に言ってくれるが、それが出来ないからこそ、こうして辞を低くして頼んでいるのでは無いか。

しきりにリソース、リソースと言ってくれるが、そのくらいのことなら、あの魔王にとっては、ポケットから豆を一掴み取り出して庭の鳩にくれてやるのと一緒だろう。

現に近頃では日本政府の影響もあるらしく、魔王はモンゴルやインドとの接触を深め、噂では膨大な支援を約束しているとまで囁かれているのだ。

「やはり、そうですか。」

だからと言って、抗議するわけにもいかないのである。

「そもそも、経済支援などと言うものは、なさりたい国がなさればよろしいのではございません?」

それこそアンタイドローン(ひも付きで無い支援)である限り、それを望んでいる国など掃いて捨てるほどに存在しており、そのような中で、露骨な敵視政策を採る国に対してわざわざ支援してやるバカはいない。

「ご尤もでございますな。」

結局、ワシントンの虫の良い希望は叶えられそうにないことになる。

「あまり時間もございませんから、他に何かおありでしたらそれも伺って置きましょうか。」

「それではお言葉に甘えまして、我が国の兵器の移送に関してお尋ねをしたい。」

実は、近頃ワシントンで危惧されている別件に、現実に保有している膨大な兵器類の輸送問題がある。

軍事衛星や内陸に設えた核ミサイル用のサイロまでは諦めざるを得ないとしても、それでなお巨大な艦隊があり、原潜群があり、膨大な航空兵器がある。

中でも一部の航空機や小火器類についてなどは、きたるべき移送に備え既に長期保存のための作業にまで踏み込んでいるのだ。

適正に分解し、適正に樹脂を塗って外気と遮断した状態で適正に保管されていさえすれば、例え百年後であっても即座に現状復帰が可能となる。

「状況に応じて対応されるものと伺っておりますが。」

少なくとも、完全に拒否されてしまうと言うわけでは無さそうだ。

「ありがとうございます。是非とも空母クラスまでは移送をお願いしたい。」

原子力空母には、無論膨大な艦船群の帯同が必須要件だ。

「この件では、既に日本政府から国王陛下に提言がございまして、ただいま内容につき検討中と聞き及んでおりますので、改めてワシントンから東京へお申し出下さるほうが、一層具体的な内容をお聞きいただけようかと存じます。」

「ええっ、もう、そう言うお話に・・・・」

まったくの初耳なのである。

この件に限っては、ワシントンにしても何一つ耳にしてない筈なのだ。

小心者は又しても茫然としてしまったが、あの日本と言う同盟国が、わが国の戦力をいまだ重しと見てくれていることだけははっきりと確信出来たのである。

尤も、例え全艦隊を新天地の海に移送することが出来たとしても、現実問題として、そのドッグどころか母港すら持たず、ましてその背後において必要とする文明基盤を何一つ持たない以上、如何なる大艦隊といえども徒に漂泊を続ける他は無く、燃料どころか消耗部品ですら直ぐに底を突いてしまうのは明らかだ。

そのこと一つとってもワシントンは、一刻も早く自国領土を定める必要があることになるだろう。

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  1. 2007/08/18(土) 23:06:50|
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