日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 088

 ◆ 目次ページに戻る

一方、東京の銀座ではみどりがとりわけ忙しい日々を過ごしていた。

何せ、見送ったばかりの故人は若くしてさまざまの資産を遺した。

自分にはそれを散逸させぬよう慎重に対処する義務があり、とりあえず、クラブ「佐竹」の処分を急ぎ、その他の遺産の整理に日夜没頭していたのである。

後々の為にも綿密な記録を残しながら、孤児にとっての資産を着実に整頓し、ゆくゆくは自らの資産をも譲りたいと考えるに至っていたのだ。

いきさつから言って自分の資産などは全て国王のものだと考え、神宮前に相談してみたところ、みどりの資産など現実の秋津州財政にとってはそれこそ微々たるものでしか無い上、名目上から言っても全てみどり本人の自由に任せるとのことであったからだ。

また、その際のアドバイスもあって、自らの資産の多くを秋津州円に替えて保有するようにして来ており、今ではその為替差益だけでもかなりの額に上っている。

ただ、孤児の納付すべき相続税などがかなりのものになることも見えており、いよいよ覚悟を決めて不動産などの処分にも取り掛かったところだが、故人が古くから所有していた物件などは巨大な売却益が出てしまうことも、また違った意味の悩みにもなっている。

まあそれはそれで良いとして、肝心なのは預かったおさなごのことだ。

目の前の小型ベッドで安らかな寝息を立てている娘自身が、すっかり国王夫妻に懐いてしまっており、近頃ではみどり抜きでも平気であの王宮に泊まってくることすらある。

今回などは、丹波の秋津州神社にお参りして来たと言うし、天女のようなお姉さんたちにもたくさん遊んでもらったなどと言う。

多分夢でも見たのだろうが、しまいにはバスより大きな頭をした大蛇まで見てきたなどと無邪気に報告してくれるのだ。

いまもまた、きっとそんな夢でも見ているのだろうが、これから行う幾通りもの仏事のこともあり、それこそ考えることは山ほどもある。


さて、二千八年五月三日の早朝のことだ。

日本はいわゆるゴールデンウィークと言うこともあり、各地で高速道路の大渋滞が報じられる中、新天地ツアー第一陣と称する一団が賑々しく出発する運びとなった。

彼等の出発基点は神宮前の秋津州対策室となっており、敷地内には漆黒の大型ポッドが多数姿を見せ、既に大勢の報道陣で賑わってしまっていた。

無論、見送りの者の姿も少なく無い。

ちなみに、この頃の対策室は強引とも思える買収工作によって大いに拡張され、その敷地は多少いびつなものになってしまったとは言え、既に四千坪を超えるほどの規模を誇るまでになって来ており、一部の施設が急遽取り壊され或いは改装工事の真っ最中だ。

実質的にその指揮を執っているのは官邸の秋津州対策室だと見られており、そこには色とりどりの人間が介在し、挙句に秋津州人と思しき妙齢の美女まで多数暗躍していると言う話もあり、いきおい不透明な内容の噂ばかりが一人歩きしてしまう。

殊に関係業界の内部などでは、その拡張もゆくゆくは一万坪を超える勢いだと囁かれ、延いては国井政権の徒ならぬ意気込みを窺わせるに至っている。

尤も、現実の日本は熾烈な生存競争の真っ只中にあり、次々と難問が頭を擡げて来ているのである。

それ等の難局に対しても一層機敏な対応が求められる今、ケンタウルスの一件一つとっても秋津州の重要性には群を抜いたものがあり、これも日本が国家として生き延びて行くためには欠くべからざる措置ではあっただろう。

ことにあたり岡部の配下などが大活躍した筈だと言われ、聊か強引な手法を恨めしく思った者も無かったわけでは無いが、秋津州対策室神宮前支所であると同時に、秋津州大使館としての役割を担うこの施設の重要性も又、並外れたものとなっていたことは確かだ。

したがって、日本国の存続を最優先課題とする国井政権にとっては全て当然の措置であり、ましてそれらの不動産にしても、近い将来には悉く資産価値を失ってしまうものなのだ。

緊急措置であったこともあり、それらに要した膨大な資金については、無論正当な予算などたっている筈は無く、国井としてはある意味「超法規的な決断」すら迫られる場面でもあり、結局、日本人秋津州一郎氏の口座から数千億もの資金が大手不動産業者に流れ、市価の倍額近くで取引きが進められた結果、取得した不動産資産の全てが国有財産となった。

無論、一国の宰相としての国井に恥ずべきところは無い。

秋津州側にしても政略上の必要性に鑑み、新田と岡部からの進言を容れ、日本円にして二兆円ほどの残高を持つ口座を一つそっくり預けていたのである。

いずれにしても秋津州側の負担は決して小さなものでは無い。

今回の「新天地ツアー」一つとって見ても例の宣伝作戦の一環と言う色あいが強く、その結果あくまで無料招待の形式を採り、殺到する応募者の中、責任担当者としての千代は抽選と言う手法を以て相当の家族を選出していた。

選抜の結果、記念すべき第一陣に選ばれたのは百組五百人ほどの家族で、その全てがビデオカメラの用意も怠り無く、胸を躍らせて参加していたに違いない。

何せ、その行き先はほかならぬ系外銀河であり、彼等にとって、途方も無い移動距離から見れば紛れも無く「大宇宙旅行」なのである。

また、その旅程が日帰りと言う前提に立っていたこともあり、旅先で口にするものは飲み水も含め、全て参加者自身が用意する建て前になっており、現実に食物アレルギーや宗教上のあれこれもある上に、場合によっては集団食中毒の懸念さえあることから、これはこれで比較的好意的に受け止められていた筈だ。

参加者の年齢制限にしても、当初は明確に小学生以上とされていたが、回を重ねるに従い、やがて時宜に応じて緩和されて行く見込みだと言う。

このイベントのためにわざわざ用意されたパンフレットは、贅を尽くした上質紙に見事なコーティングまで施されているもので、その点だけでも秋津州側の負担は容易なものでは無かったろう。

参加者たちが記念に持ち帰ったそのパンフレットには、丹波の概略図は勿論、各地の風景などが美麗に表現されていた上、殊に国王の直轄領と定められた領域に限っては、それぞれの地名が克明に付され、その地名がまた、現代日本人にとっては時代錯誤としか思えないほど古風なものばかりであった。

また、その直轄領全体が新たなる「秋津州国」と位置づけられていることには、一言も触れられてはいなかったが、その領域だけが特別に際立つよう配慮されていたことは確かで、地図上で他の領域とは画然とした区別がなされており、その領域が特別の存在であることを声高に主張していたのである。

その特別な領域には幾つかの陸地が描かれ、新垣島(秋桜)は新垣の郷(あらがきのごう)、王宮が所在すると言う八雲島は八雲の郷(やくものごう)、玉垣島は玉垣の郷(たまがきのごう)と表記され、その領域の中でも飛び抜けて巨大な面積を持つ大陸には、「馬酔木の山斎(あしびのしま)」と言う一段と古風な名称が宛てられていた。

但し書きによると、この場合の「山斎(しま)」とは現代風に言えば山荘のことであり、馬酔木の山斎(あしびのしま)そのものが言わば別荘を意味していると言うが、誰の別荘かは言うまでも無いことであったろう。

その「馬酔木の山斎」の「磐余の池(いわれのいけ)」などは、「池」と呼びながら優に十三万平方キロを超え、実に九州全土が三つも収まってしまうほどの広大な湖面を持つと謳っており、事実ならその巨大さはこの地球上では他に類を見ないほどのものなのだ。

(筆者註:但し、カスピ海を国際法上の「海」と解釈した場合である。)

ちなみに日本で最大の琵琶湖ですら、たった六百七十平方キロほどでしか無いことからも、その桁違いの大きさの一端が想像出来るだろう。

詰まり、あの琵琶湖が二百個も入ってしまうほどの面積を持ち、その岸辺には多くの湿地帯は勿論、そちこちに砂浜があり、寄せては返す大波小波がある。

その形態は湖と言うより、最早海に近いと言って良い。

そこに注ぎ込む水流などは大小合わせて五十は下らず、流出して行く河川にしてもかなりの大河となるものも含め十数本の多くを数え、それぞれの水系を豊かに形成しているほどだ。

また、この「馬酔木の山斎」大陸には、ほかにも三つほどの大湖が記載されており、そのいずれもが、あのバイカル湖にも匹敵しようかと言うほどの規模を誇り、実にその全てが三万平方キロを超えるものばかりだと言う。

それこそ小振りの湖沼などは数えるにも苦労するほどで、しばしば姿かたちを変える湿地帯の湖沼に至っては、それこそ無数と言って良い。

この湿地帯にしても、二万平方キロを超える大規模なものだけでも複数点在し、そこに棲息する多様な生態系についてもさまざまに触れられており、具体的に載せられていたものだけでも丹頂や朱鷺などがあり、その個体数にしても膨大過ぎて数え切れないほどだと言う。

その他にも野生の牛馬類は勿論、熊や虎や狼などなど、さまざまな野生動物が棲息していることにも触れられており、貴重な大自然の姿がこれでもかと言うように強調されていたことからも、秋津州側の意図を汲み取ることは容易だ。

この印刷物は全ての旅行者たちに漏れなく配布され、貴重な旅の手引きとしても多いに役立つと同時に、その高級感溢れる出来栄えは、今回のイベントが如何に大掛かりに準備されていたものかを如実に物語っており、そのことは旅行者の全てが感じ取ったことではあったろう。

また、このイベントが日本政府の暗黙の協力の下に進められていたことも明らかで、それが証拠に、当日、神宮前の対策室に集合した旅行客の受けた取り扱いは、驚くほど簡便なものであったと言う。

それもこれも、秋津州側の手になる事前チェックの有効性が重んじられている結果でもあっただろうが、対策室側が大量の動員を掛けて人海戦術を採った効果も、決して小さなものでは無かったに違いない。

だが、真に威力を発揮したものは別に存在した筈だ。

それこそは、事前に旅行者全員に貼り付けられていたG四だったのであり、そうでなければ、当日不正に潜入しようとする者の判別一つとっても容易でなかった筈で、また、そう言った不埒者も現に少なくなかったのである。

その結果、旅行客の全てが数台の大型ポッドに乗り込むや否や、一瞬にして太平洋上の海都に迎えられ、しかも即座に専用のSS六改に乗り換えることによって、本格的な出発に備えることを可能としたほどだ。

当初用意された観光用SS六改は二十機ほどのもので、その側面は勿論、真下まで覗くことの出来る多数の窓を備え、旅行客たちがかなりの視野を以て機外を見渡すことを可能にするもので、案内係の女性だけでも都合百人ほどが搭乗し、機内にはエアコンは勿論、大型の冷蔵庫やトイレやシャワーまで備わり、国王専用機以外にも医療用の機体が別途に随伴する手筈だ。

旅行者たちにとって特別な装備は一切不要であり、シートベルトを装着するだけで瞬時に丹波へ到達してしまい、その後各地のポイントで自在に発着を繰り返し、現地の風景にも数多く触れることが出来た。

無論、対象地は夜間で無い領域に限ってはいたが、相当な範囲にわたったことだけは確かで、現地の長距離移動にあたっては全て瞬時に移送されるのである。

各地点における滞在時間はそれぞれ十五分ほどのものであったにせよ、それも現地の単調な原始風景を見るには充分過ぎる時間であったろう。

何せ、彼等が運ばれて行く土地土地では、整然と広がる農耕地に大勢の農民の姿があるだけで、それ以外は広大な原生林と原野が目に入って来るばかりなのだ。

但し、新垣の郷(秋桜)では、膨大な秋津州人が巨大な機器を自在に操りながら着々と建設工事を進める光景があり、そこだけには多少の時間を割くことも忘れてはいない。

その大地が新田源一と言う一日本人が国王から借り受けたモノであることは、未だ公式なものとはなっていないにせよ、現実にそこに広がる光景の中に散在する大量の文字は、日本語以外の何ものでもないのである。

まして、彼等の目前で多くの社会的インフラが完成しつつあり、その工事に携わる者たちが話す言語も全て日本語なのだ。

それを目にした日本人旅行者たちが、緑溢れるその島(島と言っても日本全土の倍近い面積ではあるのだが)に非常な親近感を持ったことだけは確かであったろう。

ただ、主催者側は馬酔木の山斎(あしびのしま)にだけは一切の着地を許さず、専ら上空からの観光にとどめ、広大な磐余の池の上空も縦横に飛行して見せた。

結局、旅行者たちは各地において上空からの景観も充分に堪能し、自前のレンズにも数多く捉えた筈であり、帰国後その一部がメディアに流れ、騒然たる話題を呼ぶと共に、自然メディア側の不満を招くことになってしまう。

何せ、過去において、丹波と言う荘園の現地取材を許されたのは大規模メディアに限られていたこともあり、巷に溢れている小規模メディアにして見れば、今回の無料ツアーがとてつもない幸運に思えたのも無理は無い。

当然、彼等の多くが一般家族の名目を以て応募していたが、一組といえども厳しいチェック網を掻い潜ることは出来ず、そのストレスを募らせていたことは確かなのだ。

尤も、主催者側にとってそれらの反応は全て織り込み済みのことであり、翌々日の第三陣には別途にメディア専用のSS六改が十機ほども編成され、それにも対応して行く態勢がとられはしたが、無論そのくらいのことで全ての不満が解消されるわけも無く、その後再三にわたって増強される運びとなった。

このイベント用におふくろさまが用意したSS六改は、直ぐに二百機を数えるまでになってしまうのだが、秋津州側が参加者の限度をその都度二千人ほどに絞ったため、その全てが使われたわけでは無い。

当然諸外国からの要望も殺到し、その政府筋の要請と協力を受けるまでになったことにより、次第に世界規模の広がりを見せ始め、自然若者が多忙な日々を強いられることになった。

なにしろ、手弁当とは言いながら、参加費が完全無料なのである。

膨大な申し込みが殺到し、高々一ヶ月ほどの間に丹波を実見した人々の数は四万を超え、彼等が持ち帰った丹波情報もいきおい膨大なものになった筈で、その中にはかなり妙なものが混じっていたことも事実で、殊に磐余の池を上空から捉えた映像などには、実に奇怪なものが映り込んでいたのだ。

その水面下に、途轍もなく長大な「うなぎ」のようなものが群れを成している姿であり、ビデオ映像などを分析したところ、その群れはどう考えても動いているとしか思えないと言う。

多くの専門家と称する人々がさまざまに発言したが、結局、広大な湖面の水面下を動き回る巨大な影は紛れも無く生物だと言うことになり、ネス湖のネッシーの例にもある通り、驚愕の話題となってメディアを騒がせたのも無理は無い。

何しろ、目撃された固体数は一匹や二匹では無く、少なくとも数十匹は下らないと言われている上に、その棲息地は巨体を養うに足るだけの充分な規模を具えている。

その「池」は九州が三つも入ってしまうほどの面積があることに加え、典型的な古代湖であることを捉え、そのような大型生物の繁殖の可能性も一概に否定は出来ないと言う研究者まで出始めた。

現実に、水面下僅か数メートルのところを、身をくねらせながら悠然と回遊する姿が度々カメラに捉えられており、挙句にはその水面すれすれにまで接近したSS六までが同時に映り込んでいる映像まで存在し、分析の結果、最大のものに至っては実に百メートルを超えていると言うのだ。

それが事実なら、その巨大さは、もはやネッシーの比では無いのである。

その後、複数のメディアが発表した映像の中には、おぼろげながらも怪物の頭部付近を捉えたものがあり、それが東洋の伝説の中にしばしば見られる龍の姿に酷似していたことにより、「馬酔木の龍(あしびのりゅう)」、若しくは「イワレのドラゴン」などと呼ぶものが増えた。

無論、好事家たちが大騒ぎだ。

メディアや研究者たちが、競って馬酔木の山斎(あしびのしま)への上陸を願ったのも当然だが、無論許される筈も無かった。

その理由としては、馬酔木(あしび)と言う地名からも想像出来るように、毒性を持つ植物が諸方に繁茂し、その上獰猛な大型肉食獣も多数跋扈していて危険極まりないからだと言う。

高高度からの映像を見ても、そこには舗装道路などただの一本も見当たらず、文字通りの大自然が広がっており、通常の四駆車など無理に持ち込んでみたところで、即座に立ち往生してしまうぐらいが関の山であったろう。

とにかく、徒歩で跋渉するには深過ぎる原生林と広大な原野の連続なのだ。

それこそ、何が潜んでいても不思議は無く、無論命の保証などあり得べくも無い。

このような状況下で上陸を許せば遭難者が続出することは目に見えており、その後の救難救助の困難さは思うだに戦慄してしまうほどのものであって、当然二次災害の発生も考慮されなけばならない。

そこには、それほどまでの大自然が厳しく行く手を阻み、その上珍しい生物が数多く棲息していることになり、いよいよ上陸を望む声がその数を増した。

だが、そのような生物に関する質問に関しても、その後も納得の行くような回答が得られることは無く、馬酔木の山斎に棲むと言う未知なる生物は、依然として多くの人々の興味の対象となり続けることになる。

秋津州側の対応は、とにかくその大陸には膨大な数の種が棲息していることは事実だが、かと言って、その一つ々々に正確に答えている余裕は無いと言うばかりであったのだ。


さて、新天地のツアーが一段落したころの王宮にはそこそこ静穏な日々が訪れ、そこには佐竹有紀子のあどけない笑顔が頻繁に見られるようになって来ていた。

このおさなごは常に夫妻の傍らにあって、未だみどりごの真人とも緊密に触れ合う機会が増え、近頃の王は、近しい訪客に限っては有紀子を膝に乗せたままで会うことさえあると言う。

その実態は既に家族同然と言って良いとされ、あまつさえ保護者としてのみどりが連れ帰るべく訪れても、ときに帰りたがらないことさえあるほどだ。

王の荘園にも既に数回にわたってついて行っている模様で、幼いながらその検分を確実に広げつつあり、その土産話にはときとして驚くような内容のものが交じるようになった。

両親の愛を知らずに育ったためか、おさなご自身が国王夫妻にひどく懐いてしまっていることは確かで、結局、王の外出時にはついて行きたがって仕方が無いと言うのである。

みどりなどに言わせれば、それもこれも若者が甘い顔ばかりしてみせるのがいけないらしく、このままでは本人の為にもならないとまで言うのだが、一向にあらたまるような気配は無い。

王にしても、王妃にしても余程可愛く思っていることだけは確かなのだろう。


ただ、静穏な村落部とは事違い、このところの海都はその姿を著しく変貌させてしまっており、さまざまの意味で秋津州の重要性が高まるに連れ急激に膨張の一途を辿り、その居住者も以前の数倍になったと言って良い。

無論、増加したのは外国人ばかりだ。

巨大な秋津州ビルに居を構える各国代表部にしても、それぞれが職員の増強を図って来ており、今ではその職員名目で滞在している者だけでも十万とも十五万とも言われるほどで、中には職員専用の食堂まで具えるケースまで見掛けられ、その係員の数だけでも膨大だと言う。

七カ国協議の構成国などが抜きん出て多数の職員を派遣していることも当然だが、台湾共和国や蒙印などのアジア諸国は勿論、中東諸国からの増員振りにも見るべきものがあり、そこそこの経済力を持つ国で、その増員を目指さない例は皆無だった筈だ。

当然、各国のメディアにしても本格的な支局を運営するものが増え、世界のビッグバンクと称されるものもまた同様であり、そのほかにもさまざまなビジネスプランを引っさげて入国して来る者も少なくない。

秋津州側の入国規制も近頃大幅に緩和され、表向き観光目的の外国人も出入りが激しくなって来ており、巨大ホテル群にしてもかなりの客室が埋まるまでになって来ていた。

何しろ、これ等のホテル群は、その建設の過程では、これほどのものが必要になることなど、先ずあり得ないと囁かれるほどの規模を誇っていたのだ。

無論、大した観光名所など無いに等しいのだが、この地にはそぐわないほどの観光客が訪れ、その中には観光以外の目的を抱いて来ている者も少なく無い。

数ある高層マンションの店舗用テナントにしても、既に空き室を捜すのに苦労するほどで、殊に繁華街などではネオンが派手やかに光り輝く中、かなりの遊客が足を運ぶまでになって来ており、クラブ碧やモニカたちの酒場に限らず、過半の店が盛況の日々を過ごしているとされる。

膨大な外国人が賑々しく往来し、昼夜を分かたず多様な民族が行き交うまでになって来ている以上、現今の海都は小なりといえども既に国際都市と呼ぶに相応しいと評する者さえいるのである。

ただ、秋津州側の入国規制が緩和されたからと言って、タイラーたち各国代表部のものにとっては喜んでばかりもいられない事態なのだ。

何しろ、実質的には、膨大な入国希望者の言わば身元引き受けをしなければならない。

殊に、自国民がこの国で犯罪を犯した場合の扱いがまた問題で、秋津州側が降した判決(のようなもの)に従い、身元引受人たる代表部が犯罪人の収監に要する場所はおろか、その衣食の全てを手当てすることになる以上、その負担も小さなものでは無い。

収監の場所についても無論制限がある上、万一犯罪人に逃亡を許せば、それこそえらいことにもなりかねない。

いまのところ逃亡の事例は無いとは言いながら、場合によっては、身元引受けの名義人たるタイラー自身が、身代わりに収監されねばならない事態すら起こり得るのである。

各国の対応は自然慎重なものにならざるを得ず、自国民の入国に際しては各自が厳しく審査する流れが強まり、滞在中の自国民に対しても自発的な「指導」を繰り返すまでになった。

表向き秋津州側の警備体制にさしたる変化は無いが、犯罪行為に対する検挙率だけは百パーセントと言って良いほどの実績を誇っており、相変わらず犯罪行為の現場映像が完璧に残されていることが、際立って抑止効果を発揮していたことは否定出来ないのである。


一方、王宮にほど近い鍛冶工房では、弛(たゆ)まず創作活動が続けられているらしく、日々「電動ハンマー」の槌音を力強く響かせていた。

この鍛造用工具は無論据え付け型で、重量感溢れる金床(かなどこ)と常に正確に打ち下ろされるハンマーとが背後の支柱を以て一体化しているもので、打ち下ろし速度なども微調整することが可能だ。

毎秒十回もの打ち下ろし機能は素晴らしい作業効率を齎し、鍛造にあたり無理の無い単独作業を可能にしてくれるため、まことに便利なものであり、今では工房に二台も設えられているほどだ。

この刀匠は丹波において作刀の基本を学んだとき以来、これを用いることで常に単独で鍛錬して来ており、その特異な心象風景から言ってもこの作業環境が気に入らないわけが無い。

何せ、これまでの人生経験は、彼をして極端に無口な、言わば人嫌いの男に変えてしまっており、そのことが彼の親族に与え続けている想いも決して軽いものでは無かったろう。

ところが、近頃そこには山内隆雄と言う見慣れぬ日本人が居ついてしまっている。

未だ二十一歳であり、中肉中背で、色浅黒くごく平凡な容貌を持ち、口の重いどこか大人になりきれない一面を感じさせる若者だと言う。

ほんの数ヶ月前に押し掛けてきたこの弟子入り志願者が、予想に反して未だに逃げ出しもせず、真摯なその姿勢にも依然として変わるところが無いところから、師匠の方も、この若者が日々工房で炭を切ることを、ごく自然なことと感じるまでになって来ているようで、そればかりか近頃では朝昼晩の食事も母屋で共に喫することを許している上、専用の個室まで与える始末だ。

よほどこの若者を気に入っているに違いない。

近頃では定期的に鍛治場を閉めてまで、この男にわざわざ自由時間を作ってやっているほどだが、何しろ未だ二十一歳の血気盛りのことでもあり、年長者としては当然息抜きが必要だと考えた結果なのだろう。

また、全くの無給であるにもかかわらず、この若者に小遣いに不自由するような気配は無く、それどころか秋津州行政の審査を受けて運転免許を取得した上、最近新車まで購入しており、首都圏の繁華街に出かけて行くのにも何の障害も無いのである。

自然、休みの前の晩などはその動きも活発なものとなり、さまざまな人間と接触を持つようになって当然だろう。

まして、頼みもしないのにわざわざ近づいて来る者もいないわけでは無い。

昨今この工房に接近を試みようとする女性たちの数は相当なものになって来ており、その国籍にしても呆れるほどにさまざまで、無論、そのほとんどは役目柄日本語の会話能力を具えており、中にはその読み書きまで達者にこなす者もいるほどだ。

その者たちは一様に美女と呼ばれるほどの容姿を具え、ティーム・キャンディ以外にも相当に妖艶な者がおり、それもいわゆる白人系とは限らず、アジア系やアラブ系の美女も当然に少なく無い。

しかし、この異様なまでに無口と言われる刀匠は同時に極端な女性嫌いでもあるようで、その手の女たちが盛んに送りつけようとする秋波(しゅうは)にも全く興味を示そうとはしない。

全くの無視なのである。

その折りも折り、降って湧いたようにして現れた若者なのだ。

いきおい、女たちの視線も師匠から弟子の方に転じられることが増えた。

増えたどころか、その大多数が一斉に目を転じたのだ。

これ等の美女たちが盛んに接近を試みていることは、内務省の最上階などには手に取るように判ってはいるが、そうかと言ってこの若者がとりわけ価値のある情報を握っているわけではない。

第一、その師匠からしてがそうなのだ。

王妃の実兄でありながら、いわゆる機密事項に触れることなど皆無と言って良いのである。

そうである以上、その弟子風情がそれを知り得る機会はなおのこと無いのだが、女たちやその雇い主の目にはそうは映らない。

刀匠が王家の一族に準ずるような立場にいる以上、常にその身辺にいるほどの者が、貴重な情報を持っていない筈は無いと思ってしまうらしい。

或いは、特別な関係を結ぶことに成功したのちに、「女としての武器」を以て、改めてそれを入手させることも充分可能だと考えてしまうのだろう。

尤も、これらのことは、ハニートラップと言う作戦の性質上、古典的とでも言うべき基本的な手法だと言って良い。

現に、諸国において機密漏洩事件として、若しくは売国的利敵行為として公になってしまうものなどは、氷山の一角に過ぎないと言われており、実際には膨大な事案がひっそりと闇の底に葬り去られているとされ、その中の相当部分が女性工作員の手によるものと言われているほどだ。

まして、今や秋津州情報の重要度レベルは殆どの国にとって、言わば特Aクラスの扱いになってしまっており、莫大なコストを覚悟してでも積極的に対応しようとする国が増えて当然だろう。

自然、その手段もハニートラップにたよるものが増え、女性情報員の入国が相次ぐことになる。

通常、彼女たちがターゲットとするのは政府要人や官僚がほとんどだが、この国においては既に述べてきた通り極めて特殊な状況がある。

新婚の国王は無論のこと、王妃や行政官を篭絡(ろうらく)するのは極めて困難な状況がある以上、結局は王妃の親族をターゲットとするほかは無く、中でも王妃の両親は単独で外出することは先ず無いことに加え、その居場所でさえ定かで無い今ますますその的は絞られて来る。

ときにあたり、肝心の王妃の実兄はかくの通りだ。

結果として、この山内隆雄と言う人物の周辺には、多くのハンターが群がるようにして寄ってくることになった。

まるで夏の夕べに妖しい光を放つ誘蛾灯のようだ。

どうやら一番手はティーム・キャンディのようであったが、アラブ系やアジア系のハンターたちも捨てて置く筈は無く、無口な若者はそのそれぞれからかなりの好待遇を受けたことは確かだ。

ティーム・キャンディの設えた例の特別室にも二度も訪問している上に、ロシア美人やフランス娘の自室にまで出かけて行っており、最近ではジャーナリストを名乗る漢人女性とも、特別「親密」な交流を持つに至っている。

殊に、この楊歌(ようかき)と言う漢人女性の妖艶さは群を抜いており、特別美貌と言うほどでは無いが、その体つきと言い所作と言い、ほとんどの男性の目を惹き付けるに充分なものであり、北京政府の大いなる期待を背負っていることは確かだろう。

したがって、この女性による極めて濃密な接遇は、未だ大人になり切れて無いような若者にとっては一際刺激的なものであったかも知れない。

何せ、三十歳を僅かに超える年齢の持主でありながら、かえって若い男性には抗い難いほどの色香を発散し、ひたすら円熟した技巧を用いてくるのである。

たかだか二十一歳の若者が、たちまちにしてその術中に陥ってしまうのも当然と言えば当然で、近頃では専らこの女性との交流ばかりが濃密に重ねられて来ているようだ。

女帝の張り巡らせたネットワークは、ある一部を除けば完璧と言って良いほどのものであり、この若者が近頃経験した数々の幸運についてもその全てをフォローして来ており、ひいては若者に対して格別な接遇を与えた側が、その任務を効果的に果たせるまでには至らないと判断していた。

詰まり、若者から直接情報を引き出すことも、或いは若者を使嗾(しそう)して何らかの工作を企んだところで、目的を達することは不可能だと分析したことになる。

尤も、彼女たちとその雇い主の目的は、あくまで秋津州の真意を探り、自国の政策を打ち立てるに際し重要な指標とするところにあり、誰一人として王家の者に危害を及ぼすつもりなど無いと言って良い。

彼等は、秋津州国王の意思の在りかのみを、ひたすら追い求めているに過ぎないのである。

ところが現実には、若者の師匠自身が秋津州の政略などには全く興味を示さないため、その弟子風情が如何に望んでも結果は知れており、結局工作者側の努力は儚いものとならざるを得まい。

仮に、どんなに厳しい拷問を加えても、知らないものを聞き出すことは出来ないのである。

その上、秋津州の警戒網が不断にフォローしている以上、万一この若者が暴力的威迫を受けるようなことでもあれば、即座に実力を以て排除してしまうことも出来るのだ。

この意味で秋津州のネットワークが目を離すことは無い上、ハンターたちは勿論のこと、その背後にいる者たちにしても手荒な手法を使ってくる気配は無い。

少なくとも、濃艶な誘惑者たちの背後に、王家に対するテロ攻撃の意図を持つ者が存在しないことだけは確認出来ており、今後においてもその調査活動は絶えることなく続けられて行く筈だ。


さて、先ほど「女帝の張り巡らせたネットワークは、ある一部を除けば完璧と言って良いほどのものであり」と書いたが、この例外的な「ある一部」とは無論田園の中に佇む王宮のことだ。

この王宮は、常に目に見えぬネットワークに幾重にも取り巻かれており、その最も内側の輪は王の居間から八百メートルほどの距離を保つこととされているが、それより外側では、同様の輪が幾層にもわたって延々と続き、文字通りそれは鉄壁の構えと言って良い。

無論、その輪を構成しているのは、膨大なD二やG四を従えた近衛軍の配下たちだ。

詰まり、近衛軍は王の居間を中心として言わばドーナツ状の警護態勢を布いていることになるが、そのドーナツの空洞の直径が概ね千六百メートルほどだと言うことになる。

これも新妻を迎えたときの国王自身の命によるものであり、その理由にしてもわざわざ言うほどのことでも無いだろう。

但し、王宮の中に外部の者が入る場合などはまた別の話だ。

その場合、そのネットワークの輪は格段に狭まり、G四やD二は勿論、ときによっては訪客の接遇係りと称して、近侍の者が陪席する態勢がとられることも多い。

例えば、つい先日キャサリンが訪れたときのことを挙げよう。

その折りには、問題のネットワークの輪は、例の八百メートルラインから一センチも狭まることは無く、雲霞の如き従者たちは命じられない限りラインから内側へは一歩も入ることが無い。

詰まり、警護態勢には王宮を中心に半径八百メートルの空洞が出来ることになるのだが、これを立体的に表現すれば、直径が千六百メートルで、高さが八百メートルのドームのような形状になっている筈だ。

全ては近衛軍がキャサリンを「外部のもの」とは認識しないためであり、無論、国井や新田などが入る場合であっても同様だが、これがひとたび合衆国大統領が訪れる場合などは、そのドームの空洞は隙間も無く固められ、いわゆる厳戒態勢が布かれることになる。

言わば王宮の物理的結界は、訪客の区分によって、常に伸縮自在なものと言って良いのである。

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  1. 2007/08/22(水) 13:31:52|
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