日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 009

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さて、このところの京子の日常は、相も変わらず来訪客との応接に忙殺されていたが、今回の訪客、吉崎大二郎については初めから良い印象を持てなかったと言って良い。

そもそも、日本の政治家でいるべき人間では無いと結論付けていたからなのだが、現実の吉崎は現総理とはその立場を異にしているとは言いながら、与党の重鎮の一人であり続けていることに違いは無く、いまや昔日の影響力を失いつつあるとは言え、かつて与党幹事長と言う重職まで経験し、衆参合わせて三十数人の派閥を率いて、いまだ総理総裁の椅子を諦めてはいないと言う。

過去に一度だけ会ってはいるが、それも単なる表敬訪問程度の軽いものであり、それに引き比べて今回は明確な思惑あっての来訪だ。

まして、京子自身、その内容には少なからぬ関心もある。

何せ、この吉崎の後援者筋の女性が秋津州国王の大ファンで、何としてでも憧れの人に会いたがっていると言い、後援者の依頼を無下にするのも心苦しく、また個人的にもその切なる願いを叶えてもやりたいので、是非とも仲介を頼みたいと言うのだ。

無論、国王の大ファンだと称するその女性についても、無数の手兵が縦横に動いて、既に溢れるほどの情報を集積しつつ、京子の興味はただ一点に集中していたのである。

やがてターゲットは、吉崎に伴われ定刻通りにやってきた。

京子はその者が入って来たところから、その挙措動作を注意深く記録し、かつ送信しているのだが、無論相手には判らない。

上背は百六十センチほどのものか、豊かな胸とよくくびれた腰を持ち、その足首は小気味よいほどに引き締まり、実に扇情的な女体が近付いて来る。

見れば、小ぶりの鼻も少しく上向き加減で、顔全体の造作としては美しいとは言えないにせよ、なによりも色白で切れ長の目にぞくりとするほどの色香を漂わせ、その上唇が少し捲れ気味に濡れ濡れと光っているところなどは、いかにも蠱惑的と言って良いだろう。

ターゲットは吉崎の紹介を受けつつ村上優子と名乗り、国王陛下とお近づきになりたい心情を、まるで少女のように切々と吐露し、改めて京子の尽力を請いたいと願うのである。

その仕草の一つ一つを、京子がじっくりと観察している。

本人が差し出した身上書によれば、日本国籍を持ち年齢は二十六歳、都内の某女子短大卒で職歴は無く婚姻歴も出産歴も無いと言う。

海外渡航歴を多く持ち、特に欧州方面への出国歴が目立つ。

両親は都内で事業を営み、本人も都心に近い高級マンションで自由な一人暮らしを愉しんでいるようであり、そこからもかなり裕福な家庭であることが浮かび上がってくる。

少なくとも表面上は、よくある苦労知らずのお嬢さま、それもかなり物好きな我儘娘かとも思えるが、その多くが擬態であることは紛れも無い。

彼女のパスポートの残存期限が充分に余裕があることを確認して、そのほかの確認事項に及ぶ。

「一度会わせてあげるだけなら、お引き受けするわ。」

「ほんとですか。」

「ほんとよ。」

「ありがとうございます。よろしくお願いします。」

女は心底から嬉しそうに、まるで少女のような愛くるしい品を作って大喜びして見せるのだ。

「それで、ただ一目お会いするだけで直ぐ帰って来るだけなら簡単なんだけど。どうなの、少し向こうに滞在したいんでしょ?」

「はい、出来れば観光も兼ねてそうしたいんです。」

秋津州に観光名所など一つも無い。

「そうなの。でも、向こうには観光者用のホテルなんて無いわよ。それに、帰りたくなっても急には無理なのよ。」

航空便どころか船便でさえ未だに開通していない状況なのである。

「あのう、うちの父が現地のNBSのヒトと連絡がとれていて、だいじょぶって言ってくれてるものですから。あと、保存食なんかもたくさん用意しますから。」

「おほほほ、それはまた随分熱心ね。」

「はい、こんなチャンス、めったにありませんから。」

「じゃ、お父さまは現地メディアのかたとパイプがおありになるのね?」

「なんか良く知らないんですけど、そうらしいんです。」

「そう、それじゃ、向こうでの滞在生活のことは心配いらないのね?」

「はい。」

詰まり、現地に於ける滞在生活のあれこれについては全く顧慮する必要が無いと言うのである。

「ようするに、向こう様の入国許可をとってあげて、陛下にお引き合わせしさえすればいいのよね?」

「はい、是非是非お願いします。」

と、まあこんな具合でとにかく熱心だ。

傍らで、終始柔和な笑みを浮かべながら聞いていた吉崎も、改めて最敬礼で感謝の意を表している。

さぞかしほっとしたことであったろう。

京子は、つと傍らのサイドテーブルの受話器を取り上げて一階の係りを呼び、上がってきた官僚らしき二人に優子の身上書を手渡した。

「こちら、吉崎先生のご紹介なの。コピーお願いね。」

「はっ、承知しました。」

「それで、こちら、秋津州陛下にお会いしたいと仰るので、近々例の便に乗せてあげたいんだけど、よろしいかしら?」

「少々お待ち下さい。」と言って、一人が優子の身上書を持って出て行ったきり、なかなか戻ってこない。

この階にも直ぐ傍に大型のコピー機が備えられているが、身上書を受け取った係りはそれには見向きもせずに下りて行った。

無論、単にコピーをとるためでは無い筈だ。

吉崎が苛立って、残った一人に皮肉を浴びせたころ、やっと戻ってきて今度は優子のパスポートの提示を求めた。

さいわい、それも優子のバッグに入っていたため、そのあとの話しは意外ととんとん拍子だったのだ。

当局から、基本的なオーケーが出て出発の日取りは追って連絡すると言うことになった。

京子は身上書の電話番号を確認しながら、

「ここに連絡するわね。」

と言うと、優子は晴れ晴れとした笑顔を見せながら、

「はいっ、よろしくお願いします。ほんっとにありがとうございました。」

と、相変わらず少女のように無邪気な歓びようを見せながら帰って行った。

吉崎の一行が辞したあとのオフィスは、姉妹二人きりである。

姉にも似て、すらりとしたうしろ姿を見せながら甲斐甲斐しく後片付けをする千代は、まだ二十三歳の若さながら時には姉の代理をも務める優秀な秘書でもあった。

「千代さん、ちょっと時間、余ったわねえ。」

本来この姉妹の間では、通常の言葉を使って会話する必要は無い。

国王の持つ天賦の通信能力と同一のトラフィックを用いさえすれば、一般人に知られることの無いまま自在に通信が可能なのだが、つい先ほどらいの一般人との会話の延長で、ことさらに言葉に出して言ってしまっている。

「お話しの内容からして、もう少し掛かるかと思っておりましたのにね。」

妹は妹で、実におっとりとした口調で応える。

「次のアポまで四十分はあるわね。」

今度は、言葉としては聞こえては来ない。

無論、秋津州独自のトラフィックを通して通信しているのだろう。

「そうですわね。」

「じゃ、ロックしてちょうだい。」

「はい。」

素直な妹はすっと立って行って、内側から部屋の鍵をかけてしまう。

一瞬、京子は遠い目をしながら虚空を見つめている気配だが、彼女は今二千キロも離れた主(あるじ)と交信しているのである。

その通信のためのトラフィックは無論いたるところに存在し、アクセスポイントとしてのG四や、また中継と増幅機能としてのそれも、実は無数と言って良いほどに存在する。

京子は一言も発せず、無論唇を動かすことも無く、依然として沈黙を保ったまま通信を続けている。

「今、お許しが出たわ。ちょっと行ってくるわね。」

「行ってらっしゃいませ。」

次の瞬間、千代の目の前で京子の姿が消えた。

文字通り、ふっと掻き消えてしまったのである。

普通であれば、目の前で突然姉の姿が消えて無くなったりすれば、その妹は間違いなく卒倒してしまうだろう。

しかし、その場に残された千代に驚く気配は無く、茶器のあと片づけを終えたあとはソファにゆったりと座り、静かに瞑目したまま身じろぎ一つしようとはしない。

そしてその直後には、京子の姿は今まで居たオフィスとは全く異なる殺風景な部屋の中に見出すことが出来る。

そこでの彼女は、小ぶりのテーブルを挟み、若者と対座していたのだ。

無論、若者の意思によって一瞬のうちに運ばれてきたことになるのだが、そこは、大気圏外のはるかな虚空に浮かぶ「マザー」の中の一エリアであって、二百平方メートルほども有りそうな、かなり天井の高い部屋の中であった。

ほとんど無音に近いこの部屋には、左右に背の高い一体型のロッカーがいかにも重々しく並び、不思議なことに、本来無重力であるべきこの場所で誰もがごく普通に振舞っており、テーブルの上の透明な水差しの中身さえ綺麗に静まったままだ。

正面の奥のほうに大画面のモニタがあり、そこには今初老の女性の上半身が映し出されている。

二百インチはあろうかと思われるモニタの下方には、高さ一メートルばかりの黒い箱型のものがずっしりと鎮座し、その下部からは無数のパイピングが床を左右に走り、それは床下や天井へも続いているように見えている。

無論窓は無く、天井にも電灯らしきものは一切見当たらないにもかかわらず、部屋全体を柔らかな光が包んでおり、その光源が多数存在する証拠に、そこにあるモノの影は全て輪郭がはっきりしないのである。

広々とした中にぽつんと置かれたテーブルがひときわ侘しげであり、まして席に着いたのは若者と京子の二人だけだ。

静寂の中、時おりヒールの音を響かせながら三人の女性が酒肴を整えており、その悉くが控え目な装身具で装った妙齢の美女ばかりだ。

彼女たちは全て京子や千代の妹たちであり、上から涼(りょう)、滝(たき)、雅(まさ)と言うれっきとした日本名を持ち、それぞれ戸籍上の年齢は未だ二十一歳、二十歳、十九歳でしかない。

若者はゆったりと酒盃をかたむけつつ、誰にとも無く口を開いた。

王「今日はまた、ここに来るほどの情報整理が必要になったのか?」

通常の情報交換であれば、わざわざ顔を会わせてまでする必要はないのである。

しかし、地球とマザーの位置や環境によっては、その間の通信には片道だけでも数十分もの時間を要することもあり、それなりのタイムラグが発生し大量の双方向通信には当然そぐわない。

京子「恐れ入ります。」

そのとき、モニタに写る年配の女性の口が開き静かな声で話し始めた。

今は亡き秋元勝子の姿を借りた人工知能、マザーである。

マザー「お言葉ですが陛下、やはりこの辺で一度データの交通整理をしておくべきかと存じます。何分にも事態の進展がかなり予想外でございますし。」

王「ふむ、マザーは予想もやるのか?」

マザー「失礼いたしました。積み上げた過去のデータからの予測でございました。」

王「うむ、それにしてもあの米軍ヘリは僥倖であったな。あのお陰で力技を使わずに済んでいるようなものだ。まさかマザーの仕業ではあるまいな?」

マザー「いえいえ、あれこそが天佑神助とでも申すべきものでございましょう。」

王「まあ、それは良いとして、今日はお京のところへおもしろい客があったようだな。」

若者が興味を持ったことだけは確かだ。

京子「はい。帰路の心配を全くせずに絶海の孤島へ渡ろうとする、とても変わったお嬢さまでございました。」

マザー「あの吉崎とか言う者は、一言で言って日本人の敵ですわね。」

京子「左様に存じます。」

マザー「あの者の連れてきた女も、未だデータ不足ではありますが、北でございましょう。」

京子「はい、それもあの者自身が充分意識した練達の者かと存じます。」

あの村上優子は、充分に訓練された北の工作員だと言うことか。

マザー「陛下お気に入りのマーベラさまとは、随分違いますわね。」

京子「彼女の場合、ご本人は全く意識しておられませんから。」

王「うむ、マーベラ自身は意識しておらぬか。」

マザー「よろしゅうございましたわね。」

王「うん。」

京子「まあ、正直におっしゃいましたこと。」

少年は、初々しく頬を染めながら苦笑している。

そのとき、正面のモニタの右半分にあの村上優子が京子のオフィスに入って来るところからの映像が映し出された。

マザー「陛下、お判りでございましょう。」

王「・・・。」

若者は、虚空を見据えている。

マザー「明日にはこの者のデータも詳しく入手出来ましょうから、結果次第では陛下のご体験学習の良い教材になろうかと存じますが。」

王「不思議なものだな。」

京子「はい?」

王「うん、マーベラの体には触りたいとは思わぬのに、この女だと・・・。」

京子「左様でございましょう。」

王「うん。」

若者にとって、この女にはそれだけ性的な魅力があるということなのだろう。

京子「それでは最終データを確認致しまして、数日中にはこの者をお傍にお送り申し上げますが?」

王「うむ。」

マザー「これで連中と連絡をとりますわね。」

実は、秋津州の山間部に八名ほどの工作部隊が潜入し、あろうことか拠点を作り始めてしまっており、入国後の優子は当然この者たちと連絡をとり合う筈だ。

それこそが彼女の任務の筈なのである。

王「うむ。」

マザー「ほんとうに、放置しておいてよろしいので?」

王「せっかく、本人たちが気づかれてないと思ってくれているのだ。」

マザー「装備は小火器と爆発物だけですわね。」

王「の様だな。まさか内部にいろいろ運んでやるヤツがいたとはな。」

工作部隊は手持ちの糧食もごく僅かで、装備も貧弱なものでしかなかったのだ。

若者は、ごく短期の斥候行動だけで撤収して行くものと判断し、具体的な処置をためらった。

ところが案に相違して、NBSの内部に敵に気脈を通じ、食糧などの物資を運び込む人間がおり、その援護を受けながら拠点作りを始めてしまったのだ。

敵はそこまで周到に準備して始めた作戦だったようだ。

こうなってからでは、そう簡単には手出し出来ない事情がある。

マザー「やはり、最初のときに処理しておくべきだったかと。」

王「うむ、甘かったかも知れぬ。」

どうやら上陸の時点から全て探知していたようだ。

探知した以上、敵がどんなに強勢であっても、殆ど一瞬で殲滅出来る力を持っているにもかかわらず、少年は判断を誤り放置してしまった。

夜間星明りの中で、敵が外周の岸壁に取り付いた瞬間にひっそりと殲滅してしまえば、ほとんど問題は無かった筈なのだ。

マザー「やはり、殺すのはためらいがおありなのですね。」

王「・・・。」

少年が流血を嫌ったことは確かだが、十人を殺すのをためらったがために、反って百万もの多くを殺さざるを得なくなってしまうことがある。

やがて少年は、その多くを学ぶことになる。


モニタの絵が、大地の映像に切り替わった。

かなりの高度から撮った絵で、そこには円形のクレーターが見えている。

実は丹後の映像で、そのクレーター内部には真新しい断層を剥き出しにした断面まで見て取れる。

マザー「秋津州を切り取った直後の絵でございますわね。」

無論この絵は、少年がマザーに渡したものだ。

王「うん。」

マザー「でも、ほんとにお上手になさいましたこと。」

秋津州の移転作業の手際の良さを、まるで人生経験豊富な乳母が、その胸に抱いたおさなごを褒めているような口振りなのである。

王「いや、肝心なのはこれからだ。」

マザー「はい。」

王「地下水脈も枯れかけているし、あとは時間との勝負になろう。」

陸地を移動させ不安定な状態を続けたため、地下の強固な岩盤にも微妙なひずみを生じ、そのためもあってか貴重な地下水脈が危機を迎えている。

これも、早急に回復させたい。

マザー「アメリカの無人潜航艇が大分出ておりますから、そろそろ気づくころでございましょう。」

秋津州が半ば浮島の状態にあると言う事実が、早晩発見されてしまうと言う。

人工のものであることが表沙汰になってしまえば、それこそ万事休すだ。

それが自然の陸地とは認められない以上、当然いずれの国もその領土とは為し得ず、秋津州建国の大事業も一瞬で幻となってしまう。

折角の秋津州国そのものが、存在しないことになってしまうのだ。

国家の存在が認められないと言うことは、国家主権が存在しないと言うことであり、全ての秋津州人はその瞬間に無国籍で漂流する流亡の民と化してしまう。

無国籍で流浪する者を、無条件で保護する国など有るわけも無い。

どんなに奇麗事を並べようと、国民を保護することの出来るものは、その者の属する主権国家のほかには無いのである。

人間個々にとっての国家と言う体系は、この一点を以て特別の意味を持つと言って良い。

王「だろうな。とにかくアメリカが一番厄介だ。」

マザー「それがお判りであれば、なお一層のご配慮を。」

王「こちらが大人しくしておれば、ヤツ等は九分九厘公表はすまい。」

米国は、この島を太平洋上の一大拠点としたいのだ。

それを優先事項とする以上、好き好んでわざわざ公表してしまうほど愚かではあるまい。

だが、それもこれも、こちらが可愛げな親米路線をとっている間に限ってのことで、一旦、自分にとって危険な存在だと認識すれば態度を一変させるに違いない。

米国政府は、米国の利益を踏まえて行動することにのみ正義があり、例えその態度を百八十度豹変させようとも、それがその国の国益によるものである限り、不正義でも何でもないのである。

マザー「くれぐれもご注意を願わしゅう。あの場所に付きましては、まさに天の配剤としか言いようの無い絶好の海域でもございますし。」

一族にとって、これ以上好条件の揃った場所になど、二度とお目にかかることは無いと言う。

他の領域では深さ六千メートルもある海底に無数のケーブルが走っているが、二十数年前に隆起したその海嶺の頂上付近には、結果として如何なる障害物も存在しなかったのである。

王「うむ。」

京子「チベットの日本代表部の件は、いかが取り計らいましょう。」

王「お京が一度会っただけだったな。」

京子「はい。もう一度おいでになりたいようなお申し越しを、そのままでお待ちいただいておりますが。」

王「うむ、これも大仕事を済ませてからだな。」

京子「承知いたしました。」

ダライ・ラマ日本代表部の二度目の来訪希望をペンディングにしてあることも対中国政策の一環なのだろう。

無論、このダライ・ラマ日本代表部というのはチベット亡命政権の日本支部のことで、現在、ほとんどの世界地図から抹消されてしまってはいるが、このチベット国が抹消された唯一最大の理由は、「弱い」と言う一事に尽きるのである。

「弱い」から、より強い隣国に腕力で併呑されて抵抗する者はその命を奪われ、そうでない者もいわゆる民族浄化政策によって悲惨な運命を強いられており、男女共に、生きながら生殖機能を奪われるケースまで報告されているほどだ。

今の状況が続けば、二世代後にはその領域は漢民族で満ちてしまうと言う声も上がる今、国家としてのチベットが世界地図から抹消されてしまっても、直接利害の少ない国からは大した非難は受けない。

もっとも、非難されても中国は「内政干渉するな」と言って、相手にもしない。

かと言って、筆者は中国だけを非難する気は毛頭無い。

過去、チベット側が強勢を示していた時期には、逆の現象が起きていたこともあるのだ。

とにかく、長い人類史の中で一国の興亡が正義、不正義で左右されたことなぞ聞いたことも無いのである。

人間と言う生き物がほんの僅かでも「欲望」を持ち続ける限り、これは永遠に変わることの無い「世のことわり」なのであろう。

マザー「只今、こちら(の人工子宮)でお育て申し上げておりますのはお三人さまでございますが、既にお生まれになったお一人は、もうじきお移しいただけようかと存じます。」

冷凍保存の精子と卵子の人工授精が進んでいるようだ。

王「うん、これで私を入れて八人になったな。」

京子「おめでとう存じます。」

王「マザーのハラの中の子らが無事に生まれてくれれば、十一人。」

少年の顔は喜びに輝いている。

マザー「よくこそご辛抱なさいましたこと。」

王「うむ。」

マザー「それにいたしましても、この京子のボディなぞも、そろそろ年相応のものに着替えのお許しを。」

王「うむ、さすがに限界かも知れぬな。」

マザー「京子の妹たちも控えておりますから。」

王「うん。」

どうやら、京子の若過ぎるボディを、年齢相応のものに替えさせなかったのは王自身のようだ。

しかしこうして表舞台に立つことになった今、この若いボディのままではその戸籍上の年齢からしても、あまりに不自然になってしまう。

やっと許しが出た以上、そのボディも徐々に年を経たモノに代えられて行くことになるのだろう。

京子「あなたたち、こちらにおいでなさい。」

京子が唐突に妹たちを呼んだ。

呼ばれた三人は、まるで感情を持つもののように、幾分緊張感を漂わせながら直ぐ近くにまで進み、少年は無言のままそれを見ている。

三人が三人とも清楚で美しい。

無遠慮な凝視にあって、それぞれが恥じらいを見せ、最年少の雅なぞは殊に初々しく頬を染めてしまっている。

マザーは実に細やかな配慮を以て、そのプログラムを記述したようだ。

王「うむ。」

マザー「いかがでございましょう。」

王「お京はこんな反応はしたことがない。」

マザー「京子は陛下より二十歳も年長の設定でございますよ。」

王「ふーむ、さては、今日の話の眼目はこれだな。」

京子「恐れ入ります。」

王「・・・。」

若者も苦笑するほかはない。

京子「先日も申し上げました通り、これよりはこの者たちにより、おん種子を頂戴させていただきとう存じます。」

王「また、それを申す。」

京子「お言葉ではございますが、わたくしども五人にとってはその本分として組み込まれたプロセスでございます。」

王家の子孫を残すための優先的なプロセスだから、こればかりは譲れないと言っているのである。

マザー「わかりました。少々工夫いたしますのでご猶予を。」

人工知能は又別の企図を持ったのであろう。

王「・・・。」

京子「あなたたちは、下がっていいわよ。」

姉妹は、直ちに下がって指示を待つ姿勢をとった。

マザー「話しは変わりますが、(浮島の据え付け工事用の)資材の準備はほぼ済んでおりますので、ご予定のほうをそろそろ。」

王「うむ、わかっておる。今度は音も振動も気を使わないで済むからな。」

マザー「この前は全てひっそりとなさらなければなりませんでしたからねえ。」

王「うん、八月一杯で終わらせてしまえば、何とか間に合うだろう。」

マザー「はい。」

京子「ところで、あちらの作柄は如何でございましょう?」

無論、荘園の農地の作柄のことだ。

王「うん、相当なものだ。備蓄分はほとんど土にかえってしまうがな。」

新たな実りを収穫してから改めて前々年の備蓄分の廃棄作業にかかるのだが、それだけでも、三つの天体それぞれに巨大な空調保冷倉庫を必要とする。

もっとも、それらの天体のそれぞれの地域では、それぞれに個別の季節が変動しており、全体として見れば常にいずれかの地域で作付けをし、また収穫を行っていることになるのである。

ただ、その収穫量も膨大なものであるだけに、自然廃棄する分量も膨大だ。

今も昔も、貧困の余り食糧の入手が困難とされる人々は世界各地に存在しているが、食糧を入手出来なければ、言うまでも無く餓死するほかは無い。

それも、膨大な数なのだ。

見方を変えれば、この地球と言う小天体で、果たしてどれ程の人間を養うことが可能なものか、これはこれで、人類にとっては遠大な主題ではあったろう。

京子「今回は、かなり大量の引き合いが来ておりますが。」

王「いや、大量の出荷は未だまずかろう。」

軽々に大量放出を行えば、各方面に無用の摩擦と混乱を引き起こすことは確実で、そのことによって強大な穀物メジャーたちをもろに敵に回すことになってしまう。

少なくとも現状においては、政治的にも巨大な力を持つとされる穀物メジャーたちを、わざわざ敵に回すことは得策ではないと言っているのである。

とにかく今は、国家主権の確立こそが最優先課題であることに違いは無い。

京子「すでに三十億人を賄えるほどの年次収穫でございますもの。」

王「まあ、様子をみながら徐々にやろう。農地の整備も年々進んでいるのだから今のところ心配はあるまい。これで貴重な財源としての見通しも立つ。」

京子「それとも、オイルや金属類の出荷を少々緩めることに致しましょうか?」

王「うむ、そっちは多少緩めてもよかろう。」

京子「承知いたしました。」

マザー「永久原動機はとりあえず本体のオプションが六機種、そのそれぞれにブラケットやフランジのオプションが四種類で、現状二十四機種の出荷が可能でございます。」

京子「これも各国の足並みがなかなか難しゅうございます。」

王「うん、これは日米が揃えば良しとしよう。」

京子「では、もう充分でございますので、そろそろ出荷に入らせていただきます。」

王「あとは、また、あとのことだ。」

京子「はい。」

マザー「国民議会のほうは、国家の在り方の議論であのまま揉ませておいてよろしゅうございますか。」

王「うむ、予定の作業を終わらせるまではな。あれさえ済めば、どのような国家を作ろうとこっちの勝手だ。」

「あれ」とは、無論浮島の据え付け作業のことであったろう。

マザー「承知いたしました。」

王「この一握りのはらからが無事に成長して、自らの意思で国を運営してもらわねばならぬ。」

マザー「やはり、陛下のお考えは王制の廃止でございますか。」

王「うむ、私はこの幼きものにとって必要なことを為しているだけだ。」

マザー「はい。」

王「まあ、酒だけは許してくれい。」

どうやら、若き君主の理想は議会制民主主義のようだが、並み居る列強の国益が果たしてそれを許すかどうかは定かで無い。

マザー「いま、千代からのデータが届きましたわね。」

王「うん、やはり北のものだな。」

吉崎と優子に張り付いている千代直属の「G四」から、微細なトラフィックを通して決定的な判断材料が届いたのである。

そやつ等は、不用意にも神宮前を出た直後に「行動」してしまったと言う。

現在武装して秋津州に侵入している連中は紛れも無く敵であり、日本で活動中の同類共に、共通の目的意識を持って接触する以上敵以外の何ものでもない。

京子「これではっきり致しましたわ。」

秋津州と言う国家に明瞭に敵対する者であることが確定した以上、一切の遠慮は不要となったことだけは確かなのである。


一方ワシントンでは、ある重大情報がもたらされたことにより激論が闘わされていた。

その重大情報では、秋津州は人工のものだと言うのだ。

事実、その通りなのだが。

そのもともとの理由は、なんと言ってもこの島が過去衛星からの映像にも捉えられたことが無く、その上群生する樹林の中には樹齢一千年などと言う古木まで見受けられ、どう考えても一千年も前から存在していた筈のこの島が、一度として発見されたことが無いと言う不自然さにあった。

まして今回新しくもたらされた情報では、秋津州の海面下の部分に如何にも不合理なものが存在すると言う。

特殊な小型の無人潜航艇を多数動員して得た結果は、ある意味嗤うべきものであったろう。

秋津州の外周に沿って深々と潜航していくと、深度千六百メートルから千七百メートル付近で、岩盤の粗密の差が殊に甚だしく、部分的には空洞まで発見されたと言う。

その成分にしても、深海底からせり上がってきている強固な海嶺のものとは微妙に異なっており、そこから導き出される一つの推論は、もともと存在したはずの海嶺の頭頂部に全く異質のものが載っているのではなかろうかと言うものであった。

もし人工的に作られた構造物だということになれば、基本的にいずれの国家もその領土とすることは出来ず、また、公海においてそのような人工島を作ったとしても、それは百歩譲っても特殊な海上構造物としか看做されず、そのような物には、領土は言うに及ばず領海も領空も認められる筈も無い。

仮にこの推論が事実だとすると、かくも巨大な人工島を極めて短期間に構築し得るほどの国力と技術が存在すると言うことになる。

万一それが強大な政治力として機能すれば、世界のパワーバランスが劇的な再構築を迫られることに繋がり、その時点で合衆国の一人舞台が終わってしまうかも知れず、そのことが一層重大なのである。

第二にこの問題を事実だと主張することが、果たして米国の利益に適うかどうかであった。

米国が世界の世論を誘導してそれを声高に主張してしまえば、かの島が存在する海域は本来公海であることから、秋津州国が自国領土として主張できないのは無論のこと、米国も含めたいかなる国家もそれを主張出来ないことになり、その瞬間に秋津州と言う国家主権も最初から無かったことになってしまう。

ひるがえって、ハワイ諸島から遥か西方を望んだ時、日本列島までは茫々たる大海原が広がるばかりで、もともとは全く陸地が存在しなかったのである。

ところが、かの島が自然の陸地として存在したことになれば、極東への絶好の橋頭堡たるべき戦略的価値は高く、今更それを無にしようとする意見など何処からも出て来ない。

ハワイ諸島そのものも、過去において米国の謀略と暴力によって強引に併呑されてしまった独立王国であり、その後の米国にとって同様の意味で重要な拠点となっていることも周知の通りだ。

悪辣極まりない併呑の事実については、つい先年もクリントン政権がそのことを認め、公式に謝罪したくらいなのだ。

尤も、百万言を費やして詫びたところで何一つ元には戻らないのである。

結局、大統領のマシーンの議論は、親米的な姿勢を採る秋津州を如何に自国の戦略に組み入れるか、その為には決してかの島が人工島であってはならないと言う一点に収斂して行くようだ。

ただ、科学的に収集されたデータは冷徹な事実を物語っている。

曰く、かの島の海域では二十数年前突如深海底が五千メートルも隆起し、海面下一千メートルほどで一旦安定したあと、頭頂部の不安定な部分が徐々に浸食され、その結果強固な岩盤が露出してきたものであろう。

その時点での頭頂部の位置が、海面下千六百から千七百メートルだったのではなかろうか。

いや、海面付近と違いそれほどまでの激しい浸食作用は起こる筈はないから、二十数年の間に何者かが頭頂部の不安定部分を全て除去したものであろう。

そして、その除去作業を終えたあとで、そこに人工島を載せたのではあるまいか。

また、その人工島は硬いピザ、それも直径百キロメートルもある薄いピザになぞらえることが出来ると言う者もいる。

もっとも、薄いと言っても直径と比べて薄いと感じるだけで、実際は最も薄い部分でも千四百メートル、分厚い部分に至っては二千六百メートルにも達するようだ。

このピザの厚さを仮に平均二千メートルと仮定して、相似形のまま直径二十センチにまで縮小したとすると、その時のピザの厚さは四ミリメートルほどでしかないのである。

ピザの下側の形状は海嶺の頭頂部の凹凸に合わせてあり、その上部は高地や低地もしくは湖沼部分と言うように、やはり複雑な凹凸があり、外郭円周部分にいたっては不自然なほどに水平を保った堰堤がある。

その堰堤はピザの外郭をぐるりと一周しており、ヘリの落ちたあの湖の外側部分では極端に薄いところがあり、その薄い部分を爆破すれば、容易に堰堤が決壊し湖と外海が連結して、湖は港湾として使用可能となる。

この港湾開削工事は、既に秋津州自身が予定しているようだが、あるメンバーにいたっては、その港湾に収容可能な巨大艦隊をイメージして語っており、無論、その艦隊には星条旗が翻っている筈だ。

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  1. 2005/10/08(土) 13:10:34|
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