日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 091

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翌日には早くも女神さまからの一報が入り、魔王の許諾の意思が伝えられ、補佐官は勇躍ワシントンに報告することを得た。

誰が見ても解決不能と思われた政治的課題をあっさりと解消し得たことにより、ワシントンは安堵の胸を撫で下ろし、その結果、この非公式外交が、ワシントンに於けるタイラーの名を一躍高からしめたことは言うまでも無い。

どう考えても、魔王の側にこのような要求を呑む義理も必要も無い筈であり、全てタイラーの大手柄なのだ。

それこそ、湯水のように出て行くカネにしてもクレームがつくようなことは一切無くなり、タイラーはある意味翼を得たようなものであった。

何せ、タイラーの要求する対秋津州工作資金が、ワシントンにおいてその承認が逡巡されるケースなど皆無となり、特殊な国際情勢とも相俟って、以後、タイラーの手許から費消される予算は驚くほどに膨張を続けるのである。


その後この件は、女神さまとの間で数回にわたる打ち合わせが繰り返され、ほどなく五十人ほどの調査団を以て実現される運びとなる。

一行はSS六に乗り込み一瞬で丹波の八雲の郷に至り、その首都「一の荘」において存分に目的を果たし、問題の聖櫃が彼等の想定していたものとは全く別物であることを明らかにした。

溢れるほどの緑に包まれ壮大な近代建築が立ち並ぶ中、万全の受け入れ態勢がとられて、滞在中の彼等を驚かせたが、彼等がそこで最も驚かされたことは、秋津州側の接遇が懇切を極めたことでは無く、肝心の聖櫃が複数提示されたことであったろう。

何と、新旧併せて四個もあったのである。

無論最新のもの以外は、全て無惨に変形してしまっており、中には蓋の上の八咫烏が完全に失われてしまっているものまであったが、年代測定の結果、最も古いものでさえその成立は九世紀であることが明らかとなり、秋津州の主張を完全に裏付けることとなった。

彼等の捜し求める聖櫃の成立年代ははるかに遠い前世紀であり、この点においても、全く別物であることが証明されたことになり、さらに、秋津州は聖櫃を四度にわたって新造していたことになる上、秋津州側に秘匿しようとする気配が全く見られないことから、彼等の疑惑はそれ以上膨らむことは無く、タイラーの抱いた危惧は杞憂に終わったことになる。

少なくともワシントンの望みだけは果たされたことは確かであり、全ては秋津州側の厚意によるものであることだけは充分に理解された筈だ。

したがって、あの秋津州からこれほどまでの厚意を引き出したタイラーの外交手腕は並びないほどの評価を受けるに至り、同時にその発言も、ワシントンにおいて決して軽視されることは無いと言うほどの状況が生まれた。

もともと、対秋津州の折衝担当はタイラーによるところが多かったこともあり、やがて、タイラーがワシントンに向けて発するメッセージが、全てそのまま「秋津州の意思」ででもあるかのような景況が現出した。

タイラーは、ワシントンにおいて「秋津州の代弁者」となったのである。

しかも秋津州に対する要望や工作などは、全てタイラーを通さなくてはならないような雰囲気が醸成され、加えてタイラーを「秋津州の友人」と呼ぶものが増えるに連れ、対秋津州問題の巨大さ故に、その隠然たる「権力」は、やがてワシントンにおいて他を圧するほどのものに成長を遂げて行くことになる。


さて、ワシントン主導による調査団が「特別な意味あい」を以て丹波入りを果たし、八雲の郷の首邑(しゅゆう)たる一の荘の地にあって、鋭意調査活動に励んでいた頃のことだ。

(筆者註:ちなみに、この九.五万平方キロの八雲の郷(八雲島)は、王の直轄領にある島々の中でも比較的小粒のものではあるが、それでなお八.三五万平方キロの北海道よりは大きいことになり、しかも、太平洋上の秋津州(あきつしま)に至っては、たったの七千九百平方キロでしかないのである。)

彼等調査団の一行は、秋津州の国立博物館のような位置付けの施設の中で、地球から持ち込んだ最先端の機器を用い、存分な調査をなし得る機会を与えられたのだ。

その調査結果に関しては、欧米系のメディアなどはいずれもが興味津々の態で、宗教上のあれこれから言っても、大いに大衆の興味を惹く対象ではあっただろうが、引き比べて東アジアなどにおいては必ずしもそうでは無い。

むしろ、ほとんどの大衆が契約の箱の行方などには興味が無く、全く異なる風が吹いていたのである。

何せ、その一帯はほんの数年前に勃発した大規模戦争の主戦場だったのだ。

殊に中露両国は、事前に痛烈なまでのシード攻撃を受けて、瞬時に全域を制圧されてしまった挙句、完膚なきまでの占領を許し、文字通りの無条件降伏を余儀無くされてしまった。

(筆者註:シード(SEAD:Suppression of Enemy Air Defense):自軍の空からの攻撃を妨害されぬよう、事前に敵方の地上戦力を制圧して置くこと。)

その後、秋津州の強力な支援の下、国土の復興もとうに目処がたち、経済規模にしても旧に倍するほどの急成長を遂げており、経済面に限れば既に自立を果たしている筈だと評されるほどで、中露共に、自ら望んで秋津州の翼下に抱かれたまま、国際政治の荒波の中で着々とその地歩を固めつつある。

同様にチベットや東トルキスタンはもとより、蒙印台なども積極的な親秋津州路線を選択することによって、はるかな視線の先に輝ける未来像を観望している筈だ。

チベットや東トルキスタンの国連加盟も既に実現しており、このこと一つとっても、言わば秋津州の無言の圧力が功を奏したものと見る向きも多く、秋津州の翼は、ことほど左様に巨大な広がりを見せている上、極東の大国日本とは当初から不離一体の関係にあり、最早アジア全域が秋津州の影響下にあると言っても過言では無い。

だが、一方に全く対照的な外交路線を選択した国家も存在した。

言うまでも無く、朝鮮半島全域を領土とする朝鮮共和国である。

その領域には、相も変わらぬ波乱含みの先行き感が漲っている上、その軍事政権の示す政治姿勢が尽きせぬ話題を提供してくれており、殊に日本のメディアにとってなどは、極上のソースとなってしまうような場面が目立つ。

その国では、武力革命後の更なる流血の時を経て、金昇輝大佐の手になる独裁政権が発足し、それ以来既に九ケ月の時が過ぎている今、大佐は自身の軍務上の人脈と反日秋的排外思想をバックボーンに、懸命に足元を固めようとして来たが、肝心の国家的経済基盤が定まるような状況は、その気配さえ生まれて来てはいない。

ワシントンが細々と続ける経済支援にしても、その大部分が米国系企業への債務返済に充当されてしまうありさまで、昨年の秋、前政権が秋津州から受けた巨額の支援にしてもいよいよ底をついて来ている上、税収入が低迷し国庫の底が見えてしまっているままでは、いかなる統治者といえども、本格的な復興シナリオを描くことなど出来る筈も無いのである。

それどころか、その政権の発足当時、一部の民衆から浴びた拍手喝采も今は遠いものとなり、あまつさえ数限り無く強行して来た粛清によって、金昇輝大佐はその手ばかりか総身をさえ血まみれに変えてしまっていた。

現地に滞在する西側メディアなどが配信する情報では、人間性のかけらも無い粛清の無惨さを捉え、その残忍性を強調するあまり、一国の元首をつかまえて「ブラディ・キム」と呼ぶ者さえ出た。

「血まみれの金昇輝」である。

さすがに現地の報道にまで使われることは無かったが、欧米などを中心にその忌まわしい呼称が一般化するに至り、今では「ブラディ・キム」の名を知らぬ者はないほどだ。

そもそも、この金昇輝と言う男は、革命前夜のどさくさを良いことに、かなり悪辣な手法を以て異数の昇進を果たしたとされており、未だ四十代前半と言う若さばかりか、百八十センチを越す堂々たる体躯をも併せ持ち、格闘術においても並外れた腕力と身体能力を活かして無類の強さを発揮する男でもある、

また、その凶暴性に関してもさまざまの伝説を持っており、未だ尉官の頃だったとは言え、なかなか子を生さぬ妻に業を煮やし、些細なことから殴り殺したとも囁かれ、また暴れ者で名を売った兵が演習中に抗命したことに怒りを発し、これもまたその場で蹴り殺したと言われるほどなのだ。

既に当時からブラディ・キムの面目躍如たるものがあったのであろう。

かと言って、単に粗暴なだけの男かと思えば無論そうでは無く、一面非常な狡猾さをも併せ持っており、上官の弱みにつけ込むことにかけては、天才的な才能を発揮して己れの昇進に役立てたと言われる。

単なる肉体派ではないのである。

一個の軍人として最も肝心な指揮能力においても、決して人後に落ちることは無いとされ、とにもかくにも、人並みはずれた能力を持つことは自他共に認めるところなのだ。

ただ、その性格には相当なひずみがあるらしいことが、若年のころから囁かれていたことも事実であり、殊に自己の能力を恃む点においては偏執的なものがあるとされ、その強烈な自負心は、ときに他者に対する激烈な攻撃となって止めどなく激発してしまうことが多く、そう言う人物が独裁権を持ったことが大量の流血を呼んでしまったことも確かで、その犠牲者数も百万とも二百万とも言われる今、最早その不人気振りは内外共に目を覆うわんばかりだ。

然るに、戒厳令下で行われる強権発動に不可能は無く、独裁者の発する命令は全てに優先する以上、側近の者は勿論、一般庶民にとっても、反体制的な言動など命にも関わる重大犯罪となってしまうことは明らかだ。

無論、中央地方共に選挙など行われる気配も無い。

傲然と君臨する「ブラディ・キム」は、十指にあまる美姫こそ擁してはいるものの、一人として苦言を呈する者を持たず、それどころか側近に対してすら溢れるほどの猜疑心を持ち続け、その周囲においては既に血に飢えた「神」そのものであった。

「神」の行う恐怖政治が、側近の者たちをも過度に圧伏してしまっていることは確かで、彼等の中には恐怖のあまり、影では「獣神(じゅうしん)」と呼ぶものさえ出ていると言う。

その獣の牙からは、常に鮮血を滴らせているイメージなのだろう。

無論、並外れた排外思想が齎す対米姿勢もまた頭(づ)の高いものであり続け、今や「獣神」は、ワシントンにとって最も扱い難い人物の一人となってしまったことは確かだ。

元来、ワシントンにとっての金昇輝は、米国系企業から軍需物資の購入を続けてくれる上で、前政権と同様に良き顧客であった筈なのだ。

ちなみにこの顧客は、若年の頃より乗馬の名手としても知られ、かねがね名馬を欲していたことでも有名で、殊に現在の地位を得てからはその癖(へき)が一層強まったと囁かれていたところに、米国系企業の中に見事な白馬を贈ったものがおり、近頃ではそれを淫するほどに愛玩していると言う。

青瓦台の一郭に専用の厩舎を設え、寸暇を惜しんで乗っており、後宮(こうきゅう)の美姫や側近の者にしきりに乗馬姿を見せたがる傾向が目立ち、美姫の一人が権力に阿諛するあまり白馬王子と呼んだことが災いした。

独裁者自身がその「愛称」をひどく気に入り、まことに上機嫌の様子を見せたことから、自然、それ以後は、ことあるごとにそれが用いられる機会が増え、今では、その傍に侍るCIAの者までがその愛称を用いるまでになっており、遂には表の場面における公式の愛称とされるに至っているほどだ。

その後宮においてなどでは、それ以外の呼び名など絶えて使われることがなくなり、全て「白馬王子さま」で通ってしまっているのである。

流石のCIAも、いっとき身柄を預かっていた前大統領が頓死してしまって以来、今更「白馬王子さま」を葬ってみたところで、自分に都合の良い政権の受け皿を用意出来る自信も持てず、新天地への移住と言う巨大な課題を抱えている今、強いて手を汚す気にはなれないでいるようだ。

ワシントンにしても、米国系企業の対朝不良債権問題が露骨に表面化してしまわない限り、さしたる非難を受ける事も無く、対朝問題など、このままの状態であれば、もうそれだけで「日々、事も無し。」なのである。

尤も、そのワシントンにしてみたところで、純粋にその国(半島)の民のことを考えての行動など最初からとる筈も無いが、どの道、根源的な解決などその国の民以外には出来るわけが無い。

何せ、肝心の民自身がその意味に限れば既に沈黙してしまっており、現体制に対する不満の声が完璧に圧伏され続けている今、表立って聞こえて来るのは対日批判と竹島奪還を希求する声ばかりだ。

既に一部とは言いながら、秋津州を直接非難する声すら聞こえ始めているが、例によって身勝手極まりないその論法に接したりすれば、最早嗤ってしまうほかは無いに違いない。

何と、その論法によれば、諸悪の根源は全て秋津州にあると言う。

あの秋津州の魔王は半島の富を収奪し尽くし、竹島まで奪い去り、挙句の果てに強大な軍事力を利して思うさま世界を圧伏し、以て我が朝鮮民族の経済活動を阻害していると言うのである。

そのためにこそ我が朝鮮共和国は苦難の道を歩んでいるのであり、そのような冷酷非情な加害者たるものが、今のように人目も憚らず繁栄するとは天の摂理にも反していると罵るのだ。

ほんの一年ほど前にその国の庶民の間に高まった筈の親日、親秋津州の声など、今では遠い昔の話になってしまった。

尤も、これ等秋津州を非難する声もその政権が直接発しているわけでは無いが、「白馬王子さま」がそれを容認していることは明らかであり、民の怨声(えんせい)が外敵に向かうことが、すなわち反体制を叫ぶ声を他に逸らす道に通ずるとして、かえって歓迎していると言って良い。

無論、日秋両国ともに冷然たる黙殺を続けており、それも、余裕を以ての黙殺であることは誰の目にも明らかで、一部のメディアに至っては、黙殺されればされるほど、あの国の反日秋感情が余計盛り上がる筈だとしているほどだ。

現に、つい最近も「白馬王子さま」の後押しを受けた者たちが、多数の小型船舶を以て竹島に接岸せんとする動きを示し、日本海に時ならぬ緊張が走ったことがある。

その中の一部には明らかに現役軍人の姿があったことから、国家としての関与の事実まで垣間見られると報じられ、日本側の受け止め方次第では「日朝戦争」もあり得るとするメディアまで出た。

これがもし国家の意思を以て行われたものならば、最早歴然たる「侵略行為」と見なされるため、侵略を受けた側(日本)が黙って見過ごす筈は無いと言うのだ。

そのときの日本側は、公式には一切の反応を示さず例によって黙殺したが、「侵入者」の全てが物理的に中途で押し戻されてしまい、例によってただの一人も上陸出来なかったことは確実だ。

近付くことすら出来なかったと言われる。

だが、彼等の竹島奪還に燃やす執念は益々激しさを加え、収まりそうな気配は全く無いのである。

ここ数ヶ月の間に十数回も繰り返し挑戦して来て、ただの一度も成功したと言う話は聞こえては来ず、挙句一般の漁船ですら日本のもの以外一切近づけない状況が続いて来た。

竹島騒動の直後、改めて日本政府が宣言した境界付近には、常に目に見えない結界が張り巡らされている筈で、闇夜だろうと何だろうと、半島側の船はどう足掻いてもそれを乗り越えることは出来ないのである。

結局、「白馬王子さま」の怒声ばかりがそのトーンを上げて行かざるを得ないのだが、その主張にまともに耳を貸すような国家など一国たりとも現れてはくれず、その現実がその国の孤立感を益々深めて行くばかりだ。

尤も、例えどんなに罵声を浴びようとも、「少なくとも」例の竹島騒動以来、そこは国際的にも正当性が認められた日本の専管水域なのだ。

それもこれも、当時、圧倒的に多数の国家が、その島を領有しているのは日本だと公式に認めた結果にあるのだが、国際的な正当性などと言ってみたところで、所詮その程度のことに過ぎない。

しかし、この竹島が、例え人も住めないような離れ小島であっても、過去の万国公法の時代ならいざ知らず、それが現在の国際法上の「領土」である以上、その周囲には領海はもとより、広大な排他的経済水域がある。

まして、そこが優れた魚場である場合、当然そこに漁り(すなどり)を以て生計を立てる漁民がおり、なおかつその漁民の一人一人がれっきとした国民である以上、国民を外国の圧力から保護することを以て第一義とすべき「普通の国家」ならば、誰にしてもこだわらざるを得ないのだ。

万一国家が国家としてそれをなおざりにすれば、最早その瞬間に国家とは呼べないものに変じてしまう。

加えて、欧米系のメディアの中には、「白馬王子さま」がそれほどまでに竹島の領有権を主張したければ、国際司法裁判所に提訴すれば良いだろうにと揶揄するものさえあり、朝鮮共和国はますます冷笑を浴びる機会を増してしまった。

現に、過去において(竹島が韓国軍に占領されていた頃)、日本側は常に平和的な解決を目指し、国際司法裁判所の審理に任せようと提言し続けて来た事実があるが、当時の当事者である韓国側が一切耳を貸さなかったこともれっきとした事実であり、そのメディアがそのことを指して皮肉っていることは明らかだ。

「白馬王子さま」の怒声がいよいよ高まり、そしてメディアが何と焚き付けようと、日本政府の我関せずと言う態度には少しの変化も無いままに時が移り、そのことが国際市場に微妙な影を落とし続け、その国の経済規模をますます縮小させて行くばかりで、その分ワシントンの負担がいよいよ膨張してしまうと言う構図が定着しつつある。

しかも、メディアの論説などで最も珍妙と評されていることが全く別のところにあったのだ。

何せその国は、これほどまでに「反日秋」の声を上げて置きながら、一方で丹波の新領土だけはぬけぬけと要求して来ており、全ては秋津州の寛仁大度あっての賜物である筈でありながら、恬(てん)として恥じる所が無いのである。

詰まり、相手国に対してあらん限りの悪罵を投げつけて置きながら、それでなお貴重なプレゼントだけは、貪欲なまでに懐へ捻じ込もうとする行動原理が、殊更珍妙だと見られていることになるだろう。

尤も、この臆面も無い鉄面皮こそが、あの国があの国たる所以(ゆえん)であるとして、一言で切って捨てるメディアが多かったことも、ことの本質を言い表していると言えなくも無い。


一方、洋上茫々たる海都においては、あの土竜庵がますます梁山泊の様相を呈し、相葉幸太郎を交えて度重なる協議が持たれ、その協議内容もいよいよ切迫し、既に楽観を許さないものになって来ていた。

世界の滅亡が眼前に迫っているのである。

まさに多端のときを迎え、東京の国井総理も当然ながら非常の覚悟を以てことに臨んでおり、その意を受けて派遣されて来ている相葉にしても無論臨戦態勢だ。

その日々は、まさに国家の存亡を賭して臨む戦場にあると言って良い。

相葉は、その戦場において万全の構えを取るべく、各省庁の選りすぐりを挙って参陣して来ており、彼等は彼等で日本の未来をずっしりと鞄に詰めてやって来ていることに加え、その全てが使命感に燃えて勇み立っていた。

彼等を選抜したのがほかならぬ相葉自身であったこともあろうが、その旅立ちにあたって発せられた国井総理の訓示が、全省庁間に遠雷のように轟いたからでもある。

『困難なときにあたって、この日本丸の舵を握る我々の使命は、国家の滅亡を防ぎ、その独立性を高め、一人でも多くの国民に、より一層の繁栄を齎すよう一意に努めることにあり、諸氏の奮闘に俟つところは真に大である。』

うかうかすれば一人残らず滅んでしまうことが予感される中、全省庁が右往左往しているところに聞こえて来た簡潔明瞭な「国家目標」だったであろう。

総理自身が眦(まなじり)を決し、『国家の滅亡を防ぎ、その独立性を高め、一人でも多くの国民に、より一層の繁栄を齎すよう一意に努める。』旨、高らかに宣言していたのだ。

しかしながら、そもそも、「国家の滅亡を防ぐ。」とか、「国家の独立性を高める。」とか言って見たところで、平時においてはほとんどの場合現実感を伴わない。

まして、一定以上に成熟し、国民の大多数が繁栄を謳歌しているような社会においてはなおさらのことで、国家の滅亡など想像することも出来ず、その独立性などに至っては、既に確保されていると信じて疑わない者が殆どであり、そう言ったスローガンなど全く実感されない筈なのだ。

ところが、不幸にして今は悲惨な未来を実感出来る環境にある。

誰にせよ、先ず「全力を賭して」目前の滅亡を防がなければならないのは自明の理だ。

そのため、「一意に努める」のである。

現実の危機を前にして、奮い立った者が少なく無かったのも当然のことだったろう。

久し振りに全省庁の官僚たちが、明確な「国家目標」を共有することになったのだ。

そこには、既に省利省益の影も形も無い。

日本と言う国家が滅んでしまえば、省もへちまも無いのである。

その結果、土竜庵に集結した若きエキスパートたちは、稀有なことに、全省庁からの横断的かつ真摯なバックアップを受けるに至っており、その環境は彼等が具体策を練り上げる上で最上のものと言って良いほどだ。

まことに皮肉なことながら、平時でなら絶対に起こり得ない現象が、官僚自身が明瞭に滅亡を予感したが為に起きていることになる。

また、相葉が選抜したメンバーは、一説によれば、そのほとんどが秋桜ネットワークに名を連ねていると言われ、同時に、困難な課題に立ち向かうに際し極めて積極性に富む姿勢を示し続け、いつしかその挑戦は、誰言うと無く「プロジェクトA」と呼ばれ始めていた。

プロジェクトAの「A」はプロジェクトリーダーたる相葉幸太郎のイニシャルだとも言うが、一方で「Active」や「Aggressive」を意識したネーミングだと言う者もおり、結局真偽の程は定かでは無い。

ティームの最年少は岡部大樹推薦による弱冠二十四歳の田中盛重であり、かつて国井総理の「将門記」発言に接し、その真意を忖度して独楽鼠(こまねずみ)のように駆け回った挙句、岡部からまともにからかわれてしまった若者でもあった。

目立って腰の軽いこの若者は、それ以来ことの外この大先達に私淑してしまい、望んで対策室詰めとなっていたことも功を奏したものらしく、今回の選にも目出度く入ることが出来ていたようだ。

東大法学部在籍中の学業にしても、あまり芳しいものとは言えなかったのだが、その愛すべき性格だけは他に代え難いものがあったようで、近頃ずっと岡部の手許に置かれていた上、今回の渡航に際しては密かに言い含められていたことがあったらしい。

しかも、岡部の身近にあった折りには、女帝やその配下の女性たちとも濃密に接触を持ったことにより、彼女達が日本の滅亡を防ぐ為に巨大な貢献を果たし続けていることも知った。

彼女たちが日々刻々と齎してくれる情報は、質量ともに、対策室どころか、官邸にとっても貴重な拠り所となっており、その上、彼女達の全てが、秋津州国王の意を受けてそこに「配備」されていることの重みにも思い至った。

しかも、その全員が過酷なシフトの中で黙々と務めを果たしており、日々その姿に接した田中盛重自身が、のちにその時の感動を熱く語っているほどで、彼にとっても当時の対策室勤務は一際貴重な体験となったことは確かだろう。

未だ走り使いの身であるとは言え、岡部と言う先達の薫陶よろしきを得た彼もまた、心に日の丸を抱いて来ていることは確かであり、その後国王夫妻はもとより、新田夫妻や加納二佐などとも交わりを深めるに連れ、近頃ではプロジェクトAの「A」は、実は秋津州のイニシャルではないかとさえ思うに至っている。

このプロジェクトAのグループは、今では相葉を筆頭に総勢百数十名もの多くを数えるに至っており、その収容にあたっては、内務省ビルの隠しフロアが、又してもその威力を発揮することになった。

十層にも及ぶ隠しフロアの中には、コインランドリーや生活物資の売店まで出揃い、今では二百に余る日本人が、秋津州の重厚なサポート体制に支えられながら暮らしており、その中には、田中たちよりはるかな先住者たちの姿まであった。

無論それは新田源一の配下たちであり、民間人とは言いながら、その全てがプロジェクトAティームにとって、日々共に研鑽を重ねる同志と言って良い者ばかりだ。

その行動目的は、ガンマ線バーストの件にあたり、国家防衛を基軸として国際情勢の分析とその対処方法のあれこれであり、この場合の防衛すべき国家とは、言うまでも無く「日本国」のことに他ならない。

新田とその配下たちにしても、今は、海都に所在する秋津州商事から糧道を得ている身ではあったが、不思議なことに、グループに対して指揮権を揮おうとする者は存在せず、本来の雇用主である筈の国王にしても掣肘を加えて来るどころか、新田の構想を実現させるべく積極的に支援してくれる気配さえ見せるのだ。

この場合の新田構想とは、すなわち、丹波の「秋桜(こすもす)」において日本人の手になる独自の文化圏を形成し、やがて到来する激動の未来に備えようとするものであり、元来土竜庵の掘り炬燵で、国王と新田が酒を酌み交わしながら着想を得たことに端を発しており、その内容にしても、国井は勿論岡部なども積極的に関与して積み上げられて来たものだ。

国王と新田の間では、「秋桜」とその周辺一帯を指して「大和文化圏(やまとぶんかけん)」と言う呼称さえ使われ始めていることからも、その意図するところのおおよそが窺えるだろう。

現に秋桜現地の社会的インフラは、少なくともハード面に限っては、既に相当の完成度を見るまでになって来ている上、六百万ほどの秋桜人が居住し、堂々たる消費経済まで営んで見せている。

その住民の実体はヒューマノイドであるとはいえ、古くからその地に住む、言わば原住民と言うことにされており、加えて、加茂川銀行秋桜支店と秋津州商事秋桜支店もオープンして秋桜全土を重厚にネットし始めている上、現実に秋津州円が堂々たる通貨として流通し、相当の規模を以て流通経済が立ち上がりつつあったのだ。

情勢の変化次第では、住民の数も一気に数千万規模に拡大させて見せることも可能である以上、既に秋桜は、大企業の誘致にさえ耐え得るところにまで来ていると言って良い。

PMEタイプの発電設備は勿論、主要な電力網が整備されたことにより潤沢な電力が隈なく供給され、上下水道設備も堂々たる規模を以て稼動している上に、日本の鉄鋼大手が国王の助力を得て建設中の高炉までが完成間近かなのである。

何よりも、現地の流通産業を秋津州商事が大赤字を覚悟でカバーしようとしていることが確認されるに及び、日本国内の各業界筋もその青写真を一層具体化させ、数多くのものが吉川桜子のオフィスに持ち込まれつつあるのだ。

しかしながら、八雲の郷でならいざ知らず、秋桜現地には固有の行政府と呼べるようなものは存在せず(日本の各行政官庁用と目される壮大なハコモノだけはそれぞれ完成間近なのだが)、代わって太平洋上の秋津州に見られるように、ひどく古風な「住民自治」が見えるばかりで、いまだその地は、国王の統べる秋津州王国の一部と言う扱いであることに変わりは無い。

詰まり、この秋桜は未だに秋津州流の「慣習法」によって制御されていることになるため、現代の普通の日本人が暮らすには基本的にそぐわない。

何せ、現代の日本人には「成文法と言うマニュアル」抜きの日常生活など想像も出来ない者が多く、挙句、事前に万能の法規制を定めて置くことが「お上(おかみ)」の当然の義務だと視る向きが甚だしい。

何かしら社会的なトラブルが起きる度に、そのことに関する法規制が明文化されていない時などは、それを怠ったとして立法府どころか行政側を責める者さえいるのだ。

しかし、世の中が須(すべか)らく劇的な変化を見せ続ける今、その全てに対応し得る法規制を事前に用意して置くなど、いかなる天才といえどもなし得ないことなのである。

更に言い重ねれば、本来、明文化された法規制など少ないに越したことは無い筈であるにもかかわらず、禁止事項として明文化されていない行為でありさえすれば、何をしても許されると考える輩(やから)さえいる。

然るに、現実の秋桜には明文化された成文法など影も形も無い。

明文化された禁止事項など、一つも無いのである。

結局、現代の日本人を多数「収容」するにあたっては、一定以上の明文化されたマニュアルが不可欠であることから、新田はグループの者たちに命じ多くの重要法典を編纂中だ。

優秀な人材をフルに活用し、膨大な条文を持つ民法・商法・民事訴訟法・刑法・刑事訴訟法などの編纂を既に終えており、さまざまな議論を経てそれらの関連諸法にまで踏み込んではいるが、かと言ってそれらの成文法がその地(秋桜)において正式に施行されるとは限らない。

その領域が秋桜の旗を掲げ独自の予算編成権を望めば、国王は直ちにそれを寿(ことほ)いでくれることも判ってはいるが、かと言って、ことはそう簡単では無い。

尤も、その地においては、実質的に税を負担すべき本物の住民が未だ存在しないとは言いながら、巨大な埋蔵量を誇る油田地帯はおろか、さまざまな地下資源を持ち、石炭や鉄鉱等の優れた鉱床の在りかまで数多く明らかにされている上、土地そのものをも含め、それらの全ての資産がやがて新田の手に委ねられ、巨額の財源に変わる可能性を秘めているのである。

いざ独立と言う場合には、その全てが新田のなすがままなのだ。

無論、新田にそれを私(わたくし)する意思は無く、全てを国家のものとすることは、言うまでも無く既定の方針としているところだ。

しかしながら、ある程度近代的なものを目指す以上、小なりといえど一国家の発足に要する資金は極めて膨大なものにならざるを得ない。

結局は、何らかの方法で調達することになるが、新田はそれに関しても既に相当なものを準備中だ。

名付けて「秋桜資金(こすもすしきん)」と言い、海都の加茂川銀行本店に主たる口座を持ち、名義人は新田源一個人である。

元々そのタネ銭は新田と岡部のごく僅かな退職金であったが、今では秋元女史の手の内で高熱を発するまでに発酵させられた上、膨大な運用益を生むまでになって来ており、殊にケンタウルスの一件が顕在化して以来、秋元姉妹の手許からも巨額の資金が投入され、その後に至っては、日本の一般会計すら凌駕するほどのものに成長しつつある。

それは、出資者が全て日本人ばかりと言う側面を持ち、奇異なことに、出資者に対する払い戻しや配当を一切否定したファンドであり、その使途については全て公共のものに限るとしているところに、極めて異質な特徴があると言って良い。

その出資比率を概観すれば、秋元姉妹の出資額を仮に百億としたとき、新田や岡部のそれは実に一万にも満たない小額だ。

秋元姉妹の実質的な出資総額は、日本円ベースで言えば既に数兆にも及んでしまっており、彼女達が資金面でもこれほど積極的に参加していると言うことは、その背後には日本人秋津州一郎氏がいることは明らかで、この意味でも新田の秋桜運営に関する自由度は限りなく高く、その構想にも一層さまざまな色彩を加味しつつあった。

近頃では、密かに将来の秋桜運営に備え、配下の者たちには国政運営上のあれこれに関してもさまざまなシュミレーションを体験させながら、人材育成と言う側面を持たせていたことも事実で、新田の遠大な構想は限りなく膨らんで行くばかりであったのだ。

だが、今はそう悠長なことを言っていられる場合では無い。

何せ、人類の滅びが目前に迫っているのである。

問題のガンマ線バーストが地球に到達する時期に付いても、その後再三にわたる探査検証が公的に行われた結果、二千十一年の五月から七月の間であることが繰り返し確認されるに至り、その結果地球上の生き物と言う生き物が全滅すると言う見通しに関しても、今更疑義を挟むような政府筋は世界中に無い。

その点では、絶望的と言って良いのである。

その対処法にしても、他の天体(今のところ丹波)への移住のほかに無いこともはっきりしてしまっている上に、それを行動に移すべき期限は、多少の糊しろのことを思えば二千十年の年末あたりを想定せざるを得ないのだ。

あますところ二十六ケ月ほどでしかない。

然るに、肝心の領土分割案がそれぞれの国益の狭間(はざま)で漂流し、七カ国協議にしても相も変わらずラビリンスの迷宮を彷徨(さまよ)い歩き、各国の合意などとてものことに成る状況には無い。

丹波の新領土が定まる気配が全く無いのである。

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  1. 2007/08/29(水) 10:57:36|
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