日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 092

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ことにあたって我が日本国政府の負っている第一の責めは、言うまでも無く「日本国民」の生存権を守護することにあり、相葉や新田たちはそれを果たすための「具体策」を講じるべく結集しているのだが、そのために超克せねばならぬ障碍も又呆れるほどにさまざまだ。

そもそも、人が生きて行くためには、通常、陸地を必要としており、それが国家単位である以上なおさらのことで、最低限その領土を確保してからでなければ何も始まらないのである。

その領土内において、ぎりぎり最低限の生存条件を整えて置く必要があるにもかかわらず、惑星丹波では国王の直轄領とされている領域以外、鉄道や港湾どころか物流の根幹をなすべき道路網すら存在せず、当然空港など問題外だ。

無論、上水道など備わっている筈も無く、現今の近代文明に慣れた人々にとっては、飲み水にも困るほどの劣悪な環境があるばかりだ。

それこそ一部の農耕地のほかは茫々たる大自然が広がるばかりで、そのような原始的な環境の中に、いたずらに大量の人間を移送して見たところで結果は知れているだろう。

現代人にいきなり原始人のような生活を強いれば、膨大な犠牲者が出るに決まっており、季節によっては大自然の脅威の中で全滅してしまうことさえあり得る。

文字通り「適者生存」の原則が大前提となってしまうのだ。

それは、まさに強い者勝ちの世界であり、弱者は自然淘汰される運命となるほかは無い世界だ。

無論、新田の目指す「大和文化圏」における公序良俗は、それを許すものであってはならない。

そのためにこそ事前に統治機構を確立し、かつ適正に機能させることによって治安の安定化を計り、国民の「生活」を公正に担保し得る環境を整備して置く必要がある。

その環境とは、国民個々に対して社会的な経済活動を許し、その経済活動の結果によって、消費物資の入手を可能ならしむるほどのものでなければならず、そこには道路さえ存在しない以上、膨大な社会的インフラの建設が急がれるのだ。

残された時間はごく僅かでしか無く、それも、何もかもゼロから始めなければならない以上、その困難さは想像を絶するほどのものになるに違いない。

何しろ、もし秋津州側が準備してくれている精細な基本データがなければ、測量のための基点から定める必要があり、場合によっては未知の病原菌ばかりか、襲ってくる猛獣対策まで考えておかなければならないのだ。

また、既に触れた通り、最低限のルールを民に示し、そのルールに則って国民の自侭な行動を規制することも一層必要になって来よう。

そうでなければ、強力な武器や腕力を持つ者ばかりが、暴力を行使して富を独占してしまうことになるのである。

そのようなものに対しては、「国家」はそれに勝るほどの「暴力」を以て対抗せざるを得ず、また、国家がそのように振舞うからこそ社会の安寧秩序が保たれる余地も生まれて来る。

言い換えれば、そのことこそが、「巨大な暴力を揮う権能を持つ国家と言う名の装置」を、我々自身が最初に必要としたそもそもの出発点でもある筈だ。

その国家と言う名の装置は、非常時ならいざ知らず、少なくとも平時においてなら、「法」によって制御を受けるべきものだが、その法と言うものの概念と成立過程が又重要な意味を持って来る。

一つには、『それが成文法であろうとなかろうと』、国民の大多数が共有し得る社会通念を基盤に持つ規律でありさえすれば、それこそが紛れも無く「法」と呼べるものである筈で、同時にそれは、その国の国民の立ち居振る舞いをも制御することに繋がるため、ひとしお重要なものにならざるを得ない。

ときにあたって、大多数の者が共有し得るほどの社会通念が定まっていない場合、多少乱暴ではあっても、統治者がそれを定めてやらねばならぬだろう。

それこそが、「統治」の統治たる所以なのである。

例えば「なんぴとも社会的に正統な経済活動によらずしてヒトのものを奪ってはならない。」と言うルールを示し、かつ規制を加えるためには、正統な経済活動の概念そのものを規定し、かつ国民個々の私有財産権を「統治者」があまねく保障する意思を示さなければならず、このこと一つとってもさまざまな障碍が生じてくることは想像に難くない。

少なくともその「統治」には膨大なコストがかかることは自明で、そのためにこそ徴税の必要が生まれて来るが、徴税に関するルール造りが又重要なものになって来る。

そのルールを持たなければ、統治者による恣意的な徴税が罷り通ってしまうことになり、納税者の負担はいよいよ過酷なものにならざるを得ないからだ。

まして、それ等のルールは基本的に国家単位で設定されるべきものであり、「領土」が国家成立の必須要件である以上、その範囲を明示すべき国境線が策定されている必要がある。

国家単位で設定されたルール(いわゆる国内法)が、当然の事ながら国境線の内側にのみ適用され、かつ実効性を持つものでもあるからだ。

さらには、自国領土ではない陸地(国境線の外側の領域)に対して国内法を適用させ、あまつさえ自侭に手を加えたりすれば、その陸地が無主の地ならいざ知らず、他国のモノであった場合、必ず巨大な紛争が発生してしまう。

今回のような特殊なケースでは、やりようによってはかえって喜ばれることもあろうが、かと言って、自国領と定まってもいないところを手当たり次第に整備してしまうわけにもいかず、結局のところ「そこ」を国際法上の自国領と確認してから仕事にかからなければならない。

しかし、事前にさまざまな環境整備を行うための膨大な「時間」が必要であることは明らかで、そうでありながら、一般諸国に分配される予定の陸地に関する分割方法が定まらない以上、いつになってもその作業に掛かれないことになる。

くどいようだが、その陸地の分配に関して、言わば現在の領主である秋津州国王が諸国家の合議に任せてしまっているのである。

それに対して全世界の合意など成る筈も無い状況が延々と続き、愚かにも手を拱いて滅びのときを待っているかのようだ。

無論諸国はそれぞれに、さまざまな配分案を持つが、全き一点に収斂するような気配は全く無い。


ちなみに、かねてより日本が提示しているそれなりの分割案があるが、その中の「新日本領」は新垣の郷(秋桜)から見て西方約五百キロほど離れた海域に、多数の群島を従えて北東から南西に向かって長々と伸びており、その総面積は、現在の日本列島と比べても概ね一割増の四十万平方キロほどのもので、挙句にその緯度上の位置付けはもとより、高低や山川の配置などの地勢面においても現在の本州に非常に似通っている。

その領域全体は、丹波の概略図においては一切銘打たれてはいないにもかかわらず、新田などは勝手に「敷島(しきしま)」と呼び習わし、今では最終的な日本領土と見なしているほどだ。

また、その「敷島」と言う領域における最大の島は、現在の本州の一.七倍にも及ぶ面積を持つ、言わば「敷島本島」と呼ぶべきもので、その本島の最南端から南西に千キロほど隔たったところに、「琉球島」と名付けた三千平方キロほどの島があり、更にこの琉球島と本島の中ほどにも五千平方キロほどの島がある。

その島を以て「奄美大島」と名付けたことも、近く去らねばならなくなる筈の大八洲(おおやしま)に対する新田と言う男のせめてもの鎮魂ではあったろうが、惜しいかなその近辺に連なる数多くの島々の命名にまでは手が回りかねているようだ。

なお、現実の沖縄県は大小さまざまな諸島によって構成され、その総面積は概ね二千三百平方キロほどのものだが、敷島と言う領域における琉球島はそれよりもなお大きいことに加え、堂々たる亜熱帯の陸地のことでもあり、新田のイメージの中では自然「新沖縄県」という位置付けになるのだろう。

尤も、そのイメージの中の新たな日本国の行政区分に、現状のそれをそのまま踏襲することに定まっているわけではない。

まして、「敷島」が諸国家に分配される側の領域にある以上、現状では、あくまでイメージの世界の話なのである。

日本の分割案が、「勝手に」主張しているだけのことなのだ。

散々述べて来た通り、諸国家に分配される領域の分割案について合意が成っていない以上、この「敷島」に対しても、外交上、インフラの建設工事に手を付けることは許されず、当然青写真(既に、かなり精密なものが出来てはいるのだが)の段階だ。

判り切ったことだが、国王の直轄領域外にある「敷島」が日本領になるとは限らないからだ。

現に英国や朝鮮共和国の提示している分割案においても、この「敷島」がそれぞれの自国領に比定されているくらいであり、結局この敷島の領有を主張している国が、少なくとも三カ国は存在していることになるのだ。

ちなみに日本案における新たな英国領は、この「敷島」のさらに西方にある島に比定されており、その又西方の大陸にEU諸国を、さらに西方が中露等に割り振られ、朝鮮共和国の領分などは、その新たな中国の東南部に突き出た半島に比定してある。

したがって、日本案の主張するところによれば、新たな朝鮮共和国領は、この敷島とは、はるかに離れた遠方にあることになる。

また、同じく日本案において合衆国の領分として比定した場所などは、馬酔木の山斎(あしびのしま)の東方四千キロほど彼方の大陸にあるが、その位置はともかく、合衆国自身はその面積の少なさにこそ主たる不満がある。

或いは台湾共和国の新領土として比定している島は、この場合の琉球島のそのまた西南に位置するが、中国の作成した案には、当然の事ながら「台湾共和国領土」など最初から影も形も無いのだ。

ことほど左様に各国の希望する分配案の中では千差万別の主張が交錯しており、いきおい、諸国間の合意は成らないことになり、同時に各国ともに自分の希望する「領土」に手を着けるわけにはいかない状況が続くことになる。

但し、国王の直轄領の内側のことでなら話は別だ。

新垣の郷、別名秋桜(こすもす)は歴然としてその直轄領の内側に存在しており、国王の許しさえあれば何をしようと自由だと言うことになる。

その前提で新田源一と言う日本人が直接国王から借り受けている以上、いつに新田個人の自由裁量にかかっていると言って良い。

その上で新田は、その島を「秋桜(こすもす)」と名付けたのだ。

くどいようだが、秋津州の「秋」と日本の「桜」を強く意識して名付けられたことは自明だろう。

そしてその秋桜のインフラ建設は、国王の助力を得て着々と進行し、既に一億数千万もの多くを「収容」し得る能力を具えつつあり、なおかつ数百万のヒューマノイド住民が居住している。

尤も、そのインフラの青写真は全て国井政権が中心となって描いたものである上、その中には皇居らしきものから、果ては数多くの巨大監獄施設まで含んでいた。

それらの施設は、本来の秋津州には不要のものであることから、このことは、国井・新田ラインの想念の中では、この秋桜を最終的な「新日本領」とせざるを得ない場面まで想定していたことの傍証にはなり得る。

とにかく、あとは時間との勝負と言うことになる。

日本案 (サムネイル画像をクリックし、別窓が開いたら、地図上でもう一度クリックして拡大してからご覧下さい。)

japanplan


その後、土竜庵における協議では、既に時間切れと見た上での行動予定まで策定しつつあり、その結果一旦敷島についての主張を棚上げにしてでも、とりあえず秋桜の環境整備に全力を傾注すべしとの意見が噴出するまでになった。

その場合、最終的な日本の領土が秋桜にならざるを得ないからだ。

当初、秋桜は日本人の避難先としては、あくまで予備的な位置付けであったものが、俄然前提が変化したことになり、総理の周囲においても決断を下すべき期限について検討が加えられ、その期限を概ね本年一杯とすることで合意がなされたが、正規の事務次官等会議はもとより、閣議にすら掛けられることは無かった。

現時点では、あくまで総理個人としての情勢判断に過ぎないと言って良い。

しかし、何をどう判断しようと、いずれ新天地への避難は避けて通ることは出来ない以上、遅かれ早かれやがて憲法は停止され、形式はどうあれ非常事態宣言がなされることになるのだ。

いざと言う場合の閣内不一致と情報漏洩の恐れもあり、場合によっては、全閣僚の辞表を取り纏め、異例なことながら、殆どの閣僚ポストを国井自身が兼務してでも強行する必要さえ出て来るかも知れないのである。

全ては、一人でも多くの日本人の生存を確保する為であり、国民個々の自由などは大幅に制限を受け、「公共の福祉」が社会の正面舞台に躍り出てくることになろう。

何せ、当該期間中は国会ですら閉じて置かざるを得ず、近いうちにも野党第一党との党首会談が内々でセットされ、非常の措置の避くべからざる所以についても、腹を割って話さねばならぬ時が来る筈だ。

そのタイミングによっては、一切が秘密裏に進行することもあり得るため、外見上、国井の独裁振りばかりが一層際立つことになってしまう。

数年前までのマスコミであったなら、嗤うべきに、一斉に国井総理独裁の非を鳴らし、その声は耳を聾せんばかりになってしまった筈だ。

だが、現実世界の総理たる者は、「より多くの日本人」を守るために必要なことなら、例え鬼と呼ばれようとも避けて通ることは出来ないのである。

何分、『国家の滅亡を防ぎ、その独立性を高め、一人でも多くの国民に、より一層の繁栄を齎すよう一意に努める。』と言う明確な国家目標が示されているくらいだ。

指揮官としての国井は、各省庁の柔軟かつ積極果敢な活動を可能ならしむるためには、無用の混雑と重複を避ける意味の統制を厳然と加える筈だ。

その「統制」たるや、一方的かつ激烈なものになってしまうことも目に見えており、特別会計、殊に年金会計などからは少なくとも百兆ほどは引き抜いて来る事になる上、民間からも相当の人数を強制的に徴用して対処せざるを得ない場面まで想定している。

そのいずれもが、現行の法制度に照らせばあからさまな脱法行為である以上、非公式とは言いながら、国井は総理として最後の腹を括ったことになる。

先ずは、新天地への避難行動に関し、二千八年の十二月一杯を以て国際的な協調路線を模索する道を振り捨て、我が日本は「独立国家」として独自の行動を採る意思あるを以て、諸国家に事前公告を行う覚悟を固めたのだ。

事前公告と言えば聞こえは良いが、いわば、一方的な宣言には違いは無い。

当然全人類が協調して避難することが理想だが、肝心の避難先についてその分配方法が合意されない以上、その理想を果たすことは出来ないのである。

観念的な理想論を追っているうちに国家が滅んでしまえば、全ては後の祭りなのだ。

その上、近頃ではガンマ線バーストが齎す被害規模に関しても、地球上の全生物が死滅するとまではされていないにせよ、かなり悲惨な情報が氾濫し始め、ビッグメディアの共同歩調にも一部綻びが見えるまでになって来ており、対応を誤れば数億にも及ぶ犠牲者が出てしまうだろう。

多くの情報において、少なくとも全人類の一・二割程度の犠牲者が出るとされているのである。

但し、このガンマ線バーストの影響はほんの数日間でやり過ごすことが可能だとされ、各国政府が巨大な地下壕を多数用意し、一時的な避難所としさえすれば救われる筈だと信じる庶民が殆どだ。

実際には、いずれの政府もそのような無駄なことは行ってはいないのだが、一般大衆からは、どこかしら目に見えぬところで、ひっそりと行われている筈だと考えられているのだろう。

一部のメディアなどは、その候補地として山岳地帯などを中心に多数列挙し、政府は、二千十一年の春先の竣工を目指している筈だとして、盛んに憶測報道を繰り返しているほどで大衆の目をますます曇らせるばかりだ。

まして、ガンマ線バーストがオゾン層を全て破壊してしまった結果、UVC波長の紫外線が数年規模で地表を直撃し続け、農作物どころか樹木や野草は勿論、象であろうがライオンであろうが、生き物と言う生き物を全て死滅させてしまうことなど知ってはいない。

だが実際には、そのような状況が数年規模で続くことによって、地中深く埋もれていた種子が奇跡的に芽吹こうにも、新芽が顔を出す寸前にも枯死してしまうような自然条件が形成されてしまうのである。

海洋域においても似たようなもので、海面付近に近づいたものは魚類や哺乳類は勿論、プランクトンまでが全滅してしまうことによって、食物連鎖の連環がその根幹において断ち切られてしまうのだ。

例え一部の人間が地下の避難施設に逃れ得たところで、数年、或いは十数年にわたる避難生活に耐え得るだけの水や食糧を含め、必要となるさまざまな生活物資のことを想えば自ずと結論が出て来よう。

まして、その後(最短でも数年後)、オゾン層が復活してUVC波長の紫外線を遮ってくれるようになったとしても、特別な施設に温存しておいた多くの種子を改めて植え付けなければならない上、土壌の表層部を作付けに適するよう改良してやらなければならない可能性が高い。

既にそこには、見渡す限り一本の草木も見当たらず、全地球的な規模で砂漠化が進んでしまっている筈だ。

人類の生存にとって極めて貴重な酸素を生み出してくれる植物が存在しないことからも、どう楽観的に見ても、人間が生き延びることは不可能なのだが、庶民の間では未だそこまでのことは知られてはいないのである。

余談だが、現在の秋津州財団では、いざと言う場合に備え、藍藻(シアノバクテリア)と言うものを大量に培養して研究しているほどだ。

このバクテリアが、地球において超古代より酸素発生型の光合成を延々と行い続けて来たことが、偶然とは言いながら、この大気を人類の生存に適するよう構成することに優れて功があったからだ。

無論、その他にも土壌の改良に益する種々のバクテリアや微生物の研究にもおさおさ怠りが無い。

国王はそれほどの覚悟を以て、財団にその方向性を与えている上、丹波の直轄領の海洋域では、とうに壮大な淡水化プラントが多数稼動しており、そこで造られる膨大な淡水が、各地の乾燥地帯に漏れなく散布され続けているほどで、丹波における国王のグランドデザインの壮大さがいよいよ偲ばれるばかりだ。

だが、現実の地球社会では、ガンマ線バーストに関する噂が相当な社会不安を齎し、為替市場においても既に秋津州円と共に日本円までが上昇に転じており、一般市場においても、PME型発電機を用いたサバイバル用品や保存食品などが好調な売れ行きを見せているほどで、マーケットの一部からは秋津州の公債発行を望む声までが声高に聞こえて来る。

それこそが、最も安全で確実な資産の保全手段だと見る者が圧倒的な存在になりつつあり、行き場を失った余剰資金が巷に溢れ始めるのも時間の問題で、秋津州商事の上場を期待するあまり、多数の証券会社が又しても神宮前に殺到してしまうことだろう。

この意味でも、日秋両国の信用ばかりがマーケットにおいて異様なほどにもてはやされ、早晩国際市場における好ましからざる不均衡問題が芽を吹き始めることは避けられまい。

土竜庵における協議においては、一刻も早く「正統な真実」を公表すべしとする意見が多いが、これだけは日本一国だけで行われるべきでは無いとする意見も少なく無い。

だが、既に舞台の開幕を告げるベルが鳴ってしまっていると主張する者もおり、この「公表」の問題一つとっても、最早時間の問題であることも否定し難いのである。

一部においては公然の秘密に等しいと言う見解まであり、それが証拠に、大都市圏の不動産価格が異常な値動きを見せ始めていると言うのだ。

尤も、具体的な対応策も定まらぬ内に各国政府が正式な「公表」などをすれば、一瞬にして地球上の不動産資産は無価値なものとなってしまう。

不動産担保を多く抱える金融業界も連鎖的に破綻してしまうことは目に見えており、続いて世界のマーケットが大崩壊に向かうことは避けられない。

来たるべき終末にあたり、各国通貨の信用力は失われ、殆どの場合物々交換に頼るようになり、決済手段として通用する通貨はごく限られたものになってしまうに違いない。

膨大な資金を用いて展開中の新天地報道作戦が着々と成果を上げつつあるとは言え、一般人にとって、その丹波も所詮二次的な住処(すみか)としか思えないのである。

言わば、未来の別荘のようなイメージを持つ者がほとんどなのだ。

まして、現実問題として、その緑溢れる新天地の分配は当分実行される気配は無い。

そうである以上、現時点で迂闊なことを公表すれば、確実に生き残れるのは秋津州と日本だと見る向きが少なく無いため、世界の通貨の内、秋津州円ばかりが圧倒的な地歩を固め、日本円がそれに続き、米ドルとユーロが辛うじて生き残れるかどうかと言う状況が到来する筈だ。

既に、株式市況は低調の兆しを見せ始めており、代わって美術品や金(きん)などの貴金属類が高騰してしまっているのも当然のことであった。

マーケットの一部が、既に恐るべき「未来」を知ってしまっていると言って良い。


二千八年の九月十五日、国王は地球暦で言うところの二十三歳の誕生日をつつがなく迎えたが、近頃の秋津州はいみじくも農繁期にあたっており、日々農地に出て真っ黒になって働く姿を見せていた。

確かな実りを与えてくれる秋津州の天地に感謝の念を捧げ、頑健な肉体を与えてくれた父祖の霊に祈りながら、ただ黙々と額に汗していたのである。

ここ数年におけるさまざまな農事は若者に更に多くのことを学ばせてくれた上に、少なくとも心の平安を齎してくれたことは確かであり、その意味では珠玉のような輝きを放つものであったかも知れない。

また、愛すべき家族や仲間たちの存在が我が身を奮い立たせてくれることも、骨身に沁みて痛感させられた。

多くの人々にとっても、家族や仲間たちの存在が極めて大きな慰藉を与えてくれるものである筈だが、殊に近年の若者にとっては、そのことを意識せざるを得ないような出来事が続いた。

一例を挙げれば、かつて秋津州戦争ののち、若者は何よりも大切な一族を外部から持ち込まれた病原菌によって失った。

それは、全て頑是無い幼童ばかりで、若者の保護無しには一日も生きられないものばかりであったにもかかわらず、あろうことかいちどきに死なせてしまったのである。

その後に至っては、天空のおふくろさまの体内の「はらから」まで全て失うに至った。

幼くして世を去ることになった一族に対する愛惜の念は、その後若者の心を甚だしく蝕み続け、その平衡を失わしめるほどのものであって、胸の奥の何ものかがこの地球を去ることを囁き続けたほどのものだったのだ。

あのときに味わった例えようもなく苦い想いは今もなお心の奥底に燻っており、少なくとも二度と繰り返したくは無いものであり、ときに、人目も憚らず茫然としてしまうほどのものだったことは確かなのだ。

そして、その苦い想いを薄めてくれたのは、誰あろう立川みどりと言う一人の日本人女性であった。

この、母の面影を宿した女性が与えてくれた慰藉は事更貴重なものであって、当時の苦しみから自分を救ってくれたことは確かであり、それ以来その女性の存在は二無きものとなった。

現在の若者にとっての仲間たちとは、一族と言い換えても良いほどの存在だが、彼女は若者の心のうちで、その一族のうちでも更に特別な存在となったのである。

その後若者は愛すべき妻を持ち、そして子を持った。

近頃では、みどりの養女のような立場にある幼子(おさなご)、佐竹有紀子にも出会うことを得た。

妻は勿論、真人(まひと)も有紀子(ゆきこ)もこの上も無く可愛い。

結局、このような一族に囲まれて暮らすことが、何にも勝るこの身の幸せだと改めて痛感させられるに至っているのである。

まして今は、妻の親族を始め新田や岡部、そして国井や相葉、或いは加納などなど溢れるほどの「一族」がおり、その一人一人がこよなき慰藉を与えてくれるからこそ、こうして生きて行けるのだ。

また、近頃では、新田や岡部が共に天からの授かりものがあったようで、その誕生も遠いことでは無いと聞き日々まことに心楽しいものがある。


そしてまた、新たに「仲間」になろうとする者がいる。

かつて朝鮮半島の霊光原発騒動の折り、日本の対馬にも膨大な放射性物質が降り注ぐとされたことにより、全島民の生命財産が非常な危機に晒されたことがある。

その上、絶えず付近の海上を膨大な難民が押し寄せつつあり、その上陸を無原則に許してしまえば、相手が相手である、かつて幾たびも味合わされたものと同様の無秩序と混乱が待っていることは明らかで、無論、現地の警察や消防にとっては手に余る事態だ。

文字通りの非常の時にあたり、現地を守るべきは陸上自衛隊の対馬警備隊だ。

その司令官として対馬駐屯地司令鹿島一等陸佐が、如何に決死の覚悟を定めようと、陸自の装備を以てしてもやはり手に負えないことは明らかであった。

新田は当時の革新系連合政権から逐われてしまった挙句、官邸に通ずる健常なパイプを見失ってしまっていたこともあり、祖国日本の危機にあたり現地との直接的な接触を持たざるを得ない。

野に下っていた国井とも計り、内務省の最上階から現地の鹿島一佐と緊密に連携し、問題の霊光原発を始め広範な領域に鉄壁の諜報網を構築しながら、膨大なSS六の動員を前提として全島民の避難対策を見事に具体化して見せた。

鹿島司令の手許には、数人の秋津州人女性を常に私設秘書のような形で引き添わせ、貴重な情報をふんだんに提供しながら万全の支援態勢をとったのだ。

おかげで島民は勿論、鹿島とその部隊は絶望的な状況から救われたことは確かで、それもこれも、全て、秋津州国王の決断と善意あっての賜物であり、現地責任者としての鹿島はよほど感ずるところがあったのだろう。

以来、そのことを以て深く徳として来たようで、今次、対馬駐屯地司令の任を解かれたことを機に、栄転の途を振り捨ててまでこの地へやって来たのである。

農事に打ち込む国王の噂を聞くに付け、愚直にもその傍らで農事を手伝いたいと言うのだ。

若者の方でもその人となりを良く承知していたようで、その願いを受け入れ相当な農地と山林の管理を任せたようだ。

その場合の農地と山林とは、主として玉垣の郷のものであったことがのちに判ってくるのだが、この時点では未だ話題にすらなってはいない。

ちなみに、この鹿島昭雄と言う人物は、軍人としての生き方に重きを置くあまり非常な晩婚を果たした。

四十をはるかに過ぎてからの結婚であり、その上既に十年に近い結婚生活を以てしても未だに子が無い。

夫婦二人暮しなのである。

一回り以上年下の妻笙子(しょうこ)は未だ三十路半ばの若さだが、不幸にして懐胎の能力を欠いてしまっていたようだ。

但し、夫婦仲は非常に良いとされ、真偽の程はさておき、自室には秋津州国王の名を掲げ二人して朝夕拝礼していると言う者もいるほどで、口の悪い同輩たちにかかれば、鹿島は秋津州教の信者だと言うことになるのである。

まあ百歩譲っても、この篤実な日本軍人が秋津州国王に抱いている心情は、信仰に近いものがあったことだけは確かだろう。

現に、その軍歴において最後を飾った対馬駐屯地司令時代についても、さまざまな証言がある。

当時副官を務めた与田三佐(少佐)と中井一尉(大尉)などの口を借りれば、その人となりを好意を込めて「最後の古武士」と呼び、それが初めて身も心も捧げたくなるような対象を見つけたと言うことになるらしい。

尤も、この最後の古武士自身、部隊指揮官としては勿論、個人としても、下士官や兵たちからも奇妙なほどに愛されていたようだ。

一佐(大佐)と言えば、軍隊においては兵たちにとって最早雲の上の人だと言って良いが、にもかかわらず、そうである以上、その人となりも推して知るべしであっただろう。

まして、この鹿島自身はもとより、かつての副官だった二人にしても、その全てが岡部や新田の道場仲間であったこともあり、そこにもまた格別の人脈の流れがあったことも軽いものでは無い。

そうであったからこそ、かつての壮大な対馬救出作戦が実現しようとしたのであり、岡部などに至っては、そこにも尽きせぬ宿世の縁(すくせのえにし)が隠されていたなどと言い出す始末なのである。


さて、またしても暦はめぐり、十月十四日の朝が巡り来った。

この日こそ天皇皇后両陛下による秋津州訪問の日であり、国王は早朝より妻子を伴い皇居を訪れていた。

無論、お出迎えのためである。

用意のお馬車には、両陛下の思し召しにより、おさなごを抱いた王妃の同乗が許され、十数人の扈従の人々は大小四台の車両に分乗し、軍礼装に威儀を正した国王が近衛軍を率い、馬上厳然としてお馬車の傍らにあって自ら警護の任についた。

双方の国家元首の立場は相互に対等とすべき通常の外交慣例から見れば、極めて異例のことであったにもかかわらず、秋津州側のスタンスは終始一貫していたと言われる。

それに、おさなごにとっての両陛下は名付け親でもある。

両陛下はおさなごを代わる代わるお抱きになられ、お馬車の中がまことに和やかな空気に包まれる中、いよいよ三日間にわたる旅が始まった。

全ては相葉と新田らの打ち合わせた通りであり、長距離の移動に際しては、その都度「特殊な瞬間移動」によって行われたことにより、各地において充分な休息時間を確保することが可能となった。

その旅程は太平洋上の秋津州に始まり、その後丹波の殆ど全てにわたった上、馬酔木の山斎(あしびのしま)のその名も高き宮島にさえ着地するに至ったのである。

その宮島では、百人を超すかんなぎどもが列を成して迎え、一行は即座に本殿と目されるところで休憩を取ったことにより、ひどく周囲を驚かせることになる。

これまで決して許されなかったことが、苦も無く実現したからに他ならない。

まして、巨木に囲まれて立ち並ぶ木の香も新たな建造物は、そのそれぞれが古代日本の香りを濃厚に漂わせるものばかりであり、一行の心を大いに和ませることに優れて功があったが、それとは対照的に、その内部においては極めて近代的な装備に満ちていることも知った。

何と、古式ゆかしい寝殿造りの高殿(たかどの)の中は、電力はおろか上下水道まで完備しており、お供の人々のための独立した生活空間まで整えられていた上、その空間のそれぞれが、あたかも高級ホテルのスィートを思わせるほどの設えだったのだ。

水辺近くに広がる数町歩(一町歩は三千坪)の耕地の傍らには、近代的な下水処理設備も具わっていたことに加え、運河付近では小なりと言えども真新しいドックまで見聞するに至り、磐余の池(いわれのいけ)に浮かぶこの孤島には、古代と近代の文明が渾然一体となって共存していることを思い知らされたのである。

続いて、一行が玉垣の郷を訪れたときには、多数の現地人を引き連れた鹿島夫妻の出迎えに会ったことも大いに話題になったが、大幅に生産調整中の多数の油井と共に、その地に広がる壮大な農地と巨大な備蓄倉庫の連なりが与えた衝撃も、決して小さなものでは無かったろう。

その備蓄倉庫群は見渡す限り延々と連なり、多様な穀物や原油は勿論、さまざまな天然資源で満ち溢れていたのである。

まして、現在の鹿島がその地で実行しつつあることの実態を知るに及んで、日本の食糧自給率の悲惨さをも想い合わせ、一行の感慨がますます深まったことは想像に難くない。

それはまさに、玉垣の郷における大規模な開墾と一層の農地改良であり、さらには近代日本の農法をその地に根付かせることにあったのだ。

聞けば、既に国王の指揮下で開墾事業の基礎的な大工事が完了し、その耕地面積は従来の数倍のものに成長しつつある上、一旦日本の優れた農法の導入に成功すれば、近い将来にも、この地の収穫量はカロリーベースで十億人を養うに足るほどのものになると言う。

この玉垣の郷は八雲島と馬酔木の山斎の中間に位置し、七十万平方キロと言う日本の倍近い面積を持ち、山々から流れ落ちる豊富な水系と共に画然とした四季をも具えていると言い、この点からもこの壮大な農地改良事業は優れて有望だと考えられているようだ。

一方で、大規模な開墾事業は樹木の大量伐採を伴ったが、今後発生するであろう爆発的な需要に鑑み、相当な木材の備蓄にも心を配っているのだと言う。

無論、この大工事が大地に残した爪痕は尋常なものではなく、植林事業にも鋭意力を注いでおり、一行は、ここにもまた、若き統治者の深慮遠謀があったことを想わざるを得ないのである。

次いで、丹波における両陛下の行在所(あんざいしょ)については、秋桜の首邑に設えられた御所と呼ばれる広大な施設が宛てられ、緑溢れるその内部は、電力を始め充分文化的な生活を営めるだけの備えを持っていたことに加え、東宮を始め多くの宮家が住まうに足る設えがなされていたことが、又格別の話題を提供した。

聞けば、その御所の全てが日本人の構想と設計によるものとされ、堀こそ穿たれてはいないものの、京都御所を思わせるような実に典雅な佇まいを持っていたのだ。

詰まり、その「御所」なるものは、万一の場合、直ぐにでも「皇居」となすことが出来るほどの構造と完成度を誇っていたことになる。

その上一行が目にした秋桜(新垣島)は、その全体像から言っても、既に「大和文化圏」の中核を担うに足るほどの圧倒的な機能を具え始めており、近代的な交通網や通信網はもとより、驚くべきことに人工衛星の運用にまで踏み込み、それが今では優に四十機を超えたと言うのだ。

さまざまの機能を持った人工衛星の中には、自然軍事的な意味合いを持つ物が多数含まれている上、放送通信衛星はもとより、いわゆるGPS(全地球無線測位システム)機能に相当するものまでが完成していると言う。

また、丹波全域の海底には無数の海底ケーブルが敷設され、一定以上の規模を持つ陸地には洩れなく到達している上、それぞれの沿岸部に設置された揚陸設備は、全てPME(永久運動機関)によって安定した電力を得ていることも知った。

尤も、そのケーブルを内陸部にまで隈なくネット出来ている陸地は、今のところ八雲の郷を始め、新垣の郷と玉垣の郷くらいのものだとは言うが、それにしても秋津州兵団の機動力が齎す威力は凄まじい。

又、これもまた国王の直轄領とされる南北の両極地にも八咫烏の旗を掲げた基地が備わり、地球に例えれば「月」に相当する唯一の衛星に至っては、その全てが秋津州兵団の衛戍地と規定されており、既に巨大な地下施設が稼動しているほどだ。

その衛星も又、月と同様に丹波からは概ね四十万キロ前後の距離を保って公転しているとされ、このような天体環境の中で、その衛星と丹波との中間当たりに巨大な宇宙基地が居座っていると言い、これもまた近頃地球付近から搬送されて来たものだと言う。

若者自身の説明によれば、この宙空の基地は第一の基地と称しており、やがて時期が至れば第二、第三の基地をも配備する予定だと言う。

その二つの基地(第二、第三の基地)は地球近辺で現に稼動しているものであり、そこに備わる備蓄施設の規模は玉垣の郷のそれをも凌ぐとされた上に、その移動と配備に要する時間はほんの数分で事足りるとしていた。

なお、この丹波と言う惑星は、太陽と良く似た主恒星を持つと共に、これまた地球と同様の星齢と質量及び体積まで有しており、その上、地球と良く似た運行形態をとっていることにより、その自然環境が地球に酷似した特質を具えていると言う。

若者は、その特質を以て、人類の避難先としての適否を判断したのだと言うが、まさにその通りの景観がそこにあったのだ。

原始的な意味に限れば、地球と丹波はそれほどまでに酷似しており、その丹波の中で秋桜と称する島が、いざともなれば日本人の全てを「収容」し得るまでに成長を遂げていたことも、決して小さなことでは無かったろう。

一行はこの旅を以て、これ等の事実を充分に体感した上、同時に国王の特異な心象風景にも存分に触れ得た筈だ。

無論、その心象風景の中に住まう日本観であり、対日姿勢にだ。

何しろ、その国王が終始両陛下に扈従して自ら警護の任に当たっていたほどなのである。

しかも、王妃とおさなごの姿も頻繁に両陛下のお傍近くにあって、真人などはその襁褓(むつき)の世話にまで、皇后陛下のお手を煩わせる場面があったくらいだ。

のちになって若者が密かに新田に語ったところによれば、この旅程で両陛下の慈しみのお心に触れることで、若者自身かつて経験したことの無いほどの心の安らぎを得ることが出来たと言う。

少なくとも若者の心情から言えば、天皇皇后両陛下の慈愛溢れるご愛情に包み込まれるようにして、この貴重な三日間を過ごしたことだけは確かなのである。

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  1. 2007/08/31(金) 14:27:50|
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