日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 093

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さて、十月も下旬になってのある日、海都にあるタイラーは、ようやくそのオフィスに女神さまの訪問を受けることに成功していたが、例によって、ここ数日、必死にお出でを願った結果だ。

実は、近頃一際気掛かりな情報を得ていたのである。

それによると、女神さま自身がここのところ魔王に随従して東京入りしていたことになっており、少なくとも魔王自身が銀座のクラブ碧どころか、官邸にまで顔を出した形跡があると言うのだ。

あの魔王が、まさか単に酒を飲みに官邸に寄ったと思う人間はいまい。

新田までが同行したと言う者までいることから、何かしら重要な打ち合わせがなされたと見ており、その点でも女神さまだけが頼りだ。

まして彼女は、自分にとっては、ようやく勝ち得た特別な権威の源泉でもあり、その存在感はいや増すばかりなのである。

「お運びを頂きまして、まことにありがとうございます。」

いつものように、ひたすら低姿勢で行くほかは無い。

「いいえ、いつも何かとお気遣いをいただき、こちらの方こそお礼を申し上げなければなりませんわ。」

実は、つい最近も大層な名画を贈っているのだ。

オークションに掛ければ、十数億(日本円)は下るまい。

「いえいえ、ほんの気持ちばかりのものですからお気になさらずに。それより、近頃は東京へお出かけだったと伺いましたが。」

「あら、私どもの住まいは元々から東京ですわ。」

「あ、お出かけでは無く、お帰りになられたわけですな。」

「おほほほ。」

タイラーのアリアドネは、実にあでやかな笑顔を見せてくれているが、肝心の勝負はこれからなのだ。

見れば、その耳元ではダイヤのイヤリングが豪華な輝きを放っており、それは、例の特殊な通信能力の謎の一端が、そこにこそ隠されていると思わせるものでもある。

「東京の方では、さぞ大勢の方にお会いになられたことでしょうな。」

ワシントンにとっては殊更重要な話柄であり、早速そこから探りを入れて行く。

「そうでもありませんでしたわ。いろいろと身の回りの整理に忙しかったものですから。」

「え、それは又どうして?」

タイラーにしてみれば、聞き捨てならない一言である。

「いえ、個人的なことでございますから。」

「それでは、ひょっとしてお目出度いお話でも・・・・」

若い娘が、個人的なことで身の回りの整理に忙しいなどと言う。

一瞬結婚話でもと思ってしまったのだ。

まして、これほどの美女である。

その年齢から言っても、あり得ない話ではないだろう。

「まあ、考えようによっては目出度くないこともありませんけれど。」

「じゃ、やはりご結婚を・・・」

「あらあら、飛んでもありませんわ。一言で言えば転勤の可能性が出て来たと言うことでしょうか。」

「え、転勤?まさか・・・」

「はい、そのまさかです。」

「と、申されますと?」

「丹波ですわ。」

問題の丹波に転勤だと言う。

「ええっ、ほんとですか?」

「未だ、確定と言うわけではございませんが。」

「しかし、それは又急なお話ですなあ。」

「我が社の代表なども、そろそろ時間切れかしらなどと申しておりましたから。」

我が社の代表とは、無論東京にいる女帝のことであり、それが時間切れだと言ったと言うのだ。

「ちょっ、ちょっと待って下さいよ、それじゃ東京の姉上さまが、もう時間切れだと仰ったのですね。」

例の七カ国協議の論議が停滞してしまって既に久しいが、いよいよその行く末に見切りを付けて、丹波へ移動する意思を固めたとも取れる話では無いか。

彼女達姉妹は全員が魔王の使徒である以上、その場合も、当然主(あるじ)に付き随ってのことに違いない。

「はい。」

「それでは、秋津州商事の本拠を丹波にお移しになるとお決めになられたと?」

「どの道、今年中に準備にかからないと間に合いませんから。」

思えば、一件の重大性をワシントンが認識したのが昨年(二千七年)の暮れのことであり、それから既に十一ヶ月のときが過ぎようとしていながら、丹波の新領土が定まる気配も無い。

暦は既に、二千八年の十月を過ぎようとしているのである。

ワシントン自身も避難完了の限界点を二千十年中と判断しており、この意味でもことは急ぐのだが、それでも新領土の配分方法が纏まらない。

そのため業を煮やした魔王の一派が、工事開始時期の限界点を今年一杯と判断したに違いない。

頭の中で何かが、音を立てて疾走している。

「しかし、あちらには未だマーケットが・・・」

「あら、私ども日本人だけでも一億を越してますし、それに丹波の秋津州人も四億は下らない筈ですわ。」

「それじゃあ・・・」

タイラーは、文字通り絶句してしまったのである。


その結果、ワシントンは重大な報せを受けることになった。

タイラーレポートである。

この悲壮感に溢れた報告書が、ある意味世界の歴史を変えることになった。

それが、常日頃「秋津州の代弁者」、若しくは「秋津州の友人」と称されている特別な人物が作成したものであっただけに、ワシントンの地において一層重量感を増してしまったのも無理は無い。

既に触れたが、この時期のタイラーは膨大な予算を手にしており、その資金力を活かして猛烈なプレゼント攻勢に打って出ていたのである。

今では、女神さまの姉である秋元涼氏にまで接近を果たしたばかりか、長姉の女帝を通じて、その他の姉妹にまでそれぞれ大層なプレゼントを贈るまでになって来ており、ますます貴重かつ格別な人脈を築きつつあることを実感しているほどなのだ。

今次のレポートの情報源にしても無論その女神さまである上、傍から何と言われようと、タイラー自身は吹き上がって来る愛国心に突き動かされるようにして立ち働いているつもりでおり、世界各地で買い漁った高額の美術品はもとより、由緒ある宝石や貴金属が奔流のように海都に流れ込み、次々と女神さまの手に渡って行き、その見返りのようにして数々の情報がタイラーの手許に流れたのである。

現に、今までその情報が結果的に虚偽のものであったためしは無く、まして「秋津州の本音」と言う切り口に限れば、女帝からのものはさておき、女神さまの情報が唯一無二のものであり続けており、少なくともタイラーにとって、このプレゼント作戦は限り無く効果的なものに見えたに違いない。

その多くが、やがて秋桜資金に転換してしまうことなぞ、夢にも思わなかったことだけは確かであり、おろかにもこの作戦はその後も延々と続くことになってしまうのだ。

尤も、この愚劣な作戦は何も合衆国に限ったことでは無い。

既に英仏独中露を始め、中東などの産油国は勿論、その他にも数多くのエントリーが目白押しになって来ており、各国共に自国の生存を賭して参加しているこのレースが、驚くほど巨額の資金移動を伴ったことは想像に難くない。

とうに秋津州円と言う通貨までがごく普通にプレゼントの対象となりつつあり、それも極めて多額のものが贈られているのだが、この場合の女神さまの実体は一民間人であると同時に、紛れも無くヒューマノイドなのである。

もとより、ヒューマノイドに個人的な欲望などあろう筈も無い。

現実の女神(じょしん)アリアドネは紛れも無く女帝の指揮下で動いており、その恐るべき政略の結果、タイラーレポートが生まれ、やがてワシントンを震撼させてしまうに至るのだが、タイラー自身は未だに秋元姉妹がヒューマノイドだなどとは思っても見ない。

少なくとも、女神さまとその姉妹たちが、これほどまでの高価なプレゼントを受けて喜ばぬ筈は無いと信じて疑わないのである。

そのプレゼントにしても、既に発展途上国の国家予算など軽々と凌駕するほどのものになってしまっている今、その成果として入手する情報が無価値なものであっては困ることにもなる。

既に「秋津州の友人」としての奇妙な権力を手にしている今となっては、タイラーには、その意味での都合と言うものもある。

普通、人と言うものは既存の権益を維持したいと願う生きものであり、この場合のタイラーが、多少偏った行動原理を持ち始めていたとしても到底責められまい。

生身の人間である以上、自身どこまで認識しているかどうかはさて置き、自然にそうならざるを得ないのだ。

したがって、秋津州に対する自らの交渉能力と情報収集能力が、共に他に比類の無いほどのものであることを一層強くアピールすることによって、一旦手にした権益の足場に更なる補強を加えたいと願ったとしても不思議は無い。

その情報が、ワシントンを驚愕させるに足るものであればあるほどその威力を増すのは当然で、かくしてタイラーレポートの内容はますます刺激的なものにならざるを得ず、その結果、それは、いよいよ以て重々しい装飾が施されることになってしまった。

それによれば、魔王と新田がその影響力を行使した結果、魔王はもとより、同盟国であるあの日本までが、合衆国はおろか、全世界の国々との協調路線を一切擲ち、独自の行動を取ることを決定しつつあると言う。

不遜にも四億ほどの秋津州人と日本人が共謀し、丹波において身勝手極まりない独自文明を打ち建てようと目論んでいるとされており、はっきり言えば、丹波の全てを独占しようとしていると言うのである。

その身勝手な目論見では、丹波において既に我が合衆国の居場所は無いことにされており、結局タイラーレポートの論旨の底辺に流れていたものは、合衆国が置き去りにされてしまうことから来る恐怖そのものなのだ。

ワシントンにとって、他国が捨てられるならいざ知らず、この合衆国が捨てられることだけはあってはならないことであり、ましてこの場合、相手があの日秋連合である以上、我が合衆国は選択権を失ってしまったことになるとまで言う。

元来、ワシントンから見た日本は、その貿易立国と言う側面から言っても、合衆国の市場価値をないがしろにすることは許されず、市場の相互補完の重要性から見ても合衆国を見捨てる筈は無いと見なされており、それが証拠につい最近も、合衆国の兵器類を可能な限り丹波に搬送してもらえるよう、あの魔王に積極的に働き掛けてくれていたほどなのだ。

ところが豈はからんやそのレポートは、一転して日秋連合が軽々と合衆国を見捨てることに決し、その生存権すら否定されてしまったも同然だと論じてさえいる。

少なくともタイラーレポートはそう結んでおり、言い換えれば、秋津州の友人たる怯懦の一犬が大声で「虚に吠えて」しまったと言う他は無い。

それはまた、ワシントンに巣食う万犬の心を激しく揺さぶることに通じ、恐怖のあまり必死の対日工作が開始される道に繋がって行った。

その必死さが珍しく真摯な姿勢を生み、その異様なばかりの腰の低さが後々までの語り草になったとは言うが、怯えきったワシントンを見るにつけ、最早、白頭鷲が手乗り文鳥に変じてしまったと言うものさえいる。

可愛げに囀る手乗り文鳥は、丹波の分配案に関しても直ちに劇的な大転換を果たし、一気に日本案に擦り寄り始め、七カ国協議の場においてもその姿勢を鮮明にするに至った。

その姿勢から匂い立って来るものは、最早、卑屈と言う言葉以外の何ものでもないのである。

確かに、白頭鷲は恐怖のあまり屈服したには違いないが、かと言って国家の存続を期すことは何れの国家にとっても絶対の正義であり、決して恥じることは無い筈だ。

過去において、数多くの国々が皆そうして生き延びて来たのであり、白頭鷲もまた同様の行動を取ったに過ぎないのだが、現実にそれを目の当たりにした世界は引っくり返るほどに驚いてしまった。

いや、最も驚いたのは日本政府の方であったかも知れない。

ことにあたって国井義人には、密かに胸をよぎるものがあっただろう。

かつて、あの若者が白頭鷲の扱いについて語った言葉をである。

そのときの若者は、いみじくも「未だ生煮えであり、迂闊に食すると食中毒を起こす。」と曰(のたま)わったのだ。

当時の自分には全く実感が沸かないことだったが、若者があの白頭鷲をどう料理して見せてくれるのかには、非常な興味を覚えたことだけは今も鮮明に覚えている。

如何に秋津州国王であっても、あの気位の高い白頭鷲を完璧に屈服させるのは、容易では無いだろうと思ったのだ。

ところが豈図らんや、見事に時勢が変転し、あり得べきか、あの白頭鷲が手乗り文鳥に変身してしまい、最早、煮て喰おうが焼いて食おうが、食中毒を起こす恐れはまず無いと言って良い。

思えらく、今を去ること、たかだか六十有余年の千九百四十一年のことを。

当時の白頭鷲は日本の全面屈服を意味する最後通牒を傲然と発し、それによって我が日本は屈服か戦争かの二者択一を迫られたが、今回の流れにおいては奇しくもその立場が見事に逆転してしまっており、現在の日秋関係がある以上、我が日本はあの白頭鷲に対し、まさに生殺与奪の権を手中にしたことになるのである。

ただし、この日本は当時の白頭鷲とは大きくこと違い、相手を徹底的に愚弄するような外交姿勢など、まったくと言って良いほどとってはいないのだ。

一貫して誠実な対米外交に終始して来た筈だ。

ただ、この私が、独立国の指揮官として、単に「独自行動」と言う正当な権利を行使する決意を固めたに過ぎない。

ちなみに、入居以来、国井は公邸の居室に曽祖父や祖父や伯父たちの遺影を掲げている。

向き合えば、そのいずれもが軍服を着て慈愛に満ちた穏やかな視線を送ってくれる者たちだが、その全てが、祖国の為に外地で散って行った者ばかりで、未だに遺骨どころか遺髪すら戻って来てはいないのだ。

いま改めてその遺影の前に立ち、現状のあれこれを報告し、両の手を合わせながら、万感胸に迫り、何ものかが込み上げて来てしまうのを禁じ得ない。

振り返れば往時茫々、自らが政治家を志して以来、散々に味あわされて来た白頭鷲の横暴を今更ながら想わざるを得ないのだ。

しかし、一国の指揮を執る身にとって、これ以上便々と私情に浸っている余裕は無い。

激動する世界が眼前にあり、日々刻々と決断を下さねばならないことは山ほどにある。

現に、ワシントンが昨日までの主張を軽々と撤回したことにより、国際舞台の裏側では無数の歯車が音を立てて回り始めており、目を皿のようにして東京を見詰めている億兆の視線を感じるのだ。

日本国政府の政治姿勢を、ただ一筋に注視しているのである。

国井は直ちに訓令を発し、七カ国協議における日本代表を以て言わしめた。

「ことここに至れば、我が日本国は独立国として他国の政治姿勢の如何を問わず、ただ己れの信ずる道を進むのみである。」と。

粛々と発言を終え、直ちに退席しようとする日本代表を見るに及んで、その他の六カ国代表は顔色を変えて押しとどめようとした。

遂には哀願さえしたのである。

日本代表は一応席に着きはしたが、その後国井の指示通り見事に沈黙を守った。

沈黙はしたが、その確固たる意思の存在が、その場の空気に止めを刺したことは確かであり、丹波の分配案を巡る趨勢は一気に日本側に傾いた。

当然であったろう。

何せ日本は、「他国の政治姿勢の如何を問わず。」と宣言してしまっているのである。

既にそこには米国中心の集団的安全保障体制も無く、七カ国協議などはるかに超越した新世界が茫々漠々として広がって行くばかりだ。

その上、日本代表の沈黙が、異様なほどの圧力となってその場の空気を支配してしまったことも事実だろう。

例え何を決議しようと、日本は既に「他国の政治姿勢の如何を問わず。」なのである。

その沈黙そのものが、言わば、「ご随意に。」「ご勝手にどうぞ。」と突き放しているようなもので、挙句日本代表が退席して行ってしまえば、残りの六カ国が何を話し合おうが全く無意味なものと成り果ててしまうことは明らかだ。

その異様な空気の中で多少の摺り合わせが行われた結果、丹波において、新たに台湾共和国を始めイロコイ連邦や西サハラ、及びパレスティナなどの国権が追認され、合意が形成されるまでにたいした時間はかからなかったのである。

無論、「敷島」は日本の主張して来た通り新たな日本領土となる前提であり、日本案を下敷きにしたこの合意案が各国政府に公告された結果、これに表立って反対するような国家は一国も無い。

尤も、全く齟齬が無かったかと言えばそうではなく、例の無国籍者用の居住区の扱いだけが若干の論議を要することになった。

この合意案では、無国籍者用の居住区が米国領に隣接する形で設定されていたのだが、そこへ避難させるべき無国籍者たちの管理責任の所在が宙に浮いてしまったのである。

国際連合難民高等弁務官事務所(UNHCR)はおろか、国連そのものもその任では無いと主張していると言う。

コスト面から言っても、或いは能力の面から言っても、その膨大かつ困難な作業を成し遂げることは到底不可能だと言うのだ。

尤も、国連などと言って見たところで、所詮大いなる町会のようなものに過ぎず、町会費を負担するのは全てその町会の会員たる一般家庭であるのと同様に、国連の場合と言えども、その経費はそれぞれの加盟国が負担するほかは無いのである。

今回の無国籍者の保護に関する途方も無い経費にしても、全て新たな拠出を必要とする筈であり、まして、その負担金の大部分は、七カ国協議の参加国が拠出するものに頼らざるを得ないのだ。

いずれの国家も自国の避難移住に関わる経費だけでも、現に大きな不安を抱えていると言うあたりが偽らざるところであり、いきおい、新たな拠出については消極的にならざるを得ない。

百歩譲って巨額のコストを覚悟したとしても、全世界に散在する無国籍者を特定抽出し、なおかつ万全の保護を加え、その全ての避難移住を成功裏に果たすなど誰の目にも不可能に見える。

その上、幾多の障碍を乗り越え当初の目的を果たし得たとしても、その後においても膨大な無国籍者の保護を延々と続けて行かねばならず、どう考えても無国籍者を抽出して別途に対応するなど夢のまた夢なのである。

何分にも、巷間囁かれている無国籍者の総数は数億とも言われており、一般の難民の数とはそれこそ桁が違ってしまっている。

誰にしても、そこまでのことを担保出来るとは思えないのであろう。

結局、無国籍者に別途対応するなど、費用の面でも能力の面でも不可能と言うことがますます鮮明になるばかりで、その結果、例の専用居住区の管理義務を負うものが不在と言う結果に通じ、その領有権の行方も又宙に浮いてしまったことになるのだ。

その地に隣接する合衆国は得たりや応と自国領土に編入すべく盛んに主張したが、中露仏からは不公平だとして猛烈な反対論が沸き起こり、結局、どこの国家もその領有を諦めざるを得なくなり、元来の領主である秋津州国王に返納すべきことが決議された。

詰まり、再度秋津州の直轄領となったのである。

決議が成ったその瞬間、国王はその地を以て「任那の郷(みまなのごう)」と命名した上、まるまる一個兵団と言う途方も無い戦力と共に、怒涛のように資材を投入して作業に入った。

不思議なことに任那建設の青写真は既に見事に完成しており、十指に余る近代的な都市造りが信じ難いほどの規模を以て開始された。

一個兵団と言えば無論六十四個軍団のことであり、かつての秋津州戦争のときですら、実際に投入された兵力は二個軍団だけであったことから見ても、その工事の凄まじい進捗振りが思い浮かぶ筈だ。

無論、ここでも白頭鷲は臍(ほぞ)を噛むことになる。

そもそも、この任那の郷(みまなのごう)と命名された領域は、馬酔木の山斎(あしびのしま)の東端から見て、そのまた東方四千キロほど彼方の大陸の西岸にあり、新たな合衆国においてその西海岸の殆どを塞ぐ形で、百万平方キロもの面積を以て広がっているのである。

なお、これを現在の合衆国の領土に比定して見た場合、あたかもオレゴン州、カリフォルニア州、ネバダ州の三州を合体させたような領域をイメージすれば、当たらずと言えども遠くは無い。

ロスやシスコ、ハリウッドやロングビーチ、或いはラスベガスなどで知られる領域だと言えば、なおのこと通りが良いだろう。

また、百万平方キロと言えば、それだけで既に現在の日本の三倍もの面積であり、我々日本人の感覚では最早「広大な」大地だと言って良いほどで、加うるにそこは大いなる山川と豊かな水系を併せ持ち、溢れるほどの地下資源の在りかまで確認されている。

また、秋津州にとって、その抜きん出た技術力がある以上、この任那の郷は、馬酔木の山斎の東岸とは一衣帯水(いちいたいすい)と言ってしまっても過言では無い。

こと、秋津州の視点に立つ限り、その間に横たわる幅四千キロもの海洋帯も、せいぜいその辺を流れるごく小規模の河川に異ならないのである。

しかしながら、合衆国側から見ればその四千キロの海域は大いなる海洋であり、軍事上のあれこれも含め、全てにわたって一方的な不利益ばかりを感じざるを得ない。

したがって、新たな合衆国から見た任那の地政学上の戦略的価値は、途方も無いものとなってしまった。

くどいようだが、その任那の郷が秋津州領であり続けることが、改めて国際的に確定してしまったのである。

その横っ腹に、常に任那と言う名の銃口を突きつけられているような思いを持つのだろうが、如何に臍を噛んでも手乗り文鳥の分際では今更如何ともし難い。

任那概略図 (サムネイル画像をクリックし、別窓が開いたら、地図上でもう一度クリックして拡大してからご覧下さい。)

MimanaKakutei


また、国王の直轄領の中に「秋桜(こすもす)」なる領域が自立を目指しているらしいことも、世界の殆どが知ることになったが当然異論など出る筈も無かった。

国王の直轄領の内部に関する事柄は、全て国王自身の恣意的な判断によることが最初から明らかで、例えその領域内で何が行われようと物申すだけの資格すら持たないからだ。

結局、肝心のガンマ線バーストの齎す被害規模に関しては公式に発表されることが無いままに、各国それぞれが、それぞれの「新領土」に係員を派遣する向きが強まり、そのサポートをせまられた国王は、当然凄まじい繁忙の海の中に叩き込まれた。

何せ、各国と丹波との間で凄まじい頻度で往復移送を繰り返させられた挙句、それは一週間で一千回を超えるに至ったのだ。

まして、その作業が一週間やそこいらで終わるわけも無い。

尤も、各国それぞれの方から見れば押しなべて週五回づつほどのことでもあり、その上、その特殊な技術が、いつに国王の個人的な能力に掛かっているものだなどとは知る由も無い。

したがって、国王が寝る暇も無いほど、その作業に忙殺されてしまっているなどとは夢想だにしなかったのである。


その後、各国政府が丹波現地のそれぞれの領土に相当な機器と人員を送り込み、領土に沿岸部を含む国々では、真っ先に八雲島との回線を開くことから仕事を始めたようだ。

何せ、既に海底ケーブルの敷設が見事に完了しており、それを用いた通信が可能である上に、国王所有の通信衛星まで機能しているのである。

幾分かの使用料を負担したとしても、それらの効果は特筆されて然るべきであったろう。

また、殆どの政府が、例のクーリエ便のような形式で揃ってSS六改の借用を求め、新たな機体が一気に数千機も貸し出されることになり、八雲島に本拠を置く大和商事なる一企業が、その全てに対応することが明らかにされた。

その企業は二十万機にも及ぶ予備機を以て、常時二万機の貸し出し業務にも耐え得る態勢を整えたとしており、ほかに満足な輸送手段を持てないと言う特殊な状況を見る限り、その希少価値とも相俟って凄まじい威力を発揮するに違いない。

何せ、既に地球上においても充分過ぎる実績があり、素晴らしい機能を持つことが証明済みなのだ。

この大和商事と言う企業は、機材搬送用の大小さまざまなポッドについても貸し出し態勢を整え、やがてそれをも発表するに至るのである。

その企業にしても、言うまでも無く国王の所有になるものであることは確かだろう。

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  1. 2007/09/03(月) 12:58:25|
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