日本大好きじいさんの落書き帳

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自立国家の建設 095

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さて、一夜明けて飛び交った情報は、皮肉にも一部の人々にとっては心の安まるものであったかも知れない。

何と、あの若者が早くも通常の作業に戻り、とうに丹波へ飛び立ったと言うのだ。

しかも、既に十数回の余も往復していると聞き、新田にしても、さまざまに思い惑うところが無かったとは言えない。

思えば今日のこの日も惑星間移送予定が目白押しになっており、その全ては自分がセットしたものばかりなのである。

若者の座乗機と連携しながら今もその微調整を行っているところだが、あの若者は一睡も出来ぬままその任務に就いたばかりか、あれ以来僅かな湯茶以外何一つ口にしてはいないらしい。

立川みどりが有紀子を連れて付き添ってくれていると言うが、昨日の様子を見る限り、今度ばかりはこの付き添いを無意味だと言うものはいないだろう。

尤も、もう一人自ら望んで付いて行ったと言う田中盛重の方は、恐らく足手纏いにしかならないだろうが、ともかく凛々と張り切ってしまっているその顔が目に浮かぶようだ。

そして又、テロリストが供述し始めたと言う意外な事実にも充分驚かされることになった。

何と、被疑者は朝鮮共和国の国籍を持ち、その本名も朴清源だと名乗ったばかりか、その犯行まで全て認めていると言う。

すなわち、自らが被害者全員の殺害を企て、かつ実行に移したことをである。

しかも、隠すどころか、むしろ昂然と眉を上げてその正当性をすら主張しているらしい。

その供述によれば、問題の日本人山内隆雄とは四年前に北欧の某国において接触し、その体格風貌が自分に似通っていた上に天涯孤独の身であることを知り、のちにその頭部を鈍器で殴打して殺し、そのまま成り代わったと言うのだ。

とにかく典型的な成りすましなのである。

被疑者自身、かつて日本語を学んだ経験もあり、元々多少の会話能力を持っていた上、この山内からも真剣に学んだと言うが、日本語の学習に名を借りて、山内の身上調査をも意図していたことは確かだろう。

また、被疑者自身の供述による犯行の動機に付いてはこうだ。

そもそも現在二十六歳だと言う被疑者は、半島南部のごくありふれた家庭に生まれ育ち、大韓民国の国民としてその少年時代を過ごしたが、周囲の影響もあってかなりの反日少年だったことに加え、人生を左右するほどの出来事を経験したことが、更にその傾向に拍車を掛けたらしい。

とにかく、その周囲でさまざまのことが群がり起きたことは事実だろう。

現に被疑者は、秋津州戦争の勃発によって祖国大韓民国の平和が破れ、竹島も奪われた挙句、その祖国自体が名実共に滅亡して朝鮮共和国に吸収されてしまったと嘆いており、竹島騒動では当時海軍軍人として出動していた兄まで失い、これらの出来事の殆どが秋津州のなせる業であり、秋津州王家こそ不倶戴天の仇であるとして、虎視眈々と報復の機会を狙っていたと供述していると言う。

聞けば聞くほど恐ろしいほどの執念であり、自分の命などとうに捨てて掛かっていると言い放ち、あまつさえ国王を打ち洩らしたことだけが唯一の心残りだと嘯(うそぶ)くありさまで、その言い草を聞けばまさに狂気の沙汰と言うほかは無いが、その粘着性に富んだ性行こそが、その作業に、これほどまでに高い貫徹力を与えてしまったことは確かだろう。

また、王宮を単独で襲撃するなど不可能とは思わなかったのかと尋ねられると、王宮には過去何度も出入りする機会があり、その警備体制に致命的な欠陥があることも熟知しており、少なくとも遠く離れた警護陣には全く気取られること無く、し遂げることが可能だと思ったと言う。

加えて、帰館の際の王は、常に警護の者を一人も帯同していないことも承知しており、今回の連れにしても中年の婦人と幼い女児だけであることも知っていたらしい。

無論、その連れも全て皆殺しにするつもりでおり、翌日まで異変に気付かれないようにするために、障子や廊下を血で汚すことを避け、あえて王が部屋の中に踏み込んで来るのを待ったと言うが、仮に首尾良く王を倒したとしても、みどりや有紀子は未だ外庭であり、二時間もすれば国旗降納の時刻が来るのである。

彼女たちを外庭で仕留めれば、その犯行の跡は確実に儀仗兵の目に留まってしまう筈だが、そのみどり達まで、わざわざ屋内に引き込んでから殺害するつもりだったのかまでは言及していないと言う。

いずれにしても、いざ逃走と言う場面にあたっては、秋津州軍の持つ特殊な能力については知ってか知らずか、ほとんど気にしていた気配が無い。

内務省からの連絡で国王の帰館予定を耳にして、わざわざその直前を狙ったのにもそれなりの理由があり、最も憎んでいる国王に、犯行直後の生々しい光景を見せ付けてやりたかったらしく、それを見て動転しているところを襲えば必ず成功すると思ったとも言う。

無論、国王の持つ並外れた戦闘能力に関しては全く知らなかったらしい。

また、当初の心積もりでは、真人王子を生きているかのように装い、それを人質にとってから国王を刺すつもりだったものが、突然現場に踏み込まれたために予定が狂ったと言って口惜しがっていると言う。

現場から三キロほどのところに二十四時間営業のレストラン兼生活用品店があって、かなりの繁盛振りを見せているのだが、調べによると、そのパーキングに別に調達した車を止めており、トランクには着替えは勿論、多少の旅支度が積み込まれていたことから、犯行後は畦道(あぜみち)伝いにそこまで逃走するつもりだったようだ。

その後は、日本への船便を使って正規に出国するつもりだったと供述しており、豊富な逃走資金の用意があったにしても、どう考えても杜撰(ずさん)極まりない。

だが、秋津州の優れた諜報能力に付いて認識出来ていなかった以上、逃げおおせると思っていた可能性も捨て切れないと言う。


ことにあたって秋津州側の対応は極めて冷静だったと言って良い。

実際、東京の女帝はフル稼働で情報収集にあたっており、天空の基地には大量のデータが送られつつある。

被疑者の供述は、自分を刀匠に紹介してくれるよう依頼した女性は、自分の真の意図に関しては何一つ関知する事無く、単に自分の刀匠志望と言う物言いを信じて紹介の労をとってくれただけだとして、全て自らの単独犯行である旨を主張しているが、問題の女性当人はもとより、その配偶者の周辺にまで隈なく触手を張り付けてあり、それこそ夫婦の会話まで全て聞き取ってしまっているほどだ。

無論、その「調査活動」は、被疑者が刀匠のもとに弟子入りを志願した直後から始まっており、その結果が、被疑者の供述に少なからず信憑性を与えてしまっていることも否めない。

何しろ、その当初においては、新婚間も無いその夫婦の会話にも、被疑者に関する話柄はほとんど登場することが無く、稀に登場しても、単に一人の日本人青年を自分たちの紹介により、無事に弟子入りさせることに成功したこと以外特段の話題にはなっておらず、その女性本人はもとより、配偶者にも特別不審な点は見当たらなかったのである。

また、調査の結果、その新妻は少なくとも独身時代には、被疑者と個人的に交際があったことが窺われるのだが、そのことを夫が全く知らなかったとは考え難い状況が一方にある。

第一、夫の方から見れば、その「紹介の依頼」一つとっても、新妻を通して寄せられたものだった筈で、その上、独身時代の妻が被疑者と二人で食事をしているところに行き合わせたと言う知人がおり、夫は自分の知人でもあるその目撃者から直接それを聞いてもいる。

詰まり、夫は、少なくとも妻の過去の男性関係と言う視点では、二人の男女関係を充分疑っていた筈であり、それでなおその夫は、被疑者を新妻の友人であるとして、努めて積極的に紹介の労をとっているのである。

その点では、最初から夫婦二人の協同作業であったとしか思えない。

しかし、だからと言ってこの夫婦が、テロリストの王家襲撃の意図まで承知していたとは言い切れず、その実質的なインセンティブの中身まではさておき、被疑者の言い分を信じて単に紹介しただけであったかも知れないのだ。

この変事の直後からは、なおのこと水も洩らさぬ諜報網を布いているにもかかわらず、彼等が犯行そのものに加担していたとするような新事実には、未だに出会ってはいないからだ。

その夫婦は昨夜の時点でそのニュースを知り、拘束された被疑者が刀匠の弟子だったとされ、それが自分たちの紹介した人物であるらしいことにひどく驚いていたことは確かで、その上、翌日になって聞こえて来た被疑者の本名に関しても全く知らなかった様子から見ても、その凶悪な犯行計画を事前に知っていたとは思えない。

状況は、その夫婦が、被疑者の刀匠志望と言う夢の実現に単に手を貸しただけであることを、いよいよ強く浮かび上がらせて来るばかりなのだ。

まして、その後の彼等は、その襲撃に喝采を送るどころか、王家の蒙った突然の災難に対してはむしろ同情的ですらあり、殊に新妻に至っては、最初の誕生日も迎えることなく世を去った幼子の悲運に対して、涙する場面まであったほどだ。

結局のところ、この夫婦に、秋津州王家に対する特別の悪感情や攻撃の意図などは、まるで感じられないのである。

無論、この夫婦に関しては他にもさまざまなデータがある。

安田一夫と言う四十五歳の男と、それに引き比べて未だ二十歳でしか無い女とでは、夫婦としての組み合わせから言えば、もうそれだけで奇妙と言え無くもないが、そこにはそれなりの経緯があって当然だろう。

そもそも、一夫が経営する小振りのスーパーはその親から受け継いだものだが、その経営状態にしてもあまり捗々(はかばか)しいものとは言い難く、その上、若い後妻を迎えるにあたっては、相当な出費があったろうことも想像に難くない。

何せ、新妻となった律子(りつこ)は相当な美形で、当時ホステスとして勤めていた店でもかなりの客足がついていたことも判っており、これと言った取り柄があるわけでも無く、最早中年と言って良い一夫が口説き落とすには、金銭的にもかなりの奮闘振りが求められた筈だ。

もし、律子と被疑者との間に肉体関係があったとすれば、彼女がそこに勤めていた頃のことではあろうが、その件にしても憶測による証言があるだけで、無論確証があるわけではない。

こっちの諜報網が彼女を捉えたのは、被疑者が秋津州入りしたあとのことだが、少なくともその後の二人が一度も接触しなかったことだけは確かなのだ。

また、当時日本人山内隆雄を名乗っていた被疑者が天涯孤独の身であることを知った律子が、自らの身の上にも重ね合わせ、共感を覚えたのではないかとする証言も少なく無い。

事実、律子自身も、山内と同様全くの一人ぼっちだったからだ。

聞けば、その女は真実哀しい過去を持ち、それが仕事柄絶好の身の上話になる筈でありながら、奇妙なことに決してそうはしなかったと言うところを見ても、軽々しく口にする気にはなれないほどの辛酸を嘗め尽くして来たことだけは確かなのだろう。

事実、幼くして父を失い、二人きりの母子家庭がお定まりの生活苦にあえぎ続け、高校を一年でやめざるを得なかったのも母が急逝したからであり、被疑者と律子が、天涯孤独と言う共通項を以て、急速に距離を縮めて行ったとしても不思議は無い。

また、当時無職の筈の被疑者が年に似合わず金離れが良かったことを捉え、殊更悪し様に言う例が目立つが、証言者の中には律子に入れ上げていた者が少なくなく、中でも望月と言う男などは大分貢がされた口のようで、その口に掛かれば、その美貌のホステスは、金のためなら親でも殺しかねない鬼女だと言うことになってしまい、今となっては彼女に対して憎悪の念すら抱いている感がある。

結局散々に貢がされた挙句、とうとう目的を果たせなかったこともあってのことだろうが、その悪罵は止め処なく続き、しまいにはこおろぎと言う昆虫は卵管が異常に長いのだと言い出す始末で、異常に発達した生殖器を利して、世のオトコどもを片っ端から食い物にしている女だとでも言いたいのだろう。

いずれにしても、興梠と言う一人のホステスを薄幸の佳人に見立て、数多くの男性客が群がったことだけは事実で、詰まりは、彼女がそれほどまでの美女だったことを如実に物語っており、被疑者自身が未だに魅かれていたとしても不思議は無い。

現に天空に送られたデータから見ても、百六十五センチほどの身長と比較的小作りの顔を持ち、胸のあたりは勿論、脚部の形状が又素晴らしいものであり、その上、くっきりとした二重まぶたに睫毛がそよぐほどに長く、引き込まれるような黒い瞳が一際鮮やかで、それはまさに明眸皓歯と言うに相応しい。

数多くの証言からも、優れて色白の美貌と日本人離れしたプロポーションの持主であることが色濃く浮かび上がって来ており、証言者の一人に至っては、これほどの美女が世に知られることも無く、市井に埋もれていること自体がいまどき奇跡に近いと語り、いわゆる芸能界入りすれば、その美貌だけで充分通用する筈だと力説して已まないほどだったのである。

一方、刀剣愛好家としての夫についてもさまざまなデータがある。

それによれば、夫、一夫が所持する日本刀は今ではほんの僅かのものだが、そのいずれもがごく安価な現代刀ばかりで、久我正嘉と言う刀匠に作刀を依頼した二振りだけが、辛うじて多少の流通性を見込めるもののようだ。

但し、秋津州の刀匠に二度にわたって作刀を依頼し、その縁をつてに弟子を紹介しようとしていた頃は、そこそこの市場価値を持つものも所持していた事実があり、そのことこそが女帝の目を著しく曇らせてしまった理由の一つでもある。

しかも、その刀にしてもつい最近になって手放してしまっており、挙句に久我正嘉作の二振りまで売りに出している上、その他の安物についても全て売り払おうとしている気配が濃い。

詰まり、この男の刀剣愛好家と言う看板は見せ掛けであったことになり、証拠こそ無いが、これほど手の込んだ「仕込み」を行った以上、この夫婦に作為が無かったとは言えない筈だ。

ただ、二人には政治的若しくは思想的な背景は全く感じられず、そうである以上、全てのインセンティブの元を辿って行けば、結局金銭か脅迫か、或いはまたその両方かに行き着かざるを得ない。

結局二人の作為の終着点は、凶悪なテロリストをそうとは知らず、秋津州の刀匠に紹介することのみに尽きており、手の込んだ「仕込み」の実行資金と幾ばくかの報酬が、テロリストから支払われたものと見るのが自然だろう。

尤も、今後その事実を暴いてみたところで、税務処理上のあれこれを除けば、それが果たして日本国内で犯罪の構成要件となり得るかは大いに疑問だ。


十一月二十三日 秋津州時間午前十一時零分 王と女帝との通信。

現在の女帝は無論官邸の対策室にいるが、一方の王はインド中部において、相当の人員と機材を伴い今しも丹波に向けて旅立つ寸前であった。

その地では急ごしらえの資材集積所として、十六ヘクタールほどの地表がコンクリートで舗装してあり、その中心部がサッカーのピッチより広いサイズでグリーンに染められ、残りの外側部分は全て真っ赤に塗装されていた。

どうやらグリーンのエリアに置かれたモノだけが、移送の対象と定められているらしく、そこには既にさまざまな機材と多くの人員の姿があり、整列した彼等の全てがビニールの雨合羽のようなものを着用していることが、移送先が現在荒天であることをも窺わせてくれている。

その人員と機材は、当然インド政府が用意したものであり、その移送先は言うまでも無く丹波のインド領と言うことになるのだろう。

上空には数機のSS六が浮かび、その中の一機にはみどりや有紀子、それに田中盛重を伴った国王が座乗している。

「陛下、恐れ入りますが。」

特殊な通信は微細なトラフィックを通り、今しも若者の受信用ポートに届いたことになる。

一旦旅立ってしまえば、地球との通信は全く途絶してしまうため、おふくろさまが京子を通じて何やら指示を仰ごうとしているところなのだ。

「うむ。」

「被疑者の供述内容につきましては今朝ほどご報告申し上げましたが、その処置につきましては未だにお指図を頂戴してはおりません。」

「・・・。」

「お指図を頂きとう存じます。」

その意思を聞いておかなければ、現地の若衆宿に指令を発することが出来ないのである。

「・・・。」

「通常の対応でよろしゅうございましょうか?」

「うむ。」

「紹介者の夫婦につきましては、いかが取り計らいましょう?」

「・・・。」

「されば、お任せいただけましょうか?」

「うむ。」

「承知致しました。それと、先ほど、国井さんと岡部さんが弔問に見えたようでございます。」

二人共、例のクーリエ便を用いてひっそりと訪れ、王宮において献花の上祈りを捧げて行ったと言う。

「あ、ご報告が遅れましたが、陛下からの贈り物として、ビルの弔問時の映像をNBS支局長宛てにお届けしておきましたが。」

事後報告として、一枚の画像データが送られて来た。

それは、ビル自身が沓脱ぎ石の傍らで献花ののち茫然と立ち尽くす姿を後方から捉えたもので、その正面には問題の十畳間の障子が夕闇に明々(あかあか)と浮かんでいる構図である。

少なくともそれは、次席のジョンなどが見れば大喜びしてしまうものであったろう。

なにしろ、事件当日の現場映像であり、メディアにとっては言うまでも無く垂涎の一枚になる筈で、それもこれも、天空にある副司令官の配慮から出たものであったのだ。

「うむ。」

「それでは、道中くれぐれもお気を付けあそばしますよう。」

女帝は、遂に、はきとした指示を受けることは出来なかったのだが、代わって、天空の「おふくろさま」から、新たな指示を受けることになる。

無論、その人工知能に感情や感傷などは無い。


また、昨夜来土竜庵と官邸との間では、秋津州問題についてもさまざまなやりとりがなされているが、現状では全て静観するより他に手が無いのだ。

どうすることも出来ないのである。

その上、天皇皇后両陛下がたまたま欧州各国を歴訪中のこともあり、その公式日程と両陛下ご自身のご希望との兼ね合いもあって、相当切ない想いをしている事務方も少なく無いのだ。

まして、肝心の秋津州国王自身が、惨劇の翌朝から惑星間移送と言う極めてパブリックな務めを果たし続けており、今後においてもほとんど席の暖まる暇も無いことが目に見えている。

その移送作業の日程にしても全て土竜庵でシフトを組んでいる以上、そのスケジュールの凄まじさは日本側にも判りすぎるほどに判っていることなのだ。

今も、各国から殺到する移送願いが容赦なく積み上がって来ており、それが人類にとって他に代えがたい貴重な作業だとは言いながら、新田にして見れば、時がときだけに若者の精神状態にも当然配慮せざるを得ない。

ささくれ立ってしまった若者の心を少しでも安らげるためには、みどりと有紀子の存在は一際重要なファクターと見ざるを得ないが、かと言ってこのままでは、みどりから猛烈な抗議が出て来るのも時間の問題だろう。

さきほど東京の女帝から入った情報によれば、その女帝からの語り掛けに対してさえ、あの若者はほとんど口も利かないと言うのだ。

新田の見るところ、その若者はひたすら私憤を押し殺し、ただただ公共の福祉のために懸命に働こうとするあまり、そのストレスは既に耐えがたいまでに高まってしまっている筈だ。


さて、この時点では、秋津州からの公式発表こそなされてはいないが、外事部を通して朝鮮共和国の代表部にだけは直接の通告がなされていた。

朴清源と名乗る一人の朝鮮共和国人の身柄を、犯罪の容疑ありとして拘束したことをである。

無論、被疑者自身の申し立てによって、その国籍国がその国だとされていたからに他ならない。

その通告には、被疑者の顔写真はもとより、供述通りの現住所(無論朝鮮共和国内の)や生年月日などのデータを含んでおり、少なくともそれは、朴清源と言う一個人を特定するにあたっては不足の無いものであっただろう。

何しろ、女帝の触手が即座に反応して、その住所に同一の名前と生年月日を持つ人物がかつて居住していたことはもとより、その風貌一つとっても、被疑者のものとかなり似通っていることも確認済みなのだ。

さらに、被疑者が供述している山内の死体遺棄現場にも、その国(北欧)の当局に公式に伝えた上で、その捜査に積極的に手を貸して、供述通りの場所からそれらしい遺骸を発見するに至っている。

まして、その遺骸にはこれまた供述通りに頭蓋骨に陥没痕があり、それは紛れも無く鈍器で殴打されて出来たものと思われる上に、山内が年少時に負った足の骨折痕の位置まで一致してしまっており、その遺骸が山内少年のものであることを大声で叫んで已まないのである。

何よりも被疑者本人には、当該箇所に骨折痕が無いことが確認されており、取りも直さず今次の変事における被疑者が、日本人山内隆雄で無いことだけは既に証明されていると言って良い。

したがって、秋津州側は有り余るほどの隠し球を懐に入れたまま、朝鮮共和国側に通告したことになるのだ。

然るに、秋津州ビルに拠点を構える朝鮮共和国代表部は必要以上に鋭く反応した。

そのような「国民」は、我が国には存在しないと言うのだ。

秋津州の外事部は、その回答が国家の意思として真正なものである証(あかし)に、国家としての公文を要求し程なくそれを入手した。

当然であったろう。

それでなくとも、その国の主張はその時々で千変万化して常に定まるところが無いのだ。

何せ二国間で取り結んだ堂々たる国際条約ですら、相手国の弱腰を見れば平然と無視しようとする者たちなのである。

だが、今次においては、一方の当事国は最強の八咫烏だ。

自侭な変更など許す筈も無く、そうである以上、少なくともこの件に限っては、朝鮮共和国と言う国家の意思が対外的に確定したものと言って良い。

言い換えれば、この瞬間に、被疑者はその祖国からも見捨てられ、無国籍者の身に転落してしまったことになる。

秋津州にとって、無国籍者による犯罪の摘発は初めてのことでもあり、その取り扱いには特段の注目を浴びるのも当然で、メディアの中には、どうせ相手は朝鮮共和国のことであり、直ぐにも主張を変えるに違いないとするものも少なく無い。

ところが、豈はからんやその国は、その公文の内容を、極彩色の絵の具を以て更に塗り重ねると言う暴挙に出て、一挙に世界の耳目を集めてしまうことになる。

何と呆れ果てたことに、朝鮮共和国の方から秋津州に対する非難声明を大声で発してしまうのである。

それも、国営放送の画面を通じて白馬王子本人が、その肉声を以て叫んでしまったことが更に重大であったろう。

その独裁者は、今次のテロの被疑者は朝鮮共和国人などでは無く、全て我が国と我が民族を貶める為のプロパガンダであると強調し、全ては秋津州側の謀略だと言ってのけたのだ。

朝鮮共和国は謀略戦を仕掛けられた被害者だと叫んでいることになり、その論法で行けば秋津州は否応無く加害者の席に着かざるを得ず、どう見ても白馬王子の過剰反応と言うほかは無い。

現実の秋津州側が、あくまで朴清源と言う一個人の犯行として扱おうとしているにもかかわらず、それをわざわざ国際紛争のタネに昇格させてしまったようなものであり、殊にワシントンなどは、その声明を撤回させようと必死になったことは確かだ。

その声明の齎すものが、合衆国の利益に繋がることは全く無いからだ。

どう考えても、それによってその国の不安定材料は増すばかりであり、巨大な対朝債権を持つ米国系企業がある以上、ワシントンにとっては利益どころか、大打撃になってしまう恐れが高いのだが、無論、ワシントンが何を言おうが、白馬王子さまが耳を貸す筈も無い。

なお、事件発生が二十二日で、白馬王子によるこの秋津州非難声明が発せられたのが二十四日の昼ごろのことであり、妻子を殺されて怒りに燃えている秋津州国王に向かって、あのブラディ・キムがまともに吠え掛かったことになる。

世界に緊張が走ったのも当然のことだったろう。

剛強を以て鳴るあの国王が、黙っている筈が無いと見る向きが少なくないのだ。

もともと悪材料に溢れていたその国の経済は一気に不安定化して、急激な資本逃避が発生してしまうと叫ぶ者が増えた。

いや、その程度のことで済む筈が無いと言う者もいる。

近日中にも秋津州側から最後通牒が発せられ、戦争そのものが始まってしまうと言うのだ。

無論、朝鮮共和国側に勝ち目は無い。

それどころか、勝負にも何もならないだろうと言い、恐らく、十五分もあれば半島全域の完全占領が成ってしまうだろうとまで言い騒ぐのである。


問題の秋津州非難声明が発せられた丁度その日の夕刻のことだが、東京霞ヶ関の弁護士会館において注目すべき記者発表が行われ、メディア側の反応にも頗る大きなものがあり、会場は非常な熱気に包まれていたと言う。

雛壇には十人もの弁護士が顔を揃え、彼等がそこで発表した話柄がときにあたって殊更注目を浴びたのも無理は無い。

何せ、現在最も耳目を集めている秋津州事件にあたり、その被疑者に対する支援と弁護活動を行うと言うものだったからだ。

各マスコミに事前に届いた趣意書によれば、発起人代表の増田義男(よしお)を始め、いずれもが人権派で名を売った弁護士ばかりであり、全員が無報酬も厭わず活動すると標榜しており、被疑者の基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを以てその行動目的としていると言い、既に現地の若衆宿ばかりか被疑者本人の了承まで得ていると言う。

殊に朴清源が無国籍者と成り果て、何れの国家からも保護を受けることが出来なくなった今、その人権は自分たちの手を以て守るほかは無いと言う決意を示し、その意気は頗る軒昂たるものがあったのである。

一つには、調査の結果、二千四年の建国以来、その国では死刑執行の前例が無いことを強調した上、不幸にしてその国は未だに成文法を持たず、事件の被害者の中に王族が含まれることを理由に、なおのこと恣意的な審理がなされる可能性があることを心から憂えるとしていた。

尤も、この弁護士グループは従来から死刑制度の廃絶を謳って来ている者ばかりであり、察するに、秋津州の事件においても、被疑者が死刑判決を受けることに異を唱えようとしていると見られ、その上、その地には拘置所はおろか監獄すら無いことから、被疑者の身柄が過酷な環境に置かれている可能性も否定出来ないとして、そのあたりにも重大な関心を以てことにあたる覚悟だと強調して見せた。

その口振りでは、秋津州国王が憤激のあまり、被疑者に対し、惨酷な復仇的拷問を加えるのではないかとまで匂わせていたのである。


十一月二十五日、すなわちブラディ・キムの秋津州非難声明が出た次の日のことであったが、今次の変事に関する発表が内務省からようやくなされることになった。

その発表によれば、秋津州側はこれに関して政治的な捉え方は一切しておらず、彼の国の独裁者が肉声を以て発した非難声明にも一切触れられることは無く、今次の事件が被疑者による個人的なテロ攻撃であったことを改めて断言した上、被疑者が無国籍者であったことにも触れ、言わば身元引受人となるべき国家が存在しない以上、以後対外的な発表はなされない見通しである旨を宣言した。

当然のことであったろう。

少なくとも当人が、身分を偽ってまで、おのれの強い意思を以て入国して来たことが明らかである以上、その無国籍者の処分に関して、その方法が著しく人道に反してでもいない限り、如何なる国であろうと、その国籍国でもない者が口を挟む資格は無い筈だ。

その上、「全て、秋津州の法に則り、粛々と審理が尽くされるものと信じている。」として、秋津州の法が成文法であろうと無かろうと法であることに変わりは無いことと同時に、国家権力の介入が控えられる見通しをも内外に強く印象付けたのである。

言い換えれば、当該地域の若衆宿が独立してその審理に任ずることを、秋津州の国権が確固たる意思を以て宣言したに等しい。

なお、この犯行によって落命した者たちの遺体は既に荼毘に付されたが、秋津州王家としては、当分の間葬儀の執行を見合わせることに決したと言う。

また、病床にある久我正嘉氏の目撃証言が被疑者の供述とも概ね合致しているとしたことによって、全てが朴清源の単独犯行であることを強く想起させたと言って良い。

自然、被疑者を刀匠に紹介したとされる日本人夫婦や中国籍や米国籍を持つ艶麗な婦人たちに関する質問が殺到したが、それには一切の応答は無く、その後いよいよ興味本位な報道が増えて行く。

一方で、彼女たちは残らず若衆宿の事情聴取を受けた上で、その全てが帰国の途に就いたと言う声が出始めたが、少なくとも朴清源に群がったとされる女性たちが、早々と顔写真まで晒されてしまったことは確かであり、その結果、その手のオンナとして言わば有名人になってしまったことにより、今後の「活動」には適さない存在になってしまったとも囁かれた。

無論、日本のメディアの目は揃って安田夫妻に注がれたが、彼等夫婦が、昨今最もセンセーショナルなこの事件において重要な役回りを演じてしまった以上、それも如何ともし難いことではあったろう。

「スーパーヤスダ」には相当数のメディアが殺到し始めており、殊に美貌の若妻には数多くのカメラが向けられ、お定まりのワイドショーなどでは第一級の食材となりつつある。

メディアにとって、「美人女子大生」とか「美人看護士」とか言うネーミングは、対象が女性でありさえすれば、それだけで常に自動的についてまわる傾向があるが、今回の対象は紛れも無く本物の「美女」なのである。

それだけでも、放って置く筈が無い。

彼等「夫婦」が未だに婚姻の手続きを済ませていないことまで、お節介者の手によって早々と発掘されてしまい、「興梠」律子宛ての取材の申し込みは引きも切らない。

無論、彼女が興味本位な取材などに応じる筈も無かったが、簡単に諦めてくれるような連中ではないため、スーパーヤスダの周囲は常に騒然としている。

たかだか十台も入れば満車となってしまう駐車場は常に報道関係の車で溢れ、自転車置き場まで渋滞する始末で、店に足を運ぶ者には絶えずカメラとマイクが付き纏い、群れ集う野次馬どもはさて置き、一般客にとっては好ましからざる環境が形成されてしまっており、当然店の売り上げは減退し経営は圧迫される一方だろう。

内部事情を良く知ると言う者が報道画面に数多く登場し、口々に無責任な発言を繰り返しており、律子のホステス時代のあれこれについても無遠慮な報道が目立ち始めているのである。

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